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all 第50回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2010/02/03(Wed) 17:40:00 [No.649]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2010/02/06(Sat) 01:03:59 [No.657]
夏の約束 - ひみつ@13782 byte - 2010/02/06(Sat) 00:27:43 [No.656]
start, Restart. - 謎@13962 byte - 2010/02/05(Fri) 23:58:00 [No.655]
それさえあれば - ひみつ@15407byte - 2010/02/05(Fri) 23:54:21 [No.654]
外側の、ある日 - ひみつ@4655 byte - 2010/02/05(Fri) 23:29:06 [No.653]
僕たちの日々 - ひみつ@14883byte - 2010/02/05(Fri) 20:57:43 [No.652]


外側の、ある日 (No.649 への返信) - ひみつ@4655 byte

 あなたは定められた行為をなせ。
 (『バガヴァッド・ギーター』より)






 頭の芯が変にぼんやりしているな、と気付いたのは4限の講義が終わった時だった。
 続いて、ひどい寒気。
 イヤな予感がした。

 マントを抱き寄せながら、帰り際のスーパーでいつもより多めの食材を買い込む。
 卵、骨付き鶏肉、タマネギ、人参、じゃがいも、ブロッコリー。栄養補給。
 オレンジ、ミネラルウォーター、。水分補給。
 マスク。下着の替え。タオル。

 帰ってきてすぐに部屋を暖める。大急ぎで溜まっていた衣服を洗濯して乾燥して、その合間に簡単な作り置き料理を何食か作り終えた頃、さっきのイヤな感覚が本格的にやってきた。


「ごほ……」


 予習復習に書類整理、おじいさまへの手紙書き。今晩中にすることを全てほっぽり出してベッドに潜り込む。みすていく。ベッドの中を暖めるのを忘れていた。まだ冷たい。もぞもぞ動いて暖を取ろうとしても、寒気は一向に収まらなかった。熱を測ってみると、38度5分。


「わふ……風邪……ひいてしまいました……」




 外側の、ある日



 
 身体を震わせながら、風邪の旨を担当教官にメールする。
 
 留学してから初めてのことだった。これまで各国を回る中で、日本の寮生活で、風邪をひいたこともインフルエンザに罹ったこともあったけれど、1人で病気に向き合うことはこれが初めてだった。
 
 兆候に気付いてからの行動はそれなりに合格点だったと思う。買う物も買えたし、汗を沢山かくだろうから下着も量を揃えた。2日3日寝込んでも大丈夫なようにごはんも作り置いた。これだけやり終えるまで、私の体は保ってくれた。
 
 が、そもそも風邪をひいてしまうような普段の体調管理が問題なことを考えると、反省点は多々ある。風邪なんてのはひいた方が悪いのよ、なんて佳奈多さんがいたなら言いそうだ。

 
 佳奈多さん?


「佳奈多さん……?」


 ふと、虚空に向かって、か細くその名を囁いてみる。日本の寮生活で最も頼りにして、最も親しかったルームメイト。
 口に出してみて気付く。本当にたった今、佳奈多さんのことを、思い出したのだ。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 


浮かない顔をしてるわね。もう、とうに腹は決まっているはずでしょう。



もちろん、決まっています。ちょっとだけ……心に身体がついてきてくれていないんです。



怯えているんでしょう。心に身体がついて行かず、身体に心がついて行かず、身体も心も。
無理もないと思うわ。それは仕方のないこと。



そうかもしれません。ですが佳奈多さん……



まぁ――これからしばらく会えなくなるから、メールや電話では決して言えないことを言うわ。
あなたは以前、この私に言ったわね。どんな世界の自分も、きっとコスモナーフトの方角へ進んでいると。



はい。



あなたはこうも言ったわね。もう御家族のことは関係がないのだと。あきらめてもあきらめても、最後には必ずコスモナーフトの方角の道に相対していたのだと。



はい。その通りです、佳奈多さん。



それならば。
いい? クドリャフカ、あなたはもう弓から放たれた矢なのよ。あなたが決めた以上、もうこの道から逃れることはできない。
あなたは、あなたに課せられた義務を果たすしかない。そうすることでしか、自らの運命を拓くことはかなわない。
「あなたは定められた行為をなせ」。それこそがクドリャフカ、貴方を解放するの。迷わず進みなさい。
私もこれから、そうして生きていくのだから。
――そうして、生きていけるのだから。

クドリャフカ。あなたも私も、なすべきことをなすしかない。そうすれば、会うべきときに、必ず相まみえるわ。

行ってらっしゃい。



ありがとうございます。

――行ってきます、佳奈多さん。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 最後の、空港で交わした言葉。勇気をくれた言葉。
 
 気がつけば、あれからもう2年が経っていた。
 
 ベッド脇の机が断続的に振動する。
 携帯電話を開き、新着メールを確認する。先の返信が早くもやってきていた。
 
 いつからだろう。送信履歴にも受信履歴にも日本語が見あたらなくなったのは。
 電話帳の中は、アメリカで出来た友達、先輩、後輩、恩師の名で溢れていた。国籍は様々だが、メルアド交換する程の日本人にはまだ出会っていない。リトルバスターズの面々を加えてわずかな元クラスメートくらいしか、日本の名前はなかった。
 
 勿論、話そうと思えば、いつだって話せる。でも時間もお金もかけないと、おそらく目的もないと、ただ話すこともできなくなっている。
 かつて湯水のごとく時間を共有した親友たちは、いつのまにか遠くにいた。

 いつからだろう。日本と聞いても、リトルバスターズを想起しなくなったのは。
 いつから、リキたちを忘れていたのだろう?
 そっと、電話帳をスクロールする。

 直枝理樹
 棗鈴
 棗恭介
 井ノ原真人
 宮沢謙吾
 神北小毬
 西園美魚
 来ヶ谷唯湖
 三枝葉留佳
 笹瀬川佐々美

 そして……二木佳奈多。佳奈多さん。
 
 しばらく画面を眺めていたが、まぶしさに耐えられなくなって携帯を手放した。
 もう、すぐには多くを思い出せないでいる。
 
 次に佳奈多さんに、リキたちリトルバスターズに、会える日はいつになるのだろうか。
 随分と遠くに行ってしまった今の自分には、想像もつかなかった。
 それでもそのことが、不思議と怖くはなかった。
 自分は、なすべきことをなす。どこにいてもきっと、みんなもそうなのだ。

 段々と身体に温かみが灯る。
 やがて視界を、眠気が覆っていった。


「おやすみなさい……佳奈多さん」


[No.653] 2010/02/05(Fri) 23:29:06

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