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手紙が届いた。封筒に書かれていた名前は怪人X。こんなバカな事をする人間に心当たりがあり過ぎる鈴は嫌々ながらも封を切って中を確認する。 『鈴へ。 久しぶりだな、俺の事をまだ覚えているだろうか。 思い返してみれば高校を卒業して2年、ロクに親交がなかったな。それなのにこんな手紙を今更出しているなんて不思議な気分だ。 連絡をとったのは他でもない。無理を承知で明日の夜、時間を作って貰えないだろうか。 積もる話もあるだろうし、俺としてもお前と話したい事がある。と言う訳で、明日の夜にはお前の部屋にお邪魔する事にする。 恭介より』 「こいつバカだっ!」 確認するまでもなく恭介という人間はバカである。それを改めて教えられたような、つっこみどころの多すぎる手紙だった。 あなたがあたしにさよならを言った夜 「本当にバカがいる」 「よう、鈴。お邪魔してるぞ」 「カギはどーしたんだ、お前?」 「麗しき兄妹愛の前ではそんなもの、無に等しいのさ」 「存在しないものをたてにして物理的障害を無にすんなぼけー!!」 手紙が届いた次の日の夜、予定を途中で切り上げて自宅に戻ってきた鈴は、自分の借りた部屋ですっかりくつろいでいる恭介を見て完全に脱力した。 ここ数年一回も顔をあわせていないはずなのに、どうしてこの人間は懐かしさとか情緒とかその他諸々のものを一切感じさせない演出が出来るのか、理解に苦しむ。 きっと理解しようとしてはいけない世界の物語なのだろう。そう自己完結して、鈴はとりあえず恭介を無視して上着を脱ぎ、手袋とかばんをそこらに放り投げて洗面所へ。 がらがらがらとうがいをして、手を洗う。うがいにはもちろん少量の塩を入れて殺菌作用を持たせて、手を洗う時にはセッケンをたくさん泡立てて爪の間まで洗う。しょっぱい。ヌルヌルして気持ち悪い。どうして毎日こんなめんどい事をしなくちゃいけないのか。やっぱり理樹とは変な約束をしない方がいいなと鈴は思う。 そうして居間に戻ってきて、ソファーで手足を伸ばしてリラックスしているバカにハイキック。 「帰れ」 「お、今日のぱんつは薄い黄色か」 「いや帰るな。あの世へ逝け」 すごくむかついたからタンスからスパッツを取り出して穿き、そのままハイキック三連コンボ。ちなみに空中にいる間に蹴りを出す回数がコンボの定義だと勝手に決めている。鈴の密かなこだわりだ。 それで鈴のハイキックを喰らいまくった恭介はソファーから吹っ飛ばされ、開いていた窓から吹っ飛ばされた。 「あ」 「あ」 ほんの少しだけ、時間が経ってから。どんがらがっしゃんと物凄い音が下から響いてきた。流石にちょっと冷や汗が流れる鈴。 どうしようかと悩んだあげく、鈴は誰もいない窓を指さして、言う。 「やられなかった事にしろ」 次にその指は自分を指す。 「やらなかった事にした」 うんよしと頷いた鈴。そのまま窓をガラガラピシャンと締めて、しゃーとカーテンも閉じる。ついでに玄関のカギも閉めようと玄関に行き、カギに手を伸ばす。 が、その直前でがちゃんと扉が開いた。 「ほぅわぁ!?」 「いや、それは小毬の口癖だ。その前のも小毬だ。なにか? お前は小毬にでもなったのか?」 「ち、死んでなかったのか」 「ひどいな、お前」 冷や汗をかきながらも勝手知ったる他人の家といった風情で鈴の家の中に入りこむ恭介。鈴は仕方がないなと言わんばかりにため息をつき、恭介が部屋に入った後にカギを閉めた。 「で、きょーすけ。本当になんのようだ?」 「いやなに、久しぶりに可愛い妹の顔が見たくなっただけ。あえていうなら、ついでに二十歳になったし、一緒に酒でも飲もうかと思ってな」 「残念ながらあたしに兄はいない」 「俺の存在全否定かよっ!?」 言いながらも恭介はテキパキとどこからともなくワインとグラスを取り出し、勝手に栓を開けるて香りをかぐ。 「これは20年物のワインだ。お前が生まれた年のワインだぞ。探すのに苦労した」 「聞いてない」 「ちなみに値段は俺の月給の三分の一だ」 「もっと聞いてない」 そんな鈴の言葉こそを全く聞いていない恭介。嬉々としてワインを二つのグラスに注いでいく。 「さあ鈴、何に乾杯する!?」 「春と同じ温度のバカ兄貴の頭に」 「よっしゃ、春に芽吹くような素晴らしい発想の俺に乾杯っ!!」 都合よく変換された言葉で恭介のグラスが掲げられる。その存在を含めて完全に諦めた鈴はグラスを持つと、恭介のそれに合わせた。 「……乾杯」 完全に鈴のテンションは恭介に吸いとられていた。 ちんと高いグラスの音を鳴らせてから口元に運び、その液体を喉に流し込む。 「って苦いわあほー!」 「え? ワインってこんなもんだろ?」 「あたしはちゅーはい位しか飲んだことないんだ。こんな苦いもの、ミルクで割らなきゃ飲めるはずないだろーが」 「ワインをミルクで割るって発想がすげぇな」 冷や汗をかきながら恭介は鈴のグラスを持つと、台所まで歩いていく。そして蛇口を捻り、水をグラスの中へ。 「ほら、水で薄めてみたぞ。ミルクで割るよりはマシだろ」 「ふつーワインを水で薄めんだろ」 「ミルクを入れようとしてたやつに言われたくねーよ」 「あれはほら、あれだ。あめりかんじょーくとかいうやつだ。 あれ? いたりあんじょーくだったか?」 「ベジタリアンジョークの事か?」 「それだっ!!」 「どれだっ!?」 下らない会話をしつつも水で薄められたワインを口へと運ぶ鈴。そしてこくんと飲み下ろす。 「薄いな」 「そりゃ水で薄めたからな」 「まずいな」 「そりゃ水で薄めたからな」 「関係あるか?」 「そりゃあるだろ」 「……そうか」 言いながら、恭介もグラスを傾ける。無骨な蛍光灯を受けて、無機質にワインの赤が光る。 「まるでネコの舌みたいな色だな、このワインの色は」 「今、さらっと食欲をなくすような事を言ったな?」 「そうか?」 「どこの誰かネコの舌を飲みたいと思うんだよ?」 「ほんとバカだなきょーすけは。こんな苦いものは飲むものじゃない、見て楽しむものに決まってるだろ」 「え? これって俺が間違ってるのか?」 当然だと言わんばかりに鼻を鳴らす鈴。手の中のグラスを光にかざし、うっとりとその淡くなった赤を楽しむ鈴。 そしてゆっくりと目で楽しんでから、くいっと飲む。 「って結局飲むのかよっ!?」 「ワインは飲むものだろーが!」 「いや、そうだけどな……?」 「という訳できょーすけ。あたしはこのワインをネコの舌だと思った。お前はどう思う?」 「大喜利か? まあ、そうだな。血のような赤、か?」 意趣返しと言わんばかりに意地悪く笑う恭介の顔に鈴のハイキックが飛んできた。 「恐キモい事を言うなっ」 「理不尽にも程があるだろうがっ!? お前酔って……」 言いかけて恭介はまじまじと鈴の顔を見る。ほのかに赤い。それにちょっと首はすわってないし、息は浅い。 「本当に酔っているのか? っていうかこの位で酔うなよ」 「このくらいの訳あるかっ。今日はこまりちゃんとささみと後いくにんかと飲む約束があったんだ。お前が来るっていうから抜けてきてやったんだぞ。ありがたく思え」 それを聞いて恭介の顔が申し訳なさそうに歪む。ただ、恭介の一方的な都合を聞いてくれた鈴に対して嬉しさも心のどこかにあったけれど。 「そうか、そいつは済まなかったな。 ちなみにどの位飲んだんだ?」 「ちゅーはいを4本だ」 「結構飲んだな。350か? 500か?」 「ピッチャーだ」 「飲みすぎだっ!」 「そして理樹はキャッチャーだ」 「んっ!?」 「だけど夜の理樹は粘り強い」 「いや、そういう情報はいらない。マジで」 ぐだぐだになった鈴を恭介が必死になって止める恭介というかなり珍しい連携プレーの末、鈴は酔いつぶれてしまっていた。その戦利品として恭介は鈴と理樹の赤裸々な秘密を手に入れてしまっていたが、鈴が起きたら記憶をなくされるまで蹴られる事は必至である。是非とも酒で記憶がとんでいて欲しいものだ。いや、顔を真っ赤にした鈴に蹴られ続けるというのも案外捨てがたいかも知れない。 『このぼけぼけぼけぼけっ!』 『がはっ、ぐはっ、ぐえぇ!』 『はぁ……はぁ…………。どうだきょーすけ、忘れたか?』 『あ、ああ。鈴から理樹を誘う時は語尾ににゃん付けをして甘えるなんて情報は記憶の彼方に飛んでいったぜ』 『ふかーっ!!』 『はぅ、うぐ、げげごぼうぉえ!!』 「り~き。今日はお姫様抱っこでベッドまで連れていって欲しいにゃん♪」 「…………」 恭介の心の奥底から言語化出来ない何かの感情がわいてきた。だが恭介がそれを知るには幼すぎた、もしくは年を取りすぎたのかも知れない。何故ならば今、彼はガチで(21)なのだから。 「次に鈴に会うのは産婦人科の病室かな?」 赤く幸せそうな顔で眠る鈴にタオルをかけて、恭介は歩き出す。酔えるほどに飲んでいないせいか、その足取りはしっかりとしていた。ただその瞳が少しだけ濡れていたのはきっと酒のせい。 「さよならだ、棗鈴」 ――そしてこれからもよろしくな、直枝鈴―― [No.691] 2010/03/17(Wed) 16:12:19 |
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