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第29回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催

 エクスタシーネタバレの申告は必要ありません。
 未プレイだけど参加しちゃうぜ!な方はご注意ください。


 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「愛」です。

 締め切りは3月20日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は3月21日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.22] 2009/03/19(Thu) 22:35:37
幻想への恋慕 (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@11514 byte

冷え込む空気に目が覚めた。
「ぅぅぅ」
 けれども頭の中には黒いもやがかかったみたいにハッキリしてくれない。ボンヤリするというよりは、頭の引き出しが動いてくれないといった感じだ。
「寝すぎたかな?」
 コキコキと首を回す。んっ、と背伸びをする。体の動きは全く問題ない。むしろいつもより軽いくらい。
 外を見ると、雪。もう3月も終わりに近いのにチラホラと雪が降っている。
「うわぁ、寒いはずだよ」
 ため息が漏れる。せっかく久しぶりのデートなのに幸先が悪い。せめて地下に潜る日だったら天気なんて関係なかったのに。

 駅前の広場。季節に似合わない雪のせいか、人通りは全くない。降る雪々は世界を白く染めていき、全ての色を落としていくような錯覚さえ覚えてしまう。
「さむ」
 雪の冷たさに手先の感覚が共に溶けゆくような。寒さとは違うモノで背筋が少し冷たくなり、かじかむ手をそっとすり合わせる。
 時計を見る。待ち人はまだ来ない。
「理樹くん!」
 そう思ってまたため息がでかけた時、そんな声が聞こえて一気に現実に引き戻された。色の無い世界を引き裂くように鮮やかな女性がかけてくる。
「沙耶!」
 顔に笑みが浮かぶ。側に駆け寄る彼女を見るだけで世界に色が戻ったみたい。雪の白しか感じられなかった世界は、実は街路樹の緑もあるし店の看板に使われている赤もある。それなのに彼女を見つけられなければ世界の色にも気がつけなかった。
「ごめん。ちょっと遅れちゃった」
「いいよ。そんなに気にしてないから」
 そう言うけど、それは嘘だ。そんなにじゃなくて全く気にしていない。例え何時間待たされようとも沙耶が来てくれるだけでいいと思えるくらい、夢中にさせてくれる女の子だから。
「でも寒かったでしょう。とりあえずそこら辺の喫茶店に入りましょう?」
 ちょっと心配そうな顔をする沙耶に、頷く以外の行動なんて出来るはずもない。

 テーブルの上にはコーヒーが二つ。ついでにチーズケーキも一つ。
「ん〜。美味しい♪」
 そしてとても嬉しそうな顔で甘さタップリのそれをつつく沙耶。
「お疲れ様、沙耶」
「あ〜も〜本当に疲れたわよ。上司との駆け引きなんてするものじゃないわ。
 せっかく敵対組織を全部潰して、後は地下迷宮の探索をするだけだってのにどうしてああも及び腰になるのかしら?」
 うっぷんを晴らすようにチーズケーキをぱくついている。僕にはよく分からない事だけど、組織に所属している沙耶は上に呼び出されて報告をするなんて事がままある。そこで上司とやらと交渉して、学校での活動費やら弾薬の補充やらも捻出しているらしいので無碍にも出来ないそうだ。
「でもまさか、何十階もあるとは思わなかったしね」
「それはそうよ。私だって見たときは唖然としたもの。でもまあ、やるしかないんでしょうけど」
 言葉が終わるときにはチーズケーキのお皿の上にはもう何も乗っていない。食べたりなさそうな顔をしていたけど、お代わりはしないみたいだ。代わりに疲れた顔でコーヒーを手に取る。
「優等生としての仮面を傷つける訳にはいかないのは分かるけど、徹夜は勘弁して欲しいわね」
 昨日の仕事を思い出したらしい顔をして、沙耶はズズズと音をたてながらコーヒーをすする。ちょっと行儀が悪い。けれどもそんな沙耶も可愛いと思える僕は重傷なのだろう。
「でも、何十階ってあってよかったとも思うのよね」
「え? どうして?」
 静かにコーヒーを飲んでいた沙耶だったが、急にそんな事を言い出した。任務を大事にする彼女がそんな事を言うのが意外過ぎて僕は思わず聞き返してしまう。
 そして沈黙。穏やかなBGMが流れる店内、僕と沙耶だけしか世界にいないような静寂の中でやがて目の前の女の子は口を開く。
「げげごぼうおぇ」
「だから女の子がげげごぼうおぇとか言っちゃダメでしょ」
 顔を真っ赤にしてそんな事を言う始末。反射的に僕はいつも通りのツッコミを入れてしまう。そして沙耶はどうやらそれがお気に召さなかったらしい。顔を真っ赤にしたまま涙で僕を睨みつけて大声を張り上げる。
「ええそうよ、どうせ私なんて女らしくない女よ。任務がいつまでも続けば理樹くんとずっと一緒にいられるよねとか思ったんだからスパイとしても最低ね。滑稽でしょこっげび!!」
 急に口を押さえてプルプルと震える沙耶。どうやら最後に舌を噛んだらしい。
 そりゃあんだけ長いセリフを何度も言えばたまには舌くらい噛むだろうとか、そんな謎の自虐パフォーマンスもスパイらしくないんだよとか、ありきたりな突っ込みをいれる前に、とにかく沙耶が口にしてくれた言葉が嬉しくて、どんな言葉も口から出てきてはくれなかった。

 雪の降る町に出て、どちらとも言わずに手を繋ぎ合う。白の世界に沙耶の手が温かい。
「どこに行こうか?」
「ゲームセンター!」
 間髪入らずに返された言葉に、僕は苦笑する。
「いつも通りだね」
「いつも通りよ」
「でも沙耶は昨日徹夜したんでしょ? ゲームセンターに行って体力とか持つ?」
「大丈夫大丈夫。スパイはそんな柔じゃないから」
「じゃあ徹夜くらいで文句を言わなければいいのに」
「理樹くん、何か言ったかしら?」
「いいえなにも言ってませんごめんなさい!」
 笑顔が怖かった。それでも僕が謝れば笑顔の種類も変わるし、そのままサクサクと新雪に覆われた町を歩いていく。
 吹く風は寒くて、地面に落ちた雪さえも巻き上げる。巻き上げられた雪は冷たい感触を肌に残して消えていく。段々と、体中の感覚が無くなっていくみたいだ。このまま眠りそうな違和感に包まれたまま、けれど沙耶の手に引っ張られるように歩く。
「理樹くん、着いたよ」
 はたと沙耶の声で我に返った。軽く頭を振って見上げて見れば、いつも行っているゲームセンターの店先。少しボーっとしすぎたみたいだ。今日はなんだかそういう事が多い気がする。
「ほらほら。つっ立てないで早く中に入りましょうよ。外は寒いんだから」
 そんな僕を沙耶はグイグイと引っ張って店の中へ連れて行く。そんな一生懸命な沙耶に僕も軽く笑みを浮かべて、しっかりと足を動かした。

『故障中』
 そんな張り紙が張られたユーフォーキャッチャーを目の前に沙耶が崩れ落ちていた。具体的に言うとOTLみたいな感じで。
「楽しみしてたのに、楽しみにしてたのにぃ」
 そんなブツブツと言葉を漏らす沙耶は、明らかに周囲の事に意識がいっていない。それを確認すると僕はゆっくりと沙耶のスカートに手をかけてたくしあげる。
 沙耶の生足、ホルスターに入った銃、薄いピンクと白のストライプ。うん、沙耶らしくてとても可愛い。
(流石に触ったら気がつかれるよな)
 そう思いながらもう片方の手で沙耶のぱんつの上からおしりをツンツン。
「ううう。今日の上司の嫌味もこれを楽しみに耐えてきたのに。ユーフォーキャッチャー用に雑費を多めに申請したのにぃ」
 反応なし。本当に沙耶は敏腕スパイなのかすごく疑問だ。いや、地下迷宮での罠解除とか他のスパイの無力化とかを見ている僕としては反論の余地はないんだけど。なんというか沙耶は、スパイである時とスパイでない時の落差が激しんだと思う。地下では頼もしい相方で、こういう時は素敵な彼女。だから、こんなアンバランスな彼女だからこそ、僕は彼女のことをこんなにも好きになったのかも知れない。
 そう、お尻をツンツンしながら思う。誰もいないからいいけどこれって目撃されたら危ないよね。
 とりあえずお尻のツンツンをやめて、たくしあげたスカートを元に戻す。次は撫でまわしてやろうと心に決めて、ポンポンと肩を落ち込んでいる沙耶の肩を叩いた。
「気持ちは分かるけどさ、いくらここに居てもしょうがないよ。たまには他のゲームを楽しんでみようよ。ね?」
「ううううう。これがよかったのにぃ〜」
 未練がましくユーフォーキャッチャーの機体に縋りつく沙耶をズルズルと引きずって僕たちは更にゲームセンターの奥へと踏み入れていく。
 で。
「あーははははは! 重量が足りないわね、もっと重い方が扱いやすいのに」
 とても楽しそうにおもちゃの銃を握り締めてゾンビを撃ち倒していくゲームでは、当然の如く全国ランキングで名前の乗る得点を叩き出し、
「よっ、ほっ、はっ!」
 ダンスゲームではリズム感皆無なのになぜかそこそこの点数を着実に積み重ねて、
「うんがー!」
 落ちゲーでは開始45秒で負けていた。本当に器用なんだか不器用なんだか。
「だから女の子がうんがーとか言わないように」
 肩を落として無意味になりつつある突っ込みを一応入れておく。もちろん沙耶はそんな事なんて関わらずに躍起になって落ちゲーにコインを投入してリベンジに燃えていた。
 それを後ろから見ているだけだったけど、僕には回数を重ねるごとに負けるまでの時間が短くなる理由が分からない。

 そして夕暮れ。時間を忘れて遊んでいた僕たちは学校までの道を一緒に歩く。夕日は見えるのに空からは雪が降っている、お天気雨ならぬお天気雪に吐く息も冷たい。
「遊んだわね」
「うん、遊んだね」
 主に遊んだのは沙耶な気がするけど。そんな野暮な事は言わない。だってそんな沙耶を見て、僕も楽しんでいたんだから。
 河川敷の並木道。この時期ではもう桜が咲いていて、雪と夕日と相まってチラチラと幻想的な世界を僕たちの目の前に作り出している。
「綺麗ね」
「綺麗だね」
 沙耶の声に僕も頷く。沙耶と同じ事を考えていたのが、どこか嬉しい。そしてまた無言で歩く。嫌な沈黙じゃない、ただ二人で歩く帰り道。こんな時間はきっと、いつまでも続いていく。僕と沙耶が居る限り、いつまでも。
「理樹くん」
「なに?」
「大好き」
「僕もだよ」
 交わす言葉は短くて。沙耶の言葉が、なぜか僕の事を不安にさせる。チラリと沙耶を見れば、僕の方を見て笑っていた。満面の笑みだった。
「大好きだよ、理樹くん」
 眼尻から夕日を映した涙が零れる。歩きながら、だけど沙耶の言葉と涙は止まらない。
「昔ね、昔。男の子と一緒にこんな景色を見たんだ。夕日と雪、桜の花びらが散っている景色」
「え?」
 唐突な沙耶の言葉に、僕の声がつまる。確か、そんな記憶なら僕の中にもある。
「やっぱり。理樹くんはりきくんだったんだね」
「でも違うよ。その女の子は沙耶じゃなくてあやちゃんだったから」
 小さい頃の幼なじみだった女の子の名前を沙耶に、今の彼女言うなんてどんな神経だと言ってから気がつく。そんな不安があって沙耶を見るけど、やっぱり彼女は笑っていた。泣きながら笑っていた。
「うん。きっと、だからなんだね。理樹くんにとって私はさ、うたかたの恋人じゃなかったんだ。昔からの知り合いだったから、理樹くんは苦しんでくれたんだね。あの世界から私だけが助からなかったから、それがとても苦しかったんだよね」
「うたかたの恋人なんかじゃないよ、ずっと恋人同士じゃないか。それに沙耶が隣にいるのに苦しい事なんかないし」
「最期にもしも理樹くんがりきくんだったらこの景色をもう一度みたいと思ったんだ。だから、だからそれが叶えられて私は本当に嬉しいんだ」
 ダメだ。沙耶との会話が根本的に合ってない。それが悲しくて辛いから、何を言っているのと沙耶に聞こうとした瞬間に、沙耶の手と僕の手がスルリと離れる。
 そして僕だけが歩いて行く。沙耶の足は止まっているのに、僕の足だけが止まってくれない。
「不思議な世界だよね。人は想うだけでこんな不思議で素敵な世界を創れるんだね。そこまで理樹くんが私の事を想ってくれるのは嬉しいけど、そこまで私の事で苦しむのは悲しいから」
「ちょ、ちょっと待ってよ沙耶! 僕の足が止まらないんだよ!」
「私は最期に納得してた。けど理樹くんは納得出来なかった。でもね、一人じゃ世界はそこまで完全じゃない。いくら私と理樹くんしかいない世界だって限界は来るんだよ」
 嫌な予感が止まらなくて、必死になって僕は足を止めようとする。けれど足は止まらずに前に向かって歩き続けてしまう。なんとか腰と肩と首とを限界まで回して後ろを、沙耶を見る。
 僕の後ろで、立ち止まった沙耶はやっぱり笑っていた。そしてやっぱり笑いながら泣いていた。雪が、何も無い白が沙耶と、世界の全てを覆い隠していく。
「沙耶! 沙耶沙耶! くそ、止まれ! 足、止まれ!!」
「無理だよ。ここは理樹くんの世界だけど、それでも少しだけ私の世界でもあるんだから。理樹くんの足を動かし続けることくらいなら、この壊れかけた世界なら出来るんだから」
 そのまま、沙耶は白に溶けていく。
「ありがとう理樹くん。もう一度デートが出来て、本当に嬉しかった」
 笑ったままで、泣いたままで。沙耶はそう言って、消えた。





「沙耶っ!」
「あん? 鞘?」
「剣の夢でも見てたのか?」
 真人と謙吾の声に目を瞬かせる。
「あれ? 謙吾に真人?」
「ふっ。俺の方が先に名前を呼ばれたな。やはり真人より俺の方が友人ランクは高いようだな!」
「くそぅ。オレと理樹の友情はそんなもんだったのかよぅ!」
 結構本気で悔しがる真人は置いておいて、僕は首を動かして周りを見る。車の中で、僕たち三人の他は誰もいない。車の窓からは海が広がっているのが見える。
「あれ、ここは?」
「修学旅行先だ。リトルバスターズのな」
 謙吾がしたり顔で答える。そして真人は僕が見ている窓から反対側の窓を指さして付け加える。
「ちなみにみんななら先にチェックインしに旅館に入ったぞ。俺達二人はまあ、理樹を起こす兼荷物持ちだな」
 反対側の窓を見てみれば、みんなの荷物が車の前に無造作に置かれていた。これから運び入れるところらしい。
「ところで理樹よぅ。鞘ってどんな夢を見てたんだ?」
「鞘って事は当然俺関係だよなっ!」
 にこやかな謙吾とは対称に、真人の顔が曇る。そんな二人を見つつ、僕は口を開いた。
「分からない、忘れちゃった。大事な人の夢を見ていた気がするんだけど」



 空を見る。セミの最後の鳴き声をBGMに、抜けるような暑い青空だった。どこまでも、現実と夢は違う気がした。


[No.24] 2009/03/19(Thu) 23:01:01
正しい想いの伝え方 (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@17213byte

冬、春を迎える季節

それは唐突にやってきた。
「俺は気付いちまったんだ」
恭介のいつに無く真剣な視線が僕の瞳を縫い止めて離さない。
「あの日お前が俺たちを助けてくれた時からずっと思っていたことがある」
放課後、恭介に呼び出されて訪れた裏庭には人影はなく、彼だけがひとり佇んでいた。
もうすぐ冬も終わるのだろう。まだ少し肌寒さは感じるものの風は春の香りを運び、やがて来る始まりの季節を予感させた。
「俺は」
ぐっと、恭介は何かを言いたそうにして、けれど言い留まっている。
どうしたのと尋ねようとして、しかしその場の空気がそれを許さない。言い淀んでいる恭介の瞳には迷いと決意が混ざり合い表情を曇らせていた。
結局僕は何も言わず恭介の言葉を待つ。一番大事なのは彼が彼自身の力で話を切り出すことだと思ったからだ。
それが息を吸うほどの時間だったか、一息付くほどの時間だったかは分からない。
「俺は、お前が大好きだ」
静かにゆっくりと、けれど力強く、真直ぐに僕の瞳を覗き込んでそう言った。
その言葉の意味が理解できて、けれど理解できない。
「僕も恭介のことは好きだよ?」
それがあまりにも僕らはにとっては普通の感情だったからだ。
恭介は僕らのリーダーとして小さいころから一緒で、困った時、迷った時には手を差し伸べていつも最高の結末へと導いてくれた。
その恭介を目標にして、いつか越えてみようと決意してリトルバスターズの新リーダーにまでなることになったのだから。
当然、僕は恭介の事が大好きだ。寸分の迷いもなくそう断言できる。
けれど恭介の瞳に映るのは失望。ふっと、寂しげな、自虐的にも見える笑みがこぼれる。
「違うんだ」
なにが、違うのだろうか。
「俺は、お前のことを愛している。誰よりも、だ」
ひとすじの風が髪を撫でていく。何をどう言っていいのか分からない。どう反応すればいいのかも分からない。
寧ろこれは恭介なりのネタかなにかなのだろうかと考えて呆気に取られ動けない僕を突然彼は力強く抱きしめた。
「俺の傍に居てくれないか」
その瞬間、冗談などではなく、真剣な想いによって紡ぎ出されたのだと理解できてしまった。
でも僕たちは、と吐き出そうと思ったその言葉は喉で詰まる。
目の前にある真剣な恭介の瞳と、力強い彼の腕の中で、迷う事など無かったのだ。
その問いに僕はゆっくりと頷いた。




秋、冷たい雨の季節

しとしとと冷たい雨が無機質な灰色のコンクリートを更に黒く染め上げていく。
その隅に置かれた小さなお墓の前に僕は傘も差さずに立っていた。
この喪失感をよく知っている。それでも泣かないと決めていた。
笑顔で見送りたいと思ったから。泣いてばかりじゃなくて、強くなって安心させたいと思ったから。
だから僕は冷たい雨の中で最後のお別れを告げる。
ありがとう。
さよならは言わない。きっと君はいつだって傍に居るんだ。
いつか、僕もそこに行くことになったらまた合えるかもしれないから。
失うことは悲しいことだ。だけど、出会ったことで得る喜びも僕はもう十分に知っている。
だから、ありがとう。
喜びをくれて。
笑ってくれて。
傍に居てくれて。
出会ってくれて、ありがとう。
一緒に居るだけで楽しくて、ボールを華麗に受け取る姿も、追いかける姿も可愛くて。
本当に、幸せな時間だったんだ。
熱い物がこみ上げる。少しくらい泣いても雨に紛れて分からないだろうか。
いや……ここで泣いてしまったら、きっと止まらなくなるから。だから……。
すっと、横から傘が挿される。誰も居ないと思っていたのに、驚いて見上げる。
赤いTシャツに鉢巻と使い古されたジーパンと言う代わらない姿で、彼はそこに居た。
お互いに何も言わずに、僕は目を閉じる。
ぱんっという真人が手を合わせる音が聞こえた。
無限にも思える黙祷の後、帰ろうと真人に声をかけた。
無言のまま静かな雨の墓地を後に真人の傘に入れてもらいながら歩く。
「あのよ」
真人が不意に歩を止めて遠慮がちに声をかけた。
「あー、何ていえばいいのかわかんねぇけどさ」
ぽん、と大きな真人の手が僕の頭の上に乗せられた。彼の手はこんなに大きかっただろうか。
「泣きたい時に泣ける強さだってあるんじゃねぇか
俺はそれでお前が弱いとは思わねぇ。だからよ、今だけでも思いっきり泣いとけよ
明日からまた元気になる為にな」
その一言で僕の中に抑えていた物が全て溢れ出した。
心の底からずっと抑えていた物が何倍にもなって流れてくる。
「心配すんな。悲しい事があっても俺がまた笑えるようにしてやるからよ」
真人の腕が背中に回って静かに、優しく抱きしめられる。僕はただ静かに何度も頷いていた。




夏、ほとばしる情熱の季節

この試合が終わったら伝えたいことがあるんだ。
謙吾にそう言われて僕は一人、大きな全国大会に足を運んでいた。
リトルバスターズのメンバー全員で行けばいいのにと思っていたのだが謙吾がその提案に珍しく首を横に振ったからだ。
訝しく思った物の、結局最終的に謙吾の希望通り今は一人で来ている。
試合の方は順調に勝ち進み、既に決勝戦が始まる所だった。
今の所結果は2-2で引き分け。この大勝戦で試合の結果が決まるクライマックス。
相手は何度か謙吾を打ち負かしたことがあるほどの腕を持っている。どちらが勝つかなんて分からない。
試合開始、謙吾は果敢に攻めていく。相手の竹刀の軌道を読み、弾き、流し、的確に打ち込んでゆく様は舞の様にも見える。
けれど相手も譲らない。
果敢に攻めてくる謙吾の猛攻を寸での所で全て受け流し、隙あらば打ち込もうと虎視眈々と狙いを定めている。
しかし試合開始早々に防戦一方の相手に対し、謙吾は完全にコーナーへと相手を追い詰め始めていた。
誰がどう見ても試合は謙吾に有利に働き始めていると思った、刹那。
謙吾の太刀に無理やり体をねじ込み押さえつけ、立ち位置を完全に逆転させる。
一瞬の出来事だった。既に謙吾は相手をコーナーぎりぎりへと押さえ込んでいる。
位置が逆転した瞬間、今までの優勢が一気に崩れる。
今までの防御を主体にした攻めと一転、とてつもない勢いで竹刀を繰り出し始める。
既に後退を許されない謙吾はその軌道を何とか留めてはいる物の、誰がどう見ても捌き切れなくなるのは時間の問題に見えた。
そして一瞬。謙吾の防御が、竹刀が、相手の攻撃で僅かに傾く。
「謙吾っ!」
思わず叫んでいた。そんなことでどうにかなることはないだろう。でも、叫ばずに入られなかった。
負けるなと、諦めるなと。
百戦錬磨、無敗の男がこんな事で負けちゃダメだと。
相手の竹刀が面目掛けて振り下ろされる。
それを、謙吾は紙一重でかわす。
足場の無いはずのコーナーで、常人では維持できないような体制で。
そのまま、振り下ろして無防備になった相手の面に一閃。
審判の声と完成が会場に響き渡った。
 試合後はそのまま閉会式及び授賞式に移行するらしく、謙吾はスタッフに導かれて壇上に上がる。
審査員の解説の後にマイクが謙吾に向けられる。
「優勝した宮沢さん、何か言いたいことはありますか?」
いつもなら特に無いとそっけなく返す謙吾だが今日はそのマイクを受け取る。
そして
「理樹、俺はお前を守れなかった」
後悔の滲む声で話し始めた。
「剣の道に進んだのも、俺はお前を守りたいと、思ったからだ。
そして今、こうして優勝することが出来た。だから言おうと思う!
理樹、俺はお前が好きだ。きっとこれからもお前を守り続けてみせる。
だから、俺の傍に居て欲しいっ!」
場内に歓声が響き渡る。理樹、行ってやりなさいと佳菜多さんが壇上へ僕を押し上げた。
「理樹、俺の傍に居てくれるか?」
投げかけられる真摯な瞳と、自信に満ちたその表情に、僕はこくりと頷いた。





頭が猛烈に痛い。恐らく、いや間違いなく精神的な物が原因で。
目の前で西園さんと真人と謙吾、恭介が嬉々として話した妄想が原因である事に間違いはない。
できれば一生忘れたい思い出がここで一気に3つもできてしまった。
なにがどうしてこうなったのか……
原因は恐らく僕にある。修学旅行で事故に合い、それでも完全に復帰を果たした頃僕は鈴の事が好きになり始めていた。
初めはそれが何なのか分からなかった。
随分と社交的になった鈴は異性の注目を以前より大分集めるようになって気が気ではなかった。
鈴の見せる笑顔が特別な物のように感じられて心がざわついた。
それが他人に向けられることをどこかつまらなく感じていた。
いつも傍に居ることで好きになっている事実に気づけなかったのだ。
或いは、気づいていてなお、この関係が壊れてしまうことに恐れ心に封じ込めていたのだ。
紆余曲折を経て、それから1ヶ月後には僕の思いは完全な決意として自分の中で確立していた。
鈴が好き。
想い続けているだけではなくて、ちゃんと好きと伝えて付き合いたいという願い。
だけど今まで僕には告白の経験が無い。何故かその先になると色々できそうな気がしたりしなかったりするのだが、好きですと伝える方法がよく分からなかった。
だから僕は恭介に鈴が好きだと正直に伝えて、情けないながらにもどうすればいいだろうと相談したのだ。
恭介はそれを聞いてお似合いだと思ってたと何故か喜び、止めるまもなくすぐに真人と謙吾にも伝えられ実演をしよう、と言うことになったのだ。
その為には相手役が居なければならないと歩いていた西園さんを捕まえて突発的な愛の告白を試みた所、即座に嘘の告白に見抜かれ罵倒されると共に事情の説明を余儀なくされ、
「女性に偽りの告白をするなど問題外です。自分たちで始めたのなら自分たちの中で完結させなくては。ですが協力くらいは出来るはずです。謹んで承ります」
そう言って断る暇も無くいつの間にか理樹と鈴の仲を取り持とう、僕らのラブラブハンターズ(その時点で命名)に加わっていた。
西園さんが相手になってくれるのかと思いきやその気は無いといわれ、指導をしますという言葉とともに僕の部屋に集ることになった。
指導とはずばり、女心を理解することらしい。
彼女なりに様々な文献を読んだ所、告白はとても大切な物でその美しさ次第で駄作と名作にわかれる、との事だった。
何が相手にとってうれしい言葉で、欲しい言葉なのか知るにはまず女心を理解するしかない。
確かにそうかもしれないと思いはしたが女心を理解するのは簡単でことではない気がする。
ならばまず鈴さんの気持ちで告白を受けてみて、何と言われたら嬉しいかを自分で考えてみてください、と言うことになり何故か僕が告白されることになった。
これは練習といえるのだろうかと疑問に思ったがその一言は西園さんからあふれ出る空気読めオーラと鋭い視線でさえぎられてしまった。
その後西園さんは恭介には情熱的な告白を、真人には慰めながらの告白を、謙吾には努力の末の告白を、という仮想の状況を与え、各々がそれを元に告白方法を妄想して発表することになったのだ。
当然、彼らの物語に出てくる僕の反応も彼らの創作である。

「恭介さんの告白ですが、同姓に対してのどうしようもない想いの高ぶり、そして悩んだ末のストレートな告白……感動しました。ご馳走様です」
「いや、一応僕って鈴の役って設定だよね……」
不穏な解説を聞きながらも、確かに少しどきりとした部分はあった。
恐らく真摯な思いで好いてくれる相手にあんなに情熱的に告白されて心を動かさない人は早々いない、と思う。
「直江さんも顔を赤らめて潤んだ表情を見せ付けるなんて、流石としか言い様がありません。本番も楽しみです」
「いやいやいや、誰もそんなこと言ってないよね!? そもそも本番って何!?」
当然、僕の突っ込みはどれも見事になかったことにされてしまった。理不尽だ。
「春の前って言ったらやっぱ卒業だろ?告白のタイミングなに最高のシチュエーションじゃないか
お互い違う道を歩く事に決まってもずっと一緒にいようと誓い合う二人……やべぇ、理樹、卒業式後は空けといてくれよな!」
絶対空けないよ、恭介……。
それにそれじゃ僕が告白するのは半年以上先のことになるじゃないかっ


「次に井ノ原さんの告白ですが……見直しました。
男性としての男らしさ、強さが気丈に振舞う直江さんを優しく包み込む。
普段の井ノ原さんとは一味違うギャップを味合わせてくださいました。
今まで井×直は無いと思っていましたが率直に、これはありです。美しいです。
普段はボケたキャラをしつつも土壇場では一番かっこよく決める。……これは恭介さんの特権だと思っていたのですが、素晴らしかったです。
語りすぎない所も美しいとしか表現しようがありません」
何だ、俺ってそんなに凄いのかと喜んでいる真人が今は何より遠い存在になってしまった。
でも確かに真人と居れば毎日が楽しいし、一見ただの筋肉馬鹿と思われている節もあるけれどその中にある優しさも、頼りがいも近くで見てきた僕はよく知っていた。
いや、だからといってときめいたりはしない。……しない、はずだ。
「ところで、これは何をイメージしたのでしょうか」
確かに真人にしては情景描写や設定がきちんとしているように思える。
「いや、だって理樹が鈴の設定なんだろ?だから猫を埋めてみた」
鈴に知られたら殺されるよ、真人……。


「最後に宮沢さんです。どう攻めてくるか心配でしたが王道でしたね。
何かを達成した時、人は強くなれます。しかもその理由も、実は彼の為にあった。
かつて宮沢さんは直江さんを救えなくて、それをずっと後悔していて、強くなろうと決めた。
そうして傍らに居ながら強さを目指し、自分という存在に納得できた今、告白する。
とても感動的なストーリーでした」
うっとりと恍惚な表情を作る彼女が今は西園さんに見えない。それに、
「ちょっと待ってよ、謙吾が剣道を始めたのは僕らと出会う前からなんだけど」
「……これはただの予行練習で妄想ですよ、直江さん」
その一言にようやく自分が墓穴を掘らされた事に気づく。
「そもそも呼称を決めるのは面倒だったので、そのままの名前にさせてもらったのですが……直江さんはもしかして本物の告白をして欲しかったのでしょうか」
ぐさぁっと何かが突き刺さる。そんな訳は無い。無いったらない。
「そ、そんな訳無いじゃないか、そもそも僕は鈴と」
鈴と付き合いたいんだ、しかしそう高らかに宣言するより先に恭介が全てをぶち壊す。
「俺はお前のこと、愛してるぜ」
何かを言おうとして、結局何を言ったらいいのか分からず声にならない悲鳴を上げる。
それを横で西園さんが、告白されて悶える直江さん……ありですとノートに何かを書き込んでいた。
いい加減にぼけないでよね、と冷や汗をかきながら恭介に文句を言おうとして、ずいっと真人が前に出る。
良かった、真人はきっと僕の気持ちが分かるはずだ。
「てめぇ、理樹は俺のものだ、恭介なんかに渡すかよ」
高々と宣言すると僕の前で何かから守るように両手を広げる。どうしちゃったんだ真人は。君はどこへ行こうとしてるんだ。何を目指しているんだ。目指す物は筋肉だけで十分じゃないか。それだけでも有り余るというのに。
「大丈夫だ、理樹。お前は俺が守る。俺の言葉は全部本気だぜ」
ごめん真人、真人がもう遥か遠い存在に感じるよ。届かないくらいに。
真人と恭介が視線をぶつけ合う最中、やれやれとばかりに謙吾がため息をついた。
そうだ、謙吾ならこのメンバーの中でも一番の良識派だ。この場も納めてくれるかもしれない。
「お前たち、いい加減にしないか。理樹が困ってるじゃないか」
謙吾、ありがとう。君だけはまともだとずっと思っていたよ。いつかどこかで聞いた、守るという謙吾の言葉が胸に響き……
「それに、理樹は俺の物だ、いやっほぉぉぉぅ!」
轟音とともに崩れ落ちた。ダメだこいつら、早く何とかしないと。
その横を西園さんが三つ巴の略奪愛、大いにありですと更なる恍惚とした表情で見とれている。
はじめから誰かに頼るのが間違いだったのかもしれない。
鈴への想いはずっと胸の中にあったのだから、ただそれを伝えればよかったのだ。
まだ心の整理は付かないけれどきっとすぐに言える日も来る。
よし、と自分に気合を入れて立ち上がる。とりあえずこの3人は放置しようと思ってドアに向かうと、3人分の声がハモって僕の名前を呼んだ。
「「「俺たちの中で、誰の愛をとるんだ!?」」」
「いやいやいや、要らないから。もう勝手にやってて」
言い残してドアに手をかけるその瞬間、全身を嘗め回すような寒気と悪寒が襲った。
「ほう、勝手に、か」
「いいじゃねぇか、じゃあ誰が一番初めに理樹のハートを攫えるかだ」
「そういうことなら任せとけ、理樹、俺が一番初めにお前を連れてバージンロードを歩いてやるぜっ」
そして凍りつく時間と、沈黙。3人が全員本気なのがよく分かる。だって、幼馴染だから。
ばたん、ドアを開けて即座に鍵を取り出し閉める。
すぅっと深呼吸、僕は思い切り校舎を目指して走り抜けた。
その背後から3人がドアに突進してぶち破る音が聞こえてくる。
余りにも非常識だ。幸い3人が邪魔しあってくれているおかげで差が縮まる事は無いものの、開くことも無い。
恐るべし身体能力の高さ。
「「「理樹っ、俺を選べ!」」」
「ひぃぃぃぃぃっ」
時には跳び、或いは投げ飛ばされ、力強く地面を蹴り、時には声を上げながら迫ってくるその様はさながらB旧ホラー映画のゾンビだ。
本気で泣きそうになりながらも渡り廊下を曲がり裏庭を駆けてグラウンドに向かう。
グラウンドに差し掛かる曲がり角を抜けると少し先に見慣れたポニーテールと小さな体、鈴の姿が見えた。
鈴の方も騒々しさに気付いたのか振り返るなり追われる理樹と追いかける3人を見て目を丸くする。
「お前ら何してるんだ」
まるで台所に時々現れる黒くてかさこそして時々飛ぶあれを見る様な目でもつれ合いながら転がり込んでくる三人を一瞥する。
確かにその様はその道の人のようにさえ見える。
「うるせぇっ、理樹は俺のもんだ、鈴、てめぇなんかに渡すかよっ」
「勝手なことをっ、理樹はこのロマンテック大統領たる俺の物に決まっているだろうがっ」
「はっ、お前らわかってねぇな、一番ドキっとさせたのはこの俺だぜ?だったら俺の物に決まってるだろう、な、理樹!」
三人ともその場で俺の物だ俺の物だと罵り合っているのを鈴が心底嫌悪感を込めた冷たい視線で見下ろした。
「何か知らんがお前らきしょい」
全くその通り。けれどその言葉に3人が揃って鈴をにらみつける。一瞬、鈴もひるみかけて、けれど持ち前の気丈さから睨み返す。
「鈴、こいつは真剣な話なんだ、部外者は入ってくるな」
恭介が限りなく真剣に、けれど不真面目な事を平然と言ってのけたが、それにも鈴はひるまない。
「うっさい、大体理樹をどうするつもりだお前ら」
「俺たちは理樹が好きだ。愛しているといっていい。だが、理樹の愛を手に入れられるのは一人だけだ。それが分かったら邪魔をするな」
高々と宣言する謙吾を見て、鈴はひぅっと声にならない悲鳴を上げて完全に目を丸くする。
「本気で、言ってるのか」
「当然だ、だからそこを退くんだ」
そのまま暫し思案するそぶりを見せて、構えた。
「想像した。お前らみんなきしょすぎる……それに」
すっと、鈴の体が前に出る。そのまま脇腹目掛けて踵をふりぬく。
ぐふっという謙吾のくぐもった声が聞こえるとそのままばったりと倒れた。
「理樹はあたしのだ、お前らなんかに渡すもんか。お前らなんかより、ずっとずっとあたしの方が理樹のことが好きだっ」
叫んで、理樹へと手を差し出す。
「理樹はあたしの事、嫌いか?」
僕の目の前で、今何が起こっているのだろうか。起こっていることがわかっても、理解が追いつかない。
だけど僕は答えなければならない。その答えも、ずっと昔に決まっていたのだから。
「大好きだよ、鈴。本当は僕から言おうとしたんだけど……ずっと前から、誰よりも大好きだった、僕と、付き合って欲しいっ」
何より慌てていたし、咄嗟の事だから気の効いたことなんて何もいえなかった。ただありのままの感情を伝えただけだった。
それでも一瞬の間の後、聞こえてきたのは甲高い、けれど優しい鈴の音だった。聞き間違いなのではないだろうかと勘ぐってしまう。
しかし目の前の鈴はふわりと、今まで見たことが無いほど喜びに満ちた笑顔を満面にたたえる。チリン、と鈴の音がもう一度鳴った。
「いこう、理樹。こんな馬鹿どもは放っておいて」
「うん」
差し出されたその手を僕は掴む。そうして自然と笑顔がこぼれた。
僕たちはそのまま手を繋いでグラウンドの先へと駆けて出した。



「全く、転ぶぞあいつら」
それが見えなくなるまで見送って、満足そうに目を細める。
本来なら修学旅行が終わる時にそういう関係になっていることを望んだのだが、余りにも理樹が鈍感すぎた。
それでも今は二人がこうしてともに手を取り合っている。
「ミッションコンプリート、幸せにな」
日を追う毎に風は熱を伴い、見上げた空は青く、蒼く澄んでいく。
どうか願わくば。
二人の未来がこの大空のように晴れ渡っていますように。
そう願って空を見上げた。夏はもう、すぐそこまで来ている。

「くそう……理樹っ!俺はお前が大好きなんだーーーっ」
約一名の頭の中を除いて。


[No.25] 2009/03/20(Fri) 01:03:21
終線上のアガポルニス (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@20340byte

 春のようにぽかぽかとした初夏の日差しが辺りを照らしていた。わたしは近所にある公園の入り口で、その心地よさに一度目を細める。空には青色の中に浮かぶ、飛沫のような白い雲がゆったりと流れていた。少しだけそれを眺めた後、わたしは公園の中にある木製のベンチへと腰掛けた。先ほどから手に持っていた茶色に紙袋に視線を落とす。それは先ほど買ってきたばかりの本。ああ、きっと今、わたしはニヤけている。だってこの本の発売日をずっと楽しみにしていたのだ。わたしは、袋の上部についたテープを剥がそうと、指を添えた。その時、妹のことが頭を過ぎった。わたしと同じ顔をした双子の妹も、この本を楽しみにしていた。家で待っているであろう妹のことを考える。きっと我慢できないというのを表すように、体を揺すりながら待っていることだろう。ああ、家に着くのが少し遅れそうです。ここにはいない妹に謝ってみる。頬は緩みっぱなしだったから、全然説得力はなかっただろうけど。わたしは逸る気持ちを抑えてテープをゆっくりと剥いでいく。すぐにパステル調で描かれた、色鮮やかな表紙が目に飛び込んでくる。それを膝の上に立て掛けながら、ゆっくりとページを開いていく。

「はぁ……」
 知らずため息が零れた。わたしは満ち足りた気持ちになりながら開いていた本を閉じた。もう一度ため息。少しだけ読むつもりだったけど読み終わってしまった。さすがに妹に怒られるかな。わたしは苦笑する。その時、視界の隅に白い物体が映った。それは日傘だった。白色をした日傘が、公園の隅にある芝生の中で揺れていた。その日傘の隣に、これまた白色のスカートが見えた。そこで漸く、女の人が座っていることに気づいた。女の人はわたしを見てニコリと微笑んだ。ドキリと胸が、大きく跳ねた。初めて見る人だった。なのに何故か、その人に見詰められていると胸がザワザワと、まるで体をくすぐられているような居心地の悪さを感じた。その人は立ち上がると日傘を広げて、こちらまで歩いてきた。そして一度、軽く頭を下げるとにこりとまた微笑んだ。
「随分、熱心に見入ってましたね?」
「あ、その……」
 巧く呂律が回らなくて、そんな風にしか言葉が出なかった。その様子が不思議だったのか、その人は首を少しだけ傾げてみせた。それから何か合点がいったというように「ああ」と短く呟くと、苦笑した。
「別にわたしは怪しいものじゃありませんよ。と言ってもまるで説得力がありませんね。ええ、この場合仕方ありませんね。こちらには仕事で来ているんです」
「……仕事? なんの、ですか?」
「はい、探偵です」
「たんてい?」
「はい」
「あの、本とかアニメとかで警察に協力して事件を解決したりする?」
「そうですね。その探偵です」
「えっと……あのそれじゃぁここで何か事件が?」
「いえ事件というわけではありませんよ。ただ、そう依頼で人にあるものを届けにきたんです」
「届け物?」
「ええ……ああ、そうだ。もしよろしかったら協力していただけませんか?」
「協力……ですか?」
「はい、この街にきて日が浅いので地理に疎いんです。協力して貰えると助かります。どうでしょう?」
 そういうとじっとわたしのことを真剣なまなざしで見詰めてきた。少しだけ居心地が悪くて、わたしは体を数度揺する。その時、ふいに辺りにピピピという電子的な音が響いた。「あ」と小さな声を上げて女の人は持っていた鞄の中から携帯電話を取り出した。そのまま携帯を耳に当てると「はい」と呟いてわたしに背を向けた。もしかしたら依頼主からの電話だろうか。少しだけ言葉を交わした後、その人は携帯を耳から離すと鞄の中へと戻した。
「すみません。お話中に」
「あ、いえ」
「それで……ああ、そうでした。どうでしょう? 協力してくださいませんか?」
 そういうとにっこりと微笑んだ。どう答えよう。期待半分不安半分で自分のことを見つめてくる視線を浴びながら、眉根を寄せた。そうこうしていると何かに気づいたのか、女の人が目を大きく見開いた。
「大事なことを忘れていました。そういえばまだ名乗っていませんでしたね。それなのに協力しろというのも無理な話でした」
 その人は持っていた日傘越しから、一度空を見上げた。それに釣られるようにわたしも空を見上げる。そこには先ほどと変わらない、青の中を漂う雲達。その代わり映えのしない空を少しだけ見詰めた後、視線を下げる。そこには、にこりと朗らかに微笑んでいるその人の顔。
「西園美魚、です。どうぞよろしくお願いします」

 

 

「ああ、お待ちしてました」
 美魚さんは読んでいた本から視線を外すと、安心したかのような微笑みを向けてきた。美魚さんは初めて会った時と同じように公園の隅にある芝生の中にいた。どうやらその場所が気に入ったらしい。結局、わたしは美魚さんの頼みを引き受けた。自称探偵だなんて少々胡散臭い気もしたけれど、それ以上に探偵という職業に興味があった。付け加えるなら美魚さん個人にも、どこか惹かれるものがあった。その理由は今でもわからないけど。美魚さんは、ゆっくりとした動作で立ち上がると白色の日傘を開いた。
「さてそれでは行きましょう」
「あの……思ったんですけど、届けものならその人の住所いってくれればわたし、わかるかもしれませんよ。どこでしょう?」
「わかりません」
「じゃあ名前とかは?」
「守秘義務というものがありますから……」
「あの……じゃぁわたしはどうすればいいんですか?」
「さぁ、どうしましょう?」
 本当にこの人は探偵なのだろうか。思わず疑惑の視線を投げかけてしまう。美魚さんは、いつもこんな感じなのだ。協力してほしいと言ってきた割にはわたしに何も言ってこない。することと言ったら一緒にただ街を練り歩くだけだった。かと思えば美魚さんは、ふいに立ち止まり近くにあった芝生に座り込んで、そこで遊んでいた子供達を見詰めたりした。さすがにこうも仕事らしい仕事をしている姿をみないと心配になってくる。もしかしたら美魚さんはただ仕事をサボっているだけなんじゃないだろうか。おそらく依頼主からだろうと思われる電話も何度も掛かってきているというのに。一体、彼女は誰に何を届けにきたのだろう。
「……不満そうですね?」
「いえ、あの、お仕事の進み具合がどうなのか。少し気になっただけです」
「……そうですか」
「順調、なんですよね?」
 これで順調ではありませんなんて言われたら、どうしようかなんて思いながら恐る恐る美魚さんの顔を覗き込む。美魚さんは、何も言わずにただわたしのことを見つめ返してきていた。その視線に居心地の悪さを感じて身じろぎをする。ごく偶にだけれど、美魚さんに見詰められていると心臓を直接くすぐられているような感じがして、落ち着かなくなることがあった。やがて「そうですね」と聴こえてきた。
「仕事のほうは順調といえば順調ですよ」
「そうですか。それはよかったです」
「どうも。けど、先ほどのあなたの視線からはもっと別な……そう例えるならダメ人間を見るような感情が含まれていたような気がするのですが?」
「気のせいです。はい、きっと」
「そうですか? ならいいのですが……ああ、でも、どうもイマイチあなたにはわたしが凄腕の探偵だということが伝わってない気がします」
「そんなことは……ないですよ?」
「語尾が疑問系でしたね? 今」
 しまったと思いながら美魚さんの観察力の高さに驚く。
「いいでしょう。では少しだけわたしの力をお見せしましょう」
「はぁ」
「そうですね。まず初めて会った時、あなたが読んでいた本の内容は青春物語ですね? 主役は……そうですね。5人。違いますか?」
 その通りだった。おおっと驚きの声を上げそうになる。してやったりという顔で笑っている美魚さんを尊敬のまなざしで見そうになった。けど、そこではたっと気づく。
「あの、それって美魚さんが、あの本を読んでいたらわかることですよね?」
「細かいことを気にしてはいけません」
 普通気にする。わたしがそれでは納得しないのを見ると美魚さんは、口をへの字に曲げてねめつけてくる。
「わかりました。では……あなたは一人っ子ですね?」
 これでどうだっと言わんばかりに、美魚さんは自信満々にそう言い放った。その表情が凄く誇らしげだったため、わたしは口をモゴモゴと動かした。とても言いづらい。
「あの……わたし、妹がいます」
「え?」
 わたしの言葉を聴いた美魚さんは、そう呟くとひどく狼狽しているかのように瞳を大きく見開いた。そんなに自信があったのだろうか。
「どうしてわたしを一人っ子だと思ったんですか?」
「いえ、別に理由は……ありません」
 美魚さんは、そういうと持っていた日傘を前へと倒した。日傘がすっぽりと顔を覆ってしまい、どんな表情をしているのかわからなくなる。そのまま美魚さんは短く、まるで息を零すように「そう」と呟いた。
「そう……そうですか。妹が、いるんですね」
 そういうと美魚さんは、日傘を上げる。そこにあった顔は、微笑み。けれどそれはとても切なそうで、悲しそうで。
 ざわりと心が揺れた気がした。ああ、まただ。少し前に感じた居心地の悪さが、広がっていく。そんな顔をしてほしくなかった。けれど、それはきっと美魚さんを気遣ってのものではない。そうもっと別の──わたしは、そんな顔をした美魚さんから遠ざかりたいと思っていた。






 どこからかひぐらしの鳴き声が聞こえてくる。太陽は本日の活動を終えて、ゆるりとその姿を退場させようとしていた。それを知らせるように、辺りはオレンジ色で満たされている。それはまるで太陽が自分の退場を見届けてほしいと思っているようで、だからこの色はこんなに悲しげに見えるのかもしれない。隣に座っている美魚さんにそう話してみると「詩的ですね」といってくすりと笑った。そんな彼女の顔も茜色に染まっていた。あの後、わたしはいつものように美魚さんと一緒に町を歩き回った。少しだけ美魚さんの機嫌が気になったけれど、先ほど間違ったことはなかったことにしたらしい。そうして日が暮れようかという時に、この広場に辿りついた。そこは河川敷沿いにある大きなスペースを、草を毟って広場として使っていたキィィィンという音が辺りに響き、小さな白い球が空へと飛んでいく。それを目で追った後、前方で草野球に興じている人たちを見た。片方はどこかのチームなのだろうか。全員がユニフォームをきていた。対してもう一方はバラバラだった。男性もいれば女性もいる。けど皆、日が暮れたというのに声を上げて、楽しそうだった。わたしは、それを広場から離れたところにある草の生い茂った土手で眺めていた。ふいに美魚さんが、そっと手を重ねてきた。そのままもう片方の手でついっと頭上を指差した。その先にあるのは、茜色に染まりながら漂う雲達。
「あの雲、何に見えますか?」
 そういう遊びは得意だった。
「鳥、です」
「では、あれは?」
「猫?」
 わたしは美魚さんの指さす雲の形を次々と答えていく。どうでしょうという得意げな顔を作って、わたしは美魚さんのほうを向く。どういうわけか、美魚さんは困ったような顔してわたしのことを見つめていた。
「あなたには、そう見えるんですね?」
「はい……」
「そうですか。わたしには、見えないんですよ」
「それは……美魚さんは、もう大人の人だから」
「いいえ、子供の頃からです。子供の頃から……わたしには見えなかった」
 そういうと美魚さんは、寂しそうに微笑む。何か声をかけようと思ったけれど、適当な言葉を思いつかなかった。その時、前方のほうがザワザワという騒がしい音が聞こえてきた。わたしと美魚さんは、そちらへと視線を向ける。広場の中央付近、そこに人だかりが出来ていた。その人だかりの中心で蹲っている人影が、かろうじて見えた。
「怪我をしたみたいですね」
「え?」
 わたしの疑問に声に応えることなく美魚さんは、脇においていた鞄の中から白いテーピングを取り出した。美魚さんは、立ち上がると人だかりの出来ているほうを、見詰めた。
「用意がいいですね」
「ええ、マネージャーの経験がありますから」
「え? マネージャー、ですか?」
「嘘です。わたしにはマネージャーの経験はありません。わたしには、ね」
 そういうと美魚さんは、ニンマリとまるで悪戯っ子のように笑った。なにか含みがあるような言い方に感じて、理由を考えようとする。けど、どうにもわからない。尋ねようと思ったときには、美魚さんは背を向けて人だかりのほうへと向かっていた。ため息を付く。ふいに小さな電子的な音が聴こえてきた。それは美魚さんの鞄の傍から聞こえてきていた。わたしは、草を掻き分けながら音の発生源を探す。程なくして、手に硬いものが触れた。それは美魚さんの携帯電話だった。どうしようか。わたしは美魚さんのほうを見る。美魚さんは、人だかりを掻き分けて怪我をした人を見ていた。仕方ない。そう結論を出すと、わたしは携帯の通話ボタンを押した。
『出るの。遅かったな』
 携帯からそんな声が聞こえてきた。そのまま相手は言葉をまくし立ててくる。
『本当に連れて帰って来られるのか? この世界だって無限に時間があるわけじゃない。早くしないとあいつ達を助けることができなくなっちまう』
「あの!?」語彙を強めて相手の話を遮る。
『なんだよ? たしかにおまえの言い分もわかる。西園の間違いに気づかせてやりたいってのも……』
「あの、ですから美魚さんは、今ちょっと出られないんです」
『……おまえ、西園か?』
「ですから、わたしは西園美魚さんじゃなくて」
『そうか。まだなんだな。……なぁ、オレの声聞いて何か思わないか? あいつがおまえに何を届けに着たのかわからないか?』
「え?」
 小さく声が漏れた。美魚さんが届けにきた相手は、わたし? 思わず視線が美魚さんへと向く。美魚さんは、屈んで怪我をした人の手当てをしていた。いつも持っている日傘は横に置かれている。その傘からは沈み行く太陽の残り火を受けて影が伸びている。それは周りにいる人たちも一緒で、足下には歪んで伸びた黒い影があった。けれど美魚さんの足下には、それがなかった。「あ」悲鳴じみた声が口から漏れた。わたしは、もう一度美魚さん──その人を見る。ふいに頭の中に特徴のあるツーテールをした女の人の顔が過ぎる。その顔が今、手当てを受けている人と被っていく。フラッシュバックする。三枝、さん? いくつもの名前が、顔が頭の中に流れ込んでくる。塞き止められていたものが流れ込んでくる。わたしは震える声で電話口の相手へと話しかけた。
「きょう……すけ、さん?」
『ああ、オレは恭介だ』
「どうして?」
『……それはオレからじゃなくてあいつから聞けよ』
 待って下さい。そう言おうとしたけれど、その前に恭介さんは通話を切ってしまった。わたしは、呆然と沈みいく太陽を見みつめていた。ここは……この場所は。
「ねぇ!」
 ふいにそんな声が聞こえてきた。そちらを向くと、眼前に白いボールが迫ってきていた。慌てながら手をかざす。ボールはすっぽりとその中に納まった。ボールが飛んできた方向。そこには夕日に照らされて茜色に染まった、西園──美鳥の笑顔。
「キャッチボール、しよ?」


 ポスっという乾いた音を立ててボールがミットに収まった。わたしは、 ボールを掴むと不恰好なフォームで投げ返した。投げた球は、ヘロヘロと波を描きながら美鳥のミットへと入っていった。美鳥はボールをわたし目掛けて投げ返す。それをどうにか受けると、また美鳥目掛けて投げた。けど、握りが甘かったのかボールは全然別の方向へと飛んでいった。美鳥はそのボールを走って追いかけていく。ボールが落下を始める。美鳥は、大きくミットを伸ばす。ボールはまるで魔法でも掛かったかのように、ミットへと吸い込まれていった。
「……取れないと思いました」
「へへーん、わたしを見くびっちゃダメだよ。美魚」
 美鳥はニヤリと笑いながら、わたしに向かってボールを投げた。わたしは、それをなんとか受けながら「どうして」と呟いた。
「ん?」
「どうして、あなたがここにいるんですか? 美魚はあなたのはずです。どうして!?」
「そうだね。理由を言うなら美魚がバカだからだよ。うん、この世界を見て確信した。お姉ちゃん、バカだ」
 美鳥はそういいながら、ミットをクイクイっと動かしてボールを催促してくる。わたしは、ボールを投げる。気の抜けきったボールを取った後、美鳥はわたしを見つめた。
「そんな子供の頃の姿に戻ってさ。それが美魚の望んだことなの?」
「わたしは誰でもないわたしになりたかった。この世界でならそれが叶うんです。それに、この世界では美鳥。あなたも妹としていられるんです」
「けどそれはわたしじゃないよ。それにさ、どうしてあんな本があるの? どうして草野球をしている人たちがいるの?」
 その言葉に息を呑む。そうそれは気づいていたこと。リトルバスターズ。わたしの大切な人たち。その人たちの記憶を消し去った。なのに結局作り上げたこの世界の細部には彼らの要素が入り込んでいる。きっとそれはわたしが知らず知らずの内に望んだこと。彼らは眩しすぎたから。
「だからバカなの。ホントは気づいている癖に。憧れて、遠くから眺めて、そんなことしなくても美魚は、その輪の中に入れるのに。それにさ」
 美鳥はそこまで言うと、ボールを掴んで投球フォームに入った。そのままニコリと無邪気に微笑んだ。
「わたしは西園美魚なんていらないよ。だってわたしは、美鳥って名前が気に入ってるんだから!」
 そういうと美鳥は勢いよくボールを投げた。「あ」という短い美鳥の声が聴こえてきた。ボールはわたしのいるところを通り過ぎ、後方へと飛んでいった。気が付けばわたしは走っていた。足が縺れそうになる。先ほどの美鳥の言葉が耳の奥で反響していた。わたしは、ミットをつけた手を大きく伸ばす。届けばいいと思った。届きたいと思った。思うように進まない足がもどかしい。ボールが重力に従って落ちていく。そんなものをバカ正直に作ってしまった自分が恨めしい。後一歩。いや、半歩足りない。伸ばした手は届かない。わたしは、唇をきゅっと噛む。その時、唐突に視界の高さが変わった。ポスっという音を立ててボールが、伸ばしたミットの中へと入っていった。自分の手の平を眺める。そこには見慣れた自分の手。子供の頃の自分じゃない。あの時の姿。わたしは、美鳥のほうへと視線を向ける。
「どうかした? お姉ちゃん。ほらボール投げて」
 美鳥はそういって屈託なく笑う。子供の姿で。美鳥に近づきたかった。抱きしめたいと思った。けれど、わたしはボールを投げた。美鳥は子供の姿でも、なんなく捕球するとニコっと笑った。
「わたしは鳥だからね。お姉ちゃんがどこにいても見つけるよ。この大気の中から。だから、こんなところにいないで戻りなよ。皆のところに」
 そういって美鳥はボールを投げた。山形になりながらゆっくりとボールがわたしに向かってくる。それをじっと見詰めながら、ボールを受け取る。前方へと視線を戻す。けれどそこにはもう誰もいなかった。気が付けば夕暮れは終わり、空は藍色に染まり始めていた。わたしはもうそこにはいない妹に向けて「はい」と答えた。
 途端、世界は青白い光に包まれた。






 頭上を二羽の鳥が通り過ぎていく。その鳥は青色と緑色の混じった色をしていて、わたしの目を惹き付けた。鳥達は寄り添うように空と海の狭間を飛んでいく。やがてその姿が見えなくなると、わたしは視線を下げて辺りを見回した。太陽の落ちかかった夕暮れの海辺で、遊んでいる皆の姿が見えた。三枝さんが能美さんに向かって水しぶきをかけている。見て鈴さんと小毬さんが、能美さんの加勢に向かう。来ヶ谷さんがニヤニヤしながら、三枝さんの困った顔を眺めていた。男性たちも、面白そうなものを見つけた犬のように、そちらへと走っていく。三枝さんの絶叫。皆の笑い声。どこにいても賑やかな人たちだ。そんな輪の中に自分も入っていることを思い出して、クスリと笑う。
 あの事故からもう随分経つけれど、またこの人たちと一緒にいられることになるなんて思わなかった。一度拒絶したわたしが、また戻ってこられるなんて思わなかった。視界一杯に広がる海は、沈み始めた太陽を隠しながら茜色に染まり始めていた。頭の中に、美鳥の姿がちらりと過ぎる。わたしは、何物にも染まらないわたしになりたいと願った。だから美鳥が現れた頃に戻ろうとした。美鳥の存在が誰にも否定されない世界。そこでやり直そうとした。それが開放される手段だと信じていた。事実、満たされていたと思う。干渉を否定した世界で、たしかにわたしは満足だと感じていた。けれど──。わたしは、足を動かして波打ち際へと近づいていく。その途中で、足になにか柔らかいものが当たった。それは薄緑色のゴムボール。なんとはなしに拾い上げる。その時、横合いから「よぉ」という声が聞こえてきた。
「恭介さん」
「どうした? こんなところに一人で」
「いえ……」
「そうか」
 恭介さんは、言い辛そうにしながらガシガシと頭をかき始めた。それが少しだけ新鮮でわたしはクスリと笑う。
「西園」わたしの様子を訝しみながらも恭介さんは、そう呟いた。「オレは……おまえを見捨てるつもりだった」
「はい」持っているボールを手の中で転がしながら短く答える。それは気づいていた。彼は目的のためなら全てを犠牲にしてもいいと覚悟していたから。
「けどな……それに反発したのがあいつだった。おまえがいないのを認めないって譲らなかった」
「はい」
「おまえはどうだ? ここに帰ってきて、オレ達と一緒にいることを今はどう思う?」
 考えるまでもなかった。たしかにわたしはあの干渉を否定した世界で満たされていた。けれど、それと同じようにわたしは、このメンバーと一緒にいたいという想いを捨てきれていなかったのではなかったか。思えばわたしの真似をした美鳥に興味を惹かれたのは、あの姿がこのメンバーとの思い出を強く思い出させるからだったのだろう。ふと自分のことを探偵だと名乗った時のあの子の顔が浮かんできた。駄目押しにそんな嘘までつくなんて。急に可笑しくなってきてわたしはクスクスと声を上げて笑う。ふと思いついたことがあった。わたしは、恭介さんへと持っていたボールを投げる。恭介さんは、慌てながらもなんとかそれをキャッチすると、驚いたようにこちらを見てきた。わたしはそれに笑顔で返す。
「ここで嫌ですっていうほど、わたし、性格悪くありませんよ」
 そういいながらわたしは、腕を少しだけ掲げて首を傾げてみせる。恭介さんは、すぐに意図に気づいてわたしに向かってボールを投げ返してきた。
「……そうか。いい、妹を持ったな」
「羨ましいですか?」
 少しだけボールを手の中でお手玉しながらも、なんとか取るとそう言う。その言葉にきょとんとした顔をした恭介さんだったけれど、すぐにニヤリとした顔になった。
「まさか。オレには鈴がいるぜ」
「たしかに鈴さんは可愛いですね。でも、美鳥だって負けてませんよ?」
 語尾を強くしながらわたしはボールを思いっきり投げた。手から離れた瞬間、思わず「あ」という短い声が漏れた。ボールは、てんで明後日の方向へと飛んでいた。「おいおい、どこ投げてんだ?」という声が聞こえてくる。恭介さんは呆れたように飛んでいくボールを見詰めていた。わたしは、ぐっと親指を立てる。
「がんばってください」
「取れってか!?」
 そうはいいながらも律儀に恭介さんは走り出した。わたしは茜色に染まった海と空を見る。ふとあの世界で言われた美鳥の言葉を思い出した。自分は鳥だからどこにいても見つける。それは名前に鳥を持つあの子の比喩。なら名前に魚を持つわたしはいつまでもこの大気とは混ざれないのだろう。けど。けれど魚は泳ぐことが出来る。空と同じような一面の青で。大暴投をしたボールは水遊びをしている他のメンバーのところまで飛んでいっていた。恭介さんは、皆の中にダイブしながらボールを掴もうとする。バシャーンという一斉大きい音が響いてくる。その音の後にはびしょ濡れになったメンバー達。このバカ兄貴! 恭介氏、命がいらないようだな。うぇ、水飲んじゃった。そんな声が聞こえてくる。恭介さんは謝りながら、こちらを指差した。まるでわたしが原因みたいな仕草だった。口をへの字に曲げる。海水に濡れた皆がわたしを手招きし始める。その顔は少しだけ憮然とした表情。けれどどこか楽しそうで。可笑しそうで。わたしはそちらへと足を動かした。わたしを呼ぶ青の元へと。その青は夕暮れになっても色彩をオレンジ色に染めることはない。その中で生きていこうと思った。わたしをわたしだと思ってくれる青の元で。青い春の元で──。 


[No.26] 2009/03/20(Fri) 10:01:52
馬鹿でもいいじゃない (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@4585byte

「がぁー! 覚えられねぇ!」

 真人は机に何度も何度も頭をぶつけて自虐している。
 それを苦笑いを浮かべなからも、やめるように言う理樹。
 真人の少し赤くなった額が、見ている方にも痛みが伝わるくらいに、腫れていた。

「大丈夫だよ、真人。もう一度復習すれば」
「駄目だ……何度復習しても覚えられる気がしないぜ」

 大きな溜め息を吐く真人。
 二人は今、明日の小テストに向けての勉強をしていた。
 とは言っても、テストは簡単な慣用句やことわざといった内容のため、理樹は既に覚えている。
 だが真人は違った。
 真人は覚えていない上に、理樹のように予習復習を毎日こなすタイプでは無い。そんな時間があったら、筋トレをするようなタイプなのだ。

「ほら、真人。僕が上の部分読み上げるから、真人は下の部分を答えて」
「……分かった」

 つまり理樹は、そんな真人のために、勉強に付き合っているのである。

「馬の耳に?」
「真珠」
「馬の耳に真珠!? それじゃあただの拷問だよ!?」

 だが、あまりその成果は発揮されない。
 真人自身、理樹が付いていなかったなら、既に勉強を投げ出しているだろう。

「石の上にも?」
「小判」
「どんな状況さ!?」

 ここまでくるとただの馬鹿にしか見えなくなってくる。

「七転び?」
「八転び」
「どれだけ転ぶの!?」

 そんな真人に根気よく付き合ってやれるのは、やはり理樹の性格上、放っておけないのだろう。

「じゃ、じゃあ真人。これなら簡単だよ! 猫に?」
「三年」
「何を!? 猫に三年間何を!?」

 律義にツッコミを入れるのを忘れない理樹。
 真人は、机に顎を乗せて唸っている。開かれたノートは真っ白で、何も書かれてはいない。

「真人、書かないと覚えられないよ?」
「書いても覚えられねぇよ」

 真人は、少し不貞腐れたように言う。
 そんな真人に、理樹はただただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
 普通なら、真人の態度に対して、怒るという選択肢や、呆れるという選択肢もあるだろう。
 しかし、理樹はそれらを選ばず、ただ、苦笑いを浮かべる。

「ほら、ちゃんと書いて」
「う〜」
「あ、意味も覚えなきゃ駄目だよ?」
「だー! 分かってる!」

 理樹に言われ、渋々といった感じでだが、真人は手を動かし始める。
 白いノートが、黒く染まってゆく。

「ぐぁっ……こんなに細かい文字を書きまくっていたら、筋肉さんがこむらがえるぜ……」
「はいはい、真人の筋肉はそんなにやわじゃないでしょ」
「当たり前だぜ!」
「そう、じゃあもっとたくさん書こうね」
「ぐぁっ! 虎穴を掘っちまった!」
「うん、墓穴を掘ろうね。虎穴掘ったら大怪我しちゃうよ?」

 頭を抱えて、立ち上がりながらそう叫ぶ真人に対して、あくまでも理樹は冷静に対処する。
 こんなやりとりも、理樹にとっては、もう慣れたことだ。
 再びノートに書き込みをいれていく真人を、理樹はなんとなく眺める。
 真人は、確かに馬鹿だけれども、みんなに好かれる。
 そう、真人の馬鹿は、ただの馬鹿じゃないのだ。
 いわゆる、あいきょう者。愛すべき馬鹿、といったところだろう。
 それは、とても凄いことだ、と理樹は思った。

「おい理樹? どうした?」
「へ? あ、ゴメン。ボーッとしてた」

 不意に、真人に話しかけられて、理樹は意識を現実へと戻す。
 あはは、と軽い苦笑いを浮かべて誤魔化す理樹を、不思議そうに見つめる真人。
 よく見ると、真っ白だったノートの1ページが、文字で埋まっていた。

「真人、もうそんなに書いたの?」
「あぁ、せっかく理樹が付き合ってくれてんだからな」

 鼻の下を人指し指で擦り、笑う真人。
 理樹がノートを覗いてみると、隅から隅まできちんと埋まっていた。字は汚くて、ほとんど解読は出来なかったが。

「じゃあもう一度さっきと同じこと、やるよ?」
「おう! 今なら全て答えられる気がするぜ!」

 先程の意気消沈はどこへといったのか、今は自信満々の表情を浮かべている真人。

「猿も木から?」
「念仏!」
「怖っ!? 猿が木から念仏唱えてたら異常だよ!?」

 やっぱり駄目だった。

「うぉぉぉぉ! 何故だぁぁぁ!?」

 再び机に頭をぶつけ続ける真人を見て、思わず理樹は笑う。

「何だよ……やっぱり俺が馬鹿だと思って笑ったのか?」
「う、ううん違うよ!」

 真人が恨めしそうに理樹を睨む。
 理樹は慌てて誤解を解く。

「じゃあ何で笑ったんだよ?」

 しかし、それなら何故笑ったのか、理由が分からないといった様子で真人は理樹に尋ねる。
 すると、理樹は少し悩んで、

「う〜ん、上手く言えないけれど、真人らしいなって」
「は? どういうことだよ?」
「だから上手く言えないんだよ」
「なんだよそれ」

 理樹自身、苦笑いを浮かべている。真人も、よくわからないといった表情だ。

「なんていうか、真人はこれからも変わらないでいて欲しいなって思ったんだよ」
「それは俺に一生馬鹿でいろ宣言か!?」
「いやいやいや、違うよ」

 一生馬鹿は嫌だ、と喚いている真人を見て、理樹は柔らかい笑みを浮かべる。
 勉強が出来なくても、例え周りから馬鹿と認識されようとも、真人を本気でけなす者はいない。
 その純粋さや滑稽な行動は、みんなから愛される。
 だから、

「うん、やっぱり真人は変わらないでね」
「うぉぉぉぉ一生馬鹿は嫌だぁぁぁ!」

 理樹は、未だに誤解している真人を見て、また笑う。
 理樹は思う。
 馬鹿でもいいじゃないか、愛すべき馬鹿は、みんなに笑顔を与えてくれるのだから、と。


[No.27] 2009/03/20(Fri) 11:52:28
木漏れ日のチャペルで君と誓う (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ6987 byte

「鈴、そろそろ時間――」
 僕がそのドアを開けたとき、教会の時計は十時二十二分を指していた。木立に囲まれた丘の上のチャペル。柔らかな木漏れ日が差し込む廊下の窓から、初夏の匂いがそよいでくる。ヒタキの声が遠くから耳をくすぐる。真鍮のドアノブが手のひらにひやりと冷たい。
 僕は大きく息を吸った。呼吸を忘れていたのかもしれない。ゆっくりと吐き出す。頭の中がクリアになっていく。記憶もクリアされた。一から思い出そう。
 僕は誰?――直枝理樹。
 ここはどこ?――教会、の新婦控え室、の入り口。
 オーケイ、それで僕は何をしてる?――見てる。
 何を?――うなじ。
 What?――うなじ。鈴の、白くて、細い、滑らかな、うなじ。

 僕がそのドアを開けたとき、鈴はこちらに背を向けたまま、純白の長手袋で髪を結い上げていた。
「理樹、手伝ってくれ。お団子、むずかしい……」
 U字型の大きなヘアピンを口にくわえたままで不明瞭な言葉だったけれど、僕の言語野には何の不都合ももたらさなかった。
 天窓から降ってくる光が、鈴の髪を蜂蜜色に彩っている。いや、それは大袈裟か。けれど、いつもより高めにくくったポニーテールの周りを、光の粉がきらきらと舞う光景はちょっと幻想的だ。しっぽの影が薄いヴェールとなって、うなじの上を行ったり来たり。
 鈴は僕に手伝いを要請してからもなお、自分でどうにかしようといじっているけれど、やっぱり上手くはいかないようで、だんだんと二の腕が震えてくるのが見て取れた。
「……理樹、そんなところでぼーっとしてないで、手伝ってくれ」
 入り口から一歩も動かない僕に痺れを切らして鈴が言う。くわえていたピンは膝の上に落ちていた。
 じゃりっ。美しい光景をただ眺めるだけの場所から一歩を踏み出し、その中へと踏み込んでいく。五歩。意外と近かった。
「何をやってるんだ、お前?」
 ようやくのことで鈴の背後に立つと、鏡越しに怪訝な視線を送ってきた。僕からは見えないけれど、きっとよほど厳かな顔をしていたんだろう。どんな顔が厳かなのかはわからないけど。
 僕は曖昧に笑ってごまかし、試行錯誤の末に乱れたしっぽを櫛で整えていく。ぼんやりと輝く細い髪は、ゆっくり丁寧に梳いているつもりなのに、ときどき微かにぷつっと切れる手応えがあった。
 怒られるかな、と顔色を窺ったけれど、鏡に映る鈴たちは目を閉じて、意外なほどに上機嫌な様子だった。
「どーした?」
 僕が手を止めてしまったから、上目遣いで訊いてくる。答えの代わりに痛くない?と訊くと、なぜか不満そうに平気、と答えた。
 何が不満なのかが分からないけれど、いつものことと思い、気にしなかった。ちょっと梳き過ぎたのか、静電気でしっぽが膨らんできてしまった。せめて霧吹きくらいは用意すればよかった。
「……あのな。いつもとちょっと違ってたり、しないか?」
 ぽつりと鈴が呟いた。不満を通り越して不安になったような顔で。そうか、僕に言って欲しかったのはそれか。答えは分かったけれど、すぐに答えるのは慌てたみたいで何だか癪なので、手を止めて、少し勿体つけてから答えた。
「ドレス、似合ってる。綺麗だよ、鈴……」
 すると鈴は口許をほころばせながら頷いて。
「ん、ありがと……でも、それはさっきも言ってもらったし、ちょっとの違いじゃないぞ?」
 あれ?言われてみれば、着付けを手伝ってそのときに言った気もする。……うん、思い出した。一言一句同じだった。
 見ると、僕の癖が伝染ったのか言葉での突っ込みも最近鋭くなってきた鈴は、続きを期待するようにじっと見つめている。正解は別にあるらしい。いつもとちょっとだけ違うところを探しながら、何気なく鈴の尻尾をいじっていた。整えなおしたしっぽを二つに分け、片方をねじっていく。そして、しっぽの根本に巻きつけていてふと気付いた。
「そういえば、すず付けてないね?」
 いつも付けていたすずの髪留め。あの涼しげな音を今日は聞いていなかった。
 僕の答えを聞いた鈴は、ずっと考えてこれか、と呟いてため息をついた。
「理樹、この状態でどーやったらそれを付けられるのか言ってみろ」
 ……ごもっとも。これから髪を巻こうってのに髪留めは付けませんね。ああ、そんなアホの子を見るような視線を送らないで欲しい。鏡に映った鈴たちに一斉に見つめられると、さすがにちょっと居たたまれない。ちょっと待って、もう一回だけチャンスを下さい。落ち着け、まずは素数を数えるんだ。素数が一つ、素数が二つ、ダメだ、違う気がする。といって他にいい手立ても浮かばない。ベタだけれどまた深呼吸をして――
 ふわり。
 ようやく気付いた。鈴の香り。花だろうか。果物の花。酸っぱさと青い苦さ。それと蜜のような甘さ。強くはない、けど確かにある。
「気がついた?」
 一瞬だけ見えた自分の口許は、ぽかんとだらしなく開いていた。鈴が見た僕の顔はさぞ間抜けだったろう。いい香りだね、なんてありきたりなことを言うのがやっとだった。
 それでも鈴の機嫌は直ったようで、だから僕も余計なことを言ってしまった。
「鈴と香水って組み合わせが思いつかなかったよ」
「なにぃ、馬鹿にしてるのか?蹴るぞ」」
「せ、セットが終わるまで待ってください」
 頬をぷくっと膨らませた鈴に慌てて前を向かせると、髪を巻くのを再開した。巻きつけた髪をざっくりとピンで留め、残りのしっぽをそこに重ねて巻きつける。
 しっぽがいなくなり、露わになったうなじは、産毛を申しわけ程度にまとっただけのあられもない姿で僕を誘惑する。襟足に後れ毛がかかっているが、それは大事なところをまるで隠せていない。
 そよ風が産毛の草むらを震わせ、きわどいラインで僕の心をくすぐる。気付くと僕は蜜の香りに誘われるように、そのうなじへと顔を寄せていた。
「理樹……ひゃっ」
 鈴の怪訝そうな声は遅く、その草むらへと唇を押し当てていた。
「んっ、ゃめっ……」
 鈴の吐息が甘い熱を帯びている。身を捩って逃れようとするのを、抱きすくめるように押さえつける。
「や……」
 鼻をくすぐる香りが、昂りに拍車をかける。繰り返し唇で、食み、舐り、撫でる。そして、印を刻むように吸――
「やめんかーーーーーーーっ!!」
 きんっ☆

 ――無限に広がる大宇宙。生まれては消えてゆく幾千億の星々。その片隅の、ほんの一瞬、それが我らに知ることが出来る世界の全て――

「おぉ……マイ、サン……」
「お前さん?」
 視界が現世に戻ってきたとき、渾身の裏拳で僕の昂りを一瞬にして鎮圧したマイハニーは、タキシードで床掃除にいそしんでいる僕をしゃがんで覗き込んでいた。けどあんまり心配そうじゃない。
「できればもうちょっと心配して欲しいかな……」
「じごーじとくだ。エロいことしようとするお前が悪い」
 と、つれないお言葉。僕が悪かったのは認めるけど、これはあんまりだと思う。せめて少しはすまないと思って欲しい、というのは図々しいんだろうか。
「お陰でもうエロいことが出来なくなりそうだよ」
「しんぱいない。理樹のは丈夫だから」
 太鼓判を捺された。
「あー、えー。それは喜んでいいのかな?」
「あ、あたしに聞くなっ!」
 真っ赤な顔で怒られた。凄く理不尽なんじゃないだろうか。
 痛みはまだ収まらないけれど、そろそろ式の時間なので立ち上がって埃を払う。
「お前すごいホコリまみれだな」
 鈴もぼやきながら一緒にはたいてくれた。誰のせいだと言ったところでまた自業自得と返されるのは分かりきっているから、言ったのは別のこと。
「そんなに嫌だった?」
「だって……あとつけようとした」
「あー……ごめん」
 いつもならしっぽで隠せるけれど、シニヨンじゃ隠しようがない。
「あいつらに見られたらはずかしいだろーが」
 見せてもいいじゃん、とか言ったら今度こそ僕の性別が危うくなるので胸にしまっておく。
「髪、ほつれちゃったから直そうか。あ、今度は大丈夫。さっきの続きは夜に取っておくから」
「……うっさい」

 空は快晴、雲が流れ。目の前には木立に埋もれるように立つ小さなチャペル。
 ふと匂いたつ花の香り。薄いヴェールを被った鈴が、僕と手をつないでいる。その手の温もりをしっかりと握り締め、また一歩を踏み出す。
 練習なんかしていない。牧師もいないし段取りも適当だ。でも、誓いの言葉はもう決まっている。だから大丈夫。
「それじゃ、行こうか」
「……ん」
 靴底がやわらかい草を踏む。鳥の声と木々の葉擦れを音楽にして、僕たちはその扉を開けた。


[No.28] 2009/03/20(Fri) 12:52:28
[削除] (No.22への返信 / 1階層) -

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[No.29] 2009/03/20(Fri) 17:15:10
変態少女―サディスティックガール─ (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@15148 byte

「この頃、人の羞恥に歪む顔や悔しそうな表情を見るのが、なにより楽しみになってきました」
 私が中庭にあるベンチを修理していると、ふらりとやってきたみおちんが、そんなことをのたまった。澄ました顔で人が修理しているベンチに腰掛けたみおちんのことを眺める。いや、意味がわからないですヨ。開口一番なにをカミングアウトしてやがりますか、この腐女子は。眉根を寄せて言葉の続きを待つけど、マイフレンズみおきちはなにもいってこない。唐突にゴチンっという鈍い音が聴こえてきた。見てみると黒光りするトンカチの先端が、もう君を離さないだって愛してるんだ! とかいいそうなぐらい私の親指にひっついていた。もちろん、はるちんズ親指はトンカチの想いに全身を赤らめて応えている。
「ふぎゃーーー!! 痛い痛い痛いですヨー!」
「何をやってるんですか? 見せてください」
 みおちんは私の手を優しく取ると、赤く腫上がった親指をじっと見てくれる。おお、はるちん、ちょっとウルっときちゃったぞ。みおっちがいくら新たな性癖に開眼しても、そこはそれ私達の友情に変わりないのだ。とか思っていたら親友と書いてマイベストフレンズと読むみおちんがおもむろに、親指をギュッと握ってきた。
「ちょ、いた、痛っ、みおちん痛い!」
「痛いですか? すみません」
 謝ってくるけれど、その顔はうっとりしていたりする。オマケに小さく「うふふ」とか笑う声も聞こえてきたりした。もはや突っ込みどころが満載過ぎて、はるちんドン引きですヨ。というかボケ担当の私にツッコませるな。本来は、みおちんがツッコミ担当なのに。これじゃぁ私の魅力が半減ですヨ。はっ、もしかしてそれこそがみおちんの狙い!?
「そんなややこしいことをするほど暇ではありません」
「ちょ! 今のモノローグ!?」
「細かいことを気にしてはいけません」
 みおちんは、そういうとベンチから立ち上がった。その様子がいつものみおきちっぽくて少なからずほっとする。
「それで結局、美魚っちは何をしにきたの?」
「いえ、別に何も。ああ、そうだ。恭介さん達がやっている遊びありますよね?」
「ああ、バトルなんちゃらっていうの?」
「はい……楽しみですね」
「何が?」
「さぁ、何でしょう?」
 そういって薄く微笑むみおきち。その笑みは恍惚としていて凄く魅惑的だった。背筋がゾクっとした。これは本当にあのみおちんなのだろうか。みおちんは「うふ、うふふ」とか笑いながら歩き出す。私はその背中を呆然と見送っていた。あの、嫌な予感しかしないんですけど。







 そして予感は的中したわけで。目の前には仰向けに横たわった姉御がいた。制服の上からでもわかるボリュームのある胸が重そうに横へと垂れている。今、そこには美魚ちんの足が置かれている。黒いハイソックスを履いた小さな足が、胸の上を艶かしく動いていた。姉御が小さくうめき声を上げる。めーでーめーでーみおきち。その……この構図は、ちょっとお子様に見せられませんヨ? 言った所で凄く嬉しそうに頬を赤らめている美魚っちには届きそうもなかった。
「み、美魚君。これぐらいにしないか? そろそろお姉さんも見過ごせないぞ」
「何を言ってるんですか? 来ヶ谷さんはわたしに負けたんですよ。負け犬が何を偉そうに」
 そういって胸をぐりぐり。その手には、不釣合いなほど大きいバズーカ砲が握られていた。「さすがっす! 西園さん!」美魚様命というタスキをかけた科学部部隊の面々が歓声を上げる。彼らは、ここから遥か遠くでみおきちのことを眺めていた。ずっと前、美魚ちんから「あなた達に近づかれると汚染された気分になります」と言われてから近づかないように心がけているらしかった。科学部部隊は、美魚ちんの勇姿にやいのやいのと騒ぎ立てる。遠くから。傍目から見て、空し過ぎる。美魚ちんは姉御の胸を弄びながらうんざりしたような顔をした。美魚ちんの隣にSPよろしく仁王立ちしていた謙吾くんが、きっとそちらを睨み付けた。科学部部隊はびくっと肩を震わせて黙りこんだ。
「ああ、どうも」
「これぐらいお安い御用だ!」
 謙吾くんはきらりと白い歯を輝かせて親指をぐっと上げる。いつも来ているジャンパがその動きに合わせて揺れる。そこでジャンパの胸のところについたロゴが変わっていること気づいた。前は英語でリトルバスターズと書かれていたのに、今は何故か英語でミオッチクイーンズと書かれていた。謙吾くん、それはいくらなんでも語呂が悪すぎですヨ。
「さぁ、西園。他に何か俺にしてほしいことはないか!?」
「そうですね。ではわたしの半径1m以内に近づかないで下さい。あなたの胴着、臭うんです」
 目を細めてガン見しながら謙吾くんに、そう告げるみおきち。謙吾くんは、奇声を上げながらもだえていた。たしかにあのみおちんの目は怖い。普段、見られることが多い私がいうんだから間違いない。でも、謙吾くんは何故か少しだけ嬉しそうだった。ダメだ、この人。
「くっ! あ、美魚君。そこは!?」
 その間も胸を弄くられていた姉御が、堪らず声を上げた。謙吾くんの様子に満足そうな顔をしていたみおちんは、そちらに顔を向けると嗜虐的な微笑みを見せた。
「そこは、なんですか? はっきり仰ってくれないとわかりませんよ。あ、もっと来ヶ谷さんに寄って下さいますか?」
 頬を恍惚と蕩けさせながらみおきちは、四つん這いになっている椅子の頭を叩く。ちなみに椅子の名前は井ノ原真人くんという。真人くんこと椅子は「この筋肉は西園のためだけに!」とか訳のわからないことをのたまいながら来ヶ谷さんに近づいていく。真人くん、今のあなたは凄く惨めですヨ?
「こんなに大きくていやらしい胸をして」
「美魚君。いい加減にしないとお姉さんも怒るぞ!」
「それは嘘です。わたしにはわかります。いつも一段高い位置で皆のことを見てますが、こうしてほしかったんですよね? はい、来ヶ谷さんの望みはわたしが叶えて差し上げます。激しく──苛めてあげますね」
「ああ……!?」
 一切大きい声が姉御の口から漏れた。いや、だから、そのエロすぎですヨ? だけどマイベストフレンズことみおきちは不満そうに口をへの字に曲げていた。そのまま胸の上に置いた足に力を入れていく。制服の上からでもわかるぐらい姉御の胸が変形していく。はだけた胸元からポロリと出てこないか少しだけ心配だった。苦しそうな姉御の艶かしい声が小さく漏れる。
「誰が満足していいといいました? まだご自分の立場というものがわかってないようですね。これはたっぷりと躾けてあげないといけませんね。うふふ」
 そういって嗜虐的に哂うみおきちこと、私の親友。いつから彼女は変わってしまったのだろう。ああ、あの冷たくも真面目天然で腐女子な美魚ちんは何処。思わず遠い目で空を見ている間も美魚ちんは姉御の胸にぐりぐりしていた。姉御の手が美魚ちんから逃げようと、何かを掴もうとする。でも近くには何もない。その時、「西園さん!}という叫び声が聴こえてきた。そちらには真剣な表情をした理樹くんがいた。ああ、やっとまともそうな人が出てきた。
「直枝さん……なんですか?」
「西園さん、もうやめるんだ!」
「あなたに意見される覚えはありませんが?」
「そういうことじゃない。こんなこと……こんなこと、苛めるなら僕をいじめてよ!」
 ええー。口から瘴気だかエクトプラズムだが、なんかそんな感じのものがでた気がする。そんな私の耳に「ちょっと待ったぁ!」という大きな声が聞こえてきた。そこにいるのはニヒルに笑っている恭介さん。もう諦めたいけど、一縷の望みを期待してしまうのは人間として仕方ない。はるちんは、よわい子。
「理樹。そいつはダメだぜ。何故なら西園にいじめて貰うのはオレだからだ!」
「おかしいよ恭介! 僕が一番、西園さんにいじめられたいのに!」
「へっ、受けることしか考えてないとは理樹は甘ちゃんだな。オレは違うぜ。西園、おまえの足の指を舐めさせてくれ!」
「それは卑怯だよ! そんなの僕だってしたいよ! 西園さん、僕に舐めさせてくれるよね! 物凄く丁寧に綺麗にするよ僕」
「おいおい、おまえのほうが卑怯だろう。人の意見に乗っかるなよ。理樹おまえには、自分自身から湧き上がる熱いものはないのかい!?」
 恭介さんが、理樹くんの胸元に拳を軽くつけた。理樹くんは、恭介さんとその拳を何度か見比べた後、こくりと深く頷く。それはとても真剣な表情でちょっとだけかっこいかなって思った。でも会話の内容が内容なので、もう誰か助けて。
「わかったよ恭介。ありがとう。僕の内にある熱いものに気づかせてくれて」
「オレは信じてたぜ。理樹、おまえなら出来るってな」
「うん……西園さん」
 清清しいほどの笑顔でみおちんのことを見詰める。一方、見詰められたみおきちはとても嫌そうだった。私も嫌だ。
「西園さん、たしかウニ好きだったよね?」
「……ええ、まぁ」
「実は僕、ウニあんまり好きじゃないんだ」
「そうですか。直枝さんまでわたしの大切な部分を踏み荒らすつもりなんですね?」
「そうじゃない。僕はたしかにウニ好きじゃない。けど……西園さんが一度、咀嚼したウニなら食べられるんだ! いや、むしろ食べさせて!」
 うわー。自分の頬が引きつるのを感じた。理樹くん、さすがにそれは、そのありませんヨ? ドン引きしている私の横で恭介さんだけがテンション高く「さすがは理樹だぜ!」とか言って嬉しそうだった。もうやだ。この人たち。
「どちらとも嫌です。あなた達はご自分の言っていることがわかってますか? 恥というものを知ってください」
 二人の変態の飽くなき妄想をみおちんはそう斬って捨てる。けど、何か閃いたのか「あ」と短く声を上げた。姉御の胸に乗せていた足を離すと、黒いハイソックスの裾を持ってクスリと笑う。
「そういえば足を動かして少し蒸れてしまいました」
 そういうと黒いハイソックスを脱いでいく。美魚ちんの肉付きが決していいとはいえないけれど、白くきめ細かい綺麗な足が露になっていく。ゆっくりと時間をかけてじらすように靴下を脱ぎ終わると、みおちんはもう片方へと手をかける。その瞬間、普段見えることのないみおきちの太股がちらりと見えた。白い足が艶かしく蠢く。その様子にドキリと胸が高鳴った。まってまって。はるちんはノーマル。おーけーおーけー、はるちんは正常です。さっきのはきっと気のせいだ。そういうことにしておこう。そうこうしている間に美魚ちんは、ニコリと理樹くんと恭介さんに向けて微笑むと、そちらに脱いだばかりの靴下を投げた。訓練された軍用犬よろしく二人は駆け出した。「西園の蒸れた靴下!」とか「西園さんの西園さんの!」とか興奮した声が聞こえてきた。見れば恭介さんは鼻にソックスを押し付けていた。理樹くんに至っては口に含んでいる。しかも二人とも廊下に這いつくばっているものだから、もう危ない人にしか見えなかった。そんな二人をみおちんは蔑むように見る。口元は三日月形に開き、大変楽しそうだった。
「いい匂いですか? そうですか。人間として正常な嗅覚すら持ち合わせていないんですね。……この変態」
 二人は身悶えする。その顔はまるで生涯、付き従う人を見つけたかのように満ち足りていて幸せそうだった。私は校舎の窓によって四角く切り取られた空を見る。どこまでも青くて麗らかで、穏やかだった。私は歩き出す。そうだ。鈴ちゃんを探そう。猫と戯れている鈴ちゃんの姿が脳裏に過ぎる。
「鈴ちゃん、へーーーるーーーーぷ!」
 私は走り出す。目の端にはちょっとだけ涙が浮かんでいたりもする。泣いたっていいじゃない。だってはるちん、女の子なんだもの。










 それからも美魚ちん勢力は衰えることを知らなかった。クド公。小毬ちゃん。どんどんとみおきちの軍門へと下っていった。要するに皆、みおちんにいじめてほしがった。最後の砦だと思っていた鈴ちゃんすらも今では「美魚、もっといたい事して」とか言う始末。まさにみおちんはやりたい放題だった。嬉しそうに見下しながら、皆をいじめているみおちんは本当に楽しそうだった。でも……でもそんなのダメだ。こんなのは私のベストフレンズみおきちじゃないやい! みおきちはもっと真面目で冷たい子なんだい! 私は決意した。みおちんの目を覚まさせてやる。
「ああ、三枝さん、こんなところにいたんですか。探しましたよ」
 ちょうどよくみおちんが目の前に通りかかった。私は口をニヤリと吊り上げる。その言葉、そっくりお返ししますヨ。みおちんは首を傾げてみせる。周りには誰もいない。私は脈絡なくズビシっと指を突きつけた。
「美魚っち、バトルを申し込みますヨ!」
「ああ、三枝さんから言い出してくれるなんて、なんてわたしは運がいいんでしょう」
 などと余裕たっぷりなみおきち。ふん、そういってられるのも今の内ですヨ。たしかに科学部謹製の武器は凶悪だけど、美魚っち自身の能力はそれほど高くないことを私は知ってるふっふっふー。はるちんの分析能力を甘くみたのが、みおきち、君の敗因ですヨ。美魚ちんはすぐに奴隷3号(恭介さん)を電話で呼び出す。すぐに私達の周りにわらわらと人だかりが出来始めた。
「では、三枝さん」
「いつでもおーけーだよ!」
 そうしてバトルの火蓋が切って落とされた。予想通りというように美魚っちの周りには科学部部隊謹製の武器が投げ込まれる。キョロキョロしながらみおきちは使う武器を品定めしていた。そうそれこそが勝てる要素だ。このバトルのルール上、女子は落ちているものから好きなやつを取っていいことになっている。ということは私も慣れ親しんだ武器を使えば勝機はある。私は自分の周りに落ちているくだらないものの選別に入る。
「って、ちょっとまってーーーーーーーーーーーーー!!」
 間髪いれずに叫び声が口から吐き出された。足下に広がる緑、緑、緑。何故か私の周りに投げ込まれるものは緑黄色野菜の代表、きゅうりだった。きゅうりの飛んできたらしい方向を見る。そこにはリトルバスターズ改め、ミオッチクイーンズの面々がいた。ていうかなんで佳奈多までいますか。ちょ、申し訳なさそうにしながら頬を赤く染めないで。そんなお姉ちゃんはやだよ。その横には「ええ、そうよ。バトルに参加しているわけでもないのに西園さんに従っているわよ。滑稽ね。滑稽でしょ。笑いなさいよ。あーっはっはっは」とか捲くし立てている人がいた。誰だ、あんた。
「武器、取らないんですか?」
 美魚ちんが、そう尋ねてくる。その口元は緩みきっている。明らかに美魚ちんの差し金だった。ちくしょう、この腹黒サディストめ。仕方なく落ちているきゅうりの中から丈夫そうなやつを取る。それを見てみおちんが頬に手を添えながら、ぽっと顔を赤らめた。 
「太くて長いのが、お好みなんですね?」
「誤解を招く様なこと言うなー!」
 叫んでみたけれどみおきちはしれっと無視しやがった。変わりというように落ちていた武器の中の一つを手に取る。そしてそれを一度、軽くふる。ブオオンというどこぞのSF映画じみた音が聞こえてきた。ライトセイバー。あんなものにきゅうりでどうしろと?
「……えいっ」
「いたっ」
 絶望している間に、近づいてきていたみおちんにきゅうりを持った手を叩かれていた。きゅうりがポロリと手から零れ落ちる。私は一歩後ずさる。あんなものでも一応、武器だったわけだからなくなると不安だった。一縷の望みが絶たれたようなものだ。きゅうりに望みを託すのも、我ながらとても情けないけど。その隙を対面の腹黒っ娘が逃すはずもなく、美魚ちんはとことこと歩きながら切りかかってきた。
「かたじけのうござる。かたじけのうござる」
「ちょ、それ新聞紙ブレードでのルール!」
 


 そうしてバトルは私の惨敗という結果に終わった。どう考えても勝てるわけがなかったけど。美魚ちんは、うっとりと嬉しそうに微笑むと私がバトル中に落としたきゅうりを手に取った。
「さて、それではいきましょうか?」
「え? どこへ?」
「うふふ、野暮なこと聞かないで下さい」
 頬がピキリという音が立てて固まった。私はみおきちに背を向けると、猛然とダッシュした。けれどすぐにミオッチクイーンズの面々が、立ちはだかった。逃げちゃダメだよ、葉留佳さん。葉留佳、観念しろ。はるちゃん、一緒に幸せになろう〜。口々に親しかった面々が笑顔でそういってくる。なにこれ、ホラー?
「美魚ちん、趣向が変わってる! 男×男がよかったんじゃないの。それは姉御の範疇ですヨ!」
「別に変わってはいませんよ。ただ三枝さんこそ、わたしの望んだものを持っている人なんです。うふふ、最初に話しかけて複線を張った甲斐がありました」
「なにそれ、どういう意味!?」
「わたしはおいしいものは最後に食べる主義なんです。あなたはわたしと対極に位置する性癖を持った人なんです。うふふ、そんな人がどんな表情を浮かべるか今から楽しみです」
 そういうと美魚ちんは、手に持ったきゅうりをうっとりと眺める。嫌な予感しかしなかった。さぁっと血の気が引いていく。ギギギと音がしそうなぐらいカクカクとした動きできゅうりを指差す。
「そ、そのきゅうり、どうするの?」
「え? ああ、決まってるじゃないですか。三枝さんは、突っ込むより突っ込まれるほうが好きなんですよね?」
「そんなこと言ってないですヨ!」
「え、言いましたよ。冒頭で」
「ちょ、それツッコミ違いー! 後、冒頭とかいうなー! ていうかそもそもあれモノローグー!」
 絶叫が辺りに空しく木霊する。その声に嗜虐性を掻き立てられたのか、みおきちはうっとりと恍惚とした表情で私の手を握った。
「うふふ、怖がらなくても大丈夫ですよ」
「いーやー!」
「そんなこと言わないで下さい。いくらわたしといえども、そこまで嫌がられると躊躇してしまいます」
「じゃぁやめよう。すぐやめよう!?」
「躊躇してしまいますから、そうですね。ソフトに行くことにしましょう」
「なんでそうなるのー!?」
「うふふ、さぁそれでは行きましょう」
 みおちんはそういうとニコリと穏やかに微笑んだ。その笑顔がいつも通りで、一瞬さっきまでの悪い夢だったんだと思うけど、みおきちに手にしっかりと握られたきゅうりが雄弁に現実だと語っていた。美魚ちんが嗜虐性に蕩けきった表情で、わたしの頬を撫でる。そのままゆっくりと桜色に色づいた唇を振るわせた。

「優しくいじめてあげますね……葉留佳」

 誰かタスケテ。
 


[No.30] 2009/03/20(Fri) 19:35:40
愛はある、金がねえ (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@2802 byte

 そういえば白熊って見た事が無いな。
 鈴はそんな事を考えていた。
 湯船の淵に顎を乗せて理樹がだれている。
 微温湯の中でしばらく動く気配もない。
「動物園」
「……うぃ」
 顔をこちらに向けようともしない。
 瞼は閉じたままで、それでも返事があったので鈴は満足した。
「行きたい」
 白熊を見て虎を見てゴリラを見て出来ればカンガルーも。
「ゾウさんならいるよ」
「もういらんわ、そんなの」
「酷い」
 ゆっくりと浮上したゾウさんは、ゆっくりと潜水していった。
 迂闊にも可愛いと思えてしまった事が鈴には屈辱だった。
 見慣れたものは要らない。
 ここには見慣れたものしかない。
 見慣れたものでも良いのだろうか。
 見慣れないものは少し怖い。
 とはいえ、退屈だ。
 例えばここで手を取り合い浴室を飛び出すと、そこはあるいは綿菓子の花園かもしれない。
 見渡す限り綿菓子の地平が広がっていて、歩き難いったらない。
 だから転がって進む。痛くない。楽しい。
 お腹が空いたので一口含むと喉が渇いた。
 何処かにジュースの出る蛇口はないかと虹色の太陽に尋ねてみると、トイレはあちらですと返ってきた。仕方がないのでそちらへ向かうと理樹が笑っていて、全部ごっくんしてっと腐った発言をしたので、鈴は殴った。
「痛いっ! なに、なんなの、鈴?」
「うん、ちょっと妄想してただけだ」
「唐突だね」
「妄想は何時だって唐突だ」
「そんな行きたいの?」
 またゆっくり浮上してくるゾウさんを無視して、鈴はかぶりを振った。
「別に」
「嘘。声が拗ねてる」
「理樹には分かるのか」
「一応、分かってるつもり」
 そこでようやく理樹がこちらを向いたので、思い切り唇を尖らせた。
「こっち見んな」
「可愛い」
「そんなの知ってる」
 何度も言われたから。
 しかし、全然飽きない自分に鈴は気付いた。
 むしろもっと言え。
 そんな事、口には出来ないけれど。
「遊びに行きたい」
「動物園に?」
「綿菓子の花園」
「何処?」
「知らない」
「知らないところへ行きたいなんて、詩的だね」
 そう表現されると、無性に面倒くさいもののように思えてしまった。
 よくよく考えてみれば、知らないところへなんて行きたくない。
 なんだか、何もかもが面倒くさくなった。
「手、繋ぎたい」
「唐突だね」
「欲求は何時だって唐突だ」
「何処か、遊びに行こうか」
「何処まで行ける?」
「二人分合わせればジュースくらいは買えると思うよ」
「理樹は嘘吐きだ」
「嘘じゃない。部屋中探せば百円玉くらい落ちてるよ、きっと」
 財布を落とした大馬鹿者の戯言を鈴は溜息で向かえた。
「落としたんじゃない。飛んでいったんだ」
「青い鳥」
「それは鈴だよ」
 微妙に不快な喩えだったが、どうせ深い意味はないのだろう。
「で、どうする?」
 手を繋いで、二人で歩く。
 ゆっくりとした足取りで。
 遠くは無い、見慣れた場所へと向かって。
 それも良いかもしれないが、そうでなくても良いやと鈴は納得した。
 倒れるようにして湯船に飛び込む。
 湯が溢れて排水溝へと流れていった。
「……ゾウさん、見たくなった」
「どうぞ御自由に。鈴限定で、入場料はタダだよ」
「虐待してやる」
「猫いじめたら怒るくせに」
「ゾウさんはにゃんこと違う」
「同じように可愛がってあげよーよ」
 軽く、唇を合わせる。
 愛はあるが金が無い、そんなとある休日の一コマ。


[No.31] 2009/03/20(Fri) 19:45:11
愛・妹・ミー・マイン (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@2585 byte

 結局嫁に行くことになってしまった。案の定、実家から荷物片付けろって電話がきて、ああ、もう、やだやだ。だから嫌だったんだ、嫁に行くなんて。面倒事が多すぎる。結婚式やらないっていうのが唯一の救いで、そこに関してあたしは理樹の甲斐性のなさに感謝している。でも貧乏なのはいやだった。もしかしたらあたしには、男を見る目がないのかもしれない。
 その、絵日記らしきものをぱらぱらとめくっていく。なんでこんなもの取っておいてあるのか不思議なレベルの、遠き日の思い出。無視して荷物の整理作業に戻ったほうがいいんだろうけど、せっかくの休日にこんなことやってるのも馬鹿らしくて、結局覚えてすらいない思い出に浸ることを選んだ。どっちにせよ休日にやるには馬鹿らしいわけだが。何もせずごろごろしているのが一番有意義に違いない。実行できた試しがないから実際どうなのかは知らんけど。
 汚い絵と汚い字が、黄ばんだページに延々と描かれ、書かれている。汚すぎて何の絵かわからないし読めもしないが、どこかの並行宇宙では考古学を専攻しているかもしれないあたしの解読によると、この絵はあたしと、あたしと手を繋いでいる恭介で、下には「おにいちゃんのおよめさんになる」みたいなことが書かれているらしい。
 なんとも言えないものを感じる。過去のあたしよ、あたしは今、おにいちゃん以外の男の嫁に行こうとしているぞ。なーんて。これまでの人生の中でもっとも冷静なのではないかと思えるほど、あたしは冷静な気がする。気がするだけなので、実際はどうだか知らん。なんにせよ、あたしは冷静に驚いていた。このあたしにも、あの恭介をおにいちゃんと呼び慕っていた頃があったのだ。びっくりだ。いやあたしは冷静なつもりだけど。まあびっくりだが。
「おにいちゃん」
 意味もなく言ってみる。恭介が生きていれば死んでも言わんだろうし、そもそもこんな絵日記など見つけた時点でシュレッダーにかけた上で焼却する。と、恭介が馬鹿やってた頃の自分を思い出して、まあそんぐらいやるんじゃないだろうか、と予想する。大人になった今のあたしなら、ついでにその火で煙草を一服して黄昏れたりするかもしれない。まー煙草なんて毒は吸わんけど、ハードボイルドな感じがしていいだろ、うん。
 そういえば恭介は死んでいるのだった。馬鹿が災いして死んだのだ。うちの両親も、あたしが助かったという連絡をもらってほっとしたと思ったらなぜか恭介が死んでるんだから、さぞかし驚いたのだろうなぁ。恭介が馬鹿なのが悪い。しかし恭介は馬鹿だというのに、あたしの記憶にある恭介の姿は、馬鹿は馬鹿なりにかっこいい感じなのだから、気が滅入る。どう考えたって美化されているじゃないか。そんな恭介は死んでしまえ。
 地味にショックだ。理樹みたいに年がら年中恭介はじめ死んだ連中のこと思い出してるはずもないあたしだが、でも、あたしは恭介を恭介のまま恭介として覚えていられると思っていたのだ。美化されてしまったら、それはもう恭介を恭介のまま恭介として覚えていることを失敗している。
 あたしの恭介はどこに行ってしまったのだろう。


[No.32] 2009/03/20(Fri) 22:29:15
愛の円環 (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@12160byte



 《1》


 同じベッドの同じ布団にくるまって、僕とクドは抱き合って眠る。肌を重ねて体温を共有していると自分の肉体が肥大化したように錯覚するから不思議だ。仄かな熱がバターみたいに肌と肌の境界面を溶かしてくれないかと考える。血管と血管の断面がキスをすることを思う。僕の骨とクドの骨がパズルみたいに整合性を持つ関係になればいいのにな。
 枕元に手を伸ばすと指先に冷たいものが触れる。摘んで引き寄せると古臭い鋏だと分かる。小学校の図工の授業で使うような安物で、いかにも切れ味が悪そうだ。握り手の部分にマジックで「なおえりき」と書かれている。薄暗闇の中、眠るクドの顔を見ながら、試しに右手の指を入れて鋏を開閉してみる。錆びた刃先がチョキンと音を鳴らす。
 クドと絡めた左手を胸元まで引き上げる。細く白い彼女の腕の半ばに、開いた鋏を差し込んでチョキンとやる。ぷつんと間抜けな音がして腕が切り離される。血は一滴も出ない。断面も綺麗なものだ。紙を切ったみたいな手応えだった。
 切られても僕の手と絡められたままでいるクドの手を優しく引き剥がす。指を一本ずつ開いていかないと外せなくて難儀した。空中に放たれた彼女の手は、重力を無視してぷかぷか浮かんでいる。僕は手首の辺りをつかんで、一番長い中指から順にそれを食べる。五本の指をもしゃもしゃ食べて、棒みたいになった腕を一気に飲み込む。味も臭いもしなかった。食べた感触だって全然ない。
 僕は鋏を動かして、残された足や腕を切り取って順に食べていく。首から上だけになったクドが枕に頭を乗せて穏やかな寝息を立てている。その場に鋏を置いて、彼女の艶やかな髪に触れる。一房口に運んで噛んでみる。相変わらず空気を食べているみたいだ。不意にクドが目を開ける。邪気のない笑みを浮かべる。僕は微笑み返す。両耳の辺りをつかんで彼女の頭を持ち上げ、頬にかぶりつく。柔らかそうな皮膚をぱくぱく食べた。
 布団を払い、僕は独りきりになったベッドから降りる。電気を点けようと伸ばした右手が、腕ごと床に落ちる。振り返るとぼんやりとした闇の中に鋏が浮いている。錆びた刃先が勝手に動いてチョキチョキと音を奏でる。慌ててドアノブに左手をかけたがそちらもあっさり切り落とされた。ドアに背中を預けて僕はその場に座り込む。鋏が宙を飛んで寄ってきて、僕の腹を横に切る。裂けた皮膚の内側から臓物の代わりに白い腕が引っ張り出される。クドだ。頭や胴体もきちんとくっついている。泣き喚いている。彼女を見る僕の瞳から涙がこぼれ落ちる。
 クドが恐怖に引きつった強がりの笑みを浮かべて言う。「リキ、愛してるのです」
 僕は震える唇を開いて言う。「僕もクドのこと、愛
 鋏が僕の首を切り落とし、残された言葉は永遠に吐き出されない。


 《2》


 部屋でクドと一緒にいると、急に一冊のノートを手渡される。
「何これ?」
「読んでみて下さい」と言ってクドは表紙をめくる。
 ざっと眺めてみた感じ、どうやら小説らしい。何故か登場人物に僕やクドがいてひっくり返りそうになるが、クドの真剣な表情を見るにふざけているわけではないようだ。腰をすえて文字を追っていく。短いのですぐ読めた。ただ、左上に《1》と章の番号らしきものが振られているのに、次のページを開いても続きが書かれていないのが気にかかる。連載形式なのだろうか。そもそも、これはクドの書いたものなのだろうか。「読んだよ」
「感想を聞かせて下さい」
「うーん。ちょっとストーリーがつかめないかな」
「私もです」
「これ、クドが書いたんじゃないの?」
「違います」
「じゃあ誰が?」
「リキじゃないのですか?」
「書いてないよ」と言って僕は苦笑する。
 僕はクドを鋏で切って食べたりも、こんな小説を書いたりもしていない。
「え? ですけどリキ」とか言うクドにノートを返却し、僕は大きく伸びをする。
「眠いね。一緒に寝ない?」
 クドの肩を抱いて引き寄せ、ベッドの布団をめくり上げる。
 枕元に鋏が置かれている。刃先が錆びている。
「え?」
 僕は慌ててクドを見る。「悪ふざけはやめてよ」
「私は何もしていないのです」と言ってクドは首を横に振る。
「じゃあ誰が置いたの?」
「リキでしょう?」
 当惑しつつ鋏を拾い上げる。「なおえりき」とある。僕の鋏だ。刃の間に親指を挟んでみるが、小説のように痛みもなく体の一部が切断されることはない。この状態で鋏を握る手に力を込めたら、普通に皮膚が切れて血が流れるだろう。下らない。僕は鋏を放り出し、クドを抱えてベッドに潜り込む。彼女の背中に手を回す。クドが眼前で柔らかく笑って、僕の肩に自らの顔を押しつける。僕は彼女の体温を感じながら目を閉じる。闇に意識が引っ張り込まれる。
 目覚めても僕の腕の中にはまだクドがいた。何気なく寝顔を見て戦慄する。そこにいるのは鈴だった。いつの間にかクドと入れ替わっている。僕は飛び起き、反射的に鈴の体を突き飛ばしてしまう。布団に背中を打ちつけた彼女が痛そうにうめく。
「あのな。理樹、お前寝ぼけてるのか?」
「鈴、どうしてここに?」
「記憶喪失でも起こしたか?」
「いいから答えてよ」
「お前が一緒に寝ようって誘ったんだろ。忘れたか?」


 《3》


 授業開始のチャイムが鳴る直前に、クドからノートを半ば押しつけられる感じで渡される。彼女の背中を追おうとしたものの、教師が入ってきて号令をかけ始めたので断念する。次の休み時間に事情を聞けばいいだろう。僕はノートを見つめる。表紙には名前すらも書かれておらず、何の用途に使われているのかさっぱりだ。開いてみると小説らしきものが二ページ分書かれている。僕は板書をする振りをして《1》と《2》で区別された二つの物語を読んだ。
 読み終えたが、正直言って意味が分からなかった。《1》も《2》も主人公は僕になっているが、こんな無茶苦茶な体験をした覚えはない。唯一の共通点と言えば、僕がクドと交際しているということぐらいだ。もちろん僕はこんな小説など書いていない。となると誰が書いたのだろうか。そもそも意図が分からない。悪ふざけだとしても内容があまりに謎すぎる。《1》だと空飛ぶ鋏に僕は首を落とされているし、《2》だと人体交換トリック的なことが発生している。これを書いた誰かは、これを読んだ人間に何を伝えようとしているのだろう。もちろん、単に解釈を丸投げした手抜き小説の可能性も多分にある。その場合、深く考えれば考えるほどに馬鹿を見ることになる。
「クド、これどういうこと?」
 休み時間、僕はノートを片手に廊下でクドに問いかける。
「こっちの台詞なのです。リキこそどういうつもりなのですか?」
「はい?」と言う僕の手から、ノートがもぎ取られる。
「浮気をしましたね、リキ!」
「何のこと?」
「すっとぼけるのもいい加減にするのです!」と叫んで、クドは開いたノートを僕に突きつける。示されているのは小説の《2》だ。僕がクドと寝たらいつの間にか鈴と寝ていたことになっているという馬鹿展開の方だ。「これがどうかしたの?」
「鈴さんと寝るのが浮気でなくてなんなのです!」
「いやいや、これただの小説でしょ。誰が書いたの?」
「リキが書いたんじゃないのですか?」
「初めて読んだよ、こんなの」と僕は言う。「どこにあったの?」
「今朝、学校に来たら机の中に入ってたのです」
「誰かの悪戯だよ。少なくとも僕は知らない」
 実際、僕に心当たりはない。「どうして僕が書いたと思ったの?」
 クドがポケットに手を突っ込んで鋏を取り出す。「これが挟んであったのです」
 記された「なおえりき」の文字。
 受け取ってみると、紛れもなく僕の鋏だ。
「リキ、本当のことを言って下さい」
「言ってるよ」
「鈴さんと私、どっちが好きですか?」
「クドだよ。鈴も好きだけど、それはクドに対する好きとは違う」
「どう違うのですか?」
「僕はクドのことを」と言った途端に僕の腕が自然と動いて、気がつけば鋏の刃をクドの胸に突き立てていた。閉じた刃を開くと胴体が真っ二つに断ち切られる。彼女の上半身が斜めにずるりと滑って廊下に落ちる。遅れて下半身も崩れ落ちた。濁った瞳で虚空を睨む彼女の顔に向けて、僕の口から言い残した言葉がこぼれ落ちた。「愛してる」


 《4》


 寮室で宿題をしていると、物凄い勢いで扉が開いた。誰かと思うとクドだった。何故か涙目で、右手にノート、左手に鋏を持っている。何を血迷ったのかと僕は思わず身を引いてしまう。クドはそんなのお構いなしに「怖いのですー!」とか言いながら僕に抱きついてくる。
 事情を訊いてみると、クドは自分の部屋の前で友人と立ち話をしていたらしいのだが、話を終えて部屋に戻ると床にノートと鋏が置かれていたとのこと。窓は施錠されていたし誰かが隠れるような場所もないし自分は部屋の前にいたしでパニック状態に陥ったとか云々。クドの言っていることが本当なら確かに怪奇現象だ。
 別に探偵を気取るわけじゃないが、僕は証拠物資を見せてもらうことにする。ノートの方は何の特徴もないその辺でいくらでも売ってそうなもので、中を見てみると最初の三ページだけ文章が書かれている。台詞もあるので小説だろうか。とりあえず保留にして鋏を見る。刃先が錆びていて紙も切れなさそうだ。剃刀レター的な意味合いなのだろうか。くるっとひっくり返すと握り手の小さなスペースに黒マジックで名前が書いてある。どこの馬鹿かと思ったら「なおえりき」と書いてあって、それはまさしく僕の名前だ。リキひどいのですーとか言ってわんわん泣き始めるクドをなだめて、僕は再びノートの方に取りかかる。鋏は後回しだ。
 ノートを読み始めるとそれはやっぱり小説で、《1》《2》《3》と章分けされた短い三つの物語なのだということが分かる。ぱっと見て分かるのは、主人公が僕であることと、僕とクドが恋愛関係にあることだろうか。それと《3》に登場する直枝理樹も指摘しているが、現実の僕は実際にクドと交際している。共通項はそれぐらいで、小説に書かれている内容はどれも嘘っぱちだ。現実と何の関係もない。それにしても支離滅裂な話だ。僕の肩越しに読んでいたクドも首をひねっている。「何でしょうこれ?」
「分からない。でも、この物語に共通する法則みたいなのはちょっと分かったよ」
「どういうことでしょう?」
「この話には、といっても三つしかないんだけどさ、まぁ終わり方が二つあるよね。《1》と《3》がパターンAで、《2》がパターンB。パターンAの特徴は、僕たちが愛を確認し合うと話が終わるとこだね。しかも結局、どっちも愛の確認に失敗してる。むしろ失敗させるために無理やり話を終わらせてる感がある。《3》に出てくる僕は、自分の意思に反して体が動いたみたいに書かれてるし。でまぁパターンBの方はパターンAみたいに僕たちがバラバラになるわけじゃなくて、一応僕は生き残ってる。ただ何故かクドが消えてて、そのポジションに鈴がいる」
「あの、わけが分からないのですが」
「僕も分かんない」
 ノートを壁にぶん投げたくなる。
「あ、ちょっと気になったのですが」
「なに?」
「この話って《1》でも《2》でも《3》でもノートや鋏を私たちが手に入れますよね。あ《1》は鋏だけですけど。でなんか、章が進むごとに手に入れ方が謎めいてきてませんか? 《1》だとただそこにあるだけですけど、《2》だとノートについては私が何か知ってるみたいですけど鋏に関してはリキにも私にも心当たりがない。《3》になると鋏にもノートにも心当たりがない。それに」
 クドは、さっき自分が見つけたという鋏とノートを見て体を震わせる。
「大丈夫だよ。ここに書かれてるのはフィクションなんだから。現実と関係なんてない」
「本当にそうでしょうか?」
 クドの瞳には怯えの色が見え隠れしている。僕は内心不吉なものを覚えながらも「そうだよ」と言って強がってみせる。
「でしたら」とクドは言う。「私はリキのことを愛してます。リキはどうですか?」
 僕は答えに窮する。もしこの世界が小説の《4》であるならば、クドに返事をした時点で僕か彼女は死ぬからだ。最悪、両方死ぬかもしれない。それだけは嫌だ。世界の法則に絡め取られて死ぬなんて馬鹿げている。でももし僕たちが物語の駒でしかないのなら、僕はこの先どうやってクドを愛せばいいのだろう。分からない。だから僕は「ごめんクド。一つだけ試させて欲しい」と言う。この世界が本物であるならば、クドには後でたっぷり謝ろう。もしこの世界が《4》でしかないのであれば、僕は《5》あるいは《6》あるいはもっと上位の世界にいる僕自身にクドのことを任せようと思う。愛してもらおうと思う。僕の行動は無数の僕たちの助けになるだろうか? なればいいと思う。そして願わくばこの世界が本物でありますように。
「僕はクドのことを愛してない」
 心に反した言葉を吐く。一瞬の静寂の後、クドの体が発火する。駄目だった。ここは《4》でしかなかった。苦痛に身をよじり、頭を抱えた彼女の手足がぼろぼろと千切れて落ちる。無数に寸断された肉片が焼き尽くされていく。駆け寄ろうとした僕の腕を誰かがつかむ。鈴だ。彼女が笑顔で訊いてくる。「理樹、あたしのこと、愛してくれるか」
「嫌だ!」と叫んだ直後に僕の体はバラバラに引き裂かれた。


 《5》


 僕は学校でクドに渡されたノートと鋏を自室に持ち帰る。
 ノートを開いて《1》《2》《3》《4》を読み返す。僕は僕自身に与えられた情報を整理する。第一にこの世界は偽物であるということ。第二に僕がこの世界でクドを愛し続けることはできないということ。第三に僕は鈴を愛することでしかこの世界から逃れられないということ。この三法則が作用して、最終的に僕は鈴を愛するように義務づけられている。僕はクドへの愛を自分の中に留めておくことができない。だからクドを愛する度に、彼女を愛した記憶を奪われて、僕は何度でもスタート地点に引き戻されてきた。こんなにもバラバラに引き裂かれて引き裂かれて引き裂かれてきたのに僕は気づけずにいた。気づけずにいたことを僕たちが気づかせてくれた。
 人の意識は世界を創る。夢見るように、空想を思い描くように。この世界だって誰かが創ったものなのだろう。この世界が僕を閉じ込める檻でしかないならば、僕は檻の内側を不可侵の楽園に変えてみせる。僕の思いが世界を創れないはずがない。僕は手元のノートを読みながら《1》の世界を創り上げる。《2》が《1》を、《3》が《2》以下を、《4》が《3》以下を、《5》が《4》以下の世界を内包した世界観である以上、これにより《1》から《5》までの世界は円環構造として機能する。
 輪のようにぐるりと繋がり一つとなった世界の中で、僕は、無数の僕たちと僕自身が望んだようにクドのことを愛してみせる。


[No.33] 2009/03/21(Sat) 00:00:49
ハッピーメーカー (No.22への返信 / 1階層) - ひみつ@16188 byte

 『ひぎぃ』という言葉がある。主に予想外の出来事が起こった時に自然と口から飛び出す、サプライズ語である。
 しかし、日常生活では中々耳にすることの少ない言葉であり、一度でもその言葉を現実世界で聞くことが出来れば、胸を張って自慢してもいいレベルだったりする。
 そんな伝説のポケモン並の言葉を、つい、ポロっと叫んじゃった少女がいた。
 今日もたくさんの人の優しさを募金箱に詰め込んで、ホクホク顔でスキップなんかしちゃったりしている、家に帰る途中の幸せスパイラル党党首の神北小毬さんである。
 ふーんふふーん、と鼻歌交じりにルンルンと家路を進んでいる途中だった。本日の募金活動の結果があまりにも絶好調で、思わず遠回りしてお家に帰っちゃおうかなぁ、なんて思ったのが彼女の運の尽き。
 普段通らない住宅街。きっとここに住んでる人達は皆幸せだよ、とか勝手なことを考えていると、ポツンとある小さな公園を発見した。スーパー上機嫌な小毬さんは、子供たちに幸せをお裾分けしたらなあかんで、とかなり押しつけがましいことを思い、颯爽と公園の中に飛び込んでみた。
 無邪気に走り回る少年達。砂場で飯事をする少女達。自分と同じ高校の制服を着た兄ちゃんの顔の上に座る幼女。なんて微笑ましい光景なのだろう。冷汗が一ガロン程噴き出した。擬音で言うところのブワッッって感じである。小さいツが二個付いちゃってるところがミソ。
 落ち着け小毬。焦った時は素数を数えると落ち着けると、尊敬する先輩が教えてくれたことを思い出し、1,3,5,7,9、と奇数を数えてみた。先輩の教えとは全然違うが、流石恭介さんの言うことはすごいなぁ、本当に落ち着いてきたよー、と更なる尊敬の念を抱き、その上で魔法の合言葉、「ようし」を小さくつぶやきグッとガッツポーズ。
 目を逸らしてはだめだ。こういう現実と戦わなくてはならない時だってある。幸せだらけの世界があればいいなぁって思っている。でも、そんな世界は無くて、世の中には思っている以上に不幸の方が多い。だから小毬はいつも願っているのだ。私がほんのちょっとでも世界に幸せの種を蒔けたらいいなぁ、なんて。今目の前にある現実は、双方を不幸にしてしまうものである。顔面騎乗する幼女、顔面騎乗される青年。ドSな幼女にドMでロリコンな青年。二人は幸せなのかもしれない。でも、それは世間が許してはくれないもので。こんなものを警察官が見つけていたら、逮捕は鉄板である。翌日の新聞に小さく報道されてしまうだろう。それはとっても不幸なことだ。ああ、このまま放置してしまえたら自分自身はどんなに平和に健やかに過ごせるのだろう。でも、見てしまった。ならば、私が救いの手を差し伸べよう。出来る限りの幸せを、私自身の手で作り出す。小毬は、決意を新たに、顔面騎乗コンビへと一歩ゆっくり足を踏み出した。
 丁度その時に、まるで小毬が動き出すのを見計らったかのようなタイミングでロリコン野郎が幼女の両脇を持ち上げ、よいっしょ、ってなもんで顔を出した。もし、それが知り合いならば、私は心を鬼にして説教をしちゃうぞー、とか気合入れてみた。ただ、自分の知り合いは皆犯罪を犯すような人間では無いので、絶対だいじょうぶー、とか思っていた。
 しかし、現実とは、彼女の思っている以上に過酷なものであった。それはとても見覚えのある顔で。尊敬の念なんか抱いてちゃったりして、先ほど更にその尊敬を倍プッシュしたばかりの先輩であった。笑顔で鼻血を出していた。
「ひ、ひぎぃぃぃっ!」
 思わず叫んでいた。
 夕暮れ前の閑散とした住宅街に叫び声が響く。
 回れ右、と身体の向きを逆方向にし、パンダのプリントがされたパンツ丸出しのクラウチングスタートの構えを取った。そして、「体感的には音速超えて、光速いってましたわ、あんときわマジで」と後に語るダッシュを決めて公園を後にした。







 どうやって帰ってきたのかは覚えていない。気づけば寮の部屋のベッドの上で布団に包まっていた。恐怖の記憶のみ脳みそに残る。走馬灯のように楽しかった思い出が右から左に流れていく。知らず涙が零れ落ちる。何故泣いているのか、自分でもよく分かっていない。それほどのショッキング映像だったということか。分からない。何にも分からない。
 先ほど見た犯行現場。現行犯逮捕できそうな状態を思い出す。確かにあれは恭介だった。気持ち悪い笑顔で鼻血を垂れ流している恭介だった。でも、もしかしたら、白昼夢ってやつを見たのかもしれない。それは中々貴重な体験をしたなぁ。そう考えるとなんだか元気が沸いてきた。そうだ、あれは幻。現実なわけないじゃないか。無かったことにしよう。
 被っていた布団を放り投げ、ベッドから飛び出す。時間を見ればもう夕飯の時間である。お腹はしっかりと空いている。食堂に向かおうではないか。いつも通り、ルームメイトは部活からそのまま食堂に行っている。そこで合流しようかなぁ。
 ごちゃごちゃ考えていると、なんともご都合主義に恭介が一人で歩いているのを発見した。
 まあ、絶対幻だけど、一応確認してみようかなぁ。
「恭介さーん」
「おう小毬。お困りか?」
 人懐っこい笑顔とつまらない駄洒落で呼びかけに応えてくれた。こういう自然な仕草にいつもドキっとさせられる。なんか本当、この人卑怯だよね。
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「おうよ!」
 ビシィッと親指を立てての返事。なんでそんなに元気があるのか不思議だが、幸せそうなのでなんでもいい。
「今日、公園とかで遊びました?」
「お? なんで知ってるんだ?」
 はい、嫌な予感。
「えーと、あのー、たまたま恭介さん似の人を見かけたので、なんとなく」
「おう、そうだ。聞いてくれよ。びっくりしちゃったぜ」
 はい、嫌な予感パート2。
「な、ななな、な、何にびっくりしたんですかかかかか? はわわわわ!」
「なんで小刻みに震えてるんだ?」
「はわわわわ!」
「まあ、いいや。あのな、幼女がいきなり空から降ってきた!」
 はい、嫌な予感的中。つか、降ってくる訳ねーだろ。
 あと、ひぎぃって悲鳴聞いたぜ! そうですか。自慢出来るぜ! そうですか。
 悲しいかな、小毬の精神はこの事態に付いていけるほど、成熟してはいなかった。メンタル部分が結構弱いのが神北小毬のチャームポイントである。血を見たり、雨見たりすると妹キャラへと華麗な変身を遂げる。小さく「これは幻。そう幻なんだよー」と呟いたが、恭介が「そういや幻って漢字で書くと幼いにめちゃくちゃ似てるな!」こりゃ参ったー、わっはっはー、とか爆笑してるのを聞いて、確信に変わっていく。
 こいつ真性のロリコンじゃん。
 でもでも、恭介さんはそんな人じゃないよー、と必死で心の中では否定しようとしているのだが、それでもダメ。無理。確定じゃん。このロリコンっぷり。真性っぷり。
 小毬の脳みそはショート寸前。頭の回転は速いのだ。だからこそ、理解に苦しむ。結論を出したくない。
「そぉい!」
「ゲボハッ!」
 もう何が何だか分からない小毬は、恭介の鳩尾にガゼルパンチを叩きこんで、そのまま猛ダッシュ。目的地はどこか分からない。とにかくこの場から離れたかった。
 恭介はというと、大分いい所に腰の入ったフックを人体の急所に頂いたようで、悶絶してゲロ吐いて失神した。今日の晩御飯はもんじゃ焼きだ! ひゃっほー! という夢を見た。







 気づけば、学校の自販機の前に居た。結構な距離を走り回ったので、体が水分を欲していたのかもしれない。ポケットから財布を取り出し、硬貨を入れる。スポーツドリンクのボタンを押した。パックのスポーツドリンクとは一体どんなものなんだろうという好奇心とは裏腹に案外普通だった。例えるならば薄いレモン水と言ったところか。
 ベンチに腰を落ち着ける。背もたれに体重を掛けて空を仰ぎ見る。まんまる顔の月が笑ってた。このまま一人月見でもして、夢中になった挙句に突然飛来した未確認飛行物体からのっそり出てくる宇宙人に連れ去られて改造されて目からビームが出せるスーパー小毬になりたい気分だった。全てを破壊して、無こそ幸せ也、とかほざいて世紀末救世主になりたかった。この沈んだ気持ちはなんなんだろう。今まで感じたことない、この悲しみはなんなのだろう。
 ぽたりと落ちる雫。涙の雨が降っていた。
 簡単なことだよ。
 私は恭介さんのことが……。
 立ち上がり、腰に手を当ててきつくスポドリを吸い込む。ジュルジュル、ぷはぁ!
 自分の気持ちが分かった。それによって自分がすべきことも見えた。幸せが溢れる世界にするために。幸せの種を蒔くために。そして、幸せを育てるために。
 皆が幸せになって欲しいから、だから、私は恭介さんのことが、泣けるほど許せないんだ!
 自分のことになると途端に鈍くなるところも神北小毬のチャームポイントである。
 空っぽになったパックをごみ箱に捨てて、走る。逃げるためにではなく、立ち向かうために。立ち直らせるために。







 走ったはいいが、小毬に一切策は無かった。果たして、彼ほどの真性を話し合うだけで更生させることが出来るだろうか。そんなことは出来るわけがない。例え説得がうまくいこうとも、それは根本的な解決ではなく、一時凌ぎのものになるであろう。何故なら、小毬の見た恭介は骨の髄までロリコンが染みついていたからだ。一瞬、ロリはあかんよね、という風に考え方を変えたとしても、一度幼女を見つければ、たちまちストーキングを始めてしまうだろう。彼の趣味そのものを変えなければならない。
 今日はもう遅い。一度部屋に戻り、作戦を練ろう。誰かに相談したいところであったが、それでは恭介の変態が周知のものになってしまう。これは自分一人で解決しなければならない。使命感に燃える小毬。なんというエゴ。
 自分の部屋に戻ると、先に帰っていたルームメイトが出迎えてくれた。ちょっとだけ話したい気分になってしまった。一人では荷が重いとは感じていたのだ。先ほどの使命感もほんのり鎮火。簡単な質問程度なら大丈夫だろう。周囲のイメージを聞いてみるのも何かの糸口になるかもしれない。何かと言い訳を重ねてみた。
「恭介さんのことどう思う?」
 無難な質問をしてみた。
「どなた?」
「鈴ちゃんのお兄さん」
「ああ、あの変態の」
 既に恭介の変態は周知のものになっていた。
「き、恭介さんは、へ、変態じゃないよ? 仮に変態だとしても変態という名の紳士だよ?」
「意味が分からない……」
「もう、さーちゃんのアホー」
 ルームメイトの理解の無さに不貞腐れて寝た。







 寝てどうする。
 朝を迎えた小毬には後悔の念がどっしり乗っかていた。作戦練ろうとか思ってたのに。幸い、ハッとして起きたので、まだ朝食までに時間はある。それまでに何かしら考えねばならない。恭介のことを考える。彼がどんな人物か。
 漫画が好きで、何にでも影響されやすくて、馬鹿で、アホで、たまにポカするけど、でも優しくて、仲間想いで、頼りがいがあって。しかし、ロリコンで、更にシスコンで、ホモの気もある。
 ため息が出る。後半があまりにもダメすぎる。女性の趣味を根本的に変えてあげなければ、彼の未来は確実の檻の中だ。せめて同年代に目を向けることが出来るようにしなければ。
 そうだ。それならば、大人の女を自負する私の魅力で恭介さんを惚れさせてしまえばいいのだ。
 お気に入りの熊さんの柄入りパジャマを脱ぎすてる。寝る時はノーパンノーブラ主義の小毬は現在全裸。自覚は無いようだが、小毬自身も結構アレだったりする。すっぽんぽんで、寝てるのをいいことにルームメイトの箪笥を漁る。目的の品は可愛らしく折りたたまれた黒色のヒラヒラフリル付きショーツ。ハイレグ具合が大分ヤバイ。うっひゃー! とか思いながら、いそいそと履いてみる。流石のシルクの履き心地。鏡の前でパンツ一丁でくるりと一回転。大人の色気ムンムンですなぁ、とうんうん頷き、次はブラジャーを拝借、と思ったが、見事にサイズが合わず断念。ちょっと笑ってしまった。勝った。圧勝した。まあ、ブラは別になんでもいいか、と自分のお気に入りの真白なものを装着。その上に制服を着ると、全く普段と変わらない姿の自分が居た。それでも、溢れ出る色気は隠しようがないほどに迸っている気がした。
 という訳で、大人の女版小毬始動である。







 アホなルームメイトを起こさずにそっと部屋を出る。目指すは食堂。幼馴染五人組は、一緒に食堂まで行く訳ではなく、現地集合をしていることはリサーチ済みである。
 柱の陰に体操座りで隠れて恭介が現れるのを待つ。少し、緊張する。今から仕掛けるのは色仕掛けである。それはもう恥ずかしいことである。でも、このままでは恭介さんが不幸になってしまう。そんなのはいけない。自分を犠牲にしてでも多くの幸せを作り出す。それがハッピーメーカー小毬の仕事である。
 ああ、でもなぁ。
「あれ? 小毬じゃん」
 やっぱ恥ずかしいよう。
「おはよ」
 こう、予定としてはスカートを、こう、自分で、ももも、持ち、持ち上げ、むむ、ムリだよう。やっぱムリ。
「おい、無視か。てか、すげー派手なパンツが丸見えだぞー」
 ああ、でも、恭介さんになら、その、私……。むむむ、ムリ。やっぱダメ。うひゃー。
「小毬!」
「はい! パンツをどうぞ!」
 怒鳴り声でやっと反応、したはいいが、思考とか妄想とか色々とゴチャゴチャになり、思いきり自分のスカートを捲り上げてしまった。正面から見た恭介は、見事に石化。そして、現実に戻った小毬も石化。二人で石化。
「は」
「は?」
 二人の石化を解いたのは、小毬の声だった。は。歯? は。葉?
「はわわわわ!」
「ハワイ?」
「いやん!」
「うぎっ!」
 恥ずかしさマックスの小毬が、凶暴に振りぬいた拳は見事に恭介の腎臓を的確に射抜き、恭介は人として出してはいけ無さそうな音域の呻き声を上げて倒れ伏した。そして、小毬は恒例となった猛ダッシュを決めていた。
 作戦失敗。







 気づけば、中庭に居た。ベンチで廃人のようにぼーっとしていた。既に朝食の時間なんてとっくに終えて、授業も始まっているであろう時間。初めてのサボタージュ。天国のお兄ちゃん、小毬は不良になってしまいました。恭介さん、怒ってるだろうなあ。
 実に二度目の暴力だった。恭介は大丈夫だろうか。今も拳に残る肉の感触。物凄いめり込んだ。死んでなければいいけど。
「はあ……」
 ため息を吐くと幸せが逃げるという。だから、小毬はため息が嫌いだ。それでも、止まらないため息。ため息を吐いてしまう時点で不幸なのだ。更に幸せを逃がしてどうする。笑う門には福来たる。だから、笑え。笑おう。笑わないと。
「はあ……」
 笑えるわけない。恭介を肉体的に傷つけた。しかも、理由も無く。絶対に嫌われた。
 嫌だよ。嫌われたくないよ。こんな風に終わるの嫌だよ。恭介さん。謝ったら許してくれるかな? そんなことないよ。もうダメだよ。口もきいてくれないかも知れないよ。そしたら謝ることも出来ない。恭介さん。恭介さん。
「うわーん! 恭介さーん!」
「泣きながら人の名前を叫ぶな」
「ふえ?」
 涙が、呼吸が止まる。
「よう」
 ずっと考えていた人が目の前に居た。幻覚かと思い、目を擦る。まだいる。それでも蜃気楼かもしれない。触ってみる。感触がある。実は恭介によく似た木かもしれない。抱きついてみる。温かかった。一度止まった涙がまた噴き出す。嬉しくて、申し訳なくて、謝っているのか、泣いているのか、笑っているのか。自分でもよく分からない。ギュッと恭介の体から離れないように、しがみつく。
 ポンポンと頭を優しく叩いてくれる。背中をゆっくり擦ってくれる。うん、うん、って頷いてくれる。ゆっくりと落ち着いていく。少しだけ兄のことを思い出していた。
「落ち着いたか」
「……ごめんなさい」
「別にいいよ」
「ごめんなさい」
「だから、いいって」
 笑顔で言う恭介。しかし、小毬は、より一層の罪悪感を感じてしまう。殴った相手を慰めるなんて普通じゃ出来ない。そして、抱きしめてもらって私は幸せを感じている。
「何があった?」
 優しい声。それに釣られて、幼女顔面騎乗事件からのことを全部話した。
「あはははははははっはっははははははっはっはうひぃひひひひひいひぶひぶひょげほげほげほ」
 恭介はむせるほど爆笑していた。
「あ、あのな、ぶふぅ、ぐふふひははははははは!」
「もう、あんまり笑わないでー」
「だって、幼女、ふは! フライング、ふひひ! オンザフェイス、あはははは!」
「もう」
 ぷう、と頬を膨らましてみた。それ以上笑うと怒りますよのポーズ。
「はあはあ。悪い悪い。小毬があんまりにアホだからな。つい笑っちまった」
「アホとか、恭介さんには言われたくないもん」
「なんだと」
「えへへ」
「お前は……まあ、いいや」
 なんだか、こうやって普通に会話するのは久しぶりな気がする。たぶん、一日ぶりぐらい。毎日喋ってたから、それでも長い間に感じるのかもね。やっぱり、普通に話をして、普通に笑って。こういうのがイイよね。
「公園での顔面騎乗はな」
 恭介が、ポツリと話しだした。
「あれは、幼女がブランコからぶっ飛んだのを受けとめようと思って失敗した結果だ」
「はあ」
「あの公園はな、昔皆でよく遊んでたところなんだ」
 幼馴染五人で、馬鹿みたいに馬鹿なことして遊んでいた懐かしい場所。もうすぐ高校を卒業するから、なんとなく街を巡ってみたくなった。
「実は鈴もあのブランコからぶっ飛んだことがあるんだ」
「ほえー」
「そん時は、鈴の驚異的な運動能力のおかげで足を挫いた程度で済んだんだけど、やっぱ妹を怪我させたのがトラウマみたいになってたみたいで、体が勝手に動いてた」
「そうなんだー」
「まあ、そういうことだ」
 ポンと頭に手を置かれる。
 なんだ。そんなことなんだ。安心した。やっぱり、ロリコンキャラはネタだったんだ。シスコンはガチだけど。なら、私にもチャンスはあるのかな?
「って、何考えてるんだろ!」
「ん? どした?」
「へ? うーんうん! なんでもない!」
「なんでもないのか?」
「そうだよ!」
「そうか」
 本当、何考えてるんだ。馬鹿なのか。私は馬鹿なのか。
 小毬が自分の考えを否定していると、恭介の携帯が鳴った。着うたは『僕はロリコン』。ロリコンネタに体張りすぎである。
「お、この間の幼女からだ」
「ふえ?」
 まさかの展開に突入。
「また遊ぼうだってさ。いやぁ、照れるなぁ。完全に俺に惚れてるよな? 小毬もそう思わないか?」
「は?」
 どうすりゃいい? 知らんがな。小毬さん? なに? 怒ってらっしゃる? 別に。え、絶対怒ってる。別に。なんで怒ってんの? 怒ってない。
 そんな問答を繰り返す。なんということか。やはり、恭介は真性ロリコンだったのだ。
「よし、今度また遊ぼうって送るわ」
「勝手に送れば」
「小毬、口調変わってない?」
「変わってないし」
「送っちゃうぞ? いいのか?」
「知らない」
「幼女最高ひょっほーい! とか叫んでみてもいい?」
「知らない!」
 人の気も知らないで、この人は好き放題だな。ベンチから立ち上がり、教室に向けて走り出す。
 やはり、私の大人の魅力で更生させないとダメだ。教室で作戦を練ろう。次は、確か世界史だったはずだ。過去の革命から学べることがあるかもしれない。絶対、あのロリコン野郎を振り向かせてみせる。何故かにやける顔が抑えられない。
 教室では、当然の如く先生に怒られた。







 一人残された恭介は、携帯を眺めて、くっくっくと笑っていた。画面に映し出されているのは迷惑メール。
「俺ってもしかして愛されてる?」
 馬鹿野郎。


[No.34] 2009/03/21(Sat) 00:13:00
シーメ=キッター (Seemue-Queitier) (No.22への返信 / 1階層) - 主催

 シーメ=キッター(Seemue-Queitier 2009年3月21日〜)は、リトバス草SS大会における締切請負人。(以下略

[No.35] 2009/03/21(Sat) 00:27:05
猫? 愛? (No.22への返信 / 1階層) - ひみつー@5,599byte


 寮の廊下でひとりで佇む少女がいた。だが、その顔の表情は酷く険しいものを見せている。
「棗さん…遅いですわね」
 少女はどうやら人を待っているようだった。少しいらついているようにも見えた。しかし、なぜ人を待っているのかは分からない。

 その時、少しずつ足音が聞こえるようになった。また、その足音に遅れて微かに鈴の音も鳴っていた。それに呼応して、人を待っていた少女は構えを始めた。
 やがて足音が大きくなり、少女が二人…対面したとき。
「棗鈴っ、勝負ですわ!」
 鈴と呼ばれた少女は身を竦ませたが、それは一瞬だけの出来事だった。次にはもう臨戦態勢だった。
「ささみか…。おまえは毎日こんなことやって、友達がいないのか?」
「くっ……またわたくしを馬鹿にして…あなたたち!やっておしまいなさい!」
 ささみと呼ばれた少女の叫びにあわせ、待ってましたと言わんばかりにどこからともなく三人の少女が姿を現した。
「佐々美様が出る幕もございません!」
「ふん、いいだろう……」
 五人の少女による熱いバトルが勃発した。


 ドガァッ!          デュクシッ!
      バキィッ!
              バコッ!
   ドゴッ!     ドドドドドッ!

  猫? 愛?



 数分後、佐々美と三人の少女は鈴に惨敗した。圧倒的な力の差が彼女たちの間にあった。
「やっぱりお前らもっと他のことに力を入れた方がいいと思うぞ」
 佐々美はこれで三十三連敗目だった。佐々美はどうあがいても鈴には勝てなかったのだ。
「くぅ……」
「あたしはもう行く」
「ちょっとお待ちなさい!」
 鈴がどこかへ行こうと歩き出した時、佐々美は呼び止める。鈴はそのまま立ち止まった。
「貴方は……なぜそんなに強いんですの?」
「愛だ」
 鈴は振り向きもせずに、その一言だけを残して立ち去った。後に残された佐々美たちは呆然とした――

 佐々美たちは先程の鈴の言葉の意味が、どういうことなのかをはかりかねていた。
「貴方たちはどう思います?」
 いつも自分についてくる、三人組の少女に佐々美は訊ねた。
「なんだかとても抽象的ですよね」
「どういう意味の愛でしょうか?」
「恋のことかもしれないかな……?」
 三人の少女の内、一人が言った台詞に佐々美以外の二名は反応し、詰め寄った。
「由香里、どういうこと?」
「ゆかりん、多分恋とは違う気がする……」
「あ、え…えっと、あの棗さんと、直枝さんが最近一緒にいるからそれで棗さんが強いのかな、と思って。もしかしたら佐々美様も宮沢さんと恋をすれば……」
「ちょっと、中村さんいいかしら?」
 目を瞑って三人のやりとりを聞いていた佐々美は、由香里の言葉に思ったことがあったのか途中で遮った。
「は、はい」
「宮沢様は、わたくしなんかが犯してはならない神聖な御方ですのよ?それを貴方は……」
「すみません!つ、つい……」
「分かれば宜しいですわ」
 佐々美の怒る姿を見るのは珍しくはないが、彼女は謙吾が絡む事になると突然人も性格も変わる。由香里は、彼女に怒られてやはり謝る事しか出来なかった。
「しかし、結局はゼロに戻ってしまいましたわ……」
 佐々美は小さく呟いていた。

「渡辺さん、川越さん、中村さん。今日もこんな時間までつき合わせてしまいましたわね……」
「いえ、佐々美様のためならたとえ火の中水の中!」
「そうです、どこまでも行けますよ!」
「いつでもお助け出来ます!」
 さらに数分が経っていたが、ひとつも“愛”についての収得はなかった。
「ありがとう、そう言って貰えるだけでも心強いですわ。さあ、もうお戻りになられてよろしいですわよ」
 佐々美はこんなに負け続ける自分を不甲斐無く思っていた。少しずつ、少しずつ自信が失われていた。
「おやすみなさい、佐々美様!」
 三つもの声が、ひとつだけの声に聞こえた。

「はぁ…」
 佐々美が部屋へと戻って来ると、早速溜息を吐いてしまっていた。その部屋にはもうルームメイトが居るというのに。
「さーちゃん、どうしたの?溜息を吐くと幸せが、逃げちゃいますよ」
 溜息を吐くたびに耳に聞こえる、ルームメイトである彼女の決まり文句がやはり飛んできた。
「そうですわね」
 佐々美はゆっくりと部屋に入って小毬のそれを毎度のように笑顔で答える。そして、ベッドへと転がる。
「それで、さーちゃん悩み事あるの?」
「バトルで全然勝てなくて、それで……」
「そっかぁ、えーと…じゃあ敵を知ればいいんじゃないかな?」
 その言葉に佐々美はきょとんと、目を丸くした。佐々美は、こんな相談に彼女が答えてくれるとも思わなかったから。また、予想外な答えが返ってくることにも驚いたからだ。
「敵を知る事が勝利への近道だよ。さーちゃん」
 小毬は笑顔でそれをいいきった。どこでその言葉を覚えたのか、佐々美は疑問に思った。だが――
「なるほど、一理ありますわね……。それと神北さんに聞きたいことがありますの」
「なぁに?」
「愛、を知るにはどうすればいいのかを……」
 今度は小毬がきょとんとした。
「う、うーん私もよくわからないなぁ」
「ですよね…」
 小毬は申し訳なさそうな顔をし、佐々美は少しがっくりとした。鈴に近い彼女がこんなことを言うのならば、鈴に近づく手立てが少なくなるからだ。だが、その時小毬の顔にほのかな光が灯った。
「愛とは違うと思うんだけど…嫌いな人を好きになればなにか分かるんじゃないかな?」
 佐々美はその言葉で難しい顔をし、何も言わずに考え込んだ。小毬はそんな彼女を見て、どう声をかけていいか少しだけ困っていた。
「えーと、さーちゃん?そんな難しく考えなくてもいいんじゃないかな?」
「そうですわね……神北さん、ありがとうございます」
「ううん、私はなんもやってないよ」
「まあ…とにかく寝ましょうか。もう遅いですし」
「うん」
 笑顔で頷いた小毬。それに対するかのように佐々美も笑顔で小毬と笑いあった。


 翌日、佐々美は渡り廊下を歩いていた。彼女はそこで、猫と戯れている鈴を見つけた。佐々美としては、丁度いいタイミングだった。
「棗さん」
「おわっ!」
 猫に集中していた鈴は、突然話しかけられた事により驚いて立ち上がった。遊んでいた猫たちは何が起こったのかを知るために辺りを確認している。
「なんだ、さざんか……。びっくりさせるな」
 鈴は佐々美を一瞥しただけで、すぐにまた猫と遊び始めた。しかし、また佐々美の体に目を向けた。そして、また驚いた。
「ってなんでおまえがここにいるんだ!?それに笑顔がきもいぞ?やめたらどうだ?怒ってる顔の方がとても似合うぞ」
 佐々美は鈴の言葉に、その表情を崩しかけた。けれども、彼女はめげなかった。なぜならば――
「棗さん、少しお話をしないかしら?」
 鈴と話すためにここへとやって来たのだから。


[No.36] 2009/03/21(Sat) 00:28:45
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