[ リストに戻る ]
No.266に関するツリー

   第38回リトバス草SS大会 - しゅさいって何? 美味しいの? - 2009/07/23(Thu) 23:27:34 [No.266]
ライカ - ひみつ@3292 byte 爽やかに遅刻 - 2009/07/25(Sat) 22:28:38 [No.293]
みおっち観察 - ひみつ@10861byte 遅刻 全年齢設定準拠 - 2009/07/25(Sat) 06:54:44 [No.291]
ワンダーフォーゲルと風見鶏 - ひみつ@7578 byte 遅刻… - 2009/07/25(Sat) 02:42:42 [No.290]
しめきり - 大谷代理 - 2009/07/25(Sat) 00:23:44 [No.287]
鈴のつゆだく 指つっこんでかき混ぜて - ひみつ@16765 byte - 2009/07/25(Sat) 00:18:26 [No.286]
世界の片隅にある森のそのまた片隅の誰も見てないよう... - ひみつ@6,092バイト 今日のしゅさいは牡蠣だった - 2009/07/25(Sat) 00:11:40 [No.285]
鈴と理樹 - ひみつ@20469byte - 2009/07/25(Sat) 00:04:12 [No.284]
引用元一覧 - 作者 - 2009/07/26(Sun) 02:29:00 [No.297]
[削除] - - 2009/07/25(Sat) 00:01:49 [No.282]
[削除] - - 2009/07/25(Sat) 00:02:47 [No.283]
[削除] - - 2009/07/25(Sat) 00:00:54 [No.281]
reciprocal love - ひみつ@8729byte - 2009/07/24(Fri) 23:57:37 [No.280]
風邪をひいた日 - ひみつ@5755 byte - 2009/07/24(Fri) 22:23:27 [No.279]
こころのそうだんしつ - ひみつはじめて@2253 byte - 2009/07/24(Fri) 21:37:59 [No.278]
元気の合図 - ひみとぅ@6764byte - 2009/07/24(Fri) 21:10:19 [No.277]
My Sweet Sweet Girl - ひみつ@14540 byte - 2009/07/24(Fri) 02:31:05 [No.272]
一日の居候 - ひみつ@6789byte - 2009/07/23(Thu) 23:58:42 [No.269]
理樹は恭介の嫁。異論は認める。 - ひみつ@6363 byte - 2009/07/23(Thu) 23:54:14 [No.268]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
第38回リトバス草SS大会 (親記事) - しゅさいって何? 美味しいの?

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「動」です。

 締め切りは7月24日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は7月25日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます


[No.266] 2009/07/23(Thu) 23:27:34
理樹は恭介の嫁。異論は認める。 (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@6363 byte





   ○●○●○●





 耳をすませば、心臓の音すら聞かれてしまうのではないか?
 そう思わせるほどの静かな夜だった。
 時計を見る。午後九時半。
 眠るには早いが、これからなにかやるには足りない。そんなあいまいな時間。
 謙吾と真人は、競うようにロードワークに行っちまったし、鈴はリトルバスターズの女性陣に拉致――いや、お泊り会にさそわれていった。
 つまり、ふたりっきり。
 理樹と。
 いや、べつにそれはいい。いままでも何回かあったことだから。
 前は理樹の秘密を暴露させたり、逆に俺の秘密を共有したりとなかなかに楽しい時間だったのをおぼえている。
 だがいまはどうだろう? 気まずさに何度も座りなおしながら、全台詞をおぼえるほど読みこんだマンガを流し見ているだけ。飽きたので後ろから読んでみたり、逆さまにして読んでみたりする。面白くなかった。
 理樹のほうはというと……西園ご推薦の小説を読んでいた。
 ときどき、我慢しきれないといった風の忍び笑いが聞こえる。左手で口元を隠し、肩をふるわせて。
 おだやかでけがれを知らない笑顔に、思わず俺の口元もほころんだ。
 俺が笑ったのを感じたのか、理樹の顔がこちらを向いた。
 ふれあう視線。
 内心の動揺を押し隠し、「よう」と片手をあげてあいさつ。「よー」と、笑顔で返してくる。

「……恭介、ひまなんだね?」
「そう見えるか?」
「本。逆さまだよ」
「おおほんとうだきづかなかった」

 はあ、とため息をついて「しょうがないなぁ恭介は」と理樹はつぶやいた。
 なんだか『かまってほしくてさりげないアピールをしていた』と取られてしまったらしい。不本意だ。
 しかし完全に否定できるかというと……否定できないな、うん。俺は黙っている。
 理樹は今まで読んでいたところにしおりを挟むと、四つんばいで寄ってきて、俺の隣に座りこんだ。

「じゃあ、なにして遊ぼっか?」
「…………しまった。考えてなかった」

 トランプ、ジェンガ、UNO、麻雀、人生ゲームに野球盤……この部屋に持ちこんだおもちゃ類を瞬時に脳裏に思い浮かべるが、どれもぴんとこない。
 というかどれも、ふたりっきりじゃそんなに盛り上がらない。なら罰ゲームでもつけるか? 負けるたびに脱いでいくとか……。
 腕組みをしてうんうんうなっていると、理樹はポケットからさっきの小説を取り出した。

「決まったら教えてね」

 本を開いて、しおりを本と指の間で押さえて読みはじめる。俺と一緒になにして遊ぶのか考えてくれないのか。そんなに面白いのか。
 横目で理樹を見る。
 男にしては長いまつげ。吸いこまれそうにきれいな目。つつくとマシュマロの触感がしそうな頬。うすい唇は青みがかったばら色で。
 ときどき猫のように目を細め、控えめに笑う。さらさらの髪が揺れた。電灯を浴びて、天使の輪のように光っている。

「なに?」
「いや……そんなに面白いのか? それ」
「うん。不良の男の子と普通の女の子の恋愛物なんだけどね、とっても面白いんだ」
「ふーん……どれどれ」

 理樹の手元の小説を見る。必然的に顔が近づいた。体温が上昇する。

「途中からじゃわからないんじゃない? 気になるなら、僕が読み終わったあと貸すけど?」
「問題ない。俺はマンガの途中の巻から読んでも楽しめるからな」
「いやいやいや……最初から楽しもうよ……」
「これはこれで面白いぞ? ここにいたるまでの経緯とかを想像しながら読むと、わくわくするからな。たとえばこれ。さしずめ、主人公がヒロインと付き合うために、ヒロインの父親と野球で対決してるんだろ?」
「しかも合ってるし……恭介って無駄なことに才能を発揮するよね」
「へへっすごいだろ?」
「いやいや、ほめてないから」

 「なんだとうこいつ」と理樹の頭をぐしゃぐしゃぐしゃーとかきまわす。「やめてよー」なんて言いながらも、俺の手を振り払うことはしない。

「いいから理樹、次をめくってくれ。続きが気になる」
「ちょ、そんなに押さないで、恭す……痛たっ」

 とっさに身を引いて理樹を見る。腰を少し浮かせて、お尻をなでていた。
 フローリングに薄いカーペットを敷いただけだから、押しつけて痛くしちまったらしい。俺は座布団を使っているからそれほど痛くないが。

「すまん理樹。大丈夫か?」
「うん。平気……」
「この座布団使うか?」
「それだと恭介が痛くなっちゃうでしょ……そうだ」

 どうしようかと思った矢先、理樹が妙案を思いついた顔で寄ってくる。
 俺の前に立ち、くるりと背を向けて、

「なっ……!?」

 ぽすん、とあぐらをかいた俺の足の上に座った。

「これでお尻痛くないし、恭介も本読めるでしょ?」
「り、りき……」
「――懐かしいね。昔よく、こうやって一緒にマンガを読んだよね」

 そういえば、こんなこともしてた、か?
 そうだ、思い出した。みんなでお金を出しあって一冊の週刊誌を買って。誰が最初に読むかでケンカして。結局みんなで顔を寄せあって読んでたな。
 ……だが。あのころのように純粋には楽しめない。それは俺が変わってしまったから、なのか?
 理樹がそばにいる。俺の腕のなかに。それがこんなにも俺の心を揺さぶる。
 理樹はどうなのだろう? 理樹の顔を見る。リラックスした表情。背中の俺が、こんなにも動揺しているなんて考えてもいない。
 ……ふわりと、甘いにおいがした。どこかでかいだことのあるにおいだと思っていると、寮のシャワー室に常備してあるシャンプーのにおいだった。理樹の髪から、そのにおいがしていた。俺もみんなも同じものを使っているというのに、理樹からただようにおいだけが、心を惑わせる。
 理樹の髪のにおい。理樹の、におい。もっと、もっとかいでいたい。心の熱が上昇する。ダメだ、こらえろ。無理だ。俺は理樹の髪に鼻を、

「ねえ、恭介」
「――!!??」

 息をのむ。
 理樹は本を閉じて、こちらを振り向く。

「本、つまらなかった?」

 理樹の肩が、胸にあたっている。
 俺の心を射抜くかのような目を覗きこめば、驚きに染まった俺の顔。
 吐息が、俺のあごをくすぐって。
 いたずらっ子のように、目を細めて。
 青みがかったばら色の唇を、舌でかるく湿らせてから、理樹は、言った。

「それじゃあ、僕と、あそぼ?」

 がつん、と頭を殴られたかのような衝撃。
 頭が真っ白になる。
 理性の糸が、上昇した熱で焼き切れる。
 もうダメだ。
 何も考えられない。
 理樹以外目に入らない。
 理樹のそばにいたい。
 理樹がいればいい。
 理樹が欲しい。
 理樹が、理樹が理樹が理樹が!
 吐息と吐息が交わる距離。
 手を伸ばす。
 ふれる。
 マシュマロのような。
 磁石のように惹かれあい――。
 ふれ合う、唇と唇。

「恭しゅんむっ!?」

 離れた口を、もう一度ふさぐ。
 離さない。
 起こしかけた上半身を、左腕だけで抱き寄せる。開いた右手で、理樹の後頭部をおさえる。
 技術も、技巧も、思いやりもなにもない、自分の唇を押しつけるだけのキス。
 ただあるのは理樹への想いだけ。

 ――理樹がいとおしいという想いだけだ。

 時が止まればいい。
 むしろ俺が止めてやる。
 ただずっと、理樹の唇を感じ続けるために。





   ○●○●○●





「私はいままで、お二人をどうやって絡ませようか、そのことばかり悩んでいました」
「…………」
「しかし、途中経過も大事だと気づいたのです。今回はいかにして直枝さんが恭介さんに溺れるようになったのか――いわばきっかけ、プロローグの部分ですね。……いかがですか?」
「……西園さん。それを僕に見せられても、どうしていいのかわからないよ」
「…………」
「…………」
「…………、興奮とか」
「し、しないよっ」


[No.268] 2009/07/23(Thu) 23:54:14
一日の居候 (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@6789byte

 


 部屋に帰ると、そこには黒猫が居た。
















「黒猫か…」
 日本では魔除けとか幸福の象徴にされている説がある黒猫か。というか何で猫がここに居るんだ。拾ってきた覚えもないし、鈴君がこの部屋に来た事も無いのだが。私は基本的に部屋に鍵は掛けない。だから何者かがこの部屋に忍び込んで私の下着やらなんやらを物色したついでに黒猫を置いていったという可能性も無くは無い。まあ限りなく低い可能性だろうが。黒猫は人懐っこい性格らしく私の足に擦り寄ってきたりしている。冬だったら重宝しそうな温かさだが今夏だし。暑いとまでは言わないが少し離れて欲しい温度で、でも今素っ気無く離れてしまうともしかしたら嫌われて壁とか扉とか引っかかれ始めるかもだし。どうするか迷っていると猫が猫パンチしてきてなんだか和んだ。それを見て脳内で鈴君と笹瀬川女史がベッドでにゃんにゃんしている映像が再生された。とりあえず保存しおいた。というか何故あの二人は猫耳常備なのだろうか可愛いから別に良いのだがそれを佳奈多君とかが注意しないって事はあの二人はもしかして人間じゃないのかとか考えて、まあ可愛いから何でも良いやという結論に至り一瞬猫の存在を忘れていた。存在が一瞬ステルスになった黒猫はなにやら毛を逆立てて私の太ももを登ろうとしている所だった。なんだこの猫。やらしい目的が微塵もしないのが逆に腹が立つ。何故太ももに登るのかって?そこに太ももがあるからさ、みたいなオーラでも出してたらよしよしじゃあ登りやすいようにベッドに腰掛けてやろうとでも思ってやらん事も吝かではなかったのに。
 だがまあその努力を買って黒猫を私の膝に乗せてやろうとその猫の首根っこを掴み上げ一瞬視線を交わし、気がついた。…この猫、メスだったのか。
「すまん、てっきりオスだと思っていたよ」
 素直に謝った。それなのに猫パンチされた。猫にしてはいい角度と場所に的確にパンチしてきたのには驚いたが対して痛くもないし。というかくすぐったいだけだし。しかしこの猫毛並みが良いし何処となく気品に溢れてる気もしない訳ではない。もしかしたら飼い猫なのかも知れないな。首輪とかしてないけど。
 

 猫と一緒に転がったり和んだりしていたらいつの間にかお風呂の時間になっていた。私も一応花も恥らう乙女だし、お風呂に入るのは嫌いでも無いのでいそいそと入浴の準備をすることにした。準備といってもシャワールームに行くだけなのだが。私のこのスタイルの所為で浴場に行くと好奇と羨望の視線が突き刺さったりするから浴場にはあまり行かない。葉留佳君とかと一緒に行くとその視線は分散されたりするんだが。とりあえず服を脱いで裸になろうと思い服に手をかけ、ふと連れて来てしまった猫を見た。猫はなにやら驚いたような、そんな感じの雰囲気を纏いつつ私を見ていた。いや、正確には顔よりも少し下を凝視していた。猫にまで驚かれるものなのかこれは。ただの脂肪の塊なのに。この前そう呟いたらクドリャフカ君に勢いよく説教された。
「持たざる者の苦労を理解しやがれなのですー!」
 とか言われたがもう遅いし。それはもっと昔の私に言ってくれないか。まあそれは放っておいて。さっさとシャワーを浴びて部屋でゆっくりしよう。そう思い猫を抱えシャワールームへ入った。猫って水が嫌いだったような気がするけどまあ気にしない。
 案の定暴れた猫がシャワームールを駆け回ったが、二分後には大人しく私の腕の中で洗われたのは言うまでも無い。




 シャワーを浴び着替えていたらいつの間にか黒猫は姿を消していてちょっと探しても見つからなかったのでもしかして先に帰ったのか、と楽観的に考え部屋へと向かった。その途中に鈴君と出会ったので丁度良いと思い猫について色々質問してみた。
「なに? 猫がなにを食べるか?」
「そうだ。鈴君なら知っているだろう?」
「うーみゅ…あたしはいつもモンペチをあげてる」
 成る程モンペチか。確かに猫にあげる食事としては良いかも知れない。私も何個か持っているから手軽にあげられるし。
「だけど、猫たちにも好みがあるから気をつけなきゃ駄目だ」
「ふむ…なかなか難しいな。あと猫のケアはどうすれば良い? やはりブラッシングか?」
「ブラッシングは優しく丁寧に、だ。難しかったらあたしも手伝う」
 色々と教えてもらった礼を述べ、早速実践してみようと部屋に帰ろうとした私を鈴君が呼び止めた。表情には出てないと思うがかなり驚いた。鈴君はなにやら下を向いて話すかどうか悩んでいるようでその姿はとても可愛らしかった。お持ち帰りしても良いだろうか。いやいや、やはり本人の了承をとってからだ。理性と欲望の狭間で葛藤していたら鈴君が顔を上げてこう言った。
「ささみを見なかったか?」
「ささみ…? ああ、笹瀬川女史の事か」
「そうだ、ささせがわささみだ」
 最近鈴君と笹瀬川女史は和解したようで猫の話題をしている所をよく見かけるようになった。あのケンカというかじゃれあいが見れなくなったのは残念だが、仲良くしているのなら私はそれでいいと思う。
「すまんが見てないな。部屋にでも居るんじゃないか」
「さっき行ったけどこまりちゃんしか居なかった」
「じゃあ後輩のところとか」
「最近姿を見てないからって逆に居場所を聞かれた」
 最近姿を見ていない、か。なんだかおかしいな。そういえば私も最近彼女の姿を見ていない気がする。寮生活をしているとすれ違ったり食堂で見たりするものだが、記憶を掘り起こしてみても彼女を最後に見たのがいつか思い出せ無かった。それを鈴君に伝えると、残念そうに俯いて
「明日一緒に買い物に行くのに…ささみの奴め」 
 と心配そうに呟いた。なんだか居た堪れなくなったので足早にその場を立ち去った。どこかに笹瀬川女史を姿が無いか探しつつ。
 結局姿を認められずに部屋に戻ってきた私を出迎えたのはベッドで寝息を立てている黒猫だった。それ見ていたらなんだか無性に寂しくなってしまい、その日は黒猫を抱いて寝た。腕の中で相変わらず暴れたが気にせず寝た。
 


 
 次の日、猫が居なくなっていた。鍵を掛けて密室と化した私の部屋から逃げるなんてどっかの三世もびっくりの猫だなとか考えながら食堂へ向かっていると、前から鈴君が走ってきて私の横を通り過ぎていった。なにやら必死だったのでとりあえず後を追ってみる事にした。鈴君はいつもの馬鹿騒ぎの時とは比べ物にならないぐらい速く走っていた。追いつくのにはあまり苦労はしなかったが些か驚いた。こんなに速く走れたのか。やがて鈴君はスピードを緩めある部屋の前で止まった。そこは私にも見覚えのある部屋の前でそこに辿り着いた瞬間、何故走っていたのか納得した。
 鈴君はノックもろくにしないで扉に手を掛け、部屋に飛び込んだ。
「ささみっ!」
「ちょ、ちょっとあなた! ノックぐらいしたらどうですの?!」
「そんなの知るかボケ! 今まで何処行ってた!」
「…知り合いの家にご厄介になってましたわ」
「あたしは聞いてないぞ!」
「わ、私も聞いてなかったけど…戻ってきてくれたんだから、ね?」
 ひどく憤っている鈴君をなだめる小毬君。それはそれで凄く微笑ましくお持ち帰りしたくなる程可愛かった。けれど私の視線は鈴君でも小毬君でもなく、笹瀬川女史に釘付けだった。久しぶりに見たはずなのに、つい先程まで一緒に居たようなそんな気がしたのだ。
 ドアの外から彼女を見ていていると、ふと視線が合ってしまった。普段通りに振舞おうとしてもそれが出来なかった。何故だ。
「あ…」
「ん? どうしたささみ…ってくるがやか」
「あれ? 何でゆいちゃんがここに居るの?」
「…ゆいちゃんはやめてくれ…。いや鈴君がなにやら急いでいたのでな、後をつけたら此処に」
「つけるなアホー!」
「りんちゃん、そんなこと言っちゃ駄目だよー。ゆいちゃんは心配してくれたんだから」
 

 なんだか空気が和んでいくのを感じ、さっさと食堂に行って朝食を食べようと思った私の背中に小さい、けれどはっきりとした言葉が届いた。
 

 たった一言の感謝の言葉。
 それに無視で反応し、私はいつも通りに歩き出す。
 短い期間の居候はもしかしたら意外と近くに居るのかもしれない。
 そんな、夢のような事を考えながら。
 


[No.269] 2009/07/23(Thu) 23:58:42
My Sweet Sweet Girl (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@14540 byte

 おんなのこって なんで できてる?
 おんなのこって なんで できてる?

 おさとうと スパイスと
 すてきな なにもかも

 そんなもんで できてるよ
 (マザー・グースのうた)



 ルマンド、プリッツ、ポテトチップ。
 大好きなお菓子がたっくさん。
 ガトーショコラに、クッキーに、シュークリームもごいっしょに。
 お菓子に囲まれて、私はとってもしあわせ。
 エクレア、ミルフィーユ、パウンドケーキ。
 だけど、お菓子はすぐ無くなって。
 食べかす、ビニール、包装紙。
 残るは、ゴミと空腹感。

 食べ足りない。
 私は空に向かって、独りつぶやいた。
 最近、お菓子の量がどんどん増えていってる。なのに、私の空腹感が満たされることは無かった。
 以前だって、たくさんお菓子を食べていた自覚はある。でも、こんな量ではなかったし、満腹感だってあった。
 だけど、今は全然違っていた。もしかしたら、私のお腹に穴が開いていて、そこから食べたものが出ていってしまっている?最近では、そんなヘンなことさえ考え始めていた。
 そもそも、私たちは本当は体を動かしてなどいないのに、何でお腹が空くのだろう?・・・・・・まあ、この世界だったら、何があっても不思議じゃないよね?
 私は考えるのを諦めて、視線を自分の肩に向ける。りんちゃんが私の肩に寄りかかって眠っていた。
 安心しきった、無邪気な赤ん坊のような寝顔。
 可愛いなあ。
 私はりんちゃんのほっぺたを人差し指でちょんと、つついてみた。
「ん、むう・・・・・・」
 りんちゃんはむずがると、顔を背ける。
 春の、やわらかな日差しに照らされて、りんちゃんのほっぺたに、うっすらと産毛が生えているのが見えた。白くて、柔らかな、りんちゃんのほっぺた。それはまるで、白桃のように瑞々しかった。その果肉は、歯を立てるまでもなく、唇だけでかじれてしまいそうで、かじると甘い蜜が口の中にあふれる、そんな様子がありありと思い浮かべることが出来た。その途端に、口の中からたくさん唾液が出てきた。私は喉を鳴らして、自分の唾液を飲み干す。
 私は、吸い寄せられるように唇をりんちゃんのほっぺたに近づけた。
「・・・んん・・・こまり・・・・・・ちゃ・・・・・・」
 りんちゃんの寝言に、私は我に返る。私の唇が、りんちゃんのほっぺたに触れそうな距離で止まる。
 そこで、昼休みの終了を告げる予鈴が鳴り響いた。
 りんちゃんの体を揺さぶる。
「りんちゃん、りんちゃん。お昼休み終わるよ」
「・・・ん・・・・・・」
 りんちゃんが目を覚ます。気だるげに目をこすりながら、私の方に向き直る。
「おはよう。りんちゃん」
「・・・・・・うん。おはよう・・・・・・」
 ・・・・・・私はさっき、何をしようとしていたのだろうか?

 今日は、お泊り会の日。
 私とりんちゃんは、いつも通り一緒にお風呂に入る。
「は、恥ずかしい・・・・・・」
 恥ずかしがるりんちゃんの背中を流してあげる。私がスポンジで触れるたびに、びくびくと反応するから、見ていて楽しい。耳の後ろを洗おうとしたときの反応なんかは、特に面白かった。なんだか、本当に猫さんをお風呂に入れているような感覚。でも、猫さんの反応なんかよりも、きっとずっと可愛い。
「は〜い。流しますよ〜」
 シャワーで泡を洗い流す。泡の下から、白くて綺麗な肌が姿を現した。
 私は、りんちゃんの背中に体をぴったりと合わせてみた。
「こ、こまりちゃん!?」
 りんちゃん、声が裏返ってる。
「・・・・・・ん。りんちゃん、すっごくどきどきしてる」
 りんちゃんの体を通して、りんちゃんの心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。早鐘を打つような、そんな鼓動。りんちゃんの生きる力が感じられるようで、とても嬉しい。
「ねえ、りんちゃん。私もどきどきしてるの、わかる?」
「う、・・・・・・うん。こまりちゃんもすっごいどきどきいってる・・・・・・」
「・・・・・・そう。ありがとう」
 ごめんね。りんちゃん。私の胸の鼓動は、ニセモノなんだよ。
 りんちゃんの体は、こんなに細くて小さいのに、とってもやわらかい。肌もすべすべで、さわると気持ちいい。それに、とってもあたたかい。
 りんちゃんの体温と私の体温が一緒になるまで、私はりんちゃんの背中に覆いかぶさったままの体勢でいた。
 顔を上げると、りんちゃんの首筋が見えた。白い肌は恥ずかしさのためか、桜色に染まっていた。
「ひやっ!!」
 りんちゃんの首の付け根に、そっと口付けた。跡にならないように、ただ口を付けるだけ。でも、何度も何度も口付けているうちに我慢できなくなり、私は首の筋に噛み付いた。歯は立てずに、まずは唇だけで首の筋を押しつぶす。首の筋がこりこりと気持ちいいから、軽く歯を立ててその感触を楽しむ。あ、これは癖になるかも。りんちゃんが抵抗してこないのをいいことに、私は夢中でりんちゃんの首筋を噛んだ。
 どれくらい、こうしていたのだろうか?
「こまりちゃん、痛い・・・・・・」
「えっ!?」
 りんちゃんの痛がる声で我に返る。りんちゃんの体から離れると、首筋に歯形が残っていた。りんちゃんの背中が震えていた。ごめんね、・・・・・・ごめん。私は歯形を指でなぞると、りんちゃんに謝った。
「りんちゃん、ごめんね。痛くない?」
「うん。だいじょうぶ」
「・・・・・・ごめん。りんちゃんの背中を見てたら、何かこうしたくなったの。怖かったよね・・・・・・」
「ううん。こまりちゃんだから・・・・・・怖くない」
「ありがとう・・・・・・」
 りんちゃんに先に出てもらい、私は一人、頭からシャワーを浴びる。額に手を当て、目をつぶる。
 あんなにくっきり歯形が付くほど、強く噛んでいた。どうして、ああなる前に止めなかったのか。自分の中に、何か止められない衝動がある。寒気がした。

 夜、気付くと、私のそばでりんちゃんが、裸で横たわっていた。どういうわけか、私はその事実に全く驚かない。
 私は、自然にりんちゃんの首筋に手を添える。脈は既に無く、息もしていなかった。そう、今度は私と同じように。
 私はりんちゃんの首筋に、唇を這わせる。舌を這わせ、りんちゃんの肌の味をたのしむ。そして、柔らかい首に私の歯を立てた。今度は甘噛みではなく、あごに力を入れて。
 りんちゃんの肌が破ける。ぬめりとした、あたたかい血が私の口に広がる。生臭い鉄の味。でも、私にはそれがとても愛おしく、夢中ですすった。今の私は、まるで母を求める乳飲み子のようだった。そう考えると、自分が滑稽に映った。
 何度も何度も、私はりんちゃんの肌を引き裂き、血が出るたびにそれを飲んだ。
 顔を上げ、りんちゃんの首を見る。私の唾液でてらてらと、妖しく光を反射する。りんちゃんの首には、私の歯形がちょうど花のように咲き乱れていた。
 私は再び、りんちゃんの首筋に歯を立てる。今までよりももっと、ずっと力を込めて。肌を突き抜け、肉をえぐり、太い血管を噛み切る。途端に血が噴き出す。それを飲み干そうとするが、口の両端から血が漏れ出してしまい、私のあごを汚した。りんちゃんの血は、私のあごから流れ落ち、私の首、胸、おなか、太ももを真っ赤に染め上げる。
 血をあらかた飲み終えると、今度はりんちゃんの首の肉を噛み千切る。私の歯が肉を切り裂き、引き千切る。りんちゃんの首の肉は、ちょうど鶏肉のささみのような食感。味は、血の味しかしない。私は奥歯で小さく噛み砕いた後に、それを飲み込んだ。
 自分の腹部をさすってみる。りんちゃんの血、りんちゃんの肉が私の中にあるのを手で感じる。これがやがて消化され、私の血肉となる。そうしてやっと、りんちゃんは私の一部になるんだ。
 お腹の中があたたかい。私の中にりんちゃんがいる。ずっと感じていた、お腹に穴が開いているような、そんな感覚。それが、ゆっくりとりんちゃんで埋められていくのを感じる。口の端が、自然に吊り上る。

 そこでようやく、目が覚めた。
 外を見る。夜が終り、朝になったばかりの新鮮な空気で、満ち満ちていた。
 それなのに、私だけが未だに夜を引きずっていた。心臓がバクバクと、張り裂けそうになっていた。
 しかし、こんなに気分の悪い夢を見た後なのに、おなかがすいていた。
 朝食にはまだ早い。私は、机の引き出しからチョコバーをひとつ取り出すと、それにかじりついた。

 校舎に向かう道すがら、私は一人で登校するりんちゃんに出会った。いつもは恭介さん達と登校しているのに、どうしたのかな?日直だったっけ?
「あ、りんちゃん。おはよ〜」
「・・・・・・ああ、こまりちゃん。おはよう・・・・・・」
 りんちゃんの顔色がちょっと悪い。今日のりんちゃんは、色々ヘンだ。
「具合・・・・・・悪いの?」
「だいじょーぶだ・・・・・・。気にしなくていい」
 りんちゃんが恥ずかしそうに返答する。微かに、血の匂いがした。ああ、なるほどね。
 私はりんちゃんが気後れしないよう、あえて元気良く言った。
「ん。じゃあ、一緒にゆっく〜り行きましょ〜」
 りんちゃんの歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いていく。
 まばらに登校している、他の生徒たちを眺めながら歩いていく。
 ところで何で、血の匂いがわかったの?
 そう思った途端、足元がふら付いた。急に目の前が真っ暗になる。私の上空を取り巻く空気が、重りとなって私を襲う。全身を締め付けられるような痛み。私はそのまま膝を付く。汗が体中の毛穴から吹き出す。体が熱くなる。
「――――こまりちゃん、こまりちゃん!どうしたんだっ!?」
 りんちゃんの手が、私の肩に触れた。
 りんちゃんの顔が、私の顔を心配そうに覗き込んだ。
 りんちゃんの瞳が、私の顔を映しこんだ。
 私の口が、血で真っ赤に染まっていた。
 夢に見た映像が、再生される。
 喉を食い破る。
 血をすする。
 頬を食い千切る。
 耳を引き千切る。
 指を噛み千切る。
 腿を食い荒らす。
 胸を引き裂く。
 心臓を引き抜く。
 食べたい。
 食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい、食べたい。
「―――いやっ!!」
 気が付くと私は、りんちゃんの手を払っていた。
「こまり、ちゃ・・・ん」
 りんちゃんは目を見開いて呆然としていた。涙がりんちゃんの頬を伝う。おねがい、そんな顔しないで。
 りんちゃんの肌の質感が、舌の上によみがえる。
「ごめんね、りんちゃん。ちょっと気分が悪くなっちゃった。今日は休むって・・・・・・先生に伝えてくれないかな?」
「・・・・・・だいじょうぶか?あたしが付いていこうか?」
 それはゼッタイに駄目。
 りんちゃんの血の味が、口の中によみがえる。
「ううん。・・・・・だいじょーぶ、だから。・・・・・・だから、りんちゃんは先生に伝えておいて。ね?」
 りんちゃんの目が泳いでいた。どうすべきか悩んでいるようだ。おねがい、これ以上一緒にいないで。
 りんちゃんの肉の感触を、私の歯が思い出す。
 しばらくすると、唇をきっと真一文字に閉じ、りんちゃんは言った。
「うん。わかった。・・・・・・でも何かあったら、あたしにでんわしてくれ」
「うん。ありがと。りんちゃん」
 りんちゃんと別れると、私は安堵の溜息をつき、体を引きずるようにして寮に戻っていった。何度も壁に手を付き、体が落ち着くのを待つ。足りない。食べ足りない。
 部屋に戻ると、自分の鞄の中や机の引き出しを漁る。食べ足りない。私は買い溜めしたお菓子を、中から引きずり出すと夢中で貪った。食べ足りない。

 ルマンド、プリッツ、ポテトチップ。
 包装を無造作に引き千切り、中身を口に詰め込む。
 ガトーショコラに、クッキーに、シュークリームも。
 あごが外れるんじゃないかという勢いで、柔らかいお菓子たちを無慈悲に噛み砕く。
 エクレア、ミルフィーユ、パウンドケーキ。
 水も無いのに、無理やり飲み込む。
 バウムクーヘン、ビスケット、カップゼリー。
 だけど、お菓子はすぐ無くなって。
 食べかす、ビニール、包装紙。
 残るは、ゴミと空腹感。

 私は、脂汗をかきながらベッドに横たわる。こんなにこんなに食べたのに、全然ぜんぜん食べ足りない。それどころか空腹感は大きくなる一方だった。私の胃袋は、もうぱんぱんに膨れ上がっているのに。それでもそれでも、食べ足りない。
 こんなもの、いくら食べても、あの味には遠く及ばない。
 胸から熱いものがこみ上げる。私は飛び起きると、トイレに駆け込んだ。

 バウムクーヘン、クッキー、ポテトチップ。
 唾液で練られた、お菓子の破片が混じってる。
 ガトーショコラ、エクレア、ビスケット。
 チョコレートの色が混じってる。
 シュークリーム、プリッツ、カップゼリー。
 プルプルとした、赤い破片が混じってる。
 ルマンド、ミルフィーユ、パウンドケーキ。
 お菓子はみんな肌色の、吐瀉物になって。
 胃液、胃液、胃液。
 残るは、ゴミと空腹感。 

 トイレに胃液とお菓子の混じった、吐瀉物の匂いが充満していた。甘ったるいけど酸っぱい匂い。その匂いに、再び吐き気を催す。
 胃の中身が逆流する。今度は薄茶色の液体しか出てこない。
 目から涙が出てきた。喉が胃酸でひり付いて、呼吸を整えるのも一苦労だ。
 私はトイレの床に座り込む。吐くまで食べたのに、私の空腹感は未だ衰えることを知らない。食べ足りない。
 本当は、こんなもの食べても無意味だって、もう分かっているのに。
 そう、私が食べたいものは、私の血肉にしたいものは・・・・・・・・・。
 私は体育座りになり、頭を膝にくっつけるようにして丸くなる。体が微かに震えていた。 私は、自分が怖かった。
 理樹君。ごめんね。私は救われたつもりになっただけ。まだまだ駄目だったんだ。
 恭介さん。どうか、どうか私をこの世界から排除してください。もう限界なんです。私がここに居る限り、この衝動は誰にも止められそうにありません。早く、早く、早く。そうしないと、私が、私の中の何かが、りんちゃんをぐちゃぐちゃに、喰い殺してしまう。
 誰かお願い。私を殺して。





「―――こまりちゃん、こまりちゃん」
「ふぇ?」
 私を揺さぶる人が居る。私を呼ぶ声がする。
 ―――りんちゃんだ。
「そろそろ、海が見えるって。きょーすけが言ってた」
 車の振動が心地よくて、いつの間にか眠っていた。
 いつか見た夢を、夢の中で見ていた。あの時の、不安で息苦しい感覚。もう忘れたと思っていたのに。
 私は、自分の不安な表情を悟られまいと、狭い車内で伸びをする。そして、りんちゃんの方に向き直った。
「おはよう。りんちゃん」
「うん。おはよう」
 窓の外を眺める。曲がりくねった崖沿いを、車は走っていた。この狭くて暗い道が終われば、いよいよ海らしい。
 すると不意に視界が開け、目の前に青色が現れた。アスファルトの灰色と、草木の緑。それらに囲まれた寂しい色彩の中に、ぱっと現れる明るい青。
 わたしとりんちゃんは感嘆の声を上げる。
「うわあ・・・・・・」
「あと15分もすれば、海岸に着く。そしたら、ちょっと遅くなったが昼飯を食おうぜ」
 く〜〜っ。
 恭介さんの言葉を聞いて、りんちゃんのお腹が可愛らしい音を立てた。
「・・・・・・う・・・」
 りんちゃんは恥ずかしそうに私の方に目を向ける。私に聞こえていないか、気にしているのだろう。でも、ざんねんでした。聞こえちゃいましたよー。
 私は足元のバッグの中をまさぐった。着替えが荷物の大半で、食べるものなんて、もう何にも入れていないはずだけど。あ、あった。
 缶入りのドロップを取り出すと、りんちゃんに手渡した。
「甘いものを食べると、お腹が空いたのをがまんできるのです。はいっ」
「・・・・・・うーみゅ。・・・・・・あ、ありがとう」
 りんちゃんは恥ずかしがりながらも、素直に缶を受け取った。缶から赤色のあめ玉が、りんちゃんの手へと零れ落ちる。りんちゃんの小さな唇に、赤いあめ玉が吸い込まれる。
「・・・・・・あまい」
 りんちゃんは顔を綻ばせながら、私に缶を返す。
 缶を振ってみた。まだまだ沢山ありそうだ。
「みんなも、どーぞ」
 私は、他の皆にも缶をまわした。皆、口々にお礼を言って、あめ玉を口の中に入れていった。
 缶が車内を一周して、私のもとに戻ってくる。
 缶を振ってみた。だいぶ減ったけど、まだまだありそうな音だ。
 私は車の窓を開けた。そこから手を伸ばし、蓋の開いた缶を振ってみる。
 色とりどりのあめ玉が、缶から飛び出して、地面に吸い込まれる。地面で砕けて跳ねたあめ玉が、夏の日差しを受けて、きらきらと、輝いた。
 赤や、黄緑、紫に、水色。
 そんな色の光が混ざり合い、飛び跳ね、散乱した。
「こまりちゃん!!何やってんだ!?」
 りんちゃんの手が、私の背中に触れた。
「え?えーっと、謙吾君と真人君に、おすそわけ〜、かな?」
 遥か後方から「何じゃこりゃぁぁーー!」と叫ぶ真人君の声が聞こえた。
 私とりんちゃんが、顔を合わせて笑い出す。

 大丈夫。私にはもう、あんなもの必要ない。
 目の前の、小さくて可愛い女の子。彼女が、私の欠けた穴を塞ぐもの。
 彼女が居て、私が居る。
 自分の中に居なくてもいい。
 だって二人とも、同じように生きているから。
 二人の体は離れていても、きっと心は繋がっているから。

 私はりんちゃんの耳元に近づき、ささやいた。
「りんちゃん。ずっと一緒にいようね」


[No.272] 2009/07/24(Fri) 02:31:05
元気の合図 (No.266への返信 / 1階層) - ひみとぅ@6764byte

「おめでたですね。現在3カ月です」
 近所の産婦人科でそう告げられた時、あたしは思わず理樹の顔を見た。理樹もあたしの方を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「やったね、鈴」
 理樹のそのきれいな笑みに思わずうなずくと、あたしの髪飾りがチリン、となった。
 近所でも有名なおじいちゃん先生がしわくちゃの笑顔でめでたいですなあ、とうなずいて、あたしの横で理樹が何度もペコペコしていた。それを見ていると、なんだかくすぐったい気分になる。ふと自分の下腹部に手を当ててみたら、なんでかは分からないが、あたしも微笑んでいた。
 産婦人科からの帰り道でも、理樹はやっぱり笑っていた。その幸せそうな横顔を見てるだけで、もっかい理樹にほれなおしてしまいそうだ。商店街を過ぎても、今家にいる猫と出会った街路樹を通り過ぎても、理樹の笑顔はまだまだとどまるところを知らなかった。これが最近こまりちゃんが言ってた幸せタイフーンだと気付き、そのことを理樹に教えてあげるべきか悩んでいると、突然理樹が自分の羽織っていたコートを脱いであたしの肩にかけてきた。なんか悪のギャングっぽいなと思っていると、やっぱり笑顔で理樹が言った。
「もう一人の体じゃないんだから、さ」
 くちゃくちゃほれなおした。頬に赤くなったのがばれないようにあたしは笑顔で、
「3か月前なら、お医者さんごっこの時のやつだな!」
 そう叫んでやった。

 おめでた。夜にベッドの上で呟いてみた。もっかいおなかに手を当てる。へんな感じだ。頭の中の意味と自分の中の感覚とが一致していない。この事実になんだか怖くなって、横に首をひねると、あたしの横には理樹がいて静かに寝息を立てていた。隣に理樹がいると思うとだんだん怖い感じは薄らいできた。うん。おめでた。なんかそれもいいんじゃないか。そう思えてくる。理樹を見ながら、あたしは目を閉じた。
 ジャー!
 物音で目が覚める。目の前はまだ真っ暗で、時計で確認してもまだ夜だ。あたしは眠い目をこすりながら音のする方へと歩く。なんとか体をどこにもぶつけずに歩を進めると、そこは洗面所で、水を流しながら何度も口をゆすいでる理樹がいた。あたしが背後にいることも気がつかないみたいだ。
「理樹」
 声をかけるとあたしの姿に心底びっくりした様子で理樹が振り返る。眠いのも相まってジト目で睨む。理樹は固まったまま動かない。水が排水溝に吸い込まれていく音がやけに大きく聞こえた。あんまりにも理樹が動かないのであたしから話した。
「理樹。何してるんだ?」
「え、えっと…」
「理樹もだからな」
「え?」
「もうあたし一人の体じゃないんだからな」
 帰り道のお返しだ。理樹はあたしの言葉にポカンとしてたが、あたしとしては言うべきことは言ったので寝ることにする。ふらふらと寝室まで戻ってきたところで意識が途切れた。
 次の日から大変だった。くちゃくちゃ大変だった。知らせを聞きつけたみんながかわるがわる家に来てくれたり、悪阻とやらでゲボゲボ吐いたり、無性に気が立ってみんなに当たったりした。
 3ヶ月たってようやく悪阻の収まってきた頃、運動のために近所を散歩していると、携帯に馬鹿兄貴から電話がかかってきた。

「理樹が倒れた。今すぐ帰ってこい」

 理樹が倒れた。いやいやいや。わけが分からなかった。馬鹿兄貴があたしを驚かせようとしたんだ。そうに違いない。そう決めつけて一応少し早足で家に帰ると、落ち着かない様子でこまりちゃんがいた。あたしはろくに事情を説明されないまま、こまりちゃんに連れられて病院に行った。緊急治療室、と掲げられたガラス張りのその部屋に、いろんな機械を体中につなげられた理樹がいた。
 言葉も出ず立ち尽くしていると機械の一つが甲高い音を鳴らした。部屋の中の人たちが慌ただしくなった。周りの人は何度も理樹を起こそうとしたけど、甲高い音はずっとあたしの耳にこびりついて離れなかった。
 いやいやいや。
 あたしはその場に崩れ落ちた。

 その日からのことはあまり覚えていない。気がついたら冷たい理樹と一緒に家に帰ってきていて、気がついたら理樹は温かい骨になっていて、気がついたら理樹は冷たいお墓の中にいた。
 妊娠の知らせを聞いた時、すでに理樹の命はあと少ししかなかったこと、あたしに隠れて何度も血を吐いていたこと、理樹の体のことをあたしの両親と馬鹿兄貴は知っていたこと、あたしには自分から話すからと言って理樹から口止めされていたこと、そのことを泣きながら土下座した馬鹿兄貴に伝えられた。
 いやいやいや。
 あたしの世界は簡単に崩壊してしまった。朝起きるとあたしの横に理樹がいない。あたしに微笑んでくれる理樹がいない。あたしが作ったご飯を食べてくれる理樹がいない。怖くなったときに慰めてくれる理樹がいない。夜寝るあたしの横に理樹がいない。あたしの手の先に理樹がいない。
 両親にも馬鹿兄貴にもこまりちゃんにも馬鹿二人にもはるかにもクドにもくるがやにもみおにもささこにも、誰一人理樹の代わりなんてできない。あたしは怖くなって目をつぶる。こんな現実なんて見たくない。なのに餌を求める猫たちがないている。
 いやいやいや。

 そんな感じで絶望していたあたしはおなかの赤ちゃんのことなどすっかり忘れていた。まるで関心がなかった。いまだに自分の中に誰かがいるという自覚は無かった。少しだけショックから立ち直って久しぶりに産婦人科へ検診にいくとおじいちゃん先生はあたしをみてひどく驚いたようだった。
「流産の危険性がある」
 検査結果をみておじいちゃん先生は険しい顔をしてそう言った。
「理樹がいないなら、もうどうなってもいい」
 あたしは正直に何もかもを話した。心境を口にするたびに、どんどん沈んでいくのが分かる。もうどうしようもないのに、変わりようがないのに愚痴る自分に嫌気がさす。頭がお腹につくぐらいにうなだれたあたしに、おじいちゃん先生が言った。
「…君の旦那さんから、手紙を、預かっておるよ」
 その言葉に顔をあげると、おじいちゃん先生が渋い顔で
「少し前に君の旦那さんから、今度妻が来たら渡してほしいって手紙を預かっていてな、まさかこんなことになるとは…」
 そう言って引き出しの中から一通の封筒を渡された。差出人の欄にはきちんと直枝理樹と端正な字で記されている。あたしはゆっくりと糊をはがし、折りたたまれた手紙を取り出す。そして意を決してあたしは読み始めた。




 読み終わったあと、あたしは目尻の涙をぬぐって先生に宣言した。
「産む。理樹の子供を、産みます」
 先生は朗らかにうんうんとうなずき、あたしにこれからどうすればいいかを教えてくれた。
 あたしはおじいちゃん先生の指示に従って毎日を過ごした。体にいいものを食べ、猫を連れて散歩し、疲れたら眠った。減っていた体重は戻り、安定した毎日を送れるようになった。流産の危険性は無くなったそうだ。ある日、診察を終えたおじいちゃん先生が
「そろそろ、おなかの赤ちゃんが動き始める頃ですよ」
 と、あたしに告げた。帰ってきて、大きくなったお腹に意識を合わせてみるけれど一向に動く気配はない。ずっとその体制でいると眠くなってきた。瞼を閉じてうとうとしていると気がついたら目の前に理樹がいた。
 理樹があたしに向かってごめんとか申し訳ないとか謝るのを無視して、あたしは理樹に近づいてハイキックをお見舞いしてやった。確かな手応えを感じる渾身の一発だった。思わず残心のかまえまでとってしまった。派手に吹っ飛ばされた理樹はいやいやいや、と苦笑しながら立ち上がり、
「今までありがとう。鈴」
 お礼を言われた。思わずうつむく。馬鹿理樹め、くちゃくちゃほれなおしたじゃないか。何か言わなくてはと顔をあげると、もう理樹の姿はなく、代わりに、

ゲシッ

 お腹の中で独特な動きが生まれた。ハッと目を覚めしてお腹にそっと触れる。こそばゆいような、どこか懐かしい感覚。気がつくとあたしは微笑んでいた。これから先どうするとかは後で考えよう。それよりも、あたしには考えるべきことがあった。
「…女なら理樹子で決定だな。うん、男でも理樹子だ」

ゲシッ。

 あたし譲りのハイキックで不満を示したお腹の子に、早くいい名前を考えないといけないな。
 理樹、手伝ってくれ。


[No.277] 2009/07/24(Fri) 21:10:19
こころのそうだんしつ (No.266への返信 / 1階層) - ひみつはじめて@2253 byte

〜こころのそうだんしつ〜


「あの…相談したいことがあって…」
「なぁに?言ってみてよ。私の出来ることでなら助けになるわよ?」
「実は…」
 いつもの寮長室はいつもこのような会話から始まることが多い。
 寮長だから寮生の相談を聞くことは仕事の一つなんだけど…
 周りの人からはこう言われている。
あーちゃん先輩の相談室≠チてね…
 確かにCMで宣伝しているような悩み相談室レベルに比べたらこんな相談なんてちっぽけなような気がしないでもない。
 でも電話掛けるのが嫌、もしくはめんどくさい、見知った先輩だから気軽さがいいなどなど…嬉しいの反面、なんで私が…って思ったりしている。
「先輩も大変ですね。断れないんですか?」
 呆れた顔で私を見ている子が一人いる。
「まぁ〜いいのよ?これも寮長の仕事だって思ったらやる気が出てくるわよ?かなちゃんもそう思わない?」
「そうですか?相談もいいですけど、ちゃんと自分の仕事をしてくださいよ。いつも私に押しつけられたら堪りませんから」
 そこまで嫌な顔をされたらやらない訳にはいかないわね。
「……ねぇ…かなちゃんは相談に来る人達のことをどう思ってる?」
 『またまた何を言い出すんだこの先輩は…』って顔をして睨みつけられた。
 これはこれで怖いのよね…
「そうですね…私は弱い人だと思いますよ。自分の力では打開できない、それかしようともせずに他人の力を借りて打開しようとする。それもいいかもしれませんが、それは自分で何もしようとしない怠慢か傲慢な人だと思います。そうでなければ、こんなところまで相談に来ませんよ」
 相変わらず激辛な意見ね。
 こんな直接的な意見を言っちゃったら凹むこと大有りね。
「でもね。相談に来る人たちは何やら悩みを抱えてくるの。それを一つ一つ悩みを解決していって、悩み事がなくなってくれて、笑顔で『ありがとう』って言ってくれるのが嬉しいのよ。嫌々やってたかもしれないけど、やってて良かったなって不思議と思えるのよ。」
「…そうですか」


最後の相談者が来てからかなりの時間が経ったような気がする。
「かなちゃん。もう上がっていいわよ?お疲れ様」
「はい。お疲れ様でした」
 本当に素っ気ないわね。
 あれはあれでかなちゃんらしいけど…
 どんな人でも悩み事の一つや二つはあると思う。
 それを我慢するのもいいと思うけど、打ち明けるのも大切だと私は思っている。
 我慢しすぎたら体がもたないし、打ち明けたら気分が楽になると思う。
 悩まずに打ち明けるこれが一番かな。
「私がそんな偉そうなこと言えないか」
 椅子に深く座りこう呟く。


『こころのそうだんしつ』
 いつも寮長室でやってます。
 悩み事があったらいつでもどうぞ。


[No.278] 2009/07/24(Fri) 21:37:59
風邪をひいた日 (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@5755 byte

「葉留佳、もう起きないと遅刻するわよ」
「う、うーん……なんか頭痛いし身体も重い……」
「仮病はいいから、早く起きなさい。布団取るわよ」
 それはいつものやり取りになるはずだった。しかし今回はどうやら様子がおかしい。
 よく見れば本当に辛そうで、触れてみるとその手は熱を帯びている。
「はい、体温計。37.5℃以上なら休んでもいいから」
「うん……」


 私が身支度をしているうちに測り終えたようだ。数値は……38度!? 冗談抜きで風邪ね……
 心配だけど私にも学校がある。さすがにサボるわけにもいかないので、気をつけてとだけ言って部屋を出た。




 
 授業を受けること20分。私の心もあの子が座らない席同様、ぽっかりと空白ができてしまった。心配で気が気ではなくなってくる。
 しかし授業を受けないわけにもいかないので、教師の話に耳を傾ける。
「以上の事が原因で、抵抗力が弱まり身体に異常をもたらすわけだ。特に風邪は万病の元と言われているから気をつけるように」
 ガタン! 
 無意識のうちに身体が勝手に動いていた。勢いよく立ち上がってしまった私は、この瞬間クラスの注目の的になってしまった。
「ん、どうした二木?」
「えっと……ちょっと急用を思い出しました、それでは!」
「あ、おい! ……どうしたんだあいつ?」



 教室を飛び出した私に、不思議と後悔はなかった。抜けた理由は病人の看病という立派な理由の元に成り立っているからであり、急用というのも事実だからだ。
 ただ、もう少しまともな抜け方はできなかったものだろうか。葉留佳のことで精一杯で他の事に頭が回らなかったとかいうのは言い訳に過ぎない。
 自分で意識している以上に葉留佳のことが……いや、考えないでおこう。妹を心配するのは姉として当然のことだ。
 だから私の足は走ることを止めない。まるで親友の命を守ろうとするメロスのように。


「はあ、はあ……」
 息も絶え絶えに私たちの部屋の前まで着く。よく考えれば授業中妹の風邪が心配で必死に走ってきたというのはおかしい。
 なので息を整え、走ったことがばれないよう平静を装いつつドアに手を掛けた。
 

 目の前に映る光景は、朝と変わらずベットで寝込む葉留佳。とても苦しそうで一刻も早く助けてあげたい。
「葉留佳、大丈夫?」
「あ、お姉ちゃん……どうしたの?」
「葉留佳が心配で来たのよ。今日は付きっ切りで看病してあげるから、心配しないでね?」
「ありがとー、お姉ちゃん」
 葉留佳は弱々しい笑みを私に向ける。そこには安堵と感謝の気持ちが含まれているように感じた。
 先生への言い訳は後々考えるとして、今は少しでも葉留佳を楽にさせてあげることが最優先事項だ。
 さっき額に乗せた濡れタオルも、温度が上昇している。なのでまずはそれを取り替えることにした。
 濡れタオルではすぐに温度が上昇すると分かり、氷水を入れた袋を作り葉留佳に渡す。

「どう、気持ちいい?」
「うん、さっきより冷たい。でも授業サボって大丈夫?」 
「……いや、今は昼休みよ。そうだ、朝から何も食べてないでしょ。おかゆ作ってあげるから、少し待っててね」
 自分でも苦しい言い訳。きっとバレバレなのだろうけど、認めるのが悔しいから口には出さない。
 とりあえず食事はきちんと取らないといけないので、私特性、栄養&愛情たっぷりのおかゆを作って葉留佳へと運ぶ。
「はい、熱いから気をつけてね」
「本当にありがとう、お姉ちゃん……ぐすっ……」
「ちょっと、何泣いてるの!?」
「看病してくれる人がいてくれるって思うと、本当に嬉しくて……」
 その一言が心に重くのしかかる。小さいとき、葉留佳は熱を出してもこうして一生懸命に面倒を見てくれる人はいなかったのだ。
 ならば尚更今の葉留佳を一人にしておくわけにはいかない。熱が引くまでずっと看病する、絶対に。

 決意を固めて葉留佳の方を見れば、おかゆを食べにくそうにしていた。ならばやるべきことは一つ。
「はい、葉留佳、口を開けて」
「え、いや、自分で出来るから……あっ」
 葉留佳の手からスプーンが滑り落ちた。下は布団なので汚れる心配はないと思うけど、念のために洗っておく。
「言った傍からこれじゃあ説得力ないわよ? 無理しないの。はい、あーん」
「あ、あーん」
 私の手が握っている銀色のスプーン。その先に乗っているおかゆを葉留佳の口元へと運ぶ。
「どう、おいしい?」
「うん。やっぱり料理上手いね」
「そりゃあね。さ、もっと食べて」
「……なんか今日のお姉ちゃん優しいね」
「そ、そんなことないわよ! 葉留佳大丈夫かなーって思ってちょっと来てみただけなんだから! そしたら辛そうだったから……」
「授業時間に抜け出してきたのに? 普通のお姉ちゃんじゃ考えられないよね?」
 やっぱりばれてた。この状態の葉留佳ならもしかしたらと思ったんだけど……
 この際なのでプライドとかは一時捨てて、自分の気持ちを正直に告白することにした。

「……心配なの」
「へ?」
「心配なのよ、葉留佳のことが。もし何かあったらと思うともういてもたっても居られなくて……。
 それにね、いつもは怒ることが多いけど、明るくはしゃいでる葉留佳が大好きなの。元気な葉留佳の顔がもっと見たいから、早く元気になって?」
 ものすごく恥ずかしいことを言ってしまったが、2人きりなので問題なしとしよう。
 問題なのは葉留佳のリアクションがないこと。何か反応してくれないとどうしていいか分からない。
 様子を見てみると、突然抱きつかれた。いきなりの事で戸惑うも、少しでも冷静でいようと努める。
「ど、どうしたの?」
「だってお姉ちゃんの口からそんな言葉が出てくるなんて思わなかったから、嬉しくてつい」
「なによ、どうせ私には似合わない台詞だったわよ。馬鹿にすればいいじゃない」
「そんなことしないよ。私は優しいお姉ちゃんの方が好きだから。だからせめて今だけ甘えさせて……」
 その台詞の前には平静でいることは敵わず、私は葉留佳をぎゅっと抱きしめ返していた。温かくて気持ちいい、私の妹。
 さっきはああ言ったが、このしおらしい状態の葉留佳はとてつもなくかわいい。
 そして私は今、その存在を体で感じている。
 そういえばキスすると風邪がうつると聞いたことがある。本当かどうかは分からないが、行動に移すには十分な理由だ。
 それを覚った瞬間、本能的に行動に出た。

 惜しいながらもゆっくりと体を離し、唇を重ね合わせ――ようとしたその時、葉留佳の体が崩れ落ちた。
 一瞬胃がひっくり返ったような感覚に襲われたが、安らかに寝息を立てている葉留佳をみると、杞憂だと分かりほっと胸を撫で下ろす。
「ゆっくり休みなさい、私の大好きなかわいい葉留佳」
 そこで口付けをしてもかまわなかったのだが、それは止めておくことにした。
 この可憐な寝顔を見ていると、ずっと見守りたくなる。なにもせずに、ただじっと。
 ただ頭の中では、葉留佳と何をして遊ぼうかという想像が尽きないのだった。


[No.279] 2009/07/24(Fri) 22:23:27
reciprocal love (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@8729byte

「理樹、俺は前からお前のことが好きだったんだ、結婚してくれ」
 突然恭介が後ろから抱きついてきてそう囁いた。
「…うん、言ったら嫌われるかもしれないって思ってずっと言わなかったけど」
 そう言って恭介のほうへ向きあう。
「僕も恭介のことが前から、大好き、だったよ」
「理樹…」 
 二人はそのまま床に倒れこんだ。

 気色悪い夢を見た。
 恭介と僕が友達関係を離れていちゃいちゃしている夢だ。
 いきなり恭介が僕の部屋に来て、僕が好きだ、僕に伝えてくる。
 その後は…あんまり思い出したくない。
 しかしいきなりこんな夢を見るなんて僕もどうしたことだろう。
 変に寝汗をかいてしまった。とりあえず制服に着替えて学校に向かう。真人は何回も揺すっても起きなかったから寝かせてあげることにした。
 学校へ向かう。今日はよく晴れている。
 今日は恭介を見ないことにしよう。なんか気まずい。
 そうやって考えていると、
「よう理樹」
 会った。
「お、おはよう恭介」
 言って目を逸らす。やっぱ、気まずい。
「なんだ、妙によそよそしいな、熱でもあるのか?」
 そう言って恭介は僕の額に自分の額を合わせてくる。
「ちょ、な、な」
「別に熱はないみたいだな」
「ちょ、ちょっと待った!」
 深呼吸して息を整える。夢のせいか変に恭介を意識してしまっている。
「やっぱり顔が赤いな」
 恭介は僕の体に触れようとする。湯気が出そうなくらい僕の顔は火照っていた。
「だ、大丈夫だって、たぶん朝風呂してきたからかな」
 嘘だ。夢のせいだなんて口が裂けても言えない。
「そうか…確かになんかいい匂いがするな」 
 恭介が顔を近づけてくる。触れ合ってしまいそうなほど近くまで。
「わ、わ、わ」 
「冗談だよ、じゃあな」 
 恭介はそう言って学校のほうへ歩き出した。
 何気にほっとしている自分がいた。
 携帯に目を落としてみると、もう始業五分前だった。僕は急いで学校に向かった。
 学校についた時にはすでにチャイムは鳴っていた。。
 理樹が遅れるなんてめずらしいな、と鈴に言われたが素直に、
「うん、ちょっと恭介にドキッとしちゃって」
なんて言えるわけもなく、いつもの持病がとごまかしといた。
 真人はやはり来ていない。まだ夢の中だろう。
 僕は授業中ずっと恭介のことを考えてて内容が頭に入らなかった。
 恭介はどんなことを考えているのかとか今何をしてるのかとか、そんなことを。
 …やっぱり今日の僕はおかしい。朝恭介におでこが触れ合ったとか匂いをかがれたとかそんなことだけで恭介に過敏になっている。
 だいたい恭介もおかしい。いつもはあの時間には合わないしあったとしても挨拶くらいだ。
 まさか恭介は僕のことを…。
 顔が勝手ににやけてくる。そんな頭を振って雑念を追い出す。何を考えているんだろう僕は、だいたい僕と恭介は男同士じゃないか。
 授業に集中する。退屈な授業でもとりあえず気分を紛らわすことができた。
 昼休みになった。久しぶりに屋上で神北さんと一緒にごはんでも食べようかなと思って、胸ポケットにドライバーをしまって席を立つ。
 階段を上る。屋上の入り口にたどりつく。胸ポケットからドライバーを出してネジを抜こうとすると、すでにネジが外れていることに気づいた。
(…神北さん?)
 そう思って窓からひょいと顔を出すと、そこには恭介と神北さんがいた。
(…恭介がどうしてここに)
 顔を引っ込めて聞き耳を立てる。どうやら真剣な話をしているらしい。
「俺は…が……好き………どう…」
「……気持ち……素直に……」
 節々が聞き取れる。
「けど……は俺が……気づい……」
「でも………努力………」
「分かった………ありが……」
「気にしな……」
 どうやら話が終わったようだ。
 言葉の中に好きという言葉が入っている。僕なりに推測すると、
「俺は神北のことが好きだ、神北はどうなんだ?」
「ふええ?…気持ちはうれしいけど素直に言うとちょっとびっくりしてる、かな」
「けど本当は俺がお前のことを好きだって気づいてたんだろ」
「…でもね、まだ気もちの整理がつかないよ。努力してみる、ってことじゃダメ?」
「分かった、けど俺はお前のことが本気で好きだからな、覚えておいてくれ、ありがとな」
「気にしないようにがんばるよー」 
 …こんなところだろうか。というかこの設定だと恭介が神北さんのことを好きっていうことにーー
 足音が聞こえる。恭介がこっちに近づいてくる。僕は反射的に階段を駆け下りていた。
 教室まで足早と歩く。自分の席に着くとすぐさま机の上に突っ伏した。
 気持ちがぐるぐると頭を渦巻いて離れない。
 恭介が神北さんを好きだとか別にかまわない。僕には関係ない。
 神北さんが恭介を好きだとか別にかまわない。僕には関係ない。
 けどこの気持ちは何だろう。胸をぎりぎりと締め付けてくる。
 これが恋というやつなのだろうか。
 いやいや、と頭を振る。まだ誰かを好きになったことはないが、これが恋だとしたら僕は相当な変態だと思う。
 やっぱりあの夢のせいだ、と思いなおす。
 恭介が僕に思いを伝えて、僕がそれを受け入れて、恭介と僕は…
(こんなことを夢に見るなんて、ほんとにおかしくなったのかな僕は)
 お腹がくーと鳴った。そういえば昼食がまだだったなと思い食堂に行くことにした。
 昼休みも終盤に近づいていて食堂にはほとんど人はいなかった。ちらほらと女子の集団が片付けを始めている。
 僕はサンドイッチとオレンジジュースを買っていつも座っている席に着いた。
 そういえば今日はいろんなことがあったな…と記憶を回想していると
「今日は遅いな」
と言って恭介が隣に座ってきた。
「あ、あれ、恭介も遅いね」
「ちょっと野暮用でな」
そう言ってクラブハウスサンドと牛乳を食べ始めた。
「……野暮用って?」
「…なんでもいいじゃないかよ、就職活動だよ」
 恭介は食べる手を止め僕から目をそらした。
 嘘だ。僕は知っている。恭介が屋上で神北さんに告白したことを。
 でも本人が何も話したがらないのだから無闇に立ち入ってはいけないことなのだろう。とりあえず、 
「そっか」
とだけ言って僕も黙々とサンドイッチを食べることにした。
 本当は全部問い詰めて聞きたかったが、そんなことをして、変なやつだな理樹は、とか思われたら嫌なので黙っていた。
 なんだかぎこちない。いつもはどうでもいい話をして盛り上っているのに、今日は二人とも無口だ。
 僕が恭介を意識してるだけなのか、それとも恭介も意識しているの分からないが、どちらからも話し出そうとはしなかった。
 食べ終わったので僕は、ごちそうさま、とだけ言って食堂を後にした。
 教室に帰ると、鈴がどこかぐあいでも悪いのかと聞いてきた。僕はそんなひどい顔をしていたのだろうか。
 ちょっと調子が悪いんだと言うと、鈴はそうたいしたほうがいいと言って僕を教室から追い出した。
 ひどい扱いだなぁ。
 教室に戻ってもまた鈴に追いかえされるだけだと思って、廊下を歩いていた先生に気分がすぐれないので早退しますと伝えて寮へ向かった。
 寮の自分の部屋に着いて体温を計ってみると、案の定平熱だった。熱があったら熱のせいにでもできたのに。
 布団に入って気持ちを整理しようとした。
 神北さんは恭介の告白を受け止めるつもりなのだろうか。もしそうだったら恭介は神北さんと…。
 だめだ、想像が勝手に妄想に変わってく。
 もやもやしたものを抱えながら布団の中にいると、いつの間にかまどろんでいた。
 
「神北、俺は前からお前のことが好きだったんだ、結婚してくれ」
「…うん、恭介さんだったらいいよ」 
「小毬…」
 そう言って恭介は唇を重ねる。そのまま恭介は神北さんをベッドの上へと押し倒した。
 
 夕方独特の西日で目が覚めた。
 四時間ぐらい寝てしまっていたらしい。
 また嫌な夢を見てしまった気がする。神北さんと恭介がえっちをしている夢だ。
 朝見た夢の僕の場所に神北さんがいる。
 なんていう夢を見てしまったんだろう。朝は僕で次は神北さんだなんて。
 昨日までの僕なら単に嫌な夢を見ちゃったなぁ、早く忘れようと思うだけだが、今日の僕はそういう風に思えなかった。
 胸が苦しい。胃が焼ける。頭が痛い。
 気がつくと僕は泣いていた。
 そうなんだ、僕は恭介のことが好きなんだ、と気づいたのは泣きやんだ後だった。
 自分の気持ちに鈍感だなぁと思った。
 そんなことを考えているとドアをノックする音がした。真人はノックをしないから、誰かほかに客がきたのだろう。僕はドアを開けに行く。
「具合が悪いって聞いたけど、大丈夫か理樹」
 恭介が部屋の中に入ってきた。
「恭、介」
「やっぱり朝からおかしいと思ってたんだ。ほらみろ、これを貼ってやるからじっとしてろ」
そう言って僕の額に熱冷まシートを貼ろうとする。
 僕はその手を乱暴に払いのけた。
「って、どうしたんだ理樹」
「恭介は今日の昼就職活動で昼食が遅くなったって言ったよね」
「…それがどうした」
「僕は見てたんだよ、恭介が屋上で神北さんと…」
「……」
 恭介は目を見開いて、少しうつむいた。
「なら説明はいらないな」
 恭介はさらに僕に近づいてくる。僕は後ずさりした。
「どうして分かってくれない、理樹」
「分からないよ!どうして恭介は神北さんのことが好きなのさ!なんで僕じゃないのさ!」
 言ってから、しまったと気づいた。うっかり僕は恭介が好きと宣言してしまった。
「……っく」
「?」
「はははははは!」
 そう笑って恭介は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。
「…っつ、なんで笑うのさ!」
「馬鹿だなぁ理樹、俺が好きなのは神北じゃなくて」
 恭介が顔を近づけてきた。
「お前だよ」
 そう言って僕の唇に恭介の唇を重ねてきた。
 あっさりとした短い口づけ。
 一旦離し、また口づけを交わす。
 今度はさっきとは比べ物にならないほどの、濃厚なキス。
 お互いの舌が複雑に絡み合い、僕の口の中で暴れ出す。
 一通り蹂躙しつくされたあと、恭介は唇を離した。そしてこう言った。
「俺は理樹のことが好きだ」
 恭介は僕の眼をじっと見つめている。
「僕は…」
 今度は迷うことなく言える。
「僕も、大好き、だよ、恭介」
 そう言って、今度は自分から唇を奪いにいった。
 ずっと一緒だよ、恭介。

「大丈夫か、理樹」
「まだちょっと痛いよ…っつつ」
 手を繋ぎながら校門へと向かう。手が汗ばんでいる。
「緊張してるのか?」
「そりゃあ、まぁ」
 好きな人と一緒なんだからあたりまえ、かな。
「大丈夫だ、理樹」
「んっ…」
そう言って優しく口づける。
「俺がついてる、もう離さないからな」
「…うん」 


[No.280] 2009/07/24(Fri) 23:57:37
[削除] (No.266への返信 / 1階層) -

この記事は投稿者により削除されました

[No.281] 2009/07/25(Sat) 00:00:54
[削除] (No.266への返信 / 1階層) -

この記事は投稿者により削除されました

[No.282] 2009/07/25(Sat) 00:01:49
[削除] (No.282への返信 / 2階層) -

この記事は投稿者により削除されました

[No.283] 2009/07/25(Sat) 00:02:47
鈴と理樹 (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@20469byte

だめだよ、ねえ、鈴、こんなのおかしいよ、と体温で温まった少し毛羽立った白いシーツの上に横たわって繰り返し繰り返し言う理樹の吐息が鈴の唇に吹きかかり、その生温かく湿った息に微かに薄荷の香りの混じっているのを感じながら、涙ぐんで光る瞳を上から覗き込む鈴もまた心臓がうるさいほどに高鳴っているのだが、なあ理樹、理樹は嫌いなのかこういうの、と問いかけると理樹はぎゅっと眼を閉じ、〈波間で光を浴びる透明このうえないクラゲたちと同じほどに、不動の配慮とは無縁になって、流れている〉細い髪を枕に擦らせて子供のように首を横に振り、その〈珠をきざんだような小づくりな美貌〉は〈蒼味をおびるまでに透きとおった、或る種の貝の真珠層を思わせるような皮膚の色をしてい〉るのだし、〈しかも皮膚の下に、ほんの少しでも吹けばたちまち消えてしまいそうな、小さな蝋燭のゆらめく焔があって、それが内部から貝殻の蒼味をほんのり明るませているといったふぜいである〉のだが、でもボクたち、女の子同士なんだよ、と震える小声で呟いて〈ぱっちりと眼を開けた。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる〉のを鈴はじっと見つめ、理樹の唇に自分の唇をそっと寄せると抵抗はなく、前歯まで舌を這い入らせるのと同時に鈴の右手が、理樹の両足の間(明るい水色と澄んだ白との縞模様の、膝と足首が軽く曲げられているのでメリヤス編みのコットン地に僅かに皺のよった、きゅうっと脚全体を、特に白く細い太腿を締めつける長い長いオーバーニーソックスと、学校指定の幾重にも襞の重なる、真ん中に三角形を浮かび上がらせるように裾が腿の内側に滑り落ちて、余計に短くなってしまっている短いタータンチェックのプリーツスカートの間)に、乱れたスカートの生地を上へ押しやりながら滑り込み、うっすらと汗ばんで肌に吸いついた青と白の縞模様の下着(何週間か前、買ったばかりでまだ履いていないその下着とオーバーニーソックスを鈴に見せ、お揃いなんだ、と理樹ははずかしげに頬を染めていた)に指先を這わせると、口を塞がれた理樹の身体がびくりと動き、鈴の喉に息が熱く流れ込み、無数の虚構が、世界が、言葉が、ものがたりが流れ込んでくる。〈あの波がしら、あの蒸気船、あの湿った綱、あの白い壁、あの髪、あの日傘、あの扉、あの噴水、あの手袋〉が流れ込んで溢れ出す、〈あの声、あの身振り、あの空、あの水、あの炎、あの老眼鏡、あのペン先。そしてあの長方形、あの円運動、あの直線〉が、〈あの美しい畸形の怪物たち、あの過激なる現在〉が波立ち、泡立ち、溢れ出すと考えるのだったが、それ故〈書くとは、なににもまして複数の自分を受け入れる体験にほかならず、だからあらゆる書物は複数の著者を持たざるをえないのであって、そのとき著者の名前は、当然のことながらとりあえずの署名にほかならなくなるだろう〉と誰かが、


酔った鈴が灯の消えた駅に向かってふかーっ!と威嚇し、鈴以上に酔っ払った理樹に鈴を制止する理性はなく、一緒になってふかーっ!とやっていると唐突に真顔に戻った鈴が一言、歩いて帰ろう、とか言ったのに違いない。歩いて? 歩いて。ええー始発までどっかで時間潰そうよ。うっさい歩くぞ。しかし〈もう、ずいぶん長いこと歩き続けているのだが――かなり長いこと歩き続けている。どれくらいの時間が経ったのか、正確には、むろん、わからないけれど〉、見覚えのある風景が全然現れないので、鈴、ここどこかな、と問うと鈴は道端の電柱に凭れて眠り込んでおり、近づいて肩を叩いてみたら〈ぱっちりと眼を開けた。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる〉のを理樹はじっと見つめ、鈴の唇に自分の唇をそっと寄せると触れ合う寸前に、何すんじゃぼけーと殴られた。
理樹の唇に自分の唇をそっと寄せると抵抗はなく、前歯まで舌を這い入らせるのと同時に鈴の右手が、理樹の両足の間に滑り込み、理樹、あたしの、お姉ちゃんの体で興奮してるのか、と唇を触れ合わせたまま訊くと、〈波間で光を浴びる透明このうえないクラゲたちと同じほどに、不動の配慮とは無縁になって、流れている〉細い髪を背凭れに擦らせて子供のように首を横に振るので、嘘つき、と鈴は言う。嘘つき。う、嘘じゃないよう……。それじゃあこの硬いのはなんだ? 屈み込んで弟の制服の革製のベルトに手をかける鈴が、その湿った細い体を包み込む夏服のブラウスの〈下に、それこそなんていうか、つまりなんにも着けていな〉いのを理樹はボタンを三つも外した襟元(一番上のボタンは糸が切れてしまったのを理樹が先週つけてあげたばかりだ)からはっきりと見止め、双子の姉弟として一緒に生まれた姉の〈眩しいような白い裸の胸とむき出しの乳房を、それこそほぼ完全に見ることができた〉のだが、ベルトを外す〈腕の動きにつれて柔かく柔かく揺れ、その乳房の先端のすごくとがった二つの乳首は、まるで遊んでいるみたいに〉ブラウスの薄い布地の〈裏側にくっついたり離れたりしていた〉のだ。鈴姉、もう、これ以上僕もう我慢できないよ、鈴姉、鈴姉。我慢しなくていいんだぞ、理樹。鏡を見るような思いで姉の顔に口をゆっくりゆっくり近づける理樹の勃起した性器を、頬や鼻梁や唇を這う理樹の舌の感触を感じながら鈴は繰り返し繰り返し擦り上げ、〈まったく外面的に観察すれば、それは単調にくりかえされるこっけいな動作からなっていて、生理学的には、興奮とそれに伴う脈搏増加、血圧上昇、発汗、局部の膨張と充血、脳波の奇妙な変化、などが観察され〉るにすぎない動きなのだが、痛いほどに握り締めて離さない鈴の柔らかな手の、五本の指が何度も何度も根元から先端へと搾り取るように這い回り、出るりんねえ出るよ出ちゃうよ、このまま出していいぞ理樹、〈その瞬間、目がくらむような快感のうちに身動き一つできぬまま激しく射精して〉鈴のてのひらの中で震え、しゃがみ込む鈴の下半身に白く粘ついた液体がべっとりとたくさんたくさん降りかかり(〈あの波がしら、あの蒸気船、あの湿った綱、あの白い壁、あの髪、あの日傘、あの扉、あの噴水、あの手袋〉、〈あの声、あの身振り、あの空、あの水、あの炎、あの老眼鏡、あのペン先。そしてあの長方形、あの円運動、あの直線〉、〈あの美しい畸形の怪物たち、あの過激なる現在〉も降り注ぎ)、両腿の間に挟み込まれて捲れ上がったタータンチェックのスカートや、太腿を甘美に覆う白と桃色のメリヤス編みのオーバーニーソックスにじっとりと染み込む粘液を、指のはらでたっぷりとすくい取った鈴が下着を着けていない自分のブラウスの胸元に幾重にも幾重にも塗り重ねるので、透けた布地が鎖骨や乳房やみぞおちにぴったりと張りつき、理樹、理樹、理樹、と自分と瓜二つの双子の弟の名前を酩酊したように繰り返し呼び、どーしてお前はあたしなのにお前なんだ、どうして鈴は僕なのにそこにいるのと二人でわけのわからないことを言い合って、酔い潰れて目覚めて居酒屋を出るともう、終電の時刻を一時間以上も回っていたのだ。電信柱を抱き枕にして寝入った鈴を背負うと理樹は歩き出した。自分にとって鈴がどんな存在なのか、だいぶ前からよくわからないのだった。〈下等生物が重なり合って、細胞液をひとつに融け合わせ循環させるような暮らし〉をずっと続けている気がするし、別れ話を切り出す雰囲気になったことも一度や二度ではないのだが、不思議と片時も離れたくはないと思うのはたぶん〈未練などというものではない。そんなやさしい余情さえ、とうに搾り取られていた。ただ、お互いに馴染みすぎた者どうしの濃い羞恥が残って、このまま別れてしまうと自分の片割れが、恥ずかしい片割れが自分から離れて一人で歩いていくのを、どこまでも想像で追ってうなされそうな、そんな不安に苦しめられていた〉だけだった。要するに、鈴のことがどうしようもなく好きなのだと思う。鈴、と呼びかけてみると、うみー、と返事が返ってきた。うみーってなんだ、うみーって(海?)。
〈もう、ずいぶん長いこと歩き続けているのだが――かなり長いこと歩き続けている。どれくらいの時間が経ったのか、正確には、むろん、わからないけれど――河口近くの橋の半ばまで来た時に、ようやく夜が終わりかけようとして〉おり、明るさと暗さの入り混じる夜明け前の空は〈すべてがクレゾール液に沈んでしまった世界〉のよう、〈誰もが知る様にクレゾール液は透明ではないのだが、ドラム缶に満たされた青く透明なクレゾール液の中に沈められ、空を見せられながら溺れ死んでゆく〉かのようだった。入院している時どこからか香るクレゾール液の匂いが、よくそんな悪夢を運んできたのだ。〈クレゾール液の匂い、奇妙な艶めかしさと鉱物質の揮発性が一緒になったようなあの具体的な匂いと肌触り……〉と呟いて立ちどまった。ひとを背負って歩くのに疲れたのだった。無人の公園に立ち入って、目覚めそうにない鈴の体を木製のベンチに横たえた。〈幅も奥ゆきもしかとは見定めがたいものの、一般的な居住空間に比してかなり広いことだけは察知される室内に据えられたソファー。暖かみを帯びた水色か、象牙色? たとえ長時間身をゆだねていたとしても(むしろ時間に反比例した希薄さで)、一場の記憶からは真っ先に消え去ってしまうようなともかく落ち着いた色合いの、そのゆったりとしたソファーのうえ〉に横たわった鈴の着る、〈肌がほんのり透けるほどに薄いオーガンジーを基調にし、付属品は黒革とアルミニウム〉で、〈ウエスト脇はコルセットをイメージした編み上げとなっ〉た〈漆黒のサマードレス〉の肩に手をかけると、白熱した電灯の下、〈光輝き、爆発し、炎をあげて燃えている太陽があるのと同様に、そして植物の花々自身も光輝き、炸裂し、花弁の束の間の火災で大地を美しくするのと同じに、炎で覆われるごとく髪で覆われて光輝いている〉鈴の顔に唇を寄せ、口を塞がれながら鈴は、だめだ理樹、お願いだから、と懇願して妹の、〈清楚なフリルが開いた襟周りに奢られた、ごく淡いブルーのワンピース〉のみぞおちの辺りを力なく押し返すのだが、大丈夫だよお姉ちゃん、ボクが優しくしてあげるから、大丈夫、と言うと、髪を結んでいた〈控えめな白のバックリボン〉で理樹は、鈴の両手首を頭の上で軽く縛り上げるので、サテンのリボンのほどけた理樹の長い長い髪が首筋、肩口から水の零れるように零れ落ちて鈴の頬に触れ、その感触に鈴は喘ぐように息を吐き出し、また吸い込んで、薄手の黒いサマードレスの胸元を押し上げる。
鈴は弱々しく、な、なにするんじゃぼけー、と妹に言った。嫌だったら抵抗していいんだよ、そんなリボンすぐほどけるからね、と理樹は嬉しげに告げ、姉が手首を縛られたまま泣き出しそうな顔で身じろぎ一つしないのを見て、そっか、お姉ちゃんそんなにボクにしてほしいんだ、はずかしいことしてほしいんだ、う、うっさい、変なこと言うなあたしの妹のくせに、妹にこんなことされてよろこんでるなんて、お姉ちゃん本当に変態さんなんだね、鈴の体の上でファスナーを下ろした空色のワンピースを、太腿や脇腹、腋の下のまるい窪みやふくらみかけの胸に麻の布地をくすぐったく擦りつけながら脱ぐと、下着も着けていない体を姉の前でさらし、鈴は全身が紅潮して酷く熱く、下半身に妹の体重を感じつつその幼い裸体を見上げるのだが、白い光に〈照らされた毛は絹のように滑らかで、上質のマントのように背中まで垂れてい〉て、〈首から鎖骨、それに肩にかけては稀代の芸術家が彫り上げた聖母の像のように美しいラインを描き、しなやかな腕は氷の彫刻のようだった。そして、それら無機質に感じられるほどに美しい体の中ほどにある二つの控えめな乳房が妙にイキモノ臭さを匂わせていて、ぞっとする魅力の中に温かさを宿してい〉る理樹の体が覆いかぶさってきて首筋から頤、唇までを舌が這い回るとその度に鈴は声を艶めかせ、理樹に捲り上げられるサマードレスの裾が、脚のつけ根や下腹を流れて胸まで昇り、脇腹に沿って落ちると露わになった下半身の、下着の紐がはらりはらりとほどかれて、〈暖かみを帯びた水色か、象牙色? たとえ長時間身をゆだねていたとしても(むしろ時間に反比例した希薄さで)、一場の記憶からは真っ先に消え去ってしまうようなともかく落ち着いた色合いの、そのゆったりとしたソファーのうえ〉で弟の体にまたがった鈴はブラウスのボタンをすべて外しているので、〈胸から腹へと辿る天性の自然な括れは、柔らかなままに弾んだ力をたわめていて、そこから腰へひろがる豊かな曲線の予兆をな〉すのが理樹には見え、〈光りから遠く隔たったその腹と腰の白さと豊かさは、大きな鉢に満々と湛えられた乳のようで、ひときわ清らかな窪んだ臍は、そこに今し一粒の雨粒が強く穿った新鮮な跡のようで〉、〈影の次第に濃く集まる部分に、毛はやさしく敏感に叢れ立ち、香りの高い花の焦げるような匂いは、今は静まってはいない体のとめどもない揺動と共に、そのあたりに少しずつ高くな〉るのだけど、もうどちらのものなのかわからないねっとりとしたシロップのような蜜(太腿の内側を幾筋も幾筋も伝い垂れて白と桃色の縞のオーバーニーソックスをべっとりと濡らしている)にまみれた互いの性器を頻りに擦り合わせながら、このままだと中に入っちゃうぞ、最後までやっちゃうぞ、理樹はあたしの弟であたしは理樹のお姉ちゃんなのに、双子なのに、近親相姦だ、なあ理樹こんなのだめだよなやめようか、と理樹の耳たぶを噛んだり舐めたり、指を一本ずつしゃぶったりしながら囁き続けるので、理樹はいつまでも焦らされるままで、鈴姉僕もう無理だよ、我慢できないよお願い、だめじゃないかさっき手でしてあげたばっかりなのに、そんなにお姉ちゃんのがほしいのか、うんほしいんだ鈴姉がほしいんだ、姉弟なのに双子なのに近親相姦なのにそんなこと言うなんて理樹はいけない子だな、うっすらと汗ばんで肌に吸いついた青と白の縞模様の下着(何週間か前、買ったばかりでまだ履いていないその下着とオーバーニーソックスを鈴に見せ、お揃いなんだ、と理樹ははずかしげに頬を染めていた)に指先を這わせると、口を塞がれた理樹の身体がびくりと動き、鈴の喉に息が熱く流れ込み(無数の虚構が、世界が、言葉が、ものがたりが流れ込み)、あるかなきかの毛の生え際を鈴が指先で撫でるので、理樹は鈴の体の下から逃れるように体を動かし、甘い息を吐き、鈴、鈴、そんなところ触られたらボク、〈その大きな黒眸がちの眼が、ひとりでに一層大きく張りを持ってきて、赤く充血するとともに、さっと露が潤んでくる〉のがたまらなく可愛いのだが、理樹の体を包む白いだぼだぼのセーターの裾を、胸元まで引っ張り上げて左のてのひらでブラウス越しに乳房を包むと、骨ばったところのなく〈すんなりと伸びて、白いところにうす蒼い静脈の浮いているの〉が綺麗なルームメイトの手の、温かな感触に理樹は深く深く、喘ぎ出す。
〈二人の舌は相手のなめらかな口の中の隅々までたしかめ合い〉、生まれた時から二人はずっと双子として〈ハープの弦や絞首台のロープみたいに、ぴんと張られている〉何かによって〈結びつけられ、拘束されてい〉て、それはまるで〈自分の体がどうなっているか、自分のいろんな部分やさまざまな匂い、自分のあらゆる衝動まで、まるで内側から見ているように、知り尽くしている人間がもうひとりいる〉みたいで、〈そんな状態に置かれているのは、なんだか淫らなことのような気が〉確かにいつの頃からかしていたのだが、鈴は弟の髪を片手で〈弄びながら、片手でしずかに美しい顔を撫で、目の赴くところに一つ一つ接吻した。富士額のしずかな冷たい額から、ほのかな眉の下に長い睫に守られて閉じている目、形のよい鼻のたたずまい、厚みの程よい端正な唇のあいだからかすかにのぞいている歯のきらめき、やわらかな頬と怜悧な小さい顎〉、喉仏の見えない〈白い咽喉元を、何度も強く吸ってほの赤くしてしまった。唇に戻って、唇を軽く圧し、自分の唇をその唇の上に軽い舟のたゆたいのように揺れ動かした。目を閉じると、世界が揺籃のようにな〉り、恥部同士がぐちゅぐちゅと擦れ合って熱く、りんねえ僕だめこのまま出ちゃうよ、ああお姉ちゃんももう我慢できないぞ、入れようか入れちゃおうか、双子の姉弟なのに入れちゃおうか、どうしよう鈴、女の子同士なのに気持ちいいの、こわいよボクこわい、大丈夫だこわくないぞ理樹、鈴は理樹の水色と白の縞模様の、濡れて白い部分の殆ど透明に透きとおった下着を膝元まで引き下ろすと、泣きそうな表情をした理樹の下半身にかがみこんで頬ずりしながら、理樹のここ、いい匂いがする、と言って、頬を真っ赤にして両のてのひらで顔を覆い隠す理樹は、はずかしいよ、ボクのそこなんて、いい匂いなんかするわけないよと言うのだがしかし、本当に陶然とする匂いなのだ。顔を近づけ、頬を押し当て、舌を這い入らせるたびにそこは〈乾草の匂ひ〉、〈獣が寝たあとの、石の匂ひ〉、〈鞣革の匂ひ〉、〈篩ひ立ての小麦の匂ひ〉、〈薪の匂ひ〉、〈朝毎に来るパンの匂ひ〉、〈くづれた土塀に沿うて咲いた花の匂ひ〉、〈木苺の匂ひ〉、〈雨に洗はれた常春藤の匂ひ〉、〈夕暮れ時に刈り入れる灯心草と歯朶の匂ひ〉、〈柊の匂ひ〉、〈蘚の匂ひ〉、〈生籬の蔭にある実り了って枯れた、黄いろの草の匂ひ〉、〈野芝麻とえにしだの匂ひ〉、〈苜蓿の匂ひ〉、〈牛乳の匂ひ〉、〈茴香の匂ひ〉、〈胡桃の匂ひ〉、〈よく熟れて摘みとられた果物の匂ひ〉、〈花を一ぱいにつけた時の柳と菩提樹の匂ひ〉、〈蜂蜜の匂ひ〉、〈牧場の中を流れる生命の匂ひ〉、〈土と川の匂ひ〉、〈いろごとの匂ひ〉、〈火の匂ひ〉を漂わせる。さまざまな匂いと言葉はそうして溢れ返っては消え去り、また別の方向から流れ込んでは引いていくのだし、〈架空の、不断に書き換えられつづける砂鉄の図〉は〈一陣の風が訪れればすべて散り消え、次には違うかたちを結ぶものでしかない。あらゆる書物は「どこにもない書物」であり、空っぽの鞄、消え去る記憶のメモ書きにほかならないのだ〉が、しかしものがたりはきっと、


ものがたりはきっと水のように流れ込んでくる。〈いったい言葉は、水と、いかなる遭遇を演じてみせることができるのか〉は定かではないけれど、たとえば〈枕辺の洗面器の水面が、壁にかかった垂直の鏡の面を反映して互いに光りあって〉いたり、〈死者たちは、濃褐色の液に浸って腕を絡みあい、頭を押しつけあって、ぎっしりと浮かび、また半ば沈みかかってい〉たりするように、〈前日の猛だけしい雨が舗道をひびわれさせ、その鋭く切れたひびのあいだを清冽な水が流れ、河は雨水とそれに融かされた雪、決壊した貯水池からの水で増水し、激しい音をたてて盛りあがり、犬や猫、鼠などの死骸を素晴らしい早さで運び去って行った〉が、遠くに輝くものの正体は〈何万匹とも数の知れない、薄羽かげろうの屍体〉で、〈隙間なく水の面を覆っている、彼らのかさなりあった翅が、光にちぢれて油のような光彩を流してい〉たのだし、〈顔に張り付いた髪の毛、そしてじっとりとしめった衣服のあちこちから、ボタボタと〉汗を滴らせる鈴を、自分の汗ばんだ裸の胸とお腹に吸いつかせるように背後から抱え上げる理樹の、成長しきっていない乳房が鈴の背で柔らかに潰れて先端が擦れると、理樹は〈手の幼いふくらみ、しかもその指、その掌の清潔で細緻な皺、頬にふりかかった断髪のいさぎよい漆黒、その鬱したほどに長い睫〉を震わせて甘い溜息を吐き出すのだが、二つの乳房の上まで捲り上げられた鈴のサマードレスが自らの重みでお尻の側に流れ落ち、理樹は鈴の首筋に鼻先を埋めて、くすぐったい……と儚げな声で鈴が言ったその唇の、少し乾いているふっくらとした柔らかな肉質をなぞり、〈歯ならびをさぐって、唇のあいだをたどっていった。二度三度行きつもどりつした。唇のそとがかわき気味だったのに、なかのしめりが出てきてなめらかになった。右の方に一本八重歯があって〉理樹が〈親指を加えてその八重歯をつまんでみ〉ると、ひゃめろあにふるんら、お姉ちゃんの八重歯可愛い、目覚めると背凭れに寄りかかって眠る理樹が足もとにおり、居酒屋で飲んでいた筈なのにどうして公園のベンチで寝ているのかよくわからないが、とりあえず鈴は理樹を起そうとするものの、うみーと寝言を言うばかりで起きる気配がなく、うみーってなんだ、うみーって(海!)。仕方ないので鈴はその軽い体をおぶって歩き出し、〈もう、ずいぶん長いこと歩き続けているのだが――かなり長いこと歩き続けている。どれくらいの時間が経ったのか、正確には、むろん、わからないけれど――河口近くの橋の半ばまで来た時に〉あの朝焼けを見たのだった。東の空に眼をやると大きな大きな太陽の輝きが眼に映り、〈ほとんど白熱の塊のよう〉なその〈光の粒は、一つひとつ爆発しそうな熱をもって眼窩の奥深くへ、脳髄へと達して集まり、溶け合い、共振しながら、種々の神経や物思いの層を溶かしだしていくように感じられた〉のだったが、その時鈴は背に負った理樹の存在を強く強く感じ、二人で一緒に、他に誰もおらずたった二人だけで一緒に過ごしてきた日々のことを泣き出しそうになって思い返し、〈生物が生きるのに必ずしも必要でない感情や言葉の、大部分を溶けださせた後に残る生命の明快さといったことを考え、そんなものこそ幻想だと言う理性もいま少しで蒸発しそうだと感じながら、少なくとも今よりは身軽で透明であるに違いない地平を当てもなく待ち望ん〉でいたのだ。なあ理樹、そろそろ起きろ。重たくなってきたぞ。
さあお姉ちゃん我慢してないで、と言って理樹は鈴の〈腿を内側から支え〉、黒く艶やかなサマードレスの裾を前歯でくわえさせられた鈴は、自分の体を持ち上げている妹を恨めしげに見上げて、こんな格好はずかしい、と言いたいのだけど言えず、お姉ちゃんの〈腿を内から支えて、さしてあげたい〉ってボク昔から思ってたんだよ。だからボク〈させてあげるよ。ほら、いいんだよ。いやいやをする少女のように首を振〉る鈴の抱えあげられた素足は〈拇指から起って小指に終る繊細な五本の指の整い方、江ノ島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、珠のような踵のまる味、清冽な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢〉、すべてがまるで宝石のようで、〈ととと、と可愛らしい音を響かせて、縮れ毛の狭間から女の水脈が、体の外にゆるやかな弧を描〉き始めるのだが、お姉ちゃん、お姉ちゃんのおしっこが飛んでるよ、もっと遠くに飛ばさないと服にかかっちゃうよ、〈ちょろちょろという水音がだんだん勢い激しく高くなってき〉て、顔を真っ赤に染めて二の腕で両眼を覆い、りきひゃめらみるらみらいでとサマードレスの裾をくわえながら言い続ける姉の脚を、理樹は大きく広げ、鈴が舌で柔らかなふくらみを押し上げ続けると〈ジョボジョボと下品な音がした。ついに我慢を超えたらしく、勢いのある放水が両脚の間から噴出していた。羞恥心に苛まれて〉理樹が、だめだよう見ないで見ないでよ鈴、と涙目に言うのを全く聞き入れずにその〈熱いしぶきを浴びながら、じっと身をかたくして幸福に酔っていた〉鈴は理樹の失禁がとまると、びしょびしょに濡れた匂い立つ黒地のジャケットを脱ぎ、襟からお腹にかけて温かな液体に濡れそぼったブラウス(絞れるほどに湿ったリボンの下に、桃色の下着の波模様が透けて見えている)を、ごめんなさい許して許してようと言い続ける理樹の胸に押しつけてしなだれかかり、理樹の太腿の半分以上を覆う水色と白のボーダーのオーバーニーソックスにべっとりと、水蜜桃のように滴る染みを指先でなぞって、気持ちよすぎておもらししちゃったのか、可愛かったぞ理樹、ふえぇぇはずかしいよ鈴いじわるだよ、そうだあたしはいじわるなんだ、だからこれから理樹にもっともっと、たくさんいけないことしちゃうんだ、理樹の耳元で囁かれたその言葉と共に〈あの波がしら、あの蒸気船、あの湿った綱、あの白い壁、あの髪、あの日傘、あの扉、あの噴水、あの手袋〉、〈あの声、あの身振り、あの空、あの水、あの炎、あの老眼鏡、あのペン先。そしてあの長方形、あの円運動、あの直線〉、〈あの美しい畸形の怪物たち、あの過激なる現在〉も降り注ぎ、溢れるものがたりの海(うみー)はしかし遥かに遠く、だから〈何はともあれ、わたしたちの畑を耕さねばな〉らないのかもしれず、理樹を背から下ろして玄関の脇の壁に寄りかからせてポケットを、あれ、ないぞ、うーみゅ落としたかな、などと呟きながら探っていると、理樹が目覚めたのでおはようおはようと挨拶し、ようやく発見した鍵を銀色のノブに差し込んで左に回すのだが、やっと帰れたね、そーだな、扉を開けて鈴と理樹は、


[No.284] 2009/07/25(Sat) 00:04:12
世界の片隅にある森のそのまた片隅の誰も見てないような木の根っこの穴の中だって物は落ちるんだ! (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@6,092バイト 今日のしゅさいは牡蠣だった

 鈴が泣いていた。真上から降る街灯で鈴の影が黒く地面に落ちていた。その横にアジサイが咲いているけれど、時期どおりなのか時期はずれなのか微妙に分からなくてガッカリした。なぜガッカリしたのかはよく分からなかった。
「だからもう一度言うけどさ」
 噛んで含めて僕は言う。
 もうこの夜で、何度同じ言葉を口にしただろうか。
 鈴はワンワン泣きながら電信柱を抱きしめ続けていて、僕のことなど忘れているようだった。鈴なのにワンワンと泣いてるのがなんだか釈然としなかったけど、でも僕には鈴が僕の言葉に耳を傾けているのが理解できたので言葉を継ぐ。
「学校の地下には間違いなく巨大なラビリンスがあって、そこで僕は昔大冒険を繰り広げたことがあるんだよ。これはもう論理的に正しいと証明してて、なのになんで鈴は認めようとしないの?」
 それが僕には分からない。目を瞑れば今でもコルトのマルズフラッシュが思い出せるんだよ?
 目を瞑る。まぶたの裏に鮮烈な、いろんな色の光が飛び跳ねていた。
 ウコンの力を一息に呷る。ニューデイズで199円なり。なんだ199円って。だって200円出してすっきり帰りたかったのに、呼び止められて一円玉を掴まされる身になって欲しい。店は1円損、僕は1円分以上のカロリーを損。卸売業者も多分損。誰が得してるって誰も得してない。やっぱりローソンに限る。
 そうローソンの話だった。
「ねえ鈴、聞いてる?」
「聞いてない! あたしは聞いてないぞ!」
 鈴は泣き続けていた。僕はその背中が無性にいとおしくなって、両腕でガッチリ抱きしめた。鈴は僕と電信柱に挟まれてうめき声を上げ、ぐったりと地面に崩れ落ちた。僕は力を失った彼女の身体をいつまでも抱きしめ続けていた。光の輪の外には延々と暗闇が続いていた。僕は泣いた。
「なんで分かってくれないのさ」
 鈴が身体をよじって、僕の首に弱々しく腕を回してきた。
「本当に、僕は戦ったんだよ」
 いや、鈴は首に手を回したのではなかった。火照った頬に鈴のひんやりとした手が添えられ、前髪がかき上げられた。
「ホントにそうだとしても」
 潤んだ瞳を震わせながら、僕の目を覗き込んでくる。
「あたしの前で、他の女の話とかするな」
 その声があまりに切実な響きに思えて。
 僕は思わず吹き出してしまった。
「ばかだね、鈴」
 こつん、と二人のおでこが触れ合った。鈴の後頭部が電信柱にぶつかって、鈍い音を立てた。
「りき……っ!」
 飛び上がるように、鈴が抱きついてくる。その身体をしっかりと抱きとめる。
 そして僕は座布団に座って半脱ぎの鈴を膝に置いたままテレビを見ていた。僕は全裸だった。はて?
 しんしんと降り積もるような寒気が部屋に満ちて僕を包み、鈴の温もりだけが僕を繋ぎとめているような錯覚をした。完全に錯覚だった。敏感な臀部に座布団のザラつきがなんとも言えなかった。テレビではNHK高校講座が始まろうとしていた。「高校物理 運動に関する探究活動」。
『高校講座、物理へようこそ!』
 お姉さんの声がする。あ、いえ、どうもお招きありがとうございます。最近はアナウンサーも美人揃いになったなあ。アナウンサーなのかどうかは知らないけどさ。
 本日の講師は、どこぞの県立高校の能美クドリャフカ先生であるらしかった。
「はあん?」
 思わず変な声が出た。つい膝に置いた鈴の頭を揺さぶってしまう。
「やめろウザイ!」
 腰骨の薄いところを殴られて大いに痛かった。鈴は頭痛ですぅといったように頭を抱えて床に転がり落ちて動きを止めた。
 テレビでは簡易な天体模型? かなにかの向こうに、そこはかとなく緊張した面持ちの若い女性が座っていて、なるほど、言われてみれば確かにクドのようだった。
 それで高校時代の積もる話を思い出したんだけど、さっき怒られたばっかりだったから黙っておいた。鈴は全身を使って頭を抱えようとしていた。
 僕は立ち上がって、鈴の足首に引っかかっていた僕のパンツをとり、足に通した。そうして冷蔵庫から鈴の缶チューハイを失敬して口を付ける。居間に戻るとクドが高校生となにかの実験をしていた。
 重力加速度が〜
 落体のなんとかが〜
 僕が馬鹿なせいというのが全てではないと信じたいんだけど、もはやチンプンカンプンだった。クドは失望するに違いない。
 黒板になにか図を描いては、変わらない丁寧な手つきで綺麗にチョークのあとを消していく。
 クドに告白されたのは2年の秋口だった。詳しいやり取りは覚えてない。クドの頭の向こうに体操服の女子がちらと見えたことくらいだった。卒業後の進路については誰の口からも耳にしなかった。
 運動の法則なんて、少なくとも僕は一切使わないで今過ごしている、という気がする。
 果たしてあの時間にどんな意味があったんだろうね? というのが問題になってるとか。だけどこうして見る限り、クドにとっては無駄ではなかったのかもしれない、と思うけど、実際のところは尋ねてでもみないかぎり分からなかった。
 鈴が寝返りを打つ。よだれが派手にこぼれて下のまぶたを掠めていた。僕は手近にあった靴下でその跡をそっと拭った。
 角運動量がどうの、という解説が聞こえてきたので、視線を上げると、生え際の寂しい男性がいやに嬉しそうな顔をしてトークを繰り広げていた。
 さて僕はここにきて不思議に思うんだけど、クドの告白を受けていたらどうなったのかな、と。最初に思いついたからそんな例なんだけど、例えば恭介に言われたとおりプロ野球選手を目指していたら、とかそういうことでも別に構わない。
 クドに当てはめてみれば、先生でなくとも技術者であるとか、なんたら宇宙センター職員であるとか、いろいろあった訳で、あの時間があったからこそ悪い方向に進んでしまったということも十分に考えられる。缶チューハイにしてはアルコール度数が高い。含有量か? 8パーセント。それでも僕はウコンの力を信じてる。
 寒くなったのか、人恋しくなったのか、鈴が僕の方へ擦り寄ってきた。鈴の顔は当たり前だけど標準的な寝顔であって、嬉しそうだったとか影が落ちていたとかそういうことはない。
 そのほっぺたに手を添える。あったかい。鈴はむず痒そうに身体をくねらせる。扇情的だなあ、などと他人事のように考える。
 その肢体は視界の片隅に置いておいて、だ。
 鈴の寝顔を眺めつつ別の女の子のことを考えるというのは、やっぱり怒られるべきことなんだろうなあ、と思った。
 鈴の頭が膝に乗っていて、立ち上がるに立ち上がれない。僕はそろそろ眠いし、それ以上にトイレに行きたい。
「ねえちょっと、どいてくれない?」
 優しく言葉をかけてみるけど、鈴は意地になったのか、僕の腰の裏側に思い切り爪を立ててしがみつく。ちょー痛い。
 痛みで我に返るってことがあるのかどうか分からなかったけど、一瞬部屋の惨状が目に映って、すごく気力が萎えた。我慢して寝てしまおうか、と考える。
 そろそろこの部屋も狭いだろう。
 そんなわけで、上半身を倒して、床に落ちていたアパートなりの情報誌を拾い読みした。テレビの明かりだけだから、ちょっと目が痛い。
 ところどころの物件の、「ペット可」に赤丸が付いている。そのうちから、いくつか勝手に見繕う。できれば、広い部屋。7、8人入れるような部屋だったらいいかもしれない。都内じゃ無理だろ、たぶん。


[No.285] 2009/07/25(Sat) 00:11:40
鈴のつゆだく 指つっこんでかき混ぜて (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@16765 byte



 塗装が剥がれて鉄筋がむきだしになった階段を駆け上がった。雨がぽつぽつと降り出したところだった。直枝理樹は上着を脱ぎながら、短い廊下を歩いた。右手にはコンビニエンスストアのビニール袋があった。二階建ての古いアパートだった。今、彼は棗鈴と共にそこで暮らしている。もう数年になる。
 鍵を開け、玄関で靴を脱いだ。鈴は床に寝転がり、ビデオカメラを天井に向けていた。周囲には8mmのカセットテープが無数に転がっていた。理樹はただいまと言いながら、台所へ向かった。細切れにされた野菜や肉が散乱していた。コンロに置かれた鍋には薄い色の液体が入っていた。理樹はそれに小指をつけて舐めた。ただ塩辛いだけの水のように思えた。理樹は無言で、それを流しに開け、そこらに散らばっている肉や野菜を処分していった。
 台所を片付け終えてから、鈴の元へ向かった。台所とたった一部屋、それが二人の全てだった。コンビニ弁当を出し、箸を割った。弁当はもう冷めてしまっていたが、構わなかった。鈴がのそのそと身体を起こし、おかずを適当につまんで食べた。理樹はそれを咎めず、鈴が残したものを胃袋に収めていった。
 食べながら、テレビの電源を入れた。ブラウン管の古いテレビだった。ニュース番組が映し出されたが、色合いが歪んでしまっていた。青が強くなっている。調節をしようとテレビに這い寄ったとき、ぱらぱらと窓を叩く音が聞こえた。理樹は一瞬そちらを見やった。降り始めた雨の音が、はっきりと聞こえるようになっていた。
 食事を終えた理樹はプラスティックの容器を片付け、台所で水を一杯飲んで大きく息を吐き出した。生温い水だった。鈴はちゃぶ台を片付け、カセットテープを部屋の隅へよせてから風呂場へ向かった。テレビはつけっぱなしだった。鈴がシャワーを浴びている間、理樹は布団にうつ伏せになり、テレビの画面を見つめていた。
 頭にタオルを巻いたままの恰好で出てきた鈴と入れ替わるように理樹は浴室へ向かった。鈴の匂いが残っていた。理樹は服を脱ぎ、浴槽の縁へ腰を下ろした。鈴が入った後の、熱が立ち込めた浴室が彼は好きだった。
 鈴はパジャマに着替え、布団を敷いた。着替えたといっても、理樹が着なくなった長袖のシャツを着ただけで、下半身は下着のみという姿だった。テレビをつけっぱなしにしたまま横になり、またビデオカメラのファインダーを覗いた。浴室から出てきた理樹は頭を拭きながら、彼女の隣に座った。はねた水滴がレンズに付着した。鈴は何も言わずに手を伸ばし、理樹の腰の肉をつねった。
 反射的に振り返った理樹はむっとした表情の鈴と視線を交わした。彼女はパジャマの袖でレンズを拭いているところだった。ちょうどパジャマの裾がへそのあたりが露出していた。理樹はタオルを離し、彼女の腹部へ手を伸ばした。指先でそこをくすぐると、苛立ちを含んでいた彼女の表情は見る間に崩れ、とうとう堪えきれずに噴き出した。
 理樹は腹の部分に手を這わせ、肌に指を添えていた。指先を小刻みに動かすと、鈴はいやがるようにその手を払おうとした。しかし彼女に半ば覆いかぶさる姿勢になっている理樹は明らかに有利だった。鈴は理樹の膝を蹴っ飛ばした。バランスを崩した理樹は鈴の真横に仰向けに倒れた。すぐに顔を回した。目の前に鈴の顔があった。二人はしばらくの間、微動だにしなかった。ただ見つめ合っていた。
 そして唇を重ねた。すぐに舌と舌が絡み合った。どちらともなく始めた行為だった。鈴はビデオカメラを離し、理樹の後頭部に手を回した。そしてわざと自分に顔を押し付けるように力を込めた。理樹は驚いて目を見開いたが、すぐに表情を緩め、唇を離した。代わりに額を額にこつんとあてて、鈴が瞳を開くのを待った。
 少しだけ涙ぐんだような目だった。しかし彼女は柔らかく微笑んでいた。理樹は顔を離し、彼女のパジャマを脱がした。白い裸体に手を伸ばす前に、理樹は室内の灯りを落とそうと彼女に背を向け、蛍光灯から垂れ下がっている紐に手を伸ばした。鈴はそのときを見逃さなかった。身体を伸ばした理樹に後ろから両手で抱きつき、そのまま仰向けに倒れようとした。それはちょうど理樹が紐を掴んだ瞬間だった。理樹は鈴の力に身を任せたが、紐は握ったままだった。紐がぶちんと切れると同時に、室内の光が消えた。雨がガラス戸を強く叩いていた。いつの間にか、雨は本降りになっていた。


 スクリーンセーバーがブラウン管のモニターをぼんやりと漂っていた。机に置かれていた給与明細を見つめながら、理樹は指先でマウスをこつこつと叩いていた。かたわらに設置された電話機に目をやった。社員番号と『ログインチュウ』の文字が光っていた。電話機から伸びているコードは理樹の耳元へつながっていた。ヘッドセットは、最初は窮屈に感じたものだったが、今ではすっかり慣れてしまっていた。
 終業のベルが鳴った。理樹はヘッドセットを外し、パソコンの電源を落とした。それから立ち上がって、周囲を見渡した。その部屋には理樹がいたようなパーティションがいくつもあったが、他に人はいなかった。理樹は電気を消し、鍵をかけてから部屋を出た。歩き出そうとしてふと立ち止まり、強化ガラス越しにその室内を覗き込んだ。そこは『お客様センター』と呼ばれていた。今は真っ暗だった。八時三十分から十八時まで、理樹はそこで電話を待っている。
 エレベーターホールの脇にある階段で一階まで下り、警備員室に寄った。受付のガラス戸は半分ほど開いていたが、呼びかけても反応はなかった。理樹は手の甲でガラス戸を叩いた。しかしやはり反応は一切返ってこなかった。理樹はガラス戸を完全に開け、そこから警備員室に忍び込んだ。鍵を返したいだけだった。外側からはちょうど死角になっている、警備員が座っていればちょうど膝くらいの位置に鍵を収納するケースがあった。理樹はそこのフックに鍵を引っ掛け、警備員室を後にした。
 アパートまではオートバイで三十分くらいだった。理樹はヘルメットを外し、空を見上げた。雨が降り出しそうだった。赤信号で停止したとき、電気店が目に入った。量販店ではなく、個人営業のこぢんまりとした店だった。理樹はバイクを止め、店の前に立った。入口のドアのガラスはすでに破られていた。脱いだ上着を右腕に巻きつけて、枠に残っていたガラスを地面に落とした。
 内部は暗かったが、辛うじてカウンターの場所を把握することができた。カウンターの裏側に回り、懐中電灯を探した。すぐに見つかった。ブザーやカラーボールといった防犯用の道具といっしょに置かれていた。理樹は懐中電灯で店内を照らした。多くの棚は倒れ、ほとんどの商品は床に散乱していた。理樹は口元を押さえた。ひどくほこり臭かった。
 目に止まったのはビデオカメラだった。8mmのテープで録画する機種だった。理樹はそれを箱から出し、すぐに構えてみた。電池がないためにファインダーの向こうは真っ暗だった。箱に入っていた充電池を挿入し、アダプタのコードをつないだ。コンセントはレジの裏にあった。充電している間、8mmのカセットテープを探した。それはほどなく見つかった。カウンターに数個置き、よじ登ってそこに横になった。店内では、そこがいちばんマシだったからだった。電気のついてない電球を眺めている内に、彼は瞳を閉じた。
 短い電子音が静寂を貫いた。理樹は驚いて飛び起きたが、単に充電が完了しただけだった。腕時計を確認した。二時間くらいが経過していた。理樹はカセットテープをバッグに入れ、ビデオカメラを片手にその電気店を出た。
 アパートに戻る前に、近所のバーに寄った。そこはオカマバーだった。理樹は店の前にバイクを止め、ビデオカメラを構えたまま店内に入った。ファインダー越しに見えるのはきらびやかな照明だった。
「あら、理樹じゃない。ひさしぶりね!」
 宮沢謙吾がオカマになったのは三年前のことだった。最初はバーテンとして雇われたのだったが、当時店にいたオカマが一人、また一人といなくなっていき、バーテンとオカマを兼ねなくてはならなくなった。やがて店が若いバーテンを雇ったため、謙吾はオカマ専業という形になった。その頃には、彼の大部分はオカマになっていたから、特に問題はなかった。
「どうしてたの? 来てくれないと寂しいじゃない」
 理樹は苦笑いを浮かべ、カウンター席に座った。さほど大きな店ではなかった。カウンターには七席、他にテーブル席がいくつかあった。それだけのものだった。
「そのカメラ、かっこいいわね。小さなカントクさん」
 カクテルを作り始めた謙吾を尻目に、理樹は店内の様子を撮影した。説明書をろくに読んでいなかったから、一応テープは回っているようだったが、実際に撮影できているのかどうかはわからなかった。
 カランと音がした。一人の客が店に入ってきていた。男は椅子を一つ隔てた隣に座り、一瞬理樹をぎろりとにらんだ。それから「ビール」と言った。謙吾は愛想笑いを浮かべながら、瓶ビールの栓を抜き、男の前にグラスと共に置いた。男はグラスにビールを注ぎ、ひといきで飲み干した。それから「つまめるものないか?」と言った。
 謙吾は「ちょっと待ってね」と言いながら、男に背中を向けてしゃがみ込んだ。冷凍のフライドポテトが足元のケースに入っていたのだった。男はビール瓶を手に取り、中身を床へぶちまけた。カウンターが邪魔をして、その音は謙吾まで届かなかった。男はカウンターへ身を乗り出し、身体を伸ばして謙吾の後頭部を瓶で殴った。ごん、という音がした。謙吾はその場にうつ伏せに倒れた。男はカウンターの向こう側へ飛び降り、謙吾に馬乗りになってもう一度殴りつけた。今度は瓶が割れ、謙吾の頭部から血が吹き出した。男は返り血を拭いながら、またカウンターを乗り越え、店の外へ姿を消した。理樹はビデオカメラを置いた。
 肉眼で見えるのはバーの廃墟だった。理樹はカウンターを挟んで向こうにある棚からウィスキーのボトルを一本手に取った。そこに並べられている酒瓶はもうほとんどが空になっていた。足元には茶色く変色した血の跡がこびりついていた。理樹はウィスキーボトルをバッグに放り込み、ビデオカメラを持って、そのバーを後にした。


 薄目を開けた時点で、雨が降っていることがわかった。匂いが違っていた。水の匂いがたちこめていた。理樹は起き上がって、窓の向こうを見た。大粒の雨が窓に打ちつけられていた。近くの小学校には国旗が掲揚されていたが、この天候では運動会は中止だろうと思った。
 理樹は会社に電話をしたが、誰も出なかった。留守番電話に休む旨の伝言を吹き込んだ。それから台所で水を一杯飲んだ。塩素の臭いのきつい水だった。
 目を覚ました鈴は理樹からコップを奪い、同じように水を飲んだ。彼女は素っ裸で、髪の毛はぼさぼさだった。理樹は手ぐしで鈴の髪の毛を梳いてやった。彼女は気持ち良さそうに目を細めた。理樹はしばらくそうしていた。
 理樹の手はやがて髪の毛から彼女の身体へ下っていった。一瞬、鈴は理樹を見たが、すぐに正面へ視線を戻した。少し汗ばんだ肌に指を這わせると、彼女の身体が小さくびくんと跳ねた。理樹は手を鈴の顎にあて、自分の方を向けた。鈴は視線をそらしたが、構わずに唇を重ねた。鈴は片手を流しの縁に置き、もう片方の手は夢中で背後を掴もうとした。しかしそこには何もなく、辛うじて水道の蛇口が触れるばかりだった。蛇口が回って、水がどぼどぼと流れ出した。理樹は鈴を流しに押しつけるようにして、強く唇を押し当てた。それから唇だけではなく、全身を密着させた。
 温もりが伝わると、目覚めて間もなかった鈴の身体に熱がこもり始めた。吐息が漏れた。理樹は唇を離し、指先で鈴の唇をそっと撫でた。もう片方の手は彼女の下半身へ伸びていた。もっとも熱くなっている場所へ触れたとき、急激な眠気が頭を包み込んだ。最後に見たものは、台所の裸電球の灯りだった。それはひどく明るい白だった。理樹はその場に崩れ落ち、鈴はじっと彼を見下ろした。すぐにしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。聞こえる寝息はどこまでも穏やかだった。


 電車の座席に座っていた。理樹はゆっくりと目を開けた。目の前には見知った顔がいくつもあった。他は無人だった。彼と彼らだけがその車内にいた。棗恭介、井ノ原真人、宮沢謙吾、神北小毬、三枝葉留佳、能美クドリャフカ、来ヶ谷唯湖、西園美魚。
 理樹はビデオカメラを携えていた。目の前に座っている彼らの姿を撮影していた。窓から差し込む真っ白い光が強く、彼ら以外は何も見えなかった。八人は優しげに微笑んでいた。理樹は少しだけ口元を歪めた。顔はカメラに隠れているだろうが、その動きはきっと伝わっただろうと思った。
 電車が駅に到着すると彼らは一列になって降車し、階段へと姿を消していった。理樹は列の最後にいた最後の小毬の姿がフレームの外へ消えたところで、録画を止めた。電車が動き出した。無人の座席へ横になり、心地良い揺れに身を任せていた。


 目を覚ましたとき、棗鈴は理樹にまたがったまま眠っていた。理樹は彼女を抱きかかえ、体勢を入れ替えるように彼女を床に横たわらせた。それから身を離した。
 鈴にタオルケットをかけ、それで包むようにして彼女を抱き上げた。すでに時刻は夕方だった。まだ雨の音がしていた。少しも弱まっていないようだった。理樹は鈴を布団に寝かせ、何か食べ物を買いに行こうとジーンズを穿いた。上は何も着なかった。
 アパートの階段を降りたところでビニール傘を開いた。ところどころ穴が開いていた。さしてもささなくてもあまり変わらなさそうだった。





 絶頂に達した後のけだるい時間も、理樹がいなければ楽しくなかった。鈴は下着から手を抜き、台所へ洗いに行った。理樹が部屋を出て行ってから、おそらく数日が経過していた。数えていないから、正確なところはわからなかった。ついでに顔を洗い、ワイシャツの裾で拭きながらテレビの前へ戻った。
 8mmのビデオカメラをケーブルでつなぎ、撮影したカセットテープを再生できるようにしていた。画面に映し出されるものといえば、この部屋の内部ばかりだった。鈴はそれをぼんやりと眺めていた。
 腹が鳴った。部屋の中のものはあらかた食い尽くしてしまい、今は水でどうにか誤魔化そうとする日々だった。鈴は窓の向こうへ目をやろうとした。しかし濃紺のカーテンがその邪魔をした。辛うじて音だけが聞こえてきていた。雨の音だった。雨はもう何日も降り続いていた。
 鈴は床に横になった。天井を裸眼で見上げた。染みが広がっている。この部屋に住み始めたときから、それはあった。ごろんと寝返りをうって、仰向けになった。胸から腹にかけてから、床の冷たさが伝わってきた。ひんやりとして気持ち良かった。
 唇を尖らせて、玄関を睨みつけた。しんとしていた。自分の靴しか、そこには置かれていなかった。靴がある、と鈴は思った。最後に靴を履いたのはいつだったか、彼女は憶えていなかった。また寝返りをうった。天井が視界に広がった。


 細かな揺れで目を覚ました。鈴は電車に座っていた。手のひらに温もりを感じた。隣を見ると、理樹が正面を向いて座っていた。二人は手をしっかりと握りしめていた。鈴は何も言わなかった。ただ頬を理樹の肩にくっつけた。
 電車が駅に到着した。ホームは無人だった。ドアが開いても、乗車する者はいなかった。そのまましばらく電車は静止していた。発車のベルはなかなか鳴らなかった。
 理樹が立ち上がった。鈴はその手をしっかりと掴んでいたつもりだったが、不思議と彼の手は彼女の指の間からするりと抜けた。そのまま電車の外へ歩いて出て行った。ホームの半ばまで行き、そこで立ち止まって振り返った。
 そのとき発車ベルが鳴った。はっとわれに返り、鈴は立ち上がった。しかしドアは閉まり、彼女は電車の中に取り残された。理樹はまだホームにいた。じっと鈴を見ていた。徐々に電車が動き始めた。鈴は進行方向とは逆方向に走り出した。時折窓に張り付いては、後ろの車両へと走って移動していった。最後尾まで来たとき、理樹が階段を下りて行くのが見えた。鈴は窓に両手を叩きつけながら、理樹の名前を叫んだ。


 夕方だった。雨の匂いが失せていた。鈴は起き上がって、玄関へ向かった。恐る恐るドアを開けた。雨上がりの、土の匂いがした。鈴は部屋に戻り、着替えをした。何を着ればいいのか、それどころかどこに何があるのかさえわからなかった。
 目にとまったものを身に着けていった。スカートとレギンスを穿き、上は理樹のワイシャツのままだった。赤いネクタイがあったので巻いてみた。タンスの取っ手にかけられていたパナマ帽をかぶり、身の回りのものをバッグにつっこんだ。肩掛けのキャンバス地のバッグだった。
 着替えを終えた鈴は、ビデオカメラを片手に部屋を出た。一歩一歩確かめるように階段を下り、アパートの敷地から外へ出た。
 アパートの前の道路は片側二車線だったが、中央部分に車両の通行が不可能になるくらい大きなひび割れがあった。鈴はそれを迂回し、向こう側へ渡った。倒れていた歩行者用の信号をぴょんと飛び越えた。
 しばらく歩いて行くと、路上に倒れている人影が見えた。理樹だった。駆け寄った鈴は彼を仰向けに寝かせ、頬をぱちぱちと叩いた。反応どころか、弾力がなかった。いつもの感触ではなかった。鈴は理樹に口付けたが、唇もまたぶよぶよとしていて気持ち悪かった。
 鈴は彼のズボンとパンツを脱がせた。そして自分も靴とレギンス、スカートをその場に脱ぎ捨て、理樹にまたがった。腰を動かした。まったく反応がなかった。涙がこぼれた。手の甲で涙を拭い、なおも動かし続けた。下腹部にあるのは痛みだけだった。鈴は力なく理樹にしなだれかかり、動かなくなった胸を何度も何度も叩いた。なんで、なんで、と繰り返しながら。


 公園の砂場に理樹を埋めた。思っていたよりもはるかに重く、公園まで背負っていくのは重労働だったが、穴を掘るのはもっと大変なことだった。落ちていたスコップを使って掘ったが、すでに日が暮れてしまっていた。
 公園の入口に植えられている木の枝を折り、理樹を埋めた地点に突き刺した。しばらくは墓標代わりになるだろうと思った。それから、どこへ行こうと考えた。
 気が向くままに歩いていると、一軒のバーに突き当たった。ネオンが点滅していた。『KNIGHT CLUB BUSHIDO』とあった。鈴はその店に入った。中は無人だった。埃と蜘蛛の巣がひどく、床や壁は落書きだらけになっていた。鈴はビデオカメラを構え、ファインダー越しに店を見た。カウンターの向こうに見覚えのあるオカマがいた。そしてカウンターには理樹と見知らぬ男が座っていた。
 男がオカマに何か指図をしたようだった。オカマは彼に背中を向け、その場にしゃがみ込んだ。足元かどこかにあるものを取ろうとしているようだった。彼は背後にまったく注意を払っていなかった。理樹は――苦しそうにことの成り行きを見守っているばかりだった。
 ごん、という音が店内に響いた。ジュークボックスからはオールディーズが流れていたが、それよりもはるかにはっきりと聞こえた。男がカウンターに乗り、おかまの後頭部をビール瓶で殴りつけたのだった。それから男はカウンターの向こうへ降り立ち、瓶が粉々になるまで男の頭を殴り続けた。返り血が頬に跳ねるのを鈴は見た。
 動かなくなったオカマを尻目に、男は店から出ようとした。出口の近くにいた鈴を睨みつけ、逃げ出そうとするそぶりもなく、ひょこひょこと店を出ていった。鈴はレンズの矛先をカウンターに戻した。理樹はそこにいなかった。


 鈴は路上に立っていた。どの方向にも歩いて行くことができた。
 風が吹いた。降り続いていた雨のせいなのか、ひどく冷たい風だった。鈴は身体を震わせた。たまたま落ちていた布切れを身体に巻きつけた。少しはましになった。
 歩いている内に、ふと商店のガラスに映る自分が目に入った。拾った布は国旗で、彼女は日の丸にくるまれていた。鈴はカメラを自分に向け、笑いかけた。
「寒いな、理樹」
 そう呟いた。
 ここで立ち止まっているわけにはいかなかった。頭の片隅に残る思い出を振り切るように、また足を動かし始めた。道路はどこまでも続いているように見えた。鈴はカメラをはるか前方へ向けた。しかしいくらズームしても、はっきりとしたものは何も見えなかった。


(了)


[No.286] 2009/07/25(Sat) 00:18:26
しめきり (No.266への返信 / 1階層) - 大谷代理

 って大谷さんが言ってた

[No.287] 2009/07/25(Sat) 00:23:44
ワンダーフォーゲルと風見鶏 (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@7578 byte 遅刻…

 皆既日食を見よう。そう言って、彼は私たちを連れ出した。
 授業をサボってまで遊ぼうという変なところまで最近は恭介氏に似てきてお姉さんは心配だ。でも、おもしろいから放っておく。これで受験も徒歩で行ってくれたら言う事無しだ。
 天気もいいし、山登ろう! 山!
 そう言う彼は妙に生き生きとしていて、歯なんかをキラッと光らせて、以前の頼り無いショタの面影は皆無。ノリも段々とあの阿呆に似てきて本気でちょっぴり心配になる。
 ワクワクなんてしない。ドキドキなんてしない。どうしようもない自分から逃げるため。そんなしょうもないことを求めて、私は今日も彼についていく。彼女もきっと同じなのだろう。





『ワンダーフォーゲルと風見鶏』





 ぞろぞろと真昼間から山を歩く。これだけの人数がいたら逆にサボリとは思えない。理樹君も中々頭が回るようになってきてお姉さんは少し寂しい。
 日食が始まるとは言え、今日の日自体は梅雨も明けて、晴れ渡る青空が頭上に広がっている。それは日食観測としては最高の天候なのだろうが、如何せん暑い。真夏日と言っても過言ではない。当然そんな中を風通しの悪い木々の間を縫いながら山道を歩くわけで。
 即行でリタイアした美魚君とクドリャフカ君。二人は今謙吾少年と真人少年の背中に負ぶられている。歩かなくてもいいが、あれでは二人の筋肉が放つ熱で余計に暑いのでは無いかと。そういう罰ゲームみたいになっていた。私が負ぶってやろうかと進言したが、何故か即答の拒否。納得がいかない。
 まあ、でも、いいものを見れたから良しとしようか。
 頭にタオルを被り、ひいひいと歩く小毬君。しっとりと汗で濡れた髪。そして薄らと透けるブラウス。今日の下着はペパーミントグリーン。くそ暑い真夏に吹く爽やかな風を演出している。
 そして、意外にもしっかりとした足取りの鈴君。こういったことは慣れているのかもしれない。それでも暑さには勝てないようで。しっとりと汗で濡れた以下略。今日の下着はアクアブルー。縁側にひっそりと飾られた風鈴、その涼しげな音色が今にも聞こえてきそうである。
 ああ、眼福眼福。
 流石に言いだしっぺだけあって皆の荷物を持って前を行く理樹君。辛いならばお姉さんが負ぶってあげても構わないのだよ? そう聞くと、こちらも即答の拒否。しかし、だって僕はリーダーだから、とハニカミながら言う理樹君にキュンときた。ジュンともした。
 さて、この大馬鹿者集団の中で一際馬鹿で有名な彼女はと言うと……。
「おーい、みんなー、置いてっちゃうぞっ☆」
 何故か自転車、しかも電動アシスト付き、で私たちのずっと前を行っていた。曰く、実家にあったから持ってきた、だそうだ。
 佳奈多君に聞いたところ、ものすごい勢いでへなへなと崩れ落ち、その後どんより頭を抱えていた。なんだか可哀そうになったので、おっぱいからヤクルトを取り出して、そっと彼女の手に握らせた。強く生きて欲しい。そして、葉留佳君は木にぶつかって、その勢いでぶっ飛んで、細めの枝に引っ掛かって折れるか折れないかの恐怖を味わい続ければいい。ということで。
「おーい葉留佳君!」
「んー?」
「あんな所にUFOが!」
「わっはっはっはー。姉御もばかだねぇ。そんなものにこのはるちん様が引っ掛かるわけ」
「あっ! 本当だ!」
「すごいです! 世紀の発見なのです!」
「う、うおおおおおお! うおおおおおお!」
「えーと、あれだ! そう! 筋肉だ! 筋肉が空飛んでるんだ!」
「これはすごい。うん。ほんとうにすごい。すごすぎてびっくりだ」
「えへへー。UFO見ちゃったよー」
「これを見逃す手は無いですね」
 ニヤリと笑う。今、この中で誰一人として葉留佳君のことをよく思っているものはいない。というか、うざいと思っている人間しか存在しない。しかも、無駄にノリの良い阿呆共だ。流石だよ、うん。いや、本当びっくりした。ちょっと歯車噛み合い過ぎだな。
「皆で言っても引っ掛かりませんよーだ! やーい、ばーかばーか!」
 うざっ!
「余裕ぶっこき過ぎてお尻ぺんぺんしてしまうレベルですヨ! それ!」
 そう言って立ち漕ぎの体勢を取る。律儀に一度あっかんべーをした後、片手漕ぎのままお尻をぺんぺん。
「もう一回! って、ぬおっ!」
 だが、そんな無理な体勢が長く続くはずもない。バランスを崩した葉留佳君は見事に木にぶつかってくれた。そして、ぶっ飛んでくれた。そして、枝に引っ掛かってくれた。ありがとう。そして、さよなら。
「あ……ああ……」
「葉留佳君に対して黙祷」
 ここまで計画通りにいくとは。安らかに眠れ。
「いや、あの……」
「さあ、先を急ごうか皆の衆。葉留佳君の犠牲を無駄にしないために」
 オー。と、ここで皆の心が一つになる。空の上の葉留佳君。見ててくれているかい? これが君の愛したリトルバスターズの新しい姿だ。
「お、おろしてー!」
 南無。







 初めて出会ったのは放課後のトイレだった。
 鏡が割れる音がした。
 気になって覗いて見ると、死んだ魚の目をした美少女が鏡を素手で殴っていた。
 拳から血が滴る。
 理由を聞くと、「むかつく顔が笑ってたから」と笑顔で言った。
 面白い娘だな。
 そう思った。







「うー。調子に乗ってごめんなさい……。おろしてくれてありがとう……」
 結局、引っ掛かった葉留佳君をおろしてあげることになった。リーダーが可哀そうだし、と言うので仕方がなくだが。まあ、謙吾少年と真人少年のツイン筋肉を駆使した救出劇は見物だったので許してやる。ツイン筋肉の熱を一身に浴びた葉留佳君は一時期脱水症状のようになってしまったので、これで罰ゲームも十分だろう。ぶっ飛んでもくれたしな。
 ちなみに自転車は美魚君とクドリャフカ君が二人で使っている。電動アシスト付きということもあり、なんとか集団のペースについてきてはいる。んしょんしょ、と後ろに美魚君を乗せて漕ぐクドリャフカ君萌えー。
 と言うわけで、色々なトラブルがありつつも、なんとか観測スポットへと到着した。理樹君はどこでこんな場所を知ったのだろうか。
 山頂に佇む街を見下ろす白い展望台。少し苔がついている。長い年月この場所に居た証拠だ。その横に幾つかベンチがあったので、そこに腰を落ち着ける。皆は展望台に登っている。
 標高が高い所為か少し涼しい。火照った体がゆっくりと冷やされていくのが分かる。うん、気持ちのいい場所だ。
 目的自体は日食観測なのだが、目的の場所に着いたということだけで少し満足してしまう。隣に座る葉留佳君はちょっとばかしゲッソリしていて、それどころでは無いようだがな。理樹君に渡されたタオルを被せてやる。あざーっす、と元気の無い感謝の言葉が返ってきた。
「つーか、なんで姉御は汗かいてないの?」
「アイドルがうんちをするか?」
「しない」
「それと一緒だ」
「意味が分からない」
「もう少し大人になったら分るさ」
「そんなもん?」
「そんなもん」
 空を見上げる。日食が始まるまで、もうそろそろ。山を登ったからか、雲が近く見えた。手を伸ばしたら届くかもしれない。そんな事無理なのに。それでも、私は手を伸ばしてみた。やっぱり届かない。グッと拳を握る。掴めるはずのない雲を掴んで握りつぶす。感触は無い。馬鹿らしくなって、手を下した。
「何やってんの?」
「いや、何でもない」
「ふーん」
 私の動きを真似するように葉留佳君が空に手を伸ばす。
「こうやったらさ、なんか、太陽に手が届きそうじゃない?」
「太陽?」
「うん」
「無理だろう」
「姉御もさっき太陽握りつぶそうとしたんでしょ?」
「違う」
 私は所詮雲止まりだよ。口には出さずに、もう一度手を伸ばす。途方も無く遠い距離から光を放つ太陽。その光を月が遮り日食を起こす。邪魔もの。夜の闇の中、太陽に光を与えて貰っているというのに。恩を仇で返すとはこのことだ。
「あ」
「おお」
 手を伸ばした先で、ゆっくりと太陽が欠けていく。本当にゆっくり。その形を変えていく。
「唯ねえ」
「そう呼ぶなって言っただろう」
「変われた?」
 唐突な質問。いや、結局私たちをつなぐものは互いの相似性なんだろう。
 死んだ目をした美少女は、まだここにいる。
「……あんまり」
「私も。環境とか、関係とか、そういうのは変わったよ。でも、結局自分は変わらないよ」
「そんなもんだろう」
「そう?」
「笑えてるだろう?」
「顔はね」
「それで充分じゃないか。他者との関係性で自己を確立するというのならば、他者から見た自分こそが自己そのものなんだよ」
「言ってる意味が分かんない」
「どだい無理な話だったんだよ。笑顔を見せれば皆が喜ぶ。それでいいじゃないか」
「そう?」
「そう。それにそっちの方が簡単だろ」
「うん。そうだね」
 にっこりと微笑む。死んだ目をした美少女はもういない。
「二人とも! 折角なんだしこっちに来なよ!」
 理樹君の声。その後騒がしい馬鹿共の声。展望台の上から聞こえる。太陽みたいな連中だ。
「リーダーがお呼びだ」
「うぃっす」
 一緒にいさせてもらってるんだから、せめてその光を遮らないようにしないとな。
 そんなことを思いながら、展望台を登り、日食に夢中な小毬君のおっぱいを後ろから揉んだ。


[No.290] 2009/07/25(Sat) 02:42:42
みおっち観察 (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@10861byte 遅刻 全年齢設定準拠

 私、三枝葉留佳は西園美魚のことが好きである。
 そりゃもーだいすきで遠くから彼女が本を読んでいる姿や歩いている姿、会話している姿、授業を受けている姿を眺めているだけで幸せで、彼女の写真をみながら毎日寝ている。
 見ているだけで飽き足らなくなったら、美魚ちんの近くにいき、「邪魔しないでください」なんていう瞳をみることで美魚ちん分を補給する。
 至福の一時で、それだけでごはん3杯はいける(比喩的な意味にあらず)
 ほんとにたまにだけど「三枝さんはほんとにしょーがないなぁ」という瞳ではるちんを見つめてくることがある。
 その時はごはん5杯はいける(食べないけど)
 でも美魚ちんには彼氏がいる。
 名前は直枝理樹。通称理樹くん。
 もちろん幸せな二人を引き裂くつもりなんてない。だって美魚ちんを眺めているだけで幸せなのだ。
 恋をしているみおちんをみるのは楽しかった。そもそも美魚ちんは恋する前からずっと毎日みるのが楽しかったんですけど、最近その楽しさがとみにあがってきた。完璧さを漂わせているとおもわれてた美魚ちんのよさは、ずっと上がっていっているのですヨ。
 さて、その美魚ちんですが最近は何かなやんでいるぽかった。理樹くんの話によると、最近一緒に同人誌即売会にいっていないとのこと。理樹くんいわく、「正直助かったんだけど、けどなんか、寂しくてさ―――――――――――西園さんらしくなくて」むむ、これは美魚ちんの中で何か変化が起きている気がしますネ。むむ、これはひょっとして、はるちんに心揺れ動かされてしまった!?
 ……なんて、もちろんそんなことないのはわかりきってる。でもそんなことがあったらとてもうれしい(念のために言っておきますケド、美魚ちんが幸せだと判断したら、別にわかれてもいいのですヨ。美魚ちんがそう判断したらそれが正義です)
 これは一つ、そういう設定で小説をかいてみるしかないですヨ! 
 そんなわけで美魚ちんが書く小説というのを書いてみることにしました(初体験
 設定としては、いつの間にかはるちんに心動かされてしまった美魚ちん、私の明るさに惚れこんでしまったはるちんは少しでもはるちんにちかづこーとし、理樹くんとの関係が微妙に変わっていく。そんなシーン、スタート!
 


――Riki side――
 最近、西園さんの様子がおかしい。
 「直枝さんも、彼氏として少し協力してください」といって、一緒に同人誌即売会にいくこともなくなった。これが、いうなら第一段階だった。西園さんには悪いけど、僕にとっては、あんな本は気持ちの悪いものでしかなかったから、それは歓迎すべきことだった。この時点では気にもとめなかった。
 第二段階に以降にしたのはそれからしばらくたってから。
 同人誌即売会に最近いかなくなったな、って思ったくらいから、僕と会話していても上の空になることが多くなった。「どうしたの?」と聞いても何も教えてくれない。「何か、妄想していたの?」ときいたら「直枝さん、わたしのことをどう思っているんですか?」と聞いて怒られた。
 そんな状況が、しばらく続いていた。
 まぁそんなわけで、ほんとに最近の西園さんはおかしかった。なにかあったのか、そう聞こうとおもっていた今日、西園さんは――言うなら、第三段階に移行していた。
 西園さんと中庭であったとき、彼女はこう、いったのだ。
「『動』って言う字って、重なる女、って読めません?」
 いやいやいや、何をいっているのさ、西園さん!?



 つ か み ば つ ぐ ん !
 いやいやリアルに40分も悩んだだけあって、いいものができました。才能あるんじゃないですかネ、私?
 しかし小説かくのって大変ですネ、ちょっと疲れてきましたヨ。
 次、喧嘩のシーンかきましょうか。ケンカの理由……どうするのがいいんでしょうか?  

☆ 
「読めません?」
 そう真剣にきいてくる西園さんに僕は面食らいつつも考える。
「動く、って言う字、ねぇ?」
「ほら、ちから、っていう字の跳ねた部分と払う部分がくっついたら」
 えーーー、とおもいつつ、考える。
「(21)でロリと読むよりはきつくないと思いますが」
「うーーん、そういわれると、読めないこともない、かな?」
 苦笑いしながら――そう、自分でも苦笑いしているとわかりつつ、西園さんにうなづくと、「そうですよね」といって、西園さんは微笑んだ。うん、やっぱり最近の彼女はかなり変だ。



「西園さん、どうしたの、最近」
「?何がですか?」
「変だよ、最近、さっきだって、恭介や、真人や、葉留佳さんみたいなことをいうし」
 『動』って言う字って、重なる女、って読めません?なんて、普段の彼女なら間違っても言わないことだろう。
 そういうと、西園さんの顔が少しくもった。
「変なのは、直枝さんのほうではありませんか?」
「僕?」
 僕が変だといわれても心当たりがまったくなかった。
「どうして、いつまでも名前で呼んでくれないんですか?もう付き合い始めて、どれくらいたつと思っているんです!?」
「え?」
 いきなりの彼女の言葉に面食らう。
「……もう、いいです」
 それだけ言うと、西園さんはさっていった。




 ケンカの理由、これしか思いつきませんでした。しかもちょっと流れが強引な気がしますヨ。でも美魚ちんって案外一度、こう、と思いこんだら融通が利かない人ですから、こういう展開もありかもしれなません。もちろんそこが美魚ちんの魅力の一つなんですケド。
 しかしほんとあの二人、何で未だに苗字で呼び合っていますかネ?
 みおっちとかみおちーとか理樹くんも呼んであげればいいのに。 
 よし、ここから先が肝心。
 シーンとしては、喧嘩した自分を嫌悪する美魚ちん。そしてそこに現れる私。心揺れ動かされた美魚ちんは、勢いあまって告白してしまう。戸惑いながらも受け入れる私。そして二人見つめあってキス。そして―――。
 よ、よしここからです、かいてみましょー。
 おねーちゃんがもっている小説本の知識フル活用でがんばりますヨ!


 
 


――Mio Side――
 はぁ…。
 さきほどのわたしの態度を思い出して嫌気が指す。そう、最近のわたしはとてもおかしい。胸が、ある人のことを思い浮かべるとざわめくのだ。
「やっほーみおちん」
 その”ある人”の声が聞こえてきた。それだけで彼女のことを抱きしめたくなる。ってか、抱きしめちゃったぜ、みー。
「み、みおちん!?」
「葉留佳さん、好きです」
「うん…私も」
 わたしたちふたりはところかまわず服を脱いだ。


 ☆
 無理。
 無理です、ごめんなさい。
 あたしには荷が重すぎました。よく世の中の人はうだうだあーだこーだと書けますね、私には一生無理な世界だとわかりました。ってか美魚ちんのかわいさを表現するだけで、20480バイトは軽くつかうであろうことはよくわかりました。そもそもそれだけ描写しても美魚ちんの可愛さを実際に表現することは不可能でしょうネ。はぁもう今日は帰りましょう、とノートを閉じたその時でした。
「……このノートに書いてある話はなんなのか、説明を求めます」
「!!!!」
 振り返るとそこに美魚ちんがいた。な、なんで、さっきもう学園から帰ったはずじゃ!?
「忘れ物を取りに学園にもどってきたのですが、三枝さんが珍しく中庭でノートを広げていたのでなんだろーと思ってきてみたのですが」
 そこまでいって美魚ちんはふふふ、と笑う。美魚ちんのそんな顔をみるのは初めてだった。デジカメ持ってくれば良かったな、と本気で考える。
「まさか、こんなものを書いているなんて思いませんでした」
「ま、まって美魚ちん!」
 本気で怒っている、これもまた初めての表情だった。怒った顔の美魚ちんをみるのは素敵だけど、近づくこともかなわなくなりそうで、誤解を解きたかった。
 って、よく考えたら誤解じゃないですけどネ!
「えーーと、そのですネ、この話はいつも同人誌つくっているみおちんがどんなかんじでつくっているのかなーっておもって、自分でもかいてみよーとおもったんだけど、男の子のアレってみたことないから、おねーちゃんが持っている女の子同士が仲良くする本をさんこーにして話をつくってみたんだけど、だから別に美魚ちんのことが本気で好きとかそんなことなくて!」
 たどたどしく言葉を紡ぐ。はるちんの脳みそフルパワーですヨ!必死の思いが伝わったのか、美魚ちんからさっきの雰囲気が消えた。なんていうかいつもの美魚ちんだ。
「そうですか、冗談ですか」
「う、うんそう」
「だとしたら残念です、この小説に書いているとおり、わたしは直枝さんから三枝さんに心変わりしていたのですが」
「え、マジで!?」
「……もちろん冗談です」
 美魚ちんにはめられました。
 そうです、普段通りの美魚ちんってこんな人でした。諸君、我が軍は敗北した!ああ、これできっとはるちんは美魚ちんに近づくこともかなわなくなるのですネ、って思っていたのですが、次に美魚ちんが言った言葉は意外なものでした。
「冗談はさておき、ちょっと協力してもらいましょうか……大したことをやってもらうつもりはありませんから安心してください」
 いや、美魚ちんの大したことではないっていってもいまいち不安ですヨ!



 心配は杞憂でほんとにたいしたことはなかった。
「では、この本を買ってきてください」
 そういいながらリストを渡される。8月17日。時刻は朝の8時。私は今東京ビッグサイトにきてならんでいた。
「1冊でも買い忘れたら……わかっていますね?」
 そういって冷たい瞳で私のことを見る。早起きはつらかったけれど、この瞳をみるだけで今日の私はむくわれた。
「はいはい」
 そういいながらリストを見る。みおちんのことだから、BL本が主だろう、と思いながら、チェックする。
「あれ?」
 リストを見ると、アニメやゲームをもとにした本ばっかりだった。ちょっと調べてみたけど、3日目は、たしか男性向けの本しかうっていなかったはずだ。
 書かれたリストすべてがそんな本だった。
 な、なんで!?
「では、お願いしますね」
 そういって、わたしから視線を外す。
「……そういえば、今日は理樹くんはどうしたんです?」
 これくらいのリストだったら、理樹くんにかわせてもいいでしょうに。
「直枝さんは今日は恭介さんとお出かけだそうです」
「恭介さんと?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………はい」
 なんですか、美魚ちん、今の間は!?
「洗脳、させすぎました……」
 ふと、そんな声が聞こえてきた。洗脳?洗脳?っていったい何のですかネ?
 ふと、理樹くんの一言を思い出す。
『正直助かったんだけど、けどなんか、寂しくてさ―――――――――――西園さんらしくなくて』
 「西園さんらしくなくて」っていったときの間ってなんだったんですかネ。
 一つの仮説がでてくる。
「理樹くん、まさか恭介さんと!?」
「……っ」
 美魚ちんがみたこともない目で私をみる。うわぁ……。
 ってことはこの本の使い道も大体わかってきた。きっと理樹くんを再洗脳するための本なんでしょう。
 回りくどいやりかたしますネ。まぁ美魚ちんが直接体で理樹くんに迫るって展開はいやですが。
 それに、大体……。
 恭介さんと理樹くんってそんなに仲良かったでしたっけ?そりゃ、まぁ普通の意味では仲いいですけど、そういう意味で仲いいようにはとても見えませんケドね。美魚ちんの彼氏ということで理樹くんがみおっちを裏切らないか、って目でなんどかみていたことがありましたが、そんなことはないように思いますケド。
『正直助かったんだけど、けどなんか、寂しくてさ―――――――――――西園さんらしくなくて』
 このさっきの間だって、BLに目覚めたって誤解されたくなくて、無理やり付け加えただけかもしれない。普通そんなこと考えなくてもいいのに、考えてしまうあたりが理樹くんらしい、ともいえると思います。
 ふと、美魚ちんをみる。
「なんですか?」
 ものすごい瞳で私のことをにらんで来た。さっきの私の言葉がよっぽど腹が立っているのでしょうネ。
 これは嫉妬でしょうか。……嫉妬でしょうね。
 昔、ふと、美魚ちんは理樹くんが恭介さんと浮気したら許すなんて、思いましたけど、全然そんなことなかったんですネ。
 そしてこんなにも嫉妬深くなって、恭介さんと理樹くんの間を疑うまでになっている。
 最近の美魚ちんの悩みってこれだったんですネ。美魚ちんの意外な一面をみた気がしました。
 いや、まぁリードしてあげない理樹くんがいちばん悪いんでしょうけどね。でもそれを理樹くんに指摘するのは野暮ってもんでしょう。
 それに嫉妬しているみおちんみるのもかわいくていいですし。
 私はもちろん理樹くんと美魚ちんの仲を裂くつもりはない。だけど、積極的に応援するつもりもない。
 だからどうなるのかわからないけど、美魚ちんと理樹くんの間がどうなるのか、楽しみにみていこうと思います。


[No.291] 2009/07/25(Sat) 06:54:44
ライカ (No.266への返信 / 1階層) - ひみつ@3292 byte 爽やかに遅刻

 モニター越しの星空を、ぼんやりと眺めていた。
 照明を落とした部屋の中、目の前をしゃぼん玉が通り過ぎていく。
 視線を目の前の同僚へと戻すと、大の男が涙まで浮かべて唇を震わせていた。
 あぁ、錯乱しちゃって。情けないなあ。落ち着いて少し考えればまだできることはあるのに。
 計器をチェックして、破損箇所が分かれば何とか修理くらい……いや、それはもう試したんだったか。そうか、私も錯乱してるんだな。いや、単純に思考能力が低下してるだけ、かな。
 ああ、うまくいかないなぁ。いつも、いいところでつまづいてばかりだ。

 31時間前。ノーヴィ・バイコヌールとの通信が途絶。火星の周回軌道まであと95時間というところで私たちは宇宙の迷子になった。
 原因、というか犯人はすぐに判明した。3人いた乗員の1人が血走った目で銃を向けてきたから。少し手間取りはしたけれど、速やかに犯人は逮捕され、即決裁判で追放刑となった。
 もう少し取調べをしておくべきだったと気付かされたのはその1時間後。その時にはすでに船内の環境は地球並みから月並みの大気濃度へと駆け足で進行中だった。
 2人がかりで応急処置をし、危ういところでルナフォーミングは中断させたものの、こぼれたミルク同様、既に放出してしまった空気は戻らない。

 火星に行く。
 そう告げたときの彼の表情は、実はよく憶えていない。その時にはもう会えば喧嘩するようになっていて、その言葉も部屋を出て行く彼の背中に投げたものだったから。
 好きあって結婚したはずなのに、その間の思い出は、ほとんどが言い争いで塗りつぶされている。結婚と離婚を経験して、ようやくお父さんとお母さんのことが少しだけ分かった気がした。
 彼が技師として最後まで私をサポートしてくれていたのも両親と同じ。違うのは私たちの間に子供がいないことだ。

 通信機は物理的に破壊されていて手の施しようがなかった。そろそろ基地が異変に気付く頃だろうか。時計は見えているのに時間の判断が曖昧になっている。
 ああ、スプートニクなんて名前、絶対に反対すればよかった。グラフコスモスなんて大昔の亡霊なのに。
 本当に、どうしてうまくいかないんだろう。

 ヴェルカとストレルカには本当にいろいろと助けてもらった。私の姉妹としてずっと支えてくれていた。
 でも随分と無理をさせてしまった。ヴェルカが死んだあと、私の甘えはストレルカに集中した。満足に走れなくなって、私がほとんどの世話をするようになっても、甘えるのは私のほうだった。だから、アカデミーに入ってからもストレルカを生きさせてしまった。
 ストレルカが死んでから私は犬を飼わなくなった。

 しゃぼん玉が船内を漂っている。薄暗い照明の下、その朱さは一際鮮やかに映る。
 ぎし、ぎし、と同僚の手袋がこすれて軋む。恐ろしい形相になった同僚の鼻先が、息がかかるほど近くにある。
 一人になって、少しだけ長く生きのびて。彼はどうするつもりなのだろう。

 思い出すのは、もうひとつの故郷。
 それは、少女時代のほんの数年の思い出。
 もしも。意味はないけれど、もしも。
 あの時、もっと欲張っていたら。私の選ぶ道は違っていただろうか。
 本当に、意味はないけれど。

(わ、ふ…)
 あの頃の口癖を唇だけで呟いてみた。もうため息も出せないから。
 両手の指先が空しく宙を泳ぐ。同僚の腹に突き立てた柄にはもう届かない。
 ぽろり、ぽろぽろと溢れるように。朱いしゃぼん玉たくさん。こぼれ、ぷかぷかと漂う。
 目の前にいる同僚の目からまた涙の粒がひとつ。
 こういうのも鬼の目に泪、と言うのだろうか。
 みしり、と喉が軋む。

 ああ、お母さん、やっぱり私はライカでした。
 噛みあわない、いびつな歯車でした。

 いつか、このスプートニクも拾われて、この真実が明らかになってしまうんだろうか。かっこ悪いなあ。

 できそこないの 巻き毛ちゃん。
 いびつにまわったはぐるまは さいごのときを いま きざんだ


[No.293] 2009/07/25(Sat) 22:28:38
引用元一覧 (No.284への返信 / 2階層) - 作者

〈 〉内はすべて引用です。一部でルビや傍点や改行の省略をおこないました。慣例に則り以下に引用元をすべて挙げますが、〈全部ちゃんと読んでいるなんて思わないでください。著者はとても不勉強な人間です。〉

ヴォルテール『カンディード』(吉村正一郎訳)
大江健三郎「死者の奢り」『芽むしり 仔撃ち』
梶井基次郎「桜の樹の下には」
金井美恵子『くずれる水』
川端康成『眠れる美女』
倉橋由美子『スミヤキストQの冒険』
佐藤賢一『赤目のジャック』
澁澤龍彦「ねむり姫」「菊燈台」「うつろ舟」
殊能将之『美濃牛』
庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』『白鳥の歌なんか聞えない』
涼元悠一『ナハトイェーガー 〜菩提樹荘の闇狩姫〜』
村薫『晴子情歌』
谷崎潤一郎「刺青」
近松秋江「黒髪」
夏目漱石『夢十夜』
丹生谷貴志『天皇と倒錯』
蓮實重彦「翳る鏡の背信」『表層批評宣言』『絶対文藝時評宣言』
支倉凍砂『狼と香辛料』
ジョルジュ・バタイユ『ランスの大聖堂』(酒井健訳)
ジョン・バンヴィル『海に帰る日』(村松潔訳)
伏見つかさ『俺の妹がこんなに可愛いわけがないB』
古井由吉「妻隠」
堀口大學『月下の一群』
前田塁『小説の設計図』
三島由紀夫「憂国」
山尾悠子「水棲期」
渡部直己『不敬文学論序説』


[No.297] 2009/07/26(Sun) 02:29:00
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS