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No.633に関するツリー

   第49回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2010/01/22(Fri) 00:00:33 [No.633]
じゃっじめんと - 遅刻の秘密@6617byte - 2010/01/23(Sat) 19:02:01 [No.646]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2010/01/23(Sat) 00:36:19 [No.642]
はぴねす - ひみつ@13917byte - 2010/01/23(Sat) 00:22:47 [No.641]
チェシャ猫とハローキティ - 秘密@7354byte - 2010/01/23(Sat) 00:02:33 [No.640]
熱血チャーハンホルモン風 - ひみつ@7816 byte - 2010/01/22(Fri) 23:14:57 [No.639]
希望の朝 - 秘密@4366 byte - 2010/01/22(Fri) 22:22:19 [No.638]
Graduation - 秘密@5926 byte - 2010/01/22(Fri) 21:20:20 [No.636]
Re: Graduation - 秘密@5926 byte - 2010/01/22(Fri) 21:27:58 [No.637]
彼女の趣味 - ひみつ@20326 byte - 2010/01/22(Fri) 21:08:11 [No.635]



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第49回リトバス草SS大会 (親記事) - 大谷(主催代理)

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「歌」です。

 締め切りは1月22日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は1月23日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.633] 2010/01/22(Fri) 00:00:33
彼女の趣味 (No.633への返信 / 1階層) - ひみつ@20326 byte

 学園祭当日。校内はお祭りムード一色に染まっていた。
 そんな喧噪の中、美魚は一人廊下を歩いていた。
「あれは……」
 あるクラスの前で美魚は足を止める。
 そこは古今の短歌などを紹介する演し物が展示されていた。
 内容が内容だからか人は疎らで、案内すべき生徒もあまり覇気がない。
「そう言えばこのクラスの担任は古文の教師でしたね」
 おそらく担任が演し物の内容を決めてしまったのだろう。
「覗いてみますか」
 時間を確認しながら頷き、美魚は教室へと足を踏み入れた。

「歌の意味と作者の解説が書かれているのですね」
 妥当ではあるが一般受けするようには見えない。
 逆に精通している人には物足りないだろう。
「中途半端に興味がある人向けですかね」
 私のようにと美魚は心の中だけで続ける。
 美魚自身短歌は好きだが、他者を批評できるほど知識があるわけでもない。
「ふむ……」
 にしてもと美魚は辺りを見渡す。
 掲示されている歌の多くは美魚が今まで見たことがあるものばかり。目新しいものもなくはないがどうにも彼女の感性には合わなかった。
「……あれは……」
 この場には不釣り合いな人物を見かけ、美魚は思わず声を上げる。
 何度か目を擦るが、当然のその事実は変わることはない。
「何故こんな場所にいるのでしょう」
 特徴的な変則ツインテール、縞々のニーソックス、黙っていれば美少女で通るのだろう可愛らしい顔。見間違うことがないその人物がそこに立っていた。
 すると向こうも気付いたのか、盛大に手を振って駆け寄ってきた。
「みーおちーん。やっぱ来たんだ」
「……大声で叫ばないでください。周りの人の迷惑です」
 美魚は少女――葉留佳に向かって醒めた目線で返した。
「えー、いいじゃん。それにあんま人いないですヨ」
 それはそうかもしれないが、ハッキリと言うべきことでもないだろうと美魚は小さく嘆息する。
「それで、何故あなたがここにいるのですか」
「ん?はるちんがここにいるのなんか変?」
「変です。何か悪いものでも食べましたか?」
 殊の外真剣な言葉に葉留佳は僅かにたじろぎ、そして頬を膨らませる。
「ヒドいなあ。私だってこういうの興味なくはないんですヨ」
「はぁ、なるほど。確かにたまには太陽が西から昇ることもありますしね」
「ないよ。それ天変地異じゃん」
 そのまま葉留佳は美魚の首に絡みつき、うだーと彼女の髪に頬を押しつける。
 そんな状態を鬱陶しく思いながらも剥がすのも面倒で、美魚は疲れたような目線で問いかけた。
「それで……」
「え?いや、だからデスネ……」
「寝言はいいので。そもそも三枝さんはまだ休憩時間ではなかったはずですが」
 元々クラスが違う二人は時間を合わせて学園祭を見て回ろうという約束を交わしていた。
 けれど予想外に早く休憩を貰えたので時間を潰そうとしたのだが、何故もういるのだろうと美魚は首を傾げた。
「……や、やははー」
 それに対する葉留佳の答えはわざとらしく視線を逸らすというものだった。
 それで直感する。というよりそれしかないと確信する。
「……サボったんですね」
 ジト目で美魚が睨むと葉留佳は冷や汗を掻きながら更に密着度合いを深めた。
「だ、だってみおちんに早く会いたかったんだもの」
「……」
 危うく動揺しそうになるが、美魚は強靱な精神力でそれを押さえ込んだ。
 おそらくいつもの戯れ言だろう。真に受けてどうすると美魚は自戒する。
「はぁー、迷惑です」
 顔が赤くなっていない自信がなかったため、美魚は葉留佳の腕に顔を埋めたまま冷たい声で返答した。
「うわーん、相変わらず突っ込みがキビシイ。愛が足りないぞみおちん」
「元よりありません」
 しれっと返すと予想通り葉留佳は不満そうに頬を膨らませる。
 そんな様子が楽しく、ついつい美魚は小さく口元を緩めてしまう。
「クスクスクス……」
 すると前方から第三者の笑う声が聞こえてきた。
 美魚は驚いて顔を上げると、そこには黒髪の儚げな少女が立っていた。
 見ず知らずの相手に笑われた。その事実に一瞬顔を赤らめそうになるが、どこかで見た顔だと思い出す。
 けれどどうにも名前が思い出せず、つい眉間に皺を寄せてしまう。
「うわっ、笑うなんて非道いですヨ、みゆきちん」
「クスクス……すみません」
 少女は頭を下げる。
「みゆき……ちん?」
 予想外の方向から名前のヒントが飛んできて、思わず美魚は聞き返してしまう。
 すぐにそれが失言だと思い、顔を赤く染めて視線を逸らしてしまった。
 けれど葉留佳は全く気にした風でもなく、美魚の言葉に反応した。
「うん、そうデスよ。古式みゆきだからみゆきちん。ちゃんと本人の許可も取ってありますヨ」
 その言葉に「ああ」と美魚は小さく声を上げる。
 古式みゆき。確かに目の前の少女は話題になった元弓道部の女の子だと今更ながらに美魚は思い出す。
「許可と言うには強引でしたが……」
 みゆきは苦笑を浮かべながらも穏やかに葉留佳に話しかける。
 その表情に以前見かけた陰鬱とした雰囲気はあまり感じない。
「うん?二人とも初対面?」
 美魚たちが全く言葉を交わしていないことに気付いた葉留佳が不思議そうに疑問を呈してきた。
「同じ学園の生徒ですから何度か会ったことはあると思いますが、言葉を交わすことは初めてです」
「ありゃ、そうなの」
「というかわたしの交友範囲の狭さは知っていますでしょう」
 美魚が告げると葉留佳は悪びれない表情で「そういえばそうでしたネ」と笑顔を浮かべた。
「それじゃあ改めてこのはるちんが紹介しますネ。こっちが私のマブダチのみおちん。本名西園美魚……でよかったっけ?」
「……マブダチという紹介のくせに本名が朧気というのはどういう了見でしょう。そもそもマブダチでもなんでもないですが」
 あんまりな紹介についつい美魚は目を細めて葉留佳を睨む。
 そんな美魚を敢えて無視しているのか、全く気にした風もなく葉留佳は紹介を続けた。
「そんでこっちが古式みゆきちゃん。ついさっきそこで知り合ったニューフレンズですヨ」
「よろしくお願いします」
「あ、はい。これはご丁寧に」
 ぺこりとみゆきが頭を下げてきたので、慌てて美魚もそれに習い会釈を返した。
 その横で葉留佳がこれで二人は友達ですねなどと宣っているが、口を挟むのが面倒くさくなって美魚は何も言わないことにした。
「ここで友達になられたのですか?」
 あまり会話には向きそうにない場所だが、どのように友人関係を築くまでになったか純粋に気になり美魚は問いかけた。
「ええその……短歌を見ていたら後ろから突然話しかけられて……いつの間にか……」
 答えるみゆきの表情には困惑の感情が浮かんでいた。
 そんな彼女に美魚は何とも言えない表情を浮かべ、呆れたように葉留佳に視線を移した。
「……時々あなたのその強引さが羨ましくなります」
「やはは、そんなに褒めないでくださいヨ」
「いえ、褒めてませんので」
「なんだとぉ〜」
 お気楽な言動に美魚は深い深い溜息を吐いて答えた。
 どうやら目の前の少女も自分と同様葉留佳の強引なスキンシップに巻き込まれた口だと分かり、自然と美魚はみゆきに親近感を抱いていた。
「そういえばどの短歌を見ていらっしゃったのですか?」
 その質問は特に意図したものではなかった。
「ええ、こちらです。『白鳥は 哀しからずや 空の青 うみのあをにも染まらず ただよふ』」
「え……」
 だから思わずその返答に美魚は表情を固まらせてしまった。
「なんかじっくり見てたんでついつい声かけちゃいましたヨ」
「……ただ少し目に止まっただけなのですけどね」
「ありゃ、そうなの?前から知ってたとかじゃ……」
「ないですね。ただどことなく惹かれてしまって」
「ふーん。だってさ、みおちん」
「え?あ、そ、そうですか」
 不意に葉留佳に話しかけられ、美魚は狼狽えた表情を表に出してしまった。
 それに気付いたのか、葉留佳は心配そうに顔を覗き込んだ。
「どしたの。なんかあった?」
「……いえ、別に」
「それにしては表情固いゾ」
 うりうりと頬に手を伸ばされ、美魚は深く嘆息した。
 やっぱり葉留佳のお気楽さが羨ましいなと改めて美魚は思う。
「うーむ、反応が芳しくないですネ。しからば……」
「え?」
 むにっという擬音と共に美魚の胸が後ろから揉みしだかれる。
「な、ななななにを……」
 脈絡のなさに美魚は身体を硬直させて目を見開いた。
「うーん、相変わらずちっちゃいデスネ」
「ふんっ」
「ぐぇ!!」
 美魚の右手からチョップが振り下ろされ、ゴス☆といい音と共に葉留佳の顔面に突き刺さった。
 そしてそのまま葉留佳は崩れるように倒れ込んだ。
「ふー、悪は滅びました」
 何かをやり遂げたような表情を浮かべ、美魚はみゆきに微笑みかけた。
「あ、あはは……」
 みゆきが脅えたように頬を引き攣らせるが、美魚はそんな彼女を不思議そうに見て首を傾げるのだった。
「お、乙女の顔になにするんだ、コノヤロー」
 がばっと勢いよく葉留佳が起き上がる。
「……生きていましたか」
 小さく舌打ち。
「ちょ、残念そうに言わないでヨ。うう、顔がヒリヒリする」
「確かに真っ赤ですね」
「他人事ー!!加害者が被害者に言う言葉じゃないデスよっ。うわーん、責任とれー」
「女ですから無理です」
 ばっさり切られて葉留佳はずーんと落ち込んでしまった。
「……鬱陶しいです」
「うぇーん、はるちんにもっと優しさを」
 泣きつくように葉留佳は美魚にしな垂れかかり、美魚は面倒そうに溜息を吐きその頭を押さえ付けた。
「本当にお二人は仲がいいんですね」
 そんな二人の様子を見てみゆきは羨ましそうに呟いた。
「……それは幻覚です」
 キッパリハッキリとした答え。
 それがまたおかしく、みゆきは口許を隠しながら小さく笑うのだった。

「そういやみゆきちんって短歌好きのなの?」
「え?」
 突然の物言いにみゆきは面食らったように葉留佳を見やる。
「いやほら、こんなとこそうそう来る場所じゃないじゃん。もっとこう学園祭なら一般的には華やかなとこ行くでしょ」
「……あなたが言いますか?」
 美魚はジト目で葉留佳に問いかける。
「やはは、はるちんは普通じゃないしネ。それにここにいたのは待ってればみおちんが来るかなって思ったからだもん。予想通り来たし」
「……あなたに思考を先読みされたのは屈辱ですね」
 本当に悔しそうに美魚は呟いた。
「それで?そっちもみおちんみたいに短歌とか好きなの?」
「……グッ」
 スルーされたことに珍しく美魚は歯がみした。
「……そう、ですね。短歌や古文といったものに今まで興味は持ったことありませんでしたね」
「ありゃ、そうなんだ」
 葉留佳は拍子抜けたような表情を浮かべる。
 美魚も少し意外そうな表情を浮かべた。
「ただ最近色々なものに興味を持とうと思いまして、試しているところです」
「ふーん。それってどんな理由?」
「ちょ……」
 あまりに葉留佳が普通に尋ねるので、美魚は慌ててしまった。
 立ち入ったことを聞くような間柄ではないのではと美魚は思ったが、そういう理屈は通じなかったらしい。
「……理由、ですか。そうですね、ついこの間まで人生のほぼ全てを弓に費やして来たのですが、それが無くなってしまいどうしていいか分からなくなりまして」
「ああ、そう言う時自分が空っぽだって思うよね」
 どこが実感が籠もったような葉留佳の物言いに美魚は少し気になったが、みゆきはそのまま言葉を続けた。
「空っぽ?確かに仰るとおりですね。吃驚するほどなにもなくてそれでつい近しい方に助けを求めたんです」
「助け?」
「ええ。正確には愚痴を聞いてもらっただけなのかもしれませんが。……その時その方が言われたのです、新しい趣味を持ってみればどうかと」
 過去に埋もれた記憶を掘り起こすようにみゆきは目を閉じながら言葉を口にした。
「そりゃまた、勝手デスネ」
「代わるものなど、そうは見つからないと思いますが」
 当事者の気持ちが分かっていないような言動の助言者につい二人は憤りを見せる。
 そんな彼女たちにみゆきは小さく微笑みを浮かべる。
「確かに。当時は私もそう思い反発を感じたのですが……」
 そこで言葉を切り、ほうっとみゆきは息を吐く。
「それでもそれが精一杯私の助けになろうとしてくださったあの方の想いだったのでしょうね」
 そうやって微笑むみゆきの頬にほんの少しだけ朱が差しているように見えたが、敢えて二人は言及しなかった。
「ふーん、だから今色々と探してると」
「ええ。折しも学園祭は様々な部活動が参加しますしね。見聞を広げるにはいいかなと思いまして」
「そっかそっかぁ」
 すると葉留佳は何か考え込むように顎に手を当てた。
 その様子になにかまた騒動を引き起こすのではないかと美魚は溜息を吐いた。
 それでも止めないところがリトルバスターズの空気に染まってきた証拠かもしれないが。
「よし、決めた」
 ポンと手を打つ葉留佳に美魚は面倒くさそうに視線を向けた。
「一緒に学園祭を回りましょう」
 葉留佳はドンとみゆきに向けて指を差した。
「……驚きました、あまりにも普通の提案で」
 どんな無茶を言い出すのかと身構えていた美魚は拍子抜けたように呟いた。
「ヒドッ。いったいはるちんをどんな人間だと思ってるんだーっ」
「言って欲しいのですか?」
「うう、みおちんのいじめっ子。そんなこと言うとこのツアーに誘わないぞ」
「ツアーだったのですか?」
「だったのですヨ」
 得意げに胸を張る葉留佳。
 そんな彼女を気の毒そうに美魚は見やる。
「って、その表情は何だーっ。『うわっ、なんだこいつ。なに得意そうな顔してどうでもいいこと言ってるんだ?ついでに胸を張るならもうちょっとボリュームがあった方がいいんじゃないか』とか言いたげですネっ」
「……ええ、概ねその通りです。エスパーですか?」
「むきぃー」
 美魚の驚いたような表情に葉留佳は地団駄を踏む。
 そんな様子をみゆきは呆然と見やる。
「って、それはそれとして行くよね」
「え、あの……いいのですか?今日知り合った私を加えるよりお二人で回った方が楽しいのでは」
「ふっふっふっ、このはるちんを無礼ないことですネ。三人だろうと、いや三人だからこそ楽しい学園祭遊覧ツアーを執り行ってみせますヨ」
「はぁ……」
 無駄に自信に溢れた葉留佳の言動にみゆきは少々引き気味に頷いた。
「……わたしが一緒に行くのはデフォルトなのですね」
「ん?嫌……」
「……まあいつものことですし反対はしませんよ」
「えへへ……」
 葉留佳は頬を緩めると、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「それじゃあレッツゴー」
「え?あ、その……ええっ?」
 強引に葉留佳に腕を取られみゆきはそのまま居室の外へと連れだれていく。
 そんな二人の後をしょうがないですねと呟きながら美魚も続くのだった。


「さてと、まずはそうですネ。……軽音部行ってみよっか」
「はっ?」
「確か今体育館で演奏してるはずですヨ」
 ぐいぐいと葉留佳は話を進めようとしてしまう。
「あ、あの、待ってください。いきなりそのような場所に行くのですか?」
 みゆきは困惑したような表情を浮かべ、葉留佳を見やる。
「何言ってるんですか。新しい出会いを求めるなら思いっきり方向性を変えないと」
「ええ?」
 そのまま強引に腕を取られる。
「あ、あの……」
 助けを求めるようにみゆきは美魚に視線を向ける。
 だが……。
「諦めた方がいいですよ。三枝さんはそう言う方ですから」
「そんな……」
 にべもない言葉にみゆきはがっくりと項垂れた。
「さあさあ。みおちんも行きましょう」
「はぁ、分かりました」
 三人はそのまま連れ立って体育館へと向かう。
                            ・
                            ・
「いやー、最後に見たあのバンド。あれはきっとメジャーに行きますね」
「……そうでしょうか。わたしには色ものにしか見えませんでしたが……」
 葉留佳が感心したように頷くが、美魚はそれを冷たい目でバッサリと切る。
「私は途中の女子だけで演奏していた方々が歌も見た目も可愛くて良かったと思いますが」
「ああ、あのガールズバンド。いやいや、はるちんのほうが歌は上手いですね」
「……身の程を弁えない発言ですね」
「なんだとー。はるちんの実力を知らないくせに。みおちんには今度一緒にカラオケに行くことを命じる」
「はいはい、分かりました。あとで他の方も誘っておきますね」
「うん、よろしくー」
 そんな二人のやり取りを後ろで楽しそうに見ながらみゆきは笑う。
「じゃあ次はどこいこっか」
 事前に配られたパンフと睨めっこしながら葉留佳が呟く。
「……将棋部とかどうでしょう」
 一緒にパンフを覗き込んでいた美魚がポツリと呟いた。
「えー、一気に地味ですネ」
「いいんですよ。派手なものを見たばかりなのですから落ち着いたものもいいと思いますよ」
「そういうもんかな。……うーんみゆきちんはいい?」
「え、私ですか?はい、構いませんが」
 いきなり話を振られ、少し面食らいつつもみゆきは頷いて答えた。
「そっか。そっちがいいならはるちんもオッケー。ちょっと興味あるし」
「……将棋は頭の回転が必要ですよ」
「むっきぃー、それは遠回しにはるちんが馬鹿だと言いたいのかーっ」
「さあ?」
 余裕の表情を見せる美魚。
 それを見て葉留佳はメラメラと対抗心を見せる。
「ふん、後で吠えずらかくなよー」
「いいでしょう。返り討ちにして差し上げます」
 二人は互いに不敵な笑みを浮かべると将棋部がある教室に向かって歩き出した。
「え?あ、待ってくださーい」
 取り残されたみゆきは慌てて二人の後を追ったのだった。
                            ・
                            ・
「くっ……まさかあのような手でくるとは」
 将棋部からの帰り、美魚は絶望に打ちひしがれたかのように肩を落としていた。
「ふふーん、はるちんの勝ちー」
「あのような定跡を無視したような打ち手の連発、よく成功しましたね。部員の方々も驚いていましたが」
「へへん、はるちんは天才ですから」
「よくまあ、あのような悪手から勝ちましたね。偶然とはいえ恐ろしいです」
 納得がいかないように葉留佳を見やりながら美魚は呟く。
「いやいや、その辺はちゃんと計算しましたよ。これでもゲームみたいな計算ならはるちん大好きですし」
「そう言う冗談は笑えませんが」
 冷ややかな視線で美魚は返す。
 受ける葉留佳は不敵な笑みを浮かべたままだ。
「いいでしょう。ならば次は囲碁です」
「無謀デスネ。返り討ちにしてあげますヨ」
 言うが早いか、二人は睨み合いながら次の教室へと向かってしまった。
「え、また?三枝さーん、西園さーん」
 またも一人取り残されたみゆきは慌てて廊下を走り出した。
                            ・
                            ・
「なんで〜」
 教室から出た葉留佳はどんよりとした雰囲気を漂わせながら呟いた。
「ふん。あのような定石破りを続けて勝てると思っていたのですか?」
「うう、だって〜」
「三枝さんは考えが足りないです」
 ばっさりと美魚は切り捨て、葉留佳は盛大に肩を落とすのだった。
「うう、なら次は麻雀で……」
「あの……」
 葉留佳が次の場所を決めようとするとその後ろから遠慮がちに声が掛けられる。
 二人は不思議そうに振り返るとそこには困ったような表情を浮かべるみゆきの姿があった。
「次は私が決めてもよろしいでしょうか」
「す、すみません」
「やはは、ごめんごめん」
 恥ずかしそうに俯く美魚と頬を掻く葉留佳。
 そんな二人に気にしないでくださいと首を振りみゆきは次の場所をパンフで指し示した。
「茶道部?」
「ええ。お二人ともお疲れでしょうからそこで休みませんか?」
 にっこりと微笑みながらのみゆきの提案。
 それに僅かに思案した後二人は口を開いた。
「それならば喫茶店などどうでしょう。寛げると思いますが」
「ええ。ならクド公の家庭科部に行こうよ。あそこの方がもっと寛げるって」
 二人はやいのやいのと言い合いを始めるが。
「あの……私の新しい趣味を探すという試みだったと思うのですが」
 申し訳なさそうに口を挟んだみゆきの言葉に二人は一斉に口を噤むのだった。
                            ・
                            ・
 そんなこんなで三人は文化系や体育会系など様々な演し物を見て回り、現在まったりとクレープを食べながら校内を歩いていた。
「めぼしいのは一通り見て回りましたか」
「やはは、ちょっと疲れましたよ」
「すみません」
 二人の言葉に思わずみゆきは頭を下げる。
「いやいや、気にすることないって」
「ええ、そうですね。わたしたちが好きでやっていることですから」
「はあ、ですが……」
 尚も言いつのろうとするみゆきに葉留佳が強引に話題を変えるように質問をぶつけた。
「そういやその巫女服、どう?着心地いい?」
「これ、ですか?」
 今みゆきは貸衣装屋で借りた巫女服に身を包んでいた。
「そう、ですね。袴とは若干違いますが悪くはないです」
 と言っても本物ではないらしく生地はあまり質は良くはなかったが、それでも着心地に問題はなかった。
「ほうほう。みおちんもメイド服可愛いね」
「はぁ、ありがとうございます。少しスカートの裾が短くて心許ないですが」
「なに言ってんの。それが萌えじゃん」
 葉留佳の言動に美魚は醒めきった目線を向けた。
 ちなみにみゆきはよく分からなかったらしく、不思議そうに小首を傾げた。
「で、はるちんはどう?シスター服、なんか清楚っぽいデスよね」
 ヒラヒラとスカートを摘みながら美魚に問いかける。
「……何か邪神でも崇拝してそうですね」
「なんですとーっ」
「とりあえずその教会には告白に行きたくはありません」
「うわーん、みおちんはいじめるー」
 泣きつくようにみゆきへとしな垂れかかり、彼女は少し困ったような表情を浮かべた。
「はぁー」
 額を抑えながら美魚は溜息を吐く。
 すると不意に後ろから声が聞こえてきた。
「やっと見つけたわ、葉留佳っ」
「げっ、お姉ちゃん」
 突然の呼びかけにおそるおそる葉留佳は振り返る。
 美魚たちもまた不思議そうに振り返った。
 するとそこには何故か鼻を抑え首を横に向ける佳奈多の姿があった。
「お姉ちゃん?」
 葉留佳は心配そうに声を掛ける。
「なに、あの可愛さは。犯罪よ犯罪。これは保護しなくちゃ、みんなが葉留佳の可愛さにやられちゃうわ」
 ぶつぶつと呟くその姿はどうにも不審人物にしか見えなかった。
「ちょ、お姉ちゃーん」
 耐えきれなくなって思わず葉留佳は姉へと呼びかけた。
「はっ、危ない危ない。……ふぅー、コホン。葉留佳、あなたは一体全体ここで何をしてるの?」
 色々と突っ込みたくなったが三人は大人しく話を聞くことに決めた。
「え?いや学園祭回ってるんだけど……」
 何を言ってるんだという表情で佳奈多を見やる。
「あんたねえ、休憩時間前に抜け出したでしょ」
「あ、それはその……」
 どう言い訳しようかと考えていると不意に佳奈多の勢いが弱まった。
「なによ、人がせっかく張り切ってたのに」
 ブツクサと文句を言う姉の姿を葉留佳は面倒くさいなあ思いつつその表情に笑みが浮かぶ。
「はいはい、はるちんが悪かったですヨ。ほら、一緒に行きましょ」
「いいわよ。別に私といたくないから抜け出したんでしょ」
「そんなこと言ってないじゃん。もう、機嫌直してよお姉ちゃん」
 言いながら佳奈多の腕に抱きつき、引っ張る。
「ほらほらお姉ちゃん。じゃ、そういうことではるちんはここで退場します。ごめんね二人とも」
 葉留佳は謝りながら佳奈多と二人連れだって雑踏の中へと消えていった。
 途中「そんな格好じゃ誰かに襲われるわ」などと宣う声が聞こえたような気がしたが、二人は華麗にスルーすることに決めた。


「えっと、それでどうしましょう」
「はぁ、そうですね」
 葉留佳がいなくなってすぐ会話に詰まってしまった。
 美魚は葉留佳の脳天気さというか明るさを改めて羨ましく思うのだった。
 けれどなにもしないわけにはいかない。
(そうです、動かなくては)
 葉留佳に頼り切りなどよくない。そう思い美魚は意を決してみゆきに問いかけた。
「古式さんは男同士の友情に興味有りませんか?」
「はい?」
 とりあえず自分の趣味を軽く紹介してみようと美魚は決めた。
 それならば話も弾ませられる自信がある。みゆきが頷いたらお薦めの本を扱う文芸部へでも連れて行こうと彼女の返答を待つのだった。


[No.635] 2010/01/22(Fri) 21:08:11
Graduation (No.633への返信 / 1階層) - 秘密@5926 byte

「結構混んでるね」
「予約しといて正解だったな」
「部屋ここか?」
「うん。そこ」

「思ってたより広いな」
「あっちにアイスあったぞ!取り行こうぜ!」
「んじゃ、理樹ここに居てくれ」
「えー」
「お前のも取ってくるからさ」


「えーっと、恭介卒業おめでとう。かんぱーい!」
「「「いやっふーーー!!」」」
「…そんな乾杯の掛け声初めて聞いたよ…」
カンカンとコップの当たる音。
「それじゃあ『恭介卒業おめでとうカラオケ大会(21)』を開催します」
「「「「わふーーー!!」」」」
「あれ!?今クドの声しなかった!?」
「気のせいだろ。そんなことより(21)てなんだよ」
「恭介らしいと思って」
「だから俺は(21)じゃねーっつーの!」

「さてと、歌うか」
「誰から歌う?」
「オレが歌う」
「真人か。つーかお前ら大丈夫なのか?」
真人と謙吾を見て言う。
「一月前から理樹に教えてもらっていた。歌うなど音楽の授業以外で初めてだが問題ないだろう」
「うん。二人に教えてたんだ。僕も巧い訳じゃないけど…」
「いや、筋肉しか解らない俺でも理樹は巧いと思うぜ?」
「んで何歌うんだ?」
「…おっ、あった」
「おぉ、サザンの『YA YA 〜あの時代(とき)を忘れない〜』か」
「卒業つったらこれだろ」
「緊張しちゃダメだよ真人。声が悪くなっちゃうから」
「筋肉筋肉ぅっ!!」
真人の大声がマイクで拡張され3人の耳キーンさせる。
「理樹、何も言わなくていいぞ。こいつは馬鹿だからな」
「はいはい。ごめんなさいでしたー」
イントロが流れ、真人は歌い始める。

「やるじゃねぇか。真人」
「うん。教えた甲斐があったよ」

秋が恋を せつなくすれば ひとり身のキャンパス 涙のチャペル あぁ、もうあの頃の事は夢の中へ 知らぬ間に遠く Yes go by. Suger Suger Ya Ya Petit Chaux. 美しすぎるほど Pleasure Pleasure La La Voulez-Vous 忘られぬ日々よ

「…ふう。筋肉のお陰で助かったぜ」
「理樹のお陰だろうが」
「次は誰?」
「俺だ」
「頑張れ謙吾」
「任せろ。毎日朝稽古しながら聴いていたからな」
「それって集中でるの?」
「馬場俊英の…君がくれた未来か」
「ライブのはないか。あっちの方が卒業らしいのだが」

旅立ちの時が今来たのに悲しくないのは何故だろうって考えてた 走り抜けた季節幾つも鮮やかに蘇る度寂しさより君がくれた優しさが胸に巡るから雨上がりの光浴びて眩しいくらいに照された 忘れないよあの街並みあの日のあの輝きを言葉はもう要らないから見えなくなるまで笑ってよ忘れないよ君がくれた未来 僕らの光が走り抜けた時代

「お疲れ。やるじゃねえかお前ら」
「理樹のお陰だな」
「そんなことないよ」
「次は理樹か?」
「うん」
「Sun Set Swishの『ありがとう』か。平気か?声高いぞ?」
「頑張るよ」

頑張る事が辛くても走り出せるから きっと きっと あなたのように 今どうしようもなく止めどなく溢れ出す涙を辿れば思い出の中に居るあなたに会える ずっとどうしてもどうしても素直に言えなかった ホントにありがとう

「良くそんな高い声が出るものだな」
「ちょっと鈴っぽくなかったか?」
「それは…無いような有るような…」
「次は恭介か」
「俺のターン!」
「おぅ!?」

息を切らしてさ 駆け抜けた道を振り返りはしないのさ ただ未来へと夢を乗せて 閉ざされたドアの向こうに新しい何かが待っていてきっときっとって君を動かしてる 良いことばかりではないさ でも次の扉をノックしようもっと素晴らしいはずの自分を探して胸に抱えこんだ迷いがプラスの力に変わるようにいつも今日だって僕らは動ごいてる やな事ばかりではないささあ次の扉をノックしよう もっと大きなはずの自分を探す終わりなき旅 終わりなき旅

「ミスチルの『終わりなき旅』か。これイヤホンの片方だけ着けてると不思議な感じがするよね」
「一巡したから真人だな」
「おう」

遠く離れて High-School 揺れる想い出 心にしみる夏の日 恋人の居場所も今は知らない 毎日変わる波のよう あの日々はもう帰らない幻に染まる もう逢えないのだろうMy Friends 時が流れるまま She was in love with me one day 涙が溢れちゃう

「『YA YA』の方が有名だけどこれも良いよね」
「『夕陽に別れを告げて〜メリーゴーランド』メリーゴーランドって着くんだな」
「俺の番だな」
「コブクロの『ここから』か。一人で歌うのか?」
「取りあえずな。後で誰か一緒に歌うか?」
「良いねぇ。やろうぜ」
「どっちが、どっち歌うの?」
「うーむ…。おっと、始まるから後でな」

手を取り駆け上がった階段を 描きかけのままのキャンパスを 言葉じゃもう足りなくて目を閉じれないよ同じとき同じ道を歩んだ時代の証はまるで泥だらけスニーカーのような埃まみれのヒストリー同じとき同じ道を歩んだ時代の証はまるで泥だらけスニーカーのような埃まみれのヒストリー 時が果てるまで笑って 肩叩きふざけあって最後は何を写そう もうすぐ消える灯りに

「『桜』とかよりずっと卒業っぽいよな」
「…桜を歌おうと思ったんだけど…」
「…マジで?」
「マジで」
「…悪い理樹…」
「桜は桜でも『桜日和』だけど」
「っておい。星村麻衣かい」
「女性の曲だが良いのか?」
「大丈夫だろ。理樹は女だからな」
「いや違うけど」

追いかけた日々の中に刻まれた足跡は何よりも掛け換えのない宝物 君と僕と桜日和風に揺れて舞い踊る 止めどない思いが溢れ出して涙が込み上げた 君と僕と桜日和風に揺れて舞い踊る まだ見ぬ未来を胸に抱いて 見上げた先は桃色の空

「本当に女子みたいだな。理樹は」
「あ、そこに来ヶ谷が」
「うそ!?」
「嘘だ」
「寄ってきかねないな」
「西園もな来そうだな」
「不穏な話しないでよ…」
「何歌うんだ?恭介」
「『白い雲のように』」
「あー…、アーティスト誰だっけ?」
「猿岩石」
「電波少年のヒッチハイクの人達だよね?」
「そうだ。なつかしいなぁ、あれ」

遠ざかる雲を見つめてまるで僕たちのようだねと君がつぶやく 見えない未来を夢みて ポケットのコインを集めて行けるところまで行こうかと君がつぶやく見えない地図を広げて くやしくて こぼれ落ちたあの涙も 瞳の奥へ沈んでいった夕日も 目を閉じると輝やく宝物だよ 風に吹かれて消えてゆくのさ僕らの足跡 風に吹かれて歩いてゆくのさ 白い雲のように

「この曲聴いてると、こんなことあったな、って色々思い浮かんで来るんだよね」
「あの河原の夕陽綺麗だよなとか」
「風に吹かれて消えていくのが何とも恭介らしいな」
「おいおい、勝手に消すなよ。まぁ、強ち間違いではないけどな」
「さてと。卒業ネタはこんなもんなか」
「うん。後は歌いたい曲歌おっか」


「…おいおい、大丈夫か?真人、謙吾」
「…これほどまでに疲れるものなのか…」
「喉の筋トレしとくべきだったな」
「あれだけ歌えばね」
「やっぱアーティストは凄いよな。ライブだったら2、3時間歌いっぱなしだしな」
「そろそろ帰る?」
「そうだな」
「そうだ。恭介」
「ん?」

「「「卒業おめでとう!!」」」
「おぉ、お前らも元気でな」


素敵な見たYesterdays そんなふうに思う明日が来る 悔しい気持ちは必ずいつの日か嬉し涙になる 僕はそう信じてるよ 小さな頃のように
馬場俊英 小さな頃のように


[No.636] 2010/01/22(Fri) 21:20:20
Re: Graduation (No.636への返信 / 2階層) - 秘密@5926 byte

使用楽曲

真人
YA YA 〜あの時代(とき)を忘れない〜  サザンオールスターズ
夕陽に別れを告げて〜メリーゴーランド サザンオールスターズ

謙吾
君がくれた未来 馬場俊秀
ここから コブクロ

理樹
ありがとう Sun Set Swish
桜日和 星村麻衣

恭介
終わりなき旅 Mr.Children
白い雲のように 猿岩石

馬場俊英 小さな頃のように


[No.637] 2010/01/22(Fri) 21:27:58
希望の朝 (No.633への返信 / 1階層) - 秘密@4366 byte

「あいうぉんちゅー」
 と間延びした声で告白された。しかもお菓子を食べながら。仰向けで。溜息を吐きながら食べかすを床に落としてあげる。ムードとかないのかしらね。昔からいつもそう。初ちゅーとか初同衾とか初リスカとか。そういう大事な私事を適当に言う癖も止めて欲しい。その度に私が東奔西走する羽目になるのだ。ちゅーは授業中でも。同衾は夜中にひっそりと忍び込まれ、忍び返し。リスカは殴って止めた。今だって膝枕してお菓子を口まで運んであげたりしている。いきなり電話してきたと思ったらこうだ。恋人って言うより来い人って感じ。さて、私はどう返事したら良いのかしら。「大好き大好きちゅっちゅっ」とかする訳にもいかないし。だからと言って頬を赤らめつつ「べ、別に好きじゃないんだから! 可愛そうに思っただけなんだから!」とかはもういい加減ワゴンセール並みに飽きられてるし。脳みそを心持ち反対になるまでひねって考えてみる。そういえばこの前テレビで知らない人が「何も言わずに抱き締めてあげましょう」とか言っていたような気がする。まああっちの場合は犬でこっちは人間だけど。けれど、この子猫っぽいし。まあ動物繋がりと言う事で、一つ。抱き締めて「ぼーくらはみんなー」歌ってみる。うざそうな目で見られた。舌打ちまでされた。
「ばーかばーか」
 流石に頭にきたので抱き締めを強くしてうなじにちゅー。「うなぁぁぁぁああ!」もがきだす腕の中の猫。発情期なのか倦怠期なのかわからない。という事で続行。頬にちゅーしてぢゅーっと肌を吸い、堪能する。この子の味とかはしないけど、幸せの味がした。失笑。私より標高の低い胸を遠慮も準備もなしに揉む。もにゅとかむにゅ、よりはみょむって感じ。というか、本当に胸無いわねこの子。私達ぐらいの年になればそれなりにあっても良さそうなものだけれど。男は好きよね、この脂肪の塊。高校の時はあんまり目立たなかったけれど、今だと結構目立つ。走る時邪魔だったわ。大きいって罪だわ。今揉んでいる小さい山もギネスに載る位大きくなれば良いのに。そういえば今日は大人しく揉まれているわね、と思っていたら急にじたばたし始めた。もしかして本当に発情期なのかしら。顔赤いし。あ、違う。声の感じからして恥ずかしすぎてフリーズしてたの?可愛いったらありはしないわ。テンションが上がってきたので、私も一緒にじたばたしてみた。もみくちゃのくちゃくちゃ。くんずほぐれつをして、いつの間にか私は彼女に覆いかぶさっていた…。なんて何処かの漫画じゃあるまいし。あんなに都合良くなる訳ないじゃない。故意よ、恋故の。我ながら寒すぎたわ。実際には机の上の飲みかけのジュースとかコーヒーが落ちてきて服が濡れる程度よ。あと薬がばらばら落ちてきた。暖房の所為で薄着だったから肌が透けて見えている。お互いの青い丸とか赤い線とか三日月っぽい穴とか連なってるでこぼこが見える。あらら、お互い酷いわね。
「これ」右腕の贅肉が気になる所に開いた三日月を指差してくる。
「うん?」
「いつのだ?」
「一昨日よ。夜中に急に暴れだしたから」
「そっか」
 しゅんとうな垂れてしまったので、さっきとは違い優しく抱き締めてあげた。つもり。肩にあごを乗せて、ゆっくりと息を吐く。
「そんな事よりも手首のそれ、いつやったの?」赤い線がひい、ふう…十本ぐらい走っていた。
「ん、一ヶ月ぐらい前だな」
「…全然気がつかなかったわ」
「湿布とかで上手く隠したんだ」胸を張られた。張るほど無いくせに。
「今すぐ自分を殴りたいわ。適度な強さで。」
「あたしが代わりに殴ってやろう」右頬を適度とは程遠い強さで殴られた。「ありがと」
 もう虐待とか虐めとか、そんな物は受けていないのにお互い傷だらけなのは変な気分。もう慣れたけれど。ぬれぬれのすけすけのまま冷蔵庫に向かって、ミネラルウォーターと睡眠薬の奥に仕舞われていたお酒を二つ取り出す。消費期限とか気になったけれど、まあ大丈夫でしょう。というか、これ度数高いわね。はい、と片方を押し付け私はプルタブを開けた。片手で開けられるのは密かな自慢。
「飲むのか?」
「もう飲んでるわよ。…まーずーい」
 お酒を美味しいと思ったことは一度も無い。思ったのは、痛い、まずい、最高。ぐでんぐでんになって。吐くまで飲んで。ふらふらになって。がぶがぶ。どすどす。ばしばし。ぐさぐさ。そして寝る。その過程を一つ位ショートカットしたい気持ちもあるけれど、さぼらないで通っても結局は幸せ。血とか汗とか涙とかと一緒に流れてしまわないか心配になるほどに、幸せ。今回もそうなる事を祈って、またお酒を煽った。




 



 翌朝。真っ赤な右腕になった私はギリギリの所で赤くなっていない左腕で、季節外れのサンタをお風呂場まで引きずる。服を着たままシャワーを浴びて、血とかその他諸々を洗い流す。
「…っ。あーああああーああー」無駄にビブラートとかをして、悲鳴の証拠隠滅を図る。どうにか完全犯罪に出来たみたいで一安心。サンタにもシャワーを浴びせ無理矢理意識の覚醒を促す。心地良い悲鳴が響き、その後に小さくお礼が聞こえた。私は笑って、二人の上にシャンプーやらなんやらを振りかけてもう一度笑う。
「おはよう。今日も新しい朝よ」
 さて、健康のためにラジオ体操でもしましょうか。
 


[No.638] 2010/01/22(Fri) 22:22:19
熱血チャーハンホルモン風 (No.633への返信 / 1階層) - ひみつ@7816 byte

 これはひどい。
 なぜかマッチョの理樹君に「生まれ変わった僕を見て!」と押し倒され、(21)に「さあ今すぐこのランドセルを背負うんだ」とのしかかられ、筋肉に「マッスル!」とのしかかられ、剣道に「マーン!」とのしかかられ、息苦しさで目が覚めた。夢だった。
 なんだ夢かああよかったファッキン。と思ったら私の自慢のお胸様に顔をうずめて幸せそうに眠るアホ面。葉留佳君だった。
 そういえば、うつぶせに寝るなどして胸が圧迫されると、悪夢を見やすくなるという話を聞いたことがある。どこで聞いたんだったかな。思い出したひ●らしだ。
 そんな益体もないことを考えながらも葉留佳君の体を揺さぶり起こす。ガン寝していた。まぶたをこじ開けて息を吹きかけてやった。飛び起きた。
「姉御ひどいっすヨ!?」
「私のおっぱいまくらを勝手に使用した罰だ。ほらそこにいけに――いや鈴君と理樹君が寝ているぞ。そっちにいったらどうだ」
「いやー、鈴ちゃんのは迫力が足りな――ごめんなさいなんでもないです」
 軽くにらんでやったらあわてて鈴君に飛びかかり、そのまま蹴り飛ばされて床に転がる葉留佳君。さらにその衝撃でテーブル上のグラスが倒れ、水で薄まった酒と氷が葉留佳君の頭にだばだばだー。鈴君・理樹君は身を寄せ合ってぐっすり。
 まったく、おっぱいを馬鹿にするからバチがあたるんだ。おっきいおっぱいちっちゃいおっぱい、やわらかおっぱいかためおっぱい。おっぱいに貴賎はなく上下もなく、ただそこにあるだけのおっぱいであるというのに選り好みするんじゃない。
 ……いま何時だ。二時か。むこうはまだ盛り上がってるのだろうか。
 私はひとり騒ぐ葉留佳君を残し『ダベリ部屋』を出て、向かいの『歌い部屋』に入る。
『ガガガ・ガガガ・ガ●ガイガー! ガガガ・ガガガガ・ガオガ●ガー!』
 馬鹿ふたりが熱唱していた。たしか子供のころにはやったアニソンだ。
 盛り上がっているふたりより楽しそうな恭介氏。隣には手をたたきはしゃぐ小毬君。反対側の隣ではクドリャフカ君が船をこいでいる。向かいにはひたすらに曲目をめくり続けている美魚君。個人差はあるが、全員顔が赤い。
 とりあえずクドリャフカ君の隣に座り、ふらふらと揺れている頭を私のふとももに押しつけた。なんの抵抗もなくぽてんと倒れたクドリャフカ君は、そのままくーくーと寝息を立てた。そこまで眠いなら無理せずとも良いのに。
 ふと恭介氏を見ると、ものすごい形相でこちらを見ていた。肩に頭がこつんとか、あわよくば勢いそのまま膝枕とか、ラッキースケベを狙っていたらしい。十年早いのだよ。
 テーブル上に乗っていた、おそらくクドリャフカ君のであろうカルーアミルクをあおる。
 甘っ。
 ガムシロップで甘みが強化されていた。どんだけだ。
 一際大きい絶叫と、それよりも大きなギターの音。静寂。右から左に聞き流していた熱唱が終わったらしい。私はグラスを置き、「カ・エ・レ! カ・エ・レ!」と賞賛を送る。マジ泣きされた。
 画面には、次に予約されていたのであろう曲がでかでかと浮かんでいた。●キシ●ムザホルモンか。なかなかにCOOLじゃないか。恭介氏か。
 そしてマイクを手に取る、美魚君。
『…………』
「…………」
『……、いけませんか?』
「いや……」
 とりあえず、美魚君のデスボイスは胸にきた。こう……色々な意味で。



 ざあざあと雨降りに、舌打ちひとつして空を見上げる。恨みがましい視線を意にも介さず、空は雨を吐き出し続ける。その視線を下に降ろせば、いくつかのグループに分かれて談笑するリトルバスターズのみんな。
 よくもまあ全員集まれたものだ、といまさらながらに感心する。
 大学生やフリーターの私たちならともかく、社会人の恭介氏や海外留学中のクドリャフカ君まで。
 なんの因果か運命か。突発的に理樹君が発した「同窓会をしよう」が見事全員参加という快挙を遂げていた。まあ理樹くんのことだから、あらかじめみんなの予定を把握しておいたのだろうな。なんせ理樹君だし。
 呑みからカラオケになだれ込むと言う比較的ポピュラーな流れの同窓会は、朝方カラオケの閉店時間と共に終わりを告げた。
 名残を惜しむでもなく、「じゃあね」「またね」とあっさり解散と相成った。誰もが再会を疑ってない顔だった。きっと、私もそんな顔をしていたはずだ。
 恭介氏と小毬君とクドリャフカ君、理樹君と鈴君と美魚君は向かう方向が同じと言うことで、それぞれタクシーに乗って帰っていった。私と葉留佳君は歩いて帰れる場所だったので全員を見送ってから歩き出した。地元万歳。……ん? 誰か足りないような……まあいいか。
「あーねごーぅ」
「葉留佳君キモイくっつくな」
「ひどいっすヨ姉御ー。この折り畳み傘は誰のだと思ってるんデスか?」
「私が持っているから私のだな」
「私のだってば!?」
「ええいくっつくなうっとうしい」
「傘が小さいからしょうがない、しょーがない」
 えへへー、ぴとー、とかなんとか言いながら寄り添うと言うか寄りかかってくる。コイツ、実は自分で歩くのが嫌なだけなのでは?
「とゆーか、ゆいねえなら傘なくても大丈夫なんじゃあないデスか?」
「なんだそれは水も滴るいい男になるから大丈夫だむしろ漢だとそう言いたいのか。そうか喧嘩打ってるのか安く買い叩いて売り返してやるぞあぁん?」
「被害妄想っすよ!? そうじゃなくて、雨とかよけて動けそうだなーと」
「無理だ。いくら私でもできることとできないことくらいある」
「そすかー」
「だがしかし、葉留佳君ならできる」
「無茶振りktkr!?」
「あきらめるな……あきらめるなよそこで! なんであきらめるんだよ頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれって、やればできる自分を信じていけNever give up!」
「なんかやればできる気がしてきたー! とりゃああああ!!」
 店長に教えてもらって見たら爆笑した動画ネタを披露してみた。正直うまくいくとは思わなかった。さすが松岡修●。
 小さい傘のなかから飛び出して、猛ダッシュで駆ける葉留佳君。水溜りですべって転んでいた。ついでにその衝撃でナイアガラリバースしていた。
 目を回して気絶している葉留佳君の首根っこをつかんで、ため息混じりにひきずって歩いた。



 我が家に到着。ゲ●と雨でぐちゃぐちゃな葉留佳君をバスタオルと一緒に風呂場に放り込んで自身は部屋着に着替える。
 時計を見ると朝六時。今日は九時からバイトがある。……寝るか? いや、起きていた方がいいか?
 どうにも判断がつかないままうんうんうなっていると、三十分以上経っていた。ついでに葉留佳君が全裸で風呂場から出てきた。寝るのはあきらめよう。
「ふいーさっぱりしたーってここどこー!?」
「私の部屋だ。とりあえず服を着たまえ、もしくは隠せ」
「うわわわわ!?」
 しゅぱんっ! と風呂場に巻き戻る葉留佳君。ばっちり全部見させてもらったが。
「姉御ー服がずぶぬれで着られないですヨー」
「洗濯機の横に、買ったはいいが使う機会がなくて一度も着ていないバスローブがあるからそれを使いたまえ」
 どこだー、これかー、こうかー、てりゃー。
 意味不明な掛け声の後に、真っ白なバスローブ姿の葉留佳君が出てきた。
「……やはは。なんか、これ着てるとオカネモチになった気分ですネ?」
「また少しおっぱいが大きくなったんじゃないか?」
「人が必死に話題をそらそうとしてるのに!?」
「だからこそだよ」
 うわーはずかしーと転げまわってる葉留佳君をまたいで、キッチンに向かう。炊飯器を開け、冷蔵庫を開け、振り返る。
「さて葉留佳君、食欲はあるかね?」
「おおっ!? 姉御料理できたんデスか!?」
「馬鹿にするなよ。私だってそうめんぐらいつくれる」
「選択肢ないじゃん!?」
「まあ冗談だ。スペイン料理とイタリア料理と中華料理、どれが食べたい?」
「おー。なんかホンカクテキー。んーと、じゃあ中華」
「よしチャーハンだな」
「ショミンテキー!? ち、ちなみにイタリア料理だとなにが出てくるんですか?」
「リゾット。ちなみにスペイン料理はパエリアだ」
「全部お米じゃないですか!」
「お米食べろ!」
「いや食べますけど!?」
 冷蔵庫から取り出すのは卵とたまねぎとウィンナーとカニ風味サラダ。
 たまねぎとウィンナーを刻んで炒めて、炊飯器からご飯を出して、卵を溶いて――。
「そう言えば葉留佳君はアレルギーとか……」
 寝ていた。
 他人様のベッドを占領して眠っていた。まあ昨日から馬鹿騒ぎしていたからな。しょうがない、しょーがない。
 私は窓まで歩き、閉まっていたカーテンを全開にした。容赦ない朝日が部屋を照らす。雨はあがっていた。
 窓を開けると、湿った風がほほをなでた。うっとうしかった雨だが、あがってしまえばそこには涼やかな空気が広がっていた。
 雑草で荒れ放題の庭に、彩りをつけるかのように赤い花が咲いていた。カトレヤか? だからどうした。
 ベッドの横にちゃぶ台を置いて、その上に皿とコップとレンゲを並べる。
 キッチンに戻り、溶いておいた卵を熱しておいたフライパンに投入。卵が固まる前に白くて生暖かい塊つまりはご飯をぶち込み、混ぜる交ぜる雑ぜる。フライパンをゆすると米粒と卵が宙をキレイに舞う。ある程度炒めたらたまねぎとウィンナーを投入。完成。
 私はチャーハンをフライパンごとちゃぶ台まで運び、朝日が蹂躙する中眉をしかめながらもいまだに眠る葉留佳君に一言。
「――チャーハンできたよ!」


[No.639] 2010/01/22(Fri) 23:14:57
チェシャ猫とハローキティ (No.633への返信 / 1階層) - 秘密@7354byte

 ねえ鈴なにしてるの? と尋ねたら、ようつべ、と言われて、僕は些か悲しい気持ちになったのだった。
 あなたがワーグナーを聴き始めてから云々、という歌があったけど、君がyoutubeにはまり始めてから僕たちのささやかな関係性はインターネットという無限のコミュニティに浸食されようとしているのではないか、という仮説など立てているのは、要するに僕が手持ち無沙汰だからであった。
 某ディズニーランドの膨大で超大で悠然とした待ち時間もPSPを覚えた鈴に敵はない! という感じで乗り込んだのはいいけれど、10分経ち、1時間経ち。ついでに言えばこの遊園地に観覧車は無いってことに今気がついて更に憂鬱になった。観覧車から望むディズニーランドの華やかな光の星々。それらは3番目に綺麗なのだ。恥ずかしくて耐えられないからそれ以上考えない。もう無駄だしね。ああ、憂鬱。でも憂鬱になってばかりはいられないで、僕も楽しまねばならなかった。せっかくみんなとの約束を断ってまで来てるんだからさ。それにしてもこれは割と苦行。
 ホーンテッドマンションでは隣に座ったお化けに驚いたり僕の期待通りの反応を見せてくれたし、カリブの海賊にはしゃぐ鈴も愛しいと思えた。鈴は恐らく退屈しなかっただろうからきっとこのデートは成功であった。
 失敗があったとすればグッズショップだ。
 なにか猫にまつわるグッズを買おう。そう思ってディズニーの猫キャラを脳内で検索して見ると、驚くことに不思議の国のアリスに出てくるブサイクなあれしか思い出せなかった。そしてどこになにがあるのか分からずに立ち往生していると、親切なお姉さんが声をかけてくれた。
 なにをお探しですか。
 ここで漠然と「猫」と言われたらきっと彼女はいい気持ちはしないだろう。自分とこのキャラクターもろくに知らないのかと。そして渋々チェシャ猫を抱き抱えてくるのだ。
 逡巡する僕に見かねて、鈴はポンと口を開いた。
「ハローキティ」
 店内の人々が一斉に振り返った。僕もビビった。
 動じなかったのはお姉さんだけで、キティちゃんは今日はロンドンに帰省しているという旨の説明をしてくれた。見上げた根性だった。ディズニーランド伝説の新たな一行が書き加えられた瞬間だった。
 結局おしゃれキャットと鈴の強い要望でチェシャ猫を買った。まあこれも別に失敗という失敗ではなく、後々の笑い話になればいい。リトルバスターズの忘年会をすっぽかすだけは面白かった。僕と鈴は正しく世間一般の恋人らしい年末年始を過ごしていると言えよう。ディズニーランドの呪いもPSPの前では無力であった。キリッ。初詣に行くためにパレードもスルーした。
 そんな具合に電車に乗り込むまで楽しかったんだけど、酔っぱらいが足元にカップ焼酎の空き瓶を転がしてたり、鈴がなにかに取りつかれたようにドアの上の広告の裏に指を突っ込み、引っ張り出した紙片に『こじきはしてもぬすむなよ』という糸ミミズが這いずり回って踏まれたような字で記されているのを見てだいぶ冷めた気持ちになった。鈴は大きく一つ頷いて紙を元の場所に戻した。
 家に帰ってから初詣までの休息、僕はパソコン、鈴はコタツに潜ってテレビに釘付けになる。いや、正確には鈴はPSPにも飽きてチェシャ猫のお腹に顎を乗っけて眠そうにしていたし、僕は特に用事も無いのにPCの前に座っていただけだった。釘付けではない。テレビは紅白歌合戦。他の番組は鈴の情操教育上よろしくないのではないかと思った。
 テロロン♪ とヤな音がした。いつもの癖でサインインしてしまっていた。残念ながら大学の友人だった。僕は鈴とゆっくり過ごしていたいのに。
 何が残念なのかよく分からないけど、とりあえず残念な奴からだった。オレンジ色のメッセウィンドウを開く。


 奈々ちゃんキタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━ !!!


 ああ、残念だなあ。
 僕は憐憫の情など催しつつ、

 マジキチwwwwww

 と返した。
 その時だった。
 テレビから、ナナちゃーん! ナナちゃーん! と彼に呼応するかのごときシュプレヒコールが沸き起こっているではないか。僕は、地下鉄でブツブツ呟きながらドアにゴンゴンと頭をぶつけていたゴスロリ女性を思い出したものだ。鈴と約束のメールを交換していた僕は、僕の携帯より受信感度のいい彼女を羨ましがったのだった、つまり届くところには届くものなのだろうと思っていると、
「おー、水樹奈々か」
 と急に姿勢を正した鈴が言った。急に寛大な気持ちになったよ、うん。
 その後声優さんにまつわるyoutubeのURLなど送られてくる。鈴も興味を示して二人で眺めた。
 コンサート動画だった。ファンとしてこういうのがアップロードされてるのってどうよとか思わないでもないけど、みんなが息を合わせて一つのパートを大声で歌ったり、手拍子したり、抜け駆けで声優さんへ愛を叫んだり。
 悔しいことに、これは楽しい。
 この人たちはきっと、誰一人として「疲れたから座ろうよ」とか「明日仕事だからこの辺で」とか、そんなことを言い出さないに違いない。みんなでよってたかって出来るなにか、イベントの成功とかそういうんじゃない、例えばディズニーランドとか。あのお姉さんみたいな人たちの力で生まれるものってあるんだな、と僕は思ったものだった。
 なんとなくそのことを、神社までの道すがら、鈴とあれこれ話しながら、例えばドラクエ7でももっかいやるか、盗賊と占い無しで。なんでそんな無益なことを。なんて言い合いながら、鈴には申し訳ないながら考えた。
 ハローキティ発言は笑えない失敗だったのかも知れない、とか、リトルバスターズのこととかだった。
 卒業式のだいぶ前。受験とかいう話がポツリポツリと聞かれだした頃、こう思った。こんな友達は二度とできないかもしれない。こんな風に、みんなでよってたかって楽しいこと面白いこと特別なことを集めてまわって、みんなで全力になってそれを楽しむ。それは今しかできなかったんじゃないかな、と。
 あのときは漠然とした予感みたいなものだったんだけど、今なら説明できる気がする。みんなして現実逃避だとか見通しが甘いとかバカにし続けていた、僕の大好きな恭介。みんなで海で修学旅行! という後も、恭介が踏ん切り悪くリトルバスターズという友達グループを続けようとした(今でも飲み会予約は「リトルバスターズ」!)、それと同じことなのではないかなと。
 それを思うと、約束はすっぽかすべきではなかったんだな、なんて考えて、隣の鈴を観る。鈴はどう思っているんだろう。みんなとリトルバスターズを続けていたかったとか、本当は思っていたりするんだろうか。てっぺんに白い玉がついた毛糸の帽子に耳あて、マフラー、ダッフルコート。繋いだ手にはイボつき軍手。
 鈴はあくびをひとつして、お雑煮作るか、と言った。
 三つで、と応えると、じゃあ四つ、と言った。
 ゾロゾロゾロゾロと、僕らみたいな男女のペアや、はんてんのままのお父さんお母さんや、子供や、色々な人たちが神社目指して歩いている。これはどうなんだろう。糞寒いなか正月にお賽銭を投げにおみくじを引きにゾロゾロ歩く。でもこれは何万という人がやめてしまったとしても、ずっと続いていくんだろうし、ずっと続いている。不思議だった。僕はたこ焼きを1パック買って鈴と半分ずつ分けた。
「食べにくいから離せ、ボケ」
 疲れて眠いのか妙に口の悪い鈴が、繋いだ手を持ち上げる。ブンブン振り解こうとするからちょっと力を強めて握る。
「パックは僕が持つから左手で頑張ってよ」
「理樹はどうするんだ?」
 ああ、どうしようね。
 一瞬悩んだ僕の、乾いた唇に熱くて湿った物が触れた。たこ焼きだった。あっつい! と叫んだ僕の口に、器用な楊枝捌きでねじ込まれて大変だった。
 賽銭を投げ入れて手を合わせる時ばかりは手を放したので、今思うと無駄な努力であった。
 僕は鈴に、
「なにお願いした?」
 と尋ねて、鈴は
「理樹は?」
 と聞き返してくる。僕は
「鈴と同じこと」
 と答える。
「お前、そんなに猫好きだったのか?」
 笑えないジョークに笑って見せる。そしてたまに僕はふと弱気になって鈴の気持ちが気になったりする。
 そんな風にして、上手くやっていくのだろうなと考える。このあと御籤を引いて、大吉だったらホクホクと家に帰ってお雑煮を作って、ダメだったらムキになって引き直して。ありがちすぎて全然面白くなさそうで笑う。嫌なわけじゃ、全然無いけど。
 そして振り向いた僕の頭に、なにか小さな硬いものが思い切りぶつかった。そして小銭が石畳に散らばる音。あまりの痛みに頭頂を押さえてしゃがみ込む。
「す、すみません! 大丈夫ですか!?」
 顔を上げると、どういうわけか作業服で赤ちゃんを抱いた男の人が、申し訳なさそうに駆け寄ってきた。
 それを見て鈴が、
「今年はおみくじいらないな」
 と呟いた。


[No.640] 2010/01/23(Sat) 00:02:33
はぴねす (No.633への返信 / 1階層) - ひみつ@13917byte

 華やかなネオンを張り巡らせた繁華街の真ん中で、直枝理樹は途方に暮れていた。ぽつんと一人立ち尽くしていると、ホスト風の派手な髪したお兄さんや、胸元がぱっくり開いたお姉さんがひっきりなしに声をかけてきて、置いてけぼりを食らった自分が妙に情けなく思えてくる。
 会社の飲み会帰り、遊び好きの先輩の誘いを断りきれず盛り場に連れ出されたまでは良かった。着いた、じゃあ今日はどこのお姉さんのお世話になろうか、と二、三度お世話になったことのある店のドアを開くと「すんません、今混み合ってましてぇ、すぐご案内できるのはぁ、お一人様だけなんですがぁ」と間延びしたやる気なさげな店員の声。「じゃあ直枝、一時間後な。ラーメン食って帰ろうぜ」と、一人だけさっさと待合室に姿を消した先輩も先輩だが、まぁこういう人だ。諦めるしかない。
 見上げれば、ネオンの谷間に星が綺麗だ。あの人に捕まる前に帰ってしまえば良かった。あのオンボロ安アパートでは、遅くなるであろう夫の帰りを健気に待ち続ける美しい妻が――なんてことはおそらくないのだが、それなりにわがままで愛らしい妻が猫のぬいぐるみを抱いて小さく寝息を立てているに違いない。
「帰ろっかな……」
 自分にそれが出来ないことも自覚しつつ。先輩が欲しいのは、共にいけないことをしてくれる共犯者で、虚しい帰り道に二人でラーメンを食べてくれる友だ。さばさばしているようで、内側は酷く女々しい。そんな人だ。
 どこかで時間を潰そうと思ってぶらぶら歩き出してはみたが、どうもピンと来るものがない。普段好んでは飲まない酒に酔ってもいた。おかげさまで、居酒屋で飲み直す気にはなれなかったし、ネカフェに行くには普段の仕事に疲れすぎていた。
 無数の客引きをかわして街の端まで来たところで、雑居ビルの三階に出ている看板に目が留まった。中国式マッサージはぴねす。何が中国式なのか、何がしあわせなのかよくわからなかったが、マッサージには惹かれた。原色系の看板を眺めているうちに、なんだか肩や腰が痛いような気までしてきた。行こうかな。四十分五千円。微妙な価格帯ではあった。
「いラッシャイまセっ」
 意を決して入ると、胸元が大きく開いた派手な服を着たママさんが笑顔で駆け寄ってきた。たどたどしいイントネーション。
「お一人サマ?」
 頷く。
「ココはハジメテ?」
「はい」
「コースはどうシマスカ?」
「あ、じゃあこれで」
 壁に貼ってあったコース表の、四十分コースを指差す。
「ありがトウござイマス。マエキンでオねがシマス」
「え?」
「マエキン」
「え、な、なんて?」聞き取れない。業を煮やしたママさんは人差し指と親指で小さく輪っかを作る。
「オカネ。ゴ千円」
「あ、あぁ、あぁ」
 ようやく理解。財布からお金を出す。ありがトウごザイます、とまた微妙なイントネーションで笑う。
「チョットまっテて。オチャのむ?」
「いえ、いいです」
「まっテてね、イマ準備シてるだカラ」
 そう言ってママさんはそのままカーテンの奥に引っ込んでしまった。ちらっと見えたカーテンの奥はかなり薄暗いように見えた。これはヤバい所に入ってしまったかも、と理樹は思った。
 少しして戻ってきたママさんは「コッチ、キテくだサイ」と、手招きをした。誘われるままにカーテンの奥に足を踏み入れると、そこは二メートル前が見えないくらいに暗かった。少し大きな部屋のような場所で、ついたてのような粗末な壁とカーテンで間仕切りされている。そこら中から物音が聞こえてくるが、店内に流れる中国語っぽいポップスでよく聞き取れない。ママさんは入り口から一番離れた小部屋のカーテンを開けた。
「ハルちゃん、じゃあヨロしくネ」
 はい、と意外に若そうな女の人の声がした。どうぞ、と言われるので中に入ると、外にもまして部屋の中は暗かった。脇の机に置かれた小さな照明器具に照らし出された、すらっとした女性のシルエット。暗くてよくわからないが、おそらくかなり美人。ママさんに負けず劣らず目のやり場に困るチャイナドレスを着ている。
「じゃあ服を脱いでくだ」
 女性の動きがぴたりと止まった。かと思ったら、ばっとこちらから顔を背け「服を脱いで下着一枚で、脱いだ服はそこの籠に、早くベットにうつ伏せで寝てください!」とまくしたてる。なんとなく、ふるふると震えているようにすら見える。長い髪をまとめる小さな髪飾り。誰かとお揃いの――
 ――直枝理樹。
 そう呼ばれた記憶がにわかに蘇る。
「もしかして……二木さん?」
「ひ、人違いです」
「いや、二木さんでしょ」
「そのような事実は一切ございません」
「うわぁ久しぶり、高校の時以来だからもう十五年ぶりくらいになるんじゃない? 元気してた?」
「まだそんなに経ってないわよっ!」
「ほら、二木さんじゃないか」
 無言。
 肩を震わせながら降り返った二木は改めて理樹の顔を見た。まるで親の敵がそこにいますとでも言わんばかりの形相で、ぎろぎろと。あまりの迫力に理樹は、じゃあまたいつかどこかで会えたらいいね、ほらたとえばネバダぐらいで、とかなんとか適当に吹いて遁走しようかと思ったほどだ。
 長い長い数秒間の沈黙は、大きな溜め息によって遮られる。
 そして、諦めたように肩を落とす。
「……ここではハルって呼ばれてるから、そう呼んで」
 ハル。
「うん……、わかった」
「うん」
 二木はうなずくと、佇まいを正した。表情が変わる。高校の頃から変わらない、張り詰めて凛とした空気。
「ようこそ“はぴねす”へ。今日は私、ハルが担当させていただきます。精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 思わず頭を下げてしまった。うん、と一度うなずくと、『ハル』は照れたように笑った。そんな表情はあの頃にも見たことがなかった。あるいは、見せなかったのか、見ていなかったのか。どれもそうなのだろうと理樹は思う。
「こういうのは嫌ね。照れるし」
「まあ、そうだね」
 ぽりぽりと頭をかく。むずがゆい。
「じゃあさっさと脱ぎなさい」
「脱ぐって、どこまで?」
「逆に、どこまで脱ぎたい?」
「……えっと」
「時間ないんだからさっさと脱ぐ! はい! パンツ一枚!」
「ええー」
「それとも私が脱がせたほうがいい?」
「自分で脱ぎます」
 腕組みしてふんぞり返る元同級生セラピストに急かされて、ベルトのバックルに手をかける直枝理樹二十六才・冬。
「脱ぎました」
「よろしい」
「もうお嫁にいけません」
「いや、いけると思うわよ?」
「マジレスありがとう!」
 やけになって叫んだ。うるさいくらいのBGMにかき消される。理樹は『ハル』に急かされるまま、ベッドの窪みに頭を押し付ける。

「……直枝は、よく来るの? こういう所」
「いやそんなには。ここは初めてだよ」
「そう」
 ベットにうつ伏せになったら、すぐさまバスタオルをかぶせられた。直接触られるのかも、と内心どきどきしていた理樹は、なんだか肩すかしを食らったような気分だった。
「直枝は座り仕事でしょう」
「うん、そうだけど、どうして」
「肩と腰がね、すごい」
 肩甲骨と背骨の間あたりに体重をかけられる。少し痛い。
「痛くない?」
「少し」
「でしょ」
「わかるの?」
「そりゃわかるわよ。こんなに酷いのはあんまりお目にかかったことないわね」
「ですか」
 横目で後ろを見ると、薄暗い部屋の中で二木の太股が白く輝いているのがわかる。派手な色のチャイナドレスの丈は短く、下手したら付け根のほうまで見えてしまいそうなほど。
「どうしたの?」
「いや、だいじょぶ」
「あ、そう」
 背中の真ん中あたり、肩甲骨の下を凄まじい力で押される。呼吸が止まる。数秒が長い。解放された時、皮膚の下を血が巡っていくのがわかる。
「すごい」
「何が?」
「二木さん」
「ハル」
「ああ、ハルさん」
 もうされるがままだ。痛いと気持ちいいが交互に来る。嵐に翻弄される小舟、沈没寸前。落ちてしまわなかったのは、背中や臀部にあたる『ハル』の柔らかい太股とお尻の感触があったからに他ならない。
「気持ちいい」
「だと思う」
「いや、ホント」
「次、肩ね」
 柔肉が離れていく。
「さよなら」
「なにが」
「僕の愛しいハニーが行ってしまったのさ」
「頭大丈夫?」
「僕、客なんだけど」
「お客様、頭部の具合はよろしかったでしょうか」
「ダメかもしれません」
「お察しします」
 察された。冗談抜きでかなり馬鹿になっている気がした。マッサージって知能指数下がるんだろうか、と理樹は思った。
「そういえばさ」
「うん?」
 『ハル』は理樹の正面に回って、肩の指圧に入っている。目の前にドレスの裾と太股がある。
「二木さん、はどうしてここで働いてるの?」
「なんとなくよ」
「なんとなく」
「そ、なんとなく」
「ふーん」
 ふと、前に伸ばした理樹の手に無防備な肌が触れた。ひんやりとした感触。あ、と思ったが『ハル』は全く意に介する様子がない。『ハル』の肌が酷く冷たく感じられる。
「でも、この店に勤めてる子の中にはワケありの子もいてね、売られてきたなんて子もいるのよ、私の友達なんだけど」
「売られてきた?」
「実家の借金で、ね。お優しい債権者がこの店を紹介してくれたらしいわ。ここなら働きながら返済できる上に生活の面倒まで見てもらえる、一石二鳥だ、なんてね」
 手は彼女の肌に触れ続けている。冷たい肌と指が擦れている。
「まぁ、あとは家出とか。一家心中の遺児、なんて子もいたんじゃないかしら」
「でも、二木さんは、なんとなく」
「そう」
 一通り肩の指圧を終え、足の指圧に入る『ハル』。正面から離れていく瞬間、理樹はその顔を伺うが、暗くて表情はよく見えなかった。
「可愛い足」
 ため息まじりに。疲れたような声。
「本当、男にしとくのはもったいないわね」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
「ねぇ、本気で転換してみない? 安いとこ紹介してあげましょうか?」
「遠慮しとくよ」
 くすっ、と。
『ハル』は確かに笑った。
「楽しそうだね」
「ん? 誰が?」
「ハルさんが」
「そう、かな」
「うん」
 ふくらはぎの裏をぐ、ぐ、と押される。
「楽しい、のかも」
「ほら、楽しいんじゃない」
「うん、楽しい。この仕事も今の生活も。何も不自由ないし、毎日色んな人と会える」
 足の裏。土踏まずのちょっと上の部分。軽く押されてるだけなのに尋常じゃなく痛い。思わず体が避けてしまう。
「痛かった?」
「……うん」
「どのくらい?」
「鈴の蹴りを向こう脛にジャストで食らったぐらい」
 キョトン、とした。
「何よ、あなた達まだ付き合ってたの?」
「付き合ってないよ」
「へぇ」
「結婚してる」
「…………」
 無言でさっきの所を思い切り押された。
「おおおおお!?」
「自業自得」
 ふん、と再び指圧の続き。今度は優しく。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
「うん、何?」
「今さ、幸せ?」
 足の筋肉を上から下までなぞるように順繰りに押していく。足の付け根辺りを押す時、理樹にとって最もきわどい場所を掠めていく。
「うーん、どうかなぁ」
「幸せじゃないの?」
 足の指先に触れられる。吐息が足首をなぞる。
 迷っていた。理樹はこの問いに対してどう答えるべきか、わからなかった。わからないままに口を開く。
「上手いこと言えないんだけどさ、こういうことってすごく個人的なことじゃないかって思うんだ。例えば、互いに些細なすれ違いから毎日包丁の刃を向け合うような仲だったとしても、当人達が幸せと思えば幸せだよ。でもそれって他人から見たら不幸じゃない? 当人達は幸せなのに。何か変だよね」
「そう、ね」
「だから、僕にとっての幸せがさ、二木さんにとってもそうなのかは、わからない。逆もまた、然り」
 まくしたてるように、言った。二木は遠くを見ていた。何かを思い返しているように見えた。
「とかなんとか言っておいてなんなんだけどさ、もしかしたら自分が本当に幸せなのか自信がないだけなのかもしれないんだけど」
「まぁ、そんなものかもね」
「そんなものだよ、案外。結婚なんて楽しいことばかりじゃないし」
「意外ね、あの棗さんがちゃんと奥さんやってるんだ」
「そりゃ、もう」
「そっかそっか」
 笑みがこぼれる。
「やっぱり幸せなんじゃない」
「そうかな」
「そうよ」
「なんかさ、言いにくいよね。自分で自分のこと幸せだ! なんてさ」
「別に気にすることないわよ。いいじゃない幸せなら幸せで。あなたの言うとおり、本当の所は自分しかわからないんだから」
 だよね、と笑う。
「最後、仰向け」
「うん」
 ぐるん、と身体を裏返すとまたバスタオルを被せられる。
「意外とさ、なんとかなっちゃうものよね」
「何が?」
「さっきの話」
「はぴねす」
「そう。はぴねす」
 上半身から順に下へ向かって指が踊る。流れるBGMに乗せて、軽やかに。
「僕はね、あの時、もう一生僕には届かないんだと思ってたよ」
「私も、そうだった、かも」
 足の付け根からつま先まで、指は淀みなく流れていく。
「詳しい話って、したことあったかしら」
「いや。まぁ、なんとなくは、聞いてるけど」
「私は……って」
 やめよ、と言葉を遮った。
「長いし、辛気くさい話だし」
「別に、二木さんが話したいなら」
「いい。やめやめ」
「どうして」
「昔のことだもの」
「昔のことかな」
「昔のことよ。私、嫌だったこととか悲しかったことなんて、もうあんまり覚えてないもの。覚えてるのは、楽しかったこととか幸せだったこと。それだけ」
「それってさ、良いことなんだよね」
「たぶんね」
 とんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとん。
 断続的に太股の表を叩かれる。
 とんとんとんとんとんとんとんとんとんとんとん。
「はい、おしまい」
「ありがとう」
「と、言いたいところなんだけど、残念ながら決まりで一つ聞かなきゃいけないの」
「何?」
「延長する?」
 『ハル』は、すっと後ろに下がった。瞳はまっすぐ理樹を見ている。うるさいくらいのBGMが、がさがさとした店内を平らにしている。
「延長って?」
「簡単に言うとね」
 距離を詰め、理樹が避ける間もなく手を掴み、自分の胸に押し当てる。
「『ハル』とえっちなことしたいかって、聞いてるの」
 額と額がくっつきそうな距離。手は相変わらず胸。
「どうする? そのつもりで来たんでしょ」
「それは……」
 曲が終わった。人がうごめいているのがわかる。止まっているのは、カーテンとついたてで仕切られたこの小さな空間だけ。どくん、どくん、と『ハル』の心臓の音が、薄いドレスを伝って感じられる。
 その時、スピーカーから流れだしたのは、控えめなギターとリコーダー。


  渡良瀬橋で見る夕日を
  あなたはとても好きだったわ


 知っている曲だった。日本の曲。少し上の世代の人なら、おそらく誰でも知っている。
 知らず、口ずさんだのは理樹の方だった。どうしてだかわからない。ざわざわとした空気も、乱暴な空調に揺れるカーテンも、ごみごみとした街に輝くネオンサインも、今は遠かった。合わせて、二木も口ずさみ始める。理樹の右手を左胸に押し当てたまま。


  誰のせいでもない、あなたがこの街で
  暮らせないことわかってたの
  何度も悩んだわ だけど私ここを
  離れて暮らすこと出来ない


 空いた右腕が、頬を少し擦った。
 忘れてしまうはずがない、と理樹は思う。
 やがて、右手は『ハル』の左胸を離れた。
「ごめんね」
「いや、いいよ」
「ごめん、迷惑だったよね」
「そんなことないよ。嬉しかった」
「本当?」
「たぶん」
「たぶんかよ」
「くふふっ」
「あははっ」
 二人で屈託なく笑った。
 笑えることの少なかった、あの頃そうであるはずだったように。
 BGMはまた、言葉の分からない大きな国の歌。
「あーあ、チャンス逃しちゃった。折角これから直枝の指名ゲットし続けられるチャンスだったのにさ」
「いや、別にそんなことしなくても来るし」
「私のカラダ目当てなのよね。言わなくてもわかってるわ」
「もう……」
「お茶飲む?」
「あ、うん」
「待っててね、取って来る」
 二木は軽やかにカーテンをくぐって出て行く。その隙に、服を着てしまうことにする。シャツを着て、靴下を履く。順を追って身につけていく。
「おまたせ……って、なんだ着替えちゃったの」
「ちゃったのです」
「はい」
「ども」
 湯気が出ている。ふぅふぅと吹く。
 残念そうな顔をしている二木の顔が、湯気の向こう側にある。なぜだか無性に込み上げてきて、堪えきれずに理樹は笑った。
「どうしたのよ」
「別に」
「言いなさいよ。言えっての」
「いやさ、変な夜だったなって」
「まぁ、そうね」
「また来るから」
 二木の表情がふっと緩んだ。
 寂しさを埋めることは出来ないと思った。それが例え時間という魔物であっても。
 理樹は少し温くなったお茶をすすりながら、これまでのことと、これからのことを思った。





引用

渡良瀬橋 森高千里


[No.641] 2010/01/23(Sat) 00:22:47
しめきり (No.633への返信 / 1階層) - 大谷(主催代理)

しめきり

[No.642] 2010/01/23(Sat) 00:36:19
じゃっじめんと (No.633への返信 / 1階層) - 遅刻の秘密@6617byte


 佐々美はソフトボール部の練習を終えて、疲れ果てた身体を動かして部屋へと戻る。その後ろでは後輩たちが三人、わいわいとなにやら楽しそうに話していた。部屋へと戻る途中に佐々美が見ていた景色には同じ扉しか見当たらなかった。
 ようやくのところで佐々美は自分の部屋の扉を見つける。その扉の前で佐々美は三人の後輩たちと「ではまた夕食の時に会いましょう」と別れを告げる。後輩たちもそれに返事をして自分たちの部屋へと戻っていった。
 佐々美は後輩たちと別れたところで気を取り直して扉のノブを動かして引こうとするが、ガチャガチャと音をたてるだけで変化はなかった。「神北さんはいないみたいですわね……」と呟きながら制服のポケットからかわいらしいキーホルダーがついた鍵を取り出し、扉にある鍵穴へと入れて回す。かちゃん、と音が過ぎ去って佐々美は改めてドアノブに手をかけた。
 しかし、そこで佐々美はなんだか言いようもない変な予感を察知するが、気にせずに部屋の中へと踏み込んだ。
 部屋の玄関に立ち、靴を確認してみると知らない誰かの靴が置いてあった。更にここからではよく聞こえないが、寝室の方からは奇声みたいなものがかすかに聞こえる。そして、部屋の中へと目を向けてみると疲れがどこかに吹き飛ぶほどの異様な光景が佐々美の目に入り込んできた。
 そこには下着が無造作にバラ撒かれていたのだ。小毬が持っている純白のぱんつや、薄ピンクのぱんつ、しましまのもの、レース、そして黒のぱんつにいたるまで様々なものが廊下まで舞っていて折り重なっていた。また、よく見ると佐々美自身のぱんつも散乱していた。
 佐々美は「神北さんはこ、こんなに所持していたんですの……」とその圧倒的な量に驚きや動揺を隠しきれていなかったが、とにかく首を振って落ち着きを取り戻す。そして、佐々美は寝室にいる犯人はまだ自分に気付いていないだろうと確信を持って多量の下着を踏みしめながら、寝室へと向かった。しかし、犯人がどこからどうやってこの部屋に忍び込んできたのかが不明のままだった。
 声がだんだんと鮮明になって、犯人はまだそこにいるということは分かり……ついに、寝室の前までやってきたが……そこでは更に声がよく聞こえてきて、佐々美に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「こまりちゃん! こまりちゃん! ささみぃーっ! さしすせぇえええええええええええ! こまりちゃぁああああああああああああああああああああああん!!! にゃあぁああああ…ああ…にゃあっっー! にゃあぁああああああ!!! こまりちゅわぁああああん!!! にゃあぁ! ちゅっちゅスーハー! スーハースーハー! こまりちゃんとささみの枕と下着はいい匂いだなぁ…くんくん、んはぁっ! さしすせささみの髪をクンカクンカしたい! クンカクンカ! にゃああぁあ!!  間違えた! モフモフしたい! モフモフ! 髪髪モフモフ! モフモフ…もえもえきゅんきゅん!! 屋上で寝てるこまりちゃんかわいかったぞ!! にゃあぁぁああ…あああ…にゃあっあぁああああ!! にゃぁぁあああんんっ!! お菓子がいっぱいあって良かったねこまりちゃん! にゃあぁあああああ! かわいい! ささみいい! かわいい! にゃあっああぁああ! こまりちゃんとお友達になれて嬉し…いやぁああああああ!!! にゃああああああああん!! にゃあああああああああああ!!! にゃあああああああああああああん!! 絵本なんて現実じゃない!!!! あ……この世界もよく考えたら……こまりちゃんは現実じゃない? にゃあああああああああああああん!! うぁああああああああああ!! そんなぁああああああ!! いやぁぁぁあああああああああ!! はぁああああああん!! ばかあにきいいいいぃぃ!! この! ちきしょー! やめてやる!! 虚構世界なんかやめ…て…え!? 見…てる? 屋上のこまりちゃんがあたしを見てる?  こまりちゃんがあたしを見てるぞ! ささみがあたしを見てるぞ! ピッチャーのささみがあたしを見てるぞ!!  サードのこまりちゃんがあたしに話しかけてるぞ!!! よかった…世の中まだまだ捨てたモンじゃないんだなっ! あたしにはこまりちゃんがいる!! ささみがいる!! やったぞ理樹!! ひとりでできるぞ!!! あ、こまりちゃああああああああああああああん!! いやぁあああああああああああああああ!!!! にゃあっにゃあんにゃああっにゃああんささみ様ぁあ!!! こまりちゃぁああああああん!!! にゃぁあああ!! ううっうぅうう!! あたしの想いよこまりちゃんに届け!! リトルバスターズのこまりちゃんへ届け!」

 佐々美はそこまで聞いてその場から逃げ出した。その間、佐々美はずっと衝撃を受けて呆然と立ち尽くしていた。まさかほんとに知り合いの声だとは思わなかったからだろう。それもいつも佐々美が目の敵にしている鈴。佐々美は散りばめられていた様々な単語からその声の持ち主が棗鈴だと確信できた。それも、自分の名前が間違えられているといういつものおまけつきで。
 そして佐々美は寮の廊下へと飛び出した。佐々美はそこで自分の頬をつねっていた。しかし、痛みを感じてつねっていた指をすぐに離す。さっきのことが夢だったらどんなによかったことだろうか、と佐々美は思った。
 佐々美がふと気付くと、小毬が廊下の向こうから鼻歌交じりに歩いていた。小毬は佐々美の姿を確認すると、とてとてと、走りながら近づいてきた。そこで、小毬は佐々美の具合が悪そうな様子に気付いた。
「あれ? さーちゃんどうしたの? 気分悪いの?」
「え……ええ。まあそうですわね…」
 今更ながら、佐々美はあの場で寝室への扉を開けなくて正解だった、と感じた。あのまま扉を開けていたら恐ろしい光景を目の当たりにしていたのだろう。
「うん、じゃあ部屋で休もう」
「神北さん! ちょ、ちょっとその前に聞きたいことが…」
「なあに?」
 今の部屋の惨状を知っている佐々美は扉を開けようとした小毬を静止させた。小毬は笑顔で佐々美に振り向いた。
「え、えーと…棗さんに部屋の鍵を渡してませんわよね……?」
「鈴ちゃんには鍵は渡してないなぁ」
「それじゃあ誰かに取られたりとかは…」
「ううん、ちゃんと持ってるよ」
 小毬はそう言ってポケットから鍵を取り出した。「そう……分かりましたわ」と言い、佐々美はそこまでの確認をして鈴がどうやって部屋に忍びこんだのかを考えようとしたが、扉を開こうとする小毬が目に入ってそこで更に止めようとした。しかし、何か喋ろうとした時には既に扉を開けてしまっていた。渋々、佐々美は小毬と一緒に入ってみるが、玄関を見てみると棗鈴の靴が置いてなかった。部屋の中ではさっきと同じように大量の下着がそのままになっていて、お出迎えをしてくれた。さすがに二度目ともなる佐々美はその光景に衝撃を受けなかった。
 しかし、隣にいた小毬はと言うと……。
「ほぇええええええええええええええええええええええええええ!?」
 寮中に叫び声が響き渡った。

 その小毬の大きな叫び声を聞いて誰よりも早くやってきたのは鈴。しかも、寮の廊下側から扉を開いて中に入ってきた。
「こっ、こまりちゃん! なにがあったんだ!?」
 冷静でいようと心がけていた佐々美もなにがなんだか分からなくなってくる。
 どうやって棗鈴が部屋に入ってきたかを佐々美は考えたが、答えは出てこなかった。佐々美は今日、朝練がなかったためゆっくりと窓の戸締りを確認をした。そして、小毬が鍵を渡したり失くしたりしてないことも確認した。その小毬は今気を失ってしまっている。
 そこで、佐々美は簡単なことに気付いた。目の前の人物に聞けばいいと。だけど…鈴になにかされるかもしれない、と佐々美は思ったがその考えを捨てて声を振り絞った。
「棗鈴!」
「なんだ、ささみ」
「ジャッジメントですの!」
 佐々美は威勢よくそう言ってみたはいいものの、鈴は扉を閉めたままどこかへ消えていた。
 謎だけがその場所に残った。


[No.646] 2010/01/23(Sat) 19:02:01
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