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二次元 - 秘/2272byte - 2010/03/18(Thu) 23:44:37 [No.709]
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極彩色の夢 (No.682 への返信) - 最後の秘密@15600 byte

 皆を焼いた、巨大な焔。
 うねる焔の奥底に、僕は見た――


 昼頃、バイクを駐輪場に停め、キャンパス内を歩く。
 三限の教室に向かおうとしていると、知っている顔を見かけた。
「お、直枝。久しぶり」
「あ、お久しぶりです」
 サークルの先輩だ。でも、この人が(僕もだが)サークル活動らしきことをやっているのを見たことが無い。そもそも、サークル自体がそんなに熱心に活動するようなところじゃなかったから、問題にはならないのだが。
 僕たちは並んで歩きながら、話を続ける。
「ああ、こないだのアレ、ありがとな。おかげで助かった」
「急に話振るの止めてくださいよ。こっちにもこっちの事情があるんですから」
「わーってるよ。で、これはお前の取り分」
 先輩が、僕のジャケットのポケットにくしゃくしゃの札束を突っ込む。僕はポケットの諭吉たちを引っ張り出すと、人数を確認した。
「二人足りません。売り上げに関わらず、受け渡し時に約束した金額を貰わないと。売掛買掛って授業で習ってないんですか?」
「俺、文学部だからそんなこと知らねーよ。お前って、ホント細かいよな。ほれ、諭吉ゆきち」
 先輩が、札束を持つ僕の両手に、これまたくしゃくしゃの諭吉を二枚置いた。この人、財布を持っていないのだろうか? 結婚式みたいに新札を用意しろ、とまでは言わないがせめて変な折り目が無いものを渡して欲しいものだ。
「でさ、次はこれくらい欲しいんだけど」
 というと、先輩は指を五本立てた。五〇〇錠。僕は呆れ果てて溜息をついた。
 僕達は立ち止まり、向かい合う。
「あのですね。何回も言ってますけど、処方される量にだって限界があるんですよ。その中には、僕が実際に必要としている量も含まれてる」
「だーかーらぁ、他の医者から処方してもらえよ。お前なら詐病にはならないんだからさ。今だってそうしてんだろ?」
 詐病にならない、というのは本当だ。僕は高校の途中から、ナルコレプシーの治療のために、この薬を処方されていた。
 そして、他の医者から処方してもらっているというのも、本当のことだった。依存しているうちに服用量が増えてしまい、医者からこれ以上出せないと宣告された。だから僕は、違う医者にかかり、二重三重に処方してもらっていたのだ。
 僕は溜息をつく。
「まあ、いいですけど。ですけど今回は二割増でお願いします」
「あぁ? 何だよ。いいじゃねぇか」
「こっちにだってリスクはあるんですよ」
「めんどくせぇな」
 僕は再び溜息をつくと、先輩の胸ポケットから煙草のソフトケースを見た。
「じゃあ、煙草下さい。それで二割増は結構です」
「おお、じゃあこれ」
 先輩が胸ポケットから煙草を一本引き抜く。それを手で制する僕。
「違うでしょ? 鞄に入れてある、もうひとつの方ですよ」
「あ、ああ。だよな」
 先輩が舌打ちしながら、鞄を漁る。僕はその中に手を突っ込み、ボックスに入った煙草を掴み出す。中を開ける。そこにはいかにも手で巻いたといった風情の不細工な煙草が半分ほど入っていた。
「じゃあ、これで」
「しゃーねえなあ」
 先輩が頭をぼりぼりと掻く。
「あぁ、そういえば」
「何です?」
「また女とトラブった?」
 その言葉に僕は笑みを浮かべる。
「へぇ。耳早いですね」
「多分サークルのツテじゃねぇかな。いきなりその女本人から連絡があってさ。お前の居場所聞かれたぞ。まあ知らねえって言っといたけど」
「あぁ、ありがとうございます」
「つーか、携帯の番号教えてなかったの?」
「いや、ここんとこ変な電話が多いんで電源入れてないんです。そろそろ替え時かなぁ」
「変な電話って。完璧お前が原因じゃねぇか」
 そう言って笑う先輩。
「なぁお前、いい加減にしねぇとそのうち刺されんぞ」
 僕は嫌らしく口角を吊り上げる。
「はは、まぁいつでも来いって感じですよ。それよりも僕としてはあんたが殺される方が早いと思いますよ。ロシアかチャイナか知りませんけど」
「言いやがる。まぁ、こっちは一応払うもの払ってるしな」
「お互い死なないように、ですかね。モノは来週渡しますんで」
 そう言って二人別れる。
 三限くらい出ようと思っていたのだが、その気が失せた。教室まで行って代返だけお願いしよう。


 鍵を開け、自宅に入る。
 ベッドとテーブル、TVにソファに本棚。必要最低限の物しか置いていない殺風景なワンルーム。 僕は部屋の隅に置かれた、一人用のソファに腰を下ろす。
 テーブルには、キセルにマッチ、灰皿、乳鉢、カッターの刃、ストロー。そして、先程の煙草に僕の常備薬。
 乳鉢に一錠の錠剤を置き、細かく磨り潰す。だいぶ細かく砕けたら、粉状になったそれを紙の上に取っておく。今度はカッターの刃を使って更に細かい粉にしていく。十分細かくなったら、カッターの刃でその粉を線状に整える。普段はあまりに面倒なので、フリスクのようにガリガリ食べてしまうのだが、今日は頑張ってみた。
「あぁ、めんどくさいなあ」
 ぶつぶつ言いながら次の作業に移る。
 煙草を手に取ると、紙を千切って中の葉を取り出す。そして取り出した葉をキセルに詰める。巻き煙草のままでもいいけど、灰になっても有効成分が残っていると聞いたことがある。これなら灰になってぼろぼろ落ちるといった、もったいないことをせずに済むのだ。
 あとは、気分を高揚させるためのBGM。古いCDプレイヤーの電源を入れ、再生してみると、心地よいテクノサウンド。Underworldのアルバムだった。そのままじゃないか、と苦笑する。
 僕は再びソファに座り、ストローを片方の鼻孔に差し込むと、紙の上で綺麗に一列になった粉末を一気に吸い込んだ。鼻の奥が痛い。念入りに鼻をティッシュで拭う。
 そして、キセルに詰めた葉っぱに火をつけて煙を吸い込む。肺の中に煙が充満する。息をとめている間、煙が肺に吸収され、血液に有効成分が溶けていく様子を想像する。しばらくして息を止めるのが限界になったので、一気に煙を吐き出す。それを何度も何度も繰り返す。
 曲が三曲目になったところだろうか?これまで透明な膜を張ったようなぼんやりとした視界だったのが、だんだん輝きを増してくるのを感じた。まるでハイビジョンで超スローモーション映像を視ているかのような感覚。体も自分の自重を全く感じないほどで、ヘリウムを充填した風船のように軽い。音に色彩が感じられる。いろんな色の音符が部屋の中を踊っている。
 しばらくすると、ベッドの布団がむくむくと蠢き、中からクドがひょこっと出てきた。わふーわふーと言いながら、子犬のように布団とじゃれている。今度は、勝手に冷蔵庫が開き、中からお菓子を両腕いっぱいに抱えた小毬さんが出てきた。口にはドーナツを咥えてて、それが妙に可笑しかった。
 どったんばったん。騒がしい音がする。見ると、葉留佳さんが部屋中を踊っている音符を捕まえようと飛んだり跳ねたり。本棚の本を全部取り出して、ぱらぱらと流し読みしているのは西園さんだ。彼女は僕の蔵書の少なさ、内容に落胆しているようだ。だからって薄い本を詰め込むのはやめて欲しい。
 僕はソファに再び座る。だが、布張りのソファには出せない弾力が。というか温かい。振り返ると来ヶ谷さんだった。どうやらソファに座った彼女の上に座ってしまったようだ。どこうとすると、両手で抱きとめられた。すっごくシュールな光景だ。
 僕はくすくすと笑い声を上げる。満ち足りた幸福感。優しい時間。こんな時間は久々だ。
 まるで悪い冗談のような、悪夢だ。
 と、その時。美しい音に囲まれたこの部屋に似つかわしくない、びちゃびちゃと不快な音がした。
 びちゃびちゃ、どぼどぼ。びちゃびちゃ、どぼどぼ。
 まるで詰まった水道管のような音が部屋を支配する。それと共に鼻につんとくる、酸っぱい異臭が立ち込める。
 音のする方に目を向けると、葉留佳さんは口を大きく開けて、嗚咽を上げながら夥しい量のビー玉を嘔吐していた。赤や青、きらきらと光を含む、綺麗な、色とりどりのビー玉が、深緑色の粘液に塗れて床に零れ落ちる。いつまで経ってもその勢いは衰えず、既に吐き出したビー玉の量は葉留佳さん自身の体積を大きく上回っていた。
 葉留佳さんが吐き散らかした粘液がどろどろと床一面を流れてくる。その緑色が僕の靴下を汚す。人肌と同じ温度、温かい粘液。足をどけると、ねとりと糸を引いて纏わり着いた。
 床は既に、ビー玉と緑色の吐瀉物で足の踏み場も無い。
 僕は来ヶ谷さんの上から立ち上がると、クドの居るベッドに跳び移る。クドは着地した僕を見るや否や、布団ごと来ヶ谷さんに向かって跳びついた。
「おお、私が恋しかったか?」
 来ヶ谷さんがそんなことを言いながらクドの顔を舐め回す。それがクドも嬉しいらしく、来ヶ谷さんの首や頬を舐めたり甘噛みしたりしていた。
 そんな中、布団から突き出したクドの足の位置がおかしい事に気づく。クドの身長ではあんなところから足が出たりはしない。それに手の位置もおかしい。というよりもあんな位置から手は生えたりはしない。
 意を決して僕は、クドの布団に手を伸ばして、引き剥がそうとした。
 けれどそれは失敗する。布団はクドにぴったりとくっ付いた様に離れようとしない。それもそのはずだ。布団の下に、クドの胴体が無かったのだ。クドは首と両手足だけしかなくて、それぞれがスニーカーの紐のようなもので乱雑に布団に縫い付けられていただけだった。そんな状態でもクドは口の周りを涎と血でどろどろに汚しながら、来ヶ谷さんにじゃれ付くのを止めない。
 じゃれ付かれた来ヶ谷さん。頬肉は噛み切られて、その下にある奥歯が露出していた。クドに千切られたためか、下顎も無くなっていた。けれど、そんな状態でも来ヶ谷さんは笑うのを止めなかった。下顎も失い、頬も半分無くし、ただの空洞になった来ヶ谷さんの喉奥から、いつも通りの笑い声が聞こえてくる。
 テーブル前に陣取り、それを見ながらドーナツを食べ続ける小毬さん。
 けれど、テーブルの上にも彼女の手の中にも、ドーナツの姿は無かった。何も無いのに咀嚼を続ける小毬さん。見ると、彼女の左手は人差し指と中指が欠損し、露出した肉から骨が丁度フライドチキンのそれのように突き出していた。
 僕はベッドにへたり込む。
「どうしたんですか? 直枝さん」
 本棚の方から声がした。振り向くと、西園さんが両手に本を抱えて立っていた。良かった、彼女はいつも通りだ。
 しかし僕は、彼女の顔を見て戦慄した。西園さんの顔、その左半面の皮膚が破れていた。それでけではない。破れた皮膚の間から、西園さんの顔の肉を掻き分けて、別の人間の鼻が飛び出していたのだ。西園さんはその異変に気付いてはいない。そうしている間にも西園さんの顔の裂け目は大きくなっていく。そして、鼻だけでなく、口も目も露出していく。
 新たに現れた、粘膜に包まれた顔もまた、西園さんだった。
 西園さんの、左右に並んだ二つの口からひゅうひゅうと呼吸している姿。全てがおかしかった。右の口から、僕を心配する言葉を掛け続けていた。
 僕はベッドの端、壁に背中を押し付けて力なく笑う。
 こんなので僕を怖がらせたいのか? お前達にはそれくらいしか出来ないのに。幽霊にもなれない、哀れなお前達が。
 これは僕の幻覚。本当のことではない。
 彼らは決して化けて僕の側に現れる事なんてないし、僕を呪ったりする事などできない。
 僕は立ち上がると、近くに居た小毬さんを蹴りつける。テーブルの上のものが盛大にぶち撒かれる。もう、小毬さんの姿はどこにも無かった。ほうらね。
 僕は近くにあった掃除機のパイプ部分を手に取ると、他の人を殴りつけた。音楽の音と、部屋のものが床に落ち、壊れる音。そんな音に陶酔しながら僕は、辺りのものを手当り次第壊し続けた。
 気が付くと、辺りには彼らの姿は無く。僕は一人、床に寝転んでいた。フローリングの床が冷たい。それに背中に色々当たってちくちくと痛い。でもこんなの痛いうちにも入らなかった。
 僕は自分の胸元からちらりと見える、トライバル柄の刺青をシャツ越しに触ってみる。
 僕は胸や背中、肩など半袖の服を着ても見えない箇所全てに刺青を入れていた。――そういえば一緒に寝た女の子が朝、僕の体を見て驚く事がよくあった。僕のような優男(人によっては女顔、女子そのものと揶揄する事もあるが)が体中びっしり刺青を入れている姿はかなり異様なんだそうだ――薬の売り上げなどで纏まったお金が入ると、僕はその度にタトゥースタジオに走った。
 それは一種の自傷行為なのかもしれない。肉が薄い部分に針が入るたび、呻き声を上げた。その瞬間だけは、僕は生きている実感を得る事ができるのだ。
 だから薬を止められないのかもしれない。体の中を得体の知れない節足動物が這い回る、あのおぞましい感覚が好きだった。すぐにでも屋上から飛び降りたくなるくらい、頭の血管が膨らんで暴発しそうになる感覚が好きだった。


「――りき。りき」
 僕を呼ぶ声がする。目を開くと、心配そうに覗き込む鈴の姿。一瞬幻覚かとも思われた。
 むくりと上体を持ち上げる。見回すと、僕が散乱させた様々なものは片付けられ、入り口近くには膨らんだゴミ袋が置かれていた。
「今、何時?」
「何時もクソもあるか。もう夜だ」
 ぶっきらぼうに答える鈴。
「で、何でココにいるの?」
「クラスのヤツに聞いた。お前、あの人に会った後、すぐに帰ったんだろ?」
 未だにクラスには、僕と鈴が付き合っていると思っている阿呆が居るようだ。情報が古い。
 僕は起き上がると、鈴に背を向け、流しに向かう。蛇口を捻り、コップに水道水を溜める。
「鈴、答えになってないよ」
「お前が心配になったから来た。それじゃあ理由にならないか?」
 僕はポケットから薬のビンを取り出すと、何錠か取り出す。それをコップの水と共に飲み下した。
「ふぅ。ならないね。あのさ、鈴。鈴は僕の何なわけ?」
 鈴が反論する暇も与えず、僕は玄関に向かい、ジェットヘルを手に取る。
「何処へ行く気だ!」
「ちょっと夜風に当たってくる。鈴も帰ったら?」
 鈴が黙り込む。僕はブーツを履きながら、鈴の方を見ないままに追い討ちを掛けた。
「そうだ、鈴。また別の女の子と寝たよ」
 じりっと、鈴が一歩足を進めるのが聞こえた。僕は気にせずドアを開ける。
「鈴も男作ったら?」
 ばたんと。大きな音を立てて、玄関のドアを閉めた。
 直後、ドアに何かがぶつかった音。ヒステリーめ。


 目の前にあるのは、ヘッドライトの光を受けた反射板(ガードレールについているあれだ)の列。他に車も無く、街灯も無い山の中。暗闇に浮かぶ反射板の光は、まるで漁火のようにも見えた。
 カーブに差し掛かる。アクセルを緩め、軽くフットブレーキを。そしてギアを落とす。曲がりきる前に再びアクセルを捻り回転数を上げる。そこでギアを戻し、一気に加速。
 視界に移るのは反射板の光だけ。耳に聞こえるのは、自分のバイクのエンジン音。肌に感じるのは強烈な空気抵抗だけ。
 感覚が殆ど遮断された状態での峠越え。これが僕の破滅願望を満足させた。走っているうちに自分が生きているのか死んでいるのか、走っているのか止まっているのか。そういったものが何もわからなくこの感覚。
 更に、ヘッドライトを切ったらどうなるだろう? 僕はライトのスイッチに手を掛ける(僕のバイクは古い型なので、スイッチが付いているのだ)。思わず笑みが零れる。
 と、その時。ヘッドライトが地面を照らす僅かな空間に、茶色い何かが転がってきた。これは、ガラス瓶だ。
 僕は咄嗟にハンドルを切る。しかし、アクセルをかなり開いた状態からのハンドル操作は不味かった。バイクは一瞬にしてコントロールを失う。
 そして、僕の体が宙に浮いた。人間って飛べるんだ。そんな馬鹿なことを、ふと思ってしまった。


 気が付くと、木々の隙間から満天の星空が見えた。
 全身が痛い。鈍痛というヤツなのだろうか。けれど痛みの度合いは「鈍い」なんて言葉を付けてはいけない、そんな位痛かった。僕はその痛みに耐えかねて叫び声を上げる。正確には叫ぶ事で痛みを紛らわそうとした。
「ちっくしょう! 痛え! 痛え!」
 しばらく叫び続けると、段々と痛みに慣れてくる。いや、痛みの酷さに脳内麻薬が分泌されたのかもしれない。
 すると、不思議な事に笑いが込み上げてきた。僕は山の中、独り大声で笑う。
 痛いんです。
 全身叩きつけられて、痛いんです。
 全身を道路に擦り付けられて、それが痛いんです。
 きっと骨折も何箇所もしていることでしょう。それが肉に食い込んで酷く痛いんです。
 もしかしたら、内臓も幾つかは駄目になっているのかもしれません。それがじくじくと痛むのです。
 痛くて痛くて痛くて痛くて、気が狂いそうなんです。
 だけど、だけどそれが、「生きる」ってことだろう?
 あのとき、僕は全くの無傷だった。あれから、僕は生きている心地がしなかった。
 この、痛みだけが僕に生きているという認識を与えてくれた。生きていていいよと、認めてくれた。その瞬間だけ、生まれてきて良かったと思えるんだ。


「ふう」
 笑い疲れた僕は、大きく息を付いた。さあ、これからどうしよう? とりあえず携帯で119番に連絡するか? JAFとかJRSに連絡はどうしよう。その前に何処か道路の端に移動しなければマズイな。そう思い、体を動かそうとするが指一本動かせなかった。
 頚椎か脊椎。そのどちらかをやってしまったのか。
 全身不随で生きていきたくは無いなあ、まずそう思った。それなら、このまま死んでしまったほうが幾分マシかも知れない。
 そんな呑気な物思いに耽っていると、何処からか車の音。この音は多分トラックだろう。
 とりあえず、運転手に助けてもらうか。仕方ない。
 ヘッドライトの光が見えてきた。やはりトラックのようだ。
 僕は精一杯声を出す。流石にこれに気付くわけは無い。
 ライトが僕の体を照らす。これなら気付くだろう。
 しかし、トラックはスピードを緩めない。トラック運転手の居眠り運転。そんな記事が頭にふと浮かんだ。
 ヘルメットは付けているだろうか。
 無常にも、あのときヘルメットは吹っ飛んでしまったようで、僕の頭は直に道路に接していた。
 ライトの光が僕の体から離れる。上を向くと、目の前に前輪が僕目掛けて突進しているのが見えた。
 ええ? ちょっと。そんな最後は想像してなかったなあ。
 時間がゆっくりと進む。走るタイヤの溝が見えるほどに。
 このタイミングで、そんなの起こるんですか?
 顔は止めて欲しいんだけどなあ。
 一瞬。体内時間がここまで圧縮された今、一瞬と感じたのだからそれは刹那にも満たない時間なのだろう。
 リトルバスターズの皆と過ごしたときの映像が現れた。
 本当に走馬灯って見えるんだ、と感心した。
 結局最期に見るのは、彼らなんだ。あのときから、僕が望んでいたのはそこでしかなかったんだ。
 タイヤが、僕の額に触れた気がした。






「クソ」


[No.716] 2010/03/20(Sat) 18:54:13

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