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   第40回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/08/27(Thu) 19:40:48 [No.351]
締切 - しゅしゃい - 2009/08/29(Sat) 00:25:30 [No.375]
漢字考察 - ひみつ@4175 byte 主催による代行 - 2009/08/29(Sat) 00:24:34 [No.374]
[削除] - - 2009/08/29(Sat) 00:12:31 [No.373]
マジカルタイム - ひみつ@8962 byte - 2009/08/28(Fri) 23:42:57 [No.372]
鬼と狩人 - ひみつ@5037byte - 2009/08/28(Fri) 23:17:55 [No.371]
青春十八きっぷってまだあんのかな。 - ひみつ@10862 byte - 2009/08/28(Fri) 23:15:53 [No.370]
黒いノースポール - ひみつ@2105byte - 2009/08/28(Fri) 22:49:57 [No.369]
杉並睦実の奮闘? - ひみつ@20368 byte - 2009/08/28(Fri) 22:07:58 [No.368]
窓の向こう側。 - ひみつ@9,748byte - 2009/08/28(Fri) 22:03:24 [No.367]
[削除] - - 2009/08/28(Fri) 21:59:02 [No.366]
紅の空 - ひみつ@13004byte - 2009/08/28(Fri) 21:50:50 [No.364]
DB! Z 2 - ひみつじゃない@18006 byte - 2009/08/28(Fri) 21:27:47 [No.362]
日常の光景 - ひみつ@15955 byte - 2009/08/28(Fri) 21:12:36 [No.361]
日常の光景 アフター - ひみつ - 2009/08/29(Sat) 21:03:48 [No.376]
ニアイコールふたりぼっち - ひみつ@7785 byte - 2009/08/28(Fri) 21:01:46 [No.360]
夏の日 - ひみつ@7983 byte - 2009/08/28(Fri) 11:46:04 [No.358]
メタフィジーク・ウィンドウ・アウト - ひみつ@10850 byte - 2009/08/28(Fri) 03:18:24 [No.357]
knock, knock - ?@11634 byte - 2009/08/28(Fri) 00:52:50 [No.356]
船窓から見る死界 - ひみつ 別に初という訳ではない@6453 byte - 2009/08/27(Thu) 23:19:27 [No.355]
青、白、ミドリ - 秘密 初 1199byte - 2009/08/27(Thu) 21:00:54 [No.353]
春です - 秘密 初 7664byte - 2009/08/27(Thu) 21:02:29 [No.354]



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第40回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「窓」です。

 締め切りは8月28日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は8月29日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます


[No.351] 2009/08/27(Thu) 19:40:48
青、白、ミドリ (No.351への返信 / 1階層) - 秘密 初 1199byte

緑色の本を見ると思い出す
澄んだ青の上に塗られた濁った白は、その形を永久に留める事無く
時にはお姫様、大きなフリルの沢山付いた可愛らしいドレス姿に
時にはドラゴン、大きな牙と鋭い爪を沢山持った堂々とした姿に
時にはショートケーキ、大きな苺が沢山のった美味しそうな姿に
様々な姿に変えていく

今日見える雲は何だろう
いつかの消えたお姫様の続きかな
今度は白いお馬に乗った王子様が現われて、お姫様と幸せに暮らすのかもしれないね
いつかの消えたドラゴンの続きかな
今度は剣と楯を携えた勇者が現われて、ドラゴンと一対一で戦うのかもしれないね
いつかの消えたショートケーキの続きかな
今度は小さなフォークが現われて、ショートケーキを一緒に食べられるのかもしれないね
ほら、窓の近くにおいでよ
また二人で見よう

だけど―

やっぱり空に浮く雲は、白い塊にしか見えなくて
みどり、今日は大きな鳥が見えるよ
お姉ちゃんは、指でさしながら言ってくれたけど
ごめん、分からない
どうしても私には、白い塊にしか見えなくて
じゃあ、あの雲は何に見える?
それがとても不安で、悲しかった

本から顔を上げ、独り窓辺で塊を眺める
それはお姫様や、ドラゴンや、ショートケーキには見えないけど
でも、今なら見る事ができるかもしれない
あの空に浮かぶ、まばらの雲の中に
何時かの消えた、孤独の青を貪り溺れる白い鳥が

一羽、風に吹かれて漂う姿を


――さようなら


[No.353] 2009/08/27(Thu) 21:00:54
春です (No.353への返信 / 2階層) - 秘密 初 7664byte

少し強めの春風に吹かれ、花弁の彼女達は吹雪の様に散り回る。
一瞬にしてコンクリートの灰色は、か弱い処女の頬一色に染まってしまった。

…こう譬えでもしないとやっていられないな。
桜花が彼方此方で咲き乱れ、最近では見るのもいい加減飽き始めてきた。
日本の風流とやらもここまで来ると邪魔以外の何物でも無い。きっと掃除も大変だろう。

そんな事を考える私に怒りを覚えたのか、少し濃い赤茶色の中に花弁が二枚落ちる。
ふむ。
しかし意に介さずそのまま味わう。温くなった紅茶が咽喉や胃に優しく沁みこむ。
丁度風も出てきて、何とも心地よい。

ふと、年代物のカフェテラスから物静かな灰色の箱を眺め思う。
飼い犬の様な色々ちんまい少女、野良猫の様なぺたぺた胸の少女、砂糖菓子の様なほわほわ胸の少女。
小さな背の彼女達は更に小さく背を丸め、必死にかりかりと数式を写しているのだろう。
握ったら壊れそうな小さな手で、必死に大きな消しゴムをごしごししているのだろう。
ああ、考えただけで大変な事になりそうだ。

花弁が舞う、茶葉の香る濃厚な蒼色の下で
一人の少女は悦と妄想と思考に耽る








「という訳で、第5回女だらけのリトルバスターズドキドキ桃色お泊り会を開催する」
「ちょっと待って、いきなりこんな事して、どういう訳だよっ。僕そんな事聞いてないよ!」
「ええい五月蝿い少年、喚くとそのピンクの唇をおねーさんの唇で塞ぐからな」
「っん……」


日の暮れた女子寮旧館の一室
数人の少女に囲まれた少年は想像でもしたのか、はたまた何も言い返せない事に腹が立っているのかは知らないが、頬をほんのり紅く染めて俯く。
うむ、やはり愛おしい程に可愛いな、理樹君は。


「やったー、久しぶりだね〜クーちゃん、理樹くんと一緒にお泊り〜」
「はいです小毬さん、うぇるかむーですリキー」


初めてのお泊り会の時に女装させたのが不味かったのか、以降理樹君のガードがかなり固くなってしまった。
女子寮に何度呼ぼうとしても謙吾達と一緒に遊ぶ、真人達と筋肉旋風をする、恭介の作った【スクレボボードゲーム 〜気になるあの娘はスパイin the sky!〜】をやると頑なに断る。
それは、西園女史が人目も憚らず興奮する程強く。
『直枝×棗×宮沢×井ノ原、直枝さんの総攻めに購えない恭介さん達…。
…ほうっ、少し井ノ原さんが美しくありませんが、大いにありです…。
今年はこれで行きましょう、Sな直枝…か弱いベビーフェイスの裏に潜む鬼畜…。はぁ…良いです』
いや、暴走だったか。


「あはははは流石は姉御、理樹くんとっても似合ってるですヨ。
 んーでも、ちょっと自信無くなってきますね。この可愛さは」
「葉留佳さん…それ褒めてる様だけど全然うれしくないよ…。…はぁ、何で僕はまたこんな格好を…」
「理樹くん、だいじょうぶ。すごくかわいいよ〜」
「わふー、そうです!べりーきゅーとなのです〜」
「あはは…一応、ありがとう」
「直枝さん、はい、カシャン…カシャン」
「うわあああぁーーーーっ!!
に、西園さん!こんな格好の僕を撮らないでよっ!!」
「大丈夫です、安心してください。悪いことには使いません」
「いやいや、そこで不適に笑わないでよ。ていうか何に使うのさっ、使うのもやめてよ!」
「直枝さん、私は笑っていません。後、我が儘です」
「いやいやいや」


それにしても、折角クドリャフカ君や小毬君を誘いに向かわせていたというのに、よく今まで断ってこれたものだ。おねーさんだったら直ぐに二人ともベッドまで連れていくぞ。
…まさか、この可憐な少年は本当に同性愛に目覚めてしまったのか。いつも断っていたのは美魚君の妄想通りだったからなのか。
だとしたらファッキン筋肉共は断罪だ、許さん。


「ま、まあまあ理樹くん、おかしでも食べておちついてー。はい、私のおすすめふわふわワッフル。
他にもチョコチップクッキーとか、ポテチなんかもあるよー」
「あ、ありがとう小毬さん、えっとワッフルを貰うよ。
 ふう。来ヶ谷さんに呼ばれたから何かあるとは思ったけど、
お泊り会はともかく、また女装させられるとは思わなかったよ」
「きっと女の子の理樹くんが、姉御のストライクゾーンど真ん中だったんですね。
 私と相部屋になれとか、これからは女装して登校しろとか言われたりして」
「来ヶ谷さんですと、案外冗談に聞こえませんね」


…む?思考に埋もれている間に何やら私の話になっている。
相部屋と女装での登校…。なるほど、葉留佳君も中々面白い事を考える。
いい反応をしてくれそうだが、どうしたものか…。


「た、確かに…。流石にそれはちょっとやだな…。
ん?どうかしたの?クド」
「むー、よく見たらリキ私より大きい胸をしています。これはおっぱいの小さな私に対するあてつけですかっ」
「いや、え、ちょ、ま、待ってクド。くすぐったい、ん、くすぐったいって」
「ほわあああぁーーー!くーちゃんがだいたんー」
「何やら面白そうですねぇ。クド公ー、はるちんも混ぜろー!
 はるちんウルトラダイナミックアターック!」
「えいっ、とりゃっ!
わっわふー!?重たい上に痛いですー」
「受けの直枝さんは王道ですね、百合もやはり良いです…」
「だ、だから撮らないで、って葉留佳さん止め、やあ、そこは駄目っ手、手がっ」

「っと待て少年、何やら面白い事になっているな。
これはあれかっ、ハーレム状態ヒャッホウムヒョッス最高っスって奴か!
ええい、おねーさんも混ぜろ!」
「うわわわわあーっ、あうっ!」


暫くの間室内は、怒声と嬌声と悲鳴と愉悦の色声、
そして軽い打撃音に包まれた








無機質な機械の低い音と、細い指が奏でる電子ピアノの高い音が、少し悲しげに響く室内
お泊り会翌日の昼休み、私は理樹君を昼食に誘った。


「昨日はすまなかった、理樹君。
 変に浮かれて、調子に乗ってしまった…」


私が飛び込んだ後、理樹君はクドリャフカ君、葉留佳君、私の三人に押し潰され後頭部をフローリングの床に強打、気絶した。
その後一人遅れてきた鈴君に、何故此処に理樹君が女の子の格好をして寝ているのか問われ、事情を説明。人生で初めて正座をし、よく分からない説教を受けた。


「いや、別に良いよ。もう過ぎた事だしさ。
 それに今日二回目だよ、謝るの」


鈴君とは必ず理樹君に謝罪をする事を約束、
他のメンバーには私の所為でお泊り会が中止になってしまった事を謝罪。
その後、理樹君の安静の為直ぐに解散した。


「寮での謝罪は誠意があまり籠ってなかったからな。
 だから、もう一度だ」
「そう?そんな感じはしなかったけど…。
 なら、今日僕を昼食に誘ってくれたのはそれが理由?」
「ああ、それと…理樹君と二人きりで話がしたかった、というのも少しある」
「え…あう、うんありがとう」
「ん?どうかしたか、少年」
「いやっ、何でも無い!何でも無いから!」


何処かよそよそしい上に頬が少し蒸気している。
ふむ、…まあ良いか。


「少年…頭はまだ痛むかね?」
「ううん、今朝より大分痛みもひいてきたから、今はもうあまり痛く無いよ。
それにたんこぶも出来てなかったし、もう大丈夫」
「…本当にすまなかったな、理樹君…」


怪我が無いとはいえ、痛い思いをさせてしまった。再度謝罪を口にする。
だが、そんな私に理樹君は怪訝な顔をする。


「…どうかしたの来ヶ谷さん、何からしくないね」
「らしくない?」
「うん、いつもだったら大事をとって私の膝枕で介抱してやろうとか、
 今すぐ帰って付きっ切りで看病してやろうとか言って、からかってきそうなのに」
「……そうだな」
「来ヶ谷さん?」


らしくない…か、確かに今の私はそうなのだろう。その原因は間違いなく理樹君だ。
少年と話すと楽しい、少年が誰かと一緒に居ると寂しい、少年が傷つくとこちらまで悲しくなる。私が原因なら尚更。
…フフフ。欠陥品の思考回路、機械女等と言われてきたこの私が最近ではこんな事を思っている。少し笑ってしまう。
だがこの想いは日に日に強くなっていく。私の意思とは関係なく。
だからだろうか、昨日あんなにも浮かれ無様に我を失ってしまったのは。
もっと理樹君と話し合いたい、もっと理樹君と触れ合いたい、もっと理樹君と知り合いたい。
…何を考えているのだろうな、私は。


「来ヶ谷さんっ、本当に大丈夫?顔真っ赤だよっ」
「うむ、少し風邪をひいたのかもしれない。それとすまないが、代わりに窓を開けてくれないか?」
「うん、わかったよ」


開いたこの部屋唯一の窓から、少し強めの風が吹き込む。
理樹君の髪を撫で、彼の匂いを運んだ春風は私の髪を揺らし部屋の中を荒れ狂う。
プリントの束はバラバラに落ち、ノートのページはパラパラと捲れ、漱石1000mが此方を非難の眼で見るがそんな事など最早どうでも良くなってしまった。


「えっ、く、くるがっ、やさぁむぅん…」


後ろから抱きしめ、彼の唇を人差し指で塞ぐ。抵抗の無い彼の暖かさが私の身体全体に伝わってくる。


「理樹君…どうやら私は本当に病にかかってしまったらしい」


声が震える、頬が熱い、鼓動が痛い
でも、そんな事よりも、私の温もりも彼に伝われば良いなと柄にも無く思った。
…ああ、おねーさん大打撃だよ。

花弁が舞う、春風の吹く濃厚な蒼色の窓辺で
二人の少年少女は熱と鼓動と匂香に耽る





「……ということで、君の膝枕で私を看病しろ…少年」


[No.354] 2009/08/27(Thu) 21:02:29
船窓から見る死界 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ 別に初という訳ではない@6453 byte

 黒、時々、光。
「わ、わ、わ、わ、わっふーーーー!!」
「はっはっはっ。そんなに喜んで貰えるとおねーさんとしても嬉しいよ」
 窓の外には夜の世界。ふわふわふわと浮きながら、小さな窓から外を見る。大きくて小さな船の窓から見る世界、空を見上げればある世界。
 宇宙に浮かぶ船。そこから外を覗く小さな少女と大きな少女。
 いつかはと願ったその窓の外を目の当たりにして、クドの顔にはどんな感情も浮かんではいない。

 ☆

「当たった」
「何が?」
「宇宙旅行」
 携帯を見ながらめずらしく難しい顔をしていた来ヶ谷。そんな彼女に理樹が声をかけてみたらそんな返事が返ってきたのはもう一ヶ月も前の話。
「ゴメン来ヶ谷さん、もう一度言って?」
「当たった」
「その後」
「宇宙旅行」
 チュンチュンとスズメの平和な鳴き声が聞こえた。
「で、それはなんの仕込みなの?」
「いや、本当に当たったんだ」
 来ヶ谷の言う事を一切信じないで理樹が聞いてみるが、来ヶ谷も冷や汗をかいて困った表情で画面を見ている。いつもみたいに理樹の事をからかわないどころか携帯の画面から一切顔を外さない辺り、真面目な話らしい。
「来ヶ谷さん、それ、本当?」
「本当だと言っているだろう。信じられないなら見るか?」
 そこで初めて来ヶ谷は画面から視線を外して、理樹に向かってその画面を見せつける。
「英語じゃん」
「ああ、英語だな」
「いや。僕、英語読めないんだけど」
 ズラーと並んだ英語を見て他に言葉を出せる高校生は少ないだろう。困った顔をする理樹。
「じゃあ私が読もうか?」
「それじゃあ来ヶ谷さんが僕をからかわないかどうか分からないじゃないか」
「信用ないんだな、私は」
 ちょっと落ち込んだ、ふりをする来ヶ谷。そんな彼女を全面的にスルーして、理樹は教室内を見渡して小毬を探す。
「あ、いたいた。小毬さーん」
「ふえ?」
 自分の机でノートと睨めっこしていた小毬もその顔をあげて自分を呼んだ人物を探す。そしてすぐに理樹と視線を合わせると、にっこり笑ってパタパタと理樹の方にかけよって来た。
「どーしたのかな、理樹くん。May I help you?」
「うん。これを読んでほしんだけど」
 そう言って来ヶ谷の携帯を差し出す理樹。
「はわわわ。え、英語だぁ!」
「あ、うん。そうなんだよ。僕は読めなかったんだけど、よく考えたら小毬さんもいきなりこんな物見せられても読めないよね?」
「『やあリズベス、久しぶりだね。突然だけど出した懸賞の旅行が当たったんだ。まさか当たると思わなかったから少し扱いに困っているんだけど、もし都合が合えばと思って連絡したんだ』」
「って、読んでる!?」
「あ、うん。これくらいなら読めるよ〜」
 いつも通りの笑顔を理樹に向ける小毬に、流石に理樹も絶句する。専門書とかは辞書がないと無理だけどね、とか笑顔で言っている辺り、彼女はもう立派なバイリンガルだ。
「続けるよ〜。
 『旅行と言ってもただの旅行じゃない、宇宙旅行だ。冗談じゃないからな。宝くじの一等が当たるよりも低い確率らしいが、どういう訳か当たってしまった。実は最新型のマウンテンバイクが欲しくて応募したんだけどね、当たったのは欲しかった3等賞じゃなくて特賞だったのだからいい笑い話だ。
  しかし一ヶ月後と言っても、いきなり休みが取れる訳もない。だからとても困ってしまってね。だけどリズベスはまだ学生だし、ある程度の融通がきくんじゃないかと思ってね。もしよかったらどうだろう』
 ゆいちゃんのお父さん、宇宙旅行が当たったんだ!」
「うむ。慣れない事をすると変な事が起きるものだな」
 小毬の言葉にも反応出来ないくらい、来ヶ谷も相当テンパっているらしい。どうしたものかと頭を抱えている。
「いいじゃん、宇宙旅行なんて普通いけるものじゃないよ。いっちゃいなよ、ゆー」
「いや、実はまだ問題があってな。先を読んでみたまえ、コマリマックス」
「?」
 再び携帯の画面に目を落として目を動かす小毬。
「『ペア旅行だから、仲のいい友達を連れていくといい。出発はだいたい一ヶ月後だから、もし行くのなら早めに連絡を頼む。キャンセルの連絡もしなくてはならないからな』
 これのどこが問題なの?」
「うむ。ペア、というのが問題だ。私は誰を連れていけばいいのか。小毬くんに鈴くん、クドリャフカくん葉留佳くん佳奈多くん西園女史。よりどりみどりだから私も迷ってしまってな」
「真面目な顔をしてたと思ったらそんな事を考えてたんだね。来ヶ谷さんらしくて安心したよ」
 呆れる理樹。
「そんな事とはなんだね少年。私にとっては死活問題だぞ」
「死ぬのっ!?」
「ああ、死ぬ」
 大真面目に下らない話をしているそばで、小毬はんーと少し考え事を。
「私としてはゆいちゃんが好きな人をって言いたいけど、宇宙旅行ならやっぱり答えは決まっちゃうんじゃないかな?」
 そう言って、ぴっと指さす小毬。そしてその先にはたまたまこっちの方を向いていたクドの姿が。
「わふ? なんでしょーか、小毬さん?」
「宇宙旅行ならやっぱりクーちゃんでしょう」
 きょとんと首を傾げるクドとにっこりと笑う小毬が印象的な教室の一幕だった。

 ☆

「さて、もうすぐ地球に帰る訳だが、どうだった、クドリャフカ君?」
「もうなのですかっ!?」
 時計をチラと見ていう来ヶ谷に、思わず大声をあげてしまうクド。準備期間やらなんやらを考えると、圧倒的に滞在時間が短い。確かに事前に予定表は見せて貰っていたものの、実際にその時間を過ごしてみるとそのあっけなさはとても物悲しい。そこが、あこがれの場所であればある程。
「もうすぐだな。逆に言えばもう少しだけ時間がある訳だ」
「もう少しですかっ!?」
「いちいち反応が大げさなのが面白いが、その通りだ。後1時間はないな。さて、その時間はどうやって有効活用する? おねーさんと無重力空間で戯れてみるか? クドリャフカ君はずっと外を眺めているだけだったし、おねーさんは少し寂しかったんだ」
「あ」
 来ヶ谷の言葉に思わずそんな声を漏らしてしまう。確かにここに来れたのは来ヶ谷のおかげだったのに、ほとんどの時間をクドは窓の外を見る事に費やしてしまっていた。いささか来ヶ谷に対して不誠実だと言わざるを得ない。
 でも、と。目の端には無限に広がる世界を映す窓が見える。1秒でも長くこの世界を見続けていたいのも確かな話で。
「ぅ、ぅぅぅ……」
 困った顔で来ヶ谷と窓を見比べるクド。その可愛らしい姿を見てめずらしく、本当にめずらしく来ヶ谷は穏やかな笑みを浮かべてクドの頭に手を置く。
「ふぇ?」
「では、おねーさんと一緒に窓の外を見て楽しもうか?」
「あ」
 今度の漏れ出た声はさっきのと全然違う。そしてぶんぶんと勢いよく首を縦に振るクド。
 そんなクドを優しく抱きしめると、一緒に窓の外を眺める来ヶ谷。
「どうかな、宇宙は?」
「はい。とっても素敵なのです」
 少しの沈黙。
「本当に、素敵」
 窓の外を見るクドの表情は無。虚ではなく無。
 来ヶ谷もクドが宇宙に関心を抱いた経緯、そしてその想いの強さには何度も触れてきた。だけどその全てを理解できた訳でもないから、その顔をしたクドに何も言葉をかけない。もとより来ヶ谷は自分が人の心に触れられるような人間ではない事、百も承知である。その代わりにぎゅっとその小さな体を少しだけ強く抱きしめた。抱きしめた体は少しだけ震えているような気がした。
「   」
 クドは何もない言葉を口にする。なんでもない、ではなく本当に何もない言葉。
 自分の感情が分からない。まさか見る事が出来ると思わなかったその世界を見て、自分の心が分からない。
 窓の外に広がるのは、黒。時々、光。
 まるで死界に浮かぶ命を見ているみたいだと、そんな漠然とした事を感じた。
 それは、宇宙にお母さんを重ねて見たからかも知れない。


[No.355] 2009/08/27(Thu) 23:19:27
knock, knock (No.351への返信 / 1階層) - ?@11634 byte

 そこには部屋がひとつ、ありました。
 部屋には女の子がふたり、住んでいました。
 ふたりの女の子はとても仲が良く、よくふたりで部屋から出て、外で遊んでいました。そこではふたりは、ごっこ遊びをしたり、空を眺めたりして遊んでいました。
 しかしいつの日か、部屋の真ん中に壁が出来て、ふたつの部屋になってしまいました。
 片方の女の子は、扉の無い部屋に閉じ込められてしまいました。部屋には窓しかありませんでした。その女の子はそれ以来、ずっともう片方の女の子が外で遊んでいるのを窓から眺め続けていました。



 朝の教室で。
 教室に入ると、友人たちと挨拶を交わすクラスメイト達。そんな賑やかな空間の中、一席だけ異質な空気を漂わせた場所があった。それは美魚の席。あの子は一人席に着いたまま、誰とも目を合わせず、ずっと本を読んでいた。それはまるで完成した一枚の絵。一人で本を読むあの子から、人が侵してはいけないような何か神秘的な雰囲気が漂っていた・・・・・・
 なーんてね。そんなのウソウソ。ただあの子には挨拶してくれるような友達が居ないだけ。何もせずバカみたいに座ってるのも居心地悪いし、それに本の世界、いやコッチに来れば周りのこと意識しないで済むもんねー。あはは。
 あたしはふたつの部屋を仕切ってる壁を軽くノックした。居るんでしょ?美魚。確かにあっちの部屋に美魚が居る気配がする。多分、ドアを開けたまま、部屋と外の境界線上に佇んでいるんだろう。贅沢だよねー、ホント。美魚は外に出られるのに、出たがらないなんてさ。あたしなんか出たくて出たくて堪らないのに、出口が無いんだもん。不公平だよ。こーんな窓だけあってもね。あたしは窓を見た。大きなはめ殺しの窓。あたしはここから外の様子を眺めることしか許されない。あたしは再び壁をノックする。メイデー、メイデー。無視しているのか、はたまた本当に聞こえていないのか、あちらからの返事は無い。まあ、いつものことなんだけどね。
 外に出たいあたしがドアの無い部屋に閉じ込められて、外に出たくないあの子がドアのある部屋に居る。全く世の中ままならないよねー。あの子はぶきっちょな上に頑固でさ。あたしだったらもっと上手くやっていけると思うんだよね。
 とその時、背後から衝撃。どうやら誰かに椅子の足を蹴られたみたい。美魚の背後で声がした。
「あ、ゴメーン。暗かったから居ないのかと思っちゃった」
「・・・・・・」
 後ろから美魚の椅子を蹴った生徒の笑い声が聞こえた。甲高い声。うるさいなあ。嫌いなんだよね、この声。美魚は何もせず、何も言わず、何事も無かったかのように本を読み続けていた。でもね美魚。あんた足がちょっと震えてる。全く、要領悪いなあ。だから、こんな目に合うんだよ。

 授業中の教室で。
 あたしは窓に背中をくっ付けて、部屋の壁をぼんやり眺めていた。学校の勉強なんてつまんない。こんなの何か意味あるのかなー?まあ、クソ真面目な美魚がやっててくれるから、あたしにはカンケーないんだけどさ。これぐらいかなあ、あの子が外に居る方が都合のいい時間なんて。あたしだったら絶対寝ちゃいそうだもん。窓の外からは教師の声と、シャープペンの音、そして生徒たちのヒソヒソ声しか聞こえない。
 あたしは床に仰向けに寝転んだ。あの子のことを考える。あたしの姉、分身、あたし自身。そのどれもがピッタリ当てはまるようでいて、当てはまらない。あたしにとってのあの子、それは「裏切り者」だ。あたしをこんな場所に閉じ込めた張本人。もちろん、あの子をそう仕向けた人間のことも知っている。だけど、実際にあたしをこんな目に合わせた人間が、あの子であるという事実は動かない。
 違うな。何が違うんだろう?あの子を嫌いな理由。
 あたしは床の上を転がる。転がればふと何かを思いつく。そんな期待を胸に秘め。
 あたしはあの子が嫌い。何故かは知らない。あの子のやることなすこと全てにイラついた。
 人と交わらないあの子が嫌い。あの子は本を盾にして、周囲から一線を置く。何で人と話さないんだろう。あたしは人と話すの好きなのに。それに、人付き合い無くして生きていけるほど、ジョシシャカイは甘くない。出る杭は打たれない。引っこ抜かれて捨てられるだけ。その証拠がコレよ。あたしは窓の外を見る。あの子が数学の教科書を開いてる。ねえ美魚。あんたの教科書、それで何冊目?
 何でも人の所為にするあの子が嫌い。あの子を取り巻くこの環境。それを生み出したのは他でもないあの子。なのにあの子は、無関心の仮面の下で密やかに、この環境を、周囲の人間みんなを呪っている。バカみたい。
 人を信じないあの子が嫌い。助けて欲しければ、そういえばいいのに。なのにあの子は、誰も自分を助けないと信じてる。あなたが他人を信じなければ、誰もあなたを信じない。そんな当たり前のことも分からないなんて。本当にバカみたい。
 何であんな子が外にいるのだろう?ただ早く生まれたというだけで、何でこんなバカな子が外に居るのだろう?あたしのほうが絶対良いはずなのに。あたしだったら皆とうまくやる。もし外に出られたら、友達もいっぱい作って、恋人なんて腐るほど作ってやる!あーあ、それなのに、それなのに。
 あたしは、寝転んだまま窓ガラスを蹴り飛ばす。派手な音はするけれど、何も変わらなかった。そう、何も変わらない。

 体育の後の教室で。
 体育の時間は嫌いだ。皆が楽しそうに体を動かしているのを、あたしは部屋の中から、指を咥えて見ていることしかできないから。こんなときは、特に美魚のことが羨ましく妬ましくなる。まあ、この子はいつも見学してるだけだけど。美魚ぉ、それってあたしに対する当て付け?
 美魚が着替え終わった後(なんで見学なのに着替えているのかは謎だ)、席に座っていつもの本を探す。緑色のカバーの文庫本、若山牧水の歌集。もう何百回も読んでいて、そらんじる事も出来そうなのに、美魚はいまだにそれを持ち歩いていた。そんなに読んでも内容なんて一緒なのにね。
 と、あの子の異変に気付く。鞄、机の中、更には机の下の床を探し出している。あの子の首筋がすっと寒くなって、嫌な汗が全身の毛穴からぶわっと出てくるのを感じた。
 ああ、またか。持ち物を隠されたりなんて良くあることだった。使える状態で見つかればいいんだけどねー。財布とかそんな貴重品でない分、遥かに良心的だったと思うよ、あたしは。あ、隠したヤツもその本の意味、分かってたのかな?そしたらソイツ、性格相当悪いよー。まあ、あんたの性格も大概だけど。まあ、頑張ってー。
 美魚が、クラスの中でも比較的大人しめな女の子に、文庫がどこにあるか知らないかを問い質していた。ふうん。ちょっとは積極的になったね。以前は人に訊くことすらしなかったあんたが。
 その女の子は、とても答えにくそうな困惑した表情をしていた。まあ、そりゃそーだ。誰だって、美魚と同じ目になんて遭いたくないもん。ま、無視されなかっただけマシだと思いなよ。その子はちらちらと教室の中央に視線を移す。そこには朝、美魚の椅子を蹴った女子が友達と談笑していた。美魚をよく虐めてる連中だ。ま、予想通りだったね。
 さあて美魚、どうするのかなあ?いつものように諦める?まあ、あんな読み古した本、また買えばいいじゃない。また隠されるために、ねぇ?
 あたしだったら、もしそんな目に遭ったら・・・・・・。まっ、あたしはそんな目に遭わないしね。カンケー無いや。

 掃除の時間の裏庭で。
 あの子が、クラスの女子二人と対峙していた。あいつらだ。
「私の本、返していただけませんか?」
 あの子は、静かに、だけど力強い声で二人に迫っていた。へぇ、あの子が反抗するなんて初めて見たわ。あたしはしばらく窓に引っ付いて、事の成り行きを眺めていた。
「は?本?何のこと?あんた知ってる?」
「さあ、知ーらない。こいつの妄想なんじゃね?」
 二人はわざとらしく、とぼけて見せた。
「緑色のカバーが掛かった文庫です。それを体育の時間の着替えのとき、あなたたちが私の鞄から盗ったって、他の人が見てたんです。私の大切なものなんです。返してください」
「あー、そりゃソイツが嘘ついたんだよ。かわいそーに」
「・・・・・・返してください」
 二人の顔色が変わる。先程までの、人をバカにした顔から攻撃的な顔に。
「何、ナニ?聞こえないんですケド〜?」
「は?何コイツ、あたしたちのこと疑ってんの?違うって言ったのに、ねぇ!?」
 二人のうちの一方が美魚の胸倉を掴む。その脅しに心が折れてしまったのか、美魚はボソボソと何かを呟いただけで、俯いてしまった。あーあ、ダメだこりゃ。
「ったく、西園のくせに突っかかってくんなっての。うっとーしい」
 胸倉を掴む手を離し、美魚を突き飛ばす。
 二人が美魚の元から離れようとしていたその時。二人のうちの一人が、こちらを振り向き、楽しそうに話し始める。
「あ、そうそう。あたし、教室でゴミを拾ったんだー」
 そいつのポケットから出てきたもの。それは、緑色の表紙の文庫だった。
「ナニその小汚い本?」
 もう一人も面白がって参加してきた。
「何かー、教室に落ちてたのー。こーんな薄汚れた本、きっと誰も読まないだろーし、心優しーあたしが、今から焼却炉に持って行こーとしてたんだよねー」
「あっはははは、そりゃあんた、心優しいわ。こんなゴミ落ちてたら迷惑だもんねー」
「―――か、返してっ」
 美魚が文庫を取り返そうと手を伸ばす。しかし、美魚の手が文庫に届くか届かないかのタイミングで、そいつは文庫から手を離す。地面に本が落ちる音。
「えー?聞こえなーい!キャハハハハハハ」
 そいつらは二人、頭にくる甲高い声で美魚を嘲笑った。さらにそいつは地面に落ちたそれをつま先で蹴飛ばした。文庫はくるくると回転しながら地面を滑る。
 二人の嘲笑の中、美魚は拳を握りしめて、悔しさに耐えていた。
 はぁ、下らないなあ。美魚もこいつらも、ホントに下らない。下らない下らない下らない!
 あたしは握り拳で窓を殴りつけた。激しい音がしたけれど、ガラスにはヒビ一つついていない。あたしはさらに窓を拳で叩き続ける。力の限り、叩く。しかし窓は無情にもびくともしない。それでもあたしは叩き続ける。
 あたしを出して、出して出して出して出せよ出せ出せ出せ出せ出せ、出しやがれぇェェ!!



「―――拾え」
「え?―――ぁぐっ!」
 あたしは右手で、目の前にいるヤツの首を掴む。突然美魚の態度が変わったことと、喉を潰さん勢いに、そいつは目を白黒とさせていた。そいつの頭をもう一方の手で掴む。髪をぐしゃぐしゃにしてやる。あんたにはこれがお似合いよ。
 耳元で囁くように、低い低い声で、そして静かに、あたしは再び要求した。
「拾えよ」
 突き飛ばして、解放してやる。バランスを崩して地面に尻餅をついていたそいつを、あたしは無表情で見下ろす。そいつは、初め混乱していたようだけど、状況を理解すると急に顔を真っ赤にした。立ち上がり、緑の文庫に近づく。しかし、そいつは文庫を拾おうとはせず、あろうことかそれを土足で踏みつけた。
「何よその目は。ホンの冗談なのに、マジになってバッカじゃないの?・・・――っと、髪ぐしゃぐしゃにしやがって。西園のくせにマジうぜー」
 そいつは軽薄な笑い声を出して、いまだ自分が優位であるというアピールをする。
 あたしは無言のまま、無表情のまま、そいつに近づく。そいつは未だに態度を変えないあたしに、困惑と怒りが混じった表情をする。
「な、何よ」
 あたしはそいつの両腕を掴み、無茶苦茶に引っ張る。そいつは体をよじり、手をじたばたさせて抵抗する。
 しばらくもみ合いが続いたが、最初に腕を掴んだのが体勢的に良かったらしく、最終的にはあたしがそいつを地面に引き倒すことが出来た。左手でそいつの顔を地面に押し付ける。
「拾え。拾うんだ」
 そいつは手足をばたつかせたあと、文庫を掴む。しかし、まだ抵抗を続けるつもりなのか、文庫を乱暴に投げる。あたしの足元でそいつが吠えた。
「ふっざけんなよ!何だよ!てめえ!」
 あたしは力任せにそいつを引き摺り回す。そいつの頭を前後に動かし、地面に擦り付ける。ちょうど、おろし金に大根を擦り付けるような感じだ。ああ、紅葉おろしって表現の方が色が合ってて丁度いいかも。顔面が土でぐちゃぐちゃになる。石で顔が切れようとも、あたしは止めようとしなかった。そして、無感情な要求だけを淡々と続けた。
「拾え、拾えよ。拾え、拾え。拾うんだよ」
 やがて、そいつの口からあたしを罵る金切り声は消えた。代わりに嗚咽が聞こえる。抵抗もしなくなった。そいつは目の前にあった文庫を両手で掴むと、震える手で恭しくあたしの方に掲げた。
 あたしはそいつの頭から手を離すと、立ち上がって、周囲を見渡した。こいつと一緒に居た奴は姿を消していた。先生でも呼びに行ったのかもしれない。そして、ちょうど土下座をしているような格好になっているそいつを見下ろした。こいつのスカした顔が今どんなステキな顔になったのか気になるけど、あたしは醜悪なものをわざわざ見る趣味は無い。まっ、こんなもんか。
 御苦労様。
 あたしはそいつの後頭部を、土足で踏みつけた。



 部屋の中の壊れた窓の真正面で。
 あたしは外を眺めていた。澄み渡った青い空に、白い雲が眩しく映える。きっと外は気持ちのいい風が吹いていることだろう。
 あたしは散乱したガラス片を足で部屋の端に寄せると、部屋と外の境界線に腰を下ろした。
 今やあたしは、出ようと思えばいつでも外に出ることが出来た。けど、そんな必要、今は無い。
 美魚はあの日から、虐められなくなった。それでも、皆から避けられていることには変わりはない。美魚は未だにこの部屋のドアを開けたまま、部屋の中を行ったり来たりを続けている。
 でも、きっとこれからもっといい毎日になる。
 本当は、これが無ければ最高なんだけどね。あたしは二人を分かつ壁をコンコンと叩きながら独り呟く。
 この壁が無くなるその日まで、いつでもあたしはあなたの傍に居る。あなたが望めば、いつだって助けに行く。だから、ね、安心して、お姉ちゃん。


[No.356] 2009/08/28(Fri) 00:52:50
メタフィジーク・ウィンドウ・アウト (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@10850 byte

「さてさてさて、今回もやって参りました!
 リトルバスターズ観察日記。観察者はもちろん私、朱鷺戸沙耶と!」
「結局お前は何者だったんだランキング2位、惜しくも来ヶ谷さんに僅差で敗れたこの西園美鳥と!」
「あ、御二方。お茶が入りましたよ」
 だぁー。とずっこける沙耶と美鳥。そんな2人のリアクションを見てきょとんと首を傾げるみゆきだった。



 メタフィジーク・ウィンドウ・アウト



「さて、改めまして」
 こほんと咳払いをする沙耶。3人にお茶が配られ、お茶菓子も完備された所をしっかりと確認してから大声をあげる。
「さてさてさて、今回もやって参りました!!
 リトルバスターズ観察日記。観察者はもちろん私、朱鷺戸沙耶と!!」
 ズズ〜。
「あ、古式さん。このお茶美味しいね。有名な奴?」
「ふふふ。いいえ、どこでも手に入るようなお茶ですよ。淹れ方にコツがあるんですよ」
「うんがー! 人の話を聞けぇー!!」
 お菓子の羊羹までもぐもぐとさせている2人に沙耶の怒りが爆発する。
「落ち着いて下さい、朱鷺戸さん」
「そうだよ沙耶ちゃん。女の子はもっとおしとやかであれってね」
 怒鳴られたのに結構平然と対応するみゆきと美鳥。あげくにお茶をすすめてまあこれで落ち着いて下さいなとか言い出す始末である。
「くそぅ。いいわよ、もうどうでもいいわよ」
 泣きそうな顔をして差し出されたお茶をすする沙耶。だがしかしすぐにその顔はほころんでいく。
「あ、本当に美味しい。さっき言っていたお茶を淹れるコツってどんなのなの?」
「じゃあそろそろリトルバスターズの観察をしましょうか」
「スルー!? っていうか物凄く納得がいかないんだけど!」
 ズビシと突っ込みを入れる沙耶に一切の関心を払わずに側にあった窓を開けるみゆき。その窓の外に映るのは空、その空の中でリトルバスターズの面々がいつも通りに野球をしている。

 ――おりゃあ! 必殺、消える魔球ぅぅぅ!!
 ――殺してどーするんだこのぼけっ! そして一塁に送球するのに消してどうするんだばかっ! っていうか球が消えるかこのあほぉ!!

 本当に、いつも通りに。
「いつも通りですね」
 変わらぬ姿を見て微笑ましく笑いながらお茶をすするみゆき。その隣でさめざめと泣いている沙耶と、そんな沙耶をあやしている美鳥。
「美鳥さぁん、このマイペースっ子をどうにかしてぇ」
「もう諦めましょうよ、沙耶さん。こういう人だって割り切らなきゃ」
 きぃんと窓の外から快音が響く。空に舞う白球は高く高く舞い上がる。
「ぎゃふ!」
 そしてそれは窓を通過してゴンと泣く沙耶の頭に命中。

 ――おお、大ホーマーだな、理樹。
 ――また一個ボールをなくしちゃったけどね。

 そんな呑気な声が聞こえてくる窓の外をキッと睨みつける沙耶。
「なにすんのよ理樹くん!」
「叫んでも聞こえる訳ないじゃないですか」
「っていうかあたしってこういう役!?」
「何を今さら」
 当然と言わんばかりに返事をするみゆきを恨みがましく見る沙耶。その視線を完全に無視してほぅと温かい息を吐きながらお茶を味わうみゆき。
「くそぅ、この恨み、晴らさずでおくべきかぁぁぁ!」
 叫びながら沙耶は飛んできたボールを思いっきり窓の外に投げ返す。
「あ」
 そしてその行く先には、美魚の姿が。思わず美鳥の口から声が漏れる。
「ちょちょちょ、なんで美魚にボールを投げるのよ!」
「ゴメン、素直に手が滑った」
 神妙に謝る沙耶だが、もちろんそれでボールが止まる訳がない。みるみる美魚に近づいていくボール。
「あああ! 美魚、危ないって!!」
「だから叫んでも聞こえませんって」
 目をつぶってズズズとまったりお茶を飲みながら冷静にツッコミを入れるみゆき。そして片目だけ開けて、ウインクにもにた表情を作りながら補足する。
「それに、美魚さんは心配するだけ無駄でしょう」
「それでも心配するのが姉妹ってものでしょう!?」
「私、姉妹居ませんから」
 ポヨンという間の抜けた音がして美魚の日傘で飛んできたボールが弾かれる。当然、美魚は無傷だ。

 ――どこから飛んできたのでしょう?
 ――本当にな。他に野球をやっている訳でもないし、ソフトのボールでもないし。
 ――やはは。案外さっき理樹くんが打ったボールが次元を捻じ曲げて飛んできたんだったりして。

「脈絡はないけどほぼ正解よ、三枝さん」
 つまらなそうに言う美鳥。楊枝で羊羹を口に運びながら相づちをうっているみゆき。ガチャンと銃の整備を整備をしている沙耶。
「って朱鷺戸さんは何をしてるんですかぁ!?」
「え? 美魚さんに心配はいらないとか言われたのが悔しいから、実弾でも心配がいらないかなっていう実験」
「いきなりそんな恐ろしい実験コーナーを始めないで! 美魚が死んだらどうするの!?」
「あ、でも不穏な空気を感じたみたいね。電磁バリアーを用意し始めたわよ」
 みゆきの言葉に言い争いをやめてガバと窓の外を見る2人。確かに窓の外には電磁バリアーを用意し始めている美魚の姿が。
「ねえ、美鳥さん。なんであなたのお姉さんは他次元からの攻撃の気配を感じ取れる能力を持ってるの?」
「そんなの私が聞きたいわよ、もう」
「これがNYPの本領発揮なのでしょうか?」
 既にどうでもよさそうな3人だった。



 校庭からリトルバスターズの面々が引きあげていき、もうすぐ夕食の時間になる。3人もみゆきが用意したきりたんぽ鍋をつつきながら窓の外に映る食堂の風景を眺める。ちなみに比内地鶏を含めた高級鍋だったりする。
「ホットケーキパーティーとかはやってたけどさ、鍋パーティとかはやらないのかな?」
「やるとしても冬になってからじゃない?」
 はふはふと熱々の鍋に舌鼓を打ちながら話す沙耶と美鳥。ちなみにみゆきは黙々と食事に没頭していたりする。

 ――ぉぉぉぉぉ。俺のリトルバスターズジャンパーがぁ!!
 ――お、すまん謙吾。またカレーうどんの汁が飛んだか?
 ――また飛んだぞ! これで何度目だと思っている!?

「そう言うなら宮沢さんも食事の時にはジャンパーを脱げばよろしいのに」
「一時も脱ぎたくないんだけでしょう? あれを着たまま部活に参加した時の二木さんの表情は面白かったし」
「っていうかみゆきちゃん、食事早いね!?」
 いつのまにか自分の分の鍋を食いつくしたらしいみゆきに向かって思わずつっこみを入れる美鳥だが、みゆきはまたしてもスルーして窓の方を向くだけ。
「みゆきちゃんって冷たいよね」
「今さらじゃない。もうこういう人だって割り切らないと」
 立場を入れ替えて慰め合う美鳥と沙耶。

 ――で、鈴はまたカップゼリー付き?
 ――ち、違う。たまたまてきとーに選んだ奴にカップゼリーが付いてただけだ!
 ――あ、鈴ちゃんまたカップゼリーなんだ。カップゼリー、美味しいよね。
 ――うん。カップゼリーは神だな。小毬ちゃん、1個食べるか?
 ――語るに落ちてるぞ、鈴。
 ――ありがとー。じゃあ私の飴をあげるね。半分こでお互いにハッピーなのです。

「あ、沙耶さん。そっちの醤油を取って」
「はい」
「ありがとう」
「2人とも興味なくしすぎです。ところでデザートに桃のアイスがありますけど、どうです?」
「そういうみゆきちゃんも興味なくしてるよね。アイスは食べる」
「私も食べる」

 ――さあさあクドリャフカ君。この牛乳を飲みたまえ。やはり大きくなるには牛乳だぞ。
 ――や、やはり来ヶ谷さんも牛乳をたくさん飲んだからっ!?
 ――ん? ああ。私は外国暮らしが長かったからな。私が住んでいた所では特に牛乳の消費が多かった。
 ――の、飲むです。暴飲暴食になる程飲むですっ!
 ――いや、物事には限度とか適正量とかいう物があるのだがな。
 ――んっく、んっく。
 ――はぁぁぁ。一生懸命に牛乳を飲むクドリャフカ君、萌え。

「この桃のアイス、美味しいわね」
「ありがとうございます。ちゃんと桃を使っていますから美味しいんでしょうね」
「みゆきちゃんの腕があってこそだと思うけどなぁ」

 ――つまり、私も牛乳を飲めば胸が大きくなると?

「あ、やっぱり美魚は胸が小さいの、気にしてたんだ」
 美魚が窓の景色に映ったと同時にいきなり窓の外に注意を払う美鳥。つられて窓の外に視線を向ける沙耶とみゆき。
「美鳥さんも胸の大きさは一緒ですけれども」
 みゆきの発した言葉に思わず自分の胸を見る美鳥。沙耶の視線も自然にそこに向いてしまう。
「まあ、ドッペルゲンガーだし。それで?」
「美魚さんみたいに自分の胸の大きさを気にしたりはしないんですか?」
 美鳥はそう言うみゆきの胸に視線を向けてみる。美乳。次に沙耶の方に視線を向ける。巨乳。窓の外の来ヶ谷を見る。爆乳。自分の分身である美魚の胸を見る。貧乳。
 その全てを見て、はぁとため息をつく美鳥。
「全く気にしないって言ったら嘘になるけどね。胸が小さい方が好きな人だっていない訳じゃないし、しょうがないとしか言いようがないじゃない」

 ――別にいいです。胸が小さい方が好きな殿方だっている訳ですし、私は気になんかしてませんから。

「美鳥さんは悟っているように聞こえるけど、美魚さんは物凄く悔しそうに聞こえるわ」
「というより、美魚さんのは負け惜しみ以外の何物でもないでしょう」
 清々しい顔の美鳥と無表情の美魚を見ながら言いあう沙耶とみゆき。

 ――ちなみに理樹少年は胸がある方とない方、どっちが好きなんだ?
 ――えええええ? そこで僕にふる訳っ!?

「ナイスです、来ヶ谷さん!」
 思わず大声をあげる巨乳の沙耶。シニカルにフフと笑うのは美鳥。
「もちろん貧乳が好きなのよね、理樹くん。なんだって美魚とあそこまでしたんですし、それに1日中私とシた事を忘れたとは言わさないわよ」
「いえ、ですから忘れてると思いますよ?」
 律義につっこむみゆき。もちろんそんなつっこみなんて聞いちゃいないけれども。
「あーはっはっは。何を言うかと思えば。中庭で私と一度きりの情熱的な逢瀬をした理樹くんが巨乳好きじゃない訳ないじゃない」
「能美さんとも情熱的にシてる事はシてますけどね」
 みゆきは義理だと言わんばかりに一応こちらにもつっこみを入れておく。
「さあ」
「理樹くん」

 ――胸がない方とある方。
 ――どっちが好きなのかな?

 前のめりになって鼻息荒く窓の外を覗きこんでいく沙耶と美鳥。窓の外の光景はもちろん美魚と来ヶ谷に迫られていてタジタジになっている理樹が映されている。

 ――あ、あの。それは。
 ――それは?
 ――それは!?

「「それはっ!?」」
 ゴクリと唾を飲み込んで理樹の返答を待つ。そこから少し離れたところで話題から弾き飛ばされたみゆきがつまらなそうにしていたり。

 ――む、胸が好きなんじゃなくて好きになった人の全部が好きなんじゃないかなって思うんだ。

「逃げたわ」
「逃げたわね」
「ええ、逃げましたね」
 窓を見ながら頷きあう3人。この手の質問に逃げるなという方が無理な注文なのだろうけど。
「あ〜あ、つまんない。絶対巨乳の方が好きって言うと思ったのに」
「むしろ美魚の胸が好きって言った方が面白かったのに」
 さらりと言う美鳥にみゆきの顔が少し引きつる。
「いや、それはいくらなんでも」
「冗談でもそう言ったら美魚の反応が本当に面白そう」
「本当に妹?」
 ひどい事をためらいなく言う美鳥に沙耶の顔もひきつる。けれども美鳥の顔は平然としたまま。
「妹じゃなきゃ、冗談でもこんなひどい事言えないし」
「それもそうね」
 妙な納得をした沙耶。そんな会話を聞きながらみゆきはチラと時間を計る。
「そろそろ時間ね」
「え、もう?」
「楽しい時間ってすぐに過ぎるから嫌」
 沙耶と美鳥がつまらなそうな顔をする。その間にも眼前の窓の上から雨戸が音をたてながら徐々にしまっていく。消えていく窓の外では、まだ楽しそうに食事だかじゃれあいだかをするリトルバスターズの姿が映っている。
「あーあ。あっちは楽しそうなになぁ。なんで参加出来ないんだろう?」
「本当よ。たまには理樹くんと話をしたいのに」
「まあまあ、いいじゃないですか。私たちには永遠の時間があるんですから」
 ふてくされる美鳥と沙耶をなだめるみゆきだが、逆効果らしい。2人そろってジロリと見られてちょっとだけたじろいでしまう。
「そういう古式さんだって、宮沢くんと話したいんじゃないの?」
「それはもちろん話せればそれにこした事はないのですけど」
 もうほとんど雨戸に隠れてしまった窓だけど、一瞬だけ謙吾の顔が映った。満面の笑みのそれを見て、みゆきは寂しそうに笑う。
「御二方と違って私の場合は自業自得ですから」
 そのしんみりとした顔を見て、居心地が悪そうに体をゆする沙耶。
「あたしが悪かったわ」
「あ〜、そういう辛気臭いのはナシナシ」
 美鳥も一緒になってそう言う。
「そうですよね。終わりよければ全てよしと言いますし、終わりくらいは笑顔の方がいいですよね」
 そう言って無理にではなく、自然に浮かんだ笑みで窓の方を見るみゆき。頬杖をついた美鳥と、花火を見終わったような顔をした沙耶も窓の方を見る。
 3人の視線を受けたように、1日のうち僅かな時間しか開かない窓が、ピシャンと音をたててしまった。


[No.357] 2009/08/28(Fri) 03:18:24
夏の日 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@7983 byte

 細い首筋から汗の粒が静かに伝わっていく。鎖骨を舐めるようにして乗り越え、慎ましく穏やかな胸のふくらみにさしかかったところで薄桃色の下着に吸い込まれる。汗のなぞった跡には窓から飛び込んだ太陽が微かな軌跡を浮かび上がらせている。室温は三十六度。デジタル式の目覚まし時計についているお粗末な温度計だけれど、実際の体感温度もそんなものだ。
 再び目線でなぞる先では、最低限の下着だけ身につけたすらりとした肢体が肌を露わにしている。大理石が光を通してぼんやりと輪郭をとろけさせるように、夏の日差しは鈴の体を陽炎のように揺らめかせていた。手を伸ばせば触れて撫でれる距離だというのに。
 僕の視線に気づいたのか、鈴のジト目が飛んでくる。
「理樹、えろい」
「それ、そっくりそのまま返すよ」
「お前だって似たような格好だろうが」
 確かにその通りだ。六畳半の一室に、下着だけの男女が寝転ぶ。響きから想起される世界には何だか生温いエロスがあるけれど、現実は暑くてしょーがなくて二人してすっぽんぽんになってしまう一歩手前で暑さを凌いでいるだけだ。
 昼下がりの部屋は温度も最高潮で、テレビから流れてくる甲子園の熱気と窓から飛び込む蝉のわめき声が、どうしようもなく夏を醸し出している。
 甲子園は現在三回の表。対戦は事実上の決勝戦などと銘打たれた準決勝を勝ち抜いてきたチームと、クジ運で勝ち抜いてきたと言われたチーム。前者にとっては勝てば久しぶりの、後者にとっては初の優勝だそうだ。生憎とどちらの県の出身でもない僕らは、何となく後者のチームを応援していた。どちらも打力に自信のあるチームらしく、試合は乱打戦の様相を呈していた。見ている分には投手戦よりも盛り上がりやすいから嬉しい限りだ。
「暑いな」
 鈴が唐突にぽつりと言った。現在言ってはいけない言葉ベストテンに入る、というか間違いなくナンバーワンの言葉だった。
「クーラー」ちらりと沈黙しているそれを見る。「つける?」
「電気代、理樹持ちでよろしく頼んだ」
「いや、ないない」
 鈴がむすっとした顔を向ける。こんな馬鹿みたいに暑い日でなかったならば、無駄のぎっしりと詰まった阿呆な会話が繰り返されるのだろうけれど、今、そんな余力はどちらにもない。体から出すものなんて汗だけで十分だ。
 テーブルの上へと手を伸ばし、置かれていた二つの団扇を手に取る。緩慢な動作で片方を鈴に渡す。こいつあほだー、みたいな視線が突き刺さるけれど気にはしない。
「理樹」
「団扇だよ」
「わかってるわ、しね」
「会話すっ飛ばしすぎでしょ」
 鈴の言うようなことなんて十分想像できるし、暑さのことを考えると、省エネで会話を進行させたいからこれぐらいがちょうどいいというのも一応は事実だ。
「まあ、とりあえず扇いでみようよ」
「団扇は自分の頑張った分しか涼しくならんから嫌いだ」
 もちろん、扇子もな! と、人差し指をびしりと突きつけてくる鈴のでこに、中指と親指から繰り出される会心の一撃を加えてやりたくなるけれど、暑くて動く気がしないのでやめておく。
「扇風機、寝相で蹴り飛ばしてぶっ壊したの誰だと思ってるのさ」
 首を振る扇風機を寝ながらも追いかけてごろごろと転がる鈴を可愛いなあなんて思っていたら、右足をすらりと不意に振り上げて、そのまま渾身の踵落としで扇風機をへし折った。あの時はこの世全ての悪意を身にため込んだような感情が爆発寸前まで膨らんだ。何とか我慢したけれど。
「それじゃあ、僕が鈴を扇ぐから、鈴は僕を扇いでよ」
「うむ。了解した」
 即答だった。
「……言っておくけど、僕を扇がないで自分を扇ぐなんてベタなことしたら、すぐに思いっきり抱きつくからね」
 鈴の表情が一瞬固まって、すぐに拒絶の色合いを濃くした嫌な感情が浮かび上がる。暑い中くっつかれるのは嫌だろうけれど、そこまで露骨だと流石にへこみたくなった。
 せーの、でお互いに扇ぎ始めた団扇は、しばらくしてどちらともなく止めた。結局は部屋の空気も暑いから、涼しいような気のするだけの生温い風しか送られてこない。手首を振り続けている方がよほど体温を上昇させていた。
「しんでしまえー」
「ごめん、これは僕のミス」
 どこへともなく鈴は言葉を投げ、僕もそれに応える。
 甲子園の様子はいつの間にやら盛り上がりが徐々に収まり、乱打戦から停滞した投手戦へと姿を変えていた。両チームともに、エースは速球派ではない。変化球のキレや制球力が素人目から見てもそれなりにあるのはわかるけれど、盛り上がりに欠けるのは否めない。ヒットが出るたびに方向転換される実況の方が面白いと言えば面白い。
 甲子園の歓声も実況もかき消して、開け放った窓からは名前を連呼して投票を訴えかけてくる車の声が響く。どうやら誰かが手を振ったらしい。五月蠅くて仕方がないけれど名前はうっすらと記憶に残っている。記入用紙を前にしてぼんやりしたとき、たぶんふと思い出したその名前を書くのかもしれない。
 蝉の声が窓から飛び込んで、その下を滑り込むように聞こえたのは子供の声だった。特に怒っているわけでもないのだろうけれど、さっきの選挙の車に向けて文句を大声でとばしている。うるせー、と叫ぶ自分たちの声が今は最も五月蠅くなっていることなんて気にしないんだろう。どうやら彼らは野球をしに、近くにある広めの公園へ行く途中らしかった。
 同じように鈴も彼らの声を聞いていたらしい。
「キャッチボールでもやりに行くかー」
「ボールもグラブもないからね」
「そりゃ、どうしようもないな」
「うん。どうしようもないよ」
「小学生から借りるか」
「その格好で?」
「この格好で籠絡してみせる」
 無言で鈴のどこまでもスレンダーな体つきを見る。僕は落とされても小学生はどうかなあ、と考えているうちに団扇を頭に投げつけられた。
 甲子園は投手戦が続き、折り返した六回表になってもたびたび映し出される電光掲示板はゼロ行進で進んでいた。終わらない悪夢のようなゼロ行進でも、ごちゃ混ぜになって届く観客の声に変わりはない。窓越しに聞こえる蝉の声も相変わらずだ。
 繰り返しすらもやめて停止したような部屋の中で、鈴の肌を伝う汗だけが動きを持っていた。たぶん僕の汗も。暑さでうつろな鈴の瞳にも、僕が見ているのとまるで変わらない甲子園が映っている。
 不意に、テレビから聞こえる歓声が熱量を上げた。打球が歓声を切り裂いて、弾けるようにバッターと塁上にいたランナーが走り出す。砂埃をあげて駆け抜けた彼はホームベースを叩き、試合は唐突に動きを取り戻した。
 ずるずると続く押し寄せる津波のような大量得点。釣り合っていた天秤の大破。事実上の決勝戦を制してきたこのチームは、実際の決勝戦もやはり勝ってしまうらしい。
「理樹」
「何?」
「お腹すいた」
「あー、僕もちょっとすいてきた」
 ゼロ。
「理樹」
「何?」
「やっぱり、クーラー」
「ごめん。あれ実は壊れてて、今動かないんだ」
 ゼロ。
 相手が打ったから打ち返す、というわけにもいかないらしい。ゼロで進む試合の進みは早い。試合はもはや終わりかけていて、それでいてこの上のない熱気に包まれていた。九回ツーアウト、諦めて帰り始める人を繋ぎ止めるように、金属音が球場に鳴り響く。点差はあれよあれよと残り一点。実況は大盛り上がりで声を上げて、信じられないと言葉をを繰り返す。ここまで追い上げたのも奇跡的、逆転できたらまさに奇跡、らしい。
「理樹」
「何?」
「暇だな」
「暇だねえ」
 追いかける彼らは、初の優勝を手放したくないとか意地を見せたいとか、意識の上ではいろいろ考えてはいるのだろうけれど、結局はいつもと変わらず打っていただろう。相手だって少し早くこの大量得点に結びつけただけなのだから、彼らが取れないという道理はない。
「理樹」
「何?」
「いや……何でもない」
「そう?」
 でも僕は思う。残り一点。奇跡の一歩手前――そこまで近づけたのはたぶん天にいらっしゃるであろう誰かの考えか何かで、決勝のやり直しなんてありはしないから、誰かが間違えてそんな馬鹿なことを願いはしないように、奇跡寸前のまがい物を甲子園球場に放り投げたに違いない。
 こんだけ頑張ったんだ。潔く、あきらめろ――。
 単純に、飽きただけかもしれないけれど。
「理樹」
 試合終了のサイレンが響いている中、鈴は言った。
「何?」
「ちょっと、寂しい」
 サイレンに隠されていて気がつかなかったけれど、あれだけ持続していた蝉の声が途切れ途切れになっていて、ふと見た窓枠の中を上から下へと蝉が落下していった。選挙の車も戻ってこない。蝉の声は聞こえない。少年たちは帰ってきそうもない。
 サイレンがまだ止まない中、僕は鈴のすぐ隣に移動して、無造作に置かれた右手の上に左手を重ねた。汗がじっとりとしていた。
「理樹」
「何?」
「言っておくが……しないぞ」
 顔を横に向けると、鈴と目が合った。
「そっか」
 ならばどうしようかと考えると、サイレンが鳴りやんだのを見計らったかのようなタイミングで玄関のチャイムが鳴った。宅配便か何かだろう。
 最低限の服は着ようと、脱ぎ散らかしてあった衣服を手に掴んで立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。中腰になった僕に、鈴がしがみついていた。
 玄関のポストに再配送の紙が滑り込み、人の立ち去る音がする。
「ねえ、鈴」
「何だ」
「窓ってさ、開けるためにあると思う? 閉めるためにあると思う?」
「どっちでも構わんけど……今は暑いから開けといてもいいんじゃないか」
「おっけー」
 それならば、蝉に混ざって鳴き疲れてしまえばいい。
 腰に巻き付いた鈴の両手を手にとって、畳の上へと押し倒す。遠くから、蝉の声がまた聞こえ始めた。


[No.358] 2009/08/28(Fri) 11:46:04
ニアイコールふたりぼっち (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@7785 byte

 ポケットの中には、一駅分の切符。
 揺れる車内に人影はない。広がる景色からコンクリートが消えて、三十三分。心地よい振動に身を任せている時間はと言うと、はや二時間と十二分。他の乗客は一つ前の駅でだいぶ降りてしまった。後ろの車両を見てみても、人がいないのか死角になっているのか、判断がつかなかった。
 隣の葉留佳は、飽きもせずに外ばかりを眺めている。美魚は、景色以上に飽きた文庫本の表紙をなでている。

「それでさー私の婚約者二人のことなんですけどネ?」
「いつもどおり脈絡がありませんね。聞きたくないんですが」
「一人はねー、私たちと同い年なんだけど、一言で言うとチビガリデブなんですヨ」
「いつもどおり話しを聞きませんね。……チビガリはいいとして、どうしてデブが関わってくるのですか?」
「うーん、お腹まわりだけドルジ?」
「それはもしや餓鬼ですか? 妖怪のほうの」
「もう一人は人生曲がり角のハゲチャビン」
「ロリコン乙」
「……ん? ハゲチャビンってなんかモンスターの名前みたいじゃない? 特技はフラッシュと毒々ならぬ油々」
「地味なのに的確な嫌がらせが得意、と。三枝さんにぴったりですね」
「む、どういう意味だー?」
「地味なのに的確な嫌がらせが得意な三枝さんとぴったりです」
「つるのムチ、つるのムチ、つるのムチー!!」
「辞典クラッシュ」
「ぎゃぼー!!??」

 車内アナウンスが終点を告げる。もう乗っていることは出来ない。電車が止まる。ホーム側のドアが、開かない。ホームが狭く、真ん中の二〜三両分しか開かないらしい。葉留佳たちは先頭車両に乗っていた。二両分引き返した。
 ホームに降り立ったとたん、むせ返るような潮の匂いと、鼻を刺す冷気、音のない騒音が出迎えた。
 改札に人はなく。木箱が一つ。電子定期券用の妙な機械が一つ。葉留佳は気にせず改札を素通り。美魚はおっかなびっくりその後を追随する。

「みおちんはそう言うのないの? 恋バナみたいな」
「話す必要がありません」
「えー? 私は話したじゃん。ほらみおちんも!」
「勝手に話し出されただけなのですが……まあ昔の話ならいいでしょう」
「いよっ待ってました!」
「私の初恋は小学二年生のときです。同じクラスの男の子を好きになりました。一月後、その子は親の都合で引っ越していきました」
「終わるの早っ!? そして切なっ!?」
「次の恋は小学三年生のころ。図書館で知り合った男の子です。その子の親が不幸にあって親戚の家に引き取られていきました」
「二連チャン!?」
「次は小学六年生」
「もう止めて、はるちんのハートはずたぼろよ!」
「好きだと言えず一年間。学区の違いで別々の中学に……」
「うぎゃー!!」
「――とかいうことがあったら嫌ですよね」
「全部嘘かヨ!!??」

 こつこつと。アスファルトを踏み鳴らしながら、二人は歩く。海は、遠かった。吐く息が白い。透明な世界を、白く濁す。だけど、世界はすぐに透明になる。理不尽で不条理なほど綺麗な仕組みだった。世界に残せない白を、美魚は両手に吐きかけた。ほんの少しの温もりが、手のひらをすりぬけていった。

「みおちーん、はいチーズ!」
「っ!」
「おー。普段からは考えられないようなすばやい動きで顔を隠されたー」
「……三枝さん。いい加減にしてください。撮らないでほしいと、あと何回同じことを言わせる気ですか?」
「んー、メモリ的にはあと八十枚ぐらい取れますネ」
「そのカメラを渡してください」
「データを消去するの? 機械オンチのみおちんが?」
「破壊します」
「別にいいけど、弁償は五万超えコースですヨ?」
「くっ……!」

 潮のにおいはするのに、どこまで歩いても海につかなかった。見えてはいる。ただ、近くに見えるはずなのにたどりつけないだけで。海へまっすぐ続く道はない。九十九折の道にそって、ひたすらに下っていくしかなかった。
 ――むしろ、たどりつかなくてもいいのではないか?
 美魚はふと、そんな疑問を持った。しかし口に出しはしなかった。心の奥底、自分でも意識できない場所に封じこめた。そこにはすでに、同じ疑問がひしめきあっていた。
 歩く、歩く。二人は歩く。黙々と、粛々と。美魚は積極的に話すほうではないし、葉留佳は騒ぐネタがなければ騒げない。ゆえに進行は静か。
 葉留佳は手袋を外し、ケータイを取り出した。しゃこんとスライド、ぽちっとセンター。新着メールは0件。やはは、と不器用に苦笑う。美魚はそれが泣きそうな顔に見えた。
 じゃりじゃりと。アスファルトの上の砂をかき乱しながら、二人は歩く。
 海が、近かった。
 ゴミが散らばった砂浜。黒い水。赤い空。岩礁のような岩の間にかろうじて存在する空間に、その海はあった。

「いやー、キレイですネ?」
「どこら辺がキレイなのか具体的に説明してください」
「海ですヨ? 海じゃん。海だから!」
「全然具体的ではありません」
「えっと、えーっと、あ、ほら! 夕日! 夕日キレイ! 夕日ちょーキレイ!」

 美魚は海に沈んでいく夕日を見て、いまさらながらに時間がずいぶん経っていることに気がついた。朝はまだ、確かに学校にいたと言うのに。
 ぱしゃり。
 シャッター音。横を見る。デジカメが美魚を捉えていた。残り七十九枚。レンズの向こうの葉留佳と目が合う。怒ろうと口を開きかけ……結局、ため息しか出てこなかった。

「さてと!」

 おおげさに呟いて、デジカメをぽいっと砂浜に投げた。
 ポケットを探る。ビー球が出てきた。ぽいっと砂浜に投げた。
 ポケットを探る。ボンドが出てきた。元の場所に戻す。
 ポケットを探る。ケータイが出てきた。元の場所に戻す。
 ポケットを探る。財布が出てきた。ぽいっと砂浜に投げた。
 靴を脱ぐ。ボーダー靴下を左だけ脱いで、ぽいっと砂浜に投げた。靴を履き直す。
 そうして、葉留佳の最大の特徴である変則的なツインテールに手をかけると、一息にほどいた。手には、子供じみた髪留め。髪が流れる。太陽を反射して赤いうねりとなり、癖のないストレートヘアーが腰までを覆った。美魚はそれだけで、目の前の彼女が誰だかわからなくなった。錯覚だったが。彼女は美魚に、髪留めを差し出した。美魚は受け取らない。こんな物いらないと、視線にこめて投げつけた。やはは、と爆笑。彼女は髪留めを、そっと砂浜に横たえた。
 踏み出す。
 夕日に向かって歩いていく彼女を、美魚はじっと見ていた。ふと思いついたかのように、彼女が投げ捨てたデジカメを手に取る。見よう見まねでツマミのような物をひねると、背面のディスプレイに光が灯った。これで撮れるのだろうか? とりあえずファインダー越しに彼女を覗いてみた。
【ざり、ざり。ビンの破片を踏み、足の裏を切った。ざり、ざり。くらげのような物を踏んで転びそうになった。ざりざり。ちゃぷ。履き口から海水が浸入してくる。ちゃぷ。刺すような冷たさと、傷を刺激する熱さが襲う。ちゃぷちゃぷ。ちゃぷちゃぷ。】
 ファインダーの向こう。一枚の絵画のような光景が広がっていた。海に沈んでいく夕日、夕日に向かう彼女。少しだけうらやましくなった。ずっと見ていたい光景だと思った。その光景を切り取る手段は、今まさに手元にある。美魚は人差し指でシャッターボタンを押した。チキキ! これで撮れたのだろうか?

【夕日が沈んだ。】

 少し先の街灯が体全体を、ディスプレイの明かりが顔を、薄ぼんやりと照らしている。美魚以外に、人影はなかった。きょろきょろと辺りを見回し、結局手元のデジカメに視線が戻った。美魚はぽちぽちと、無知ゆえの大胆さと慎重さでデジカメを操作する。危うく全消去しそうになったときはさすがに慌てた。落ち着いてNoを選択。やがて美魚は、お目当ての動作――今まで撮った写真を見る――ことに成功した。
【学校の風景が写る。見慣れた建物が、見慣れないアングルで写し出されていた。何枚も、何枚も。】
【その途中に一枚だけ、見たことのない民家が写った。ごくごく平凡な一軒家だった。】
【やがて見覚えのある写真が出てくる。教室の床にばらまかれたカッターナイフの刃。一片一片のそれらが無数に散らばって、不規則な光線を反射していた。】
【教室の入り口、不機嫌そうな怪訝そうな目でこちらをみつめている美魚のバストアップ。】
【駅前の比較的交通量が多い道路。目の前にぶつかってきそうなトラックの一瞬。トラックにフォーカスが当てられ、周りが少しぼやけていた。】
【名前も知らない廃工場。割れて薄汚れたガラスの上に、真新しいロープがにょろりととぐろを巻いていた。】
【名前も知らない虫に怯え、半べそをかいている美魚の顔。】
【街で一番高いマンションの屋上。フェンスの端と、給水塔の一部と、真っ青な空に浮かぶふわふわの雲。】
【ホーム上からの線路。同じアングルでもう一枚、今度は電車と線路が写っていた。】
【電車内の吊り広告。連写モードで撮ったのか、少しずつずれた写真が十枚ほど。】
【コンクリートだらけの風景。コンクリートと緑の混在。緑豊かになった風景。】
【車内で読書をしている美魚の、穏やかな顔。】
【腕全体でガードした、美魚の顔。見ようによっては肘打ちしているように見える。】
【夕焼けに照らされて、赤と黒のコントラストが映える美魚の横顔。】
 必死に、デジカメを操作していく。時には一個二個と戻り、画面を食い入るように見つめた。
 とうとう美魚はその中に、葉留佳の姿を見つけることは出来なかった。

 残り七十九枚。


[No.360] 2009/08/28(Fri) 21:01:46
日常の光景 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@15955 byte

「お兄ちゃん。あーん、だ」
「あーん………うん、美味いぞ。さすがは我が妹」
 俺は今、愛しい愛しい我が妹―鈴の手料理を堪能中だ。
「そうか。うん、くちゃくちゃ嬉しいぞ」
「なに、俺もさ」
 恥ずかしそうに頬を染める鈴を見て俺の眦は下がりっぱなしだ。
 ああ、なんてこいつは可愛い生き物なんだろう。
 理樹相手にすら嫁に出すのが嫌になってしまうじゃないか。
「じゃあ次だな」
「おう、どんとこい」
 軽く胸を叩き促す。
 すると鈴は箸で次なるおかずを摘みあげ、ゆっくりと俺の口に持ってくる。
 俺はにやけそうになる顔を必死に戻し、大きく口を開けた。
「はい、お兄ちゃん」
 そして放り込まれる唐揚げ。
 口の中に広がる味はとてもジューシーだ。
「おお、これも美味いな」
 ホントどれもこれも絶品だ。
 絶対鈴はいい嫁になるだろう。
 くそっ、なんで日本は妹と結婚できないんだ。
 内心忸怩たる思いを抱えつつ、次の料理を待った。
「じゃあ次はだな」
「うん、次はどれだ」
 どれを食べさせてくれるのかとワクワクしながら鈴の次の言葉を待った。
「さっさと起きろ」
「は?」
 あまりに意味不明の言葉に思わず目が点となる。
 いやいや脈略のないのは三枝だけにしてくれ。
 それともあいつに染まったのか?
 ちょ、それはマジで止めてくれっ。ホント頼むから。心の底から願うから。
「たく、早く起きなさいよ」
「あん?」
 明らかに鈴ではない口調。
 それに疑問を覚えると同時に意識が急速に遠のくのを感じた。


「あ、起きた?」
 目を開けると目の前には我らが寮長。……いや、引退したから元寮長か。
 そいつが目の前に座っていた。
「ああ、そうか……」
 夢、だったのか。
 そうだよな。鈴があんなに素直なはずねえよな。
 お兄ちゃんとか全然呼んでくれないし、料理だって絶対作ってくれない。
 現実なんてえてして残酷なもんだ。
「…………寝よう」
 そして再びあのパライソに。
 俺は目を閉じ、そのまま机に突っ伏そうとした。
「だから寝ないでよっ」
 激しく肩を揺さぶられる。
 くそ、これじゃ寝れねえ。
「五月蝿い、俺を幸せな夢から叩き起こしやがって。そんなに起きて欲しいなら妹っぽく起こせ」
「え?」
 よく回らない頭で拙い言動をしたような気がしなくもないがきっと気のせいだろう。
 とりあえずこいつがそんな真似できるとは思えないし、これで再び夢の世界に旅立てるはず。
 俺は完全な寝の体勢に入ろうとした。
「し、仕方ないわね。……ふぅー、コホン」
 すると数度あいつが深呼吸する音が耳元で聞こえた。
 ……何をする気だ?
「お兄ちゃん、起きて」
「っ!?」
 突然耳元で囁かれた言葉に思わず俺は飛び上がるように起き上がった。
 そう、それはあまりにも完璧な妹声だった。
 くそっ、見くびり過ぎてたぜ。
「わっ、本当に起きちゃうし」
 俺が起きたのを見て驚いたような表情をあいつは浮かべていた。
 そんな顔を俺はまじまじと見つめる。
「ん?な、なに?」
 何故かあいつは顔を僅かに紅くする。
 なんだ、風邪か?
 ……まあいいか。とりあえず。
「ふぅー、似合わん」
 俺は深く溜息をついてもう一度机に突っ伏した。
「なっ、し、失礼ねっ。人の顔見てそれはないんじゃない?」
「仕方ないだろ。声は確かに素晴らしかったが、お前の容姿に妹の要素は皆無だ。これじゃあ詐欺と変わらん」
 俺は顔を上げもせず答える。
 半ば声色が理想のそれ――まあ理想の声は鈴なのは当然だが――を充分満たすクール系のロリ声だっただけに、落胆はひとしおだ。
「たく、そんなのやらせる前から分かってるでしょうが」
 分かってるよ。
 つかお前が本当にやるとは思ってなかったんだよ、などとは口が裂けても言えない。
 言ったら絶対殴られる。それはもうグーで。
 こいつは結構容赦なく突っ込んでくるからなぁ。
 これが他のやつなら口八丁手八丁でどうとでもなるんだが、来ヶ谷や西園とはまた違った意味でこいつを御せるとは思えなかった。
 だから黙ってるのがベストの選択だ。
「ん?どうかしたの?」
「いや、なんでも」
「そう?」
 しかしご他聞に洩れず妙にこいつも勘が鋭いから気をつけねば。
 たく、なんで女ってやつは嫌なタイミングで勘が鋭くなるんだろう。これだから苦手なんだよな。
「で、さっさと起きなさいよ」
「嫌だ、起きたくない」
「なっ」
 あいつのイラつく声が聞こえたが無視する。
 もう眠気自体はどこかに行ってしまったが、これはもう意地なのだ。
 何に対してか俺も分からないが、ただで起きるのは負けなような気がするのだ。
「いいから起きなさいよ」
 向こうも意地になっているのだろう。
 どうせ大した理由もないんだろうが無理やりにでも起こそうとしてくる。
「嫌だ。……どうしても起きて欲しいんならさっきとは別の方法で起こせ」
 ふと思いついたのでそんな提案をしてみる。
 さっきやるとは思わなかった妹の真似をしてきたやつだ、きっとノってくる。
「たく、いいわよ、その挑戦受けた立つわ」
 ほら予想通りだ。
「にしてもどうすれば……。妹じゃないなら姉?いや姉って分からないわね。…………あ、そういえば」
 なにかしら呟いていると、しばらくしてあいつは何かをごそごそと漁りだしだ。
「……よし、なるほど。起こすわよ、棗くん」
 俺は片手だけ上げてそれに答えた。
 ふん、何をするかは知らんがさっきのがダメだった時点で俺の勝ちは決まったも同然。
 俺を起こせるようなインパクトある起こし方があるとは思えんな。
 ……あー、暴力的行動には出ないよな、たぶん。それだけが心配だ。
「コホンッ……んしょ、んしょ」
 少しだけドキドキとあいつの行動を待っていると不意に肩を揺すられる。
 けれどそれはさっきまでとは違いとても大人しいものだった。
 ……まさかこれで起こそうとは思ってないよな。
 そう思っているとあいつの吐息が耳元で聞こえた。
「……恭ちゃん、もう放課後だよ、起きて」
「ぶほっ、な、なんじゃそりゃー!!」
 俺は思い切り咳き込みながら飛び起きた。
「おお、起きたわね」
 睨みつけた先には俺の愛用の漫画を片手に持って椅子に座っているあいつの姿。
「いやー、幼馴染の言動って予想以上に効くのね」
「ぐっ」
 確かその漫画は主人公の幼馴染が朝起こしに来るっているベタなシチュエーションがあったな。
「それにしてもまさか棗くんに妹好き、(21)好き以外にそんな属性があったとは。これからはそれで接してみようかしら」
「ねえよ、そんな属性。あまりにも予想外でびびっただけだ」
 意外に嵌っていた気がしなくもないがきっとそれは気のせいだ。
 それにニヤつくあいつの顔を見てるとなんかムカつく。
「まっ、そういうことにしとくわ。とりあえず起こしたんだからご褒美頂戴」
「はっ?」
 ぐいっと頭を差し出されてもどうすればいいのやら。
 俺は困惑の表情でじっとその頭を見つめた。
 ほう、綺麗な旋毛だ。それに多少癖っ毛だが艶やかな髪してんだな、こいつ。
「ねえ、まだ?」
 焦れたようなあいつの言葉に俺は我に返り咳払いをした。
「あのなぁ、まだって言われても俺は何をどうすればいいんだ?」
「え?何って頭撫でるんでしょ?どんなもんか一度体験してみたかったんだけど」
「はぁ!?なんだそりゃ?いつ俺が頭を撫でるって言ったんだよ」
 なにを言い出すんだ、こいつは。
 まさか幻聴でも聞こえていたのか?
 などと多少失礼なことを考えているとあいつは不思議そうに尋ねてきた。
「え?だって棗くんって女の子の頭よく撫でるんじゃないの?」
「なんじゃそりゃ。言っとくが鈴くらいだぞ、頭撫でたことあるのって」
 どこからそんな噂が出回ってるんだよ、失敬な。
 俺は結構硬派なんだぜ。
「え、そうなの?直枝くんがいつもやってるからてっきりあなたの直伝だとばかり」
「理樹?」
 何故そこであいつの名前が。
「うん。……んーと、あっ、ほらあそこ」
「ん?」
 促されて窓の外を見ると、そこにはベンチに座っている理樹とあいつに後ろから抱き着いている三枝の姿があった。
 って、おお。経過は知らんが理樹のやつ、三枝の頭を撫で始めたぞ。
「ね?……念のため聞くけどあの二人って付き合ってるの?」
「ん。いやそれは聞いてないな。現在あいつはフリーのはずだ」
 たとえ理樹から言い出さなくてもあいつが誰かと付き合いだせば俺に分からないはずがない。
「そうよねー。あっ、能美さんが来た」
「……あん?口喧嘩し始めたぞ」
「そうね。あ、直枝くんが仲裁始めたわよ。でも原因って絶対彼よね」
「たぶんな。……っておい、今度は二人の頭を撫でるのかよ。つかそれで解決か?」
 遠いせいか何を喋っていたかはまったく分からんのだが、とりあえず丸く収まったようだ。
 にしてもあいつはいつの間に女の扱いがああも上手くなったんだ?
「凄いわよねー、彼。私の知る限りあなたの妹さんと神北さんの頭も撫でるとこ見たわよ」
「あー、言われてみれば。あまりに自然で見逃してたがあいつウチのメンバーのほぼ全員の頭撫でてないか?」
 来ヶ谷はさすがに無いと思いたいが西園辺りなら自然な成り行きで頭撫でてそうだ。
「私が一番驚いたのは二木さんよ。この前寮長室覗いたら恥ずかしげに頭撫でられてたわよ」
「マジか」
 あの二木がそんなこと許すとは想像できねえなあ。
 理樹、お前はどこに行こうとしてるんだ?
 知らないうちに存在が遠いぞ。
「ね、凄いでしょ。だからあの女殺しっぷりはあなたの直伝なのかと思ってなんだけど」
「待て。誰が女殺しだ」
 酷すぎる誤解だ。
「えー、だってこの前の体育祭だって運営委員長に色目使ったり色々と裏工作してたでしょ」
「ああ、確かに」
「他にも結構女の子誑かして色々と画策してるじゃない」
「誑かすって失礼な。まぁ、画策したことに関しちゃ否定せんがな」
 何かイベントごとを起こす時は色々とクラスの女子や下級生、果ては女教師に根回してるからなあ。
 まっ、それ以外に表裏合わせた様々な交渉、実力行使もしてるけどな。
「ほらー」
「けどあくまで交渉カードの一つに過ぎねえよ。容姿や口の巧さは多少自信あるから使うが、イベントを盛り上げるためってだけでそれ以外にわざわざ女子を口説き落としたりしねえよ」
「けど女の子ってそういうの分かんないもの、いえ、分かりたくないのよ。だから棗くんが女心を弄んでるって認識で間違っていないの」
「なるほどね」
 そう言われると返す言葉がない。
 それに必要とあれば確かに女心か乙女心か知らんがなんでも利用し尽くす性分だしな。
「こんな感じか?」
 そう言って俺はさっきから教室の扉越しに覗いてるおそらく下級生の女子達に向かって手を振った。
 すると当然のように彼女達は黄色い歓声を上げて顔を紅く染め、その場を走り去った。
「あなたねぇ〜」
 呆れたように額に手を当てる姿に苦笑が洩れる。
 予想通りの反応だな。やっぱ根本は真面目なんだなこいつも。
「女殺しって言うか女の敵なのかもね、あなたの場合」
「まっ、その辺は想像に任せるさ」
 別に女連中の好感度が下がろうが立ち回りに支障がない程度なら気にならないからな。
 だが俺がそう言うと何故かあいつは少しだけその表情を歪めた。
 なんだ?なんか拙かったか?
「まあ棗くんがいいって言うならいいけどね。寂しいわよ、それ」
 あまりこいつのこういう表情は好きじゃないな。
「そうかい?……で、そんなことはどうでもいいとして、俺を起こした理由を聞いてなかったんだが」
 懐いた感情を振り払うように話題を変えた。
「ああ、そ、そうね」
 するとこいつもシリアスな空気が漂っているのが嫌だったのだろう、喜んでそれに乗ってくれた。
「……と言うか覚えてないの?」
「なにがだ?」
 ジト目で睨まれても全然思い当たる伏しが無いんだが。
「呆れた。今日買い物付き合ってくれるって言ったじゃない」
「……………………………………………おお、言われてみれば」
 確かそんな約束を2、3日前にした記憶がある。
「チッ、完璧に忘れてやがったわね」
 コラコラ女の子が舌打ちしちゃいけないな。
 それに殺気も纏っちゃいけないな。
 つかこええよ。
「で、えーと、俺は具体的に何をすればいいんだ?言っとくが買い物のセンスに期待するなよ」
 そういう場合俺は笑いに走るタイプだしな。
 まあ、それを期待してるってならご期待に沿えるよう頑張るが。
「なに言ってるの、荷物持ちよ、荷物持ち」
 呆れたように言うんじゃねえよ。
「お前なぁ。例え事実だとしてももう少しやる気が出る言い方があるもんだろ。ストレートに荷物持ちとか言われたらテンション駄々下がりだ」
「いいじゃない。こんな美少女と一緒のお買い物だし。デートとか思えばテンション上がるでしょ」
 いや、美少女とか自分で言うもんじゃないぞと心の中だけで突っ込んでおく。
 先ほど怒らせたのでそんなこと実際に言えばこいつは確実に蹴ってくる。
「理樹や鈴と行く方が楽しそうだな……」
 ついつい心の声が洩れたが、それだけは言っておきたい。
 やっぱテンションの上がり方が違うし。
「…………やっぱり棗くんってホモでシスコンなの?」
「違うわっ。つかリアルに距離を取るなっ」
 距離の取り方がギャグっぽくなくて嫌なんだが。
「まぁ棗くんがどんな性癖だろうと差別なんてしないから」
「おい」
「とりあえずそういうことなんで駅前、行きましょ」
 その多大なる誤解を解いておきたいんだがなぁ。
「ああ、待て待て。その前に理樹たちに連絡させてくれ」
「え?」
 俺の発言に何故かどん引きされた。
「……今日バスターズの活動に参加できないって連絡するだけだぞ」
「あ、ああ、そういうこと。もう吃驚させないでよ」
 あらからさまにホッとするなよ。
 つかなんでそんなに安心するんだか。
「まあとりあえず。……そういや理樹たちはまだベンチにいるのか?」
 さっきまで三枝と能美と一緒にいたが、まだいるのだろうか。
「ん?いるけど……あら、いつの間にかかなちゃんまでいるわね」
「かなちゃん?……ああ、二木のことか。どれどれ」
 再び窓の外を覗くと二木が三人に向かって説教している姿が見えた。
「なにやってんだ、あいつら」
「さあ?おおかた三人が騒いでたんで注意しに来たってとこじゃないかしら」
「なるほど。まあいっか。とりあえずメールを」
 俺は簡単に今日行けない旨を理樹に送った。
 一応あいつが新リーダーだし、理樹にだけ知らせりゃ問題ないだろ。
 するとメールが届いたのか、二木に謝りつつ理樹は携帯の確認を始めた。
「て、あらら。三枝さんたら大胆」
「あいつはなんでああも胸を押し付けるんだろうな」
「直枝くんのことが好きだからでしょ」
 そんなの当然でしょと続けるがそんなもんなんだろうか。
 俺の目には過剰なスキンシップにしか見えないのだが。
「今度はかなちゃんが三枝さんを引き離したわね。で、怒られるのは直枝くんと」
「理不尽だなぁ」
 眼下に広がる光景に俺らは好き勝手に感想を述べる。
「ん、来ヶ谷さんと西園さんね。変わった組み合わせね」
「ああ、おおかた修羅場っぽい空気を察知して来たんだろうよ」
 あの二人にはそんな特殊能力があるようにしか見えねえ。
 特に西園は俺と理樹が一緒にいると何かに導かれたかのように突如現れるしな。
「凄いわね。……あっ、今度は妹さんと神北さん、それに笹瀬川さんも来たわよ」
「ホントだ。リトルバスターズのほとんどのメンバーが揃ったな」
 一応理樹が携帯を持って俺のことを話してるみたいだが、みんなあんま聞いてなさそうだな。
 鈴も笹瀬川も言い争いを始めてる。
 それを仲裁するように小毬が走り回り、来ヶ谷と西園が騒ぎをこっそり大きくしている。
 つかすげえ騒ぎになってきたな。
「二木さんも率先して騒ぎに加担しちゃダメじゃない」
「そう言いつつお前は笑ってるのな」
「だって面白い見世物だもの」
「ま、確かに」
 上手くすりゃ金が取れそうだ。
 クソッ、楽しそうだなぁ。
「窓の外にあんな面白光景が繰り広がられてるとは、行きてえ」
「ダメよ、今日は一緒に買い物行くんだから」
 腕を掴まれた。
「ちぇ、分かったよ。確かに今あそこに行けばとばっちり食らうのが目に見えてるからな。ああいうのは傍から見てるのが楽しいんだろうな」
「でしょうね。ほら、でも時間ないし行くわよ」
「はいよ」
 俺らは窓から離れ席を立った。


「さあ出発出発ぅ!」
 俺の腕を掴みつつ、あいつは陽気に廊下を闊歩する。
 妙にテンション高いなぁ。
 歩いてる周りのやつらがちょっと引いてるぞ。
 ……そういや。
「毎回思うんだがなんで俺なんだ?荷物持ちならもっと力あるやつを呼んだ方がよくないか」
 体力に自信が無いわけじゃないんだがどうもな。
 するとあいつは気持ちいいくらいあっけらかんとした表情で答えてくれた。
「んなのいい男はべらかせたいからに決まってるじゃない」
「……そうかい」
 頼むからもうちょっと言葉をオブラートに包むやり方を覚えてくれ。
 頭痛が痛い。
「もう、さっきも言ったけどこんな美少女と一緒なんだからテンション上げなさいよ」
「わーい、うれしいなー」
「チッ、完璧な棒読みね」
 舌打ちすんなよ。
 つか腕に指が食い込んで痛いんだが。
 でも文句言われてもなぁ。
「言われてもただの荷物持ちだろう。なんか特典が欲しいんだが」
「……だから私じゃ不満」
 グイッと俺の顔を覗き込んできた。
 整った顔立ちとそれを台無しにする悪戯っ子のような表情。
 だけど今はどことなくその瞳が不安で揺れているように見えた。
「っ」
 まあお前自体に不満が無いんだがな。
 こいつの言い分じゃないが連れて歩くには申し分ないやつだし、何より道中楽しい。
 けど素直にそう言うのも面白くない。
「ならデートっぽく振舞ってくれないか」
「え?で、デート?」
 なんで驚くんだ?
 さっき自分で発言したことだろうに。
「そっ、ただのクラスメイトとその付き添いじゃ面白くない。それより恋人っぽいやり取りしてみたら道中楽しそうだ。……む、想像したら悪くない気がしてきたな」
「そ、そう?」
 何故か戸惑ったような表情を浮かべてられてしまった。
 面白い案だと思ったんだがな。
「いいじゃないかそれくらい。それっぽく喋るってだけなんだから許せよ」
「う、うん。……まぁ棗くんならそういう会話手馴れてそうよね」
「なんか引っかかる言い方だな」
「別に」
 うん?怒ってるのか?
 そんなに嫌なら撤回して方がいいのかね。
「まあいいわ、行きましょ」
「お、おう」
 けれどこいつの頭の中でどういう変化があったのか、結局了承してくれた。
「って、おいっ。手を握るな、腕を組もうとするな」
 恋人同士するように手を握り、俺の腕を自分の胸に押し付けるように腕を絡ませてきた。
 こいつ、予想以上に胸あるんだな。
「いや、だから止まれって。おい、あま……」
「むぅ、いいじゃない別に。恋人っぽくするんでしょ」
 言いつつぐいぐいと歩き出す。
 周りの連中の視線が若干気になるんだ。
「それはそう言ったが、んなの校門出てからでいいだろ」
「別にここからでもいいじゃない」
「……まあお前がいいならいいけどさ」
 知らんぞ俺は。
 溜息をつきつつ、手を握り返す。
 すると一瞬だけあいつは動きを止めたが、すぐに歩き始めた。
「まっ、なるようになるか」
 俺は諦め、引きづられるように廊下を歩くのだった。


[No.361] 2009/08/28(Fri) 21:12:36
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 まだもうちょっとだけ続いちゃったゾイ。



 《前回までのあらすじ》
 来ヶ谷とクド、真人と謙吾がフュージョンし、来リャフカと謙人という戦士が生まれた。
 強敵(変態)と戦うため、理樹もドルジとのフュージョンを果たし、スーパーねこみみメイド人ドル枝となった。
 しかしそれは、新たな強敵(変態)との戦いを意味していた!!
 次々と襲いかかる強敵(変態)に、新たな力を得たドル枝は勝てるのか!?
 どうなる、ドル枝ぇー!!










   DRAGON BUSTERS! Z2
           危険なふたり! 窓際ではねむれない編










 最近のきょーすけはきしょい。くちゃくちゃきしょい。いやあれはもーきしょいというレベルじゃないな。気色が悪い。
 理樹――いまはドル枝、だったな。ドル枝にたいするセクハラっぷりがひどい。
 ドル枝の制服をこっそりメイド服にしたり。
 ドル枝にねこ用のくびわをプレゼントしたり。
 ドル枝のぱんつを女物にしたり。
 いやドル枝もドル枝だ。制服のすりかえにきづかないでメイド服をふつうに着てくるとか。ばかかと。あほかと。……にあってたけど。
 ていうかなんで誰も、それを言わなかったのか。せんせーですら注意しなかった。
 ドル枝がそのことにきがついたのは、けっきょく野球のれんしゅーが始まってからだった。にぶちんにもほどがある。いや、みおは「ドジっ娘」って言ってたな。
『それじゃ、ボクは着替えてくるから……ってぬきゅ!? メイド服!?』
 自分のかっこがメイド服だときづいたドル枝の耳が、ぴんとなってすぐにへにゃっとなったのが、かあいかった。
 だからそんなドル枝ののどを、ついごろごろしてしまったのはしょーがないことだ。うん、あたしはわるくない。
 『やめてよー』とか言いながら、しっぽは上下にゆっくりゆれていた。あきらかにごきげんだった。へんたいだな。そうだへんたいだ、きょーすけの話をしていたんだったな。
「きょーすけのへんたいをどうにかしたい。けるか? けたぐるか? しゃいにんぐうぃざーどか?」
「う、うーん……でも、男の子はみんな変態さんだ、って言うし……」
「おとこはみんなばかばっか、とも言うしな。まったく、おとこってやつはどうしてばかでへんたいなんだ」
「あ、あはは……」
 となりのこまりちゃんに話しかける。こまりちゃんは困ったように笑う。なぜだ。
 天気はぽかぽか。ぜっこーの買い物日和。今日はモンペチの新作、『男のイカスミ味』の発売日だ。……なんてこった、こんなところにもおとこが。
「ばかでへんたいなおとこは、ほろびればいい」
「んーでも、男の子がみんな馬鹿で変態と言うわけでは……ほえ?」
 きぃっ、と。目の前に車がとまった。くろい車。ドアがスライドする。まっくろなおとこが三人でてくる。あたしの体をつかんだ。おもいっきりけとばした。
「なにすんじゃ、ぼけー!!」
 それでも近づいてくるおとこたちに、あたしは容赦なくけりをたたきこんでいく。
 そのとき、悲鳴がきこえた。あたしがよく知ってる、あたしがだいすきな声で。
「い、いやぁ! はなして!!」
「こまりちゃん! って、うわぁっ!?」
 こまりちゃんを見たとたん、うしろから抱きつかれた。身動きがとれない。ばたばたと両手両足をふりまわす。
「はなせ、こまりちゃんをはなせ!」
 必死で抵抗するけど、にげられない。こまりちゃんもにげられない。
 さっきのくろい車に、こまりちゃんといっしょに放りこまれる。車が、発進した。
 せまい車内。たくさんのおとこ。まっくら。のびてくる手、手、手。いやだ、こわい。「いや!」こまりちゃんの声。こまりちゃん、こまりちゃん! たすけなきゃ、こわい、たすける、たすけて! こまりちゃんだけでも!
 口がふさがれる。息ができない。あばれる。おさえつけられる。くるしい。空気をすいこむ。鼻の奥がツンとする。目のはしから、くろいもやがひろがっていく。ちからがはいらない。たすけて、たすけ……。
 まどのそと。スモークごしのふうけいが、やけにうすっぺらくかんじた。





「――ちゃ、り――!」
 体がおもい。ふわふわと浮いているような、だけど閉じこめられているような、ふしぎな気分。
 そうだ、あれだ。水のなかにしずんでいるみたい。あ、ことしの夏は泳ぎにいきたい。ばしゃばしゃ。
「目――お願――!」
 むー? 声がきこえる? おかしいな、水のなかなのに。あれか、ついにあたしはテレパシーをつかえるようになったのか。よくきこえない。だれだ?
「ぐすっ、――りんちゃん……!」
 きこえた、はっきりきこえた、あたしのだいすきな声、こまりちゃん!
 泣いている。だれだ、こまりちゃんを泣かしたやつは。きょーすけか。よし、どろっぷきっくだな。
「きょーぅけ……ぶっ殺!」
「りんちゃん!? よかった、りんちゃん、りんちゃん……」
 目を開けたと同時に、こまりちゃんが胸にとびこんでくる。そのまま、「よかった、よかった」をくりかえす。
 こういうとき、どうしたらいいんだろう。そう言えば、かなたがはるかに抱きつくとき、よく頭をなでていたな。あたしもまねしてみよう。
 手をのばす。
「……?」
 両手首がぎゅー、ってする。しばられていた。動かしづらかったけど、なんとかこまりちゃんの頭をなでる。
「どーして泣いているんだ?」
「ぐすっ、だって、起きたらりんちゃんが、倒れてて、呼んでも、返事して、くれなかったから……!」
 なんてこった。こまりちゃんを泣かしたのは、きょーすけじゃなくてあたしらしい。
「こまりちゃん、じぶんにどろっぷきっくするには、どーすればいい?」
「え、えーと……ぐすっ、どうすればいいのかなぁ? って急になんの話!?」
「こまりちゃんを泣かしたやつをこらしめる」
「ほわぁっ!? わ、私泣いてない! 泣いてないからこらしめなくていいよ〜!」
 ぐしぐしぐし、と顔についたなみだをふきとる。そして、「えへへ」と笑った。ほっぺたが熱くなる。
 そっぽをむいたあたしの目に、ばかでっかい箱が見えた。体育館ぐらいのおおきさの部屋に、いくつもかさなって置いてある。
「どこかの倉庫、かなぁ?」
「どーしてこんなところに……?」
「へっへっへっ、うまくいきやしたねアニキ」
 あたしたちとは違う、太く低い声がきこえた。
 声は、あたしたちよりうえのほうの部屋――体育館でいう二階の放送室のあたり――からきこえてきた。
 こまりちゃんと顔を見あわせて口を閉じる。
「だろ? 俺の言うとおりにすりゃ間違いねぇんだよ」
「あそこの学校、この辺じゃ一番の進学校っすからね」
「家は相当なブルジョワ(笑)でしょうね。ちょろっと誘拐して身代金をがっぽり要求すりゃあ……」
「一生遊んで暮らせるってもんだ」
【わっはっはっはっはっ!】
 誘拐された……? どうしよう……こわい、こわいよきょーすけ……。
「あいつら、そろそろ目ぇ覚ましたんじゃねえか? サブ、おまえ様子見て来い」
「なんで俺が……へぇへぇわかったっすよ、見てくるっすよ」
 がちゃん、と音を立ててドアが開く。見おろしてくるスキンヘッドのおとこと目があった。
 ひ、とのどが鳴る。
「アニキ、ワキさん。ガキどもが目ぇ覚ましてるっすよ」
 部屋からさらに二人のおとこ――パンチパーマと、リーゼント――がでてきて、口々にはやしたてながら、錆びついた階段をおりてくる。
「り、りんちゃぁん……」
 いまにも泣きそうなこまりちゃんの顔。
 ――そうだ、あたしがしっかりしなくちゃ。
 ふるえるひざを叩いて、気合を入れる。
「だいじょーぶだ。あたしが、ついてる」
 こまりちゃんの目にたまった涙をふいて、安心させるように笑いかけた。一瞬びっくりしたこまりちゃんだったけど、すぐに笑顔に戻ってくれた。胸の奥が熱くなる。勇気がわいてくる。
 あたりをすばやく見渡す。階段付近の壁。おおきいシャッター。その横にドア。……多分、あそこから外にでられると思う。
 あたしは小声でこまりちゃんに話しかける。
「(あたしがあいずしたら、あそこのドアからそとにでるんだ)」
「(でも、そうしたらりんちゃんが……)」
「(だいじょーぶだ。……そとにでたら、理樹か、くるがやか、きょーすけにれんらくしてくれ。あいつらなら、なんとかしてくれる)」
「(理樹くんたちに……う、うん! わかったよ)」
 おとこたちが近づいてくる。一歩、二歩……三歩!
「ぅゃあ!!」
 勢いよく立ちあがって、一番近いスキンヘッドにハイキック!
「うお!?」
 両手でガードされる。すぐさま蹴り足を引いて、股間めがけて前蹴りを放つ!
 肉を打つ音。よろける体。後ろのパンチパーマをまきこんで倒れる。次!
 呆然と突っ立ているリーゼントのほうへ走る。走った勢いのままスライディング。リーゼントは横に飛びのく。意外に早い。体を返し、左足を膝裏に、右足を足首にそれぞれあてがい――挟みこむように両足を払う!! うまく……いけ!!
 リーゼントはあたしに覆いかぶさるように倒れてくる。
「みっしょんすたーと!!」
 リーゼントに押しつぶされながらも声を張りあげる。革靴がコンクリートを叩く音が、出口へ向かっていった。
 リーゼントのしたから抜けだし、出口を背にして立つ。パンチパーマが立ちあがり、続いてリーゼントが。スキンヘッドは動かない。
「このガキ……!」
「下手に出てりゃつけあがりやがって!」
 おいおい、お前らいつ下手にでた。て言うか会話すらしてないぞ。というツッコミはとりあえず置いといて。
 あたしはじりじりと後退する。振り向いて全力で逃げだしたくなるが、それをやったら、先に逃げたこまりちゃんまで捕まってしまうかもしれない。着かず離れず、この場を硬直させる。つまりは時間稼ぎ。おとこたちもそれをわかっているのか、焦った顔で間合いを詰めてきて――その顔が笑みに変わる……?
「うあ!?」
 背中に固い衝撃。たまらず倒れこむ。そのうえからさらにやらかい衝撃。
「りんちゃん……ごめんね……」
「こまりちゃん?」
 うえに乗っていたのは、逃げたはずのこまりちゃんだった。
「へっへっへっ。ハク、よくやった」
「……別に。買出しから戻ってきただけ」
 後ろから、おとこの声。振り返ると、ビニール袋を提げたオールバック。そんな……まだ仲間がいたのか……。
「さて、と」
「よくもコケにしてくれやがったな」
「こ、これは、オシオキが、必要、っすね」
 ギラギラとした目で、こちらに近づいてくるおとこたち。
 かちり。小さな音。かちりかちりかちかちかちかち……。連続して聞こえる、なんだこれは、ああ、あたしの歯が鳴ってるのか。
 伸びてくる手、たくさんの、おとこたち、逃げる、つまかる、倒されて、のしかかられて、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだこわいこわいこわいよだれかこわいいやだ、
 理樹。真人。謙吾。きょーすけ、きょーすけ、きょーすけぇ………………………………たすけて、
「きょーすけぇぇぇぇぇぇ!」
『――そ、そこまでだ!!!!』
【!?】
 もうダメだと思ったそのとき、突然の声が乱入してきた。まわりを見渡すおとこたち。
「なんだ、誰だ!」
「どこにいやがる!」
『ここにいるぞ!』
「!? あ、アニキ上っす!」
 スキンヘッドの声に、はじかれたようにうえを見る。薄汚れた窓。その向こうの夜色の空。――その、手前。
「なんだありゃ?」
「鳥か?」
「猫っすか?」
「……人だな」
 そう。本来人がいないはずのそこに、いまたしかに立っていた。
 そしてその人影は勢いをつけて体をそらし!!
『ぬぉっ』
 ガコッ。がたがた、ゴトン。
 はめ殺しの窓をていねいに外して、なかに入ってきた。
『う……意外に高い……けど。え、えーい!!』
 そして、そのまま空中に身を投げだした! 息をのむ。こまりちゃんが目をそらす。
 だけど、地面に叩きつけられることはなく。振り子のようにおおきくゆれ、馬鹿でかい箱の側面を両足で蹴って、あろうことかそのまま空中にとどまった。
 あたしはおどろきのあまり声をあげる。
「ドル枝、なんであんなかっこうしてるんだ?」
 一気に気が抜けた。
 そこにいたのはドル枝……だったんだが。かっこうがなんて言うかなんて言うかだった。
 ねこみみ頭にはハートの飾りリボン。顔にはメガネ。手首にはリストバンド。ここまではいい。
 なんでおまえ……スクール水着なんだ。そしてなんでスクール水着を着ているのにマントとニーソックスをつけてるんだ。くつなんか真っ赤なハイヒールだし。あー、左の太ももにガンベルトが巻いてある。ふらふらと尻尾がゆれていた。
 て言うかよく見たら、全部あたしたちのじゃないか。リボンはこまりちゃんのだし、メガネはみおとみどりのだし、リストバンドはささみの、マントはクドでニーソックスははるか。ガンベルトはさやで、ハイヒールはくるがやか。スクール水着は……2-A なつめ りん……あたしのか!! さらによく見るとうっすら化粧までしている。これは、かなた、か?
『(恭介、突入したよ! 早く下ろして……え?「名乗りが先」? いやいやいや、下ろすのが先でしょ。え?「名乗らないと下ろさない」!? ちょ、ちょっと……! はぁ……わかったよ……)』
 ドル枝は耳に手を当ててぶつくさ言って、急に肩を落とした。そしてきっ、と顔をあげると、
『て、天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 悪を倒せと轟き叫ぶ! 魔法の力をその身に宿し、少女の夢を守ります!
 魔法しょうj――魔法少年 マジカル☆りっきゅん……参、上!!』
 どぱぱぱぱーん!!
 ドル枝の背後の窓に、花火が映る。えー。
 あたしの記憶が確かなら、今朝まできょーすけは「ドル枝の怒りが有頂天に達するとき、新たな力が目覚めてスーパーねこみみメイド人に変身するのだ! いや、してくださーい!!」と金髪縦ロールのカツラとメイド服(露出系)をドル枝にわたそうとしていたんだが。理樹がドン引きして拒否ってたんだが。「ツンデレ萌へー! もっと罵ってくれ! もっと、もっと 愛 を こ め て !!」と鼻血吹いて倒れてたんだが。魔法少女はどこからでてきた。あとあれだ、ステッキがない、ステッキ。
 うぃーん、と機械の動く音がして、ドル枝の体がさがっていく。ワイヤーかなにかでクレーンにぶらさがっていたらしい。
 がこん。ドル枝の足が地面につく直前、さがるのが止まった。
 ドル枝はなんとか地面に足をつけようとばたばたと両足を動かした。
『(きょ、恭介! なんか急に止まっちゃったんだけど? え?「これ以上下がらない、そっちでワイヤーを外してくれ」? うん、わかった)』
 今度は腰のあたりをいじくりまわした。小さな金属音の後に、地面におり――
『ぬきゅっ!?』
 立とうとして尻餅をついた。ハイヒールに慣れてないのか。どんだけだ。ほら、まわりのおとこたちもあきれてるぞ。……あれ、顔が真っ赤だ。なんかもじもじというか、もぞもぞしだしたし。なにこいつらこわい。
『えっと……そ、そこまでだ誘拐犯! 鈴と小毬さんを放せ!』
「こ、こいつらの知り合いか……?」
『はい。どうも、ドル枝と言います』
「あーこりゃごていねいに。あっしはサブっす」
「ワキだ。よろしくしてやるよ」
「……ハク」
「ってなんでてめえら挨拶しあってんだよ!!」
 リーゼントが他のおとこの頭をたたく。
「いやでもアニキ」
「挨拶されたら挨拶し返すのが礼儀っすよ」
「……常識」
「そんなことどうでもいいんだよ!! いまはコイツがガキどもの知り合いで! 助けに来た? のをどうにかするべきだろうがよ!!!」
 おー。ナイスツッコミだなリーゼント。理樹にはおよばんが。
 リーゼントのツッコミを受けて、おとこたちが我に返ったように身構える。
「アブねえアブねえ、危うくあのネコミミにだまされるところだったぜ」
「そうっすね、あのメガネはハンパないっす」
「……鎖骨」
「スク水ニーソのことはどうでもいいから早く捕まえろぉぉぉお!!!!」
「了解っす! 捕まえるっすから身体的接触は仕方ないっすよねぇぇぇぇ!!??」
 スキンヘッドが雄叫びをあげてドル枝に突進した。
「え、あ、ちょ、てめえサブ! ずりぃぞ! 俺も行く!!」
「……抜け駆け」
 そして、パンチパーマとオールバックがそのあとに続いて突進する。
「ドル枝ちゃん、逃げてー!!」
『大丈夫、すぐ助けるから待ってて』
 こまりちゃんの悲鳴に、落ち着いて答えるドル枝。
 ……ちょ、ちょっとかっこいいかも。
 ドル枝はマントのなか、背中側に手をまわす。
『マジカル☆――』
「なんだ、まほうてきななにかがでてくるのか?」
『――金属バットォ!!』
 がぃいん。
 目の前に迫ってきていたスキンヘッドをフルスイング。どうみても物理兵器です、くちゃくちゃありがとうございました。

『マジカル☆金属バット!』「ぎゃー!」『マジカル☆金属バット!』「……っ」「おまえら!? クソ、よくも子分を、」『マジカル☆金属バット!』「ぐはっ!」『マジカル☆大外刈り!』「へぶしっ」『マジカル☆ハイヒール!』「ああ、ひぃ、ふぉおぉん♪」『マジカル☆実はボク、男なんです』【な、なんだってー!? ぐはぁ!!】






 こうして悪は滅んだ。
『大丈夫? 鈴、小毬さん』
「ド、ドル枝ちゃーん!」
 おとこたちをしばったあと、ドル枝はあたしたちのなわを解きながら笑いかけた。こまりちゃんがそんなドル枝にとびついた。
『怖かった……よね。ごめんね、遅くなっちゃって』
「謝らなくってもいいよ。ちゃんと助けに来てくれたし……それに、少しだけ怖かったけど、鈴ちゃんがいてくれたから」
『そっか。鈴、よく頑張ったね』
「う、うみゅ……」
 ドル枝の手が、あたしの頭をなでる。その手に引き寄せられて、あたしはドル枝の胸に顔を押しつけた。
「――ミッションコンプリート!!」
『ぬきゅっ!?』
「ほわぁっ!?」
「うにゃっ!?」
 突然あがった歓声と拍手に、三人そろって飛びあがる。振り返るとそこには笑顔のきょーすけもとい変態が立っていた。
「ったく、おまえがあいつらの目をひきつけてる間に、鈴たちを逃がす手はずだったのに。ひとりで解決しやがって!!」
『恭介……』
「結果的にうまくいったが、もうあんな無茶するなよ?」
『うん……ごめん』
「――とまあここまでが、リトルバスターズのリーダーとしての言葉だ」
 変態は急に真顔になったかと思うと、
「棗鈴の兄、棗恭介としてお礼を言わせてくれ。――ありがとう。妹を、妹と妹の友人を助けてくれて、ありがとう」
 そう言って変態は……きょーすけは頭を深く深くさげた。
 ドル枝はきょーすけの肩をつかんで、頭をあげさせた。
『顔を上げてよ恭介。ボクは、助けたいと思ったから助けたんだ。ふたりとも、ボクにとって大事な仲間だから』
「ドル枝……いや、理樹」
 きょーすけはドル枝の頭をなでる。
「強く、なったな」
 きょーすけは笑う。つられるようにドル枝も笑う。そしてそんな空気をぶち壊してビデオカメラ片手にあらわれる、ばかがふたりもといひとり。
「おーい、恭介ー! バッテリーが切れちまったー!」「撮るのはここまででいいか?」

 ……………………。

『撮る?』
「ん? おおドル枝、なかなかカッコよかったぜ!」「今日はマジカル☆りっきゅんの撮影をすると聞いたのだが?」
「きょーすけ?」
「いや、そういうことにしておいたんだ。あまり大事にして、みんなに心配かけたくなかったからな」
 そーかそーか、あたしの目を見て物を言え。
「まさか、あの誘拐犯さんたちも、きょーすけさんが……?」
「違うぞ、ぜんぜん違うぞ小毬! 誘拐はたまたまだ、俺は発信機を利用して察知しただけだ!!」

 ……………………。

『発信機?』
「あ゛」
 あからさまにきょーすけの動きがとまる。ほっぺたのあれは冷や汗か。
 そーいえばこのあいだ、きょーすけにストラップをプレゼントされたな。あとですてておこう。
『……あとさ恭介、この格好って、誘拐犯たちの目を引くためだよね?』
「おおおおおうももももちろんだとも」
「恭介の趣味じゃなかったか?」「恭介の趣味だと聞いたんだが?」
『……そう言えば、ボクの突入の後すぐに恭介たちが来る手はずだったよね? ちょっと遅かったよね?』
「そそそっそそれは、ちょっと準備が……」
「ああ、あの『お兄ちゃん仮面』とかいうやつの着替えだな」「ドル枝がピンチになってから突入すると言ってたが?」
「おまえら、あの、ちょっと、もう黙れよこのばーか! ばーか!!」

 ……………………。

『……話をまとめると、誘拐は偶然。なぜか持たせてた発信機でそれを察知。助けるためと騙してボクをこんな格好にした。しかも撮影までしてた。しかもピンチになったらおいしいとこ取りするつもりだった』
「いやあのすまん、俺の話を聞いてくれ!」
「……きょーすけ」
「はいなんでしょう鈴様!」
「しん・らいじんぐにゃっとぼーると、しん・らいじんぐにゃっとぼーると、しん・らいじんぐにゃっとぼーる。どれがいいと思う? ドル枝」
『そうだね、ここはやっぱり真・ラインジングニャットボールじゃないかな』
「わーい処刑方法が選べ……ねぇ!? ドル枝が決めるのかよ!? しかもどれも同じだし大惨事間違いなしじゃねぇか!」
 あたしはたまたま落ちていたビニール袋のなかから、たまたま入っていた鉄アレイを取りだした。
「あんしんしろ、みねうちだ」
「投げるのに峰とか関係……ぎにゃーーー!」

 こうして悪(変態)は滅んだ。





『……鈴たちを助けるためにこんなかっこうしたのに……恭介の趣味だったなんて……』
 ドル枝が激しく落ちこんでいた。
 なぐさめないと。
 頭をぽむぽむとなでる。
「だいじょーぶだ。くちゃくちゃかぁいい」
『うわー!!!!』
 にげられた。










 《次回予告》

 オッス、オラドル枝!







                         いかんせん死にたい。


[No.362] 2009/08/28(Fri) 21:27:47
紅の空 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@13004byte

「いい景色だな」
「…うん、そうだね」
 病院のベッドの上から窓の外を首だけ動かして見ている鈴に、そう言った。鈴のベッドの近くに腰かけている僕は、鈴の手を握っている。
「もっといっぱい見たかったな、元気に理樹とはしゃぎながら」
「…うん、そうだね」
 夕焼けに鈴の顔が映し出される。顔は青白く、今握っている手は痩せこけて骨が露わになっていた。
 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 二年前、僕は鈴と恋人同士だった。
 周りのみんなからも祝福を受けて、とても幸せにやっていた。
 冷やかされるんじゃないかと内心ひやひやしてた僕は、みんなからの祝福の言葉を聞いてすごい嬉しかった。
 付き合い始めてからちょっと経った頃、鈴が僕の誕生日に何か送りたいからと僕を連れて買い物に行った。
 ほんとはこういうのって僕に内緒でするんじゃないかな、とか思いながら鈴と一緒に出かけた。
 歩いてる途中、鈴が僕に手を絡めてきた。こうやって二人で出掛けるのが少なかったからこういうのはしたことがなかった。鈴は少し頬を赤らめながら「誕生日の前祝いだ」と言って手をぎゅーと握ってきた。僕もそれに負けじと強く、握り返した。
 鈴に気を使って僕は歩道側を歩いていた。その時は祝日だったから人通りも激しかったし、車もそれなりに走っていた。
 デパートが左手側の歩道にあるので、横断歩道を渡ろうとしている最中だった。
 右手側から、唐突に衝撃があった。
 僕はわけが分からず、ただ宙を舞っていた。
 地面にだんと叩きつけられた時、僕はその衝撃で気を失った。

 気がつくと病院のベッドの中にいた。
 あたりは暗く、しばらくボーッとしていると、巡回中の看護師さんが僕が起きているのを見つけ、医者を呼びに行った。
 看護師さんが医者を呼びに行ってる間に痛みが襲ってきた。どうやら右手と両足が折れてるらしい。ギプスがつけられていた。
 医者が来て、鎮痛剤を打ってくれた。今日はもう遅いから次の日まで待ちなさいと言って医者は去って行った。
 でもそんなこと無理に決まってる。そのころには僕は自分がどうなったかを冷静に判断できていた。
 多分、車と衝突したんだろう。右側から走ってきた車に。
 鈴……大丈夫なのかな……。
 いてもたっても居られなかったけど、左手と両足が折れてるんじゃ何もできなかった。何も。
 とりあえず朝まで待った。緊張して眠れたとかそういう気持ちに達していなかった。
 病室で待っていると、恭介が来てくれた。
「よう理樹、元気そうだな」
 とてもそうは見えない僕にそう言って元気づけてくれた。朝早くなのに来てくれた恭介に、不覚にも涙が零れ落ちた。
「俺だけじゃないぜ、ほら」
 そういって病室の入り口を指すと、
「お前がいないのってあんなさびしいんだな…オレ知らなかったぜ」
「大丈夫か、理樹」
「やはー理樹くん久しぶりだね」
「いじりがいがなくてつまらなかったぞ、少年」
「わふー!理樹がギプスでぐるぐるなのです!」
「…大丈夫ですか、直枝さん」
「りきくんだいじょうぶー!?」
 みんなが来てくれていた。みんな悲しいような、嬉しいような表情を浮かべている。
「みんな…ごめん心配かけて…」
「何がごめん、だ」
 恭介に額を指でちょん、と小突かれた。
「仲間のことを心配して何が悪い、ここは素直にありがとうって言えよ」
「うん…みんな、ありがとう…」
 そこからはもう会話はなかった。僕がずっと泣き続けているのと、恭介が人払いをさせたので病室の中は僕と恭介と医者の三人だけだった。
 どれだけ泣いていたかはあまり覚えてない。記憶にあるのは、恭介がずっといてくれたことだ。
 僕が泣きやんでしばらくたった後、恭介が口を開いた。
「理樹…もういいか」
「うん…」
「実はお前に言っておかなきゃならないことがいくつかある」
「うん…」
「もしこれを聞いたらお前は絶望してしまうかもしれない…それでもいいか?」
「うん…だから話して、鈴のこと」
 恭介は僕がそう口を開く事が分かっていたかのような表情で話した。
 僕と鈴が信号無視してきたトラックに轢かれたこと。トラックの運転手はまだ逃げているらしいこと。それから一週間が経っていること。それと…鈴のこと。
「鈴は…トラックの直撃を受けて危篤状態になった。集中治療室でいままで治療を受けている。だが、それでも生き残る可能性は少ない」
「鈴は…生きてるんだね?」
「ああ、だが…」
「会わせて、くれないかな?」
 恭介は医者の方を向いた。医者の頭が、縦に振られた。
 一人では歩けないので、車いすに乗っていくことにした。恭介が押してくれた。
 僕の病室は個室で、階の一番端。集中治療室は僕の病室のから一番離れていた。
 廊下を無言で進む。まだ朝が早いせいもあってか、人はいなかった。
 集中治療室の前にたどり着いた。恭介が念を押すかのように聞いてくる。
「理樹…、目を、背けるなよ」
 そう小さく言い残し、ドアを開けた。
「り…ん」
 ガラス越しの機材だらけの部屋のベッドの中に、鈴が、寝ていた。横に心拍数を示す機械がある。
「鈴……鈴、鈴!」
 僕は立ち上がろうとして車いすから転げ落ちた。両足が折れてることも忘れて。
「鈴!鈴!」
 それでも、右手だけで足掻いた。鈴に近づこうとした。無論、一ミリたりとも近づけなかった。
 恭介は無言で僕を抱き上げ、車いすに座らせた。
「これが、現実だ」
 僕は恭介を見上げた。そして今さらになって恭介の目が赤く腫れ上がっていることに気がついた。
 突然、恭介も涙を流し始めた。それは次第に慟哭へと変わっていった。
 僕はもうわけが分からなかった。涙も出なかった。恭介の叫び声だけが、響いていた。
 医者は僕に「もう、病室に帰りましょう」と言って車いすを押した。恭介にも早く帰るように促した後で。
 病室のベッドに寝かされてから、僕は何も考えることができなかった。心が、枯れていた。
 それから僕は毎日鈴のそばにいてあげることにした。医者の人に毎朝車いすを押してもらった。
「今日は謙吾がお見舞いに来てくれたよ。部活で忙しいはずなのに大変だよね」
「真人がお土産にってアロエヨーグルト持ってきてくれたよ。アロエは別名医者いらずなんだって。鈴知ってた?」
「みんな鈴のことを心配してたよ…。だから早く元気になってね…」
 そんな他愛のないことを毎日話していた。ガラス越しなので鈴に届いているかは分からなかった。途中からは自己満足のためだけに言っていたかもしれない。
 二ヶ月経った。その頃には僕の怪我も完治し、退院してもいいことになった。
「また、来てもいいですか?」
「棗さんのことだね…。いいよ、多分、その方が彼女も喜ぶだろうから」
 そうして僕は退院した。病院を去る時に、玄関から病室を見上げてみた。すでに他の人の受け入れの準備がされていた。
 学校に帰ってきたが、鈴がいないだけでこんなにも世界が色あせるとは思っていなかった。
 鈴の影響もあってリトルバスターズは解散していて、みんな希薄な生活を送っていた。
 不思議と、ショックはなかった。二か月前のあの日から僕の心から『悲しい』という感情はどこかへ消え去ってしまったのだろう。
 放課後は、一日も欠かさず鈴に会いに行った。
「今日は特に何もなかったよ。みんな元気そうにしてたよ」
「…授業がこんなにつまらない日もあるんだね…」
 日が進むごとに話すことが減っていき、無言でその部屋にいることが多くなった。
 今日もその部屋で座っていると、恭介が入ってきた。
「理樹、いくらなんでも根詰め過ぎだ」
「これくらいなんともないよ」
 恭介は無言で僕の隣に座ってきた。
「理樹…お前はこれを『辛い』と思ったことはないか?」
「辛い?」
「ああ。毎日放課後病院に寄って…」
「辛いことなんてないよ。だって鈴は僕の彼女…なんだからさ」
「そうか。…余計な心配して悪かったな」
 その後はどちらからも話そうとはせず、静寂の時が続いた。
 その間、僕はずっと考えていた。なんであの時僕は鈴を「彼女」と言うのを躊躇ってしまったのかと。
 小一時間経っただろうか。恭介が口を開いた。
「そろそろ帰ろう。暗くなってきた」
「うん…そうだね」
 鈴の病室を後にし、寮に帰って眠ることにした。
 
 この日も鈴の病室に来ていた。
 話すことが何もなく、窓から見える夕焼けをずっと眺めていた。赤く燃える空は綺麗で、僕にはそれさえも眩しく見えた。
 ガラス越しの向こうに目を通す。今日こそは鈴が目を覚ましますように、と祈りながら。
 そうしていると、ガラスの向こうで変化があった。
 鈴が、うっすらと目を開けていた。
 僕はそれに気づき、「鈴!鈴!」と必死に呼びかけていた。
 騒ぎに気づいた医者が鈴が意識を取り戻しているのを見つけ、僕を部屋から追い出した。後から看護師が何人も駆け込んできた。
 鈴の騒ぎが終わるまで、僕は廊下で立ち尽くしていた。恭介や他のみんな、それに恭介の両親も駆けつけていたが、頭が真っ白でよく覚えてなかった。
 やがて、病室から医者が出てきて、恭介と親は別の部屋に入っていった。
何時間経ったか、辺りはすでに暗くなっていた。恭介が帰ってきた。みんなに鈴の意識が戻ったことを話した。そして、さらに付け加えた。
「みんなには話してなかったが、鈴は…首から下が動かない」
 脳天を雷で打たれたかのような衝撃が走った。
 恭介が言っていることはつまり、昔みたいには戻れないということだ。
 外を歩き回ることもなく、家でずっと寝たきりの生活。必然的に介護の必要性も伴う。
 もう、それは死人と同じなのだ。
 すでに九時を回っており、みんなはそれぞれ寮に戻った。僕も同じだ。
 帰る直前、恭介に質問された。
「お前はこの現状を見て、まだ、鈴のことを彼女と呼べるのか?」
 僕は答えられなかった。ただ黙って、寮への道を駆けて行った。
 寮に帰ってから気づいたが、前に恭介に辛くないかと問われた時、あの時に鈴はもう僕の彼女ではなかったかもしれない。滑稽な話だと思った。
 真人と会話はなかった。僕が帰ってきたときにはもう真人は寝ていたし、もし真人が起きていたとしても何を話せばいいのか分からない。
 布団にうずくまり、声を押し殺して泣いた。枯れ果てたと思っていた心の奥底には、悲しみが栓をしていた。
 それからしばらくは鈴に会わなかった。というよりも、会えなかった。
 会おうという決意をしたのは、恭介に言われてからだった。
 その日の放課後、病院に行った。何の決意もなかった。あるのは、自分自身への恐怖だけだ。
 病室に入る。西日が真っ先に僕の目を焼く。
「理樹!」
 鈴が僕を呼んだ。久しぶりにその姿を見た、気がした。
 事故にあってから運動できないため体は痩せて、いつもの鈴よりも小さく見えた。その鈴がベッドの上から首だけ動かしてひたすら僕を呼んでいる。
「来てくれないからさびしかった」
 鈴の顔が僅かに歪んだ。いつもの鈴からは考えられないような顔だった。
「鈴!」
 衝動的に僕は鈴を抱いて泣いていた。そして気づいた。
 今一番辛いのは鈴だ。励ます人がいなかったら鈴はそれこそ心が死んでしまうかもしれないと。
 鈴もぽろぽろと涙を零していた。たとえ体が動かなくても心は繋がっていると信じていたのだろうか。
「ごめん鈴…ごめん」
「なんで理樹があやまるんだ…?」
「ごめん…ごめん…」
 そうして抱きながらずっと泣いていた。それは、外から見れば懺悔にも似ていたかもしれない。
「もうどこかにいっちゃやだぞ…」
「うん…」
 
 その日から僕はまた放課後に病院に行くようになった。
 いつもどうでもいことを話した。体が動かせない鈴にとっては眠っているか僕と話すか、それぐらいしかすることがないのだ。
 今日も西日が差していた。窓に切り取られた空間からは中庭が見えるようになっていて、もうすぐ退院する人や車いすの人がときどきいた。
「このけしきにもいい加減あきたな」
「じゃあ車いすでどっか出かける?」
「そんなことしていいのか?」
「たぶん大丈夫…だと思うけど。ちょっと聞いてくる」
 医者に確認を取ったところ、二つ返事で車いすを貸し出してくれた。車いすの乗り降りは看護師さんがしてくれた。
 鈴を車いすに乗せて中庭を歩く。日は沈みかけていて、お世辞にもいい景色とは言えなかったが、鈴にとってはいい気分転換になったようだ。
「久しぶりだな」
「え?」
「理樹とこうやって出歩くの」
「そういえばあれから一回も外に出たことがなかったね」
「私は嬉しいぞ」
「うん、僕も」
「理樹」
 理樹と一緒に出かけた記念、と言って鈴は目を閉じた。僕は優しく鈴の唇に僕の唇を重ねる。これが、初めてだった。
 毎日こんな事が続いたらいいなぁと思っていた。

 月日が経つにつれて鈴と話せない日が多くなっていった。
 合併症で肺水腫や感染症にかかっていると恭介が教えてくれた。今の鈴にはそれに対抗する力が少ないらしく、機械の力に頼っていると。
 
 あれから二年が経った。僕は大学に合格し、法学部に進学していた。
今日は鈴に会うことができた。一週間ぶりだった。久しぶりに見た鈴の顔は青ざめていて、前よりも小さいように見えた。
「鈴、大丈夫?」
 大丈夫でないのは分かっていたが、聞かずにはいられなかった。
「…私なら大丈夫だぞ?」
 笑って鈴が答えてくれた。機械だらけの鈴のその言葉にはあまり説得力はなかったが。
 勉強で忙しい理由もあって、なかなか鈴に会えない僕には、このひと時がたまらなく愛おしく思えた。
 今日も大学であったことや出かけた時のことを話していると、不意に鈴が、
「理樹」
 と言って目を閉じた。それがキスの合図だと知っていた僕は、鈴にいつもより激しくキスをした。終わった後、鈴は息が苦しかったのか、むせていた。
「そういえば今日は何の記念?」
「…えっと、ひみつだ」
「教えてよ」
「ひみつったらひみつだ!」
 それっきり鈴はそっぽを向いてしまった。仕方ないと、鈴にさよならを言って帰った。

 それから三日後だ。鈴が亡くなったと恭介に告げられたのは。

 夜中、急いで病院に駆けつけると、恭介、その両親がいた。
 凛も、いた。一人だけ台の上に横たわっていた。
 恭介も、両親も、僕も涙を流していた。止まらなかった。鈴、鈴と呼びかけても、返事はない。かすかに笑みを浮かべて目を閉じている。
 そうしてどれくらい経っただろうか。涙も枯れ果てた後、恭介から一通の手紙を渡された。鈴からだった。
 鈴直筆だった。体が動かないから口にペンをくわえて書いていたと話してくれた。大きい字で、何枚にもわたって書かれていた。

「りきへ

 いつもわたしのとなりにいてくれてありがとう
 いつもわたしをわらわせてくれてありがとう
 わたしはなにもできなかったけど、こんなわたしをあいしてくれてありがとう
 わたしもりきのことがすきだぞ
 さいきんはあうこともすくなくなってさみしかったけど、きてくれてうれしかった
 くるまいすででかけたときはうれしかったぞ
 うれしかったしかいえないけどうれしかったぞ
 はじめてきすしたときほんとはとびあがりたいぐらいうれしかったんだ
 ほんとだぞ
 それとわたしたちがつきあいはじめてからこいびとっぽいことしてあげられなくてごめん
 いつかわたしがしんでも、りきはおもうようにいきろ
 あとさいごに

 あいしてるぞ          りん」

 
 

 あれから、この手紙は鞄に入れて毎日持ち歩いている。鈴のことが忘れられないわけではない。教訓のためだ。
 法学部はやめて、医学部に進むことにした。鈴の世に苦しんでいる人を救うために。僕たちみたいに悲しい思いをさせないように。
 時々心が折れそうになる時もあるけど、そんな時はあの手紙を見る。
 見ててね、鈴。僕頑張るから。


[No.364] 2009/08/28(Fri) 21:50:50
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[No.366] 2009/08/28(Fri) 21:59:02
窓の向こう側。 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@9,748byte

「……さっきまで何を話していたんだっけ?」
「格差社会についてじゃないか?」
「ああそうだ、かくしゃさかいだ」
「飲みすぎだろ」
 出立前に売店で購入したビールはすっかり温くなっていた。
 炭酸も抜けて苦いような甘いような不快感が喉を汚していく。
「これが飲まずに居られるかな。次の瞬間には被害者その一になるかもしれないんだよ? 素面じゃやってられないよ」
「あたしは素面だぞ」
「買わなかったのは君じゃないか」
「ビールは飲むとトイレが近くなる」
「その時はちゃんと僕が飲み干すよ」
 無言で殴られた。ちなみに高速バスにはちゃんとトイレが設置されている。
 鈴は不貞腐れているけれど、今の会話で少しだけ気がまぎれたようだった。
 けれどカーテンの隙間から覗く風景は暗く無機質なままだ。
 流れていく灯りは一瞬しか残らず、無限に加速していくかのような錯覚を呼ぶ。
 ならばそれは何処へ向かっているのだろうか、逃避のように僕は思った。
「金をケチらず、新幹線にすべきだったかな」
「理樹はかいしょーなしだから。それに、今更だと思うぞ」
「言ってみただけだよ。言うのはタダだもの。で、前の様子はどう?」
「手負いの猫みたいに興奮してるな」
 つまり変化なし。うんざりと息を吐いた。
 窓側の僕からは見えないが、運転席の傍には一人の男性が居た。
 おそらく同年代だろう。彼の手には拳銃が握られていて、その銃口は不規則に運転手へと向けられていた。
 つまり、絶賛バスジャック中なわけだ。
 高速バスには二十名ほどが乗り合わせていた。長期休暇中でもない平日のその日、それぞれがそれぞれの事情でバスでの移動を選んだわけだが、その中に一人だけ移動を目的としていない男が居たらしい。
 窓の外に流れる光は徐々に小さくなっていく。
 もうほとんど真っ暗で何も見えない。薄っすらと影が映っている程度だ。
「警察車両が全然居ないみたいなんだけど、どうしたんだろうね?」
「犯人を刺激しないようサイレンを鳴らしてないんだろ?」
「普段は鬱陶しいだけなのに、今はあの音が聞きたくて堪らないよ」
「個人的にはパトカーより消防車の方が鬱陶しいな」
「消防車より街宣車でしょ」
「忙しいときの携帯の着信音も大概だ」
 いやさ、それより映画館でのお喋りは外せないでしょう。遠くから聞こえる下手な楽器演奏も最低だ。発情期の猫の声も捨てがたいけど。あれは不可抗力だ、それを言うなら理樹の声の方が五月蝿い。僕は鈴の声好きだよ、五月蝿いけど。
 そんな不毛な僕らの会話に、低い声が割り込んできた。
「いや、俺はそれよりもっと鬱陶しいのを知ってるぞ」
「それはなに?」
「お前らだよっ!! べちゃくちゃ喋ってんじゃねーぞっ!」
 気付けばバスジャックの男が傍に立っていた。漫画のお手本になりそうなくらい美しい青筋がこめかみに浮かんでいる。向けられた銃口はぷるぷると震えていて、真っ暗な穴を覗かせない。
「……なぁ理樹。理樹は不思議なマジカルパワーとかで拳銃の弾を避けたり出来ないのか?」
「何を隠そう、実は出来たりするんだよね」
「え?」
「ただし、五キロくらい離れていれば」
「それって避けてるって言えるのか?」
「避けていない事を証明できない以上、避けていると表現するのは僕の自由じゃないかな」
「なるほど、ろんり的だ」
 鈴はしきりに感心したように頷いている。
 飲んでもいないのに、その脳みそはアルコールに溶かされているようだ。
「弾丸がそもそも届かない以上、避けられなかった可能性、つまり撃ち殺されるという結果を完全に排除できるんだから、つまりは避けた事と同じなわけだにゃ」
「そのとおりだにゃ」
「けど、待った。そうすると、あたしだって常に何処かの馬鹿が撃った弾を回避し続けている事になるんじゃないか?」
「そうなるかもね」
「スーパーマンも腰を抜かしそうな衝撃の新事実発覚だ」
「スーパーマンは腰を抜かさないよ」
「どうして?」
「腰を抜かすような奴をスーパーマンなんて呼ばないから」
「理樹はさながら歩くろんり学入門のような男だ!」
 きっと本物の論理学者からは怒られるのだろうけど、とりあえず気分は悪くなかった。
 ふわふわと宙に浮くような感覚。これがアルコールの力なのか。
 窓の外から遂に光が消えていた。
 暗い暗い山道を駆け抜けていく。
 呼吸さえ忘れるほど速く、誰も追いつけない。
「だぁかぁらぁっ! さっきから! てめぇらはうるせえんだよ!」
「ほら見ろ、鈴があんまり騒ぐから怒られちゃったじゃないか」
「あたしの方が明らかに5MHzほど音量が小さかったぞ」
「……5MHzってどれくらいの音量なんだろう?」
 僕は首を傾げる。鈴も首を傾げる。
 どうやら案の定、知らなかったらしい。
 そもそもMHzとは音量の単位だったろうか? 
「いや、確かホンじゃなかったっけ?」
「それを言うならフォンじゃないのか?」
「違う。フォンとホンは使い分けられたはずだよ。ホンが騒音の単位だ」
「理樹は博識だなぁ」
「前に雑学の本を読んだことがあってね」
「なるほど、本でホンを学んだのか」
「酷いよ鈴! 人のオチを奪うなんて最低だっ!!」
「だぁああ! だから、うるせえんだよ、騒がしいんだよ、鬱陶しいんだよ!」
「どうやら、やはりホンが正解だったようだな」
「ホントウだ」
 無事オチを奪還できた事に満足する。
「ちげぇよ! 騒音の単位はデシべルだ!!」
「あ、そっち突っ込むんだ?」
 少しだけ感心してしまった。
 若いような老けたような不思議な男だった。美男でもなければ醜男というわけでもない。髪を振り乱し般若のように顔を歪めているが、平常時ならばさぞや……普通だったろう。
「てめぇら学生か? どこの大学だよ」
「それは……」
「T大だっ!」
「……鈴。君は何時からそうやってサラッと嘘を吐くようになったんだよ。ちょっと僕にもそのスキル分けてくれないかな?」
「T大だぁ? チキショウ、勝ち組かよ! 俺なんかもう五回も落ちたってのに、てめぇらはのうのうと通ってやがるのかっ! 許せねぇ!」
「前言撤回。やはり人間正直が一番だね」
「あたしもそう思った」
 二人とも実際には地方の三流大学の学生である。
「しかし、五浪とは。それならいっそ、ランクを落とせば良かったんじゃないですか?」
「ふざけんなっ! T大じゃなきゃ駄目だ!」
「いやいや、T大以外にも沢山いい大学はあるんじゃないかと」
「駄目なんだよ! T大じゃなきゃエリートになれないだろうが!」
「エリート?」
「そう、それだ。官僚だよ。俺は官僚になるんだ。警視総監になるんだ」
「理樹、どうしよう。想像を絶するくらい壮大なアレだ!」
「うん、壮大なアレだね。壮大すぎて涙が出てきた」
 というか、頭が痛くなった。
「警視総監を目指してる人がバスジャックとは、なんというか」
「奇跡的な幸運だな」
「だからテメェらはさっきから何をコソコソ話してんだよ! 俺のことを馬鹿にしてるのかっ!」
「いやいや、まさかそんな事」
「ただお前のような短絡思考の馬鹿が出世しなかったという史上稀な幸福をかみ締めていただけだぞ」
「鈴。こういう時こそあの素晴らしい嘘吐きスキルを発揮すべきなんじゃないかな? なんというか、主に僕らのこれからのそれとなく輝かしい人生のために」
「嘘は一日一回だけと制限されてるから無理」
「誰に制限されているのかはともかく、それならせめてオブラートに包んで」
「理樹がそういうのなら、分かった」
 鈴は意気揚々と頷いた。そしてお礼を言った。
「五浪してくれてありがとう」
「鈴……君のオブラートは薬と同じ味がするよ!」
 今度こそ頭を抱えるしかなかった。
 窓の外にふんわりと柔らかい白い影が浮かんでいる。
 あれは死神の手なのだろう。
 反対方向には銃口の暗闇があるのだから、たぶんそうだ。
 ゆっくりと近づいてくるのがどこか優しい。
「て、てめぇ……こ、こ、殺すぞっ!」
「待って、ちょっと待ってよ」
「なんだよ! 命乞いしやがれ!」
「えぇと、つまりその……うん、そうだ。これからどうするの? まさか僕らを人質に、T大に合格させろなんて言うんじゃないだろうね?」
「T大は何時から通信教育を始めたんだ?」
「鈴、お願いだからちょっと黙ってて」
 何故人類は進化の過程で口にチャックを設けなかったのだろうか。
 いったい類人猿どもは何をしていたんだ。不可思議な憤りを感じた。
「どう考えたって無謀だよ。こんな事をしてどうなるっていうんだ」
「うるせぇ! 俺は別に合格させろなんて言わねぇよ」
「それじゃあいったい……」
「これは復讐なんだ! 俺を合格にしなかった、認めなかった連中へのな! お前らを殺して俺も死ぬんだ!」
「うわぁ」
 完全にお手上げだった。
「鈴、こっそり感想を聞かせて欲しいんだけど」
「面倒くさい奴だ」
「うん、やっぱり黙ってて」
 僕が孤立無援なのは、よく分かった。
 窓の外の白い影は徐々に増え始めている。
 止まらない加速の中にあって、その姿は確かな形を持ち始めていた。
 どこまで姿を持つのだろう。そしてどこまで深く進んでいくのだろう。
「お前らみたいな勝ち組も許せねぇ! なんでお前らは合格できて、俺は合格できないんだよ。不公平だろ、そんなの!」
「別に合格してないわけなんだけど……でも、試験って基本的にそういうものじゃない?」
「お前らが合格できたんなら、俺も出来なきゃおかしいって言ってんだ!」
「いや、その理屈はおかしい」
 もう支離滅裂だ。なのに、落ち着かない気持ちになった。
 酔いから醒めそうになる。
 窓の外に手を伸ばしたかった。白い影を掴みたい。
 ぎょろりとした目のような物が僕を誘っていた。こちらに来いと言っているようだ。
「お前みたいな勝ち組に俺の気持ちが分かるか! なんで俺は駄目なんだよ。なんでお前だけ、お前らだけがっ!」
 言葉がなかった。それが誰の言葉なのかも分からない。
 ビールは空だ。まったく足りなかった。
 彼はまだ言い足りない様子だったけど、運転手さんに呼ばれ戻っていく。
「鈴、僕らって勝ち組なのかな? あ、もう喋っていいから」
「ん。そうなんじゃないか?」
「軽っ。でもそうか。そうなのかもしれないね」
 窓の外、加速は止まらない。
 ブレーキを踏んで欲しい思いと、このまま進みたい思いとが交錯していた。
 山道を抜けて懐かしい風景が滲んでいる。
 影の手が窓を叩いた。
 バンッと音がした。
 前方が一気に騒がしくなり、無数の人の声が聞こえてきた。
「確保! 犯人確保!」
「乗客の皆さん、もう安全です。落ち着いて、順番に降りてください」
 バス内に歓声が上がり、防弾アーマーを装備した警官が笑顔で怪我人がいないか見て周っている。
「ここに足止めされてから三時間くらいか。結構時間かかったな」
 鈴が猫のように伸びをして窓の外を指差した。
「見ろ、マスコミで一杯だぞ」
「……そうだね」
 でも、そこに見えるのは黒い闇と白い影。
 それも無数の。
 影はじっとこちらを見つめている。
 僕を恨めしそうに見つめている。
 こんなにも近いのに窓を越えて手を伸ばしてはこない。
 僕が伸ばすのを待っているのかもしれない。
「どうした、理樹。さっさと降りるぞ」
 鈴に引っ張られて僕は立ち上がった。
 走り続けるバスから降りる。そこに見えるのは名も知らぬSAで、無数の警察とマスコミとが溢れかえっていた。
 窓を振り返っても白い影はどこにも居ない。
 彼等はどこへ消えてしまったのか。
 きっとバスに乗れば、また現れるのだろう。
 そしてまた、僕を呼ぶのだ。
「かくしゃしゃかいだ」
「酔いすぎだろ」
 酔いは醒めていた。


[No.367] 2009/08/28(Fri) 22:03:24
杉並睦実の奮闘? (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@20368 byte

 私、杉並睦実。
 勉強も運動も普通だけどお料理やお掃除は得意とかなり家庭的でお嫁さん候補ナンバーワン、見た目はちょっと地味だけど直枝君への溢れる想いは人一倍大きいキュートな女の子(はーと)。
 ……ごめん、色々とごめんなさい。
「どうしたのむつー」
「あらぬ方向にペコペコ頭下げちゃって、ちょっと怖いよ」
 お友達の高宮さんと勝沢さんが若干引いた顔で尋ねてきた。
「あ、別になんでもないよ。ただちょっと世界に謝りたくなっただけだから」
 なんか不相応な自己紹介をしたような気がしてつい。
「そ、そう」
「病院、行く?」
 何故か少しばかり距離を取られてしまった。
 というかなんで病院?
「私健康だけど」
「う、うん」
「まあそうなんだろうけど……」
 なんだか二人とも歯切れ悪いなぁ。
 どうしたんだろう。
 うん、まあいいや。それよりも……。
「うーん」
 私はさっきまで見ていた窓の外を覗こうとした。
「何、また直枝」
 勝沢さんが揶揄するように聞く。
 いや、実際そうなんだけどそんな風に言わなくても。
「うん、もうボール拾いから戻ってきたかなって思って」
 さっき特大ファールを打ち上げた直枝君はそれを拾いにグランドからいなくなったのだ。
 だからあんな意識を脇に逸らす余裕があったわけで。
「はぁ、んなに見たいなら校舎からこっそり見てないで、外で堂々と見ればいいじゃん」
「そうそう。つか私らも間近で棗先輩見たいし」
「うう、でも恥ずかしいし」
 そんなことしたらあからさまに興味ありますって感じだもの。
 二人には悪いけど勘弁してほしい。
「あぅ、そ、そういえば二人とも棗先輩のこと好きなんだ。知らなかったよ」
 話題を変えようと話を振ってみたけど。
「んなのカッコいいからに決まってるでしょ」
「うん、目の保養目の保養。でもむつとは違うよね」
「え?」
 勝沢さんの言葉に思わず首を傾げる。
 好きって言うならそっちもアピールすればいいのにとか思ってたんだけど。
「そうだね。あたしらのはどっちかというとアイドルに対する憧れであってむつみたいに恋愛感情があるわけじゃないよ」
「だから直枝のことが大好きなむつはさっさと行動しなさい」
 最後にそう締めくくられてしまった。
 うう、またそっちに話が戻るのか。
「で、実際のとこなんか進展あんの?」
「進展?」
「そっ。アピールしてるのかってこと」
 高宮さんの言葉に考え込む。
 アピール、か。
「朝と放課後ちゃんと挨拶できるようになったよ」
「……いや、それ普通だから」
 勝沢さんに呆れたように言われてしまった。
「で、でも前は言えなかったりする日も結構あったんだよっ。けど今は毎日言えてるし」
 これは自分の中では凄い進歩なのだ。
「ああ、分かった分かった、凄い凄い。……けどそれじゃあ全然あいつらと差が埋まらないよ」
「あいつら?」
「リトルバスターズのメンバーよ。まさかと思うけどあいつらが直枝に向ける感情、分からないとか言わないよね」
「うっ」
 勝沢さんの言葉に思わず言葉が詰まる。
 直枝君自身がどれほど気づいてるかは知らないけど、端から見ていて棗さんたちがどういった感情を直枝君に持っているかよく分かる。
「仲間内でギクシャクするのが嫌なのか知らないけど、幸いあからさまに直枝君にアピールしてるやつはいないんだから今しかないよ。ぶっちゃけ彼と一番距離が近いのはあいつらなんだからさ」
 高宮さんの言葉に思わず考え込んでしまう。
 そう、直枝君と棗さんたちの間には友達以上の絆が確実にある。
 今はまだ大丈夫かもしれないけど、誰かが行動を起こせばもう私に立ち入る隙はないのは確実。
「だからこんな校舎の窓からこっそり見てるんじゃなくて会いに行きなって」
 それは分かる、分かるんだけど。
「でもでもみんな魅力的だし、私なんかじゃ」
 あんな人たち相手にすっごい普通で地味な私がどう立ち向かえばいいか分からない。
 なにより今のところ直枝君が私を好きになってくれる要素が欠片も見当たらないのだ。
「んなこと言ってたら始まらないって」
「それに何も直接やり合うわけじゃないんだから。ただ好きってアピールするだけなんだから大丈夫っしょ」
 うう、それが難しいんだって。
 それになにより。
「直接やり合わなくても、例えば来ヶ谷さん辺りが近くにいるところで頑張っても全然振り向いてもらえそうにないんだけど」
「あー、確かに直枝の視線持ってかれそうね」
 私の言葉に苦笑しながら勝沢さんも同意した。
「まあそれは仕方ないよ。来ヶ谷ってカッコいいもの」
 けれど続いて発言した高宮さんの言葉に私と勝沢さんは弾かれるように振り向いてしまった。
「な、なによ」
「い、いや、あんたって来ヶ谷のこと嫌ってたんじゃなかったっけ?」
「こくこく」
 私も隣で何度も頷く。
 確か去年のクラスであの人を自分たちの仲間に引き入れられず、それ以来あの超然とした態度が気に食わないとか言ってた記憶があるんだけど。
「そうよ、嫌ってたわ。だからあんなに嫌がらせしたんだし」
「ええっ!?そうなの?」
 気づかなかった。嫌ってたのは知ってたけどそんな行動してたなんて。
「……むつ、気づいてなかったの?」
 勝沢さんに呆れたように言われてしまった。
 あれ、もしかして結構有名なこと?
「むつは天然なとこあるから」
「う〜」
 高宮さんに変な納得のされ方をしてしまった。
 そうでもないと思うんだけど。
「まあそれでずっとあいつのことを見ていて弱点とか弱みを見つけようとしたんだけど、ね」
 弱点も弱みも一緒の意味だよなどとはつっこめなかった。
 何故なら話している内に高宮さんの顔がどこか恋する乙女のように変化していって迂闊に何か口にするのが憚れたからだ。
「見ている内にあいつの凄さが分かって……なんつーかその辺の男とか比べ物にならないくらいカッコよくて素敵だなあって」
「そ、そうなんだ」
 勝沢さんも若干引き気味だ。
「お姉様って呼ぶの許してくれるかな」
「いやいや、落ち着けって高宮」
「そうだよ。冷静になって高宮さん」
 さすがに黙っていられなくなった。
 それは拙いよ、非生産的だよ。
「うう、そう、だよね。あたしみたいなの相手にしてくれないよね」
 茶色に染めた髪の毛を弄りながら高宮さんは溜息をつく。
 かなり凹んでしまっているようだ。
 確かにギャルっぽい格好は来ヶ谷さんの好みから外れているような気がしなくもないけど。
「大丈夫だよ。高宮さん可愛いもの。きっと好きって言えば喜んでくれるよ」
 悲しんでいる高宮さんを見て思わずそう口にしていた。
「そ、そうかな」
「うん」
「そ、そっか。えへへ」
 可愛い子は好きだと公言しているからきっと大丈夫なはず。
 誤解されやすいけど高宮さんはこんなに魅力的なんだもの。
「ちょ、むつー。そういうフォローする?」
「へ?……ああっ」
 なんで私は非生産的なことを勧めているの?
 自分の行動に吃驚する。
「あーもう、高宮」
「あうあう……」
 それから必死に二人で説得してとりあえず早まった行動をしないようにとだけは言い含めることができた。

「で、直枝のことだけど」
「え?……ああ」
 落ち着いたところで勝沢さんにそう言われて私は思わず声を上げた。
「そういえば元々そういう話だったね」
「そうよ。まぁ分からなくもないけど」
 そう言って高宮さんのほうを見たので私も釣られて彼女を見る。
「ん、なに?」
 高宮さんは暢気に外を見ている。
 見てるのって直枝君たちの練習風景かな、やっぱり。
 目で追ってるのは誰だろう。……いや、これは考えないでおこう。
「それで話を戻すけど。むつ、あんた直枝のことは本当に好きなんだよね」
 勝沢さんは思いのほか真剣な表情で尋ねてきた。
 好き、か。
 意図はよく分からなかったがその言葉を噛み締め私は答えた。
「うん、好きだよ。告白するの怖いし、恥ずかしいけどその言葉に嘘はないよ」
 私ははっきりと言い切った。
 それを口にするのに迷いはない。
「そ。じゃあ告白しろといわないけどもうちょっと頑張ったほうが良いよ。直枝を狙ってるのはなにもあいつらだけじゃないし」
「え?それって」
 私が戸惑っていると外を見ていた高宮さんが答えてくれた。
「ああ、そうだね。あの事故の一件以来あいつのことをカッコいいとか最近頼りになるとか言い出すやつが学年問わず増えてるみたいだよ」
「うん、極秘にファンクラブが出来てるとか言う噂もあるくらいだし」
 さすがにそれは噂に過ぎないだろうけどねと勝沢さんは続けるが私の耳にはそれ以上入ってこなかった。
 なぜなら。
「カッコいい?直枝君は可愛いもの。それに頼りになるのは前からだよ」
 私はどうしようもない怒りに震えていたからだ。
 可愛らしさの中に時折見せる男らしさが魅力的だし、あの事件の前から直枝君はすっごく頼りになる男の子だ。
 そんな安っぽい俄かみたいな発言は許せない。
「…………あれ、どうしたの二人とも。なんかありえないものを見たような顔して」
 二人とも目を大きく見開いて私のことを見ている。
「あ、うん。意外にむつって迫力あるんだね」
「今なら来ヶ谷にも対抗できるんじゃない」
「?」
 二人の発言がどうも要領を得ない。
 何があったのだろうか。
「ま、まあとりあえずそういうわけだからもう少しだけ積極的にいこ」
「ああ、そうだね。挨拶が出来るようになったとかで喜ぶんじゃなくてさ」
 確かに二人の言葉はもっともだ。
 棗さんたちには敵うかどうかいまいち自信が持てないけど、その辺の人たちが直枝君に告白して、ましてや付き合うなんて事態に陥れば悔いても悔やみきれない
「うん、分かったよ。私もうちょっと頑張る」
 ギュッと両手を握り締め宣言した。
「うん、その意気その意気」
「頑張りな。私らはいつでも味方だから」
「うん」
 二人の言葉に私は大きく頷いた。

 そして次の日のお昼休み。
 教室を見渡すとちょうど直枝君が席を立とうとしているところだった。
 どうやら他の人たちは先に出て行っているらしい。
 これは好都合かも。いや、今が都合よくなくていつが都合いいのだ。
 私は意を決して彼に話しかけた。
「あ、あの、直枝君」
 ぐっ、少しどもっちゃった。
 けれど直枝君は気にした風もなく答えてくれる。
「うん?どうかしたの、杉並さん」
「あ、あの、えっとね……」
 うう、拙い。真正面から見つめられるとどんどんパニックになってくる。
 ええい、とりあえず聞いちゃえ。
「な、直枝君は今からお昼?」
「え、うん。これからみんなで学食で食べるところだけど」
 よし。
 これで誰か特定の人間と食べるとか言われたらさすがに無理だけど、みんなと一緒に食べるというなら十分チャンスがある。
「あのね」
「うん?」
 あう、でも実際に言おうとすると恥ずかしい。
 うう、目の前がぐるぐる回る。
「どうかしたの?」
「う、うう」
「ん?」
 間近に迫る直枝君の顔。
 それを意識した瞬間、私の意識は限界を突破した。
「わ、私も一緒に食べに行っちゃダメですかっ!!」
 そして気づいたときには教室中に響き渡る大声で叫んでいた。
「あー、えっとそれは別にいいんだけど、できればもうちょっと普通に誘って欲しかったかな」
 少しだけ顔を赤らめて直枝君は頭を掻いた。
「あぅ……」
 私はというと自分がやらかしたことに気づいて耳まで真っ赤になってしまった。
「あーと、とりあえず行く?」
「はい」
 消え入りそうな声でそう頷くのが精一杯だった。
 うう、教室に戻ってくるのが億劫だよ。
 それに高宮さんたちの意外にやるわねって声が凄い耳に残る。
 うわーん。

「こちら一緒のクラスの杉並さん。今日一緒にお昼食べようと思うんだけどいいよね」
「よ、よろしくお願いします」
 食堂に連れられ、トレイを持ちつつ先に食事をしていたリトルバスターズの人たちに紹介された。
 あ、みんな固まった。いや、井ノ原君だけは変わらずカツカレーを食べ続けている。
「あー、理樹。それはその彼女が俺らと一緒に食事するという認識でいいんだよな」
 いち早く復活したのは棗先輩だった。
 やっぱり困惑するよね、うん。
「うん、そうだよ」
 なんでもないように直枝君は答えるけど、私が言うのもなんだけど結構重大な事態だと思うよ。
「理樹君、また女の子引っ掛けてきて」
「手当たり次第ね」
 またってそんなに頻繁に他の子と食べてるの?
 二木さんも三枝さんに同意するし。
「いや、二人とも人聞き悪いこと言ってるよねっ」
 慌てて否定する直枝君を見て少しだけほっとする。
 やっぱそんな軽い性格じゃないよね、うんうん。
「わふ〜、けれど佳奈多さんがここにいること自体がそれを示してるかと」
「というよりこの場にいる鈴さんを覗く女性全員がここにいる理由がそもそも直枝さんが誘ったからだと思うのですが」
「つーか理樹が連れてこなきゃ今でも幼馴染だけで食ってたよな」
 能美さん、西園さん、そして井ノ原君の証言を聞くにつれ、私はどうしていいか分からずおろおろしてしまった。
 えっと、あれ?直枝君って女の子を軽々と誘うプレイボーイ?
「もう、真人も同意しないでよ。単純に追加メンバーとして誘えたのがみんなだけだったって話だし、二木さんたちをここで食事するように誘ったのもその方がいいと思っただけだよ。別に変な意図とかないよ、もう」
 直枝君は膨れてしまうがそれはどうだろう。
 というかなんでこんな可愛い子しか誘ってないの?
「まあ少年は天然だからな」
「……そこはかとなく悪意を感じるのは気のせい?」
「はっはっはっ。それはともかくこれ以上彼女を放って置くのはどうかと思うがね」
「え?ああ、ごめん杉並さん」
 来ヶ谷さんの言葉にやっと私の存在を思い出したのか、直枝君は頭を下げてきた。
 いえ、いいんですけどね。私って地味だし。
「いいよいいよ。けどみんな楽しい人たちだね」
「え?ああ、うん。なんか僕がからかいの的になってる気がするけど」
「たぶんそれは気のせいだよ」
 きっと直枝君に対するあの人たちのそれは、からかうとはまたちょっと違う種類のものだろう。
「ときに杉並女史。今日ここに来たのは自分から?それとも少年に誘われたからかね?」
「え?ああその……自分からお願いしました」
 迷惑、だったかな。
「ん?ああいや君の考えるような意図があっての質問ではない。少年が気を利かせたのではと思ったのだが、やはりそれは望みすぎか」
 気を利かせてって……やっぱり私の気持ちばれてるよね。
 まあここに来た時点でそれは覚悟している。
 けれど私が棗先輩とかじゃなくあくまで直枝君目的だってみんな思ってるんだろうか?
 思ってるんだろうな、そういう嗅覚は女の子は鋭いし。
 特に自分が好きな相手に向けられてる好意は。
「ふぅー」
 ……まぁ若干名私の気持ちとか全然気づいてなさそうな人もいるけど。
 ちらりと棗さんと神北さん辺りを見つつ軽く息を吐く。
「えっと今のどういう意味?」
「なに、少年は気にすることはない。そうか、勇気があるな、君は」
「なけなしの勇気ですが」
 それは色々と勘繰られるのを覚悟してここに来たことを言っているのだろう。
 けれどこれは昨日高宮さんと勝沢さんに応援してもらってやっと出来た行動だ。
「なに、それでも十分尊敬するよ」
 それでも彼女はそう言ってくれる。
「ねえ、何の話」
「なに、やはり気にするな。それよりも少年は杉並女史から誘われてなぜ了承した?」
 それは、ちょっと私も気になった。
 女の子が一緒に食べたいって言ったんだもの。それに対して何かしら思うところがあってもいいと思うんだけど。
「え?誘われて拒む理由がないし」
 いや、来ヶ谷さんの質問の意図はそういうことじゃないんだけど。
「ふむ、質問を変えよう。君はどのような理由で杉並女史が一緒に昼食を取りたいとは言い出したのか分かるかね」
「え?ちょ、来ヶ谷さん」
 あまりの質問に私は思わず声を荒げた。
 そんなあからさまに言ったらいくら直枝君でも私の気持ちばれちゃう。
 そういうのは直接伝えたかったのに。
 ……けれど。
「えっと、リトルバスターズのみんなと食べたかったからじゃないの?」
 その発言を聞いて今度は井ノ原君も含めて全員沈黙してしまった。
「え?え?え?」
 直枝君は突然のみんなの変化に戸惑う表情を浮かべるのみだ。
 うう、これはもうちょっとちゃんとアピールしなきゃダメなのかな。
「ふぅー、おねえさん吃驚だよ」
 いち早く復活した来ヶ谷さんがやれやれと首を振る。
「理樹、メッだ」
「ええっ」
 棗さんも直枝君を叱る……ってもしかして棗さんも私の気持ちに気づいてる?
 いや、まさか……。
「まあこの話はこれくらいにしておこう。それよりも二人ともさっさと座りたまえ。食事が冷める」
「ああ、そうだね。杉並さんも」
「あ、うん」
 と言ったもののどこに座れば。
「ふむ、おねえさんの隣に座るかね」
「あー、それは……」
 あとで高宮さんに恨まれそうだ。
「姉御ー。いきなり手篭めにしようってのは……」
「なんだ人聞きの悪い。ただちょっとお近づきになろうとしただけだろう」
「いや、はは……」
 あれ?もしかして本当に貞操の危機だった?
 いやいやまさか。
「あたしの隣に座ればいい」
 するとなんと棗さんが自分の隣を指差し誘ってくれた。
 え、や、でも。
「そこ、井ノ原君が座ってるよ」
 そこにはさっきから井ノ原君が座って食事していた。
「んなのどかせばいい」
「はぁ?いきなりな言い草だな」
「なんだ嫌なのか?」
「あったりまえだろうが」
 まあ当然だよね。
 隅っこが開いてるし私はそこに座ればいいかな。
「初めてなんだ。真ん中がいいだろ」
「え?」
 けれど棗さんの言葉に大きく目を見開いてしまう。
 もしかして私を気遣ってくれて?
 すると井ノ原君はしばらく私の顔を見ると席を立ち上がった。
「しゃあねえな。今日だけだぞ」
 そう言って私が座ろうと思ってた隅の席に腰掛けた。
「えっと、ごめんね、井ノ原君」
「気にすんな」
 井ノ原君が笑ったのを見て私は棗さんの隣に腰を下ろした。
「よし、じゃあ改めていただこうか」
 棗先輩の号令と共に私たちは食事を開始した。

 それからしばらくみんなと他愛のない話をしていると神北さんが質問をしてきた。
「そう言えばむっちゃんってさ」
「む、むっちゃん?」
 そんな呼び方されたの初めてなんだけど。
「うん?あだ名だよ。睦実だからむっちゃん。ダメかな」
 まあ別に拒否することもないだろう。
「いえ、構わないですけど。それで神北さんは」
「小毬」
「え?」
「小毬でいいよ〜」
「あ、はい、小毬さん。それで私がなんですか?」
 うーむ、押し切られてしまった。
 意外にこの人押しが強い。
「あ、えっとね。むっちゃんは運動とか得意なんだっけ」
「運動、ですか?」
「あ、はるちんクラス違うから全然知らないや。どうなの、教えて教えてー」
 答えようとする前に三枝さんが口を挟んできた。
 凄い、一気に騒がしくなる。
「葉留佳、落ち着きなさい」
「あたっ」
 三枝さんは二木さんに頭をはたかれてそのまま大人しくなった。
 面白いコンビネーションだなあ、この二人って。
「どうぞ」
「え、あ、はい。えっと得意って言うほどじゃないですよ。運動音痴でもないけど」
 促されたのでそのまま素直に答える。
 うん、体動かすのは嫌いじゃないけど得意とか胸張って言えるレベルじゃないし。
「そう?この前のバスケの時間、結構活躍してたと思うけど」
「え?ああうん。あれは集団競技だったから。私他人に合わせるの得意だし」
 個人競技じゃそうはいかない。でもそんなに目立ってないと思ったんだけどなぁ。
「おや、そうだったかね。杉並君には悪いがあまり活躍したと言う印象が残ってないんだが」
 あ、やっぱりそうだよね。
 自分は目立つ性質じゃないから吃驚したよ。
「えー、そんなことないよ、ゆいちゃん。アシストとかボール奪ったり結構色々とやってたよ」
「ゆいちゃんと言うのは止めろと言ってるだろう。……だが、そうなのかね」
 軽く額を押さえながら来ヶ谷さんが聞いてきた。
 うーん、どうだろう。
「人のフォローとかが得意ってだけで私自身が活躍したことはないですけどね」
 もし運動が出来るならこの前だって1点くらい点数が入れられてたはずだし。
「それでも凄いよ〜。私いつも足引っ張ってばっかだし」
 自分の言葉に小毬さんは落ち込んでしまった。
「そんなことないぞ。こまりちゃんはいつもがんばってる」
 すかさず棗さんがフォローに入った。
「そうですよ。見ていて励みになります。それに野球だってちゃんとボールが投げられたりと成果があるじゃないですか」
 能美さんもそれに続く。
 うん、そうだよね。小毬さんの頑張っている姿は他のみんなをやる気にさせるものだから。
「だそうですよ。私もそう思います。それに小毬さんの要るチームはいつもチームワーク抜群じゃないですか。それは凄いです」
 そう、それは本当に尊敬する。
 私たちがそうやって声をかけるとやっと小毬さんはいつもの笑顔になってくれたのだった。

「ふむ、麗しい友情だな」
「姉御、もしかして茶化してる」
「まさか、純粋に素晴らしいと思っているのだ。失敬だな」
「やはは、メンゴメンゴ」
 来ヶ谷さんと三枝さんが向こうでじゃれあってる。
 なにやってんだろう。
「そう言えば杉並君」
「は、はい」
 突然呼ばれてちょっと吃驚してしまった。
「なに、そう怯えることはない。少し聞きたいのだが君は野球のルールを知っているのかね」
「え、野球ですか?んー、昔お父さんに何度か球場に連れて行ってもらいましたから大体は」
「ほう。君自体はやったことは?」
「えっと、子供の頃ですけどキャッチボールくらいなら」
「ふむふむ」
 そのまま来ヶ谷さんにじっと見つめられ思わず席ごと後ろに下がってしまった。
 うう、もの凄い美人だから見つめられるだけで滅茶苦茶迫力あるよう。
「来ヶ谷さん、どうかしたの?」
 その状況に気づいたのか直枝君が声をかけてくれた。
 これで意識が向こうに逸れてくれれば。
「いやなに、前髪に隠れていて分かり辛いがなかなかの美少女だと思ってな。内向的で大人しい子とは周りにはいなかったタイプだな」
「ど、どうも」
 でも自分が可愛いとかは思えなんだけど。
「その照れた仕草もまたよし。……ふむ、今晩暇かね」
「ふぇ?」
 来ヶ谷さんの言う意味が分からず一瞬惚けてしまう。
 え、それって、えっとえっと……えええーっ!?
「ふかーっ」
 私が叫ぶより先に棗さんが威嚇を始め、周りの人たちも私を守るように動いてくれた。
「……来ヶ谷さん」
「なに、冗談だ」
 直枝君の呆れたような言葉に飄々と来ヶ谷さんは言葉を返す。
 ……本当に冗談だったのかな。少し心配だ。
「ああ、少年。少し話がしたいのであとで時間を取ってくれないか」
「え?あ、うん、いいけど」
「すまないな」
 何の用事だろう。
 いや、心配すること無いよね、うん。


















「あの、それでなんで私はここにいるんでしょうか?」
 私がいるのはグランドの端で時刻は放課後。
 そう、いつもリトルバスターズが野球の練習をしているところだ。
 そんな場所に何故私がいるのか理解が追いつかず、改めて直枝君に質問する。
「えっと、さっきも言ったけどいつも校舎から僕らの練習見てるんでしょ。なら偶にはこっちに参加するのもいいかなって思って」
「でもそれに気づいたの来ヶ谷さんでしょ」
 私たちが校舎の窓から覗いているのにあの人は気づいていたらしい。
 どれだけあの人は凄いのだろうか。
「うん、まあそうだけど僕も同意見だから。見てるだけなんてつまらないよ。だからさ」
 直枝君はそう言って手を差し出した。
 まるで子供に一緒に遊ぼうというみたいに。
「いいのかな……」
 なにか流されてるよ。それに一足飛び過ぎるし。
 昨日まではどうやってさりげなく応援すればと頭を悩ましていたはずなのになあ。
「いいと思うよ」
 なんてことない風に直枝君は言う。
 いや確かに直枝君にとってはそうかもしれないけど、私にとっては凄い変化なんだから。
「もしかして嫌?」
「ううん、嫌じゃないです」
 もし嫌なら誘われた時点で逃げている。
「なら一緒に遊ぼう」
「……うん」
 少しだけ逡巡し、私はその手を取った。
 そしてグランドにへと向かう。
 ふと顔を向けると高宮さんと勝沢さんが西園さんと一緒に木陰でお茶を飲んでいる姿が見える。
 暢気なものだなぁ。
「さあ、練習しよう」
 みんなへと呼びかける直枝君のその言葉に、不意にいつもいたあの校舎の窓を見上げる。
 昨日まであそこにいたのになぁ。ホント、あまりの急な展開に吃驚だ。
「ほら、鈴君が投げるぞ」
 来ヶ谷さんに話しかけられ、私はすっとミットを構えたのだった。


[No.368] 2009/08/28(Fri) 22:07:58
黒いノースポール (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@2105byte

 窓を蹴る。風が下から吹き上げてくる。景色と走馬灯のように邂逅する。地面を掴む感触がした。


 そんなこんなで俺は今ここにいるわけだが。
「あんな馬鹿な遊び僕でもやらないよ」
 そう理樹に一蹴された。夕日が眩しい。
「そう言うな理樹。あの時は…そう、やりたかったんだ」
「だからってなんでそんなことするかなぁ…」
 頭を抱える理樹。小動物みたいで何気に可愛い。
 
 みんなに煽られて窓から木に飛び移ろうとジャンプしたら、届かなかった。ウェスタン風にロープを引っ掛けようと頑張った結果、無理だった。ただそれだけの話。
 そして着地の衝撃をもろに受けた右足が複雑骨折して、全治四週間、だいたい一か月だった。それだけの話。
 あと毎日理樹が病院にお見舞いに来てくれている。ただそれだけの、話。

 なのになぜ俺の心はこんなにも嬉しいのか、と最近疑問に思う。
 多分風邪でも引いたなと、いそいそとベッドで寝ていると、理樹が来て甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだ。
 花瓶に水を替えたり、話し相手になってくれたり。
 花瓶の水をぶちまけた時の理樹は、やっぱり俺がいないとだめだなと思わせるような目で俺を見上げていた。
 来ヶ谷ならこう言うだろうか。「おねーさんの萌えアンテナは今五つだよ」
 たまに車いすで屋上に連れて行ってくれたりする。景色が開けて奇麗だ。理樹も「こんな景色ひさしぶりだな」と目をキラキラさせていた。

 退院の日が近づいてきた。
「これで就職活動再開できるね」
「俺はもう少し休みたかったけどな」
 そんな皮肉を言う。いつもはツッコミを入れてくるはずの理樹も今日は、
「うんもう少しこうでも良かったかもね…」
 と、相槌を入れてきた。いつもの理樹らしくない、とその時は思ったがあまり言及するのはやめておいた方がいいと思い、ベッドの横になった。
 
 退院の日になった。荷物をまとめていると理樹が来た。
「退院おめでとう」
 とりあえずお祝いが言いたくて、と頭をかきながら言った。それから荷物をまとめて別々に解散した。
 病院を抜けると、みんながいた。
 口ぐちに「退院おめでとう」と言う。それに一つ一つ茶々を入れて返す。
 最後に理樹の番になった。もう既に一回言ったことだが、もう一回言いたいらしい。
「退院…おめでとう」
 嬉しさ半分、悔しさ半分といったところだろうか。この顔を見て俺は気づいてしまった。


 今日はいい天気だ。よし、やるか。
 窓を蹴り、ロープを渡し、十分に可能だったが失敗し、俺は地面へと落ちていった。


[No.369] 2009/08/28(Fri) 22:49:57
青春十八きっぷってまだあんのかな。 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@10862 byte


 この揺れはマジで反則だと思うんだ。ひと眠りして気が付くと、景色が街中から山と田んぼがかわりばんこに流れる田舎のもんに変わっていた。
「やべ、どんだけ寝てたんだ?」
 確認しようと周りを見回したが、客もまばらな車内に連れの顔は見当たらなかった。まさか寝過ごしてはぐれたか、と思い始めたところで連結のドアが開き、うるさいやつが戻ってきた。
「あ、真人くんおはよー!やっと起きましたネ」
 相変わらずウザったいほどに長く伸ばした髪を妙な形にまとめた三枝が、やっぱり相変わらず能天気そうな顔をちょこんと傾げながら聞いてくる。それで可愛いつもりか。
「んだよ、あんまフラフラすんなっつったろ?寝過ごしたかと思って焦ったじゃねえか」
「飲み物を買いに行っただけよ。それに何をしても大いびきで寝ていたのはあなたでしょう?文句を言われる筋合いはないわ」
 すっとぼけた三枝の様子になんだか腹が立って文句を言うと、「うっ」と詰まったその後ろから入ってきた二木に睨まれた。「起こしゃ良かったじゃねぇか」とか言えねぇ。怖えよ。
「そーだそーだ!せっかく真人くんの分まで買ってきてあげたのにー」
 ちゃっかり姉キに乗っかって拳を突き上げていた三枝は、その手に持っていた細い缶を席の背もたれに立てた。革ジャンやスカートのポケットからも次々取り出して並べていく。
「いやー、見たこともないご当地ジュースがいっぱいあって、ついつい買いすぎちゃいましたヨ」
 器用に並べられていく缶をよく見ると、確かにコンビニじゃ見かけないような品揃えだ。ご当地ってだけあって、北はペプシサーモンから南はタコライスサイダーまで地方色豊かだ。けど炭酸ばっかだな。お、ファンタみそカツなんてのもあんのかよ。
 そのうち背もたれだけでは置ききれなくなり、肘かけや座席の上までが主に赤い缶で埋め尽くされた。何本買ってきやがった。
「はいどーぞ」
「飲めるかっ!」
 こんなに炭酸ばっかり飲んだら筋肉が溶けちまうじゃねぇか。だが断った瞬間、横から突き刺さる殺気を感じてとっさに身構えた。
「あら……せっかく葉留佳が買ってきてあげたものを飲めないと言うのかしら。しかも手をつけさえせずに」
 ……酔っ払いのカラミ酒よりタチ悪ぃぜ。こういうときだけニコニコ笑ってるのがかえって怖い。
「わ、わぁったよ貰うよ。今ムリな分は後で飲むから。……そんでいいよな?」
 よろしい、とにっこり笑って頷いた。やっぱ苦手だコイツ。取りあえず一番気になったファンタみそカツを手にとってプルタブを一気に、
「ぶのわぁっ!?」
 みその濃厚な味と香りの泡が一気に噴き出した!くそ、思いっきり振りやがったな!!だが顔面に強力なジェットを食らってその怒りは言葉にならず、治まった頃にはどろりと濃厚なみそカツのエキスがオレの顔中からしゅわしゅわと滴っていた。
「やはははっ、だーい成功ーっ!」
「あー。ちっと顔洗ってくるわ……」
 もう怒る気力すら失せたオレは、腹を抱えて笑い転げる三枝と口許を隠している二木の横を通り過ぎた。

「ナンじゃこりゃーーーーーーーーーーーーっ!」
 車内にオレの怒鳴り声が響き渡る。外はいい天気で、吹きぬける風も気持ちいい。昼寝してる人がいたら悪いが、そのくらい驚いたぜ。トイレで鏡を見たら、みそカツどころの話じゃねえ、額とほっぺたにでかでかと『肉』の字が。犯人は聞くまでもねえ。
「ちくしょーっ!全然落ちねぇーーーーーー!」
 さっそくごしごしと洗ったんだが、油性の、しかもかなり強力な奴らしい。石鹸で顔がヒリヒリするまでこすったのに、落ちないどころか肌の赤さでマジックの黒が余計に濃く見えて、それであきらめた。
「久しぶりに理樹と会うってのに三枝のヤロウ、これじゃオレがただの肉まんみてぇじゃ……いや待てよ」
 オレの力こぶが閃いたぜ!
「三枝、ペン貸せ!」
 そう、引いてダメなら足してみなってな。洗面所を覗いていた三枝からペンをひったくると、オレは全ての『肉』に『筋』の字を足して『筋肉』にしていった。今のオレはただの肉まんじゃねえ、筋肉まんだ!これなら見られても恥ずかしくねぇ。なぜなら真実だからな!
 鏡に映った出来映えを見て、オレは自分の力こぶのあまりの鋭さに戦慄していた。
「ひとついいかしら」
「お、二木もこのオレのサロンパスの卵に感動したか?」
「左右逆よ」
 へ?
「しまったぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!」

 結局、落書きを消すのは諦めて、目立たないように上から白っぽいやつで塗りつぶすことにした。化粧のことは良くわかんねえが、三枝が持ってた絵の具みたいな、
「って絵の具じゃねえか!」
「ばっはっははははっ!こっち見ないで!お、ぉばけっ、カブキっ、おなかいたっ!」
「……ぷ、くっ……!」
 白を塗りたくったオレの顔を見て、二木までもが口を覆って笑いやがった。
「くそっ、オレは理樹にどんな顔して会ったらいいんだよ……」
「そりゃあ、こんな顔で?」
「うあぁーーーーーーーーーーっ!!」
「クマドリが取れちゃうから泣くの禁止!」
「なんでだようっ!?」
「っくっ……は、ぁっ……」
 抵抗する気力もなくし、さらに絵の具を塗りたくっていく三枝にされるがまま、泣きそうな気分で窓の外を見ていると、景色はのどかな田舎から少しずつ山が遠ざかり家が増え、ちょっとさびれた町並みに移っていった。風のにおいも、土と草のにおいから、ちょっと生臭いような潮のにおいに変わる。
「そういや、どこで降りりゃいいんだ?」
 流れる景色も停まる駅も見覚えがなくて、今どの辺りなのか、後どのくらいで着くのかオレにはまるで分からなかった。
「そんなことも聞かないで来たの?」
「いや、前に一回乗ったから大丈夫だと思ったんだけどよ」
「呆れた……」
 このヤロウ、『あなたの頭に詰まっているのは脳じゃなくて筋肉なのね、筋肉はどこに行ったのかしら、ああそうか筋肉の栄養になってしまったのね』とでも言いたげだなぁっ!
「ふっ、ありがとよ……」
「はぁ?」
「やはは、心配ゴムヨーですよっ。近くまで着たらちゃーんとわかりますから♪」
 ペタペタと色を塗りたくりながら三枝が軽く請け負った。ホントかよ、と思わねぇでもないが……まあ、オレよりも多く乗ってる三枝が言うならそうなんだろう。
 つうか、もう塗んな。

 三枝の言葉はそれからすぐに証明された。
「あ、見えてきたですヨ」
 三枝が指差したその先、夕日に照らされ、だんだんと近づいてくるのは、オレにとって、そしてこいつらにとっても思い出深い場所だった。
 オレンジ色にぎらぎら光る川を渡る。通り過ぎる土手を眺めていると、ランニング集団とすれ違う。何部だろうな。そして近づいてくる建物と土のグラウンド。
「あ、いたいた!おーい、りきくーん!」
 三枝が窓から身を乗り出して手を振る。もう十何年と会っちゃいないが見間違えることはない。
「負けるかあーーっ!理ぃ樹いいーーーーっ!!」
 オレは三枝よりもっと目立とうとほぼ全身を乗り出し、足の指力だけで身体を支えると、両手を上体ごと大きく振り回し、そして落ちた。

「うわっ、真人!?何をやってるんだい!」
 理樹は慌てて、十数メートル転がって伸びていたオレに駈け寄ってきてくれた、ツッコミとともに。へっ、やっぱり理樹のツッコミが一番しっくりするな。
「凄い角度で落ちたけど大丈ぶっ!?」
 起き上がりかけたオレの顔を見るなり理樹が言葉を詰まらせ、その場でうつむいてしまった。
「どうした理樹?」
「い、いや……なんでもっ、ないっ」
 震える声。何でもないわけあるか。……そうか、理樹にとっては突然の再会だからな。肩を震わせ、言葉の出ない理樹に声をかけた。
「遠目で見てすぐ分かったぜ。あんま変わんねぇな、理樹」
 理樹は少しだけ顔を上げると、またすぐに顔を伏せちまった。
「真人は、その、変わったね……少し」
 ……。しまったぁーっ!そういや今カオ絵の具だらけだったーーーーっ!!気付かれたか?いやいや、カンペキに隠せてるはずだ、落ち着けオレ。こういうときは恭介みたいに何でもない顔でとぼけりゃ大丈夫だ。
「そ、そうか?あー、あれだ。会わないうちにまた一回り筋繊維が太くなったからきっとそのせいだな!」
「ああ、うん、そう、かもしれないね……」
 よし、バレてねぇな。ヒュウ、あぶねえあぶねえ。

「ありゃりゃ、真人くんだいじょーぶ?」
「何をやっているのよあなたは……」
 校門の前で停まっていた電車から三枝と二木も降りてきた。
「葉留佳さんに佳奈多さんまで……久しぶりだね」
 少し驚いた様子の理樹だったが、三枝はそれが不満だったみたいで口をとんがらせて文句を言い出した。
「あー、なんかリアクションうすーい。もっとうわー!とかひょえーっ!とか驚くと思ったのに」
「いや、そりゃあ、真人の後だからねぇ」
「お前のせいかーーっ!!」
「何で怒られんだよっ!!」
 ひでぇ言いがかりだぜ全く。ついカッとなってそのまま口ゲンカっぽくなったが、まあ初めから人の話を聞かない三枝に勝てるわけもない。こんなとき言葉に筋肉があればと思うぜ。
「きぇーっ!しょげーっ!ぎょひゃーっ!」
「背筋腹筋マッスル筋!」
「いや、もう意味不明だから」
「あー、うるさい……」

「ぜ、ぜはっ、や、やるじゃねぇかさいぐさ……」
「ま、まさとくん、も、なかなかですヨ……」
 オレと三枝の行き詰まる戦いは、お互いが息切れするまで続いた。そして今二人とも大の字になって空を見上げている。夕焼け空をカラスが飛んでいくぜ……。
「悪いわね、こんなうるさいのを連れてきてしまって」
「おねーちゃんひどっ!?」
「まあ悪いのは真人だしね」
「そりゃねぇよ理樹様ぁっ!?」
 だがオレたちの悲痛な叫びを無視して、理樹と二木は再開の挨拶を交わしていた。相手をしてもらえなくて寂しいので、オレは三枝と休戦し、二人助け合って理樹たちのところに帰った。
「そういえば奥さんはお元気?」
「やだなーお姉ちゃん、奥さんなんて他人ギョウギー」
「うるさいわね」
 二木も変だとは思ってたんだろう。三枝に突っ込まれて睨みはしたが、全然迫力がない。その様子を楽しそうに見ていた理樹の方はすげぇ目で睨まれてたけどな。
「鈴はもう少しあっちにいるって」
「うはー、鈴ちゃん頑張るねー」
 全くだぜ。まあ、いいことなんだけどな。
「このあいだ友達になった子ともう少し遊んでからにするってさ」
「なんだそりゃ?」
「おお、もしかして年下の彼氏とかですか?」
 コイツの無駄にコトをややこしくしたがる所はちっとも変わんねぇな。目を輝かせんな。
「いやいやいや。年下には違いないけどまだ一桁なうえに女の子だから」
「ちぇー、残念」
「何を期待しているのよ」
 なあ二木、こんなのが妹で本当によかったのか?なんて事を言うとものすげぇ怒られそうだったから口には出さなかった。つか全く動じてねぇ理樹は大したもんだぜ。
「その子、鈴が言うには小毬さんそっくりなんだそうだよ」
「おー、すっごい巡りあわせ。そんなに似てるの?」
「僕はそんなに似ているとは思わなかったんだけどね」
「あら、本当に神北さんかもしれないわよ?」
 薄く微笑んだ二木の言葉に、理樹はハッとした顔でいろいろ察したようだった。
「そうか、小毬さんは先にいったんだね」
「ええ、クドリャフカや来ヶ谷さんもだけど」
「みおっちなんか私の顔みたとたんにサッサといっちゃったんですヨ?ハクジョーモノーっ!」
 ああ、そういうことか。オレも遅れて意味が分かった。
「そういや小毬は来てすぐだったな」
「お兄さん寂しそうにしてたねー。あと恭介さんも」
「おう。ヨメに振られたってんでイジケてるぜ」
 今日もリア充がどうたらとかぶつぶつ言ってウザかったので置いてきたのだ。お守りに残された謙吾にゃ悪いことをしたけどな。
「まったく、鬱陶しいったらないわよ」
「あはは、何だか申し訳ない……」

 ようやく落ち着いたと思ったらすぐに発車時間になり、結局再会の感動を味わう間もなかった。ったく三枝のヤロウ……。
 理樹は窓から軽く身を乗り出して、ゆっくりと遠ざかっていく校舎を見送っていた。
「列車の窓からこんな風に見るなんて思ってもみなかったよ。なんだか感慨深いね」
「しっかりと見ておくのね。きっと見納めになるから」
 そう告げた二木の表情は、オレに対するときとは違って柔らかい。
「そっか、私たちにとっても見納めですネ」
 無口になって景色を見送るオレたちの目に、遠ざかる校舎の窓がはね返す西日がギラリとまぶしかった。

 名前を呼ばれて振り向くと、はじめて会った頃の理樹がいた。恭介に引っ張られて、オレたちの後をおっかなびっくりついてきた理樹が、ひどく大人びた顔で微笑っていた。
「ありがとう、ずっと待っててくれて」
「いいって。待ちたかったから待ってたんだよ」
 オレが一番だったから、ちょっとヒマだったけどな。けどそんなに長くもなかったさ。
「……理樹よぅ」
「なに?」
「鈴を迎えに行くときは恭介のヤツを連れてってやってくれ」
「……ん。首に縄でもつけようか?」
「縄じゃ足りねぇな。鎖かなんかでグルグル巻きがいい」
「わかった」
 まあ、まだ時間はあるんだ。向こうに着くまでつもる話をしようぜ。


[No.370] 2009/08/28(Fri) 23:15:53
鬼と狩人 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@5037byte

 ぼーっと、窓の外の線を眺めてみる。線は水で。水は雨で。そんな事全部わかっているくせに私は感心したように「おー」とか言う。無駄に上を向いたりしてみた。見えるのは窓の縁とかそういうものばかりだった。そういえば上を向いた時にちらっと窓の外に何かを見たような気がする。何か変なツーテールの合羽少女が木に登って傘握って飛び降りようとしている場面だったような気もするが、まあ無視しよう。
「って無視デスか!? はるちんが今からスタントマンもびっくりスーパーなジャンプをしようとしてるのに!」
「窓を開けるな雨が入る鬱陶しいあとついでに紅茶買ってきてくれ」
「え? 紅茶? うんまあ良いけど…でもそれははるちんのジャンプを見てか」
 窓を勢い良く閉め、私は寮へと向かった。こんな雨の日の暇潰しには、読書が良いだろうか。あとなんか最近葉留佳君が素直で怖いなぁ、なんて考えながら。
 後ろで、そうだな例えるなら、高いところからジャンプしたのは良いけど着地の事とかまるで考えていないのを思い出して傘も一瞬にして裏返っちゃってそのまま尻餅ついた様な、そんな感じの音がしたが無視した。
 寮に向かう途中で後ろから声をかけられた。葉留佳君の様な声だったので無視して部屋に向かおうとした。だが腕を掴まれてしまった。その手は濡れていた。酷く気持ち悪かったのでその腕を逆に掴み返し、一本背負いみたいな事をしてやった。漫画みたいに飛んでった狼藉者の正体はつまらない事に葉留佳君だった。これで佳奈多君とかだったら面白かったのだが。
「何今の!? 一本背負いっぽいのに凄い飛距離!」
「一本背負い・遠心飛行改だ」
「改って事は前のバージョンもあったんだ?」
「あれは飛びすぎて危険だったから封印指定を受けてしまってな。ところで紅茶は」
「あ、はいこれ。ストレートで良かったんだっけ?」
「うむ、ありがたい」
 キャップをあけ、一口飲む。不味くも泣く上手くも無い液体を喉を鳴らして飲む。その様子を何故だか頬を赤らめつつ見つめている葉留佳君。悪い気はしないのだが、少し怖かった。
 


 部屋に戻ってきてさて本でも読もうかと椅子に腰掛けた瞬間だった。いきなりドアが物凄い勢いで開いて佳奈多君が飛び込んできたのだ。私は椅子を少し下げ、足を伸ばし、腕を組んだ。転んだ佳奈多君の頭が丁度私の足の裏に当たったので思い切り押しのけてやった。
「いたい」
「それは当然だろう」
「と言うか何するのよ」
「無作法に飛び込んできた侵入者を足蹴にして何が悪い」
「マナーとかそういうのが悪いわ」
「ええいどうでも良いからさっさと変装を解け」
 そう言うと佳奈多君もとい葉留佳君は髪形を変えていつも通りになった。それから首をしきりに捻り「あれー?」とか「うむむ?」とか呟き始めた。
「ねえ姉御、いつ気がついたの?」
「最初からだが」
「えー? 流石に嘘でしょ?」
「私は女の子ならおっぱいの大きさでわかる」
「男の子なら?」
「興味ないな」
 そう言うと葉留佳君は「ふーん」とか言って本を物色し始めた。官能小説のあたりになってから顔を真っ赤にしていた。可愛かったが勝手に本に触らないで欲しい。
 結局「…これ、借りても良いデスか?」と一冊の官能小説を借りて出て行った。いつにも増して意味がわからなかった。
 次の日、赤い顔で「はるちんには難しすぎましたヨ…」と返しにきた。面倒だな、と思った。感想を聞きたかったが、生憎授業が始まってしまった。
 葉留佳君とは放課後になっても会わなかった。雨だからだろうか。


 いつも騒がしい子が居なくなると当然だけど結構静かだなぁとか思いながら寮に向かう。あのテンションをどんなに暑い日でもやるのは無駄に凄いと思う。それにしても暇だ。暇つぶしに葉留佳君が言いそうな台詞でも考えてみるか。
「あーねーごー!夏服になってから更にせくしーですねっ!ってこれ前にも言った? まあ良いやー」
 そう、こんな感じだ。というか本当に出会ったな。もしかしたら私は超能力でも使えるのかもしれんな。
「うるさいぞ葉留佳君。出来る限りで良いから静かにしてくれないか」
「じゃあ静かにしますヨ…」
 しゅん、とうな垂れて静かになった。意図せず葉留佳君の頭が目の前に着たのでとりあえずその頭にもずくを乗せてみた。うむ、気持ち悪い。
「ってちょっと!何もずくのせてんの?! うわーぬるぬる…」
「卑猥な子だな葉留佳君は…もう、こんなにして」
「いや、原因は姉御なんだけど…」
 涙目になりながら頭の上のもずくを取っていく彼女は、正直可愛かった。もういっそそこらの教室に連れ込んで禁断の甘い行為でもしてやろうかとも思った。そう考えると、今は絶好のチャンスかも知れないし、粘つく液体まみれの葉留佳君とぐちゃぐちゃになるのは楽しそうだが今は遠慮しておく事にする。それによく考えてみると相手が葉留佳君なのがちょっと微妙だった。

 

 長い間降り注いだ雨がようやく止んだ。それでも天気は快晴とはいかず、晴れと曇りが一緒になってる微妙な感じだった。
 久しぶりに裏庭の秘密でお洒落なカフェテラスに行ってみると先客が居た。
「やっほー姉御ー。今日も綺麗で美しくてびゅーてぃほーで羨ましいデスよ」
「褒めてももずくかそこで拾った汚い赤い布しか出んぞというかやる」
「…それ、真人君のじゃ」
「そうか、言われてみればそうかも知れんな。捨てておこう。」
 ぽいと布を捨て、少し湿った椅子に座る。葉留佳君がテーブルに突っ伏しつつ紅茶を差し出してきた。うむ、ナイスだ。
 ゴクゴク紅茶を飲んでいると葉留佳君がモジモジし始めた。目障りだった。何でモジモジしてるのかわからんが、とりあえず止まって欲しかったので頭を鷲掴んだ。すると、葉留佳君は少し俯きながらこう言った。
「あ、あのさー姉御?」
「うん? なんだ?」
 なんだかいやな予感がする。冷や汗も出てきた。
 対面の葉留佳君がにっこり笑ってこう言った。



「姉御ってさー付き合ってる人とか居る?」



 
 その日から、追われる私と追う葉留佳君という世にも珍しい絵が、後者の窓という窓からから見下ろせるようになった。放課後の予定が全て鬼ごっこで埋まった。


[No.371] 2009/08/28(Fri) 23:17:55
マジカルタイム (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@8962 byte

「何か楽しいことないかなー」
 私は、食後の昼休み特にすることもなく、中庭を適当にぶらついていた。
 お姉ちゃんと仲直り出来たのはいいんだけど、依然として態度が冷たい。
 正面から抱きついたりもしたけど、あっさり避けされた。壁に激突することになって、心も体も痛かった。
 もっと素直になってくれてもいいのに。


「三枝さん」
「うお、みおちんいつの間に」
「最初からいましたが」
 見ればみおちんは中庭の木の下でいつもどおり本を読んでいた。いつもの本に見えたけど、なんか違うことに気付き、聞いてみた。
「ねえねえ、その本なに? どんな本?」
「気になりますか? では説明するのでこちらへ」

 そう言われたので遠慮せず隣に座ることにした。みおちんの髪の香りがなんとも鼻に心地よい。
 どうやら最初からその本のことを説明するつもりでいたみたいなので、とりあえず聞くことにした。
「これは私が図書室で見つけたおまじないの本です。暇つぶしにやってみたのですが、地味にすごいです」
「……どういうこと?」
「内容は大した事ないのですが、1部を試してみたところ、全て成功しています」
 確かに地味にすごい。どんなのか気になり、渡してもらって中を見る。
 そこには、「茶柱を立てるおまじない」とか「勇気が出るおまじない」とか「次に買うアイスでアイス当たりを出すおまじない」
とか、ほとんどが地味だった。
「私はこれでアイスの無限連鎖を続行中です」
「おお、それいいね。お小遣いも減らないし!」
「ただ欠点は同じ種類のアイスしか食べれないということです」
 それは確かに残念だ。どれにしよっかなーって選ぶのが楽しいのに。
 後もよく似たのばっかりだった。飽きたから返そうとすると、かなり興味深いおまじないがあった。
 えっと……体育館倉庫で2人きりになるおまじない……ってええ!? なんかものすごいのが自然に記されていた。

「みおちん、これ……」
「ああ、それですか。なぜか同性間限定です。しかもおまじないは本人の合意がないと出来ないので、棗X直枝は見れそうにありません……」
 まあ体育倉庫って時点で見れないとは思うけど。
 それにしても同性かー、それがなかったら理樹くんを選んでたかもしれない。
 それはさておき、早速やってみることにした。さすがにこれは当たらないだろう。
「んじゃこれやってみるね。えっと、どうするの?」
「そこに書いてあるでしょう……まず10円玉を二枚出してください。出来ればギザギザ付きのやつを」
 しぶしぶといった感じで教えてくれる。財布を確認してみると……あった。
「では縦に二枚立てて下さい」
「ええ!? それはさすがに無理じゃないかな?」
「だからギザギザ付きのを指定したんです」
 ああ、なるほど。それでも難しいとは思うけど。
 10円玉を一枚本の上に立てる。その後もう一枚の10円玉を左手の人差し指と親指ではさみ、ゆっくりと立ててある10円玉の上に持っていく。
 少しでもバランスが崩れれば倒れる、少しでも下手にゆらしたら倒れる。あーもう、こういう作業苦手だー。
 唾を一度飲み込み、意識を集中させる。
 立ててある10円玉の上に人差し指で持っている10円玉が触れた。下のを倒さないよう、微調整をしていく。
 このくらいで大丈夫だろうか、そう判断した私は人差し指を10円玉から離していく。
 ……10円玉は倒れる様子はない。どうやらうまくいったようだ。
「やった、できた!」
「では誰か一人思い浮かべてください」
 
 私は頭の中で迷い無くお姉ちゃんを思い浮かべた。
「では、『リタフニコウソクイイタ』と3回唱えてください」
「リタフニコウソクイイタ、リタフニコウソクイイタ、リタフニコウソクイイタ……」
 そのとき、さっきまで倒れる気配のなかった10円玉が突然崩れた。後でみんなにも見せようかと思ったのに。
 


「で、誰を思い浮かべたんですか? ……私なんて言わないでくださいよ?」
「お姉ちゃんだけど? 一緒に入りたかった?」
「べ、別にそういうわけではないですが……」
 素直にそう告げると、やや顔を赤くして、残念そうにするみおちん。
 ……まさか、本当に入りたかった?
「今度は私にそのおまじないかけてみたら?」
「だから、違うと言っているでしょう」
「じゃあ私からかけようか?」
「……結構です。それでは」
「あ、ちょっと!」
 ……行っちゃった。早足でとてとてと掛けていくその姿は、恋する少女みたいでかわいかった。
 いつもは反応が薄いのに珍しいこともあるもんだと思う。どうしたんだろ?






 おまじないの効果を試すため、早速体育倉庫周辺をうろついてるんだけど、特に何も起こらないなあ。
 やっぱり効果なし? そう考えてるとお姉ちゃんがいつの間にかこっちに来ていた。なぜか籠に入った大量のソフトボールを持って。
「よいしょっと……あ、葉留佳。ちょっと手伝ってくれる?」
「うん、いいよー。どうしたのそれ?」
「ソフトボール部に頼まれてね」
「そうなんだ。じゃあこっち持つね」
 腕を震わせながら籠を持つお姉ちゃんを見かねて、私は手伝うことにした。
「もう風紀委員は辞めたっているのに、頼まれごとが多いのよね」
「それだけ皆から慕われてるってことだよ」
 


 そんな話をしているうちに倉庫に着き、慎重に籠を降ろす。
「……よし、これで終わりね。さっさと出ましょう」
 頼まれごとも終わり後は出るだけ。なんだ、やっぱり効き目ないじゃん。
 そう思った瞬間、倉庫の鍵が何者かによって閉ざされた。
 まさかホントに起こるとは思わなかったけど。そんなに暗くも無いからまあ大丈夫かな?。
 

「え、ちょっと、どういうこと!?」
 予想通り慌ててる慌ててる。もっとめったに見れないその姿を見ていたかったけどしょうがない。
 ここらで種明かしをしますか。
「実はね、おまじないなのですヨ。体育倉庫に2人で閉じ込められるっていう」
「……ふうん。笑えない冗談ね」
「ちょ、ちがうって! ホントなんだって!」
「何処の世界にそんなピンポイントなおまじないがあるのよ!」
「いや、現状がこれだし」
 お姉ちゃんは唇に手を当て悩んでいるポーズをとる。
 しばらく考えた後、ようやく口を開いた。
「……どうして、私なの? こんなシュチュエーションなら直枝あたりで良かったじゃない。なのに私? もしかして葉留佳……」
「いや、違うって! そのおまじない、同性限定で」
「いよいよ怪しくなってきたわね……」
 う、なんか誤解されてるっぽい。なんか私が好き好んで閉じ込めたみたいだ。いや、実際そうなんだけど。
 ここは変に誤解を解こうとして墓穴を掘るより、普通に話をしよう。うん、それが良い。
「ねえ、どこか出られそうなとこある?」
「あの窓しかないわね。でも高いうえに狭くてきついわ」
「まー、どーしましょうかネ?」
「……葉留佳?」
「やはは、ごめんごめん。でもお姉ちゃんともっと一緒にいたいな」
「っ!?」
 
 私が言った何気ない一言におねえちゃんは1瞬体をビクッと震わせ、すぐさまそっぽを向いた。誰が見ても動揺している。
 やっぱりお姉ちゃんはかわいいな。……あれ? 何か様子がおかしい。
 こっちへと向き直り、潤んだ瞳で私を見つめ、四つんばいの状態で少しずつ詰め寄ってくる。
「葉留佳は……私と2人きりになりたかったのよね? 何をしようと思ったの?」
 そんなこと急に言われても、普通に話をしたかったとしか言いようが無い。
 他に答えようも無いので、そう答える。
「お姉ちゃん全然私と話してくれないじゃん。冷たいしさ。だからここならゆっくり話せるかなーって……」
「そう……でも私は話よりもしたいことがあるんだけど、わかる?」
 気付けば私とお姉ちゃんの距離は数センチにまで迫っていた。しかも私は後ろが壁なのでこれ以上下がれない。
 いつもの私ならここで軽く頬にキスでもして「わーお姉ちゃん顔真っ赤ー」とでも言って騒いでる筈なのに、それが出来ないでいる。
 気恥ずかしさからか無意識に視線を逸らすも、求めるような視線を真っ直ぐに私へと向けてくる。
「私はずっと葉留佳をこの身体で感じたかった。今までは出来なかったけど、今は出来る。すぐにそうしたかったけど、
プライドと不安がそれを拒み続けて……。大好きよ、葉留佳」
「あぅ……」
 
 今度は私が動揺する番だった。近すぎる距離に今の台詞。顔が熱を帯びていくのが自分でも分かる。
 いっぱいいっぱいな私に、今にも触れそうなお姉ちゃんの唇がさらに近づく。それと同時に頬をつかまれ、顔を固定される。
 ああ、もうこれ完全にキスの体勢だ。でも……嫌じゃない。むしろ嬉しい……かも。
 目を閉じ、その瞬間を待つ。心臓は早鐘を打ち、口が一気に渇いていくのが分かる。
 その直後、私の唇に暖かいものが触れた。
 
 ほぼ同時に離れ、私の胸の中が温かいもので満たされた。きっとお姉ちゃんもだろう。いつもは見せてくれないような柔らかい表情をしている。
「葉留佳……もう貴女しか見えない。その全てを私に見せて……」
「うん、佳奈多になら、いいよ……」
 






 








 その後放課後に姉御が扉を開けてくれるまで、私たちはずっと倉庫の中だった。
 一段落ついた時に、姉御の声が聞こえて、すぐに扉が開けられた。
 鍵は持ってなかったみたいだけど、どうやってあけたんだろう。
 気になるけど今はそれどころではなかった。
「ところで、なぜ2人はそんなところにいたんだ?」
「えっと……」
 答えられるわけがない。答えたなら私たちのことがばれる他に、他の女子の事も心配だ。
 おまじないを知ったとたん、すぐ実行しそうだ。
 こういう時頼りになるお姉ちゃんも今は普段を装うことで精一杯みたいだし。
「まあいい、今回は疲れているだろうからな。次に会うときは覚悟するといい。ではな」
 どこかの魔王っぽい台詞を残して姉御は去っていった。
 これってみんなの前で質問攻めにされるって意味じゃあ……


 そんな心配をしていると、お姉ちゃんは意を決したように口を開いた。
「葉留佳、さっきの事は絶対に言っちゃだめよ。2人だけの秘密なんだからね」
「わかってるって。かわいかったよ、お姉ちゃん」
「……葉留佳のバカ」
「ゴメンゴメン。今もかわいいよ?」
「……もう知らないわよ、葉留佳のことなんて」
 そう言ってそっぽ向くけど、やっぱり嬉しそう。
 お姉ちゃんが素直になってくれて私も嬉しい。これはさすがに予想以上だったけど。
 でもさっきみたいなお姉ちゃんを見たいと思ってるのも事実なわけで。なんか複雑な気分。
「葉留佳、今夜……寮長室に来てくれる?」
「え!? う、うん、わかった……」
 何とか返事をするも身体は正直で、胸の鼓動は一気に加速する。
 けれど不意に握られたお姉ちゃんの手で、それは安らかなものへと変わった。
 やっぱり私はお姉ちゃんといると安心するんだ。今日改めて、それがわかった。


[No.372] 2009/08/28(Fri) 23:42:57
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[No.373] 2009/08/29(Sat) 00:12:31
漢字考察 (No.351への返信 / 1階層) - ひみつ@4175 byte 主催による代行

俺の名は宮沢謙吾。
剣の道を歩んできた。
最近は野球に遊びに忙しいが、剣道の事はいつも頭の片隅にある。
厳しい道ではあるが好きな事であり、楽しいことである。
(別に好きなものはたくさんある。古式とか皆で遊ぶこととか)


さて、今日は日曜日である。
にもかかわらず暇だ。
無茶苦茶暇だ。
いや、くちゃくちゃ暇だ。
部活も無く、理樹と鈴はでーと、恭介は就活、真人は昨日筋肉宣言をし帰るのは今日の夜だと言っていた、神北は遠くのドーナッツ屋に行った、三枝は二木とでーと、…でーと?、来ヶ谷はふらっと消えた、能美は英語の強制補習、西園はこみけなるものに行くらしい。
「ひまだああああ」
思わず口にすると外で驚いたような声がする。
いけないいけない。

ふっ、と横を見ると昨日使った国語辞典が目に入る。
何かないかなとページをめくると
『道』
道か…。
大抵の者ならば『道路』などを考えるだろう。
しかしやはり俺は『剣道』だ。
『剣道』『柔道』『合気道』『空手道』『弓道』←特にこれ
また、『華道』『茶道』『書道』
『道』の着く物は大抵学んできたが、良いものである。
礼儀作法が身に付き、何より自信が着く。
また日常で役に立つ物もある。(『書道』や『武道』)
『弓道』で古式の事を思い出し小一時間ほど、ほわーんとなったのは置いといて。
また、『道徳』と言う意味もある。
良い言葉だ。

またページを捲ってみる。
『愛』
大好きだあぁぁぁっ!!古式いぃぃぃぃぃぃっ!!
何処かでどこかで叫んだことがあるような気がするのは気のせいか。
解字という欄を見る。
『人が胸を詰まらせて後ろにのけぞったさま』
『心がせつなく詰まって、足もそぞろに進まないさま』
…これ本当に『恋』という字なのだろうか?特に最初。
そういえば真人はよく『愛すべき馬鹿』と言われる。
馬鹿だから『愛される』のだろうか。
もしくは『愛される』ような馬鹿なのだろうか。
また、理樹は皆に『愛される』。
今は鈴と付き合ってはいるが、いったい何人恋人を作れば気がすむのだろう。
こう言うと理樹が酷い女たらしに聞こえるが、決してそんなことは無い。
あれほどまでに想いをよせられるということはどういう事なのだろうというだけだ。
うーむ、よくわからなくなってきた。
次へ行こう。

『変』
怪我をしてから皆は俺に昔と別人のように『変わった』と言う。
別にそういう訳では無い。
いやっふー!な性格も元々持ち合わせていただけの話なのだが…。
確かに今まで冷静な俺しか見ていなかったのだからそう思うのも無理は無い。
それに俺よりも『変』な奴はたくさんいるじゃないか。
真人の筋肉度(?)は異常だし、
恭介は『変態』だ。
鈴の人見知り、
神北のイントネーション、
三枝のテンション、
能美の小ささ(何処がとは言わない)、
西園の時折見せる奇妙な言葉、
来ヶ谷は色々と『変』だ。
別に『変』なのは俺だけではない気がする
『社会生活の秩序を乱すような突然の出来事』
思っていた以上に重いというか暗い言葉だった。
考えても楽しく無さそうなので次へ。

『幸』
『ひどい目にあわないですむこと』とある。
…そんな低い程度て良いのか?
なにぃ!?『幸』は『みゆき』とも読むだとぉ!?これはいかん!今すぐ古式を『幸せ』にせねば!!



…ふぅ。落ち着いた。
何故か古式の事になると頭が一杯になってしまう。『愛』故に?
それとも俺は本当に『変』なのか?

次に開いたのは
『和』
俺にぴったりの言葉ではないか。

衣食住
常に道着を着、洋菓子が苦手で(というか、甘過ぎるもの)、道場は第3か、第4の家だ

心技体
俺ほどわふーな…いや、和風な思考回路を持っている人間はそうそう居ない。
技は言うまでもない。
体は…。
日本人の平均身長は低いが…。
しかも髪は訳あって白髪…ではなく銀色だ。
まぁいいか。
『和』にはプラスの意味もある。
仲良くすると言う『調和』などの意味もある。
また、『和』という漢字には『なごみ』という読みもある。
鈴の猫とじゃれているとき。
神北の(甘くない)菓子を食べているとき。
能美の犬とあそんでいるとき。
来ヶ谷のピアノを聴いているとき。
西園から借りた本(危なくない)を読んでいるとき。
皆と居るとき。
些細な日常。
だがとても大切で貴重な物だと思う。(三枝と『和み』はどうしてもイコールで結ばれない。すまないが)
今、こうして窓からの光を浴びて想いに耽るのも『和み』なのだろう。そう思うと今一人なのも悪くは無いと思える。

『窓』…?
思わず社会の窓がちゃんと閉まっているか見てしまった。
道着なのに。
『窗』調べたら変な感じが、いや漢字が出てきた。
『外の状態を知るためのもの』
『世界の―』
『目は心の―』
剣道しか無かった薄暗い俺の心の部屋に『窓』から光を差し込んでくれた恭介達に感謝。
うーん。あまり想う事はない無い。


ふと、
『窓』の外に目をやると古式が一人で歩いているのが見えた。
「いやっふうぅぅぅっ!!」
俺は部屋を飛び出した。
後になって思った事だが、回りに人がいなくて良かった。
古式に見つかる寸前に冷静な俺になる。

今日は良い日になりそうだ。


[No.374] 2009/08/29(Sat) 00:24:34
締切 (No.351への返信 / 1階層) - しゅしゃい

なんだぜ

[No.375] 2009/08/29(Sat) 00:25:30
日常の光景 アフター (No.361への返信 / 2階層) - ひみつ

「はい、棗くん」
 私は買った品物をポイッと棗くんに手渡した。
「……おい、まだ買うのかよ」
 ジト目で睨まれるが、買う物が多いんだから仕方ないじゃない。
 店を回ってる内についつい目移りしちゃうし、なにより今日みたいな機会じゃないとこんなにいっぱい買えないし。
「持ってくれる人がいないと多くは買えないんだもの。なら今日のうちに纏めて買うほうが得策でしょ」
 女の子一人で買い物は大変なんだから。
「巻き込まれる俺の身にもなってくれ」
「知らないわよー。もう、そんなに私といるのが不満」
 さっきから文句が多いので少し顔を膨らませる。
 棗くんって案外器小さいのね。
「大量に荷物持たされてるのが不満なだけだ。おまえなぁ、どんくらい俺が荷物抱えてると思ってんだ」
 言われてまじまじと棗くんを見る。
「全然棗くんの顔が見えないわね」
「平然と言うなよ。真人が喜ぶレベルだぞ、この量は」
 筋トレにいいとか言い出すな絶対とかブツブツと呟いている。
 ……うーん、確かにちょっと普通の男の子が持てるレベルを超えちゃってるかしら。
 それでもちゃんと持ってくれるのが棗くんよね。
「もう、じゃあ恋人っぽく振舞ってあげるから許して」
 両手を合わせて片目だけ瞑って彼を見上げる。
 もし頷いてくれたら仕方ない、恩もあることだし抱きついてあげよう。
 三枝さんがやるみたいに胸を押し付けてみてもいいかもね、キャ。
「アレは冗談だ。つか今の状態で腕でも組まれたら確実に落とす。だからやんじゃねー」
「えー、ひどい。傷ついちゃったわ、私」
 私はヨヨヨと両手で顔を覆う。
 そんなにキッパリ断らなくても。
「お前がそんなので傷つくたまかよ」
 ……いや、結構そうでもないんだけどね。
 でもそんなのはおくびにも出さない。
 私がそういう人間だと思ってるから彼は今のように付き合ってくれてるんだし。
「はいはい。仕方ないわね、そんなに言うなら一度どっかで休憩しましょうか」
 なにか適当なお店ないかしら。
 きょろきょろと周囲に首をめぐらせる。
「……おい、その言い方からするにもしかして後でまだ買うのか」
「当然」
 何を分かりきったことを。
 私が告げると棗くんがゲッソリとした顔で項垂れたのだった。

「あっ、あそこがいいんじゃない」
 指差した先にはレストランが一つ。
「あれか。なんか食うのか?」
「そうね、デザートでも頼みましょっか」
「へいへい。お姫様のお望みどおりに」
 棗くんは恭しく礼をすると、私の隣に立つ。
「うん、よろしく〜」
 そんな彼に私はにっこりと微笑みかけた。
「で、どれにすんだ」
 店の前のディスプレイを指差し聞いてきた。
「えー、なんか普通っぽい。執事っぽく尋ねてよ」
「細かい注文だな。つか元の設定は恋人じゃなかったか」
「うーん、それも魅力的な設定なんだけどね。やっぱいい男はかしずかせたいじゃない」
 そういう願望は女の子なら大小あるもんよね。
「いい趣味だな」
 呆れたように言わないでよ。
「はぁー。ではお嬢様、どちらになさいますでしょうか」
「うん、おっけおっけ。いやー、いい気分」
 なにか言い知れない快感が。
「おい」
「はいはい、分かってるから睨まない。そうねー」
 しばらくディスプレイと睨めっこしていると立てかけてある看板が目が留まった。
「これ、いいわね」
「ん?カップル限定特製パフェだとぉ!」
 私が示したものを見て大げさに棗くんは驚いてくれる。
「なに、不満?」
「不満って言うかこんなの食うのか?」
「ええ、写真見る限り美味しそうだし」
 答えるとありえないものを見るような目で見られた。
「マジか?こんなに甘ったるそうで量多そうなのに」
「そう?普通でしょ」
 量はまあちょっと多いけど充分許容量だ。
「って、ああ二人分かこれ。……いや待て待て、一つの器を二人で食べるのか?」
「まあカップルだし」
「い、いや、さすがに本当の恋人でもないのにそれはちょっと……」
 珍しくうろたえてるわねぇ。
「大丈夫よ、全部私が食べるし。あなたは代金だけ払ってくれればいいから」
「おおそうか。そりゃよか……って、よくねー。なんだ俺は。お前の財布なのか?んでもってこれ全部食えるのか?」
 わー、凄いノリツッコミ。
「直枝くんばりの素晴らしいツッコミね」
「こればっかりは理樹と一緒でも嬉しくねえよ」
 そんな不満そうな顔しないでよ、もう。
「まあまあさっきのは半分冗談よ。ね、行きましょ」
 言いつつ彼の背中を押す。
「はぁー、俺って実は結構面倒見良かったんだな」
 棗くんは深く溜息をつきながらも、それ以上文句を言わずお店に入ってくれた。


「お待たせしましたー」
「へー」
 ドンと置かれたそれは特製というだけあってかなり大きい。
 けれどそれ以上に美味しそうだ。
 写真に比べて実物はお粗末ってのが多々あるけど、これは当たりかも。
「さあ食べましょ食べましょ。棗くんも食べる?」
 量も量だし一応聞いてみる。
「……いや遠慮しとく。どうぞ一人で堪能してくれ」
「そう?悪いわね。じゃあ遠慮なく」
 スプーンで頭頂部を掬い、口に含む。
 その瞬間口の中全体に広がる甘さのハーモニー。
「んー、美味しい〜」
 思わず叫んでしまった。
 これならいくらでも入りそうね。
「そうかい。けど女って生き物はみんな甘いものが好きなのか?」
 注文したエスプレッソコーヒーを啜りながら棗くんが質問してきた。
「うーん、まあ全部が全部とは言わないけど大半の女の子は大なり小なり甘いものが好きよ」
「あー、でもその量全部食えるのか?」
 彼の声に若干呆れが混じっている気がする。
 いや、まあ結構な量だけど。
「ほら、甘いものは別腹って言うでしょ」
 なんだかんだで入っちゃうものなのよね。
 女の子って不思議。
「……太るぞ」
「ちょ、それ禁句よっ」
 全くなんてこと言うのだ。
 せっかくファンタジーにしてたのに。
「悪かった。だからそう睨みつけるな」
 あらま、どうやらいつの間にか睨んでいたらしい。
 無意識って怖いわね。
「コホン。ま、まあ分かればいいのよ、分かれば」
 私は軽く咳払いをしてその場を誤魔化した。
「へいへい。……ん、おい、ここ」
「え?」
 なんだろう。棗くんは自分の頬を指差し、なにかジェスチャーをしている。
「頬っぺた。クリームついてるぞ」
「あらやだ。んー」
 舌を伸ばして舐め取ろうするが、なかなか甘い味を感じない。
「コラコラ年頃のお嬢さんがはしたない」
 なんか呆れられてしまった。
「むぅ。じゃあ棗くんとって」
「へ?」
 またも呆気に取られたような表情。
 ああ、珍しい。
 でも意外にいいアイデアかも。
「ほら、お願い」
 グイッと彼に顔を近づけおねだりをする。
「お前、んなの自分で取れよ」
「いいじゃない、ね。恋人っぽく振舞うんでしょ」
「……お前まだそれ続いてたのか。いい加減飽きたのかと思ってたぞ」
「むぅ、いいから」
 飽きるわけ無いじゃない、と言う言葉を飲み込み再度催促してみる。
 ……そう、飽きるわけが無い。彼のこういうところを見るのも、こういうやり取りもどれも楽しいのだから。
「たっく、仕方ねえな。ジッとしてろ」
 彼が動いたのを見て思わずギュッと目を瞑る。
 いやね、やっぱ恥ずかしいし。
「ほれ、取れたぞ」
「ふぇ?」
 あ、あれ?なんか紙が触れたような感覚が。
 恐る恐る私は目を開いた。
「ねえ、棗くん。それ何?」
「ん?紙ナプキンだが」
 うん、そうね。テーブルの上に置いてあるやつね。
 それをなんで丸めてあるのかしら。
 ……やっぱそういうことよね。
「な、なんでそれで拭くのよっ。普通そこは指でしょ。むしろできれば舐め取ってよっ」
 何故か憤りが隠せなくて気づけば私は叫んでいた。
「ばっ、何言ってんだお前っ。そういうのは本当にできたらしてもらえ」
 額に手をやり心底げんなりとした表情で溜息まで彼は吐いた。
 やっ、確かにちょっと調子に乗り過ぎたかもしれないけど、そこまで呆れないでもいいでしょうに。
 それに舐め取るのはやり過ぎでも指で掬うくらいしてくれてもいいのに〜。
「ふん」
 こうなれば自棄だ。
 私は目の前に鎮座するパフェ目掛けてスプーンを振り下ろしめいいっぱい頬張った。
 更に二度三度と繰り返し、どんどん高かった山を攻略していく。
「お、おい、ちょっとペース速すぎじゃないか?」
「うっひゃい」
 なんか止まんないんだもん。
 でも食べるたびに怒りが蓄積するような気がする。
「……はぁー」
「なによ」
 盛大に溜息をついたのにイラつき、少々睨む。
「そんなに急いで食うからまた口の周りに付いてるぞ」
「なっ」
 言うに事欠いてそれ?
 いや、分かるわよ。棗くんは悪くないって事くらい。
 でもどうしようもないんだもの。
 怒りのボルテージを更に上げ、私はパフェにスプーンを伸ばそうとした。
「だから待てって。付いてるって言ってるだろ」
「ふん」
 彼の忠告を聞く気が起きず、私はそのままパフェを頬張った。
「たく、仕方ないな」
 棗くんは観念したかのように呟くと指を伸ばす。
 ああ、またナプキンで拭いてくれるのね。
 普段なら嬉しいそれも、今はなにかムカついてしまう。
「え?」
 だからそのまま彼の指が私の頬に触れたのを感じた瞬間、思考が一瞬停止した。
「ん、それほど甘すぎるってことも無いのか」
「な、な、な……」
 んでもってそれを口に含まれた瞬間、私の頭は完全にスパークしてしまった。
 ・
 ・
 ・
「おーい、大丈夫か」
 脳がオーバーフローを起こしたのはほんの数秒間だろう。
 けれど棗くんの呼びかけにごめんと弱々しく答えることしかできなかった。
「たく、お前がやれって言ったんだぞ」
 呆れたように呟かれてしまった。
「な、ぐ、心の準備は必要なのよ。だからいきなりやんないでよ、もう」
 自分でも分かるくらい顔が熱くなっている。
 やだ、絶対ばれてる。
 ちらりと彼を見ると、あいつは楽しげに私の顔を見やり微笑んでいた。
「まあ可愛いところが見れたからよしとしよう」
「うっさい」
 棗くんの巫山戯た言動にそう返すのが精一杯だ。
 あーん、もうあとは無心よ。パフェを攻略することだけに専念してやる。
 当然それ以上店の中で棗くんと会話することはなかったが、彼は終始楽しそうだった。


「はぁー、疲れた。ホント冗談抜きで真人でも連れて来ればよかったぜ」
 私の部屋で荷物を下ろしながら棗くんは深い溜息をついた。
「ごめんねー、ちょっと買いすぎたかも」
 あのあとちょっと自棄気味に買い物しちゃったものね。
 はぁ、今月厳しくなっちゃったかも。
「まあいつものことだがな」
「ちょ、そんなに回数頼んでないわよ」
 まだ3年になって両手で足りる回数しかお願いしてないはずよ。
「けど買う量は同じくらいだったと記憶してるんだが」
「いやー、ははは」
 どうにも暴走しちゃうのよねえ。
「まあ、この穴埋めはそのうちしてもらうからいいさ」
「えー」
 結構私に恥ずかしい事させたってのに満足してないのか。
 うう、何させようっていうのよ。
「ああ、明日には腕が筋肉痛になりそうだ。こりゃそれ相応のお礼が必要だな」
 なによ、あのデートじゃダメだって言うの?それ以上というと、え?
「ま、まさかキスとか?」
 だ、ダメよそれは。は、恥ずかしいわよ。
「はっ?ばっ、なに言ってんだお前」
 私の言葉に棗くんは僅かながらに頬を染めた。
 ああ、今日はレアな彼の表情がいっぱい見られたわね。
 うう、こんなに沢山いいもの見せてもらったらやっぱりそれくらいしなきゃダメなのかしら。
「で、でも私初めてだし、けど嫌ってわけでもないしあの…………できるだけ優しくお願いします」
 頭の中がぐるんぐるん回る。ああ、気絶しそう。
「あほか」
「むぎゅ」
 え?顔に手を押し付けられた?
 って、女の子にそんなことするっ?
 きっと彼を睨むと、棗くんの呆れたような表情が目に入った。あれ?
「いつ誰がキスして欲しいって頼んだよ」
「え?……あれ、そうだっけ」
 なんか思考が暴走していたみたいだ。
 いやー、失敗失敗。
「けど棗くんって結構可愛いとこあるのね。顔赤いわよ」
 それを発見して徐々に調子を取り戻すことができてきた。
「うっせい。こういうのは初めてなんだ」
「え、そうなの?経験豊富かと」
 ちょっと意外で少し嬉しくなる。
「お前俺をなんだと。俺は硬派なんだぜ」
「えー、信じられないわねー」
 やっといつものようにからかう体勢も整ってきた。
「信じろって」
 額に手をやりながら棗くんは溜息をつく。
 うん、やっぱりこういうのいいな。
「だったら私で練習してみる?」
 だからついつい私は調子に乗ってしまった。
「はっ?」
「やんもう、そんな間抜けな顔しないでよ。頬っぺたにならキスくらいしてあげるわよ。それともさせてあげようかしら」
 さあどんな反応を示すのか。
 私はワクワクしながら彼の様子を見守った。
「……そうだな」
「え?」
 だからいきなり近寄られ、頬に手を置かれた瞬間どうすればいいか分からなくなってしまった。
 え?なに?なにが起きたの?
「ん」
 そのまま少々強引に顎を持ち上げられる。
 え?まさかこのままキス?で、でもなんで?
 そもそも彼ってこういうこと軽々しくしないって言ってなかったっけ?……いや、言ってなかったわね。
 思考がぐるぐると回るが、構わず彼の顔が接近してくる。
「あぅ……」
 も、もう分かんない。
 思考を放り出すとそのまま目を瞑った。
 すると耳元に彼の吐息がっ!?
「顔赤くしながら誘っても締まらないぞ」
「……え?」
 彼の言葉の意味が分からず思わず目を見開く。
 すると棗くんは私からスッと離れニヤニヤと笑顔を浮かべていた。
 なっ、まさか騙された。
「か、からかったわねっ」
「お前が最初にしたからだろ。いやー、それにしてもお前も相当ウブだな」
「くぅ」
 私は思わず歯噛みをする。
 まさか顔が赤いまま誘いの文句を口にしていたとは、迂闊。
「まっ、キスとかは恋人になってからするもんだ。軽々とするんじゃないぞ」
「うるさい。ふん、お固いのね、知らなかったわ」
「ああ、言ったろ、硬派だって」
 くぅ、なんかもういいように手玉に取られてる感じね。
 はぁー、今日はもうダメねー。
「まっ、面白かったし今日のお返しは今度俺の買い物に付き合ってもらうってことで許してやるよ」
「えー、また?」
 ついこの前も付き合ったばっかりだ。
 まあ隣で喋ってただけだけど。
「いいじゃねえか、荷物持ちさせようってわけじゃないんだし。ただの道中のお供がいると楽しいんでね」
「えー、リトルバスターズのメンバーは?」
 寂しいなら彼らを誘えばいいのに。
「それはそれでやってるさ。理樹とかとよく買い物に行くぞ」
「……女の子は?」
 いや、男同士で買い物に行くのを嬉々として喋られても困るんだけど。
「あー、それは無いな。あいつら誘うなら全員で行くって流れになっちまうからな。さすがにそれは騒がしい」
 鈴も一人じゃ誘いに乗ってくれないからなぁとちょっと遠い目をされてしまった。
 ホントどんだけ妹が好きなのかしら。
「はぁー、分かったわよ」
 ここはもう了承しよう。
「お、受けてくれるか。まっ、今日と同じくらい付き合ってくれりゃいいから」
 あんな恥ずかしい思いしてるのに同じだけってどうかと思うんだけど。
 まあ一緒にいるのは楽しいし、いっか。
「ああ、軽い食事とかなら奢ってやるからな」
「え、ホント?もう、先にそれを言ってよ」
 それを先に言ってくれれば悩まなかったのに。
「……本当に現金だな、お前」
 呆れたように言われてもねえ。仕方ないじゃない。
「まあらしいちゃらしいか。さて、俺は帰るかね」
 軽く笑うと棗くんはドアノブに手をかけようとした。
「ああ、待って。今日のお礼ってわけじゃないけど能美さんからいい茶葉を貰ったのよ。美味しいお菓子と一緒にいかが」
「お、そりゃいいな。んじゃ飲ましてもらうかな」
 一転、くるっと回って中へと戻ってきた。
 嬉々としちゃって。ホント子供みたい。
「ええ、その辺に座ってて」
 彼がクッションの上に座るのを見て、私はお鍋を手に取りお水を注ぎホットプレートの上に載せた。
 けどいつもこんな会話してるけど。
「本当私たちってなんなんのかしらね。知ってる?あなたには実は恋人がいるって噂」
「へー、知らねえなぁ」
 本棚から取り出した漫画を読みながら彼は答えた。
 ホント、こういう話題興味ないのね。
「うーんとね、私なんだって」
「ありゃ、そうなのか。そいつは悪いな、迷惑かけて」
 背中越しに本当に済まなそうに侘びる声が届く。
「別に、気にしてないわ。あとはそうね、直枝君とか妹さんの名前が挙がってるわね」
「おい待て、俺はどんなやつだよっ」
 私に食って掛かられても困っちゃうんだけど。
 それに昼間のアレを見る限り、全くのデマってわけでもなさそうなのがなんとも。
「なんだよ、なんか言いたそうだな」
「べっつに〜。でも実際に恋人作ったりしないの?」
「うーん、めんどい」
 バッサリ切って捨てるわねえ。
 あなたの恋人になりたいって子はきっといっぱいいるのに。
「でも一緒に買い物行ってくれたりキスしてくれたり、もっと色々としてくれるかもよ」
 そうすればきっと私を誘わなく……なるんだろうな。
「あー、別に今でも充分楽しいからなあ。やっぱいらねえ」
「なにそれ」
 それじゃあまた私を誘う機会があるってことなのかしら。
「そんなに今がいいなら私を恋人にする?きっと現状からそれほど変わんないわよ」
 そんなことを考えたからだろう。
 つい、そんな妄言を口にしてしまっていた。たく何してんだが、私は。
「ん?……なるほど、それはいいアイデアかもな」
「え?」
 なんて、言った?
「お前となら確かに一番楽しそうだ」
 え?ええーっ!?
「な、棗くん、何を言って……」
 慌てて振り向くとそこには楽しそうに笑う棗くんの姿。
 ……あー、そういうこと。
「たく、またからかったのね。ホント、趣味が悪い」
「さあ、どうだろうな。……それより湯が沸いてるぞ」
「え?あらやだ、本当」
 棗くんの指摘に慌ててスイッチを切り、ポットへと湯を注いだのだった。
 ホント心臓に悪い。


[No.376] 2009/08/29(Sat) 21:03:48
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