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   第41回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/09/10(Thu) 21:41:10 [No.389]
筋肉魔法 - ちちここくく@1844byte - 2009/09/12(Sat) 21:32:40 [No.410]
ぞうじるしと出かけよう - ちこく@5581 byte - 2009/09/12(Sat) 17:51:34 [No.408]
魔法少女参上! - ひみつ@21162 byte 遅刻で容量オーバー - 2009/09/12(Sat) 00:35:55 [No.406]
しめkり - しゃしゃい - 2009/09/12(Sat) 00:25:56 [No.404]
[削除] - - 2009/09/12(Sat) 00:33:32 [No.405]
エンドロールはいらない - ひみつぅ@9.746バイト - 2009/09/12(Sat) 00:13:34 [No.403]
恋と魔法と色欲モノ。 - ひみつ@6947 byte - 2009/09/12(Sat) 00:11:10 [No.402]
ペパーミントの夜明けに - ひみつ@2450 byte - 2009/09/12(Sat) 00:10:13 [No.401]
[削除] - - 2009/09/12(Sat) 00:02:58 [No.400]
初雪にざわめく街で - ひみつ@9968byte - 2009/09/11(Fri) 23:59:32 [No.399]
魔法入りの瓶 - ひみつ 4037byte - 2009/09/11(Fri) 23:55:22 [No.398]
瓶詰めの魔法 - ひみつ@8789byte - 2009/09/11(Fri) 23:45:29 [No.397]
ファイナル猫耳魔法少女ライドゥ・リリリリン! - 私が魔法少女だってことはみんなには秘密なの!@2110 byte - 2009/09/11(Fri) 22:35:11 [No.396]
True Beautiful - ひみつ@20442 byte - 2009/09/11(Fri) 22:01:50 [No.395]
願わくば - HI★MI★TUUU★@7655 byte - 2009/09/11(Fri) 21:13:21 [No.394]
魔法の言葉は届かないから - 秘密@ 10613 byte - 2009/09/11(Fri) 19:27:38 [No.393]
3つの魔法 - ひみつです@11493 byte - 2009/09/11(Fri) 17:54:04 [No.392]
Heavenly - ひみつ@9263 byte - 2009/09/11(Fri) 02:26:38 [No.391]



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第41回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「魔法」です。

 締め切りは9月11日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は9月12日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます


[No.389] 2009/09/10(Thu) 21:41:10
Heavenly (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@9263 byte

”我々はただの一歩たりとも天に近づくことは出来ない
 垂直に進むことは我々の力にはない
 しかしながら
 天を長々と仰いでいれば天が我々をすくい上げて下さる”
浅田寅ヲ『パイドパイパー』より

 朝早く目が覚めてしまった私は、学校の敷地内を散歩していた。朝の見回りのついでだ。
 ふと中庭に立ち止まり、上を見上げる。屋上のタンクに人影。あんなところに立ち入るなんて生徒なんて想像がつく。ここに棲む人間なんて、私を含めて十人程度しか居ないのだから。
 こんな早朝にもかかわらず玄関の鍵が開いていた。私は靴を上履きに履き替えると屋上へと階段を上っていった。
 屋上への扉。普段は壊れた椅子や机が積み上げられているのに、今日は何故か綺麗に整理されており、ドアの鍵が開いていた。
 ドアを開く。爽やかな風が吹き込む。早朝独特の澄んだ空気に満ちていた。
 タンクを見上げる。やはり予想通りだった。神北小毬さん。タンクの上に上がって、空を眺めているようだった。人の気配のしない静かな朝の風に長いリボンをはためかせ、真っ白な喉を晒して天を仰ぐ神北さん。その姿に声を掛けるのを躊躇われた。それに今、声を掛けて驚かせてしまうと危険だ。私は彼女が下に降りるのを静かに待つことにした。
 しばらくすると彼女はタンクの側面につけられた梯子を伝って降りてきた。私が嫌味を言う前に彼女から話しかけてくる。
「待っててくれたんだ。ありがと、かなちゃん」
「・・・・・・気付いていたのね」
「うん。でも、かなちゃんは待っててくれると思ってたから〜」
 顔が火照るのを感じる。人から感謝されることなんて慣れていないから、どうしていいのかわからなくなる。
「許可無く屋上に入ることは禁止されているはずよ」
「うん。・・・・・・でも、ここには理樹君もりんちゃんも居ないから」
「・・・・・・そうね。私も風紀委員長を演じる必要もないというわけね」
 二人の間に風が吹く。彼女と二人きりで会うのは初めてだ。ひとりでいるときの彼女からは、普段のあの柔らかくて温かな印象が嘘のように思われた。今の彼女からは儚げでおぼろげな、そんな印象を受ける。先程の光景を目の当たりにした所為だろうか?
「で、何をしていたの?神北さん」
「おいのりしていたの」
「お祈り?」
「そう、おいのり」
 馬鹿馬鹿しい。私は鼻で笑う。
「あなたは神様なんて信じているの?」
「かみさま?かなちゃんは、神様を信じていないの?」
 その言葉に、私は目を瞑る。神様なんて居やしない。私の知っている神様は、三枝がつくった三枝のためのニセモノの神様。あれのせいで私たちは・・・・・・
「そんなもの、居るわけ無いわ」
「ふうん。そうなんだ〜」
「で、あなたは信じているというわけね。おめでたいわね」
「ううん。信じていないよ」
 彼女の言葉に驚いている間に、神北さんは両手を後ろに組んで私の周囲を歩き始めた。
「神様なんて居やしない。居たとしても私たちを救ってなどしてくれない。ねえ、かなちゃん。だったら何で神様は『居る』の?」
 一瞬意味が分からなかったのだが、すぐに答えに行き着いた。そう、結局は三枝の神様と神北さんの言う神様は同じなのだ。だが、それを言い出す前に彼女の口が開きだす。
「それは、世界が無慈悲で残酷だから。どんなに社会や科学が発達しても、私たちが生き物である以上、限りある資源を取り合うの。取り合えば、そこに不均衡が生まれる。それは自然の摂理―――」
 彼女の言葉を私が繋ぐ。
「―――弱肉強食。強い者があらゆる幸福を享受し、弱い者は全てを奪われ搾取されるだけ―――」
 さらに私の言葉を彼女が繋ぐ。これは世にも奇妙な、残酷な言葉のジャムセッション。こんな静謐な朝にするには、あまりに場違いな内容。でも、それが逆に心地よかった。
「―――得られなかった人達はただただ運が悪かった。ただそれだけ。だけど、それを納得できるほど人間は達観できないし、それを認識できないほど愚かじゃないの。だから弱い者、虐げられた者は自分を救ってもらうために神様を必要としたんだよ」
 普段と同じ、柔らかな笑顔を彼女は浮かべた。それが更なる違和感を私に与える。彼女はこんな人だったのだろうか?だとしたら、もっと以前から話しかけておけばよかった。私には周りの女の子たちが眩しすぎて、声を掛けることすら躊躇われていたのだ。彼女たちがもつ「普通さ」、それが私にとってはこの上も無く残酷なものだったから。
「全くもってその通りだわ。もっとも、そんなもの信じても無駄なのにね」
「ううん、無駄ではないんだけどね。だけど私はそーゆーの好きじゃない、かな?神様を信じることは、世界を否定することに繋がるから。私は現実の、この世界が好きなの」
 私には彼女の言葉が信じられなかった。私にとって世界は、否定するべきものでしかなかったから。
「無慈悲で残酷なのに?」
 私の言葉に、彼女の足が止まる。
「ふえ?」
「あなた、さっきそう言ったじゃない」
 彼女は私に向き直る。
「うん。本当に救いの無いどうしようもない世界だけど、私たちにはそこしか無いから〜。それしかないのだから、それを愛するのは普通じゃないかな?」
 耳を疑った。ほんのちょっと前までは、私と似た考えだと思っていたのに。実際のところ、彼女と私の考えの間には絶望的なまでの差異があったのだ。
 私は取り繕うように質問をした。
「今居る、この夢の中の世界は?ここなら何でも叶う。ここじゃ駄目なのかしら?」
「そうだね。ここでは願ったことは何でも叶う、確かにそうかもしれない。でも、ここは結局は本当の世界と同じ、自然の草木を移築した箱庭のようなものに過ぎないの。だから、自然の草木が枯れるのと同様に、箱庭の花や木が朽ち果ててしまうのを止めることはできないんだよ。ここには時間を巻き戻したり、春なのに雪を降らせたり、そんな魔法のようなことは出来るけど、私たちを救う力は持っていないの」
「・・・・・・ごめんなさい。話が見えなくなってきたわ。つまりあなたは神様もこの夢の中も、現実の世界もどれひとつとして、自分を救えないと思っている。だったら、あなたは何に対して、祈っていたの?」
「現実の世界だよ。さっきも言ったと思うけど、私にはあの世界しか無いから」
「救いようも無い世界に何を期待しているの?祈ったところで、誰もあなた達を救ってはくれない。そんなの非合理的だわ」
「??う〜ん?かなちゃんはどこか根本的なところで勘違いしてるのかな?私は救ってもらうことを期待して、祈っているんじゃないんだよ」
「え?」
 彼女は少し困った表情をすると、腕を組んで目を瞑った。そして、考え事がまとまったのか、目を開けると話を再開させた。
「『祈る』という行為はそれ自身で完結する行為なの。何か自分では本当にどうすることもできないことがあったとき、人は世界の理不尽さを呪うの。そしてその嘆きの果てに、世界に祈るの。もちろん、世界は残酷で決して自分を助けてくれはしないと分かった上で。分かっているけれど、その思いを止めることができなくて、張り詰めた水面から水が溢れるように、祈ってしまう。だからこそ、祈りは汚れなく尊いの」
「・・・・・・祈っても叶わないからこそ祈る?」
 再び彼女は屋上の上をうろうろと歩き出す。
「そう。もし祈りが叶いでもした日には、『単独で完結した行為』ではなくなって、科学や超能力、果ては魔法などと呼ばれる『方法』、つまり『結果』を伴わない限り完結できない行為と同列に堕ちてしまうの」
「・・・・・・よくわからないわ」
 祈りを捧げる神北さん。何を祈っているのか、大体の予想はついた。直枝理樹と棗鈴の幸せな人生。そして、神北さんたち自身の幸せな終焉。
 祈りを捧げるということは、自分たちではどうしようもないと思っているということ。それは、この世界自体の否定を意味していた。棗恭介がリトルバスターズの面々と作り上げた虚構の世界。神北さんはこの世界の限界を知ってしまったのかもしれない。確かに、例えこの中でいろいろな問題を解決して成長したとしても、自分の周囲の人間全てが死んでしまう、そんな無惨な事実を受け止められるようになるとは到底考えられなかった。
 私は彼女の意外な強さに驚いた。神北さんはこの世界の欠陥と、対処のしようが無いことを知り抜きながら、表面的には普段と変わらない振る舞いをしている。他の人たちに気付かれないように、ずっと声を殺してる。それは、仮に彼らが知っても絶望するだけで、何の助けにもならないことを知っているから。それならば、彼らにこの世界に意味があると信じ込ませたまま終わらせてしまおうと考えたのだろう。彼女は独りでこの絶望に耐えることを選んだのだ。
 そして、その強さゆえに抱えた、彼女の悲しみの大きさに胸が痛んだ。祈りは彼女の嘆きそのもの。そう考えてみれば、あのときの彼女の儚げな表情も納得がいった。
 私が物思いから離れたとき、神北さんはフェンスを乗り越え、向こう側に足を降ろし、下を見下ろしていた。
「こうしてみると高いね。謙吾君たちはこんなところから飛び降りたんだ〜」
「ちょっと、あなた!何してるの!?」
 私がフェンスに手を掛けて登ろうとすると、彼女が手で制する。
「風紀委員長さんがそんなことしたら駄目ですよー。私ならだいじょーぶだから。たとえ散り散りに千切れても、ここでは死なないから。だってもう、とっくに死んでるから」
 さらりとそんなことを言われては、私もどう返したらいいのか分からない。私はフェンスに向かって伸ばした手を下にだらりと垂らして、フェンス越しに彼女と向き合った。
「えへへ、重くなっちゃったね。ええと、私の言いたいことはこーゆーことだよ。ただ祈ってあげて。かなちゃんの大切な人のために」
 太陽が眩しい。いつの間にか、朝の空にある夜の残滓は太陽の光で霧散して、すっかり人々が活動を始める時間になっていた。振り返って外を眺めていた神北さんが、こちらに向き直る。
「あ、もうすぐ朝ごはんの時間だね。じゃあ、さよなら。また会いましょう?」
 神北さんが両手を広げる。背中を反らせる。つま先で屋上の床を蹴る。音も無く、そのまま空へ滑り込む様に彼女は、十字架を思わせる体勢のまま、屋上から身を投げた。
「―――っ、神北さんっ!」
 私は急いでフェンスに駆け寄り、下を覗く。しかし、地面に神北さんの体は無く、壁にも引っかかっておらず、彼女は雲を散らすように掻き消えてしまっていた。そんなバカな。
 全てが非現実的だった。神北さんの様子も、彼女の話す内容も全てがおかしかった。
 そもそも彼女は、本当に神北さんだったのだろうか?全ては朝の光が見せた幻で、私はもう、ずっと一人だったのではないだろうか?馬鹿馬鹿しい考えなのは承知の上だが、やはりそちらのほうが納得がいった。

 私は空を見上げた。祈りは届かなくても、届かないからこそ純粋で美しい。彼女の言葉にどこか甘くて苦い、そんな不思議な響きがあった。その響は、じわりと私の全身に染み渡り、胸の奥を温める。ざわざわと、私の水面に波紋が浮かぶ。
 空の先を見据える。ニセモノの空の先、夢の世界を越えて。あのクソッタレな世界の最果てを、私は見つめる。
 そして、祈る。
 あの子の、幸せな最期を。
 あの子の人生に、何らかの意味があらんことを。


[No.391] 2009/09/11(Fri) 02:26:38
3つの魔法 (No.389への返信 / 1階層) - ひみつです@11493 byte



 本日は晴天なり。空もわたしの心も晴れやかで――――と、思っていたのですが……





3つの魔法





「女の子にモテモテになりたいんだ」

 昼休みの昼食時、いつも通り木陰で休みつつお弁当を食べようとしていたわたしの横に座り込んだ来ヶ谷さんが、唐突に爆弾発言をした。

「はあ…」
「なんだその気のない返事は。あれか「そんなこと無理に決まってるじゃないですか。寝言は寝てから言ってください。ああ、白昼夢でも見ていらっしゃるんですか?それならオーケーですね。寝言でもなんでもお好きに話してください」とでも美魚君は言いたいのか!?」
「なんでそんなに自虐的なんですか…井ノ原さんもびっくりな言いがかりですよ」
「ほう、では早速女の子にモテモテになるためにはどうすればいいのか考えようじゃないか」

 何がいったいではなのか?今日の来ヶ谷さんはいつになく唯我独尊ですね。

「女の子にモテモテにならずとも、すでに直枝さんとラブラブなのですからいいではないですか」
「はっはっは。確かに私は理樹君とラブラブラブだ」

 ラブが1つ追加されてしまいました…

「だが!果たしてそれで満足しても良いものか?答えはNOだ。私はさらに上の次元を目指す!理樹君とラブラブラブし!女の子達とウハウハする!……おお、いかん。これはいかんぞ。想像しただけで鼻血がでそうじゃないか!」

 出来ればそのまま出血多量で病院送りにでもなってしまえ、と割と本気で思ってみた。

「……えーと、モテモテになりたいとのことですが、それはlike的な関係ですか?それともlove的な関係ですか?」
「愚問だぞ美魚君。無論loveloveな関係だ!」

 またloveが追加されてしまった……のはさておき。

「無理です」

 わたしは来ヶ谷さんの願いを一刀両断した。

「嫌だ駄目だ諦めん」

 しかし斬り返された。

「…我が儘です」
「人間そうでなくては生きることがつまらんさ」
「独裁者です」
「ありがとう。最高の褒め言葉だ」
「ヒトラーです」
「生憎と私は女だ」
「あっ、小毬さんのパンツが見えます」
「ふむ、それなら今日だけで23回確認している。その程度でおねーさんの気は逸れたりしないぞ」

 ……はぁ、そんな訳ないでしょう、とため息を1つ。

「つまり、真面目に考えなくては諦めてはくれない、と?」
「イエス、アイムヒトラー」

 どっちやねん、ずゅべしっ。

「そうですね……来ヶ谷さん顔はいいのですから、片っ端から声をかければ誰か引っかかるのではないですか?」
「大変失礼なことを言われた気もしたが…まあいいだろう。実は美魚君が提案したことはもうすでに試したことがある」
「駄目だったのですか?」
「ああ、なぜか皆「人気のない場所でゆっくりと話しをしないか?」と聞くと必ず逃げてしまうんだ」
「だって来ヶ谷さんエロいですから。目つきとかヤバいです。もう犯罪者一歩手前って感じですし、皆さんが揃って逃げるのも納得ですね。わたしでもそうしますから」
「……美魚君、おねーさんは今大変傷ついたよ」

 ズーン、という効果音が来ヶ谷さんの背後に浮かんだのが見えた。

「そ、そうですか…すみません、ただ思ったことを言っただけなのですが…」

 コホン、と咳払いを1つ。

「それでは、学園外で声をかけるのはどうでしょう?来ヶ谷さんの本質を知らない人ならばコロッといくかもしれませんよ?」

 物は試しと違う案を出してみましたが、なぜか来ヶ谷さんの冷たい視線がわたしに突き刺さりました。

「あ、あの…何か問題がありましたか?」
「……美魚君、問題がないか?だと」
「は、はい…」
「大有りに決まっているだろう!初対面の人間に対して「人気のない場所でゆっくりと話しをしないか?」などと言ったらお巡りさんのご厄介になってしまうじゃないか!」

 問題があるのはあなたの発言です。自業自得です。監獄で反省してください。
 と、内心で三段式ツッコミを披露してはみたものの、実際に口に出すと話がややこしいことになりそうなのでグッと我慢します。

「取りあえず、来ヶ谷さんが自身の変態性を自覚していらっしゃるようで一安心です。もしも無自覚だったらこのわたしの携帯の一番最初に登録されているヒトヒトマル番に連絡しなくてはならないところでした」
「ちょっと待て。なぜそんな番号が登録されている!しかも一番にだと!?美魚君、何か面倒事にでも巻き込まれたのか!?許せん…許せんぞ犯人め!美魚君は私のものだというのに!」

 巻き込まれたと言うか、現在進行形で巻き込まれています。しかも犯人は目の前にいます。
 この状況、どうするべきでしょうか?本当にヒトヒトマル番に連絡した方がいいかもしれません。

「来ヶ谷さん、軽いジョークなのでそこまで熱くならないでください。正直引きます」

 本能が危険信号を送ってきたので思わず携帯を取り出しかけましたが、なんとか自制することが出来ました。良かったです。

「……美魚君。さっきから妙にチクチクと言葉が暴力となって突き刺さっているとおねーさんは思うのだが、どうだろうか?」
「気のせいでしょう。さて、それでは次の案ですが…」
「スルーか!?スルーなのか!?」

 正直この不毛な会話を始めた時点でスルーしなかっただけ有難いと思ってほしいところです。

「ともかく、最後の案になりますので心して聞いてください」
「ふむ。案は全部で3つか…多いのか少ないのか…」
「わたしはベストだと思いますよ。人間というのは3つの独立した変数まで理解し易い、とされているそうですから」
「脳は3次元空間で構成されているものだから、だったかな」
「はい。それに3という数字は中立という意味で使われる事も多いそうです。第三者・三人称などがそうですね。ですから、わたしの立場的には案を出すのは3つまでが適切かと…」

 ……話がどんどん脱線してしまいました。いい加減この不毛な会話を終わりにしてお昼ご飯を食べたいです。

「さて、話を戻します。モテモテになりたい的な話題の最終形になってしまいますが、惚れ薬とかはどうでしょうか?」
「私のモテモテ計画はファンタジーの世界でしか成し遂げられんと言いたいのか…」
「い、いえ…そこまでは…………あ、でも作り方が分からないのでファンタジーの世界でも不可能かもしれませんね」
「ファンタジーにリアリティを求めた会話をしないでもらえるか?夢がなくて私は好きじゃない」

 はたして来ヶ谷さんがモテモテになりたいというファンタジックな夢物語を真剣に議論していることはオーケーなのでしょうか? 

「しかしですね、来ヶ谷さん」
「なにかな?」
「今現在わたし達が存在しているこの世界は、ファンタジーの世界そのものではないでしょうか?」


 一瞬の静寂。


「ふむ、言われてみればそうかもしれないな。たくさんの人の思いにより生まれた世界。奇跡の世界、か」
「この世界がファンタジーなら、奇跡というよりは魔法の、と言った方が適切かもしれませんね」
「はっはっは。確かに」

 お2人だけでも助けてあげたかった。だけど、わたしにはなんの力もなくて、何も出来なくて、それでもお2人には助かってほしかった。その筈だったのに……

「来ヶ谷さん、わたしは最近になって思うんことがあるんです……いえ、正確には神北さんが消えてから、ですが」

 一番最初に消えていったあの人は最後まで笑顔だった。辛い筈なのに、苦しい筈なのに、悲しい筈なのに、寂しい筈なのに……笑顔だった。

「直枝さんと鈴さん。お2人はまるで物語に出てくるアリスみたいではないですか?不思議な国に迷い込んで、最後には目を覚まして、不思議な国は無くなってしまいます。その世界で暮らしていた事実も、仲間達と過ごした日々も、乗り越えた困難も。全てが無かった事になってしまう。お2人は、あの物語に出てくるアリスそのものなんです…きっと」

「この世界を創った魔法はAlicemagicという訳か」
「はい……そんな気がして…仕方ありません…」

 だから、わたしには神北さんが笑っていられた理由がなんだったのか分かりません。わたし達のしている事は所詮夢を見ていられる時間を長くしているにすぎなくて、行き着く先はもう決まっていることなのですから…

「小毬君は最後まで笑っていたな」

 わたしの心の声を読んだかのように、来ヶ谷さんが口を開きました。

「小毬君だけではない。葉留佳君も、クドリャフカ君も、皆笑っていた」

 今はもういない人達。彼女達は皆、満足そうな笑顔を浮かべながら舞台から降りていきました。
 もう、この不思議な国に帰ってくることはありません。もう、会うことも…ありません。

「美魚君は言ったな。理樹君と鈴君はアリスのようだと。では私達はいったいなんなのだろうな?」
「アリスの夢の中だけの仲間達……でしょうか。魔法がとけ、夢が終わればただの記憶です」

 わたしの言葉に来ヶ谷さんは静かに首を横に振りました。

「私はそうは思わない。アリスと仲間達は全員で物語を作ったわけだが、はたして私達はどうだろうか?確かに辿り着くゴールは1つしかなくて、私達は全員でその場所を目指している。だが、だ。それでも私達はアリスの仲間とは思わん。小毬君も葉留佳君もクドリャフカ君も、それぞれの物語を持っていた。皆がこの世界で主役でありヒロインだった。私達はアリスの仲間ではない。限られた時間の中で輝く――――シンデレラだ」

「プッ」

「待て待て待て!今のは笑うところではないぞ!」

 だってシンデレラって……面白すぎます。

「来ヶ谷さん、ナイスジョークです」
「いやだからジョークを言ったつもりはないのだが…」
「ふふ、ではあれですね。わたし達にかけられた魔法はCinderellamagicですね」
「美魚君、私は真面目な話しをしているの…」
「いいじゃないですか」

 来ヶ谷さんの言葉を遮るように言葉を被せます。

「真面目な話はなしにしましょう。どの道わたし達は不思議の国の住人であれ、シンデレラであれ、人形であることには変わらないのですから。魔法が切れるその瞬間まで、なんの意味も持たない不毛な会話を楽しみませんか?」
「ふむ……そうだな。それでいいのかもしれないな。物語の結末は旧メンバーに任せて、おねーさん達は魔法が切れるまでせいぜい楽しませてもらおうか」
「はい。12時の鐘が鳴る時までは…このままでいたいです」
「ああ、こうして美魚君と話す時間は楽しくて仕方がない。願わくばまたこうして……」

 その先を来ヶ谷さんは言いませんでした。それが答えなのでしょう。来ヶ谷さんにかけられた魔法はもう…

「さて、少し長居し過ぎた。すまんな昼食時に」
「いえ、構いません。それより良かったのですか?来ヶ谷さんモテモテ計画が中途半端なままなようですが?」
「なーに、よくよく考えてみれば私は理樹君とラブラブラブラブなのだからわざわざモテモテになどなる必要はなかったのだよ」

 えーーー。なんかもう色々ちゃぶ台返しです!しかもラブが更に1つ増えました!この短時間に来ヶ谷さんの脳内では何が起こったというのですか!?

「はあ…実に不毛な会話でしたね」
「うむ。そして実に楽しい会話だった」

 そう言って来ヶ谷さんは立ち上がり、木陰から出ました。どうやら、楽しかった時間の終わりが近づいているようです。

「邪魔をした」
「はい、すごく邪魔でした」
「…むう、まったく……美魚君は最後まで容赦がないな」
「わたしはわたしですから。変わることなんてありえませんよ……変わりたいとは、思っていますけど」

 わたしの言葉に来ヶ谷さんはふむ、と思案顔で何かを考え込んだようでしたが、やがて笑顔を浮かべながら口を開きました。

「さっきの3という数字についての話ではないが、もしかしたら私達全員すでに3つ目の魔法にかかっていたのかもしれないな」
「3つ目…ですか?それはいったい…」
「はっはっは。わざわざ口にする必要はあるまいよ。幸せなシンデレラのたんなる独り言に過ぎん」

 それでは、と言って来ヶ谷さんはスタスタと軽やかな足取りで去って行きました。
 去っていく来ヶ谷さんの姿が見えなくなるまで見送った後、自分が昼食をとっていなかったのを思いだし慌ててお弁当箱を見ると――――鳥達に中身を全て食べられてしまっていました…

「……ガッデム、無念です」

 残りの休み時間やることがなくなってしまいました…。
 ふぅ、と一息吐いて来ヶ谷さんとの不毛な会話を思い出します。
『私達は――――シンデレラだ』
 ……面白すぎます。爆笑ものです。どんだけー、みたいな。でも、来ヶ谷さんの口からそんなメルヘンチックな言葉が出てくるとは思いませんでした。

「シンデレラですか…」

 わたしは綺麗なドレスもガラスの靴も持ってはいないけれど、いつか…いつか手に入れる時がくるのでしょうか?来ヶ谷さんのように、消えていった皆さんのように。
 だけど、わたしはまだシンデレラになりたくありません。まだ、この不思議な国にいたいから、どうかもう少しだけわたしに時間をください。残された時間で自分に出来ることを見つけたいんです。
 非力で脆弱で独りじゃ何も出来ないわたしですが、変わりたい、強くなりたい、そして自分に出来ることをしたいんです。先に行ってしまった皆さんは、もう何も出来ませんから……いつかこの不思議な国から旅立つ時に、皆さんと笑顔で再会出来るように、わたしは1日1日を精一杯過ごしながら、12時の鐘が鳴るのを待つことにします。
 そんな事を、去って行った来ヶ谷さん、そして消えていった皆さんを思いながら、胸に秘めました。


 でも、変わりたいと、強くなりたいと、そう口で言うのは簡単です。けど実際はそう簡単に人は変われなくて、強くなんてなれない。それが現実です。
 いつだって現実は辛いことばかりで泣きたくなる時もありますが、そんな時はあの人からもらったあの言葉を呟きます。


「…よおーし今日も頑張るよー、と…」


 呟きながら見上げた空は、いつの間にか雨雲が見え始めていた。


[No.392] 2009/09/11(Fri) 17:54:04
魔法の言葉は届かないから (No.389への返信 / 1階層) - 秘密@ 10613 byte

 泣いていた。教室の隅、誰も気づかないような場所で泣いていた。
 それは喜びの涙だった。泣きながら、迷子がようやく母親を見つけたみたいに安心していた顔をしてたから。
 見たくないと、心の奥から湧きあがってくる。けれども目をそらす事も出来なくて。
 気が付けば私も泣いていた。ぽろぽろと涙があふれて止まらなかった。目の前の涙とは違う、悲しみに満ちた涙だって自分で分かっていた。
 どんなに泣いても、大声でしゃくりあげても、一番気が付いて欲しい人は気が付かない。だって――……



 魔法の言葉は届かないから



 ふと気を抜くといつも彼の姿が目に映っていた。授業中、それなりに真面目に先生の話を聞いている姿。休み時間、隣の井ノ原くんに呆れながらつっこみをしている姿。昼休み、中庭でかげなしとお弁当を食べている姿。放課後、かげなしと一緒に笑いながら帰る姿。
 どうして私じゃないんだろうと黒い感情が止まらない。あんな友達なんて誰もいないような女なのに、なんでよりによって直枝くんはかげなしを選んで、かげなしも直枝くんだけには心を開いたんだろう。
 かげなしの代わりに自分が直枝くんの隣に居る光景を夢想する。直枝くんは今よりもずっと楽しそうにしてるし、話も弾んでいる。くすくすと笑うようなかげなしに合わせた笑いじゃなくて、もっともっと直枝くんらしい元気な笑顔を私に向けている。
 かげなしだって幸せだ。誰にも邪魔されずに中庭のケヤキの下で黙って本を読んでいる。寄ってくるハトにエサをやって笑っている。隣にいるのは人間じゃなくてハトの方がお似合いだ。ざまぁみろ。

 ――違う。こんな事を想いたいんじゃない。今、私はすごくイヤな女だ。分かってる、自分でも分かってる。
 ふと窓の外を見てみれば、中庭のケヤキの下で直枝くんと西園さんが静かに本を読んでいる。風を受けてかすかに揺れる葉っぱに白い光。お似合いの二人だと素直に思ってしまう。
 胸が締め付けられる。
 痛い。痛い。痛い。痛い。
 見なければいいのに。目をそらしてしまえばいいのに。忘れてしまえばいいのに。
 見てしまう。目をそらせない。忘れるなんて出来ない。
 窓硝子に朧気な顔が映る。辛そうな顔をしている私の顔が映っている。辛いなら見なければいいのに、バカみたい。っていうかバカだ。
 私は、バカだ。
 好きなんて言ってもいないのに西園さんに嫉妬してる。好きなんて言える勇気もないのに直枝くんの隣を欲しがってる。
 バカバカバカバカ、私の大馬鹿。
 付き合っているなんて確証もないのに勝手に諦めてしまっている。好きだって言えばいいのに。付き合ってって言ってしまえばいいのに。
 言ってしまえれば、いいのに。
 グルグルグルと頭と胸と心の中はかき乱される。目だけはお似合いな二人をずっと睨み続けている。
 こんな現実なんか欲しくないのに。
「『輝け!! 第10回短歌コンクール〜演歌じゃないよ、短歌だよ〜』?」
 我に返る。いつの間にかもう一人中庭に人影が増えていた。確か棗先輩。うちのクラスの棗さんのお兄さん。彼が一枚の紙を見せて何やら熱く語っている。
 つい何気なく耳を傾けて話を聞いてみると、どうやら棗先輩は直枝くんと西園さんに短歌を書かせて応募するように焚きつけているらしい。
「チャンスかも」
 ぽつりと呟かれた言葉が耳たぶを打つ。
「――チャンスかも」
 今度はしっかりとした意思を持って呟く。
 もしもそのコンクールに作品を出すならきっと、直枝くんも結果を見に来るはず。そこに私の想いを綴った短歌を忍ばせておく。面を向かっては言えないけどこの方法なら直枝くんに伝えられるかも知れない。正面から伝える事は出来ないけれどもこれはこれでロマンチックな告白になる。
 夕日が中庭を照らしていた。もう誰もいない中庭だけど、いつかあそこで直枝くんと一緒にお弁当を食べられる日が来るのかも知れない。そんな想像に心が躍る。
 けれど誰もいない中庭を見ると少しだけ不安になる。まるで私だけ置いていかれてしまったみたいで。

 期限は後4日しかないから必死になって短歌を作った。授業中も食事中もおかまいなしに。最終日の前日なんて夜も寝ないで短歌を作っていた。どんな短歌を作れば直枝くんに想いが届くんだろうかって。
 考えて考えて考えて考えて考えて。書いて書いて書いて書いて書いて。直して直して直して直して直して直して。
 考えて書いて直して考えて書いて、直して考えて書いて直して考えて、書いて直して考えて書いて直して考えて。
 ようやく出来た。
 5 7 5 7 7
 31文字の短い詩。
 放課後。封筒に入れたそれを文芸部の生徒に手渡す。
「あの、大丈夫?」
 封筒を受け取ってくれた生徒がそんな事を聞いてくる。首を傾げて聞き返す。
「何がですか?」
「何がって自分で気が付いてないの?」
 私の短歌が入った封筒をしまうと、手鏡を出して見せてくれる。
 鏡の中の顔は疲れ切った顔をしていた。そのくせ赤みがさしていて、熱っぽそうなで視線が合わないような目で、私の事を見つめていた。
「わぁ。風邪ひいてるみたい」
「どうみても風邪をひいてるようにしか見えないわよね、やっぱり」
「あはは……。短歌を考えてて、昨日、寝てないからなぁ」
「無茶しすぎよあなた」
 目の前の生徒が呆れた顔でそんな事を言って、手鏡をしまう。
「確かに預かったから、今日はもう帰って寝たらどうかしら?」
「うん。そうさせて貰います……」
 とりあえずお辞儀をするだけしてその場所から歩き出す。遠くから直枝くんと西園さんの声が聞こえた気がしたけど、振り返る元気もなかった。どうやら気力だけで立っていたのに、短歌を出したらその気力さえも無くしてしまったらしい。
 ふらふらとした足取りで寮の自分の部屋まで帰ってくると、バタンとベッドに倒れこんでしまった。
 ベッドに倒れたら急速に意識が消えていく。本当に私の体は限界らしい。
「これ、ちょっと、まずいかも」
 シャワーも浴びてないし、制服も脱いでない。こんな女の子じゃあ直枝くんに嫌われちゃう。そんな事を思いながら意識は沈んでいく。
 結局、この日からしばらく寝込み続けていた。

 久しぶりの学校。
 来たとたんにまず直枝くんの姿を探してしまう。慣れた作業だからか時間なんてほとんどかからなかった。
 しばらく見る事のなかった直枝くんの顔。その顔を久しぶりに見たら思わず頬が緩んでしまった。誰かと付き合っているなんて話は聞かないし、もしかしたら本当に直枝くんと付き合う事が出来るかも。そう思ったらまた顔がにやけてきた。
「おっはよー!」
 声が響く。聞きなれない声だなと思って入り口の方を見てみたら、嫌な顔が見えた。西園さんだ。
 直枝くんと付き合っているなんて噂が流れるくらい直枝くんにベタベタしている女。それに能天気に直枝くんに近づいていくのも気に入らない。私なんて挨拶をするのも躊躇うくらいなのに。
「美鳥……!」
 ガタガタと机にぶつかりながら直枝くんは西園さんに近づいていく。一瞬だけ暗い感情が胸に湧きたつが、直枝くんの顔を見たらすぐにその感情も消えてしまう。明らかに苛立っている顔をしているから。それに名前も間違えられてるし、いい気味だ。
 ――だから違う。こんな嫌な事を考えちゃいけない。こんなイヤな女だって直枝くんに気が付かれたらきっと嫌われちゃうから。
 西園さんは直枝くんに挨拶をしたら馴染みの女の子たちとのお喋りを優先させて直枝くんから離れていく。残されたのは茫然とした直枝くんと、私。
「な、直枝くん。おはよう」
「え、うん。おはよう」
 勇気を出して挨拶をしてみたら直枝くんもちゃんと挨拶をしてくれた。やっぱり今日はいい一日になりそうだ。西園さんと直枝くんの仲も悪くなったみたいだし、確か今日の放課後から短歌の結果発表があったはずだ。
 もしも直枝くんと付き合えたら一緒にお昼を食べるのもいいかも。私の手作りのお弁当を笑顔で美味しいって言ってくれる直枝くんを想像するだけでドキンと心臓が高鳴った。現金な私。中庭にケヤキの木の下で、サンドイッチでも作って一緒に食べよう。余ったパンの耳をハトにあげてもいいかも知れない。
 なんかどこかで見たような気がする風景だけど――――気のせいね。だってそんな穏やかな昼食を過ごせる女の子なんて、直枝くんの傍には私しかいないはずだもの。

 そして放課後。短歌の発表の教室。
「う…そ」
 そこに立って私は茫然としていた。他にも色々な人が来て肩を落としたり喜んでいたりしているけど、そんな人たちと私は比べものにならない。赤枠に飾られたその場所に私の作品があったんだから。
 何度見てもその短歌は私が書いたものだし、作者の杉並睦実という名前も私のもの。間違いなく私が、私の作品が大賞に選ばれていた。
「あはは、ははははは」
 何分も経ってようやく笑みがこぼれてきた。完璧だ、完璧すぎる。結果を見に来て大賞を見ないなんてありえない。絶対にこれは直枝くんの目に留まる。この短歌に込められた想いだって分かりやすい。他の人ならともかく、張本人の直枝くんが気が付かないはずがない。
 絶対に大丈夫。絶対に大丈夫。絶対に大丈夫。
 なのに。
 直枝くんは結果を見に来なかった。ずっとずっと直枝くんを見ていた。たまに朝の挨拶を交わしたりもした。休み時間の度、放課後になる度、結果発表の教室に行ったけれど、直枝くんは一度もこの教室に姿を見せない。
 教室で見かける直枝くんはとても追い詰められた顔をしていた。たまに西園さんの方を険しい顔で睨みつけたりしている。
 あの女が何かしたのか。私も西園さんを睨みつける。そして西園さんは私の視線に気が付いたのかこっちを向いて、無邪気に笑いながら手を振ってきた。毒気が抜かれてしまって思わず手を振り返してしまう。
 直枝くんはいつもぶつぶつと何かを呟くようになった。鬼気迫る、というのにふさわしいような空気を醸し出し始めている。そんな直枝くんに、井ノ原くんの宮沢くんも棗さんも余り近づけないでいた。ただ遠くから心配そうに見守るだけ。かく言う私もそんな直枝くんに近づけるはずもない。たまに西園さんが近づいて行くけれど、直枝くんの機嫌を更に悪くするだけだった。
 それなら近づかなければいいのに。怒らせるだけだとしても直枝くんに近づける西園さんに嫉妬なんかしていないけど、なんだか妙に腹が立った。もう西園さんは直枝くんにふられたんだから、近づくな。

 日にちは過ぎていって、結果発表の展示の最終日。直枝くんは一度もここに来ていない。もう文芸部の生徒たちが後片付けに入り始めた時間。最後まで希望を捨て切れずに、文芸部の生徒に無理を言って教室内にいさせてもらった。
「あーっっっ」
 廊下から大声が聞こえた。聞き違えるはずもない人の声。振り向いたら、そこにやっぱり彼がいた。
「直枝、くん」
 口の中だけで名前を呼ぶ。そして直枝くんが見る邪魔にならないように、赤枠で飾られた短歌の前から体をどかした。ドキドキと心臓の音が止まらない。希望を捨てなかった自分を今なら褒めてやりたい。
 すぐに直枝くんは大賞の前まで来る。そして赤枠に囲われた作品を見上げる。私の言葉を受け取ってくれる。
「違う。これじゃない」
 だから、そんな言葉が、直枝くんの口から出たなんて、嘘だ。
 名前を見てもなんの反応も示さないなんて、嘘だ。
 短歌を見ても冷めたように次の作品を見るなんて、嘘だ。
 体の力が抜けたみたいだった。たぶんまだ立っていられるのは地面に倒れこむ力もないからだ。
 優秀賞や佳作も素通りしていく直枝くん。そしてやがて誰の目にも止まらないような部屋の隅に飾られた短歌の前で、止まった。そして確かめるように二度、その短歌を読むように目を動かした後、しゃがみこんで泣きだした。
 それは喜びの涙だった。泣きながら、迷子がようやく母親を見つけたみたいに安心していた顔をしてたから。
 その涙を私の作品の前で流してほしかった。ずっと直枝くんを見てきたって、気が付いて欲しかった。望めばすぐ傍にいるからって、分かって欲しかった。
 直枝くんが泣いている前の短歌を見る。訳の分からない、私が見ても独りよがりで人に理解させようなんて思わせない短歌。それを見て直枝くんは泣いていた。大賞の私の作品なんか素通りして、部屋の隅の作品を見て涙を流していた。
 その作品の作者は西園美魚という名前だった。
 悲しみの涙が溢れる。その嗚咽を止めようとは思わなかった。情けない顔でもいい、直枝くんに振り向いて欲しかった。
 大声で泣く。しゃくりあげる。わめきたてる。
 後片付けをしていた文芸部の人たちは驚いて私の方に目を向けた。教室中で一人を除いて私に視線が集まっているのが分かる。
 残った一人、直枝くんだけは私を見ない。誰もが見つめてくれる私を見ないで、追いやられたように隅にいるかげなしだけを見続けているから。
 もう誰も見ない赤枠の短歌。


 見て欲しい 木陰のあなた 見る私 隣に彼女が 居たとしても


[No.393] 2009/09/11(Fri) 19:27:38
願わくば (No.389への返信 / 1階層) - HI★MI★TUUU★@7655 byte

 未明、という言葉について考えてみよう。
 未だ明るからず、という意味で朝日が昇る前だという意味だ。つまり、平常な人間は眠っている時間帯である。 Q.E.D.
 いやまあ、私が平常な人間であるという部分に多少の異論は認めるが。

 ピリリリリリ ピリリリリリ ピリリリリリ

 とか下らない事を考えても枕もとで甲高い音をたてている携帯電話は静かになってくれない。空気読め。
 仕方なしにベッドで丸くなったまま手を伸ばし、携帯を掴んで通話状態にする。
「はい、もしもし」
『く、く、く、く!』
「く?」
『来ヶ谷さぁぁぁん! 朝から何してますですかぁぁぁぁぁ!!』
「寝てる。っていうかクドリャフカくんが朝から何をしているんだ」
 電話の相手が可愛らしいクドリャフカくんじゃなかったら全殺しにしているところだ。ちなみにこんな時間に電話してくるクドリャフカくんは後で萌え殺しの刑に処するからよろしく。
『違います違います! 私に何をしたんですかぁ!?』
「落ち着きたまえクドリャフカくん。君に何をしたかと言われても、君をおかずに体を慰めただけだ。やましい事は何もしていない」
『それはやましい事じゃないのですかっ!?』
「いや、全く」
『そう…なのですか?』
「そうなんだ。じゃあ私は二度寝するから、おやすみ」
『あ、はい。おやすみなさいです』
 ピというあっけない音をたてて電話を切る。そして萌え殺しの刑に処されているクドリャフカくんの夢を見る為に再び眠りの世界に旅立っていった。

 ピリリリリリ ピリリリリリ ピリリリリリ!

 引き戻された。なに寝てんじゃワレェ!! とか言いそうな迫力をたたえている感じの着信音だった。携帯電話はいつから発信元の迫力を送信できるようになったのだろうか。技術の進歩はすごいものだと素直に感心するしかない。
 とか真面目な事を考えているのに枕もとで甲高い音をたてている携帯電話は静かになってくれない。だから空気読め。
 さっきと同じようにベッドで丸くなったまま手を伸ばし、携帯を掴んで通話状態に。
「クドリャフカくん、君はいつから関西弁を話すようになったのかね?」
『なんの話ですかっ!?』
「おやすみ、クドリャフカくん」
『すいませんごめんなさい私が悪かったですので切らないで下さいぃぃぃ!』
 電話の向こうの声はかなり切羽詰まっている感じがする。本格的に何かまずいのかも知れない。真人少年だったら遠慮なしに通話を切って電源をオフにしたついでに携帯も破壊する所だが、何でもしますからと涙目で見上げてくるクドリャフカくんが相手だとそう無碍な対応も出来ない。
「で、どうした?」
『責任とって下さい!』
「よし分かった、責任をとって君を飼おう」
『ありがとうございますっ!』
 じゃあなと言って電話を切る。そして首輪とイヌ耳装備クドリャフカくんの夢を見る為に三たび眠りの世界に旅立っていった。

 ピリリリリリ!ピリリリリリ!ピリリリリリ!!

 着信音の迫力がシャレにならない領域まで達した。なんかもう、呪い殺されそうな雰囲気まで醸し出している。
 そろそろ真面目にヤバそうなので、しっかりと起きてから通話状態に。
「はい、もしもし」
『グス、来ヶ谷さん、えぐ、たす、助けて、スン、下さい……』
 マジ泣きしているらしい。けど正直責任を取って下さいと言われただけではなんの事か分からない。心当たりがありすぎて。
「まあ待て落ち着けクドリャフカくん。全く話の流れがつかめないから一から説明してくれ」
 電話口からクドリャフカくんをなだめながら話を聞き出そうとする。
『はい。けど、どこから話をすればいいのでしょうか?』
「いや、それを私に聞かれても」
『一目見れば分かりますからっ!』
「私の携帯にテレビ電話機能はついてないのだが」
『写メ! 写メで送ります!』
 ブツと通話が切れる。しばらくボーっとしながらクドリャフカくんからのメールを待っていると、やがてピロリン♪とメール着信の音楽が流れる。
 題名も本文もなし。ただ添付ファイルが一つだけ。それを開いてみると写真が一枚。
 腕が前に出ているのは自分で自分を撮ったからなのだろう。そしてその人物は泣きそうな顔、っていうか目元に涙の跡がついている辺り泣き止んだ後の顔なのかも知れないが、そんな顔をして写真に写っていた。
 その人物を、来ヶ谷はよく鏡で見た気がする。しかもその人物がクドリャフカくんの寝まきを無理矢理着こんでいるのだから、その体の破壊力は推して知るべし。
「は?」
 もう一度写メをよく見る。そして部屋に備え付けられている鏡を見る。どう見ても同一人物だ。
 メールの発信者を見る。わふー書いてある。間違いなくクドリャフカくんから送られたメールだ。
 最速のスピードでクドリャフカくんの番号をプッシュする。

 ピリリリリリ ピリリリリリ ピリリリリリ
 ピリリリリリ ピリリリリリ ピリリリリリ!
 ピリリリリリ!ピリリリリリ!ピリリリリリ!!

 ピ!

『こんな朝早くからなに、来ヶ谷さん?』
「すまん理樹少年間違えた」

 ピ!

 OK。クールだ、クールになれリズベス。大丈夫、クドリャフカくんは逃げられない。
 今度はしっかりと間違いなくクドリャフカくんの番号をプッシュする。そしてワンコールの間もなく通話状態になる。
『来ヶ谷さぁん……』
「ああ、確認した。ところで写メの人物は誰だ?」
『私ですよぅ』
 半ば確信していた事ではあるのだが、やっぱりそうらしい。
「しかしどうしてクドリャフカくんが私と同じ姿に?
 っていうか私はどうやって責任を取ればいいんだ?」
『そ、それは……』
「流石に自分と同じ姿のペットを飼う趣味はないのだが」
『そっちですかっ!?』
 ボケたらきっちり反応してくれる。うむ、ボケがいがあるな。って、ボケてばかりもいられない。流石にあの写メはまずい。涙目の自分の姿と言うのは怖気と共に得体の知れないゾクリとした快感がはしる。そして何より小さいクドリャフカくんを愛でられなくなるというのは非常にまずい。
「ところで、何で私に責任を取れというセリフが出てきたんだ?」
 急に冷静になって質問をしてやる。私の姿になっているのだから私が関わっていると考えるかも知れないが、事実上私は何もしていないのだ。いきなり責任を取れという以上、そこには理由があるはず。
『そ、それはですね。夢に来ヶ谷さんが出てきたのですよ』
「ふんふん」
『それでその来ヶ谷さんはなんというですか、いわゆる魔女っ子の格好をしていましてですね』
「ほ、ほぉう。私が魔女っ子の格好を、か」
『はい。それで
 魔女っ子ゆいたん、ただ今惨状★ ロリっ子ボディのわふーちゃんの願いを一つだけ叶えちゃうZO★
 って言いまして』
「待て待て待て、ツッコミどころが多すぎるぞそのセリフは!!」
『それで私は宇宙飛行士になりたいって言ったんですよ』
「スルーかっ!? いつからそんな高等技術を身につけたんだ能美女史!」
『そしたらゆいたんは、
 分かったわ★ ロリっ子ボディーのわふーちゃんは私みたいな豊満な外見の女性になりたいのね★
 と』
「ゆいたん言うな!」
『ステッキがキラキラと光り、ゆいたんは魔法を唱えたんです。
 ゆいたん★ゆいたん★魔女っ子ゆいたん★
 汝、闇の契約を望ム者。ならバ魂を代償に、願ワくば我がGカッぷの体と長キ黒髪を与えタまえ。邪神王フェんたロルよ、こノ幼女の願いヲどうカ……!!』
「後半、魔女っ子のセリフじゃないぞ」
『そうしてゆいたんの体から光る珠が飛び出して、どこもなく消えていったんです。体がボロボロと崩れ始めるゆいたん。それに従って私の体はゆいたんと同じように変わっていったのです。消える直前にゆいたんはニヒルな顔で言いました』
「使うのゆいたんの魂なんだな!?」
『だから叶えられる願いは一つだったのSA★ でもわふーちゃんの願いを叶えられたから悔いはないZE★』
 ゴメン、クドリャフカくん。今自分でゆいたんって言って自己嫌悪中だ。
『ゆいたんの体は完全に灰になりました。そこで私が飛び起きると、体が来ヶ谷さんの体になっていたんです!
 責任を取って下さい!』
「魔女っ子に取らせろ!」
『冷たいですゆいたん!』
「すまん、私が悪かった。お願いだからゆいたんはやめてくれ……」
 ずーんとベッドの上で落ち込む私。気が付いたが、ベッドの上で落ち込む全裸の女性って構図なんだよな、今。
『それで来ヶ谷さん、私はどうしたらいいのでしょーか?』
「いや、どうしたらって言われても……」
 そんなもん私が聞きたい。
「もう一度寝て、魔女っ子が出てきてお願いをし直せばいいんじゃないか?」
『で、でもまた願い事を曲解されたら――』
「頑張れ」
 そう言って通話を切る。ついでに電源も落とす。
 既にいっぱいいっぱいだった。

 ちなみにこの日の朝食に来ていたクドリャフカくんは普通にクドリャフカくんだった。
 どうやらもうひと眠りしたらマジで魔女っ子が出たらしい。
 よく曲解されなかったなと聞けば、魔女っ子りきやんだったらしい。
 っていうか、お互いに寝ぼけただけなんじゃないか?
 そう言ったらクドリャフカくんはにっこり笑って写メを見せてくれた。あの送られてきた写メだった。
 ゴメンナサイって、一応謝っておいた。
 願わくば、本当に夢であって欲しかったのに。


[No.394] 2009/09/11(Fri) 21:13:21
True Beautiful (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@20442 byte

私は恋をしてしまいました
とても突然に。しかし恐らく必然に
こうなる運命だったのか。あるいは魔法にかかってしまったのか
朝も昼も夕方も夜も、ご飯の時もお風呂の時も、果ては読書の時にまで
あの人の事が頭から離れません
西園美魚は
井ノ原真人さんに
恋してしまいました

あの時の事ははっきりと覚えています

とある良く晴れた日の練習
いつものバッティング練習が始まります
鈴さんがボールを投げ、直枝さんが打ち、他の皆さんが守るいつもの練習光景でした
私はいつものように木陰で読書をしていましたが

さぁっ、突然悪寒が走りました
ぱっと顔を上げると
直枝さんが打ったボールが一直線に私に飛んできました

とても永い一瞬
迫り来るボール
恐怖のあまり目を瞑る事も出来ませんでした

刹那

パァン!!

目を瞑れなかったお陰でその瞬間を目に焼き付ける事ができました

迫り来るボールを、井ノ原さんが、懸命に左手を伸ばし、私を守ってくれたのを

「ケガねぇか?」
井ノ原さんが私に聞きました
「は、はぃ…」
「そっか。よかったぜ」
井ノ原さんは無邪気にニカッと笑いました

ドクン

私の心臓が跳ね上がります

「ないすきゃっちだ真人」
「おう」
「ありがとう真人。ごめんね西園さん」
「は、はい」

井ノ原さんは練習に戻って行きました
私の心臓はそれからもずっと治まることを知りません


夕暮れ
練習も終わり、片付けが始まります
意を決して私は井ノ原さんに話しかけます
「ぁ、あの、井ノ原さん…」
「ん、なんだ?」
「あの…先程はありがとうございました」
「おぉ、良いってことよ。きにすんなって」
ちょっと照れくさそうに笑う井ノ原さん
「本当にありがとうございました。当たっていたら…」
「そんなときこそ筋肉だぜ。西園」
「…?」
「筋肉がありゃ、飛んできたボールもキャッチ出来るし、当たっても痛くねぇぞ」
…痛いと思います
「ほら、筋肉、筋肉ぅ!」
謎のポーズで私を誘います
…一緒にするべきなのでしょうか…しかしやはり恥ずかし―

バキッ

「みおを変な道にひきずりこむな」
鈴さんのキックが井ノ原さんをとらえます
「すいません…」
子供のように謝る井ノ原さん
「いえ、そんな…」
おーい、片付けやれよー
遠くで恭介さんの声が聞こえます
「おっと忘れてた」
私もトンボ掛けに加わろうとすると
「あっ、俺やる」
すでにトンボを持っている井ノ原さんに取り上げられました
「あ、いいですよ、そんな…」
「いいのいいの、任せとけって」
「でも二本…」
「ふっふっふ、二本あるという事はな、二倍の速さになるという事だ!」
確かにそうなんですが…
「むっ、二本も持っているのか。ならば」
宮沢さんが近くにいた神北さんと能美さんからトンボを取り
「俺は三刀流だぁ!」
右手、左手、そしてお腹に一本ずつ持つ宮沢さん
そのままトンボを押して掛ける宮沢さん
ですが
出っ張っている石にでもぶつかったのでしょう。お腹のトンボが
「ごばあぁっ!」
宮沢さんのお腹にトンボが深々と突き刺さりました
「大丈夫か!謙吾!」
ガラガラとトンボを引きながら宮沢さんの元に駆け寄る井ノ原さん
いつもならマネージャーとして宮沢さんに駆け寄っていたか、怪我をした宮沢さんに駆け寄る井ノ原さんに萌えていたところでしょう
しかし私は井ノ原さんの優しさで頭が一杯でした
そして同時に
私は井ノ原さんに恋してしまいました


今は昼休みの中庭
いつもの木陰に向かいます
これからどうすれば良いのかを考えるために
おそらく好きなのなら告白をするべきなのでしょう
…私が?
井ノ原さんとおよそ対極に位置するような私が?
恐らく周りの人々には「似合わない」と言われるでしょう
そういえば井ノ原さんには好きな人はいるのでしょうか?
…そもそも井ノ原さんは恋という物を知っているのでしょうか?
「俺は筋肉に恋してるんだ!!」
…不吉な電波を受信してしまいました

では私は諦めるべきなのでしょうか?
いやです。絶対に
今こうして井ノ原さんの事を考えるだけで胸が熱くなります
妄想が出来ないほど頭の中が井ノ原さんの事でいっぱいです
井ノ原さんの笑顔を思い出すとこの上なく幸せな気持ちになります
すごくすごく

甘いあーまいものっでっすっ イェイ!

イェイ!で思わずピースサインを敬礼のようにしてしまうのは何故でしょうか


「何やってんだ?西園」
振り替えると不思議そうな顔をした井ノ原さんがいました


〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!
脱兎のごとく逃げ出す私
「あ、おーい」
井ノ原さんが私に声を掛けますが私はそれどころではありません
慌てて走っていると転ぶのは必然というかお約束のようで

ずべしゃ、と神北さんばりのすってんこまりん
「大丈夫か!?西園!?」
井ノ原さんが駆け寄って来て私の顔を覗き込みます
「は、はぃぃ…」
声がどこかへ逝ってしまいました
「えーっと…ほい」
井ノ原さんが右手を差し出します

て、手を握れと!?
そ、そんな告白どころか想いも確かめあっていないというに…意外と強引な方な
のですね…
…いや、確かめあうどころか下手したら一方的な―

「どうした?手も動かせないくらい痛いか?」
「ぁ、ぃぇ、大丈夫です…」
「ん、なら立とうぜ」
…あ、そういう事ですか
恐る恐る手を伸ばすと

バクン!
井ノ原さんの手に触れた瞬間胸が破裂しそうになりました
そして暖かくて大きな掌が優しく私を起こしてくださいます
「大丈夫か?」
「…はぃ」
すっ、と手が離れます

「ぁ…」
思わず声が出てしまいます
できればもっと…
「おーい」
「は、はい」
「えーっと、さっき何やってたんだ?」

!!
えーっとえーっと…

「な、なんでもないです」
「…そうなのか?」
「はい、なんでもないことです」
「んー、ならいっか」
…なんとか誤魔化せたようです
「いやーびっくりしたぜ。声かけたらいきなり走り出して。しかも転けるしよぉ」
「…すいません」
「謝る事じゃねぇよ。それより」
大きな身体を屈め、井ノ原さんは私の顔を覗き込みます

ドキッ

「なんか悩み事でもあんのか?」

ナヤミゴト…
例えば井ノ原さんの事が好きな事などでしょうか…
いや、まさにその事なのですが…しかし、この事は言えません。なんと言えば…
「いや、なんとなーくだから悩んでないならいいけど、悩んでるならな」
井ノ原さんが私に語り掛けます
「体動かすのが一番だぞ?」
「…体を動かすですか?」
「そうだな、例えば」
例の謎のポーズで
「筋肉筋肉ぅ!!筋肉筋肉ぅ!!ほら一緒に!」

〜〜〜っ!
ど、ど、ど、どうすればっ…
「筋肉筋肉ぅ!!筋肉筋肉ぅ」
…ご一緒するしかないようです…
「…き、きんにく…、きんにく…」
は、恥ずかしい…
「おらあ!声小せぇぞお!筋肉筋肉ぅ!!」
こ、これ以上なにを求めるのですか…
井ノ原さんは鬼畜です…
「…きんにく…きんにく…」
「おっ、さっきよりものってきたじゃねぇか。筋肉筋肉ぅ!!」
「…すいません…もう限界です…」
「なにっ!…まぁいっか。良く頑張ったぜ、西園」
誉められました

ドキッ

「あ、ありがとうございます…」
「まぁ、そんな感じで体動かしてみろ。悩みなんて吹っ飛ぶぜ」
ニッと笑う井ノ原さん
本当に悩みなんてなさそうな井ノ原さん
悩みがないことが悩みといった感じでしょうか
どうなんでしょう
「あ、あの、井ノ原さんは…」
思い切って聞いてみます
「悩みがないことが悩みですか?」

あれ?

! 間違えてしまいました…
悩みがあるかどうか聞こうとしたのに…

「いや、違う悩みならある」
…通じたようです
「えっと、どんな…」
「うー、ちょっと言い難くてよぉ」
「言いにくいのですか?」
「んー、こればっかりは吹っ飛ばせねぇんだよ」
頭をかく井ノ原さん
あまり突っ込まないほうがいいのでしょうか…

「んじゃな、後で」
「あ、はい」
後ろを向き、片手を挙げ、今来た道を戻って行きました

井ノ原さんの悩みは何なのでしょうか
そういえば先程来た方へ井ノ原さんは行きました
いったい何をしようとしたのでしょう

「悩んでるならな、体を動かすのが一番だぞ?」
身体を動かす…

ひらめきました
やはり体を動かすのが一番のようです。井ノ原さんの言っていた意味とは違いますが


まだ誰もいない早朝
私はこの時間に井ノ原さんが外に出て、運動をするのをつきとめました
いつもの木陰で座って待ち構えます
遠くから足音が聞こえます
おそらく井ノ原さんでしょう

ミッションスタート!

「あれっ、西園じゃねえか。はよー」
「おはようございます」
「珍しいなこんな時間に。西園もトレーニングか?」
「いえ、そういう訳では」

よし、今こそ―

「なぁなぁ、そういやさぁ」
先制攻撃されました…
「…あ、はい。なんでしょう」
「この間転んだじゃん」
「…はい」
「良くケガしなかったな」
「え?」
「だってよぉ、見た感じ擦り傷もなかったし、打ち身とかもなさそうだったじゃ
んか」
確かに派手な割りには怪我は一つもありませんでした
「確かに怪我はありませんでした」
「良いよなー、それって体が柔らかいからなんだぜ?」
そうなんでしょうか…確かに固くはありませんが
「たぶん筋肉が少ないからだと思います」
「そうなのか?」
「筋肉が少ないと、固い部分が元々無いというか…」
「なにぃ!そうなのか!」
「はい。確かではありませんが…」
「うおおぉぉ!!俺の筋肉は無駄だってことかあ!!」
頭を抱え天に向かって叫ぶ井ノ原さん
「い、いえ、無駄と言うことは…」
ど、どうしましょう…
当初の予定とは全く違う方向に暴走して行きます
取りあえず井ノ原さんをなだめないと…

「あ、あの、井ノ原さん」
「うがあぁぁ!!…ん?」
「その…井ノ原さんは身体が固いのですか?」
「いや、そんな事ないぜ」
ニッと笑って

私 の と な り に

長座で座り前屈をしました

〜〜〜〜〜っ!!!!!!
「ぁ、ぁ、ぁぅ、ぁの…!」
「ほら柔けぇだろ?」
本当です。軽々踵をつかんでいます

じゃっなくて!
「ぁぅ、の、ぁ、のっ」
私の声はどこへ逝ってしまったのでしょう
「ん?なんだ?」
「あ、ぁの…な、なぜ、わた、私の、ととと、となっ…」
「なんでわざわざお前のとなりに座ったかって?」
「は、い」

「お前の事が好きだからにきまってんだろ」

………?

今なんと?

「だから好きだっつってんだろ」


〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!!!!!!!!!

き、聞き間違いではありません
今、今…

「前から言おうとしてたんだけどよぉ。…その、なかなか言い難くてよぉ」

前にも聞いた台詞…確か中庭で…悩み事

「悩み事…」
「そうそう。でな、西園」

「お前は俺の事好きか?」

私も
井ノ原さんの事が好きです

口が動きません
怖くて怖くて
まるで魔法にかかったように

「でもな」
井ノ原さんが言います
「嫌だったらそう言ってくれ」
…え…?

「無理矢理に好きだって言わせても、それはなんか…違うだろ?」
確かにその通りです
「それにな」
俯く井ノ原さん
「なんつーか…不安なんだよ」
不安…?
井ノ原さんには似つかわしくない言葉

「俺らってさぁ、なんつーか…真逆っつーか…。あー!解んねぇ!」
頭を掻きむしる井ノ原さん
「俺は筋肉。お前は本。俺は活発。お前は大人しい。こんな感じで解るか?」

解ります
私も同じことを悩んでいたから

「ようするにだな、正直に言ってくれや」

ようするにの使い方が違います
ちょっと失礼ではありますが、こういう時に可愛いなと思ってしまいます

そんな可愛いさも 時おり見せる子供っぽさ 無邪気な笑顔 さりげない優しさ そしてたくましさ

「井ノ原さん」

魔法が解けました

「私は井ノ原さんの事が大好きです」


ニッカー!と微笑む井ノ原さん。拳を挙げ
「よっしゃあぁぁあ!」

叫び声が響き渡ります
今はまだ早朝なのですが…まぁ突っ込まないでいましょう

ひょいっ
体が暖かな手で持ち上げられます

! こ、これはっ…
「女はこうされるのが夢だって聞いてな」
お姫様抱っこ
軽々と私を持ち上げる井ノ原さん。凄いです

〜〜〜っ!!!
「ち、ちょっ…!」
「ん、なんだ?夢じゃないのか?」
「う、嬉しいですけど…」
「おし、んじゃ行くか!」
「え、えっ、ちょ…ひゃあ!」
走り出す井ノ原さん
ちょっ、待ってください!いくらなんでも―

ずさーっ
滑りながら止まる井ノ原さん
慣性の法則で吹っ飛ばされそうになりますが井ノ原さんが力強く抱き止めてく
ださいます
「おらおらおらぁ!!」
だから早朝ですってば!

トップスピードで角を曲がります。こ、恐い…!
振動が直に伝わり風を切る音が耳元でびゅうびゅうと吹いています
恐くて声も出ません

走ること数分。いえ、もっとかかったかもしれません
ようやく歩き出す井ノ原さん

「ん?どうした、顔赤いぞ?」
「…当たり前です。誰かに見られたら…」
「こんな朝っぱらには誰もいねぇだろ」
確かにそうなのですけど…あの叫び声に誰かが起きたらどうする気だったのでしょう…

元の木陰に戻って来ました。でも井ノ原さんは私を降ろそうとしません
「…降ろさないのですか?」
恐る恐るたずねます
「もうちょっと」
「あの…重くないですか?」
「軽い軽い」


強く私を抱き寄せる井ノ原さん
私も井ノ原さんの首に手を回し強く抱きつきます



「おぉ!うまそう!いただきます!」
「ど、どうぞ」
ドキドキ
「ん!うめぇ!」
「ほっ、本当ですか?」
食べながら井ノ原さん頷きました
桜が見頃だということで二人でピクニックに来ました
ベンチに座り舞い散る桜を見ながら私の作ったお弁当をガツガツと食べる井ノ原さん
こうなることを予想して食べ易い物にしておいて正解でした
みるみるお弁当が無くなっていきます。もう少しゆっくり食べて欲しかったのですが…

「ふぅ、ごちそうさまでした」ちゃんと手を合わせる井ノ原さん
「お粗末さまでした。あの、どうでした?私のお弁当…」
「めちゃくちゃうまかった」
ニッ ドキッ
…相変わらず井ノ原さんの笑顔は凶器です

「綺麗ですね」
「あぁ」
二人で同じベンチに座りながら桜を眺めます
微妙に距離を保ちながら
恋人同士ならば寄り添うのが普通なのでしょうが…まだちょっと恥ずかしいです
「ふあ…、眠くなってきちまった…」
「そうですね、こんな陽気ですし」
「うまいもん食べちまったしな」
「…お腹がいっぱいになったということですか?」
「それもあるけどうまかったからな」
なんでこう恥ずかしい事をさらりと言えるのでしょう…
ふあぁ。大きなあくび
「眠たかったら寝てもいいんですよ?」
「んや、デート中に寝るのはダメだろ」
「いえ、良いですよ」
「んー、わりぃ…寝る」
目を閉じる井ノ原さん

すーっ すーっ
ってもう寝ています。まるで小さな子供のように
…可愛いです

井ノ原さんの寝顔を見ているうちに私も眠くなって来ました

ほんの少しだけ
井ノ原さんに近づいて
私も目を閉じます


ふわっ
春の風に目が覚めます
一面の桜吹雪
「すごい…」「すげぇ…」
井ノ原さんも起きていたようです
あれ?顔が暖かい…

〜〜〜〜っ!!!!
井ノ原さんの肩の上に私の頭が
私の頭の上に井ノ原さんの頭が
まるで恋人のように折り重なっています。いや、恋人なのですが…
「ぁ、あ、あのっ…」
「もうちょっと」
「…はい?」
「気持ちいいからもうちょっと」
「…ぇ?…え!?」
こ、この羞恥地獄に耐えろと!?
誰も来ないように
でも
出来るだけ長くこのままいられますように
ちょっとだけそんな事を願いながら
私も目を閉じます



後ろに蝉の声を聞き、前にさざ波を聞き、私達は防波堤に座っています
何故泳がないのか
それは井ノ原さんが水着を忘れたからです

「うー、本当にわりぃ」
「良いですよ。こうしているのも悪くありません」
水着は少し恥ずかしいですし

「何消極的になってんのよお姉ちゃん。」
後ろから声がします
「み、美鳥っ!」
「良いじゃないの水着になって井ノ原くんをメロメロにしちゃえば。と、はじめ
まして井ノ原くん」
きょとんとする井ノ原さん
「あの…言い忘れていましたがかくかくしかじか…」
「あ、そうなのか」
「あれ、理解できた?」
「全然」
「あはは!やっぱりお馬鹿だ!」
「こ、こら美鳥…」
「馬鹿は馬鹿でも筋肉馬鹿だ!」
「ようするにお馬鹿?」
「いや、筋肉だ」
「なるほど」
「…解ったのですか?」
「お前良い奴だな。流石西園妹」
「うん。井ノ原くんも良い人だね。お姉ちゃんがゾッコンなのもわかるなぁ」
うんうんと一人納得する美鳥
「…何をしに来たのですか?」
「あ、怒ってる?ごめ〜ん二人の甘い時間割り込んで。でもちゃんと井ノ原くん
を見たかったのよ。お姉ちゃんのラブラブフィルターを通さないで」
何ですかラブラブフィルターって
「うん。面白そうな人だし。本当に凄いガッチリしてるから。お姉ちゃんの事
守ってくれそう」
「おぅ、筋肉ならここにあるぜ」
ムキッと井ノ原さんの腕が盛り上がります
「すご〜い。うん。妹としても安心かな。お姉ちゃんをよろしくね」
「おうよ」
「美鳥…」
「お姉ちゃんも頑張ってね。しっかりしなかったら」
ピトッと井ノ原さんに引っ付く美鳥
「こんな風に取られちゃうよ?」
「み、美鳥っ!」
「今取っちゃおっかな〜。ねぇねぇ真人くん」
下の名前っ…!
「抱っこして?お姉ちゃんにしたみたいに」

ドクン

「いや、出来ない」
「え〜、何で〜」
「この筋肉特等席は西園専用だからな」
「ぶ〜、このラブラブカップルめ」
「美鳥!井ノ原さんから離れて下さい」
「…ごめんなさ〜い」
素直に離れる美鳥
「ごめんね。冷やかしたりして。お姉ちゃん、今くらいしっかりしているば大丈
夫だよ」
「心配すんなって、西園妹」

私を抱き寄せる井ノ原さん

「オレがずっと西園の側に居れば良いんだろ?」
「うわ〜凄い殺し文句。天然でこれかぁ。うん。側に居てあげて。おっと、時間
切れかな」
すっ、と薄くなる美鳥
「それじゃまたね。お幸せに」
そして夏の風に消えて行きました

「お騒がせしてすいません」
「良い奴だな。あいつ」
「ところであの…何時まで…」
「もうちょっと」
「…前にもその台詞は聞きました」
「気にすんなって」
確かな存在感。何故かあまり暑さを感じません。こんなに近くに居るのに
魚が水の中で居心地が良いように
私もここの居心地が良いようです



「…そんなに買うのかよ」
「…あと2冊ほど…」
既に10冊ほど持っている私はよろよろしながら答えます
「ほら、持ってやっから取ってこい」
「…はい」
軽々持つ井ノ原さん
頼れる事この上ありません

「大丈夫ですか?」
「朝飯前だぜ」
「今は夕方前です」
「んじゃ夕方前だ」
段々傾いてゆく陽射し。赤くなる空
「ちょっと休みますか?」
「おう、喉乾いたしな」

私の本で両手が塞がっている井ノ原さんの分も持ちながら小高い丘の公園のベン
チに座ります
「本どこ置く?」
「地面で良いですよ」
「紙袋破けっぞ」
後ろの芝生に置いてくださいます。その代わりといっては何ですが井ノ原さんのジュースを空け―
ぶしゃ〜〜…
「う、あ…」
た、炭酸ジュースだったのですか…
「おいおい、ちゅーしろよ」


〜〜〜〜〜っ!!
「い、いま、今なんと…!」
「ん?だからちゅーぃしろよ」
き、聞き間違いでしたか…
「あ、もしかして、ちゅーいがちゅーになってたか?」
ガクガクと頷きます
「ほら書いてあんだろ『注意してお開け下さい』」
「…すいません」
運動をしている方は炭酸を控えると聞いたことがあったので…


「んで、するか?ちゅー」
〜〜〜っ!!
「嫌なら良いけど」
「い、嫌ではありませんが…」
「ならするか?」
「…井ノ原さんは恥ずかしくはないのですか…?」
「恥ずかしーに決まってんだろ」
よく見ると頬が少し赤くなっています
「井ノ原さんが顔を赤くしたの初めて見た気がします」
「おめーこそ顔真っ赤じゃねえか」
井ノ原さんも私を見つめます

少しずつ少しずつ近づきます


残り10pで止まってしまいます

「「ぶはぁっ!」」
二人同時に息切れしました
「はぁ、はぁ、すいません」
「はぁ、はぁ、わりぃ」
「はぁ、…やはり少し恥ずかしいです…」
「んー…、そうだ!目ぇ瞑れば良いんじゃねえか?」
「あ、はい」

ある程度近づいてから目を閉じ勘を頼りに近づいてみます


あれ?ここら辺だった気が…

思わず目を開けてしまいます
二人同時に
「ぉわっ!」「ひっ!」
思わず離れてしまいます
「うー本当にわりい」
「ごめんなさい…」
キスってどうするんでしたっけ…
「おっ」
井ノ原さんの声につられ前を見ます

空の向こうに沈んで行く夕陽 近くで聴こえる虫の音色 優しく吹き上げる風

「…秋ですね」
「あぁ。っと、秋といえば」
「筋肉の秋」「読書の…え?」「ミスった。運動の秋」
二人で笑います
「考えてる事違いすぎだろ。オレら」
「本当ですね」
「なのに何で付き合ってんだろうな」
笑いながら言う井ノ原さん
でも私は真面目な顔で
「それは私は井ノ原さんの事が大好きだからです」
井ノ原さんも真面目な顔に
「もちろん、オレも大好きだぜ。西園」
見つめ合い
ふっ、と笑顔になる私達

近づいて

キス


「なんであんなに覚悟した時は出来なくて今は出来んだろうな」
「キスをするには告白が必要だからです」
「そうなのか。…って先言えよ」

色付いた銀杏の並木を手を繋いで歩いて帰ります



「どうぞ。クリスマスプレゼントです」
「おぅ。サンキュ」
リボンを取り、袋からプレゼントを取り出します
「おぉ〜」
お手製の赤いヘアバンドに歓声をあげてくださる井ノ原さん
「嬉しいぜ。今のは少し小さくなっちまったからな」
「すいません。頭を出して下さい」
今までのヘアバンドを取り、私のヘアバンドを着けてあげます
「どうですか?」
「おっ!ぴったりだぜ!流石西園!」
良かった。目測が合っていたようです
「古いのどうすっかな」
「あ、リストバンドにでもしますか?私作ります」
「おっ、マジで?ありがとうな」
「いえ、どういたしまして」

「さて、次はオレだな」
袋をテーブルに置きます
「オレ製マッスルエクササイズドリンクだぁ!」
「…………………………………………「ごめんなさい嘘です許して下さいもうしませんお願いだ
から何か言ってください」
「………」
「あーもー、悪かったよ。違うからどうぞお開けください」
「ありがとうございます」
「切り替え速えぇなおい」
開けてみると
「…え…?」
「まさかプレゼント被るとは思わなかったぜ」
「いや、ヘアバンドとリボンは違います」
「使い方は一緒だろ?」
新しいリボン
今までのとは少し色が違います
「その色な、西園が顔赤くしたときの色なんだぜ。色の“ついひ”が綺麗だからな」
「そ、そうなんですか?」
「今、正にその色」
「…嬉しいからです」
このリボンは思い出の詰まったリボンなのですが…
「それはオレも一緒だ。これからリニューアルオープンって事で」
「…オープンですか?」
「んー、何て言えば良いか解らない」
何となく解ります
では、思い切って―
「解りました。私もリニューアルオープンします」
新しい事が始まった記念に新しい自分に
「所で“ついひ”ではなく“たいひ”では…」
「何ぃ!?くそっ!また謙吾に騙された!」
“また”なのですか…
「まぁいっか、プレゼント一緒に考えてくれたからな」
「…え?」
「オレ、女にプレゼントしたこと無いんだよ。だから謙吾と理樹と恭介に手伝っ
てもらった。謙吾の奴案外センスあんだぞ?理樹はベタだけど良く気がつくし、
恭介もやっぱセンス良い。あ、最終的に選んだのはオレな」
「…そうなんですか…。あ、あの」
「ん?」
「その…皆さんに教えてしまったのですか?」
「男にはな」
〜〜〜っ!!!!
「あいつらなら大丈夫だろ」
「そ、それはそうですが」
井ノ原さんは恥ずかしく無いのでしょうか…
「西園はサイコーの彼女だからサイコーのプレゼントしようと思ってな」
最高…
「何故そんなに殺し文句がポンポンと出てくるのですか…」
「さあな?」
悪戯っこの顔
「でも、ありがとうございます」
「良いって事よ」
早速着けてみます

今までの思い出を大切に
そして新しい思い出を作りに

「ふっ、オレの筋肉眼に狂いは無かったな」
「ど、どうですか?」
「可愛いぜ、西園」
だからサラリと恥ずかしく事を言わないで下さい…
「ハハ、リボンと顔が同じ色だ」
「…井ノ原さんのせいです」
「まあな」
「…今回はほめてません」

ふわふわと降り積もって行く雪の中
「やっぱ寒いな」
「はい」
「ちょっとこっち来い西園」
「え…、あっ」
突然抱きしめられます
「おっ、温かい」
「…井ノ原さんには恥ずかしいと言う言葉はないのですか…?」
「無いな。あるのは西園と筋肉と仲間だけだ」
「…あの、…私が一番最初に出ましたが…」
今までなら一も二も無く筋肉でしたのに
「西園は筋肉を超えた存在だからな」

この言葉の重み
重いけれどもこの上無く幸せな言葉
何故なら井ノ原さんの中で一番になれたから

「そうそう忘れてたぜ。メリークリスマス」
「メリークリスマスです」

井ノ原さんの身体
井ノ原さんのリボン
そして幸せと言う暖かさに包まれ
寒さは何処かに消えてしまいました


[No.395] 2009/09/11(Fri) 22:01:50
ファイナル猫耳魔法少女ライドゥ・リリリリン! (No.389への返信 / 1階層) - 私が魔法少女だってことはみんなには秘密なの!@2110 byte

「うーん」
 つい先日卒業したばかりの学校の(女子)制服を両手に持って掲げ、理樹は唸っていた。
「どうした、理樹。突発的に女装でもしたくなったのか」
 台所で洗いものをしていた鈴が戻ってきて言った。
「いや、違うけど。この制服をどういじったら魔法少女っぽくなるかなって」
「突発的に魔法少女っぽくしたくなったのか」
「うん」
 こいつは酷い病気だ、と鈴は思ったが、鈴は成長して少しばかり空気の読める子になっていたので、口にはしなかった。理樹の横顔は真剣そのものであり、鈴は微妙な気分になりながらもついでとばかりに惚れ直しておいた。魔法少女も悪くないんじゃないかと思えてきた。
「まず黒いのがいけないんじゃないのか? なんか白いほうが清純派っぽいだろ。すなわち魔法少女っぽいだろ」
 ノリでアドバイスしてみたところ、理樹からは「これだからトーシロは……」とでも言いたげな冷めた視線をプレゼントされた。おまけに溜息までついてきて、あまりの豪華さに鈴は泣いた。お返しにキックをお見舞いしたが、見事にガードされた。理樹は密かに武闘派になっていた。
「いいかい、鈴。確かに白という色には純情だとか清純だとか素直だとか健気だとかってイメージがあるかもしれない。でも人間っていう生き物は不思議なものでね、そういうのを前面に押し出されると、却って逆を疑ってしまうものなのさ」
「つまりどういうことなんだ、理樹」
「つまり小毬さんを思い出してみるんだ、鈴。彼女の白いセーターを。そうすれば自ずと答えは見えてくるはずさ」
「な、なんだってー! 理樹、おまえ天才か」
 ふふん、と誇らしげに鼻を鳴らしつつ、それほどでもないよ、と理樹は謙遜してみせた。鈴だったら間違いなく偉ぶっていたところなので、鈴は謙遜なんて高等技術を扱える理樹を羨ましく思った。
「いや、しかし待て理樹。それだとクドはどうなるんだ。白い帽子とマントが……」
「クドはロリだからいいんだ」
「なるほど。天才だな、おまえ」
「いやいやいや、それほどでもないよ。それほどでもないさ」
 なんて合理的な解答なんだ、と鈴は思った。だんだんと菌が感染ってきていた。
「ならば理樹、おまえに聞きたい。おまえほどの天才に答えられない問題などあるのか? いや、ない」
「反語だなんて高度なテクニック、いったいどこで覚えてきたんだよ鈴! よぅし、いいとも。なんでも答えてあげるよ」
 ふふんと鼻を鳴らして胸を張る理樹に、鈴はどうしても気になっていた質問を投げかけた。

「なんで魔法少女なんだ?」
「え?」


[No.396] 2009/09/11(Fri) 22:35:11
瓶詰めの魔法 (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@8789byte





 

 ごっちん、と何かに頭をぶつけたみたい。痛くて目がさめた。
 すべすべした壁に手をついて立ち上がってみて、思わず私は「ほえ?」と呟いた。目の前に広がるのはどこかで見たような景色で、そして見慣れていたはずの人だった。
「ゆい、ちゃん…?」
 ゆいちゃんが真剣な顔でマイクに向かって何か言っていた。私は内容が耳に入ってこない程、ゆいちゃんを見つめていた。綺麗だなぁとか、大人っぽいなぁとか、そんな事を考えてた。
 お人形みたいなゆいちゃんに触ってみたくて、手を伸ばしたけど、何かにぶつかった。
 
ちょっと動き回ってみたら、私は小さくなっていて、ジャムのびんみたいなのに捕まってるんだってわかった。だからゆいちゃんがこんなにも大きく見えるんだ。

 色々分かったら、何か聞こえてきた。ゆいちゃんの声だった。
「以上で、昼の放送を終了します」
 お昼の放送ってなんだろ?そんなのやってたっけ?うんうん思い出そうと唸ってたら、ゆいちゃんが私のほうを見て驚いた。すっごくびっくりしたみたい。
「これは…小毬君の…人形、か? 何故こんな所に」
「ゆいちゃん、違うよー」
 そう言っても瓶のせいで声は届かない。どんどん瓶を叩いてみても気づいてくれなくて、ちょっと怖くなった。普通どんどんってしてたら気づいてくれると思うんだけど、なんでか駄目だった。もしかして、外から見たら私は動いてないのかな?なんて思った。
「でもなんとかなるよね、ようしっ」
 ポケットにあったお菓子を食べて、頑張るのです。

 ゆいちゃんは私が入った瓶を寮まで運んでくれるみたい。ゆいちゃんならだいじょぶだよね。
 それにしても、私は歩きながら運ばれてるはずなのに、全然揺れを感じない。でもちょっとは揺れて、ゆりかごみたいで、良い感じに眠くなってきた。
 うとうとしていたら、上から声が聞こえた。
「あれ? 姉御、なに持ってるの?」
 この声、はるちゃんかな?いつもの元気な声だからすぐにわかった。
「ん、いや、放送室に居たらいつの間にか隣に居た」
「ふーん…でもこれ、すっごくこまりんに似てますネ」
 私本人だから似てるとかそういうのじゃないんだけど…。このままはるちゃん気がついてくれないかな。実は人形じゃなくて本人なのですって。
「姉御、ちょっと貸してー」
 あ、もしかして気がついてくれたかな?ほんのり希望を込めてはるちゃんを見上げる。ちょっと変わったツーテールが可愛くてうらやましい。
「どうするんだ?」
「こまりんの所まで連れてってあげるんですヨ!」
 もしかしたらこまりんファンのかもしれないけどーって笑いながら言ったはるちゃんを、今度はちょっぴり怒った目で見上げる。それに気がつかずに、はるちゃんは私をゆいちゃんから受け取った。ゆいちゃんは苦いものを食べちゃった様な顔で笑ってこう言った。
「大事に扱えよ?」
 その後、物凄いスピードで見えなくなっちゃったのにはびっくり。


 
 私を意気揚々と運ぶはるちゃんは
「さあさあこまりん人形のおなーりー」
 みんなー道を開けろーって言いながら私の部屋へ向かって歩いてる。ずんずん歩くから、ゆいちゃんと比べてすっごく揺れる。ちょっと酔っちゃうぐらい。
 あともう少しで私の部屋って所で、偶然にもクーちゃんに出会った。それも私の部屋の前で。マグカップを持っているって事は、私にお茶葉を分けて貰おうとしてたのかな?ごめんね、クーちゃん。
「あ、葉留佳さん。こんばんはですー」
「おーちょうど良い所にわん子が」
「はい? 私に何か用事でしょうか?」
「ううん、こまりんに用事。クド公もそうなんでしょ?」
 クーちゃんはマグカップを自分の後ろに隠しながら、もじもじとこう言った。
「お茶葉を分けてもらおうと思ったのですが…どうやら留守のようで」
「え? こまりん留守なの? うーん…じゃーどうしよっかなーこれ」
 瓶をふりふりと振らないではるちゃん、お願い。頭がごつんごつん当たるし、酔っちゃうってばあ…。
 私がふらふらしていると、クーちゃんが私を覗き込んで目を輝かせていた。クーちゃんお人形とか好きそうだから、興味あるのかな?
「こ、これは…?」
「んー? 姉御経由で、ちょっとね。今持ち主捜してるとこ」
「そうなのですかー…」
「こまりんの部屋まで来れば平気かなーって思ってたんだけどねー」
「あ、あの!葉留佳さん!」
「ん? どしたーわん子」
 何やらクーちゃんが顔を真っ赤にしはじめた。どうしたんだろう?
「その人形…私が預からせてもらってもいいでしょうか?」
「え? 別に良いけど、ちゃんと持ち主に返さなきゃいけないですヨ?」
「はいっ!必ず持ち主さんを見つけてみせるのです!」
 はるちゃんは私をクーちゃんに渡して、自分の部屋に戻って行っちゃった。

 
 
 にこにこしながら、クーちゃんは私を抱えて歩く。ゆいちゃんとも、はるちゃんとも違う独特のリズム。ぽわぽわしてるかんじで、凄く気持ちいい。またうとうとしていたら、クーちゃんの声が聞こえてきた。
「本当に可愛いのです…こっそり持って帰っては駄目でしょうか…」
 呟いたクーちゃんの声が本気っぽくて、ちょっと焦った。
「はっ!駄目です、ちゃんと持ち主さんに渡さなければ…」
 思いとどまってくれたようで一安心。落ち着くためにお菓子でも食べましょう。
 チョコを一口齧って幸せな気分。するとまた上から声が聞こえた。
「あ、西園さん。こんばんはーです」
「能美さん、こんばんは」
 みおちゃんに会ったみたい。リトルバスターズは皆仲良しさんなのです。
「手に持っているものは一体なんですか? 見たところ神北さんの人形のようですが」
「これはですね、かくかくしかじかなのです」
「なるほど。では、持ち主に返せば良いのですね?」
「持ち主さんを知ってるですかっ!?」
「見当はついています。多分あの人でしょう」
 みおちゃんが珍しくきっぱりと言い切ったのを見て、クーちゃんはちょっと残念そうです。それにしても、持ち主の見当って誰だろう?
 クーちゃんからみおちゃんへ渡った私は静かにゆっくり揺られてある人の元へと向かいます。


「で、俺のところに来たのか?」
「はい。貴方ならバスターズ全員の人形を持っていてもおかしくありませんから」
「俺はどんだけ変態なんだよっ!」
「しかもスリーサイズはぴったり」
「そんなん無理だろ!?」 
 みおちゃんが来たのはきょーすけさんの部屋。私も、悪いと思うけど、恭介さんならみんなのお人形持っててもおかしくないと思った。ごめんなさい。
「まあ理由はどうあれ、俺のところに持ってきたのは正解だな」
「ではやはり恭介さんの」
「違うけどな。持ち主を知ってるって事だ。ご苦労さん、西園」
「この事は秘密にしておきますから、安心してください」
 みおちゃんが部屋から出たあと、きょーすけさんはさっきのゆいちゃんみたいな顔をしながら呟いた。
「だから俺じゃないんだが…それに、人形じゃないしな。大丈夫だったか小毬?」
 

 

 その後、きょーすけさんに寝るように言われて、硬い瓶の底で目を閉じていたらいつの間にか眠っていた。目を開けると、そこにはふわふわな綿菓子の様な景色が広がってた。その景色に見とれてぼーっとしていたら、後ろから肩を叩かれた。
「ほえ?」
「おはよう、小毬」
 振り向くとそこにはきょーすけさんが立ってた。でもさっき見た時よりもちょっと大人っぽくて、かっこよくなってて、びっくりした。思わず確認しちゃうほど、びっくりした。
「きょーすけ、さん?」
「ああ、正真正銘きょーすけさんだ。」
 笑いながら私の頭を撫でるきょーすけさんは、よく見るとやっぱりきょーすけさんだった。私は安心してきょーすけさんに抱きつくことが出来た。
「楽しかったか?」
「うーんと…ちょっとだけ、怖かった、かな?」
「そりゃまた何で」
「最初、私の声がみんなに聞こえないって分かったら、ちょっと」
 俯きながらそう言うと、またきょーすけさんは私の頭を撫でてくれた。気持ちよくて、ほわほわってなる。抱きついた手を少し緩めようとしたところで、ふと気がついた。何で抱きついてるんだろう?
「ほわあああああああああああああああ!?」
「うおっ!?」
「嫌じゃないけどやっぱりまだ早いしそれにまだお互い知り合ったばっかりだしその、あの…」
「…ああ、まだお前自分が高校生だと思ってるのか。だったらその反応も仕方ないか」
 意味の分からない事を呟いたきょーすけさんは、私の手を引っ張って私を抱きしめて、顔を近づけてくる。これってもしかして、ちちちちちゅーですか!
「きょきょきょきょーすけさん?」
「じっとしてろ」
 そのままきょーすけさんは顔をどんどん近づけてきて、目をつぶった。
 私はと言うと、まつげ長いなぁとかそんな事を考えて、目の前の出来事から逃げようと必死に努力していた。けれど、それは無駄だったようで、どんどん顔と顔の距離が縮まっていって、そして、あと数cmって所で――――――


 



 
 







 目が覚めた。
 
 隣ではきょーすけさんがすーすー寝息を立ててる。
「変な夢、見たなぁ…」
 高校生の私が瓶の中に入っちゃって、それで皆の所をぐるぐる回る。そんな夢を見ていた、様な気がする。でも、なんだか楽しかったな。久しぶりに皆の顔を見れたし。昔の顔だけどね。
 枕元の時計をちらっと見てみる。九時半。うん、ちょっと駄目かも。
「きょーすけさん起きて!遅刻しちゃうよ!」
「ん…あと少し、一時間弱…」
「今日は皆が帰ってくる日だよ!うちでパーティするから迎えに行くんだって言ったじゃん!」
「……………今何時だ小毬っ!」
「九時半ですっ!」
「マジかっ!急ぐぞ!」
 日本中、いや海外にも行っちゃった皆が久しぶりに全員揃う、その日まで遅刻しかけた私たちは慌しく身支度をして、車に乗り込んだ。運転は私。きょーすけさんに任せると事故になりそうなんだもん。
 運転しながら、私はきょーすけさんに話しかける。
「そういえばね、私今日変な夢見たの」
「変な夢?」
「うん。私が小さくなってジャム瓶の中に入って、皆の所を回るの」
「…なんだそりゃ」
 呆れたように笑うきょーすけさんを見て、私も思わず笑う。
 でもね、って私は笑いながら付け足す。
「何か皆も同じような夢を見てたような気がするんだ」
「…そうか、俺たち以外にもそんな夢見た奴が居たら、奇跡かもな」
「ううん。きっと、神様が魔法をかけてくれたのです」
「サービス精神満載の神様だな」
 
 一緒に笑う。
 皆と会うのが楽しみで、笑った後も頬は緩んだままの私たち。
 会ったら何を話そう。それはもう決まってる。
  
 魔法の時間を過ごした、高校生活を、笑いながら話すのです。


[No.397] 2009/09/11(Fri) 23:45:29
魔法入りの瓶 (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ 4037byte

お昼とは比べ物にならない程、今日の夜は寒い。
道のいたる所にある落ち葉の小山を崩しながら、風は強く吹きぬける。
スカートの私にはちょっと堪える。
外で待ち合わせをすると風邪をひいてしまうので、待ち合わせは第二美術室から近い階段前になった。夜の校舎は何の物音も無く、光源と言えば火災報知機の赤のライトと非常口の緑のライトだけ。二色に重々しく照らし出された廊下や壁は不気味を通り越して、…こ、言葉にできない。

「…うぅ」

約束の時間より30分早く到着。
理樹君を待たせてはいけないと思って、ちょっと早く着きすぎた。

「……」

それと、少し浮かれていたから。

「…ふふっ」

今日のお昼の時の台詞が、少しだけロマンティックな感じだったら。私の瞳をのぞく彼の眼が、とっても真剣だったから。
思い出すだけで頬が温かくなる。とっても嬉しかった。



「ごめん、小毬さん」
「時間はまだ五分前だから、だいじょうぶですよ〜」
「でも結局は小毬さん待たせちゃったから」
「気にしないで〜、私が勝手に早く来ただけだから。それにしても、理樹君大きな荷物だねー」
「寒そうだったから、防寒具持ってきたんだ。それに、小毬さんだって結構大荷物だよ?」
「私は普通だよ〜」
「普通にしてはちょっと大きいと思うけど。よし、行こう。小毬さん」
「うん」

理樹君と一緒に段差を一段一段ゆっくりあがる。
大きな窓から覗く月明かりで、不気味な二色の廊下とは違って階段は少し神聖な感じに見える。だからかな。横をあがる理樹君の顔は、いつもと違った雰囲気。

「どうかしたの?小毬さん」

動くピンクの唇は女の子っぽくて、でもこっちを見る茶色の眼は男の子で。
いつもより近くで見えるそれらは、いつもと違った感じで見えて。
少し鼓動が早くなる。

「ううん、何でもないよ」



窓から出て屋上に立つと、風が容赦なく冷たく刺さる。もう少し厚着してくれば良かった。

「それにしても、また急だったよね。星を見るのが誘ったその日の夜だなんて」
「思い立ったが吉日、でしょ?」
「うん、そうだったね〜」

今日は雲ひとつ無い晴天。
上を見上げれば満天の小さい星ぼし、下を見渡せば疎散の小さい星ぼし。
うん、やっぱり此処は、私の大好きなお気に入りの場所。

冷たい給水タンクの上、微弱に煌く星の下、私たちは並んで腰をおろす。

「今日はふんぱつしてお菓子かたくさん買ってきたんだ〜。でも、まずは温かくしなきゃね」
「うん、そうだね」

理樹君の持ってきた毛布に包まれて、少しの間静かに空を見上げる。
…ちょっと毛布でも寒いかな。理樹君も心なしか寒そうに見えるし。
うん。
バッグの中、たくさんのお菓子に埋もれていたそれを取り出す。

「理樹君、ほら〜」
「それは、魔法瓶?」
「うん、可愛いでしょ〜、ペンギンさんの魔法瓶。この前りんちゃん達と買い物に行った時に買ったんだ。そして今日は私、こーしーを作ってきました〜。前はとっても苦かったから」
「仕方ないよ、前のは砂糖入ってなかったからね。それで、そのコーヒー味見してみた?もしかしたらまだ苦かったりして」
「うん、今回はばっちしだよー。来る前に一杯飲んだから、はい理樹君」
「ありがとう小毬さん」

そっと手渡した赤色のカップから白い湯気が立つ。冷たい風が吹いても、理樹君が一生懸命息を吹いても、一向に湯気は消えなくて。諦めたのかそのまま理樹君は飲んでいる、うわわ、凄く熱そう。

「うん、温かい。ちょっと甘いけどおいしいよ」
「そう?よかった〜」

あれ?んー、実はおおげさに湯気が出てるだけで、そんなに熱くないかもしれない。
身体が少し冷えてきちゃったから、私も返されたカップに注ぎ、勢いよく口に含む。

「あふゃああぁぁ〜っ」
「小毬さん!?だいじょうぶ!?」
「……」
「こ、小毬さん、だいじょうぶ?」

とっても熱い。涙がでる。舌がちょっと痛い。

「ら、らいひょうふ…」

無理矢理流し込む。こーしーが通った所が熱をじわじわ伝えてくる。
やっぱり、味見した時みたいにちゃんと冷ませば良かった。
っというより理樹君よく飲めたね…。少し涙が止まらない。

「小毬さん、ちょっとごめんね」
「…ふえ?―――





何の物音も無い夜の校舎に響く二つの足音。
薄暗い廊下にある暗い光、火災報知機の赤のライトと非常口の緑のライト。二色に重々しく照らし出された廊下や壁はやっぱり少し不気味だけど、繋いだ手のお陰で、少し痺れた舌のお陰で、あまり怖く感じない。

感覚の少し無くなった交わる指から、じんわりと伝わってくる微熱。
とても熱かったこーしーの時とは違う、じんわりと広がる甘い痺れ。
恋の魔法にかかった様な夢心地。

とっても、幸せ。





不思議な出来事に心躍らす無垢な少女の様に、彼女の心は終始賑やかで
ガラスの靴を履く心優しい灰色の少女の様に、彼女の心はときめきで騒しく

御伽噺の様な月明かりの下、二人は手を繋ぎ歩いていく。


[No.398] 2009/09/11(Fri) 23:55:22
初雪にざわめく街で (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@9968byte

 ぬくぬく。
 こたつの中で暖まっていると時間が過ぎるのを忘れる。ここから出ると寒いし、居るだけでついうとうとしてしまうこの感覚が好きだから。
 ぬくぬく。
 そうしていると、こたつの中でもう一つの勢力が拡大を始めてきた。わたしはそれを蹴って押し返す。
「棗くん欲張らないの」
「そっちの方が面積取ってるだろ」
「棗くんのほうが図体大きいから棗くん」
「俺なんかさっきから足出てるぞ」
「それは棗くんの足が長いから悪いー」
 そんな他愛ないやり取りをするのも何度目だっけ。棗くんと付き合ってから初めて訪れた冬、わたしたちはやることもなくごろごろしていた。寮長の席ははもうかなちゃんに譲っちゃったし、棗くんは内定が決まってやることがないみたい。
 棗くんはスクレボを読みながらうとうとしていた。目を何回もぱちぱちさせて、すごく可愛い。かと思ったらこっちをちらっと横目で見てきた。
「どうしたの?」
「いや…なんでもない」
 そう言われてわたしもまぶたが重くなってることに気づいた。今のを見られていたと思うとすごく恥ずかしい。そうしていると棗くんは私の方を見ずに言った。
「ただ…可愛いなと思っただけだ」
 完全に不意打ちだった。おかげで眠気が全部どっか行っちゃったじゃない。負けじと私も反論する。
「ありがとー。棗くんもそうやって目細めてる方が男前よー?」
 棗くんはこっちを振り返らない。顔赤くしてる棗くんを想像して、ないないないと頭の中の棗くんを振り払う。あっちもそう言うことを考えてるのかと思うとこっちの顔も暑くなってきた。
 棗くんから借りたスクレボをよんで30分ぐらいして意識が飛びかけた。棗くんは横ですーすーと寝息を立てている。
 うーん、ちょっと眠くなってきたかも。
 やることもないのはすごく退屈で、すごく幸せなんだなと思いながら眠りに落ちた。
 起きた後棗くんにこう言われた。
「寝顔も可愛いぞ」
 そう言う棗くんの手の中の携帯には、わたしの寝顔がアップで写されていた。

「そう言えば」
「ん?」
「今日って棗くんの誕生日じゃなかったっけ?」
「そういえばそうだな」
「自分で忘れないでよ、もー」
 こたつに入っている棗くんは我関せずみたいな態度でテレビを見ている。
「理樹くんとかはどうしたの?」
「今日は東京の方に行ってるって言っておいた」
「棗くんつめたーい」
 棗くんは頭をぽりぽりとかいてテレビの方を向いたまま言った。
「そりゃお前と一緒にいたかったから嘘ついたに決まってんだろ」
 ……え?聞き取れなかった。
「もう一回」
「お前と一緒にいたいから」
「も、もう一回」
「こんな恥ずかしいセリフ何回も言わせるな」
 そう言って棗くんはそっぽを向いてしまった。棗くんってストイックなイメージがあったけど、一気にイメージ一新だわ。
 棗くんはわたしが見ても誰が見てもわかるくらい顔を赤くしていた。このままどこかに連れ出したいわー。
「ってそれならなおさら出かけなきゃ。人生で何十回しかないうちの一つなんだからちゃんと祝わないといけないでしょ?」
 棗くんに出かけるように促す。女子はこういうの好きだな、とでもいいそうな顔をしていたけど、お互い見つめあってるうちに自然に笑えてきて、そこからは言うまでもなかった。
 とりあえず棗くんは別の部屋で着替えてもらうことにして、わたしは服を選んだ。
 どんな服がいいかしら……。とりあえずクローゼットの中やたんすの中を探る。
 寒いのが苦手だけどスカートしかないのよねーと思いながらがさごそと出してみる。そうしていると、白いマフラーが出てきた。
 それにひっかかってミトンも出てきた。うーん、こんなものかしら。
 そうしていると、ドアをコンコンとノックする音が聞こえた。棗くんはもう準備が終わったみたい。わたしもすぐに着替える。
 結局、白黒チェックのロングスカートと春色のブラウス、それにチュニックを合わせた。首にはマフラー、手にはミトンと、すごくもこもこした格好でドアを開けた。
「長かったな」
 そう言う棗くんはジーパンにTシャツ、それにダウンジャケットを羽織っていて、中にはネックレスが光っている。
 正直な話、ものすごくかっこいい。下級生から人気があるのも分かるわーと思いながら見惚れていると、
「似合ってるな」
 と目を見据えて言われた。
「な、棗くんこそ」
 これ以上は言えなかった。あんまり真顔で言われたからひるんだのも確かだけど、もう目が見れない。
 赤面しながらうつむいていると、
「ほら行くぞ。俺の誕生日祝いなのにお前が緊張してどうするんだ」
 と言って私の手をとった。棗くんの顔がまともに見れたのは寒さが頭を冷やしてからだった。

「案外人通り多いな」
「そりゃあ休日だしねー」
 大通りを二人して歩く。日曜日っていうのは誰もやることがないのか、道を意味もなくぶらぶらしている人が多い気がした。
 いつもの景色なのに違って見えると気づいたのはいつからだったか忘れたけど、今日はとっても新鮮に思える。なんか体がふわふわするというか、気持ちが少し高ぶっているというか。
 ますます人が多くなって、わたしたちは体を寄り添いながら歩いた。手を繋ぎたいと何回も思ったけど、棗くんがそう言うそぶりを見せなかったからちょっと躊躇った。こういうのって女の子からするものなのかしら?
 そう思いながら歩いていると、棗くんが手に息を吐いてポケットに手を入れた。
「手寒いの?」
「ん?ああ、まぁ真冬だから仕方ないと思うことにするさ」
「じゃあ手を繋ぎましょう。わたしのミトンはもこもこであったかいわよ〜?」
「……」
 おずおずと左手をポケットから出してきた。わたしは右手をミトンから出して棗くんの右手をしっかと握った。すごい冷たい。
「おいおい、これじゃあお前が冷たいだろ」
「いいのよ。ミトン越しじゃ棗くんのこと感じれないし、それにこっちの方が恋人らしいじゃない」
 恋人という響きが心地よく感じた。棗くんの冷たい手が徐々に暖かくなっていく。強く握ってあげると、棗くんも強く握り返してくれた。
 そういえばこんなことするのもなかったわね……。福の神福の神。
 そうやって歩いていると、大型ショッピングモールが見えてきた。今日の目的地。
 中に入ると、ちらほらと人が見えた。家族連れの人とかカップルが大半だった。まぁ、わたしたちもそうなんだけど。
「そういえば棗くんって何がほしいの?」
「地下迷宮に眠る秘宝」
「ドラえもんにでも頼めば?」
「ドラえもんがいたらな」
「その言葉そっくりお返しするわ」
 でも確かにドラえもんがいたら正直楽だわーと思いつつ、モール内をぐるぐると回った。店がかなりあったけど特に面白いのもなかったから歩きっぱなし。
 いまさらだけど、棗くんの歩幅はかなり広い。大通りのとこだと人通り激しくてそこまでスピード出してなかったみたいだけど、普通はこれくらいなのか。わたしはさっきから少し早歩きで隣を歩いてた。
 とことこと歩いていると、棗くんが急にスピードを落とした。あらら、ばれてたのかな?とりあえず優しい棗くんに、感謝。
 しばらくそうやって歩いてた。棗くんに何買ったらいいかわからないし。そうしてると、お腹が、きゅー、と鳴った。まるで漫画みたいね。
「…もうそろそろ昼だし俺は腹が減ってきたんだが、どうする」
「棗くんのお腹がすいてたなんて知らなかったー。まぁ偶然わたしもお腹がすいたからお昼にしましょう」
 上手い具合に助け船を出してくれた棗くんに感謝しながら、適当に見つくろったお店に落ち着いた。
 二人ともオムライスとドリンクを頼んで雑談を始めた。
「じゃあ問題です。じゃじゃん!このスカートは一体いくらでしょう?」
「そうだな……じゃあ逆に質問する。このジャケットは特売で三万円だったが」
「えぇ!?」
「っていうのは冗談だが、その反応を見ると三万よりは安いのは確かだな。俺の予想を言わせてもらうと9800円」
「うう…なんでぴったりわかるのよぅ…」
「さっきそこで売ってたからな」
 通りの遠くの方の店を指差して棗くんは言った。
「もしブランド品だったらと思ってカマかけたんだが、正解だったみたいだな」
「これでも結構大枚はたいたのよ…」
 でも、
「ふふ」
「どうした」
「それはわたしのことをちゃんと見てくれてる、って言う返事でいいのかしら?」
 すごく嬉しい。
「…好きにしろ」
「もう棗くんかーわーいーいー」
 そう話していると、注文通りオムライスが来た。何の変哲もないプレーンのオムライス。ぱくぱくといくらもしないうちに食べてしまった。普通は店を出る時にどっちがお金を払うかで問題になりそうなものだけど、いつの間にか棗くんが払っていた。
 
 その後も散々モール内を回ったけど、結局収穫ゼロ。とぼとぼとショッピングモールを後にする。
「棗くん何がほしいか何も言わないんだもーん」
「俺だって考えてたさ。けど今日はこたつの中で過ごすつもりだったから考えてなかったんだよ」
 な、なんてずぶとい……。でも気持ちはわかる、うん、すごい。
 もう日が陰り、少し肌寒くなってきた。薄着過ぎたかしらなんて思って少し体を震わせた。
「寒いのか?」
「しゅこし、っくしゅ」
 少しと言おうとしたら、くしゃみが出て変な日本語になった。
「まったく、仕方ないな」
 そう言うと、自分のダウンジャケットを脱いで私の体に羽織らせてくれた。インナーが半袖の棗くんはジャケットを脱いだ瞬間に鳥肌が全身にたって、はた目から見てもものすごく寒そうだった。
「そっちこそすごく寒そうよ?」
「ああ、すごく寒い」
 体を震わせて棗くんが真面目な顔で言う。そのおかしさにわたしはつい笑ってしまった。
「何がおかしい」
「いやーこんな詩があったなって思ってね」
「そんなのあったか?」
 わたしは棗くんの腕に手をまわしながら言った。
「二人でいるのが幸せだって詩よ!」
 棗くんの腕に自分の腕を強くからませる。こうやって二人でいるのがすごく幸せとでも言わんばかりに、ぎゅっと。
「ああ、そうだな…」
 棗くんは寒そうにしながらも、それを吹き飛ばすぐらいに幸せそうな顔をしていた。
 少し棗くんに寄りかかって歩く。二人して歩幅を合わせながら。
 そうしていると、
「ん」
「あ」
 雪が降ってきた。この街では初めての、初雪。それが棗くんの頭にちょこんと乗った。
「そういえば、初雪を掴んだやつは願いが叶うって言うな」
「ほんと?」
「俺が聞いた話だとな」
「なんかうさんくさいわね……」
「ひでーな」
 棗くんは頭をぽりぽりとかきながら、雪をとろうとした。
「ちょっと待った」
 そう言ってわたしは棗くんの頭から雪を奪い取る。棗くんはものすごく残念そうにわたしとすでに溶けてしまった雪を見てくる。
「こういうのはレディーファーストでしょう」
「で、何を願ったんだ?」
「秘密。というか多分恭介と同じだと思うから」
「え?今何て」
「ひーみーつ」
「いやそっちじゃなくて、今『恭介』って言ったよな?」
「……え?」
 言った、ような言わなかったような。その辺りはあんまり意識してなかったから記憶にないわ……。
「これで俺の108つある願いのうちの一つは見事に叶ったわけだ」
 笑顔で恭介は言った。煩悩かい!、と突っ込みそうになった。ああもう、こうやって言われたらなんて返したらいいのか分からなくなるじゃない……。もうアレよ。ノリだと思うわ。
「じゃあ、わたしも叶えさせて貰うわよ」
「どうやって?」
「こうやって」
 わたしは恭介の肩をがっとつかみ、恭介の唇めがけて自分の唇を近づけていった。
 浅く触れるだけのキス。またの名を、初キッス。
 ものすごく初々しい恋人同士だと思った。キスした後、恭介が言った。
「また俺の願いがかなっちまったな」
 恭介の顔は赤かった。もちろん、わたしも。
「わたしの願いでもあるから、いいのよ。ううん、むしろそっちの方がいいわ」
「…そうだな。来年も、こうやっていられるといいな」
「右に同じ、よ」
 恭介にマフラーを回す。お互いの絆を確かめるように。
 初雪にざわめく街で、わたしたちは雪に祝福されるように、静かに歩いていった。


[No.399] 2009/09/11(Fri) 23:59:32
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[No.400] 2009/09/12(Sat) 00:02:58
ペパーミントの夜明けに (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@2450 byte

 繰り返される前後運動に、私の心はとうにすり切れていた。
 どれだけ繰り返せば気が済むのだろう。
 きっと私の懺悔が終わるまで。きっと彼の懺悔が終わるまで。
 つまるところ、お互い終わらせる気などないのだと笑った。
 果てのない懺悔。果ての見えない懺悔。
 それでも果てる体。
 私に覆いかぶさるように、彼が倒れてくる。息が荒い。疲れているのか、憑かれたいのか。泣き笑いのような顔で脱力している。
 彼に触れている体が熱い。彼の体温が渡ってくる。同じように、私の体温も彼に渡される。
 体温を交換するごとに、罪悪感も溜まっていく。
 彼の肩に歯を立てる。犬歯が肌を食い破る。どろりとした罪の味が、舌の上をはいずりまわった。
 熱く黒く染まる。もっと、もっとと責めたてるように体がうずく。
「葉留佳さん……」
 唇が交わる。舌が触れ合う。唾液がからまる。
 体温と罪悪感が、さらに高まる。
「葉留佳さん、葉留佳さんっ」
 そうしてまた懺悔が始まる。終わりがあるから始まりがあるのか。始まりがあるなら終わりはあるはず。終わらないということは始まってすらいないのか?
 果てのない懺悔。果ての見えない懺悔。
 それでも果てる体。
 私たちの世界は、たったひとつのベッド。それから、私たち。
 カーテンの向こうは、光が満ちている。だからここから出て行かないのだ。光は、白。黒く染まった私たちは、ただ消え去るしかない。
 朽ち果てるまで朽ち果てても、ふたりの懺悔は続いていく。
 まるで迷子の子供のように、同じ場所を回っている。出口はない。
「葉留佳さ……!」
 果てのない懺悔。果ての見えない懺悔。
 それでも交わされる、心地よい体温。この体温はあの子のもの(私が奪った)。
 それでも交わされる、求め合う言葉。この言葉はあの子のもの(私が奪った)。
 それでも交わされる、柔らかい愛情。この愛情はあの子のもの(私が奪った!!)。



「……   、さん……」
 私は待っていた。いや待っていなかった。
 この世界を終わらせる言葉。たったひとつの魔法の言葉。
 ようやく気がついたのか。すでに気づいていたのか。
 カーテンが開かれていく。闇が払われていく。光が侵入してくる。
 沈んでいくように彼は目を閉じる。死に逝くように彼は眠る。
 光が当たった場所から、ベッドは崩れ去っていく。崩壊は足元におよび、舞い上がる灰の中に体を溶かしていく。痛みはない。当たり前だ、これは夢と同じものなのだから。
 ――次は早く気づきなさい。
 ――気づいたのなら、私のことは見捨てなさい。
 ――すべてを救うことはできない。必ず、誰かが犠牲にならなければいけない。
 ――それが私でもかまわない。あの子が幸せになれるのなら。
 ――だから……さようなら。
 最後に思ったのは安堵。
 あの子から奪った物を返すことができる。
 最後に見たのは寝顔。
 ペパーミントに包まれて眠る彼の横顔は、愛おしいぐらいに歪んでいた。


[No.401] 2009/09/12(Sat) 00:10:13
恋と魔法と色欲モノ。 (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@6947 byte

「理樹く〜ん、私と子作りしましょ〜」
「小毬さんが壊れたー!!!!」



   恋と魔法と色欲モノ。



 ――あの、奇跡のような修学旅行から、二ヶ月が経っていた。
 いやだからどうしたと言われても、今日この時にはまったく関係ないんだけどね。
 しょわしょわしょわとセミが鳴く、暑い午後 at 日曜日。宿題を終え、さて本でも読もうか寝てしまおうかと考えていたときのことだった。
 ノックもなくドアが開いたので、ああ真人が帰ってきたのか部屋の体感温度が三度は上がるな、とかぼんやりしていた。
 駄菓子菓子、違っただがしかし、体感温度はいつまで待っても上がることはなかった。どうしたんだろう? まさか真人の筋肉が家出でもしてしまったのだろうか? すわ一大事と振り返ってみると、なんのことはない。そこに立っていたのは真人ではなくて制服姿の小毬さんだった。
 なにか用かと口を開きかけ――それよりも先に、冒頭の台詞である。壊れた、なんて失礼なことを叫んでも仕方ないと思う。

「ふぇ? 壊れる? 壊れるほど愛してくれるんだね!」
「いやいやいやいやいや、誰もそんなこと言ってないから!」
「イッて!? 私との行為を想像するだけで……?」

 ほっぺたに手をあてて、いやんいやんと身悶える小毬さん(壊)。小毬さんが体を揺らすたびに、けしからん物がふたつ、左右上下に揺れていた。

「理樹くんは変態さんですね〜。(カチャカチャ)」
「まずはベルトを離して。話しはそれからだ」
「でも、このままだとカピカピに……」
「ならないから! 暴発なんてしてないから!」
「そうなんだ……」

 どうしてそう残念そうな顔をするのだろうか。

「そうだ理樹くん、お菓子食べる?」
「え……じゃあもらおうかな」
「では、ジャンボマシュマロでもどうぞ〜先っぽにさくらんぼもついてるよ〜」
「やっぱりいらない! いらないから服脱がないで!」
「残念……でも、私はお菓子食べるよ〜」
「僕のチャック下ろさないで! そこにお菓子はないから!!」
「ああ、私のチョコバット〜」
「そのなんでもかんでもピンク色に変換する、目と耳と口をどうにかしてよ!」
「……ご、ごめんなさい〜」
「あれ、急にまともに――」
「口でするのはいいけど、目と耳はちょっと怖いかな……」
「――なってない! なんの話しをしてるのさ!?」
「理樹くんは足のほうがお好み?」
「僕の話を聞いてよ!」
「それじゃあ理樹くんは、サッカーと野球どっちが好き?」
「それじゃあのつなげかたが意味わからないよ……」
「いいからいいから〜」
「えっと、野球?」
「ようしっ。目指せ、九人兄弟!」
「『ようしっ』じゃないぃぃぃぃいい!!」

 議論を1ミクロンも挟む余地なく、小毬さんが変だ。いや変態だ。来ヶ谷さんと同じぐらいだ。いや直接的だから来ヶ谷さんよりレベルが高い。
 なにか変なものでも食べた……? 昨日はワッフルとポテチとモンブランとドーナツと納豆巻きとカステラと肉まんとくるみゆべしとたい焼きとチョコとバニラアイスを食べていた。種類は違えど、いつもと同じ食事内容だったはず。
 そうこうしているうちに、小毬さんはリボンを手にとってするりとほどい、てててててっ!?

「ちょっ、小毬さんなにやってるのさ!?」
「べ、別に理樹くんのためじゃないんだからね! (ストーン)」
「無駄にツンデレ発動しなくていいから! っていきなりスカートが落ちた!? とりあえずはいて、スカートはいて!」
「そっか、男の子って自分で脱がしたほうがこーふんするんだっけ」
「あーもーそういうことにしておくから、とにかくスカート!」
「おっけ〜ですよ〜。(プチプチ)」
「OKって言ってるよね!? なんでYシャツのボタン外してるのさ!?」

 じょじょにあらわになっていく肌色に、理性を置き去りにして魅入ってしまう。
 ノ……ノーブラ……だと……?
 ボタンを外し終え、ふとした拍子に桃源郷が見えてしまう――そんなきわどい状況をつくり、小毬さんが宣言する。

「では、スカートをはきま〜す」
「いま屈んじゃらめぇぇぇ! 見えちゃうのぉぉぉおお!!」
「問題です! 屈まないでスカートをはくにはどうしたらいいでしょう? 321ぶー時間切れ。正解は理樹くんがはかせてくれればいいじゃない! でした〜」
「いや、それはさすがに……」
「では、スカートをはきま〜す」
「いま屈んじゃらめぇぇぇ! 見えちゃうのぉぉぉおお!!」
「問題です!」
「もういいよ! わかったよ!」

 いつまで経っても会話が進まない。無限ループって怖くね?
 だからしかたなく承諾する。ほ、本当にしかたなくなんだからねっ。
 とにかく、小毬さんの格好をどうにかしないと……こんな場面を誰かに見られたら……考えるだけで怖くなる。
 小毬さんの肌を見ないようにしながら、床に落ちたスカートをつまみあげる。
 そしてなるべく触れないように、慎重に持ち上げていく。

「と、ここでおねーさん参上!」
「うわぁ!?」
「あ、ゆいちゃ〜ん」
「一体どこから出てきてるの!?」
「もちろん少年のベッドの中からだ」
「どこがどう『もちろん』なのさ! 非常識にもほどがあるよ!」
「なにを言う。私は最初から気配を殺して少年のベッドに潜んでいただけだよ?」
「常識ある人は気配を殺してベッドに潜まないよ!」
「それよりも少年。なかなかに愉快なことになっているな。おねーさんも混ぜろ」
「そ、そうだ来ヶ谷さん! 小毬さんが変なんだ。なにか知らない?」

 来ヶ谷さんならなにか知っているかもしれない。
 その期待に応えるように、大きくうなずいてくれた。

「いまコマリマックスには強烈な暗示がかかっている」
「暗示?」
「『ジャンケンに負けた神北小毬が直枝理樹にエッチなイタズラをしたくなる』というおまじない……いや魔法がかかっている」
「なにそのピンポイント狙撃。誰が得するのさ」
「まあ私がそのおまじな……魔法をかけたんだがな」
「お前かー!!!! (ガクガクガク)」
「はっはっはっ。そんなに揺らされてもなにも出んよ? (ぷるんぷるんぷるん)」
「理樹くん! そんなにおっぱいを揺らしたいなら私のを!」
「おっぱいのためにやってるんじゃないんだよ! って言うかいまさりげなく来ヶ谷さんとおっぱいをイコールで結んだよね!?」
「私のおっぱいと私のおしり、どっちが好きなの!!??」
「来ヶ谷さんこの子元に戻してー!!!!」

 半分泣きながら訴える。
 すると意外にもあっさり承諾してくれた。もうちょっとごねるかと思ったのに。

「もう十分堪能させてもらったからね」
「人の心を読まないで下さい」
「さて、おま……魔法を解除する方法だが、」
「もう無理やり魔法に絡めようとしなくていいから」
「いま、小毬君は愛に飢えている状態だ。すなわち、その心を満たす言葉を言えばいい」
「……つまり、愛の言葉?」
「ああそうだ。『オッパイイッパイボクゲンキ!』と」
「愛どこ行ったんだよ!!」
「なにを言う。おっぱいは母性愛の象徴だ」
「うー……わかった言うよ……『オッパイイッパイボクゲンキ!』どうだ!」
「はい、理樹くんの大好きなおっぱいですよ〜」
「元に戻ってないよー!?」
「ああ、コマリマックスが言わないと意味ないからな」
「そういうことは先に言ってよ! 小毬さん、僕のあとに続いて言って! 『オッパイイッパイボクゲンキ!』」
「『おっぱい〜いっぱい〜ぼく、げんき〜』」
「……どう?」
「……………………」
「…………」
「……………………ほ、」
「ほ?」
「ほ……ほ……ほ……、ほわぁっ!!?? ほわぁ……ほわ……ほわぁぁぁ!?」
「来ヶ谷さん!? 小毬さんがほわぁしか言わなくなったよ!?」
「うむ。正気に戻って恥ずかしくなったんだろうな」
「ほわぁ……」
「コマリマックス曰く、『ああ、私のチョコバット〜』」
「ほわぁぁぁぁ!! もうお婿にいけないぃぃぃいいぃ!!!!」

 猛スピードで部屋を飛び出す小毬さん(正)。嬉々として追いかける来ヶ谷さん。ひとり取り残される僕。

「さて、寝るか」

 見なかったことにしよう。見られなかったことにしよう。お〜け〜? うん、おーけー。
 ベッドにダイブする。
 がちゃり。ドアが開く。真人かな?
 ぽすん。腰になにかが乗っかってきた。目を開ける。鈴がまたがっていた。ぱんつ見えてるよ、と口を開くより先に、鈴が言った。

「理樹、あたしと子作りしろ」
「鈴が壊れたー!!!!」

 第2R、ふぁいっ!


[No.402] 2009/09/12(Sat) 00:11:10
エンドロールはいらない (No.389への返信 / 1階層) - ひみつぅ@9.746バイト

 お母さんは両目を布巾で覆い、ひたすらに俯いていた。
「やめないか。みっともない」
 お父さんはそう言って母から布巾を取り上げた。母の両目は真赤になって、受け止めるものを失った涙はテーブルに零れた。
「睦実も。ティッシュを使いなさいよティッシュを。寝巻きで拭かない」
 手に握らされたティッシュペーパーで、ジクジク痛む鼻の頭を押さえた。エンドロールが読めなかった。流れ続ける綺麗な歌も、耳をかすめて頭に入ってこなかった。テレビがNHKに切り替わった。
「何するのよ!」
 お母さんが大声をあげ、お父さんの手からリモコンを取り上げる。
「何って、終わったんだろ?」
「エンドロール観ないで映画館から出る人ってなに考えてるの?」
 お父さんは聞こえよがしにため息をつき、カシューナッツを頬張った。
「睦実は明日早いんだろう? 寝ないでいいのか」
「いいじゃない。映画くらい。ねえ?」
 うん、映画くらい、いいと思う。頷くと、お父さんはまたわざとらしく首をかしげた。
「こんな恋愛してみたかったわあ」
「見合いで悪かったね」
 そう言ってお酒の缶に口を付ける。
「恋に恋するお年頃ってんじゃないでしょ」
「何よその言い方」
「嫌味ってわけじゃ、ないけど」
 二人はそんな感じに、ずっとお酒を飲んでいた。私はエンドロールにあった主題歌の名前だけ覚えて、二階に上って、ベッドに飛び込んだ。
 ヒロイン役の子、綺麗だったな。美人さんじゃないけれど、とにかくもう、綺麗だった。憧れてしまう。あんな顔ができる人なんて、他にいないんじゃないかと思う。こんな気持ちでベッドに入れば、たいていよく眠れるのだ。

 翌日は両親に揃って見送られた。
 昨日吹いた強風のせいで桜はずいぶん散ってしまっていた。コンクリートの地面のそこかしこに、白く積もった花びらが落ちていて、車が横を過ぎるたび転がるように足元を舞った。普段話すことも無いクラスメイトが早足で追いついてきて、抜き去り際私におはようと声をかけてから、また弾むように歩き出した。私は心持ち歩を緩めて、左手の垣根の向こうの公園を眺めた。塗り替えられたばかりの滑り台、銀色の斜面が眩しかった。今日は卒業式だった。
 朝の教室は普段より騒がしいくらいだった。みんながいつもより少しずつ大きな声を出して、手を叩いて笑っていた。浮き足立っている、というのではなくて。でもみんななにかに背を押されるように、騒ぎ立てている。先生が来るまで、まだ時間があるのに、殆どの人は教室に集まっていた。
 そんな中で直枝君だけが、いつもと変わらないように見えた。棗さんたちが大騒ぎするのを、横で柔らかく見守っている。緩めた唇。優しいまなざし。幼い顔の印象より先に、どこか大人っぽい、そんな雰囲気があった。
 直枝君が棗さんになにか話しかけた。棗さんは興奮して井ノ原君の襟を掴み上げていたのに、直枝君に話しかけられた途端、パッと笑顔になった。井ノ原君はアゴから床に落ちた。かがみこんで井ノ原君の様子を見ている直枝君。その横顔を見つめる棗さんは、とても可愛くて、綺麗だと思った。
 席を立ってトイレに行った。大声ではしゃいでいる女子の間を頭を下げて通る。流しで髪を整えた。朝、いつもより早く起きてアイロンをかけたのに、まだ癖が残っていた。鏡の中、あまりいい顔をしてるとは言えなくて、ちょっとガッカリしてしまった。きっとこんな日なら、と、昨日の映画みたいなことを私は期待してしまっていたらしかった。ふとお父さんの言った、恋に恋するという言葉を思い出して恥ずかしくなった。自分の顔が真っ赤になっていて、蛇口をひねって顔を洗った。春先なのが関係あるのかは分からなかったけど、水はとても冷たかった。
 廊下に出ると、さっきまでおしゃべりしていた人たちがいなくなっていた。無人だった。遠くから男子の声が聞こえた。急いで教室に戻らないといけないのは分かっていたけれど、廊下の窓から見える風景に、つい足を止めてしまった。散り散りの桜の木の枝間から黒いアスファルトが見えた。ピカピカのワゴン車の屋根に桜の花がひらめいていた。赤い乗用車がひときわ目を引いた。いつも閑散としている駐車場に何台も車が止まっていている。そのうちの一つに、たぶんうちの車があるのだ。探そうというのじゃなく、やっぱりただぼんやり眺めていたいと思った。でもそれも予鈴がなるまでだった。
 教室に入るとみんなはもう席についていて、先生が教卓に手を突いて立っていた。私は頭を下げて席に座った。先生の話は何事もないように始まった。いつものように軽口を叩きながら、思い出話を続けた。今だから言うけど、修学旅行の事故のとき、積立金は学年の先生で飲もうなんて話してたんだ。でもまあ残念ながらみんな無事だったみたいでなにより。そんな感じのことを。私も含めて、みんな笑った。今になっては笑い話で済んでしまう。あのときには考えられない。不思議なことだった。
 先生が腕時計を見た。軽口を叩く声のトーンが、落ちた、というか、震えていた。でも先生は笑みを崩さないで、今日は先生方みんな居酒屋に行くから、酒飲むなら隣の市まで行けよな、と言った。眼鏡を外して、いつもするみたいに目を指でこすった。
「じゃあ列整理始めるから、出席番号順に廊下」
 わいわい話しながらみんな席を立つけれど、朝とは雰囲気が全然違っている。それでも体育館に続く道のり、話をやめる人はいなかった。
 体育館は暖房が焚かれていて、暖かい。ブラスバンドの校歌に合わせて、人の間を割って歩いていく。視線がこそばゆい。
「ああもう、聞いてらんない」
 そう、隣の女子が話しているのが聞こえた。
「あんな調子で夏の応援、どうするのよ、もう」
「旧部長さん、遣り残したこと多すぎみたいですね」
「うかうか卒業もさせてくれないなんて、ホント先輩思いの子たちだこと」
 そんなことを言っているけど、私には立派な演奏に聞こえた。聞く人が聞くと違うんだろうか。パイプイスはとても冷たかった。
 そして卒業式が始まる。
 校長先生、教頭先生、来賓代表。
『皆さんはもう成人を間近にし、社会の海原へ漕ぎ出そうとしています』
 そうだなあと思った。
 証書授与。
『三年E組。相川直哉』
 自分の順が近づいてくるにつれ、喉が渇いてくる。この頃になると、女子の何人かは泣きはじめているけれど、私にそんな余裕は無かった。予行を思い出しながら、なんとか失敗しないよう、こなす。ひとつずつ手順どおり。大過なく席に戻ると、ようやく一息つけた。
『直枝理樹』
「はい」
 顔を上げる。その背中を眼で追った。直枝君は堂々としていて、胸を張っていて、かっこよかった。
 直枝君が卒業してしまうんだということが、すとんと胸に落ちた。
 卒業式はつつがなく終わり、解散になった。
 打ち上げしようぜ、と男子が言い出した。私は両親との約束を思い出したけれど、少しくらい時間を押しても構わないな、なんてことを考えていた。
 みんなの顔を見回してみた。
 もう多分、1、2度しか会うことはなくなるんだなと思った。それでようやく、卒業するということがどういうことなのか、分かってきた気がした。寂しいと言葉にするとなにか違う気がする、変な感じがする。なんだか、鼻の頭が痛くなってくる。
 少し離れたところで別のクラスの子たちが、誰々君に告白してくる! ということを話している。よく分からないけど、嫌だなと思った。まるで宝くじでも買ってるみたいだ。カラオケがいい人! と男子の一人が大きく手を挙げた。多数決になったらしいけど、それに倣って手を上げる人は少ない。でもみんな、このまま解散はしたくないようだった。私も、そういう気持ちになっていた。
 直枝君たちが、こっちに向かって歩いてくるのが見えた。
 直枝君たちはどうするんだろう。考えた。
 少し前なら、きっと自分たちだけでなにかしたがったんだろうけど、今は多分違うと思う。これは私の願望なのかもしれない。少しでも直枝君が見られたらなと思ったのだ。
 棗さんが直枝君の前に立って、クラスのみんなになにか提案している。その提案は好評だったらしく、緩みかけた雰囲気がまた盛り上がった。胸を張る棗さんのことを、直枝くんはやっぱりいつもと同じく、嬉しそうに見つめていた。
 残念じゃないって言ったら嘘になった。
 夢の中でなら。
 直枝君を想ったら、私は絵本のお姫さまにも、漫画の綺麗な主人公にもなれた。
 直枝君は私の手を取って、どんな場所へも連れていってくれた。
 でも、それは夢の中だけのことなのはもう分かりきっていた。

 ちょっと親に話してくるから、と、何人かが言い出したので、私も便乗してお父さんたちを探した。うっかり父兄席を探すのを忘れていて、本当に来てくれているのかどうかも自信が無かった。それはさすがにひどいかもしれないけれど、保証はできない。
 体育館の裏手を通って、駐車場に行ってみることにする。たしか駐車場のどこかで待ち合わせだったはずだから。
「杉並さん?」
 突然、声をかけられた。よく知っている声だった。
 振り向くと、直枝君が立っている。
 どういうことか分からない。私のあとを追ってきた。そんな空想が一瞬頭をよぎったけれど、すぐに打ち払う。
 頬に張り付いた髪を払って、直枝君に向き直った。太陽はちょうど体育館の屋根に隠れて、空の明るさに似つかわず辺りは暗くなっていた。
「さっき、なんだか元気なかったみたいだけど、大丈夫?」
 言われて、動揺してしまった。胸が詰まって声なんて出せそうになかった。
 顔が紅潮するのが自分で分かった。
 そんな、直枝君が声をかけなきゃと思うほど、変なことになっていたんだろうか。最後の最後で、こんな風になってしまうなんて。
 もう顔も上げていられなかった。雑草の狭間に引っかかった桜を見るしかできなかった。
「どうしたの? 調子悪いの?」
 訊ねられて、思い切り首を振る。そのせいで、髪が思い切り乱れてしまった。
 もうダメだった。
 二人で黙ったまま少し、立っていた。
 恐々視線を上げたら。
 直枝君は、棗さんに見せるような、優しい笑みを浮かべて私を見ていた。
 初めて会ったとき、棗さんの友達になってと頼まれた、そのときもこんなふうな笑顔だったのが、すぐに思い出された。
「みんなで小学校の頃の遊びやるんだって。学級活動の時間にやった、レクリエーションみたいな。杉並さんも、来たら?」
 そう言って直枝君は、一番の笑顔になる。
 直枝君が歩き去ろうとする。
 私は地味で。おどおどしたつまらない子で。全然可愛くなくて。
 緊張すると、勝手に一人で泣きそうになる。喉に水が詰まったみたいに、声がだせない。足が震えて、顔が熱くなって、鼻の頭がヒリヒリする。怖くてしゃがみこんでしまいたくなる。
 そんな私なのに。

「まってっ!」

 私の声で、直枝君はまた、私に振り向いてくれた。
 この三年間。直枝君のことを考えると、私は元気になれていた。幸せな気持ちにしてもらえていた。

「私、直枝くんのことが」

 ほんとに地味で、ダメな私。
 なのにどうして、今はこんなに、頑張りたいと思えるのだろう。
「一年生の頃から、ずっと好きでした!」
 ひょっとして君は、魔法使いなんじゃない?

「もし良かったら、私と付き合ってください!」


 クリーニングに出したばかりの袖は、涙を上手く吸ってはくれなかった。
 鼻の頭がすごく痛かった。ハンカチで押さえても、全然収まらなかった。
 直枝君の背中が遠くなっていく。
 私はそれに背を向けて、駐車場へ歩いた。晩御飯は遅くなるかもしれないと、話さなければいけなかった。角を曲がったところに、ちょうど両親が立っていた。


[No.403] 2009/09/12(Sat) 00:13:34
しめkり (No.389への返信 / 1階層) - しゃしゃい

しめkttあ

[No.404] 2009/09/12(Sat) 00:25:56
[削除] (No.404への返信 / 2階層) -

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[No.405] 2009/09/12(Sat) 00:33:32
魔法少女参上! (No.389への返信 / 1階層) - ひみつ@21162 byte 遅刻で容量オーバー

「ふふふ、ついに完成しましたか」
 美魚は先ほど届けられたばかりの品を手に取り悦に入っていた。
「お姉ちゃん、なんか悪の科学者っぽいよ」
 そんな美魚を見る美鳥の顔は呆れ顔だ。
「失礼ですね。これを見て興奮しないはずないじゃないですか」
 品をグイッと突き出し美鳥を睨む。
「いや、確かにどんだけ凄いのって感動を通り越して呆れちゃうけど……これ、何に使うの?」
 まさかバトルに使うわけじゃないだろう。
 いや、使わないはずだと美鳥は姉の常識を信じた。
「ふふ、安心してください。ちゃんと使い道は考えてあります」
 相変わらず不敵な笑みを浮かべる美魚を見てこれは理樹には見せられないなと美鳥は思うのだった。


「謎の生命体?……棗先輩、その年で漫画の見すぎはどうかと思いますよ」
 その報告を聞いた佳奈多の視線は絶対零度も超える冷たいものだった。
 そんな反応にちょっぴり心に傷を負いながら、恭介は言葉を続けた。
「嘘じゃねえ。現に昨日撃退に向かった真人と謙吾が返り討ちに遭った」
「え?あの二人が?」
 それは由々しき事態だった。
 いまだに信じられないが、それが事実なら最早教師でも対処が難しいだろう。
「ちなみにその生物の心当たりは?」
「ああ。生物部の実験動物が逃げ出したらしい」
「生物部……」
 科学部と並んで色々ときな臭い部活だ。
 確かにあそこなら未知の生物を飼っていそうだ。
「理由をつけて廃部にしておくべきだったかしら」
「まあそう言うな。今回はあそこも被害者だ。なんでも鍵が壊されちまったらしい」
「鍵、ですか。ちなみにその生物の特徴は?」
 なにか陰謀の臭いがするが、今は目の前の事態の対処だ。
「見りゃ分かるそうだ。一見して現存の生物とは違うらしい。……でもなんだ、信じてくれるのか?」
「まあ、そんな突拍子もない話、信じられないですが……同時に嘘を吐くならもうちょっとマシな話をあなたならすると思いますから」
 どうやら日頃の行いが物を言ったらしい。
 少しだけ切なくなり恭介は咳払いをする。
「それでどうするのですか?今から風紀委員を総動員して捜索に当たりましょうか」
 委員長を引退したとはいえ、未だに人望がある佳奈多。
 彼女が声をかければこんな事態だ。みんな手伝ってくれる。
「いや、それには及ばん。今来ヶ谷が捜索に当たっている。俺が頼みたいのは寮長としてこの件を黙認して欲しいてことだ」
「なるほど来ヶ谷さん。確かに彼女なら問題ありませんね。……だから、ですか」
 佳奈多は目の前に広がった光景を見ながら呟いた。
 そこにはリトルバスターズのメンバーが勢ぞろいしていた。
「よくも宮沢さんを……」
「ちょ、落ち着きなさいまし、古式さん。気持ちは分かりますがその手の物騒な物、何に使いますのっ」
「大丈夫です。確実に仕留めますから」
 一部黒かったりもするが。
 凶悪な刃物が見えた気がするが、きっと気のせいだろうと佳奈多は結論付ける。
「ふふ、腕が鳴るわね。武器は何がいいかしら。この際だからM134を使うべき?」
「ね、ねえあや。メチャクチャ物騒な単語が聞こえた気がするけど冗談だよね」
「え?……本気だけど」
「なに、そのなに言ってんだこいつって目。僕が間違ってるみたいじゃないかっ。駄目だからね、常識と言うか主に銃刀法違反って意味でっ」
 別のところもカオスだ。
 とりあえず交わされていた会話は聞かなかったことにしようと佳奈多は心に決めた。
「それで、ここで来ヶ谷さんの報告を待てばいいのですね」
「……ああ、とりあえずそういうことだ。もうそろそろ連絡が……」
 タイミングよく通信の繋がる音が聞こえた。
『こちら来ヶ谷。昨日馬鹿二人が倒されたと思われる場所に辿り着いた』
「了解、オーバー」
 来ヶ谷の言葉に近くにいた鈴が返す。
『鈴君、恭介氏に代わってくれ。少々不測の事態が起きたのでな』
「ん、どうかしたのか?」
 その疑問に対する答えはすぐ返ってきた。
『えー、姉御ー。不測の事態ってのは酷いですよー』
「は、葉留佳?」
 思わぬ声に佳奈多が動揺する。
 そういえば部屋の中にいなかったと今更ながらに彼女は気づく。
『あ、お姉ちゃん。やっほー』
「やっほーじゃないわよ、馬鹿。あんたなんで来ヶ谷さんに付いてってんのよっ!」
 佳奈多は青筋を立てて怒鳴るが、葉留佳はどこ吹く風。
 あっけらかんとした口調で答えた。
『えー、面白そうだったから』
「あ、あんたねえ」
 思わず佳奈多は額を押さえた。
『と言うことで恭介氏。さすがに今回は葉留佳君を守りきる自信は無いのでな。一旦連れて帰るぞ』
「ああ、わかった」
 さすがに仕方ないかと恭介は頷く。
 しかしその直後事態は急変する。
『ねえ、姉御。あれなんですかね』
『ばっ、葉留佳君。不用意に近づくなっ』
『え?……キャーッ!!』
『は、葉留佳君っ!……こいつは、クソッ……』
 それを最後に通話は途切れた。
『え?はる……か?……葉留佳っ。返事をしなさい、葉留佳っ!!」
 いち早く正気を取り戻した佳奈多が慌てて通信機代わりの携帯に叫ぶが、反応はなし。
 続けて正気を取り戻した他のメンバーも呼びかけるが応答は無かった。
「これは……拙いな」
 珍しく動揺を表に見せる恭介。
 それだけにこれが緊急事態であることを告げていた。
「葉留佳っ」
 慌てて佳奈多は部屋を飛び出そうとするが、寸前で恭介に腕を掴まれる。
「離して。離しなさいっ」
「待て、どうする気だ」
「決まってるじゃない、葉留佳たちを助けに行くのよっ」
「来ヶ谷も敵わなかった相手にか?馬鹿も休み休み言え。……お前たちもだぞ」
 他のメンバーにも注意を促す。
「ならどうすればいいのよっ」
 最早爆発寸前の佳奈多は、今にも腕を振り切って出て行こうとしていた。

「待ってください」
「そんなこともあろうかと」

 その瞬間、扉が開け放たれ二人の少女が現れた。
「西園さん、美鳥?」
 いち早くそれが誰か気づいた理樹が声を上げる。
「えー、理樹君。そこは美魚、美鳥でしょ」
「いやいや、今はそれはどうでもいいから」
 不満を口にする美鳥を軽く窘める。
「それでどうした?遅れていたようだが」
 代表して恭介が二人に尋ねる。
「いえ、こんなこともあろうとか三枝さんたちを救える武器を持ってきました」
「なんですって」
 その言葉に当然のように反応したのは佳奈多だった。
「嘘ではないです。美鳥」
「はいはーい。じゃーん」
 そう言って美鳥が取り出したのは。
「杖?」
「魔法のステッキですね」
 恭介の言葉に小毬がフォローするように注釈を入れる。
 それはよく子供番組などで魔法少女が使う杖に酷似していた。
「なに、馬鹿にしてるの。そんなおもちゃ持ってきて」
 ただでさえ焦っているのでいつも以上に佳奈多の沸点は低くなっていた。
 しかしそれに重ねるように美魚は続ける。
「馬鹿になどしていませんよ。それにこれはおもちゃではありません。科学部特製の兵器です」
「科学部?」
 思わず理樹が声を上げる。
「もしかしてNYP兵器」
「ええ、それもカートリッジ式の特別製なので能力がない方でも使用可能です」
 そして再度佳奈多に向けて差し出す。
「ただしこれは女性しか使用できず、かつ一本しかありません。なので」
「……私?」
 驚いて佳奈多は自分を指差した。
「なんで二木なんだ?こういっちゃなんだがこいつより戦闘力がありそうなのは他にいると思うんだが」
 言いつつ恭介は中を見渡す。
「いえ、これは強い想いが力を引き出します。現時点で一番強い感情を持っているのは二木さんだと思ったので」
 そして美魚は佳奈多の目の前に杖を掲げる。
「どうしますか?」



「現場に着いたわ」
 杖を右手に持ちながら、インカムに向けて佳奈多は呼びかける。
『ならば杖を起動させてください。やり方は覚えていますね』
「お、覚えているけど……なんでこんなことしなきゃいけないの?」
 葉留佳たちを救うことに躊躇は無いが、美魚に指示されたことは実行するのは少しだけ恥ずかしかった。
『仕方ないです。いわゆる様式美と言うやつですから』
『そうです。魔法少女はそれをしなくてはならないのです』
 美魚に追随するようにクドが発言をする。
 クドには甘い佳奈多はその発言を一蹴することはできなかった。
「うう」
『かなちゃん、ふぁいとー』
 小毬の能天気な声が更に彼女のやる気を損なわせていく。
 しかしそのやり取りは突然終わりを告げる。
《WARNING!WARNING!》
「え?」
《ターゲット補足。敵対生命体、急速に接近中》
 突如杖が発した言葉に一瞬呆けるが、慌てて佳奈多はその場を飛びのいた。
 直後そこに黒い影が振り下ろされる。
「なにあれ?あれが葉留佳たちを襲ったやつ?それにこれ喋るの?」
 軽いパニックになりながらも佳奈多は美魚たちに呼びかける。
『杖に関しては言ってませんでしたね。サポート用のAIが搭載されています』
「AIってうちの科学部はどんな技術があるのよ」
『その程度で驚いてもらっては困りますが。あとアレが敵です』
「くっ」
 回避行動を取りつつ敵の全容を見渡す。
 一見それは巨大な獣のように見えるが、蔦のような触手が背後で蠢き、ところどころ鱗のようなものも見て取れる。
「謎の生命体。言いえて妙ね」
 納得したくなかったけどと内心思いつつ、佳奈多は杖を構える。
『二木さん、そのままだと攻撃も防御も出来ませんのでお早く』
「あー、もう、分かったわよ」
 葉留佳の姿が見えないことに僅かな不安を覚えつつバッと杖を掲げた。
「りりかるまじかるりりかるるー!」
《Standby,ready.setup》
 同時に杖から光の帯が溢れ出し周囲にフィールドが張られ、佳奈多の体は光輝き、着ていた制服が分解、再構成されていく。
 肉眼では捉えられないが、光の粒子が両手両足に集まり新たな形を作っていく。
 次に光は上半身の周りの纏わり、晒された肌の上を伝い形の良い胸を包むように被い変化していく。
 その締め付けに僅かに佳奈多は荒い息を吐くと、そのまま光は垂れ落ちるように下半身へと溜まり弾け飛ぶ。
 その衝撃に僅かに顔を歪め、最後に頭頂部に光が集まり大きく形を作り弾け落ちる。
 その間僅か0.05秒。
 そしてその光の幕を切り裂くように杖を振り下ろし、そのまま敵に突きつけた。
「愛と平和を守るため!魔法少女!マジカルかなたん参上!!」
 ウインク付きの完璧なる口上だった。
「ってなによ今のっ。なんで私あんな変な口上述べてポーズまで決めてるのっ?」
 頭を抱えるとインカムに向けて叫ぶ。
『様式美ですから』
「やっぱあんたかっ。私に何をしたーっ!!」
 いつもの冷静な仮面がすっかりどこかに行ってしまっている佳奈多であった。
『大丈夫です。ちょっとした意識操作なんで問題ありません』
「さらっと凄いこと言わないでよ。それにこの格好はなによ?」
 彼女の姿は全身ピンク。
 上半身はノースリーブで肩口がはっきりと見え、二の腕まで覆う手袋の所々にフリルが付き、胸元には宝玉とリボンが装備。
 下半身も同様にフリフリの極端に短いスカートにフリルつきの靴下と羽が付いた靴。
 極めつけは頭部の乗ったうさ耳だった。
『二木さんは寂しいと死んでしまいそうだったので兎にしてみました』
「そんなこと聞いてないわよっ。それに変なイメージ持たないで。なによこの恥ずかしい格好は」
『魔法少女としてはデフォルトですよ』
「知らないわよっ、んなデフォルト」
 恥も外聞も無く佳奈多は叫んでいた。
『そんなことよりも二木さん』
「なによ」
『攻撃、来ます』
「え?」
 見上げると強大な爪が振り下ろされるところだった。
「キャーッ!!」
《Protection》
 しかし振り下ろされる直前に強力なフィールドに攻撃は阻まれた。
「え?い、今のは」
『それよりも回避を。やり方は覚えていますね』
「え、ええ。ソ、ソニックムーブ」
《SonicMove》
 キーワードを唱えた瞬間、佳奈多の姿は後方約二十メートル先に移動していた。
「……ねえ、今のって何?さっきのもだけど」
『え?魔法ですよ。先程のが防御魔法、今のが移動魔法』
「い、いや、魔法って非科学的な」
 当然のような口調で答えられると困ると内心思いながら佳奈多は呟く。
『何を言っているんですか。魔法のステッキから放たれるものが魔法じゃなくてなんだと言うのです?』
「あー、いやいいわ。科学部製ですものね。深く考えちゃいけないわね。あー、にしても」
 杖を構え、魔法名を検索。そして次なる魔法の詠唱を開始する。
『なんですか?』
「パッと見どれもぶっそうな感じなんだけど、魔法ってこういうもの?もっと可愛いものだと思ってたんだけど」
『最近の流行ですよ』
「そう。魔法少女の認識を改める必要がありそうね。フォトンランサー!!」
《Photon Lancer》
 光の発射体を6基を周囲に展開、近づいてきた目標に向けて光の槍を一気に解き放った。
「があああああぁああっっ」
「す、凄い威力ね」
 悶え苦しむ敵を前に引き攣った顔で佳奈多は感想を漏らす。
『いえ、派手ですが実際のダメージはそれほどありません』
「そ、そうなの?」
 あんなに苦しんでいるのにと思わず言葉を零す。
『相性の所為でしょうね。痛みはあるのでしょうが決定的な打撃となってはいません。回避しながら射撃、動かなくなったところで大技を決めてください』
「了解」
 言いながらもこれなら楽勝かもと、佳奈多は同じ魔法を数度続けて撃ちながら高速で敵の攻撃を回避していく。
 相手も爪や尻尾を大きく振り回すも全く掠らず、一方的な展開のように見えた。
「こんなものかしら。じゃあ一気に決めるわよ」
《Yes,master.Shooting Mode》
 佳奈多の言葉と共に杖の形が大きく変わる。
「……」
 色々と突っ込みたくなったが、もういいやとさすがに諦めた。
《エネルギーチャージ中。10カウント開始》
 2発の空薬莢が杖から排出される。
(つっこまない。つっこまないわよ)
 佳奈多はその間心の中で強く念じていた。
《3…2…1…いつでも撃てます》
「了解」
 そのまま銃を構えるように狙いを定める。
「ディバイン、バスターっ!!」
《Divine Buster》
 その瞬間強大な光の奔流が相手に叩きつけられる。
 それは頭部を確実に直撃し、大きな音を立てて崩れ落ちた。
「やったわ。なんだ、楽勝じゃない」
 自分自身が優秀だとは思わないが、この杖の威力は破格だと佳奈多は軽く戦慄する。
(これは危険物扱いで封印すべきかしら)
《WARNING!》
 しかし突然の警報にその思考は中断される。
「な、なに?キャッ!!」
 そして反応する間もなく地面から蔦のような触手が飛び出し、佳奈多の体を拘束する。
「な、なんで」
『おそらく出力不足なのでしょう。二木さんとの特性上遠距離攻撃は合わないようですね』
「れ、冷静に解説してないでどうにかして」
『とりあえず近接用のブレイドモードに』
「え、ええ。モードセレクト、ブレイド」
《Blade Mode》
 また複雑に形が組み変わり今度は刀のような形状に変化した。
 もはや元の杖の形状をほとんど残していなかった。
「……つ、つっこまないわよ。それで?……ぐっ」
 両手両足に蔦が巻き付き、強く締め付ける。
 そのままスカートや上着の中にまで侵入を始める。
「ちょ、やめ……に、西園さんっ!どうやって抜け出せばいいの!?」
『刀で切り裂けませんか?』
「無理よ、両腕とも拘束されてて……や、どこ触って……胸ももまな……」
 その瞬間大きく服が切り裂かれるが、瞬時に修復される。
『服はかなり頑丈ですし、破れても自動修復されます』
「あ、そう」
 それならあられもない姿を晒すことはないと少しだけ佳奈多はホッとする。
『ただしNYP値が切れれば服は霧散し、気絶しますが』
「ちょ」
『安心してください。全裸で放置された場合直枝さんを回収に向かわせますので』
「安心できるかーっ!!」
 美魚が喋る向こうで理樹の声が聞こえた気がして恥ずかしさは倍増だった。
『あ、今NYP値が上昇しました。やはり強い感情は素晴らしい増幅を見せますね』
「んなの知らないわよっ。どうすればいいの?」
『自分で考えてください』
「なっ」
 あまりに冷たい言葉に一瞬言葉が詰まる。
『戦うのは二木さんですから。上手く魔法を使ってください』
「わ、分かったわよ。それじゃあ」
 使える魔法を検索して作戦を練る。
 しかしその間も触手は佳奈多の体を蹂躙する。
「やめ……そこは入ってこな……ぐ、あ……」
 体のいたるところを触られ、締め付けられ佳奈多は荒い息を吐く。
 しかしその間も必死に考え、ある作戦を練る。
「よしこれで……ぐむっ」
 しかし口を開いた瞬間、触手が口内に侵入。蹂躙を始める。
「むぐっ……うご……」
(これじゃあ詠唱できない)
 せっかく考えた作戦も魔法が使えなくてはできない。
 喉の奥まで犯す触手に対する吐き気と嫌悪感で涙目になりながら謎の生命体を睨みつける。
『ああ、ちなみに言葉にせずとも考えるだけで勝手に杖が魔法を使ってくれますよ』
「むっ?」
 場違いなまでに冷静な美魚の言葉に佳奈多は一瞬本気で殺意が湧きかけた。
 けれど今は脱出が先だと心の中で毒づき、強く念じる。
《Photon Lancer.Phalanx Shift》
 魔力弾の発射体が佳奈多の周囲に展開。そしてその数を徐々に増やす。その数およそ20。
《Fire》
 次の瞬間そこから光の槍が一斉に発射。
 瞬時に爆炎で包まれる。
 煙が晴れると蔦は全て焼き切れ、佳奈多の姿もどこにもなかった。
「ぐはっ……はぁはぁはぁ……」
 いや、地面に倒れこみ佳奈多は荒い息を吐いていた。
『無茶をしますね。自分ごと攻撃するなんて』
「大丈夫よ、同時に防御魔法ってやつも発動させたし」
『それでも防ぎきれるものではありません。ご自愛ください』
「はいはい。とりあえず向こうもかなりのダメージを負ったみたいだし、一気に決めるわ」
『砲撃魔法が余り効果ないみたいですので接近戦でしとめてください』
「ええ、了解よ」
 答えながら刀を地面に突き刺し、立ち上がろうと手を付く。

 ―ピチャ

「え?」
 地面についた左手に液体の感触を感じ思わず見やる。
 そこには紅く染まる手があった。
「なに、これ」
『血、ですか?怪我でもされましたか』
「いいえ、私じゃないわ。それよりもこれ……血、なの?」
『いえ、暗がりなので完全な判別は不可能です』
 震える左手を佳奈多はじっと見やる。
 そしてゆっくりと地面を見下ろす。
 するとそこにはよく見慣れた物が落ちてた。
「……え?」
 力が抜けたように膝から地面につき、のろのろとそれを手に取る。
 それは佳奈多が今も髪に着けているのと同じ髪飾り。
 それが紅く濡れていた。
『二木さん?』
 反応が急になくなったことをいぶかしみ声をかける。
 けれど荒い息を吐くだけで応答はない。
 再度声をかけようとした瞬間美魚は気づく。
『二木さん、防御してくださいっ』
 体勢を立て直した謎の生命体の鋭い爪が今にも佳奈多に振り下ろされようとしていた。
 けれど。
『え?』
 それは佳奈多が振り上げた刀状に変形した杖によって受け止められていた。
『飛ばされない?』
 その事実に美魚は驚愕する。
 先程までなら防御魔法を展開しなければ吹き飛ばされていたはずだ。
 けれど美魚が呆然としているのはそこまでだった。
『二木さん、落ち着いてください』
「お前……」
 NYP値とバイタルが急上昇していく。
《WARNING!NYP値が許容値を越えようとしています》
『聞こえましたか二木さん。少しでいいです、冷静になってください』
「葉留佳に、はる、かに……」
『仕方ありませんね。リミッター解除。後に急速冷却』
 佳奈多の耳全く声が届いていないをことに気づいた美魚はすぐさま杖に向かって指示を飛ばす。
《Yes,my load.オーバードライブ。180セコンド後緊急停止します》
 それに応じて空薬莢が吐き出されていく。
 そして一時的に強度を強化、暴走しそうなNYP値の力に耐えられるよう刀は大型化する。
 けれどその変化にも気づかず、佳奈多は敵を睨みつける。
「私の葉留佳に何をしたーっ!!!!」
「がぁああああっっっ!!」
 強力な斬撃。
 一気に敵は数メートル吹き飛ばされる。
 そしてそれに追撃し、佳奈多は更に刀を振るう。
「お前が、お前がー!」
 一撃二撃三撃と打ち込むごとに速度を上げ、威力が上がっていく。
 そして刀を振るう度に謎の生命体は弱弱しく悲鳴を上げ、体を振るわせていく。
『拙いですね。非殺傷設定で作ったはずがこのままでは……』
「はああぁぁぁ!!」
 そして胴体に向かって突き出し、その腹を食い破る。
「これでー!!」
《Shooting Mode》
 そしてそのまま突き刺すように杖が砲撃モードに移行する。
「はあああああっっっ」
《チャージ完了。更に上昇》
 一瞬でチャージが完了し、更にエネルギー量が増幅する。
『くっ、シールドを』
《Round Shield》
「ディバイーン、バスター!!」
《0-Range,Divine Buster》
 美魚の言葉に杖が反応するのと同時に佳奈多は特大のゼロ距離射撃魔法を放ったのだった。


《Reformation》
 白い蒸気を発し杖は待機状態に移行する。
 近くには電磁シールドに囲まれた謎の生命体が倒れ伏していた。

 ―ドシャ

 佳奈多はそれを見ることなく杖を取り落とすと、そのまま膝を付いた。
「はる、か。葉留佳……」
 そのまま両手で顔を覆う。
「あ、ああ……ああああああああーーーっ!!!」
 それは魂の慟哭のようだった。
 守れなかった。自分の命よりも何を犠牲にしても守るべき存在を守れなかった。
 その事実に佳奈多は叫び続けた。
 ――――けれどそこの場違いな明るい声が響き渡った。
「あれー、お姉ちゃん。どうかしたの?」
 その声に佳奈多はビクリを肩を震わせゆっくりを振り返る。
「やはは、どうかしたの、お姉ちゃん」
 そこには能天気な笑顔を見せる葉留佳の姿があった。
「なん、で。どうしてあなたが」
「ん?変なこと言いますね。終わったみたいだから避難場所から出て来ただけデスヨ。あ、それよりも髪飾り拾ってくれたんだ」
「え?」
 佳奈多が握り締めていた髪飾りを目ざとく見つけ、ひったくるように手に取る。
「あちゃー、汚れちゃってる。落ちるかな」
「は、葉留佳?その紅いのは?」
 まだ茫然自失としていたが、なんとかそれだけ佳奈多は質問した。
「ん、これ?水風船ですよ。威嚇用に持ってきたんだけど落として割れちゃったみたいデスね」
 その言葉を佳奈多はゆっくりと心の中で反芻する。
 そして。
「葉留佳っ!」
「わっ、なにお姉ちゃん」
 いきなり抱きつかれ、葉留佳は目を白黒させる。
 けれどその胸で泣き続ける姉の姿を見て、ゆっくりとその髪を撫でるのだった。
「お姉ちゃんは泣き虫ですね」
「うっさい」
 そうして二人はしばらく抱き合い続けた。



「そういえばさ」
「なに?」
「なんか凄い格好してるね」
「え?」
 指摘されて佳奈多は自分の格好を見下ろす。
 まだ魔法少女の格好のままだった。
「見ないでーっ!!」
 それを自覚した瞬間、佳奈多は凄い勢いで逃げ出したのだった。


『こうして一人の魔法少女の手で学園の平和を守ることができたのでした』

 そうメッセージが流れたところで美魚は停止ボタンを押した。
「素晴らしいです、来ヶ谷さん。やはりお任せしてよかった」
 くるりと振り向くとそこには不敵な笑みを浮かべる来ヶ谷の姿。
「なに、設置してあるカメラの操作と編集をしただけだ、大した労力じゃない。それに変身シーンの加工は楽しかったしな。今思い出しても興奮する。ふむ、修正前の映像を理樹君に見せてみるか?……いや、葉留佳君でも面白いな」
「それはさすがに二木さんが可哀想なので、本人の同意が取れたらということで」
 まあありえないだろうがと言いながら美魚は思う。
「分かってる、冗談だ」
「そういえば三枝さんと言えば、彼女も最後にいい仕事をしてくれました。少々やりすぎな気もしますが」
 あの暴走で杖を完全にメンテナンスしなくてはいけなくなったのは少々面倒だが。
「なに、佳奈多君の必死な表情が見れたんだ。安いものだろう」
「まあ実際この前のイベントでかなり売れたしね」
 隣で後片付けをしていた美鳥もにまっと笑顔で告げる。
「普段出してるものよりも売れてるんだよね」
「五月蝿いですね。いいんです、気にしてません」
 言いつつ少しだけ美魚は不満だった。
「なんにしても君がこういうジャンルに手を伸ばすとは思わなかったな」
「どんなものでも経験ですから」
 その言葉には嘘偽りがないように来ヶ谷は感じた。
「でもいいのですか?恭介さんの報酬はちゃんと払うのに、三枝さんとあなたは二木さんの写真だけでいいなんて」
「なに、私も葉留佳君もそれだけで充分さ」
 小さく来ヶ谷は笑う。
「それならいいのですが」
「しかしこれで魔法少女かなたんがいなくなるのは少し寂しいな。あの珍しい格好はもう一度見たいものだが」
 携帯に収めた佳奈多のあられもない姿を見ながら来ヶ谷は呟く。
「それならばご安心を。なんでも生物部で紛失物があったそうです」
「なに?」
「ええ?」
 美魚の言葉に来ヶ谷と美鳥が驚く。
「謎の生物を生み出す元がどこかにいってしまったそうなのでそのうちまた活躍があるかと」
「そ、そうかね」
 少しだけ来ヶ谷は引き攣った笑みを浮かべる。
「でもそれって敵が多くなるんじゃない?かなちゃん一人で対応できるの?」
 この前も苦労したのにと言外に非難する。
「大丈夫です。そのために科学部に第二第三の魔法のステッキの開発を依頼しておきました」
「「え゛?」」
 来ヶ谷と美鳥は同時に後ずさる。
「ふふふ次はどういったものにしましょうか。ハンマー、剣?いっそのこと第二期はすっ飛ばして銃やナックル……それとも古式さんにダガーを持たせるのもいいかもしれませんね」
 そして一人美魚は悦に入るのだった。


[No.406] 2009/09/12(Sat) 00:35:55
ぞうじるしと出かけよう (No.389への返信 / 1階層) - ちこく@5581 byte


「理樹、いい天気だぞ」
 キッチンまで射し込んでくる朝日に目を細めて鈴が言う。
「ピクニックに行こう!」
 サンドイッチのバスケット。そして麦茶のたっぷり入った魔法びんを持って。


 ぞうじるしと出かけよう


 意気ようようと出かけたのは近所の山、というか丘みたいなもの。中腹にある神社までは何度か行ったことがあるけど、今日はてっぺんまで登ることになっている。
 のっしのっし。神社までの石段を大またに上っていく鈴に、遅れがちについていく。
 肩からさげた魔法びんが重そうだけど、そんなことは感じさせずにぐんぐんと上る。僕はその手で振り回されるバスケットの中身が少し心配だ。もちろんそんなことにも鈴はおかまいなし。ちょっと待って、速いよ。
「なんだ、もう疲れたか?」
 声に出したつもりはなかったけど、鈴は立ち止まってくれた。

 もう少しだけ上って石段のなかば。少し広くなったところで一休みとなった。木々の覆いかぶさる参道も、眩しいほどの木漏れ日のおかげで明るい。
「すずしいな」
 木漏れ日を見上げる鈴の首筋がうっすらと汗ばんでいる。
「のど渇いてないか、理樹?いいものをやろう」
 たぶん出かけたときから見せたくてたまらなかったんだろう、得意顔であの重そうな魔法びんのふたを開け、そこに中味を注ぎ始めた。
 たぱぱたぷたぷ……。透き通った茶色がふたに注がれるのと同時に香ばしいにおいが漂う。そのにおいにつられて思わず顔を近づけると「まてまて理樹。まずは私が味見する」とお預けを食らってしまった。
 こく、こく、こく。腰に手を当てて一息に飲み干していく。それは味見とは言わないと思う。
「理樹、お前も飲め」
 とても麦茶をすすめているとは思えない口ぶりで差し出されたふたに、僕はおそるおそる口をつけた。
 !
 あまい。びっくりして顔を上げると今日一番の得意顔が目の前にあった。
「どうだ、あまくてうまいだろ」
 初めての味なので美味しいまずいを判断できないのが正直なところだけど、でも何だかあとを引く。
 ちょっと夢中になって飲んでしまったから、それを鈴にじっと見られていたのが照れくさかった。

 それから、また登り始めた僕たちは、何度か休憩をはさみながら神社のさらに上、頂上をめざした。
 そんなに高くもない山だから、僕らのようにピクニックする人たちも少なくはないのだろう。登山道もそれなりに手入れされていて登るのに支障はなかった。
 ただやっぱり始めに飛ばしすぎたんだろう、鈴のペースはだいぶ落ちていて、今は僕が先導するような形になっていた。
「がんばれ理樹、もうちょっとだぞ」
 振り向いた僕を励ますというよりも自分に言い聞かせるような鈴の声。視線を前に戻すと、行く先で木々が途切れ、空が広がっていた。
 鈴の息づかいがすぐそばで聞こえる。同じものを見たんだろう、足を速めて残り僅かな道のりを駆け上がった。
 視界が広がるその先。空。雲。山。街。
「どうだばかやろーっ!」
 誰に向かって言っているんだろう。開けた頂上。ゴールテープの代わりに街を見下ろす柵にしがみついて鈴が吼えた。

「頂上に着いたらお弁当だ。ちょうどお昼だしな」
 お昼はとっくに過ぎていてちょうどでも何でもないけれど、お腹がすいていたのは僕も同じなので異論はない。
「その前に麦茶を飲もう。喉が渇いたからな」
 ちょろろろっ。ぴちゃ。しかし魔法びんから注がれるはずの甘露はふたの半分ほどを満たしただけで底をついてしまった。それも無理はない、休憩のたびに鈴ががぶがぶ飲んでいたから、いくら大きいといっても限界がある。
「む」
 かっしゃこっしゃ。諦めきれないみたいで、逆さにして何度も振っている。でも中の氷が音を立てるだけで、麦茶のかさは少しも増えなかった。
「理樹、なくなった」
 もう逆さに振っても雫が水面にもようを作るだけ。だからと言って僕をそんな困った顔で見つめられてもどうしようもない。
「ひじょーに残念だ」
 両手で持って水面を睨み、惜しみながらゆっくりふたを傾ける。こくこくと鈴ののどが動く。じっと眺めていると「う……お前も飲むか?」とふたを差し出してきた。困った顔で。
 それが最後の一杯を惜しむような真に迫った困り顔だったのが僕にはおかしくて、少しだけ、ほんの少しだけ舐めるように飲んで鈴に返した。
 ちょっぴりだったけれど、つめたい甘さが喉を滑り落ちて熱を持った身体に元気をくれた。
「ん、もういいのか?」
 僕に遠慮してか鈴は少しふたと睨めっこをしていたけれど、結局誘惑に逆らわず、残りを一気に飲み干した。
「ぷはーっ、あまくてうまいな!」
 手の甲で口許を拭うしぐさはとても男らしかったけれど、本人が幸せそうなので僕は何も言わないことにした。

 さて、困ったのは飲み物なしでどうやってお弁当を食べるかだ。バスケットを開け、案の定パンと具とが別居状態になったサンドイッチたちを前に鈴は途方に暮れていた。
 頼みにしていた麦茶はさっき飲みつくしてしまった。頂上に自販機とか水道とかそんな気の利いたものもない。
「こまった……パンはもそもそしてるからな」
 鈴はわざわざ言わなくても済むことを口に出してしまうくらい困っていたけど、僕は具だけ摘めれば構わないのでそうでもない。
「あ、こら。それじゃサンドイッチじゃなくなるだろ!」
 ハムだけ摘み食いしたところを見つかって怒られた。仕方ないじゃないか、好きなんだから。でもその抗議は聞き入れてもらえない。
 まあ、朝早くから準備していたのは僕も知っているから、せっかくならちゃんと食べたいけど。
 かっしょかっしょ。鈴は名残惜しそうに魔法びんを振っていたけれど、唐突にふたを開け、中栓を外しはじめた。
「ふっふっふ、すごいことを思いついたぞ理樹。見ろ!」
 からころかん、かろん。
 鈴が小鼻をひくひくさせて自信たっぷりに傾けた魔法びんの口から、丸四角くて透明っぽい塊がいくつも転がり落ちた。
「これはただの氷じゃない。あのあまくてうまい麦茶を冷やしていた氷だ。きっとすごくうまい」
 そう言うと僕が何か突っ込む間もなくぽいぽいと口に放り込んでしまった。
 かりこり。こりこり。もひゃもひゃ。
 みるみるうちに鈴の顔に残念そうな色がひろがっていく。
「あむみゃひ……あひわ、ふぃにゃうぃわ」
 欲張ってみっつもいっぺんに頬張るから噛み砕くのもままならないみたいだ。あんまり味はしないな、とか言っているんだろう。聞き取れなくても顔でわかる。
 かりぽり。がりりっ。ようやく口の中が自由になった鈴は、「だが冷たくてうまいぞ」と負け惜しみを言った。
 僕はふたを見る。残った氷はあとみっつ。鈴はいつ気がつくんだろう。この最後のみっつの寿命が迫っていることに。
 まあ、僕はハムを食べられればいいんだけど。


[No.408] 2009/09/12(Sat) 17:51:34
筋肉魔法 (No.389への返信 / 1階層) - ちちここくく@1844byte

「なあ、理樹」
「うん?」
 理樹と真人は部屋で一緒に筋トレ中だった。そんな中、真人は理樹に話しかけていた。
「魔法、ってあったらいいよな…」
「うん、そうだね。でもどうして急に?」
「だってよ、魔法の力ですぐに筋肉がムキムキになるじゃねえか!」
 腹筋をしながら二人は話をしているが、二人にとっては造作もないことで涼しげな顔をして腹筋に臨んでいる。
「でもさ、真人は前に言ったよね」
「ん………?オレはなんて言ったんだ?」
「『筋トレはさ、やっぱこうやって筋肉がムキムキになる想像をしながら鍛えてる時が一番楽しいよな!』って僕と一緒に腕立て伏せをやりながら言ってたよ」
 そう、数週間前、理樹は真人が口にしたことを覚えていた。それも筋トレ中に。
 真人が言葉を出す前に理樹は続けて喋る。
「魔法ですぐに筋肉がムキムキになったらさ、その真人の一番の楽しみがなくなっちゃうよね?」
 理樹は表情を変えないまま言い切った。対する真人は苦しそうな表情をしていた。
「そうだったな……その楽しみがなきゃオレは…オレは……死んだも同然だ…。理樹、ありがとな」
 その言葉に理樹は無言の返事をする。
 今、身体を止めないで筋トレすることが二人にとっても一番だったから。
 真人はそのことにも気を止めないで、。

「でもさ、理樹。やっぱ魔法ってすげぇとおもわねえか?」
「なんで?」
「魔法の力でさ、筋トレの効率をよくすることが出来れば、すぐ筋肉ムキムキになれるじゃねえか!」
「うん、そうだね」
 理樹は息を切らさないで続ける。
「でもさ、真人は前に言ったよね」
「お…オレはなんて言ったんだ?」
「『筋トレはよ、こうやってムキムキになる想像をしながら地道にコツコツやった後の疲労感や達成感が一番気持ちいいよな!』って僕と一緒にヒンズースクワットをしながら言ってたよ」
 理樹は咳払いをひとつして続ける。
「魔法で筋トレの効率が良くなったりしたらさ、その真人の言う一番気持ち良いことがなくなっちゃうよね?
「そうだったな…オレは……どうかしてたみたいだ……。理樹、ありがとな」
 真人の感謝の言葉を理樹は沈黙で返す。

「なあ、理樹」
「うん?
「やっぱ魔法っていらないな」
「そうだね」


[No.410] 2009/09/12(Sat) 21:32:40
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