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   第43回リトバス草SS大会 - 主催代理 - 2009/10/23(Fri) 00:17:16 [No.455]
だってようっ、大丈夫だと思ったんだよぅっ - ちこく@8791byte - 2009/10/24(Sat) 11:23:25 [No.468]
貧乏金なし - ひみつ@5716 byte - 2009/10/24(Sat) 01:40:18 [No.467]
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まあ、夜空はさておき - ひみつ@ 6482 byte - 2009/10/23(Fri) 23:42:37 [No.462]
星に願いを - ひみつ@20425 byte - 2009/10/23(Fri) 23:38:28 [No.461]
高度に発達した幼馴染は恋人と見分けがつかない - ひみつ@9,712 byte - 2009/10/23(Fri) 23:33:08 [No.460]
境界線 - ひみつ@20177 byte - 2009/10/23(Fri) 23:07:58 [No.459]



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第43回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催代理

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「朝」です。

 締め切りは10月23日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は10月24日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.455] 2009/10/23(Fri) 00:17:16
境界線 (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@20177 byte

「よう、みんな集まったな」
 いつも通り颯爽と恭介が部屋へ入ってきた。
「もう、遅いよ、恭介」
「そうだぜ、言い出しっぺが遅れんなよ」
「いったい何の用だ」
 口を開いたのは僕、真人、謙吾。
 鈴は今日呼んでいない。なんでも男だけで集まりたかったらしい。
「はは、わりぃな。ちょいとお前たちに聞きたいことがあってな」
「僕たちに?まあいいけど」
 恭介が僕らを頼ってくるなんて珍しいな。
 まあ嬉しいけど。
「まーた、くだんねえことじゃねえだろうな」
 真人の揶揄に思わず苦笑を漏らす。
 まっ、結構ばかばかしいことやってるしね。
 けど例えそうでも最近一緒に遊べてないから僕としてはなんでもいいんだけどね。
「別にくだらないことじゃないさ。とっても重要なことだぜ」
「へー、なんだろ」
 そうは言っても恭介って結構大げさだからなぁ。
 恭介はしばらく僕らの見つめ、ニヤリと口元を歪めると重々しく口を開いた。
「なあ、お前ら」
「う、うん」
「おう」
「うむ」
 僕らは一斉に息を呑む。
「貧乳ってどっからだと思う?」
 その瞬間、世界は凍り付いた。

                          境界線

「……………えっと、何をいきなり言い出してんの、恭介」
 いち早く再起動を終えた僕が代表して真意を問い質す。
 いやいや、いきなり何とち狂ってんだろうこのリーダーは。
「なんだ、何か変か?ちょっと疑問に思ったんでお前らの意見も聞きたかっただけなんだが」
「いや、だからなんでそんな疑問持つのさ」
「そうだぜ。なんでそんなくだんねーことを」
「いよいよ(21)に磨きがかかったか?」
 復活した真人と謙吾も呆れ果てたように恭介を見つめる。
「別にくだらないことなんかじゃね―よ。それに誰が(21)だ」
「え、恭介」
「お前だろ」
「お前以外におらんだろうが」
 なに当然のことを言ってるのだろうか我らがリーダー(笑)は。
 恭介以外にそんなの該当する人いるわけないじゃないか。
「おーい、理樹。なんか地の文の突っ込みがきついぞ」
「そうかな?」
「そうだよ。……はぁ―、まあいい。最近昔のゲームで遊んでたんだよ」
 強引に話を進める気らしい。
 まあうだうだをしてても仕方ないし、話を聞こうか。
「ゲームって」
「ああ、数年前に流行ったギャルゲーな。それプレイしててふと疑問に思ったんだ、実際に貧乳ってどのサイズからなんだろうかって」
 ……いや、ねえ。
 真人も謙吾もまた固まってる。
 ホント恭介は大丈夫なんだろうか。将来的な意味で。
「あー、寮の中で堂々とギャルゲーをプレイするってのもなかなか凄いけど、注目するところがそれなの?ギャルゲーってあれでしょ。女の子と付き合うゲーム」
「まあ端的に言えばそうだな」
「それって普通女の子の可愛さや話の内容に注目するんじゃない?なんでそんなマニアックな物に目を向けてんのさ」
 まあそう言うのを熱く語られても困るんだけどさ。
 でもまだ理解はできる。
「仕方ねえだろ。プレイ中に何度か主人公がヒロインの胸の小ささや身長をからかってるとこがあってさ。小学生だとか男の子みたいだとか言ってるんだがどうにも納得できなくてな」
 それで仕方ないと言われてもこっちが納得できないんだけど。
 まあでもちょっと気になるな。
「女の子のそう言うとこからかうのはよくないと思うけど、本当にそれ主人公の発言?」
「ああ、そうだが」
「ふーん。ゲームの主人公ってもっといい人かと思った」
「いや、扱い的にはお人好しとかの部類だぞ。鬼畜系のゲームとかじゃもっと酷いし」
「いやいや、そんな真逆のジャンル言われても困るから」
 どっちも遊んだことないけどギャルゲーと鬼畜ゲーは全然別物だろう。
 まあどっちもあんまり踏み込みたくない世界に変わりないし。
 今後も大人しくRPGやアクションゲーム辺りで遊んでいこう。
「しっかし身体的特徴を貶すとは男として風上に置けんな」
「そんなんで話の中心になれんのか?」
 どうやら謙吾と真人も僕と同意見らしい。
 うんうん、そうだよね。
 そういうのは心の中だけに留めておくものだと思う。
「それだけ気やすい仲って事だろ」
「えー、でもクドとか来ヶ谷さんや葉留佳さんにからかわれて落ち込んでるとこ見てるからどうもねえ」
「ありゃ女だからできることだろうな」
「男の俺たちにはそんな真似できそうもないな。まあ言う気もないが」
 普段のリトルバスターズ女子メンバーのやり取りを見てるとねぇ。
 よくまあ来ヶ谷さんとかクドや鈴にあんなスキンシップできるなぁ。
「まあまあ。今はそう言う意見は置いといてだ、お前たちはどの辺りから貧乳だと思ってんだ」
「えー、なんでそんなこと聞くのさ。そんなの個人の主観でしょ」
「かもしれんが、平均はどんなもんかとな。それにお前たちの感覚も知りたいし」
「そんなもの知りたがらないでよ」
 僕は思いっきり溜息を吐く。
 真人と謙吾の目も心なしか冷たい。
 けど恭介は全然動じる様子を見せない。
 ある意味尊敬するよ、その態度。
「で、ちなみにそのゲームの女の子のサイズっていくら?ゲームだから発表されてたりするんでしょ」
 とりあえず聞いておこう。
 これで数値が小さかったら恭介の称号は『ロリ確定』にしよう。うん、文句は言わせない。
「確か80cmだったかな」
「80?そりゃまた……確か二木さんと同じくらいか」
 それは確かに貧乳とは言いづらいサイズだ。
「……なんでお前が二木の胸のサイズを知ってんだ?」
「……理樹、お前」
 なんか今度は僕が注目されてるっ!?
 謙吾も驚愕の視線を向けないで。
「いやいや、以前葉留佳さんが自分より胸が1cm小さいって言ってたの覚えてただけで」
 すると恭介が冷めた視線を向けてきた。
「なんで三枝の胸の大きさを知ってんだ?」
 今度はそっち?
 いや、まあ確かに説明が足りなすぎるか。
 でもそんな引いた姿勢で見ないでよ。
「いやね、前に来ヶ谷さんがメンバー全員のスリーサイズを教えてくれたんだよ。たぶん僕の反応を楽しもうって腹だったんじゃないかな」
 まあ思惑通り僕は顔を真っ赤にしてしまったのだが。
 触ってみるかいとか言わないで欲しい。
 うう、思い出したらまた顔を熱くなってきた。
「なんか顔あけーぞ」
 いやいや、改めて指摘しないで真人。
「まあ来ヶ谷なら知っててもおかしくないか」
 どうやら恭介は納得してくれたようだ。
「だがよくそれをお前は覚えていたな」
「お、そう言えばそうだな」
 謙吾の言葉にまた興味を持たれてしまった。
 いやー、でもね。
「ま、まあ僕も男だし……」
 身近な女の子たちのスリーサイズを予期せず知ることができたのだから、忘れるって言う選択肢もないよね。
「理樹も男なんだなぁ」
 いやいや、真人もそんな感慨深く言わないでよ。
 他のみんなも生暖かい目で見ないで。
「まあ理樹のムッツリ具合が判明したところで「ムッツリじゃないよっ」……話題を戻そう。お前たち的にはどのくらいが小さいって思うんだ」
 うう、スルーされてしまった。
 でも。
「やっぱり言わなきゃダメ?」
「ああ、知りたいな」
「つかそう言われてもサイズなんて俺ら気にしたことねえぞ」
「俺も知らんな」
 真人も謙吾も確かに知らなそうだ。
「雑誌に載ってるアイドルのプロフィール参考にすりゃいいじゃねえか」
 確かに恭介の言うとおり参考にはしやすいように思えるけど。
「でもああいうのって水増ししてそうだしなあ」
 アイドルってサバ読んでそうだし。
「おいおい。夢を持とうぜ、理樹」
 いや、そんな呆れた目をしないでよ恭介。
 そんなんで夢って言われてもねえ。
「じゃあ身の回りの連中を参考にすりゃいいだろ。サイズは理樹が知ってるみたいだし」
「えー、それ発表するの?」
 ああいうのはプライバシーに関わるだろう。
 まあ僕が知ってる時点でプライバシーを侵害してる気がするけど。
「まあまあ所詮仲間内だ。俺たちが他の奴らに言い触らすわけないだろ」
「そりゃそうだけど……」
 そう言う問題でもないと思うんだけどな。
「まっ、いいじゃねえか、言っちまえよ」
 なんかその言葉に邪な感じを受けるんだけどなぁ。
「はぁ―、もう分かったよ。分かってるだろうけどここだけの話にしてよ」
「分かってるって」
「別にあんな脂肪の塊に興味ねえって」
「無論。女子のそのような情報は元より聞く気はないのだがな」
 恭介は別として真人も謙吾もホント興味なさそうだ。
 それはそれでどうかと思うんだけどね。
「じゃあ理樹の許可も取れたと言うことで早速質問だが、二木よりサイズが下のやつって誰だ?」
「二木さんより?それは……クドと西園さん、鈴と笹瀬川さんかな」
 数字を思い出しながら答える。
 うん、あとはみんな二木さんより大きかったはず。
「あいつらか……」
「うん。……なに?なんか気落ちしてるけど」
 話のオチを聞かされてしまったかのような雰囲気だなあ。
「いやだってなあ。例えば能美の場合考えるまでもないだろ」
「まあうん。クドには悪いけどさすがにあれは大きいとは言えないよね」
「つかはっきりと小さいと言えばいいんじゃねえか」
 いや、人がせっかくオブラートに包もうとしてんのに。
「そうはっきりと言うものではないぞ。……しかし、まあな」
 謙吾すら言葉を濁してしまう。
「あれは貧乳というか無乳の域だよな」
「うん、まあね……」
 恭介の言葉を僕は否定できなかった。
 ごめん、クド。だって仕方ないよ。
「サイズはいくつなんだ?」
「えっと、確か69」
「「「6……」」」
 全員絶句してしまった。
 70より下だとはさすがに予想していなかったよね。
「な、なかなかに酷い数字だが……まあ能美はロシア人の血が入ってるからきっとそのうち大きく育つだろう」
「そ、そうだよね。外国人って成長が激しいからね」
 一応僕らより年下でもあるし、まだ可能性は消えてないはず。
「けど母親がそうだったら望み薄なんじゃねえの」
「いやいや、そんな身もふたもないこと……」
 せっかく頑張ってフォローしようとしてんのに真人ったら余計なことを。
「まあなんだ。本人もかなり気にしているようだからこれ以上言ってやらんほうがあいつのためだろう」
 謙吾のその言葉でクドの話題は打ち切ることに決めたのだった。
「それで残りの三人だが、こいつらも俺個人としては全員小さい部類で括っちまっていいと思うんだが」
 本人に聞かれたら殺されそうだけど確かにねえ。
「だな。あいつらどっこいどっこいで小せえしな」
「まあそうだよね」
 見た目に多小差はあるけど、制服の上からも胸が薄いのが分かっちゃうし。
「西園とか全体的に細いイメージだよな」
「鈴に関してもな。もう少し女性を感じる体つきならあそこまで男っぽくならなかったかもしれんのに」
 そうだよねえ。
 だから同性のように付き合えていたってのもあるけど。
 まあ最近はさすがに女の子にしか見えないけど。
「……だが鈴はあれはあれでいい気がするがな」
「……恭介」
 ぽつりと零した恭介の言葉に思わず顔が引き攣る。
 見れば真人たちも距離をとってる。
「なんだよその目は。いいじゃねえか、お前らだって鈴が巨乳になるイメージとかねえだろうが」
「そりゃそうだけど。別に来ヶ谷さんレベルは求めなくてもせめて葉留佳さんくらいなら可能性も……」
「三枝か?あんな中途半端な大きさになるなら今のままでいいだろ」
「いやいや、別にそれでもいいじゃない」
 それが悪いって訳じゃないし。
「だが言われてみれば、あの筋肉の付き方からしたらあれくらいでいいかもしれねえぞ」
「えー。別に有っても問題ないでしょ」
「でもよー、動きづらくなるんじゃないか」
 はぁー、もうなんでもかんでも筋肉に結び付けちゃって。
「まっ、とりあえず現状小さいって認識でお前らもいいんだよな」
「まあ、ね」
 ささやかって感じだしなぁ。
「笹瀬川もそんなものか」
「だね、なんかがっかりって単語が浮かんじゃうな」
 見た目は少し違うけど確か鈴とサイズはほとんど変わらないから下着の補正なんだろうな。
 と言うか逆に鈴はそういうのに気を遣った方がいいと思う。
「ちなみにサイズはどうなってんだ?」
「えっと、確か西園さんが75で鈴が77、笹瀬川さんが78だよ」
 恭介の質問に記憶を掘り起こしながら答える。
「鈴は第三位なのか」
 恭介は遠くを見ながら呟いた。
 なに考えてんだろ。碌でもないこと考えてないといいな。
「そういや二木と笹瀬川って2cmしか変わんねえのな」
「数値的には差がないように見えるがな」
 真人たちの言葉に思わず頷きそうになる。
 そう言えばそうだね。見た目結構違うのに。
「なんか不思議な力でも働いてんじゃねえか」
「不思議なって適当だなぁ」
 NYPとかじゃあるまいし。
「まっ、胸周りの筋肉や脂肪の付き方が違うからその辺で見た目も変わるんじゃないか」
 筋肉の専門家がそう言うって事はそれが近いかも。
 トップとアンダーの差ってやつかな。
「可能性はあるわな。となるとやっぱ二木の80cmがボーダーになるのか」
 言いながら恭介は溜息を吐く。
 ボーダーだからゲームの主人公は80cmを貧乳扱いしてたって事?
 ああ、そう言えば気になったことがあったんだった。
「ねえ、恭介。さっきのゲームの女の子って身長はいくつなの?」
「身長?」
「うん。真人の言葉で思ったんだけど、身長の差からくる印象もあるじゃない」
 いくら同じサイズの胸でも背が高い人と低い人じゃ印象がかなり変わるからね。
 その子がかなり背が高いって可能性もあるし。
「ああ、なるほど。確か154cmだから鈴と同じくらいだな」
「鈴と?」
「ああ。その辺は調べんでもお前らのは分かるからな」
 そう言って僕らを見渡す。
 伊達に長い付き合いしてないってことか。
「でも鈴と同じ身長で80か。逆に大きい部類じゃない?」
 決してスタイルは悪くないと思う。。
「確かにな。ああ、もしかしたら周りに胸が大きい女ばかりいるからか」
「そうなの?」
「ああ。女は一人を除いて全員80台で80台後半もいるしな」
「ふーん。て、やっぱり主観じゃん」
 環境で基準とかは変わるはずだし。
「まあそう言うな。お前らはどういう基準か知りたかったってのもあるし」
「いや、だから知りたがらないでよ」
 それを知って恭介は何を知りたいのだろうか。
 僕が呆れて溜息を吐くと、不意に真人が疑問を口にした。
「そういやうちのメンバーって胸大きいやつそんなにいないんだな」
「え?なに急に」
「いやな、二木と三枝は普通だろ。あと残ってるメンバーも来ヶ谷の姉御は別格にしてもさ」
「小毬さんとあや?確かに二人とも83cmでちょっと大きいってくらいだね」
「だろ」
「なるほどな。うちのメンバーは傾向的に胸が小さいのか」
 いやいや真面目な顔してそんなこと言わない。
 近くにいないからって恭介ってばチャレンジャーだなぁ。
「気にしてなかったが確かにそうだな」
「だろ。つーことはだ」
 いきなり真人は僕の顔を見てきた。
「なに?」
 突然の行動に思わず身構える。
「理樹っちは胸が小さい女が好みなのか?」
「ぶほっ!いきなり何言ってんのさっ!!」
 あまりの言動に思わず吹き出してしまった。
「理樹、そうなのか」
「理樹……」
「ちょ、恭介はなに目を輝かせてるのさ!謙吾も引かない!」
 あんまりな態度に思わず怒鳴ってしまう。
「でもよー。あいつらスカウトして来たのお前だろ」
「うっ」
「確か来ヶ谷は自分から参加表明したな」
「そ、それは……」
 たまたま見つけたメンバーが彼女たちってだけで、そこには注目して選んでないし。
「神北も顔立ち幼いからな。……理樹、俺はどんな性癖がお前にあろうと味方だぞ」
「いやいやいや、謙吾も真面目な顔でなに言ってんのさ」
 なんかどんどん包囲網が狭まってるし。
「そうか。お前も(21)だったか」
「いや、違うから。つか恭介、今自分の性癖告白したよね」
「んなのどうもいいじゃねえか。恭介より今はお前のことだろ」
 話題を逸らそうと恭介の方に話を振ってみたけど、追求は止みそうにない。
 ああ、もう。なんでそうなるのさ。
 そもそもね。
「あのね、僕の彼女はあやだよ。全然彼女はそっちの要素ないじゃない」
 そう、僕にはあやという彼女がいる。
 あやはスタイルいいからロリや貧乳の要素はない。
「なるほど。つまりお前のその性癖を覆す何かがあいつにはあったって事か」
「いやいやいや」
 あくまでもそっちの方へと結び付ける気?
 真人と謙吾も納得した風だし。
「なんだ、違うのか?」
「当然でしょ。あやは確かにマニアックなだけどそれに惹かれた訳じゃないし」
「本当かぁ〜」
 全然信じてない風だ。
 そりゃMっ気が強いあやに付き合ってアブノーマルな世界に片足突っ込んだこともあるけど、僕自身は至って普通で変な性癖もないのに。
「まっ、理樹の秘められた性癖が明らかになったところで、次の話題な」
「秘められてないよっ。っていうか次の話題?」
 聞いてないよ。これで終わりじゃないの?
「なに言ってんだ。夜は長いんだぜ」
「えー、夜通し?」
 明日も学校あるのにこんなくだらないことさっさと終わらせたいんだけど。
「さてとじゃあ次は……」
「スルー?」
 なんか僕の扱いが酷くなってる?
「そうだな、彼女持ちの理樹に質問だ。キスって実際どんな感じなんだ」
「知らないよっ。自分で確かめればいいじゃない。恭介モテるんだからさ」
 慕ってくれる女の子は結構いるんだから、その内の誰かと付き合えばすぐ分かるってのに。
「いいよ、別にメンドくせえ。目の前にお前がいるんだから、聞けばすぐだろ」
「いや、そうかもしれないけど」
 でもそう言うの堂々と発表するものでもないし。
 それに期待されてもなぁ。
「ほれほれ。早く言っちまえよ。キスくらい何度かしたんだろ?」
「そりゃまあ、結構長いし」
 もう一ヶ月以上かな。
「じゃあさ」
「でもキスするたびに頭真っ白になっちゃうからよく分かんないよ」
 未だにその瞬間は冷静になれない。
 フレンチキスすら緊張するのにそれ以上のことをする時は正常に思考できないからなあ。
「……お前ウブなんだな」
 呆れたように言わないでよ、恭介。
 真人も謙吾もジトッとした目をしてるし。
「理樹がまだお子様な事実は放っておいて、じゃあ次」
「えー」
 またも流されてしまった。
 ちょっぴり悲しい。
「次はそうだな。……朝女子に起こしてもらう方がいいか、起こす方がいいか、どっちだ?」
「へ?なにそれ。それって恋人相手?」
「いや、幼馴染くらいで」
「えー、付き合ってもいないのにそんなことするの?」
 僕らに当て嵌めるなら鈴相手って事かな。
 いやいや、考えられないし。
「ゲームだしな。で、どっちだ?」
「どっちって、寝ている女子の部屋に入るなんてどうかと思うし、起こしてもらうのも悪いよ」
 どっちも僕は考えられない。
「それでも敢えて言うならどっちだ?」
 どうやら答えないと許してくれないらしい。
 ホント、なんでこんな事に。
「そうだね。どちらかと言えば起こしてもらった方がいいかな」
「ほう。そりゃなんでだ」
 興味深そうな恭介に視線に僕は苦笑いを浮かべながら答える。
「やっぱり起きた時に誰かいてくれると嬉しいしね」
 ちょっとした甘えだよね、これは。
「……そうか。真人は」
 僕の返答に少しだけ真面目な表情を見せ、真人に話を振る。
「ん?そもそも朝起きれない俺に選択肢なんかねえだろ」
「ああ、それもそうか」
「いやいや、恭介もそれで納得しない。真人も起きる努力しようよ」
 いつもそれで僕が苦労してるってのに。
「おう、悪いな」
「いやいやいや」
「それじゃあ謙吾は」
 僕らのやり取りを無視しつつ恭介は謙吾に話を振る。
「ふぅー、敢えて答えるなら女性の部屋にみだりに入る気はないのでな」
 あとは分かるだろうと謙吾は口を閉ざす。
「なるほど。お前たち全員起こしてもらう方か。まっ、かく言う俺もそれだな。じゃあ次だ」
 そんなこんなで、女の子の話題を交えつつ僕らはくだらないやり取りを結局朝まで繰り返したのだった。


 ――次の日の放課後。
 前日の疲れが抜けないまま授業を受け、いつも通り野球の練習を終えた僕はあやに声を掛けられていた。
「どうかしたの、いったい」
「ちょっとね。あたしの部屋まで来てくれない?」
「ん、いいけど。デートのお誘い、とかじゃないよね」
 それなら部屋まで行くのもなんか変だし。
「うう、それはそれで魅力的な提案だけど、今日は別件なの」
 あやの表情は心底残念そうだ。
 一昨日もしたけど、それはそれだしね。
「じゃあ今度の日曜日デートしようか」
「ホント!?って、いやいやそうじゃなくて」
 フルフルとあやは首を振る。
 ちょっぴり変だけど、あやらしいっちゃらしいかも。
「場所はどこがいい?いつも通りゲームセンター?それとも遊園地や動物園とか?」
「いや、だからね……」
「あやが望むならどこへでも付き合うよ」
 僕はあやの彼氏なんだし、できるだけその希望は叶えたい。
 まあ昨日のやり取りで疲れたので癒しを求めてるだけなのかもしれないけど。
「……あや?」
 急にあやが立ち止まって震えだしたので心配になって声を掛ける。
 いったいどうしたんだろう。すると。
「うんがーーーーーーーーーーっ!んなに待てるかあああぁぁあああぁぁぁぁああぁぁぁっっ!!」
「ええっ!?」
 いきなりなに?
「日曜日と言わずに今日遊ぶわ。そりゃもう遊びまくりよ!そうよ、まずはゲームセンターね。遊んで遊んで遊び倒してやるわ!そんでもってぬいぐるみをゲットしまくってクレーンゲームの箱を空にしてやるわ!」
「いやいや、今日は用があるんじゃないの?」
 だから日曜日の予定を立てようとしてたんだけど、いいのかなぁ。
「いいのよ別にんなもん。ぽぽいのぽいよっ!さあいざ出陣よ!んでもって遊び狂ってやるわ!あーっはっはっは!……って、ごふっ!!」
「ああ、どこからから飛来した石があやの頭に!」
 なんか拙い倒れ方をしたし。
 僕は慌ててあやの側に駆け寄ってその意識を確かめる。
「ああん、えくすたし〜」
 どうやら無事らしい。
 身悶えるあやを抱え上げ、近くのベンチに寝かせることにした。
 そして数分後。
「さあ部屋に行くわよ」
 復活したあやは有無を言わせず僕を女子寮へと連れて行く。
「デートはいいの?」
「それは明日決めましょ」
「うん、いいよ。あやがいいなら僕はいつでもいいし」
 笑顔を向けるとあやは耳まで真っ赤に顔を染めてしまった。
 ホント、可愛いな。
 そんなこんなでUBラインもあっさり越え、見張りの女子たちに見送られ僕らは女子寮へと入った。
 それでいいのかという突っ込みはそろそろ疲れたので止めておく。
 そしてとうとうあやの部屋の前に到着。
「さ、入って」
「うん」
 あやの部屋って一人部屋だからな。
 ちょっと緊張しちゃうな。
 僕は内心のドキドキを抑えながらドアノブを捻った。
「ふむ、よく来た少年」
「へ?来ヶ谷さん?」
 目の前にいた来ヶ谷さんに思わず思考が停止する。
 なんでここに。
 そう疑問を口にする前にいきなり背中を押された。
「ちょ、なにするの、あや」
 後ろにいたはずのあやに向かって怒鳴ると、彼女は後ろ手にドアを閉め、僕に前を向くよう促す。
 渋々それに従うと、部屋の中には来ヶ谷さん以外にも鈴たちリトルバスターズ女子メンバー全員と二木さんが座っていた。
「これはいったい……」
 訳が分からずもう一度あやの方を振り向くと、彼女はおもむろにテープレコーダーらしきものを取り出しスイッチを入れた。
『……貧乳ってどっからだと思う?』
 僕の身体は一瞬で凍り付いた。
 今の台詞は紛れもなく昨日の恭介の会話。
 カチリとその台詞だけでテープは止められたが、僕の背中は嫌な汗でグショグショだ。
「ふむ、あやくんは私より盗聴器を仕掛けるのが上手いな」
「まあね。こう言うのは得意よ」
 二人の怪しい会話に突っ込む気力すら浮かばない。
「ちなみに恭介さんは先ほど鈴さんにこれでもかと蹴手繰り倒されました」
「やはは、動かなくなったんで草むらのとこに捨てときましたヨ」
 西園さんと葉留佳さんの言葉に更に冷や汗が溢れ出る。
 よく見ればクドや鈴の目がやばいくらい怖い。
「宮沢と井ノ原も始末しといたわ」
「い、いつの間に?」
 ヤバイ、ヤバ過ぎる。
 絶対零度の二木さんの視線に震えが止まらない。
「さて理樹くん。昨日の会話についてじっくり聞かせてもらおうかしら」
 あやにポンと肩に手を置かれた僕は最高潮の震えを見せた。
 そしてその日も朝まで寝かせてはもらえないのでした。


[No.459] 2009/10/23(Fri) 23:07:58
高度に発達した幼馴染は恋人と見分けがつかない (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@9,712 byte

 圧し掛かってくる重さに眼を覚ますと、鈴がベッドに横たわっていた。
 寄り添うように上半身を脇に寄せ、けれどきっとそこで力尽きたのだろう、下半身は僕のお腹の上に残ったままだ。随分と安らかな寝顔だけど、乗っかられているこっちとしては堪らない。
 よいしょと除けると「うにゃう」なんて鳴いて不快そうに眉を寄せるのだから、もしかしたら起きているのではないかと思う事もあったけど、どうやら本当に寝ているらしい。ほっぺを抓っても鼻先をふにふに押しても抵抗しないのが、その証拠だ。もし起きていたなら、今頃強烈な蹴りが飛んでいただろう。
 何度か欠伸をしてから目覚まし時計を確認すると、やはり午前七時半だった。毎朝の事なのでもう時計を見なくても分かるほどだ。目覚まし代わりにやってきて、目覚ましとして利用する。それがこの猫のような幼馴染、棗鈴なのであった。
「鈴……鈴ってば。もう朝だよ、起きて」
「むにゃむにゃ」
「いや、そんな怪しげな寝言を素で言ってる場合じゃないよ」
「う〜ん、あと五分」
「だからベタ過ぎるって!」
 呆れつつも立ち上がり、手早く着替えを済ませた。それから窓を全開にしてやると、肌に冷やりと触れる風が舞い込んでくる。今日も良い天気だ。高い空に二羽の鳥が舞っていて、僕は自然とその姿を眼で追っていた。
 そんな優雅な朝を嫌悪する吸血鬼のように、鈴は文字で表現できない呻き声を上げながら布団の穴倉に潜りこんでしまう。
 僕らが共有できない喜びの一つだった。



「理樹はもう少し、起こし方を丁寧にすべきだと思うぞ」
「人の布団に潜り込んで来て、しかも本来の主を足蹴にしておいてよく言えるね」
「濡れ衣だ!」
 無茶苦茶を言う。出るとこ出たって勝訴できるくらいに、こっちには証拠があるのに。
 それでも、布団を引っぺがした時にたんこぶを作ってしまったようで、あまり強くは出られない僕だった。
「ほら、早く、ご飯。今日は鈴の当番でしょ」
「分かってるから、座って待ってろ。まったく、理樹は子供だな」
「いやいやいや、学校に遅れそうなんだよ」
「……今日はニ限からじゃないにょか?」
「じゃないにょ。一限目からです」
「なんでそれを早く言わないんだ! かなり大ピンチだぞ!」
 慌しく朝食を作り始めた鈴の背中に、聞こえないくらいの小声で「昨日、寝る前に言ったじゃないか」と愚痴った。聞いていなかったのか、聞いていても忘れたのか。何にしても、こんな事も珍しくもない。
 実際、鈴は手早く料理を仕上げていた。
 五分少々でちゃぶ台にはそれなりの朝食が並び、手際のよさがうかがえる。
 アパートで一人暮らしを始めた頃とは大違いだ。
 まぁ、一人暮らしなんて言っても二人の部屋は隣りあわせで、日常的にどちらかの部屋に入り浸っているのだから、あまり実感はないけれど。
「さっさと食べて、さっさと行くぞ。遅れたら面倒だからな」
「分かってるよ。焦って食べて喉詰まらせないようにね」
 注意を促した傍から食パンで咽ている鈴に牛乳を差し出した。
「んんん〜っ、ぶふぉぅ!」
「汚っ! ちょ〜汚っ!」
 慌しい朝食を終えて、僕らは一緒に部屋を出た。
 向かう先は同じ大学の同じ教室だ。
 先ほど鼻から牛乳した鈴は不機嫌そうに聞いてきた。
「忘れ物はないか?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「理樹はボケボケだからな。こうやってちゃんと注意してやらないと」
「えー。どう考えたって鈴ほどボケてないはずだけど」
「自覚が無いのが天然って言うらしいぞ」
「ここに鏡がないのが残念だ……」
 


 昼休みの食堂は混み合っていて、二つ並んだ席を見つけるのに苦労した。
「折角天気が良いんだから、お弁当買って外で食べればよかったね」
「お金勿体無いだろ」
「じゃあ、作ってよ」
「今度気が向いたら、良いぞ」
 その今度とやらが何時ごろ訪れるのか、きっと予知能力者にだって分からないだろう。
 つまり、そんな日は来ないって意味だが。
「やっぱり僕が作ろうかな。それで、ピクニックにでも行こうか」
「うん。それは良いな」
 乗り気な鈴と何処まで行くか相談していると、女の子が声をかけてきた。
 同じ語学を受けている子で、鈴の友達だった。
「あっ! 棗さ〜ん!」
「なに?」
「ねぇねぇ、今日何か用ある?」
「いや、何もないぞ」
「良かった。じゃあ、一緒にどう? 良い男揃ってるよ〜」
 怪しげな物言いの正体は合コンの誘いだ。
 鈴が少しだけ困った顔を向けてきた。けど、そんな顔をされても僕だって困ってしまう。誘われているのは鈴で、男は無関係なのだから。
 助け舟のように別の子がやってきて、その肩を引いた。
「ちょっとやめなさいよ、旦那の前で」
「えー、でも棗さんって直枝と付き合ってるわけじゃないんでしょ」
「そうだぞ。理樹は旦那じゃない。幼馴染だ」
「おおっと、ばっさりだ! ねえねえ、直枝としてはその辺、どうなわけ?」
 どうと言われても、鈴が語った通りだとしか言えないわけで。
 だいたい、鈴を異性として見るなんて考えられない事だ。小さい頃は男の子にしか見えなくて、大きくなったら男以上にガサツで。変なところで繊細だったりするのも逆に困る。下着を勝手に洗ってあげたら蹴られたのに、目の前で下着姿で昼寝していたりとか。ワケが分からない。というか、色気が無い。本当に女の子なの?って感じだ。
「お〜い、直枝ってば。何か考え事?」
「いいや、別に」
「そう? んでさ、二人は本当に付き合ってないの?」
「そうだよ。だから、鈴。行ってきたら?」
「けど、今日の晩御飯はあたしの当番だぞ」
「いいよ、自分でやるから。あ、でも遅くなるんなら連絡……いや、良いか。楽しんでおいでよ」
 お昼の残りを適当に口に放り込んで、僕は席を立った。
 さぞや素敵らしい男でも捕まえてくれば良いやと思った。



 特に目的もなく町を歩いていたら、すっかり陽が落ちていた。
 明るい夜空に幾つかの星が散らばっている。何の気なしに数え始めてみたら、本当に数え切れてしまいそうに思えて、直ぐにやめてしまった。しかも困った事に、東の空には黒い雲が漂っている。天気予報を確認しておけばよかった。
 河川敷をのらりくらりと進みながら、いい加減家に帰ろうと思った。
「鈴、傘持ってないけど大丈夫かな」
「全然大丈夫だぞ」
「うわっ! びっくりした!」
 いきなり鈴が背後に立っていたものだから、幻なのではないかと疑ってしまった。
 けれど少しだけ息を荒くして、走って追いかけてきたと思われるその姿は本物だ。
「どうして……?」
「理樹がここらへんに居る気がしたから」
「いや、そうじゃなくて。合コン、行かなかったの?」
「面倒くさい」
「そんなだから、何時まで経っても彼氏が出来ないんだよ」
「うっさい! そういう理樹だって一人じゃないか」
「……ところが、実はちょっと良いかなって思う子が居るんだよね」
「理樹みたいなヘタレに惚れられるなんて可哀想だな」
「ひどい! 鈴みたいな子に惚れられる人よりはずっとマシだよ!」
「何を隠そう。あたしは尽くす女だ」
「その手の自己申告って、パソコン詳しくない友人の、何もいじってないのに壊れたって発言くらい信用できないよね」
「預けたお金が倍になるくらいに信用できるぞ。もちろん元本保証」
「あきらかに詐欺じゃないか!」
 ツッコミを入れたら、何故だか無性に笑えてきた。
 鈴も同じ様子で、すっかり上機嫌になっている。
「……帰ろっか」
「もうちょっと散歩したい」
「でも。ほら、雨が降ってきたよ」
 ぽつ、ぽつと広げた手のひらに雫が触れた。それは秒刻みで増え始めて、見上げた空を一面、雨雲が覆いつくそうとしていた。
「近くにコンビニがあるから、そこで傘を買っていこう」
「……やだ」
「え? どうして?」
「お金もったいないだろ。走ればいいじゃないか」
「えー、結構距離があるよ? せめて雨宿りしていこうよ」
「たまには運動しないと駄目だぞ。最近、理樹の二の腕がぷにぷにしているの、知ってるんだからな」
「そんな事ないよ! いや、じゃなくて。そういう問題じゃないような気がするんだけど!」
 けれど、一度言い出した鈴が聞いてくれるわけもない。
 僕の手を取って走り出した鈴は楽しそうだった。なら、着いていくしかないのかもしれない。そんな風に思った。



「ずぶ濡れだ……」
 アパートに着いた頃には、すっかり本降りになっていて、頭からバケツをぶちまけられたように水浸しの状態だった。長い髪を振って水気を飛ばしながら、当然のように僕の部屋に上がろうとする鈴をなんとか押し留める。
「ちょっと待って。タオル取ってくるから……そのままだと床がびちょびちょになっちゃう」
「う〜、早く〜」
「はいはい。よっと、これ使って」
 バスタオルを頭から被せてあげると、鈴は気持ち良さそうに顔を拭った。
 同じようにタオルを被って、酷い目にあったと息を吐いた。
「服、洗濯するから脱いじゃって」
「……えろい眼で見たら蹴るからな」
「見ないよ」
「でも、無視したら蹴るからな」
「どうすれば良いの!?」
 理樹は女心が分かってない、なんて尤もらしく言われても困る。
 だいたい、男の家で下着姿になる事に躊躇がない鈴だって、男心が分かっていないのだ。
 鈴はあらかた水気を拭うと、よほど寒かったのかベッドに逃げ込んでしまった。人様の布団を我が物顔で占有し、不出来なてるてる坊主みたいに丸まっている。
「着替え、取って来なよ」
「こんな格好でか!?」
「ああ、そうか。流石にそれは拙いよね。なら僕が……」
「寒いぞ、理樹」
「え? うん。そうだね」
「寒いな、理樹」
 ぽんぽんと、優しくベッドを叩く音。
 隣に入って良いというお誘いを拒む理由なんてなかった。実際、肌はすっかり冷え切っていて、今はとにかく少しの温もりにだって飢えていた。
 トランクス一枚になって飛び込むと、鈴から布団を奪い取り、暴れる彼女と二人で横になる。身体が冷えた時はとにかく人肌だ。幸い、鈴の体温は高い。
「あ〜、鈴は温かいなぁ」
「ふかーっ、冷たい手で触んな!」
「鈴だって足冷えすぎでしょ。うわっ、やめて、押し付けないで!」
「うっさい。温かい理樹が悪い……って、痛っ、蹴ったな!」
「え? ちょっ、誤解だよ。うわわ、押し出そうとするも止めてよ!」
「なにをー、蟹ばさみとはひきょうだぞ理樹! あたしのベッドから出てけ!」
「いやいや、これ僕のベッドだから! 領有権は我にあり、大人しく従わない場合は武力に訴えるぞ!」
「ならばこちらも、秘密兵器を出さねばならないようだな」
「何を……って、あははははははっ、ちょっと鈴、擽り攻撃なんて酷いよ」
「理樹の弱点などお見通しだ。降伏するなら今のうちだぞ」
「やられたままではっ! 逆襲だー!」
「わっわっ、変なとこ触んなー!」
「問答無用。敵にかける情けは無いよ!」
 僕らはそうして、まるで子供みたいにじゃれ合った。
 一頻り暴れて、疲れ果てる頃にはすっかりベッドの中は温まっていた。
 冷え切っていた肌も火照って、額には汗が滲んでいる。
「疲れた」
「僕もだよ」
「眠い」
「うん……眠いね」
 まだ寝るには早い時間だ。晩御飯だって食べてない。お風呂にも入っていないし歯だって磨いていない。けれど、とても良い夢が見られるようで、僕は睡魔の誘いを拒む気になれなかった。
 シングルサイズのベッドに二人。ほとんど触れ合うほどの距離に鈴が居る。
 欲望に忠実な彼女はもう目を瞑っていて、しばらくすれば寝息が聞こえてくるだろう。
 僕は、そんな子守唄みたいな幼馴染の息を聞きながら眠る事にした。
 彼女が起こしてくれる朝を夢見て。


[No.460] 2009/10/23(Fri) 23:33:08
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 朝っぱら、鈴に蹴飛ばされて目覚めた。鈴はまだ寝ている。理不尽な世界を呪う。額に肉と書いてやろうと思ったが、その後のことを考えると怖すぎるし、このまま鈴のアホ丸出しの寝顔を見ているのもなんだか嫌だし、外に出ていくことにした。
 こうなったらローソンの雑誌たちを読み漁ってやろうと、実にお金の掛からない、それでいて非常に人生に置いて無益極まりない行為に耽ることにした。
 つっかけを履き、ゾンビのようにフラフラと歩く。一人ゾンビごっこだ。なんだか楽しくなってきた。頭の中のネジがポポポーンっとこの時の僕は明らかに数百本はぶっ飛んでいたんだろうね。傍から見たらキモい人。もしくは変質者。周りの視線も気にならない。ていうか、回りに人が全くいない。フリーダムタイムをゲットしたことに気づいた。僕は今までに無いハイテンションまで登り詰めてしまっていて、脳まで酸素が回らない、一種の高山病に罹ってしまっていたのだ。つまり、脳みそが見事に働いていない、言うなれば脳みそニート地獄に落とされていた。そんな状況で正しい判断なんぞ出来る訳も無く。
「パパ!」
 そんな真っ直ぐ自分に向けられた幼女の嬉しそうな呼びかけに対して、ハイテンション僕の取った行動はというと。
「どうした娘よ?」
 ノっちゃいました。
 よーし、パパ肩車しちゃうぞー、わっはっは、と日曜日のホームセンターで見る素晴らしく家庭円満な家族のパパ風の対応をしてあげた結果、もっすごい懐かれて、そのまま家に連れて帰ってきちゃいました。てへ。
「お帰り願おうか」
 と、極道の妻っぽい返しをした鈴に顔面ハイキックを頂戴した。見事に人体の急所であるところの顎に炸裂。ついでに、股間を踏みつぶされて家中悶絶転がりの術をせざるを得なかった。



 既に二十歳を越えて大人の階段を色んな意味でも登った筈の僕は、廊下に立たされていた。水を入れたバケツを二個持って。学生時代ですらこんな罰受け無かったよ。あ、嘘。巻き込まれて一緒に立たされてわ。たは。
「楽しそうだな」
 たは。っと笑っている僕を見て一言。頭の上にもう一個バケツを追加された。首、折れてしまうよ。こんな表面張力でギリギリ零れないレベルに水一杯になったバケツを頭の上に乗せたら流石の僕でも首がポッキリいってしまうよ。逝ってしまうよ。こんなこと初めてだよ。そう思ったけど、恭介が考えた罰ゲームとしてこんなのあったなぁ、なんて懐かしんでいた。うふ。
「そうか。そんなに嬉しいか。じゃあ、水滴をおでこに垂らし続ける拷問二週間コースでいこう」
 どこでそんな知識を得たのだろうか。死ぬから。拷問とかそういう話じゃなくて栄養失調とかで死ぬから。
「あーんして食べさせてやるから安心しろ」
「やった!」
 喜んだ僕を見て、ローキックを脛にかました。バランスを崩して廊下に水がバチャーとなった。僕自身もずぶ濡れ。本当に家の外の廊下で良かったよ。鈴がご近所の目も気にしない大胆アグレッシブな女の子で今日だけは本当に助かったよ。心からそう思うよ。
「で? 幼女は?」
 鈴は、ふぅ、っと一息吐いて壁にもたれ掛かり、腕を組んで、それから髪をわしゃわしゃ掻いた。
「部屋でアイス食べながらキョースケと遊んでる」
 半開きになった窓から部屋の中を覗くと、膝に猫を乗せてアイスをむしゃむしゃ食う幼女の姿が見えた。萌えって言うのはこういうことを言うのかな。ハアハア。
「ハアハアすんな。なんだあいつは。誘拐か? お前は誘拐犯なのか?」
「違うよ」
「あたしが新しく開発した技、往復ビンタを味わいたいか?」
 開発とか言ってるけど、それ大昔からある技だから。
「知ってる」
 そうっすか。いやね、ローソンに行こうとしてたんだよ。知ってる? ローソン。日本一便利なお店のことだよ。説明するとね、「いらんわ」そうですか。
「パパって呼ばれた」
「誰が?」
「僕が」
「……それで?」
「オウ、娘よ! ってな感じに返した」
 僕の言葉を聞いて、もたれ掛かっていた壁からズルズル滑り落ちていく鈴。それから頭を抱えて、ブツブツ独り言を言いだした。小さい声で聞こえない。もう少し近くで、なんて言っているか聞いてみよう。抱きついて頬ずりしてみた。聞こえた言葉は、こんな内容だった。
「もぐか……」
「何をっ?」
「ナニを」
「日本語難しい」
「この浮気者」
「いやいや」
「もぎとってやる」
「ははは。ま、またまたー」
「またのたまだな」
「またたま!?」
 ガチャリと扉の開く音。僕の叫び声が聞こえたのか、心配そうな顔で幼女が顔を出してきた。
「どうしたの? パパ、いじめられてるの?」
「うん、そうだよ。でも、パパはいじめられると嬉しいタイプの人間だから心配しないでね」
 よしよし良い子良い子、と頭を撫でてあげると嬉しそうで、でも、くすぐったそうな顔をした。
「えへへー。ママもあんまりパパのこといじめちゃダメだよ?」
「ん? ママ?」
 鈴を見るとプイっと顔を向こうに向けた。それから唇を尖らして何やら息を吹き始めた。どうやら口笛を吹きたいようだが、めちゃくちゃ下手くそでヒューヒュー北風っぽい音だけがしていた。
 鈴の頭を両手で掴む。そして、グイっと無理矢理こちらに顔を向けさせると、焦った顔をしていた。その顔が可愛くて思わず接吻をしてしまった。その後、すぐに僕のセクハラにブチ切れた鈴が僕の頭を片手で掴んだ。気づいたら僕はアスベストっぽい壁に口づけをしていた。おやまあ、ビックリ。
「いじめたらダメ」
「お前がパパと呼んでいる肉はいじめられると喜ぶタイプの豚だから大丈夫だ。安心しろ」
 酷い言われようだな。流石の僕もそこまで言われたら……。
「パパ、本当?」
「本当だブー」
 親指を立てて、精一杯の笑顔で返事する。勿論、白い歯をキランと光らせることも忘れない。爽やかな好青年豚を演出してみた。
「僕の性癖はどうでもいいのだよ、ママよ」
「ママではない」
「ママー」
「ママって呼んでるよママ」
「ママではござらんよ」
「ママー」
「ママって呼んだ上に抱きつかれてますよ」
「えーい、鬱陶しい! くっつくな!」
「ダメ?」
「許す! かわいいから許す!」
「ママー。僕も抱きついていい?」
「死ね! キモい死ね! 五百回死ね! 何度も生まれ変わってからすぐ死ね!」
「あふん!」
 ゲシゲシと僕を足蹴にしながらの鈴様による罵倒で僕は昇天した。何度も生まれ変わって死んだ。僕の子種が。



 台所でパンツを洗っていたら、「汚物をそこで洗うな!」ってまた蹴っ飛ばされて、仕方が無く洗面所でパンツを洗い始めたら、「そこでゴミを洗うな!」って蹴っ飛ばされて、結局風呂場でゴシゴシと下半身すっぽんぽんでパンツを洗っていたら、「子供に粗末なモノを見せるな」って新しいパンツを赤面しつつ俯きがちに渡してくれた鈴に惚れ直した。そんな風にパンツ洗い職人の名を欲しいままにしていた僕の後ろをカルガモの子供のようにチョコチョコとついてくる幼女。あっちで猫と遊んできなさい。はーい。さて、どうしたものか。
「ママ」
「なんだパパ」
「この子、僕らの子供らしいんだけどさ」
「らしいな」
「生んだ覚えある?」
「無いな。全く無い」
「子作り行為には何度も及んでいるけどね!」
「う、うわああああああああ!」
「どうしたのー、パパーママー」
 鈴の赤面絶叫に反応して部屋で猫に関節技を決めて遊んでいた幼女がとてとてと近づいてきた。超純真無垢ピュア100%のぱっちりお目々で見つめられると抱きしめたくなるのはどうしてだろう。僕はロリコンなのだろうか。恭介の病気が今更うつったんだろうか。鈴を見ると胸の奥がキューンと締め付けられて、抱きしめたくてしょうがないよ夏、って顔をしていた。そして抱きしめていた。こういう時、女って得だな。マジで羨ましい。僕がやったら犯罪者扱いされてしまうので、そこは鈴を抱きしめることで事なきを得た。僕の身体は無事では全く済まなかったのは言うまでも無い。そのダメージを快楽に変えたのも言うまでも無い。再び、パンツを洗う作業に戻ることになってしまった。本当に鈴はテクニシャンだ。全盛期のピクシーに勝るとも劣らない。
「ストイコビッチだよ!」
「誰がビッチだ!」
 一部だけ切り取られて、悪口として受け取られたようだ。
「いやいや、あのね」
「うるさい。二億年寝てろ。そんで起きた時にぼっちになってて孤独死しろ」
 段々死に方が回りくどくなってきたなぁ。
「あんまりパパのこといじめちゃダメだよ?」
 幼女の一言で鈴が鼻血を出して倒れた。えー。
「あたしは普通だと思ってたんだがな。お前らとは違うんだと言い聞かせていたんだ。でも、かわいくてたまらないんだ。幼女最高」
「それが鈴の最後の言葉だった。完」
「終わらせるな、ってツッコミ入れて欲しいんだろ。ベタだな。全くお前は昔からベッタベタだな」
「ベ、ベタとか言うなよ! 昔からとか言うなよ! 一番傷つくわ!」
「理樹、好きだ」
「僕も好きだ!」
 抱きついた。蹴飛ばされた。理不尽な世の中に泣いた。



「えー、では、第一回家族会議を開催します」
「おー」
「わーい」
 会議のおつまみにと冷凍のシュウマイをチンして、卓袱台を三人で囲む。
「そもそも、こんなこと聞くのもアレだけど、ていうか超今更だけど」
「お、これうまいな」
「あ、カラシとって」
「ほう、なかなかシブい嗜好してるな」
「子供だと思って甘くみないでよ」
「偉そうに、このやろ」
「あははー、やめてー」
「聞けえええええええええ!」
 僕は叫びながら卓袱台を掴んだが、ひっくり返したらシュウマイ吹っ飛んでしまうということに瞬時に気づき、さっと手を離した結果、見事なエア卓袱台返しになった。うるさいと蹴っ飛ばされるかと思ったけど、シュウマイに夢中で僕の空振りにすら気づいていなかった。皆にとってのエアは卓袱台返しじゃなくて、僕自身だったという落ちだった。泣きそうになったけど笑った。きっとその方が気持ちも晴れるから。ふふふ。あれ、雨が降ってるな。おかしいな部屋の中にいるのに。
「理樹」
「な、なにかな? 僕のポーズがおかしいかな? 気づいた? 気づいてくれた?」
「シュウマイ冷めるぞ」
「そうだね……」
 僕はシュウマイを食べた。一つ食べておしかったので二つ目も食べて、そのまま皿ごと持って口の中に流し込んでやった。
「アホ! 全部食うやつがあるか!」
「うわーん」
「うるさい! シュウマイじゃなくて僕を見てよ! 僕の顔を食べなよ!」
「食えんわ」
「こし餡だよ!」
「脳みそ無いのか」
「こし餡風脳みそ!」
「それは厳しいものがあるよ」
 とは幼女談。幼女とか呼んでたけど、そもそもこの子名前はなんというのだろう。それを聞こうとしたらシュウマイうまいみたいな話をしてて無視されてエア卓袱台返しやるはめになったのだ。
「あのさ、君の名前教えてくれないかな?」
 僕はそう優しい笑顔を携えて尋ねてみたのだが、対して幼女は「断る」と格好良く拒絶したのだった。
「なんで!?」
「名前は言うなって言われた」
「誰に?」
「恭介に」
 恭介とか言い始めた幼女に僕たちは唖然とした。彼は死んだのだ。バス事故の生存者は僕たち二人だけ。精々五歳と言った彼女が恭介という人物を知りえるはずが無い。鈴は動けないでいた。なんだかんだでお兄ちゃん子だった、兄しか頼るものがいなかった鈴にとって、他人の口から出る恭介という単語はとても大きな衝撃を与えたのだろう。少し腕が震えていた。
「恭介とどこであったの?」
 戸惑いながらも僕は幼女に問うた。知りたかった。また会えるのかもしれないという淡い希望にすがりつきたかったのかもしれない。何年経ったってきっと忘れることなんて出来ない。吹っ切れたなんて口では言っても、無理なんだ。僕たちにとって、恭介はあまりに大きい存在だったから。鈴はまだ動けないでいた。
「それも言えない」
「なんで?」
「言っちゃダメって言われた」
 そんな答えなんて求めていない。教えてよ。頼むよ。ダメなんだ。
「教えろ! 教えろ! 教えろよ!」
 鈴は、顔を蒼くさせて幼女の肩を掴んで、グワングワン幼女を振り回しながら懇願した。「いいいだあああいいいいよぼぼぼぼ」と幼女が扇風機に向かって声を出した時みたいな感じになりながら言うと、鈴は手を離した。力無く項垂れて、ゴロゴロと畳の上を転がり、それに飽きると布団を敷き始めた。
「鈴」
「なんだ?」
「なんで布団を敷いてるの?」
「寝る」
 まだ昼だというのに、鈴は寝る準備を始め出した。僕と幼女はその姿を見守った。布団を敷き終えると、そのまま中に滑り込んでいった。更に見守っているとゴソゴソし始めたので、なんだなんだと思っていると、ジーパンが飛んできて僕の頭に覆いかぶさった。いい匂いがしたので、そのまま被った。鈴の股の匂いを存分に嗅いでいると側頭部に物凄い衝撃を受けた。なんだなんだと思って名残惜しみながらジーパンを取るとパンツ姿の鈴が仁王立ちしていた。ジーパンを僕の手から奪い取り、それを洗濯機に放り込んで、また布団に戻っていった。
「仲、良いね」
 ポツリと僕達を見守ってくれていた幼女が呟いた。僕は蹴っ飛ばされた部分を撫で撫でしながら「そう見える?」と聞くと、満面の笑みで「うん!」と答えた。
 ふう、と息を吐く。鈴は寝ている。小さな寝息が聞こえてくる。
「ねえ」
「ん?」
「本当に僕達の子供なの?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「恭介がそう言ってただけだから」
 また恭介だ。
「ひとつ言っておくけど」
「うん」
「恭介死んでるよ」
「知ってる」
 知ってるのか。うん、頭悪い子だな、この幼女は。どうやって会ったちゅうねん。もういい加減幼女って呼ぶのもかわいそうだな。あだ名でも付けてあげよう。卓袱台の上の空の皿が目に入った。決定。
「君は今からシュウマイだ」
「シュウマイ好きだよ」
「僕は君のことシュウマイと呼ぶ。オッケイ?」
「おっけー」
「じゃあ、質問」
「はいはい」
「どこから来たの?」
「学校」
「どこの?」
「学校はひとつしか無いよー」
 んんんん?
「じゃあ、歳は?」
「四歳ぐらいにしとくか、設定。って恭介は言ってた」
 設定かよ。あと、語尾にニャンとか付けたら最高だな、とも。本物!?
 シュウマイは目を閉じて俯いた。なにか悩んでいるの、シュウマイ。シュウマイ。シュウマイ食べたくなってきたな。そういえば、まだ冷凍庫に残っていたような気が。何事かを考え中のシュウマイを放置して、台所に向かう。そして無くて凹んで肩を落としながら居間に戻るとシュウマイは居なくなっていた。えー、イリュージョンっすか? マジっすか?
 と、思ったら布団の中から顔を覗かせた。
「えへ、ママと一緒のお布団」
 ふかふかー、と鈴に抱きついている。鈴は顔を歪ませたが、すぐに元の安らかな寝顔に戻った。こうしちゃいられねーと僕も布団に潜り込むどころか、滑り込んでやった。丁度、僕と鈴でシュウマイを挟む、つまりはシュウマイバーガーが完成した。なんだかムラムラしてきたが、子供が見ている前では僕は紳士になる男とご近所でも評判なので、持て余した情動を慈愛に変換させ、シュウマイの頭をゆっくりと撫でることで体外へと放出させた。シュウマイは気持ち良さそうに僕に撫でられる。気づけばシュウマイからも寝息が聞こえた。すやすや寝ている二人を見ている内に僕も眠たくなってきた。流れに逆らわずに僕も寝ることにした。



 とっても真っ暗な夜。僕ら三人は手を繋いで空を見上げていた。街灯の無い、広い広いグラウンド。懐かしい土の匂い。僕らが勉学に励んでいた校舎を背に、三人でぼんやりと。シュウマイが僕の手を離して空を指さした。その指の示す先を見る。いっぱい星があって、どれを指してるかさっぱり分かんね。マジ無理。
「あれが北斗七星」
 そう言われてよく見てみると、それっぽい星があるような無いような。よく分かんね。
「ユーはショックだな」
「愛で空が落ちてきそうだね」
 どうやら鈴もどれが北斗七星か分からずに、それっぽいことを言って誤魔化そうとしたらしい。
「その隣の赤い星にいつもお祈りしてたの。パパとママに会えますようにって」
「死兆星見えとる!?」
「あ、あれか! あの赤い星だな! たぶんそうだ。それなら分かるぞ」
 ふふん、と偉そうに胸を張る鈴。だけど、見えたらもうすぐ死んでしまうからね。そういう時にしか見えない星だからね。
「どうやら理樹は分かってないようだがな」
 誇らしげだ。僕に勝ったと思っているらしい。どちらかと言うと見えたら人生ゲームとしては負けなんだけど。途中リタイアなんだけど。ちなみに僕もチラッと妙にキラキラ自己主張の激しい赤い星が見えたような気がするけど、それは気のせいだ。気のせいなんだ。
「願いが叶っちゃった」
「嬉しいか?」
「うん」
 笑顔で答えるシュウマイはとてもかわいい。かわいいシュウマイだ。かわいいので撫で撫でしてあげた。えへへー、とくすぐったそうに笑った。僕も笑った。鈴も笑った。
「ここがあたしの住む世界」
 シュウマイの声のトーンが変わる。僕の手をもう一度握る。今度はさっきよりも強く、ギュッと。だから、僕も少しだけ強く握り返した。
「会わせてあげたかったから。でも……」
「誰に?」
 僕は期待していた。ここが現実じゃないことも分かっていた。気づかない振りをしていた。そうしないといけない気がしたから。
『二人とも、俺に会いたかったか!』
 声が頭に響く。懐かしくて、憎たらしい、僕たちの大好きなあの声が。でも、どこから?
「……おい、あれ見ろ」
「は?」
 鈴が空を指差した。
「うわぁ……」
「あれは無いわぁ……」
 そこにはでっかい恭介が上半身だけ浮かんでいた。薄ら透けている。笑顔で手を振っている。気持ち悪いから無視した。
「何も無いよ」
「すまん。何も無かった。それにしてもキショイ空だな。曇れ」
『あああああ』
 鈴の願いが通じたのか、空が曇った。これで一安心。
「残念だ。星が見えなくなってしまった」
「本当に残念だね」
「あうー、恭介ー」
「恭介? 誰だそれは?」
「知らない。でかくて上半身しか無くて薄ら透けてる人なんて知らない。超知らない」
「だから普通に出てきてって言ったのにー」
「じゃあ、あたしたちは帰るけど、お前は皆と仲良くやれよ」
「まあ、心配することも無さそうだけど」
 あうあう、言いながら手で空を扇いで雲をなんとか動かそうと懸命に動いているシュウマイを見れば心配の必要も無さそうだ。
「ちょっと待ってー。まだ感動の対面がー」
「あー、もういい。なんか相変わらずだったな」
「何かやらないと気が済まないんだろうね」
「それで何回痛い目見てるんだ。いい加減学習しろ」
「今更学習しなくてもいいんじゃない?」
 死んでるんだし。
「それもそうか」
「恭介にはあのままでいてもらおうよ」
 ずっと変わらない。学生の恭介で。僕たちの代わりに変わらないままで。
「夕飯何にする?」
「カレー」
「じゃあ、スーパー行かないと」
「うわーん、夕飯の話しだしたよー」
「なんかこういうのも変かもしれないが、元気でな」
「また会おうね」
「うえ、あう……うん」
 僕は頭を撫でる。鈴はギュッと手を握る。僕たちの温もりを少しでも覚えておいてほしい。
「大丈夫。鈴には僕がちゃんと子種を」
「死ね」
「シンプル!」
 シンプルな言葉とシンプルな蹴りの究極のコラボによって僕の意識はぶっ飛んだ。気絶する瞬間、そもそもこれ寝ている状態の話なのに気絶とかおかしくね? と冷静に考える余裕を持てた自分を褒めてやりたい。ゆっくりと闇に染まる視界。
 さよなら恭介。みんな。僕たちは結構元気にやってるから心配しないで。
 そう叫んで伝えたかった。シュウマイが食べたくなった。



「おはよう」
「こんばんは」
 朝の挨拶をする鈴に対して、既に夕方を通り越して真っ暗になった外を見ていた僕は夜の挨拶を返した。カレーを作ろうと思ったけど、この時間にスーパーまでわざわざ出歩いて、材料を買いに行くのも億劫だったので、中止。代わりに冷凍庫を漁ると、冷凍チャーハンの下にシュウマイが一袋残っていた。まだ寝ぼけている鈴には聞かずに、勝手に調理を始めた。まず皿を用意する。その上に冷凍シュウマイを転がす。ラップをかける。レンジでチン。出来上がるまで時間が空いたので居間へと戻った。
 鈴は窓を開けて、網戸も開けて、空を見ていた。住宅街のこの辺りは街灯も多く、星なんて相当明るものしか見ることが出来ない。それでも、僕は鈴が星を見ているように思えた。話しかけずにテレビを点ける。クイズ番組がやっていた。つまらなくてチャンネルを変えた。もっとつまらなくて電源を消す。僕も鈴の後ろから空を覗き見る。真っ暗だった。レンジが甲高い金属音で完成の合図を告げた。
「またシュウマイか」
「またシュウマイです」
 匂いで気づいたらしく。僕は答えながら台所に向かった。冷蔵庫から取りだした缶ビール二本と皿に盛られたシュウマイを持って居間に戻る。卓袱台に置いて準備完了。まだ空を見ている鈴の首筋にビールを当てると「ひあっ」と飛び上った。それから不機嫌そうな顔で僕の手からビールを奪った。
「乾杯しよう」
 僕の言葉を無視して、鈴はプルトップを引っ張って開けて一気に口の中にビールを流し込みだした。僕も大人しく一人で「かんぱーい」と缶を天に掲げた後、グビグビと飲み込んだ。シュウマイも一つ食べた。おいしい。おいしいよ、と鈴に言ったけど無視された。
「なあ」
「にゃに?」
 口にシュウマイを入れたまま答えたので変な感じになってしまった。
「星、見に行こう」
 鈴はいつだって唐突だ。
 僕は答える代りに缶ビールを一気に飲み干した。



 校門をよじ登る鈴。それを後ろから見ていた。
「早く来い」
 そう言われたので、僕は校門を開けて入った。
「おま、お前、お前ええええええ!」
「え、何?」
「なんか、あたしの立場が無いだろうが!」
 なんでよじ登ってんの? って思いながら見てました。
「静かにしてよ。人来ちゃう」
 僕たちは夜の学校に忍び込んだ。理由は、星を見るため。小学生の時、天体観測をするために夜の学校に行ったことを思い出して、星を見るなら学校だろう、という結論に至った。通った覚えも無い近所の小学校。グラウンドがとても狭く感じた。僕が大きくなったからだろうか。それともこの学校が小さいのか。それは分からない。そもそも初めて入るんだから分かってたまるか。
 小さいながらもグラウンドの一角にはホームベースが埋め込まれていて、その近くにはこんもりとした小さなマウンドもあった。僕たちは、誘われるようにマウンドの方に歩いていく。家の周りよりかは幾分かマシだが、結局山とかに行かい限り明かりの無い場所なんて無いらしい。
 手を繋いでマウンド上に立つ。空を見上げても、あの時みたいに満天の星空とはいかないみたいだ。まばらに見える小さな星の光が降り注ぐ。あれが北斗七星だろうか。さっぱり分からん。
「無いな。赤い星」
「そうだね」
 北斗七星の傍らに寄り添うように輝いていた赤い星は、僕たちの世界では見えなくなっていた。そもそも僕は北斗七星すら見えていなかったりするんだけどね。鈴には見えたんだろうか。野暮なことは聞かない。
「あ」
 と、二人同時に声をあげた。きらりと一筋、流れる星の光が見えたから。流れ星が消えるまでに三回願い事を言うと願いが叶うとかなんとか。そんな迷信を、信じてはいないけど僕は、一つだけお願いをした。
「何か願い事したのか?」
「うん」
「どんなだ?」
「言ったら効果が無くなりそうじゃない?」
「具体的に言わなければ大丈夫そうじゃないか?」
「伝言」
「しょぼいな」
「なんだかそのまま言葉を届けてくれそうな気がしない?」
 空を渡る光なんだから、そのまま空の向こう側に届けてくれそうな気がした。叫べなかった言葉。伝えたかったこと。
「鈴は?」
「モンペチ一年分」
 鈴は迷信を信じるロマンチスト且つ、家計を考えるリアリストでもあった。複雑すぎる。
「叶うといいね」
「そうだな」
 と、綺麗にまとめようとしたところで警備員に見つかったのでダッシュで逃げた。
 帰って寝た。



 翌朝、鈴に蹴飛ばされて目が覚めた。頭をぽりぽり掻きながら、台所へ向かう。冷蔵庫を漁り、ペットボトルのお茶を一気飲み。ぷはーっ、と息を吐くタイミングでチャイムが鳴った。宅急便でーす、という声が聞こえたので、判子を持って玄関に向かう。大きな段ボールを一箱持ったお兄さんが立っていた。見ると鈴宛ての荷物だった。受け取ると、まいどー、と颯爽と去っていった。
 勝手にガムテープを取り、箱を開ける。プライベートなんて知ったことかー。
 中身を見てギョッとした。モンペチが箱の中いっぱいに敷き詰められていた。紙が一枚入っていた。
『おめでとうございます! モンペチ一月分!』
 中途半端だなぁ、と思った。


[No.461] 2009/10/23(Fri) 23:38:28
まあ、夜空はさておき (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@ 6482 byte

――お兄ちゃん、って呼んでもいいですか?――
 威力は抜群だった。今は付き合っている。


『まあ、夜空はさておき』


 やっぱちょっと無謀だったかな……。白い息が夜闇に紛れていくのを眺めながら、声には出さず心中で呟く。八割がた寝袋にくるまった状態でも、手足の末端から冷えてきて、先ほどからしきりに手を擦り合わせていた。彼女は大丈夫だろうか、と隣に寄り添う寝袋を見やると、目の前が湯気で一瞬白く濁る。
「はい、恭介さん。こーしーをどうぞ」
「サンキュ、気が利くな」
 受け取ると、立ちのぼる湯気の量とは裏腹にマグはひんやりしている。手を温める助けにはならないが、その分中は冷めないのだろう。
「ふーふーしてくださいね?」
「わかってるさ。熱ちち……ふーっ、ふーっ」
 言われたそばから火傷しそうになり、慌てて息を吹きかけた。改めて口に含むと、コーヒーとしての自覚をどこかに置き忘れたような味が熱とともに広がっていく。
「甘……」
「ふふっ、ミルクもお砂糖もたーっぷり入れてみました。……ん〜、おいし♪」
 幸せそうにほころぶ横顔を見て、それ以上は何も言わずに熱々の珈琲牛乳を飲む。好みの味では全くない。だが、たっぷりの牛乳と砂糖が内側からじわりじわりと温めてくれるのは悪くない。愛想笑いではない笑みを浮かべて「うまい」と頷けるくらいには。
 珈琲を手に、街の灯りで薄明るい空をじっと見上げる。一際明るい星だけが瞬く夜空に息が昇っていく。もうかなり首が痛い。
「お、八つめ」
 視界の端に引っかかるものがあり、急いで目を向けると消えかけの尾だけは捉まえることが出来た。
「ようやくコツが掴めてきたぜ」
「うぅ、私まだふたつ〜」
 手に持ったカイロを揉みながら小毬がこぼす。流星群という言葉の感じから、雨のようにとまでは言わないものの、もっとまとまって流れると思っていたのに。こんなに見つけにくいとは思っていなかった。予想外だったのはもう一つ、この寒さだ。さっき温まった身体がもう震え始めている。アパートから歩いてこられる、ちょっと小高いだけの丘だと思って舐めていた。昼間は上着もいらないくらいだったのに、こんなでも山の端くれってことを思い知らされた。熱い珈琲はまだたっぷりと残っているが、そう頻繁に頼るわけにもいかない。トイレに行きたくなってしまうからだ。
「オムツでもあればよかったか……」
「お、おむつ!? あ、え、え〜〜〜っ?」
 小毬の顔が冷えとは違う種類の赤さに染まったことで、思ったことが外に漏れていたことに気がついた。
「きょきょきょきょきょ恭介さんのお願いでもそそそそそそれはちょっと」
「待て。早まるな。違うんだ、そういう意味じゃない」
 慌てて訂正するがどうやら耳に入っていない。まずは注意を向けようと肩に手を触れた瞬間「ひあぁ〜ぅぁ〜〜〜?」と腰が砕けるような悲鳴をあげて後ずさった。いや、後ずさろうとした。
「ほわぁっ!?」
 がっ、どべっ、ずさっ! 寝袋にくるまって身動きが不自由な状態だ、身体を半分よじったところで体勢を崩し、顔面から地面に滑り込んだ。下がまだ柔らかい草なのが不幸中の幸いだった。
「うぅ、いたひ……」
「大丈夫か?」
 鼻を押さえたまま起き上がれない小毬を抱き起こす。良く見れば枯れ草が髪に盛大に絡み付いていた。咄嗟のことでここまで被害を拡大できるのは彼女の才能だと思っている。さすがに細かい欠片までは見えないが、目立つものは払ってやる。そして忘れないうちに訂正しておく。
「いいか、俺がオムツと口走ったのは、寝袋にくるまったままだとトイレに行きづらいからだ。決して赤ちゃんプレイがしたいとかさせたいという気持ちからじゃない。俺はいたってノーマルだ」
「……。う、うわぁ、恥ずかしぃぃ……」
 恥ずかしさから小毬が顔を隠して縮こまっていく。別に彼女の羞恥を煽って悦ぶような趣味はないのだが、勘違いを放っておくと後々思いもよらないダメージを受けるのだ。小毬と付き合うときも、自分に幼女趣味がないことを納得させるのに一週間かかった。
 そういえば付き合い始めてからは呼んでくれなくなったな。
『お、おにいちゃん。今まで世話になった……ありがとう』
 鈴がいかにも見よう見まねといった風の挨拶をしたのが嫁ぐ日の前夜。もちろん号泣した。その晩は思い出の詰まったアルバムと共に一人飲み明かし、翌日から一週間は抜け殻になっていた。結婚式? ああ、そんなのもあったらしい。知るか。そんなときだった。
『私、大好きだったお兄ちゃんがいたんです。ずっと前にいなくなっちゃいましたけど……。恭介さん、全然似てないけど、何となくお兄ちゃんに似てるんです。だから――』
 それから、お兄ちゃん、お兄ちゃんと本当の妹のように慕ってくれるようになった。そんな小毬にほだされ、付き合い始めてからもう三年。そういえば一度もお兄ちゃんと呼ばれていない。
「なあ小毬。お兄ちゃんて呼んでくれないか?」
「ふぇ、どうして?」
 話題の転換についていけなかったのか、きょとんとした顔で聞き返す。身体ごと向き直って、真面目な顔で続けた。
「どうしてもだ」
 じっと目を見つめながら、思いを込めて言ったんだから誠意は伝わっただろう。小毬は唇に指を当てて「ん〜」と唸ってから顔を上げた。
「だめです♪」
「なんでだっ!」
 ビックリだ。一点の曇りもない笑顔で言い切られた。
「だって、恭介さんは恭介さんだし……。今あなたは、私のコイビト。のっとぶらざー」
 おわかり? と首を傾げるしぐさが可愛らしくも小憎らしい。ああ、何てこった。恋人同士でいる限り、もう二度と兄と呼んではくれないのか……。
「しょうがない人ですね〜。恭介さんにはもう可愛い妹さんがいるのに」
 拗ねて俯いた頭を撫でる様は妹というよりも姉のようで、けれど少し癒された気分になるのが情けない。
「あんなの妹じゃ……生意気だわ、がさつだわ、乱暴だわ、馬鹿呼ばわりするわで」
「ふふっ、素直じゃないですね〜。ほんとは……あ、みっつめ。見つけました♪」
 急いで見上げてもそこにはもう何もない。視線を戻すと小毬と目が合った。薄闇の中で、濡れたような瞳を細めて微笑を浮かべた。
「鈴ちゃんのために願い星、探しましょう? もっといっぱい、いーっぱい」
 頷いて、手のひらをそっと小毬の手に重ねる。小毬が指を絡めてくる。そして互いにしっかりと握り合わせた手のひらから温もりを分け合った。そう、別に不満とかそういうことではないのだ。ただ無くしたものを惜しんだだけで。
「待てよ? 恋人同士じゃなくなればまたお兄ちゃんと呼――」
「きょう、すけ、さぁん?」
 みしり、と指が悲鳴をあげた。

 空が紫色に染まっている。流れ星は、合わせて六十を数えた辺りで二人ともウトウトし始めて、後は抱き合うようにして寒さをしのいでいた。小毬はまだ寝息を立てている。寝かせておいてやりたいが、風を引かせたくもない。声を掛けようとしたところで、突然軽快な音楽が鳴り響いた。
「ほわぁっ!? な、なになににゃに〜?」
「悪い、俺のだ」
 鞄に突っ込んでおいた携帯電話が、特攻野郎Aチームのテーマを震えながらがなり立てていた。発信者は直枝理樹。
「俺だ。大丈夫だ、起きてた」
 電波の向こうの理樹の声は弾んでいて、少し震えていた。心配そうに覗き込む小毬に、たった今聞いたことを伝えてやる。
「3556グラム。元気な男の子だ」
 うわぁ、と顔をほころばせ、そのままいきなりぼろぼろと泣き出した小毬に携帯を押し付けて、寝袋から抜け出した。背骨がぼきぼきと窮屈を強いられたことへ不満をこぼす。小毬はしきりによかったね、と繰り返しながら時折鼻をかんでいた。
 街の端が光に沈む。もう星は見えない。ゆっくりと朝が始まっていく。
 電話を終えた小毬が隣に並んで悪戯っぽく囁いた。
――おめでとう、お・じ・さん♪――
 一気に老け込んだ気分だ。


[No.462] 2009/10/23(Fri) 23:42:37
初めての幸せ (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@6109 byte

 私たちの問題が解決してしばらくしたある秋の朝、登校して教室に入れば、私と葉留佳の机の上に紙が置いてあった。
 見てみると、手書きの文章が書かれていた。

『文字を集め17時にその場所へ来い 1つ目は寮長室に』

「ねえ、これ宝探し? 宝探しだよね!? よし、レッツゴー!」
 こういうことが大好きな葉留佳は、急に目を輝かせる。さっきまで寝惚けてたくせに。
 まあ先生が来るまで20分くらいはあることだし、やってみてもいいだろう。
「ふう、仕方ないわね」





 寮長室についた私たちは、とりあえず目に付くところを見渡してみる。が、見当たらない。当然といえば当然だが。
 ちなみに人の姿は見当たらない。もう朝の仕事は終わったようだ。
「荒らさないように注意するのよ」
「わかってるよ。なんかそんな気分になれないし」
「まあほとんどここで怒られてたもんね」
「うう……さっさと見つけてこんなとこ出よー」
 急にうな垂れる葉留佳。あの子にとってここには居たくないだろうから、とりあえず探し始めることにする。
 と思ったら、葉留佳はすでに部屋の奥を探し始めていた。切り替えの早い子だ。
 ……ん? 確かあの場所はティーセットが近くにあったはず。ってまさか……

「あ、このコップかわいいな。……いよかん星人? ユニークですネ」
「……ねえ、別の場所を探さない?」
「どうして? お、名前書いてある。かなちゃん……あ」
「…………」
 私のだと気付いた葉留佳は、すでに攻撃モードへと移行している。対する私はただ黙ることしか出来ない。

「……あ、文字発見。それと次の文字の場所も」
「スルーはやめて! なんか後が怖い!」
「それじゃ教室戻ろっか、かなちゃん」
「コップ見ながら笑顔でその名前言うのもやめて!」
 いい機会と思ったのだろうか、葉留佳はそれをネタにひたすら私にかまってきた。
 突然のことだったにしても、気が回らなかった私も悪い。
 それでも恥ずかしいことは恥ずかしいので、赤くなった顔を見られないよう教室に早足で帰ることにした。





「さてかなちゃん、次の文字と場所ですが」
「いい加減にしなさい、殴るわよ」
「暴力反対ー!」
 教室に戻ると、いくらかは落ち着いてきた。そこで当初の目的を思い出し、紙を見る。

 1つは『9』、もう1つは『次の文字は保健室に』

「……9ってなに?」
「さあ……とりあえず残りの文字、というか暗号を見つけることが先ね」
「お姉ちゃん、意外とノリノリだね」
「やるからには本気よ」
 それにちょっと楽しくなってきたかも。





 食後の昼休み、私たちは指令どおり保健室へとやってきた。
 ちなみにこの時間先生はいない。生徒はたまに休みに来るが。
 私は毎回ここに休みに来ていたことを思い出さずにはいられなかった。
 辛かった時のことだけど、唯一の安らげる場所だったからどうも複雑だ。
 それに直枝とも……ううん、もう忘れましょう。
「うーん、おなかいっぱいで眠いしここで寝ちゃおうかな」
「ダメよ。寝たらほっぺ摘んで遊んでやるから」
 適当に言ってみたけど、柔らかそうだし少しやってみたいかも……
「おやすみー」
「早っ! まさかホントに摘んでほしいの?」
「お昼の睡魔には勝てないよ……ん、なんか布団の中にある」
「もしかして暗号?」
 見てみると、やはりそうだった。

 1つに『0』、もう1つに『最後の文字は中庭のどこか』と書かれている。

 なんか最後だけ投げやりだった。探す手間が増えるので迷惑限りない。
「9と0? もしかしてこの学校の0階から9階ってことかな?」
「そんなに高くないわよ、この学校。まあ後1つで分かるんだからいいじゃない」







 放課後になって、私たちは最後と思われる暗号を探しに中庭へとやってきた。
 この場所へ来ると目に付くベンチ。
 1度は壊してしまったことも会ったが、今こうして残っているのを見ると安心する。
「お姉ちゃん、その……」
 葉留佳が今みたいに下を向いて口ごもる時は、何か私に伝えたいことがあるとき。
 最近それが分かった私は、無言で手を引いてベンチへと誘導する。

 2人並んでベンチへと座る。実は座る直前に下に紙があるのが見えたけど、今は葉留佳の話が優先だ。
「えっとさ、このベンチ……残してくれてありがと」
「当たり前よ。突然どうしたの?」
「お姉ちゃんは、理樹くんのこと……もういいの?」
 ああ……なるほどね。
 よくはないけど、直枝は棗さんを選んだのだからしょうがない。
 というか葉留佳とこの話はあまりしたくないから、さっさと切り上げたい。
「そんなこと今更言ってもしょうがないでしょ。それよりほら、さっさと暗号解くわよ」
「え、でもどこにあるの?」
「このベンチの下。さっき見えたわ」
「……最近お姉ちゃんって優しいよね。私のこと気遣ってくれてるって言うか……」
「え? 私が?」
 自覚はなかった。でも葉留佳と話してると穏やかな気分になるのは分かる。
 でも改めて意識すると気恥ずかしくもあるかも。
「葉留佳こそ、素直になったんじゃない? いつもならそんなこと言わないのにどうしたの?」
「だから、お姉ちゃんが優しいから。安心できるっていうのかな、そんな感じ」
 ……ずるい、この子は。普段騒がしいくせに、しおらしくなると、とたんに可愛くなる。
 全身から熱を感じ、肩が触れ合うこの距離にいると、心身が溶けてしまいそうなほどに。
 だから私は誤魔化すように下の紙を取り、ベンチから立ち上がった。






 少し落ち着き、3つ目の紙を手に取る。そこにはこう書かれている。

 1つに『上』、もう1つに『文字を組み合わせた場所へ17時に行け』

「これだけ漢字? どうしてかな?」
「うーん……」
 漢数字にして組み合わせる? ……いや、それだと0がおかしい。
 じゃあ当て字か? 9は、きゅう、く。
 0は、数字以外にローマ字にも見える。
 上は、うえ、じょう、かみ。
 これらを当てはめると……
「あ、わかった! 屋上だね!」
 思った以上に低い難易度だった。葉留佳もわかったくらいだし。
「む、なんか今失礼なこと考えなかった?」
「さ、もう3時50分よ。急ぎましょう」
「当たってた!?」











 屋上へと続く窓に来て見れば、私たちを誘うように窓は開いていた。
 先に私が上り、その後に私が続く。
「お姉ちゃん、ほら見て、夕焼け!」
 誰かが待っているのかと思えばそうではなく、紅色の景色が私の眼に飛び込んできた。
「綺麗ね……」
「そうだね……」
 2人並んで景色を見つめる。
 なるほど、これを私たちに見せたかったのね……


『誕生日おめでとう!』


「うわっ!」
「あ、あなたちどうして?」
 いつの間にか私たちの周りに、バスターズメンバー全員がそろっていた。
 それに……誕生日?
 ああ、そうか。すっかり忘れてたけれど今日は10月13日。私と葉留佳が生まれた日。
 今までその日に良い思い出がないからすっかり忘れていた。
「……棗先輩、あなたが?」
「いや、違う。みんなで考えた。さあ、主役もそろったことだし、会場へ行くか!」
「会場ってどこですか?」
「ん、食堂。もしお前たちが準備中に来たらどうしようかと思ったぜ」
「まったく、本当にあなたたちは……」
 でも、とっても嬉しい。葉留佳にいたっては感激で目を潤ませている。
 だってこれは、初めてのハッピーバースデイ。生まれて初めての、幸せな誕生日なのだから。


[No.463] 2009/10/23(Fri) 23:48:14
空へ浮かべて (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@8589byte

 夜空に星が瞬いている。黒天の空を、新円を描く月が仄かに照らしていた。冷涼な冬の風が肌を刺し、白い息を霧散させる。屋上には月の光が淡く降り注いでいた。
「理樹くんこっちこっち〜」
「小毬さん」
 小毬さんがいつもの場所で、いつものようにちょこんと座っていた。風にスカートがはためく。手でスカートを押さえながら、にこやかに待っている小毬さんはレジ袋を片手に提げていた。
「早かったね」
「ううん、私も今来たところ。それにしても困った」
「どうしたの?」
「あのね、プリン買ってきたんだけどスプーン忘れちゃって、モンブランもあるのにどうしよう」
 そういう小毬さんの提げるレジ袋の中には、お菓子がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。プリンやモンブランのほかにティラミス、羊羹、シュークリームなどが雑多に積み重ねられていた。
「あ、なんか知らないけどポケットにスプーンが入ってた」
「わぁ〜ありがとう理樹くん〜」
 ポケットからスプーンがあるように念じて出す。案の定ポケットからはコンビニでもらうようなデザート用のスプーンが二個入っていた。こんな歪な世界であることに感謝しながら、配管を背にする。小毬さんも床の冷たさに少々驚愕しながら隣に座った。
「星を見ながら食べましょう。そのほうがロマンチック」
「前の流れ星のときはコーヒー一杯とお菓子を少し食べただけだったよねそう言えば」
 流星群が落下していく中、寒暖の激しい夏の夜に僕たちは今日のようにここで落ち合った。その時は純粋に星を観賞するためだった。流れ、消えゆく星に願いを込めながら。
「うん。だから今日はその埋め合わせみたいなもの、かな?」
 小毬さんが首を傾げる。正直そんなことを問われても何と返したらいいか分からない。僕はそうだね、とだけ言ってプリンに手を伸ばす。そうだ、と思い僕も懐に隠し持っていたモノを小毬さんに手渡す。
「はい、これ」
「ふえ?あ、暖かいココア〜!」
「前来た時に飲みたいねって話してたから。これで今日は眠気がなくなるといいけど」
「理樹君が買ってきてくれたココアだからたぶん、ううん、きっと大丈夫」
 小毬さんがまだ熱いココアに口をつける。最初口をつけた時に「あううう〜…熱いいいいぃ…」と言っていたが、徐々に慣れてきたらしく少しずつ口に含んでいった。湯気に白い息が重なる。
「そう言えばね」
 小毬さんが笑いかけてくる。
「私、昔ピーターパンに憧れてたんだ」
「ピーターパンって絵本のあれ?子供たちを救うお話」
「そうそれ」
 ココアを横にそっと置いて小毬さんは立ち上がる。そして静かに入口の方へ歩み出し、行きついたところでくるっとこちらを振り向く。
「こうやって」
 小毬さんは手を広げ、僕の方へ向かって空を駆けるように近づいてきた。そうしている小毬さんの顔は幸福に満ちていて、僕はそれを見るだけで癒された。
「空を飛びまわってフック船長と闘うの」
 僕に接近した後、小毬さんは旋回した。入口まで丁度半分まで行ったところで小毬さんは歩みを止め、天を仰いだ。
「ちっちゃいころの私はそれがすごくかっこいいって思ったの」
 えへへ〜、と笑いながら僕の隣へまた座る。心なしか小毬さんの顔に朱が差しているように見えた。強風に煽られ、スカートが音を立てながら閃く。
「じゃあ絵本を書こうと思ったのもその時から?」
「ううん、絵本を書こうと思ったのは高校生になってからだよ〜。図書館でピーターパン見つけた時に書こうって思ったんだ」
 空を見つめながら小毬さんは言う。相変わらずの黒天。なのに少しだけ輝いて見えた。
「夢を、あげたかったんだ」
「夢?」
「ピーターパンは大人になれなくても夢を与えることができた。結局ピーターパンはウェンディを迎えに来なかったけど、最後に『生きていくことが冒険なんだ』って言ってウェンディを見送るの」
 この話をしている小毬さんは悲しげな顔で僕に語りかけていた。諭すように優しい声で。
「おにいちゃんは大人になれなくても、私にひよこさんとにわとりさんの話を残してくれた。困難に立ち向かえられるように」
 話す顔に靄がかかる。話が一区切りついたのか小毬さんはもう温くなってしまっただろうココアを飲み干す。最後に大きく息をはいた。
「だから私も誰かにこのこと、伝えてあげなきゃって。…見えてないものが多すぎるからね」
 夜空にまだ流れ星は見えない。町も静けさを取り戻し、いつの間にか空にだけ光が集まっていた。
「でもその後知ったんだ、ピーターパンは大人になれないんじゃなくて、なりたくなかったんだって。だからネバーランドにいる大人をころしちゃうの。ピーターパンも、もう少し目が見えてればかわったかもしれないのにね…」
 その話は知っている。前小毬さんが童話の元の話は残酷と言ったときに少し調べた。ピーターパンは正義の味方ではなく子供の味方であるだけだってことも。
 そしてその姿が僕にはなぜか拓也さんとシンクロして見えた。
「その話を聞いてもピーターパンが好きだったの?」
「うん、私が見たピーターパンはかっこよかったから、それでいいのです」
 こちらをじっと見つめてくる。その眼の中には幸せよりも悲しみの方が多い気がした。それでも笑みは崩さない。
「重い話になっちゃいました」
「なっちゃったね」
「じゃあ今からお菓子タイムといきましょう〜。まだまだいっぱいあるからどうぞっ」
 小分けになっているカステラの袋を封を切って開ける。中からカステラ特有の仄かに甘い匂いが漂ってくる。それを僕と小毬さんで半分こにして食べる。しっとりとしていて、口の中に砂糖の甘さが広がる。
「流れ星見えないねぇ」
「ふたご座流星群だっけ?」
「そうそれ〜。前来た時はあんなに見えたのにね〜」
 星はまだ流れない。咀嚼しながら小毬さんは空を見上げる。月が最初見た位置から大きく外れているのが分かる。それに続いてオリオン座も角度を変えていた。
「オリオン座さんってさ」
「さそり座に刺されて死んだってやつ?」
「うあああーん、先に言われたーーーっ!!」
 小毬さんががっくりと肩を下ろす。可哀想なので、頭をなでてあげる。「ふえええ!?」と言った後、恥ずかしいのか縮こまってしまった。ごほんと咳払いをして話し始める。
「オリオン座さんってさそり座さんの反対側にいるけど、それはさそり座さんに殺されたから反対側に隠れたわけじゃないと思うんだ」
 空を見上げる。オリオン座はまだ見えている。ペテルギウスが赤い光を放っていた。
「じゃあ、どうして?」
「さそり座さんがね、もし暴れ出しちゃったらいて座さんに殺されちゃうの。だからさそり座さんのためを思ってオリオン座さんはわざと隠れてるんだよ」
 オリオン座さんって優しいね、と付け足す。僕の目がまた見えたような気がした。
「オリオン座さんとさそり座さんは仲が悪いっていう例えなんだけど、私は仲がいいって思うことにしたの。最初仲が悪くても仲直りすれば、ね。こうすれば、みんな幸せ」
 小毬さんの幸せスパイラルの理論がここでも息づいていることに驚きを隠せない。僕は苦笑しながらそれに頷いた。
「じゃあ犬と猿も同じかな」
 傷つけたくないから木の上に居る。傷つけたくないから吠えて争いを避ける。お互い相手のためを思っての、行動。
「そう、その調子で全部幸せにしていこ〜!」
 最後のカステラを小毬さんが頬張る。お菓子を食べている時の小毬さんは本当に幸せそうだ。僕はその顔を嬉しそうに見つめる。
 辺りが暗闇に呑まれ、ついに僕たちを照らすのは夜空に輝く月と星だけになった。満月の夜は明るく、小毬さんの顔を明確に見分けられるまで照らしてくれている。
「まだかなぁ流れ星」
「そう簡単には流れないよ〜。でも私たちが本当に見たいと思ってるなら流れ星も恥ずかしくなって顔を出してくれるかもです」
「じゃあ祈ろうか、流れ星に」
「うん、そうしましょう」
 二人して目を閉じる。僕は手を合わせながら、小毬さんは両手を握りあって、それこそ修道女が祈るような祈祷の格好で願っていた。
 二人して目を開ける。目の中に飛び込んできたのは、やはり夜空と僕たちを照らしている月とあまたに輝く星だった。
「何か不思議な感じ」
「うん、僕も」
「お月さまって太陽が反対側にあってもこうやって私たちを照らしてくれる。でもそれもお月さまと太陽さんの中が悪いわけじゃない」
「月は夜照らさないと僕らが困るからこっちにいる、だよね?」
「うん…。でもお月さまと太陽さんはきっと一緒にいたかったんだと思うんだ。だからこれだけは寂しいよ…」
 悲しそうな顔で小毬さんが俯く。
 月はお互いを傷つけるから太陽と離れたわけではない。僕たちに夜光がないと困るからいてくれてるのだ。
 東の地平線が白んでくる。太陽が近づいてくる。それに次いで月が南東の地平線に隠れていく。僅かに光っているその姿は僕らと太陽に別れを告げているようだった。
「月って太陽がないと輝けない。まるで誰かさんと誰かさんみたいだね」
 夜が明けるにつれて、今まで輝いていた星たちが勢いを無くして、白と青の中に消えていく。小毬さんはそれを見て悲しげに笑った。そのコントラストの曖昧な境界線の中心を指差す。
 そこには何もない。あるのは、行き場を失った不透明な星の光。今まさに消え行くその刹那。
「私はあの星みたいにここにいることすら、あやふや。でも理樹君は違うよね」
 小毬さんが立ち上がって歩きだす。数歩歩いたところで止まり、今度はまだ黒が支配している空にある月を指差す。
「鈴ちゃんは月、理樹君は太陽。どっちがいなくなってもやっぱり私は悲しいよ。それは太陽にとっても月にとっても、同じ」
 小毬さんは泣いていた。やっぱり笑顔のままで。涙が頬を伝い、乾いた屋上のコンクリートに吸い込まれていく。慈雨のように降り注がれる涙は、誰の心を潤したのだろうか。
「鈴ちゃんにはお別れ言ったけど、理樹君にはまだだったから」
「そう、だったんだ」
 対する僕はどんな顔をしていただろう。笑っていただろうか、泣いていただろうか、悲しんでいただろうか。
「最後に」
 そう言って、小毬さんはまた両手を絡め、祈りを捧げる。
「理樹君と鈴ちゃんが幸せでありますように」
 一陣の風が吹いた後、小毬さんはいなくなっていた。遠い空、黒と白の境界線に流れ星が二つ、見えたような気がした。
 世界はまどろみ、僕は小毬さんに感謝を告げて現実へと還っていく。

 これは、僕が見た夢の最後のひとかけら。


[No.464] 2009/10/23(Fri) 23:58:28
売れ残りの宴会 (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@8250byte

 



 舌を突き出し、垂れる白い液体を舐め続ける。たっぷりの唾液と液体を絡ませ、体の置くまで染み込むようにゆっくりと飲み込む。甘い魅惑の液体は今もとめどなく垂れ続け、私の指を汚していく。べたつく指を一舐めし、今更気にしても仕方ないと液体を掬い取るために必死に動かす。けれど白い液体を生産している棒は更に液体の量を増やしてくる。私は棒全体を口に含み頭を上下に動かし、液を全て舐めとろうとした。十秒程動かした所で顎と口が疲れてしまい、口を離した。すると、唾液でぬるぬるになっていた棒が重力に従い、ゆっくりと下へと向かい。

 床に落ちた。当たりだった。



 





「重力なんてなくなれば良いんだ!!」
「うるさいし、無駄にエロくしようとしなくても良いわよゆいちゃん」
「そーじしとけよゆいちゃん」


 くぴくぴと梅酒を飲んでいる鈴君の胸を、グラスで日本酒をギリギリまで注いで優雅とは言いがたい程がぶ飲みしている下着姿の佳奈多君の太ももをべたつく手で一撫でして、洗面所へと向かった。後ろから「服が汚れた。金払え」だの「もっと…もっと触って!」だの私を誘ってるとしか思えない声が聞こえてくるが涙を飲んで聞こえない振り。後でのお楽しみだと戦慄く両手をなだめ、手を洗いついでに洗濯物を漁ってパンツを見つけ、被り、酒を飲みに戻った。
「ふむ、これは鈴君のではないな、残念」
「ささみんだ。多分忘れ物だ、どうしよう」
「精々長生きして倦怠期になって浮気されろって書いて送れば?」
「そーするか」と手が伸びてきて私の頭からパンツを奪っていった。反論しようとビールから目を上げると、何かが顔に当たった。大げさに仰け反ってから手に取って見ると、赤い紐のパンツだった。ほのかに笹瀬川…いや佐々美女史の物と同じ洗剤の香りがすることから、これは鈴君の物だろう。現に今、鈴君はさっきのパンツを穿こうとしているし。佳奈多君がそれを真正面から撮っているし。「焼き増しと引き伸ばし頼む」と予約してから、手元にある棗鈴脱ぎたて赤紐パンを広げて本人を目の前にして鑑賞会開始。ちなみにこれは一万ぐらいで売っても良いかもしれん。新品同様に価値は無い。それに、何故だろう。色気を微塵も感じなかった。例えるなら中学生カップルが初デートに出陣した時にどちらとも無く手を繋ごうとして手がぶつかってお互い赤面、的な初々しさと微笑ましさを感じた。多分、初体験だったんだろう。紐パン。
 酒をいつもよりも少し早いペースで飲めば早く酔わないかな、とか考えていたら佳奈多君がしな垂れかかって来た。下着姿で寒くないのだろうか。一応今秋だし夜になると肌寒くなるから風邪でも引かないか少しだけ心配していた。看病してくれる人なんて居ないだろうから。私はしないぞそんな面倒な真似。そこまで考えてハッと気がついた。もしかして看病したら佳奈多君の弱気なデレが見られるんじゃないかと。もしそれが見られるのなら、看病してやらんことも無い。
「だから思う存分風邪を引け。デレを見届けてやるから」
「貴方相手にデレる事は多分一生来ないわ」
「まだデレ期じゃないのか、面白くない女だな君は」
「面白いのなら、ほら。そこにパンツ穿こうとして転げまわってる二十歳中盤が居るわよ」
 指差された方向を見てみると、ごろごろ転がってとテーブルの角に頭をぶつけ、痛さから反対に転がり何故か放置してある掃除機に頭をぶつけ、痛さからまた反対に転がって、という感じでエンドレスに痛さを味わえるマゾヒスト専用装置に苦しんでいる鈴君が居た。面白かったので携帯で録画してアドレス張に登録してある人全員に送ってみた。音楽が部屋の隅と玄関の二箇所から聴こえて、五件帰ってきた。その内二人は今日会った奴らだった。まあどうでもいいかと佳奈多君の胸を揉んでみた。無駄に大きくなっていた。
「んー…何か普通ね、揉み方」
「どんなアクロバティックなのがお好みなのかわからんから仕方ないだろう?」
「もっと強くても良いのに…」
 この六畳間はマゾヒストだらけだった。逃げたい気持ちになった。この空間からも、現実からも。ふとこの前買った美少女ゲームがとてつもなく面白くなかったのを思い出した。でもあのキャラ好きだったな、とか思いつつ酒を煽った。口の中で酒を泡立てつつ鈴君の安産型のあれを眺めていたら嫌な事を思い出してしまい、溜め息をついた。何でこんな事を思い出してしまったんだろう。今からでも引っ込まないかと余っていた酒を一気飲みした。無理だった。人間の構造を恨んだ。
「どうしたの? 何かいきなり眉にしわ寄せたけど」
「いや、今日あったことを思い出してな」
「…ああ、ゆいちゃんの所為で私まで思い出しちゃったじゃない。どうしてくれるのよ」
「乾杯でもしようか」
「…そうね、乾杯」
 乾杯、とグラスを合わせ四杯目の酒を飲んだ。いい加減不味くなって来たので、水が飲みたかった。氷が入った水を一気飲みしたら、頭が痛くなるだろうな、と想像して笑った。隣で佳奈多君も同じように笑っていた。ハイタッチとかしてみた。悲しくなった。
「それにしても、佐々美女史は綺麗だったな」
「そうね…あんなに人って変わるのね、高校のときはあんなだったのに」
「高校の時からささみはきれいだったぞ」
「あら起きたの?」
「なんとなくだ」
 そう言いながら酒を飲む鈴君が着ているドレスはもう腰の辺りまでずり落ちていて、慎ましやかな胸は布一枚に守られていた。それを見て、私は何かが引っかかった。何だろうと考えてみると案外簡単にわかった。
「そういえばいつの間に佐々美君はあんなに胸が大きくなったんだ?」
「あたしと一緒に住むようになってからだんだんとでかくなった。ムカつく」
「鈴が大きくしたの?」
「セクハラだから答えてやらん」
「でもあんなに大きくなるなんてね…びっくりだわ」
 まあ佐々美女史の胸がいくら大きくなろうとも私の足元にも及ばないがな、とか呟いたら二人に蹴られた。何故だか少し気持ちよかった。大学の先輩に「貴方には素質があるわ!」とか力説されたのを思い出した。本当にこの空間にはマゾヒストだけだった。
「という事で私のも揉んでくれ」
「嫌よ疲れるもの」
「しね」
 二人とも反応が適当だった。ちょっとだけ傷ついた気がした。なので部屋の隅で静かに泣くことにした。四つん這いになって這って行こうとしたら誰かに上に乗られた。重かった。
「想いが重いって昔いわれた」
「恋慕のダイエットをするべきだな。どいてくれ」
 まさかの鈴君に驚きすぎて近くにあった官能小説に手を伸ばしてしまった。女同士が絡み合ってた。まさか今私は襲われているのか。それならそれで悪い気はしないのだが、多分鈴君は佐々美君が他所に行ってしまい寂しくなってるだけだろう。そう思ったので引き剥がして酒を無理矢理飲ませた。口から垂れる酒がやけに艶かしく思えたので舐めてやろうとしたら、佳奈多君に振り向かされ唐突にキスされた。何故だ。
 



 
 一時間ぐらい静かに酒を飲んでいたら、そういえばしな垂れかかって来た佳奈多君がキスした時から何か静かだなと横を向くと幸せそうな顔で携帯を弄っていた。ムカついたので佳奈多君のグラスに塩と七味唐辛子を入れておいた。結構多めに。どうせ葉留佳君あたりがメールを送ってきたんだろうと画面を覗くと、そこには男の名前が表示されていた。そして内容が今度の日曜日映画でも見ない的な感じだった。早く言えばデートのお誘いだった。
「ってデートだとっ!?」
「うわびっくりした。いきなり何よもう」
「いつの間に男とデートの約束をするようになったんだ!」
「向こうから誘ってきたんです。別に良いじゃないデートぐらい」
「でーとだと? お父さんは許さないぞかなたぁ…」
「はいはい酔ってるんだから静かにしててくださいお父さん」
 うみゅう、とか言って折角起き上がったのにまだ寝転がってしまったお父さんは放っておいてとりあえず佳奈多君だ。抜け駆けなんて許さん、というか潰す。嫉妬とかじゃなくて、そうこれは佳奈多君を心配して言ってるんだ。多分。どうやって男の危険度を教えてやろうかやっぱりここは実力行使で行くしかいやでも相手は佳奈多君だし、と作戦を練っていたら佳奈多君が携帯を閉じてこう言った。
「それに私これ断るし」
「…は?」
「断るのよ、お誘い。確かこの日私達約束してるじゃない」
 忘れたの?と意地悪そうな顔で覗き込んでくる。可愛かった。何でこの感じで男に接しないのだろうと疑問に思ったけれどまあそんな機会がないんだろうと言うことで納得した。それよりも約束、か。全く覚えていない。どこかに出掛ける約束なのだろうか。それともただ何となく佳奈多君を誘ったのだろうか。もしかして約束なんてしてなかったのかもしれない、とまで考えて思い出した。そういえばこの三人で適当にぶらつこうとか話していたような気がする。でも多分鈴君も覚えていないだろう。今と同じで、酒に酔っていた時に話した気がするから。そんな状態での話だったのにも関わらず覚えていてくれたのは、やはり少し嬉しかった。
「愛情よりも友情をとる佳奈多君に乾杯」
「お父さんは嬉しいぞぉ…かんぱぁい」
「貴方はもう寝てなさいよ…ま、乾杯」
 三人の酒をぶつけあい、一気に飲み干した。
 そして思い出した。




「辛っ!?」
 塩と七味入れておいたんだっけ。



 

 

 

 死んだように眠る鈴君と、塩七味酒のダメージで寝てしまった佳奈多君を肴に酒を飲もう。そう思って酒を探したけれどもう残っていなかった。流石にもう飲むのを止める事にした。五時だし。眠気と酔い気を紛らわせるためにコンビニにでも行って無闇に酸っぱいジュースでも買うことにしよう。
 そう思い、立ち上がり二人を見下ろした。ドアを開け、不法侵入してきた朝日にクラクラにされた。ちょっとした段差に足をとられた。後ろをちらっと見て見られてないことを確認して、聞こえてないとは思うが、一応伝えていくことにした。




「ちょっとアイス買ってくる。バニラで棒のやつ」

 三人分、とは言わなかった。


[No.465] 2009/10/24(Sat) 00:01:23
しめきり (No.455への返信 / 1階層) - 主催代理

言い忘れていましたが、私がスレッドを立てた時には、締め切りも私がやります。よろしく。

[No.466] 2009/10/24(Sat) 00:26:17
貧乏金なし (No.455への返信 / 1階層) - ひみつ@5716 byte

「お金がないです」
「ブルセラ行けば?」
 困り顔の西園さんのために光速で応えると、感激して抱きついてきた。
 頭を下げられ、脇にはさまれる。左のほっぺたに慎ましやかなふくらみが押しつけられて、心地いい。
 視界がぐるんと反転した。上下が逆に見えるカーテンから、朝日がこぼれているのが見えた。
 ばどんっ!
「うぎゃっ!?」
 背中一面に衝撃ががが。息、できな、視界、黒く。
 必死で呼吸を整える。目の端からじんわりと色を取り戻す。そしてこちらを見下ろしている西園さんに一言。
「すー……はー……彼氏に、ブレーンバスターは、ひどいと、思うんだ」
「直枝さんがおかしなことを言うからです」
「お金が、ほしいんでしょ?」
「そういう手段はとりたくありません。……そもそも、彼氏として、彼女の制服なり体操服なりが世に出回っても構わないと?」
「僕が買い占めるから大丈ぷぎゅっ!」
 上靴の底が、顔に顔に顔に……。あ。
「はー……はー……はぁはぁ」
「っ! 呼吸が気持ち悪いものに?」
「……水玉ぱんつ」
「きゃあっ!?」
 カモシカのような白い足が振り上げられてストンピング!
 ひらりとスカートが舞い上がってストンピング!
 白と水玉の三角形がストンピング!
 ストンピングストンピングストンピング!!
「はー……はー……はー……。さて。気を取り直して、他の人に相談しに行きましょう」
「そうだね。よし行こう」
「……タフですね」
「西園さんに鍛えられたからね」
 えへへ、と照れ隠しに笑う。
 液体窒素みたいな目で見られてゾクゾクした。



 部屋を出て女子寮の廊下を歩いていると。
「ちょうどいいところに神北さんが」
「なるほど、同じロリキャラに相談するんだね。おーいロリ……じゃなかった小毬さーん!」
「ふぇ? 理樹くんとみおちゃん? おはよう〜」
「おはようございます」
「おはよう、小毬さんに相談があるんだけど、いいかな?」
「おっけー、ですよ〜」
「じゃあさっそくだけど、今日の小毬さんのぱんつはなに色?」
「今日はね、いち……ほわぁっ!?」
「いち、なにかな? なにかな? ほら、言ってごらんよ、ぱんつ色。ぱんつ、ぱんつ、ぱんつっつ! p-a-n-t-s、ぱん2! シルク生まれのHIP育ち、ひらひらしたのは大体友達!!」
「う、うわぁぁぁ〜ん! ぱんつぱんつ言わないで〜!」
 右腕を直角に曲げて、一歩目からトップスピードで走ってくる。
 ごんっ!
 目の前に火花が飛び散る。頭がぐらぐらと揺れて、思わず座りこむ。
「見事なアックスボンバーです。そんなことよりも本当の相談なのですが。お金がないんです。どうしたらいいと思いますか?」
「みおちゃん、もうおこづかいないの?」
「はい。どうしたらいいと思いますか?」
「う〜ん………………あ! 家計簿なんてどう?」
「家計簿ですか?」
「うんっ。毎日、なににいくらつかったのか書いていくの。そうすれば、ムダづかいもなくなりますっ」
「神北さんはつけていますか?」
「うん、もちろん。……あー……でも、お菓子でけっこう使ってるのがわかるんだけど、なかなか減らせなくて……」
「わかります。わたしもどうじ……いえ、本を買うのが止められなくて」
「だよね〜」
「ですよね」
「…………」
「…………」
「……ごめんね、あまり役に立てなかったね」
「お気になさらず。参考にします」
「うん……じゃあね、みおちゃん」
「ありがとうございました」
 和やかにあいさつをかわすふたり。
 って!
「ぱんつ! ぱんつが行っちゃう! 待って、最後にぱんつの色を、」
「黙ってください」
「っ〜〜〜〜〜!!! チョークスリーパーは……げぶぅ」
 あ、世界が、真っ白に――。



「……最初からこうするべきでした」
「美魚君か。私に相談ごとでも?」
「来ヶ谷さん、おっぱいもませてください!!!!」
「……完全に落としたつもりでしたが。ここまでくるともはや執念ですね」
 こっそり後ろからつけてみると、西園さんは来ヶ谷さんのところへ向かった。
 来ヶ谷さんといったらおっぱい、おっぱいといったら来ヶ谷さんだよね!
 とうの来ヶ谷さんは、指を三本立ててこちらを見ていた。……3ピース?
 手がブレたように見え、
「ぎゃっ!?」
 眼球に突き刺さるような痛み。思わず目をつぶる。
 と、顔の両脇にしっとり、というかむっちり、というかそんな感触がする。
 なんだこれ気持ちいいぞ、と思ったところで、真上に引っこ抜かれるかのような浮遊感。一瞬の停滞。すぐさまぐるんと振り回されて、頭に今日一番の衝撃!
「めぐぅっ!?」
「ウラカン・ラナ……? いえ、フランケンシュタイナーですか」
 西園さんのつぶやきが耳に入る。つまり、今頭を抱きかかえるように包んでいるこれは!
「ふおぉぉぉぉ! 来ヶ谷さんのふともももふもふ! クンカクンカもふもふ!!」
「ひゃあっ!」
 以外に可愛らしい来ヶ谷さんの悲鳴とともに、しっとりむっちりが離れていった。
「しっとりとしていてむっちり、つまりむっとりなふとももだったよ。ごちそうさま!」
「美魚君美魚君美魚君! あいつ、あいつ殺っちゃっていいか!?」
「どうぞ、と言いたいところですが……あんなでもわたしの彼氏ですので……ごめんなさい」
「はぁ……それで、話があるんじゃなかったか?」
「そうでした。ぶっちゃけお金がありません。どうしたらいいと思いますか?」
「ブルセラに行けばいいじゃないか。安心したまえ、ブツは私が買おう」
「……二度ネタはおもしろくありません」
「その案、僕が言ったよー」
「なっ……!? ばかな……少年と同レベル……だと……? ……欝だ死のう」
「あ、来週末は野球の試合がありますので、それまでは待ってください」
「…………わかった。ああそうだ……駅前のファーストフード店がアルバイトを募集していたな……そこで働いてみてはどうだ?」
「はい、考えておきます」
「……ではな」
「来ヶ谷さん、死ぬ前におっぱおぅっ!?」
 あわてて立ち上がった僕の両腕をねじりあげて、僕にまたがるように足で両足をがっちりロック。
 こっ、これは! 脱出不可能といわれた伝説のパロ・スペシャ――。
 ごきり。



 明けて日曜日の朝。
「いらっしゃいませ。マックリアへようこそ」
「はい、はい! スマイル! 逆光のなかちょっとはにかんだようなふんわりとした笑顔をお持ち帰りでお願いします!」
「……直枝さ、いえお客様。そういうのはちょっと……」
「あ、テイクアウトはなし? じゃあこの場で召し上がります」
「店長ーぅ! 店長ーーーぅ!」
「んっふふ。きみ、おイタはダ・メ・よ☆ マッスルマッスル」
「うわぁ! 真人より筋骨隆々のオカマにかつがれた!? 止めて離して掘らないで! そこは西園さんに捧げるんだぁぁぁぁあ!!!!」



 今日も西園さんは可愛かった。


[No.467] 2009/10/24(Sat) 01:40:18
だってようっ、大丈夫だと思ったんだよぅっ (No.455への返信 / 1階層) - ちこく@8791byte

少し厚手の青色のカーテン。
まだ寝ぼけた寝癖頭で開くと、シャーという心地よい音と共に一際眩しい太陽が室内を照らす。
思わず目を瞑りながら手探りで窓を開けると、朝の澄んだ空気が入ってくる。
んーっと深呼吸すると肺一杯に冷たさが広がり、あまり起きてなかった頭も覚醒してきた。
今日もよく晴れた爽やかな気持ちいい朝。

のはずだった。

男子寮の理樹と真人の部屋。
ベッドの奥にあるクローゼットの前に大きな筋肉が一人、青黒い哀愁を漂わせて座っていた。


普段なら朝のこの時間になると威勢の良い掛け声と共に、熱気と汗とおはようと笑顔を飛ばしてくる真人。
でも今は変わり果てていた。はっきり言えば来ヶ谷さんに断頭台をされた時よりも沈んでいる。
断罪の時以上に顔を青白くして、今回は丁寧に膝を強く抱えて、何かを耐える様に震えて。
昨晩、僕や鈴、謙吾が話しかけても、激しく筋肉筋肉と踊っても、一生懸命筋肉さんがこむらがえっても、真人はただ壊れた機械の様に
「これからは筋肉無しうんこっこ真人、略して筋うん真人として生きていきます…。もし街でオレを見かけたら、よっ筋うん真人と気軽に声をかけてくれよな…」
と繰り返すだけ。
昨日の晩御飯から何も食べてないから少し心配。

「真人、そろそろ学校行かないと遅刻するよ」
「やぁ理樹くん、オレは筋うん真人として生きていきます…」
「…真人、君の筋肉が必要なんだ!」
「オレは筋うん真人…、筋肉さんは宇宙人に連れてかれました…」

やっぱり結果は同じだった。
昨日の夕方からやって駄目だったものを、今やっても効果は無いのかなとちょっと思ってしまう。でも、もしかしたら治ってくれると思い、朝食を抜いてまで挑んでみたけれど。駄目だった。
真人がこうなった原因は一体何なのだろう。全く検討もつかない、くそっ。
幼馴染でルームメイトの筋肉さんの事を、全くわかってなかった自分に腹が立ちながら、また遠くへ就職活動しに行った幼馴染の帰還を祈ってみる。
とりあえず、マスクザ斉藤のマスクに祈ってみる。

こんな時恭介が居てくれたら…。帰ってこないかなうまうー。はりゃほりゃ中にどうか恭介がうまうー来ますように。

天の代理斉藤マスクからの返事は当然、はりゃほれうまうーだった。
ふと時計を見れば、そろそろ走っても間に合わない様な時間。真人には悪いけど仕方なく置いて行く事にした。

「ごめんね、真人。僕学校行くから。具合悪いならちゃんとベッドで寝るんだよ?」

筋うんは思いつめた様な顔をして動かない、全くもって。
今日の金運はきっと最悪なのかなと変な事を考えながら、誰もいない道をひたすら走る。



「お、やっと来たか。理樹、おはよう。…やっぱりあいつは来ないのか」
「はぁ、はぁ…おはよう謙吾。ふぅ、ごめん…駄目だった」

朝のHR1分前になんとか教室に駆け込むことができた。
席にもたれ掛かる様に座ると、目の前に謙吾。息を整えながら少し暗い表情の謙吾に挨拶をする。

「なに、謝る事ないさ。どうせあいつが悪いのだろう、それにほって置けば治るさ」
「うーん、そうかなー…」

言葉はぶっきらぼうだけど、表情はやっぱり暗いまま。やっぱり心配なんだね。

「ああ、心配いらないさ」

謙吾は無理に明るくそういって、自分の席に戻って正面を向いた。
僕は遠く教壇に立つ、さっき入ってきた教師の顔をただただ眺めながら、真人の変化について考える事にした。


確か、野球の練習の時は普通だったんだよね。
いつもの様に謙吾と二人、グランドを走り回ったり、
「俺の筋肉がうなる!うなりを上げるっ!うなぎ登りだーっ!」
「目の前の筋肉〜!停まりなさ〜いっ、暑苦しいので停まりなさ〜いっ」

いつもの様に一人、隅でひたすら素振りをしてたり、
「筋肉が暴走した!暴徒とかしたっ!ただちに相当な筋肉が現場に向かいますっ」

うん、やっぱりいつも通り。
それで、いつもより早く練習を切り上げて寮に戻った時もまだ普通だった。
「理樹、ノート写させてくれ。後でオレの筋肉を少し分けてやるからよ」
「いや、いいよ…筋肉は。別に良いけど汚さないでよ。後今度は自分でやるんだよ?」
「わかってるぜ」

それで僕は鈴ともんぺちを買いに出かけて、帰ってきたら真人が部屋の隅でひざを抱えてて震えてて。
「ただいま、あれ?真人?」
「……」
「真人、どうかしたの?」
「……オレは、筋肉無しうんこっこ真人です…」

僕が出かけていた間に、何かあったんだろうけど…。
宿題はノートを写すだけだから、知恵熱とかは関係ないと思うし。
うーん。やっぱり、わからない。


あれこれ考えて、気がついたら一時限目終了のチャイム。
それと同時に小さくだけどお腹がなった。そういえば、朝ごはん食べてなかったんだっけ。
飲み物を買いに行こうと席を立ったら、目の前にパンを持った鈴。

「理樹、お前朝食食べてないだろ。ほら、パンとカップゼリーやる。食べろ」
「え、いいの?ありがとう、鈴」
「ん」

鈴はちょっと照れた。

「それであいつはまだ、あのくちゃくちゃな状態か?」
「うん、一晩中あんな感じだったし今朝も変わってなかったよ。夜中に何度かトイレに行ったっぽいけど、真人が動いたのってその位かな…」
「ふみゅう」

鈴にお金を渡して、少し大きめの丸いじゃむパンにかじりつく。
口の中いっぱいに、苺とブルーベリーのじゃむが広がり一気に甘くなった。
やっぱり、後で飲み物を買いに行こうかな。

「真人、何でああなっちゃったんだろう」
「わからない」
「そう…。ねえ、鈴。カップゼリー食べる?」
「うん、食べる」

鈴は笑顔でパインアップルのゼリーをほお張った。

次は、物理。物理より飲み物、買いに行こう。




四時限目終了のチャイム。
クラスメイト達はそれぞれ思い思いに談笑したり、背筋を伸ばしたり、次の授業の準備をしたり、机に突っ伏したり。
真人はまだ来ない。
そういえば、授業が終わる度に真人が話しかけてきたっけ。僕は毎回ジュースを買いに行ってあまり構ってあげられなかったけれど。
普段あるほんの些細な事でも、なくなってしまうと少し寂しく思えてくる。
ごめんね、今度は筋肉を選ぶよ。
それに気のせいか、クラス内の雰囲気もいつもより静かな気がする。
真人結構叫んでるから。
いつもとちょっと違う教室。

ようし、お昼だし戻ってみよう。


今は朝より気温もあがって初夏の様、正直とっても暑い。
頬をつたう汗を袖で拭いながら部屋のドアを開けると、バンダナで片目が隠れた筋肉さんが、這い蹲ってこっちに太い腕を伸ばしていた。

「うわっ、貞筋さんっ」
「理樹…、飯を…頼む」
「ま、真人!大丈夫!?ちょっと呪いのビデオっぽくてびっくりしたよっ」
「カツ丼大盛りを…2つ…」
「カツ丼!カツ丼だね!?わかった、待ってて真人!」

僕はまた走って、カツ丼を買いに行った。今日は走ってばっかりだ。


「それで、どうして昨日からずっとあんな状態だったの?」

真人はカツ丼を一つ20秒程で平らげた。
飲むようにして食べちゃ駄目だよ、ちゃんと噛まないと。

「ああ、オレ製マッスル・エクササイザーの進化版、オレ製マッスル・エクササイザーサードを飲んで腹壊した」
「ええー」
「今回はマヨネーズとケチャップと、とんかつソースをたっぷり入れてみた力作だったんだが、一ヶ月位冷蔵庫の奥に置いたのを忘れててな。昨日、発見して一気飲みしたわけだ」
「よく固まってなかったね。じゃなくてっ、なんでそんなの飲むんだよ!お腹壊して当たり前だよっ」
「いや理樹のノート、最後の問題が書いてなくてわからなくてな。これ飲んだらいけるかなって思ってさ」
「いやいやいや、っていうか大丈夫なの?お腹」
「ああ、さっきまで腹痛で何も出来なかったが、今はもうカツ丼だって食える程回復したぜ。ふぅ、オレの筋肉じゃなかったら危なかった」

結局ただお腹壊して、その腹痛に耐える為に縮こまっていただけだったらしい。っていうかよくお腹壊した程度ですんだね。
それよりも、腹痛ならそう言おうよ。僕、真面目に筋肉さんがこむらがえったをやったのに、無駄だったんだ。

「なら、今から学校行くよ」
「やだようっ、行きたくないようっ」
「だって治ったんでしょう?それに、そんな女子みたいなポーズしなくても…。…もう、さっきのカツ丼おごりで良いから、ほら行くよ」
「さすが理樹だぜ」
はぁ。

真人と一緒に学校へ行く、いつもとは違ってお昼からだけど。





「ほう、神北達はそんなに球を飛ばせたのか」
「すげーな、見た感じあいつらぽよんぽよんしてて筋肉ねーのに」
「…真人、お前何か視点がエロいな」
「…見てる所が筋肉だもんね」
「なんだ、こいつエロいのか」
「だああぁぁーーーっ!俺はエロくねえーーーっ!」
「うっさい!ボケ!!」

鈴達には僕が簡単に説明をした。
二人ともやっぱり呆れてたけど、やっぱりどこか嬉しそうだった。

「それにしても来ヶ谷達は兎も角、神北やクドリャフカがか。あいつ等も頑張ってるじゃないか」
「うん、そうだね」
「最近の小毬ちゃん達はよく頑張ってる。最近速く
「あいつ等今ぽよんぽよんなのは、筋肉を落とした状態なんだろ?
…待てよ、筋肉を落とすって事は、筋肉を取り外せるって事じゃねえ?ってことは、あいつらは取り外せる位筋肉を育てていたのか!?くそ、俺も負けられねー!」
「こいつ馬鹿だ!っていうか人の話を遮るなぁっ!」

鈴に蹴られながら、真人はそのままスクワットを始めた。今朝まで瀕死だったのに。
凄い、全くびくともしてない。さすが真人。
逆に鈴が蹴った足を押さえて、少し痛がっていた。

「真人、筋肉は取り外せないからね。後、その真人にしかできない高速スクワットはもうちょっと隅でやってね」
「ふっ、ふっ、ふっ、ありが、ふっ、とよふっ」
「こいつ馬鹿だ、くちゃくちゃ馬鹿だ!」
「それにこいつ、今とよふって言ったぞ」
「謙吾、きっと真人は豆腐を食べたかったんだよ、でも噛んじゃってとよふになったんだと思う。だから、そっとして置いてあげようよ」
「バカバカうるせえよ、スクワット中に喋ったからそうなったんだよ、意味なんてねーよごめんなさいでしたーーっ」
「理樹、こいつスクワット止まってるぞ」
「うああぁぁーーーっ!理樹達のつっこみに力入れすぎてスクワット止めちまったぁぁーーーーっ!!」
「真人止めて!髪の毛千切れる!いや千切れてるって!」
「うっさいボケ!」
「ふぅ、付き合いきれん」

よく晴れた爽やかな日。
今日も教室はとっても賑やかで、

「ま、真人!ほら筋肉筋肉〜!」
「おおぉぉーーーっ!筋肉旋風だあーーーーっ!!」
「謙吾も筋肉筋肉〜!」
「いぃよっしゃあぁーーーーっ!!」
「鈴も筋肉筋肉〜!」
「ふかーーっ!」

時々騒がしくて大体いつも通り。


[No.468] 2009/10/24(Sat) 11:23:25
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