[ リストに戻る ]
No.614に関するツリー

   第48回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2010/01/08(Fri) 00:04:52 [No.614]
りとばす日記 vol.131 - ひみつ@13242 byte 大遅刻 - 2010/01/09(Sat) 21:31:05 [No.625]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2010/01/09(Sat) 00:36:13 [No.624]
百合色恋模様 - ひみつ@8847 byte - 2010/01/09(Sat) 00:07:41 [No.623]
ヘリアンフォラ - 秘密花子 12729 byte - 2010/01/08(Fri) 23:59:30 [No.622]
孔明の罠 - ひめつ@2667byte - 2010/01/08(Fri) 23:45:39 [No.621]
ああ、そういえば - 秘密@3883byte - 2010/01/08(Fri) 23:31:42 [No.620]
Re: 第48回リトバス草SS大会 - 秘密 5299byte - 2010/01/08(Fri) 21:38:18 [No.619]
降下螺旋 - 秘密@6683 byte - 2010/01/08(Fri) 20:44:55 [No.618]
ワルプルギスの夜 - 秘匿@10734 byte - 2010/01/08(Fri) 02:07:17 [No.617]
初日の出に誓う - ひみつ@5357 byte - 2010/01/08(Fri) 00:21:45 [No.616]



並べ替え: [ ツリー順に表示 | 投稿順に表示 ]
第48回リトバス草SS大会 (親記事) - 大谷(主催代理)

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「謀」です。

 締め切りは1月8日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は1月9日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.614] 2010/01/08(Fri) 00:04:52
初日の出に誓う (No.614への返信 / 1階層) - ひみつ@5357 byte



 おはよう、恭介。あ、それと、明けましておめでとう。
 っていうか、結局昨日の夜はみんなこたつで寝ちゃったんだね……。

 外もまだ暗いし、寒いね……。さすが元旦だ。あはは、恭介、すごい重ね着だ。

 あれ? 真人や謙吾は?

 ……。

 ……もう行っちゃったの?

 ……。

 席をとりに? 別にそこまでしなくても混んだりする様なところでもないと思うんだけど……。

 ……。

 鈴、ちゃんと寝てるね。

 あはは。そうだね、鈴を起こさないようにしないとね。

 ……。

 あ、でも、鈴をどうやって運ぶの? 恭介がおんぶしてくの?

 ……。

 えぇーっ? 一番肝心なところじゃない……。どうして考えてないのさ……。

 困ったな、あんまり時間もないのに。

 ……。

 えぇーっ。そんなこと……。

 ……。

 ……もう、相変わらず、無茶ばっかり言うなぁ、恭介は。











     初日の出に誓う











 夜の学校、やっぱり慣れないなぁ。

 ……。

 恭介は、平気そうだよね。

 ……。

 ううん、まだ平気。鈴、全然重くないんだもん。
 けど、起きちゃったりしないかな?

 ……。

 そうだね、起きちゃったら驚かす意味ないもんね。
 けどさ、鈴を驚かすとか、そういうの関係なしにね、こういうことできるのも、僕は悪くないなぁって思ってるんだよ。

 ねぇ、恭介。

 ……。

 鈴、どんな顔してる? 寒そうにしてない? 鈴の寝顔、よく見えないんだ。

 ……。

 そっか、よかった。

 ……。

 ねぇ、恭介。

 ……。

 覚えてるかな。昔はさ、こういうとき、いつも恭介が鈴をおんぶしてたよね。

 ……。

 恭介が覚えてなくても、僕は覚えてるよ。
 だって、鈴のこと、すごく羨ましかったから。
 僕にも、恭介みたいなお兄さんがいたらなって思ってたから。

 ……。

 けどね、今はもうそんなこと思わないよ。

 だって……。

 ――。

 あ、鈴? あーやっぱり起きちゃったか。やっぱりおんぶじゃ無理があったね。

 ――。

 うわ、暴れないで、鈴、危ないよっ。

 ――。

 わかった、今下ろすから。

 ……はい。

 ――。

 えっとね、恭介が言いだしてね。鈴を驚かしてあげようって。目が覚めたら、そこは初日の出の瞬間っていう。

 どう? ちょっとドラマチックでしょ?

 ――。

 うわ、せっかく恭介が考えたのに……。

 ――。

 あはは。そうだね、こんな寒さじゃ起きちゃうよね。

 でも、せっかくだから行こうよ、鈴、ね?

 うん、僕も一緒。だから行こう、鈴。

 ――。

 よかった、それじゃ、もうあと少しで学校だから。一緒に歩こう。



 ………………

 …………

 ……



 ほら、鈴、屋上だよ。

 真人っ、謙吾っ。

 ……。

 うん、鈴、途中で起きちゃったんだ。

 ……。

 え? 空?

 ……。

 ほんとだ、空が白み始めてる。もうすぐだね。

 ……。

 雲? うーん、確かにちょっと邪魔かもしれないけど、けどほら、雲があったほうが綺麗だよっ。

 ほら、鈴、もうすぐ日が昇るよ。空、すごく綺麗になってきた。

 ――。

 うん、綺麗だよねぇ。

 ――。

 うん、すごく寒い。じゃあ、手をつなごう。

 ――。

 うん、鈴の手もあったかい。

 ――!

 うん、雲、綺麗だね。

 茜色。

 あの雲の向こうに、太陽があるんだね。

 ほら、初日の出。

 光が伸びてきた。

 うわぁ、すごく綺麗。

 ――!

 うん、すごいね。

 恭介、デジカメ持ってるでしょ?

 みんなで撮ろうよ。ほら、真人も謙吾も。
 あ、でも、誰がシャッターを押そう?

 ……。

 そっか、さすが恭介だ。

 ほら、みんな集まって。みんな固まらないと入らないよっ。鈴もほら。

 いいよ、恭介。

 せーのっ。

 ……。

 どう、恭介? みんなちゃんと写ってる?

 うわぁ、撮れてるね。

 じゃあ鈴、最後に初日の出にお参りしよう。一年のお願いごと。

 ね?

 ――。

 ほら、手を合わせて。



 …………。



 ねぇ、恭介、恭介は何をお願いしたの?

 ……。

 あれ? 恭介?

 ……。

 真人? 謙吾?

 ちょっと、恭介、今度は僕を驚かすの?

 鈴、みんなが、みんながいないよ。

 ――。

 ねぇ、恭介。

 恭介ってばっ。

 こんなの、僕は驚かないよっ。

 こんなことよりっ……、聞いてほしいことが……あるんだよっ。





 …………。





 あぁ……。

 そうか……そうだった。

 もう、みんなはいないんだったね。

 ――。

 鈴、おはよう。

 鈴、ごめんね。

 寒かったよね、不安にさせたよね。

 ――。

 夢をね、見てたんだよ。

 恭介がいた夢。真人も、謙吾もいた夢。

 うん、僕らのリトルバスターズで、そろった夢。

 鈴を驚かせようって。それで、みんなで初日の出を見て、それで願い事をしたんだよ。

 その願いごとをね、聞いてほしかったんだ、恭介に。

 これがね、僕の初夢。

 一年の最初に見た、僕の夢。

 ――。

 鈴、こっちにきて。

 手を握って。

 ……ほら、これで寒くない。

 僕も鈴も、これで寒くない。

 僕の願い事はね、ずっとこうして、鈴と一緒にいられますように。守っていけますように。恭介が安心してくれるようになれますように。そう、お願いをしたんだよ。

 ――。

 けどね、それは願いごとじゃなくて、恭介への誓いだったのかもしないんだ。

 僕が強くなって、それでずっと鈴を守っていこうって。

 そんな、子供みたいな誓い。

 ――。

 うん? どうしたの、鈴。

 ――。

 それは……小毬さんの願い星?

 ――。

 ――。

 うん……そうだね……。

 鈴も、強くなるんだものね……。

 それが鈴の誓いなんだね。

 ――。

 うん、ずっと一緒。

 二人だけの、リトルバスターズになっちゃったけど、僕らがいる限り、終わらないから。

 ずっとずっと、続いていくから。

 だから、ずっと一緒。



 ………………。

 …………。

 ……。



 ねぇ、鈴。

 二人で初詣に行こうか。

 ――。

 だって、去年はずっと通院ばかりだったでしょ。

 二人で行こうよ。また、思い出を作っていこう。

 それで、僕はもう一度誓いを立てるから。

 今度は夢の中じゃなくて、この世界で。

 恭介のいない、僕と鈴しかいないこの世界で。

 行こう、鈴。

 さぁ、もう一度、手をつなごう。


 ――。

 ……ありがとう、鈴。







 おわり


[No.616] 2010/01/08(Fri) 00:21:45
ワルプルギスの夜 (No.614への返信 / 1階層) - 秘匿@10734 byte

「お姉ちゃん、早くこっち!」
 葉留佳さんの手が、佳奈多さんの手を力強く握りしめる。
 僕は会場を見渡す。辺りは真人たちがその強靭な肉体を余すことなく発揮した結果、テーブルや椅子は全て薙ぎ倒され、割れた食器が散乱し、既に廃墟といえるレベルにまで破壊され尽くしていた。その場にいた三枝の人たちが恐慌状態で我先に逃げ出そうとする、僕たちを押さえようと向かってくる。
 そんな中で、部屋の端にいた一人の少女が目に止まった。彼女は平然とした様子で僕の方に笑顔を向けると、右手をひらひらと振っていた――


 皆が寝静まって、虫の鳴き声も聞こえない。そんな夜更けに、僕は中庭で人を待っていた。
 しばらくすると、暗闇から音も無く人影が歩み寄ってきた。制服に身を包んだ女の子。ただし、その上から真っ白なパーカーを羽織り、フードですっぽり頭を覆っていたため、女の子の口元しか見えなかった。抜けるように白い肌に薄い唇。その唇の赤さが印象的だった。
「直枝理樹さん、ですね。申し訳ありません、こんな夜更けにお呼び立てして」
「いいよ。丁度寝付けなかったし」
「きちんと対面でお話しするのは、今日が初めてでしたね」
「ああ、そういえば、そうだね。電話では何度か話したことはあったけどね」
 女の子の唇が薄く笑う。
「それで、明日の準備に問題はありませんか?」
「うん。みんな喜んで参加してくれてるし、事前にやるべきことは終えているはずだよ」
「そうですか。こちらも貴方がたの当面のお金を、佳奈多さんのご両親にお渡ししております。その他私たちの準備も万端です」
「佳奈多さんはどうしてるの?」
「早めに床に就かれましたよ。直前までは私が、その後は私の家族が傍に付いております。二木家としては逃亡防止用の見張りという感覚なのでしょうが、彼らの発想が逆に生きましたね。彼女の体に指一本触れさせていないことを保障いたします」
 互いの近況を説明し終えると、二人のあいだに沈黙が訪れた。静かな月夜。時間が止まったような感覚に襲われる。
 その長い沈黙を破ったのは、フードをかぶった彼女だった。
「お互い、長い夜でしたね」
 僕は彼女の言葉を噛み締めるように頭の中で繰り返した。
「そうだね。でも、その長さは人によって違うよ。僕たちにとってはせいぜい数ヶ月のことでしかない。でも佳奈多さんや葉留佳さんにとっては、これまで一度も朝を迎えたことが無いんだよ。生まれてから今までの間、ずっと夜のままだったんだ」
「……そうですね。失言でした」
 彼女は静かに頭を垂れる。僕はここでずっと気になっていたことを訊いてみた。
「それにしても、どうして君たちは、僕たちのやろうとしていることをここまで手助けしてくれるんだい?」
 僕のその言葉に驚いたのか、彼女はしばらく口をあけたまま呆然としていた。その後、キリキリと彼女の口角が吊り上る。三日月のようになった赤い唇は、僕の心にどこか不吉なものを感じさせた。しばらく含み笑いをすると、彼女が口を開く。
「直枝さん。それは誤解です」
「どういうこと?」
「本当は逆です。こちらとしては、貴方がたは私たちの手助けをするという役割なんですよ」
「君たちの?」
「ええ、私たちが二木家や三枝本家から当主の座を奪い取る筋書きの、です」


 彼女は語り続けた。
「直枝さんもご存知でしょうが、当時莫大な権力を持っていた三枝一族は、戦後急速に衰えていきました。その中で、彼らはどのように一族を復興すべきかを考えた。そうしてできあがったのが、あの山の上の祠です。ですが、三枝一族は一枚岩ではなかった。家柄や血といった前時代的な発想と、自らを縛る貴族意識を捨て、積極的に事業を展開してきた勢力があった。それが現在の私たちです」
 彼女は後ろを向くと、腕を後ろに組んで歩き出す。
「私たちは高度経済成長を背景に、着実に事業を成功させていきました。しかし、私たちがいくらお金を集めても、所詮は傍流の家系。三枝本家や二木家といった連中からは卑しい家系と罵られ、末席に据えられ、あまつさえ私たちから資金を吸い上げるような真似までされてきました。そんな中で、三枝本家や二木家の専横な振る舞いに苦しめられてきた家同士が互いに協力し、彼らから当主の座を奪おうと機会を窺っていたのです。そういう意味では、私たちにとっての夜は佳奈多さんたちよりも長い、ということになりますね」
「そう、か。失言だったのは僕の方だったわけだね。ごめん」
 僕の言葉に戸惑ったのか、彼女は振り向くと慌てて言葉を返す。
「ああ、すみません。そういうつもりでは無かったんです。佳奈多さんたちの境遇については分かっているつもりですし、それについて、これまで私たちは看過せざるを得ませんでしたから。一番の被害者が誰かはわかっているつもりです」
 しばらくの間、二人の間に気まずい沈黙が流れた。
「――話が横道にそれました。貴方がたの計画が、私たちの筋書きとどう関係があるのか、ということですよね」
 私の知っている範囲で、という前置きをした後、彼女は再び話し始める。
「没落してしまった三枝本家に代わって、二木家が一族を取りまとめるようになったのには理由があります。それは、二木家が三枝本家直系であり、かつ資金力が最もあったからです。その源泉が彼らの経営している、とある中堅企業。彼らは正当な役員報酬だけではなく、会社の利益の大半を私的に流用することによってその資金力を得ていたのです」
 その証拠、ご覧になりますか? と彼女は言うが、僕は丁重に断った。見てはいけない、本能的にそう感じた。
「私たちはこれをネタに株主代表訴訟を起こし、二木家の排除、及び個人資産の差し押さえを行います。ただ、この訴訟を有利に進めるためには、彼らの意識を別の場所に集中させるための囮が必要だった。そこで現れるのが貴方がたというわけです」
「僕たちが親戚一同の前で佳奈多さんを奪い取ったら、彼らの体面は丸潰れ。だから、僕らを追いかけざるを得ないというわけだね」
「その通りです。とはいえ、それだけでは貴方がたのリスクが大きすぎる。ですので、間髪入れずに、佳奈多さんの両親が親権の復帰を求める訴訟を起こします。これで、彼らは無闇に貴方がたを追いかけることも出来なくなる」
 僕は目眩を覚え、そばにあった電燈の柱にもたれかかった。彼女の口から出る言葉全てが、僕の生きている世界とは全く異なるものであり、そして何よりも彼女たちの棲む、生き馬の目を抜く世界が堪らなく恐ろしく感じられた。
 僕たちはどんな恐ろしいことに関わっていくのだろう。そんな不安感で潰れそうになる。しかし、もう彼女たちと関わる以外に道は無い。僕は深呼吸をして自身を落ち着かせようとした。
 ふとその時、僕は一つの疑問にぶつかった。
「あのさ、それって僕たちが何もしなくても君たちの筋書きには何も影響しないんじゃないかな?」
 僕の疑問を耳にすると、彼女は口元を綻ばせた。
「ご明察です。この話はあくまで、あればより良い程度の扱い。無くても私たちに問題はありませんでした。……ただしその場合、佳奈多さんを救い出すことはできません。というより、本来救い出すつもりがありませんでした」
 と、彼女は一度区切って僕の方に向き直る。僕の反応を待っているのだろう。僕が無言で頷くと彼女は先を続けた。
「私たちにとって、佳奈多さんや葉留佳さんがどうなろうと知ったことではありませんから。そもそも彼女たちは三枝本家の人間であり、私たちにとっては敵対すべき立場の人間です。それに佳奈多さんには一度、仕掛けるチャンスを潰されていますしね」
 彼女から意外な言葉が出てきた。佳奈多さんがそんな大人たちのいざこざに直接関係するとは、ましてや三枝家や二木家の得になることを彼女がするなんて到底思えない。
「どういうことなの?」
「一度、佳奈多さんが親戚たちを説き伏せていたことがあったんです。今の三枝のやり方を変えていこうとかなんとか言ってね。私たちはもちろんそんな呼びかけを無視しましたが、一部の連中がそれに応じてしまいまして。その結果、佳奈多さん自身の状況を一層悪くされただけではなく、私たちの動きが察知されないよう計画を一度頓挫する羽目になりました。本当に、余計なことをしてくれました。ですから、私たちの中では今でも佳奈多さんは疫病神扱いです」
 彼女は人を莫迦にしたように鼻で笑う。
「――ということです。貴方がたは佳奈多さんを救いたい。そして私たちは勝率を上げたい。双方の利害関係が一致しただけの話です。ご納得いただけましたか?」
 僕は彼女の発言に恐怖感を抱きつつも、ずっと違和感を感じていた。それはきっと、これなのだろう。
「うん。君たちが佳奈多さんをどう思っているのかは分かったよ。でも『君』はどう思っているんだい?」
 彼女はいやらしい笑い顔を止め真顔に戻ると、低い低い、ぞっとするような声でこう訊き返した。
「何が言いたいんです?」
「葉留佳さんから聞いたよ。僕たちの計画を聞いてから、君は親戚たちを説得して回ってたらしいじゃないか。土下座までして。どうしてそこまで僕たちに、いや、佳奈多さんに肩入れするんだい?」
 彼女が押し黙る。


 ――全ては葉留佳さんから始まった。僕達だけで佳奈多さんを二木家から取り返そう、はじめはそう思っていた。けれど、計画を考えていくうちに限界に行き詰ってしまったのだ。お金や大人たちの人間関係。それについては、恭介や来ヶ谷さんでさえどうしようもなかった。どこかで大人の協力が必要。そう行き当たったところで葉留佳さんが彼女を紹介してくれたのだった。
 なぜ彼女を?彼女は二人の監視役、完全に二木家側の人間だ。それを葉留佳さんに尋ねたとき、彼女はケロリとした表情で答えてくれた。
「あの子は本当は、二木家側の人間じゃないと思うよ。だって、あの子はずっと佳奈多の味方だったもん。佳奈多のことばかり心配してた。さすがに一年間も同じ部屋で住んでたら、それくらいわかるよ。……まあ、私の味方では無いんだケドね」
 そう言った後に葉留佳さんが見せた、寂しそうな表情が印象的だった――


 彼女から話し始めるまで、僕は何も言うつもりは無い。こうしていると、深夜の静けさが僕の体の奥にまで染み入って、聴覚が失われたようにさえ感じる。
 長い長い時間を置いて、いやもう時間の感覚も麻痺していたところだったので、本当はそんなに経っていないのかもしれない。彼女は観念したように話し始めた。
「貴方が何を期待しているのか知りませんが――」
 そう言うと彼女は、自分の顔を覆い隠していたフードを両手で掴んだ。
「私も大嫌いですよ。佳奈多さんのこと」
 フードを外すと、彼女の素顔が露わになる。


 佳奈多さんや葉留佳さんと同じ色の髪を、肩の高さで左右二つに纏めていた。目鼻立ちは整っているものの、佳奈多さんたちのような華やかさは無い。野暮ったい眼鏡をかけている彼女から酷く地味な印象を受ける。この少女が先程までの話をしているのが信じられないくらいだ。
 だが、眼鏡の奥の瞳に猛禽類独特の爛々とした輝きと、爬虫類のような無感情さを感じた。佳奈多さんの場合、その言動からキツイ印象を受けたのだが、目の前の彼女の場合は、キツイというのとは違う何か不気味な印象を抱かせる。
「何というか、あの人要領悪くって全部自分で抱え込んでいるじゃないですか。ああいうの、見ていて不快でしたね。それに甘ちゃんだし」
 彼女は吐き捨てるように言い放つ。
「甘ちゃん? 佳奈多さんが?」
「ええ。気付きませんでした? 佳奈多さんがずっと自分を助けてくれる人を求めてたのを」
 確かに言われてみれば、そんな節があるのかもしれない。だからこそ僕は、いや僕たちは彼女を助けたいと思ったのかもしれない。
「普通は誰も助けてくれなどしませんよ。良かったですね、貴方みたいな奇特な方がいて」
「それは君もじゃないかな?」
 彼女は鼻で笑うと、馬鹿にしたような目で僕を見た。
「まぁ、佳奈多さんのような甘ちゃんには、貴方のような方がお似合いですよ。せいぜいあの方を甘いままでいられるよう、守ってあげてくださいな」
 彼女は後ろを向くと、そのまま歩きだしその場を後にしようとした。
 しかし、数歩歩いたところで彼女は立ち止る。そして、首だけを僕の方へ向けると流し目で僕を見据えた。
「ひとつ、言い忘れていました。老婆心ながら貴方に忠告です。誰かを守ろう助けようとするのなら、それなりの力が必要です。けれど、強くなっていく中で、貴方は大切なものを失ってしまうかもしれない。……そのことを忘れないようにしてください。それでは」
 もう直接会うことはないでしょう、と言い残すと彼女はもう僕の方へ振り返ることなく夜の闇に消えるように立ち去って行った。僕は彼女を呼び止めようとしたが声が出なかった。あの時、彼女の眼が悲しそうな光を帯びていたように思えた。
 僕は空を見上げる。雲もなく月も見えない夜。虫の声だけがうるさく聞こえる。夜明けにはまだ時間がある。
「明日、か」
 僕は空にそう呟いた。


[No.617] 2010/01/08(Fri) 02:07:17
降下螺旋 (No.614への返信 / 1階層) - 秘密@6683 byte

今朝からずっと降り続いていた雨が上がった。空を見るともう日は沈みかけていた。
今日はもう蝉のうざったい音を聞かなくて済むだろう。また、あの茹だるような暑さに悩まされることもない。
くそっ
普段なら夏らしいと肯定的にとらえるものに苛立ちや不快感を覚える。
「どうしたの謙吾?怖い顔して」
「けが、いたいのか?」
死の淵から救ってくれた理樹と鈴に心配される。理樹はともかく鈴にまで心配されるとは…。鈴もあの世界で成長したのか。それとも俺がよほど深刻な顔をしていたのか。
「いや、なんでもない」
「そう…ならいいけど」
「あんまシケた面してっと筋肉までシケちまうぞ」
「おまえはうるさい」
「おーい、置いてくぞ」
いつの間にか恭介は先に進んでいた。
「なに、心配はいらない。早く帰ろう。もうすぐ門限だ」
「うん」
今日で何度目になるか解らないが全員復帰パーティーの為の菓子をそれぞれ持ちながら寮への帰り道を急ぐ。草むらから夏の虫の音が聞こえる。少し耳障りだった。

仲間はいる。一人も欠けることなく。しかし俺にはたった一つ、大きな穴がポッカリと空いていた。あいつが―古式が居ない。

意識が戻った次の日からずっと古式を探していた。同じ病院にはおらず、理樹や鈴に聞いても何処の病院にいるのか全く解らなかった。復学したとも退学したとも聞いていない。完全にどこにいるのか解らない状態だった。
「なぁに、大丈夫だろう。そのうち元気に戻ってくるさ。気にするな」
まるで何かを知っているような、恭介のその明るい励ましの言葉にさえも怒りを覚える。
『人の気持ちも知らないで!』
思わず叫びそうになったが理性がそれを抑える。そんな自己中心的で愚かな事を言いそうになる自分に嫌悪感を抱く。
くそっ
苛立ちが、心荒ませ、それがまた嫌悪感を招く。
まるで底なし沼のような、心のデフレ・スパイラルとでもいうべきだろうか。

「遅いぞお前ら」
「うわっ、危なかったね」
結局門限ギリギリに寮に着いた。
「早く戻ろうぜ。風紀もうるせぇしな」
真人が寮へ入る。理樹と鈴も女子寮へ向かう。

ヒュッ

風を切る音
振り返る
林の奥に
誰かがいる
誰かと目があう

誰かが林の奥に消える
「どうした?謙吾」
「…いや…」

そんなはずはない―
しかし今のは―

見間違いだ―そんなはずはない!
もう遅い―時間などどうでもいい!

あいつはもう―それを確かめる!
ならば何故逃げる

動き出した足が止まる。
どうすれば―

「謙吾」
恭介が俺の肩を軽く叩く。
「そこがお前の悪いところだ。保守的になったり、躊躇ったり」
「…」
「剣道もそうだろう?思い切って仕掛けないと勝てやしないぜ」
「…しかし」
「降り下ろす 剣の下の 深見川 踏み込んでこそ 浮かぶ瀬もあり だ。ほら、もう迷うな。とっとと行け」
優しく背中を押される。
風を切る音に混じり虫の音が聞こえる。
何も感じない。

あいつが消えた方へ走る。
居た。林の中、俺を待っているかのように。
しかしあいつは走り出す。
「待て!待ってくれ!」
叫んでもあいつは巧く木々を避け林の奥へと走る。
地面の凹凸に足を取られそうになる。木の枝が顔を叩く。まるで俺を妨害するようにあるようだ。
林が開けた。目の前には弓道場。思い切って中に入る。
しかしどこを探してもいない。

弓を放つ場所で立ち尽くす。結局何にもならなかった。何も変えられる事が出来ず、自分の心の傷を深くしてしまっただけだった。
くそっ



ひゅ〜〜〜〜〜〜〜…

…ん?


パァーーン!!

「うお!?」

しゅーーー
ズババババババババババババ!!
「うおお!?」
なっ…、これは…

ぴゅーー ふしゅーーー ひゅー

ドドドドドドドドバチバチバチバチパパパパパパ!!

は、花火!?

ドンドンドン!バン!ブシャー!
何故こんな!?いや、それより花火近…

ドーンッ!パチパチパチパチパチパチッ!バババババババッ!

「ちょ…、まっ…」

ドンッシュババババブシャバチひゅ〜ドドッドッゴーン!!!!


特大の花火を最後に辺りは静けさを取り戻した。その静けさが耳に痛い。
弓道場には煙が充満し、花火独特の匂いが鼻を刺激する。
目の奥には色とりどりの花火の残像が残っている。

混乱した頭で考える。
…意味がわからん。何でこんな大量の花火が…。

「きゃっ!」
上から悲鳴がした。

「こ、古式!?」
古式が天井にぶら下がっていた。しかし―
「…あっ…!」
片手で天井から垂れ下がっているロープを掴んでいる。今にも落ちそうだ。
「古式っ!そのまま手を離せ!」
「し、しかし…」
「大丈夫だ!絶対に受け止める!」
不安に染まった顔
目が合い見つめ合う

ゆっくりと古式の顔が綻ぶ
片目を閉じる

手を離す

ガシッ
ドテッ

「いっ…」
「だっ、大丈夫ですか!?」
「あぁ、平気だ…」
「…すいません…」
古式は俺の腕の中で小さくなる。
「何故あんなところに居た?」
「…あの…棗先輩の指示で…」
「恭介の?」
「…はい…」
「…説明してくれ」
威圧するような言い方になってしまったか。古式はさらに小さくなる。
「あぁ、すまん…。話してくれ」
「…はい」
古式は話し始めた。

「事故の怪我で私は皆さんとは遠い所の病院へ搬送されたんです。しかも退院が遅れて…」
「それで?」
「はい…。一応完治はしたのですが、その…学校に行きづらくて…」
「…」
「そんなときに棗先輩が私の目の前に現れて『こっちに戻って来ないか?最高の形で』とおっしゃったんです」
「…最高の形…?」
「いえ…あの…事前に説明されたのは、『ロープにぶら下がって宮沢さんが真下に来たら飛び降りる。後は宮沢さんが何とかしてくれる』というものだったんです」
今初めて理樹の突っ込みの大変さが解った。訳解らん事ばかりで理樹はさぞ大変だろう。…古式がロープにぶら下がってということは、古式はこの作戦に賛成したという事だ。何故…。…まぁいい、置いておこう。
「来たと思ったらいきなり花火が…。それに驚いて…怖くなって…」
「…そうか」
「…あのぅ…それだけです…」
「…これは最高の形なのか?」
疑問を口にする。

「…さ、…最高…だと…」
「…はぁ?」
「だ、だって…今…」


「うおぉお!?」
頭が一杯で気づかなかった。近い。距離が。近いと言うか密着している。というか俺が古式を抱きしめている。
「あ、や、こ…これは…!」
「わ、わかって、ます…」
古式は俺の胴着を小さく掴む。
「だから、さい、…最高の…」
「…古式…」
「…み、宮沢、さんは…どう…どう…」
「…わざわざ言わねばならん事か?」

古式をギュッと抱きしめる。
「最高だ。古式」
古式の笑顔が咲いた

風がふわりとそよぐ
月明かりが優しく照らす
虫の音が心地よく響く
花火の残り香が祭りの後を思わせる

「…あと、一つ聞きたい」
「なんですか?」
「なんで巫女の格好をしているんだ?」
似合い過ぎて全く違和感が無かった。
「棗先輩が、宮沢さんは巫女さんが好きだ、とおっしゃったので…。…お気に召されましたか?」
「…」
だからなんでそんな事を実行するんだ…?…否定はできないが。

「あの…ちなみに」
再び緊張した声で古式が言う。
「ちなみに…今ここは…完全に、二人っきりだったりします…」
真っ赤な顔の古式が上目使いで見つめる。
俺は小さく息を吐く。
「茶番だ、恭介」


「やれやれ、遂に二人だけか。寂しいねぇ」
「まぁ、いいじゃないか。友達が幸せになったんだから」
「あーあ、羨ましいぜ」
「その筋肉を少し捨てたらモテるかも知れないぜ?」
「…それはイヤだああぁっ!!」
「はは、冗談だよ。お前はそのままが良い」


「だから何で僕は女子組なのさっ!」
「良いじゃないか、可愛いんだから。あぁ…萌え」
「帰りたいのなら良いですよ。ただしそのままの格好で恭介さんの前に立って下さいね。…萌え」
「猫耳にスク水にしっぽにニーソ…よく集めましたネ」
「謙吾君たち上手くいったかな〜?だいじょーぶだよね、きっと」
「大丈夫ですよ!お幸せに、なのです!」
「どこかのささ子はごしゅーしょーさまだな」



「おい、なんだ今の!」
「弓道場のほうだ!」
「誰だ!学校内で!しかもこんな時間に花火など!」
「なんとしてでも捕まえろ!」
「行くぞ!」


[No.618] 2010/01/08(Fri) 20:44:55
Re: 第48回リトバス草SS大会 (No.614への返信 / 1階層) - 秘密 5299byte

疲れた・・・・・・
もう何度目だろう・・・・・・
だが、諦めるにはまだ早すぎる・・・・・・
やれるだけやってみよう・・・・・・


こうして俺の意識は闇に落ちて行った。


目指せ!理樹君攻略!!      斉藤


「理樹、付き合ってくれ!」
 「無理」
 「ぐあぁぁぁぁぁ!!」
 またか、また駄目なのか!どうして理樹は俺の気持ちを分かってくれないんだ!?俺はこんなにも理樹のことを愛してるというのに!!どうすれば理樹にこの気持ちが伝わるんだ!!
 恭介は今日も絶好調である。


 「と、言う訳でみんなから良い作戦を出してもらいたい」
 「「「・・・・・・」」」
 女子の冷たい目線が俺に向かってくるがそんなの気にしない。・・・何名かは殺意がこもっているが・・・
 「ふむ、恭介氏は今日も絶好調のようだな」
 「来ヶ谷、俺はいつでも絶好調さ!」
 「だが今日は少しばかり飛ばしすぎだ。まず何故こんなことになったのかを話してくれ」
 なんて説明すればいいだろう・・・
   →理樹が好きだから
    理樹が愛おしいから
    理樹を女装させたいから
 ・・・どれも死亡フラグのような気もするが、ここは素直に言った方が身のためだろう。
 「理樹を女装させてあんなことやこんなことを・・・」
 「・・・恭介氏、断罪してやろう」
 「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
 「さあ今日は解散だ。あの変態が起きる前にさっさと帰ろう」
 来ヶ谷・・・待ってくれ・・・。手を伸ばすものの誰も見向きすらしてくれない。このままじゃ俺が変態に・・・。
 その時、誰かが俺の元に来てくれた。
 「恭介さん、その話・・・詳しく話してくれませんか?」
 西園だった。


 「ねえ、真人や謙吾からも恭介に何か言ってよ。」
 「何かって言われてもなあ・・・」
 「ああなってしまった恭介を止めるのは容易なことではない・・・」
 ああ、今回ばかりはこの二人はあてに出来そうもない。


 「なるほど・・・」
 「わかってくれたか!?」
 「恭介さんが直枝さんを女装させてあんなことやこんなことをしたいというのは本当に、本当によくわかりました」
 「もっと別の所を理解してくれ!!」
 「しかし、現状では恭介さんがかなり不利なのでは?」
 たしかに西園の言う通りだった。今理樹のことを狙っているのは俺だけじゃない。リトルバスターズの女子メンバー全員が理樹のことを狙っている。
 「確かに不利だ。だけどな!!」
 俺は立ち上がる。
 「俺の理樹に対する愛情は一番だ!その証拠を見せてやる!!」
 そう言って俺は教室の窓を開け学校中に聞こえるような声で叫んだ。
 「俺は理樹のことが・・・・・・・・・世界で一番好きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 ふっ・・・言ったぜ、言ってやったぜ、言っちまったぜ。もうここまで言ったら後には引けない。俺は後ろを振り返り西園に聞いた。
 「西園、お前は協力してくれるのか?」
 「えぇ、もちろん協力させてもらいます。その方が資料を手に入れやすいですからね」
 「ん?なんか言ったか?」
 「いいえ、何も。それよりも作戦を考えましょう。ライバルは強敵揃いですからね」
 「そうだな、よっしゃあぁぁぁ!待ってろよ理樹!!」
 (とんでもない茶番だな・・・)
 
 
 西園の作戦は一番理樹のことを好いている人から崩していく、というものだった。
 昨日の放課後の発言に便乗しようというものだろう。
 案の定、昨日の俺の発言はもちろん話題になっていた。
 「恭介って・・・」「やっぱり・・・」「そういえば・・・」
 いたるところでこの話がされている。さすがにこんだけ広がればあいつらも黙ってはいまい。
 そう思っていると携帯に着信が。鈴からだった。内容は「昼休み中庭でまってる∵」というものだった。
 やっぱり鈴からか・・・。というか他の奴らは鈴が動くまで行動は起こさないだろう。そういうルールだからな。
さて、ミッションスタートだ。


 今回ばかりはあの馬鹿兄貴を止めないと。
 鈴は内心かなり焦っていた。このままじゃ恭介に理樹を取られてしまう。鈴は理樹がどれだけ恭介のことを憧れているか分かっていたし長い付き合いだ、理樹が押しに弱いこともわかっている。恭介に押し切られたら理樹は首を縦に振るだろう。
 (だけどどうやってあの馬鹿兄貴を止めればいいんだ、頭じゃ絶対に勝てないし・・・やっぱり・・・)
 「鈴」
 「っつ!?」
 後ろを振り返るときょーすけが立っていた。しかもその腕の中には・・・・・・たくさんのモンペチを抱えている。
 「鈴、理樹のことを諦めたらお前にこのモンペチをやろう」
 「うぅ・・・」
 鈴にとってこの提案は最高の条件だった。ただでさえ鈴は猫の餌を自腹で払っていたのでこれだけのモンペチがあればしばらくはモンペチを買わなくて済む。
 「どうした?いらないのか?じゃあ仕方ないがこれは捨ててくるか・・・」
 「ちょっと待て!!」
 (どうすればいい、確かにいま財布の中はピンチだ。あれだけのモンペチを買うお金はない。だけどあれを貰ったら理樹のことは諦めなくちゃいけない・・・)
 

 たっぷり十分は考えたであろう。鈴は答えが出たようだ。
 「どうするんだ?」
 「・・・う」
 「聞こえないぞ」
 「モンペチを貰う、と言ったんだ」
 「それだと理樹を諦めることになるがいいんだな?」
 首だけを縦に振る。
 (今回も失敗か・・・いつになったらこいつらは強くなってくれるんだ・・・)
 俺が鈴にモンペチを渡そうと近づいた。その時、
 「まてっ!!」
 鈴が叫んだ。
 「どうした?理樹のことは諦めるんだろ?」
 「・・・・・・」
 鈴は黙り込んだ。こんな条件で悩むんだ、まだ現実に戻すのは早いだろう。
 俺は鈴にモンペチをやってさっさとこの世界を終わらせようとした。しかし鈴は受け取らなかった。
 「どうした鈴?受け取れよ」
 「いらない」
 「・・・・・・どうしてだ?」
 「だって、だって・・・・・・」
 言ってくれ、鈴。俺はその一言が聞ければ次の段階にお前たちを進ませることができるんだ。
 「あたしは・・・・・・理樹と一緒に居たいんだ!他の誰でもない。理樹と一緒に居たいんだ!!」
 

あぁ・・・
やっと聞けた・・・
やっと第一段階クリアだ・・・
これで俺はまだ頑張れる・・・
まだまだ絶望するには早い・・・
希望が見えた・・・
同じところぐるぐるまわっても・・・
いつかは光が見えるんだ・・・


[No.619] 2010/01/08(Fri) 21:38:18
ああ、そういえば (No.614への返信 / 1階層) - 秘密@3883byte

 その瞬間私は色々理解した。体が動かないとか冷や汗をかくとか足がすくむとか走馬灯とか。そんなのが一気にぐわーってきた。津波雪崩土砂崩れナイアガラみたいに押し寄せてきて、ちょっと待ってよもう飲めませんていやほんとマジで。ついでにはるちん大発見。舌が回らないって言うのもステータスに追加ー。いつもいつでもどこでも「うるさい・喧しい・騒々しい」の三重苦、んなわけあるか! 全く失礼しちゃいますヨ。三拍子がモットーの私でも今は流石に無回転を決めている。さっきの電話ではベーゴマ真っ青のトルネードっぷりだったのに。あれ、トルネードってなんだっけ。台風、じゃなくて嵐、でもなさそうで竜巻っぽい感じがする。だって凄く回転してるイメージがあるし。そういえば携帯さっき落としちゃったけど壊れてないかな。頭が竜巻警報なままで、私は迫り来る包丁をぼーっと見ていた。




 



 

 普通の包丁ならぐさー! どばー! ばたんきゅー! なんだろうけど目の前のどこかのアニメの犯人みたいに真っ黒な人は、なんだっけ野菜とか切る包丁だった。なんでだろう。先が尖ってないから刺されても平気なんだろうけど、ガッデム黒助は振りかぶってリアルかたじけのうござるをやろうとしていて、このままじゃはるちんが鍋の具とかにされそうだった。避けようと超今更ながらに気がついて、ガタガタ震える足で右にジャンプした。もしかしたらスカートが捲れちゃって今日の気分のコバルトブルーが見えちゃってるかも。きゃーえっちー。すれすれで何とか運良くたまたま避けられたから一目散に逃げ出す。鬼さんこちらー。美少女の手の鳴るほうへー。って嘘ごめんなさい本当に追って来ないで下さいヨ?けれど黒助は私を追いかけてくる。私はサンダルを必死にこき使って、あっちはスニーカーと一心同体になりながら夜のアスファルトを疾走する。ちなみに寮を抜け出して電話で話しつつジュースを買いに行った所で自動販売機の影から飛び出してきたあのお方に襲われました。あーあ。ゴーヤジュースなんて買いに行くんじゃなかったなー。あ、しまった携帯落としたままだ。なんて黒助からも追われてる現実からも逃げ出してみた。あ、今のちょっとはるちん上手くなかった? ざぶとんか何か貰えないかな。着るんだったらオレンジっぽい色の着物が良いなー似合うかなーって着物を着た自分を想像していたら右足のサンダルが私に愛想を尽かしてどこかに行ってしまった。走りづらー! バランスをとるために左足のサンダルに勘当を言い渡した。後ろをちらりと見て両足の百均生まれのサンダルちゃん達の行方を見てみた。黒助に踏まれてそのまま転ばせていた。感動して涙が出そう。勘当してごめんね! 
 そして私はコケた。後ろを見ながら走ってたし、暗かったし、足元に石があるなんてわかりませんヨ! サンダルの罰が当たったのかも知れない。鼻を強く打って、手も擦りむいて。地味に痛い。さっきよりよりも足音が近づいてきていてヤバイ。慌てて立ち上がろうと地面に手をついたら横から腕が出てきて引っ張られた。あご打ちそうになった。誰だーこんな事したのは!若干涙目になりながら顔をあげると一番会いたくない、けど会ったら何故か安心しちゃう人が居た。大丈夫か? って顔してる。姉御だった。あれでも昼間ケンカしたのに。何でここに居るの。たまたま通りかかったんだって。何か嘘っぽい。黒助が私達を探してキョロキョロしていた。うわーこう見るとただの不審者。私は姉御に引っ張られながら寮の中に入った。そのまま姉御の部屋に連れ込まれてシャワー室に放り込まれた。何でかなと思ったら冷静になれーとかそういう事らしい。やっぱり姉御は良い人だ。ケンカしたのにここまでしてくれる。シャワーから出て外に置いてあった男物のシャツを着て姉御の隣に座った。恋人同士みたいに姉御の方に頭を置く。良い匂いがして暖かくて安心した。
「姉御ー」
「うん?」
「今日、ごめんね」
「どうした、葉留佳君にしては殊勝だな」
「怖かった」
「そうか」
「私、明日から黒いニーソにするね」
「一週間に四回ぐらいでいいぞ」
「うん」
 そのまま姉御と一緒に寝た。いつの間にかお互い裸になっててはるちんお嫁に行けない感じになってた。このまま苗字が来ヶ谷になって日曜の朝は二人でゆっくりご飯食べながら、たまには外に散歩に行く事になりそう。それでもいいかなーとか思っちゃうぐらいには姉御には感謝してる。でも、あれは誰だったんだろ。もうお姉ちゃんとも仲良くなったし、苛めにしてはやりすぎてるし。まあ、どうでも良いか。まだ眠いしもうちょっとねよー…。
 















「ちなみに真っ黒な奴は真人少年で、包丁は作り物だ」
 だまされた。


[No.620] 2010/01/08(Fri) 23:31:42
孔明の罠 (No.614への返信 / 1階層) - ひめつ@2667byte

 ふっふっふ、今日はめでたい記念日……。何の記念日かと言うと、往年からの宿敵であるみおみおみおちんの弱みを握れる日がやってきたのだ。はるちんが熟考に熟考を重ねてずっと考えてきた偉大なる罠を仕掛けて、それに引っかかったみおちんの姿を激写! その写真を使ってみおちんを脅してへっへっへ……これ以上は放送禁止ワードが多分に含まれていてはるちんの口から言えそうにはありませんネ。
 そんなこんなで私は昼休み、とある放送室前にやってきたのだった。ここなら人通りも人気もほとんどないし何も恐れずに作戦実行が出来るってわけですヨ。はるちんあったまいい!
 糸のような細いものを教室と向かい側の壁にピンと張らせて結んで足に引っかかるようセットする。後は獲物が来るのを待つだけのなんと画期的な罠! これはかの有名な孔明さんもビックリの罠。後はみおちんを放送室前に呼び出すだけ! ふふ……我ながら完璧すぎて思わず笑いがこみ上げそうになっちゃいますヨ。仕方ないですネ。

「あら、葉留佳。こんなとこでなにやってるの?」
 む、獲物を待ってるうちに厄介なお姉ちゃんがパッと現れてきましたネ……。厄介なので適当にぺらぺら話をして追い払ってしまいましょう。それにこの究極完全完璧無敵、そして森羅万象なるはるちんは、お姉ちゃんという邪魔が入ってしまってもこんな些細なことではめげないのだー!
「ちょっと人を待ってるだけなのですヨ。ところで森羅万象ってなに?」
「ふーん、にしてはちょっと挙動不審ね。またなにか問題を起こそうとしているのなら……分かってるわね? 後、そういうのは自分で調べなさい」
「分かってるよ! だからそんなこと私はもうしないと決めたからだいじょーぶ!」
「はいはい。じゃあまたね」
「うん、じゃねー」
 そうして、お姉ちゃんはゆっくりと私の前を通り過ぎようとした瞬間、前のめりになって廊下に倒れこむ姿が私の目に映った! なんで? どうして? と考える間もなく、自分が仕掛けた完璧な罠のせいだと気付いてしまったはるちんであった! お姉ちゃんはあえなくズッテーン! と顔面から転んでしまって廊下とキスしあっていてさあ大変なのですヨ! きっとお姉ちゃんは起き上がってぶち切れてこの麗しい乙女のはるちんに襲い掛かってきてベッドインなんてことになってしまう! お姉ちゃんの短いスカートがめくれて美味しそうな太ももと美味しそうなぱんつが丸見えになっているのを横目に絶体絶命大ピンチのはるちんが取った行動とは! スタコラサッサするっきゃない! と、はるちんはお姉ちゃんが来た方に向かってダッシュ! だけどその時はるちんに衝撃が走る! 自分もお姉ちゃんと同じように究極の罠に引っかかってしまったのに気付いたのは超スピードで迫ってくる廊下の地面をこの目で見た時だった! そして、私もお姉ちゃんと同じように顔面から廊下へとダイブ! はるちんの神聖なファーストキッスが廊下に奪われてしまう瞬間でもあった! そこで私はファーストキッスの味ってどんな味なのだろうかと思考を重ねる。でもはるちんは考えるのをやめた。私にそんな難しいこと考えさせるなー! むきー! そうこうしてるうちに目の前に迫ってきた壁と衝突。埃と色々なものが混ざった味だった。


[No.621] 2010/01/08(Fri) 23:45:39
ヘリアンフォラ (No.614への返信 / 1階層) - 秘密花子 12729 byte

 あの子が雨の中、叫ぶ。
「ふっざけるな! 佳奈多ぁ! 本当にあんたはそれでもいいわけ?」
 私は二木家の人間に連れられて、黒塗りのセダンに乗り込む。ドアが閉まるその瞬間、あの子の声が聞こえた。
「認めない! こんな結末、誰が認めるものかァ!」
 狂ったような金切り声。それが私が最後に聞いた、あの子の声だった。


 蛇口を捻る。水が出る。
 私は茶碗に付いた泡を水で流した。
 先程までは親族達が騒ぐ声が聞こえていたのだが、今はもう聞こえない。皆酔い潰れて眠ってしまったのだろうか。
 私は一人、空いた食器を洗う。この家で一人で居られるのは、こんな時ぐらいしかない。
 一人のとき、私はいつもあの時の事を思い出す。葉留佳と直枝、三人で一つ屋根の下で暮らした、夢のような日々を。バイトから帰ると、大好きな人たちが待っていてくれる。たった数ヶ月のことだけど、きっと私が人間らしく生きることが出来た、唯一の時間。あの時の事を思い出すと、胸が温かくなるのを感じる。
 それと同時に、胸が痛くなる。私は葉留佳をまた裏切ってしまった。あの子のためにと、裏切ってしまった。
 そして、この家に戻ってすぐだろうか、私は父さんからあの子が失踪したことを聞かされた。私は、せめてあの子だけは普通の女の子として生きて欲しかったのに。結局、私はまた葉留佳を追い詰めてしまったのだ。
 そのことだけが、私の心を苦しめ続けた。それに比べたら、この家に戻ってからの仕打ちなど、何てことは無かった。どんなに苛烈な虐待を受けようとも、嫌悪感しか湧かないような男達に触れられようとも、ただただ植物のように鉱物のように何も考えなければ、何も感じないから。
「ふうっ」
 食器が全て洗い終わってしまった。また私はあいつらのところに行かなければならないのか。足が竦む。無限に洗い物があったら良かったのに。
 そのとき、玄関から戸を叩く音が聞こえた。もう深夜といってもいい時間なのに、誰がやってきたのだろうか。
 居間から家の者が出てくる様子は無い。私はエプロンを脱ぐと、玄関へと足を運んだ。
 引き戸の磨りガラスに、丁度私と同じくらいの背丈の人影があった。
「明けましておめでとうございます。遅くなってしまい、申し訳ありません」
 引き戸の向こうから声がした。おそらく今日の宴会に参加するはずだった親族なのだろう。私は引き戸の鍵を開け、戸を開ける。
 しかし、そこには見慣れない女性が居た。
「こんばんわ」
「あの、どちら様でしょうか?」
 女性は薄ら笑いを浮かべながら答える。
「ヤマダハナコ」
「は? あの、冗談は……」
「そんなことどうでもいいから、さっさと入れてくれない? 寒いんだからさ」
 彼女は私の制止をまるで無視するように、家の中に入ってきた。体を寒さに震わせながら靴を脱ぐ彼女の姿を横目に見る。
 茶色の髪に、吊りあがった目尻。歳は私と同じくらいか。こんな女性、親族には居なかったはずだ。
「ねえ、二木の叔父様たちはいらっしゃるかしら?」
 やはり親族なのだろうか。言葉遣いこそ丁寧だが不躾な女性だ。
「もう、皆寝静まっています。静かにしていただけませんか」
 彼女は私の言葉を無視すると、私の方に顔を近づけ鼻をひくつかせた。
「あなた、折角の正月の集まりなのにお酒飲んでないでしょ? 全然そんな匂いがしない」
 馴れ馴れしい口調で話しかける。本当に不躾な人間だ。
「ええ。どうせ私は接待係だから。それに、飲むのは好きじゃない」
「へぇ、そぉ。それはそれは、全くもって重畳なことで」
 彼女は思わせぶりな笑みを浮かべる。
「ねえ、あなた。ここにいて愉しい?」
「え?」
「どうせあなた、ここでの待遇よくないんでしょ? 顔に出てるわよ」
 私は言葉を失う。
「まあ、いいわ。あなた、部屋に行って、自分のコートを取ってきなさい」
「え?」
「いいから」
 私は、訳が分からないまま寝室に行くと、コートを掴む。
 何故、彼女は私にそんな命令をするのだろう。そんなこと分かるはずなどなかったが、私は何も考えずに彼女の元に戻っていく。既に私は、人の命令に従順に従う犬になってしまっていたから、考える必要など無かった。このことで後で叔父達に殴られても構わなかった。
 玄関に戻る途中、居間の戸が開いており、そこから光が漏れていた。誰か起き出したのだろうか。
 私が居間に入ると、そこには寝静まる親族達と先程の女性の姿があった。彼女はガスストーブの傍に座り込んでいた。始めは暖を取っているだけかと思っていたが、そうではなかった。彼女は、ストーブから延びるガス管に包丁を突き立てていた。
 私の気配に気が付いた彼女は立ち上がると、包丁を持ったまま両手を広げ、私の方に向き直る。
「新年の悲劇。正月に集まった親戚一同、ガス中毒で全員死亡、か。中々いい記事になると思わない?」
「なんてことをっ」
 私は咄嗟にストーブの方に歩み寄る。
「止めないで。私はあなたを傷付けたくないわ」
 彼女は包丁を私の方に向けていた。刃先が震えることも無く、私の心臓の辺りを指している。彼女の吊り上がった眼を見る。彼女は真っ直ぐに私を見ていた。剣呑な目つき。彼女は本気だ。
 私が一歩下がり、彼女を止める意思が無いことを示すと、彼女は口角だけを吊り上げて包丁を仕舞った。
「さてと、行きましょう」
 彼女が私の手を取る。
「ちょっと、私はあなたと一緒に行くなんて……」
「じゃあ、ここで皆と一緒に死ぬ?」
 私が声を失うと、彼女は半ば強引に私にコートを被せて、外へと連れ出そうとする。
 外に出ると、身を切るような冷たさに体が震えた。
 彼女と私は二人、走ってあの家を後にする。私は素性も知れない女性に手を引かれながら、何故だかあのときの事を思い出していた。あのときは泣きたいくらい嬉しくて綺麗な心持がしたのに、今は何の感慨も無い。ただただ、不安感だけが私の胸の内を満たしていた。
 石畳を抜けると石造りの階段。私たちは転げ落ちないように急ぎながらも慎重に降りていった。
 階段を降り切り公道に出ると、私たちは足を止め、息を整える。しばらくして落ち着いてくると、私の頭の中は疑問文で一杯になり始める。
 彼女は誰なのか。私は彼女に見覚えが無い。
 それなのに、何故私は彼女の言うことを聞いてしまったのか。
 そして。
「何で皆を殺したの? 何で、私を生かしておいたの?」
 彼女は私の質問を聞くと、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
「わからない?」
「だから、それを訊いてるんじゃない」
「じゃなくて、私が誰か」
「え……」
「じゃあ、これでどう?」
 そう言うと、彼女はアップにしていた髪を下ろすと、両手で髪を纏め始める。
「ほら、似合う?」
 その髪型を、私が見間違えるはずも無い。
 しかし私はまだ、自分の目が信じられなかった。
「まだ、わからない?」
 街灯の光の下、彼女が自分の茶色い瞳に手をやる。暫くしてその手を外したとき、彼女の瞳の色が左右で異なることに気が付いた。
 その蒼い瞳を忘れることなど出来やしない。それは私の片割れの印だから。
「あなた、そんな、嘘……葉留佳なの?」
「そうよ、いや――そうデスよ。お姉ちゃん」
 色んな思いが駆け巡る。どんな声を掛けてあげたらいいんだろう。
 しかし、私の喉から出た言葉はあまりに下らないものだった。
「十年もっ、あなたはっ」
 私は葉留佳の胸倉に掴みかかる。
「やはは、いきなりご挨拶ですネ。お姉ちゃん」
 葉留佳は、あのときのような屈託の無い笑顔を浮かべる。
 しかし、その笑みはすぐに消え去り、元の酷薄そうな表情に戻る。
「再会の挨拶はとりあえず置いておいて。すぐにここから離れるよ」
 こっちよ、と言って、葉留佳は再び私の手を引っ張る。葉留佳は私を引っ張りながら、もう一方の手で携帯電話を取り出した。片手で操作し、自分の耳に当てる。しばらくすると葉留佳は電話の相手と会話を始める。どうも日本語ではなく、少なくとも英語でもなさそうだった。
 電話が終わるのと、立ち止まるのはほぼ同時だった。目の前には路上駐車されたコンパクトカー。葉留佳は助手席を開けると私に乗るように促した。私が乗り込むと、葉留佳も運転席に乗り込む。エンジンをかける。
「ねえ、葉留佳。さっきの電話は?」
「ん。お姉ちゃんのアリバイ作りの一環だよ。それより佳奈多」
 葉留佳が私の方に向くと目尻を下げ、優しい表情を浮かべる。
「ゴメンね。佳奈多を十年もこの家に残しちゃって」
「いいのよ、もう……」
 車は静かに動き出した。葉留佳は視線を前に移すと、冷たい声色で言った。
「これじゃあウチの莫迦親どもと同じだ。ねえ。あの人たちは今日あそこには居なかった?」
「父さんたちがこんな親族の集まりに呼ばれるわけないじゃない」
「ふうん。それは残念」
 葉留佳のそっけない物言いに、ぞっとした。
「あなた、まさか父さんたちまで?」
「別に、あの人たちは私の親じゃあないしね。もうとっくの昔に戸籍上死亡者扱いでしょ。私って」
「だからって……」
「いいよ、あんな役立たず」
 気まずい沈黙が続く。車の心地よい振動の中であっても、私はまんじりともせず暗い前方の道を眺めていた。
 一時間くらい経った頃だろうか。葉留佳が古ぼけたマンションの前で車を止める。
「起きてる? 着いたよ」
 私は葉留佳に連れられて、電気の付いていない暗い階段を上る。古い金属製のドアが、厭な音を立てながら開かれる。
 部屋の中は広かった。実際に広いと言うのではなく、物が殆ど無かったのだ。正方形の1Kには、一人で使うには大きすぎるテーブルと小さいブラウン管テレビ、三人掛けのソファに粗末なベッドくらいしか見当たらなかった。
「適当に座っててよ」
 私はソファに腰を下ろすと、いそいそと忙しなく動く葉留佳の様子を目で追った。
 この十年、この子はどんな風に生きていたのだろう。葉留佳の風貌は既に変わり果てていた。きっと整形を何度も行ったのだろう。私でさえ、葉留佳だと気付かないほどに。それに何より、葉留佳の瞳が恐ろしかった。この子が私を嫌っていた頃なんかより遥かに濁りきって、ギラついた瞳。もしも他人だったら、すぐにでも目を逸らしたくなる。そんな瞳だ。
「はい。温かい飲み物」
 葉留佳が私にマグカップを手渡す。一口飲むと、温かくて甘いコーヒーの味が口いっぱいに広がる。
「寒かったし、それに疲れたでしょ? ベッド貸してあげるから、それ飲んだら横になったら?」
「……ええ、そうするわ」
 ずっと緊張し通しだったのか、今頃になって疲れが出てくる。頭が重い。私はコーヒーを飲み切ると、葉留佳のベッドに潜り込む。
「じゃあ、お休み」
 葉留佳が部屋の電気を消す。冬の静かな暗闇が、部屋を占領する。


 窓の外が白み始める。意外なことに、あんなに気だるく、体が鉛のように感じられてもなお、私は眠りに就くことは出来なかった。
 私はのっそりと起き上がり、ベッドから離れる。葉留佳は部屋の反対側に置いてあるソファで、布団を頭から被っていた。私はキッチンに行くとシンクの傍に置いてあったグラスを手に取り、水道の水を汲む。私はグラスの水を飲みながら、テーブルの隅に置かれたテレビのスイッチを入れる。
 徐々に映像が見えてくる。正月と言えど、さすがにこの時間は放送していないかニュースばかりだ。
 私はチャンネルを回して、地方版のニュースを探した。もしかしたら昨夜のことがニュースに取り上げられているかもしれない。本当に叔父達は死んでしまったのだろうか? どうにも現実味が湧かなかった。ひょっとしたらガス漏れなんて嘘で、彼らは未だに眠っているだけかも知れない。
 そんな私の下らない希望は、意外な形で裏切られた。
 丁度、地方版のニュースが画面に映った。そこには消防車と炎。次の瞬間、画面が切り替わり、焼け焦げた家の一部が映る。
 アナウンサーは平坦な声で、深夜に発生した火災について話していた。台所が火元と見られる火災で、家で眠っていた家族と、丁度新年の集まりか何かで泊まっていた親族ら全員が焼け死んでいたようだった。その家族の名がテロップで表示された瞬間、私は背中に氷水を注ぎ込まれた思いがした。
 二木、二木、二木。
 その中に「二木佳奈多」の名前があったのだ。
「どうしたの? お姉ちゃん」
 私の後ろで私を呼ぶ優しい声。
「は、るか……コレ」
 私は震える指で画面を指し示す。
 しかし葉留佳は驚くことも無く、どこかにこやかな声を出す。
「へえ。上出来上出来」
「これは、どういう、こと?」
「ガスに引火したんじゃない?」
 私は声を張り上げる。
「そんなこと言ってるんじゃない! 私が死んでるのよ!」
「そうだね」
「そうだね、って……! あなた、これがどういうことか!」
「佳奈多は、死んだんだよ」
 葉留佳が事も無げに言う。眩暈がする。
「正確には社会的に、だけど」
「どういうこと?」
「死体を、買ったの。佳奈多の身代わりにね」
「そんなこと……」
「出来るよ。私だって、この十年遊んでたわけじゃないよ。今の私は、お金さえあれば偽の死亡診断書だろうが、死亡届だろうが用意することが出来るんだもの」
 私は言葉を失う。葉留佳のこの十年を知ることが恐ろしくなる。
 葉留佳はテレビの電源を切ると、部屋の窓の傍に歩いていった。安っぽく外の光を通すカーテンを指で軽く開く。
「これで、もう誰も佳奈多を追いかけたりする人は居ないよ」
 葉留佳は外を眺めながら、独り言を言うように呟く。
「本当に長かったよ。その間に、色んなことがあって、色んなものを失くしちゃった。今ではもう、私のことを誰も葉留佳と呼んではくれないの。私はもう顔も、名前も無くしてしまったの」
 葉留佳が私の方に振り返る。
「それでも、私は後悔なんてしてないよ。だって、お姉ちゃんを助けることが出来たんだから」
「葉留佳……」
「そして、お姉ちゃんを私だけのものに出来たんだから」
 葉留佳が気味の悪い笑みを浮かべる。暗くて顔が良く見えないけど、その声色が変わったことで、それを感じ取った。
「もう、お姉ちゃんにも戸籍は無いんだよ。だから佳奈多は、二度と真っ当な人生は送れないんだ」
 葉留佳はくつくつと笑う。
「でも、大丈夫だよ。私と一緒に生きればいいんですヨ」
「もしかして、あなた、あのときの事を……」
 雨の日、葉留佳が叫んだ言葉が頭の中を再生する。
「あのときは悲しかったなぁ。やっとお姉ちゃんと一緒になれたのに。例えどんなことになっても、私はお姉ちゃんと一緒に居たかったのに。でも、佳奈多はそんな私の気持ちを踏みにじったんだ」
 葉留佳の声に怒りの色が混じる。
「だけど、もういいの。佳奈多はもう私無しじゃ生きられなくなったから。もう絶対に私の傍から離れられなくなったから」
 逆光に映る葉留佳の姿。その歯を剥き出した、般若のような口元だけが、私の目に映る。


 その日から、私は再び駕籠の鳥になった。もう誰の目にも止まらない、暗い暗い場所に。
 だけど、今までとは違って私は苦しくなんてなかった。この駕籠はことさら優しく出来ていて。やんわりと私を護ってくれている。
 いつまで続くのだろう。この優しい地獄は。きっと私の首が絞まって窒息するまでか、あの子が死んでしまうまで続くのだろう。そして、もしあの子が死んだなら。私にはもう空へ飛ぶ翼など無くて。私も干乾びて死んでしまうことだろう。
 でもきっと。私に許された人生の中で、これはきっと素晴らしいものなのだろう。
 それならそれで、構わない。


[No.622] 2010/01/08(Fri) 23:59:30
百合色恋模様 (No.614への返信 / 1階層) - ひみつ@8847 byte

 最近の私はどこかおかしい。というのも、仲直りして暫くするというのに気がつけば葉留佳のことばかり考えている気がする。
 今私は中庭のベンチの隣に立っているけれど、特にすることもないし寮に戻るとしよう。
 すると、誰かがこちらへ向かってくる足音が聞こえた。
 視線をそちらへ向けて見えたものは、見間違えるはずのない私の大切な妹、葉留佳。左手を振り、笑顔でこちらへと駆けてくる。
 その姿が目に入った瞬間、私の心臓は一瞬ドクンと大きく振動し、それはやがて小さなものへ変わりつつある。
「ねえお姉ちゃん、あのさ……あれ、どうしたの?」
 余波がまだある中、いつの間にか目の前にいた葉留佳が口を開いた。
「え、いや、別にどうもしないわよ。と、ところで何のよう?」
 普通に答えようと思ったけれど、顔があまりにも近くにあるものだからつい戸惑ってしまった……
「えっとね、宿題教えてほしいなーって思って」
「わかったわ、すぐ行くから部屋で待ってなさい」
「ありがと、それじゃまた後でねー」
 しかしそんな私を不審に思うこともなく、葉留佳は去っていった。
 あの子らしいといえばそうなんだけど、もう少し気にしてくれたっていいじゃない……

「君は今、恋をしているな?」
 声!? いったいどこから?
「こっちだ、佳奈多君」
 私から見て左側から声が聞こえてきたのでそっちを見てみると来ヶ谷さんが立っていた。相変わらずこの人は神出鬼没だ。
「ところで今のはどういうことですか? 私恋なんて別に……」
「隠さなくてもいい。一部始終を観察した結果での判断だ」
「勝手に観察しないでください! というか間違いです!」
「ならどうしてそんなに慌てる必要があるのかな?」
 言われて初めて気づいた、自分が取り乱していたことに。そして、自分の気持ちに。
「そんな、私は……葉留佳のことが?」
「さあ、どうする? このまま自分を偽り続けるのか? その感情を抱えたまま葉留佳君と過ごすのか?」
「それは……」
 来ヶ谷さんの言葉が重く胸に響く。このまま自分に嘘を吐き続けても余計に辛くなるだけだ。でもこの気持ちを伝えて葉留佳は受け止めてくれるだろうか。
もしダメだったらどうすれば……でもこのままは嫌だし……
「ふむ、やはり結果が怖いか」
「べ、別にそんなこと……大体まだ告白するなんていってません」
「顔に出ていたからな、それくらい分かる。まあそれ以前に本心とは逆だろう、今の言葉は」
 まったくこの人は……怖いくらいに心が筒抜けに見透かされている。
 口で負けるのは悔しいけど引き下がることにした。いったん落ち着きたいし。
「まて佳奈多君。想いを伝えたくはないのか?」
「それはこれから考えます」
「私にいい案がある。それにかけてみる気はないか?」
「来ヶ谷さんの案?」
 額に手を当て考える。この人の言うことを素直に信じて大丈夫なのだろうか。
 しかし案というからには何かしらの行動を起こすということ。
 今の私ではきっと部屋で待っている葉留佳を意識して勉強どころじゃなくなり変に思われることだろう。
 そうなるよりは何か作戦みたいなのがあった方がいい。それなら……
「お願いします……」
 藁にもすがる思いで提案を呑んだ。
ただ葉留佳のことを考えながらだったので、うつむき気味で声もか細くなってしまったが。
 それに多分さっきから私の顔は真っ赤になっていると思う。
「うむ、やはり君は素直になった方が好感が持てるな」
「……そうですか」
「今の君を見たら葉留佳君も一発でおちるだろう。まあ私が横取りしてもいいんだがな」
「ダメよ、葉留佳は渡さないから」
「いや、佳奈多君に対してなんだが……」
「……え? 私?」
 流石にそれはない。この人のことだから冗談に決まってるだろう。
 そう思ったけど、気まずそうに目をそらしていた。若干顔が赤く見えるのは光の加減だと信じたい。
「えっ、と……」
 とりあえず言葉を発するも続かない。というかこの沈黙、妙に気恥ずかしくて居心地が悪い。
 それに早く葉留佳のところに行かないといけないのに……ってそうよ、さっさと案とやらを聞いて戻らないと。
「ところで来ヶ谷さん、さっきの案というのは?」
「あ、ああ。それはだな……」









 部屋に戻った私は葉留佳の宿題を見ている。といっても形だけ。
 意識してしまって正直それどころではない。
「お姉ちゃん、なんで竹刀出したの?」
「……なんとなく、よ」
我ながら苦しい言い訳だと思う。
 本当の理由は、さっき話していた作戦にある。
 まず来ヶ谷さんが強盗っぽい変装をしてここに来て、私たちを脅す。
 そこで私が「葉留佳には指一本触れさせないわ!」と竹刀片手に葉留佳を守る姿勢をする。
 来ヶ谷さんが構えを取った瞬間、寸止めで竹刀を正面から振り下ろす。
そして……

「……金を出せ。さもなくば……」
 扉が開き、黒いコートと黒いサングラスと黒い帽子を装備した来ヶ谷さんが入ってきた。まさに全身黒ずくめである。
 ていうか早すぎです来ヶ谷さん。もう少し心の準備をさせてください。わかってても少しびっくりしてしまいました。
「うっ……お姉ちゃん……」
 しかし怯える葉留佳を見てそうも言っていられない。竹刀を持ち、来ヶ谷さんと正面から向かい合う。
「ほう、やる気か?」
 そう言って懐から模造刀を取り出し、構える来ヶ谷さん。
 今更だけど葉留佳には悪いかな、刀はやりすぎだし……そう思って葉留佳を見ると、怯えて部屋の隅で震えている。
 後で来ヶ谷さんにはきつく叱っておかなければ。いや、この作戦を飲んだのは私か……感情に任せたのが間違いだったかもしれない。
 そんなことを思い前へと向き直る。
と、まさにその瞬間。

「誰だ! ……ッ!」
 運悪く通りかかった誰かが来ヶ谷さんを発見してしまった。よく見れば風紀副委員長である。
 怪しい者を追い払おうとしたところ、刀に驚いたというところか。
 いや、冷静に分析している場合ではない。このままでは来ヶ谷さんが危ない。
 下手すると退学……そう思うと本当のことを言う他なかった。
「……違うわ、その人は来ヶ谷さん。学園の生徒よ」
「ふ、証拠はあるのですか?」
「もちろん……来ヶ谷さん、もういいです。濡れ衣をかぶる必要なんてありません」
「……そうだな。こんな馬鹿なことをしてすまなかった。ドアを閉めておくべきだったな。
「いや、それは少し違う気が。それに誤解を招くようなこと言わないでください」
 副委員長は見るからに怪しいものを見る目つきで来ヶ谷さんを見ている。まあ実際見た目は怪しさ満点なわけだが。
 それに気づいたのか、来ヶ谷さんは変装を解いた。
 葉留佳はそれに気づき、安心して脱力した。
 




「どうしてこんなことをしたんですか? 2人そろって馬鹿なことを。特に委員長、どういうことですか?」
「……これは訓練よ、もしもの時のためにね」
 それに正確には元委員長だ。この際どうでもいいけど。
「ですがその刀が動かぬ証拠です」
「これは模造刀よ。安全は約束されているわ」
「そう……ですか。委員長が言うのなら信じましょう。ではこの辺で」
 そう言って副委員長は去っていった。ふう、何とかやり過ごせた。

「さて、葉留佳君に言っておかなければいけないことがある。訓練というのは嘘だ」
「ええー! じゃあ今のなんデスカ!?」
「それについては佳奈多君が説明してくれるはずだ。理由も含めてきっちりとな」
 来ヶ谷さんはそう言った後、チラッとこっちを見てから荷物を回収して止める間もなく去っていった。
 もしかしなくてもこれは想いを伝えろということなんだろうけど、急にそんなこと言われても心の準備ができてない。
「お姉ちゃん……いったいどういうこと?」
 しかし葉留佳詰め寄ってくる葉留佳にさっき以上の言い訳が思いつくはずもなく、真実を打ち明けるしか方法はなくなった。
「実は、葉留佳に好かれたいと思ったからなの。葉留佳を守る姿を見せたかったっていうか、かっこいい台詞を言いたかったっていうか……」
 ああもうめちゃくちゃだ。葉留佳の顔をまともに見れないくらい恥ずかしい。
「つまり、私にいいとこ見せて好感度アップしようとした……みたいな感じ?」
「そ、そうよ! 笑えばいいじゃない、もう!」
「……1つだけ聞かせて、どうしてあそこまでしたの?」
「わかるでしょ、それくらい葉留佳のことが好きだってことよ……」
「え!? で、でもそれだけの理由であそこまでしないと思うよ。
ていうかお姉ちゃん、それだとまるでドラマで好きな人への印象アップの作戦みたいじゃあ……あれ?」
 そこまで言って気付いたみたい。流石にもう覚悟を決め、葉留佳の瞳を見つめる。

「そうよ、私は葉留佳が本気で好き。誰よりも大好き。だからこんなことまでしたの。
言い出したのは来ヶ谷さんだけど、断らなかったのは葉留佳に好かれたかったから。だから……」
 そこまで言って言葉を切る。そして葉留佳の言葉を、待つ。

 十数秒後、葉留がゆっくりと口を開いた。
「……私もお姉ちゃんのことは大好きだよ。だから、確かめる必要があると思うんだ、お互いに想い合ってるかを……」
 2人同時に顔を近づけ、葉留佳の朱に染まった顔を私の目が映す。
 目以外は本当にそっくりな、私の妹。心から愛しいと思う、大切な妹。
 両手を同時にゆっくりと絡ませ合い、お互い視線を固定したたまま見つめあう。
「葉留佳……いいのね?」
「うん……お姉ちゃん」
 葉留佳が目を閉じる。ついにここまで来てしまった。唇が乾くのがわかる、けどもう退けない。
 ゆっくりと唇を近づけ……合わさった。体中が幸せな感覚に包まれる。

 暫くしてどちらからともなく唇を離した。
「葉留佳……本当に、私でいいのね?」
「もちろんだよ、お姉ちゃん」
「ずっと一緒にいてくれるわね?」
「お姉ちゃんこそ、途中でやっぱりダメとか言わないでよね?」
「言わないわよ。それより……1つお願い聞いてくれる?」
「お姉ちゃんからとは珍しいね。うん、いいよ」
「じゃあ、私のこと一回名前で呼んでくれる?」
 突然にそう呼んでもらいたくなった。きっと特別な呼び方で呼び合いたいんだと思う。
「じゃあ……佳奈多お姉ちゃん!」
「……葉留佳、大好きっ!」
 自分でも無意識のうちに葉留佳に抱きついていた。懐かしくて特別な呼ばれ方だったから。
 確か小さいころ1度だけこう呼ばれたことがある。そのとき私はとても嬉しくて抱きしめたくなったのを今でも覚えている。
「え、ええ!? 恥ずかしいからこれは止めとこうと思ったんだけど……困りましたネ」
「ううん、これがいい。愛してるわ、葉留佳」
「なんか随分キャラ変わってるような……」
「自覚はあるわ。でも本当に嬉しくって……」
「もう……私も愛してるよ、佳奈多お姉ちゃん」


[No.623] 2010/01/09(Sat) 00:07:41
しめきり (No.614への返信 / 1階層) - 大谷(主催代理)

しめきり

[No.624] 2010/01/09(Sat) 00:36:13
りとばす日記 vol.131 (No.614への返信 / 1階層) - ひみつ@13242 byte 大遅刻



≪それは一瞬だった。
「――――ッ!」
 下層に降り立った、まさにその一瞬のうちに、理樹と沙耶は無数の影に囲まれていた。
 これまでと違うのは、その尋常ではない“数”と、影達がまるで2人を待ち構えていたかのように、すでに攻撃態勢を取っていることだった。上の階までと同じような奇襲戦法は、もはや通用しない。
 しかし、理樹と沙耶が慄いたのは……その、絶望的な状況に、ではない。
「……まさか、こんなに早くお出ましとはね」
 沙耶が、あくまでも不敵に言い放つ。しかし、隣に立つ理樹にはわかっていた。ここまで共に歩んできた2人だからこそ、わかってしまう。沙耶のその言葉の裏にある、なけなしの“強がり”が。
 銃を手に取って間もない理樹ですら――いや、だからこそかもしれない――、感じ取ることができた。“絶望”よりも、なお深く暗い、圧倒的な、その“闇”を。
 声が、響く。
「よく、ここまで来た。“組織”のエージェント……いや、ここでは朱鷺戸沙耶と呼んでやったほうがいいか……? そして――」
「……ッ! 理樹くん、構えてッ!」
「直枝、理樹」
 ゆらりと、暗闇の中に白い面が浮かび上がった。仮面。能面のような不気味な“ソレ”に――“ソレ”で顔を覆い隠す、長身細身の男の姿に……理樹は、息を呑む。理樹は、銃を構えることができなかった。
「まさか、おまえまで一緒とはな……ふっ、こんなところまで……呆れたものだ」
「理樹くん、何してるの! 早くッ!」
 沙耶の焦ったような声にも、理樹は反応することができない。
 仮面の男が放つ威圧感に圧倒され、呑まれている――ただそれだけのことが理由というわけでは、ない。理樹は、この男に、銃を向ける理由を見つけることができなかったのだ。
(僕は……“彼”を……知って、いる)
 仮面の男との遭遇は、これが2度目だ。1度目は、このダンジョンのファーストフロア。学園地下のダンジョンへと踏み入ろうとする理樹と沙耶の前に、分身を投影させて現れたのだ。
 だが、理樹は“それ以前にもこの男に会っている”ような気がしてならないのだ。
 震える唇から、声を絞り出す。
「あんたは……誰だ。誰なんだ」
「……くくく。自己紹介は済ませているはずだがな。忘れてしまうとは、酷いものだ」
「…………」
「ならば、もう一度告げよう。我が名は……我が名は、時風瞬。闇の執行部当代の部長にして、おまえたちの――敵だ」
 瞬間! 銃声!
 理樹ではない。構えてもいなければ、引鉄に指をかけてすらいない。ならば――
「――沙耶!」
 振り返る。
 沙耶の手にあるコルト・ガバメントの銃口から、一筋の細い煙が上っていた。
 その、沙耶の眼が。驚きに、見開かれていた。
「く、くくく……まったく……人の話に割り込んでくるとは、無礼な女だ」
「そん、な――」
 再び、振り返る。仮面の男――時風瞬の身体には、いや、その身を覆う制服にすら、傷のひとつも存在していなかった。
 ありえない。沙耶の銃の腕を、理樹はよく知っている。その沙耶が、この距離で外すなど、ありえるはずがなかった。
 では、時風がよけたのか? それとも、取り巻きの影たちが盾に? そんなはずはない。沙耶の銃撃は、まったくの――理樹にとってすら――“不意撃ち”だったのだ。なによりも、そんな素振りがなかったことは、理樹がその眼で見ている。
 ならば、どうやって――
「う、ああああああああああああああああああっ!!」
 銃声が連続する!
 耳を劈くようなその嵐の後、静寂の中でカチリカチリと、弾切になった銃の引鉄を引き続ける音だけが残る。
 時風瞬は、揺らぎもせずに立ち続けていた。銃弾は、時風瞬の身体に、まるで吸い込まれるかのように消えていった。
「無駄だ」
 時風瞬が、言い捨てる。
「あ……」
 ガチャン。無骨な銃が、少女の華奢な手から堕ちた。
「我が能力――『超時空因果律操作/クロスゲート・パラダイム』の前では、そのようなもの……児戯と変わらん。諦めろ。おまえに俺は、倒せない」
 超時空因果律操作――クロスゲート・パラダイム。限定された空間の因果律を自在に操ることで、その中で己の思うままに世界を構築する……それは、能力の保有者を限定空間の“神”に等しい存在へと昇華させることと同義である。
 あまりに――あまりに、圧倒的。
 これが――“絶望”よりも、なお深く暗い、圧倒的な、“闇”……その、正体。
「三度、告げよう。そして、その心に刻み込め。我が名は、時風瞬。ヒトを、超越する存在――」
「――違うッ!」
 理樹が、吠えた。その華奢な身体を恐怖に震わせながらも、精一杯に声を張り上げて、吠えていた。
「ほう……面白い。ならば訊こう、直枝理樹。何が、“違う”というのかを」
 一度、大きく息を吸って、吐く。
「あんたは……あんたは、“時風瞬”なんかじゃない。あんたの、本当の名前は――」
 確固たる意志を込めた瞳で、時風瞬を見据える。

「――恭介。棗、恭介。そう、なんでしょ……?」

 棗、恭介。理樹の口から出たその名に、時風瞬は、初めて動揺したような素振りを見せた。
「なにを、言うかと思えば――」
「ごまかしたって、ダメだ」
「――――ッ!」
「だって、僕は……もう、2度も“時風瞬”に会っているんだ。それで、この僕が……気付かないはずがない。恭介だって、わかってるでしょ……?」
「…………」
 棗恭介。闇の執行部の陰謀により命を落とした棗鈴の実の兄であり、1年前、唐突に、何の前触れもなく姿を消した……理樹にとって、何よりも大事な、存在。
「ふ……ははは。ふはははは!」
 “時風瞬”が、笑い声をあげる。それまでの冷徹な声とは質の違う、楽しげな、それでいて切ない声を。
「まったく……かなわないな、おまえには」
 “時風瞬”が、ゆっくりとその仮面を外す。
「ふ……こうして“面”と向かっておまえと話すのは……どれくらいぶりになるのかな」
「1年と13日、2時間41分19秒ぶり……かな」
「ははっ……相変わらず几帳面だな、おまえは……理樹」
 そこには、理樹のよく知る――棗恭介の姿が、あった。暗がりの中でもよくわかる端正な顔立ちには、今にも泣き出してしまいそうな、不自然な笑みが浮かんでいた。
 恭介が、告げる。
「地上に戻れ、理樹」
「恭介……」
「俺はもう、日の当たる場所には戻れない。だが、おまえは違う。今ならまだ、おまえはあの場所に、あのあたたかい場所に戻れるんだ。だから――」
「…………」
「……今日のところは、見逃してやる。そして、二度とこの地下迷宮には近付くな。もしもまた、おまえと会うようなことがあれば――その時は、殺す」
「――ッ!」
 理樹の身体が、硬直する。恭介の言葉には、違えようのない殺意が込められていた。恭介は、本気だ。理樹が再び迷宮に潜るようなことがあれば、その時は――
「そういうことだ、理樹。もう、二度と会うことはないだろう」
 それが、最後の言葉だった。恭介が身を翻して、理樹に背中を見せる。その背中が、理樹にはとても遠く感じられて――
 1年前、恭介が姿を消したあの日のことを思い出す。あの時感じた痛みを、悲しみを思い出す。あんな、辛く苦しい思いは、もう二度と――

「待って、恭介っ!」

 気付けば、声が出ていた。立ち去ろうとしていた恭介が、その歩みを止めた。
「……俺のことはもう忘れろ、理樹。昔とは、立場も関係も変わってしまった。俺達は、もう一緒には……」
「そんなことわかってる! それでも僕はっ、僕は……っ!」
「理樹……」
 恭介が振り返った。理樹は、駈け出していた。勢いのままに、恭介の胸に飛び込む。恭介はそんな理樹を優しく抱きとめながらも、その勢いを削ぎ切れずに、冷たいコンクリートの上に、2人は倒れ込む。
 理樹が、恭介を押し倒したかのような状態だった。
 理樹が、叫ぶ。
「僕の気持ちは変わらない! いや、あの頃よりずっとずっと……っ、だからっ!」
「理樹……辛い道を歩むことになるぞ? いい、のか……?」
「大丈夫……恭介と一緒なら、どんな辛いことにも耐えられる。恭介が傍にいないことより辛いことなんて……何も、ないんだから」
 恭介が、驚いたかのような表情を浮かべて……小さく、笑った。
「後悔、するなよ。二度と離さないからな……理樹……」
「恭介……」
 恭介の腕が、理樹の背に回って、女の子のようなその華奢な身体を抱き締める。2人の顔が近付く。やがて、互いの唇が、重なった。



 小鳥の囀りと温かな陽光に、理樹は目を覚ました。
 ふと、身動きが取れないことに気付く。それもそのはずで、理樹は白いシーツのベッドの上で、恭介の腕に抱かれるようにして眠っていたのだ。
「もう、恭介は……」
 仕方ないので起き上がることは諦めて、恭介の寝顔を観察することにした。穏やかに寝息をたてて眠る彼の顔は、とても安らかだった。
(寝顔は昔と変わらないな……)
 子供のころ、よくこうして並んで昼寝していたことを思い出す。なんだかおかしくなって、理樹はそっと恭介の頬に手を伸ばした。
 ちょうどその時、恭介が目を覚ました。
「あっ、ごめん、起こしちゃった?」
 慌てて手を引っ込めると、恭介は理樹の顔をジッと見つめながら、言った。
「そっちじゃない……」
「へ?」
「下で硬いのが当たってる……」
 恭介の視線が、そちらに移っていた。理樹の顔が、通常の3倍の速さで真っ赤に染まっていく。
「ご、ごめんっ!! きょ、恭介、ぼく……その、ええとっ!」
「……ははっ。いいさ」
 恭介は笑いながら、むくりと身体を起こした。シーツがずれ落ちて、引き締まった身体が露わになる。そうして、理樹の頭の上に手を乗せると、ゆっくり優しく、撫でてみせる。
「そんなになってしまう程……俺のことを想ってくれてるってことだろ」
 理樹が、さらに顔を赤くして縮こまる。ただ、下のものだけは、縮こまらなかった。
「その熱い想い、もっと俺に感じさせてくれ」
「あっ……きょ、恭介……だめっ、や、んん……っ」
 恭介が、理樹の股間に顔を埋める。
 1年もの間離れ離れになっていた隙間を埋めるかのように、2人の情熱的な時間が始まった。≫



「最初に言っておきたいことがある」
「なんでしょう」
「これを最後までツッコまずに読んだ僕を褒めてぇぇぇぇぇっ!!」
「よしよし。なでなで」
「うがあああああっ!!」
「逆ギレはよしてください」
「ふぅはー……! ふぅはー……! なに!? なんなのこれ!? 途中までちょっと厨二っぽくはあるけどなんとなくいい感じだったのになんでいきなりBLになってんの!? 沙耶どこいった! 沙耶どこいったぁぁぁっ!?」
「どこにも行っていませんよ。黙って成り行きを見守っています」
「それってどう考えてもおかしいよねぇ!?」
「何もおかしいことなんてありません。目の前でBL展開が繰り広げられているんですよ? 女性なら傍でBLが見られるだけで幸せなんですから、邪魔なんてするわけないじゃないですか」
「その歪んだ常識を当然のように語るのはやめようよ! えぇい、西園さん、そこになおれぇいッ!」
「はい。よいしょ」
「なに胡座かいてんの!? ナメてんの!? 正座しなさい正座っ!」
「しかたのない人ですね……」
「なんか僕のほうが聞き分けないみたいにするのやめてくれる!? ああっ、もう! じゃあ上のほうから順にツッコんでくからね!?」
「……直枝さんのえっち」
「萌えシチュと見せかけて僕の相手が恭介に脳内変換されてるのは見え見えなんだよぉッ! いいから聞きなさいッ!」
「亭主関白にも程があります」
「僕はカカア天下だと思いますけどねぇ!」
「なんだか脱線してますよ、直枝さん」
「誰のせいだよッ! じゃあまず最初! なんか思いっきり敵に囲まれてるけど、これ結局何の意味があったの」
「え? そんなの衆人監視のほうが燃えるからに決まってるじゃないか」
「考えうる限り最悪の答えだった!」
「次いきましょう」
「なにしたり顔で仕切ってるの!? ええい、次! 鈴の死の扱いが軽すぎる! というか死んでる必要あるのこれ!?」
「それはお題が……いえ、なんでもないです。じゃあ鈴さんじゃなくて三枝葉留佳と書き換えておきましょう」
「ちょっとはマシになったけどそういう問題じゃないから!」
「次いきましょう」
「だから仕切らないでくれる!? 次! えーと、1年と13日、2時間41分19秒ぶり……ってこんな細かく覚えてるっておかしいでしょ! キモいよ! 『愛です』とか言い出されても正直キモいよ!」
「あ、それは、その部分を書いていた時に、実際に直枝さんと恭介さんが会っていない時間を433倍にしたのと同じになっているんです。えへん」
「なに誇らしげに語ってんの!? 433倍する意味がわからない! ていうかそんなきっちり覚えてるあたり、むしろ西園さんのほうが恭介のこと愛しちゃってる感じだよねぇ!?」
「それはないです。ありえません」
「即答! 変な修飾ナシであっさり風味なのがむしろ酷い気がする!」
「私、一途な女ですから。棗×直枝に一途ですから」
「後半いらないよねぇ!?」
「次いきましょう」
「もういいよ! 次は……そもそもBL展開がおかしいんだよぉぉぉぉぉっ!!」
「それを言ってはおしまいです」
「本当にねぇ!」
「ほら、早く次」
「なにいきなり偉そうになってんの!? 次! 日の当たるところには戻れないって言ってたそばからあたたかな陽光で目覚めちゃってますけど!?」
「あ、そこは単純にミスです。直しておきます」
「普通の対応が逆にツライ!」
「次でもう最後ですよね」
「確かにそうだけどそれってつまり自分でツッコミどころだって自覚があるってことだよねぇ!」
「はいはい次次」
「うがあああああっ! 次ィ! ただ、下のものだけは、縮こまらなかった……ってなんだよこの最悪に下品な補足はぁぁぁぁぁっ!!」
「赤くなって縮こまった、って表現はどうしても使いたかったんです。でも、やっぱり縮こまってるわけですから。気になっちゃうじゃないですか」
「そんなの気にするのは西園さんだけだよ!」
「甘いですね、直枝さん。恭介さんと直枝さんとの事後のピロートーク並みに甘々です」
「なにその最低な例え!」
「直枝さんはBL界を甘く見ていると言っているんです。こういう些細なミスで袋叩きにされてしまうことも、無きにしも非ずなんですよ?」
「他にもっと気にするべきことがあると思うけどねぇ! ああもう、はい終わり!」
「ありがとうございました。ぺこり。次こそはより完成度の高い作品を仕上げて、直枝さんをこちらの道に引きずり込みたいと思います」
「もうやめてえええええっ!!」





「ふぅ」
 きりのいいところまで書きあげたところで、一息つくことにする。椅子を引いて、ぐっと伸びをした。
「なに書いてるんだろうなぁ、僕は……」
 ざっと今回更新する予定の小説……小説もどきに目を通す。我ながらこのネタは正直どうなんだろう、と思うわけだが。でも、読者には西園さんとの話は好評なのだ。カウンターのまわり方が違う。となると、やっぱり書いてしまうわけで。今回で第131話になるわけだが、4分の1くらいで西園さんが大暴走しているような気がする。
「131話……か」
 正直なところ、自分でも筆の置き時を逃してしまっているような気がする。ネットの大海原からどうやってか僕のサイトを見つけ出した誰かが「面白いです」なんてコメントを送ってきて。1日の訪問者が次第に増えていって。僕はいつの間にか、逃避から始めた行為に楽しみを見出すようになっていた。
 僕は、いつになったらモニターの中のぬるま湯から抜け出せるのだろう。ぬるま湯は、確かに心地良いものかもしれない。でも、いつまでも浸かっていたら風邪をひいてしまう。
「りきー、ごはんだぞー」
「今行くよー」
 キッチンのほうから飛んできた鈴の声に応えて、僕は椅子から腰を上げた。
 ドアを開けてリビングに向かおうとして、ふいに振り返る。電源を入れたままのパソコンのモニターが、ぼんやりと光を放っている。
 ふと思う。
 西園さんって、あんな子だったっけ?


[No.625] 2010/01/09(Sat) 21:31:05
以下のフォームから投稿済みの記事の編集・削除が行えます


- HOME - お知らせ(3/8) - 新着記事 - 記事検索 - 携帯用URL - フィード - ヘルプ - 環境設定 -

Rocket Board Type-T (Free) Rocket BBS