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No.555へ返信

all 第46回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2009/12/04(Fri) 00:02:16 [No.544]
魔窟 - MVPに敬意を@10628 byte(無論遅刻だ) - 2009/12/05(Sat) 23:55:40 [No.564]
コタツで寝ると風邪をひくから気をつけろ - ひみつ@12273 byte 寝るまでが締切。遅刻 - 2009/12/05(Sat) 14:29:16 [No.563]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2009/12/05(Sat) 00:19:06 [No.562]
オープニング・エンド - ひみつ@20466byte - 2009/12/05(Sat) 00:10:48 [No.561]
形あるものを僕は信じる。 - ひみつ@15,411 byte - 2009/12/04(Fri) 23:59:28 [No.560]
朝帰り - ひみつ@2968byte - 2009/12/04(Fri) 23:56:28 [No.559]
制服を返せ! - ひみとぅ@15427byte - 2009/12/04(Fri) 23:11:57 [No.557]
unsleeping beauty - ひみつ@15820byte - 2009/12/04(Fri) 22:42:31 [No.555]
君がいるから - ひ蜜@3425 byte - 2009/12/04(Fri) 20:15:53 [No.554]
微睡みから醒めて - ひみつ@14924 byte - 2009/12/04(Fri) 14:15:44 [No.553]
夢から覚めても - ひみつ5253 byte - 2009/12/04(Fri) 14:10:01 [No.552]
茨姫 - ひみつ@4641 byte - 2009/12/04(Fri) 14:08:40 [No.551]
寝ろ! - ひみつ 13716byte - 2009/12/04(Fri) 13:04:56 [No.549]
Re: 第46回リトバス草SS大会 - さいとう - 2009/12/04(Fri) 02:46:58 [No.548]
今回の投稿作について - 大谷(主催代理) - 2009/12/04(Fri) 13:50:30 [No.550]
図書館の君 - 秘密 8670 byte - 2009/12/04(Fri) 02:28:34 [No.547]
眠姫 - ひみつ 2432 byte - 2009/12/04(Fri) 00:08:42 [No.546]


unsleeping beauty (No.544 への返信) - ひみつ@15820byte

 はい。それでは次のお便りです。メールで頂きました。えっと、ペンネームは……あ、本名オッケーですね。直枝理樹さん。ナオエ、リキさんです。リクエストはですね、ベートヴェンの月光をお願いします、とのことです。理樹さん、ありがとうございます。
ベートヴェンの月光。小学校の頃、音楽の時間で聞いた人が多いのかも。私はそうでした。今からかける曲を聞いて、どんな感想を持ったか書きなさい、なんて授業だったと思います。ん〜、感受性の豊かな子が多かったんでしょうか。この曲を聞くと、月の光が見えちゃったりね。他にも、ぶわーっと田園風景が広がったりとか、悲愴な気持ちになっちゃったりしてね。
 これはもう、有名なお話なので皆さんご存じかもしれませんが、この月光という題、後から付けられたんですね。ベートヴェン本人の手によるものではないんです。これは、この曲を聞いた詩人のルートヴィヒ・レルシュタープ。今ちょっと噛みましたね、ルートヴィヒ、レルシュタープさん。が、ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のようだ、と言い表したことに由来するんだそうです。知ってましたか? 理樹さん。
 これを聞いている皆さんも、折角こういう機会なので先入観を排して、題名から受けるイメージを排してこの曲を聞いてみると、また違った印象を受けるんじゃないかな、と思います。それでは聞いて下さい。ピアノソナタ第14番嬰ハ短調作品27の2、月光ソナタより。第一楽章、アダージョ・ソステヌート。

 unsleeping beauty

 くつくつと笑いながら廊下を歩いていた。校内に響く彼女の声。休日の校舎に生徒の姿はない。教師が一人でもいたら大変なことになりそうだけど、今のところ、この放送は滞りなく進んでいる。それにしても。
「唯湖さん、猫かぶりすぎ」
 放送室の扉を開け放つと同時に言った。意地の悪い笑みが迎える。
「ふふ。少なくとも、ここに来るまで退屈はしなかっただろう?」
 椅子に深く背を預ける唯湖さん。制服を着ていた。机の機材からマイクが伸びている。手を伸ばして、長い髪を撫でた。顔を寄せ合い、触れるだけのキス。甘い匂いがする。月光に包まれている間の、幻のような出来事。
自室で本を読んでいたところに、唯湖さんからの呼び出しがあった。メールの文は、こう締め括られている。ところで、何か聞きたい曲はあるかい?
「なんだかキミは、ずいぶんとこういう行為に慣れてきたみたいだ」
 頬を赤らめ、唯湖さんが言う。
「唯湖さんには、ずうっとこういうことに不慣れでいて欲しいな」
 かわいいから。付け加えた言葉には、流石に照れが混じった。慣れていないのはお互い様だ。二人で笑う。
 折角だからもう一曲かけようと、CDを機材に入れた。もちろん、照れ隠しも込みの行動。唯湖さんがラジオDJの調子で曲を紹介する。あの映画、総制作費60億円らしいです。流れ出す耳慣れたギターリフ。70年代のグラムロック。

 授業中。なんとはなしに外を見ていた。校庭で走っているのはどこのクラスだろう。暦の上では秋だが、なかなかその足音が聞こえてこない。秋モノの服は売れないだろうな。どうでもいいことばかりを考えている。教師の声は、右から左。気もそぞろ。
穏やかな日々だった。穏やかすぎるくらいに。のんびり進む時計を見やる。早く唯湖さんに会いたい。
 放課後。放送室は、ひっそりとしていた。椅子に腰掛け、携帯を見る。唯湖さんからメールの返信はない。惚けていると眠気が襲ってきた。頭痛もする。いつもの症状だ。いつもの? いつものって何だろう。自らの言葉に首を傾げてしまう。ナルコレプシー。そうだ。僕は。あれ? でも。まさか。直った、はずじゃ。耐えきれずに目を閉じる。ふと肩を叩かれる。振り向く。誰もいない。違う。叩かれていない。振り向いてもいない。誰もいない。
 目を開けると、側に唯湖さんがいた。名前を呼ぼうとしたのに、上手く声が出ない。どのくらい眠っていただろう。そんなに長い時間じゃないはずだ。いきなり唯湖さんに抱きしめられる。苦しい。
 夢を見ていた。よく知っているような、とても懐かしいような人達が、浮かんでは消えていった。唯湖さんの胸の中で、自分が泣いていたことに気づいた。

 朝。自室のベットで飛び起きた。最悪の目覚め。思わず叫び声をあげたかもしれないが、自分でもよく判断がつかない。寝汗がひどい。呼吸を整えようと、ゆっくり息を吐く。吸う。
 できれば思い出したくもない夢だった。見知らぬ森。バスが横たわっている。黒い煙。ひどい匂いだ。荷物が散乱している。人も。ぴくりとも動かない人達。それはまさに、地獄の様相だった。
 思わず二段ベットの下を覗き込む。空の寝床。主のいないその場所を、僕は長いあいだ見つめ続ける。

 デートをしよう。唯湖さんへ、そうメールを打った。気まぐれだった、だけど真剣だった。追伸、グローブ持参でグラウンドに集合。
「どうしてデートにグローブなんだ?」
 挨拶よりも何よりも、まず唯湖さんがそう尋ねる。先に来て待っていた僕も、グローブをしてグルグル肩を回す。
「キャッチボール、しようと思って」
「キャッチボール」
「キャッチボールデート」
「キャッチボールデート」
 なんだか馬鹿みたいな会話をしてしまう。
「そんなの、初めて聞いたな」と唯湖さん。
「少なくとも、流行ってはいないね」僕。
 距離を取り、軽くボールを投げた。ナイスキャッチ。唯湖さんも投げ返してくる。捕る。
「僕らにはさあ」
「ああ」
「会話が必要だと思うんだ」
「うん」
 投げる。捕る。
「キャッチボールってさあ」
「うん」
「会話みたいだよねえ」
「ふむ」
 投げる、捕る、投げる、捕る、投げる。
「それは、つまり」唯湖さんがボールを止める。
「人生は、マラソンみたいだ?」
 僕は笑う。グローブを外し、唯湖さんの側へ行く。
「唯湖さん」
 リトルバスターズ、って通じる?

 僕らは、自動販売機のところまで場所を移した。風は少し冷たいけれど、ホットコーヒーが似合うような陽気でもない。二人とも、思い思いの飲み物を買い、ベンチに座り込む。
「どこから話そうか」
 僕は、そう口火を切って話し出す。あの忌まわしい事故のこと。唯湖さんもうっすら気づいていた、繰り返される日々のこと。僕がこれまで通ってきた、僕らを取り巻く物語のすべて。
 たどたどしい僕の話を、唯湖さんは黙って聞いていてくれた。信じてもらえるかどうか、正直、難しいとも思う。やはり、この話は突飛すぎた。でも、心のどこかで聡明な彼女を信じてもいた。当然だ。彼女は、僕の好きなひとなのだから。だからこそ、僕は正面切って話をしようと思ったのだ。
 その後で唯湖さんに質問をする。まず、リトルバスターズのみんなを覚えているのか。彼女は黙って頷く。ならば何故、ここは彼らがいないままなのか。
「分からない」
 唯湖さんは、首を振る。
「唯湖さんは、おかしいと思わないの?」
 みんなのいない、この世界を。
 唯湖さんが飲み物を口に運ぶ。こくんと、喉の鳴る音がする。
「理樹君。これを、覚えてる?」
 突然、唯湖さんが携帯電話の画面を見せる。
 きっとそこにいくから、まってて。
 差出人は僕だった。が、正直、記憶が判然としない。僕が送ったのだろう。僕が送ったのだと思う。そうとしか言えない。口籠もっていると、唯湖さんがベンチを立つ。
「自分にも何かできるんじゃないかと、必死に考えたんだ。思いつく限り、取れる行動は取ったんじゃないかと思う。でも」
 結局、待つことしか。ただキミを待つことしか、私にはできなかったよ。
 唯湖さんはそう言うと、背を向けて行ってしまった。僕は、しばらく空を仰ぎ、その場から動けずにいた。唯湖さんの表情が、いつまでも目に焼きついて離れない。悲しさや寂しさが入り交じった、彼女の笑顔。
 どうして、僕はここにいる?

 それからというもの、僕は今まで無自覚だった日常の違和感に苦しめられる。授業中、嫌でも目に入る知らない背中。閑散として広く見える屋上や、声のない校庭。そんな風景の中、さあっと吹き込んでくる孤独。静かすぎる夜。
 嫌な夢も相変わらず見たが、胸を締めつけられるような幸せな夢も見た。自分が気心の知れた仲間達と共にあるという、言葉にすればなんてことのない夢だった。
 そのうち、僕はこう考えるようになる。もしかすると、何かやり残していることがあるのか。僕はまだ、あの長い旅路の途中なのではないか。
 誰かが僕の名を呼んだ。それは、そうあって欲しい気持ちが産み出した幻聴なのか。そんな判断すらつかなかった。

 数日ぶりに放送室へ足を運んだ。あの日から唯湖さんとは疎遠になっていた。避けられているのか。そうしているのは自分か。
 扉を開けると、唯湖さんは電子ピアノの前に座っていた。おもむろに鍵盤を叩き出す。ストラヴィンスキーの、ペトルーシュカからの3楽章。超絶技巧だった。思わず聞き惚れてしまう。演奏は途中で止まった。本来、すべてを弾こうとすれば十五分ほどかかる。
「ピアノ、弾けるんだね」
 拍手と共に、僕はぽつりと呟く。
「少し」
 それよりも、もっと小さな声。あれで少しか。笑うところだろうか。違うだろうな。彼女を遠く感じる。
「唯湖さん」
 意を決して、彼女の名前を呼ぶ。それから、つらつらと話し始めた。僕が抱いている疑念。もしかすると、僕らはまだあの異常な状態から抜け出せていないかもしれないということ。そして、僕がまたここからいなくなるかもしれない、ということ。
「本当にそうだったとして、たぶん、私ではキミを止められないと思う」
 話を聞いた後で唯湖さんは言う。
「でも」一呼吸。
「すべてが正しく、美しくなった世界で、またキミが私を選んでくれるのか。自信が、ないんだ」
 唯湖さんが、にこりと微笑む。その大きな瞳が潤んでいた。彼女は、再びピアノへ指を置く。恐らく、誰もが知っているであろうメロディが流れる。
 ねこふんじゃった、ねこふんじゃった、ねこふんづけちゃったらひっかいた。
 ねこひっかいた、ねこひっかいた、ねこびっくりしてひっかいた。

 あの時、僕は何を言うつもりだったのか。ありがとうか、さよならか。最初からかける言葉なんて、何もなかったんじゃないのか。今になって、そんなことを考える。
 その後、唯湖さんと顔を合わせてはいない。とはいえ、この学校から離れられる訳でもないから、どこかですれ違ったりはしているかもしれない。
 あれから僕は、ただひたすらに待ち続けた。何か、何とも形容しがたい力が、この世界から僕を攫ってくれる時を。多分、それが一番正しいであろうと思ったからだ。この悲しみを越えた先に、僕らのあるべき本当の世界があると、なかば本気で信じていたからだ。
 だが、時は残酷に過ぎ去った。秋はとうに終わり、冬がやってきていた。僕は焦っていた。いつかの唯湖さんの言葉を思い出す。世界の歯車なんて、ほんの少しがずれただけで正常に動かなくなってしまう。仮に、それが真実だったとしよう。だが、それをどう動かす? 彼女はこうも言った。ここは、願いを叶えられる夢の場所だ。しかし、それは本当だろうか。人の願いが容易く叶うような世界で、どうして僕らはこれほど苦しむ?
 僕は、やはり違うと思う。ここはもう、夢の中ではないのだ。本物の現実なのだ。現実の歯車は、そう簡単に揺るぎはしない。それは、とても強固な力で守られている。人間の思惑や行動、願いや祈りを意にも介さず。六月に雪は降らない。同じ日は二度と繰り返さない。食べてしまったカップラーメンも、もう元には戻らない。
 ポケットから携帯を取り出す。メールの送信済みフォルダを開く。そこには、唯湖さんに宛てて送ったメールが確かにあった。
 きっとそこにいくから、まってて。
 僕はもう、既に大切な選択をした後なんじゃないのか。

 微睡みの中、いつもと違う夢を見た。周りを囲む仲間はいない。静かな夕景、静かな教室。机で眠りこける唯湖さんをそっと見つめている。来ヶ谷さん。呼びかけても返事はない。唯湖さん。思わずそう口にしていた。それは禁じられた行為のはずなのに。
 穏やかな日々が続いていたのだ。穏やかすぎるくらいの。いずれ彼女は感情を取り戻すだろう。僕以外の誰かと、恋をするだろう。それだけのことが、どうしてこんなに苦しい。目覚めない彼女に手を伸ばす。眠り姫の童話。指先で唇に触れる。

 校庭の真ん中に立って、雪の降り積もる音を聞いていた。誰もが寝静まる真夜中。張り詰めた空気に白い息が溶けていく。今日は夜から記録的な大雪になりそうだ、天気予報がそう伝えていた。地面を見ると、もう僕の足跡が消えかけている。怖いと思う。美しいと思う。無限にも思える宇宙を、小さな僕が眺めている。
「メリー」
 声をかけられた。振り向いて、口角を上げる。
「クリスマスには少し早いね、残念だけど」
 マフラーとショートダッフル、厚手のタイツにブーツ。唯湖さんの服装が、過ぎ去った時の流れを感じさせる。そういえば、記憶の奥にある彼女はまだ夏の制服を着ていた。
「あれはあれでよかったなあ」
 唯湖さんが、意味が分からんとばかりに僕を見る。すみません、こっちの話です。
「何をしてるんだ?」
 お迎えを待っているんだ。少し考え、茶化すように僕は言う。唯湖さんが笑みを浮かべる。
「私も、一人になってからいろいろ試したぞ。屋上から飛び降りればキミの元へ行けるんじゃないか、車に轢かれれば、電車に飛び込めば」
「まさか」思わず口に出す僕。
「もちろん、実行に移すような真似はしなかった。まともな考えじゃないだろう、そんなの」
 その言葉に安堵する僕。ふと、唯湖さんと自分の立場が頭の中で入れ替わった。彼女をこんな気持ちにさせてしまったことに、今の今まで気づかないなんて。
「ごめ」
 口を開いたところに雪玉が飛んできた。
「ぶっ」
 雪玉。
「ちょっ」
 雪玉。
「待っ」
 雪玉雪玉雪玉雪玉雪玉。
「このっ」
 我ながら頭に血が昇ったのか、考えなしに身体が動く。球状にしている暇はない。足下の雪をとにかくすくい上げる。雪っ。雪っ。
 雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪雪。倍の倍の倍返し。雪崩のような大量の雪が押し寄せる。その勢いに負け、僕は仰向けに倒れた。敵に回してはいけない人を、敵に回してはいけない人を敵にしてしまった……。いつぞや破壊された教室の扉を、僕は思い出していた。
「会話をキャッチボールに例えるなら、こういうのはなんだろう」唯湖さんが僕を覗き込んでいる。
 僕は苦笑う。たぶん、愛だと思う。間違っても、そうは言えないけど。
唯湖さんが無表情で僕に乗りかかってくる。仰向けでの馬乗り。マウントポジション。身を捩らせ抵抗を見せると、両手首を掴まれ完全に押さえ込まれた。
「男が女に力で勝てる訳ないだろう?」
 普通は勝てるんです。普通は。
 頬を緩ませたままの僕を見、彼女が平手を張った。返す手で反対側をもう一発。乾いた音が辺りに響く。衝撃で、何が何だか分からなくなった。
「知ってるんだ」耳元で声がする。震える声。
「知ってるんだ、キミが話していないこと」
 小毬君が好きなキミを。鈴君を愛するキミを。葉留佳君を、クド君を、美魚君を。それは、私を愛するのと同じように。私を愛するのと同じようにだ。
 次々と吐き捨てられる言葉達。
 僕は強くなった。人から見れば、何も変わっていないと思われるかもしれない。だが、結果的に世界はその姿を変えた。僕らは僕らの望む世界を、一度は手に入れたのだ。だけど恭介。どうして僕は、強くならねばならなかった。恭介。どうして君は、こんな方法で僕を強くした?
「理樹君。私のことは、心配しなくていい。キミを待っている間も、なんとか一人でやってこられたんだ。キミがいなくなったって大丈夫だと思う。そのうち何もなかったように、すっかり忘れてしまえると思う」
 でも。彼女が言葉を詰まらせる。
「私をこんな風にした責任を、取ってくれないか」
 僕らは、どこで過ちを犯したのだろう。過去は変えられると思っていた。あの理不尽な出来事を消し去れると思っていた。だが、今ではもう夢でしか見ることのできない、それこその夢のようなあの日々は、実は多くの犠牲の上に成り立っていたのではないか。僕があの場所で手にした記憶や経験は、いつまでも消えずに残り続けるだろう。分岐した幾つもの可能性も、それぞれ独自の物語を歩み続けるだろう。ただ自らの存在を守るため、ただ自らの存在を守るためにだ。それはまるで、かつての僕らと同じように。
 唯湖さんが僕の胸に顔を埋める。彼女の頭をそっと抱きしめた。降り注ぐ雪。瞬く星々が見える。それは、もう戻ることも許されない、無数に散らばった自分自身のように感じられた。
 試してみよう。僕らが思いつくやり方で。二人なら、きっと上手くやれると思う。だって、恋してるほうの好きなんだから。それは、とても特別なものなんだから。
 彼女に張られた頬が、今更になって熱を帯びてくる。まるで彼女に恋をした時みたいだと、そんなことを考えていた。

 目を開けると、見慣れない天井があった。寒い。裸だった。思わず身体を縮こまらせる。暖色の光を放つ、丸型のシーリングライト。机の上で平積みになっている本。唯湖さんの部屋だった。隣で眠る彼女を伺う。同じく裸だった。無駄に照れた。
 僕らは共にクリスマスを過ごした。プレゼントを交換したり、ちょっと身の丈に合わない食事を楽しんだりした。楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。僕らは繰り返される六月二十日に必死で抗ったけれど、淀みなく流れる、何の変哲もない時の流れも、同じくらい残酷なものじゃないかと思った。
 明るくなる前に自分の部屋へ帰らないと。時計を確認し、ほっと胸を撫で下ろす。このくらいに目覚められて本当に良かった。誰かに見つかったら大変なことになるだろうし。
 しかし、それが分かっているのに止められないというのは人間の性だろうか。でも、気持ちが高鳴るのも理解できる。ミッションコンプリート。僕はまた、リトルバスターズのことを考えた。
 近頃、僕は夢を見ない。ナルコレプシーのような症状も出なくなった。寂しい気持ちもある。しかし、なくなってしまった訳ではないだろう。いつだってそれは僕の隣にいて、僕を苦しませたり、時として楽しませたりする。因果なものだと思う。人間は同じ事柄から、まったく別の感情を抱いたりするのだ。
 夢を見なくなった代わりではないが、僕はよく別の世界の自分を思い浮かべるようになった。それは夢を見るのと同じように。烏滸がましいと思うが、それこそ神様のように。
 別の世界の自分が、笑顔を失わなければいいと思う。強くあればいい、大事なひとを守り続けられればいい。僕はそう思う。祈る神も願う神も、今のところ僕にはいない。だから、ただ強く思うことにした。そのために、きっと恭介は僕を強くした。もちろん、僕にもやれることがあるだろうし、いつか本当に出会えることだってあるはずだ。
 くしっ。唯湖さんがくしゃみをする。僕は笑う。それから彼女を抱き締める。彼女を起こしてしまわないように。穏やかな眠りが、もう少しだけ彼女を包むように。
 僕も再び目をつむる。この暖かさの中で、もういちど眠ってしまいそうになる。


[No.555] 2009/12/04(Fri) 22:42:31

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