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No.589に関するツリー

   第47回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2009/12/25(Fri) 00:00:45 [No.589]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2009/12/26(Sat) 00:41:55 [No.604]
Last Story - 秘密@17236byte - 2009/12/26(Sat) 00:20:02 [No.602]
光り輝く聖なる夜 - ひみつ 6269 bite - 2009/12/25(Fri) 23:57:26 [No.598]
心を描く - 秘密@3993byte - 2009/12/25(Fri) 23:56:31 [No.597]
化野の鐘の声 - ? @10872 byte - 2009/12/25(Fri) 23:53:49 [No.596]
仮面の男 - 秘密 9954byte - 2009/12/25(Fri) 22:29:26 [No.595]
どこまで続く×どこまでも続け×それは無理だと誰かが... - ひみつ@19878 byte - 2009/12/25(Fri) 17:11:48 [No.594]
それではみなさんさようなら - ひみつ@9305 byte - 2009/12/25(Fri) 15:27:49 [No.593]
絵に描いたとしても時と共に何かが色褪せてしまうでし... - 秘密@19016 byte - 2009/12/25(Fri) 11:37:15 [No.592]
色彩 - 秘密 14400 byte - 2009/12/25(Fri) 01:17:43 [No.591]



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第47回リトバス草SS大会 (親記事) - 大谷(主催代理)

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「絵」です。

 締め切りは12月25日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は12月26日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.589] 2009/12/25(Fri) 00:00:45
しめきり (No.589への返信 / 1階層) - 大谷(主催代理)

しめきった!

[No.604] 2009/12/26(Sat) 00:41:55
Last Story (No.589への返信 / 1階層) - 秘密@17236byte

『蝋燭のお話』

**************

 寒さに震えながら蝋燭を売る少年がいました。
 季節は冬。手や足などにはすでに感覚がなく、薄着をしている少年の顔色は青ざめていました。
 少年には寒さと飢えに苦しんでいる妹が一人いました。
 今頃何をしているだろうか。歯を鳴らせてはいないだろうか、空腹に苦しんではいないだろうか。
 そう考えると、少年の心は大きくざわめいていてもたってもいられなくなるのです。
 『この蝋燭を買ってはくれませんか』
 少年は必死に呼びかけます。しかし誰も少年の声には耳を傾けようとはしません。少年など初めからそこにいないかのような扱いでした。
 じりじり日が落ちていきます。やがて夜の帳が辺りを覆いました。
 今日も収穫はなしか。そう思って家路に着こうと思っていた矢先でした。
 『助けてやろうか』
 そんな声がどこからか聞こえてきました。背後を振り返ると、誰もいません。不思議に思って辺りを見回していると、
 『こっちだこっち』
 と言う声が手に持っている蝋燭からします。よく見てみると、いつのまにか蝋燭に火がついています。
 お前は誰だ、と少年は問いかけました。
 『まぁ強いて言えば、執行部 of the darknessってとこか』
 少し罰が悪そうな声で返事がしました。不気味に思いながらも、その声は続きを言います。
 『色々こっちで不都合があってな。そのせいでこんな歪んだ世界が生まれたわけだが……おっと。お前にはどうでもいい話だったな』
 それよりも、と強い口調でこちらに語りかけてきます。少年は自ずと耳を傾けていました。
 『お前には選択肢が二つある。このままこの世界で妹と一緒に死ぬか、それとも俺と一緒に妹を助けるか』
 少年はひどく驚いた顔をしました。なにしろこの声の主は妹のことを知っているばかりか、助けてくれるというのです。
 少年は問いました。本当に助けてくれるのか、と。
 『ああ、保障する。絶対に助けてみせる』
 実を言うと、少年はなぜかこの声の主を心のどこかで信頼していました。それは声色からか、話し方からかは分かりませんが。
 最後に少年は聞きたいことがありました。
 何故こんなにも親切なのかと。どうして助けてくれるのかと。それが唯一の疑問でした。
 すると、呆れたような安心したようなそんな声が返ってきました。
 ---そりゃ、お前が俺だからだよ---
 その声が届いたか届かなかったか、その時には少年はすでに夢の中へと引き込まれていきました----

**************



「Last Story」



「何書いてるんデスか?」
「これは絵本のメモ書きだよ〜」
 葉留佳さんが小毬さんの手帳を上から覗き込んでいる。そこには小毬さんらしい可愛い字で走り書きが書かれていて、その横には本筋らしい話が小さく書かれていた。
「これってプロットってやつだよね」
「うん。まだ話がうまくまとまってないから絵本にするためにはもっと優しい言葉にしないといけないけどね〜」
「だからって授業中も書いてるのはどうかと思うけど」
「う、うーん。書いてたら止まらなくなっちゃって…」
「そのせいで数学の時間に英語解いてたんですよネ?」
「うぁぁーーっ! なんで知ってるの〜〜!?」
「いやぁ理樹くんが教えてくれましたヨ?」
「理樹くんがばらしたぁぁーーーっ!」
 いや、僕は何も言ってないけどと抗議するも、聞く耳を持たなかった。そのすきに葉留佳さんはしめしめと言った感じで手帳に落書きを始めている。
「…ふむ、やっぱり始まりはこうするべきですヨ。『吾輩は変態である』」
「ふぇぇーーっ!?」
 そうやって小毬さんが驚いている間にも葉留佳さんは落書きを進めていく。必死になって取り戻そうとするが、上手い具合に体の影に手帳を隠しているので取ろうとしてもとれない。じたばたと小毬さんがもがいていると、葉留佳さんの後ろをすっと通り抜けていくものがあった。…来ヶ谷さんだ。手帳を開き、中身を見る。
「何々…『吾輩は変態である』だと? なるほど小毬くん、おおよその事情は把握した。そんなに官能小説が書きたいならばまずは書き出しを変えるべきだ。『吾輩のピーは変態である』と」
「ふぇぇぇぇーーーっ!?」
 小毬さんが驚いてる隙にこれでもかと言うくらい速記で物語を書き変えていく。小毬さんは慌ててその姿を追いかけていくが、来ヶ谷さんが残像を残しながら移動するので一向に追いつく気配がない。「私の残像は百八式まであるぞ」と余裕の笑みをこぼしながら逃げる来ヶ谷さんはどこか楽しそうだ。対する小毬さんは「返してぇぇーっ!」と半泣きになりながら見当違いの方向へと駆けだしていく。
「はっはっは。ついつい本気を出しそうになってしまったではないか。あと小毬くん、自分の胸ポケットを確認してみるといい。エロサンタさんからのプレゼントだ。じゃあな」
 そう言って教室を去っていく来ヶ谷さん。小毬さんが途方に暮れていると、来ヶ谷さんに言われたことを思い出したのかブラウスの胸ポケットを探る。すると不思議なことに手帳が出てきた。廊下から「はっはっは」という笑い声が木霊してくる。小毬さんが恐る恐る手帳を開く。
「玉ねぎ王子がろうの翼を手に入れて空を飛んで伝説の城に行くお話になってるーーっ!」
 意味も分からずに叫んでいる。
「あれ? でもそれって官能小説からは思いっきり外れてるしむしろ童話になってない?」
 色々神話とかアニメとかゲームとかがごっちゃになってるような気もするけど。
 葉留佳さんはそれが不満だったのか、「姉御が真面目な話を書くなんておかしい! インチキだー! 悪徳商法だー!」と喚き始めた。しまいに小毬さんから手帳を奪い取ろうとしたので、とりあえずげんこつを軽く頭に落とした。
「いたっ」
「これ以上騒ぐと真人が起きるから」
「だからってこの仕打ちはないと思いますヨ! あ、いたっ」
「二回目」
 オーバーリアクションに頭を押さえながらうずくまる葉留佳さん。こちらをじっと見つめてくる。
「おのれ理樹くん許すまじ! 放課後にはるちんマジック使って悪いことしてやるんだから! 覚悟しといてよね! あでゅー!」
 そう言い残して教室の外へと駆けて行った。相変わらず脈絡がないなと思う。
「手帳大丈夫だった?」
「あ、うん。ゆいちゃんが書いたところは別に大丈夫だったよ〜」
「来ヶ谷さんが書いたところ”は”?」
「うん…」
 小毬さんが苦笑しながら手帳を開く。来ヶ谷さんが書いたであろうところは字が小さく、かなり薄く書かれていたので良かったが、問題は葉留佳さんが描いた落書きだった。猫だか何だかわからないものに注釈で「変態」と書かれている。筆圧で手帳を数枚貫通していて、見るも無残な状態になっていた。
「後で葉留佳さんに弁償させるね…」
「い、いいよ〜。まだまだ使えるし、だいじょーぶ」
 はぁ…放課後が楽しみだ、とため息をついていると、小毬さんが「あれ?」と驚いたような声を出した。
「どうしたの?」
「えっとね、さっきまでここに何も書いてなかったはずなんだけど、今見たら字が新しく字が書いてあるの」
「どれ?」
 小毬さんが指差す場所を見る。するとそこには「寒さに震えながら蝋燭を売る少年がいました」という字が書かれてあった。
「これって来ヶ谷さんとか葉留佳さんが書いたんじゃなくて?」
「私もそう思ったんだけどやっぱりおかしいよ。第一、この字ってパソコンで打ち出したみたいな字でしょ?」
 確かにそれは活字体で書かれてあった。打ち出してある場所も落書き部分を避けてある。
 しかし仮にそれがさっき書かれたとして、誰が何のためにどうやって書いたのだろう。そうこう考えていると予鈴のチャイムが流れた。
「あ、小毬さん次体育!」
「え、あぁぁーーっ! もうみんないないぃぃーーっ!」
 急いで手帳を胸ポケットにしまい、体操着を引っさげて全力で駆け出して行った。僕も着替えて体育に向かった。

「いやー結構汗かきましたネ」
「今日は特に暑かったからね」
 葉留佳さんが汗をぬぐいながらブラウスをばたばたと扇ぐ。小毬さんはぐったりしていて、仰ぐ気力も湧かないらしい。
 放課後に僕たちは例の如く野球をしていた。しかし、恭介が「今日は特に暑いし、熱中症になるといけないから早めに切り上げるぞ」と宣言して、今は部室で全員ぐったりとしているのだった。僕も含めてほとんどが熱中症に近い状態にあった。
「なんだ、こんなのでへばってんのかお前ら。筋肉が足りてねぇ証拠だな!」
「全くだ。剣道ならこれくらいは当たり前だ」
 この二人を除いては。
「さすがにおねーさんもこの暑さにはやられたらしい。勝手に手が動いてしまう」
 そう言って来ヶ谷さんは手をわきわきさせながら鈴に近づいていく。
「お前は万年発情期か!」
「褒めるな、照れるじゃないか」
「褒めてないわ!」
「一つ為になることを教えてやろう鈴くん。人間とは発情期を失う代わりに年中性行為をすることができるようになったのだよ。その点で人間という生物は常に発情期であるとも言えるわけだ。つまり私には鈴くんの胸を揉む権利があるというわけだな」
「ないわっ!」
「姉御、揉むなら私の胸を!」
 段々と不毛な戦いに発展してきた。鈴が来ヶ谷さんをキックで牽制し、来ヶ谷さんはそれを巧みに避け鈴に近づき、葉留佳さんはそれを邪魔して来ヶ谷さんの手を自分の谷間へと入れようとしている。結局のところ、全員膠着状態のままわーわーと騒いでいるだけであった。
「……うるさいです。いい加減にしてください。不毛です」
 騒ぎにイライラゲージが限界を振り切ったのか、いかにも「消えてください」と言わんばかりの視線を送りながら西園さんが呟いた。そういう本人は野球には全く参加していないのになぜか疲れたような顔をしている。
「なんだ、みおちんも参加したかったんデスか?」
「……」
 西園さんが小声で「下種が」と囁いたのが聞こえたのは僕だけだっただろうか。いや、僕だけじゃないはずだ。現にさっきまであんなにうるさかった部室が今は沈黙の真っただ中にあった。西園さんは満足なのか、また本に目を落とした。しかし誰も反省している様子はなく、また争いが始まるのは明らかだった。
「あれ、そう言えば恭介は?」
「ん、確かにいねぇな」
 部室内を見渡す。恭介がどこにもいない。さっきまでいたと思ったのに。
「あいつのことだからな、心配はいるまい。むしろ今にも天井から落ちてくるんじゃないかとそちらの心配をするべきだと思うがな」
「そうかなぁ……」
「そういえばさきほど恭介氏が川へ向かうのを見かけたな」
 川? 僕は不思議に思いながら部室から出て川の方を確認する。そこには恭介がいた。川の真ん中あたりで座りこんで水面をじっと見つめている。
「おーい恭介ー!」
 呼んでみたけど返事がない。かなり遠いし、恭介も恭介で集中しているらしく聞こえていないようだった。もう一回呼んでみようかと大きく息を吸い込んだその時だった。
「ほわあぁぁーーーー!!」
「うわぁぁぁぁーーーー!」
 不意に叫び声が走る。この声は多分小毬さんだろう。部室の中へと駆けこむ。
「どうしたの小毬さん!?」
「あ、理樹くん! て、手帳がですねっ!」
「手帳が!?」
「て、て、手帳がですね!?」
「どうしたの!?」
「ててて」
 パニックで何も言えない状態だったので僕は手帳とってを見た。開かれていたページは今日見たページだ。しかし前見た時とは明らかに文章の量が違っていた。
「『少年はすでに夢の中へと引き込まれていきました』……?」
 そこでページが途切れていたのでページをめくる。すると本当は何も書かれていないはずのページには文字びっしりと書き込まれていた。
「おかしいよねぇ……」
 小毬さんは驚いた顔を見せてくる。僕にも何が何だか分からず途方に暮れていた。こういう話は恭介や来ヶ谷さんの専門だが……。
「なんだこれは? あいにく私はおとぎ話や幻想の類は興味がないのでな」
 むしろ専門外のようだった。となると恭介に頼るしなかなくなるのだが、恭介は川のところで瞑想やらしているので話せない。
「これはどんな物語なんだ?」
 謙吾が横から覗いてくる。他のみんなも興味津津と言う感じで集まっていた
「これは童話……でしょうか。マッチ売りの少女に近いですね。西洋を舞台とした物語だと思います」
 西園さんが解説を加えてくる。こういうときは本当に頼りになる。
「しかしこの途中から挿入されてきた人物は一体何なのでしょう。この時代背景にも合わない口調ですし、第一話の内容が分かりません」
「確かに執行部 of the darknessってなんかかっこつけすぎですよネ。どこかの戦隊モノの助っ人みたい。敵だったけど途中から仲間になるみたいな」
「直訳すると闇の執行部となるが、そこのところはどうなんだ少年」
 闇の執行部という名前は聞いたことがある。この学校の暗部での処理を行っているという謎の組織。いつか覚えてないが恭介が話してくれたことがあった。しかしいつだったか覚えていない。それに僕はもっと大事なことを忘れているような気が……?
 考え込んでいると、クドが声を上げた。
「わふー! じが、字が勝手に動いてますっ!?」
 なんだって、と思って手帳を確認する。すると、書き終わっていたはずの部分から新たに文字が浮かび上がってきた。
「これはいよいよミステリーと化してきたな……」
 謙吾が呟く。みんな息を飲んでそれを見つめる。
「『これからやることがたくさんあるな……と俺はため息をこぼした。立ち上がり、これからすることの道順を立て始める。まずは戻らなくては、そう思い足を部室の方へ向けた』……?」
「いきなり書き方が今風になったね…」
「しかもどんどん字が浮かび上がってくる〜〜!?」
「『川から遠ざかっていく。こうした後始末もすでに俺の役目となっていることに気づいたのは最近だ。まぁ今回は俺のことだから仕方ないかとまた溜息をついた』」
 鈴が浮かんでくる文字を読む。そう読んでいる間にも文字はどんどん手帳に書き込まれていく。順を追って真人がそれを読む。
「『そろそろみんなが心配しているだろう。俺は走って部室へと向かうことにした。案外早いものだ、部室棟はすぐ目の前だ。階段を駆け上がる』」
 そこまで読み終わったところで、階段からかんかんかんという金属音が聞こえた。みんなして後ろを振り返る。
「少し伏せろ」
 そう来ヶ谷さんが言ったなり、残像が走った。僕らの頭上を目にもとまらぬ速さで通り過ぎ、刀を構える。そしてそれを床に突き刺し扉に栓をした。
 扉が開く。だが刀に邪魔をされ、一向に中に入れそうにない。みんなして驚愕する。
「本に書かれてあることと現実がシンクロしている……?」
 西園さんが小声で呟く。見ている先の手帳には、『中に入ろうとしたが、扉が開かない。もうみんな帰ったのか……? もう一度開けてみよう』と書かれていた。扉が開こうとがちゃりと言う音がする。
「いよいよホラーじみてきましたネ……!」
「しっ、静かに。気づかれたらまずいよ」
 葉留佳さんに注意する。みんなもそれに従ってじっとしている。唯一、来ヶ谷さんは扉の近くで臨戦態勢に入っている。
「とりあえずオレと謙吾の後ろに隠れてろ」
「こんな事態に遭遇したのは初めてゆえ安全を保障できるか分からんが、保障しよう」
 真人と謙吾もみんなを庇う形で構えをとる。クド、小毬さん、葉留佳さんと僕はその後ろで待機していた。
 ドアが動いてからしばらくが経った。みんなまだ緊張を解かない。それを西園さんが破った。
「…もう大丈夫です。『俺を置いて帰ったとは思えないが、いないことには仕方ない。少しがっかりしながら寮へ帰ることにした』と書いてあります」
 全員が緊張を解く。来ヶ谷さんは刀を床から抜き取り、鞘にしまった。謙吾と真人も構えを解く。みんながみんなため息をこぼした。
「なんだったんだぁ今のは」
「まぁ、人智の範囲外であることは確かだな」
 刀をしまいながら来ヶ谷さんが答える。クドが「みすてりあすですっ! ワンダフルですっー!」と日本語口調で叫んでいた。
「びっくりしたね〜」
「平面のお話が現実になったとは考えにくいですが……認めないわけにもいきませんね」
「僕たちは一回そういうことに遭遇してるわけだしね」
 腕を組んで唸る。僕たちが体験したあの世界と同じでこの二次平面にも別の世界が存在しているのだろうか。そしてそれを実現させるだけの不可思議が働いているのだろうか。
「あ、文字が止まったね」
 葉留佳さんが手帳を覗き込みながら言う。確かにこれ以上文字が浮かび上がることはなさそうだ、今は。
「全く、こんなことで神経をすり減らしたくないぞ」
「でもこの手帳を抜きにして、今ドアを開こうとしてたのは誰なんだろう?」
「そんなこと簡単ではないか」
 謙吾が真面目な顔で答える。キョトンとしている僕にむかって真面目な顔で言った。
「この部室に帰ってくるということは、リトルバスターズの部員であるということだ。もし妖怪か何かの類でなかったらさっきそこにいたのは」
「馬鹿兄貴か」
「そういう事だ」
 確かに、それならつじつまが合う。さっき僕が見た時は川の真ん中で佇んでいた。川から遠ざかっていくという表現もピンとくる。ということはつまり……。
「これは恭介の行動を書き表してる、ってこと?」
「ああ、そういう事になるな少年」
 来ヶ谷さんも頷いていた。にわかには信じがたいが、なと最後に付け加えた。
「なら、こうするとどうなるの?」
 葉留佳さんが文章の最後に『帰ろうと思ったが、やけに太陽に向かって走りたくなった』と書き足した。
「さぁ? 私には分からんが、すごく楽しいことであることは確かだな」
「オレも書き足すぜ! 『そこで俺はゴッサムと出会った』」
「ゴッサムって生き物だったの!?」
「正確にはゴッサム・トリハーダさんだな!」
「私にも書かせろ。官能小説を実現してくれる」
「私も書くのですーーっ!」
 それからはみんなが思うように色々な事を書いていった。恭介がゴッサムと友達になったり、羽が生えたり、勇者として目覚めて迷宮を探検したり、サキュバスと出会ったり。
 そうやって時間を潰し、飽きてぐだっとしていたころに手帳の最後に文字が浮かび上がった。
 『疲れた……。俺にはまだやることがあるのにもう一ミリも動けないほど足ががくがくしている。幸い羽があるから関係ないのだが、眠気だけはどうにもならない。ぐっ、視界がかす、む……』
「これってフラグ立ってるよね!?」
「大丈夫だ、馬鹿兄貴だしな。明日になったらぴんぴんしてるだろ」
「本の世界だしな。実現される可能性すら分からん」
 みんながみんな頷いている。
「もう充分楽しんだし、おねーさんは帰るとするかな。もう日も暮れている」
「オレも。腹がぺこぺこだ」
 ……みんな思い思いのことをし尽くしてしまったのだろう。興味がなくなってちりじりになって帰ってしまった。残されたのは僕と小毬さんだけだった。
「…この手帳どうしようか」
「最後ぐらいはちゃんとおわらせてあげましょうっ」
 そう小毬さんが言って、最後にこう付け加えた。
「『*この物語は一部表記が間違っています。正しくは、ゴッサムさんは登場しません。『俺』はなすべきことを成し遂げ、仲間と一緒に夕食をとったのでした。おしまい』」
「最終兵器だね」
「そういうことですっ。じゃあ私たちも帰ろー」
 おーと手を振り上げて答える。寮の前で別れて、その後食堂へと足を向けた。

「よう理樹」
 恭介が何食わぬ顔で夕食を食べていた。他のみんなもすでに夕食を食べている。
「恭介、その大丈夫だった?」
「? 何がだ?」
「いや、何にもないならいいんだ、あはは……」
「お前こそ大丈夫か理樹? メイド服なんか着て参上とはまた大した度胸だな」
「まったくだな。くちゃくちゃ可愛いぞ」
「え?」
 そう言われて自分の服を見下ろす。そこで僕はやっと自分がメイド服を着ていることに気づいた。まさか……今度は僕の番?

**************

 少年は目が覚めました。しかし、自分が何をしていたのか全く思い出せません。しかも、なぜか自分は壇上に立っているのです。目の前には恰幅のいい男の人が立っていました。
 『おめでとう』 そう言われて、少年は花束とともに表彰状を受け取りました。そこには受賞した賞の名前と、自分の名前と絵の題名が書かれていました。
 『Last Story』
 『異世界での友達の物語、暖かくも悲しいその世界に魅せられた人は数えきれません。皆さま、もう一度盛大な拍手を!』
 拍手が巻き起こります。会場を見渡していると、そこには妹の姿もありました。ドレスで着飾っていて、とても映える服装でした。口の形から「おめでとう、お兄ちゃん」と言っているのが分かりました。声援に包まれ、何が何だかわかりませんでしたが、これだけは分かりました。
 『ああ、僕は救われたんだ、と』
 そして少年の世界は幕を落としました。
 
**************
 


[No.602] 2009/12/26(Sat) 00:20:02
光り輝く聖なる夜 (No.589への返信 / 1階層) - ひみつ 6269 bite

 普段は透明なはずの吐いた息が白く光り、街路樹はキラキラ輝いている。
 町中がイルミネーションで輝く今日はそう、クリスマス。
「早く早くっ!」
「そんなに急がなくても大丈夫よ、葉留佳」
 私の右手が葉留佳の左手に引かれ、体全体が引っ張られる。
 行き先はケーキ屋。今日は葉留佳と2人で姉妹水入らずで過ごす 大切な日で、私たちは前からとても楽しみにしていた。
 特別な日に一緒にいる人は、互いの存在もまた特別なものに感じられるから。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「……葉留佳と一緒にいられて嬉しいなって考えてただけよ。悪い?」
「ううん、お姉ちゃん大好きっ!」
 そういうと同時に腕に抱きついてくる葉留佳。若干人目が気になるが、この心地よい瞬間を自分から終わらせたくはない。
 それにしても最近素直になったと思う。前まではこんなこと恥ずかしくて言えなかったというのに。
 きっと葉留佳が素直に好意を表してくれるからと思う。


「えっと……確かこの店ね」
 手を繋いで入ったケーキ屋は、いかにもクリスマスという雰囲気で包まれている。
 どれがいいかを吟味しようにも、人でごった返すことは容易に想像できたので、葉留佳と何にするか事前に決め予約注文しておいた。
 ブッシュドノエルというクリスマス定番だと聞いたケーキがあるということでそれにした。
「お待たせしました、こちらでよろしいですか?」
 店員の声が聞こえたのでそちらへと向き、ケーキを受け取る。
 ちなみに前払い形式らしく、お金は私と葉留佳で半分ずつ出した。
「さ、早く戻って食べよっ!」


 店員の声を背にして店を出た。
 私の左手にはケーキの入った箱が、右手には葉留佳の左手がしっかりと握られている。
 きれいな町並みを眺めながら話をしていると、あっという間に寮に着いた。
 扉を開け、部屋の中へ入る。
 そこで急に不安になった私は、不意に言葉が口をついて出た。
「葉留佳、他の皆と過ごさなくてよかったの?」
「なに言ってるの、私はお姉ちゃんと一緒に過ごしたいの。お姉ちゃんは私と過ごすのは……嫌?」
「な、そんなわけないじゃない! 私はいつだって葉留佳と一緒にいたいと……あ」
 愚問だった上に墓穴だった。
 葉留佳はニヤニヤしながらこっちを見てる……と思ったら、微笑んでいた。
 私の一言で安心したような、そんな表情。
「さ、ケーキ切るわよ、ケーキ」
 調子が狂いそうになったので、ケーキを切ることにして話題を切った。
 ……ああっ、今のものすごく葉留佳に聞かせたい! 
 でもいろいろ追求されたくないし止めておこう。突然どうしたのとか言われても困るし。


 グラス、お皿、にナイフにフォーク。食べ物はケーキとジュース。準備はできた。
「じゃあお姉ちゃん」
「ええ、葉留佳」
「「メリークリスマス!」」
 グラス同士のぶつかった音が部屋に響き渡った。
 早速ケーキを一口食べてみる。
「あ、美味しい」
「だよねー、幸せー」
 葉留佳は本当に幸せそうにケーキをほおばっている。
 見つめていると、ふと目があった。
 すると葉留佳は何かを思いついたようで。
「目、閉じて?」
「……ケーキ取る気でしょう」
「失礼な! そんなことしないって。もししたら私のも食べていいから」
「まあ、そこまで言うなら……」
 言われたとおり目を閉じる。黒1色の視界では何も見えない。
 まったく、何をしようというのか。
「あ、そうだお姉ちゃん」
「何よ? あむっ……」
 私が口を開いた瞬間、何かがそこへと入れられた。
 甘いこれは……ケーキ?
 飲み込んで目を開けると、そこにはやや頬を赤く染めた葉留佳が映っていた。
「やはは、美味しい?」
「美味しいけど、いきなりはずるいわよ。じゃあ葉留佳、口あけて?」
「お姉ちゃんって、たまに大胆になりますネ」
「いいから、はい、あーん」
 葉留佳が口をあけると同時にケーキを運ぶ。
「どう、美味しい?」
「うん、さっきよりも美味しい!」
 満面の笑みで答える葉留佳に、不覚にも一瞬胸が高鳴ってしまった。
 そりゃあ私のかわいい妹だし、愛おしく思うけど、この感情は……
「うん? お姉ちゃんどしたの?」
 思考を巡らせていると、葉留佳の声によって現実に引き戻された。
「別に何でもないわ」
「そうだ、この後外に行かない? 中庭とか」
「は? もう閉まってるわよ?」
「ちょっと話と見せたいものがあるんだ。だから、お願いっ!」
 両手を合わせ、お願いのポーズをしながら私を上目遣いで見つめる葉留佳。
 もう、そんな顔されたら断れないじゃない……


 寮を出て、街灯に照らされゆっくりと歩く。
 しかし校門の前まで来て立ち止まらざるを得ない状況になってしまった。
「元風紀委員が校門を乗り越えるなんて、いいのかな?」
 冗談めかした風に言う葉留佳。でも実際そこまで問題ではない。
「いいのよ、元だし。それに共犯でしょ?」
「見つかった場合、私とおねえちゃんじゃ被害の大きさが違うよ、だって……」
「別にそんなこと気にしなくていいわよ。ほら、誰かこないうちに行くわよ」
 葉留佳と一緒なら何があってもかまいやしないと、そう思ってるから。


 そして中庭へと着いた。葉留佳にとって思い出のベンチに2人腰掛け、ただ空を見つめる。
 それはまるで宝石箱の中のようで、散りばめられた煌きに暫しの間目を奪われる。
「……目、閉じて?」
 さっきと同じ台詞を繰り返した葉留佳は、闇を、いや、その中にある光を見つめたままそっぽを向き、私に表情を見せようとしない。
 私もさっきと同じように、言われるがままに目を閉じた。
なんだろう、さっきはケーキを食べさせてくれた。今度は、キ、キスとか!? ……それはないか。
 別にして欲しいわけではないけど、なぜかそんな予想が脳裏に浮かんだ。
「いいよ、目を開けて」
 その十数秒後、許可が下りた。
 放心中だったわけで、それに反応するのに少し掛かった。
そこには……

「メリークリスマス、お姉ちゃんっ!」
 一等星にも負けない笑顔と共に目に映るのは、蛍光ペンで描かれた絵。
 そこにあるは、私と葉留佳がもみの木の下で笑いあっている素敵な絵。
 私の記憶の限りでは、葉留佳に絵の才能はなかったはずだ。
 しかしこの絵は、全くの素人が描くそれではない。きっと何枚も練習したのだろう。
 そういえばやたらとゴミ箱が紙でいっぱいだった気がする。丸めてあってわざわざ見るのもはしたないと思いそのままにしておいた。
「葉留佳、これ……」
「うん、いつもお姉ちゃんにはお世話になりっぱなしだからね。大 好きな人に私の形に残る手作りをあげたかったんだ」
「……はるかーっ!」
「わ、ちょっとお姉ちゃん、苦しいってば」
 感極まった私は、無意識のうちに声を上げ葉留佳に抱きついていた。
 だってこんなもの見せられたらしょうがないじゃない! こんな嬉しいこと言われたらしょうがないじゃない!
「ありがとう……大好きよ、葉留佳」
 赤くなった顔が見えないよう、抱きついたまま葉留佳の胸元に顔をうずめたままで囁く。
 その中で葉留佳の動揺が手に取るように分かる。
「わ、私だってお姉ちゃんのこと大好きだよ?」
「さっきも聞いたわ」
「なら言わせないでよ、もう……」
「勝手に言ったんじゃない」
「あうぅ……でもいいや、ほんとに大好きだし」
「も、もう葉留佳ってば!」

 少し落ち着いたところで葉留佳から一度体を離し、手を握り肩を寄せ合い、空を見上げる。
 空には星達が輝いているけれど、私にはそれより葉留佳が描いた絵のほうが、そして葉留佳が1番輝いて見える。
 この絵は私にとって大切な宝物になるだろう。


[No.598] 2009/12/25(Fri) 23:57:26
心を描く (No.589への返信 / 1階層) - 秘密@3993byte

 卒業後、プーたろうだった恭介が職を見つけた。
 就職先は、エロゲーメーカーだった。

 内心呆れながら、僕は恭介に問いただした。
「ねえ、恭介。どうしてこの会社に就職したのさ?」
「妹系のエロゲを物色してたら見つけたんだ。それで、面接に行ったら受かった」
「えっ?それだけなの?たったそれだけでその、こんな会社に就職したの?」
「こんな会社だなんて失礼だな、理樹。エロゲーメーカー『青い果樹園』はその筋ではかなりの大御所なんだぞ?」
「なんだぞって…。……鈴も怒ると思うよ?」
「…確かに鈴に叱られるのは嫌だ。だが、俺は自分の入った会社に誇りを持っている。両親にも迷惑をかけたんだ。鈴に蹴られた程度で辞めてたまるか。」
「それはそうだけれど…」
「理樹、最初から偏見を持った目で見るな。俺だってそりゃあ動機は単純だったさ。だけどな、俺は面接に行った時のあの人達に、真剣な目を見たんだ。俺は、『青い果樹園』で働きたい。」
「…わかったよ、恭介。仕事、頑張ってね」
「ああ」


 当然ながら、鈴は怒り狂った。一応無職だった恭介が就職したのに、会った瞬間に襲いかかった。ハイキックだけじゃ収まらず、僕で鍛えたジャーマンスープレックスやスピンニーホールドでもまだ収まらず、最後に伝説の山嵐を決めた後に叫んだ。
「お前は最低だ!クビだ!今日からは理樹が兄貴だ!!」
 地面に叩きつけられた状態で、兄貴解雇を宣告された恭介の喉が動いた。
「お、俺はたとえ親友の妹でもいけるクチさ…!」
 しばらく鈴はぽかんと口を開けていたけれど、告げられた言葉の意味に気づき、しねこのバカあ…赤の他人ー!と叫びながら恭介を踏みまくっていた。

 鈴は憮然としていたが、恭介の社会人生活が始まった。数日すると、僕に一通のメールが送られてきた。差出人は、恭介。メールには、ミスをしてしまい落ち込んだこと、怖い上司に褒められたこと、仕事は厳しいがとてもやりがいがあることなどが記されていた。毎日会社での出来事をメールで報告してくる恭介は、とても生き生きとしているように見える。いつからか、仕事帰りに恭介のメールを見るのが僕の日課になった。

 やがて恭介は実家を離れ、仕事場に近いアパートへと移り住んだ。
「これで、もっと忙しくなるな」
 一段落して、引越祝いのそばを食べているときの恭介の横顔に、今はもう振り返れない学園生活を思い出した。無精髭が生えた口元はあの頃と同じように不敵に笑っていた。
 仕事が片付いて家までの帰り道。いつものように携帯を取り出し恭介からのメールを開く。すると件名に重大ニュース!と銘が打ってあり、自分がプロデューサーとして指揮をとって仕事を任された、と記されていた。無機質なメールの文からも恭介の興奮が伝わってくる。走って家に帰り、鈴にそのことを報告すると、
「まあ頑張ってるんじゃないか?」
 とそっぽを向きながら答えた。
「ねえ、鈴。今日の夕飯、いつもより豪華じゃない?」
「…バカ兄貴は今赤の他人だから、代わりに理樹を祝ってやる。」
 そう言ってビールを差し出してくる鈴。
「…恭介の仕事が終わった頃に、みんなでお祝いしようか」
「…ん」
 無愛想な横顔は、子供の頃からずっと変わっていない。

 数ヶ月後、『青い果樹園』から一本のソフトが僕の家に届いた。可愛らしい女の子が指を加えて寝転んでいるパッケージ。ネットでタイトルを調べてみると、感動の名作としてかなり売れているらしい。鈴にそのことを話すと、とても酸っぱそうな顔をしていた。
 その後も我が家には定期的に『青い果樹園』名義でグッズが届くようになった。最初は憤慨していた鈴だけれど、そのうちにメンドくさくなったのか次第に順応していった。毎朝キャラクターマグカップでココアを飲むようになった。
 そして先日、棗恭介名義で小さな小包が届いた。中を開けると、見たことあるキャラクターが表紙の雑誌が入っていた。目次を見ると、恭介のインタビューが掲載されている。
 恭介は記者に人気の理由を聞かれると、こう答えていた。
 『僕たちは彼女たちを一人の人間としてみています。彩色された存在なのではなく、彼女たちには命があります。彼女たちには僕たちのように過去があり、また僕たちのように無限の未来がある。だから、ユーザーに受けたのではないかと思っています。』
 そのインタビューは恭介の言葉で締めくくられていた。
『世界には僕たちが生涯出会うことのない人が沢山います。けれど、画面越しではありますが彼女たちと僕たちは確かにつながっています。ぜひ、ゲームをしていない皆さんにも等身大の彼女たちを見てほしいです。』
 ちょうど起きてきた鈴に雑誌を渡すと、眉間にしわを寄せながら、
「ふん、しねばいいんだ。あんなバカ兄貴」
 そう呟く鈴のパジャマでは、女の子が恥ずかしそうに笑っていた。


[No.597] 2009/12/25(Fri) 23:56:31
化野の鐘の声 (No.589への返信 / 1階層) - ? @10872 byte

 僕が何とは無しに、屋上のフェンス越しに外を眺めていると、後ろから声がした。
「死ねないわよ」
 後ろを振り向くと、そこには二木さんがいた。
「こんな低い場所からじゃ死ねないわ。きっと大怪我して苦しむだけよ」
 フェンス越しに下を見る。この屋上だと地上から高々十五メートル。確かに微妙な高さではある。それでも、ここから飛び降りようなんて気分にはならない。
「直枝。あなた、死にたいの?」
「別に。放っておけばいつかは死ぬさ」
「それもそうね」
 二木さんが屋上から去ろうとする。僕はその背中に声を掛ける。
「ねえ」
「なに?」
 二木さんが振り返る。幾分疲れたような表情で。
「もし、僕が本当に飛び降りようとしてたら、止めるつもりだった?」
「別に。そんな人は止めても、また死のうとするだけだもの」
 ここは私の憩いの場だから邪魔しないでね、と言い残して彼女はドアを閉める。


 その日から、僕は屋上に通うようになった。
 彼女は、いつも昼休みや放課後に姿を現した。そこで読書をしていたり、ぼんやりと空を眺めたり。そんな彼女に親近感を抱いたのかもしれない。
 僕たちは今日も二人、一メートルくらいの距離を置いたまま並んで座っている。まだまだ暑いけれども、ここはこの時間ちょうど日陰になっていて、剥き出しのコンクリートが冷たく感じられた。学食や図書室に行けば冷房が効いているのだろう。だけど、そんなところはいつも生徒が一杯で、堪らなく不快だった。
 ふと佳奈多さんが、僕の方に向き直ることも無く、話し掛けた。
「そういえば、しなくてもいいの? あなたの子猫ちゃんの世話は」
 鈴のことか。僕は、彼女に合わせておどけてみせる。
「ああ、猫はいつも気まぐれだからさ。今頃どこにいるのやら。お腹が減ったらきっと帰ってくるよ」
「ふうん。放任主義なのねえ」
 僕は、いつも通りに本を開く。図書室で借りてきた、古い文庫本だ。
 もう何冊の本を読んだことだろうか。僕は昼も夜も無く、本を読み耽っていた。いや、きっと皆が居なくなったから、その時間を持て余していただけなのだろう。僕にはその穴を、文字で埋め尽くす以外、なす術が無かったのだ。
 佳奈多さんがこちらに寄ってきたようだ。衣擦れの音が、騒々しい残暑の音に混じった。
「それ、面白いの?」
「ん。まあ、学校の授業とかクラスの人たちと話すよりは面白いよ」
 いつからか、僕の目の前には薄くて濁った膜が張っていた。そこからは、クラスメイト達が遥か彼方の存在に思われた。全ての動きが水の中のように緩慢で。全てが真っ白くて脆い、そんなもので出来ているように思われた。
 そんな僕にとっては、彼らの話す言葉はもはや異邦の言葉のようで、虚しく鼓膜をすり抜けるだけだった。
「まあ、確かにそうね」
 そんな中、彼女の陰鬱な声だけが、僕の耳に、心に染み渡る。
「ねえ、知ってる? 自殺の名所なんかに行くと『一寸待て。死んで花実が咲くものか』なんて看板があるじゃない」
「うん」
 僕が読んでいた本が、退廃的なものだったからであろう、彼女は持っていた筆箱を弄びびながら、そんな話題を振ってきた。
「全くその通りだと思うわ」
「まあ、そうだね」
「でもね、死ねば苦しむことは無い。それもまた、真実だと思わない?」
「うん。でも、死ぬまでがきっと、苦しいよね」
「全くね。生きれば苦しい、死ぬのも苦しい。ままならないものね。下らない話だわ」
 そんな彼女の腕に、トレードマークだった深紅の腕章は見当たらない。そして、その深紅を失ったと同時に、彼女の顔からも血の気が失われてしまったようだった。
 だけどその青白い顔が、人形のように、美しかった。


 本格的に秋になっても、僕たちの不毛な関係は続いたままだった。日向部分を探して、二人並んで座る。二人の間は約一メートル。
 僕は床に寝転んで、両腕を枕に、空を見上げていた。空はあんなに高いのに、こんなに狭く感じるのは何故だろうか。実は、空は天井絵でしかなくて、手を伸ばしたら触れてしまうのではないだろうか。そんな曖昧模糊なことを考えつつ、右手を天に突き出す。
 やがて、そんなことをするのにも飽きた僕は、隣人の様子を窺った。
 佳奈多さんは珍しく一冊の少女漫画を読んでいた。最近では、何故かノートやら教科書やらをぱらぱらとめくって遊んでいただけなのに。
「これ、葉留佳の部屋にあったものなの」
 そんな僕の視線に気が付いたのか、佳奈多さんは僕の方に顔を向け、話し始めた。
 佳奈多さんと葉留佳さんの関係は、屋上で何度か会っているうちに彼女から聞かされた。そのとき何故か、同じような話をいつか誰かから教えてもらったような気がした。そして、ひどく虚しい心持がした。
「私、あの子のこと知っているようで、何も知らないから。だから、ずっとあの子の持ち物を触ったり読んだりしてたの。でもね、これを読んでわかったのは、あの子がベタベタで甘々な少女漫画が好きだったことだけ。それを読んであの子が何を感じ、何を思ったのか。そんなものは結局、分からなかったの」
 僕は何も言わず、空に向き直る。
 暫くして、沈黙に耐えかねたのだろう。彼女は言った。
「直枝。日曜、一緒に行って欲しい場所があるんだけど」
 以前にも、新しく移ったクラスの女の子から同じことを言われた気がする。あのときはどう答えたのだろう。どう断ったのだろう。
「ん……面倒だけど、いいよ。どうせ休日はずっと寝てるだけだし」
 しかし断る理由など、僕は持ち合わせていなかった。
「駄目人間ね」
「うん。知ってる」


 グラウンドでは、休日の朝にもかかわらず運動部の面々がそれぞれの活動に勤しんでいた。僕にもこんな時があった。だけどもう、そんな日々すら靄がかかったように曖昧になっていて、そのこと自体が僕を責めているように思われた。
「早いのね」
 声のするほうへと視線を移す。彼女が居た。千鳥格子柄のハーフパンツに焦茶色のロングブーツ。上半身はタートルネックの上からカーディガンを羽織っている。最近の儚げな佳奈多さんのイメージとは異なる装い。彼女の青白い顔とハーフパンツの活発なイメージが、酷くちぐはぐに感じられた。まるで他人の服のようだ。
「何よ。じろじろと」
「いや、別に」
 それでも、もとが良いからであろうか。そのちぐはぐさが、彼女の美しさを損なうようなことにはならなかった。
「行きましょう」
 早歩きで、佳奈多さんは歩き出した。僕は何も言わず彼女に付いていく。駅前の商店街を歩いていても、電車に揺られていても、それは変わることが無かった。
 他の人たちにはどう映っているのだろうか。ただ同じ電車に乗り合わせた他人に見えるのだろうか。
「ここよ」
 行き先も聞かず、ただ彼女のあとに付いていくことおよそ二時間。ようやく辿り着くことができたようだ。
 そこは県立の美術館。なにやら巡回展が行われているらしく、彼女はこれを見に行きたがっていたようだった。
 それぞれ料金を支払って、展示室に入る。
 県立の美術館の、さほど有名でない――少なくても僕は知らなかった――画家の巡回展。こんな晴れた休日だからか、展示室の客はまばらだった。
 彼女は僕のことなど忘れたかのように、ひとり絵を鑑賞し始める。僕にはあまり関心が無かったので、適当に目を通す程度で済ませて行く。
 それにしても、奇妙な展覧会だ。額縁に掛けられた絵はどれも陰鬱なものだった。どの作品も黄土色と黒で塗り固められていて、僕が想像していた展覧会の絵とはかけ離れていた。
 順路を巡り、角を曲がった先。そこに掲げられた絵を見た瞬間、目の前がぐにゃりと歪んで見えた。
 それは真っ赤な炎。真っ赤な炎が黒い煙を吐きながら畳一畳ほどある縦長のキャンバスを覆い尽くしていた。絵の具の赤が黄土色で塗られたキャンバスを蹂躙している。不気味に蠢く赤。それを眺めていると、どこか心が落ち着くような、そんな気持ちがした。
「ああ、やっぱり。あなたそこで止まっていると思ったわ」
 どれくらい僕は固まっていたのか。隣に佳奈多さんが居た。
「この絵のタイトル知ってる? 『業火』ですって。作者が終戦後、シベリアに抑留されたとき、火の中に落ちた仲間を助けられなかったことを絵にしたものらしいわ」
 そんなことを言う佳奈多さんの声には、僕に対する害意など微塵も感じられなかった。いつも通りの抑揚の無い、澄んだ声だった。
「ここにはそんな作品ばかりが集められているの」
 僕は周囲を見渡す。『業火』の反対側には、葬儀の絵であろうか、横たわる人の周囲に骸骨のように頬がこけてしまった無数の人たちが、皆合掌している絵があった。
「この絵は、あなたとまるで逆ね。あなたは独り合掌していたんだもの」
「僕の場合、合掌するべき人達は既に焼かれて灰になっていたよ」
「……そうだったわね。で、どう思った? ここにある絵を見て」
 ここにある絵は全て、苦しみから生まれてきたものだ。僕はこんな絵画があることなんて知らなかった。僕が思っていた絵画は、もっと綺麗で、純粋で、そしてどこか贋物のような無機質なものだった。でも、不思議なことに、僕はこれらの醜い絵画が、酷く美しいものに見えた。
 佳奈多さんはそんな僕の考えを読み取ったらしく、うっすらと笑みを浮かべた。
「ねえ、直枝。不思議に思ったことは無い? 人の世はこんなに醜くて、下らないことばかりなのに、どうして絵や文学みたいな、人が作った芸術は美しいのかしら」
「……下らないからじゃ、ないかな?」
「え?」
「だから、この絵を描いた人も、世の中下らないことばかりだと思っているんだよ。だからそんな下らない世界にいる自分や他の人達を慰めるために、せめてキャンバスの上だけは美しい、綺麗なものを作ろうとするんじゃないかな」
 彼女は何か心当たりでもあったのか、目を大きく見開いた。そして。
「そう、か……。そう、だったのね」
 彼女はつぶやいた。


 帰り道。僕たちは二人、隣り合ったまま一言も交わさなかった。
 寮が見えてくる。もうすぐ、僕たちの一日が終わる。
 そんなことをぼんやりと考えたときだった。佳奈多さんは小走りで僕の前方に回りこむと、両手を広げて僕の歩みを止めた。
「ねえ、今日楽しかった?」
 僕は答えに窮した。楽しかったというべきなのだけれど、それが嘘だということが彼女は何より分かっていた。
 暫くすると、彼女は柔らかい笑みを浮かべて僕に近づいた。
「そうでしょうね。あなたの性格では、この先ずっと思い煩うのでしょうね。きっとあなたは、一生苦しみ続けるんだわ」
 彼女の手が僕の頬を掠める。
「あなたには自殺する勇気もないし」
「だろうね。それを勇気というかは分からないけど、僕は何もしないよ。僕にとっては、生きることも死ぬことも、大して意味なんて無いからね」
 佳奈多さんが僕の体を抱きしめた。温かくて安心する。力が抜ける。こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか? そもそも僕にまだこんな気持ちが残っていたことに驚いた。
「私は直枝のこと、一番良く知っているわ。あなたの子猫ちゃんよりも誰よりも、私の方が良く知っているわ。きっと、あなたの本当の気持ちが分かるのは私だけなのよ。皆、あなたに元気を出してとか、折角生き残ったんだからとか、そんな無責任な言葉を言うけれど、あなたにそんなこと言っても意味なんて無いんだわ」
 すっかり二人の体温が同じになったころ。佳奈多さんは僕を離して、その手を、差し出した。
「直枝。私と、付き合わない?」
 僕は彼女の手を取ろうとする。しかし、どうしても僕の手は彼女の手まで届かない。手が震えて動かない。
「そ」
 佳奈多さんは少し困ったような、悲しい顔をすると後ろに振り返り、歩き始める。
「あ〜あ、フラれちゃったな」
「ごめん……」
「謝らないでよ。いいわ。あなたは子猫ちゃんと仲良くね」
 佳奈多さんは僕に背を向けて歩き始めた。その後姿があまりにも小さくて遠くに感じられた。それに焦りを覚えた僕は声を張り上げる。
「ねえ! 知ってる? 猫ってさ、自分の死期を悟るとさ、自分から姿を消すんだって」
「そう。だったら、ちゃんと檻にでも入れることね」
「君は……ううん。じゃあ、また明日。屋上で待ってるから」
 佳奈多さんは僕の方を振り向くことなく、女子寮の玄関ドアまで歩いていき、その重いドアの内側に姿を消した。
「さよなら」
 これが、最後に聞いた彼女の言葉。その言葉が呪いのように、僕の胸にいつまでも残った。


 その日から。佳奈多さんが登校してくることは無かった。後で彼女が、寮からもその姿を消していることを知った。
 今ではもう、佳奈多さんの席は撤去されてしまい、彼女の痕跡を窺い知ることは出来なくなってしまった。
 風の噂で、彼女が両親と一緒に夜逃げしていたとか、何処かで自殺した誰それが彼女に良く似ていたとか、そんな下らないことを耳にした。
 本当に彼女が死んでしまっても、或いは逃げてしまっても、僕にはどちらでも構わなかった。どちらにせよ、きっと彼女は楽になっただろうから。
 今でも僕は、屋上通いを止めはしなかった。
 そこで僕はひとり探してしまう。
 屋上でひっそりと佇む、彼女の儚げな影を。
 陰鬱でありながら、酷く、酷く美しい、あの声を。


[No.596] 2009/12/25(Fri) 23:53:49
仮面の男 (No.589への返信 / 1階層) - 秘密 9954byte

 「ねぇ恭介、この絵に描かれているのなんだと思う?」
 「・・・・・・」
 「恭介?どうしたの?」
 「ああ・・・すまない理樹。あまりにも珍妙な絵だったからな」
 そう、家具部の物置にあったこの絵に描かれてある人物は恭介ですら言葉を無くすほどの変な人物が描かれていた。
 「ここの制服を着てるからうちの生徒だとは思うけど、なんでこんな仮面なんか付けてるんだろうね?」
 その絵に描かれている人物はどこかの民族がなにかの儀式で使うような仮面を付けていてその表情を読み取ることは出来ない。しかし・・・


僕はこの人物を知っている気がした


仮面の男         斉藤
 「ああ、それはアレだ。うちの学校にある七不思議の一つに出てくる絵だ」
 「七不思議?」
 家具部の物置を探索した次の日の朝、僕は来々屋さんに昨日見た絵のことを話した。来々屋さんなら何か知っているかもしれないと思ったからだ。
 「なんだ少年、知らないのか?」
 「うん、全然。っていうかうちの学校に七不思議があったことを今知ったよ」
 「それでは内容ももちろん知らないんだな?」
 「うん」
 その後、来々屋さんはその七不思議の内容を教えてくれた。その内容は、夜にその絵の中の怪人が絵から出てきて学校に残っている生徒を襲う、というものだった。
 「まあ、確かにあんな怪人に襲われたらトラウマになりそうだよ」
 「ハハハ、まあこれは七不思議だからな。実際にこんなことが起きていたらそんな絵は処分されるだろう」
 確かに来ヶ屋さんの言う通りだ。自分でもこんなことに神経質になっているとは思わなかった。
 (笹瀬川さんのことがあったからかな)
 結局今日はもうこの七不思議の話題には触れずいつも通りの一日を過ごした。


 次の日の朝いつものように真人と一緒に食堂に向かうとなんだかいつもより騒がしいことに気づいた。
 「なにかあったのかな?」
 「全員の筋肉が暴徒と化したのか!?」
 「いやいやいや、そんなこと絶対にないから」
 と、いつも通りに真人にツッコミを入れていると人ごみの中に恭介の姿を見つけた。
 「真人、席先に取ってて」
 「おい理樹、どこ行くんだよ?」
 真人の言葉をスルーし恭介の元へ。
 「恭介、おはよう」
 「おう、理樹おはよう」
 「何かあったの?」
 「ああ、昨夜校舎に残っていた生徒が何者かに襲われたらしい」
 「え・・・」
 その時僕は昨日来ヶ屋さんに聞いた話を思い出していた。まさかね・・・
 「で、犯人は?」
 「まだ捕まっていない。しかし被害にあったヤツが犯人の姿を見ていてな」
 「まさかとは思うけど・・・その犯人、うちの制服を着ていて変な仮面を付けている、とか言わないよね」
 「なんだ、もう知っていたのか?」
 当たってしまった!まさか本当にあの絵の中の人物が絵から出てきて人を襲ったとでもいうのだろうか。いやいやいや、そんなこと起こるはずがない。きっと昨日の僕たちの話を聞いていた人がそれをマネて事件を起こしたんだ。でも・・・
 「おい、理樹!」
 「えっ!?何?どうかした?」
 「それはコッチのセリフだ。もしかして何か知ってるのか?」
 「い、いや。何も・・・」
 「・・・。嘘だろ?」
 「う・・・」
 やっぱり恭介には隠しきれない。僕は昨日来ヶ屋さんから聞いた話を恭介にも話した。
 「なるほど・・・」
 恭介の顔が不敵に笑う。
 やっぱり話すんじゃなかった・・・
 「理樹!昼休みに全員部室へ来るように伝えろ!この事件の犯人、俺たちで捕まえるぞ!!」
 やっぱりこうなってしまった・・・


 昼休み、僕たちリトルバスターズは全員野球部の部室に集合していた。
 「で、今回は一体なにをするるもりだ?」
 鈴が恭介に聞く。
 「まあそう急くな」
 「まあ、何となく想像はつくがな」
 「さすが来ヶ屋だな。そう、今回みんなに集まってもらったのは・・・・・・昨夜あった事件の犯人を我々で捕まえるためだ!!」
 「なにいぃぃぃぃ!?・・・昨日なんかあったのか?」
 全員すっ転ぶ。
 「鈴、知らなかったの?」
 「うん、なんだ?みんなは知っているのか」
 僕は昨日あった事件を鈴に説明した。
 「ほお、そんなことが・・・って!くちゃくちゃ大変なことじゃないか!!」
 「そうなんだ、だから俺たちリトルバスターズが捕まえるんだ」
 なにがどうなって僕たちが捕まえることになっているなだろう?
 「よし、まずは家具部の物置に行って絵がどうなってるか見に行くぞ」
 「まて!まだ行くとは言ってないだろ!」
 鈴が文句を言う。
 「鈴、一緒に来たらモンペチやるぞ」
 「行く」
 あっさり買収されていた!
 「全員異論はないな?」
 みんな黙って頷く。なにか言ってもどうせ敵わないと分かっているんだろう。


 そしてみんな家具部の物置に来ていた。
 「いいか、何が飛び出してくるか分からないからな。気を引き締めろよ!」
 「そうですヨ、この地下には・・・」
 「葉留佳さん、そのネタはもういいから」
 「最後まで言わせてよ〜」
 「まったく、お前らには緊張感ってものがないのか・・・」
 恭介が呆れたように言う。
 「じゃあ、行くぞ!」
 恭介が扉を開けた。しかし、何かが飛び出してきたりということは無く全員拍子ぬけしてしまう。
 「なにも、ないね」
 「そうだな。とりあえず危険はないようだな」
 「おい、絵ってこいつのことか?」
 真人が例の絵を見つけたようだ。しかし、その絵は・・・
 「どうなってやがる・・・」
 さすがの恭介も驚いたようだ。
 「この絵がそうなのか?しかし・・・何も描かれてないぞ」
 そう、本来ここに描かれているはずの怪人の姿が無く描かれていた場所はその怪人の跡だけが残っていた。
 「まさか・・・本当に抜け出したの?」
 「ふふふ・・・面白い!」
 さすが恭介、この事態をもう楽しもうとしている。
 「全員今日の夜校門前に集合だ。もちろん・・・武器持参でな」
 「待ちなさい!!」
 その時背後がら声がし全員が振り返った。
 「おねえちゃん!」
 後ろにいたのは元風紀委員長の佳奈多さんだった。
 「今回の事件は風紀委員で解決します。あなたたちは大人しくしていてください。」
 「なんだ二木、もうお前は風紀委員じゃないだろ?そんなことを言われる筋合いはないと思うんだが」
 その時佳奈多さんはしまった、と呟き、
 「いつもの癖で言ってしまったわ・・・」
 佳奈多さんはまだまだ現役だなぁ。
 「しかし、今回の事件は私に協力の要請が来ているの。だから今回ばかりは私に権限があるわ」
 恭介はまいったなという顔になる。
 「おねえちゃん・・・」
 そんな時葉留佳さんが佳奈多さんの前に出て言った。
 「私、おねえちゃんの力になりたいの。今まで迷惑かけてばかりだったから・・・」
 「うぅ・・・」
 あの佳奈多さんが怯んだ!
 「わかったわよ、今回ばかりは特別よ」
 「アリガトーおねえちゃん!愛してますヨ!」
 佳奈多さんの顔が真っ赤になる。
 「では、このことは他の風紀委員にも伝えておきます」
 そう言うと佳奈多さんはこの場から去って行った。ああ、佳奈多さん。今回は止めてほしかったよ・・・


 「武器か、どうしようかな」
 寮に戻り何を持っていこうかと僕は悩んでいた。
 「どうした理樹、武器に悩んでるなら俺の筋肉を分けてやるぜ?」
 「いや、筋肉は遠慮しとくよ」
 自分の持ち物の中で武器になりそうな物を探してみるが何一つ武器になりそうな物は無い。その時部屋の扉がノックされた。
 「恭介なら入ってきていいよ」
 ・・・入ってこない。するともう一回扉をノックされたので誰かと思い出てみる。
 「はーい・・・って!沙耶!?」
 「ハーイ理樹くん」
 「どうしたのさ?」
 「いや、理樹くんきっと武器が無くて困ってるんじゃないかと思って。だからこれを渡しに来たのよ」
 そういうと沙耶は僕に銃を握らせた。
 「聞いてたの?」
 「私はスパイよ?このぐらい当然よ」
 「そうだね。じゃあありがたく使わせてもらうよ」
 「うん、じゃあ頑張ってね理樹くん」
 そう言うと沙耶は去って行った。
 「誰だったんだ理樹?って!なんだその手に持ってるのは!?」
 「うーん、天使からの贈り物・・・かな?」
 遠くで「げげごぼうぉえっ!!」という奇声が聞こえた気がした。


 夜十一時、僕たちは僕の部屋に集まっていた。もう公式なんだからここでいいだろうと恭介が言ったからだ。
 「さて、突入する前にこれを渡しておく」
 そう言って恭介はトランシーバーを取り出した。
 「これは二木からの連絡が届くようにとのことで渡された。もちろん俺たちで情報のやりとりもできるようになっている」
 「でも三つしかないってことはチームを作るんだよね?」
 「ああ、全員一緒に動いてたら逆に動きにくいだろ。だから三・三・四のチームを作る」
 「決め方は?」
 「とりあえず俺、謙吾、真人は別々のチームにする。それ以外は、これで決めてもらおう」
 そう言って恭介が取り出したのはあみだくじだった。こんなので決めて大丈夫なのかな・・・。


 十一時半僕たちは校舎に突入した。突入と言ってもいつもの所から入ったのだが。
 それにしても夜の校舎というのはなぜこんなに怖いのだろう。あんな怪人がいるかもと考えるとその恐怖は増すばかりだった。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。恭介が話しかけてきた。
 「怖いか、理樹?」
 「ちょっとだけね」
 「安心しろ、何があっても理樹のことは守ってやるから」
 「棗×直枝・・・眼福です」
 「西園さん・・・変な想像しないで」
 僕たちのチームは僕、恭介、西園さんの三人組みになった。なんだろう、この謀ったようなメンツは・・・
 

 探索から十分が経とうとしている時、トランシーバーに通信が入った。
 「こちら二木、二階を探索していた風紀委員が犯人と遭遇。戦闘になっています。直ちに救援に向かってください!」
 「この下か!行くぞ理樹、西園!」
 恭介が走り出すのを追いかけて僕たちも二階へ向かった。


 「これは・・・」
 二階へ行くと一人の男の前に四人の風紀委員が倒れていた。この学園の風紀委員はかなりの実力のはずなのに・・・
 「うまうー」
 男が何か言う。その姿は正にあの絵に描かれていた怪人の姿だった。
 「どうするの恭介?」
 「俺が説得する」
 「えっ!?無理だよ恭介!あんななに言ってるかわからないようなやつに話が通じるわけないよ!!」
 「大丈夫だ、俺に任せとけ」
 そう言うと恭介は怪人に近づいて行った。
 「うまうー」
 「うまうー」
 人外の会話が始まった。


 一時間経った、もうリトルバスターズメンバーは全員この場に集まっていた。なぜか恭介はあの怪人と意気投合してるし・・・
 「・・・せん・・・」
 その時西園さんかゆらり、と立ち上がった。
 「もう・・・我慢できません」
 そう言うと西園さんはランチャーを構える
 「ちょっと!西園さん!?」
 「ぶっ放しますよ?」
 そう言った瞬間ランチャーから光線が発射され怪人だけではなく恭介にも直撃。
 「うまうー!!」
 「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
 誰もが呆然とする中西園さんが、
 「井ノ原さん、宮沢さん・・・」
 「「はいっ!!!」」
 「早くあの絵を持ってきてください」
 「「わ、わかりました!!!」」
 廊下を駆けていく二人、確かに今の西園さんに逆らったら何をされるかわかったもんじゃない。


 次の日の朝、僕たちは焼却炉の前に来ていた。あの後あの怪人は絵に押し込まれ事件は無事?解決したのだ。そしてこんな危険なものは放っておけないということで朝のうちに燃やしてしまおうということになったのだ。
 「じゃあ入れちまうぞ」
 「いいわよ」
 絵が焼却炉の中に入れられる。その後佳奈多さんの手により火が点けられた。これでこの事件は幕を下ろしたのだ。
 「さあ、早く教室に行きなさい。遅刻するわよ。」
 「じゃあ行くか」
 「そうだね」
 みんなで教室に向かおうとしたとき焼却炉の中から「うまうー」って聞こえたような気がしたのは気のせいだよね。


[No.595] 2009/12/25(Fri) 22:29:26
どこまで続く×どこまでも続け×それは無理だと誰かが言った (No.589への返信 / 1階層) - ひみつ@19878 byte

 目を覚まして最初にしたのが股間をまさぐることだったのは、昨夜寝る前に読んでいた小説が「目が覚めたらなぜか女の子になっていた!」という始まりだったからだろうか。ベッドの中で頑張って半分くらい読んだが、眠くなるにも程があったので放り出して寝たはずだった。表紙買いなんてするもんじゃない。もう二度としない。昔読んだ何かの本に、人間は失敗を糧にして成長していくのだとか、なんかそんな感じのことが書いてあった。まさに今の僕のことだ。そのすぐ次の行に人間は過ちを繰り返す生き物だとも書かれていた。多分3日後くらいの僕のことなのだろう。そんなくだらないことを考えられるくらいには意識がはっきりしていて、いつもの僕らしからぬ朝である。
 今朝も縁起良く茶柱が立っていることを確認して、ベッドから降りる。何か踏んづけて転びそうになった。件の小説だった。枕もとに置いておいた気がするが、寝返りでも打った時に落ちてしまったのだろうか。拾い上げると、僕を騙しやがった金髪ツインテールのツンデレ美少女・アリスちゃん(12)がいかにもツンデレっぽく不敵に笑っていた。これを読んだ人間のうちの何割かは、アリスたんは俺の嫁! とか言っているんだろう。間違いなく結婚詐欺だから早く目を覚ましたほうがいい。しかし絵師はこの界隈じゃ知らぬ者のいない超有名エロゲンガー、樋上いたらない女史である。騙されないほうがおかしい。あまりに巧妙な手口の詐欺だった。しかし僕がアリスちゃんに騙されることはもう二度とないのだ。軽く埃を払ってから、本棚の隅っこに押し込めた。押し込めたつもりだったが、帯が引っかかって上手く入らない。一度取り出して帯を外すと、すんなり奥まで入っていった。外した帯の上で、『目が覚めたら女の子に……!?』という捻りも何もない宣伝文句が躍っている。ちなみに目が覚めたらアリスちゃんになっていたわけではなく、主人公とアリスちゃんはまったくの別個体である。アリスちゃんは義妹である。作中描写では貧乳とされているが、絵師の悪癖でどう見ても12歳には見えないお胸だったりする。表紙というか、表紙と帯のコンボに騙される。酷い世の中だった。ベッド脇のゴミ箱に捨てた。
 ふと思う。なんでこんなにも目覚めから始まる物語は多いのだろう。確かに話の導入としては使いやすいのかもしれない。あるいは多くの読み手がそれを求めているのか。小鳥の囀りで目覚め、温もりという誘惑を振り切ってベッドから降りたら、床に散らかったあれやこれやに躓いて転びそうになりながらも窓まで辿り着き、さぁっとカーテンを開ける。射し込む陽光と、その向こうに広がる素晴らしい世界。あったらいいね、そんなもの。
「…………」
 僕の場合は、着替え中の女の子だった。ばっちり目が合った。速攻カーテン閉めた。窓に何か硬いものが当たる音が聴こえた。ガラスが割れる音までは聴こえなかったのでとりあえず安心した。ドタドタと騒がしく階段を駆け上がってくるような音が聴こえ始めた。早すぎやしないかと思った。思ってるうちに部屋のドアが勢いよく開いた。というか外れた。勢いつきすぎだった!
「こん、の……ドスケベぇー!!」
 手早く再びカーテンと、さらに窓を開けた。怒りのままに全力投球された象のぬいぐるみをサッとかわした。かわされた砲弾は開け放たれた窓を通り過ぎて、持ち主の部屋へ戻ったらしかった。ぼとり、と窓の向こうからそんな感じの音が聴こえたのだった。
「はぁっ……はぁっ……よけんじゃねーわよ! ここはくっ、目にゴミが…! ゴシュッ! とか言いながら死亡フラグ立てるところでしょーが! フラグクラッシャーな理樹くんなんて嫌い!」
 半裸のあやが無茶なことを叫んだ。
 半裸なのである。スカート穿いてるだけで、上はすっぽんぽんなのである。腕で胸を庇うように隠しているのでなんとか不自然な湯気や日光に頼らなくても済むレベルの出で立ちなのである。ついでにあやには、着替えの最後にぱんつを穿くという変態極りない癖があるので恐らくノーパンなのである。ズボンの時は毎回「あー! ぱんつ穿くの忘れたぁぁぁ!」とか叫びながら着替え直しているようなバカなのである。着替え覗かれてキレてるのに、その着替え途中のまま突撃してくる救いようのないバカなのである。
「とりあえず服着たほうがいいと思うのである」
「何よその口調!? バカなの!? バカなんですか!? あ、ふーん、なるほど、さてはバカなのね? バカなのね!? バーカバーカ! バカバカバーカ!!」
 僕はあやの頭の悪さ全開の暴言に、冷静に、理知的に反論した。
「バカって言ったほうがバカなんですぅー! ブァーカ! ヴァーカ!」
「ひっかかったわね、バカめ! 先にバカって言ったほうがバカなんてことは百も承知なのよ! つまり全ては理樹くんのほうからバカって言わせるための嘘! ブラフ! 嘘なんだからあたしが言ったバカは全部無効よ無効! あたしが本気で理樹くんのことバカだなんて思うわけないじゃない、バーカ!」
「意味わかんねー! こいつバカだ! むしろこいつアホだ!」
「あーっ、アホとはなによ、アホとは!? バカ以外はルール違反でしょ!?」
「いつそんなルールが出来たんだよ! ちなみにアホはアナルホールの略です! アーホアーホ!」
「下品! 下品だわ! 朝っぱらから清々しいまでに下品よ理樹くん!」
「それを言うなら僕を下品な気持ちにさせるそのいやらしいものを早くしまってください! お願いします!」
「理樹くんがそういう態度に出るっていうんなら、こっちだって容赦しないんだからねっ!」
「無視されたよ!? 僕の真っ当な訴えが無視されたよ!? 今の一瞬だけ僕紳士だったのに、無視されましたよ!?」
「さあ、喰らうがいいわっ! 超必殺! おまえのかーちゃんデーベーソー!」
「誰がデベソなの?」
「それはあなたです!」
 背後からかけられた声に、振り返ってあやが指差した先には母さんが立っていた。いつもの薄いピンクのフリフリエプロン姿に、僕のテンションは急激に下がっていく。いい加減歳を考えてもらいたかったが、朝陽のように眩しく、昼陽のように温かで、夕陽のように切ないその笑顔に、僕はかける言葉を見つけられなかった。そもそも昼陽ってなんだろう。朝陽と夕陽はあるのに。昼だけディスられてるんですか?
「……あー、えーと、おはようございます、おばさま」
「おはよ、母さん」
「おはよう、あやちゃん、理樹。それで、誰がデベソなの?」
「理樹くんが!」
「僕かよ!」
「あやちゃんは、デベソのかーちゃんから余計なもの遺伝しちゃって理樹くんマジカワイソーって言いたいわけね。うん、なるほど」
「ちーがーいーまーすー!」
 デベソとかどうでもいいからうちの母親にはさっさとあやの格好に突っ込んでもらいたい。あや自体には別に性の滾りとかを感じることはないが、むしろ感じるわけがないが、いっそ感じたくないが、奴のけしからんおっぱいだけは違う。ぶっちゃけさっきから揺れまくっていたので困る。あや本体はいいから、おっぱいだけ、こう、マウスパッド的な感じで僕にくれ。我ながら年頃の少年らしいことを考えながら部屋の隅っこでこそこそと着替えていると、デベソ議論に決着がついたらしく「じっちゃんの名にかけて、真実はいつもひとつ!」と、あやの金田一なのか江戸川なのかはっきりしない宣言が狭い部屋の中に木霊した。
「つまり直枝家の遠い祖先、直枝理樹之進こそがデベソの元凶だったのよ!」
「な、なんですってぇぇぇ!?」
 半分くらい僕じゃん。溜息は逃げ出そうとした幸せごと呑み込んでやった。お腹が鳴った。



「あの、おばさま」
「なぁに、あやちゃん」
「あたしの目玉焼き、なんかあからさまにちっちゃいんですけど。理樹くんの標準サイズの目玉焼きが相対的にキングサイズに見えてくるくらいちっちゃいんですけど。あたし、別にダイエットとかまったく考えなくていいくらいのナイスバデーなんで気遣いとかは特に必要ないんですけど。自分で言っててこれはちょっとウザいんですけど」
「あら、いけない。ウズラのたまごと間違えちゃった」
「間違えるんだ! ニワトリのたまごとウズラのたまご間違えちゃうんだ! しかも今になって気付いたわこの人!」
「まあまあ、スクランブルエッグじゃないだけ良かったでしょ?」
「た、確かに……」
「これが玉子焼きだったりした日には……」
「いやあああああっ!?」
 朝から騒がしい食卓である。特に興味もないからいいものの、テレビでやってるニュースの音声がまるで耳に入ってこない。こんがり焼けたトーストに目玉焼き、瑞々しい緑野菜のサラダと、なんの捻りもないメニューでこれだけ騒げるあやは一種の天才ではなかろうか。無論、マイナス方向への才能である。母さんはいいんだ、別に。母さんだし。
「あの、ところでおばさま」
「なぁに、あやちゃん」
「あたしのウズラのたまごの目玉焼き、なんかあからさまに焦げてるんですけど。理樹くんの何の変哲も面白みもない普通の目玉焼きが相対的に光り輝いて見えるくらい真っ黒なんですけど。そもそも目玉焼きだってわからないくらいに真っ黒なんですけど。むしろ目玉焼きって見抜いたあたしすごくね? って感じなんですけど」
「ウズラだと火加減が違ってねぇ。失敗しちゃった」
「普通に返された! 普通に返されたわ! こんな『継続は力なり。塵も積もれば山となる。毎日コツコツ、あの人へ。ガンの元、好評発売中!』とかいうCMで販売されてても違和感ないレベルの、殺意の波動すら感じられる消し炭を、失敗しちゃった、てへっ☆で済まされたわ!」
「…………。……あ、あらあら、うふふ」
「根に持つ人だ! ノリがいいように見せかけて根に持つ人だわ! デベソ根に持ってる! おばさま、ごめんなさい。もう二度とあんなこと言いませんから、許してください」
「いいのよ、わかってくれれば。さあ、あやちゃん。悪いのは誰?」
「理樹くん!」
「そこで僕に振るの!?」
 無駄に仲が良いのがこの二人だった。僕×母さんより明らかにあや×母さんのほうが仲良しである。ちゃんと反省するのよ理樹、とか理不尽なことを言い置いて、母さんはキッチンに戻った。あたしのためにちゃんとした目玉焼きを作ってくれるのね、とあやが期待に満ちた視線をその背中に送っていたが、たぶん出てくるのはカルシウムたっぷりのスクランブルエッグだろう。この際、スクランブルエッグというのはベストなチョイスである。目玉焼きでは殻が目立ちすぎる。うちの母親は根に持つ人なのだ。
 じゃれあう相手が向こうに行ってしまったので、あやは今度は僕にちょっかいをかけようと思い至ったらしい。
「ん? なに、理樹くん、まだ食べてなかったの? 冷めちゃうわよ」
「…………」
 別にそんな場面ではないはずなのだが、イラッときた。あやにしたって、まあ多分、他意などないだろう。それにしたって、いったい僕が誰を待っててやったと……。まあ当の本人がそう言うのなら食べてしまうのも吝かではない。湯気もまだ微かに出てるので、冷めてもいないようだし。
「いただきます」
 塩コショウを振りかけただけのシンプルな目玉焼きの、目玉部分を箸先でつつく。空いた穴を起点に中身を覆う表皮を剥がしていくと、とろりと半熟の黄身が溢れだして白身を染めていく。今日は感動的なまでに上手くいった。いつもは目玉部分がもっとぐちゃぐちゃになってしまうのだが……感動した。感動した! やはり目玉焼きの食べ方とはこうありたいものだ。
「…………」
 ケチをつけたくて仕方がないとでも言いたげな、うずうずした視線を感じ取った。無論、そんなうざったいものを向けてくるのは対面に座るあやである。無視したほうが後でよりうざくなるのを経験則で知ってしまっているため、僕はあやに話を振らざるを得なかった。あまりに屈辱的だ。これはもはや精神的凌辱と言っても過言ではあるまいよ。
「どうかした、あや」
「へぇ? いや、理樹くんったら相も変わらずえげつない食べ方してるなぁって」
「醤油とソース両方かけて食べるってほうがよっぽどえげつないと思うけどね」
「理樹くんに醤油とソース、いいえ、ソースと醤油の何がわかるっていうの!? ねぇ! 何がわかるっていうのよぉ!」
「え? なにこれ。なんで僕責められてるの? それ以前に醤油とかソースとか順番関係あるの?」
「大アリよ! むしろそれが全てよ! それ以外にいったい何が必要だっていうの!? まったく、これだからトーシロは困っちゃうのよねぇ、ふふん」
 うぜぇ。なにこの女。マジうぜぇ。今さらだけど。今さらだけどうぜぇ。マジうぜぇ。
「な、なによ理樹くん、そんな目で見て……恥ずかしいじゃない。死んでくれる?」
「安っぽく頬染めて取ってつけたようにデレたと思ったら最後の一言はなんなんだよ! ツンデレ!? まさかそれでツンデレのつもりなの!? むしろシンデレ!? 微妙に語感がいいのが悔しい!」
「ちょっと理樹くん、うるさい! 静かにして!」
「まさかの逆ギレ!」
「だから静かにしてってば!」
 流れのままに言い返そうとして、しかし僕は口を噤んだ。いつものじゃれあいとは違う、どこか妙に真剣な色を、あやの瞳の奥に見たからだった。
『――――以上、テヴア大使館前よりお送りしました。続報が入り次第お伝えします。では次の――――』
「ああっ、結局肝心なところは聴こえなかったじゃない! ちょっと理樹くん、責任取ってあたしのこと養ってよね!」
「悪いけどあや、僕、プロポーズは男のほうからするべきものだって思ってるから。ポリシーだから。……そう簡単には、捻じ曲げられないね」
「なんだか急に男らしい! べっ、別に惚れたりしないけど!」
「ふぅ、よかった。あやに惚れられたりした日には、僕は……うぅ……良かった、良かったぁ……!」
「文句言われたから真っ当にツンデレてみたのに反応がおかしいわよ理樹くん! そ、そんなに喜ぶくらい、あたしのこと、き、きら……うぅ……うわぁぁぁぁぁんっ」
「マジ泣き!?」
「ま、まじなんかじゃ……ひっく……ないもん……ぐす」
「なんか今になってすごい罪悪感だよ!」
「理樹ー、あやちゃんだって仮にも……仮にも女の子なんだから、泣かせちゃダメよー」
「マジ泣きしてるんだから地味に追い討ちかけるのやめてあげてよ母さん!」
「ま、まじなんかじゃ……ひっく……ないもん……ぐす」
「はーいあやちゃん、お待たせ。特製の目玉焼きよー」
「わーい!」
「本当にマジじゃなかった!?」
 結局、すぐにいつもの空気に戻る。あやもなんだか、聞き逃したニュースのことなど、すでにどうでもよさそうな雰囲気だった。今は、妙に刺々しい目玉焼きを目の前にして絶望していた。というか目玉焼きじゃん。母さんは僕の読みの上を行っていた。
「あの、おばさま」
「なぁに、あやちゃん」
「あたしの目玉焼き、トゲトゲしてるんですけど。なんかもう芸術的と言えるほどにトゲトゲしてるんですけど。っていうか、これ、思いっきり殻混ざっちゃってるんですけど。混ざってるというかむしろ、普通に目玉焼き作った後に殻を突き刺したみたいな風情なんですけど」
「あらやだ、芸術的だなんて。照れちゃうわぁ」
「ずいぶんとまあ都合の良すぎる耳ですねぇ!?」
「……私のことをデベソなんて言うあやちゃんが悪いのよ」
「まだ根に持ってらっしゃった!」
 本当に、いつもの、温すぎる空気だった。気付けば、僕の愛すべき半熟とろとろな黄身は、すっかり固まってしまっていた。



「なんかさー、平日のこの時間にぶらぶら歩いてるのって、妙に落ち着かないわよねー」
「あやの発言はいちいち面白みに欠けて困る」
「え、今面白さを求められてるの、あたし」
「そもそも存在自体がオモシロなのにそんな普通のこと言ってたら……あや、ゲシュタルト崩壊しちゃうじゃない」
「アイデンティティじゃなくて!?」
 いつも通学路として通る道は、一言で言えば閑静な住宅街のはずだったが、主にあやのせいで全然閑静ではなかった。普段右に曲がるあたりを左に曲がったところで、あやが溜息交じりに愚痴を零した。
「はぁーあ。修学旅行で海外とかかったるーい。めんどくさーい。だいたい公立校のくせに海外なんて生意気なのよ。そーゆーのは金持ちの私立が行っとけばいいのよ」
 今時海外に修学旅行に行く公立高校なんて然程珍しいものでもないような気がするが、どっちにせよあやは文句を垂れているに違いなかったので、そんな常識的で面白くもないツッコミを入れる気にはならなかった。
「だいたい出発が日曜の早朝っていうのも気に入らないわ。ダブル見れないじゃない!」
「僕はプリキュア見れないってことのほうが納得いかないね!」
「…………はぁ」
「そこで深い溜息つかれると文脈上なんか別の意味に取られかねないのでやめてくれません!?」
「…………。…………」
「無言もやめてよぅ!」
「あーっはっはっは!」
「意味なく笑われても反応に困る!」
「じゃあどうすればいいのよッ!」
 逆ギレされた。ただ、わりと真面目にキレているような気がする。何か妙にピリピリしているのは、問題の修学旅行がいよいよ明後日に迫っているからだろうか。そんなに嫌か、シンガポール。
「そんなに嫌なの、シンガポール」
「はぁ? 別にシンガポールが嫌なわけじゃないのよ。っていうか、海外が嫌ってわけでもないし。ただ、日本から出たくないだけ」
「そんなに日本が好きかぁ! 好きなのかぁぁぁぁぁ!!」
「いや別に」
「ええー」
 何やら家を出てから妙に絡みづらいテンションだった。まあ、そもそもこの外出の目的が代休を利用して旅行に必要なものを買い揃えようということだから、仕方のないことなのかもしれない。
「ま、なんていうかさ。日本が好きっていうか」
 あやが、ぽつりと呟いた。
「毒されちゃったのよね、たぶん」
 そう口にするあやは微かに笑みを浮かべていた。僕が言えることはひとつだった。
「え、僕色に染まっちゃったって?」
「言ってねーわよ! んなことひとっことも言ってねーわよ! わかんないの!? この、珍しく真面目な話しようとしてる雰囲気がわからないっていうのっ!?」
「わかってないのはあやの方だよ!」
「うっ! な、なにがよ……」
「真面目な話なんて茶化したくなるに決まってるじゃないか! 間違えた、辱めたくなるに決まってるじゃないか!」
「うきゃきゃきゃきゃー!!」
「新パターンの奇声入りましたー。でもあやが発する奇声にしては妙に可愛らしいのが気になるなぁ」
「うがあああああっ、理樹くんはいったいあたしのことなんだと思ってるのよー!」
「え? そんなの……。…………」
「なぜ黙る!? ……ん? え、なんかちょっと理樹くん、顔赤いような気がするんだけど……ま、まさかフラグ立っちゃった!? ついに!? 苦節10年、ついにこの日が!?」
「あ、いや……さすがにオモチャ、なんて言ったらいやらしすぎるかなぁって」
「今さらすぎるわよ! 自分の発言省みなさいよ! というかそれだとあたし、思いっきり弄ばれてるわよねぇ!? むしろ現在進行形で乙女心を弄ばれてるわよねぇ!?」
「オトメゴコロ(笑)」
「わー、よくわかんないけどニュアンスがムカついてたまらない! きっとかっこわらいとか付いてる!」
「む、待てよ。オモチャより玩具のほうが……いや、あえておもちゃのほうがいいかなぁ」
「違いがわからないしどうでもいい!」
「……まったく、これだからトーシロは困っちゃうよねぇ、ふふん」
「うわぁー、うぜぇー! なにこのうざい生き物! なんなの、マジでなんなの!」
 ぜぇはぁと荒く息をつくあやには、もはやさっきまでの儚げな雰囲気を漂わせる美少女の面影は皆無だった。それでいいと思った。あやには、ぎゃあぎゃあと喚いて周りに迷惑を撒き散らす元気娘のほうが似合っている。よくよく考えてみるまでもなくそれはどうかと思ったが、まあ、たぶん、それでいいんだ。うん。
「ああっ、もう……調子狂うなぁ……」
「それもそのはず、なにせ僕はあやの調子を狂わせるためだけに生まれてきたんだからね」
「嫌すぎるわよ、そんな運命の二人!」
「宿命じゃないだけマシだと思いなよ」
「今は逆に宿命のほうがよかったんじゃないかって気分よ、まったく! まったく、もう……」
 確かに、どうかと思う。今だってきっと、この辺りに住んでいる人達には思いっきり迷惑をかけているだろう。でも、楽しい。楽しい。楽しい! 僕は、あやとこうして他愛なく言い争っているのが、一番楽しくて、好きなのだ。この楽しい時間をもっと続けていたくて、あやに声をかけようとして、

「あーあ、たっのしいわねぇ!」

 風が吹いていた。あやの綺麗で長い髪がふわりと揺れて、ふわりと揺れた綺麗で長い髪は、陽の光を受けて――ああ、綺麗だった。僕が語彙のなさに絶望する一方で、あやは笑っていた。僕はそのあやの笑顔を見ていられなくなって、顔ごと視線を逸らした。
「ん? 理樹くん、どうかした」
「いや、なんでも」
「そう? 変なの。あ、いつもか。あっはっは」
 どうしてか、何も言い返す気になれなかった。あやがいよいよ不思議そうな顔をして、僕より幾分低い身長を活かして上目遣いに覗き込んできた。
「なんか、ほんとに変よ。どうかした?」
「……いや、えーと。樋上いたらない先生がイラスト担当の『アリス☆マジカル』、まだ買ってなかったなぁって思って」
「いきなり脈絡がなさすぎるわよ!」
「いやぁ、前から興味あったんだよねー。ふと思い出しちゃったー」
「なんかやけに白々しいのが気になるけど……ま、どうせまた表紙買いなんでしょ?」
「そんなことないよ! 今の僕は中身だって十分に知ってると言えるよ! 112ページくらいまでは把握してるよ!」
「妙に具体的なのが変ね……まあ理樹くんが変なのはいつものことだからいっか!」
「くそぅ! この状況では言い返せない!」
「あ、いいこと思いついたわ。どうでもいい修学旅行のための買い物なんてやめて、このまま本屋行きましょ。買うんでしょ、その、えーと、『AliceMagic!』ってやつ」
「微妙に惜しいけどタイトル間違ってる! あー、いやいやいや、そんな、僕に気を遣うなんてあやらしくもない!」
「遣ってなんかないわよ? あたしも用事あるし。なんとあの学園革命スクールレボリューションの作者が手がける新作漫画『センター×センター』のコミックス1巻が今日発売なのよ! これがスクレボには及ばないまでも超面白くってねー、理樹くんもいい加減表紙買いは卒業して作者買いに乗り換えたほうが有意義だと思うなー」
「いいの! 表紙買いはギャンブルなの! 男のロマンなの! 女にはわからないの!」
「なんかさっきと言ってること矛盾してない? アリスなんたらは表紙買いじゃないんでしょ?」
「いいんだよ! もういいんだよそれは! 僕はギャンブルに負けたんだ! いいさ、もう! ほら、本屋行くんでしょ!? その目で僕が無様に『アリス☆マジカル』(2冊目)を買う様を見届ければいいじゃない! いいじゃない!」
「なんでいきなりテンションアゲアゲなのかわからない!」
「恋ってそういうものなんだよぉ!」
「な――、ちょ、相手は! 相手は誰よチクショウ! あ、こら、待ちなさいよ理樹くん!」
 僕はとうとう走り出していた。体力ないのに全力疾走だった。梅雨の晴れ間の太陽光が、ジリジリと僕を痛めつけていた。あやが追いかけてくる。早く捕まって楽になりたい。しかし捕まってやるわけにはいかなかった。住宅街を抜け、大きい道路に出て、ぽつぽつとビルが立ち並ぶ中に入り込む。やがて本屋が見えたころ、あやの手が僕の右手を掴んだ。
「一緒に行くんじゃなかったの!」
 走ってるところをいきなり掴まれたので当然こけた。掴んだあやを巻き込んでこけた。背中にアスファルト、右手にあやの、意外に小さくて柔らかい手を、左手に……よくわからんけど柔らかい何かを感じて、僕は呟いた。
「楽しいなぁ」
「死ねぇ!」
「なずぇ!?」


[No.594] 2009/12/25(Fri) 17:11:48
それではみなさんさようなら (No.589への返信 / 1階層) - ひみつ@9305 byte

 『それではみなさんさようなら』というタイトルの絵だった。絵の内容は、題名とは全然関係ないと思われる。男子四人、女子六人が笑顔でくっついている絵で、お世辞にもうまいとは言えない、というかド下手で失笑が漏れるてしまうような出来なのだが、なんでか目が離せなくなる不思議な魅力を持っていた。だけど、きっとそれは、タイトルと作者の行動によって呼び起こされたものであって、絵自身には大して力は無いのだろうと思う。
 作者である直枝理樹は、見事に飛び降り自殺を成し遂げた。たぶん恋人だったであろう棗鈴と手をつないで、学校の屋上から、お昼休みの人が溢れている時間。二人で仲良く空を飛び、重力に従い地面に向かい、トマトみたいに弾けた。弾ける瞬間、その着地点あたりでサンドウィッチをむしゃむしゃ食べていたのは何を隠そうこの私で。普通の神経しか持ち合わせていない私にとって人間の死体、しかも知り合いとあっては精神は持つはずもなく。一度ゲロを吐いた。軽く目眩が起こった。そのまま失神した。起きたらベットの上だった。保健室なんて飛び越えて、救急車で運ばれて、病院の個室で何故か点滴を受けていた。貧血もあったらしい。ブドウ糖が注入されている管を逆流する赤い血液が見えると、また気持ち悪くなって吐いた。おめでとう。トラウマゲットだぜ、みたいな。
 ゲロを放置して、しばらくボンヤリとしていると、看護師が部屋に入ってきた。「あら、おはようございます。気分はどうですか?」それに答えようとするが、看護師がすぐに振り返り扉を開けるので、返答出来なかった。最悪です、って言ってやりたかった。「先生ー、二木さん起きましたよー」人の話を聞かない人だ。「ん? どうしました?」と笑顔で私の顔をマジマジと見る。人の話を聞かないところ、自分を無駄に明るく見せようとするところ、そういうところが気に入らず、第一印象は最悪なものになった。その後その印象が払拭される事はないのだが。
 一度検査をするから、と言われてMRIだかCTだかよく分からない機械の上に寝転がされて、謎の吸盤をピトピト身体につけられて、ウィーンウィーンと音がなり、異常なしですお疲れ様です、でめでたく退院することになった。入院期間一日。とっとと帰ってシャワーが浴びたかった。



 直枝理樹、棗鈴の葬式は共同という形で行われた。クラスメイトがいないという特殊な状況。片方は身寄りがほぼ無い状態、片方も親族からはみ出している状態。バス事故のこともあり、学園の理事あたりから資金提供と号令が出され、学校規模の盛大というとなにか変だが、大きなホールを借りて、学校の生徒全員参加の葬式が始まった。クラスごとに順番にご焼香をしていく。喪主は見たことない人だった。自分の番が来て、マナーにだけはうるさい家系に感謝して、スマートに焼香をあげる。彼らの棺の周りには、これまでの彼らの校内での活動の記録が置いてあった。その中に、直枝理樹が飛び降りるちょっと前の美術の時間に描いた絵もあった。仲間達と笑顔で、棗鈴は困り顔で。お世辞にもうまいとは言えないが、皆が好きだという彼の気持ちは伝わってきた気がした。遺影には満面の笑みの二人がいた。落ちる瞬間と同じ顔に見えた。私はトラウマ発動によりゲロを吐いた。
 まあ、多少のトラブルがあったにせよ、葬儀はスムーズに終りを迎えた。火葬場がすぐ横にある葬儀場だったので、移動はせずに済んだ。大人たちは火葬場に入っていく。私達生徒は外から、煙突からもくもく飛んでいく煙を見て、手を合わせた。さようなら、直枝理樹。さようなら、棗鈴。二人の顔を思い出して、ゲロを吐きそうになったが飲み込んだ。酸っぱくてツーンとして涙が出た。



 葬儀から数日が経ったところで、再び事件が起こった。再び私の目の前で。もう外でサンドウィッチは食べてはいけない、と思った。飛び降り自殺である。まるで直枝理樹と棗鈴の二人の行動ををなぞるように手をつないでの紐なしバンジージャンプ。当然普通の神経しか持ち合わせていない私は前回同様失神した。また病院に運ばれて、同じ看護師はまったく話を聞かないし、よく分からない機械で身体を検査されて、また一泊することになった。
 消灯後、非常口の看板の明かりが廊下から漏れて部屋に入ってくる。それがやたら眩しくて、気になって、私は眠れないでいた。カーテンに仕切られた狭い天井。なんとなくため息を吐く。あのバス事故の所為なのだろうか。直枝理樹と棗鈴は、家族よりも大切だったであろう仲間を失った。支えが無ければ生きていけなかったのかもしれないし、あの事故で自分たちだけ生き残ってしまったという重圧に耐えきれなくなったのかもしれない。更に二人の後を追うように起こった飛び降り。あの事故で大切な人を失ったのかもしれない。クラス単位で丸々全員お陀仏したのだから、その中に恋人や親友や兄や弟や姉や妹やそんな人達が紛れ込んでたとて不思議でも何でもない。現に私としても妹を一人失っている。あれはあれが馬鹿だったからしょうがないことなんじゃないかなって諦めた。結局仲良くなれなかったのに後を追うまでの義理はない。ごめんね葉留佳。眠いからお姉ちゃんもう寝るね。おやすみ葉留佳。



 私には学習能力というものが無いらしい。なんでまたお外でサンドウィッチなんぞを食べているのか。そのせいでまた目撃してしまった。これはもう夢の世界の出来事なんだろうか。なんで皆そう簡単に死ねるんだろう。いつから私は夢を見ているんだろう。訳が分かんなくなってきた。三度目の飛び降り自殺。また昼休み。また私の目の前。でも、今度は一人だった。女の子だった。ソフトボール部の子なのは知っている。名前は知らない。いい加減にして欲しい。流石に見慣れたのかもしれない。私は失神せずにいた。そのせいで、マジマジと見てしまった。彼女の死体を。ビクンビクンと一瞬跳ねた。気持ち悪くて、結局ゲロ吐いた。もうサンドウィッチ食べれないな、と他人事みたいに思った。



 それから、雨が降るみたいにこの学校では人が降った。嘘みたいな話。屋上は元々立ち入り禁止だった。最初のジャンパーはドライバーで無理矢理窓をこじ開けて侵入したらしい。三回目が起こって以来、昼休みに教師が屋上前に張っていた。当然の対処だと思う。寧ろ遅すぎだ。それでも減らなかった。どうやってかは分からないが、皆気づいたら教師もドアもすり抜けて屋上に出てしまっていると言うのだ。何言ってんだ。夢見てんじゃないよ。現実見ろよ。
 呪いの学校として遂には週刊誌デビューを果たし、ワイドショーデビューを果たした。私は、推薦で決まる予定だった大学から、受験自体を拒否された。遣る瀬無い事態だ。風紀委員長として私も警備に駆り出された。それでも止まない人の雨。生徒数は死亡と退学、転校なんかでちょっとずつ減っていき、最終的に学校の閉鎖まで追い込まれた。それでも、飛び降りる人間は後を絶たず、受験勉強する時間も削って、私は教師とともに警備にあたった。他の風紀委員も一緒に。がんばりましょう。こんなこともう嫌です。僕はこの学校が好きだから、こんなのはもう見たくない。そう言って張り切っていた風紀委員の男の子が今度は飛び降りた。その前日、「不謹慎かもしれないですけど、三枝葉留佳がいなくなって風紀委員の活動にハリがなくなったんですよね」と言っていた。自ら死亡フラグを立てていたようだ。
 飛び降りた人たちにはリセットボタンでも見えたのだろうか。これは実は現実じゃなくて、夢で、人生やり直せるチャンスで、飛び降りることで自分の全てをチャラにして、また一から出来るって言うんなら私だってやりたいけど、そんなこと無い。いや、あるのかもしれないけど、試す勇気が無い。目の前でトマトジュースになる姿を三回も見たら、恐怖が先に立つってもんだ。
 あまりにも人が死に、私の感覚は段々と麻痺してきていた。ああ、今日もか。その程度しか思わないようになった。ゲロなんて吐かなくなった。
 校内の警備とか言って、私は廊下を歩いていた。賑やかだった校内は、今はシーンとして気持ちが悪い。何を思い立ったか、私はあのバス事故でほぼ全員が爆発したあのクラスの教室に行ってみることにした。全てはここから始まったのだから。
 カツカツと廊下に私の足音が響く。昼間に静寂包まれている学校は不気味だ。夜なら分かるが、それが昼だと言うことで余計に変な気分になる。あるはずのものが無い。無いはずのものがある。教室に着いて、最初に目に付いたのは、『それではみなさんさようなら』だった。その絵の中には私の妹がいた。笑っていた。私の前では見せることの無かった笑顔だ。まあ、葉留佳は葉留佳で一応幸せ掴めたみたいだからいいじゃん。寧ろ私の方がずっと苦しんでるんだから。ババアの相手なんてしてらんないよ。良かったね。ふざけんな。
 きっとこの絵が悪い。この絵が原因だ。そう思って破ってやろうと思った。いや、故人の描いたものを破るとか罰当たりにも程があるけども、なんかそうしないとダメな気になる。吸い込まれそうになる。この絵を見てると題名の通りの行動を起こしたくなる。気持ち悪い。私は絵を掴んだ。



 教師すらいなくなった校内を一人で歩く。目的地はただ一つ。昼休み、なんて誰が決めた。いつだって出来るんだから。夜だって。今は夕方だけど。
 階段を上り、踊り場で踊り、階段を駆け上がる。そして、屋上に到着。渡された合鍵で鍵を開けて、テンションに従い、ドアを蹴っ飛ばす。ブワッと風が私に向かって吹いていた。負けるもんか、と立ち向かう。フェンスの近くには一人、先客がいた。女の子だ。ソフトボール部の子かな。なんとなく見たことがあった。遠慮せずに近づいていく。彼女はこちらを見て怯えていた。そんな怖い顔してるだろうか。結構顔には自信があったんだけどな。ずんずん近づいて、最後は彼女を抱きしめた。なんでそんなことをしたのか自分でも分からない。勢いというものは怖い。彼女は、私の腕の中で泣き始めた。最初は嗚咽。最後は、ああああああああ、と叫びにも似た鳴き声だった。泣きつかれて眠りに落ちた。アスファルトの上に寝転がせて、私の上着を一枚かけてあげた。
 さて、と私はフェンスをよじ登る。よじ登って、向こう側に立った。
 結局、あの絵を破り捨てることなんて出来なかったし、リセットボタンも見えないし、受験勉強は進まないし、自殺も減らないし。目には見えない流れに踊らされているのを感じる。ここに立ってみても未だにリセットボタンなんて見えない。人生ゲームっていうならやり直したいものだ。いろいろ、もっと、上手くやれたんじゃないかなって思う。最初からやり直せるっていうなら、きっと今とは全然違う素晴らしい世界が待っていたかもしれない。もっと酷い世界かもしれないけど。人生、始まった時点で終着駅は死亡っていうのは決まっている。だから、ここで死のうが後で死のうがその前に死んでようが変わんない気がする。
 風が頬を凪ぐ。髪がバタバタと靡く。フェンスにはしっかりしがみつく。皆ここで何を見たんだろうって気になって立ってみた。リセットボタン? 仲間? そんなの見えないし、亡霊にすら会えない。オカルト要素皆無。
 ああ、でも綺麗な夕日だなって思って、フェンスを再びよじ登った。
 かーえろ。


[No.593] 2009/12/25(Fri) 15:27:49
絵に描いたとしても時と共に何かが色褪せてしまうでしょう? (No.589への返信 / 1階層) - 秘密@19016 byte

「絵を書こう。チーム名はリトルバスターズだ」
「「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」」

いやいやいや意味が解らないよ恭介 また漫画に影響されてやがんのか まぁ、しかたないだろ
恭介の見つめる先を見ると髪の長い女子生徒が猫をスケッチしていた。こちらの気配に気づいたのか、女子生徒は顔をあげる。目が合うと女子生徒は大慌てで逃げていった。
主人公があの女子生徒によく似てたからな ふーん

「あ、明日試合だからそのつもりで。現役高校生だからやりがいあるぞ」
「「「「「「「「「はぁ?」」」」」」」」」

『冒頭はただのお題消化です。そんな訳でガチで野球やってみた 〜べ、別にクロスオーバーじゃないんだからね!何処の高校とは言ってないんだからね!』

そして今日は試合の日。
うわぁ、本当に来てるよ… やはりきょーすけはアホだ へっ!俺の筋肉に比べりゃ現役も大したことないぜ! 筋肉と比べるな馬鹿がふあぁ〜、本物の高校球児〜 なんでこんなことしているんですかネ もうすぐ夏の大会だろうに わざわざ私達のような素人を相手にしなくても…
よう、お前ら弱気か?
いつものように颯爽と現れる恭介。手には何かを持っている。
んなわけあるかボケ ん、まぁそうだよな。俺のリトルバスターズは無敵だ
…?
西園さんは恭介の手に持っているものと、相手チームを交互に見る。そして怪しげに微笑む。
ん?どうした?西園 いえ…やはり恭介さんは分かっていらっしゃいます …あー、いや、そういうつもりじゃないんだが…分かっていても言うなよ?ネタバレしたら面白くないし、何より…な? ええ大丈夫です。こんな素晴らしい事を台無しにする訳がありません
目をキラキラ、いやギラギラさせる西園さん。
おっと、そろそろ試合開始だ。準備しろよ
そういうと、手の物をポケットにしまう。平べったい何かだった。
そう言えば良くOKしてくれたね、相手の高校 …ん…まぁ…な
平べったい何かを入れたポケットに手を突っ込む。

試合開始 先攻相手の高校―後攻リトルバスターズ

相手のオーダー
1番 センター
2番 セカンド
3番 ショート
4番 サード
5番 ライト
6番 ファースト
7番 キャッチャー
8番 レフト
9番 ピッチャー

リトルバスターズオーダー
1番 レフト 来ヶ谷
2番 ショート 宮沢
3番 センター 恭介
4番 キャッチャー 直枝
5番 サード 井ノ原
6番 ライト 三枝
7番 セカンド 神北
8番 ファースト 能美
9番 ピッチャー 鈴

なお、作者のアイデアの限界により、試合は5回までです。

1回表
1番センター

1番は左打席に入った。
一球目 ストレート アウトコースにストライク 今日も球が走ってる 140qはでているんじゃないだろうか 1番は驚いた顔をする
二球目 ストレート インローにストライク
三球目 スライニャー 真ん中からアウトコースへ 1番振りにいくも当たらない 高速スライニャーとでもいうべきだろうか
空振り三振

2番セカンド
一球目 ストレート 2番セーフティバントの構えをする 真人前進 クド慌ててパタパタと前進 しかし2番バットを引く 決まってストライク
二球目 ストレート セーフティバントの構え 真人クド前進 またバットを引く 外れてボール 揺さぶる為なのかな、と理樹
三球目 フォーク 今度はセーフティで当てに来たが当たらない ストライク
四球目 スライニャー 理樹はアウトコースに外すよう要求したがインコースへ ―逆球だ― しかし外れると判断した2番はバットを振らずインコースに決まる
見逃し三振
3番ショート
一球目 ストレート バットを短く持った3番が振りに来るが当たらずストライク
二球目 ストレート また振って来た カッ! 鋭い音をたててボールはバックネットに当たる ファール
三球目 チェンジアップ タイミングを外された3番はなんとかバットを止める しかしコースが決まりストライク
見逃し三振
ないすぴっちんぐ〜鈴ちゃん 流石我が妹 近寄るな変態 盛り上がるリトバスベンチ
チェンジ
「俺たちにはとびっきりの運動神経を持った人外が4人いる」
真人、謙吾、鈴、来ヶ谷さんを指差す。人外じゃねぇ!筋肉だ! 筋肉も人外だ、阿呆が 断罪してやろう 手伝うぞ、くるがや
「俺たちには常識知らずの天然っ子がいる」
それは私の事なのでしょうか… そこまではるちんお馬鹿じゃないゾ!西園さんとはるちんが声をそろえて言い(怒りで)赤くなった
「そして俺たちの(21)っ子は常にわがチームに萌えをもたらした!」恭介のバンガラ声が響き、小毬とクドを熱い目で見つめ、ハァハァした。全力でドン引きする小毬とクド。と言うか全員。
小毬ちゃんに近づくな クドリャフカくんは私のものだ ついに認めやがった …変態 と口々に怒声を浴びせる。
「それに俺だ」 わざとらしく付け加える
「君はすごいよ、恭介」
理樹が言った
「きめてる至上最低の(21)コンだ」
皆が言った
「要するにだ」
若干涙目になりながら往ったり来たり歩きながら話を続けた。
「俺たちには最高の仲間が揃っている。負けるわけがないだろう?」
要するにの使い方が変な気がしますが… でも恭介の言ってることは正しいよ。皆で勝とうこの試合
「ありがとう理樹。わかってるじゃないか。流石俺の嫁だ」
…今から棄権してこよう。その方が相手チームと皆の為だ
理樹いいぃぃぃぃぃ!!!!!!恭介の叫びが木霊した。

1回裏
1番レフト来ヶ谷
相手の球はさほど速くないようだ。鈴くんの方がよっぽど速い。ふふふ、鈴くんふふふ と、来ヶ谷さんは思う。いつも彼女はこんなです。
一球目 まっすぐ 来ヶ谷さんはバットを動かさない。 ストライク
二球目 内角 ―ボールだな と思ったら曲がった スライダーがコースギリギリに決まり ストライク
三球目 まっすぐ 外角高め 来ヶ谷さんは動く がしかしバットは空を切る
空振り三振
どうした?来ヶ谷 いや…すまん 珍しく素直に謝る来ヶ谷さん
2番ショート宮沢
一球目 カーブ 遅い、兎に角遅い 今まで対戦したどの投手よりも無茶苦茶遅い 初球から打ちに来た謙吾は完全にタイミングを外され、なんとか当てたボールはぼてぼてとサードに転がった
サードゴロ
3番センター恭介
一球目 内に切れ込んでくるシュート 見送ってボール
二球目 外に逃げていくスライダー また見送ってボール
三球目 まっすぐ 見送ってストライク
四球目 まっすぐ 見送ってストライク これで2-2
五球目 真ん中高め ようやく恭介は動く がバットは空を切った
空振り三振
解ってても打てねぇもんだな と誰にも聞こえないように呟く
チェンジ

2回表
4番サード
一球目 ストレート 際どいコースだが高めに外れる 今まで対戦してきたゴツい4番達は大抵手を出してきた。でもこの小さな4番は動かない。すると打率が良いのかな、と理樹
二球目 スライニャー 動いた カキン! 打球は1塁線の外に飛びファール 危なかった…スライニャーは得意とかかニャー?と理樹
三球目 ニャーブ インコースに外れボール
四級目 チェンジアップ ワンバウンドしてボール 1-3 フォアボールは出したくない 変化球がコントロールしにくいなら―
五球目 ストレート アウトハイの良いコースだ! 4番は綺麗に腕を畳み当てる 鋭い打球が三塁線に飛ぶがギリギリファール ストレートにも対応してきた なら―
六球目 ライジングニャットボール
説明しよう!ライジングニャットボールとはストレートと殆ど代わりはない。しかし打者の目の前で重力を無視し浮き上がるのだ!なんという科学者泣かせ
しかし カン! 打球が二、遊、中間に上がる 必死に追う小毬、謙吾、恭介 ぽてっ と落ちる打球
センター前ヒット

そんな…ライジングニャットボールが… ショックを受けている理樹につかつかと寄る鈴 ドゲシッ! 見事なハイキック 相手がライジングニャットボールを知っているだけだろう。いちいち落ち込むな いや、あんないかれたボール投げれる人は―と思ったが、それは言わないのだ。私は大人なのだ
5番ライト
一球目 ストレート インローに決まりストライク
二球目 ストレート まずい ど真ん中だ カン! 二遊間に弾き返される 必死に追う小毬 ずべしゃあっ! グローブを伸ばすも届かず 因みにダイビングキャッチではなくただ転んだだけである ふぇ〜ん ドンマーイ
センター前ヒット
6番ファースト
バントの構えをする左打席の6番 1アウト2、3塁は避けたい
一球目 フォーク 落ちるボールに対応出来ずに ストライク
二球目 スライニャー 内角に切れ込む ビビった6番はバットを引く 外れてボール
三球目 ニャーブ 曲がって落ちるボールだが 相手は合わせてきた サードに転がる 真人が取ってクドに投げアウト
三犠打
結局相手の思惑どうりになってしまった
7番キャッチャー
一球目 ストレート アウトハイに決まってストライク
二球目 ストレート インハイに決まってストライク
三球目 シュート 7番ギリギリでバットを止めボール
四球目 ストレート 高めのボールを7番は振る カン! センター前にボールが落ちる 恭介が取り、バックホーム! がセカンドランナーが帰る
センター前タイムリーヒット
1対0 ワンアウト ランナー1、2塁
理樹は鈴に駆け寄るが別に平気なようだった コントロール練習しなきゃね まったくだな 下位打線だから抑えよう うん
8番レフト
一球目 ストレート 振ってきたがタイミングがあっていない ストライク
二球目 ストレート アウトローに決まりストライク
三球目 ストレート インハイ びびった相手はのけ反る 決まってストライク
見逃し三振
9番ピッチャー
一球目 ストレート 見送ってストライク
二球目 ストレート インハイのボールに手を出した ギィン!高く高く上がったボールは理樹のキャッチャーミットに収まる
キャッチャーフライ
どんまいです…うふふ どうしたの?西園さん いえ…やはり恭介さんは分かっていらっしゃいます 視線の先には、ピッチャーと、ピッチャーなのにインコースのボールを打ったことに対して怒っているキャッチャーがいた
これは…萌えます… 取りあえず引いとく理樹
チェンジ

2回裏
4番キャッチャー直枝
一球目 まっすぐ インコースに決まりストライク
二球目 同じコース 打てる! しかしまっすぐではなくシュートだった 空振り
三球目 まっすぐ アウトロー コースを読んでいた理樹はバットを振るが― パァン! ミットに収まるボール …あれ?
空振り三振
5番サード井ノ原
うおぉぉぉ!!筋肉筋肉ぅっ!! びびるピッチャー びびってんじゃねえ!とキャッチャー それに対して更にびびるピッチャー 萌える西園さん
一球目 まっすぐ 思いっきりバットを振り回す真人 しかし当たらずストライク
二球目 スライダー アウトコースをまた振り回す真人 ガン! ファールゾーンに飛び込むボール
三球目 カーブ 既に振りに出ている真人は修正もブレーキも出来ない 盛大につんのめり空振り
空振り三振
駄目筋 贅肉 お飾り 酷い出来に酷い言葉が飛ぶ
6番ライト三枝
一球目 まっすぐ 高いボール球を空振り 落ち着いて!とベンチ しかしはるちんは待つのが嫌なのです
二球目 インコース 乙女にこんな危ないボール投げないで下さいよー、と思ったらシュートだった ギリギリ決まってストライク はるちんは止まってはならないのだ!と空振った事をキレーに忘れるはるちん
三球目 まっすぐ はるちん豪快に空振ったー!
空振り三振
…ごめんなさい どんまいなのです! なに、精神的に参っているのならお姉さんがたっぷり愛を注いでやろう 逃げろ!はるちん!あ、やっぱ逃げないで!
チェンジ

3回表
1番センター
一球目 ストレート 見送ってストライク
二球目 ストレート アウトコースを振りに行く カッ! ボールは後ろへ飛ぶ ストレートにタイミングがあってきている
三球目 スライニャー 真ん中からインコースへ ギン! きれいに一、二塁間を破られる 配球が読まれていたようだ
ライト前ヒット
2番セカンド
バントの構え
一球目 ライジングニャットボール 浮き上がるボールに対応出来ない 当てるがボールは後ろへ ストライク
二球目 もう一度ライジングニャットボール しかし今度はちゃんと当ててきた 一塁側に転がるボール クドが取りベースカバーの小毬へ 本当に相手はライジングニャットボールを知っているのかも、と理樹
一犠打
3番ショート
一球目 ニャーブ アウトコースに外れてボール
二球目 フォーク ストレートだと思ったのだろう 落ちたボールに対応出来ない ストライク
三球目 ストレート 高めのストレートに思わず手を出す3番 ガッ! ふらふらと上がったボールをライトのはるちんが取る 汚名返上ですよー! 普通のフライと突っ込まないで下さい
ライトフライ
4番サード
ライジングニャットボールはダメ スライニャーも合わせてきた 変化球は心もとない なら―
一球目 ストレート 見送ってボール
二球目 ストレート また見送ってストライク
三球目 ストレート キン!カットしてファール
四球目 ストレート カン! 左ファールゾーンに飛ぶ ファール 仕方がない カウントが悪くなる前に―
五球目 シュート アウトコース カッ!三塁線の外に転がる ファール
六球目 ニャーブ インコースギリギリ! これだけ揺さぶれば― カキン! 一塁線に飛ぶ 切れろ! がしかし切れない はるちんがボールをとる セカンドランナーは三塁を回る 速い バックホームは―間に合わない バックホームの間にバッターランナーは二塁へ
ライト前ツーベースタイムリー
2対0
理樹はマウンドに行こうとしたら鈴に追い返された 鈴は…元気だ!
5番ライト
一球目 スライニャー 見送ってボール 勝負だ―
二球目 全力のストレート バッターも動く ガィン!! 高く舞い上がったボールは―
ばすん! 恭介のグラブに収まる
センターフライ
ドンマイ 打てばいいのですよ そうだ理樹が5点ほどとればいい 鈴…無茶言わないでよ… そんなんだからヘタレと言われるんだ …今夜はいっぱい可愛がってあげるね ふん、ヘタレにそんなこt… へぇ今シて欲しいんだ や、やめっ… 白昼堂々にゃんにゃんが始まったがそれはまた別の話
チェンジ

3回裏
7番セカンド神北
一球目 カーブ りんちゃんの為にも― カコン! ピッチャーの足元でバウンド ピッチャー取れない セカンド、ショート走る、が高いバウンドのボールを取れない
センター前ヒット
8番ファースト能美
一球目 シュート インコースに外れボール
二球目 スライダー アウトコースに外れボール 皆で予想した通り、ボール球の変化球だった
三球目 インコースに飛んでくる スライダー ストライク 流石にストライクに入れてきた
四球目 真ん中 ストレート?シュート 解りませーん!と闇雲にバットを振る シュートだった ガン! ピッチャーとキャッチャーの間にフライが上がる お互いに動けない その間にわふーだっしゅ! ぽてっ とボールが落ちる
内野安打
謝り合うピッチャーとキャッチャー そうなんです。行き違いを乗り越えてこそ― 西園ワールドはとどまることを知らない
9番ピッチャー鈴
先程のにゃんにゃんで体力を持っていかれたがまだまだ平気なようだ 理樹をキッ、とにらむが理樹の天使のようなDevil smileに鈴は戦慄する
一球目 ストレート 見送ってストライク
二球目 シュート 引っ掛けさせてダブルプレーを取りたかったのだろう それも読めている カキン! しかし当たりは平凡なレフトフライ と、思ったらレフトがエラーしなさった
エラー ノーアウト満塁
ヘタレ! ふにゃふにゃすんな! クソレフト! どっかの筋肉と同じ扱い それを見てハァハァする西園さん
1番レフト来ヶ谷
グラウンドを見渡してハァハァする来ヶ谷さん なんかもう変態ばっかや 全ベースの上にはかぁいい(21)達
恭介が来ヶ谷に駆け寄る
来ヶ谷!俺と変わっ…ずばしゃぁぁぁ! 日本刀で一閃 ネクストバッターズサークルが血に染まる 恐怖する相手チーム あれ?誰が片すんだ?
一球目 スライダー ギリギリ低めに外れてボール
二球目 スライダー 今度は決まってストライク
三球目 来た まっすぐを振り抜く キィン! レフト前にフライが上がる 前進するレフト しかし間に合わない 「「ゴー!」」真人とはるちん叫ぶ走り出す(21)(21)ランナー達 ホームに返球が帰ってくる 慌てる小毬 ビッタァン! コケる小毬しかし手はボールより早くホームベースの上にあった
レフト前タイムリーヒット
2対1 ノーアウト満塁

理樹「ねえ、今打ったのストレートだよね?」
来ヶ谷「そうだが」
理樹「どうやって打ったの?」
来ヶ谷「さぁ…?」
グラウンドを見つめる
来ヶ谷「鈴くんに夢中で解らなかったな」
そういうと来ヶ谷さんは恭介にウィンク いつの間にか復活した(21)コンはそっぽを向く
2番ショート宮沢
一球目 ド真ん中 貰ったぁ!と思ったらシュートだった
ガキッ! サードに転がる サードはまずホームへ 必死に走る謙吾 キャッチャーはファーストに送るがセーフ
サードゴロ ワンアウト満塁
3番センター恭介
一球目 シュート インコースギリギリに決まる ストライク
二球目 シュート 今度はアウトコースに決まる ストライク
三球目 カーブ ………ストライーク! だいぶ迷った審判はストライクを言い渡す
見逃し三振 ツーアウト満塁
4番キャッチャー直枝
一球目 スライダー 際どいコースだが見送ってボール
二球目 インコースにカーブ カキン! タイミングが早くファール
三球目 低い そう判断して見送ったがストライクだった
四球目 インコース ストライクゾーンだ 先ほど来ヶ谷さんが打ったまっすぐは無い― カン! 予想が当たり三遊間を破る そしてクドが帰ってくる
レフト前タイムリーヒット
2対2 ツーアウト満塁
なんとか打てたものの、理樹の疑問は膨らんでいった
6番サード井ノ原
一球目 うおおぉぉぉ! シュートを高々と打ち上げた
センターフライ
あんまり真人を悪く言わないでください。いくらなんでも精神崩壊しますよ?皆さん
真人「うおおぉぉぉ!こんな時こそ!筋肉筋肉ぅ!」
精神も筋肉だから平気なようだチェンジ

4回表
6番ファースト
一球目 スライニャー 空振りでストライク
二球目 ストレート きれいにインハイに決まってストライク
三球目 フォーク 打ちに来るが当たらない
空振り三振
7番キャッチャー
一球目 シュート いきなり振ってきたがぼてぼてのゴロだった
ショートゴロ
8番レフト
一球目 ストレート 相手は手が出ない ストライク
二球目 チェンジアップ 焦った相手はつんのめる バットが空を切りストライク
三球目 ストレート 相手は手も足も出ない
見逃し三振
チェンジ

4回裏
6番ライト三枝
一球目 カーブ 遅い球に待ちきれずに振る カァン! 打ち上げたボールはファールゾーンでライトに取られた
ライトフライ
7番セカンド神北
一球目 シュート 見送ってストライク
二球目 まっすぐ インローのボール 見送ってストライク こまりちゃんに何てことすんだー! キレる鈴 なだめる理樹 びびるピッチャー 叱るキャッチャー 萌える西園
三球目 スライダー ふえぇ! インハイのボールにびびる小毬 しかし曲がってコースが決まる
見逃し三振
ちょっとあいつ蹴り飛ばしてくる …また苛められたい? や、やめっ… あれ?でもここはこんなに― またしても始まるにゃんにゃん。みんな目を反らすあたりDevil理樹は最強のようだ
7番ファースト能美
一球目 まっすぐ 見送ってボール
二球目 インコース 来た スライダーを振り抜く ずっと練習してきたのだ いくら虚弱な女子でも、遅くて、どんなボールが来るか解っていたら内野は抜ける
レフト前ヒット
9番ピッチャー鈴
一球目 シュート 動かない ストライク
二球目 スライダー ストライク 動かないのではない、動けないのだ
三球目 シュートを見逃す
見逃し三振
ちょっとヤリ過ぎたかな?と理鬼 声を掛けようとしたら逃げられた
チェンジ

5回表
9番ピッチャー
一球目 ストレート アウトコースを振ってくる カン! ふらっと上がったボールはレフト前に落ちる 先程のにゃんにゃんのせいか、伸びがなくなっている
レフト前ヒット
1番センター
一球目 シュート ストライクだったが変化もキレも少ない
二球目 カーブ ワンバウンド ボール
三球目 スライニャー すっぽぬけ ボール
四球目 ストレート またすっぽぬけ ボール
五球目 フォーク 指が引っ掛かったのか ツーバウンドしてボール
フォアボール
マウンドに駆け寄る理樹 怯える鈴 理樹の手が上がる ビクッとする鈴 理樹の手は鈴の頬に当てられた
理樹「ごめんね…あんなことして…」
鈴「ぇ…」
理樹「大丈夫だよ。僕が守るから。それと、この試合頑張ったら―」
鈴の耳元で
理樹「今夜いっぱい愛してあげるよ」
可愛がるのでもない 苛めるのでもない 愛してあげる
鈴「…ほんとう?」
理樹「うん。鈴…愛してるよ」
見つめ合う二人
回りはいちゃつくな 早くしろ などと騒いでいるがそんな小さな事、愛の前では無に等しい 名残惜しそうに別れる二人 二人の背中はとても頼もしかった
2番セカンド
一球目 ストレート ゴッ! 凄まじい勢いのストレートに気圧される2番
二球目 ストレート バントも当たらない
三球目 ストレート スリーバントを試みるも、掠りもしなかった
空振り三振
3番ショート
一球目 ストレート インハイのボールにびびる3番
二球目 ストレート 相手は動けない
三球目 スライニャー 変化に追い付かず空振り
空振り三振
4番サード
一球目 ストレート 4番が空振った
二球目 ふわっ 若干虚をつかれたが、合わせてくる
直前でカーブ方向に スイッ と揺れた ニャックルだ どこに行くか解らないからニャックルはあまり使えない でもストライクがとれた

理樹と鈴の目が合う 頷く二人
三球目 ゴッ! 地を這うような鋭いボール 低めギリギリ 4番が動く ボールが浮き上がる ライジングニャットボール バットの軌道を修正する しかし更にボールは浮き上がる
ずばあん!! ボールはミットに収まった
空振り三振
真・ライジングニャットボール
ライジングニャットボールの更に上を行くボール 練習でも殆ど成功したことはない
しかし決まった この大事な場面で
愛は何よりも強い
チェンジ

5回裏 (最終回)
1番レフト来ヶ谷
一球目 シュート 見送る ボール
二球目 低めにシュート 今度は決まる ストライク
三球目 高めにまたシュート しかし見送る ストライク
四球目 スライダー 全く動かずストライク
見逃し三振
どうしたの? いや、可愛い娘が居なかったのでやる気が出なかった あくまでも来ヶ谷さんだった
2番ショート宮沢
頑張れ〜 そういやあいつノーヒットだぞ …あ
しかしそんな不安を一蹴する謙吾
一球目 スライダーを叩きつける
センター前ヒット
3番センター恭介
あ、恭介もだった (21)コンの上にノーヒットか 駄目だなあいt…
コン!突然バントをする恭介 慌ててピッチャーが処理する
投犠打 2対2 ワンアウト2塁
頑張れよ 理樹の肩を軽く叩いてベンチに戻る恭介
理樹は鈴を見る 目が合う 理樹は覚悟を決めていた
4番キャッチャー直枝
一球目 カーブ ストライク 違う
二球目 スライダー ストライク これも違う
三球目 カーブ 低めに外れる 違う
四球目 まっすぐ 来た!! 手前でボールが 浮き上がる カキィン!! ボールを叩きつける 二遊間を 抜ける
センター前ヒット
歓声に答える理樹
相手のまっすぐは鈴のライジングニャットボールに似て、ボールが浮き上がるようなものだった これで全ての辻褄があう
ツーアウト満塁


まぁ、真人が空振り三振するんだけどね♪
「「「「「「「「「おいっ!」」」」」」」」」


[No.592] 2009/12/25(Fri) 11:37:15
色彩 (No.589への返信 / 1階層) - 秘密 14400 byte

 下校時間も過ぎて日も落ちようとしている頃、私が準備室から出てくると一人の女生徒が居残っていた。
「下校時間はとっくに過ぎてるんだがな」
「あっ、センセー」
「早く片付けてくれないと、私も困るんだが」
「ゴメンゴメン。わかってますって」
 そう言うと彼女は絵筆を置いて片付けを始める。彼女が洗浄用の油で絵筆を洗っている様子をぼんやりと眺めながら、職員室には部活を終えた同僚が集まっているんだろうなと考えた。うじゃうじゃと同僚が蠢いている様を想像して職員室に戻る気力が失せた。しかし、一旦戻ってあちらで仕事してる振りをしないといけない。全く面倒なことだ。
「夜道は危ないから先生が送ってあげよう、と言いたいのは山々なのだが、そんなことをしたら私がPTAに訴えられてクビになってしまう。というわけで、いつまでも先生のために残っていても駄目だぞ」
「? どうして?」
 女生徒が首を傾げる。
「ああ、淫行罪とかいうものがあってだな……」
「あははっ。いつもそんなこと言ってるけど、先生そんなことしないでしょ」
 彼女が横目で私を見て、微笑んだ。私が持っていないような純真な笑顔。見ているこちらの胸がちくりと痛む。
「まあな」
「それより、私が遅くまで居た方がいいんじゃないかなぁと思ってさ。先生、職員室キライでしょ?」
 私は何も言わず、口角を持ち上げた。彼女は本気で自分が居た方がいいと思っているのだろう。それでも、彼女が遅くまで居ると立場上まずいのだがな。しかし、そんな彼女の短慮さが微笑ましく思えてしまう。
「職員室に居るときの先生は、いつもだるそうにして仕事出来なさそうな雰囲気出してるけどさ、こっちに居るときは仕事速いんだもん」
 それはそうだ。下手にあちらでてきぱき仕事していたら、同僚から要らない仕事を押し付けられるのが関の山。だったら美術以外は何も出来ない教師と思われていたほうが都合がいい。
「良く見てるじゃないか。ひょっとして、私のことが好きなのか?」
「……冗談」
 片付けも粗方終えてしまった彼女が、白衣を脱ぎながら意地悪げな表情を浮かべる。ブレザー姿の彼女を眺める。小柄で一見大人しそうな彼女。見た目の雰囲気としては美魚君が一番近いだろうか。とはいっても、比較的近いというだけで美魚君とは異なるタイプの女の子。
「てゆうかさ、何で先生は教師やってんの? そんなタイプには全然見えないんだけど。まあ、教えるのは確かに凄く上手なんだけどさ。数学教師より数学教えるの上手な美術教師って何なの」
「まあ、生徒一人に付きっきりで教えるくらいなら私にだって出来るさ。ただ、クラスの生徒全員に教えたりとかそういったことならやはり本職の数学教師の方が上手だよ」
「じゃあ、これは?」
 彼女は鞄から何やら紙切れを取り出すと、私に渡した。
 それは数年前の新聞年鑑のコピー。とある国際ビエンナーレの受賞者が記載されていた。そこには「来ヶ谷唯湖」の文字。
「良く、見つけたな。あれはいい小遣い稼ぎになったぞ」
 彼女はキャンバスが掛かったままのイーゼルを部屋の隅に置きながら話を続けた。
「他にも調べてみたんだけどさ。先生、他のコンペでも受賞したりして結構有名みたいじゃない。何で――」
「何で画家としてやっていかないのか、か。ファインアートで食っていけるのなんてほんの一握りしかいないし、収入も安定しないからな。まあ、デザイン系なら収入も安定するのかも知れないが、生憎そっちの素養はまったく無い上に興味も無い」
 私はそう言いながら眉根を寄せる。有名になったところで何の意味も無い。
「だから、美術教師なんてやってるんだね」
「楽そうだったからな。まあ、実際はそんなに楽じゃなかったがね。……さて、片付けももう終わっただろう。私の話なんてどうでもいいから、早く帰るといい」
 彼女が道具箱をロッカーに仕舞ったことを確認して、私は話を終わらせようとする。
「嫌」
 しかし彼女が意地悪そうな笑みを浮かべてそれを拒絶した。折角可愛らしい顔をしてるのに。先生ちょっとイラッとしてきたよ。
「先生の絵、見せてよ。あるんでしょ、ここに」
「君はなかなかに聡明だな。だが断る。面倒だ」
 彼女の口角はますます上がって口が裂けんばかりになる。しかし、それでもなお、彼女の持つ、地味ながらも可憐な魅力は衰えることはなかった。
「見せないともっと面倒なことになるよ。早く職員室戻らないとまずいんじゃない? あと、本当にPTAに訴えられることになるかもしれないよ?」
 本当に聡明だな。全部計算尽くというわけか。全く嫌な子供だ。
 でも私も当時、教師からはこんな風に見られていたのだろう。いや、もっと酷いか。普通に授業サボったりしていたからな。
 仕方ない。安売りはしたくないのだが、美大を目指す可愛い後輩のためと思って我慢するか。
「付いて来るといい」
 私は準備室の扉を開けると彼女を促した。
 部屋には作業用の長机とデスク、そしてソファがひとつ。デスクには職員室から持ち出した作業をやるためのノートPCが置いてある。他は石膏像や卒業生が残していった作品で埋め尽くされた棚で占領されていた。
 私はソファの奥に画面を背にしてにして立てかけておいた巨大なキャンバスを手に取る。大きさは大体畳み一枚分、M120号と呼ばれるサイズだ。
 足の爪先を使って器用にキャンバスを反転させる。油絵独特の匂いが鼻腔をくすぐった。
「うわぁ……」
 彼女が感嘆の声を上げた。
 キャンバスに描かれていたのは、不気味なくらいに青くて高くて深い空。画面の下半分を覆いつくす業火。そして業火に照らされて、逆光になった少年の姿。
「凄ぉい。これ何のコンペに出したやつ?」
「これは何処にも出さないよ。そもそも失敗作だ」
「そうかな? 私には十分成功してるように見えるんだけど。まあ、先生的には駄目なだけか」
 他の人たちと同じような事を口走る彼女。お世辞でなく、本当に褒めていることは分かる。だけど止めて欲しい。これは褒められるための絵ではないし、褒められるような絵でもない。
「ねえ、先生。この中央の男の子? って誰がモチーフなの?」
「純粋な創作だよ」
 私は吐き捨てる。
「へぇ、その割にはすっごい量書いてるよね? コレ、もしかして先生の理想の男性像? あはは。先生って実はショタコン?」
 気が付くと、彼女は作業机に置いてあったクロッキー帳をぺらぺらとめくっていた。この小娘。美魚君に似てるとと思ったが、前言撤回。全然似てない。むしろこのウザさは葉留佳君だ。
「昔、私が高校生だったとき同じクラスだった子だよ」
 私は隠すのも面倒になり、正直に言った。
「へえ。もしかして昔付き合ってた彼氏?」
 彼女は笑いながら茶化してくる。
「そんなんじゃないさ。ただ、仲が良かっただけさ」
「そんだけで、こんなに一杯描くわけないじゃない。もしかして最後まで告白できなかった初恋の相手とか? うわぁ、すっごい意外。先生って純情乙女ちっくなんだね」
 以前の私なら、これだけで顔を赤くしてしまったのだろうが、今そんな反応したら気持ち悪いだけだ。それよりもこの娘、言うに事欠いて「純情乙女ちっく」って何だ。ボキャブラリーとセンスが昭和入ってるぞ。
「先生、顔赤いよ?」
 とっさに自分の顔に手を当てる。
「というのは嘘」
 やってくれる、この小娘。二十代半ばの女子(女子で悪いか!)にカマをかけるとは。葉留佳君よりも上手だな。
「先生って意外と可愛いよね。皆知らないだろうケドさ」
「もういいから帰れ……」
 私は額に手をやって、残った方の手で彼女を追い払った。昔からこういうタイプの人間には弱いのだ。
「さっきの答え、聞いてないよ」
 見ると彼女は私の顔を真顔で、真っ直ぐに見据えていた。透き通るような瞳に強い意志を秘めて。油断すると吸い込まれそうになってしまう。
 真っ直ぐに見つめあう。彼女のその瞳に飲み込まれないように、私も目に力を入れる。
 どれくらい睨めっこが続いたのだろうか。私は正攻法でいくことに飽きてきた。もう、時間もないし、さっさとお開きにしてしまおう。
 私は彼女から視線を逸らすと、窓際に歩み寄り、遮光性のカーテンを閉める。その隙間から暗くなった外と街灯の光を眺める。そして、ぽつりぽつりと誰にともなく呟いた。
「最後まで告白できなかった、は正解だな。……告白できないまま居なくなってしまった。もう、何処にも、居ないんだ」
 彼女が息を飲むのが聞こえた。
 私は振り返って彼女に向き直る。彼女は明らかに狼狽していた。唇が細かく震えている。まさかこんな展開になるとは思って居なかったのだろう。
「ごめん……」
「気にするな。さて、そろそろ出よう。玄関までなら送るよ」
「……ゴメン」
 準備室と美術室の鍵を閉めて、電気の付いた廊下を二人で歩く。彼女は先刻から俯いて黙ったまま、私から付かず離れずの距離を保って歩いていた。
 下駄箱まで着くと、彼女はいそいそと上履きと靴を履き替えた。
「それじゃ、先生。さようなら」
 彼女はぼそっと私に挨拶すると、私に背を向ける。
 離れて行く彼女に、私は大きな声を掛けた。
「ああ、そうそう。さっきの話だがな」
 彼女が振り返る。怯えたような瞳をして。
「すまん。ありゃ嘘だ」
 見る見るうちに彼女の耳から顔から真っ赤に染まる。般若も驚き、凄まじい形相だ。
 次の瞬間、彼女の鞄が目の前に現れた。
 私はそれをぎりぎりのタイミングで受け止めることに成功した。
「これは無いだろ」
「それはこっちの台詞だ! この馬鹿教師!」
「はっはっはっ」
 鞄を投げ返す。
 肩を怒らせて校舎から出て行く彼女の背中が、小さくなって見えなくなる。私はその様子を、じっと眺め続けていた。


「あ、お疲れ様です」
 私は帰り支度をする学年主任に挨拶をする。
「ああ、お先に。ところで来ヶ谷先生。あなたいつも一番最後、それもかなり遅くの時間に帰られてますよね。そんな時間までやる仕事が、あなたにあるんですか?」
 言い方は優しげだが、相変わらず嫌味な奴。私は用意しておいた笑顔を貼り付けて、差しさわりの無い答えをする。
「ええ、今年も美大を受けたいという子がいるものですから。そのために色々とカリキュラムを考えたりしてるんですよ」
「教育熱心なのもいいんですが、ここは進学校ですよ。あまり出しゃばられても困る」
「まあ、本当に美大に行くかはその子達が決めることです。私が勧めたり、強制したりはしてませんよ。それに、美大に行きたいというのであれば、藝大や有名私立に行けるレベルに育てますよ。そういう意味でも、ここが進学校と言えるのではないのでしょうか?」
「……まあ、勝手にしてください。くれぐれも遅くならないように」
 捨て台詞を吐くと、学年主任は職員室を出る。
 さて、やっと誰も居なくなったか。
 私は職員室の戸締りをすると電気を消し、美術室へと向かった。


 ひっそりとした校舎。この部屋以外は非常灯の明かりしか灯っていない。
 私はソファに座って、並べられた三枚の連作を眺めた。
 一枚目は風景画。その景色は雪景ではないにもかかわらず、白で覆われていていた。青かったはずの空も、生い茂る緑も、地面の土色も、すべてが白で隠されて、白の絵の具層からうっすらと元の色を確認することしか出来ない。建物のマチエールは一見頑丈な感覚を与えるが、同時に触るとボロボロに崩れていく印象を見た者に与える。それは儚くて美しくて、残酷な。
 二枚目は転じて抽象画。一面様々な黒で埋め尽くされていて、中央には仄明るいオレンジとも赤とも付かない穴が開いている。一面の黒をよく見ると、それは全て花。菊やカーネーション、竜胆など色とりどりの花々が真っ黒く染められて、はなむけの為に敷き詰められていた。そして中央の穴。見つめれば見つめるほど、その奥が蠢いて見える。見る者をその色彩で惹きつけ、やって来た者を飲み込み、噛み砕く。そんな不気味で不思議な穴。
 そして、三枚目。これはまだ未完成のものだ。ペインティングナイフで大雑把に塗り分けられただけの下絵。構図は先程あの子に見せた絵と同じもの。それは燃え盛る炎を背にした理樹君の姿だ。
 ――あの日の光景は今でも目に焼きついて離れない。理樹君に背負われて、バスから離れた場所に寝かされたとき、私は少しの間意識を取り戻していた。あの時見た理樹君の姿に、私の心は、完全に支配された。
 確かに、私は理樹君のことが好きだった。しかし、あの時感じた感情はそんなものではなかった。今思い出すだけでも、その想いに胸の中が満たされ、背筋が凍り、涙が溢れる。
「もう何処にも居ない、か」
 それは半分本当で、半分嘘。
 理樹君と最後に会ったのはいつだったか。確か大学時代に皆で集まったときだろうか。鈴君と同棲してるとか、そんな話を聞いた気がする。
「あたしと理樹は付き合うことにした」
 高校時代の鈴君の言葉。仲良く手を繋いでいる二人の姿。
 それらは皆の心を大なり小なり動かした。私も彼女達と同様に心を乱されたのだが、きっとそれは彼女達とは異なるものなのだろう。
 それは波が引くように、全部流されて、かさかさに乾いてしまった。
 その日から私は、ごく自然に、理樹君を見ることを止めてしまった。
 私は煙草を咥え、マッチで火をつける。紫煙が準備室に立ち上る。
 あの時の理樹君は、あの瞬間だからこそ存在できたのだ。それは花火のように一瞬輝いては消えていく、そんな儚い美しさ。
 私は花火の美しさを油絵の具の中に閉じ込めようとしている。何て愚かなことなのだろう。それは一瞬で消えるから、儚いからこそ美しい。そんなことは分かっているはずなのに。
 それでも、私はあの一瞬を切り取りたかった。そうすることができれば、きっと私はそれを掴むことが出来る。その確信が私にはあったのだ。
「さてと」
 私は煙草を灰皿に押し付けると、ソファから起き上がる。
 書きかけの絵をイーゼルに掛ける。作業机に乱雑に並べられた、色とりどりの絵の具を眺める。
 絵の具をチューブからパレットに出し、ペインティングナイフで混ぜ合わせる。色相、彩度、明度、それに透明度。そういった要素が交じり合い、新たな色が生まれる。それに溶き油を加えて柔らかさを調節し、下地の上に重ねていく。
 それは石を積み上げて、ひとつの城を建てる行為に似ていた。下の石が土台となって上の石を支え、ひとつの構造物が生まれていく。
 しかし私には、それが賽の河原積みにしか見えなかった。
 石の積み方は既に体が覚えていた。この肌の色の下地はこの色。この炎の色の出し方はコレとコレとコレ。幾多の失敗作での経験と膨大な量の色見本から、実際に塗らずともそれがどんな絵になっていくのかが見えてくるようになった。
 だからこそ分かってしまう。その石の塔が崩れる瞬間が。初めは無限の可能性を秘めた真っ白いキャンバスが、色を重ねるたびにその可能性を失っていき、やがては何処にも行き場の無い袋小路に追い詰められていく姿が。
 私はそこから慌てて実際に色を重ねていく。少しでも袋小路から逃れるように、あのとき見た美しいものに近づけるように、足掻きながら。
 だけど結局そこに戻ってしまう。キャンバスの布目が失われ、マチエールが邪魔をして、これ以上色を重ねられなくなってしまう。
 いつしか私は、絵の具を出すのが怖くなってしまった。
 気が付くと、四本目の煙草を咥えていた。慌てて煙草を箱に戻す。
 何度、この絵を諦められたら楽になれると思ったことだろう。この絵を描かなければ、私は平凡な美術教師として一生を安穏に過ごすことができるのだろう。そんな日々を夢見たこともあった。
 でも、私の中の何かが、私にそれを許さない。この苦しみから逃れることを許さない。
 私はいくつかの色を選び、乱暴にペーパーパレットに絵の具を出すと、ペインティングナイフで混ぜ始める。
 そう、私に退路は最早無い。前に進むしかないのだ。たとえそれがどんな獣道であろうと。道すら無かろうと。
 だが、私が手を伸ばそうとすればするだけ、それは遠く遠く離れていく。永遠に続く鬼ごっこ。果たして私は、そこに到達することは出来ないのだろうか?
 そして、もしもこの絵が完成したとして、私がそこに辿り着いたとして、そこには何が在るのだろうか? 私は、ずっと盲目的にそれを追いかけすぎていた。いや、目を逸らし続けていたのかもしれない。
 辿り着けないこと。辿り着いた先のこと。私は、それら全てが怖かった。
 そのとき、デスクに置いてある携帯電話のディスプレイが光る。続いて振動音。
「はい。……何だ、葉留佳君か」
 あのときと変わらない旧友の声。その声は、私に差し出された救いの糸にさえ思えてしまう。
「ん、そうか。久しぶりだな、皆でなんて」
 皆の姿が目に浮かぶ。それはあのときの何も知らなかった無垢な頃の光景。目頭が熱くなるのを堪える。
「何日だ? 予定を確認する」
 私はわざとらしくクロッキー帳をめくる。
「すまない。その日は先約が入っていた」
 葉留佳君の残念そうな声が聞こえる。その意気消沈とした様子に、先程のあの子の姿が重なる。じくじくと、胸が痛みを訴える。
「うん。ちょっと外せない用事なんだ。皆にはすまないと伝えておいてくれ。また、メールするよ。じゃあ、おやすみ」
 葉留佳君が通話を切った。終話音が無機質に鳴り響く。
 私は、その冷たい音を聞きながら、真っ暗な夜空を窓から眺めた。
 月は無い。在るのはただ、星々のまたたく幽かな光。
 それに手を伸ばす。届かない。


[No.591] 2009/12/25(Fri) 01:17:43
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