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人の気配がしつつ、けれどもその緊張感が逆に自分を安全だと伝えてくれる時間帯、授業中。沙耶は静かに校舎内を探索していた。 「2階、クリア」 地形、武器を隠せる位置、ついでに敵対スパイの盗聴器や監視カメラの位置まで割り出していく。もちろんそれらに引っかかるような間抜けな真似はしないし、排除したりもしない。とにかく今は情報を集める時期だ。 「けど、参ったわね」 一階に通じる階段を見て途方に暮れている沙耶。監視カメラの死角がないのだ。授業中でなければただ堂々としていれば怪しまれる事はないはずなのだが、この時間ともなれば話は別だ。生徒の通るはずのないこの時間に監視カメラに映ってしまえば、怪しまれるどころか自分からスパイだと公言するようなもの。 そうして沙耶は早々と階段で降りる事を諦めて、視線を窓へと向かわせる。幸いにしてここは2階、実際は4階くらいまではなんとかなるだろうから2階ならば余裕だ。 「異常無し」 一応、下の様子を伺う。普通ならば大丈夫だとは言え、授業中でも教師などが出歩いている可能性も零とは言えない。万が一こんな姿を目撃されたら言い訳のしようもない。 そして窓枠に足をかけて、一気に跳躍。地面をしっかりと見て、音も立てずに着地する。 「ふむ、空からピンクのぱんつを穿いた美少女が降ってくるとは。いやいや、眼福眼福」 「!」 沙耶は頭で理解するよりも早く銃を抜き、声がした方向に標準を合わせた。 「おやおや。最近の学生はそんな物騒な物まで持ち込んでいるのか」 だと言うのに銃を向けられた相手は全く動じない。長い黒髪を流しながら豊満な肢体を横たえてくつろいでいる人物ーー来ヶ谷は木陰で横になりながら楽しそうに沙耶の事を見ていた。 (迂闊だったわ) 臍をかむのは沙耶。上からでは見えない位置に来ヶ谷がいたせいで、とんでもない所を見られてしまった。言い訳が出来ない訳ではないが、それでもどこかにしこりが残る。自分のミスで他人に危害を加えてしまうのは心苦しいのだが。 「見られた以上、仕方ないわね」 躊躇なく指に力を入れる。パンという発射音。キンという金属音。 「は?」 「何もぱんつを見られたくらいでそんなに怒る事はないじゃないか、事故だぞ事故。なんなら私のも見せようか? むしろ一緒に風呂にでも入って洗いっこするか? 君くらい可愛い子ならばおねーさん、大歓迎だぞ」 沙耶の目が点になった。人間としてダメダメな事を言う来ヶ谷の手にはいつの間にか日本刀が握られていて、それは弾道を遮るようにかざされていて。 「って、えええええええっ!?」 「何をそんなに驚いているんだ?」 とても不思議そうな顔をする来ヶ谷。眉をひそめる彼女に、もう何て声をかけたらいいのやら。 「くっ。まさかあなた、秘密裏に製造されたというサイボーグ8型!? まさか実用化に耐えられる程、形になっていたなんて!!」 「すまない。話に全くついていけないのだが」 勝手に戦慄する沙耶はおいておき、来ヶ谷は呆れた顔から一転、またくつろぎ体勢に入る。 「ああ、いい天気だ。こんな日はやはり教室で数学の勉強などしないで日光浴を楽しむべきだな。君もそう思わないか?」 銃を向けられても何ともない風情の来ヶ谷に、沙耶も平常ではいられない。彼女は確かに特殊訓練を受けているとは言え、闇の執行部の感知器官移植にだいぶ労力を割いている。戦闘専門のサイボーグと戦うには分が悪いと言わざるを得ない。 「それでも勝つのはあたしよっ!」 来ヶ谷に銃口を向けて、再び引き金をひく。 カチッ! 「あああああー! 弾丸を補充するの忘れてたー!!」 手応えの感じられない感触に悲鳴をあげてへたりこむ沙耶。 「ふふふ。そうよ、そうなのよ。いつもこんなミスをするのよあたしは。必死になって敵組織を壊滅させても証拠品を忘れてお手柄が認められなかったようなスパイなのよ。滑稽でしょ、滑稽なんでしょ。笑いなさいよ、笑えばいいじゃないのよ。あーはっはっはっは!」 「あーはっはっはっは!」 「笑うなぁー!!」 「笑えと言ったのは君だろうに」 落ち込んだかと思えば笑い、笑ったかと思えば怒る沙耶に来ヶ谷も微妙にペースを乱されている。 「まあいい、とにかく私も暇をしていてね。どうだ、袖振り合うも他生の縁。サボリ仲間同士、仲良くお茶をしていかないか?」 まだあけていないコーヒーの缶を軽く振りながら話しかける来ヶ谷。 「残念だけど、毒の抵抗性をあげる訓練は受けているわよ」 「どんな人生を送れば日本の学校で毒の抵抗性をあげる訓練を受ける羽目になるんだ」 「まあいいわ、話し合いがしたいなら受けてやろうじゃないのよ。ただし注意する事ね、こっちはそっちの情報を聞き出す気満々だから」 「うむ。おねーさんとしても可愛い子に自分の話を聞いて貰うのはやぶさかではないし、君の事についても色々と知りたいぞ」 「なるほど、そっちもそういう腹だった訳ね。確かにうちの感知器官の情報は喉から手が出るほど欲しがる組織も多いでしょう」 絶妙に話がかみあわないまま沙耶は来ヶ谷の隣に腰掛けて、コーヒーを受け取る。 「それで、あなたはここで何をしている訳?」 「見て分からないか? 授業をサボってお茶をしている」 「ふーん。そう」 素っ気なく言いながらコーヒー缶を傾ける沙耶に眉をひそめる来ヶ谷。 「なんだ、まるで信じていないような口振りだな」 「信じろって方が無理でしょ。あたし達がそんな下らない言い訳で納得する訳がないじゃない」 「では、そういう君は何をしているのか?」 不思議そうな来ヶ谷に胸を張って答える沙耶。 「諜報活動よ!」 チュンチュンと、どこかで小鳥が平和にさえずっていた。 「すまん、もう一度言って貰えるか?」 「だから諜報活動よ。この学園の地下に眠る秘宝を見つける為に派遣されたね。あなただってその目的で授業をサボって下調べをしているんでしょう?」 「いや、初耳だが」 「へっ?」 「この学校の地下に秘宝とやらが眠っているなんて妄想もした事はないぞ、私は」 「じゃあ、あなたは授業をサボっているだけの一般人?」 「だから最初っからそう言っているだろうが」 苦笑いしつつ冷や汗を流し、見つめ合う二人。今、彼女たちのやっちゃった感は一つに。 「うがぁー! あたしは一般人に何をペラペラと!」 「あー、まあ、頑張れ」 若干引きながら言葉を添える来ヶ谷。 「どうせあたしはドジよ間抜けよ大ボケよ。ごく普通の一般人に発見された上に銃は簡単に防がれるは弾の補充は忘れるは。あげく機密情報を口走ったあげく信じて貰えないでひかれるような大間抜けよ!こんなのが敏腕スパイなんておかしいでしょ滑稽でしょ笑いなさいよ笑えばいいじゃないあーはっはっはっははっはっはっはっはっはっはっは!!」 「あ、あーはっはっはっは…」 とりあえず一緒になって無理に笑う来ヶ谷。 「笑うなぁー!」 「もう、おねーさんはどうしていいのかさっぱりだよ」 疲れきって空を見上げる少女が二人。 「コーヒーのお代わりはいるか?」 「…いる」 とりあえず、仲はいいようだった。 「あなたっていつも授業をサボっている訳? 不良?」 「授業をサボる訳だから不良ではないとは言えないな。だがしかしこれは担当教師も合意の行為だ。問題はない」 「教師の合意があるならサボりですらないじゃない」 「なるほど、そういう見方もあるな。いやいや、なかなか面白い目のつけどころではないか」 木陰に腰を下ろしながら談笑する二人。どうやら沙耶は何かを諦めることに成功したらしい。 「でも、授業とか出ないとなんの為に学校に来てるのか疑問に思わない? それとも部活動にせいを出しているクチなのかしら?」 「部活動というか、野球とかをしている騒がしい集団にいるんだ。あそこは本当に興味のつきない集団だよ」 ニコニコと笑う来ヶ谷に沙耶は少しだけ微笑ましい顔をする。 「なんかそういうのって羨ましいわ」 「少年はからかいがいがあるし、それに可愛い女の子ばかりでな。いつまでも初々しい反応がもうなんのって」 ニヤニヤと笑う来ヶ谷に沙耶の顔がかなり引きつる。 「ちなみに、私がサボるのは数学だけだ」 「いきなり話題を元に戻されても」 瞬間的に素に戻った来ヶ谷。そんな彼女に一応のツッコミを入れてから、世間話を続ける。 「でも良いわね。あたしは優等生として振る舞わなくちゃいけないから授業をサボるだけでも一苦労だっていうのに」 「なんだ? 普通にサボったんじゃないのか?」 「違うわよ。女の子の日で体調が悪いって嘘をついたの」 「ほぉう」 怪しく光る来ヶ谷の目に、ちょっと軽率な事を言ったのではと、沙耶の背中に変なおぞけがはしる。女同士だから構わないと思って言った事だが、そこら辺の男子に言うよりも嫌な気配がしたというか。 「ま、まあそれはともかく。何で教師公認でサボる事が出来る訳? そんな方法があるなら後学の為に是非聞きたいんだけど」 「ん? そもそも私が言い出した事じゃないのだがな。数学教師が問題を出して全問正解したら定期考査以外は出席しなくていいと言った訳だ」 「へぇ」 そんな事を言うなんて変わった教師がいるんだと思ったのもつかの間。 「いきなり専門分野の高等数学の問題を出すのもどうかと思ったがな。まあ私は今まで通りのサボリが公認されたのだから文句はない」 その言葉の意味はつまり、今までも来ヶ谷は数学の授業をサボっていて、しかも数学教師が意地悪く出したありえない難易度の問題を全問正解した訳で。 「もうすごくコメントのし辛い話を聞いた気がするわ」 「そんな事なら私もそうだ。いきなり空からぱんつが降ってきて、熱くて硬いものをつきいれられそうになったあげく、スパイだと言われた方の身にもなってみろ」 「うがぁー! もうそのことは無かった事にさせてぇー!!」 そこでいったん話が止まる。二人してコーヒーをあおり、そしてそれの中身が空になる。 「お代わりはいるかな?」 「いいえ。いい加減にあたしも仕事をしなくちゃならないし。って言うかあなた、いくつコーヒーを持っている訳? そしてどこに持っていた訳?」 「はっはっは。女の子からそんなエロい質問をされるとは思わなかった」 「エロくないでしょ!」 下らない話をしながら立ち上がる沙耶と、変わらずに木陰に腰を下ろしている来ヶ谷。 「それじゃあね。コーヒー、ごちそうさま。後、私がスパイだっていう事は他言無用でお願いするわね」 「いやいや、こちらこそ。君のような可愛い子とのお茶ならいつでも大歓迎さ」 「私がスパイだっていう事は、他言無用でお願いするわね」 「分かった分かった」 笑顔で銃を突きつけながら繰り返される言葉。来ヶ谷はそれにも面倒くさそうに手を振るだけで動じた様子もない。 「全く、あなたって本当に変わっているわね」 「君もな。あ、そうそう。出来れば次、黒いぱんつを見せてくれないかな?」 返事は銃声。来ヶ谷の横の地面が弾ける。 「何変態な事を言ってるのよ、あんたはぁぁぁぁぁ!」 「はっはっはっはっはっはっは」 肩をいからせて去る沙耶をそのままに、来ヶ谷は楽しそうに笑い続けた。 プシュっとプルタブをあける音がする。どこからともなく取り出した缶に音をたてさせた来ヶ谷は、それを傾けて苦い液体を喉の奥に流し込む。願いが叶うこの世界は、こういう時は本当に便利だ。 「ふん」 だが、それと同時に下らない。ここは自分たちだけの世界で、変化なんてありえないから。意識的にせよ無意識的にせよ、今まで感じた事のある事象の繰り返し。変化するとすればそれは、この世界にいる一握りの『人間』しかいない。 「と、なると今の差し金は恭介氏かな。確かに彼の好きそうな設定ではあったが」 ネタが分かればどうという事はない。今までに感じた楽しいという感情も裏返っていく。 「つまらんな」 言ってから気がついた。つまらないと、そう感じた自分がいる事に。 「、何を、ばかなことを」 自分は人形だから、人間の真似をしてい人形だから。そんな感情が芽生えるはずがない。でも、それでももしもそんな感情が自分の中にあったとしたら、この世界を捨ててでも探しにいく価値はあるかも知れない。 「恭介氏の作戦勝ちかな、これは」 苦笑いが浮かんでくる。あの二人を現実に戻すにはこの世界を壊さなければならず、この世界を壊すには未練を捨てて希望を見させるのが手っ取り早い。だから、そんな思考回路が出てきてしまった時点で策にはまってしまったといっていい。 「だがな、聞いているのだろう恭介氏。このおねーさんはそう簡単には納得してやらないぞ」 もしも自分を動かす事が出来るのならば、この世界の人間の中の誰かしかありえない。それでもその誰かを想像するだけで、どこか心か踊るのも否めない。 そんな事を思わせてくれたあのボケボケスパイの顔を思う。自分がどんな表情をしているのか、気がつかないまま来ヶ谷はあの女の子の事をおもう。 「って、いかん。あの子の名前も聞いてなかったではないか」 そして基本的な事にふと気がついた。これではあの子の事をボケボケと笑えない。でも確か自分の名前を名乗った記憶もないから、彼女もこっちの名前を知らないはずで。 そんな思いながら立ち上がり、空を見上げれば一面の星空が。数学の授業が最後だったおかげで教室に戻る必要もなく、夜になった事にさえ気がつかなかったらしい。 月の無い空を見る。太陽一つで容易に隠されてしまう程儚いものであるというのに、それは永遠に煌めき続ける。 「うむ。詩的な思考にふけるのもたまには悪くないな」 きっともう、あの少女に出会う事はないだろう。来ヶ谷がほんの少しだけ心を動かした時点であの少女の役割は終わってしまったのだから。 「さて。明日辺りからまたリトルバスターズに参加しなくてはな」 リトルバスターズに参加する事ではなく、あの少女の名前も知れなかった事に憂鬱な気分を覚えながら来ヶ谷は部屋へと戻る。ふと見上げた、雲一つない満天の星空。それはやはりどこまでも自分には似合わないなと、来ヶ谷はそんな事を漠然と感じてしまった。 世界が流れた。理樹はまた一人、この世界での未練を断ち切って世界の形を崩していく。 「で、私はここで何をしているのだろう…?」 自問自答。当然の如く答えは出ない。来ヶ谷がリトルバスターズに参加する前日の数学の時間。前回、たまたま気が向いた木陰で今回も横になっている自分に呆れてしまう。 「まさか、ここまで未練を持つとは思わなかった」 嘆息。ここまで来ると恭介の作戦は大成功だと思ってしまう。自分はこんな扱いやすい人間だったのかと思うと、ちょっとどころではなく気が落ち込んでしまう。 「はぁぁぁ」 黒が見えた。ため息をついた瞬間、目の前にいきなりスカートを全開のぱんつ丸出しにした少女が現れた。そのぱんつの色は、黒。 「ふむ、空から黒いぱんつを穿いた美少女が降ってくるとは。いやいや、眼福眼福」 「!」 考えるより先に出た言葉を聞きつけて、その少女は銃を抜き放って来ヶ谷の方に向けてくる。ピンクではなく、黒のぱんつを穿いた少女。彼女に向かって笑いながら言葉を続ける。 「まあ、そう慌てなくてもいいだろう。人に会ったらまず自己紹介をするべきだとおねーさんは思うのだが、君はどう思うかな?」 自分でも悪戯っぽい笑みを抑える事が出来ない。その少女も、心なしか嬉しそうな顔をしている気がする。 「それもそうね。あたしの名前は――――」 名前を聞く。そして次に自分の名前を言う。 名前を交換する事が、こんな楽しいものだとは今まで気が付きもしなかった。 [No.75] 2009/04/30(Thu) 23:08:38 |
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