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学園祭当日。校内はお祭りムード一色に染まっていた。 そんな喧噪の中、美魚は一人廊下を歩いていた。 「あれは……」 あるクラスの前で美魚は足を止める。 そこは古今の短歌などを紹介する演し物が展示されていた。 内容が内容だからか人は疎らで、案内すべき生徒もあまり覇気がない。 「そう言えばこのクラスの担任は古文の教師でしたね」 おそらく担任が演し物の内容を決めてしまったのだろう。 「覗いてみますか」 時間を確認しながら頷き、美魚は教室へと足を踏み入れた。 「歌の意味と作者の解説が書かれているのですね」 妥当ではあるが一般受けするようには見えない。 逆に精通している人には物足りないだろう。 「中途半端に興味がある人向けですかね」 私のようにと美魚は心の中だけで続ける。 美魚自身短歌は好きだが、他者を批評できるほど知識があるわけでもない。 「ふむ……」 にしてもと美魚は辺りを見渡す。 掲示されている歌の多くは美魚が今まで見たことがあるものばかり。目新しいものもなくはないがどうにも彼女の感性には合わなかった。 「……あれは……」 この場には不釣り合いな人物を見かけ、美魚は思わず声を上げる。 何度か目を擦るが、当然のその事実は変わることはない。 「何故こんな場所にいるのでしょう」 特徴的な変則ツインテール、縞々のニーソックス、黙っていれば美少女で通るのだろう可愛らしい顔。見間違うことがないその人物がそこに立っていた。 すると向こうも気付いたのか、盛大に手を振って駆け寄ってきた。 「みーおちーん。やっぱ来たんだ」 「……大声で叫ばないでください。周りの人の迷惑です」 美魚は少女――葉留佳に向かって醒めた目線で返した。 「えー、いいじゃん。それにあんま人いないですヨ」 それはそうかもしれないが、ハッキリと言うべきことでもないだろうと美魚は小さく嘆息する。 「それで、何故あなたがここにいるのですか」 「ん?はるちんがここにいるのなんか変?」 「変です。何か悪いものでも食べましたか?」 殊の外真剣な言葉に葉留佳は僅かにたじろぎ、そして頬を膨らませる。 「ヒドいなあ。私だってこういうの興味なくはないんですヨ」 「はぁ、なるほど。確かにたまには太陽が西から昇ることもありますしね」 「ないよ。それ天変地異じゃん」 そのまま葉留佳は美魚の首に絡みつき、うだーと彼女の髪に頬を押しつける。 そんな状態を鬱陶しく思いながらも剥がすのも面倒で、美魚は疲れたような目線で問いかけた。 「それで……」 「え?いや、だからデスネ……」 「寝言はいいので。そもそも三枝さんはまだ休憩時間ではなかったはずですが」 元々クラスが違う二人は時間を合わせて学園祭を見て回ろうという約束を交わしていた。 けれど予想外に早く休憩を貰えたので時間を潰そうとしたのだが、何故もういるのだろうと美魚は首を傾げた。 「……や、やははー」 それに対する葉留佳の答えはわざとらしく視線を逸らすというものだった。 それで直感する。というよりそれしかないと確信する。 「……サボったんですね」 ジト目で美魚が睨むと葉留佳は冷や汗を掻きながら更に密着度合いを深めた。 「だ、だってみおちんに早く会いたかったんだもの」 「……」 危うく動揺しそうになるが、美魚は強靱な精神力でそれを押さえ込んだ。 おそらくいつもの戯れ言だろう。真に受けてどうすると美魚は自戒する。 「はぁー、迷惑です」 顔が赤くなっていない自信がなかったため、美魚は葉留佳の腕に顔を埋めたまま冷たい声で返答した。 「うわーん、相変わらず突っ込みがキビシイ。愛が足りないぞみおちん」 「元よりありません」 しれっと返すと予想通り葉留佳は不満そうに頬を膨らませる。 そんな様子が楽しく、ついつい美魚は小さく口元を緩めてしまう。 「クスクスクス……」 すると前方から第三者の笑う声が聞こえてきた。 美魚は驚いて顔を上げると、そこには黒髪の儚げな少女が立っていた。 見ず知らずの相手に笑われた。その事実に一瞬顔を赤らめそうになるが、どこかで見た顔だと思い出す。 けれどどうにも名前が思い出せず、つい眉間に皺を寄せてしまう。 「うわっ、笑うなんて非道いですヨ、みゆきちん」 「クスクス……すみません」 少女は頭を下げる。 「みゆき……ちん?」 予想外の方向から名前のヒントが飛んできて、思わず美魚は聞き返してしまう。 すぐにそれが失言だと思い、顔を赤く染めて視線を逸らしてしまった。 けれど葉留佳は全く気にした風でもなく、美魚の言葉に反応した。 「うん、そうデスよ。古式みゆきだからみゆきちん。ちゃんと本人の許可も取ってありますヨ」 その言葉に「ああ」と美魚は小さく声を上げる。 古式みゆき。確かに目の前の少女は話題になった元弓道部の女の子だと今更ながらに美魚は思い出す。 「許可と言うには強引でしたが……」 みゆきは苦笑を浮かべながらも穏やかに葉留佳に話しかける。 その表情に以前見かけた陰鬱とした雰囲気はあまり感じない。 「うん?二人とも初対面?」 美魚たちが全く言葉を交わしていないことに気付いた葉留佳が不思議そうに疑問を呈してきた。 「同じ学園の生徒ですから何度か会ったことはあると思いますが、言葉を交わすことは初めてです」 「ありゃ、そうなの」 「というかわたしの交友範囲の狭さは知っていますでしょう」 美魚が告げると葉留佳は悪びれない表情で「そういえばそうでしたネ」と笑顔を浮かべた。 「それじゃあ改めてこのはるちんが紹介しますネ。こっちが私のマブダチのみおちん。本名西園美魚……でよかったっけ?」 「……マブダチという紹介のくせに本名が朧気というのはどういう了見でしょう。そもそもマブダチでもなんでもないですが」 あんまりな紹介についつい美魚は目を細めて葉留佳を睨む。 そんな美魚を敢えて無視しているのか、全く気にした風もなく葉留佳は紹介を続けた。 「そんでこっちが古式みゆきちゃん。ついさっきそこで知り合ったニューフレンズですヨ」 「よろしくお願いします」 「あ、はい。これはご丁寧に」 ぺこりとみゆきが頭を下げてきたので、慌てて美魚もそれに習い会釈を返した。 その横で葉留佳がこれで二人は友達ですねなどと宣っているが、口を挟むのが面倒くさくなって美魚は何も言わないことにした。 「ここで友達になられたのですか?」 あまり会話には向きそうにない場所だが、どのように友人関係を築くまでになったか純粋に気になり美魚は問いかけた。 「ええその……短歌を見ていたら後ろから突然話しかけられて……いつの間にか……」 答えるみゆきの表情には困惑の感情が浮かんでいた。 そんな彼女に美魚は何とも言えない表情を浮かべ、呆れたように葉留佳に視線を移した。 「……時々あなたのその強引さが羨ましくなります」 「やはは、そんなに褒めないでくださいヨ」 「いえ、褒めてませんので」 「なんだとぉ〜」 お気楽な言動に美魚は深い深い溜息を吐いて答えた。 どうやら目の前の少女も自分と同様葉留佳の強引なスキンシップに巻き込まれた口だと分かり、自然と美魚はみゆきに親近感を抱いていた。 「そういえばどの短歌を見ていらっしゃったのですか?」 その質問は特に意図したものではなかった。 「ええ、こちらです。『白鳥は 哀しからずや 空の青 うみのあをにも染まらず ただよふ』」 「え……」 だから思わずその返答に美魚は表情を固まらせてしまった。 「なんかじっくり見てたんでついつい声かけちゃいましたヨ」 「……ただ少し目に止まっただけなのですけどね」 「ありゃ、そうなの?前から知ってたとかじゃ……」 「ないですね。ただどことなく惹かれてしまって」 「ふーん。だってさ、みおちん」 「え?あ、そ、そうですか」 不意に葉留佳に話しかけられ、美魚は狼狽えた表情を表に出してしまった。 それに気付いたのか、葉留佳は心配そうに顔を覗き込んだ。 「どしたの。なんかあった?」 「……いえ、別に」 「それにしては表情固いゾ」 うりうりと頬に手を伸ばされ、美魚は深く嘆息した。 やっぱり葉留佳のお気楽さが羨ましいなと改めて美魚は思う。 「うーむ、反応が芳しくないですネ。しからば……」 「え?」 むにっという擬音と共に美魚の胸が後ろから揉みしだかれる。 「な、ななななにを……」 脈絡のなさに美魚は身体を硬直させて目を見開いた。 「うーん、相変わらずちっちゃいデスネ」 「ふんっ」 「ぐぇ!!」 美魚の右手からチョップが振り下ろされ、ゴス☆といい音と共に葉留佳の顔面に突き刺さった。 そしてそのまま葉留佳は崩れるように倒れ込んだ。 「ふー、悪は滅びました」 何かをやり遂げたような表情を浮かべ、美魚はみゆきに微笑みかけた。 「あ、あはは……」 みゆきが脅えたように頬を引き攣らせるが、美魚はそんな彼女を不思議そうに見て首を傾げるのだった。 「お、乙女の顔になにするんだ、コノヤロー」 がばっと勢いよく葉留佳が起き上がる。 「……生きていましたか」 小さく舌打ち。 「ちょ、残念そうに言わないでヨ。うう、顔がヒリヒリする」 「確かに真っ赤ですね」 「他人事ー!!加害者が被害者に言う言葉じゃないデスよっ。うわーん、責任とれー」 「女ですから無理です」 ばっさり切られて葉留佳はずーんと落ち込んでしまった。 「……鬱陶しいです」 「うぇーん、はるちんにもっと優しさを」 泣きつくように葉留佳は美魚にしな垂れかかり、美魚は面倒そうに溜息を吐きその頭を押さえ付けた。 「本当にお二人は仲がいいんですね」 そんな二人の様子を見てみゆきは羨ましそうに呟いた。 「……それは幻覚です」 キッパリハッキリとした答え。 それがまたおかしく、みゆきは口許を隠しながら小さく笑うのだった。 「そういやみゆきちんって短歌好きのなの?」 「え?」 突然の物言いにみゆきは面食らったように葉留佳を見やる。 「いやほら、こんなとこそうそう来る場所じゃないじゃん。もっとこう学園祭なら一般的には華やかなとこ行くでしょ」 「……あなたが言いますか?」 美魚はジト目で葉留佳に問いかける。 「やはは、はるちんは普通じゃないしネ。それにここにいたのは待ってればみおちんが来るかなって思ったからだもん。予想通り来たし」 「……あなたに思考を先読みされたのは屈辱ですね」 本当に悔しそうに美魚は呟いた。 「それで?そっちもみおちんみたいに短歌とか好きなの?」 「……グッ」 スルーされたことに珍しく美魚は歯がみした。 「……そう、ですね。短歌や古文といったものに今まで興味は持ったことありませんでしたね」 「ありゃ、そうなんだ」 葉留佳は拍子抜けたような表情を浮かべる。 美魚も少し意外そうな表情を浮かべた。 「ただ最近色々なものに興味を持とうと思いまして、試しているところです」 「ふーん。それってどんな理由?」 「ちょ……」 あまりに葉留佳が普通に尋ねるので、美魚は慌ててしまった。 立ち入ったことを聞くような間柄ではないのではと美魚は思ったが、そういう理屈は通じなかったらしい。 「……理由、ですか。そうですね、ついこの間まで人生のほぼ全てを弓に費やして来たのですが、それが無くなってしまいどうしていいか分からなくなりまして」 「ああ、そう言う時自分が空っぽだって思うよね」 どこが実感が籠もったような葉留佳の物言いに美魚は少し気になったが、みゆきはそのまま言葉を続けた。 「空っぽ?確かに仰るとおりですね。吃驚するほどなにもなくてそれでつい近しい方に助けを求めたんです」 「助け?」 「ええ。正確には愚痴を聞いてもらっただけなのかもしれませんが。……その時その方が言われたのです、新しい趣味を持ってみればどうかと」 過去に埋もれた記憶を掘り起こすようにみゆきは目を閉じながら言葉を口にした。 「そりゃまた、勝手デスネ」 「代わるものなど、そうは見つからないと思いますが」 当事者の気持ちが分かっていないような言動の助言者につい二人は憤りを見せる。 そんな彼女たちにみゆきは小さく微笑みを浮かべる。 「確かに。当時は私もそう思い反発を感じたのですが……」 そこで言葉を切り、ほうっとみゆきは息を吐く。 「それでもそれが精一杯私の助けになろうとしてくださったあの方の想いだったのでしょうね」 そうやって微笑むみゆきの頬にほんの少しだけ朱が差しているように見えたが、敢えて二人は言及しなかった。 「ふーん、だから今色々と探してると」 「ええ。折しも学園祭は様々な部活動が参加しますしね。見聞を広げるにはいいかなと思いまして」 「そっかそっかぁ」 すると葉留佳は何か考え込むように顎に手を当てた。 その様子になにかまた騒動を引き起こすのではないかと美魚は溜息を吐いた。 それでも止めないところがリトルバスターズの空気に染まってきた証拠かもしれないが。 「よし、決めた」 ポンと手を打つ葉留佳に美魚は面倒くさそうに視線を向けた。 「一緒に学園祭を回りましょう」 葉留佳はドンとみゆきに向けて指を差した。 「……驚きました、あまりにも普通の提案で」 どんな無茶を言い出すのかと身構えていた美魚は拍子抜けたように呟いた。 「ヒドッ。いったいはるちんをどんな人間だと思ってるんだーっ」 「言って欲しいのですか?」 「うう、みおちんのいじめっ子。そんなこと言うとこのツアーに誘わないぞ」 「ツアーだったのですか?」 「だったのですヨ」 得意げに胸を張る葉留佳。 そんな彼女を気の毒そうに美魚は見やる。 「って、その表情は何だーっ。『うわっ、なんだこいつ。なに得意そうな顔してどうでもいいこと言ってるんだ?ついでに胸を張るならもうちょっとボリュームがあった方がいいんじゃないか』とか言いたげですネっ」 「……ええ、概ねその通りです。エスパーですか?」 「むきぃー」 美魚の驚いたような表情に葉留佳は地団駄を踏む。 そんな様子をみゆきは呆然と見やる。 「って、それはそれとして行くよね」 「え、あの……いいのですか?今日知り合った私を加えるよりお二人で回った方が楽しいのでは」 「ふっふっふっ、このはるちんを無礼ないことですネ。三人だろうと、いや三人だからこそ楽しい学園祭遊覧ツアーを執り行ってみせますヨ」 「はぁ……」 無駄に自信に溢れた葉留佳の言動にみゆきは少々引き気味に頷いた。 「……わたしが一緒に行くのはデフォルトなのですね」 「ん?嫌……」 「……まあいつものことですし反対はしませんよ」 「えへへ……」 葉留佳は頬を緩めると、恥ずかしそうに頬を掻いた。 「それじゃあレッツゴー」 「え?あ、その……ええっ?」 強引に葉留佳に腕を取られみゆきはそのまま居室の外へと連れだれていく。 そんな二人の後をしょうがないですねと呟きながら美魚も続くのだった。 「さてと、まずはそうですネ。……軽音部行ってみよっか」 「はっ?」 「確か今体育館で演奏してるはずですヨ」 ぐいぐいと葉留佳は話を進めようとしてしまう。 「あ、あの、待ってください。いきなりそのような場所に行くのですか?」 みゆきは困惑したような表情を浮かべ、葉留佳を見やる。 「何言ってるんですか。新しい出会いを求めるなら思いっきり方向性を変えないと」 「ええ?」 そのまま強引に腕を取られる。 「あ、あの……」 助けを求めるようにみゆきは美魚に視線を向ける。 だが……。 「諦めた方がいいですよ。三枝さんはそう言う方ですから」 「そんな……」 にべもない言葉にみゆきはがっくりと項垂れた。 「さあさあ。みおちんも行きましょう」 「はぁ、分かりました」 三人はそのまま連れ立って体育館へと向かう。 ・ ・ 「いやー、最後に見たあのバンド。あれはきっとメジャーに行きますね」 「……そうでしょうか。わたしには色ものにしか見えませんでしたが……」 葉留佳が感心したように頷くが、美魚はそれを冷たい目でバッサリと切る。 「私は途中の女子だけで演奏していた方々が歌も見た目も可愛くて良かったと思いますが」 「ああ、あのガールズバンド。いやいや、はるちんのほうが歌は上手いですね」 「……身の程を弁えない発言ですね」 「なんだとー。はるちんの実力を知らないくせに。みおちんには今度一緒にカラオケに行くことを命じる」 「はいはい、分かりました。あとで他の方も誘っておきますね」 「うん、よろしくー」 そんな二人のやり取りを後ろで楽しそうに見ながらみゆきは笑う。 「じゃあ次はどこいこっか」 事前に配られたパンフと睨めっこしながら葉留佳が呟く。 「……将棋部とかどうでしょう」 一緒にパンフを覗き込んでいた美魚がポツリと呟いた。 「えー、一気に地味ですネ」 「いいんですよ。派手なものを見たばかりなのですから落ち着いたものもいいと思いますよ」 「そういうもんかな。……うーんみゆきちんはいい?」 「え、私ですか?はい、構いませんが」 いきなり話を振られ、少し面食らいつつもみゆきは頷いて答えた。 「そっか。そっちがいいならはるちんもオッケー。ちょっと興味あるし」 「……将棋は頭の回転が必要ですよ」 「むっきぃー、それは遠回しにはるちんが馬鹿だと言いたいのかーっ」 「さあ?」 余裕の表情を見せる美魚。 それを見て葉留佳はメラメラと対抗心を見せる。 「ふん、後で吠えずらかくなよー」 「いいでしょう。返り討ちにして差し上げます」 二人は互いに不敵な笑みを浮かべると将棋部がある教室に向かって歩き出した。 「え?あ、待ってくださーい」 取り残されたみゆきは慌てて二人の後を追ったのだった。 ・ ・ 「くっ……まさかあのような手でくるとは」 将棋部からの帰り、美魚は絶望に打ちひしがれたかのように肩を落としていた。 「ふふーん、はるちんの勝ちー」 「あのような定跡を無視したような打ち手の連発、よく成功しましたね。部員の方々も驚いていましたが」 「へへん、はるちんは天才ですから」 「よくまあ、あのような悪手から勝ちましたね。偶然とはいえ恐ろしいです」 納得がいかないように葉留佳を見やりながら美魚は呟く。 「いやいや、その辺はちゃんと計算しましたよ。これでもゲームみたいな計算ならはるちん大好きですし」 「そう言う冗談は笑えませんが」 冷ややかな視線で美魚は返す。 受ける葉留佳は不敵な笑みを浮かべたままだ。 「いいでしょう。ならば次は囲碁です」 「無謀デスネ。返り討ちにしてあげますヨ」 言うが早いか、二人は睨み合いながら次の教室へと向かってしまった。 「え、また?三枝さーん、西園さーん」 またも一人取り残されたみゆきは慌てて廊下を走り出した。 ・ ・ 「なんで〜」 教室から出た葉留佳はどんよりとした雰囲気を漂わせながら呟いた。 「ふん。あのような定石破りを続けて勝てると思っていたのですか?」 「うう、だって〜」 「三枝さんは考えが足りないです」 ばっさりと美魚は切り捨て、葉留佳は盛大に肩を落とすのだった。 「うう、なら次は麻雀で……」 「あの……」 葉留佳が次の場所を決めようとするとその後ろから遠慮がちに声が掛けられる。 二人は不思議そうに振り返るとそこには困ったような表情を浮かべるみゆきの姿があった。 「次は私が決めてもよろしいでしょうか」 「す、すみません」 「やはは、ごめんごめん」 恥ずかしそうに俯く美魚と頬を掻く葉留佳。 そんな二人に気にしないでくださいと首を振りみゆきは次の場所をパンフで指し示した。 「茶道部?」 「ええ。お二人ともお疲れでしょうからそこで休みませんか?」 にっこりと微笑みながらのみゆきの提案。 それに僅かに思案した後二人は口を開いた。 「それならば喫茶店などどうでしょう。寛げると思いますが」 「ええ。ならクド公の家庭科部に行こうよ。あそこの方がもっと寛げるって」 二人はやいのやいのと言い合いを始めるが。 「あの……私の新しい趣味を探すという試みだったと思うのですが」 申し訳なさそうに口を挟んだみゆきの言葉に二人は一斉に口を噤むのだった。 ・ ・ そんなこんなで三人は文化系や体育会系など様々な演し物を見て回り、現在まったりとクレープを食べながら校内を歩いていた。 「めぼしいのは一通り見て回りましたか」 「やはは、ちょっと疲れましたよ」 「すみません」 二人の言葉に思わずみゆきは頭を下げる。 「いやいや、気にすることないって」 「ええ、そうですね。わたしたちが好きでやっていることですから」 「はあ、ですが……」 尚も言いつのろうとするみゆきに葉留佳が強引に話題を変えるように質問をぶつけた。 「そういやその巫女服、どう?着心地いい?」 「これ、ですか?」 今みゆきは貸衣装屋で借りた巫女服に身を包んでいた。 「そう、ですね。袴とは若干違いますが悪くはないです」 と言っても本物ではないらしく生地はあまり質は良くはなかったが、それでも着心地に問題はなかった。 「ほうほう。みおちんもメイド服可愛いね」 「はぁ、ありがとうございます。少しスカートの裾が短くて心許ないですが」 「なに言ってんの。それが萌えじゃん」 葉留佳の言動に美魚は醒めきった目線を向けた。 ちなみにみゆきはよく分からなかったらしく、不思議そうに小首を傾げた。 「で、はるちんはどう?シスター服、なんか清楚っぽいデスよね」 ヒラヒラとスカートを摘みながら美魚に問いかける。 「……何か邪神でも崇拝してそうですね」 「なんですとーっ」 「とりあえずその教会には告白に行きたくはありません」 「うわーん、みおちんはいじめるー」 泣きつくようにみゆきへとしな垂れかかり、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。 「はぁー」 額を抑えながら美魚は溜息を吐く。 すると不意に後ろから声が聞こえてきた。 「やっと見つけたわ、葉留佳っ」 「げっ、お姉ちゃん」 突然の呼びかけにおそるおそる葉留佳は振り返る。 美魚たちもまた不思議そうに振り返った。 するとそこには何故か鼻を抑え首を横に向ける佳奈多の姿があった。 「お姉ちゃん?」 葉留佳は心配そうに声を掛ける。 「なに、あの可愛さは。犯罪よ犯罪。これは保護しなくちゃ、みんなが葉留佳の可愛さにやられちゃうわ」 ぶつぶつと呟くその姿はどうにも不審人物にしか見えなかった。 「ちょ、お姉ちゃーん」 耐えきれなくなって思わず葉留佳は姉へと呼びかけた。 「はっ、危ない危ない。……ふぅー、コホン。葉留佳、あなたは一体全体ここで何をしてるの?」 色々と突っ込みたくなったが三人は大人しく話を聞くことに決めた。 「え?いや学園祭回ってるんだけど……」 何を言ってるんだという表情で佳奈多を見やる。 「あんたねえ、休憩時間前に抜け出したでしょ」 「あ、それはその……」 どう言い訳しようかと考えていると不意に佳奈多の勢いが弱まった。 「なによ、人がせっかく張り切ってたのに」 ブツクサと文句を言う姉の姿を葉留佳は面倒くさいなあ思いつつその表情に笑みが浮かぶ。 「はいはい、はるちんが悪かったですヨ。ほら、一緒に行きましょ」 「いいわよ。別に私といたくないから抜け出したんでしょ」 「そんなこと言ってないじゃん。もう、機嫌直してよお姉ちゃん」 言いながら佳奈多の腕に抱きつき、引っ張る。 「ほらほらお姉ちゃん。じゃ、そういうことではるちんはここで退場します。ごめんね二人とも」 葉留佳は謝りながら佳奈多と二人連れだって雑踏の中へと消えていった。 途中「そんな格好じゃ誰かに襲われるわ」などと宣う声が聞こえたような気がしたが、二人は華麗にスルーすることに決めた。 「えっと、それでどうしましょう」 「はぁ、そうですね」 葉留佳がいなくなってすぐ会話に詰まってしまった。 美魚は葉留佳の脳天気さというか明るさを改めて羨ましく思うのだった。 けれどなにもしないわけにはいかない。 (そうです、動かなくては) 葉留佳に頼り切りなどよくない。そう思い美魚は意を決してみゆきに問いかけた。 「古式さんは男同士の友情に興味有りませんか?」 「はい?」 とりあえず自分の趣味を軽く紹介してみようと美魚は決めた。 それならば話も弾ませられる自信がある。みゆきが頷いたらお薦めの本を扱う文芸部へでも連れて行こうと彼女の返答を待つのだった。 [No.635] 2010/01/22(Fri) 21:08:11 |
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