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「…………はっ」 気がついた。どうやら僕は眠りこけていたようだ。授業中に。机に散らばっているよだれを拭う。まだどんよりとしたまどろみの中に浸っていたい気持ちはあったが、仕方なく体を起こす。そして気づいた。 あれ、なんで僕はセーラー服を着てるんだ? 膝上まで上げられた白いニーソックス。そしてその上に女子特有の男子を惑わすひらひらスカート。おあつらえ向きに見えるか見えないかのギリギリの線で止められている。胸にはピンクのかわいらしいリボンが掛けられている。胸の部分には何かが詰まっているのか膨らみがあった。…って本当にセーラー服!? 思考回路はショート中。今すぐ誰か状況を説明してほしい。僕の意識が天国と地獄の間を彷徨っていたほんの数分間に何があったというのだろうか。世界崩壊か。いや違うか。 隣で真人がいびきをかいて寝ている。真人がセーラー服になっていない時点で、これは僕にだけ起こっているということが理解できた。いや、というか真人のセーラー服姿なんて誰も見たくない。服をびりびりに破ってその轟々たる筋肉が露わになるところが目に浮かぶ。あべしっ、とか言いそうだ。 席が一番後ろで本当に良かったと思う。もしこれで一番前だったら僕の人生は社会的にも男的にも終わっているだろう。いや、むしろ男だったということを忘れられてしまうかもしれない。「お前…実は女だったのか……付き合ってくれ……」とか言われる瞬間を想像して怖気が走った。僕の将来がお嫁さんに迎えてもらう、なんてことにはなりたくない。 というか教師は気づかないのか。それとも僕はすでに女の子として受け入れられているのだろうか。ちょっと悲しくなった。自己嫌悪。 これは誰かの陰謀なのか。ちらっと来ヶ谷さんと小毬さんとクドと西園さんを横目で確認する。鈴は人畜無害そうなのであえて外した。数学の時間だったので来ヶ谷さんはいなかった。小毬さんは問題が分からなくて頭を抱えているし、西園さんは真面目に勉強しているし、クドはと言うと机に海を広げていた。混ざりたい。 (じゃあこれはいったい誰が…?) とりあえず恭介に連絡を取ろうと携帯を確認する。するとそこには、新着メールが313件送られていた。来ヶ谷さんから。いやいやいや。いやいやいやいや。奇声を上げながら携帯を地面に叩きつけそうになった。寸前で手首をひねる。関節が外れたにしては乾いた音がした。 びくびくしながらメールを開ける。迷惑メールとかならどれだけ楽なんだろう、と思いながら。祈った。 メールを確認すると真っ先に目に飛び込んできたのはしかし「殺すぞ」という文字だった。 (ひっ) メールから放たれる殺気に思わずすくんでしまった。刃を首筋に当てられているような、鈴の倉庫からモンペチを奪ったのがばれた時のような、そんな感覚に背筋が凍った。携帯を閉じる。 (僕は来ヶ谷さんに何かしたのだろうか……) 落ち込んで机に突っ伏していると、あることに気づいた。メールの性質上、新しく送られてきたメールが最初に表示される。つまり僕は一番新しく送られていたメールを見てたのか。携帯をまた開き、メールボックスの最初の方へ進める。 メールが1分当たり50通送られてきている。単純に考えて1通1秒ちょっとで送っていることになる。きっと来ヶ谷さんの携帯は超高性能な機能を持っているに違いない。もしくは手が阿修羅みたいに八本生えているかだ。うん、十分あり得る。 メールの一件目が見えた。題名は「もし私が女体盛りをしたらどう思う?」だった。考えるだけ無駄だった。嘘だ。この文字が目に飛び込んできた瞬間に脳裏に光景が焼きついた。愚息が反応した。スカートなのに。 その後女体盛りについて三十行ぐらい詳細が描かれていた。「こう胸の谷間にミルクをだな…」とか「私で刺身を一杯やるのも、どうだ、悪くないだろう。そこに酒を…」とか。ごめん、来ヶ谷さん。これ以上は見れなかったよ。とりあえずこれだけ書いた来ヶ谷さんに謝っといた。 延々と女体盛りについて書かれたあとに「追伸」と小文字で書かれていた。 『君はなぜそんなおいしい、いや、こんな事になってしまったのか反省するといい。そして歓喜するがいい。ふふふ。放課後屋上で待っているぞ。Y』 はたしてYに意味はあったのだろうか。いやそんなことはどうでもいい。それよりも「こんな事になってしまったのか反省するといい」というのはどういうことだろう。僕は来ヶ谷さんに対してこんなおいしい、いや、むごい仕打ちを受けなければならないような事をしてしまったのだろうか。メールを開いた時とは別の怖気が走った。 そして「放課後屋上で待つ」と書いてある。今は三時間目の数学の時間。つまりこれからの四時間目、昼食、五時間目、六時間目をこの服装で過ごさなければならないということだ。 むごい。ひどい。あまつさえ誰も僕のことに気づいてくれない。胸が少し痛んだ。いや、パッドのせいで若干膨れているせいもあるのだが。 一通目のメール以外は本当に簡素なものだった。しかし百通目を超えたあたりから「制服がどうなってもいいのか」「いい加減起きろ」「しばくぞ」「もぐぞ」「切り取るぞ」「殺す」という風に変化していった。だらだらと冷や汗が流れた。 キンコンカンコーン……。三時間目の終わりを告げ、休み時間突入の合図をする鐘が鳴った。その声を受けて「起立」と誰かが言った。眠りこけていたクドや真人も体をむくっと起こし、挨拶をする。 「ありがとうございましたー」 真人がこっちを見る。 「理樹、次の時間は体育…っ」 真人が息を呑んで僕を見る。じろじろと。上から下まで。三回ぐらい往復した後真人は言った。 「お前本当は女なんじゃねぇか」 「裏切ったね!?真人だけは信じてたのにっ!僕の期待をことごとく裏切ったね!?」 涙目になりながら必死に反抗する。この姿が本当に女子に見えることにこの時僕は気づいていなかった。哀れな僕。 次の時間は体育だった。しかし用意周到なのか何だか知らないが、体操着がすり替えられていた。体操服の胸のあたりが少し膨らんでいる。こう机に広げて遠目から見てもいいおっぱいだ。小碗形の中ぐらいのおっぱいで、葉留佳さんよりも若干小さい程度だ。ラインが整っている。しかもなぜか胸の頂点に小豆大の突起が付いている。そんなにノーブラと痴女を強調したいですか、来ヶ谷さん。 仕方ないから恥を忍んで着替える。「教室に女子がいるぞ!」「痴女だ!痴女が出たぞ」とか聞こえてきたけど、知らんぷりした。いや無理だった。火山が噴火するというかプロミネンスが噴き出るというかそれぐらい恥ずかしかった。上着を脱ぐときはもう修羅場だった。真人がなんとか防いでくれたからよかったけど。 「困ったことがあったら頼れよな。こんなんになってもダチはダチだしな」 全くフォローになってなかった。 体育の時間が終わる。この時間は終始視線がきつかった。男子に交じるのはやめて女子の方へ突撃しようかと思ったぐらいだ。しかも何の仕様なのか知らないが、走るたびに胸が揺れる。ボールを投げるたびに胸が揺れる。屈むたびに胸が揺れる。もうそんな視線で見るのはやめてください、先生。 教室に戻って着替える。視線が痛い。いっそのこと女子の更衣室へ行ってやろうか。いや、やめておこう。僕の身が危ない。 「おっしメシだメシ。理樹も食堂行くか? ……ってそんな恰好じゃ無理か」 しくしくと女々しく泣く僕に真人が気遣いの声をかける。視線の雨に僕はいい加減耐え切れなくなっているところだった。 「僕の分も買ってきてよ……」 「何がいい?」 「アンパン食パンカレーパン」 「飲み物は?」 「ジャムバターチーズ」 「よし任せとけ!」 脱兎の如く真人が駆けだす。適当に頭に浮かんだ言葉を羅列してみたのだが、案外いけた。 クラスの中で僕は完璧に孤立していた。小毬さんとクドは恥ずかしくて近寄れないようだ。顔を真っ赤にしている。西園さんは両手を頬に当てて「これは書(描)くしかありません」とぼやいている。僕のこの姿はそんなにマッチしているのだろうか。また泣けてきた。仕方なくため息を吐く。 突然、本当に突然だが、尿意が襲ってきた。 (トイレ行こう…) そこで僕ははたと立ち止まった。 はたして僕はどっちのトイレへ行けばいいのか。 1、男子トイレ 2、女子トイレ **************** 1の場合 すっ……。 「うわぁぁぁ!痴女が出た!」 「俺の童貞は30まで守り切りるんだ!か、勘弁してくれえっ!」 「みんな、自分の息子を隠せ!奪われるぞ!」 ………。 2の場合 すっ……。 「あら、見かけない子ね。最近転校してきたのかしら」 「私も知らないわ……あっ、もしかして直枝君じゃない!?」 「えっウソ!? キャー変態!!」 ………。 **************** ………選択肢がない? いや、男子トイレに行った方が僕自身のリスクは最小限に抑えられる。もし女子トイレで僕が男だとばれたら殴られるどころじゃ済まされない。逆さづりくらいは覚悟するべきだろう。けど騒ぎになるのは抑えようがないと思う。教室であれだけ騒がれたわけだし。ああ、でも早くトイレに行きたい…。こんな時僕はどうすればいいんだ! 尿意は僕を飲みこもうと牙をむき出しながらすぐそこまで迫っている。 教室の隅っこで一人葛藤する。冷や汗がだらりと頬を伝う。どうしようという感情が頭の中を巡るばかりで、一向に行動に表せない。いや、もう頭の中真っ白だ。 「どうしたんだ?」 そんな葛藤をしているなか、鈴が話しかけてきた。それにも気づかないぐらい僕の膀胱は悲鳴を上げていた。若干前かがみでもじもじしているのを見ると、察したようだった。そして言った。 「なんだ、早く行ってくればいいじゃないか、『女子トイレ』」 その瞬間、僕の頭の中で何かがプチンと切れたのを確認した。うん、システムオールグリーン。異常なし。理樹、行きまーす。 結果僕は何事もなく用を足してきたのだった。女子トイレと男子トイレの違いを確認する暇さえあった。隣に誰が入っているのか妄想した。来ヶ谷さん、僕は孝行者だ。 後日鈴は「あの時の理樹は普通じゃなかった。なんというか少し足が空中に浮いてた」と語る。 「理樹、待たせたな」 そう言って真人は机にアンパン、食パン、カレーパンをどさっと置いた。 「いやーパンはすぐに買えたんだけどよ、これを探すのに苦労しちまってな」 懐から取り出してきたのは、 「ほらよ、ジャムバターチーズ味のポカリだ」 ジャムとバターとチーズが螺旋構造をしているパッケージの紙パック型ジュースだった。「脂質満点! 栄養満点!」と書いてある。確かにバターとチーズは直接脂質に繋がるだろう。きっと中庭の自動販売機から買ってきたに違いない。 「ありがとう真人。これで午後の授業を乗り切るよ」 これは後にとっておこう。来ヶ谷さんに飲ませるために。そう思って懐に忍ばせておく。 「おう、じゃあオレはひと眠りするな。授業が始まったら起こしてくれな」 そしてまた真人はいびきをかいて寝てしまった。この能天気さが今は泣けるほど恨めしい。いっそ真人と僕の服を交換してやろうかと思ったが、サイズからして無理だった。それに真人の制服は上着が極端に短い。はっきり言ってなんであんな加工にしたのかと思う。アップリケでズボンに縫い付けてやろうか。 そう考えていると、視界に影がさした。太陽の光がさえぎられている。 「おっ、これはなかなか似合ってるじゃないか、理樹」 目をぱちぱちすると、恭介が目の前に立っていた。三階からバンジーでもしてきたのか。 「冗談じゃないよ…」 はぁとわざとらしくため息をついてみる。というか本音だった。あと二時間も授業を受けなければいけないと考えると鬱になる。 「これも似合うんじゃないか?」 「早速着せ替え人形化!?」 見ると、恭介は腕に何着もの服を手にしていた。ゴスロリ、ドレス、スク水など、ほとんど一般受けしないようなものばかりだった。身の危険にレーダーが反応する。自分で自分の身を抱える。 「安心しろ。パッドは持ってきた。より取り見取りだ。水泳用もあるぞ」 親指をこちらに立てて恭介が言う。でもね、僕が言いたいのはそう言うことじゃないんだよ……。もっとこう人間としてのモラルってものが……。 「なんてな。ほんの冗談だ」 「……」 ちょっと関節を外しといた。三途の川を渡るか渡らないか、いやむしろ渡ればいいと思って容赦なく肩の骨から股間節まで色々な骨を外しといた。もしかしたら僕はこの姿の方が戦闘力は上がっているのかもしれない。床で恭介が痙攣している。マグロの解体ショーだ。服を交換しよう。そう思って恭介の制服を剥ごうとした。 「ま、待て。来ヶ谷から伝言だっ」 「ふーん」 「い、いやちょっと待て理樹ぐわぁぁぁあああ!!(バキン)」 仕方ないので首を180度左へ曲げてみた。そうすると不思議なことに恭介が黙ったので、僕は安心して服を脱がしにかかった。 脱がそうとして恭介の制服のボタンに触ろうとすると、ひゅん、と目の前を横切るものがあった。風を切って僕の机の上に突き刺さる。矢が机に高々と突き刺さっている。その矢の羽をまじまじと見ると手紙が添えられていた。それを外して読む。 『これからりっちゃんと呼ばれたいのなら恭介氏を譲ろう。しかし私の情報操作能力を甘く見るな』 ……怖い。怖すぎる。女装が解けたあとでもそんな屈辱的な呼び方をされなきゃいけないのか。あだ名がないからってこれはひどいと思う。来ヶ谷さんにかかれば学校中に広まるのは時間の問題だろう。考えただけで寒気が走る。仕方なく恭介の服を脱がすのをやめた。というか今のを見ていたのか。どこから見てるんだろう一体。手紙には続きがあった。目で追う。 『そうそう、恭介氏はそこに放置しておいてくれてかまわない。どうせ自力で帰るだろうしな』 その言葉のまま放置しておいた。すると本当に五時間目が始まるまでに消えていたから不思議だ。少しだけ、地球を百と例えると一ピコぐらいだけ見直した。 五時間目と六時間目は何事もなく過ごせた。体育とか明らかに細工されるのが分かっている授業ならともかく、教室で座っている授業だ。そう簡単に事は起こせない。 相変わらず席に来ヶ谷さんの姿はなかった。数学の時間にいないことはもう分かり切っていることだが、それ以外の授業を抜け出すことはそうそうない来ヶ谷さんにしては変だなと思った。トイレにでも籠っているのだろうか。それか保健室だろうか。女の子にはそういう日もあるんだなぁとしみじみ思いながら僕は眠りに落ちた。 放課後。待ちに待ったこの時がやってきた。どれぐらい経っただろう。三時間目から考えて悠に一日ぐらいしたのではないか。すくなくとも僕の体内時計では一年たったという声が聞こえてくる。 屋上への階段を駆け上る。スカートがひらひらして動きづらいから少し裾を短くしてみた。おお、案外動きやすい、と思いながら楽しんでいた。この時すでに来ヶ谷さんに何か大切なものを犯されていたことは僕自身否めない。 窓は開いていた。桟に足を掛け僕の豊満な、じゃない、はだけた太ももを露わにしながら屋上へと飛び込む。 「来ヶ谷さん……」 屋上の手すりに腕を掛けた姿勢で来ヶ谷さんは待っていた。遠いどこかを見つめながら。僕はその近くへと歩いていった。 「ああ、理樹くん。よく来たな」 「うん、ごめんね気づいてあげられなくて」 「っ!? 気づいていたのか!?」 「だって来ヶ谷さんは僕の大切な彼女じゃないか」 「理樹くん……」 「うん、だからほら…」 僕は懐から 「アレの日だっていじけないでよ……これで仲直りしよう……」 ロ○エを取り出して来ヶ谷さんの手にそっと渡してあげた。僕には分かっていた。必死で耐えようとしている来ヶ谷さんの姿が。だから僕は前もって鈴にロリ○をもらっていた(もとい奪ったとも言う)。「理樹はもともと男だからいらないだろぼけーーっ!」と言われて踵落としを喰らいそうになりながらもさっと身をかわし、鈴のスパッツを確認しつつ鞄の最深部から○リエをかすめ取り教室を出るまで僅か1.2秒。そのままの勢いでこの屋上まで駆けあがって来た。来る途中無性に虚しくなったのはなぜだろうか。 ○リエを手渡されたあと数秒間それを見つめていた来ヶ谷さんは、にこやかに微笑みがらどこからか取り出してきた日本刀(真剣)を取り出して僕に突きつけてきた。 「理樹くんは女心というものが分かっていないようだな。そんな恰好をしておきながら……っ」 じろじろと僕を舐め回すように見る。渾身の出来だと思ってた僕の演出にも涙を流さずに日本刀(真剣)を向けている来ヶ谷さんはどこか悲しそうだった。 「僕が何をしたって言うのさ……」 「さる偉い人はこう言った。『愛の反対は嫌いではなく無関心である』と。なあ理樹くん、誕生日を忘れるということは無関心とは言えないだろうか」 「え……」 あ、そういえば昨日は来ヶ谷さんの誕生日昨日だったような……思いきり忘れてた……、と自己嫌悪している最中に、ゴキンと言う音が右の肩甲骨あたりから聞こえてきた。腕がだらんとぶら下がる。どうやら肩甲骨が外れたらしい。にこやかに来ヶ谷さんが僕の肩甲骨あたりを鷲掴みしている。爪が肉に食い込んで痛い。 やられる。戦闘力を数倍上げたこの僕がここまでこてんぱんにされるとは思ってなかった。身の危機を察した僕は、動く左手で懐に忍ばせていたジャムバターチーズ味のポカリに手を伸ばし、目にもとまらぬスピードでストローを来ヶ谷さんの口の中へと入れる。パックの側面を押す。 「っつ!? ーーーーーっ!」 どうやら相当不味かったみたいだ。僕の右肩から手を離し、口に手を当てて今にも吐きそうな体勢をとっている。そうして怯んでいる隙に、僕は口を押さえてる手を振り解いて来ヶ谷さんの唇を奪った。 「っん…」 口の中に飲み込めずに残っていたジャムバターチーズ味のポカリをかき混ぜる。ドロッとしていて脂くさく、それでいて甘い絶妙な珍味だった。これがキスの味か……と思いながら貪っていた。 「ふ……んぅ」 息がきつくなってきたので唇を離す。来ヶ谷さんと視線が合い、じっと見つめる。 「理樹くん……聞くが、この青春のどろどろな三角関係を描いたような飲み物は一体なんだ」 「きっと僕と来ヶ谷さんと誰かを描いたようなジュースだよ」 「ほほぅ、つまり理樹くんは二股をかけていると言いたいのだな。そうかそうか」 来ヶ谷さんの後方から怒気と殺気と嫉妬が立ち上る。言い訳をする暇もなく、僕の左肩の肩甲骨は右肩の三倍激しい音を立てて崩れ去った。 後日来ヶ谷さんがバイだという噂が広まったのは、また別の話。 [No.557] 2009/12/04(Fri) 23:11:57 |
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