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不慣れな手付きでキーボードを叩く。覚えたてのタイピングはお世辞にも早いとは言えず、自分の不甲斐無さに嫌気が差す。 ようやく目当てのページに辿り着き、今度は少し考えてからタイプし始めた。 * * * 『17歳♀だけど何か質問ある?』というスレッドタイトルは、若干一分ほどで考えられた、何とも安易なものだった。 * * * 週末は暇だ。やることがない。だから普段は趣味に没頭していることが多いが、同じことを毎週繰り返しているのも少しばかり焦燥感に似た飽きがやってくる。貰いもののノートPCを手に取ったのも、全くのきまぐれと言ってもいいだろう。 まずは情報を集めた。欲しいものの発売日だとか、近隣の穴場だとか。しかしそれも一時間ほど続けていると得るものも少なくなっていき、途方に暮れた。そこで私は噂でしか聞いたことのない――それも悪評が多くを占める、ある掲示板サイトへと足を向けた。 最初に抱いた感情は侮蔑。なんと低次元な話をしているのだろう、と呆れ果てた。そのまま閲覧をやめてしまってもよかったが、私はよっぽど退屈していたのだろう。少しばかり巡回をしてみた。 次に抱いた感情は感動。私の浅知恵なんて遠く及ばないほどの重厚で肉厚な評のぶつけ合いは心躍り、私は時間を忘れてそのスレッドを読み続けてしまった。 最後に抱いた感情は疑問。この掲示板は多くの人が利用し、簡単な年齢層だけで言えば、私より年上の方が多いことだろう。それなのに何故、こんなにも低俗なスレッドが立ち並び、そして意味のない会話を行っているのだろうか。私はそれに興味が沸いた。 だから私が『17歳♀だけど何か質問ある?』という名のスレッドを立てたのは知的好奇心からであり、私は決して低俗な会話なんてしたかったわけではない、と先に口にしておく。 * * * 『スペックうp』 最初に書き込まれたレスポンスは、いくつか見たスレッドの中でも、特に変哲のない、はっきり言ってしまえばつまらない質問だった。しかし少しでも長くスレッドを続けるには、こうした質問に丁寧に答えていくのが大切だ、と私は考える。 『17歳♀/高校生/寮生/スレンダー/趣味は読書』 身長や体重も書くべきかどうか悩んだが、匿名とはいえなるべくそれは避けたい。だから私は『スレンダー』と書くことで一応の納得を得ようと考えた。 『一番重要なとこが抜けてるぜ』 『スリーサイズうp』 『ひんぬーうp』 『( ゚∀゚)o彡゜ おっぱい!おっぱい!』 「……………………」 なんと統率の取れた社会不適合者たちだろうか。このような人間が何食わぬ顔で社会に溶け込んでいるとしたら、私は何を信じて生きていけばいいのかわからない。 どうやら落ちる心配はなくなったようだが、これではどう話を続けていけばわからない。とりあえず更新しつつレスポンスを見ていくと、一つちゃんとした質問が書き込まれていたことに気が付いた。 『文学少女いいじゃん。最近のお気に入りは?』 自分の好きな分野だ。質問されて嬉しくないわけがない。 しかし問題は『最近』という部分。私は気になったら買うタイプで、『私の中で最近』として捉えるべきか『最近出た小説の中で』と捉えるべきかで少々悩んだ。後者だと思いきり積んでいる可能性がある。よって都合のいい前者を採用することにした。 『愛読書はトイレみたいな名前の探偵が主人公の推理小説』 別に言葉を濁したかったわけではないが、何となく計りたくなったのだ。私と会話している人たちの、知識の深さを。 『島田乙』 『御手洗シリーズか。渋いな』 何人がこのスレッドを見ているのかはわからない。それでも目に付く限り、何人かは私と同等程度か……もしくはそれ以上の読書家がいるようだ。なるほど、少しこの手のスレッドの面白さがわかってきた。 『共学? 覗きとかあるんじゃね?』 『百合は日常茶飯事ですか(*´Д`)ハァハァ 』 これら書き込みを見た時、よくありがちな先入観だな、と思った。 この手の会話は実家住まいの子と寮住まいの子でよく交わされるもので、私も訊ねられることがある。しかし幸いにも私は一人部屋なため、大きな誤解を招いた経験はない。 『私は一人部屋だし、百合自体もあんまり聞いたことがない。覗きは論外』 素直にそう書き込むと、反応は冷ややかなものだった――というか、手の平を返したようにレスポンスが減った。あったとしても、『ツマラネ』や『酷い釣りだ』というものばかりで、少しショックを受ける。こうしたさじ加減もなかなか難しい。 めぼしい質問もない。ならこちらから火を入れるしかないだろう。 『むしろ私は薔薇の有無が気になる』 ……私は書き込んでから後悔した。 『アッー!』 『801行け』 『腐女子乙』 『17歳♀/高校生/寮生/スレンダー/趣味は読書/腐女子 ←NEW!!』 ――etc。火を入れるどころの騒ぎじゃない。火に油を注いだような、蜂の巣を突いたような騒ぎになってしまった。更新が追い付かない。誰だ違う板にスレ立てたの。 少し落ち着くまで、次の書き込みは控えよう……そう思いながら、"F5キー"を叩く。 『寮住まいの読書家腐女子。友達いなそう』 その言葉に、思わず指を止めた。 * * * 私は初夏の香りが漂い始めていた、あの晩春の日々を思い出す。 『カゲナシ』だった頃の私は、人と関わることができず……いや、関わることを嫌っていたに違いない。私は集団生活の中に身を置きながら混じり合うことはできず、ただの変わり者として過ごしていた。 でも――そんな私にも、手を差し伸べてくれる人がいた。『カゲナシ』だった私は太陽を得、いつしか影を生み出した。足元に転がる白球を、拾い上げることができた。 (ああ……なんだ) ――あの頃の私じゃない今の私には、こんな言葉、簡単に否定できるじゃないか。 * * * 不慣れな手付きでキーボードを叩く。覚えたてのタイピングはお世辞にも早いとは言えず、自分の不甲斐無さに嫌気が差す。 でも心は穏やかだった。 * * * いくら匿名とはいえ、ここまで書き込んでいいものかと多少は躊躇いがあった。それでも私は否定したかったのだろう……私の友人たちを、否定する言葉を。 『青臭いな。青春だ』 『楽しそう』 『ちょっと痛い。だがそれがいい』 『そうやって馬鹿やれんのも今だけだから、精一杯楽しんどけ』 だからそうした書き込みをみた時、私は安堵した。皆笑わない――皆目を細めて見てくれている――私の居場所を、羨ましそうに。 (……………………) 椅子に深く座り直し、ふと考える。ここまで来るまでの数百というレスポンスは、低俗でもあり、崇高でもあり、冷たくもあり、温かくもあった。つまり一貫性がない。なのに何故、人はここに集まってくるのだろうか。 「……匿名だから?」 人間は臆病な生物で、目立ちたいと思う反面、本音を語りたがらない。特に親しくない相手と面と向かってはだ。 ゆえに匿名。批判でも、褒め言葉でも、それが何であろうと、全てを本音で語る場所。だから一貫性がなくていいのだろう。人間というのは、移ろっていく生物だから。 といっても、これは自己満足であると同時に自己完結であり、満点の答えには成り得ない。だから心なしか微笑ましく感じるのも、根本からの勘違いなのかもしれない。しかしそれでいいと思う。結局ここで得られるものは全て、自己満足でしかないのだから。 私はディスプレイと向き合い直す。 『今北産業』 『スレ主 17歳腐女子 今からおっぱいうp』 ……全然微笑ましくなかった。 『おっぱいキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!』 『これはいいおっぱいスレ』 『( ゚∀゚)o彡゜ おっぱい!おっぱい!』 「……………………」 ……これだから男という生物は。 * * * ベッドの上の携帯電話が鳴っていた。私は席を立ち、今度はベッドに腰掛けそれを拾い上げる。 「神北さん……?」 ディスプレイには『神北小毬』と表示され、メールが一通届いていることを知らせていた。慣れたとは言い難いが、キーボードのタイプよりは幾分かはマシな手付きで受信ボックスを開く。 『急な連絡でごめんなさい>< 今日は学食でりんちゃんたちにお料理を教えていたのですが、まだご飯を食べていなければ皆さんいかがでしょうか? 是非学食に来て下さい^w^』 壁時計を見上げる。時刻は既に夕刻を過ぎ、夜と呼んでも差し支えがない時間になっていた。私はそれほど夢中になってレスポンスを追っていたのだろうか。ついさっきまで昼前だと思っていたのに。 「……お腹、減りましたね」 今日は朝食以来、何も口にしていない。空腹を覚えるのは当然のことだった。そう考えれば神北さんの申し出は、願ってもないことだ。 『いやっほーぅ! 最高だぜぇーっ!!』 「……………………」 窓の向こうから、聞き慣れた男子生徒の声がする。おそらく私が受け取ったのと同じメールを見て、学食へと走り始めたのだろう。その後ろを一人の男子生徒が慌てて追う姿が目に浮かぶ。 「……行きますか」 性犯罪者予備軍の巣窟に一言だけ書き込み、部屋を出た。向かうは私の居場所だ。 * * * 『あ、もしもし来ヶ谷さん?』 受話器越しに聞こえてくるのは理樹君の声。見た目もさることながら、こうして声だけ聞いていてもまるで女の子のように思える。理樹君可愛いよ理樹君。カチカチ。 『……来ヶ谷さん?』 ――いけない、トリップしてしまっていたようだ。可愛過ぎるのも罪とはよく言ったものだ、と私は思う。カチカチ。 「すまない、少し考え事をしていた……小毬君のメールの件だろう?」 『うん。もう皆集まってるけど、来ないの?』 集まっているということは、理樹君は学食のホールから電話を掛けてきているのだろう。皆の輪から離れ、一人壁にもたれかかり電話を掛け、首をかしげる理樹君。カチカチ。 「ああ……イイ……」 『……来ヶ谷さん?』 ――天丼。話が一向に進まない。カチカチ。 「申し訳ないが、私は少々忙しい……先に始めていてくれないか?」 『それは別に構わないけど……さっきからカチカチ聴こえるのは何の音?』 む、理樹君の耳にも届いてしまっていたか……らしくもなく興奮し、ムキになってしまっていたのかもしれない。少し自重しよう。カチカチ。 「ああ、少しテキストを起こしていてね。それが忙しいんだ」 『そっか、早くしないとなくなっちゃうから頑張ってね』 「ああ、ありがとう」 そこで電話は途切れる。 理樹君との電話、小毬君やクドリャフカ君との食事――それらは全て魅力的で、また刹那的な快楽を私にもたらしてくれる、なんと甘美な響きだろうか。カチカチ しかしそれでも私は席を離れることはできない。キーボードを叩き続けていなくてはならない。タイミング良く出会ったスレッドの主である、彼女が戻ってくる瞬間まで――私は"F5キー"を連打しなくてはならない。カチカチ。 「――ええいっ、私のひんぬーはまだうpかっ!? まだなのかっ!?」 ……カチカチ。 * * * ――数十分後、『第一回リトルバスターズお料理勉強会』はある飢えた男の暴食により、メンバーが欠けたまま大盛況で幕を閉じた。 * * * ――数時間後、『17歳♀だけど何か質問ある?』スレは熱心な保守の甲斐もなく、スレ主不在のまま静かに落ちていった。 [No.695] 2010/03/17(Wed) 23:34:30 |
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