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< ≪それは一瞬だった。 「――――ッ!」 下層に降り立った、まさにその一瞬のうちに、理樹と沙耶は無数の影に囲まれていた。 これまでと違うのは、その尋常ではない“数”と、影達がまるで2人を待ち構えていたかのように、すでに攻撃態勢を取っていることだった。上の階までと同じような奇襲戦法は、もはや通用しない。 しかし、理樹と沙耶が慄いたのは……その、絶望的な状況に、ではない。 「……まさか、こんなに早くお出ましとはね」 沙耶が、あくまでも不敵に言い放つ。しかし、隣に立つ理樹にはわかっていた。ここまで共に歩んできた2人だからこそ、わかってしまう。沙耶のその言葉の裏にある、なけなしの“強がり”が。 銃を手に取って間もない理樹ですら――いや、だからこそかもしれない――、感じ取ることができた。“絶望”よりも、なお深く暗い、圧倒的な、その“闇”を。 声が、響く。 「よく、ここまで来た。“組織”のエージェント……いや、ここでは朱鷺戸沙耶と呼んでやったほうがいいか……? そして――」 「……ッ! 理樹くん、構えてッ!」 「直枝、理樹」 ゆらりと、暗闇の中に白い面が浮かび上がった。仮面。能面のような不気味な“ソレ”に――“ソレ”で顔を覆い隠す、長身細身の男の姿に……理樹は、息を呑む。理樹は、銃を構えることができなかった。 「まさか、おまえまで一緒とはな……ふっ、こんなところまで……呆れたものだ」 「理樹くん、何してるの! 早くッ!」 沙耶の焦ったような声にも、理樹は反応することができない。 仮面の男が放つ威圧感に圧倒され、呑まれている――ただそれだけのことが理由というわけでは、ない。理樹は、この男に、銃を向ける理由を見つけることができなかったのだ。 (僕は……“彼”を……知って、いる) 仮面の男との遭遇は、これが2度目だ。1度目は、このダンジョンのファーストフロア。学園地下のダンジョンへと踏み入ろうとする理樹と沙耶の前に、分身を投影させて現れたのだ。 だが、理樹は“それ以前にもこの男に会っている”ような気がしてならないのだ。 震える唇から、声を絞り出す。 「あんたは……誰だ。誰なんだ」 「……くくく。自己紹介は済ませているはずだがな。忘れてしまうとは、酷いものだ」 「…………」 「ならば、もう一度告げよう。我が名は……我が名は、時風瞬。闇の執行部当代の部長にして、おまえたちの――敵だ」 瞬間! 銃声! 理樹ではない。構えてもいなければ、引鉄に指をかけてすらいない。ならば―― 「――沙耶!」 振り返る。 沙耶の手にあるコルト・ガバメントの銃口から、一筋の細い煙が上っていた。 その、沙耶の眼が。驚きに、見開かれていた。 「く、くくく……まったく……人の話に割り込んでくるとは、無礼な女だ」 「そん、な――」 再び、振り返る。仮面の男――時風瞬の身体には、いや、その身を覆う制服にすら、傷のひとつも存在していなかった。 ありえない。沙耶の銃の腕を、理樹はよく知っている。その沙耶が、この距離で外すなど、ありえるはずがなかった。 では、時風がよけたのか? それとも、取り巻きの影たちが盾に? そんなはずはない。沙耶の銃撃は、まったくの――理樹にとってすら――“不意撃ち”だったのだ。なによりも、そんな素振りがなかったことは、理樹がその眼で見ている。 ならば、どうやって―― 「う、ああああああああああああああああああっ!!」 銃声が連続する! 耳を劈くようなその嵐の後、静寂の中でカチリカチリと、弾切になった銃の引鉄を引き続ける音だけが残る。 時風瞬は、揺らぎもせずに立ち続けていた。銃弾は、時風瞬の身体に、まるで吸い込まれるかのように消えていった。 「無駄だ」 時風瞬が、言い捨てる。 「あ……」 ガチャン。無骨な銃が、少女の華奢な手から堕ちた。 「我が能力――『超時空因果律操作/クロスゲート・パラダイム』の前では、そのようなもの……児戯と変わらん。諦めろ。おまえに俺は、倒せない」 超時空因果律操作――クロスゲート・パラダイム。限定された空間の因果律を自在に操ることで、その中で己の思うままに世界を構築する……それは、能力の保有者を限定空間の“神”に等しい存在へと昇華させることと同義である。 あまりに――あまりに、圧倒的。 これが――“絶望”よりも、なお深く暗い、圧倒的な、“闇”……その、正体。 「三度、告げよう。そして、その心に刻み込め。我が名は、時風瞬。ヒトを、超越する存在――」 「――違うッ!」 理樹が、吠えた。その華奢な身体を恐怖に震わせながらも、精一杯に声を張り上げて、吠えていた。 「ほう……面白い。ならば訊こう、直枝理樹。何が、“違う”というのかを」 一度、大きく息を吸って、吐く。 「あんたは……あんたは、“時風瞬”なんかじゃない。あんたの、本当の名前は――」 確固たる意志を込めた瞳で、時風瞬を見据える。 「――恭介。棗、恭介。そう、なんでしょ……?」 棗、恭介。理樹の口から出たその名に、時風瞬は、初めて動揺したような素振りを見せた。 「なにを、言うかと思えば――」 「ごまかしたって、ダメだ」 「――――ッ!」 「だって、僕は……もう、2度も“時風瞬”に会っているんだ。それで、この僕が……気付かないはずがない。恭介だって、わかってるでしょ……?」 「…………」 棗恭介。闇の執行部の陰謀により命を落とした棗鈴の実の兄であり、1年前、唐突に、何の前触れもなく姿を消した……理樹にとって、何よりも大事な、存在。 「ふ……ははは。ふはははは!」 “時風瞬”が、笑い声をあげる。それまでの冷徹な声とは質の違う、楽しげな、それでいて切ない声を。 「まったく……かなわないな、おまえには」 “時風瞬”が、ゆっくりとその仮面を外す。 「ふ……こうして“面”と向かっておまえと話すのは……どれくらいぶりになるのかな」 「1年と13日、2時間41分19秒ぶり……かな」 「ははっ……相変わらず几帳面だな、おまえは……理樹」 そこには、理樹のよく知る――棗恭介の姿が、あった。暗がりの中でもよくわかる端正な顔立ちには、今にも泣き出してしまいそうな、不自然な笑みが浮かんでいた。 恭介が、告げる。 「地上に戻れ、理樹」 「恭介……」 「俺はもう、日の当たる場所には戻れない。だが、おまえは違う。今ならまだ、おまえはあの場所に、あのあたたかい場所に戻れるんだ。だから――」 「…………」 「……今日のところは、見逃してやる。そして、二度とこの地下迷宮には近付くな。もしもまた、おまえと会うようなことがあれば――その時は、殺す」 「――ッ!」 理樹の身体が、硬直する。恭介の言葉には、違えようのない殺意が込められていた。恭介は、本気だ。理樹が再び迷宮に潜るようなことがあれば、その時は―― 「そういうことだ、理樹。もう、二度と会うことはないだろう」 それが、最後の言葉だった。恭介が身を翻して、理樹に背中を見せる。その背中が、理樹にはとても遠く感じられて―― 1年前、恭介が姿を消したあの日のことを思い出す。あの時感じた痛みを、悲しみを思い出す。あんな、辛く苦しい思いは、もう二度と―― 「待って、恭介っ!」 気付けば、声が出ていた。立ち去ろうとしていた恭介が、その歩みを止めた。 「……俺のことはもう忘れろ、理樹。昔とは、立場も関係も変わってしまった。俺達は、もう一緒には……」 「そんなことわかってる! それでも僕はっ、僕は……っ!」 「理樹……」 恭介が振り返った。理樹は、駈け出していた。勢いのままに、恭介の胸に飛び込む。恭介はそんな理樹を優しく抱きとめながらも、その勢いを削ぎ切れずに、冷たいコンクリートの上に、2人は倒れ込む。 理樹が、恭介を押し倒したかのような状態だった。 理樹が、叫ぶ。 「僕の気持ちは変わらない! いや、あの頃よりずっとずっと……っ、だからっ!」 「理樹……辛い道を歩むことになるぞ? いい、のか……?」 「大丈夫……恭介と一緒なら、どんな辛いことにも耐えられる。恭介が傍にいないことより辛いことなんて……何も、ないんだから」 恭介が、驚いたかのような表情を浮かべて……小さく、笑った。 「後悔、するなよ。二度と離さないからな……理樹……」 「恭介……」 恭介の腕が、理樹の背に回って、女の子のようなその華奢な身体を抱き締める。2人の顔が近付く。やがて、互いの唇が、重なった。 小鳥の囀りと温かな陽光に、理樹は目を覚ました。 ふと、身動きが取れないことに気付く。それもそのはずで、理樹は白いシーツのベッドの上で、恭介の腕に抱かれるようにして眠っていたのだ。 「もう、恭介は……」 仕方ないので起き上がることは諦めて、恭介の寝顔を観察することにした。穏やかに寝息をたてて眠る彼の顔は、とても安らかだった。 (寝顔は昔と変わらないな……) 子供のころ、よくこうして並んで昼寝していたことを思い出す。なんだかおかしくなって、理樹はそっと恭介の頬に手を伸ばした。 ちょうどその時、恭介が目を覚ました。 「あっ、ごめん、起こしちゃった?」 慌てて手を引っ込めると、恭介は理樹の顔をジッと見つめながら、言った。 「そっちじゃない……」 「へ?」 「下で硬いのが当たってる……」 恭介の視線が、そちらに移っていた。理樹の顔が、通常の3倍の速さで真っ赤に染まっていく。 「ご、ごめんっ!! きょ、恭介、ぼく……その、ええとっ!」 「……ははっ。いいさ」 恭介は笑いながら、むくりと身体を起こした。シーツがずれ落ちて、引き締まった身体が露わになる。そうして、理樹の頭の上に手を乗せると、ゆっくり優しく、撫でてみせる。 「そんなになってしまう程……俺のことを想ってくれてるってことだろ」 理樹が、さらに顔を赤くして縮こまる。ただ、下のものだけは、縮こまらなかった。 「その熱い想い、もっと俺に感じさせてくれ」 「あっ……きょ、恭介……だめっ、や、んん……っ」 恭介が、理樹の股間に顔を埋める。 1年もの間離れ離れになっていた隙間を埋めるかのように、2人の情熱的な時間が始まった。≫ 「最初に言っておきたいことがある」 「なんでしょう」 「これを最後までツッコまずに読んだ僕を褒めてぇぇぇぇぇっ!!」 「よしよし。なでなで」 「うがあああああっ!!」 「逆ギレはよしてください」 「ふぅはー……! ふぅはー……! なに!? なんなのこれ!? 途中までちょっと厨二っぽくはあるけどなんとなくいい感じだったのになんでいきなりBLになってんの!? 沙耶どこいった! 沙耶どこいったぁぁぁっ!?」 「どこにも行っていませんよ。黙って成り行きを見守っています」 「それってどう考えてもおかしいよねぇ!?」 「何もおかしいことなんてありません。目の前でBL展開が繰り広げられているんですよ? 女性なら傍でBLが見られるだけで幸せなんですから、邪魔なんてするわけないじゃないですか」 「その歪んだ常識を当然のように語るのはやめようよ! えぇい、西園さん、そこになおれぇいッ!」 「はい。よいしょ」 「なに胡座かいてんの!? ナメてんの!? 正座しなさい正座っ!」 「しかたのない人ですね……」 「なんか僕のほうが聞き分けないみたいにするのやめてくれる!? ああっ、もう! じゃあ上のほうから順にツッコんでくからね!?」 「……直枝さんのえっち」 「萌えシチュと見せかけて僕の相手が恭介に脳内変換されてるのは見え見えなんだよぉッ! いいから聞きなさいッ!」 「亭主関白にも程があります」 「僕はカカア天下だと思いますけどねぇ!」 「なんだか脱線してますよ、直枝さん」 「誰のせいだよッ! じゃあまず最初! なんか思いっきり敵に囲まれてるけど、これ結局何の意味があったの」 「え? そんなの衆人監視のほうが燃えるからに決まってるじゃないか」 「考えうる限り最悪の答えだった!」 「次いきましょう」 「なにしたり顔で仕切ってるの!? ええい、次! 鈴の死の扱いが軽すぎる! というか死んでる必要あるのこれ!?」 「それはお題が……いえ、なんでもないです。じゃあ鈴さんじゃなくて三枝葉留佳と書き換えておきましょう」 「ちょっとはマシになったけどそういう問題じゃないから!」 「次いきましょう」 「だから仕切らないでくれる!? 次! えーと、1年と13日、2時間41分19秒ぶり……ってこんな細かく覚えてるっておかしいでしょ! キモいよ! 『愛です』とか言い出されても正直キモいよ!」 「あ、それは、その部分を書いていた時に、実際に直枝さんと恭介さんが会っていない時間を433倍にしたのと同じになっているんです。えへん」 「なに誇らしげに語ってんの!? 433倍する意味がわからない! ていうかそんなきっちり覚えてるあたり、むしろ西園さんのほうが恭介のこと愛しちゃってる感じだよねぇ!?」 「それはないです。ありえません」 「即答! 変な修飾ナシであっさり風味なのがむしろ酷い気がする!」 「私、一途な女ですから。棗×直枝に一途ですから」 「後半いらないよねぇ!?」 「次いきましょう」 「もういいよ! 次は……そもそもBL展開がおかしいんだよぉぉぉぉぉっ!!」 「それを言ってはおしまいです」 「本当にねぇ!」 「ほら、早く次」 「なにいきなり偉そうになってんの!? 次! 日の当たるところには戻れないって言ってたそばからあたたかな陽光で目覚めちゃってますけど!?」 「あ、そこは単純にミスです。直しておきます」 「普通の対応が逆にツライ!」 「次でもう最後ですよね」 「確かにそうだけどそれってつまり自分でツッコミどころだって自覚があるってことだよねぇ!」 「はいはい次次」 「うがあああああっ! 次ィ! ただ、下のものだけは、縮こまらなかった……ってなんだよこの最悪に下品な補足はぁぁぁぁぁっ!!」 「赤くなって縮こまった、って表現はどうしても使いたかったんです。でも、やっぱり縮こまってるわけですから。気になっちゃうじゃないですか」 「そんなの気にするのは西園さんだけだよ!」 「甘いですね、直枝さん。恭介さんと直枝さんとの事後のピロートーク並みに甘々です」 「なにその最低な例え!」 「直枝さんはBL界を甘く見ていると言っているんです。こういう些細なミスで袋叩きにされてしまうことも、無きにしも非ずなんですよ?」 「他にもっと気にするべきことがあると思うけどねぇ! ああもう、はい終わり!」 「ありがとうございました。ぺこり。次こそはより完成度の高い作品を仕上げて、直枝さんをこちらの道に引きずり込みたいと思います」 「もうやめてえええええっ!!」 > 「ふぅ」 きりのいいところまで書きあげたところで、一息つくことにする。椅子を引いて、ぐっと伸びをした。 「なに書いてるんだろうなぁ、僕は……」 ざっと今回更新する予定の小説……小説もどきに目を通す。我ながらこのネタは正直どうなんだろう、と思うわけだが。でも、読者には西園さんとの話は好評なのだ。カウンターのまわり方が違う。となると、やっぱり書いてしまうわけで。今回で第131話になるわけだが、4分の1くらいで西園さんが大暴走しているような気がする。 「131話……か」 正直なところ、自分でも筆の置き時を逃してしまっているような気がする。ネットの大海原からどうやってか僕のサイトを見つけ出した誰かが「面白いです」なんてコメントを送ってきて。1日の訪問者が次第に増えていって。僕はいつの間にか、逃避から始めた行為に楽しみを見出すようになっていた。 僕は、いつになったらモニターの中のぬるま湯から抜け出せるのだろう。ぬるま湯は、確かに心地良いものかもしれない。でも、いつまでも浸かっていたら風邪をひいてしまう。 「りきー、ごはんだぞー」 「今行くよー」 キッチンのほうから飛んできた鈴の声に応えて、僕は椅子から腰を上げた。 ドアを開けてリビングに向かおうとして、ふいに振り返る。電源を入れたままのパソコンのモニターが、ぼんやりと光を放っている。 ふと思う。 西園さんって、あんな子だったっけ? [No.625] 2010/01/09(Sat) 21:31:05 |
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