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一人ぼっちでいじけている棗鈴を見ていると、どうしようなくなじってやりたい気持ちになったのはどうしてだろうか。 サドっ気でもあるのだろうか。よく分かんない。自分のことが実は一番分からないものなのだ。でしょ、葉留佳。 その棗鈴に必死で話し掛けている笹瀬川佐々美がどうしようなく滑稽で、無視されてシュンってなっている姿を見ていると、これまたなじってやりたくなった。 うずうずして、ムズムズして、モヤモヤして。結局、トイレに呼び出して二人を心ゆくまでなじり倒してやった。喧嘩になった。殴り合いの。 それから顔を合わせれば罵り合い、殴り合い、と高校最後の一年間は、頭が痒くなる毎日だった。元風紀委員長にあるまじき行為だったんだろうけど、辞めたんだから知ったこっちゃない。つーか、もうマジで世界滅びろとかこの時期は思っていた。 ただ、まあ、卒業して、色々あって、家出して、色々あって、それでもなんでか思い出しちゃうのは大馬鹿棗が卒業式に言った言葉。 「がんばれよ」 お前もな。 『夏の約束』 家に居ると吐き気がした。結婚しろと言われて吐いた。ゲロを拭って逃げ出した。 キャリーバッグに必要最低限の衣類とか、お風呂セットとか、そんな感じの物と、まあ夢も詰め込んで、良く言えば旅に出た。 目的地なんかは無いけど、目的はあった。逃げ切ること。家の奴らが警察に捜索願なんか出すわけも無いと踏んでいた。面子を何よりも大切にするのだから、跡継ぎが家出してどっか行きましたー、なんて世間様に顔向けできなくなりますがな。 とか、計算もアリーノの家出。何気に月のお小遣いはしっかりと与えられていて、それにはほとんど手をつけていないので、どっかでバイトでもすれば生きていけるっしょ、と妙に軽い気持ちでもあって、自分でも不思議だった。葉留佳が死んで、まあ双子なわけで、自分の半身が失くなったのか、謎の喪失感を味わったせいか、うん、頑張って生きていく気なんて、これっぽっちも無かった。達者で暮らせと言ってくれた棗には悪いけど、いつでも死んでいい気分だった。それでも、まあ、死ぬ時には連絡はしようと思ってた。なんだかんだで楽しかったのかな。笹瀬川と棗とど突き合って過ごす毎日がさ。 他のクラスメイトにも話し掛けられちゃった。キャラ変わったよね。二木さんって。なんか取っ付き易くなったよ。そうそう。そうでもないでしょ、てか、失礼よあんたらいい加減にしないとぶん殴るわよ風紀委員長パンチ喰らわすわよ。そういうところ面白いよねーあはは。風紀委員長パーンチ。そんなやり取りが出来たのは非常に良かったと思う。 そんな私も今では立派なキャバ嬢になりましたとさ。家出して雇ってくれるところなんて水商売関係しか無いっつー話だった。都会のど真ん中の綺麗な街の裏側のドブ臭いスラム街じみた本当にここは日本なんですかと素で問いたくなるような場所に私はいる。派手な化粧をして、派手なドレスを着て、酒焼けした喉からしゃがれた声を出して、汚いおっさんにベタベタ触られても笑顔で答えて、売上に貢献している。こんな私を見て、棗はなんて思うだろう。ハードボイルドになったなと褒めてくれるだろうか。落ちぶれたなと嘲笑うだろうか。なにしてんだバカと罵るだろうか。無視されるかもね。それが一番可能性高いかも。 上の空でも接客出来るようになった。そのせいで色々と余計なことを考えるようになった。慣れとは怖いものだ。本日の出勤終了。ということで、ジーンズとTシャツに着替えて、ダウンを羽織って店を出て帰路に就く。派手な化粧を隠すためのキャップを目深に被る。朝陽が目に沁みるから。少し歩くとコンクリートの壁が謎の植物の蔓に巻き巻きされているマンションに着いた。ここが私の今の住処である。古臭さ爆発だけど、安さも爆発だった。最上階の五階に住んでいるので、出勤後の帰宅が一番キツイ。エレベーターなんて洒落たものがあるはずもない。はあはあ、と息を切らせて上っていると酒にやられた胃と肝臓がダメージを受けて戻しそうになる。朝特有の冷たい空気が肺を通り過ぎて、胃にぶつかると変な化学反応でも起こるんだか、ものすごい気分が悪くなる。それを我慢して、なんとか部屋の前に着く。鍵をぶっ刺してグリンと半回転。ノブをグリンと一回転。錆びてギイギイ煩いドアを開けて部屋に入る。外が寒いとその倍寒くなり、外が熱いとその三倍熱くなる素晴らしい部屋だ。今は寒さ二倍の時期で、帰るなり石油ストーブの電源を入れた。テレビの電源も入れた。ベッドに腰掛けてノイズ混じりのおんぼろテレビを見ていると、今日の運勢を占ってくれていた。一位から順番にランキングを発表していき、遂に十一位まで私の星座が出てくることは無かった。うん、葉留佳、今日のあんたの運勢最悪だわ。残念ね。ああ可哀想。 部屋が暖まるまで手持ち無沙汰でポケットからハイライトメンソールを取り出して一本口に咥える。残り三本なので大事に吸っていこう。店の名前の入ったライターで火をつける。客からZIPPOをプレゼントされたが速攻売ってやった。この安物のライターで吸うのが一番しっくりくる。煙が天井にふわふわ飛んでいく。キッチンに行って換気扇を回した。その下で吸う。部屋にタバコの臭いがつくのが嫌だった。だからいつも一緒にお香も焚く。 半分ほど吸ったところで、ストーブから温風が出てきたようだ。ブフォンとか音が聞こえた。タバコを灰皿に押し付けて火を消す。頭をポリポリ掻いて、ブラ紐に圧迫された辺りをポリポリ掻いて、それから服を脱いだ。カラーボックスからボクサーパンツとロンTを取り出す。シャワー浴びよう。 シャワーを浴びて、頭をタオルで拭きながら出てくると私の部屋の私のベッドの上でスパスパとタバコを吸っている女性がいた。 「アンジェラさん」 「おっす、カナちゃん。あとアンジェラって店以外で呼ぶなっつーの」 チョーップってチョップされた。全然痛くない。アンジェラさんは私に店を紹介してくれた人で、お店のナンバーワンで、まあ、色々とズボラで鬱陶しいけど尊敬してる人。肩までの長さだけど綺麗なストレートの黒髪が印象的だ。 「どうしたんですか?」 「ん、まあ、ちょっとした情報をおしえたげようかと」 「嫌な予感しかしないんですけど」 「いやいや、相当サプライズですよ?」 「尚更聞きたくない」 タオルを頭に被せたままベッドのアンジェラさんに背中を向けて座る。そのまま彼女にもたれ掛かる。彼女の香水なのかシャンプーなのか体臭なのか、なんの匂いか分からないけど、とてもいい匂いがする。懐かしい匂いがする。温かい匂い。 「カナちゃん疲れてる?」 「別に」 「んにゃ、疲れてる時だけだよ。私にもたれ掛かってくるなんて。知ってた? これカナちゃん豆知識ね」 「そうですか?」 「うん。普段絶対そんなことしないよ」 ニヒヒと子供みたいな無邪気な笑い方をする。きっとこういう所が男にも人気なんだろう。私でもたまに抱きしめたくなるぐらいなのだから。そんなことを思ったら実行してみたくなって、小さい彼女の身体を抱きしめてベッドに倒れ込んだ。髪に顔を押し付けてモフモフする。くすぐったいよー、と笑う。今度はそのまま下に移動して胸のあたりで顔をグリグリした。ちょちょちょ、カナちゃん!とか言って慌てて楽しい。それにしてもデカい胸だな。気持ちいい。もう、とため息を吐かれた。サラサラと髪を撫でられる。眠くなってきた。 「じゃあね、来週の土日休み取りましょう」 ちょっとした微睡みの中にいた。だから適当に「いいですよむにゃ」と答えた。そのまま夢への特急便に乗る。現実からの旅立ち。 ここから逃げ出したい。だれか助けて欲しい。そんなことは許されない。疲れたよ。もう嫌だ。でも、死にたくない。連れてかないで。戻ってきて。私の周りで笑ってよ。そうしたらもう私はいつだって幸せになれるんだから。 「土曜日楽しんできてね」 あーちゃん先輩の声に反応して、ギュッと彼女の身体を抱きしめて、あふん、とか変な声が聞こえて、それから本当に眠りに落ちた。 土曜日、アンジェラさんに言われた場所に行くと、予想通りというか、嫌な予感的中というか、なんというか。 見知った顔が居酒屋の入り口の前に屯していた。いつものキャップを被ってきていて本当に良かったと思う。気づいてすぐにキャップを目深に被り、すぐ近くのマクドナルドに入った。店の入口が見える席を確保して彼らの動向を見守ることにした。すぐ帰ればいいところなんだろうけど、気になるよね。同窓会なんだろうな、たぶん。案内なんてくるはずない。誰も私の住所も知らないし、携帯なんて邪魔くさくて持たずにいた高校時代。ホット珈琲を一つ頼み、タバコに火をつける。やはり気になるのはあの二人。まだ姿は見えない。来ないんだろうか。一目だけでも見たかった。何かが変わる気がした。何も変わる訳ないのに。変わるって可能性を信じたかった。期待したかった。 二人が来る様子も無く、皆居酒屋に入っていった。なんだ。そうか。来ないのか。だよね。協調性なんて欠片もない奴らだったじゃん。そうだよ。なんだ。馬鹿らしい。ていうか馬鹿だ。帰ろう。でも、折角こんなところまで来たんだ。なんか買って帰ろう。懐かしい顔ぶれを見られて、それはそれで少しは元気が貰えた部分はある。アンジェラさんの好きな白いたい焼きでも買おう。そうだ。それがいい。 「おいどこ行くんだ佳奈多」 ビクンとなる。特徴的な声。普通に喋ってるのに少し棒読みみたいな。 「タバコ吸うなんて不良になってしまわれたんですね。まあ、元風紀委員長の癖に素行の悪いところは多々見受けられましたけれど」 なんだ。そうか。そりゃあ、来ないよね。同じ店の中で、私の行動をきっとニヤニヤしながら見ていたのだろう。たちが悪い。久しぶりに会って、いきなり喧嘩売られて、何よこいつら。ふざけんじゃないわよ。ああ、やばい。泣きそう。ていうか、ちょっと泣いてるわこれ。それに顔も超熱い。絶対赤くなってる。そんなのバレたらもっと馬鹿にされるからここは逃げよう。それが一番の選択だ。たぶん。 二人の言葉を無視して出口へと早足で歩く。 「棗さん逃げてるわよあの人」 「ちょっと待て、まだポテトが残っている」 「Lサイズなんて頼むからでしょうが!」 「うっさいハゲ。そういう気分だったんだよ!」 「あ、やば、二木さんタイム! ターイム!」 「ポテトターイム!」 「棗さん!」 「佳奈多ー。ポテト食い切れないから手伝ってくれー」 変わってねー。ああ、もう馬鹿みたいじゃん。なんで逃げようとしたんだろう。二人がいないから帰ろうとしたんじゃない。二人がいるなら帰らなくてもいいじゃない。涙を拭って、早足で二人の席に向かう。そんでもってドカンと座る。それからポテトの箱をトレイから掻払って口の中に全部流し込んでモグモグして飲み込んだ。 「全部食っていいなんて言ってないぞ!」 「あら? 手伝ってていうから手伝ったまでだけど?」 「太るぞ?」 「私食べても太らないのよねー」 「おい、ささみ。こいつ殴っていいか。殴ってもいいよな」 「まあまあ落ち着いて。久しぶりなんだから」 「あんた誰よ?」 「笹瀬川佐々美ですわ!」 「……ああ」 「ああそういえばそんなやついたなぁ……みたいな反応やめてくださるかしら!」 「冗談よ」 「キィー!」 自然と笑みが溢れる。なんでこんなに変わってないのよこいつら。本当面白い。自分の席に置いてあったホット珈琲を取ってきて、空っぽだったのでついでにおかわりをして、二人のいる席へと戻る。 「久しぶりね」 「そうだな」 「本当に」 しばしの無言タイム。噛み締めるっていうのかな。やっぱり楽しかったのよ。高校なんて本当に碌な思い出なんて無かったのに。この二人とだって、殴って罵ってなじってみたいな思い出しか無かったのに。妹は死ぬし、ちょっとこの人いいじゃないとか思った男も死ぬし。そう考えるとやっぱりいい思い出なんて一つもない。なんなんだろう。日常が戻ってきた気がした。ずっと日常の裏側で生きてた気分だった。朝に寝て、夜に起きる。それだけで普通の人とは逆の生活で、やってることも水商売で。今私は日常に引き戻されたんだ。そんな気がした。 「積もる話もあるでしょうし。行きましょうか」 「どこに?」 「同窓会に」 「無理。無理無理無理」 「なんで?」 「それよりも三人で飲まない?」 こんな言葉自分から出てきたことに驚いた。そして、二人から賛同の言葉が出たことにも驚いた。 三人で適当な居酒屋に入る。同窓会なんてブッチした。そもそも私は呼ばれていない立場だし、この二人は協調性もないし、ていうか、来てないのに居酒屋に入られた時点で諦められている訳で。そういうことで「生三つ!」頼んだ。 出てきたお通しはあんまり美味しくなかった。生中ついでに枝豆とサラダと刺身の盛り合わせとコロッケを頼んだ。タバコに火をつける。こいつら相手に猫を被ってもしょうがないし、第一すでにタバコを吸っている場面は見られているのでどんとこい超常現象。すぐに生中は揃った。乾杯の音頭は誰が取るのか。「笹瀬川、音頭取って」とりあえず振ってみた。 「え? 私?」 「そう」 「ささっとしろ」 「えー、では、本日はお日柄も良く」「はい、かんぱーい!」「かんぱーい!」「ちょっ、えー……かんぱーい……」 一気に流し込む。最初の一杯の生ビールのウマさはなんだろうね。ほぼ毎日お酒は飲んでるし、高いのだって注文してもらったら飲むのに、きっとこの一杯目のウマさには勝てない。とか思っていたら全部飲み干してしまった。 「お前酒つよいな」 「仕事柄ね」 「あら、どんなお仕事なさってるの?」 「ないしょ」 「かわいくないぞー」 「言いなさいよ」 「人に質問するなら先に自分から言いなさいよ」 「ささみはすごいぞ。実業団に入るの失敗してニートだ」 「ニートはあなたでしょ! 私はちゃんとOLしてるわよ」 「へぇ」 「なんですの?」 「いや、ちょっと笹瀬川のお嬢言葉が抜けてるなって思って」 「あんなの続けてたら社会で生き残れませんわ」 まあ、こういう場では癖で出ちゃうみたいだけど。 「で、お前は?」 「ああ、キャバ嬢」 「おお、マジか」 「マジよ」 「似合ってますわよ。没落貴族って感じで」 「あたしは昔からかなたはキャバ嬢になるって信じてた」 変なことを信じられてた。それから頼んだメニューがどんどこ来て、それをむしゃむしゃ食べながら、笹瀬川の仕事の愚痴とか棗への愚痴とか(一緒に住んでるというか無理矢理居候させれてるらしい。楽しそうだけど)、男が出来ない愚痴とか、主に笹瀬川の愚痴で時間が過ぎていった。棗は笑っていた。私も笑っていた。愛想笑いじゃなくて、本当に心の底からの笑顔なんていつぶりだろう。たぶん卒業以来無いな。唐揚げと焼酎ボトルを追加オーダーした。流石に私のペースには合わせられないようで、ラストオーダーを前に棗が潰れた。弱いくせにすぐ調子こいて飲むとは笹瀬川談。らしいといえばらしい。こいつら変わんねー。私はどうなんだろう。会計をして店を出た。棗は笹瀬川に負ぶさっている。 店を出ると、街はキラキラなイルミネーションで輝いていた。ああ、いいわねこういうの。私の住む街の光とは違う、澄んだ光。眩しくて直視出来なかった。 「はあ」 「大丈夫?」 「いつものことですわ。まったく」 そういう笹瀬川の顔はまるで世話のかかる子供を持つ母親のようだった。この歳で既に母親の貫禄を出して、どこに向かってるのだろうか。 「まあでも、顔を見れて安心しましたわ」 「そう?」 「ええ、相変わらず嫌味で憎たらしいけど、元気そうで良かった」 「相変わらず、かしら?」 「ええ、ちっとも変わってない」 そう言って笑った。だから、私も笑った。声を出して笑った。嬉しくて笑った。許してもらえた気がした。何に何を許されたのか、自分でもちっとも分かんないけど。 「かなたーもうおまえどっかいくな。そばにいろよ」 「棗……」 「さいきんささみが冷たいんだ」 「冷たいの?」 「いや、別に」 「ちくしょー。もうだれもあたしからにげるなー」 その言葉を聞いて、私は負ぶさっている棗を背中から抱きしめた。あーちゃん先輩と同じ匂いがした。懐かしくて暖かくて、アルコール臭い。 「ねえ、夏になったらまた会わない?」 「まあ、別に構いませんけど?」 「絶対だからね」 「なんで夏?」 「頻繁に会ってたら有難みが無くなるじゃない」 約束があれば私は生きていける。 「だから、携帯番号教えてよ」 繋がりがあればきっと。じゃあね。バイバイ。 お疲れ様、と店を出た。 季節は夏。 携帯が揺れる。 ポケットから出して開く。 内容を見て、笑った。 水着、買わなきゃ。 [No.656] 2010/02/06(Sat) 00:27:43 |
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