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第36回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催

スレ建てなのです

[No.187] 2009/06/25(Thu) 23:46:39
ドルジの『ド』は (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@8612 byte

 お日さまが一番上にのぼったころのこと。
 芝生のなかに、ぐでんと横になった大きな猫が一匹いました。
「ぬぉー」
 そう、ドルジです。
 ドルジはぽかぽかの光をあびて、お昼寝をしていました。
 そよそよとふく風が、体をなでていきます。
 とても気持ちよさそうです。
 しかしとつぜん、ぐごごごご、という音があたりをゆらします。
「ぬお?」
 それはドルジのお腹の音でした。
 ドルジは体をのばすと、横になっていた体をおこしました。
 そして、のっそのっそと歩きだしました。
 目ざす場所は、中庭です。
 そこにはなんと、小皿に山もりになったモンペチがおいてありました。
 だれかが、猫たちのためにおいたのでしょう。
 ドルジはその山に近づき、十匹分はありそうなモンペチをもしゃもしゃと食べはじめます。
 おやおやドルジ、そんなに食べたら、ますます太ってしまいますよ?
「ぬおっ」
 そんなのかんけぇぬおっ! そんなのかんけぇぬおっ! とばかりにドルジはモンペチをぺろりとたいらげます。
 ドルジの『ド』は、『ど』うでもいいの『ド』なのです(体重的な意味で)。
「ぬきゅー♪」
 ちろりと口のまわりをなめて、ドルジは満足そうです。
 ご飯を食べたらお昼寝……と思いきや、ドルジは立ちあがります。
 そうして、きょろきょろとなにかを探しはじめました。どうやら遊び相手を探しているようです。
 中庭にたくさんあるうちの、一番大きな木の下にいきました。



『ねーねーみおちん、なにしてるの?』
『見てわかりませんか?』
『本を持ってますネ。これははるちんと遊びたい合図と見たー!!』
『……ふんっ』
『鼻で笑われた!? しかも見下すような目のオプションつき! あああ体ごとそっぽを向いて拒否するフルコンボ! やめて、私のライフはもうゼロよ!! とかいいつつドサクサ紛れに抱きついてみる』
『HA★NA★SE』
『ぎゃー!! 傘が目にー!!??』
『三枝さん。そこは「目がー、目がー!」と言うべきです』



「ぬーん」
 しかし、お昼になるといつもいた人はいませんでした。パンの耳をわけてもらおうと考えていたドルジは、少しだけがっかりです。
 気を取り直して、ドルジはまた歩きはじめました。
 いつも散歩する道を、いつもよりゆっくりと歩いていきます。
 風はそよそよ、お日さまぽかぽか。くんくんと鼻を動かせば、自然のいいにおい。
「ぬんぬん、ぬ〜☆」
 ついついうれしくなったドルジは、ご機嫌におどりだしました。
 ドルジの『ル』は、らんらん『る』ーの『ル』なのです。
 そんなドルジの前に、大きくてきれいな建物があらわれました。
 人間さんが、女子寮とよんでいる場所です。



『ヴェールカっ、ヴェールカっ、スっトレっルカ〜』
『あ、クーちゃんだ。こんにちは〜』
『こんにちはなのです』
『かわいいわんちゃんたちですね〜』
『よかったら、小毬さんも一緒に遊びませんかっ?』
『ふえぇ!? うーん……でも、いつも吠えられてるし……』
『大丈夫です! このおもちゃを使えば安心して遊べるです』
『それじゃあちょっとだけ……ほわぁっ!!?』
『わふーっ!? のしかかっちゃダメです! 噛んじゃダメです! ぱだじじー(待って)!! すとーい(止まって)!!』
『うわあぁぁぁん!! やっぱり大丈夫じゃないぃぃ……』



 けれど、そこにもやっぱり、だれもいませんでした。
 こうなったら、意地でもだれかと遊びたいドルジです。ぬふー、と気合いをいれて、かけだします。
 次についた場所は、放送室でした。この時間はいつも、肉球にこだわる女の子がいて、やさしい音が聞こえてきていたのです。



『誰だ? ……なんだ猫か。いや、お前は本当に猫なのか?』
『ぬー』
『ぬーではない。猫ならにゃーと鳴いてみせろ』
『ぬー』
『意地でもにゃーとは言わない気か。その心意気にもずくをやろう。なんだ、いらんのか。……ん? ピアノが気になるのか?』
『ぬおっ』
『はっはっはっ。その手ではうまく弾けんだろうに。……む? ……手……肉球……ぷにぷに……クドリャフカ君……ドルジよ、少し肉球を触らせてくれって私から逃げられると思うなっ!!』



「ぬおー?」
 放送室の窓に、顔をべたっとくっつけます。ですが、真っ暗でなにも見えませんでした。やさしい音も聞こえてきません。
 今日は肉球をさわらせてもいいかな、と考えていたドルジは、やれやれだぜと首をふりました。
 ドルジは次を目ざします。



『おい恭介、こんなところを教師に見つかりでもしてみろ。怒られるだけではすまんぞ?』
『大丈夫だ。見つからなければ怒られない!』
『うお……ここまで開き直られると、逆に悪いことしてない気がするぜ』
『気がするだけだ。立派な校則違反だ』
『おいおい謙吾っちよぅ。ならついてこなけりゃよかったじゃねえか』
『む……』
『吐いちまえよ。楽になるぜ?』
『屋上、最っ高ー!!!!』
『だよな! 屋上イヤッホォォォウ!!』
『屋上イェイイェイ!』
『よっしゃ、野郎ども! コーラで乾杯だ!!』
『『『かんぱーい!!!!』』』
『誰だー! 屋上にいるやつはー!?』
『『棗恭介です!!』』
『この裏切り者ぉぉぉぉぉ!!??』



 この学校で、一番お日さまに近い場所に、ドルジはいました。ですが、ここにつくまでにだれとも会うことはできませんでした。
 そこでドルジは、ごろりと横になりました。疲れてしまったので、少しお休みです。
 ドルジの目の前には、だんだんと形を変えていく雲。ふわふわと浮かんでどこかへと飛んでいきます。
 丸い雲は、あんぱんに見えますね。三角形の雲はおにぎりでしょうか? 四角いパンのような雲もあります。
 おいしそうな雲を見ているうちに、ドルジのまぶたが重くなっていきます。
 とうとう、上のまぶたと下のまぶたが仲良しさんになってしまいました。



『にゃーにゃー。ふりふり』
『……鈴』
『にゃんにゃかにゃん、にゃんにゃかにゃん。びょんびょん』
『鈴?』
『もふもふ、ふかふか。くるりんぱっ』
『鈴ってばっ』
『うなぁぁ!? 理樹! いつからそこにいた!?』
『鈴が連れてきたんじゃないか……』
『ぜんぶ見てたんだな? ぷらいばしーのしんがいじゃー!!』
『いやいやいや、』
『ばつとして、ドルジをおひめさまだっこしろ!』
『重すぎてできないよ!!』
『じゃ、じゃーあれだ。かわりに、あたしを、だっこしろ……』
『え……う、うん』
『――――っ!! ほ、ほんとにやるなー! はずかしいだろぼけーっ!!』
『ええええー』



 ドルジが目を開けると、青かった空は、まるで燃えるように赤くなっていました。
 ドルジは夢を見ていました。それはあたたかくて、やさしくて、きらきらと光っている時間でした。
 そんな楽しい時間をまた過ごしたくて、ドルジは走りだしました。フェンスをよじ登り、雨どいと窓枠を伝って地面におりて。ただひたすらに、走りました。
 校舎をぐるっとまわりました。
 だれもいません。
 中庭を抜けました。
 だれもいません。
 裏庭を通りました。
 だれもいません。
 部室棟を過ぎました。
 だれもいません。
 グラウンドにたどりつきました。
 それでも、だれとも会いません。
 どこにもだれもいません。
 ドルジは、たった一匹のドルジでした。
「ぬきゅーっ!!」
 ドルジは夢を見ていました。それはあたたかくて、やさしくて、きらきらと光っている時間でした。
 それはたしかにここにあった、大切な、宝石のような思い出だったのです。
 リーダーの男の子がいて。筋肉の男の子がいて。剣道な男の子がいて。おかしを食べてる女の子、ピアノをひいてる女の子、さわがしい女の子、犬さんみたいな女の子、日傘をさしてる女の子。
 そして、ねぼすけさんな男の子と、猫さんみたいな女の子。
 そんなみんなとすごした、楽しい毎日。
「ぬきゅーっ!!」
 いつ、なくしてしまったのでしょう?
 なぜ、気づいてしまったのでしょう?
 どうして……大切なものだと、それを手にしているときに、気づけないのでしょう?
「ぬきゅー……!」
 なくしてしまった時間を思って。
 大切だった時間を思って。
 取り戻せない時間を思って。
 一匹では広すぎるグラウンドで、なきました。



『――制服汚れますネ』
『――目ざせ、武道館』
『――頑張るのですーっ』
『――はらほらひれ〜……』
『――もっとよく見て当てろ』
『――見えた!』
『――その年で生えてきたのかい。球筋に出てるぜ』
『――筋肉が通りまーす!』
『――筋肉ないなぁ、僕……』
『――ねこにやつあたりかっ!』



 空は暗い青。端っこのほうだけ赤く。ドルジの影を、長くのばします。
 と、その長くのびた影の先に、女の子が立っていました。
 女の子は影をなぞるように歩き、ドルジの頭をなでました。
「ドルジ?」
「ぬー……?」
「くちゃくちゃなつかしいな。いや、それほどでもないな。くちゃなつかしい、ぐらいだな」
 その女の子は、ドルジがよく知っている女の子でした。猫さんみたいな女の子です。
 女の子は、ポケットからケータイをとりだすと、どこかへとかけました。
「理樹か? 聞いておどろけ。なんとドルジを見つけた。……そうだ、そのドルジだ。……そつぎょーいらいだから、一ヶ月ぶりぐらいだな。そんなことより今すぐグラウンドにこい。それから、ばかとばかと馬鹿兄貴と、あと……とにかくみんなだ。みんなをよべ。全員集合、りゃくしてぜんしゅーだ!」
 ドルジは、女の子に聞きます。どうして? と。女の子は、ドルジに答えます。
「きょーすけが、『今日は、校外学習で学校にだれもいなくなる……しのびこむなら今のうち』とか言いだしてな」
 その一言で、ふたつの謎が解けました。学校に誰もいない謎と、いなくなったはずの女の子がいる謎。
「ぬおー」
「よしよし、ひさしぶりだからな。みんなでたっぷりあそんでやるぞ」
 ドルジはうれしくて、なつかしくて、女の子にすり寄ります。女の子は勘違いをしましたが。
「ぬー」
 記憶のなかにある、大切な時間は決して戻りません。
 ですが、それは悲しいことではありません。
 楽しかった思い出は、さらなる未来へと歩き出す力になります。
 たとえ苦しいことがあっても、辛いことがあっても、乗りこえられるのです。
 それはきっと……。
「ほら、みんなきたぞ!」
「ぬきゅー♪」
 ドルジの『ジ』は、独り『じ』ゃないの『ジ』だからです。





          おしまい。


[No.188] 2009/06/25(Thu) 23:54:10
はいけいぜんりゃくおげんきですか? (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@13325 byte


『前略、棗恭介様
 そちらに渡ってからもうすぐ半年、修行は順調ですか?
 具体的にどんな修行をしているのか良く知らないので、頑張ってとしか言えない自分が歯がゆいです。
 卒業式が終わってすぐだったので、傷心旅行にでも行くのだろうとみんな勝手に考えていました。だから、そのまま帰ってこないと分かったときには慌ててしまいました。まだ心の整理はできていません。
 こちらはなんとか上手くやれています。恭介みたいに上手くはやれないけれど。
 でも今は、リーダーとしては頼りない僕を、他のみんなが助けてくれたり、邪魔したり足を引っ張ってくれるので大丈夫です。
 ただ、小毬さんが最近寂しそうにしているので、せめて手紙くらいは書いてください。
 それでは、一日でも早く修行を終えることを祈っています。
 直枝理樹

 追伸 真人がグレました。筋肉しません。』



『親愛なる友 理樹へ
 よう、久しぶり。今は仏像を彫るための基礎として、身も心も仏像と一体になるため、抱き枕として一緒に寝ている。額にほくろもつけて完璧だ。
 それと理樹、俺の真似なんかする必要はない。お前はお前のやり方でみんなの真ん中にいればいいんだ。
 手紙、ありがとうな。俺の最初の作品はお前に捧げるから、待っていてくれ。
 あと、鈴と仲良くな。
 恭介

 追伸 大丈夫だ。叩けば直る。』



『ばか兄貴へ
 お前はなにをやってるんだ。
 しねばーか。
 鈴(この手紙はドルジに書かせた。あたしは書いていない)

 追信 こまりちゃんはあたしがあずかった。返してほしければさっさと帰ってこい。』



『親愛なる妹 鈴へ
 鈴、手紙は俺しか読まないんだから、そんなに恥ずかしがることはないんだぜ?
 今度書くときは「お兄ちゃん早く帰ってきてね(はぁと)」とそれだけ書いてくれれば十分だ。
 待ってるぜ。
 恭介』



『きもいしねばかあにき。
 どるじ』



『珍妙なる猫型生命体 ドルジへ
 お前、字上手いな。
 恭介』



『拝啓 棗恭介様
 日本ではもうすっかり秋です。学園の周りの銀杏の木も眩しいくらいの黄金色に染まりましたが、恭介さんはいかがお過ごしでしょうか。
 この間大きな台風に襲われたとテレビのニュースで見ましたが、無事でしたでしょうか?皆さんは、恭介さんのことですからきっと台風に大はしゃぎして外を走り回っていただろう、なんて言っていましたけど。あ、裸で走り回っていたとまでは言っていませんでしたよ?
 恭介さんがいらっしゃらないのは寂しいですが、こちらは私も含め、皆さん元気で過ごしています。
 でも一つだけ困っていることがありました。井ノ原さんがおかしくなっちゃったんです。
 どうしてそうなったのか良くわからないのですが、井ノ原さんはなぜか眼鏡をかけていて、リキが遊ぼうといっても生返事ばかり。私も筋肉筋肉って励ましてみましたが、ちっとも反応してくれませんでした。どうしたらいいのかわからず右往左往するばかりです。
 結局、次の日には何事もなかったかのようにお二人で筋肉していたんですが、そんなときには自分の無力さ、小ささを感じてしょんぼりしてしまいます。
 すみません、弱音をはいてしまいました。
 もう少し頑張ってみます。恭介さんも修行がんばってください。また会えるのを心待ちにしています。それでは。
 敬具
 能美クドリャフカ』



『親愛なる能美クドリャフカ様
 手紙ありがとうな。大事にする。
 さて、この間(と言ってももう結構前になるが)の台風では小屋の屋根が吹き飛んだりして大変ではあったが、俺は元気だ。風呂に入っていたから確かに裸で走り回ってしまったが、まあ偶然だよな(笑)
 それより、真人のことだが、そんなことがあったとはな。前に理樹が手紙で「真人がグレた」とか言ってたのはそのことだったんだな。
 何もできなかったことを悔やんでるみたいだが、能美が無力だなんて思うことはないさ。あいつらの関係は俺にも時々分からないことがあるからな。ちょっと妬けるぜ。
 それに、お前の小ささはみんなを癒すいい小ささだ。胸を張っていろ。いつまでもその小ささを失わないでいてくれ!
 それじゃ、またな。俺もまたお前に会えるのを楽しみにしている。
 棗恭介』



『前略 棗恭介殿
 お前と出会ってからもう八年になるだろうか、こうして改めて手紙を書くというのは妙な気分だ。その意味では手紙を書く機会を与えてくれたお前に感謝しなければならないのかもしれないな。
 どうだ、修行は順調か?こちらは皆元気だ。もちろん鈴も理樹もしっかりとやっているから心配ない。むしろお前がいない分気兼ねなくラブに専念しているくらいだ。なんてな。
 だが、すぐに声が聞けるところにお前がいない、というのはやはり寂しい。修行に終わりはないが、たまには帰ってきてくれ。待っている。
 草々
 宮沢拝

 追伸
 お前が、その、アレなのはよく分かっているが、手紙の文章はよく推敲した方がいいぞ。皆の反応を見て、俺はお前が不憫でならない。何か悩みがあるなら相談に乗るぞ。俺達は幼馴染じゃないか。』



『頼れる皆の用心棒 謙吾へ
 そういえばお前から手紙を貰うのは初めてだったよな。改めて言われて俺も妙な気分だ。さすがロマンチック艦隊総司令補佐官。
 しかし、手紙でも相変わらず毒にも薬にもならない話をするな、と思ったら本題は追伸のほうだったのか。やるな謙吾。
 だが、あまりにぼかされ過ぎてて言いたいことが今ひとつ分からないな。俺はそんなにおかしなことを書いていたか?
 けど、心配してくれてありがとうな、謙吾。大丈夫、離れていても俺達はずっと幼馴染だ。
 恭介』



『謹啓 棗恭介様
 日本では天高く馬肥ゆる秋、と申しますが、そちらではどのように表現されるのでしょうか。それとも、恭介お兄さんのことですから、小さな鉄格子越しにしか空を臨めない別荘にいらっしゃるのでしょうか。能美さんには軽犯罪にも厳しいお国柄だと伺いましたので、どうかお気をつけ下さい。
 まあそれはさて置き、いつも皆さんと一緒にお手紙を拝見いたしております。文面から、直枝さんや宮沢さんへの思いやりや愛情が感じられて、とても胸が温かくなりました。
 冬に向けての準備が少々滞っておりましたが、お陰さまで目処が立ちました。お礼も兼ねまして、さわりの部分を一足先にお目にかけたいと思います。

「どうした、こんなところに呼び出して」
 声に振り向くと、がらんとした教室に差し込む茜色を背に、恭介がぶら下がっていた。その表情は陰になり見えない。しかし、謙吾には彼がいつもの不敵な笑みを浮かべていると確信していた。
「……言わなくても分かっているだろう?」
 思い描いた笑みへと鋭い視線を向ける。だがその眼光に以前ほどの力を込めることが出来ないことも、謙吾は自覚していた。
「俺が理樹と寝たのがそんなに気に入らないのか?」
「……っ!」
 ギリ、と軋む音で自分が奥歯を噛みしめていたことに気付く。しかし恭介はそれを一笑に付した。
「おいおい、勘違いするなよ。あれは理樹の方から誘ってきたんだぜ?俺を恨むのは筋違いってもんだ」
 分かっている。歯を折れそうなほどに食いしばり、言葉を飲み込んだ。勿論そんなことは知っているのだ。本人から直接聞かされたのだから。
 一歩。恭介が近づいた。逆行から抜け出し、初めて表情が明らかになる。――そして、謙吾は怒りの矛先を見失った。
「どうして」
 食いしばりすぎたせいか、思うように言葉を紡げない。絞り出した声もかすれていた。
「どうしてお前が泣いているんだっ……」
 恭介の顔に張り付いた笑みは、頬を伝う一筋の涙が自嘲へと作り変えていた。
「それをお前が聞くのかよ……。本当は分かってるんだろ?」
 謙吾は息を飲んだ。その理由に思い至ったからではない。恭介の瞳に燃え上がる怒りの色を見たからだ。
「確かに理樹は俺に抱かれた。けどな、あいつの瞳には俺なんか映っちゃいなかったよ。あいつは……理樹はお前のことを今でもずっと!!」

 いかがでしょうか?難産ではありましたが、自信を持って発表できます。
 恭介お兄さん。これから恭介お兄さんは世間だけでなく仲間たちからも、さらには肉親からも冷たい視線を向けられることになることと思います。ですが、くじけず、諦めずにご自分の道を貫いてください。私はいつでも遠くから見守らせていただきます。
 では、お身体にはくれぐれも気をつけて。
 敬白
 西園美魚』



『NYなる観察者 西園へ
 まず始めに。すまん、どこから突っ込んでいいか分からなかった。
 取りあえず俺は一体何をやったのか、そしてみんなにどう思われているのか、深く考えるのはよそうと思う。
 それと、西園の自信作はできればどこにも発表せずに封印してはもらえないだろうか。日本に帰ったとき、どんな顔であいつらと会えばいいのか分からなくなりそうだ。
 心の兄 棗恭介』



『鈴くんに恭介氏の代わりに添い寝してやるといったら逃げられた。
 なんとかしろ。
 K』



『Kへ
 唐突だな。流れとか少しは考えてくれ。
 つうか、ひとの妹に何しようとしてくれてやがる。添い寝していいのは俺だけだ。もちろん理樹も同じだ。
 Ky』



『    ☆
 きしょいしね。 とくめいきぼう          ☆  恭介さん
 ごめん、僕もそれはちょっと…。 理樹          きょうすけさんきょうすけさん
 やーいシスコン♪ はるち人のことは言えないと思うのです…。 能美クドリャフカむきーっ、かぶせるなーっ!!                きょ
 はいはい、二人とも手紙で遊ばないの。              介☆
 理樹は俺に任せろ。 宮沢         恭          ☆
 素敵ですわ…。                     すけさ
 やはり鈴くんは私が保護すべきと判断した。 K        きょうす
 流石は恭介お兄さん…GJです。 西園               だいすき
 あ!あたしも何か書きたーいっ♪ってそれ書いちゃったら駄目じゃないのよーーーっ!     ☆ ☆  たい
 やべぇ、筋肉の入りこむヨチがねぇ! 真人       ☆
             ☆      ☆     』



『親愛なるリトルバスターズの諸君
 寄せ書きなんて卒業や転校でもしない限りもらえないと思っていたんだが、まさかこんな形でもらうとは思ってもみなかったぜ。
 だが、こうも嬉しさのわかない寄せ書きってのは初めてだ。みんな待って欲しい。きっと何か不幸な行き違いがあると思うんだ。
 これ以上溝が深まる前に、次回からはぜひ一人ずつ思いの丈をぶちまける方式に戻してくれ。
 元リーダー 棗恭介

 追伸 そういえば真人がいつもどおりで安心したぜ。やっぱり筋肉は真人でなくちゃな。ありがとう、真人。お前の一言に癒された。』



『でぃあ きょーすけさんへ
 はろはろーっ♪いよいよ真打の登場でーっす☆
 いやいや参っちゃいましたよー。この間はせっかくよーやくお手紙書けると思ったのにちょびーっとしか書けなくってヨッキューがコンキューでトッキュー的に不満ーっ!
 よって今回こそはこの手紙をこのウルトラキュートなセクシーダイナマイツのはるちんがジャックするのだっ!カクゴしたまえきょーすけ隊長!
 そんじゃまずは、ケンゴくんとまさとくんがズギャーンでどばーっ!でぬるぐちゃーっとしたかと思ったらドブシキブシャァッな感じになっちゃったお話からぶちまけるとしますネ!りきくんとかりんちゃんとかクド公とかさしみそっちとかがそりゃもううおーさおーぎゃおーっ!ってぱにくっちゃってホント大変だったんですから!!
 まあそこはこのスーパー助っ人のはるちんの快刀ランマ怪人48面相的なカツヤクでぱぱぱーっと解決しちゃったわけなんですけどね☆

 《ここから十数行にわたって修正液で消され、その上から文章が書かれている》
 妹の文では何のことやらさっぱり分からないと思いますので、不本意ながら私が少しだけ補足します。
 妹の言いたいことをかいつまんで説明すれば、11月13日の昼休み、食堂で宮沢君と井ノ原真人が相も変わらず下らないことで競い合って、それに巻き込まれたあなた方のお友達、主にクドリャフカが可哀想なほどにうろたえていた、ということです。
 余りに不憫だったものだから思わず寮長室に保護してしまいました。その後騒動が治まるまでお茶を飲んで過ごしましたが、彼女の淹れてくれたお茶の美味しさといったら!ほんの短い間でしたが、至福の時間を過ごすことが出来ました。

 おおっともうスペースがなくなったーっ!!
 そーゆーわけできょーすけさんの留守は私にどーんっと任せちゃってください!!
 であであ、ばいばいきーんっ!
 ウルトラスーパーブリリアントビューティホースパイラルビッグバンミラクルインポッシブルワンダホーディメンションジャッ
 クナイフミ
 ラク
 ルは
 る
 ち
 ん
 よ
り』



『賑やかなお調子者三枝と厳格なる寮長二木へ
 思いの丈をぶちまけろと言った覚えはあるんだが…。
 まず三枝。限られたスペースを最大限に使おうという心意気は認めるが、詰め込みすぎて最後名前が書ききれなくなってるじゃないか。勢いだけで書かずに少し立ち止まって振り返るのも大事だと思うぞ。
 それから二木。三枝のためを思って解説してくれたんだと思うが、せっかく書いたものを消してしまうのはやりすぎだと思うぞ。あと、せっかく解説してくれてるのに悪いんだが、三枝が全く出てこないで主に能美の話になってるんだが。
 わざとじゃないよな?忘れただけだよな?頼む、そうだと言ってくれ。
 棗恭介

 追伸 これから年明けくらいまで少し忙しくなるから、しばらく返事を書けないと思う。
 だから、ちょっと早いが先に言っておくぜ。みんな、よいお年を!』



『明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 少し間が空いてしまったので、この手紙が恭介のところにちゃんと届くのか少し心配ですが、他に方法がないので送ります。
 修行は進んでいますか?この間西園さんがイベントで恭介によく似た人を見かけたと言っていました。
 中国の闇商人のような丸いサングラスに細長い口ひげを垂らしていたというので他人の空似だと思いますが、とても精巧な幼女のフィギュアを出品していたそうです。
 違いますよね?
 そろそろ小毬さんが祟り神のようになってきてしまって、近寄りがたいです。
 お願いですから一度帰ってきてください。後ろにいる小毬さんにはこの手紙を見せて「続きは日本で」とお願いしてください。
 それでは、できるだけ無事で日本に帰ってこれることを祈っています。
 直枝理樹

 追伸 また真人がグレましたが、今度も叩いたら直りました。』



『親愛なる直枝理樹くんへ
 理樹くん、明けましておめでとうございます。お元気ですか?俺は元気です。何を心配していたのかは分からないけれど、手紙はちゃんと届いているから心配しないで。
 修行はもうカンペキです。今すぐにでも日本へ帰れちゃうくらいです。でも愛しいいとしい小毬ちゃんが会いに来てくれたので、二人っきりでもう少しだけのんびりしてから帰国します。
 あと、美魚さんが見たといっているのはきっと他人の空似だと思います。だって、俺が小毬ちゃんや理樹くんや鈴ちゃんに何も言わないで帰って、その上会わずに帰るなんて事はありえないですから。
 それに、俺が作ったのはおっぱいもお腹もお尻もすとーんとなだらかな女の子じゃなく、ぽよんっとした小毬みたいに柔らかい女の子のお人形ですから。帰ったときは俺の最高傑作を見せてあげます。
 それから理樹くん、俺の小毬ちゃんを「祟り神」だなんてひどいじゃないですか。小毬ちゃんはとってもとってもとーっても可愛いですよ?これを書いている後ろで真っ赤になって照れていますが、俺は本当にそう思っています。本当です。
 だからそんな酷いことは二度と言わないで下さいね?
 それじゃ、お元気で。こちらのお正月が終わった頃には帰ろうと思います。
 棗恭介

 追伸 叩いて直すならバットより鉄パイプがオススメですよ。 ☆』


[No.189] 2009/06/26(Fri) 00:40:12
祈りは今放たれて (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ 8800 byte

「・・・お願い事、ひとつ」

 りんちゃんが去っていった。私の願い星といっしょに。
 もうぜんぶやり終えた。あとはここで、世界が終わっていくのを眺めていればいい。
「ふうっ」
 私は屋上のフェンスにおでこをくっ付けて、目の前の風景を見渡していた。
 誰も居ない世界。役目を終えた世界。
 学校の外には、もはや真っ白い空間しかない。いや、もう空間ですらなく、ただの壁かもしれない。あの長い長い日々を過ごしたこの学校も、崩れ始めていた。崩れた欠片が粉雪のように空を舞い、夕日を浴びてきらきらと輝いていた。哀しくも美しい終わりの風景。寒気がするほどの、まさに絶景というのにふさわしい有様だった。
 これで、良かったんだよね。恭介さん、みんな。二人はもう、大丈夫だよね。私たちが居なくなっても、ちゃんと笑っていられるよね。だいじょうぶ、なんだよね?
 そこに、誰かが屋上のドアを開けてやってきた。誰だろう?恭介さんかな?
 それは初めて見るお客さん。歳は私と同じくらいだろうか。でも制服はうちのとは違う。優しそうな微笑を湛えたその顔は理樹君を思い出させた。
 だけど、彼は何者なんだろう?この世界には私たちしかいなかったはずなのに。どこかで会ったような、会った事も無いような。ずっと近くにいたような、遠くにいたような。そんな、奇妙な感覚。何でこんな気持ちになるのだろう?
「なんだ、先客がいたのか。ご一緒してもいいかな?」
「うん、いいですよ〜」
 そう答えると、彼は私の隣にやってきて、私と同じように外を眺めた。
「綺麗だね」
「うん、でもちょっと寂しい光景、かな?」
「確かにね。儚いって言ったほうがピッタリ来る、そんな景色だね」
 私はくるりと身を翻すと、フェンスに体を預けて座り込む。
 そんな私を見て、彼も背を向け、フェンスに寄りかかった。
「元気がないね。どうかしたの?」
「え、ううん。そんなことないですよ〜」
 とっさに誤魔化してしまったけど、別にもう何かを誤魔化したり、そんなことする必要もないんだっけ?この風景がそうさせたのか、それとも彼の微笑みがそうさせたのか、私は話し始めた。
「ごめんなさい。ちょっと嘘ついちゃった。そんなことあります」
「あはは、何ソレ」
「うん、えっとですね。自分のやってきたことにちょっと自信が持てないから、かな?」
 ずっと思ってた。りんちゃんの傍に居た時間。私がりんちゃんに託したもの。願い星に込めた願い。そんなものが果たして、りんちゃんを幸せにすることが出来るのだろうか?
「私、わかってるんだ。みんな幸せになってほしいと思ってやっていることが、本当は一人相撲でしかなくて、空回りだってこと」
 彼は、私の言葉に静かに耳を傾けていた。時折相槌を打ちながら、私の話を聞いていた。
「でも、君は、本当にその人に幸せになってほしくて、やったんだろう?」
「うん」
「なら、気に病む必要は無いよ。君の願いは、きっと叶うから」
 彼の言葉には、不思議な説得力があった。彼がそう言うのなら、本当に叶うかもしれない。でも―――
「でも、その子に大したことをしてあげられなかった気がするの。もっともっと、何か出来たかもしれないのに」
 彼は私の言葉を聞いて、ため息をついた。何も話そうとしない。しばらく、気まずい沈黙が流れた。
「―――すぐに『結果』を求めちゃいけないよ。『結果』だけを求めていると、人は近道をしたがる。でも、そのときに本当に大切なことを見失ってしまうかもしれない。そうすると、やる気もしだいに失せていく。大切なのは、『真実に向かおうとする意志』だと思うんだ。向かおうとする意志さえあれば、それがどんなに小さな一歩であろうと、いつかは『結果』に、『真実』に辿り着くだろう?向かっているんだからね。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・違うかい?」
「確かにそうかもしれないけど。だけど、もう私にはこれ以上何もしてあげられないの。次の一歩なんてもう無いの!」
 つい我慢が出来ず、私は彼の方に振り返り、大声で叫んでしまった。自分が歯痒くて、仕方が無かった。
 でも、そんな私を、彼は優しい目で見つめていた。
「君の言う通りだよ。そのいつかは、君一人で辿り着けるものではないかもしれない。でも、君は一人じゃない。君の意志を受け継いでくれる人が居れば、そのいつかが、きっと見えてくる」
 そうだ。私は一人じゃなかった。クーちゃん、みおちゃん、ゆいちゃん、はるちゃん。それに恭介さんや謙吾君、真人君。みんなが居た。同じ意志を持った、優しくて、心強い仲間たちが。みんなで少しずつ少しずつ、歩いていった。
 でも、本当にそれで十分だったのだろうか?私たちみんなの力を合わせてもまだ足りなかったら、どうしたらいいんだろう?もう、私たちは何もしてあげられないのに。
 私は、怖かった。私たちのやってきたことが全部無くなってしまうことが、堪らなく怖かった。
 そんな私の思いを汲み取ったのか、彼は更に続けた。
「俺もね、そうだったんだ。俺もある女の子に、幸せになってほしかった。笑っていてほしかった。でも俺一人の力では、それを叶えることができなかったんだ。それどころかその子の心に、深い傷を負わせてしまった」
 彼は、自虐的で、そして哀しそうな笑みを浮かべ、私を見つめていた。
「だけど、何年もたった後、俺の意志を受け継いでくれる男の子がいた。そして、その男の子は、俺から受け継いだものの更に先を描いた。そうして、俺と彼は、女の子を救うことが出来たんだ」
 その先。急にある映像が浮かび上がる。にわとりと、ひよこと、たまごの絵本。
 あ・・・・・・何で今まで気付かなかったのだろう。私の目の前にいる彼。理樹君にちょっと似ている彼。その彼が、私にも似ていることに、何故。
「あ、あ・・・・・・そうだ、あなたは私の・・・・・・・・・・・・・・・!!」
「小毬。立派になったね」
 おにいちゃんは、私の頭を優しく撫でた。柔らかで温かい手のひらの感触が気持ちよかった。本当に、気持ちよかった。

 私たちはしばらく、子供のときのように二人でおしゃべりをしていた。といっても、ほとんど私がしゃべっているばかりだったけれど。
 おにいちゃんが居なくなってからのこと。リトルバスターズに入ったこと。みんなに囲まれて過ごした、優しく楽しかった思い出。大好きなりんちゃんや、理樹君といっしょに過ごした時間。おにいちゃんは優しい微笑を浮かべたまま、私の話に聞き入っていた。
 私の話がひと段落付いたころ、そのときがやってきた。
「そろそろ行こうか」
「・・・うん」
 私はおにいちゃんに連れられて、校門の外に出た。屋上で見たときには真っ白で、何も無い空間のように見えていたのに、実際に出てみると、いつも通りの光景が広がっていた。左右に延びる道路。向かいの民家。学校前のバス停。何一つ欠けてはいなかった。
「さ、こっちだよ」
 おにいちゃんに手を握られたまま、私たちはバス停の前にたどり着く。おにいちゃんは道路を眺めながらバスが来るのを待っていた。しばらくの間、私も道路をぼんやり眺めていたが、ふと校舎を振り返った。
 校舎は崩壊が進んでいて、そこから吹雪のようにもうもうと白い欠片を散乱させていた。すでに外観はぼんやりとしている。その雪が深々と降り注ぎ、道路をうっすら白く染め上げていた。
 もうすぐ、全てが終わる。この世界といっしょに。
 本当に楽しかった。幸せだった。この世界が、ずっと続けば良かったんだけど、そんな訳にもいかない。ここは終わらせるための世界だから。
 このゆめが終われば、恭介さんは死んでしまう。謙吾君も、真人君も、クーちゃんも、ゆいちゃんも、はるちゃんも、みおちゃんもみんな死んでしまう。もちろん、私も。
 だけど、おにいちゃんが教えてくれた。
 私たちの行動や思いは決して無くなったりしない。たとえ、私たちだけでは二人を幸せに出来なかったとしても。少なくとも、私たちは私たちの思いを伝えることは出来たと思う。二人なら、きっと私たちの思いを受け継いでくれる。そして、いつか必ず、二人で幸せになってくれる。
 大丈夫だ。きっと、全部うまくいく。

 と、その時、反対車線にバスが停まった。ドアが開くが誰かが降りてくる気配は無い。
 バスを見たおにいちゃんは、顎に手をあて、何か考え込んでいた。しばらくして、おにいちゃんはバスに視線を向けたまま、バスに指差した。
「ごめん。間違えた。あのバスだった」
「ふえぇ!?」
 おにいちゃんは笑って私の手を掴むと、反対車線に渡り、停車中のバスに乗り込んだ。バスの中に私たち以外のお客さんは居なかった。運転手さんも休憩中なのか、席を外していた。
 私とおにいちゃんは、最後から二番目にある二人がけの席に座った。
 おにいちゃんが照れくさそうに話し始める。
「いやあ、迎えに来るのなんて初めてだったから、勘違いしちゃったよ」
「おにいちゃんも結構そそっかしかったんだね〜。ところで、あっちのバスに乗ると、どこに行っちゃうの?」
 おにいちゃんが、さっきまでいたバス停を指差した。私もバス停に目を向けた。
「あっちって、さっきのバス停?」
「うん」
「あっちに来るのが、俺たちの居るところに行くバス。で、こっちが逆方向に戻るバス。珍しいんだよ。戻りのバスがやって来るのは」
「え?」
 振り返ると、おにいちゃんは居なかった。気付いた途端、バスの扉が閉まる音がした。ゆっくりと、バスが動き出す。
 窓の外、バスの脇の歩道におにいちゃんが立っていた。私は窓を開けようとするが、はめ殺しになっていて開けられなかった。私は窓越しに叫んだ。
「おにいちゃん!おにいちゃん!」
「小毬・・・・・・」
 おにいちゃんの声が聞こえる。耳ではなく、頭の中に直接聞こえてくる。
「どうやら、小毬たちの思いはお友達に届いてたようだよ。でも、彼らはその思いを、自分たちだけのために使わなかった。皆の意志を引き継ぎ、更に先に進めることを選んだようだね。そして、皆の意志は、ひとつの真実に到達したんだ」
 おにいちゃんの姿はもう見えなかった。だけど、おにいちゃんの声はまだ聞こえていた。
「小毬。迎えに来るのは、次の機会にするよ。また、いつか会おうね」
「そんな・・・せっかく、会えたのに。おにいちゃん、おにいちゃん!!」
 おにいちゃんの声が聞こえなくなった。バスは私以外は誰も居ない。ただ真っ白い道を走り続けていた。回りも真っ白で何も見えなかった。
 やがて、目の前が眩しくなり、バス自体も姿を消し始めていた。
 全部が真っ白になった。

 目の前は、白い、薄汚れた天井だった。
 私はベッドから上半身を起こした。私の隣には誰かがいたはずだったのに、誰もいないし、誰なのかも分からなかった。それが少し、悲しかった。


[No.190] 2009/06/26(Fri) 03:11:50
それは黒くて無様な話 (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@8417byte

「中学一年の時…私は、貧乳だった」



 








 



 学校が無いナイスな日、つまりは日曜日に自称学校のアイドル、葉留佳君を招待した私は二分後にお茶を噴出された。うむ、予想通り。こんな事もあろうかと用意しておいたトレイを犠牲にして、葉留佳君の唾液たっぷりのエロティカルな液体をガードした。うう…トレイ、君の犠牲は忘れない、だから安らかに眠れー!なんて一人芝居している葉留佳君は放っておいて、とりあえずお茶のおかわりを淹れてやった。葉留佳君はずずーっと一息で飲み干して、私に尋ねてきた。
「姉御はひんぬーだったの?」
「うむ。まあ中学三年にはもう平らでは無くなっていたがな」
「わー遠回しな自慢来ましたヨ奥様方!ちくしょー!」
 テーブルをガタガタ揺らして抗議らしものをしてくる葉留佳君の足の裏をくすぐって黙らせた所で、ちょっと昔の話をしてみようと思う。まあなんだ、ぶっちゃけ特に面白い話でもない。そう呟くと葉留佳君はえー、だのもっと面白い話がいいー例えば姉御の恋バナとか!だの言ってきた。なので、今から話すのは一種の恋バナだとか適当に言ったらものすごい勢いで迫ってきた。というか頭と頭がぶつかりそうだった。キスしそうだった。それだけは遠慮したい。
「本当に恋バナなの?!」
「…ああ、おそらくな」
「おそらくかー…まあいっか、教えて話してぷりーず」
 テーブルに突っ伏してやる気なさそうに催促してきたので今度は脇をくすぐってみた。凄い勢いで転げまわってベッドの足の角に頭をぶつけた。まあ、自業自得だろう。そうに違いない。
 一応催促されたので、話しはじめる事にした。





 


 中学一年の時、私は貧乳だった。今でこそ男子たちの自家発電の糧となるほどの身体だが。昔は鈴君や、笹瀬川女史と同じぐらい平らだった。まるで水平線のように滑らかでぺったんこだった。その頃はまあ誰にも興味がなく、ただただ本を読んで過ごしていた。もしかしたらあの頃、あの子がカッコイイとかあの先輩って実はみたいな会話が交わされていたかも知れんが。いつも本ばかり読んでいた私に声をかける輩も居なかったし、別にどうでも良いと考えていた。これからの人生もずっとそうやって生きていくものだと思っていたし、何より一人が好きだったんだ。だから回りが色恋沙汰やスタイルの話で盛り上がっている中には加わらなかった。特にスタイルに興味は無かったな。
 けれど、そんな私にもちょっとした転機が訪れたんだ。


 紅茶を音を立てて飲み干した葉留佳君の足を蹴る。もっと上品に飲めんのか君は。わざとらしく顔をゆがめて視線を向けてきたが、無視して上品に紅茶を飲む。うむ、美味い。ソーサーにカップを戻した瞬間に、葉留佳君が思い出したように呟いた。
「転機?」
「ああ。私にとっては凄い出来事だったんだぞ」
 へえーほえーなんて感心したように声を上げる。悪い気はしないが、他人からしたら特に面白くないと思うぞ、なんて言ったらどんな反応をしてくれるだろうか。興味はあるが、今横道に逸れるのは遠慮したい。なので続きを話すことにした。



 その転機とやらが訪れたのは、中学一年の夏ごろだった。水泳の授業が行われる時期で、周りの女子はきゃーきゃー言っていた。私といえばまあこの暑い中水浴びが出来るのだから喜ばしいような、面倒だから別にやらなくても良いんじゃないかだからうっとうしいような。そんな二律背反な気持ちを抱えていた。ちなみに友達なんぞ一人も居なかったぞ。だから決別したその気持ちは私の中のみで暴れていたんだ。
 もやもやしつつ、プールの時間を迎えた。男子学生が好きな装備ベスト3に入るとか入らないとか噂されているスクール水着に身を包んで、だ。ちなみにわかっているかも知れないが、その時は可愛い子を見つけても特に何も思わなかったぞ。
 プールサイドに集まって、狭い場所でやっても意味がなさそうな体操をしているときにふと気がついた。
 ほぼ男子全員がこっちの体操を真剣に見ていたんだ。それも見ている事を隠そうともしないでずっと。けれど、生徒には視線が向けられていない事に気がついて視線を辿って見た。するとそこには。
 
 

 まだ学校に来て間もない女性教師が水着姿で体操していたんだ。その教師はまあその頃の私目で見ても凄く、綺麗だったんだ。男子が凝視するのも仕方ないと思わせるほどに。スタイルも良くて、胸も大きくて。まあ今では私のほうが大きいだろうがな。けれど、中学生から見たらもう異次元のような造形美で。思わずくらくらしたのを覚えているよ。
 その時ふと思った。もしかして、スタイルが良いと人気が出るのか、なんて。思ってからすぐ、馬鹿馬鹿しくなって頭から冷たいシャワーを浴びた。馬鹿げた考えも一緒に流れてしまえと思いつつ。けれど、結局体育の時間中ずっと考えた。去年までランドセルを背負っていた子供が無い知恵振り絞って考えた。
 一人で居るのは今更辛くない。けれど、一人くらい話相手が居ても良いじゃないか。そのためにはスタイルが良くなれば良いのかも知れない。ほら見ろ、今も先生に女子が集ってきゃあきゃあ騒いでいるじゃないか。あんな風にはなりたくないのか。なりたくないと言えば嘘だ。けれどあんな風に騒ぐのは苦手なんだ。だったらどうすれば良い。やっぱりスタイルがよければ良いんじゃないか。そうに違いない。そうか、それで良いのか。よし、じゃあ今日から頑張ろう。大きく頷く代わりに力強く、腕を回した。水が高く、光を反射しつつ、跳ねた。
 
 それからの日々は特筆すべき価値も無い、ただの馬鹿馬鹿しくて子供っぽい経過だ。身体によさそうな物ばかり食べて、背が伸びるようにカルシウムを取ったり、髪を伸ばし始めた。
 その結果、中学三年の頃には今の身体に近いスタイルなった。
 けれど、周囲は何も変わらなかった。私の変化に目を丸くするだけで、ただそれだけだった。話しかけてくる者等、一人も居なかった。変わったのは私だけで、周りは何も変わっていなかった。
 そして、その頃には水着教師は中学校から去っていた。





 
 ふむ、沢山話したら喉が渇いてしまった。私は紅茶を一気に、けれど優雅に飲みきった。カップを戻し聞き手に視線を向けると、まるで幽霊を見ちまったぜこりゃ呪われたなやべーよおいみたいな顔をしていた。何故か腹が立った。後ろに回りこんでうなじを舐めてみた。
「うひゃあああああっ!?」
 すると、まるで蛙のように飛び跳ねた。見ていて滑稽だったのでとりあえず笑っておいた。一通り笑い終えたら葉留佳君がこちらを見て何か言いたそうにしているのに気がついたが無視する事にした。今度は私が聞き手になる番だろうと自己完結。それに葉留佳君のことだ、私が促さなくても我慢できなくなってすぐ話し出すだろう。
「ねー姉御ー」
「なんだね葉留佳君」
「その話ってさーマジ?」
「マジだが」
「ほえーはえーうひゃー」
 まあ何を言いたいかはわかる。私らしくない、と言いたいんだろうな。私だってそう思うさ。しかもこれは私の忌まわしい過去の話なのに、何故こんなことを葉留佳君に話す気になったんだろうか。意味がわからない。誰か説明してくれ。
 半分以上訳を考えるのが面倒臭くなったが少しだけなら、と目を瞑った。
「あれ? おーい姉御ー? おねむっスかー?」
 すると葉留佳君が良い感じに勘違いしてくれたのでこのままで居ようと思い、後ろにあった椅子に体重を預けた。
 せっかくの機会だ。薄目を開けて葉留佳君を観察してみることにする。ずるずるずはーっと緑茶を一気飲みした。テーブルに湯のみを置いてそのままぐだーっとした。何故だかとても可愛かった。葉留佳君がうーん、と伸びをした。それによって強調される胸。ぐっときた。余談かも知れないが、最近変に葉留佳君が魅力的に見える。くそ、何でよりによって葉留佳君なんだ…!
 もやもやした気持ちで居ると、見られていることに気がついていない葉留佳君がぼそっと呟いた。
「今日は良い日だなー姉御の昔話も聞けたしお茶は美味しいし」
 もうおねーさん我慢の限界が近いよ。よし決めたぞ葉留佳君、今日は君を帰さない。同じベッドで寝て一緒に朝を迎えて手を繋いで登校しよう。そして途中で嫉妬と心配が混ざり合ったような表情の君の姉と出会う。そしてその可愛さからそのまま拉致って保健室にでも行こう。狭いベッドに三人で禁断のめくるめく甘い世界へと飛び立とうじゃないか。



 
 そんなことを考えていたらいきなり葉留佳君から忍び笑いが聞こえてきた。なんなんだ君は。正直気味悪いぞ。仕方なく何故笑っているのかを聞きだすことにした。
「なあ葉留佳君」
「あ、姉御おはよーはよー」
「こんにちわ、の時間なのは無視してやろう。で、何故そんなに笑っているんだ? 特に面白い話でもなかっただろう?」
「うーん、まあ確かに聞いててちょっぴり心が痛むお話だったし」
「だったら何故」
 うーんうーんなんて口に出しつつ首を傾げていた葉留佳君だったがやがて何か思いついたらしく、明るく微笑んだ。何故か悔しくなる程可愛かった。
 私に指をびしっ!と効果音付で突きつけた葉留佳君が笑顔でこう言った。
「多分、姉御が可愛かったから!」
 可愛い、か。封印指定度限界値突破の思い出話を語ってやって、その感想が可愛い、か。何故だろう、凄く、腹が立ってきた。思わず葉留佳君を抱きしめてしまった。一瞬力士のように鯖折りでもして、また入院させてやろうかと思ったが流石に可哀想だからやめてやった。うむ、感謝すると良い。
「だからおねーさんに咽び泣きながら感謝の意を原稿用紙三十枚分程言ってくれても構わんぞ」
「いや、いきなり抱きつかれた上にそんな事するのはちょっと…げほ」
「どうした葉留佳君、いきなり真面目な発言をして」
「いやーおしとやかなはるちんも可愛いかなーなんて思っちゃったりしてー!」
「キモいぞ」
「ばっさりだー!?」
 ついでに気がついた。多分、話そうと思った理由なんて無かったんだって事に。多分、私は誰かにこの話しを聞いてもらって笑って欲しかったんだろう。それだけだったのにこの子は可愛いなんて言ってくれやがった。なんて滑稽なんだろう。
 とりあえず、もう一回抱きしめてみた。あったかくて、なんだか気持ちよくて、悔しかった。
 


[No.191] 2009/06/26(Fri) 19:21:50
希薄な永遠の中で僕は (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@17610byte

 夏休みがあのような形で終わってしまったため、その分を取り戻すということでリトルバスターズのメンバー五人は恭介と鈴のおじいちゃんの家へ遊びに来ていた。
 発案者は鈴だった。
「じーちゃんちに行きたい。暑いし暑いし暑いから涼しいところへ行きたい」
 恭介は無論断固拒否したのだが、他のメンバーが譲ってくれなかったのだ。
「そういえばあれ以来一回も行ってなかったね」
「ふむ、まぁ少しぐらいは練習をサボったとしても罰はあたらんだろう」
「ついにこの筋肉が第4形態に進化する時が来たか・・・」
「いや、そもそも言ってる意味が分からないから。」
 思い思いに適当なことを口走っている。真人は筋肉を第4形態に進化させるためだろうか、スクワットと腹筋(腹ワットとでも呼んだ方がいいのだろうか)を同時にやっている。
 おじいちゃんの家に行ったのはみんなが本当に子供のころが最後だ。不慮の事故とかで亡くなってなければいいのだが。だが、あの恭介を赤子の手をひねるようにしてしまう人だ。そうそう簡単に天国からお迎えは来そうにない。
 恭介は苦虫を踏みつぶしたような、そんな顔をして黙っていた。数瞬、間を開けてから口を開いた。
「一つだけ条件がある」
「何?」
「ただ涼みに行くだけじゃ面白くない。それなら近くのコンビニにでも一日中居座っていればいいだけの話だ」
「それで?なんだよ恭介」 
 恭介はぱーっと目を輝かせながら言った。
「向こうでサバイバルなゲームをしようぜ」
 いきなり何を言い出すのか。まぁ恭介のことだ、とにかく面白いことをしてくれるだろう。みんなが恭介を凝視する。
「それでなにをやるんだ、バカ兄貴」 
 目を閉じてつぶやいた。
「秘密」
「何だよ、教えてくれたっていいじゃないかよう」
 真人は腹ワットをやめて片手腕立て伏せと背筋(エビ反りで空中片手腕立て伏せ)を同時にやっている。そろそろ第3.5形態ぐらいに進化した頃だろうか。
「だめ。やることを最初から教えちまったら面白くないだろ。それに」
 しらっとした顔で言った。
「俺もまだ何をやるか決めてないんだ」
 だが恭介の顔を見て、何か面白いことはしてくれるんだろうなという確信はみんな湧いたようだ。
「別にいいだろう。正直、向こうに行って何をしようか考えあぐねていたところだ」
「それなら筋肉さんゲームしようぜ」
 そう言って真人は机の上に立ってダンス(と呼んでいいのだろうか)をし始めた。なんていうか痙攣してるようにしか見えない。
「筋肉さん筋肉さん、世界で一番筋肉さんなのはだーれ!?」
「ドルジ。というか筋肉さんに自分が筋肉さんか聞くなんてばかか」
 鈴が答えた。真人はドルジに負けた(と思いこんだ)ショックで真っ白になった(ように見えた)。ここまで感情の起伏が激しいと苦労するだろう。
「それでその景品として」
 目を開いて言った。
「優勝者は誰かに一回だけ命令することができる」
 なんだか王様ゲームみたいだなと思った。正直な話、嫌いではない。
「そんなん嫌じゃ!」
 鈴は顔を真っ赤にしながら抵抗している。何かあったのだろうか。
「異論はないな?」
「話を聞けー!」
 鈴は近くにいる真人のみぞおちに正拳突きした。八つ当たりか。筋肉さんゲームとこれのダブルダメージで完全にやる気を失った。これで第1形態に戻っただろう。
「それは恭介だけ有利ではないか?先にルールを知っているのだから勝率は高い」
 謙吾が怪訝な顔で恭介を見ている。当然だ、主催者は普通ゲーム自体には出ない。
「それもちゃんと考えるさ。俺だけ有利だったらゲームの意味がない」
 かといってまさかポーカーのような運頼みのゲームにするのだろうか。だがそれこそゲームの意味がない。ゲームは実力で勝ってこそゲームだ。
 恭介はそんな僕の心を読み取ったのか、言葉を付け加える。
「トランプとか運任せのゲームにはしない。向こうに行ってできることをやる」
「それなら安心だね」
「ああ。俺の筋肉を3.24%活かせる」
「円周率は3.14だ。というよりお前はミジンコ以下か」
 真人の筋肉が例え3.24%しか働かなったとしても僕は勝てる自信がない。真人の筋肉に終わりは有るのか。
「ありがとよ」
「真人、バカ丸出しだから少し静かにしてて」
「ふしゃー!!」


************


 天気は快晴、視界良好。リトルバスターズのメンバーは恭介が借りた車でおじいちゃんの家まで行った。
 だがそれは周りから見たら異様な光景だった。とにかく中がすし詰め状態なのだ。
 車はそれほど小さくない、むしろ7人乗っても余りあるくらいのワゴン車だった。原因は恭介の持ってきた道具にあった。
「これ今日使うから置いとくな」
 その量が半端ではなかった。人1人分の袋が2つ、人半人位の袋が5つ、そしてそれより小さい小道具袋が5つ、といった感じだ。一体何が入っているのだろうか。クリスマスの季節にはまだ早い気がする。
「こんなに荷物持って何する気さ」
「まぁ向こうに着いたらわかるって。きっとみんなわくわくするぜ」
 恭介が子供のような笑顔で言うから、仕方なく僕は引き下がった。
 そういう他愛もない世間話をしながら車は進んでいった。だが、いくらなんでも真夏の炎天下の中を行くには狭すぎた。鈴が「おなかがすいたらくさとかきとか根こそぎたべちゃいそうだから置いてけない」と言って連れてきたドルジも含めて、すでに車内は飽和していた。
 むさくるしさと息苦しさに耐えかねた鈴は謙吾と真人に
「・・・・・・お前ら走れ」
 と何かがきてるような眼で言った。仕方なく謙吾はワゴンの上に、乗るスペースが完全になくなった真人は「俺の筋肉はポーカーフェイスだーー!」とかなんとか言って車の横を走った。
 助手席に僕、第一後部座席にドルジと道具袋、第二後部座席に鈴と道具袋がぎっしり詰まっている。車がひしゃげるんじゃないかと思ったが、案外大丈夫だった。途中、謙吾と真人がいなくなったが気にしないことにした。
 道路を走ること数時間、おじいちゃんの家が見えてきた。まさに日本の田園風景という最中にその家は建っていた。田んぼを耕運機で掘り返してる人があちこちに見える。
 おじいちゃんの家に着いた。築何十年なのだろうか。前に来た時と変わることなく僕たちを受け入れてくれた。ついつい周りの風景をぼーっと見ていた。
 季節は真夏。ぎらぎらと北半球を照り付ける太陽。夏の風物詩『セミ』がミーンミーンと鳴く音が聞こえる。後ろからはようやく追いついた謙吾と真人の唸り声が。
「てめえら・・・ぜぇ・・・気付けよ・・・。てか車の速度に・・・人間が追いつけるかってんだ・・・。試練か!?これは俺の筋肉を試すための試練なのか!?」
「これは・・・涼みに来た・・・というよりは・・・はぁ・・・修行に来たと言った方が・・・正しいかも・・・しれんな」
 風景に見とれていて気付かなかった。獣のような顔をした真人と謙吾が立っていた。
 二人とも汗が蒸発している。すぐに風呂に入った方が衛生的にもビジュアル的にもいいような気がした。
 家に入ると誰もいなかった。鈴の話だと、おじいちゃんは現役を退いた今でも仕事に駆り出されてるらしい。だから気にすることはないということだった。
 謙吾と真人は走りつかれたせいか一言だけ「寝る」と言って畳に突っ伏した。僕と恭介と鈴は夜ご飯を作ったりまくら投げをしたりで忙しかった。まくら投げの途中、謙吾と真人が起きてきて参戦した。何というか、あきれるぐらいの体力だった。
 おじいちゃんがいなかったこともあってか、深夜までまくら投げをずっとやっていた。

 

************




 次の日はまくら投げから来る疲れのせいか、恭介以外のメンバーは昼まで寝ていた。唯一、恭介だけが元気百倍だった。
「恭介おはよう。起きるの早いね」
 恭介は余裕しゃくしゃくといった感じだ。そのパワーはどこから来ているのか知りたい。やはり宇宙からなのだろうか。
「もうこんにちはだ。」
 恭介はそんなに几帳面だっただろうか。猫に名前を付けること以外で几帳面な恭介を見たことがない気がする。 
「よく恭介はそんなに元気でいられるね」
「時間は有効に使いたいからな」
 そう言う恭介の服は土で汚れていた。有効に使った時間の代償か、少し額に汗を浮かべている。タオルでぬぐった。
「飯の準備は済ませてある」
 茶の間の机の上を見ると、食卓にはザ・和食と言えるべきものが並んでいた。ご飯と味噌汁とサラダと焼き魚。バランスも取れている。恭介にできないことって本当になんなんだろうと思った瞬間だった。しかし本当に完成度が高い。これが時間を有効に使った結果なら感謝したいぐらいだった。
「俺の筋肉が飯を前にして高ぶってるぜ!!」
「バカ兄貴がりょーり・・・なんか腹たつ」
「どれどれ・・・これは・・・悪くない」
 とにかくみんなに褒めちぎられた。だが恭介はそんな賞賛はどうでもよかったらしい。それよりも意識はその後の事に向いていたのだろう。今思うと目がきらきらしてた気がする。

 ご飯を食べて一服した後で恭介はみんなを茶の間に呼び出した。メインイベントの到来らしい。みんなが茶の間の机を中心に輪の形に並ぶ。中央には邪魔だったあの袋一式が。
「前言ってたゲームの事なんだが」
と言って人一人分の大きさの袋からある物をとりだした。それは・・・拳銃とライフル。
「銃撃戦をすることにした」
 言った瞬間、みんなの目が点になった。特に謙吾の顔がモアイみたいになってて一番おもしろかったと後に恭介は語った。みんなが考えてることを察したようで付け加える。
「もちろん実弾を使うわけじゃないぞ。この着色弾を使う。犯人捕まえるときとかによく使うだろ」
 小道具袋から大きいスーパーボール大の玉を取り出した。どうやらこれが着色弾らしい。もしこれで撃たれたら・・・想像しただけで鳥肌が立つ。痛いというレベルじゃないだろう、確実にあざになる。
「それはそうだけどさ・・・それでも痛いと思う」
「安心しろ、抜かりはない」
 恭介はそんなところにも気を配らせているらしい。そう言って人半人ぐらいの袋から防弾ジャケットらしいものをとりだした。
「こいつを装着してもらう。これに弾を当てた方が勝ちだ」
 ジャケットには『リトルバスターズ』というロゴが刺繍されていた。こんなものどこで仕入れたのか、市販しているようには思えない。むしろこんなものが流通していたら火星人もびっくりだろう。
「ま、俺はこんなものなくてもこの筋肉があれば大丈夫だけどな」
 ムンと筋肉を見せびらかして真人が言う。確かにムキムキだ。・・・痛いかどうかは別として。
「ならお前だけ着なければよかろう。ちなみに俺は着させてもらう」
「ノォォォォォォ!!」
 とりあえずうるさかった。鈴がおとなしくさせた。

「一人ずつこの着色弾が入った袋を持ってもらう」
 そう言って小道具袋をみんなに渡す。着色弾の弾数はわずか20発。あの大きさから考えれば当然だ。
「ちなみに景品だが」
 恭介がにやりと笑った。こういう時の恭介は本当に楽しそうだ。
「俺は鈴に『お兄ちゃん』と一日ずっと呼ばせる」
 言われて鈴が恭介をにらんだ。猫目で。
 確か前に呼ばれたいというようなことを宣言していたが、あれは本当だったのかと今さらながら思った。棗兄の執念恐るべし。
 鈴は噴火3秒前と言ったところだ。いつもならとっくに「はずかしいんじゃ、ぼけーー!」とか言って真人を殴ったり蹴ったりしているはずだ。違和感を覚えた。そこに恭介は含みを持たせた言い方で付け加える。
「勝てばいいだけじゃないか。そうだろ、鈴?」
「ーーーーーッつ!」
 何が感極まったのか知らないが、そのままどすどすと外の方へ出て行ってしまった。外には確かドルジが日向ぼっこしていたはずだ。さらばドルジ。お前の勇志は忘れないよ…。
「理樹はどうだ?」
 話題をこっちに振ってきた。真面目に叶えてほしいことはいっぱいあるが、それを言ったら明後日ぐらいから変態呼ばわりされるかもしれない。口をつぐんだ。
「僕?うーん、特にしてほしいことはないかな」
 正直、鈴に『お兄ちゃん』と呼ばれることに羨望感を抱いてしまった自分が恨めしい。
 真人は「筋肉に嫌われませんように」。謙吾は特にないらしい。鈴は恐らくあの態度から何かを隠し持っているのだろう。つまりこれは実際のところ、棗兄弟の私利私欲の私利私欲による私利私欲のためのゲームだと言っても過言ではないだろう。

 準備は着々と進められていった。
 場所は近くの山。サバイバル形式にするらしい。それなら迷彩服とかにすればよかったのに。
 じゃんけんの結果、僕と恭介と謙吾が拳銃、真人と鈴がライフルになった。それと着色弾の袋を一つずつ持つ。これだけでかなりの重装備だ。拳銃がずっしりとくる。
 それに加えて防弾ジャケットを着なければならない。鈴は防弾ジャケットを着る前にすでにライフルの重さに振り回されていた。
「俺が弾を打ったらゲームスタートだ、それまでシンキングタイムな。この予備弾一発もらってくぜ」
 そう言い残し恭介はその場を後にした。みんなも示し合わせたかのように散り散りになる。僕もみんなとは背を向けて歩き出した。
 サバイバルの時間が始まる・・・。

 〜シンキングタイム〜

 みんなとかなり距離とりしゃがみ込んで僕は今後の方針について考えた。
 一番狙われやすいのは図体がでかい真人か謙吾だろう。体が小さい僕や鈴は容易には見つけられない。まぁ、鈴はライフルが目立ってしまうかもしれないが。
 弾数がたった20発しかないので乱用は避けたい。確実に相手の隙を突かなければ。それに長期戦は好ましくない。なにしろこの暑さだ、いつ参ってしまうかわからない。体力がない僕や鈴にはこの状況ですらキツい。
 少しでも優位に立つにはいいポジションを掴んでおかなければならない、そう思って僕は木の上に移動した。木の葉と先入観によって上手い具合に僕の体を隠してくれるだろう。
 その瞬間、ぱんっと乾いた音がした。

 〜ゲームスタート〜

 木の上に立っていると戦況の把握がしやすい。鷹とかはさぞかし気持ちがいいだろう。数分とかからずに真人と鈴を見つけた。草むらに身を潜めてじっと気配を窺っている。
 数分が経過した。真人と鈴は辺りをきょろきょろと窺っている。僕も謙吾と恭介を探したが見つからない。場所が離れているのだろうか。
 さらに数分経過した。とにかく暑い。鈴はシャツをばたばたしている。防弾ジャケットのおかげで暑さ三倍だ。真人は耐えきれなかったのだろう、防弾ジャケットごと上着を脱いだ。
 もう限界だ、と真人は思ったらしい。草むらからものすごい勢いで出てきた(上半身だけ見ればまさになんとか民族だ)。
 その瞬間、
「どわあぁぁぁぁぁぁ!!」
 真人が地面に沈んだ。いや何かにはまったのか、じたばたしている。下半身だけ上手い具合に埋まった。
「よし、かかった」
 どこからか恭介の声が聞こえる。声の大きさからしてそこまで離れていないようだ。
 しばらく真人はじたばたしていたが、何かを悟ったのかおとなしくなった。
「なんだこれ・・・抜けねぇ・・・」
 すべてが終わったような顔でそう言った。真っ白になるとはまさにこのことだろう。
「俺特注の落とし穴だ。鈴や理樹なら抜けられたかもしれないが、お前じゃまず無理だ」
「のわぁぁぁぁぁぁぁ!!」 
 絶望したのかがっくりとうなだれる真人。そこに容赦ない無慈悲の魔弾が。
「はい、アウト」
 真人の防弾ジャケット(もとい筋肉)が紅色に染まる。はたからみたら血を流しているようにも見える。
 最弱のレッテルをはられたせいか、それとも痛みからか、真人はがっくりうなだれたまま気絶してしまった。
 しかしこう見ると非常にかわいそうだ。裸である上半身しか出ていない。
「あと3人」
 そう恭介は言った。
 だが恭介は自分で墓穴を掘った。真人をアウトにするとともに自分の位置を教えてしまった。声と着色弾の尾の引き方から見て位置は僕の右斜め前・・・木の上。
 僕と同じことに気付いたのか、近くに鈴が走ってくる。狩られる側であることも知らないで。
 今度は鈴の防弾ジャケットが紅色に染まる。鈴が下で「ちくしょーーー!」と言っているのが聞こえる。
「あと2人」
 僕は恭介の声がする方向を見た。いまにも。が合った。なんだこの威圧感は。
「なんだ、理樹も木の上にいたのか」
 もうこれは虎に睨まれた蟻も同然だった。足が妙にすくんだ。
 負けは決定したと同意だ。あの恭介から逃げられるわけがない。いままで恭介に勝ったことがあっただろうか、僕に。
 ・・・だが腐っても僕は男だ。男に生まれたからには立ち向かわないわけにはいかない。
「ここであったが百年目・・・覚悟!」
 僕は捨て台詞を吐いて恭介に向って行った。勝算はない、ただの意地だ。なりふりかまっていられない。
「かかってこいよ、理樹」
 恭介が挑発する。構えるそぶりすら見せない。僕にはこれで十分ということか。
 舐めるな。
 木を上を飛躍する。猪突猛進とはまさにこのことだ。もう恭介しか見えていない。あと数歩で恭介の射程距離に入る。3.2.1・・・
 というところで
「へっ!?」
 木を踏み外した。いや、踏み外したのではない、足元の木枝が折れていた。あからさまに鋸の切れ目が見える。はめられた。
 恭介はしてやったという顔で僕の方を見ている。悔しい。やっぱり負けた。僕は、地面へまっさかさまに落ちる。
 もうすぐで地面にゴールというところで
「理樹!」 
 あと少しで地面というところで謙吾が飛び出してきて抱えてくれた。このやりとりを見ていたのか。
 だが、追撃。
 恭介が空中を浮遊している。いや、ロープだ。左手にロープ、右手に拳銃を持っている。デスぺラードだ。なんて無茶苦茶な。
「ゲームセットだ」
 終焉を告げる銃声が二つ、木霊した。


 〜ゲームセット〜


 結局、ゲームは恭介の勝ちだった。最後に僕をカモにして謙吾を釣ったところが恭介らしい。
 ゲームが終わった後、まず真っ先に真人を救出した。こうやって見ると、死闘の末に負けたボクサーみたいだ。

「さぁ、景品」
 恭介はこのために全力を出していたらしい。確かにあの気迫は尋常じゃなかった。
 鈴は顔を真っ赤にさせている。今まで『お兄ちゃん』なんて呼んだことなかったのだ、当然だ。
「お、お、お、」
 まぁ無理なものは無理なのだが。
「オリバーソース」
 鈴はそう言ってどこかに走り去った。あれは別れの時に使う言葉だったのか、知らなかった。
 恭介は「くっ、やはりお兄ちゃんと呼ばせるのは神北にさせるべきか!」と危ない言葉を発している。そんなことをさせたら犯罪だ。まず真っ先に僕が警察に電話をかける。
 真人はさっきからずっと筋肉に謝っている。どうやら筋肉はご立腹らしい。ストを起こされたのか、さっきから真人が小さく見える。願いは叶わなかったみたいだ。
 謙吾は黙々と帰り支度をしている。なんだかんだ言って一番大人なのは謙吾なんだね。涙が出てきた。


************


「そう言えばあの罠っていつの間に作ったのさ」
 帰りの道中で何気なく恭介に聞いてみた。どう考えても時間的にあんなに広範囲に罠を仕掛けるのは無理だ。
 恭介は少し考えたあと、こう言った。
「俺は時間を操れる魔術師なんだ」
 あきれた。
「あーそうですかすごいですねー」
 生返事で返した。恭介が少しむっとしている。
「信じてないのか?」
「そりゃ、まぁ」
「最近の漫画じゃありがちな話だぞ?」
 漫画と現実を一緒にされちゃ困ります。というかもしかしたら今回の銃撃戦も漫画から影響されたのかもしれない。
 僕は恭介を困らせてやろうと意地悪なことを言った。
「じゃあ今時間を操って見せてよ」
 それなら、と恭介は考える素振りも見せずに言った。まさか本当に・・・?
「俺はこの二日間の時間を操った。操ってみんなが楽しく過ごせる時間にした。違うか?」
「・・・・・・」
 僕は何も言い返せなかった。口車に乗せられただけかもしれない。けど、恭介がそういう風に思っていてくれたことが嬉しかった。
 僕たちのこの時間は無限ではない。いつか終わりが来てしまうのはごく当たり前の話だ。この関係にもじきに終わりが来るだろう。そう、例えば来年から恭介が就職して遠くへ行ってしまうように。
 だからこの時間を大切にしよう、そう決めたあの日から楽しくない時間なんてなかった。二日どころの話じゃない。恭介はあの凍りついた時間から僕の、いや、みんなの時間を操っていたのだ。
 他のメンバーは車の中で寝ている。銃撃戦で使った道具などはおじいちゃんの家に置いてきた(もとい捨ててきた)。鈴はドルジのお腹をまくら代わりにして寝ている。真人と謙吾は複雑に絡み合いながら寝ている。起きた時に大変なことになるだろう。
 微笑ましい光景だ。こんな平凡でささやかな光景がいつか見れなくなるなんて思いもよらない。むしろ一生続きそうな気がする。神様はいたずら好きだな。こんな幸せそうな関係を壊そうとするだなんて。
 
 
 時は止まらない。僕たちが生きている限り。逆らうことは許されない。

 
 恭介は無邪気に笑いながら言った。
「また面白いことしような」
 当然だ。恭介のおかげで今日の僕があるのだから。
「次に何をやるのかすごい楽しみだよ」

 
 時は止まらない。僕たちが生きている限り。だが、流れに沿って道を選択する権利をみんな持っている。今日のこの日のように。


[No.192] 2009/06/26(Fri) 20:57:32
コーヒーブレイク (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@13641 byte

 カチカチカチカチ

 寮長室に設置された時計が軽快にリズムを刻む。
 その音をBGMにしながら紙にペンを走らす。
 すでにいくつも記載やチェックを終わった資料が机の上に山となっているが、それ以上に未処理のものはまだまだうず高く積もっているのが現状だ。
 ホント、私の代で仕事を終わらせられるのか疑問だ。
「はぁー、次の代の人に任せちゃうのも悪いけどこれはやる気が萎えちゃうわね……」
 愚痴ってもしょうがないと思いつつ、私はペンを走らせ判子を捺し続ける。

「よぉ、なんか大変そうだな」
 不意に明るい声が響いた。
 確かめなくても分かる。聞き慣れたこの声は彼に決まってる。
「ええ、忙しいのよ。だから邪魔しないでね、棗くん」
 作業を中断するのもなんなので、私は顔を上げないまま応えた。
「おいおい、邪険にすんなよ」
 私の素っ気無い態度に苦笑を浮かべつつ、隣の席の椅子を引いた。
 ……居座る気かしらこいつは。
「何か用、棗くん」
 あくまで顔を上げないまま尋ねる。
 意地悪しているわけじゃ決してない。本当に忙しいのだ。
「んー、用って言うかさ」
「なに?」
「お前の顔を見たくなっただけだ」
「ぶっ!」
 思わず噴出して顔を上げてしまった。
 い、いきなり何を言い出すかなこいつは。
「ククククッ……」
 非難の色を込めた視線で睨みつけると、彼は楽しそうに笑みを浮かべていた。
 ……まさか。
「棗く〜ん」
 ぐいっと彼に顔を近づけ、改めて睨みつける。
 すると彼は降参とばかりに両手を上げた。
「悪い悪い。あんまりにもつれなかったもんだから、つい」
「ついであんなこと言わないでよ」
 こうも軟派な性格だったとは。
 これは彼に対する認識を大きく変える必要がありそうね。
「まぁまぁ。全くの嘘ってわけじゃないんだぜ」
「どういうことよ」
 気になって身体ごと彼に向き直り尋ねる。
 これでまた巫山戯たこと言ったら叩こうかしら。
「ああ、簡単なことさ。ここが一番落ち着くからな。就活で疲れた身を癒すには適当な場所なんだ」
 言いながらどこかから漫画を取り出す。
 おいおい、またそれ。
「呆れた。ここは寮長室よ。憩いの場でもなんでもないんだから。……ってことで没収」
「あ、おい」
 漫画を取り上げ机の上に載せる。人が話してるのにその態度はないだろう。
 たく、どうせ人の出入りが少ない場所だから好都合ってことなんでしょうね。
「いいじゃねえか。誰の邪魔をしてるわけでもないし」
「私の仕事の邪魔をしてるのよ。それにまだ就活終わってないの?」
 もう6月も半ばを過ぎている。
 聞くところによると一日に何十社も回ったこともあるそうだ。
 となればそろそろ一社くらい採用通知が来てないと逆に拙いんじゃないだろうか。
「う、うっせーな。そういうお前はどうなんだよ」
「うっ。じゅ、順調よ」
 まあかくいう私も棗くんと同じく就活戦士なのよね。
 でもこの前面接に行った会社はなかなかいい感触だったし、最終面接に行けるんじゃないかなぁって思ってるんだけど。
「ふっ、俺のように気合入れて就職活動しないと浪人になっちまうぞ」
「棗くんがしてるのは就職活動じゃなくてなにかの修行のような気がするけど……」
 私は心底呆れたように呟く。
 歩きで東京まで行くとかありえないし。その労力を面接の場で発揮していたらきっともう受かってたりするんじゃないだろうか。
「ふん、会社に受かるだけが就活じゃないさ。そこでの出会いも貴重なものなんだよ」
「まあね。なんでそんな職種の人とって疑問に思う人と毎回知り合って技能や物を仕入れてるのよね、あなたって。……寮長として言っておくけどそれで騒ぎあんま起こさないでよ」
 才能の無駄遣いというのは彼の為にある言葉じゃないかしら。
 その余りある才能であらゆる技能を吸収して遊びに転化してるんじゃないかとは某風紀委員長の談。
 普通に勉強してればきっと成績上位者になって就活も楽になってただろうに本当に勿体無い。
「まあほどほどにするさ」
「はぁ〜、就活終わるまで真面目に出来ないの?」
「ふん、時間はまだまだあるんだ。のんびり腰を据えてやるさ」
 危機感ないわねぇ〜。
「そんなこと言って、光陰矢のごとしよ。2学期の終わり頃になっても就活とかやめてよね」
「お前もな」
 私たちはしばらく見つめ合うと、お互い小さく鼻を鳴らしそれぞれ机に向き直った。
「さて仕事仕事っと」
 これ以上話をしてると今日の分の仕事が終わりそうにない。
 まだまだやるべきことはたくさんあるのだ。
「……さて俺も再開すっか」
 棗くんも真面目な顔に戻り机の上に放っておいた漫画を拾い上げ読み始めた。
「って、何してんのよ」
「ん?別に邪魔はしてないぞ」
「そうじゃなくて、なに漫画読んでるのかしら。さっさと出て行きなさい」
「いいじゃないか。偶の就活休みなんだ、ゆっくりさせてくれ」
 就活休みって初めて聞く言葉ね。……ってそうじゃなくて。
「気が散るのよ。自分の部屋行って読みなさい」
 私は扉に向けて指を差した。
「まあまあ。茶くらい淹れてやるから少しくらい良いだろ」
「〜〜〜〜〜」
 ああもうっ、梃子でも動く気がなさそうだ。
 これが他の人間なら強制的に追い出すこともできるけど棗くん相手じゃそうできる自信はあまりない。
 なんだかんだ言って私より一枚も二枚も上手なのだ。
 ……なので無駄な労力を使うことを私は諦めた。
「分かったわよ。でもお茶くらい淹れてよ。それと誰か相談者が来たら出て行くこと、いい?」
「りょーかい。じゃあ早速」
 爽やかな笑みを向けると彼はポットのところへと歩き出した。
 ……ホント、無駄にカッコいいんだからムカつくわね。
 あの笑顔に何人の女の子がやられたことやら。

 そしてしばらくして。

「紅茶でよかったか?」
 トレイにカップを二つ載せ棗くんが尋ねてきた。
「ええ、構わないわよ」
「そっか、それじゃ」
 受け取ろうと思って手を出すとそれをさらりとかわして棗くんはソーサーに載ったカップをそっと私の目の前に置いた。
「紅茶でございます、お嬢様」
「ふぇ?え、ええ」
 お、お嬢様?
「本日はダージリンに致しました。どうぞお召し上がりくださいませ」
「ど、どうも」
 ヤバイ。怖いくらい嵌ってる。
 てか最後に微笑みかけないで。
 わざと?わざとなの?それとも天然?
 ああ、なんかムカつく。
「お嬢様」
「っ、な、なにかしら」
 声が動揺してるのが良く分かる。
 落ち着け、私。相手はただ一人よ。並み居る軟派男達を撃沈させてきた私に敵うはずないわ。
 私は何とか不敵な笑みを形作って対抗しようとした。
「手が、止まっておりますよ」
 けれど耳元で脳髄にズガンと響く甘い声で囁かれて、危うく倒れそうになってしまった。
 慌てて机に片手を付いて大きく深呼吸をする。
 し、心臓に悪い。というよりアレは一種の兵器よ。厳重に管理すべきだわ。
「あ、あんたが話しかけるからよ」
「それは失礼」
 クククっと小さな笑い声が聞こえる。
 あー、もう。頬の赤みが消えやしない。
 彼は彼で余裕綽々といった顔で席に着き、優雅に紅茶に口をつける。
 くそー、さっきまでの続きをやろうって腹積もりなのかしら。
 それなら受けてやろう、
 私は持っていたペンを机に置き、静かに闘志を燃やし始めた。
「そういえばさ」
「なに?」
 早速来たか?
 私は身構えるも続いて出てきた言葉は予想外のものだった。
「ここってコーヒー置いてないのか?」
「ふぇ?こーひー?」
「そっ、コーヒー。茶葉や湯飲みはあるしティーセットも言わずもがな。ティーパックってのがちょいいただけないがまあそれはいいだろう。けどコーヒーメーカーとか見当たらないんだが」
「ああ、それ」
 いきなり何かと思ったらそんなことか。
「おう、なんでないんだ?」
 うーん、そんな気になることかしら。
 よく分からないわね。
「一応インスタントはあるわよ。確かその辺にあったと思うけど」
「インスタント?豆とはいわねーが粉とかもないのか?」
「ないわよ。別に拘りないしね〜」
 インスタントで充分だしね。
 すると私の言葉に不満だったのかやれやれと棗くんは肩をすくめた。
「おいおい、それは勿体ないな」
「そうかしら?」
「ああ、すげえ勿体ない。お前はコーヒーの真の楽しみ方を知らなすぎる」
「真の楽しみ方、ねえ〜」
 大げさねえ。
「そうさ。コーヒーはやっぱインスタントなんかじゃ駄目だ。できれば豆だな。この場で挽いて粉にしてコーヒーメーカーで作ると風味とか味が全然違うんだぜ」
「ふーん」
 棗くんは力説を続けるがどうにもよく分からない。
 すると業を煮やしたのか彼はとんでもないことを提案してきた。
「ちっ、よーく分かった。俺が本当の美味しいコーヒーというものを味あわせてやる。……ってことで寮会の予算でコーヒーメーカー一式入れてくれ」
「はい?」
 今日何度も思ったけど、いきなりなに言い出すんだろうこの男は。
 けれど彼は止まらない。
「安心しろ。俺が格安で買える店を教えてやる。ああ、言っておくが値段は安くても物はいいぞ。その辺抜かりはない」
「は、はあ」
「さていつ行くか。今日……はさすがに遅いな。そうだ、週末行こう。じっくり吟味して買うべきだしな。予定空けとけよ」
「ちょ、待ちなさいって」
 知らぬ間にどんどん決まってるし。
 というか買うの確定?
「なんだよ」
 棗くんは言葉を遮られて不満そうだ。
「あのねえ。誰も了承なんかしてないでしょ」
「え?」
「ちょ、なに不思議そうな顔してんのよ」
 まるでありえないものを見たような顔をしないで欲しい。
 これじゃあ私がおかしいみたいじゃない。
「あのねえ。寮会の予算なんてそんな簡単に使えるものじゃないのよ。それなりに書類とか必要なの」
「えー、めんどくせえな」
「というかそもそも買うなんて言ってないでしょっ」
 必要としてないものを買う気はない。
 予算だって潤沢にあるわけじゃないし、ちゃんと計画立てないと駄目だ。
 けれど彼は全然納得してくれない。
「別にコーヒーミルまで買えとは言ってないだろ。コーヒーメーカーくらいたいした出費じゃないって」
「あのね、だからそういうことじゃ……」
 駄目だ。話が通じない。
「よし、分かった。買ったら俺が一番に美味いコーヒーを淹れてやる」
「へ?」
「ああ、安心しろ。この前就活行ったときに出会ったコーヒーショップのマスターにみっちり仕込まれたからな。今まで飲んだコーヒーが偽物だっての教えてやるぜ」
 得意げな表情で棗くんは自分の腕を誇示する。
 さて、どうしよう。
 なんかどう断っても押し切られそうだ。
 というかもう押し切られちゃうわね。
「はぁー、分かったわよ。確かにそれくらいなら買っても痛手じゃないしね。ただしちゃんと安いとこ教えてよ」
「おう、任せとけ。で、いつ行く?週末か?」
 彼はもう待ちきれないといった表情で聞いてくる。
「うーん、そうねえ」
 目の前にうず高く積もった資料を見ながら考える。
 はぁー、これ片付けるとなると骨だけど今月中にやんなきゃ駄目だしね。
「今週は無理よ。そうね、来週の日曜ならたぶん大丈夫」
 と言ってもそんなに時間は取れないけど。
「来週?おいおい、その次の週って修学旅行じゃないか」
「ん?そうだけど別に3年の私たちには関係ないでしょ」
 あれは2年の行事だ。うん、かなちゃんにはお土産をお願いしておこう。
 けれどどうやら棗くんは違うらしい。
 キザったらしく髪をかき上げると嘲るように私を見下ろしてきた。
「違うぞ、間違ってるぞ」
「なにがよ」
「この俺がそんなおいしいイベントを逃すはずがないだろう」
「はっ?……ってあなたまさかこっそり参加するつもり?」
 やっ、確かに普段の彼の行動を鑑みるにありえない選択じゃないけど、何を考えてるんだか。
「ふっ、皆まで言わせるな。ってことで準備もあるしな。一緒に買いには行けるだろうがコーヒー淹れるのは旅行から帰ってきてからだな」
「はぁー、知らないわよ、怒られても」
「そこはほれ。寮長様の権限で一つ」
「そんな権力ないわよ」
 ただの寮会の長に何を求めてるんだか。
 まあ予想してたのだろう。彼はさして落ち込むでもなく口元を楽しそうに歪めた。
「仕方ない。何とかするさ」
「あっきれた。ホント就職どうする気?時間は無限じゃないのよ」
「なに、だからこそ楽しむのさ。まっ、お前との時間を過ごせないのはそれはそれで寂しいが、そこはそれ。帰ってきたら充分に構ってやるぞ」
「遠慮するわ。お願いだから邪魔をしないで」
「照れるなよ」
「照れてないわよ」
 私が呆れた声で告げると、彼は苦笑を浮かべつつ席を立った。
 いつの間にか紅茶も飲み終わったようだ。
 流しにへとカップを置きに向かった。
「もういいのかしら」
 何故だか私はそう声をかけていた。
 まるで引き止めてるみたい。ううん、ありえないわ。
「ああ、楽しかった。いい息抜きになったぜ」
「そう言えば次はいつ就活に行くのかしら」
「ん?ああ、週明けたらすぐだ」
「そっ。私が言うのもなんだけど頑張ってね」
「ああ、お前もな」
 そう言って彼は寮長室から出て行った。




 カチカチカチカチ

 寮長室に設置された時計が変わり映えなくリズムを刻む。
 その音を少し煩わしく思いながらも紙にペンを走らす。
 すでにいくつも記載が終わった資料やチェックが終わった資料が机の上に山となっているが、未処理のものはまだまだうず高く積もっているのが現状だ。
「まだ、こんなにあるのね」
 憂鬱にもなろうというもの。
 もう次の代の引き継いじゃおうかしら。

「お疲れ」
 不意に思考を遮る声が聞こえ顔を上げると、そこには同僚の男子寮長が立っていた。
「なに?そっちの仕事はもう終わり?」
「ああ、そろそろ帰ろうかと思ってな。そっちはまだか?」
「ええ、まだ終わりそうにないわ」
「そっか」
 私の言葉に頷くと彼はポットのところまで行きお茶を淹れ始めた。
「ほら」
 戻ってきた彼は私の分の湯飲みを置き、自分もお茶を飲み始めた。
「ん、ありがと」
「いや。けどたいしたお茶っ葉は置いてないんだな」
「うん、前はいいのあったんだけどね」
 もうあの茶葉は使い切ってしまった。
 補充はもう利かない。
「なんだったらもう少しいい茶葉探してくるけど」
「別にいいよ、飲めなくはないし」
「そっ」
 そこで会話は途切れてしまう。
 しばらくしてお茶を飲み終わったのか、彼は湯飲みを返し鞄を手に取った。
「帰るの?」
「ああ。お前も根を詰めるなよ」
「気をつけるわ」
 少し自信ないけど。
 私の言葉に何か彼は言いたそうだったが、結局何も言わず別のことを聞いてきた。
「そういや前から気になってたんだが」
「なに?」
「あのコーヒーメーカーって使ってんのか?」
 そう言って指し示す先にあるのは真新しいコーヒーメーカー。
 一見して使われてないのが分かるくらい綺麗なままだった。
「ああ、それ、ね。美味しい淹れ方分かんなくてね。そのままにしてるの」
「そんなの適当でいいだろう」
「うん、そうだけど怒る人いるから」
「え?誰?」
 彼は私の言葉に驚いたように尋ねてくる。
 ああ、確かに驚くでしょうね。
 でも私は少し悪戯っぽく笑みを浮かべてこう応えた。
「んー、内緒」
「なんだそりゃ。……まあいいや。じゃあ帰るな」
「ええ、お疲れ様」
 どうでも良かったのか彼はそれ以上追求することなく帰って行ってしまった。
「ふー」
 私はそれを見送り小さく溜息をついた。
「そうよね。使わないと勿体ないわよね」
 コーヒーメーカーを見やりながら呟く。
 でもしょうがない。淹れ方を習ってないんだからしょうがないじゃない。
「たく、美味しいコーヒーの淹れ方くらい教えていきなさいよ、馬鹿。これじゃあ淹れらんないじゃない」
 誰にともなく愚痴を呟く。
 せっかく楽しみにしてたのに永遠にその機会は失われてしまった。
 ああ、もしこの場に彼が読む漫画のようなタイムマシンがあったら淹れ方を聞きに行ったのに。
「……って何言ってんだか。それならまず彼が行くのを止める方が先じゃない」
 もしそんなことができるのなら優先順位が全然違うだろうに。
 そもそもなに、タイムマシンって。バカなんだろうか私は。
 いや、きっと彼のバカっぽさが乗り移ってしまったのかもしれない。
「……なんてね」
 あーあ、ホントなにやってんだろう。
 空しく言葉が響く。
「ねえ、棗くん」
 虚空に向かって彼の名を呼ぶ。
「美味しいコーヒー、飲ませてくれるって約束したじゃない」
 届かないと知りながら、それでもそれだけは文句を言いたくて私は呟いた。


[No.193] 2009/06/26(Fri) 23:18:13
今の風を感じて (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@9528byte

 鈴虫が鳴く夜、私と葉留佳は実家で身支度をしていた。
 明日草原へピクニックに行く予定で、それに向けての準備というわけである。
 もちろん私も葉留佳も楽しみにしていて、準備にも当然熱が入る。
 隣の葉留佳は楽しそうな笑みを浮かべ、リュックにお菓子などを詰め込んでいる。
「見てたら食べたくなってきちゃった。食べていい?」
「1つだけならいいわよ」
「わーい! どれにしよっかなー」
 仲直りしてからの葉留佳は子供っぽくなった気がする。
 そういう私も前より笑えるようになった。やはり妹の存在は私にとって大きいと日々実感している。
「お弁当はどうするの? 私が全部作ってもいいけど」
「ううん、私も手伝う! 2人で食べるのに1人で作るのはおかしいもん」
「そう……成長したのね。偉いわ、葉留佳」
 そう言って頭を撫でであげると、気持ちよさそうにして俯く。
 こうしていると、より幼く可愛く見えるのでついつい甘やかしてしまうことも多い。
 
 
 準備も終わり、後は寝るだけとなった。ちなみに私たちは同じ布団で寝ている。
 お互いの体温を感じられ、心も身体も温かい。
「じゃあ電気消すわよ。いい?」
「うん。おやすみ、お姉ちゃん」
「おやすみ、葉留佳」




 朝が来た。葉留佳は私の隣で安らかに眠っている。
 この幸せそうな表情をすぐに壊すのは気が引けるので、とりあえず頬を突いてみた。ぷにぷに。
 ……とても柔らかくて気持ち良い。触っていて飽きない、丁度いい弾力性が指先にある。
 1時間はこうやって過ごせるだろう。もしかしなくてもプチプチより断然楽しい。
「むにゃ……おはようお姉ちゃん、何やってるの?」
「おはよう、葉留佳」
 答えながらも突き続ける。
 強く摘んでみると痛かったのか逃げられた。
 しょうがないので起きることにした。


 朝ごはんはマーガリンを塗ったパンと、アイスココアで済ませた。
 その後はお弁当作りに励む。
「おにぎりは葉留佳作って。私はおかずを作るわ」          
「オッケー。まかせといて!」
 そんなこんなで作業を行い、無事に予定通りに作れた。
 弁当箱にそれらを入れ、さらにそれをリュックに詰め込む。これで準備はすべて完了した。


「お姉ちゃん、早く早く!」
「急がなくても大丈夫よ」
 葉留佳は太陽のような笑みで私を急かす。
 私もそれに答えるように微笑み返し、手を繋ぐ。
 夢見ていた二人だけのの旅が今、始まる。



 家を出て、歩いて駅までいく。もちろん手は繋いだままで。
 空は雲一つ無い快晴だ。時折頬を撫でるように吹く風が心地よい。
 他愛もない話をしながらだったので、すぐに着いた。
 切符を買ってホームで待ってると、電車は数分後に来た。それに乗り込み、2人掛けの席に座る。
 
 終点が目的地なので確認する必要は無い。気にせずに乗っていられるというわけだ。
 しばらくゆっくりしてると、やはり葉留佳の方から話しかけてきた。
「そうだ、折角お菓子持ってきたんだから2人で食べよ」
 そう言って葉留佳が取り出したのは、1本のポッキー。それをくわえて私に突き出してきた。えっと、これって……
「ポッキーゲーム?」
「そ。負けた方が何でも言うこと聞くの。出来る限りでだけどネ」 
 そう言って落とさないように頷く葉留佳。まあ……たまにはいいかもね。
 私に向かっているそれをくわえる。必然的に向かい合う形になり、気恥ずかしい。
 お互いに食べていき、甘い棒は質量を無くしていく。それと同時に距離も縮まり、約3センチとなったところで動きが同時に
止まる。そのままどちらからも動こうとはせず、数秒間見つめ合う。
 私の瞳は葉留佳の顔を映し、葉留佳の瞳には私の顔が映っている。
 ……このまま食べる? よし、行こう。
 葉留佳もそう思ったようで、ついに距離が0になり、唇が触れ合った。
「……ちょっと! なんで離さないのよ!」
「だって離した方が負けだし」
「だからってこんなの恥ずかしすぎるわよ……」
「それはお姉ちゃんだけじゃないよ……」
 見ると葉留佳も同じだったみたいで、お互い顔が真っ赤になっている。
 羞恥で目も合わせられない心境の中で、突然葉留佳は信じられないことを口走った。
「今のは引き分けだね。だからさ、勝つまでやろ!」
「え、ええ!? そんなのって……」
「ふーん、逃げるんだー。そこまで弱虫で恥ずかしがりだったんだね、お姉ちゃん」
 挑発的な笑顔で詰め寄ってくる葉留佳。しかしここで乗ってしまったら最後、抜け出せない。
 幸い角度的に他の客に見られる可能性が少ないとはいえ、あくまで可能性だ。だから乗せられちゃダメ。そう、ダメなのだ。
 でもさっきの柔らかい感触が残って……まあ、少しならいいだろう。
 


 ……先ほどの決意はどこへやら、見事に葉留佳のペースにはまっていた。
 ポッキーに始まり、次にプリッツ、果てにはじゃがりこ。
 結局勝負はつかなかった。葉留佳はどうか分からないけど、私はキスが気持ちいいから離す気にならなかったなんて絶対言えない……
「棒状のお菓子がなくなったから次は飴とかかしら?」 
「ノッてきたところ悪いけどもうすぐ着くみたいだよ」
「そう。それなら引き分けね」
「引き分けか……でも楽しかったよね?」
「そうね、とっても気持ちよかった」
「え? 今なんて?」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて……」
「無理しなくてもいいって。かわいいよ、お姉ちゃん」
「うぅ……葉留佳のバカッ!」





 駅を出た私たちは手を繋いで歩く。さっきのこともあってかドキドキする。でも今はこの時間を楽しもう。
 辺りはのどかな自然が広がっている。田舎と言えばそうだが、なにか懐かしいものを感じる。そして気持ちが落ち着く。
 上がった体温を木陰と涼風が冷ましてくれる。
 30分ほどゆったりと歩いてようやく目的の場所へついた。
 そこは当たり1面に花が咲く草原。さらに高台へと続く道がある。
「うわあ……きれい……」
「そうね……」
「よし、向こうまで競争ねっ!」
「あっ、ずるいわよ、待ちなさい!」
 そんな風に2人ではしゃいで遊んだ。葉留佳と過ごす時間はとても楽しくて、すぐに過ぎていった。
 それは夢みたいな時間で、今までで最高の時間と言える。
「ふー、楽しかったね! 次はどうする?」
「そろそろお弁当にしましょう」
「わーい! もうおなかペコペコですヨ」
 そんなわけで食べることにした。ちなみに時間は3時。夢中で遊んでいたのとお菓子の食べすぎでこんな時間になってしまった。
 シートを広げ、二人分のお弁当をその上に広げる。
「いただきまーす! ん、このトンカツおいしいね!」
「そろは私の自信作よ。醤油が隠し味なの」
「へー、帰ったら作り方教えてねっ」
「ふふ、いいわよ」
「この卵焼きもなんか普通のより味があるね。ただ焼いただけじゃないよね?」
「それは作る前に醤油を数的垂らしておくの。お弁当の卵焼きにはかなり有効ね。」
「そうなのかー。やっぱりお姉ちゃんはすごいなー」
「そんなことないわよ。このおにぎり、味も形も良く出来てる」
「やはは……そうかな? そう言ってもらえるとうれしいな」
 


 おなかも膨れ、草原に寝転がる。流れ行く雲を見つめて暫くリラックスする。
 するとやはり眠くなり、うとうとしてしまう。
「お姉ちゃん、眠いの?」
「少し、ね」
「じゃあ、はい」
 そう言って正座する葉留佳。
「えっと……膝枕? 葉留佳は寝ないの?」
「私はお姉ちゃんの寝顔見るから大丈夫!」
「絶対上向かない」
「じゃあうつ伏せ? エロいなー。お姉ちゃんエロいなー」
「なんでよ!」
「だってその体勢だと私の……」
「わかったわよ! 横向くからそれでいいでしょ!」
 ふざけながらも顔を赤らめる葉留佳。その膝の上に頭を乗せる。とても気持ちよくて普通ならすぐに寝れそうなのにさっきのやり取りのせいで寝れない……
 その張本人を下から見ると、私の顔を覗き込んでいた。
「あれ? 寝ないの?」
「寝れるわけないでしょう、この状況で」
「……私の膝枕は寝心地悪い?」
「いや、そうじゃなくて恥ずかしかっただけ。とても気持ちいいわ」
「そう、よかったー」
 いつも通り明るいかと思えば急にしおらしくなったりと、扱いが難しい。
 それに振り回されるのが嫌じゃないから良いのだけど。
 気づけば私の頭を葉留佳が撫でてくれていた。優しく、滑らかに。
「……たまにはお姉ちゃん気分になってみたいのですヨ」
「私も、暫くはこのままがいいわ」
「お姉ちゃんもそういう気分になるんだ?」
「お姉ちゃんだから、よ」
 きっと葉留佳は私のようになりたい時もあるということだろう。昔とは違って普通の姉妹のような理由で。
 でも私にだって葉留佳みたいになりたいと思うときがある。葉留佳みたいに自分を前面に出したい。誰かに甘えたい時だってある。だから今この状況が心地よく感じる。
 今だけは妹でいたい。これを葉留佳にいうと『もう、しょうがないなあお姉ちゃんは』とか言われそうなので言わないけど。
「ねえ、いつまでこうしてるの?さすがに足が痛いよ……」
「あと少しだけこのままでもいいでしょ?」
「もう、しょうがないなあお姉ちゃんは」
 ……こういうこと気にするのも馬鹿らしくなってきた。いっそ全力で甘えてみようか。
 

  

 

 そろそろ夕日が空に昇る時間になってきた。景色を見ようと高台へと移動する。
 少し歩けば紅く広がる空を見ることができた。そしてこの辺りの風景全体を見渡すことも。
 葉留佳と並んで眺める景色はいつもより輝いて見える。
「この景色を見てると、今がずっと続けばいいのにって思うわ」
「そうかな? 私は今よりも楽しいのがいいな」
「そうね。でも今この時が1番幸せだから、それでいいんじゃない?」
「よくないよ。今までの分を取り返す勢いで行かなくちゃ」
「葉留佳……」
 遠くを眺める葉留佳はどこか大人っぽくて普段からは想像できない憂愁を帯びていた。
「私は、一生の幸せは同じだと思う。ただそれが廻ってくる時が違うだけ。本当なら死んじゃうはずだったけど、
今こうして生きてるってことはこれからたくさんの幸せが待ってるってことだと思う。違うかな?」
「……違わないわ」
 つまり過去の幸せはこれからにまわされたということか。
 本当に強く前向きになってる。それは嬉しくもあり寂しくもあって複雑。
「だからさ、この時間を大切にしていきたい。今日はとっても楽しかったな。また一緒に遊びに行こうね」
「うん、ずっと一緒よ、葉留佳」



 私たちの間に流れる二人だけの時間。そう思うと行動せずにはいられなかった。唯一の存在を両手で後ろからそっと抱きしめる。
「ん……どうしたの?」
「……私もたまには妹の気分になって見たいものなのよ」
「お姉ちゃんでもそういう気分になるんだ」
「お姉ちゃんだから、よ。大好きな葉留佳」
「ええ!? ずるいよお姉ちゃん……」
「妹気分でいたかったのに……まあいいわ。こっち向いて」
「今はダメ……わかってるくせに……」
 きっと体中がこの景色より赤くなっていることだろう。照れる葉留佳はもうかわいいの一言につきる。
 無理やりこっちに向かせると、顔を見られないように私の胸へとうずめてきた。さっきの憂愁はどこへやら。
「照れてるのね、かわいいわ、葉留佳」
「うぅ……お姉ちゃんのバカッ!」
 電車の中での仕返しが出来た。大人気ないとか言わないでほしい。妹気分だって言ったでしょ?
 まあ、私も葉留佳もとても楽しかった。これからもっともっと幸せな時間を作っていこうと思う。違う毎日を運んでくれる今の風を感じて。


[No.194] 2009/06/26(Fri) 23:32:09
リタイム (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@10192byte


 なにやら頭上に気配がと思って目を開けたらそこには生足が無防備に投げ出されていて、脳の覚醒メーターは一気にレッドゾーンを振り切った。
「わぁぁ!」
 文字通り飛び起きるとそこは中庭の芝生エリアで、自分はその中心に寝そべっていて、地面にぺたりと座りこんだ葉留佳さんが頭上から顔を覗きこんでいた。
「あ、起きた。やはー」
「や、やはー?」
 覚醒はしたものの、状況の把握ができない。自分はなぜこんなところに?
「理樹くん、ここで寝てたんだよ」
「……ああ」
 言われて、いつもの自責の念が襲いかかってきて、ようやく合点がいった。倒れたのだ、きっと。
「そっか。ごめん、恥ずかしいところを見せちゃったね」
「ぜんぜーん。眠り姫みたいで可愛かったよ」
 なんて冗談めかしながら葉留佳さんは冗談にならない距離にまで接近してきた。条件反射のレベルで後ずさる。すぐに木の幹にぶつかって追い詰められた。
「やっぱ眠り姫にはお目覚めのちゅーだよねー」
「いや、起きてるから。起きたから。おかしいから」
「うにゅ〜ん」
 なんて鳴きながら、葉留佳さんはえぐるように頬ずりしてきた。なんでだ。
「えいやー」
 ちう
 キスされた。ほっぺにだ。
「なななにしてるのですかーっ!」
 僕の代わりに通りすがりのクドが叫んだ。○級生ならフラグが一瞬でへし折れる展開だ。
「クド公じゃん。どったのそんな怖い顔して」
「そりゃ怖くもなりますっ。今っ、何をしていたのですかっ、三枝さんっ」
「何って、ちゅーしてただけだよ」
「ちゅちゅちゅーだなんてあれです。ふじゅんいせーふぉーゆーですっ」
 推奨していた。
「間違えましたっ。ふじゅんいせーこーゆーですっ」
「堅いなぁ。ただのお目覚めのちゅーだってば。やりたきゃクド公もすれば?」
「えっ」
 クドは思いついたようにぱたぱたと尻尾を振った。どこまでも犬っぽい。がしかしすぐに正気を取り戻して、
「なななにを言うのですっ。不意打ちで唇を奪うなんて犯罪ですっ。大岡裁きで八つ裂き刑ですっ。三枝さんだったら三/八枝さんになってしまいますっ」
「唇じゃなくてほっぺだよ。起きちったから唇はダメかなーって」
 すでに涙目のクドは、散々納得いかない様子をうめき声を繰り返した後、鋭い視線でこちらを振り向いた。
「リキ! 三枝さんにちゅーされたのはどこですかっ。ここですかっ」
 ぺろぺろぺろぺろ!
 ものすごい勢いでほっぺを舐めまわされた。え、なに、殺菌行為?
「不潔です」
 僕の代わりに木の上から西園さんが一蹴した。木の上?
「なんですか直枝さん。わたしが木に登っていてはいけませんか?」
「ダメってわけじゃないけど、だってほら、西園さんはいつもこの木の下に座っているから」
「わたしにだって、木に登りたい気分の日くらいあります」
 よくわからない理由を並べ、西園さんは日が暮れてしまうほどの時間をかけて木から降り立った。
「降りるのに苦労するなら最初から登らなきゃいいのに……」
「気分ですから。それよりも直枝さん、全て見させてもらいましたよ」
 全て、とは先ほどの乱痴気騒ぎのことだろう。痴態と言い換えてもいい。
「直枝さんともあろう方が女性相手にちゅーを許すだなんて……汚らわしい」
「それだとまるで僕が男相手にちゅーを許すのが自然みたいだよね。ねぇ、おかしくない?」
「なーんだ、美魚ちんもしたいんじゃん」
「わふーっ」
「違います。私が言っているのは、あんな場面を万一直枝さんに好意を寄せている殿方が目撃してしまったら可哀想だということで」
「やーい、美魚ちんのツンデレー」
「ツンデレわふーっ」
「だから違うと」
「美しい、美しすぎる!」
 話をぶったぎるほどの声量で、木の上のそのまた上から来ヶ谷さんが魂の叫びをあげた。木の上から登場するのがブームなのか。
「理樹くんの唇を奪い合う葉留佳くんとクドリャフカ君に、それを見て密かに嫉妬する美魚くん……天国かっ!」
 来ヶ谷さんは恍惚の表情を浮かべながら、頭から地面に垂直落下した。地面スレスレのところでサーカスめいたアクロバティックな着地が展開される。うん、なんとなくわかってた。
「私も混ぜてくれ。なんだ、いくら必要なんだ? この際糸目はつけんぞ」
「そういう生々しいのはやめようよ……」
「ふむ。冗談だ。純粋な意味で、遊んでいるのなら私も混ぜてくれ」
「別に遊んでるわけじゃ……」
「お、いーじゃんいーじゃんみんなで遊ぼーよ。遊びたかったら理樹くんの指とーまれ!」
 なんでこっちなんだ。などと思っているうちに僕の指に4本の指が突き合わされる。
「だいけってー!」
「なにして遊びましょーか?」
「内容を決める前に、賞品を決めてはどうでしょうか」
「ふむ、つまり勝者が理樹くんをゲットできるわけだな」
「それ、僕に旨味がまったくないんだけど。ていうか拒否権も」
「拒否したければ、理樹くんが勝てばいいのさ」
 そのとき、グラウンドのほうから野球ボールが飛んできて、ちょうど5人の中間地点の芝生に転がって止まった。全員が目でボールを追うことわずか0.2秒、遊びという名の真剣勝負内容は暗黙のうちに満場一致で可決した。
「ぐるにゃー!」
「ぅわふー!」
「愛<マナ>よ力を!」
「はぁはぁはぁ!」
「来ヶ谷さんっ、ボール追いかけながら器用に僕のお尻触るのやめてよっ」
 ボールは飛び跳ね弾かれ、並々ならぬ圧力に幾度と形を変えながら芝生を転がっていく。皆必死だ。僕が一番必死だ。ボールを追いかけつつ貞操も守らなければならない。
「こらーっ!!」
 そこに現れたのが二木さんだと気づいたときにはもう僕以外の全員はその場から退散していて、見事にボールと僕だけが取り残されていた。これがトカゲのしっぽ切りってやつか。
「わぁぁ、ごめんなさいごめんなさい」
「あなたたち芝生に入ったらダメだと……あら、あなた一人?」
「はいそうなんです。ものの見事に見捨てられました……」
「まったくボールなんかにじゃれついて……顔がドロドロじゃない」
 頭をなでられる。小さい子供にするようにだ。
「……」
 ひたすらなでられる。無言で。心なしかうっとりしているように見える。あの、さすがにそろそろ泥も落ちたのでは?
「……案外、可愛いものね」
「あの、ちょっと、二木さん?」
「抱きしめてもいいかしら」
 二木さんだと思ったら来ヶ谷さんだった。と思ったらやっぱり二木さんだった。わけがわからなくて逃げ出した。校舎裏にまで逃げたところで葉留佳さんたちが待ち構えていいた。
「さくやは おたのしみ でしたネ」
「さっきだよ。ていうか、逃げるのってひどくない?」
「ダメですよリキ、ああいうときはすぐに逃げないと」
「クドまで……」
「瞬発力を鍛えるべきですね。でなければ目当てのサークルの本を全制覇する日など遠い先の話です」
「ていうか、西園さんってそんなに素早かったっけ?」
「理樹くん、たくさん走って汗をかいたろう。私の体になすりつけて拭いてくれても構わんのだぞ」
「来ヶ谷さんは万年発情期なのをどうにかしたほうがいいと思う」
 そのとき、驚くべき気配のなさで僕の背後に立つ影があった。無論僕の背後なのでその存在に気づくのが最も遅かったのは僕だった。
「お前ら、こんなところで何してるんだ」
 振り返ると鈴がいた。なんだ鈴か、と思ってもう一度背後を振り向くとまた葉留佳さんたちの姿が消えていた。焼却炉の影、ごみ箱の中、植木の影、木の上にブルブルと震える4つの影が見えている。相変わらずとんでもない逃げ足だ。ていうか逃げる必要がどこに?
「なんで逃げる」
「さ、さあ? 用事でも思い出したんじゃないかな」
「……?」
 鈴は訝しげに僕の顔を覗きこんできた。逃げた葉留佳さんたちのことなど一瞬で忘れ去ったかのように、意識をこちらに向けているのがわかる。
 そして、猫のように鋭い視線の鈴の口から、驚くべき言葉が発せられた。
「お前、誰だ?」
 さすがに冗談としか思えなかった。
「鈴、何言ってるのさ。まさか僕のこと忘れちゃったわけじゃないでしょう?」
「お前、このへんに住んでるのか?」
「いや、僕が住んでるのは鈴と同じ、ここの学生寮だよ。僕が男子寮で、鈴が女子寮」
「むむむ。どーにも見覚えがあるよーなないよーな……」
「鈴、ふざけてるの? 僕、なにか鈴の気を悪くすることしたっけ?」
「あ、なんかひっかかったぞ」
「鈴、鈴ってば!」
 このときになってようやく、鈴が冗談など何一つ言っていないことに気づいた。それ以前に、会話が成り立っていない。まるで言葉の通じない相手と話しているような、圧倒的な違和感。
「思い出したぞ、お前は――」
 そして鈴は、脇の下に手を入れて僕を抱き上げながら、たった一言で違和感の正体を表した。

「お前は、レノンだったな。この間恭介が拾ってきたばかりの」

 僕は、レノンだった。
 僕は、猫だったのだ。
「それから、焼却炉の影に隠れてるのがオードリー」
 葉留佳さんは、オードリーだった。
「ごみ箱の中のがファーブル」
 クドは、ファーブルだった。
「植木の向こうのがアリストテレス」
 西園さんは、アリストテレスだった。
「木の上のがアインシュタインだ」
 来ヶ谷さんは、アインシュタインだった。
 5人は、5匹の猫だった。
「なんだお前、体中まっくろじゃないか。ったく、またどこかで遊んでたな。仕方ない、洗ってやる」
 鈴は僕を抱えたまま、水道から伸びるホースを手に取った。蛇口を捻ろうと屈んだ瞬間に僕は暴れた。
「こらっ、おとなしくしろ!」
 するわけなかった。薄い胸に猫パンチをお見舞いし、ほうほうの体で地面に降り立つ。猫だから空中3回転もお手の物だ。フカーッ、と唸る鈴を尻目に、全速力で逃げた。全速力で追ってきた。
 校舎裏の角を曲がったところで誰かにぶつかった。恭介だった。しっぽを逆立てて威嚇する僕を恭介はじっと見つめ、手を伸ばしてきた。
「すまん、イレギュラーだ」
 避けようと前足を低く落とした僕は、それが紛れもなく直枝理樹そのものに向けられた言葉であることを察し、力を抜いた。恭介の大きな手が、僕の頭をなでる。
「おそらく、とんでもない数の猫に囲まれて『前回』を終えたからだろう。こんな事態は初めてだからな、仕方ないが、リセットだ」
 鈴の足音がすぐ近くにまで近づいている。どういうことだよ、という旨の鳴き声を僕は発した。伝わるわけがなかった。
「俺が何を言っているのかわからんだろうが、俺もお前が何を言っているのかわからん。なんせ、今のお前は猫だからな」
 そう言うと恭介は立ち上がり、大きく伸びをするように天を仰ぎ見て、頭上に掲げた指を鳴







 目が覚めた。

 なにやら頭上に気配がと思って目を開けたらそこにはオーバーニーと絶対領域とその奥の布が無防備に投げ出されていて、脳の覚醒メーターは一気にレッドゾーンを振り切った。
「わぁぁぁ!」
 文字通り飛び起きるとそこは中庭の芝生エリアで、自分はその中心に寝そべっていて、地面にぺたりと座りこんだ葉留佳さんが頭上から顔を覗きこんでいた。
「あ、起きた。やはー」
 驚きすぎてしゃっくりが出た。
「ぴ、ぴんくっ」
 葉留佳さんに起こしてくれたお礼を告げ、通りすがりのクドを交えて三人で世間話をし、西園さんがやってきて木陰でお弁当を囲み、どこからともなく来ヶ谷さんがやってきてみんなで遊ぼうという話になった。
 運悪くやってきた二木さんに半ば強引に鬼を押しつけ、かくれんぼが始まった。人ごみを避けて校舎裏に逃げこんだところで鈴と遭遇した。
 第一声より早く、ホースの水をぶっかけられた。
「……すまん、わざとだ」
「わざとなの!?」
「いや、なぜだかわからんが、無性に理樹に水をぶっかけなきゃならん気がしたんだ」
「わけがわからないよ……」
「うん、あたしにもわからん」
 校舎の角から恭介が現れた。いつになく真剣な表情。一体何事かと僕たちは身構える。
「鈴、俺にも水をかけてくれ。思いっきりだ」
「いきなりやってきて、きしょいことぬかすな!」
 鈴は容赦なく恭介に水をぶっかけた。頼まれたからではなく、きしょかったからだろう。
「恭介、どうしちゃったのさ」
「反省みたいなものさ」
「反省?」
「いや……」
 びしょぬれになった恭介は、水も滴るなんとやらな笑顔を浮かべ、同じくびしょぬれな僕に向かって、茶目っけたっぷりに言った。
「こうやって濡れ鼠になれば、少しは動物の気持ちがわかるんじゃないかと思ってな」


[No.195] 2009/06/26(Fri) 23:56:50
メビウスの宇宙を越えて (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@1542byte

 ある日、棗兄妹とその腰巾着に遭遇した。
「出たな、ささせがわさざびー!」
「誰がっ! わたくしはサザビーではなく佐々美ですわ!」
 相変わらず失礼な噛みっぷりを披露する棗鈴。というかサザビーって何だ。
「ま、まあまあしゃあ瀬川さん、鈴も悪気はないんだよ…」
「そうカッカしなさんなお嬢さん、俺のバスターライフル、試してみるかい?」
「…死ねっ」
 仲裁のつもりか知らないがこれまたわけの分からないことを言って割り込んでくる直枝理樹と棗兄に左右の裏拳で応える。怒りに任せたそれらはどうやらいいところに入ったらしく、腕に重い感触が伝わり、ごりりと鈍い音がした。
 …なんだかすごくすっきりした。
「がはっ…と、時が見える…」
「お、俺は、死な、な…い…」
 またしても意味の分からんことをほざきながら倒れる男二人に棗鈴が慌てて駆け寄る。
「きょーすけっ! …はどうでもいいとして、理樹っ!」
 哀れ、棗兄。わたくしが言うべきではないのかも知れないけど。
 倒れた直枝理樹の傍らに跪き、理樹、理樹と何度も呼びかけていた棗鈴が顔を上げ、目に涙を浮かべながらこちらを睨みつけてくる。
「さざびー、なぜ理樹を巻き込んだ! 理樹は戦いをする奴じゃなかった!」
 だがその咆哮も、わたくしの知ったことではない。さらに怒りを煽る言葉をぶつける。
「棗鈴! 直枝理樹が死んだこの苦しみ、存分に思味わえぇっ!」
 死んでない死んでない、という声がどこからか聞こえたが無視。
「シャア瀬川サザビー、情けない奴っ!」
 そう叫んで飛び掛ってくる我がライバルに対して迎撃体勢を取る。
 不思議と、この手ごわいライバルを前にしてもまるで負ける気がしなかった。よく分からない力が全身に漲っている。今なら、星でも落とせる気がした。










 気がしただけだった。


[No.196] 2009/06/26(Fri) 23:58:10
[削除] (No.187への返信 / 1階層) -

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[No.197] 2009/06/27(Sat) 00:05:34
しめきり (No.187への返信 / 1階層) - 主菜

帰れなす

[No.198] 2009/06/27(Sat) 00:32:01
揺れる感情 (No.187への返信 / 1階層) - ひみつ@14776 byte 大遅刻〜

 目が覚めるとそこは見知らぬ天井だった。
 冗談で言っているわけではなく本当に分からなかったのだ。
「どこ……」
 自分のものとは思えないほど擦れた声に僅かに驚く。
 それに体を動かそうとすると全身が引きつるような痛みに苛まれてしまう。
 私は諦めて現状を把握するため半分となっている視界に映るものを必死に見ようとした。
 ……半分?
「あ――」
 気付いた瞬間全てを思い出した。
 右目が見えなくなり絶望し、思い詰めて学園の屋上に上り風に煽られて落ちてしまったのだ。
「死ななかったんだ」
 自分でもゾッとする感情の籠もらない声が洩れる。
 ああでもそうか。建物は三階建てだったから余程運が悪くなければ生き残る可能性はあったんだ。
 そもそもあの時は死ぬ覚悟なんて全くなくて落ちたのだから、無意識に致命傷を避けたのかもしれない。
「なんて無様」
 なんとも可笑しくて嗤ってしまう。
 しばらくボーっとしていると看護師さんが病室を訪ねてきた。
 彼女は私が意識を取り戻しているのに気付くと慌てて出て行ってしまった。
 残念。あれからどのくらい経ったのか聞きたかったのに。
 まぁすぐ聞けるだろう。
 酷く冷静な頭でそう結論付けると一度大きく息を吐いた。
「そう。生きてるのね」
 なにかそれがあまりに非現実的なことに思えた。
「そう言えば」
 意識を失っている最中、繰り返し夢を見ていた気がする。
 どんな夢か詳しく思い出せないが一つだけ印象に残っていることがある。
 夢の中で彼は明るく楽そうに笑っていた姿の方が多かったけど、それ以上に辛そうな表情を浮かべる姿の方が私には酷く印象的で焼き付いて離れない。
 あの方は――
「宮沢さん……」
 廊下を走る複数の足音を背景に私はポツリとその名を零した。


 意識を取り戻してからしばらくは大変だった。
 家族が呼ばれひどく泣かれ怒られてしまった。
 その後怪我の具合を教えてもらったのだが、頭を打ってはいたが内臓への損傷はなく骨折がいくつかあるだけ。
 精密検査で問題がなければリハビリさえすれば元通りの生活ができるそうだ。

 ――なんだそれだけか。

 もう二度と歩けないとかの結論を期待していたのだがずいぶん軽い怪我だったのね。
 少し拍子抜けしてしまった。
 それとどれだけ眠っていたか尋ねたところ半月という回答が返ってきた。
 これは率直に言って驚いた。
 まさかそんなにも眠っていたとは。
 ……ああ、でもそうなると修学旅行はもう終わってしまったのか。
 右目が見えなくなる前は多少なりても楽しみだったので少々残念だ。
 その時の私はそんなことを考えていた。


 そのことを聞いたのはリハビリの最中だった。
 やる気がないからだろう。なかなか成果が上がらない中、人づてに修学旅行中にバスが落下する事故が起きていたことを知ったのだ。
 幸い死者は1人も出なかったらしいが一歩間違えればかなり悲惨な状況だったらしい。
 けれどそれを聞いても私は別に何も感じることはなかった。
 これが少し前ならば違ったのかもしれないが、今の私にはどうにもそれ以上の感情を持てないでいた。
 しかしその事故に巻き込まれたクラスを聞いた時、それまでと違い自分の感情が大きく揺らいだのを感じた。
 宮沢さんのクラス、その事実を聞いた瞬間に自分の心臓が大きく跳ねたのだ。
 ありえないと思った。
 私の心はあの時から止まっているとばかり思ったのにこうも動揺するなんて。
 私は自分の懐いた感情の正体を知りたくて、その日から真面目にリハビリを開始した。
 彼らが入院している病院は私が入院している場所と違うので、会うとしたら早く退院しなければならなかったのだ。

 そして必死にリハビリを行ったお陰だろう、私は夏休み中に退院することができたのだった。
 けれど肝心の宮沢さんはまだ入院しているまま。
 会いに行こうかと一瞬考えが頭を過ぎったが、どう話しかけるべきか分からず断念。
 学園で偶然を装って会えばいいのではないか。そう結論付けて私は新学期が始まるのをただひたすら待った。
 しかし結局新学期が始まって、宮沢さんが退院なされても私は会えず仕舞いだった。
「どう、話せばいいのでしょう」
 それが最大の問題だった。
 私とあの人の接点なんてこの目について悩みを打ち明けたことだけ。
 ただそれだけの関係でどう話しかけていいものやら皆目見当が付かない。
 それに負い目がある。
 相談に乗ってもらったにも拘らず、結果的に自分から死を選んだかのような行動を取ってしまった。
 周囲ですら私に対して腫れ物を障るような態度を取っているのだ。
 そんな中で私が彼に話しかけたらどう反応されるのか怖くて仕方がない。
「でもこの感覚の正体を知りたい」
 一度は消え失せてしまったと思った世界の色が一瞬戻ったような気がした理由。
 壊れたと思った私の中の時が僅かに動いたような感覚。
「知りたい……」
 そう思っても思うだけで動けずただ無為に時間は過ぎ去っていく。
 そうして今日も終わろうとしていた。
「はぁー」
 私は木陰に腰掛け小さく溜息をついた。
 情けない、な。
「何をやっているのかね」
「っ!!」
 突然声を掛けられ私は瞬間的にその場を飛びのいた。
 いくらしばらく弓を触っていないとはいえ物心付く前からずっと武道を嗜んでいたこの身が気配に気づかないなんて、相手は何者だろう。
 私は臨戦態勢を取るようにスッと腰を下ろした。
「おや、驚かせてしまったかね。そのつもりはなかったのだが」
 けれど相手は飄々とした態度を崩そうとしない。
「……貴女はいったい」
「うん?ああ、来ヶ谷だ。できれば苗字で呼んでくれ」
「え、いえ、そうではなく。……来ヶ谷さん?」
 その名には聞き覚えがある。
 確か宮沢さんが最近一緒になって遊んでいるという集団の仲間の一人だったはずだ。
「うむ。うーん、私を知らんとはそこそこ有名だと思ったのだがな」
 彼女は意外そうに腕を組む。
「すみません。あまり他人に興味を示したことがなかったもので」
 言ってて少し無礼な物言いだったことに気づいた。
 失敗した。警戒するあまり自然な言葉が出てこなかった。
「ああ、なるほど。私も経験があるから気にすることはない」
「え?」
 私は首を傾げるが彼女はなんでもないように言葉を続けた。
「そういう君は確か古式君だったかな」
「あ、はい。古式みゆきと申します」
 慌てて頭を下げる。
「ああ、堅苦しい挨拶はいらんよ。それで、古式女史はいったいここで何をしているのかね」
「え、あ、その……」
 なんと言って答えればよいか分からず、つい言葉を詰まらせてしまう。
 するとしばらく私の様子を観察されていた来ヶ谷さんは何か納得したように頷いた。
「ふむ。なるほどおそらく謙吾少年絡みだな」
「な、なぜっ?」
「むっ、図星か」
 彼女は楽しそうに笑みを浮かべる。
 けれど私は来ヶ谷さんがどうしてそういう結論に至ったのかわからず混乱してしまう。
「ふむ、何故分かったのか気になると言ったところか」
「え、ええ」
「なに簡単なことだ。ここ最近妙な視線を感じてな。調べてみれば発信源は君だったのでそこから推測したまでだ。我々の集団の中で君と関係がある人物といえば謙吾少年以外いないからな」
「な、なるほど」
 ということは宮沢さんも私が最近私が見ていたことに気づいていたのだろうか。
「ああ、謙吾少年は気づいておらんよ。いや、気づいているとしたら私を除いて恭介氏くらいだろうか」
「……」
 この人は心でも読めるのだろうか。
 けれど彼女は私の訝しげな視線をさして気にするでもなく言葉を続けた。
「それで。君は彼になんの用だね」
「え?あ、その……」
「むっ?もしや何の用事もないにも拘らず見つめていたのかね。うーん、君のような美少女がストーカーとは世も末だな。だがお姉さん相手だとしたらいつでもウェルカムだ。ということで標的と変える気はないかね」
「なっ、ありませんっ。というかストーカーでもありません」
 何をいきなり失礼なことを言い出すのだろうか、この人は。
「ふむ、そうかね。けれど傍から見ているとそう変わらないように思えるが」
「ぐっ……」
 確かに言われてみればそうだ。
 誰も気づいていないと思ったが、もし万が一この方のように気づいて私の行動を見ていたら犯罪者のように見えただろう。
 そう気づき私は羞恥で顔を真っ赤に染めてしまった。
「ほう、大和撫子のような美少女が顔を紅く染める姿はかなりそそるものがあるな。お姉さん、我慢できなくなりそうだ」
「っ」
 妙な気配がして私は半歩身体を後ろにずらす。
「むっ、気づいたか。なかなかやるな」
「あ、あのですね」
 私は抗議の声を上げようとするが寸前で押さえられてしまった。
「すまんすまん。つい周囲にいないタイプだったものだからからかってしまった。次からは真面目に聞くぞ」
「なっ……はぁー」
 その態度につい溜息を漏らしてしまう。
 なんと言うかどうにも読めない人だ。
「それで、いったいどうかしたのかね。謙吾少年と何か……いや何かはあったか。彼に何を言いたいのだね」
「あ……はい。その……」
 どうしたものか悩んでしまう。
 元より他人にこの感情について相談する気はなかったのだけれども。
「なに私は口が固い。それに悩んでいるなら誰かしらに相談するのも一つの手だぞ」
「……はい、分かりました。実は……」
 そうして私はあの日から懐く感情について彼女に説明した。

 話し終えるとかなりの時間が経っていた。
 最初は言うつもりもなかったあの日世界に絶望してから感じていたことから、宮沢さんがバスの事故にあったと聞いて自分の感情が激しく揺れ動いたことについて詳しく喋らされてしまった。
 これが彼女の力だというのだろうか。
「なるほどな」
 まあいい。もはや話し終えてしまったのだから後はどうとでもなれといった感じだ。
 来ヶ谷さんは何度か相槌を打ちつつ、私の言葉を吟味しているようだ。
「結論から言わせてもらうと」
「はい」
「それは恋なのではないだろうか」
「恋、ですか」
 そう言われてもピンと来ない。
 私が女性で宮沢さんが男性ということからしてそう言った考えもないとは言えないが。
「すみません。私にはよく分かりません」
 弓道一筋で今まで生きてきた自分にはそういった感情がいまいち理解できなかった。
「ふむ、そうか。まあ私もそういった男女の恋愛ごとの機微に関しては素人だからな。先ほどはああいったが実際にあってるかどうかは分からんよ」
「そう、なんですか?」
 さっきから話してる印象からするにその言葉は少し意外に感じた。
「だがそれでも確信を持って言えることがひとつある」
「なんでしょうか」
 今までで一番真剣みを帯びた彼女の声。
 私は居住まいを正して尋ねる。
「君にとって謙吾少年という存在はとても大切な存在だということさ」
「え?」
 その言葉に思わず呆ける。
「君の人生は弓道のそのものだったのだろう」
「え、ええ」
 弓道こそが私の芯となるものだった。
 物心がつく前から鍛錬に鍛錬を重ね、それが自分の一部であり最も大切なものとなっていた。
 それがあるから自分があり、ただそれに邁進することで満たされた。
「それは大切なものだった。失った瞬間世界から色が失せ全てが無味乾燥に思えるくらい。そうだろう」
「はい」
 あの感覚は今でも忘れない。
 いや、違う。こうして話している瞬間もこの世界に価値を見出せず、それ以上に自分に価値を見出せていない。
 目が見えなくなった、その瞬間時が凍りついたような錯覚を覚え、全てが灰色の染まったような気がした。
「言わば君そのものを失ったんだ。生きているという実感すらあやふやになるほどのな」
「よく、お分かりですね」
 根本がないのだ。
 昔から言われたことをただやり続けていたからこそ、中心がないとそれすらできなくなる。
 自分という存在が感じられなくなり生きている実感が失われるというのはまさにその通りだが、こうも的確にその考えを見抜くとは来ヶ谷さんという方はどういう方なのだろう。
「ん?意外かね、君の感情が分かったのが」
「ええ。凄く的確でしたので」
「なに、私にも経験があるからね」
「え?」
 その言葉に驚く。
 彼女は私のそんな反応を当然のごとく受け止め話を続けた。
「だが君は一瞬とはいえ色を取り戻した。私も同様だ。……まあ私の場合は最初から世界は全て灰色に見えどうにもつまらなく思えたがね。そしてそれを楽しいものだと気づかせてくれたのは男女の関係というよりも友という別の関係だったが、さしたる違いはあるまい」
「……」
「君はそれが謙吾少年だったというだけだ。……動揺したのだろう。震えるはずがないと思った凝り固まった心が揺れ動いたのだろう。まるで止まっていた時が動き出したような感覚」
 来ヶ谷さんはそこまで語り終えるとジッと私の顔を見つめた。
 その目を見て私は思わず後ずさってしまう。
「そこにどんな感情があるのかは分からん。だが君にとって世界をひと時でも取り戻したということはそれだけ彼が特別ということだよ」
「あ、う……」
 分からない。分からない。
 けれど彼女は更に私を追い詰める。
「それとも何かね。このまま何もせずにいることはできるのかね。赤の他人であることに耐えられるのかね?」
「……っ!」
 その言葉に改めて考える。
 確かにどう話しかければいいか分からず怖いという気持ちはある。
 けれどこのままあの人と一言も声を交わさず、永遠に離れるという想像は酷い恐怖だった。
 そして気づいた。
 あの人のことを考えるとまたこんなにも心が揺れ動いていることに。
「ふむ、気づいたかね。ならば話しかけに行きたまえ。なに、理由は適当にでっち上げろ。話すこと、それ自体が重要だ」
「でも……ご迷惑じゃないでしょうか」
 それもまた気になること。
 彼が私に話しかけられてどう反応するか、それは私のこの感情よりも優先すべきことではないだろうか。
 けれど来ヶ谷さんは私のその言葉を一蹴した。
「ふん、男が女に話しかけられて喜ばんはずがないだろう。それともなにかね。君の知る宮沢謙吾という男はわざわざ話しかけてきた女性を蔑ろにするような男かね」
「そんなことっ…………ありません」
 そんなこと言われなくても分かっている。
 彼はあまり接点がないであろう私の悩みを真摯に聞き、何とか力になろうと四苦八苦してくれたのだから。
「ああ……」
 唐突に思い出す。
 だから夢の中のあの方は私の力になれなかったとずっと悔いていたのだろう。
 そして仮初めとはいえ私を救えてあんなにも喜んだのだろう。
「古式君?」
 唐突に言葉を漏らした私に怪訝な表情を来ヶ谷さんは覗かせたが言うわけにはいかなかった。
 あんな夢の話、言っても誰も信じないでしょう。
「なんでもないですよ。それよりも私、行って来ます」
「ん、そうかね。ならば武道場に行きたまえ。まだこの時間、彼はいるはずだ」
「え?あの今から、でしょうか」
「むっ、何を迷う。善は急げと言うだろう。何も告白しに行けと言うんじゃないんだ、簡単だろう」
 確かにそうかもしれないがそれでもどうにも迷う。
 けれど彼女は容赦なく私の背を押す。
「ほら、さっさと行きたまえ」
「あ、はい」
 その言葉に私は慌ててその場から駆け出した。

<Kurugaya.side>
「行ったか。……もう出てきてもらって構わんぞ」
 私は後ろの草むらに向けて声をかけると、ごそごそと音を立てて一人の人物が現れた。
「ありゃ、気づいてたのか」
「当然だ。私をなめるな」
 その程度の遁術、私にとって見抜くのは造作もないことだ。
「お前くらいだよ、俺の気配に気づくのは」
 私の言葉に苦笑を浮かべつつ、恭介氏は肩をすくめた。
「けど珍しいな」
「なにがだね」
「お前があんなお節介をするとはな」
「ふっ、なあに。見目麗しい美少女の手助けだ、話くらい聞くのは当然だろう。例えその悩みが謙吾少年絡みだとしてもそれは変わらんさ」
「そうかい」
 私の言葉に納得したのか、彼はそれ以上何も言わなかった。
 ふむ、そう簡単に納得されるのもどうかと思うのだがな。
「しかしあの二人、どうなるんだろうな」
「さあ。興味ないな」
「おいおい。あそこまでお節介焼いててそれか?」
 ふむ、どうやら恭介氏は何かを勘違いしているようだ。
「私は彼女の悩みを聞いただけだ。二人の仲を推し進めようなどとはこれっぽっちも考えておらんよ」
「そうなのか?」
「ああ。そもそも古式女子自身がそれをあまり望んでおらん。結果的に男女の仲になることもあるだろうがそれに関しては関知せんよ。あくまで話せる仲になりたいということだったみたいだしな」
「なるほどな」
 興味深そうに恭介氏は頷く。
 その様子に少しだけ疑問を覚える。
「そういう恭介氏はどうなのかね。あれは君の幼馴染だろう。その彼がそれなりに気に掛けてる女性とお近づきになろうとしているんだ。なにかしらリアクションをとってもいいと思ったのだが」
 彼女の視線に気づいていた彼が全く何のアクションを起こそうとしていなかったことに少し不思議に思っていたのだ。
 お節介という言葉こそ彼に似合う言葉だと言うのに。
「ふっ、それこそまさかだ。理樹相手ならいざしらず謙吾に対して俺が何かすることはないさ。まっ、その理樹に対しても最近は手が掛からなくなったからさして何かやる気はないしな」
「そうかね」
「ああ、そうだ」
 それっきり会話が途切れてしまう。
 まぁ、彼とさしで話すようなこともないし充分だろう。
「ではそろそろ私は戻るな」
「ああ。まっ、軽く謙吾に聞くくらいしといてやるよ」
「ふむ、その辺りは任せよう。ではな」
「おう」
 私たちは軽く挨拶を交わすと、その場で別れた。
 さて、どうなることやら。
 二人がどうなろうと関係ないが、新しいタイプの美少女が増えることはお姉さんは大歓迎だ。
 できれば謙吾少年には頑張っていただき、是非とも大和撫子を愛でる機会を増やしてもらいたいものだ。


[No.200] 2009/06/27(Sat) 19:21:36
時が流れても (No.187への返信 / 1階層) - 秘密@11073byte 超遅刻&ネタ

 こんな気持ちになったのは、いつ以来だろう、とそんなことをふと考える。

 テレビで話題になり、最近みた映画、「容疑者Oの献身」でも心をこんなには揺さぶられなかったし、知り合いの女の子に勧められた「皇帝・夏」という本でもここまで心を揺さぶられたことはなかった。
 二つともすごくいい作品だった。容疑者Oの献身では容疑者がした行動からは目が離せなかったし、「皇帝・夏」の構成のうまさはもちろん、最後の幼馴染と主人公のやりとりからめを離せなかった。
だけど、それを上回るほどに、今、私は――、鈴ちゃんと小毬ちゃんから、目を、離せなかった。


『時がながれても』



 小毬ちゃんにつれられてきた屋上から、夕焼け空をみた。透き通った赤い空に、雲がぽつんぽつんと並んでいる。
 たまらなく、きれいな夕焼け空だった。
 こんな風景をみるのは、きょーすけたちと一緒に、昔、山に登って以来だった。
 本当に、きれいな風景だった。
「すごく、きれーだな」
 小毬ちゃんにそう伝える。きれーだな、としかいえない自分が今はいやだった。もっとちゃんとした言葉で伝えたいのに、きれーだな、としかいえない自分が今は本当にいやだった。
「えへへ〜、そうでしょ?」
 だけど小毬ちゃんはそんなあたしにもかまわず、笑顔でそういってくれた。
 もう一度、夕焼け空をみる。相変わらず、きれいな風景だった。
 小毬ちゃんの、秘密の場所。
 あたしをここに連れてくる前に、小毬ちゃんがそういっていた気持ちがよくわかった。
「なんであたしには教えてくれるんだ」
 どうしてこんな大事な場所を、あたしのために教えてくれるのか、わからなかった。
「ふえ?…うーん…」
 あたしが聞くと小毬ちゃんは困った顔をした。唇に手をあてて、どう答えたらいいものか迷っていた。
 ――やがて、小毬ちゃんは、にっこりと笑って――あたりまえといった感じで――小毬ちゃんは、いった。
「……いちばんの、仲よしさんだからかな。りんちゃんと私、お友達だから」
 心臓がとくんとはねた。
 そういって、小毬ちゃんにいってもらってうれしかった。今まで友達なんていらない、そう思っていたのに。
 でもこうして、小毬ちゃんに友達だといってもらえて――本当にうれしかった。
「あ…ありがとう、小毬ちゃん」
 だけど、あたしはそれだけしか、小毬ちゃんにいえなくて、もどかしかった。
 小毬ちゃんは、にっこりと笑っている。
 満足しているのがわかる。
 だけどあたしは、もっと――小毬ちゃんにこの気持ちを伝えたかった。

 小毬ちゃん、友達になってくれて、ありがとう。
 小毬ちゃん、大好きだって気持ち。
 
 そんな、気持ちをちゃんと伝えたかった。
 こんなとき、どうすればいいのか、わからなかった。どう、この気持ちを伝えたらいいのか。
 ふと、きょーすけがもっていた、本を思い出す。
 そうだ、あの本にたしか『なかよくなったふたり』がやることが書かれていた。ちょっとはずかしいけど、今こそ、それをやるべきだと思った。
「小毬ちゃん」
 そういって、小毬ちゃんをまっしょうめんにみさせると、自分の唇を小毬ちゃんの唇にあてた。
「り、りんちゃん!?な、なにしてるの!?」
「仲良くなった二人は、こうするってきょーすけがもっていた本に書いてあった」
「り、りんちゃん」
 小毬ちゃんが何かおこっている。いまいちあたしの気持ちがつたわっていないみたいだ。
 じゃあ、もう一回だ、もう一回。
「小毬ちゃん」
「ふ、ふぇぇぇ」
 小毬ちゃんの唇にもう一度唇をあてる。だけど、小毬ちゃんはあの本にかいてあったような、反応をしてくれない。
 あの本で唇をあわせた相手はにっこりと微笑んでいたのに。
 何が、足りないんだろう。

 あ、そうか。

 あたしは小毬ちゃんの胸に手をまわすと、手をくるんとまわした。う・・・小毬ちゃんの胸、かなり、大きい。あたしの胸よりずっと大きかった。同じくらいだと思っていたのに。
「り、りりりりりんちゃん!?」
 あたしの行動に驚いた小毬ちゃんが悲鳴らしきものをあげる。
 うーーー、なにが足りないんだろう。
 そうおもい、ほんの内容を必死に思い出す。
 しばらくして、大事なことを思い出す。
 今度こそ、わかった。ああ、そうか。


「小毬ちゃん、ちょっと我慢してくれ」
「ふ、ふぇ!?り、りんちゃん!?」

 
 あたしは小毬ちゃんを押し倒す。たしかあの本では二人は寝ころがっていたから。
 これで違っていたら――。
「り、りんちゃん…」
 小毬ちゃんが泣きそうな顔になっていた。
 うう……。どうやらまた間違ってしまったらしい。
 そのときになって、初めて気付く。
 きょーすけが持っていた本はあたしたちより、もっと小さい、小学生くらいの女の子二人だったということを。
 あたしには女の子の友達はいなかったからしらなかったけど、こんなこと18歳にもなったら、きっとやらないんだろう。
「こ、小毬ちゃん…」
 そういって、もう一回唇をあわせた。けっして、馬鹿にしたわけじゃない、そんなことを伝えるために。
 ふと、小毬ちゃんの顔を見る。
 小毬ちゃんは笑っていた。
 小毬ちゃん、優しいから許してくれたんだろうか。そんなことをおもったけど、だけど小毬ちゃんがなんていうか小毬ちゃんじゃなかった。小毬ちゃんが口を開く。
「りんちゃん、あたしと、こんなことしたかったんだぁ」
 今まで聞いたこともない声で小毬ちゃんはいった。
「う、うん」
 本当なら即答すべきだったんだろうけど、あたしは躊躇した。なんでかしらないけど、小毬ちゃんが小毬ちゃんじゃない、そんな気持ちが消えなかったからだ。
「……ごめんねぇ、きづいてあげられなくて。だったら、あたしもりんちゃんにしてあげるね」
 そういって、小毬ちゃんは、あたしの下着の中に手を入れてきた。そして、あたしのおしっこをだすところに手を触れてくる。
「こ、こまりちゃん!?な、なんてところさわってるんだ!?」
「あ、ごめんね、りんちゃん、いきなりはいやだったよね」
 そういって、小毬ちゃんはスカートとぱんつを脱がした。
「わぁ。りんちゃんのここ、すごくきれい。こんな夕焼けよりも、きれいだよ」
「小毬ちゃん、さ、寒い」
「だいじょーぶ、すぐあったかくしてあげるから」
 小毬ちゃんはそういうと指をあたしのおしっこをだすところに――。



 ☆
 ドキドキしながらページをめくる。
 二人の行為から目を離せない。
 二人がくっついたり、なめあったり、もんだり。そんな行為をするふたりがこの本に延々と描かれていた。
「全部、よんじゃった…」
 気がついたらあっという間に全部読んでいた。
 体が熱くて、心臓がばくばくいっていた。
 こんなHな本を読んじゃいけない。
 そうおもっていたのに、気がつけば最後まで読んでしまっていた。
 もちろん、途中で読むのをやめようと思った。
 だけど、止められなかった。
 こんな気持ちになるなんて、おかしい、おかしい、どこか冷静な頭でそんなことを考えながら――、最近みた映画や本のことを思いだしながら、こんなのは間違っている、そう思おうとしたけれど、無理だった。
「はぁ……」
 自己嫌悪に陥る。
 屋根裏なんかに上るんじゃなかった。
 そんなことを思う。今日は両親が家にいなくて、久しぶりに屋根裏で昔のアルバムをみようとのぼったのだけど、まさかこんな本をみつけることになるなんて思わなかった。
「ここにあるの、全部そうなんだろうなぁ」
 溜息をつきながら、本がいっぱい入った段ボールをみた。
 今更ながら、どうしてこんな本があったのか、と思う。
「お父さん、か」
 男の子はHな本に興味があるってしっていたけど、まさか優しくて、大好きなお父さんがこんな本もっているなんて。
 ドキドキしながら最後までよんでしまった自分に批判する権利はないのだろうけど、ちょっと失望せざるをえなかった。
「ほんとに…こんなに…あれ?」
 ふと、一冊の本をみると、本の表紙で男の人二人がくっついていた。
 気になって、本を開く。


「なぁ、頼む、俺の筋肉をあげるから、俺と付き合ってくれ」
「真人、お前からそんなことを言われるとは思わなかった。つきあおう、おれたち」
「おおう」


 本を閉じる。この後の展開が読まないでもわかるような気がした。
 だけど、私は、この本を読み続けた。




「ただいま戻りました、美鳥」
「美鳥、今かえったぞー」
「!!!」
 その声に驚いて、急いで読んでいた本をしまう。
「美鳥?いないんですか?」
 いつもすぐ両親を迎えるあたしが玄関にこないのを不思議に思ったのだろう。母が屋根裏部屋がある部屋に来る気配がした。父は別の部屋を探しに行ったみたいだ。
 あたしが急いで屋根裏への階段を閉まり終えたのと(収納式階段)、母が部屋に入って来たのは同時だった。
「……美鳥、どうしたんですか?そんなに汗をかいて」
「す、スクワットしていたの、ほ、ほら」
 いってしまってから拙いいいわけだと思った。
「……そうですか」
 だけど、母はとりあえず納得したようだった。


「大事な、話があるんです」
 二人で布団にはいったとき、いきなり美魚にそういわれた。
「どうしたの、美魚?」
「美鳥が、私たちが昔つくったものをみた可能性があります」
「―――!?どうして」
「今日美鳥が屋根裏部屋に登った形跡がありました、そして、隠しておいた段ボールが少し動いていました」
「地震か、何かで動いたんじゃない?」
「それに、美鳥の様子がなにかおかしかったです」
 美魚がそういうのを、信じたくなかった。それに、もし見たとしても。
「…みたとしても、意味わかんないんじゃない?」
 意味がわからないことを期待するしかなかった。意味がわからなければ、変な本があったな、そういう印象しか残らないだろうから。
「10歳は腐るのに十分な時間です」
 だけどそんな僕の気持ちとは裏腹にそう、美魚が断言する。美魚がいうと、すごい説得力だ。
「ひょっとしたら、美鳥は腐り始めるかもしれません」
「えーー」
 そうなることを信じたくなかった。
 あの件に関しては苦い思い出しかないから。
 美魚とつきあいはじめて、ああいう本に触れ合う機会がふえて。いつの間にか自分もつくるようになって。
 はじめのうちは、美魚に勧められてみた、アニメの同人誌だった。
 Kononや、CRANNADのキャラをもとにして、同人小説をつくった。だけどそのうち、自分の近くにいる人をモチーフにして、つくるようになった。あの時は本当に楽しく作っていた。
「美鳥には私たちのような過去を歩んでほしくないのですが」
「うん……」
 ――苦い思い出になったのはこの後起こった出来事だ。
 同人誌をつくっているのがリトルバスターズのメンバーにばれたのだ。
『西園、理樹、こんな本をつくるのはやめてくれ』
『り、理樹くん、美魚ちゃ〜ん、なんなのこの本〜』
『お前ら、きしょい』
『理樹、なんでお前が俺が秘密裏に持っている本のことをしっているんだ!?』
 といった散々な批判をうけて――だけど僕らは作り続けて、ついには。
「西園と理樹をぬいたリトルバスターズは不滅だ!」
 となってしまったのである。


「みてはいけない、と叱ってもこの件に関しては効果があるとは思えません」
「うん」
 知ってしまうともう、この世界から戻れない。禁忌としてしまうと、余計にこじらせてしまうかもしれない。そのことを僕らは十分にしっていた。
 ……だって僕が周りの人をモチーフにしだしたのは背徳感による興奮がすごい、好きだったから。
 今思うと当時の僕はほんとに変態だったと思う。
「なるように、なれ、か」
「時は流れ、歴史は繰り返す、そんなことにならないといいんですけどね」
「うん…」
 とりあえず今の僕らにできることは祈ることだけだと思った。



 一ヶ月後。


「よし、今日の勉強、終わり」
 あたしは宿題をすませると、机の中から一冊のノートを取り出す。
 ノートの一番上には何も書かれていない。
 あたしはドキドキしながら、ノートを開く。


『憂、一緒に寝てもいい?』
『うん、いいよ、お姉ちゃん、だけど…』
『うん、わかってる、憂はHだね』
『お姉ちゃんがHにさせてるんだよ』
『憂の胸、大きいね』
『お、お姉ちゃんが揉むの上手だからっ。あ、ああっ』


 今書いているのは最近やっているアニメ「じゅうおん!」の二次創作だった。二階であの本たちを見て以来、いろいろ妄想するようになった。
 なかなかうまくかけないってか地の文を書くのがすごく苦手でセリフしかノートに書くことはなかったけど、妄想するのはすごく楽しかった。
 ノートにこの後の展開をかいて、満足すると、私は眠りについた。

――眠りに就くと思っていたんだけど。


『ふふ、なのはさん、なんていやらしい人、私にこんなことしてほしいから、『少し、頭冷やそうか』っていったんですよね』
『ち、ちが、あ、あれはほんとにティアのこと、しんぱいし』
『ここがこんなに濡れているのに、説得力ありませんよ』

 ふと、「魔砲少女なのは」の妄想が繰り広がる。
 こうなることも珍しくない。
 あたしの眠れない夜はまだまだつづきそうだった。



 終われ


[No.202] 2009/06/27(Sat) 22:01:08
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