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うれしはずかしはじめての (No.682 への返信) - マル秘@11322b また遅刻

 ねこー、ねこー、ねこねっこー。
 鼻歌にのせて身体が揺れる。軽快に。リズムに合わせて小さな頭が動くたび、少し伸ばした髪を束ねた飾りがちりん、ちりんとずれたリズムを刻む。
 だがそんなことはお構い無しに、冷蔵庫の扉を開けっ放しにして楽しそうに目を輝かせる横顔を、俺は息を殺して見守っていた。
 座り込んだ廊下の床がひんやりと冷たい。外じゃそろそろセミが鳴こうかって暑さだが、ここは日が差し込まないので涼しい。普段なら気持ちいい冷たさも、今は、尻からゆっくりと身体を上ってきて、むずむずと落ち着かない気分にさせるものになっていた。
 気分をまぎらわせようと、対象から視線を外し、台所の窓やテーブルの下を見た。そこには仲間たちが同じように潜んでいるはずだ。俺は持っていたチョコボールの空き箱を口もとに寄せ、ボタンを押した。
「こちら恭介。目標は現在冷蔵庫内を物色中。扉のかげになって手もとが見えない。謙吾、そっちから確認してくれ、オーバー」
 台所の窓ごしに、理樹がそっと顔を出した。ボタンから手を離すと、少し遅れて空き箱がジジッ、とノイズを発した。
『――ちら理樹。今は――プゼリーをみつけて、取ったりもどしたりしてるよ。オーバー』
 雑音が多くて少し聞き取りにくいが、自作トランシーバーの調子はいいみたいだ。
「了解だ。引き続き監視を続けてくれ。オーバー」
『こ――真人。オレはどうし――いい? オーバー』
 テーブルの下に潜んだ真人からだ。身体を縮めて本人はばっちり隠れているつもりのようだが、テーブルクロスはその身体を申しわけ程度にしか隠してくれない。
「お前は緊急事態のためのヒミツ兵器だ。それまでは絶対に見つからないように気をつけろ。オーバー」
『ヒミツヘーキか、それスゲェかっこいいな……。わかったぜ、まかせときな! オーバー』
 真人はそう言って、笑いながら親指を立てた。頼りになるヤツだった。
 頼りになるもう一人、謙吾はこの場にはいなかった。まだ剣道の稽古が終わっていないからだ。
 だがいないことを嘆いても始まらない。ミッションはすでに始まっているのだから。
 鈴の始めての料理。
 それを影ながら助けるのが俺たちのミッションだ。

 ――うれしはずかしはじめての――

 ミッションにいたった経緯を説明しよう。事の発端は昨日鈴が観たアニメだった。
 土曜夜7時、鈴は必ずテレビを占領する。お目当ての『おしおき戦隊ブレザーねこ』は、その名のとおりブレザーを着た猫たちが、毎回街の平和を乱す悪におしおきをするアニメだ。鈴はもちろんかわいいねこが目当てだが、子供向けの絵柄とは裏腹に、熱いバトルや友情話があって、俺も結構楽しみにしている。
 まあそれはさておき、昨日はバトルの合間の日常を描いた回で、俺としてはあまり面白くはなかったのだが、鈴はいつもどおりにご機嫌でテレビにかじりついていた。いつもなら、エンディングの曲を歌いだすまではぽかーんと口を開けて見入っているはずの鈴なのだが、その口から
「おー……」
 とため息のような声がもれた。テレビではブレザーを脱いだ素顔の猫たちが、街を見下ろす高台でピクニックをしていた。バスケットいっぱいにつめられた弁当をパクつきながら、猫たちは日々の戦いを忘れ、いつもはケンカばかりしているあまのじゃくな猫でさえ楽しそうに笑っていた。隣をもう一度見ると、わが妹は小鼻をふくらませてその様子を見つめていた。
「鈴。明日は天気もいいし、みんなでピクニックでも行くか?」
 だが、鈴の反応は俺の期待とは違っていた。「……いかない」俺の顔をむっつりとにらんでそれだけ言うと、ぷいとそっぽを向いてしまったのだ。誘いが露骨すぎたかな、と反省し、まあ素直に頷けなかっただけだろう、明日なし崩しに行くことにしてしまえばいいか、とそのときは考えていた。それが思い違いだと分かったのは翌朝、つまり今日の朝のことだった。

 鈴が外出を拒んだ。お袋が仕事に行った後、鈴は一人で留守番をすると言い出したのだ。人一倍怖がりで人見知りの鈴がだ。留守番なら俺も一緒に、と言ってもうざい出ていけとにべもない。仕方なく出かけたふりをしてこっそりと鈴の様子を見ていたのだが――
「弁当のほうだったとはな……」
 一人になるなりまっすぐ台所に向かい、鍋やらまな板やらを並べだしたのを見て、ようやく自分の思い違いに気がついた。確かにあの弁当はうまそうではあったが……。
「無理だろ」
 集合場所に現れない俺たちを迎えに来た真人が真顔で言う。まだ鈴を良く知らない理樹でさえも不安な表情で頷いていた。
「俺もそうは思うんだけどな。マンガなんかだと、ここで本人も知らなかった才能が目覚めたりするだろ? ちょっとやらせてみようと思うんだ」
「ええっ、危ないんじゃ……」
 驚きの声に視線が集まると、理樹の言葉は尻すぼみになっていった。俺は自信たっぷりに見えるよう笑みを浮かべ、二人に言った。
「なあに、大丈夫さ。鈴ひとりなら危険かもしれないが、ここには俺たちがいる。このリトルバスターズがな!」

 ……とは言ったものの、鈴がたった一人でやるつもりである以上、俺たちが直接手助けすることはできない。だから鈴の作業を見守り、危険から遠ざけるように誘導する作戦をとった。
 ねこねこねっこー、きのねっこー。
 鈴の鼻歌はまだ続いている。俺はトランシーバーのボタンを押し、窓の外の理樹に呼びかけた。
「こちら恭介。冷蔵庫の中、見える範囲でどんな食材があるか教えてくれ。オーバー」
 俺の指示に、理樹がおっかなびっくり身を乗り出して、冷蔵庫の中をうかがった。鈴が振り向けば目が合ってしまいそうだが、幸いなことにカップゼリーの誘惑と戦うのに精一杯で気付いていないようだった。
『えーと、なんかやきそばっぽいのとかサラダとか、パックに入って綺麗に並べてあるよ。オーバー』
 仕事で夜遅くなるお袋が作り置いていったものだ。そうか、やきそばか。そっちは昼飯にするかな。
『やべぇ、ハラへってきた……。カツあるか、カツ。オーバー』
『えぇ? えーと、カツはみあたらない、かな。オーバー』
「ひとん家の冷蔵庫に期待するな。理樹、料理になっているのは外していい。素材になりそうなものを言ってくれ。オーバー」
 すでにできているものを盛り付けるだけではおそらく満足しないだろう。なるべく当たりさわりのない食材があればいいんだが……。
『うーん……卵と牛乳と、あとスライスチーズがある。あとはケチャップとかマヨネーズとかだね。オーバー』
 無難なところだ。目玉焼きでも作って、あとは生野菜あたりでお茶をにごせればいいんだが、鈴は野菜室を開けるそぶりも見せなかった。
『こちら理樹。鈴ちゃんが奥から何か取り出したよ。お肉っぽい。オーバー』
 こちらからもちらりと見えた。あれは確かブタバラのブロックだ。ずっしりと重そうなそれを両手で持ち、じっと考え込んでいるようだった。
「これは見たことあるな。たしか、おさしみ……」
 そうじゃない! 鈴の呟きに思わず叫びそうになり、慌ててこらえる。トロでもそんなに脂は乗っていない。待機する二人に急いで連絡する。
「緊急事態だ。鈴が危険な食材を手にしている。アレの調理を阻止するぞ。オーバー」
 手みじかに作戦を指示し、互いに視線を交わす。二人が頷くのを確認して、俺は作戦開始を告げた。
「ミッション・スタートだ」

 ピン、ポーン「うにゃぁっ!?」
 間延びした呼び鈴が鳴る。ただそれだけのことで鈴は飛び上がりそうなほど驚いた。
「だっ、だれだっ?」
 落ち着きなくあたりを見回しながら強気にたずねるが、声は震えていて虚勢を張っているのが丸分かりだった。そもそもたずねるべき相手は玄関の外だ。
 容赦なく呼び鈴が鳴り続ける。おびえる鈴にはかわいそうだが、許せ、これもお前とブタバラのためだ。
 何度も鳴らされる呼び鈴に、仕方なく鈴はインターホンへ向かう。その場にブタバラを置いて。
「……もしもし」
 かぼそい声でインターホンに話しかける鈴の背後で真人が動く。
『もしもし鈴? 僕だよ僕』
「……し、しらん」
 置き去りにされたブタバラブロックを拾い上げ、台所の入り口に向かって投げる。
『しらんって、昨日も会ったよ。その前も、その前の前も』
「ひとちがいだ」
 飛んできたブタバラブロックを入り口で待ち構えた俺がキャッチ。すかさずマジックを取り出し、パックにでかでかと「ぶたにく」と書いて投げ返す。
 そしてトランシーバーで理樹に陽動終了の指示を出す。
『理樹だよ、直枝理樹』
「なんだ理樹か。ならはじめからそー言え。なんの用だ」
『え? あ、えっと……なんだっけ、忘れちゃった』
「でなおしてこい」
 怖がってしまったのが恥ずかしかったんだろう、ぷりぷりと怒ってそれをごまかすところが可愛い。
「……なにをしようとしたか忘れた」
 困り顔で戻ってくる鈴。既に真人は「ぶたにく」を元の場所にセッティングし終えて再びテーブルの下に隠れている。陽動を終えた理樹も戻ってきた。
「そうだ、これだった。この『ぶたにく』を……まあ、『ぶたにく』はひつようないな」
 パックを拾い上げてしげしげと眺め、首をかしげながらも冷蔵庫に戻した。
「ミッション・コンプリートだ」
 三人で顔を見合わせ、達成感を噛みしめた。

 だが、それはまだ序章に過ぎなかった。いくつもの困難が俺たちを待ちうけ、次から次へと襲い掛かってきた。
「にゃっ? たまごのカラが……だがカラダにはいいかもしれない」
「理樹、また陽動を頼む。その隙に俺がカラを――くそ、ダメだ取りきれない。仕方ない、作り直すか。こっちは頼む真人!」
「まかせろ、オレがきれいに食って――うおぉっ、ジャリジャリするっ!?」
 ――だが、俺たちは諦めない。
「あじつけがわからない……とりあえずいろいろまぜてみよう」
「くそ、適当に入れすぎだ! なんとか食える味に――くそ、ダメだ真人こっちは頼む!」
「まかせろ、オレがしょっぱスッパあまニガかれぇっ!?」
 ――俺たちは屈しない。
「具がないのはさびしいな。ツナとかどうだろう。……ないな、モンペチでいいか」
「真人!」
「マジかよっ!? ……いや、しょう油かけたらけっこういけるな」
 ――俺たちは泣かない。
「……何をやってるんだお前たち」
「謙吾くん!」
「いいところに来たな。卵買ってきてくれ!」
「はぁっ!?」
 ――そしてついに。
「できた。……できた!」
 鍋にいきなり卵だけ入れて焼いてしまったり、火加減が強すぎたり弱すぎたりのハプニングを経て、ついに初めての料理が完成した。らしい。鈴は鍋を覗き込んで「むふー」と顔をほころばせていた。
「……なあ、鈴が何を作ったのかわかるか?」
「んなもんオレにわかるかよ……」
「何だろう。いり卵のスープみたいになってるけど……」
「まあいいじゃないか。俺たちはやりとげたんだ。胸を張ろうぜ!」
「オレはムネやけしそうだ……」
 互いの健闘をたたえ合い、俺たちは解散した。アブラゼミが騒がしい夕焼け空が、戦士たちを優しく見下ろしていた。

「ただいま。鈴、ちゃんと留守番してたか?」
「おそいわぼけーっ!!」
 しばらく時間をつぶしてから帰宅すると、妹の怒声が出迎えてくれた。
「悪い悪い、ちょっと時間を忘れちまってたぜ」
 人生初の料理をゆっくり味わわせてやろうって兄心だ。なんて優しいんだろうな。
「腹減ったろ。飯にしようか」
 まあ、今は腹いっぱいだろうから、鈴の分は少なめにしてやろう。そんなことを考えながら台所に向かおうとした俺の裾を、鈴がむんずとつかんで引きとめた。
「まて、ばんごはんは作らなくていい」
 なんだ、そんなに大量に作ってたか? いぶかしむ俺をよそに、鈴はそのまま俺を引っ張って食卓へと連れて行った。そこには――
「あたしが作った。たまご丼だ」
 丼に山盛りのご飯。そしてたっぷりとかけられた炒り卵汁――そうか、たまご丼だったのか。鈴を見ると「どうだまいったか」と言わんばかりに胸を張っていた。俺が何も言わないでいると、その顔を少しだけ曇らせて、
「たまご丼、は、あれだ。その……」
 たどたどしくたずねてくる。ああ、皆まで言わなくても分かっているさ。
「おう、俺の大好物だ。……ありがとな」
 泣きそうだ。
「おまえがおそいからちょっと冷めちゃったんだ。いいからさっさと食え!」
 そっぽを向いて箸を突き出した鈴の頬が赤くなっているのを俺は見逃さなかった。だが、それを突っ込むような野暮はしない。それにこれ以上冷めてしまうのももったいないしな。俺はどんぶりを持ち上げて箸を構えた。
「いただきます」
 ざくりと箸をご飯に突き入れる。お袋が炊いたご飯は少し柔らかめで、それが汁を吸ってさらに柔らかくふやけている。上を覆う卵は大小ばらばらな塊になっていて、ところどころ黒や茶色のまだら模様になっている。口元に持っていくと、焦げた卵のにおいが鼻をくすぐる。俺はくしゃみしないよう一度深呼吸してから、意を決して一口目を放り込んだ。
 柔らかい。ご飯と卵が奇跡的に同じ硬さになっている。それを噛み砕いていくと、まず塩味。そして後から追いかけてくるように苦味が舌を刺し、最後に卵とご飯の優しい甘さが口の中を癒してくれた。
 俺がゆっくりと一口目を味わうのを、じっと固唾をのんで見守っていた鈴に、一言だけ「うまいな」と伝え、後は態度で証明するようにたまご丼を勢いよくかきこんだ。胸がいっぱいでそれ以上何と言っていいかわからなかった。ミッションコンプリート。苦労は報われた。今の俺は何杯でも食えそうだった。食べきってしまうのがもったいないような――
「そうか、そんなにうまいか。まだまだたくさんあるからな、いっぱい食え!」
 口に広がる苦味が濃くなった気がした。俺のミッションはまだ終わらないようだ。


[No.714] 2010/03/20(Sat) 01:24:58

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