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all 第49回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2010/01/22(Fri) 00:00:33 [No.633]
じゃっじめんと - 遅刻の秘密@6617byte - 2010/01/23(Sat) 19:02:01 [No.646]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2010/01/23(Sat) 00:36:19 [No.642]
はぴねす - ひみつ@13917byte - 2010/01/23(Sat) 00:22:47 [No.641]
チェシャ猫とハローキティ - 秘密@7354byte - 2010/01/23(Sat) 00:02:33 [No.640]
熱血チャーハンホルモン風 - ひみつ@7816 byte - 2010/01/22(Fri) 23:14:57 [No.639]
希望の朝 - 秘密@4366 byte - 2010/01/22(Fri) 22:22:19 [No.638]
Graduation - 秘密@5926 byte - 2010/01/22(Fri) 21:20:20 [No.636]
Re: Graduation - 秘密@5926 byte - 2010/01/22(Fri) 21:27:58 [No.637]
彼女の趣味 - ひみつ@20326 byte - 2010/01/22(Fri) 21:08:11 [No.635]


チェシャ猫とハローキティ (No.633 への返信) - 秘密@7354byte

 ねえ鈴なにしてるの? と尋ねたら、ようつべ、と言われて、僕は些か悲しい気持ちになったのだった。
 あなたがワーグナーを聴き始めてから云々、という歌があったけど、君がyoutubeにはまり始めてから僕たちのささやかな関係性はインターネットという無限のコミュニティに浸食されようとしているのではないか、という仮説など立てているのは、要するに僕が手持ち無沙汰だからであった。
 某ディズニーランドの膨大で超大で悠然とした待ち時間もPSPを覚えた鈴に敵はない! という感じで乗り込んだのはいいけれど、10分経ち、1時間経ち。ついでに言えばこの遊園地に観覧車は無いってことに今気がついて更に憂鬱になった。観覧車から望むディズニーランドの華やかな光の星々。それらは3番目に綺麗なのだ。恥ずかしくて耐えられないからそれ以上考えない。もう無駄だしね。ああ、憂鬱。でも憂鬱になってばかりはいられないで、僕も楽しまねばならなかった。せっかくみんなとの約束を断ってまで来てるんだからさ。それにしてもこれは割と苦行。
 ホーンテッドマンションでは隣に座ったお化けに驚いたり僕の期待通りの反応を見せてくれたし、カリブの海賊にはしゃぐ鈴も愛しいと思えた。鈴は恐らく退屈しなかっただろうからきっとこのデートは成功であった。
 失敗があったとすればグッズショップだ。
 なにか猫にまつわるグッズを買おう。そう思ってディズニーの猫キャラを脳内で検索して見ると、驚くことに不思議の国のアリスに出てくるブサイクなあれしか思い出せなかった。そしてどこになにがあるのか分からずに立ち往生していると、親切なお姉さんが声をかけてくれた。
 なにをお探しですか。
 ここで漠然と「猫」と言われたらきっと彼女はいい気持ちはしないだろう。自分とこのキャラクターもろくに知らないのかと。そして渋々チェシャ猫を抱き抱えてくるのだ。
 逡巡する僕に見かねて、鈴はポンと口を開いた。
「ハローキティ」
 店内の人々が一斉に振り返った。僕もビビった。
 動じなかったのはお姉さんだけで、キティちゃんは今日はロンドンに帰省しているという旨の説明をしてくれた。見上げた根性だった。ディズニーランド伝説の新たな一行が書き加えられた瞬間だった。
 結局おしゃれキャットと鈴の強い要望でチェシャ猫を買った。まあこれも別に失敗という失敗ではなく、後々の笑い話になればいい。リトルバスターズの忘年会をすっぽかすだけは面白かった。僕と鈴は正しく世間一般の恋人らしい年末年始を過ごしていると言えよう。ディズニーランドの呪いもPSPの前では無力であった。キリッ。初詣に行くためにパレードもスルーした。
 そんな具合に電車に乗り込むまで楽しかったんだけど、酔っぱらいが足元にカップ焼酎の空き瓶を転がしてたり、鈴がなにかに取りつかれたようにドアの上の広告の裏に指を突っ込み、引っ張り出した紙片に『こじきはしてもぬすむなよ』という糸ミミズが這いずり回って踏まれたような字で記されているのを見てだいぶ冷めた気持ちになった。鈴は大きく一つ頷いて紙を元の場所に戻した。
 家に帰ってから初詣までの休息、僕はパソコン、鈴はコタツに潜ってテレビに釘付けになる。いや、正確には鈴はPSPにも飽きてチェシャ猫のお腹に顎を乗っけて眠そうにしていたし、僕は特に用事も無いのにPCの前に座っていただけだった。釘付けではない。テレビは紅白歌合戦。他の番組は鈴の情操教育上よろしくないのではないかと思った。
 テロロン♪ とヤな音がした。いつもの癖でサインインしてしまっていた。残念ながら大学の友人だった。僕は鈴とゆっくり過ごしていたいのに。
 何が残念なのかよく分からないけど、とりあえず残念な奴からだった。オレンジ色のメッセウィンドウを開く。


 奈々ちゃんキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!!


 ああ、残念だなあ。
 僕は憐憫の情など催しつつ、

 マジキチwwwwww

 と返した。
 その時だった。
 テレビから、ナナちゃーん! ナナちゃーん! と彼に呼応するかのごときシュプレヒコールが沸き起こっているではないか。僕は、地下鉄でブツブツ呟きながらドアにゴンゴンと頭をぶつけていたゴスロリ女性を思い出したものだ。鈴と約束のメールを交換していた僕は、僕の携帯より受信感度のいい彼女を羨ましがったのだった、つまり届くところには届くものなのだろうと思っていると、
「おー、水樹奈々か」
 と急に姿勢を正した鈴が言った。急に寛大な気持ちになったよ、うん。
 その後声優さんにまつわるyoutubeのURLなど送られてくる。鈴も興味を示して二人で眺めた。
 コンサート動画だった。ファンとしてこういうのがアップロードされてるのってどうよとか思わないでもないけど、みんなが息を合わせて一つのパートを大声で歌ったり、手拍子したり、抜け駆けで声優さんへ愛を叫んだり。
 悔しいことに、これは楽しい。
 この人たちはきっと、誰一人として「疲れたから座ろうよ」とか「明日仕事だからこの辺で」とか、そんなことを言い出さないに違いない。みんなでよってたかって出来るなにか、イベントの成功とかそういうんじゃない、例えばディズニーランドとか。あのお姉さんみたいな人たちの力で生まれるものってあるんだな、と僕は思ったものだった。
 なんとなくそのことを、神社までの道すがら、鈴とあれこれ話しながら、例えばドラクエ7でももっかいやるか、盗賊と占い無しで。なんでそんな無益なことを。なんて言い合いながら、鈴には申し訳ないながら考えた。
 ハローキティ発言は笑えない失敗だったのかも知れない、とか、リトルバスターズのこととかだった。
 卒業式のだいぶ前。受験とかいう話がポツリポツリと聞かれだした頃、こう思った。こんな友達は二度とできないかもしれない。こんな風に、みんなでよってたかって楽しいこと面白いこと特別なことを集めてまわって、みんなで全力になってそれを楽しむ。それは今しかできなかったんじゃないかな、と。
 あのときは漠然とした予感みたいなものだったんだけど、今なら説明できる気がする。みんなして現実逃避だとか見通しが甘いとかバカにし続けていた、僕の大好きな恭介。みんなで海で修学旅行! という後も、恭介が踏ん切り悪くリトルバスターズという友達グループを続けようとした(今でも飲み会予約は「リトルバスターズ」!)、それと同じことなのではないかなと。
 それを思うと、約束はすっぽかすべきではなかったんだな、なんて考えて、隣の鈴を観る。鈴はどう思っているんだろう。みんなとリトルバスターズを続けていたかったとか、本当は思っていたりするんだろうか。てっぺんに白い玉がついた毛糸の帽子に耳あて、マフラー、ダッフルコート。繋いだ手にはイボつき軍手。
 鈴はあくびをひとつして、お雑煮作るか、と言った。
 三つで、と応えると、じゃあ四つ、と言った。
 ゾロゾロゾロゾロと、僕らみたいな男女のペアや、はんてんのままのお父さんお母さんや、子供や、色々な人たちが神社目指して歩いている。これはどうなんだろう。糞寒いなか正月にお賽銭を投げにおみくじを引きにゾロゾロ歩く。でもこれは何万という人がやめてしまったとしても、ずっと続いていくんだろうし、ずっと続いている。不思議だった。僕はたこ焼きを1パック買って鈴と半分ずつ分けた。
「食べにくいから離せ、ボケ」
 疲れて眠いのか妙に口の悪い鈴が、繋いだ手を持ち上げる。ブンブン振り解こうとするからちょっと力を強めて握る。
「パックは僕が持つから左手で頑張ってよ」
「理樹はどうするんだ?」
 ああ、どうしようね。
 一瞬悩んだ僕の、乾いた唇に熱くて湿った物が触れた。たこ焼きだった。あっつい! と叫んだ僕の口に、器用な楊枝捌きでねじ込まれて大変だった。
 賽銭を投げ入れて手を合わせる時ばかりは手を放したので、今思うと無駄な努力であった。
 僕は鈴に、
「なにお願いした?」
 と尋ねて、鈴は
「理樹は?」
 と聞き返してくる。僕は
「鈴と同じこと」
 と答える。
「お前、そんなに猫好きだったのか?」
 笑えないジョークに笑って見せる。そしてたまに僕はふと弱気になって鈴の気持ちが気になったりする。
 そんな風にして、上手くやっていくのだろうなと考える。このあと御籤を引いて、大吉だったらホクホクと家に帰ってお雑煮を作って、ダメだったらムキになって引き直して。ありがちすぎて全然面白くなさそうで笑う。嫌なわけじゃ、全然無いけど。
 そして振り向いた僕の頭に、なにか小さな硬いものが思い切りぶつかった。そして小銭が石畳に散らばる音。あまりの痛みに頭頂を押さえてしゃがみ込む。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
 顔を上げると、どういうわけか作業服で赤ちゃんを抱いた男の人が、申し訳なさそうに駆け寄ってきた。
 それを見て鈴が、
「今年はおみくじいらないな」
 と呟いた。


[No.640] 2010/01/23(Sat) 00:02:33

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