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all 第31回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/04/16(Thu) 20:43:24 [No.57]
しめきりる - 主催 - 2009/04/18(Sat) 00:26:33 [No.67]
甘美なる世界、その断片 - ひみつ@6760 byte ごめんなさい - 2009/04/18(Sat) 00:10:00 [No.66]
[削除] - - 2009/04/18(Sat) 00:05:34 [No.65]
カウリスマキの友人 - ひみつ@19947 byte - 2009/04/18(Sat) 00:00:50 [No.64]
家族だんらん - ひみつ@6750byte - 2009/04/17(Fri) 23:59:45 [No.63]
Gently Weeps(静かに泣く) - ひみつ@13001 byte - 2009/04/17(Fri) 23:58:54 [No.62]
ごーすと・はっぴーえんど? - ひみつ@7616 byte - 2009/04/17(Fri) 22:52:27 [No.61]
空色グライダー - ひみつ@20470 byte - 2009/04/17(Fri) 22:04:03 [No.60]
「せーのっ!」 - ひみつ@9983 byte - 2009/04/16(Thu) 22:25:38 [No.59]


ごーすと・はっぴーえんど? (No.57 への返信) - ひみつ@7616 byte

 実のところ、その幽霊がいつ僕に取り憑いたのかはよく分からない。
 見えるようになったのは間違いなく修学旅行での事故の後だけど、あの事故が原因で幽霊に取り憑かれるというのもおかしな話だろう。なにせ、あの事故では奇跡的に死人が出なかったのだから。それならば、例の臨死体験――僕が思うに、あそこはこの世とあの世の狭間みたいなところだったのではないか――をきっかけに、そういうものが見えてしまうようになったと考えたほうが納得できる気がする。一歩か二歩かはわからないが、あっち側に踏み込んじゃったわけである。うわあ。
 とはいえ僕以外の誰も幽霊の類が見えるようになったわけでもなく、結局のところ僕は頭でも打ったに違いないのだ。それだけなのだ、きっと。うん。とはいえ、入院中に精神科の病棟へ移ることをさりげなく勧められた時には、丁重にお断りしたけれど。



 暦はすでに十月である。忌々しい思い出に成り果てた修学旅行から、もうすぐ四ヶ月が経つ。つまり、僕と謎の幽霊少女との付き合いも、それだけになるということだった。目を覚まして、僕の上をぷかぷかと浮かびながら眠っている女の子の姿に驚くことも、もうない。慣れとは恐ろしいものだった。
 いつもならさっさとベッドから出て着替えるところだが、今日は休日である。せっかくなので二度寝しようと思い立った。が、なんとなく、すうすうと無防備に寝息を立てる彼女の姿を観察してみようなどと考えた。
 もっとも、実際には寝息なんて聞こえないのだが。
 彼女にはそもそも、音というものがなかった。口をいっぱいに広げて何事か叫んでいようとも、僕には彼女の声は聞こえないのだ。わずかな息遣いや布擦れの音すらも同様である。たぶん、僕程度の霊感では彼女の姿を見るので精一杯なのだろう。あと何回か死にかければ声が聞こえるようになるかもしれないが、御免蒙りたいことこの上ない。というか、普通はまず声が聞こえるようになって、それから姿が見えるんじゃないのだろうか、こういうのって。
 まあそれは置いといて、観察する。幽霊の少女は、アレである。可愛い。美少女と形容して差し支えないだろう。とはいえ、これが幽霊じゃなかったらなぁ、と嘆くようなことはありえない。というのも、彼女は子供だった。背は低いし胸は薄い。いやまあクドみたいなのもいることだから、このナリで実は同い年だったりするのかもしれない。それ以前に幽霊に歳という概念を当てはめられるのかが謎だが、とにかくロリコンなんてのは恭介一人で十分であって、僕にはまったくその気はないのである。昨日だったか一昨日だったか、ものすごく勇気を振り絞ってくれたっぽいクドにごめんなさいしたのも、今ではいい思い出なのだった。
 結局少女は昼過ぎまで目を覚まさなかった。



 特に行くあてもなく街をブラブラしていた僕たちは、いつの間にかどこぞの大型書店に辿り着いていた。西園さんと来たことがあるような、ないような。別に僕は入るつもりはなかったのだが、彼女がスカートをひらめかせながら飛び込んでいったので、仕方なく後を追った。
 まっこと不思議な幽霊である。寝る時はパジャマだし、起きてる時は何種類かの私服を着こなしている。最近は学校の制服がお気に入りなのか、そればっかりだが。黒を基調とした制服のデザインはたぶん大人っぽいと言っていいのだろうけれど、見るからに子供っぽい彼女には実にミスマッチで、それがなんとなく魅力的に映る。ともかく、着替えをする幽霊ってのは実におかしいと思うのだがどうだろう。ちなみに着替えている瞬間を目撃したことはないので、どういうメカニズムなのかは不明だった。魔法少女の変身みたいなものかもしれない。
 店内を適当に彷徨っていると、幽霊少女が奥のほうから手招きしているのが見えた。なにやら興奮している様子だが僕は無視して週刊誌コーナーに向かう。今週、いや、もう先週か。まだジャンプ読んでないんだけど、残ってるだろうか。残ってなかったので、しょうがなくサンデーを手に取った。
 しばらく読んでいると、誌面からにゅっと腕が生えてきた。ビビる。次いで、膨れっ面のロリフェイスのお出ましである。彼女は幽霊なので、物体の透過なんてお茶の子さいさいなのだった。逆に言えば、彼女はこの世のものを触れない。つまり腕引っ掴まれて無理やり引っ張られていくこともないので見えないフリすればいいのだが、上目遣いでむーっと睨まれてしまっては嘆息せざるを得ない。
 僕が着いてきているか確認しているのか、しきりに振り返りながら奥の方へと進んでいく彼女の後を追う。やがて彼女は動きを止めて、一冊の本を指差した。『はじめての手話』。
「欲しいの?」
 こくこく、と頷く。
 なんと彼女は、僕とのコミュニケーションを図るために手話を習おうというのだ! なんだこの幽霊!
「でも読めないよね」
 彼女はこの世のものに触れることが出来ない。
 今になって気付いたらしいアホ丸出しの幽霊娘は、ひどくショックを受けたような表情を浮かべてずーんと影を背負って落ち込み、しばらくすると逆ギレしたのかぎゃーぎゃーと喚き始めた。聞こえないけど。聞こえないけれど、アテレコしてみたらいい感じにハマりそうな気がするのはなぜだろう。
 子供にやるみたいに、僕が読み聞かせてやれば彼女も読めるのだろうけどそれは面倒だったので、手話の本はスルーした。声は聞こえなくたって、何を言ってるのかはなんとなくわかるので、そもそも必要ないのである。わからないことなんて、それこそ名前ぐらいのものだ。



「お風呂入りたいんだけど」
 告げると、彼女は頬を薄らと染めた。幽霊というとどうにも陰鬱なイメージが付きまとうが、彼女は真逆でかなり感情表現豊かだったりする。お陰で特に問題なくコミュニケーションを取れるわけだが。
 彼女は僕に取り憑いているわけなので、僕からあまり離れることができない。できないはずなのだが、さっきの本屋ではめっちゃ離れてた気がする。よくわからないけど、とにかくトイレやら風呂やら自慰やら、年頃の男の子としては色々気になってしまうのである。トイレや風呂は向こうがそっぽ向いててくれるからいいけども、さすがにアレはちょっとどうかと思うので、僕は四ヶ月近くオナ禁を強いられているのだった。いくら幽霊とはいえ一応女の子なので、まあそういう気遣いは必要だろう。
 しかしこの日の僕は少しばかりイカレていたのかもしれない。
「一緒に入る?」
 数秒の沈黙の後、ぼんっ、と音がして、いや聞こえないんだけど、彼女は顔を真っ赤にしてぎゃあぎゃあと喚き始めた。いや聞こえないんだけどね、うん。
 正直言ってこんな幼児体型にはまったく興味ない上、四ヶ月ぶん溜まってるというのにまったく性欲は涌き上がらないので無論冗談だったのだけど、その、なんだ。そんな過剰に恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
 生きてたら唾飛ばしまくってたであろう幽霊娘が、ピタリと黙った。まあ元々無音だったんだけど。どうしたのだろうと思って見ていると、やがて、小さくゆっくり、首を縦に揺らした。
 マジで?

 何やら僕が先に湯船に浸かることになったので、脱衣の瞬間を目撃することは叶わなかった。いやなんかこれだけだと実に変態っぽい文言だけども、単に興味があるだけだから。知的好奇心を刺激されてるだけだから。より変態ちっくになった気だするけどなんでだ。
 理不尽さを感じながら悶々していると、やがてバスタオルで前を隠してるだけの身なりで、幽霊少女が浴室のドアをすり抜けて入ってくる。きぃっと音を立ててゆっくり開いていくドアに合わせて心拍音がメチャクチャに上がりまくるとかいったシチュエーションは介在する余地もない。
 彼女の裸身は、たぶん綺麗だった。彼女は幽霊なので元々身体が透けてる上、けっこう湯気が上っているので、たぶん。確実なのは、色気が圧倒的に足りてないことぐらいか。
『――――』
 じ、じろじろ見ないでよっ。
 だろうか。たぶんそんな感じだろう。まああんなぺったんこには興味がないので、自然な感じで視線を逸らしてあげた。
 気のせいか、水面に波紋が広がった気がした。彼女が、お湯に爪先を浸けている。
 幽霊がお風呂に入るっていうのは、どういうことなんだろう。今までの例から考えれば、彼女は水やお湯に触れることもできない。ただお風呂に入るフリをしているだけで――。
 彼女の小さな身体は、すっぽりと湯船に収まった。狭い湯船の中で、僕と彼女の身体はきっと、色んなところが触れ合っている。なのに、彼女の肌の滑らかさも柔らかさも温かさも、感じることはできないのだ。そして、向こうにとってもそれは同じで。
 今になって僕は、それがひどく悲しいことであるように思えた。
 そんなことを考えていると、居心地悪そうにそわそわしていた彼女と目が合った。すぐさまそっぽを向かれてしまう。お湯の熱さを感じられない彼女の顔が真っ赤になっている理由は、一つしかない。
 彼女が何かを感じるのは、僕とのやり取りの中だけなのかもしれなかった。
『――――』
 彼女が何事か呟いた。それは何か、とても――。
 なんと答えようか迷っているうちに、僕の口は勝手に言葉を吐き出している。
「ボドドドゥドオー」


[No.61] 2009/04/17(Fri) 22:52:27

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