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放課後、私は一人廊下をぶらついていた。 部活動をやっている者、すぐに帰る者、過ごし方は人それぞれだが太陽が西に沈みかけるこの時間帯に教室に人がいることは少ない。 ちなみに今は雨が降っているのでグラウンドから運動部の掛け声は聞こえない。 そろそろ帰ろうと思い、素通りしかけた教室で歌声がした。声色からしてきっと女子のものだ。 しかもどこかで聞いたことのあるような声だった。 なので遠慮せずにドアを開けてみた。 「うわあっ! ……なんだ、姉御か。びっくりさせないでくださいヨ……」 「うむ、予想通りの反応で助かる」 「もし私じゃなかったらどうしたんですか?」 「そのときはそのときだ。それよりさっきの歌声、君にしては若干元気がなかったようだが?」 「うん、一人だとやっぱり思いっきりは歌えないからね。今みたいに誰か来る可能性だってあるし。 でも今ならダイジョーブ! バリバリ歌っちゃいますヨ!」 「そうか、なら頼む」 少し聞いてて、さっきのは本当の葉留佳君の歌声ではないように思えたので少し聞いてみたくなった。 だが葉留佳君は歌おうとしない。気まずそうにこちらを見ている。 「どうした? 歌わないのか?」 「いや、よく考えたらこうやって人に聞かせたことないから少し緊張しちゃって……」 「バリバリ歌うんじゃなかったのか? まあここには私たちのほかには誰もいない。存分に歌うがいい」 「うーん……そうですネ。じゃあ姉御、ちゃんと聞いててね?」 やや迷った後に覚悟を決めたような表情になり、歌いだした。 最初は表情・声共に緊張していたが、時間が経つにつれそれは薄れていった。 サビに入るころには迷いのない明るく澄み切った音色になり、表情も嬉々として輝いている。 私はその姿に見とれていて、気がつくと歌は終わっていた。 全体的に明るくアップテンポな葉留佳君らしい曲という事はきちんと聞き取れたが。 「……ふー。姉御、どうだった?」 「ああ、まあまあだな」 素直にうまかったと答えるのも癪なのでそういっておく。 「今の歌を聞いて私もピアノを弾きたくなった。ついて来てくれ」 正確には葉留佳君と演奏してみたいだけなんだがな。 葉留佳君の手を引っ張り、教室の外へ出る。そして放送室へと向かう。 早速ピアノに向かい、音が出ることを確認する。そしてそのまま即興で奏でてみる。 緩やかなる音の波に身を任せ、軽やかに指を動かす。 「おおっ、さすが姉御! すごいっすネ!」 「どうってことないさ。それより先ほど葉留佳君が歌っていた曲、あれの楽譜はあるか?」 「ありますよー、はい姉御」 そこに書かれていたのは普通の五線譜と音符、その下には歌詞があった。 「もっとぐちゃぐちゃになっていると思ったのだが……意外だな」 「うわ、そんな風に見られてたのか……はるちんショーック!」 頭を抱えて大げさな動作を彼女はとる。皆そう思うだろうに。 楽譜を見て、指の動きをイメージし、そしてゆっくりと弾いていく。 人の声とはまた違った、ピアノ独特の音が放送室に響く。 「ホントに初めてなんですかネ?」 独り言が耳に入るも、気にせず弾いていく。 「……とまあこんなことろだ。初見なので元より少し遅くなってしまったが」 曲を引き終え、楽譜を葉留佳君へと返す。 「すごい、すごすぎですよ姉御!」 「はっはっは、おだてても何もでないぞ?」 「いやホントにすごいですヨこれは。……そうだ、姉御ならさ、この曲もっといい風にアレンジできますよネ? 即興でピアノ弾いてたくらいだし」 確かにそれくらいは容易い。しかし…… 「だが断る」 「えーっ!? どうしてですか姉御ー?」 「めんどくさいからだ」 私は葉留佳君が作った音が好きなんだ。だから葉留佳君一色の音色でなければいけない……とはさすがに言えないので適当にごまかすことにした。 「むー、じゃあ今度クレープおごるからさ」 「断る」 「じゃあキムチともずく1週間分」 「断る」 「こまりんのパンツ」 「よし、これから毎日特訓だ。厳しくいくからな」 「……ゴメン、今のナシで」 「そうか……残念だ」 「でもさ、また姉御のピアノに合わせて歌いたいなっ!」 楽譜を束ねるために1度向こうを向いたと思ったら、唐突に振り返り満面の笑みでそう告げる葉留佳君に不覚ながらも心を動かされた。 「……仕方ない、これから昼休みと雨の日の放課後はここに来るといい。あわせてるうちに新しい音も生まれるだろうからな」 「ホント!? 姉御ありがとー!」 「だがキムチともずくは貰うぞ」 「ちゃっかりしてますネ」 それから私達は毎日ここへ来るようになった。 葉留佳君の歌が上達するのに比例し、私の指も軽やかになったと思う。 少し前の私は葉留佳君だけの音色でないといけないという今からすれば意味不明なことを考えていたが、 今は葉留佳君の歌無しでは私の音では私の音ではないのではないかと感じるくらいになってしまった。 「よし、リサイタルをやろう!」 当の本人はいつものように突然発言し、私の調子を狂わせる。 「いや、そんなあっさり言われてもだな……本当にやるのか?」 「もちのロンですよ! あー、今ので思ったんだけど、麻雀もいいじゃん?」 「……ふん」 「ご、ゴメン、冗談ですから、ね?」 素っ気無く振舞うと簡単に折れるというか弱さを見せるのは真の姉による教育の賜物か。全く、妬ける。 「まあやるというのなら場所と機材の確保が必要だ。ここは私と恭介氏で何とかしてみせよう」 「え、いいの?」 若干葉留佳君の顔色に動揺が混じっているように見える。少し冷たくしすぎてしまったかもしれない。 「勘違いするな、私がやりたいと思っただけだ。故に時間、場所、その他諸々はこちらで決めることになるがな」 「……ありがと、姉御」 「……っ!」 私の気持ちを読み取った上での笑みか、単に許可が出たことが嬉しいだけなのか。 前者の可能性があるということを考えるだけで顔が熱くなるのを感じてしまう。 「善は急げだ、今から予定を決めてくる」 「あ、ちょっと姉御、練習は……」 感情の揺らぎを悟られぬよう、葉留佳君の言葉も聞かずに放送室から退出した。 その後は恭介氏と協力して難なく機材と場所を確保できた。 場所は中庭で、来週の金曜ということになった。今週は金曜なので、ちょうど1週間後ということになる。 それらを伝えるために放送室へと再び足を向ける。 「葉留佳君、演奏できるようになったぞ、感謝しろ」 「なにが感謝しろデスカ。私のこと置いてけぼりにしてさ……」 葉留佳君は拗ねてこっちを向いてくれない。 先に帰らせればよかったかもしれない。後悔先に立たず、か。 「すまなかったな。だがさっきも言った通り演奏はできる。来週の金曜だ」 「まったくもう……じゃあ埋め合わせ頼みますヨ」 「今からか?」 「このまま帰るの何か嫌だし。そもそも姉御のせいだし」 「わかったわかった。じゃあいくぞ」 今回の葉留佳君の声は若干沈み気味だったが、後半になるにつれもとの元気さを取り戻していた。 私が影響しているものと考えると、嬉しくもあり恥ずかしくもある。 時間も押しているので、1曲だけで切り上げとなった。 葉留佳君は物足りなさそうだったが、来週の楽しみと言うことで抑えさせておいた。 練習に練習を重ね、いよいよ本番。 もうすぐ空が赤く染まるだろうという時間に、私と葉留佳君は中庭にいる。 もっと正確に言えば軽音部が学園祭などで演奏するところに立っている。 視線を前方に向けそこから左右を見渡せば、お馴染みのバスターズメンバーや、逆にあまり関わりのない軽音部員達がいる。 ただ後者の方は若干視線に威圧感を感じる。おそらく音楽を得意とする自分たちと素人の私たちを比べているのだろう。 しかし私がその程度でひるむはずもない。隣を見ると、今にも歌いだしたいと言わんばかりの表情が見えた。 「はるちゃん、ゆいちゃん、頑張って〜」 「あ、こまりん! 他の皆も応援ヨロシクー!」 小毬君の声援を後押しに演奏体制へと入る。あとゆいちゃんって言うな。 葉留佳君と違いここから叫ぶのは躊躇されるので心の中でつっこんだ。 「葉留佳君……」 「姉御……」 互いを呼び合い、頷きあう。 これまでの練習の成果を信じ、指を鍵盤の定位置へと滑らせる。 そしてゆっくりと深呼吸し、肩を中心に全身の力を抜く。 最初の音を発した鍵盤は次々と私の指によって音を出していく。 イントロが終わり、Aメロへ。つまりここからが私たち2人の演奏となる。 指を広げ、和音を奏でる。そこに葉留佳君の歌声が乗せられ一つになる。 その感覚がとても気持ちよく、快い感情が私の中に今生まれた。 中庭が拍手に包まれる。演奏はあっという間に終わってしまった。 「終わったな……」 「うん、とっても楽しかった!」 私達は笑いあってこれまでの、そして今このかけがえのない瞬間を胸に刻む。 バスターズの面々は拍手と笑顔と惜しみない賞賛の言葉を私たちに向けてくれた。 その後キーボードを部室まで運ぶ。だが私だけではさすがに重くて厳しいので葉留佳君と2人で運ぶことになった。 アンプ等のその他の物は軽音部員が運んでくれることとなった。 しかし陰でなにやら話している彼らは突然私たちの幸せな気分をぶち壊した。 「……拍手とか起こってたけどさ、そこまで上手かったか?」 「正直微妙だな。ていうか楽器がキーボードだけっておかしくね?」 「確かにな、今ひとつ迫力がなかった」 「まずオリジナルの曲、あれはないな。歌詞も曲調もセンスないし」 「だよなー。マジ最悪」 そこまで聞いたところで私の頭に血が上り、全身が怒りで震えた。 葉留佳君はもっぱら悔しいという表情をしている。それを見た瞬間私は怒りが有頂天へと達した。 「貴様ら、言わせておけば……!」 「あ、姉御!」 「げ、聞いてたのか……」 「今言ったことをすべて取り消せ」 怒りを瞳に込め厳かに言い放つ。相手は一瞬動揺したが無様に繕った。 「うっせーよ、下手糞がどうこう言うな」 その台詞を聞き終わらないうちに、言葉の発信源目掛けて拳を繰り出す。 一応後のことを考え寸止めにしておいたが、油断していたそいつの鳩尾の一寸先には私の当たるはずだった一撃が確かに存在している。 さっきまでとは違う、意表を突かれた間抜け面に対し怒りを込めて睨み付ける。 「貴様らは自分で曲を作ったことがないのか? 私たちのような素人が作ったという点では同じなはずだ。 それをよく上から目線で下手だと言えるな……腐り、捻くれ、救いようのない考えの持ち主共が!」 周りを見渡し、一喝する。意表を突かれうろたえる者、悔しそうに俯くもの、納得いかないといった視線を向けるもの がいる。 「そうそう、今度のあんたらの定期演奏会、私たちで滅茶苦茶にしてやりますよ! ね、姉御!」 「ああ、葉留佳君の音楽センスはこの私が認める。あいつらのことは気にするな」 最後に悪口を言っていた奴等を睨みつけ、葉留佳君の手を引きこの場を後にした。 「さっきはありがとね、姉御……どうしてあそこまで怒ったんですか? あんな姉御、私見たこと無いですヨ」 私がよくお茶している場所へと葉留佳君と二人でいると、儚い微笑が私の目に映った。おそらくさっき言われたことが少なからず堪えているのだろう。 そんな葉留佳君をそっと抱きしめる。うん、温かい。 予想外の行動に戸惑っているらしいが、気にせず正直に思いを告白する。 「もし非難の主な対象が私でも可哀想なやつらだ、と気にも留めなかっただろう。ただ、葉留佳君が悪く言われるのが許せなかったんだ。 私は……葉留佳君に特別な感情を持っているんだと思う」 言い終えて、気付く。相当恥ずかしい、プロポーズと間違われてもおかしくないくらいの台詞を言ってしまったことを。 動揺している葉留佳君を肌で感じ、熱を孕んだ顔を見られぬようにと咄嗟に強く抱きしめる。 「そんな……私姉御が喜ぶようなことしてないし、好かれる資格なんて……」 いつもと違う弱気な葉留佳君に、羞恥心というものはその瞬間何処かへと飛んでいった。 体を離し、目を見て話す。 「いや、君は私が持っていないものを持っている。正直に言うとな、私は君が羨ましかったんだ。その溢れ出る感情がな。 それを近くで見ていてとても気持ちがよかった」 「それを言うなら私の方が今まで姉御にずっと助けられてた。だから私も姉御のこと……好きだよ」 いつものふざけた感じではなく、頬を染めながらも私を見つめるその潤んだ瞳に吸い込まれそうになる。 すると再び葉留佳君は口を開いた。 「私はずっと誰かに認めてもらいたいと思ってた。皆から好かれる姉御は私の目標だったんだ。 そんな人が私を好いてくれるなんて……夢みたい」 「いや、私のことを嫌う人間もいる。だが君はそうじゃない、私はそれが何より嬉しい」 「姉御……」 「葉留佳君……」 演奏のときと同様に、互いを呼び合い見つめ合う。違うのは、精神的な距離。 私はごく自然に葉留佳君に口付けていた。 彼女は目を閉じて受け入れてくれた。 それは一瞬のことで、今は緩やかに吹く風に身を任せている。 これからも葉留佳君と共にいたい、そう思える1日だった。 [No.674] 2010/02/27(Sat) 00:04:33 |
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