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WINGBEAT COFFEE ROASTERS

all 第51回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2010/02/24(Wed) 21:29:27 [No.666]
棗恭介(27) - 卑未痛@痴酷8012 byte - 2010/02/27(Sat) 15:32:55 [No.679]
Lはリトルバスターズ バスがばくはつ - ひみつdeちこく@2534byte - 2010/02/27(Sat) 12:36:57 [No.678]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2010/02/27(Sat) 00:49:05 [No.677]
相談 - ひみつ@11980 byte - 2010/02/27(Sat) 00:31:48 [No.676]
ささくれた小指 - ひみつ@11796byte - 2010/02/27(Sat) 00:18:09 [No.675]
Shining melody - 匿名@10951 byte - 2010/02/27(Sat) 00:04:33 [No.674]
ある日の家庭科部 - ひみつ@3908byte - 2010/02/26(Fri) 23:02:24 [No.673]
皆がいるから - 秘密@14309 byte - 2010/02/26(Fri) 19:31:25 [No.672]
恋は盲目 - 禁則事項です   8126byte - 2010/02/26(Fri) 13:07:57 [No.671]
彼が彼女に告白するまで - お前に名乗る名はない!@9362 byte - 2010/02/26(Fri) 12:02:03 [No.670]
コンセント - ひみつ@6837byte - 2010/02/25(Thu) 21:41:12 [No.669]
There is Nobody. - 無名氏 10195 byte - 2010/02/25(Thu) 01:27:57 [No.668]


There is Nobody. (No.666 への返信) - 無名氏 10195 byte

 いつの頃からか、僕は幽霊を見るようになった。
 あるときは人ごみの中で、またあるときは人気の無い放課後の教室の隅で。彼女は遠巻きに僕のことを見つめていた。
 どうして彼女が幽霊だと気付いたのか。それは至極簡単な理由。彼女は、あのとき亡くなってしまった西園さんにそっくりだったから。ショートヘアに赤いヘアバンド。それに、透き通った琥珀色の瞳。あの姿を、忘れるはずは無い。忘れられるはずも無い。
 それに、他の人は誰も彼女のことを見ることが出来ない。それが僕の確信を強めた。その代わり、僕は周りの人たちから更に要らない心配をされるようになってしまったのだが。
 そんなふうにして、僕の寂しい日常に、あの優しかった日々の面影が加わることになった。それは夏休みが明けて、一クラス減った学生生活が軌道に乗り始めた頃。まだまだ暑い、残暑の頃。


 彼女は幽霊にしては少し変だった。彼女からは全くといってもいいほど、悲壮感が感じられなかったのだ。彼女は、僕と目が合うと屈託の無い笑顔を見せ、僕に手を振ってくれたりした。西園さんはそんな性格などしては居なかったはずなのに。
 西園さんは、あまり笑顔を見せるような女の子ではなかった。いつも無表情だったけれど、時折見せる柔和な笑顔が印象的だった。あの儚い笑顔が、何よりも好きだった。
 奇妙なことはそれだけではない。始めは隠れて僕の方を見ていた西園さんの幽霊が、段々それに慣れてきて、僕の近くに寄ってきていたのだ。それに日中街中であろうとお構いなしに、僕の目の前に彼女は現れた。
 幽霊なんてものは恨みがましい目付きで、夜中や人気の無いところに潜み、人を驚かせようとしているようなものだと思っていた。けれど彼女には、そんな幽霊に対して持つ一般的な印象は全く通用しなかった。
 そして今。彼女は、渡り廊下を歩いて帰っている僕の傍をぐるぐると回りながら、まるで仲の良い女友達と帰るように愉しそうに笑っていた。
 ここまでくると、話しかけずには居られなくなる。こんな姿、もしも他人に見られでもすれば、確実に僕はカウンセラーの前に引っ張り出されることだろう。しかし幸いなことに、――幸いかどうかは甚だ疑問ではあるが――辺りには誰も居ない。僕は震える唇を動かす。
「ねえ、西園さん?」
 その途端、彼女の目が見開かれる。しばらく、自分が話しかけられたことが理解できなかったのだろう、目を白黒させていたが、やがて事情を理解すると、柔らかな笑みを浮かべた。
「やっと話し掛けてくれた」
 彼女が西園さんと同じ声で言葉を紡いだ。そのことに僕は驚きと喜びがぐちゃぐちゃに混ざり合った、そんな気持ちを抱いた。恐る恐る訊いてみる。
「君は、西園さん、なの?」
「理樹君にはどう見えてるの?」
 彼女に対して持っていた違和感が大きくなる。少なくとも、西園さんは僕を名前で呼んだりはしない。
「西園さんに良く似てるけど、ちょっと違う気がする」
「ふふ。理樹君は忘れてるのね。まあいいわ。理樹君がそういうのであれば、そういうことにしましょうか。――あたしは美鳥。西園美鳥」
 美鳥……。どこかで聞いたことのある名前だった。西園さんから聞かされたのだろうか? 西園さんであればどんなに良かったことだろうと、落胆しなかったと言えば嘘になる。でも、思っていたよりは平気だった。彼女でなくとも、彼女の面影が傍にあることが単純に嬉しかったのだ。
 僕は以前から気になっていた事を尋ねる。
「じゃあさ、君は幽霊なの?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、君は僕にしか見えていないみたいだし」
「当たらずも遠からずって、ところかなぁ」
 美鳥は少し困ったように笑みを浮かべる。
「まず、あたしは幽霊じゃないわ。だって、あたしは死んでなんかいないんだもの。そして、理樹君にしか見えていないというわけでもないの」
「そんな、だって皆は君のことなんて見えないって……」
 僕は少し前のことを思い出す。美鳥が現れ始めた頃。僕は新しいクラスの人に西園さんが居る、そこに居ると半ば錯乱気味に指差した事があったのだ。けれど、誰も僕の言うことを信じてくれなかった。僕は保健委員の人に、無理やり保健室に連れて行かれただけだった。
 僕の表情を覗き込んでいた美鳥は、僕の顔を指差し、強い口調で話し始めた。
「ねえ? 理樹君。クラスの高々三十人くらいからそう言われたからといって、誰もあたしを見えないと思うのは暴論だわ。世界はその三十人よりも遥かに多くの人が住んでいて、あたしが見えないのはその三十人だけかもしれない。そう思ったことは無いの?」
「でも、三十人から見えない時点でおかしいじゃないか」
「おかしいも何も無いわ。そもそも、理樹君には私が見えている。それが理樹君の中で揺るがない事実なの。それ以上、何が必要なの?」
 僕は何も言えなくなって黙り込んでしまう。彼女の言うとおりだった。
「ゴメン。言い過ぎた」
 僕の様子を見て、罪悪感を感じたのか、美鳥は口調を和らげる。
「……あたしね、理樹君に話し掛けてもらえて、嬉しかった。ねぇ、理樹君。これからも、他に人が居ない場所だけでも良いから、お話しない?」
 僕が頷くと、美鳥は花が咲いたように明るい表情になり、僕の方に右手を伸ばした。
「じゃあ、これからもヨロシク」
 僕は彼女の手を取った。柔らかくてしっとりと温かい。生きた人間の感触だった。


 それからというもの、僕は出来るだけ多くの時間を一人で過ごすことにした。昼休みのような長い休憩時間には、屋上で一人。放課後はすぐに寮の自室に引き篭もり。
 美鳥との会話が楽しかった。彼女はクラスメイトのように、僕に変な遠慮などしない。その無遠慮さが、僕にとっては救いだったのだ。僕には、あの時の皆のように遠慮なく話せる、そんな相手が必要だった。そしてそれは、僕と同様に生き残ってしまった鈴ではなく、僕にしか見えない触れられない、彼女だけだった。
 そんな僕に、僕の近くに居ようとしてくれた僅かばかりの人達も次第に遠ざかっていった。それは例えば、笹瀬川さん。何かと鈴と僕に気をかけてくれた。二学期の初めのうち、周りの偏見から守ってくれたりもした。一緒に昼食を食べようと言ってくれたり、休日にはキャッチボールを三人でしようとも言ってくれた。しかし、そんな彼女も今は鈴にべったりになり、僕の方を見ようとはしなくなってしまった。そして今や、鈴を僕から引き離そうとさえしている。そんな彼女の行動に、以前の僕なら心を痛めていたのかも知れなかっただろう。しかし今は寧ろ好都合だった。
 笹瀬川さんなら信頼できる、鈴と仲良くやってくれるだろう。そこに、鈴の傍に、僕は必要なかった。


 秋も深まり、公孫樹の葉も少しずつ黄色く変色し始めた、そんな日の夕方。僕はいつもの通り屋上で一人、給水タンクを背に腰を下ろし、隣に座る美鳥とのお喋りに夢中になっていた。その時、僕は何を話していたのだろうか? 恐らく学園祭とか体育祭といった話題だろう。この季節、皆そんなことばかり話しているし、きっと僕もそうなのだろう。
 そんな中、美鳥がまるで、口から言葉が溢れ出てしまったように、ぽつりと呟いた。
「本当に、理樹君は皆のこと大好きだったんだね」
「そうかな?」
「そうだよ。あたしと話してる内容って、殆ど皆のことだもの。皆がもし居たら、学園祭で何をやっただろう。恭介さんが何を始めるのだろうってね」
「……かもしれないね」
 僕は口ごもる。僕は彼女の優しさに甘えてしまい、自分の言いたいことばかり喋ってしまっていただろうか。或いはいつまでも皆のことを考えていると、彼女に心配させてしまっただろうか。
「ごめん」
「いいよ。理樹君を責めているわけじゃないもの」
 美鳥も口を閉ざす。横目に彼女を見ると、いつもはお喋りで明るい彼女には似つかわしくない憂いた表情。伏せられた、長い睫毛が綺麗だった。
 そしてその表情に、僕は西園さんの表情を重ね合わせてしまう。胸が苦しい、そんな気がした。
 やがて、美鳥が優しくて悲しい、そんな複雑な表情を僕に向け、そして問いかける。
「ねぇ、もしも皆のうちの誰かと、また一緒に居られるのなら。理樹君はそれを望む?」
「え?」
「答えて」
 美鳥の瞳はいつに無く真剣だった。その強い眼差しに僕は気後れする。
「そんなもしもは無意味だよ。皆はもう居ないんだから」
「それでも、会えるとしたら?」
「どういうこと?」
 美鳥は眉根を寄せたまま、口の端を上に持ち上げて、無理に笑おうとする。そして、立ち上がると数歩僕から離れ、僕の方に振り向く事無く話を続けた。
「多分理樹君にはもう、あたしが何なのか気付いていると思う。薄々とだけど。――あたしは何処にでもいるわ。だけど、何処にも存在しない」
「どういう……」
「言葉通りの意味よ。そして、あたしは誰でもないと同時に誰かであり続ける。――かつてあの子は、美魚は、あたしを『美鳥』と呼んだ。あの子は、あたしを妹にした。それが今のあたしなの」
 夕日が、美鳥を照らし、強い陰影を生む。その姿と静かな声がやけに綺麗だと、場違いな事をぼんやりと思った。
「でも、あたしの名を呼んでくれるあの子は、居なくなってしまった。だから、あたしは探したの。あたしが見える人を、あたしを望む人を。――そして、あなたを見つけた」
 美鳥が僕の方に振り向く。しかし、美鳥の顔は影になっていて、どんな表情をしているのか僕には分からなかった。
「ねえ、理樹君。皆が居なくなって寂しい?」
「いや、美鳥が居てくれたから、寂しくは無かったよ」
 僕の言葉に、美鳥は優しい微笑を浮かべた。
「ありがと。でも、理樹君はずっと皆の話ばかりしてたよ。だけど、大丈夫。――俺はもう、お前の前から居なくなったりはしない」
 突然変わる声色と口調。気が付けば、僕の目の前に制服姿の恭介が居た。それは以前の僕達のリーダーだったあの頃の、生前の姿のままで。僕は目の前の出来事に言葉を失った。
 立ち上がろうと腰を少し上げた瞬間、恭介の姿が滲むように空に溶けた。そしてそれはすぐさま、謙吾の形を成した。
「言っただろう? リトルバスターズは不滅だと」
 更にそれは真人になり、来ヶ谷さんに変化した。
「理樹っちよぉ、そんな驚いた顔すんなよ。――お姉さんが興奮するじゃないか」
 その顔が、姿が瞬きに合わせて目まぐるしく変化する。クドに、葉留佳さんに、小毬さんに。
「リキ。大丈夫なのです」
「そうですヨ」
「もう、寂しくないよ」
 そして西園さんに。私服の彼女は、いつもの日傘で顔を隠していた。そして、平坦で穏やかな声でこう、続けた。
「私達は、ずっと直枝さんの傍に居ますよ」
「西園さん――」
 僕は立ち上がると、手を伸ばして西園さんの日傘を掴む。彼女の顔が見たかった。美鳥と同じ顔だけれども、異なる表情。伏せがちの瞳、小さく微笑む唇。何度見てみたいと思った事か。
 しかし、日傘から出てきた顔は、西園さんの優しいそれではなく、美鳥の賑やかな笑顔だった。彼女は悪戯っぽい目を僕に向ける。
「残念でした」
 忽ち彼女の姿は、制服を着た美鳥の姿に置き換わる。日傘もロングスカートも、夕日に消えていく。
 美鳥は、西園さんに良く似た、優しい微笑を浮かべると、僕に向かって右手を差し出した。そして、幼子に言う事を聞かせるように、ゆっくりと僕に話し掛ける。
「これでわかった? あたしは、理樹君が望んだ通りのものを与えられるの。さあ、理樹君。あたしに名前を付けて。あなたの望む人の名を。そして願って。あなたの描く、永遠を」
 僕は逡巡した。僕の願うものは何か。そんなものは簡単だった。でも、それを言葉にするのが怖かった。言葉にすれば、何かを失くしそうに思えたから。
 僕は目を瞑る。夕日が目蓋を透かして、目の前を赤く染める。こんなに夕日が当たっているのに、空気はまだまだ暖かなのに。僕の体は寒くて身震いしてしまう。
 やがて僕は目を開ける。目の前には美鳥が居てくれた。いや、目の前のそれはもう美鳥ではないのかも知れない。彼女の背後に大きな夕日がある所為か、彼女の姿は人間大のぼんやりとした黒い塊にしか見えなかった。けれども僕はその姿に臆することなく、彼女の手を取る。感触が無い。触っているのかいないのか、それすら分からなくなり目の前がぐらぐらとする。


 深呼吸をした後、意を決して、僕は口にする。
 僕の望みを。
 そして、未来を。


[No.668] 2010/02/25(Thu) 01:27:57

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