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その日は携帯の着信音で目が覚めた。休みくらいゆっくり寝かして欲しいのに。やかましく鳴り続けるそれを掴むと、目と閉じたまま通話ボタンを押した。手短に済まして二度寝するために電源ボタンに指をかける。 「ふぁい」 「理樹、助けてくれ」 相手は鈴の声でそう言うと、すぐに電話が切れた。切断音が耳に響く。落ちかかっていた意識が引き戻される。慌てて携帯の画面を確認すると、今の電話は確かに鈴の携帯からかかってきていた。何故かエビ反りをしながらいびきをかいている真人を起こさないように、部屋を抜け出て鈴の部屋へと走った。 鈴は僕の名を呼んで助けてくれ、と言った。助けてくれ?鈴の身に何かあったのだろうか。時刻は早朝。学園内は静まりかえっていて、事件が起きた様子でもない。恐らく鈴は目覚めた瞬間に体の異変を感じて僕に緊急の電話をかけてきたはずだ。けれど、すでに鈴には頼れる同性の友達がたくさんいる。もしも風邪だったなら小毬さんや、クド、笹瀬川さんあたりに連絡すれば飛んでくるだろう。わざわざ異性の僕にかけてくる理由。 異性である僕、体の異変。……まさか、妊娠?いやいやいや。ちゃんと安全日に励んでいるはずだ。しかし、あり得ないということはない。息急き切って扉を開けると、バージンロードの奥にはウエディングドレスに身を包んだ鈴が待ち、鈴の周りでは認知しろ認知しろとにゃーにゃーと猫の合唱が。いつの間にか背後にはドルジがそびえ立ち、僕の退路を塞いでいる。厳かに鳴る鐘の音に追われ途方にくれる僕の耳元で、大きく膨らんだお腹を撫でながら、鈴はゆっくりと囁くのだ。あ・な・た、と。…………しまった、何でこんな大事な時に僕は寝間着のままなんだ! 事態は思っていたよりも深刻そうだ。身支度を整えに一度戻るべきだろうか。色々考えているうちにも僕の足は動き続けていたらしく、鈴の部屋の前へ着いてしまった。 ノックすると、はい、と返事が返ってきた。良かった。鈴は部屋にいるみたいだ。 冷たいドアノブを手に取り、深呼吸。腹をくくるしかない。みんなに誇れるような自慢の婿になろう。そう誓い、ゆっくりとノブを回す。扉の先には、 「理樹もななめだ」 寝間着を着た、元気そうな鈴が猫のクッションを抱いていた。ただ、 「鈴、首をかしげてどうしたの?」 首を曲げ、頭の上に疑問符がつきそうな姿勢。そんな格好のせいか、なんだかいつもより幼く見える。 「理樹、ちょっと肩揉んでくれ」 眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな顔でそう催促してきた。 「肩?」 「朝起きてからずっと痛い。早く揉んでくれ」 状況がつかめない僕を尻目に、鈴は髪を結い上着の裾を調整して、僕に魅力的なうなじをさらけ出す。 「はやく」 「…………。分かったよ、鈴」 おめでたでないことに一抹の寂しさを覚えながら、鈴の背後から肩を掴んで親指で押す。吸い付くような肌とは逆に、押した感触は恐ろしく硬かった。 「……すごく硬いね。鈴、痛くない?」 「ん、大丈夫だ」 幾度も繰り返すうちに首元に筋張った手応え。ほぐしているうちに、だんだんと柔らかくなっていく。 「きもちい」 「そう?」 「理樹は上手い。揉み上手だな!」 「人のいるところではいわない方がいい造語だね」 「よし、これからは理樹の事をマッサージ樹って呼ぶことにしよう」 「やめて」 他愛のない会話をしているうちに肩の力が抜けたのか、少しずつだがほぐれてきた。親指の位置をずらす。目の前で揺れる束ねた髪の毛からは、整髪料と汗の匂いが混ざり合って僕の鼻をくすぐる。無心で揉み続けていると、鈴が心地よさそうな吐息を漏らした。 「本当に理樹は上手だな」 「真人のストレッチに付き合ってるからかな。色んなツボを教えてくれるんだ」 最近真人は運動後のケアは明日の筋肉を生み出す、と力説して僕に色々なストレッチやマッサージの方法を教えてくる。なんとなしに覚えていた知識がこんなところで役に立つとは思ってもいなかった。 「例えば……鈴、ちょっと腕を真横にあげてくれる?」 僕の言うとおりに腕を伸ばした鈴の肩辺りに触れると、服越しにくぼんだ部分があるのが分かる。 「このへっこんだ部分。ここはけんりょうって言って結構分かりやすい場所にあるんだ。肩こりによく効くツボらしいよ。鈴、首も痛い?」 「ん」 「じゃあゆっくりでいいから腕を後ろで組んで。肩甲骨の一番上のここ。きょくえんって言って首のこりに効くところ。他には……」 鈴の痛みに合わせて真人から聞きかじった知識で懸命に揉みほぐす。あらかた説明し終えたところで、ふにゃあ、と鈴の口からあくびがこぼれた。今日の鈴はどこか子どもっぽい。 「もしかして、眠い?」 試しに聞くと、んん、と生返事が返ってきた。 「それなら鈴、寝転がってもらえる?」 鈴にそう促して、鈴のお腹辺りへできるだけ体重をかけずに跨る。 「このほうが楽でしょ」 「なんかえろいな」 「いやいやいや」 「それに、こうしてるとねむい。えろいし、ねむい。略して、えむい」 「Mい、って書くと別の意味に聞こえるからそれも言わない方がいいね」 指先に感じるブラのホックは今だけ意識の外に追い出し、掌底で背中をグイグイ押す。時折、背骨が鳴る音が聞こえた。 「今ポキポキいった」 「猫背だと鳴るみたいだよ」 「そうなのか。なんかいいな。背が伸びる気がする。理樹、もっと鳴らしてくれ」 「いやいやいや。自分の背骨に言ってよ。はい鈴、腕曲げて」 寝転んだ状態で肘を曲げると、肩甲骨が大きく浮き出る。 「じゅゆ、てんそう、ここは……えっと、けんがいゆ、だったかな。」 「……魔法の呪文みたいだ。ますます眠くなる」 「眠いんだったら、寝ててもいいよ」 「ならそうする。んにゅ……」 言うが早いが鈴はあっという間に眠ってしまった。半開きの口から溢れる涎に欲情しないというのは嘘になるけれど、僕を信用している鈴を裏切ることは出来ない。話し相手がいなくなった僕は、ただただ大切な人のコリをほぐし続けた。 「鈴、そろそろ起きて」 お昼時を過ぎた頃、少し強めに鈴の肩を揺らす。僕が差し出したティッシュで涎を拭き取り、半目をこすりながらフラフラと起き上がった。 「……いま、なんじだ?」 「お昼過ぎ。そろそろ起きないと夜眠れなくなるよ」 んにゅー、と鈴が腕を上げ大きく伸びをする。左右に首を曲げて動きを確認すると、満足そうに言った。 「くちゃくちゃきぶんそーかいだ。理樹、ありがとう」 素直に感謝を告げる鈴に何となく僕は気恥ずかしくなり、そっぽを向いた。 「本当に助かった。今度はあたしが理樹の肩を揉んでやる」 「うん、また今度お願いするね。それよりもお腹すかない?食堂に行こう」 胸を張ってそう宣言する鈴と手をつなぐ。その手を握り締めもう片方の手でドアを開けると鈴が嬉しそうに叫んだ。 「理樹に揉んでもらってあんなに気持ちいいなんて、理樹の手は魔法の手だな!」 休日の昼間に二人して部屋から出てきたパジャマ姿の僕たちに反論する余地などなく。 後日、僕の右手には『幻想猫手』(カップアッパー)という大層なあだ名が付くことになった。 [No.692] 2010/03/17(Wed) 23:01:58 |
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