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「はい、それ! ポンポンポーン!」 葉留佳の高い声が、来ヶ谷の部屋に響き渡る。 「ふっふっふー。お姉ちゃん、あンた、背中が煤けてますネ」 「またぁ? あんた、いい加減にしてよね」 「イヤイヤ、いい加減にして欲しいのはお姉ちゃんのほうですよ。折角クリスマスプレゼントに私とお揃いの服を買ってきたのに。何で着てくれないんですか?」 「あんな服、着れるわけ無いでしょう!」 「やはは」 年越し麻雀を始めて、もうどれくらい経っただろうか。既にニ、三半荘が終わり、四半荘目の東二局。 今日の葉留佳はいつにも増してハイテンションだった。機関銃のように喋り続けながら、鳴き、牌を捨て、そしてアガり続けた。彼女は「いやー、お姉ちゃんと二人でらぶらぶクリスマスを過ごしたから、調子いいんですカねー」と、周りの苛立ちを解さない発言を繰り返す。 仲睦まじくクリスマスを過ごしたというのは本当だろう。場の皆がうんざりしているにもかかわらず、佳奈多は葉留佳のお喋りにいつも通り突っ込みを入れるのを忘れない。彼女も機嫌がいいのだろう。頬を紅潮させながら、葉留佳とのお喋りを続け、牌を切っていた。 このニ、三半荘は全て、葉留佳の独壇場だった。そのことが葉留佳を増長させ、お喋りをさらに加速させる。 「あっ、それローン! 姉御、中、混一色、ドラドラの親満ですネ」 「いい加減、鬱陶しくなってきたな、君は」 一万二千点を事も無げに渡す来ヶ谷。持ち点は既に一万点を切っていた。 しかし、ここで終わる彼女ではない。そのことは葉留佳を含む三人とも織り込み済みだった。 再び東二局。ここで早くも風が変わる。 この局でも葉留佳の好調さは陰りを見せなかった。得意の鳴き麻雀を展開し、六巡目には三副露(フーロ)、聴牌(テンパイ)に持ち込んでいた。 しかし、それからが手が進まず、十三巡目になっても誰からもロン牌が切られることは無かった。 特に気になるのは、来ヶ谷だ。葉留佳の待ちは三、六筒。それに対して、来ヶ谷の捨て牌は九筒、四筒、五筒と、葉留佳の待ちを絶妙にかわし切っているのだ。しかし、葉留佳はそろそろ来ヶ谷から自分のロン牌が出るだろうと高を括っていた。まだ四牌とも山か、来ヶ谷、美魚の手牌の中にある。そう確信していた。 来ヶ谷がツモる。葉留佳は来ヶ谷の手を見つめる。 だが、来ヶ谷の手は一向に牌を捨てようとはしない。痺れを切らした葉留佳が来ヶ谷の顔を見上げると、不敵な笑顔がそこにあった。 「どうした、葉留佳君。これが欲しいのか? この、いやしんぼめ」 来ヶ谷は両手を使って手牌から二つを皆に見えるようにひっくり返す。 それは三筒。 次の瞬間、来ヶ谷からの冷酷な宣言。 「カン」 美しい所作で四つの牌が卓の隅に送られる。その様子に葉留佳が呆然とする。その間に、来ヶ谷は王牌(ワンパイ)に手を伸ばす。 そして。 「ツモ。嶺上開花(リンシャンカイホウ)のみだ」 来ヶ谷が手牌を倒す。 その瞬間、彼女の手牌を食い入るように見つめたのは、意外にも佳奈多だった。佳奈多の顔色がすっと青褪める。 そこにはまたしても四つの六筒。葉留佳のロン牌は全て押さえられていたのだ。 「いや、君達の芸にはなかなか楽しませてもらったよ」 来ヶ谷が唇を開く。その言葉に葉留佳がびくりと身を竦ませる。 「すぐに通しだとは気付いたんだが、サインが掴めなくて苦労したよ。いや、一局ごとにサインのルールを変えてくるとは。恐れ入ったよ。考えたのは勿論、佳奈多君以外に居ないだろうが、こんな複雑多彩なサインを覚えた葉留佳君も尊敬に値するよ」 佳奈多が舌打ちをする。 「放っておけば、そのうちニのニの天和でも見せてくれるかと思ったのだが。ここまでならば、もう興味は無いのだよ」 「あ、姉御。ちょ、ちょっと私達ジュース買ってくるね」 葉留佳が、慌てて佳奈多の肩を掴んで立たせる。 「ああ、いくらでも打ち合わせしてくれ」 逃げるように部屋を出て行く葉留佳と来ヶ谷を睨み続ける佳奈多。二人が居なくなった後には来ヶ谷と美魚だけが残った。 「いいんですか? また、サインを変えてくるのではないでしょうか?」 「構わんさ」 暫くして姉妹が部屋に戻ったとき、何故か部屋の窓が十センチほど開けられ、網戸になっていた。 「あれ、姉御。なんで窓開けてるの? 寒いから閉めようよ」 「ちょっと空気を入れ替えようと思ってな」 来ヶ谷の言葉に、渋々といった様子で葉留佳は炬燵に入る。 「さて、次は私が親だ」 じゃらじゃらと牌が混ぜられ、山が作られる。来ヶ谷が賽を振り、配牌を行う。 四人が黙々と理牌(リーパイ)をする中、佳奈多は葉留佳と目配せをする。新しくサインを変えれば暫くは凌げる。その間に圧倒的点差をつけてしまえば来ヶ谷はどうすることも出来ない。 二人が意識を理牌に戻したとき、一陣の風が吹いた。 場の三人が窓がある来ヶ谷の方を向いた。彼女は既に理牌を終えていたらしく、不敵な笑みを浮かべていた。 だが、全員が理牌を終えても、来ヶ谷は一向に牌を切らない。その様子に、佳奈多は苛立つ。 「ちょっと、来ヶ谷さん! いつまで悩んでるんですか!」 「いや、君達が次にどんな手で来るのかと思ってね」 「はっ。そんなこと、悩んでても意味ないじゃないですか」 「まぁ、その通りだな」 どこか寂しそうに笑う来ヶ谷。次の瞬間、左手の親指を、右端の手牌の表にあてがうとそのまま左手を左にスライドさせる。 パタパタと顕わになる、来ヶ谷の手牌。佳奈多には彼女が何をしているのか理解できなかった。 「天和だ」 途端に姉妹が、卓に身を乗り出す。来ヶ谷の言う通り、既に上がっていた。 「こんなのイカサマよ!」 「今まで散々やってきた君が言う台詞じゃあ無いな。それに証拠はあるのか? 私がイカサマをしていたという証拠がな」 「くっ……」 「親の役満だから一万六千オールだ、諸君」 姉妹が卓上に崩れ落ちる。その様子を、来ヶ谷は哀れみを込めた微笑で見つめていた。 「夜に燕が見えるとは。珍しいこともあるものですね」 美魚の言葉に、不敵な笑顔を浮かべる来ヶ谷。まさか気付かれていたとは。 燕返し。 来ヶ谷は全員が理牌をしている一瞬にそれを行った。両の手が十四枚の手牌を掴む。来ヶ谷の圧倒的な膂力(りょりょく)が牌の列を、嵐を思わせる速度で飛翔させる。そして自分の積んだ山を掠り、音も立てずに自分の山に積んだ十四牌とすりかえる。 通常、相手の集中力がほとんど無い状態でしか成功しないこの離れ業を、難なく、それもこのような速度でやってみせたのは、来ヶ谷の誇る身体能力の賜物であろう。 それゆえに来ヶ谷は戦慄する。絶対の自信を持つ、嵐の燕が見切られていたことに。 この局以降、姉妹の勢いは無く、来ヶ谷の独壇場と化した。場には来ヶ谷の嵐が、文字通り吹き荒れていた。 美魚の言葉が引っかかり、燕返しこそ一度しか行わなかったが、来ヶ谷は小規模な左手芸や握り込みを多用することで圧倒的優位に立っていた。彼女は常にツモの際にオーバーアクションを取る。そのため、誰も彼女のイカサマを追及することが出来なかったのだ。 そのままの状態が数半荘続く。 それでも来ヶ谷は内心焦っていた。美魚の存在に対して。 ずっと気にはなっていたのだが、自分の独壇場になる前から、いや麻雀を開始してこのかた、美魚は直撃を受けたことが無い。それだけであれば、まだ納得がいく。ただ、守りに徹した打ち方をするのだと。美魚の場合、そうでは無い気がするのだ。時折、美魚が上がるとき。相手が牌の切り方を変えれば、それに合わせて自分の手も変えていく。彼女の捨て牌を見れば、そんな気がしてならないのだ。 自分の麻雀は例えるなら、遥か上空から獲物を見定め、急降下して一瞬にして相手を死に至らしめる二羽の猛禽。それに対して美魚の麻雀は、山深い森にひっそりと佇み、運悪く足を踏み入れた人や牛馬を飲み込んでいく底無し沼。そんな印象を受ける。 これは少し探りを入れる必要があるな。 来ヶ谷はそう決意し、美魚に揺さぶりをかける。 来ヶ谷のツモ番。彼女の右手は空を切る。普段よりもオーバーな動き。彼女の猛禽が、美魚の眼前ギリギリを掠る。美魚の前髪が風に踊る。更に猛禽は上空を旋回し急降下する。そして山から牌をその嘴に咥えると巣に戻る。その際に美魚の手牌を幾つか倒していく。 「おっと、済まない。手が滑った」 「……」 美魚は怒りをその瞳に湛えて、来ヶ谷を見つめた。 さて、美魚君はどう出るかな? 「来ヶ谷さん。悪戯をするのは構いませんが、度が過ぎてます。あまりやんちゃをするようでしたら、その指、切り落としますよ」 おお、怖い怖い。 そう思う一方で、来ヶ谷は杞憂であることを知る。 ところが。 美魚は来ヶ谷の山、その左端を指差した。 「全然関係ありませんが、そこの牌は一索ですね」 「? 何言ってるの、みおちん」 その言葉を聞いた来ヶ谷は、突如として手牌の順番をバラバラにする。 その様子を不思議そうに、そして不安そうに見つめる佳奈多。 そこからの来ヶ谷は明らかにおかしかった。いつも通りを装うものの、それ以降はずっと平手でやっていたし、手牌をバラバラにしてしまったせいで自分の手が何処まで進んでいるのかさえ分からなくなっていた。 そして誰もが自分の手を伸ばすことが出来ないままに、局の終盤。先程美魚が指差した牌を葉留佳がツモろうとする。 「そいえば、これ。みおちんが何か予言してたヤツですネ。さーて、何が出るかなっと」 途端に葉留佳の顔が引きつる。そして、ツモった牌を佳奈多や来ヶ谷に見せる。 その牌は、確かに一索だった。 部屋の空気がニ、三度下がった気がした。 「何ィィぃぃぃ!」 姉妹が騒ぎ出す。その様子を頭を抱えて眺める来ヶ谷。 騒然とした空気の中、超然とした態度で美魚は口を開く。 「お察しの通りです。来ヶ谷さん」 来ヶ谷にも、その牌が一索であることが分かっていた。なぜならその一索こそが、右手の猛禽が美魚を襲った際にすり替えた牌だったから。 あの時、右手はあくまでも陽動。本隊は左だったのだ。右手の派手な動き、それに加えて美魚の視界を塞ぐことで、周りの人間、そして美魚から左の猛禽への注意を完全に逸らしたはずだった。 それを、完全に見切られた。 それだけではない。一索はもともと自分の手牌。 「美魚君。良く分かったな」 「何がですか?」 美魚は底意地の悪い表情を、来ヶ谷に向ける。 その言葉に来ヶ谷は、沈黙する他無かった。その質問に答えることだけは出来なかったから。来ヶ谷は唸りながら、美魚を睨み付けるだけだった。 視線だけで丁々発止とやり合う美魚と来ヶ谷。その二人をただただ不安そうに見つめる葉留佳と佳奈多。 「うふふ」 魔女のような笑みを浮かべる美魚。 「私にはね、生まれつき千里眼があるんですよ。遠い他人の見た風景を見たり、未来を見たり。そんなことができるんです。だから私には、皆さんの手牌が全部、透けて見えるんですよ」 「な、ななな何だってぇぇェェ!」 葉留佳が大袈裟に驚く。美魚の言葉を真に受けたわけではないだろう、しかし佳奈多も美魚の薄気味悪さに背筋が凍る。 「冗談もそこまでにしたらどうだ? してくれてもいいだろう? 種明かしを」 「厭ですよ。貴女だけ秘密なんて」 来ヶ谷は、とことん意地の悪い美魚の言葉に、自然に舌打ちが出てしまった。 「じゃあ、私が種明かしをしてやろう。美魚君はな、我々の手牌を捨て牌から把握してるんだよ」 「ご明察。流石は来ヶ谷さん。理牌なんかするからですよ。私に手牌の中身を晒しているようなものです」 全員が沈黙する。部屋から不気味な地鳴りが聞こえてくる。 やがて、来ヶ谷はくつくつと笑い声を上げる。 「どうしました? 来ヶ谷さん」 「ははっ。久々に本気で愉しくなってきたよ。初めは退屈なお遊び気分だったが。まさか皆がここまで面白い芸を持っていたとはね」 「貴女も相当なイカサマの腕をお持ちで」 「美魚君。私をイカサマだけの女だと思ってくれるなよ。イカサマ『程度』で終わると油断していただけだ」 「では平手でやるお覚悟があると?」 美魚は見下した目で来ヶ谷を見る。 「見せてやるさ、私の覚悟をな。でも君も見せてもらうぞ。全員手牌を相手に見えない状態で麻雀をする覚悟をなぁ」 来ヶ谷の挑発に、美魚は珍しく、怒りのような喜びのような、そんな感情を顕わにする。ぎらぎらとした目で来ヶ谷を見つめる。彼女の口が魔女の窯のように開かれる。 「私が、本当に皆さんの手牌を見ないと何も出来ないとお思いで?」 地響きはどんどん大きくなり、今にも部屋が崩れ落ちそうになる。 二人の声を殺した笑いが部屋を満たす。 このあと何があったのか、全裸の四人を来ヶ谷の部屋で見つけてしまった小毬には永遠にわからないであろう。 小毬は思う。世の中知らない方が幸せなことは結構身近にあるものだと。 [No.564] 2009/12/05(Sat) 23:55:40 |
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