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   第51回リトバス草SS大会 - 大谷(主催代理) - 2010/02/24(Wed) 21:29:27 [No.666]
棗恭介(27) - 卑未痛@痴酷8012 byte - 2010/02/27(Sat) 15:32:55 [No.679]
Lはリトルバスターズ バスがばくはつ - ひみつdeちこく@2534byte - 2010/02/27(Sat) 12:36:57 [No.678]
しめきり - 大谷(主催代理) - 2010/02/27(Sat) 00:49:05 [No.677]
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第51回リトバス草SS大会 (親記事) - 大谷(主催代理)

 詳細はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/rule.html
 この記事に返信する形で作品を投稿してください。

 お題は「友達」です。

 締め切りは2月26日金曜24時。
 締め切り後の作品はMVP対象外となりますのでご注意を。

 感想会は2月27日土曜22時開始予定。
 会場はこちら
 http://kaki-kaki-kaki.hp.infoseek.co.jp/chat.html
 はじめにMVP投票(最大3作まで投票可能)を行いますので、是非是非みなさまご参加くださいませ。
 ご新規、読みオンリー、感想オンリー、投票オンリー、大歓迎でございます。


[No.666] 2010/02/24(Wed) 21:29:27
棗恭介(27) (No.666への返信 / 1階層) - 卑未痛@痴酷8012 byte

 意識を失っていたのは一瞬だったはずだ。
「うぉっ」
 しかし現実は無情で非情、かつ純情だった。
「……最後のはないな。いや、アリか?」
 言葉に出して突っ込みながら改めて画面を確認する。俺の最後の言葉は遥か上へと押し流されていた。
「逃げてねえ。落ちただけだ」
 眠っていたのは2時間ほど。その直前に刃を交えていた相手は、俺の返答が途切れた後、捨て台詞を残していなくなっていた。逃げたのはそっちだろう、と返すのは今更なので止めたが。
 俺の意識があと30分保っていたら、あんな奴は叩き潰してやれたんだが。みすみす悪を逃してしまったのが悔やまれる。
「みんな、すまない」
 争いなどなかったかのように関係のない話題で盛り上がっている皆に頭を下げた。きっと画面の向こうでは、いつまた悪が現れるかしれない恐怖を必死で押し殺しているのだろう。
 今すべきは謝罪ではない。次の悪が現れたときのために力を蓄えておくことだ。
「今度は、倒す」
 決意を新たにすると、腹の虫が騒いだ。そういえば昨晩は固形物を摂っていない。力をつけるためにもまずは食事だ。
「なんだよ、肉がないじゃないか……」
 ドアの前に置いてあった盆をぼやきながら部屋に運び、ラップを外す。おかずはきんぴらゴボウにほうれん草のおひたし。塩鮭が一切れに豆腐の味噌汁。そこらの牛丼屋の定食の方がまだ凝っている。だが仕方ない。今更他の食料を買いに行く時間が惜しかった。ぬるくなった味噌汁をすすり、塩気の足りない鮭をかじりながら飯をかきこんだ。
 あらかた食事を終えた頃、テレビの電源が自動的に入った。
「ああ、日曜か。……なんだよ、また一人増えてるじゃねぇか。もう戦隊物にしろよ」
 流れ始めたクソつまらないヒーロー番組に反射的に毒づいた。だが、もし今俺の心を読める誰かがいるのなら誤解しないで欲しい、俺はヒーロー物は好きだ。新しいシリーズが始まるたびに期待して観ている。そしていつも裏切られるのだ。この一つ前の枠の戦隊物も初回で見限った。俺の中のヒーロー時間はもう随分前から止まったままだ。
 だからタイマーをセットしたのは別にそれを観るためじゃない。万全の録画態勢を確認し、俺は戦場の扉を開けた。
『アニメ実況板』それが戦場の名だ。

 戦いは終わり、俺はウィンドウを閉じた。激しい戦いだった。しかし達成感はあった。
 放送が始まると同時に俺たち戦士は一斉に愛の雄叫びを上げ、スレッドを瞬く間に塗りつぶしていった。戦士たちの愛を一身に受けているのは『桜花そのか』。日曜朝のアニメ、『咲いちゃえ!魔女きゅあ』の主人公だ。『咲きゅあ』は普通の少女が魔法の国を追われた姫と出会い、授かった能力で変身して悪魔たちと戦う物語だ。一見子供向けのようだが実際は一緒に見る母親たちも意識して作られており、なかなかストーリーが深い。
 俺たちは『ソノっちょ』こと『桜花そのか』を愛している。そのつぶらな瞳やスレンダーかつ「ぷにっ」とした体型も勿論愛しているが、それは彼女の本質ではない。一見ただの薄汚れた犬にしか見えない魔法の国の姫を、言葉を喋ったというだけでそれ見抜く、理屈を超越した洞察力。湯煎したチョコレートと間違えてペンキを流し込む並外れたドジ属性。『ソノっちょ』と呼ばれるたびに「ふとっちょみたいだからやめてよっ!」と抗議する姿も魅力だ。
 そんな彼女に俺たちは愛を送り続ける。自分が一番愛していると信じる戦士たちの間で時に争いも起こるが、それも愛するがゆえのことだ。そして俺は誰よりも彼女を愛している。
 大きく伸びた後、タイプし続けて強張った指を念入りにほぐした。
 放送終了後も録画をチェックしながらの感想戦がまだ続いていたが、俺は参加しなかった。実況中は作品への愛でスレッドを埋め尽くし、録画は独りでじっくりと味わう。それが俺のスタイルだからだ。それにそろそろトイレに行きたかった。
 部屋を出るとさわやかな朝日に目がつぶれそうになる。
「あ、恭介」
 うっすらと目を開けて声のほうを見ると、理樹がこたつをはさんで小毬と差し向かいになっていた。
「あ、恭介さん。おはよう〜。今お茶入れるね」
「いい。理樹、何にもないがまあゆっくりしてってくれ」
 立ち上がりかけた小毬を手で制して2人の横を足早に通り過ぎた。……漏れそうだったからだ。
 トイレの扉を閉めてから失敗に気づいた。次に理樹にかける言葉が思いつかない。部屋に帰るにはもう一度理樹の前を横切らないといけないのに。話したいことも聞きたいこともなかった。意味もなく何度も水を流した。
 結局、何も言わず黙って通り過ぎた。2人が会話を止めて俺を見送っているのが見なくても分かった。向こうもかける言葉が見つからないのだろう。そりゃそうだ、長々とトイレにこもって、ひょっとしたら大きいほうをしていたかもしれない男だ。「お疲れ様」などと言おうものならたちまち気まずい空気に包まれるだろう。だからこの場はお互いやり過ごすのが正解だ。そして俺と理樹は正解を選び取った。
「ねえ恭介さん。理樹くんがしゅーくりーむを持ってきてくれたの。食べてっちゃいなよ、ゆー♪」
 久しぶりに聞いたそのフレーズに思わず足を止めてしまった。振り向くと、恐る恐るこちらを伺う理樹の顔が一瞬視界に入った。こたつの上に置かれた有名チェーンの箱には、1つずつ袋に入った大ぶりのシュークリームがぎっしりと詰まっていた。
「安かったから……」
 そう言った理樹の顔は、見なくても想像できた。
「サンキュ。ここのは俺も好きなんだ」
 そっと腰を下ろしてマグカップを持ち上げる。一口すすると安いティーバッグの渋味が口に広がった。
 シュークリームを1つ食い終わった後、しばらく理樹と小毬の会話に相槌を打っていた。話は鈴や、他の仲間たちの近況がほとんどだ。話題がクドのことになり、俺もテレビやネットで知った彼女の近況を説明した。今度は2人が聞き役に回っていた。
 小毬は俺が話している間にシュークリームを4つも平らげ、さらに5つ目に手を伸ばしていた。口元のクリームを指で拭ってやると、恥ずかしそうに笑った。
「ったく、太るぞ?」
「えへへ〜、だって美味しいんだもん」
「恭介は、……ちょっと太った?」
「そうか? ……まあ最近少し運動不足かもしれないな。飯は減らしてるんだが」
 理樹の指摘に改めて自分の身体を触ってみたものの、あまりピンとこなかった。
「ごめんね理樹君、気をつけてはいるんだけど……」
 小毬の顔が本当に申しわけなさそうだったので、思わず笑ってしまった。
「何でお前が謝るんだ」
「うん、小毬さんは頑張ってると思う」
 理樹は俺と同じことを言っただけなのに、胃の辺りが不意に重くなった。
「まあ、ゆっくりしていってくれ」
 初めと同じ言葉を残して、自室に戻ることにした。
 もともとあまり落ち着く空気ではなかったのだ。

 夢を見た。いつものように部屋のドアを開けると、食器が昨日戻したときのまま置かれていた。
 仕方なくその日は菓子だけで過ごした。だが次の日も食器はそのままだった。察しのいい俺はとうとう愛想を尽かされたんだと思った。寂しいがそれも仕方ないと思った。だが一言もなくいなくなったことに腹も立てていた。
 それまでの不満も込みになってぶつぶつと文句を呟きながら気晴らしに録り溜めたアニメを見ていると、ノックも無しに理樹たちがやってきた。きっと事情を聞いたんだろう。一発や二発は殴られるかな、と自嘲気味に覚悟を決めた。
 だが、俺は殴られなかった。小毬は俺に愛想を付かして出て行ったのではなかった。

 跳ねるように身体を起こし、喘ぐように空気を貪った。胃がギリギリと痛み、こみ上げる吐き気に脂汗が噴き出した。夢の中と全く同じ景色に、転げるようにドアに取り付いた。そして、恐る恐るドアを開け、その細い隙間から外をうかがった。
 あった。
 置いてまだ間もないのだろう、まだつやのある白飯と、だし巻き卵。味噌汁はまた豆腐だったしきんぴらとおひたしも昨日と同じだったけれど。
 ドアを開け放ち、小毬に駆け寄る。独りでテレビを眺めていた小毬は、俺の顔を見て驚き、慌てていた。俺はどれだけ切羽詰った顔をしているのだろうか。
 狭い部屋で、寝起きのくせに駆け寄ったりしたものだから思い切りよろけ、小毬の膝にすがりつくように倒れてしまった。
 情けない格好だが、小毬の体温を手放したくなかった。俺は目を白黒させる小毬に、思いつく限りの謝罪を捧げた。そして、いなくならないでくれ、と懇願した。夢に追い立てられ、うなされるように。
 小毬は困ったように微笑みながら、俺が話す間、ずっと頭をなでてくれていた。
 ひとしきり話し終えた俺に、小毬はひとこと、だいじょうぶ、と。懐かしいフレーズだった。
 恭介さんなら、だいじょうぶ。
 涙が溢れた。声を上げて泣いた。

 俺は、泣き止んでからも恥ずかしさからぐずぐずと小毬の膝枕に甘えていた。すると、小毬がぽつぽつと将来の夢を話しだした。
 家はアパートでもいいけど、もう少し広い方がいい。子供は2人は欲しい。ペットはまあ周りに動物っぽい人がたくさんいるから無理して飼わなくてもいい。それでね、と。
「私は、恭介さんの奥さんになりたいな」
 そうだな、一緒に住むようになってずるずると来ちまったけれど、ちゃんと籍入れないとな。
「あなたの、奥さん。のっと、お母さん」
 そりゃ、そうだよな。奥さんは母親とは違う。
「だからね、恭介さん。そろそろ――」
 ふと影が差して見上げると、小毬が顔を覗き込んでいた。少し陰になっているが、いつもの笑顔だったと思う。そうですよね、小毬さん?
「働け?」
 首の皺が、やけにはっきりと見えた。


[No.679] 2010/02/27(Sat) 15:32:55
Lはリトルバスターズ バスがばくはつ (No.666への返信 / 1階層) - ひみつdeちこく@2534byte

「理樹」
 ガタンコトンと揺れるバスの中、僕の名前を呼ぶ鈴の声で暗い意識から目を覚ました。
「寝てたのか、理樹。起こさない方が良かったか」
「ううん、大丈夫」
 隣に座っていた鈴の姿をぼんやりとした薄い視界のまま窺うと、僕のことを心配をしている様子に見えた。
「せっかくの修学旅行なんだしよ、理樹もずっと起きてようぜ!」
 目の前の席から真人がひょっこりと顔を出してそんなことを言ってきた。僕はあはは、と苦笑いすることしか出来なかったけど、鈴は「うっさいばか、理樹にそんな無茶なことを言うな」と真人に返してくれていた。それに対して真人は「あぁん? その筋肉はもうすぐ爆発するからさっさとバスから降りて爆発しろとでも言いたげだなぁ!?」と真人お得意の言いがかりを言い放っていた。しかし鈴が「うっさい、静かにしろ」と一蹴され、更に葉留佳さんが「筋肉爆発しろ!」と叫んだことにより「筋肉爆発しろ!」コールが車内全体に巻き起こった。それに対し真人は声にならない悲鳴を上げた後、大人しくなった。真人が大人しくなったことによりやがて「筋肉爆発しろ!」コールはおさまった。



 それからしばらくして、なにもすることがなく外の景色を眺めていた僕にまた目の前の席から真人が顔を出して話しかけてきた。
「なあ理樹、オレたちと理樹が会った時はお前ひとりぼっちだったよな? その前ってどうしてたんだ?」
 そんな真人の突然の質問に驚いたけれど、そういえば話してなかったかなと思い、またどう話そうかを迷った。
「理樹、こいつの言う事は気にしなくていいぞ」
 と、鈴も真人の隣に座っていた謙吾も顔を出して言ってくれたけどしっかりと全部話そうと決めた。
「うん、そうだね……」
 咳払いをひとつしてから続きを口に出す。
「恭介、鈴、真人、謙吾と会う前、鬼ごっことかサッカーとかちゃんとした遊びを出来る友達はいたんだ。でもみんな事故とか大怪我、病気になってしまったりして離れて行ってしまったんだ。そのうちみんなは僕を疫病神と扱って段々と僕は仲間はずれにされて、気がついたらひとりぼっち。友達がいなくなって、そして両親も事故で死んでしまって……やっぱり僕は疫病神なんだ、と考えて少しずつ殻に閉じ篭ろうとしている時――」
「俺たちと出会ったわけか」
「うん……それからしばらくは、また僕のせいでみんなが事故とかに遭ってしまうんじゃないかと心配して戸惑ってたりしたけど、それからそんな事も起こらないで今も過ごせているから、その時の心配は必要なかったんだなと思っているよ」
 僕の話はそこで終わる。そして三人を様子を見てみると…
「そうか………」
「そうだったのか……」
「そうなのか……」
 三人とも違う反応をするかと思っていたのに、同じような反応に困った。でも、僕はとにかく「…えーと、まあみんなは――リトルバスターズは僕の大事な友達だからね」と三人に向けて、そして心の中で今のリトルバスターズのみんなに向けて言った。だけどその時、それまでゆっくりと走っていたバスに物凄い衝撃が起こった。


[No.678] 2010/02/27(Sat) 12:36:57
しめきり (No.666への返信 / 1階層) - 大谷(主催代理)

しめきるー

[No.677] 2010/02/27(Sat) 00:49:05
相談 (No.666への返信 / 1階層) - ひみつ@11980 byte

 ポカポカとした日差しが暖かい。
 先ほど猫たちに食事をあげ終わったあたしはそんな中をあてどなくずんずんと歩いていた。
 用事も済んだし何をしよう。こまりちゃんでも誘って何かしようかな。
「うん?」
 そんな取り留めもないことを考えていると、不意に理樹の姿を見かけた。
 何かうんうん唸ってて端から見るとちょっと怪しい。
 仕方ない、声を掛けてやろう。
 なんてあたしは優しい人間なんだ。
「理樹、何してるんだ?」
「うわっ、鈴!?いきなり声を掛けないでよ」
 理樹は化け物でも見たかのように驚いた。
 失礼なやつめ。
「別に驚かせかったわけじゃない。お前があたしに気付かなかっただけだ。……で、何やってるんだ?端から見ててきしょいぞ」
「き、きしょいは非道いよ」
「むぅ、そう言われても本当に怪しいやつにしか見えなかったんだから仕方ないだろう」
「うっ、そんなに変だった」
 あたしの言葉に理樹はあからさまに落ち込んでしまった。
「そうだな。あたしがお前の幼馴染じゃなかったら目を合わせずに逃げてたな」
「そ、そうなんだ」
 何だ?事実を言っただけなのに更に落ち込んでしまった。
 理樹は深く溜息を吐くと、縋るようにあたしを見上げた。
「ちょっとね、悩み事があってさ。恭介たちにも相談したんだけどハッキリしなくて」
 馬鹿兄貴に相談しても相談しても解決しないなんて珍しいな。
「きょーすけも役立たずだな」
「いや、まあ分からなくはないけどね」
 言いながら理樹は困ったような笑みを浮かべた。
 うーん、そうだ。いつも理樹には助けて貰ってるし偶には助けてやるか。
 そしてきょーすけよりあたしの方が頼りになると分からせてやろう。
「だったらあたしに相談してみろ。ズバッと解決してやる」
「え?鈴に?」
「なんだ不満そうだな」
 これでもかってくらい不安そうだ。
 なんかむかつくぞ。
「いやその……うん、そうだね。鈴も一応女の子だもんね」
「ふかーーーーっ!一応でもなくあたしは女だっ」
 なんて失礼なやつだ。
 筋肉馬鹿とかと同じくらいじゃないか、このでりかしーのなさは。
 そんなやつの悩み事を聞いてやろうだなんてあたしは本当にお人好しだな、うん。
「ご、ごめん、つい……」
 申し訳なさそうな表情を理樹は浮かべる。
 たく、しょうがないな。
「あたしと理樹の仲だからな、許してやろう」
「あはは、ありがとう。……そうだね、男の意見よりも女の子の意見の方が参考になりそうだしね。改めて聞いてくれる?」
「うみゅ?よく分からんが、きょーすけたちよりはあたしの方が役に立つ。だから何でも言ってみろ」
 あたしは胸を張って理樹の次の言葉を待った。
「じゃあさ、ずばり聞くけど」
「ああ、なんでもこい」
 あたしが聞くと理樹は少しだけ迷った素振りを見せた後、口を開いた。
「女の子が貰って一番喜ぶものって何かな」
「え?」
 理樹が言っている意味が分からなくて、思わず聞き返してしまった。
「だからその……女の子にプレゼントしたら一番喜んで貰えるものって何かなって」
「うみゅ……」
 言い直しても理樹が言っている内容は一緒だった。
 どういう事だ、それは。
 なんで理樹はそう言うことを知りたいと思ったんだ。
「モンペチでいいんじゃないか」
 考えが纏まらなくて、ついあたしの口から出たのは自分が貰って嬉しいものだった。
「いや、それは鈴だけだよね」
 理樹は呆れたような笑みを浮かべた。
 ……そこで頷いてくれなかったのが何故か少しだけ哀しかった。
「いいだろ、別に」
「いやいや、もうちょっと一般的なものがいいんだけど」
 そう言われても困る。
 あたしはそう言うのは疎いというのは自覚あるから。
 それにさっきまでのやる気が萎んでいて、どうでもいいような気になっていた。
「めんどくさいな。何だ、誰かにあげたいのか?」
 だからだろう。ついあたしはストレートにそう聞いてしまっていた。
「え、あ、その……」
 理樹は照れくさそうに頬を掻いた。
 それを見てあたしは知らず知らずに拳を握りしめていた。
「そうか。あたしの知ってるやつか?」
 声が少し鋭くなっているのを自覚する。
 理樹も気付いたのか少し吃驚したような表情を浮かべるが、すぐに表情を引き締めぽつりと言葉を零した。
「うん、知ってる人だよ」
「そうなのか」
 なんだろう、もやもやする。
 でもこのまま有耶無耶にすることも出来ず、あたしは改めて聞き直した。
「それは誰なんだ?」
 あたしのその言葉に少しだけ躊躇う素振りを見せた後、理樹は意を決して口を開いた。
「えっとね、小毬さんなんだ」
「……え、こまりちゃん?」
 頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
 なんでだ?なんで理樹はこまりちゃんの名前を口にするんだ?
「……どうして?別にこまりちゃんの誕生日はずっと先だぞ」
 それ以外にもなにかプレゼントを渡すような催しがあった記憶はない。
 ぐるぐると思考が定まらない。
 けれどそんなあたしに様子に気付かず、理樹はあたしの疑問に答える。
「えっとさ、デートに誘った時に渡そうかなって思って」
「でーと?……ってお前ら付き合ってたのか?」
 聞いてない、あたしは聞いてないぞ。
 なんだそれ。なんであたしはそれを知らないんだ。
「いやいやいや、まだ付き合ってないよ。えっと、そのなんだ……誘った時に告白しようかなって」
 理樹は顔を赤くし、苦笑いしていた。
「そ、そうか……」
 いまだにあたしの頭をまともに働かない。
 いったいどうしたんだ、あたしは。
 なんでこんなに焦ってるんだ。
「それで、その鈴は何を渡せばいいと思う」
「え?ああ、そうだな……」
 そうだった。そう言う悩みだったな。
 どうすれば、どうすればいい?
 あたしはどうすればいいか分からず、こまりちゃんの顔を必死に思い浮かべた。
 ……そ、そうだ。
「お、お菓子。こまりちゃんが喜ぶのはやっぱりお菓子だと思う」
 うん、それしかない。
 我ながらいいアイデアだ。
 あたしは自分の言葉に何度も頷き、話を打ち切ろうとした。
「え?いや確かに小毬さんはお菓子が大好きだけど、お菓子渡して告白?バレンタインじゃないんだし、なんかおかしくない?」
 そう言われると確かにその通りで思わず言葉に詰まった。
 けど理樹にそう返されるのは何故かむかついた。
「う、うっさいんじゃぼけーっ。アイデアはアイデアだろうが。なんだったらどこかお菓子を食べに行けばいいだろっ」
 だから思わず叫んでいた。
 知るか。もう後は自分で考えろ。
「え?ああ、そっか。どこに誘うか具体的に決めてなかったけど、むしろそれをメインにすればいいか」
 一人納得したように理樹は何度も頷き、物思いに耽りだした。
 なんだ、何を考えついたんだ?
「……どうするつもりなんだ?」
「ん?ああ、普通にデートに誘って、ちゃんとした告白はデート中にすることにしようかなって」
「……そうか」
「ただどこに誘うかはまだ決めてないんだ。普通に喫茶店とかじゃ味気ないし、どこか美味しいデザートを扱ってるレストランにでも誘ってみようかな」
 その方が喜んでくれるかな、なんて呟きながら理樹はまた考え始める。
 でもデートか。うん、つまりそれは理樹がこまりちゃんを好きって事なのか。
 うみゅ、なんだろ。考えているとどんどん落ち着かなくなる。
「でもなー、予算もあるし。いきなり遠出もなあ」
 ああ、それにしても理樹は優柔不断だ。
 パパッと決めればいいのに。
 ……ああ、そうか。きっとこのもやもやはこまりちゃんを理樹に任せるのが不安だからだ。
 そうだ、そうに違いない。
 理樹はどちらかというとあたしの弟分だからな。
 リトルバスターズの仲間になったのも幼馴染の中では一番最後だしきっとどこかで姉のような目で心配してたに違いない。
 ならここはもう少しだけ手助けしてやろう。
「……理樹、喫茶店でいいと思う」
「え、なんで?」
 理樹が不思議そうに顔を覗き込んでくる。
 その不意打ち気味の行動に思わず顔を僅かに逸らし、言葉を続けた。
「今カップルフェアをやってるってこまりちゃんが言ってた。そしてそこのカップル限定メニューを食べてみたいって言ってたのを思い出した」
「そうなの?」
「だから誘えばきっと喜んでくれると思う」
「そっか、ありがとう、鈴」
 理樹は本当に嬉しそうにあたしに微笑んだ。
 そして計画を詳しく練ってくると言い残し、理樹は男子寮へと帰っていった。
「……たく、世話の焼ける弟分だな」
 声に出して一度息を吐くと、あたしもまた寮へと向かった。
 何かもう、今日は何もする気が起きなかった。


 次の日、いつもように学校に行きいつものように授業を受けていたあたしはお昼休みの後からこまりちゃんの様子がおかしいのに気付いた。
 どうしたんだろう。
 心配になって次の休み時間に声を掛けようとしたが、その次の授業は移動教室だったので声を掛ける暇がなかった。
 仕方ないので放課後まで待つことにした。

 そして放課後。
 あたしは帰る準備をしてこまりちゃんの席を見ると、そこにはもう誰もいなかった。
「いない。……いつもはこまりちゃん、ゆっくりしてるのに」
 たぶん誰よりも早く教室を出て行ったようだ。
 あたしは慌ててこまりちゃんを捜しに向かった。
 とは言ってもなんとなく行き先は分かった。
 あたしは階段を上がり、そして窓にへと手を掛けた。
 そこは予想通り開いていた。
 あたしは意を決して窓をくぐり、こまりちゃんがいるであろう場所へと足を進めた。
「こまりちゃん」
 そして予想通り、こまりちゃんは屋上の給水塔の下に腰掛けていた。
「りんちゃん?ど、どうしたの」
「それはこっちの台詞だ。お昼休みから何か変だ。何かあった?」
「え?ああ、その……」
 あたしの言葉にこまりちゃんは困ったような笑顔を浮かべた。
 昨日は理樹は今日はこまりちゃんは悩んで表情をするのは。……って、ああそうか。
「理樹か?」
「ふぇぇえええっ!?な、なんで?どうして分かったの?」
 こまりちゃんが驚いたように飛び上がった。
 けれど驚きすぎたのかバランスを崩してお尻から地面に落ちた。
「うぇーん、お尻イターい」
「だ、大丈夫か、こまりちゃん」
「だいじょーぶ。ちょっと痛いだけですよ。……でもどうして理樹くんが原因だって思ったの」
 お尻を擦りながらこまりちゃんは不思議そうに尋ねてきた。
「昨日理樹に会ったからな。それで告白されたのか?」
「ええっ?いや、その…………デートに誘われました」
「そうか」
 その割にはあまり嬉しそうじゃない。
 なんだ。もしかしてそうなのか?
「こまりちゃんは理樹のこと、あんまり好きじゃないのか?」
「ふ、ふぇぇえ!?ち、違うよ、その理樹くんのことは……好きですよ」
 顔を真っ赤に染めて小さくこまりちゃんは呟いた。
「……そうか」
 思わず胸のリボンをギュッと握りしめてしまった。
 あたしは軽く頭を振り、質問を続けた。
「じゃあなんでそんなに落ち込んでるんだ?こまりちゃんも理樹のことを好きなら喜べばいいじゃないか」
「それは、その、そうだけど……」
 言いながらこまりちゃんはあたしの顔をちらちらと見ていた。
「どうかしたのか、こまりちゃん。あたしの顔に何か付いてるか」
 なにも付いてないと思うけど。そう思いながらもあたしは制服の袖で何度か顔を擦った。
「ううん、そういうわけじゃなくてね。……その、鈴ちゃんはいいの?」
「ん?なにがだ」
「えと、その……りんちゃんも理樹くんのこと好きでしょ」
「え?」
 突拍子もないその言葉にあたしは思わず動きを止めてしまった。
「だからその、鈴ちゃんに悪いなって思って……」
 そう言ってこまりちゃんは俯いてしまった。
 ……何だ、そんなことで悩んでたのか。
 けどそれはこまりちゃんの勘違いだ。
 あたしは安心させるように微笑んだ。
「確かにあたしは理樹が好きだ」
「……やっぱり」
 あたしの言葉にこまりちゃんは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
 けれどあたしはそんなこまりちゃんの手をギュッと握る。
「けどそれは友達だからだ。むしろこまりちゃんの方があたしは好きだぞ」
 うん、こまりちゃんはあたしの親友だ。いっつも側にいてくれて幸せな気持ちにしてくれる。
 そんなこまりちゃんが世界で一番好きだ。
「だから遠慮せずデートしてくればいいと思う」
「……本当?」
「うん、本当だ」
 あたしは笑顔で頷いた。
「う、うーん」
 それでもこまりちゃんは納得いかないような顔だ。
「理樹はあたしの弟分だ。ただそれだけだ」
「え?理樹くんの方がお兄さんじゃないの?」
「そんなことない。あんな優柔不断なの、嫌だ。ただでさえ馬鹿兄貴一人で苦労してるんだから他のはいらない」
「う、うーん。恭介さんもいいお兄さんだと思うんだけどなあ」
 ……こまりちゃんはきっといい人過ぎるんだ。
 だからあたしと理樹のことも勘違いしたんだな。
「とりあえず全部こまりちゃんの勘違いだ」
「そ、そう?」
 不安そうなこまりちゃんにあたしは自信を持って頷いた。
「……そう言えばここに向かう前理樹を見かけたが、少し不安そうな顔をしてた」
「え、理樹くんが?……あ、そう言えばデートに誘われた時答えをはぐらかしちゃったんだ」
「そうなのか。理樹のことだ、断られたとか思ってるんじゃないか」
 あいつはよわっちいからな。
 振られたんじゃないかとビクビクしてるんじゃないだろうか。
「ええ?うーん、そのつもりはなかったんだけどなぁ。………その、鈴ちゃん」
「ん?なんだ、こまりちゃん」
「本当にいいんだよね」
 問いかけるこまりちゃんの顔はとても真剣な表情だった。
 だからあたしはしっかりと頷いた。
「うん、いい」
「そっか。……うん、分かった。じゃあ今から理樹くん探してちゃんとお返事するね」
「そのほうがいいと思う」
「うん、それじゃあ行ってくるね」
 こまりちゃんは頷くと、そのまま振り返らず慌てて屋上から去って行ってしまった。
 あたしはそんなこまりちゃんの様子についつい笑顔を浮かべてしまう。
「相変わらずだな、こまりちゃんは」
 すっと空を見上げる。
「……あれ?」
 何故か空が滲んで見える。
「どうしてだ?」
 思わず目を擦る。
 すると擦った手にいっぱいの水が付いていた。
「……え?」
 もう一度擦る。
 けれど空は滲んだままだ。
 何度も何度も擦る。
 でも溢れ出すものは全然止まってくれなくてあたしは必死の両手で目を押さえた。
 ギュッとギュッと
 ずっとずっと、ただひたすら時間が過ぎるのを待った。
 空がまたはっきりと見えるまで、ただずっと。


[No.676] 2010/02/27(Sat) 00:31:48
ささくれた小指 (No.666への返信 / 1階層) - ひみつ@11796byte

 ささくれた小指、と鈴は言った。
「え?」
「えっ」
「いやそれはもういいからさ……なんだって?」
「ささくれた小指」
「え?」
「……が結婚」
 僕は開いた牛乳パックを縛る苦行を打ち切り、鈴の言葉に想いを馳せた。なぜ彼は(あるいは彼女は)ささくれてしまったのだろう。人差し指や親指に比べられ虐げられて来たのだろうか。
「めでたいな」
「ああ、うん、おめでとう」
「あたしに言ってどうする」
「ああ、うん、おめでたい」
 これを機に幸せになって欲しい。そう思った。僕は心持ち小指に慈しみを込めて牛乳パックを束ねた。ばらっ。
「お相手は?」
 鈴は業を煮やして僕の背を蹴り、それからちょっと深く息を吸って、ポツリと言った。
「実業家だって」
 わお、格差婚。上手くやったもんだ。彼女に輝くプラチナリングを夢想する。
 それにしても世の実業家と呼ばれる人たちは常に婚約者になり続けてるんじゃなかろうか。実業家人口と出生率は相関するに違いない。ついで社長令嬢と御曹司も。
 さて驚くべきことに、鈴は僕より遥かに上手く牛乳パックを束ねて見せた。
「ふん」
 と鈴は言った。
 なんだか切なくなってきて、布団に寝転びながらカリン様のぬいぐるみを投げて遊んだ。少しして、流しから米を研ぐ音が聞こえてきた。
 完全に手持ちぶさたになったので笹瀬川さんのことを考えた。謙吾のことを最後まで受け入れようと、BLの沼に引きずり込まれた可哀想な子。笹瀬川さんが結婚か。
「あれ? 鈴は笹佐川さんと連絡取ってるの?」
 返事は「くちゅん!」。
 んあー、とこれまた愛らしいうめきがしたけど、僕は米研ぎ音が平然と再開されたのを聞き逃さなかった。
「小指じゃなくて、カコちゃんに聞いた」
「カコ?」
「加藤多香子。覚えてない? ソフト部の」
 僕は鈴の鼻をかみながら、少しばかり記憶を辿った。カコ。加藤多香子。
「はへは、はいんくほぅほ」
 ビシッ! と僕の手を払いのけて、エプロンからハンカチを出して鼻を拭った。痛い。
「たいく倉庫の」
 体育倉庫?
「あ、ひょっとして亀甲縛りの? 鈴を押し倒そうとした?」
「そう、睡眠薬の」
 あーあの娘かー。なんて呟いて在りし日に想いを馳せた。鈴を取り合う青春の日々。ジェンダーの壁越しに見る二人の姿が今も胸に焼き付いている。
「ていうかまだ連絡してるんだ」
「なんか勝手にメール来た」
 なにそれ怖い。思わず鈴を抱きしめる。鼻にかかった甘い声を出して、鈴は窮屈そうに身じろぎをした。
 するとズルッ! と。
 牛乳パックを思い切り踏みつけて鈴が体勢を崩す。僕が咄嗟に手を解くと、スローモーションで鈴の頭が白菜に叩きつけられる。
 以来しばらく口を聞いてくれなくなった。
 それで鈴が構って欲しがるようになるまで疑似餌作りに没頭してみたり、成猫と見せかけたパンサーの捨て子の里親を探すなどして色々するうち、ウヤムヤになってしまったというか、少なくとも僕は忘れてしまっていた。
 月も変わろうかという暖かい日に、結婚式の案内状が届いた。
「ひらふくでお越しください」
 読み上げ終えると、鈴はハガキをひらひらと振ってみせた。
「ひらふくってジーパンか?」
「えっ」
「えっ」
「本気なの」
「……冗談だ」
 そう言って思案深げに顎に手を当てる。
「ホントに大丈夫?」
「うっさいボケ」
「多分そういうレンタルとかあるから、探して見よっか」
 不服そうながら、鈴が頷いたのを見て、僕は早速グーグル先生に伺いたてた。
「こういう話って女の子はしないの?」
 僕の椅子の背もたれに顎を乗っけてる(と、思われる)鈴に向かって、検索結果を眺めながら訊いてみる。
 正直僕は、女の子は実業家青年と同じくらい結婚式が大好きなのだとばかり思っていた。まあ鈴が「将来の夢はお嫁さん!」なんて言いだしたら僕らは寄ってたかって心配しただろうけど、どういうわけかそれだとしても、興味くらいはあるんじゃないかななんて思っていた。
 そしたら鈴は
「自分が呼ばれるとこは、考えたことなかったからな」
 なんてあっけらかんと。
 ひょっとしてプロポーズ?
 と思ったけれど、相手が僕である保証はないのであった。悲しい。試しに鈴の隣に恭介を並べてみるとこれがよく似合う。それについては落ち込むよりも腹立たしいので、鈴の代わりに葉留佳さんを置く。似合わない。ざまあ見やがれ!
 空想に耽っていたら、
「あ、理樹はこれ似合いそうだな」
 ライトブルーの肩だしワンピに指が置かれた。僕は空想の恭介に生ゴメを投げつけて遊んだ。


 それから色々段取りを済ませ、例えばご祝儀ひとつに右往左往したりしつつ着々と準備し、結婚式がいよいよ明日に迫ったという三連休初日の夕方、謙吾から珍しくもメールが届いた。そこには僕と会いたいみたいなことが書かれていた。
 あまり唐突だったもので、高校時代、謙吾と僕の関係がまことしやかに噂されていた、という話を思い出して身構えてしまう。
「行けばいいだろ」
「いや行くけどさ」
 本当に大丈夫だろうか、となんだか急に不安になったり。
 鈴はお店に行って着つけて貰ったり(ドレスって着つけとかあるんだろうか)、コーディネートの相談をしたりしなきゃならないらしいと言うのに、僕が遊んでていいものだろうか。
「朝起きられるし、電車ぐらい乗れる」
 怒ったように言うけれど、僕には怪しく思えてならなかった。なんてことはおくびにも出さなかったはずなのに、鈴は更に立腹して僕を追い出したのだった。
 気がつけば日はすっかり伸びていて、腕時計と空の景色が一致しないように思えた。こんな明るいうちからみんな遊び回って。なんて感じるけれど実はもういい時間だったりする。
 僕は連休の人混み、もっと言えばみんなが仲良く肩を並べたり手を繋いだり腕を組んだりして歩く駅前ロータリーを一人ぼっちで歩いた。笹瀬川さんの式場最寄り駅へ向かうべく。どういうつもりなのか、待ち合わせは笹瀬川さんの式場、なんちゃらホテルのある駅だった。
 乗り継ぎもなく改札を抜け、さすがに夜らしくなった空や、ガムが黒く張り付いた敷石、隙間に挟まる吸殻や、よく見れば綺麗に刈り揃えられた植え込みなんかを眺めながら謙吾を待った。
 行き交うスーツや部活帰りの高校生、大声で歩く大学生なんかに混じって、断続的に和装の女性が降りてくることに気づいた。お茶やお稽古にしては時間が遅すぎるし、まさか夜間ライブや飲み会というわけでもなさそうで。
 ひょっとして明日の結婚式の関係かな、と考えたけど、今から着物なんて人がそう何人もいるとは思えない。なんなんだろう。
「待たせたか?」
「ん、いや大丈夫」
 反射で返して振り替える。目に入ったのは胸板で、ちょっと驚いてしまった。
 視線を上げて、改めてそのガタイの良さを実感する。謙吾はこんなに大きかったのか。
「では行くか」
 早速歩き出した背中の、心持ち後ろに付いた。
 さて、突然僕を呼び出して、馴染みのお店を紹介してくれるという謙吾はなんだか暗かった。初めは笹瀬川さんの結婚に何か思うことでもあるんだろうと思ったけれど、歩きながら近況やら何やら話すうち、心ここにあらずとか、落ち込んでるのではなく、不機嫌らしいことが分かった。今日の話に関係あるんだろうか。
「ここだ。なかなかいい店だぞ」
 そう言って謙吾が立ち止まったのは、薄利多売とは縁のなさそうな静かな路地の、玉石なんて敷いている店だった。
 カラカラカラと上品な音を立てて引き戸が開き、靴を脱いで並べて置くらしい広い土間を目にした。
「いらっしゃいまし」
 なんて慎ましやかな声がした。
 浮き足立ったまま座敷に通され、その頃には謙吾より財布が心配で、殆ど放心したまま、「ママ」ではなくむしろ「おふくろ」、というより大叔母様みたいな人と謙吾が楽しげに談笑するのを眺めた。
 そして決定的だったのは、
「こちら、ヒノキになります」
 と、木製のおちょこを差し出されたことだった。合板なんかじゃなく木をくり抜いて作りましたみたいな木目で、
「木の香りがしますでしょ?」
 僕は笑って頷くしかなかった。
「親父の知人でな」
 大御婆様が去ってから、謙吾は言った。
 僕は頷いて笑うしかなかった。
 しかし実のところ、冗談なりなんなりで、そろそろ助け舟を出してくれるんじゃないかと期待していた。だが謙吾は厳しい顔で品書きに目を落とすばかりで、僕のことなど気にしていないようだった。
 変なことだけど、それで我に返った。
「えっと、謙吾?」
 こちらから切り出すべきか迷いつつ、決心を固めて、何の用事? というつもりで訊ねた。
「何かあったの?」
 しかし謙吾は、心底驚いたという顔をして、僕を見返してきた。
「いや、なんか変だからさ」
 僕が言うと、視線を逸らして目を伏せた。
「すまない。不快な思いをさせたか。完全にこちらのことだ」
 それで、仕事であった嫌な客の話を聞く。
 なるほど憂鬱になるエピソードで、ふむなるほど、なんて思ったけれど、僕を呼び出した理由についてはとうとう訊きそびれてしまった。
 さっきの人とは別の割烹着の女の人が、茶褐色の大瓶のまま日本酒を運んできて、これまた木目の美しい升になみなみと注いでいった。
 音の立たないおちょこで乾杯を交わして、口をつける。木の匂いが、と言っていたけれど、お酒の辛さがするばかりで僕にはさっぱり分からなかった。お通しのくらげはおいしかった。
 一息ついて、なぜだか二人して黙々としてしまう。
「笹瀬川さん結婚するってね」
「ああ」
「お相手はどんな人だか知ってる?」
「会ったことはないが、話に聞く限りでは立派な人らしい」
「ああ、だろうね」
 そしてまた沈黙。
 焼き鳥が運ばれてくる。
「お前は出席するのか?」
「するなら今飲んでないよ」
 答えてから、これだと会話がまた途切れてしまうのではないかと思い、
「鈴は行くんだけどね。笹瀬川さんの親の顔が見たいんだって」
 すると謙吾はブッと吹き出し、
「正気か?」
 と真顔で訊ねてきた。
「ごめん嘘」
 答えると、安堵したように息をついて背中を伸ばした。後ろの壁に頭が当たって、妙にくぐもった音がした。
「笹瀬川の家は相当な旧家だぞ。逆に友人諸氏が見定められる場になるくらいだ」
 初耳だったけど、そんな気はしてたので驚きは無かった。
「だから欠席?」
「馬鹿を言え。……新婦の側に若い男が座るなんて考えられん」
 謙吾は言い切ると、おちょこを一気に傾ける。
「それで、鈴は大丈夫なのか?」
「心配ないでしょ」
「本当か?」
「え? ……心配ない、と思うけど。なんで?」
 謙吾は意外そうに僕を見て、目を上に寄せてから、勝手に頷き始めた。
「お前が言うならその通りなんだろうな」
 その言葉の響きにはえらく引っ掛かるものがあった。謙吾は鈴がなにかやらかしやしないかと懸念しているらしい。それは分かるんだけど、なんでそんなことを考えるのかが分からなかった。そりゃ、電車とかは危ないかも知れないけれど。
「牛乳パックだって縛れるし」
「なんだって?」
 僕は「なんでもない」と答えて、謙吾を真似ておちょこをあおった。舌がアルコールに慣れてきたのか、なるほど微かに木の匂いがした気がした。次の瞬間には気のせいに思えた。
 新しいお酒を見繕って、しばらく黙った。
「上手く行ってるのか?」
「おかげさまで」
 ちみちみと飲みながら、思い出したように話をして、時間が過ぎ、店を出た。
 あの店からカラオケにはしごするというのもおかしな感じだった。歌も歌わないで二人して酔いつぶれていた。
 暗い部屋、天井には紫の電灯が灯っていて、壁や服の白い部分だけが青く発光していた。
「なあ理樹」
「なにさ」
「お前ら、結婚するのか」
 僕は答えなかった。
「俺も呼んでくれよ」
「なにそれ、三角関係の余りみたいなセリフ」
「やめろ、思い出す」
「あはははは」
 寝返りを打とうとして、ソファーがやたら狭く、身体が落ちそうになっていることに気づいた。
 身体を立て直して、僕は言った。
「もちろん呼ぶよ」
「頼んだぞ」
「うん」


 いつ謙吾と別れたのか覚えていなかった。
 午前中の爽やかな、ギラギラした日差しの中で、僕は電車を待っていた。足を投げ出した酷い格好だった。
 反対側のホームに停った電車から、これから結婚式ですみたいな、若くて、なんだか「青年実業家のご学友」みたいなスーツに白ネクタイの人が降りてくるのが見えた。ふと振り向くと、ホームから見下ろせる駅前に、同じく白ネクタイの一団が集まっているのを見つけた。
 その中の一人に、酷い違和感があって思わず凝視してしまう。
 メガネで白ネクタイにダークスーツ。それはいい。でも彼は見事にハゲていた。顔に、遠目にも年輪みたいな皺が刻まれてるのが見えた。思わずつっこむ誤植ネタみたいだった。
 駅から、多分さっきの男が出てきた。ハゲた男は、他のメンバーと一緒になって、まるでホントにご学友みたいな振る舞いをしていた。久しぶり! なんて。元気にやってたか? みたいに手を振って。しかし彼らの誰も違和を抱いたりしていないように見えた。
 初夏も近いうららかな日差しの中、彼はまるで自分が祝福に包まれているかのような、幸福な笑顔でいた。僕には無性に眩しく見えた。笑顔がね、笑顔が。
 今日笹瀬川さんが結婚する。いやまあ、法律的にはもう結婚してるか後々婚姻届を出すんだろうけど、まあ今日ってことでいいだろう。
 今日、笹瀬川さんが結婚する。そんなとっくの昔に知ってたことを、彼らの背中や頭を見ながら、何度も何度も反芻したのだった。
「宮沢様!」
 なんて本気で言ってて、素人との野球に本気になっちゃうような女の子が結婚とな。
 太陽よりも背が高い、ホテルのビル。鈴はちゃんとできているだろうか。ちゃんとというのはつまりその、幸せな笑顔の中に混じりつつ、不意討ちを貰って無礼なタイミングで吹き出したり、興味を持って深く眺めてしまったりしてやいないだろうか。あるいは新婦の名前を間違えてたり。
 ライトブルーの肩だしワンピに身を包み、女の子たちの輪の中で立ち回る自分を想像したころ、ホームに電車が入ってきた。


[No.675] 2010/02/27(Sat) 00:18:09
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 放課後、私は一人廊下をぶらついていた。
 部活動をやっている者、すぐに帰る者、過ごし方は人それぞれだが太陽が西に沈みかけるこの時間帯に教室に人がいることは少ない。
 ちなみに今は雨が降っているのでグラウンドから運動部の掛け声は聞こえない。
 そろそろ帰ろうと思い、素通りしかけた教室で歌声がした。声色からしてきっと女子のものだ。
 しかもどこかで聞いたことのあるような声だった。
 なので遠慮せずにドアを開けてみた。
「うわあっ! ……なんだ、姉御か。びっくりさせないでくださいヨ……」
「うむ、予想通りの反応で助かる」
「もし私じゃなかったらどうしたんですか?」
「そのときはそのときだ。それよりさっきの歌声、君にしては若干元気がなかったようだが?」
「うん、一人だとやっぱり思いっきりは歌えないからね。今みたいに誰か来る可能性だってあるし。
でも今ならダイジョーブ! バリバリ歌っちゃいますヨ!」
「そうか、なら頼む」
 少し聞いてて、さっきのは本当の葉留佳君の歌声ではないように思えたので少し聞いてみたくなった。
 だが葉留佳君は歌おうとしない。気まずそうにこちらを見ている。
「どうした? 歌わないのか?」
「いや、よく考えたらこうやって人に聞かせたことないから少し緊張しちゃって……」
「バリバリ歌うんじゃなかったのか? まあここには私たちのほかには誰もいない。存分に歌うがいい」
「うーん……そうですネ。じゃあ姉御、ちゃんと聞いててね?」
 やや迷った後に覚悟を決めたような表情になり、歌いだした。
 
 
 最初は表情・声共に緊張していたが、時間が経つにつれそれは薄れていった。
サビに入るころには迷いのない明るく澄み切った音色になり、表情も嬉々として輝いている。
 私はその姿に見とれていて、気がつくと歌は終わっていた。
 全体的に明るくアップテンポな葉留佳君らしい曲という事はきちんと聞き取れたが。
「……ふー。姉御、どうだった?」
「ああ、まあまあだな」
 素直にうまかったと答えるのも癪なのでそういっておく。
「今の歌を聞いて私もピアノを弾きたくなった。ついて来てくれ」 
 正確には葉留佳君と演奏してみたいだけなんだがな。
 

 葉留佳君の手を引っ張り、教室の外へ出る。そして放送室へと向かう。
 早速ピアノに向かい、音が出ることを確認する。そしてそのまま即興で奏でてみる。
 緩やかなる音の波に身を任せ、軽やかに指を動かす。
「おおっ、さすが姉御! すごいっすネ!」
「どうってことないさ。それより先ほど葉留佳君が歌っていた曲、あれの楽譜はあるか?」
「ありますよー、はい姉御」
 そこに書かれていたのは普通の五線譜と音符、その下には歌詞があった。
「もっとぐちゃぐちゃになっていると思ったのだが……意外だな」
「うわ、そんな風に見られてたのか……はるちんショーック!」
 頭を抱えて大げさな動作を彼女はとる。皆そう思うだろうに。
 楽譜を見て、指の動きをイメージし、そしてゆっくりと弾いていく。
 人の声とはまた違った、ピアノ独特の音が放送室に響く。
「ホントに初めてなんですかネ?」
 独り言が耳に入るも、気にせず弾いていく。

「……とまあこんなことろだ。初見なので元より少し遅くなってしまったが」
 曲を引き終え、楽譜を葉留佳君へと返す。
「すごい、すごすぎですよ姉御!」
「はっはっは、おだてても何もでないぞ?」
「いやホントにすごいですヨこれは。……そうだ、姉御ならさ、この曲もっといい風にアレンジできますよネ?
即興でピアノ弾いてたくらいだし」
 確かにそれくらいは容易い。しかし……
「だが断る」
「えーっ!? どうしてですか姉御ー?」
「めんどくさいからだ」
 私は葉留佳君が作った音が好きなんだ。だから葉留佳君一色の音色でなければいけない……とはさすがに言えないので適当にごまかすことにした。
「むー、じゃあ今度クレープおごるからさ」
「断る」
「じゃあキムチともずく1週間分」
「断る」
「こまりんのパンツ」
「よし、これから毎日特訓だ。厳しくいくからな」
「……ゴメン、今のナシで」
「そうか……残念だ」
「でもさ、また姉御のピアノに合わせて歌いたいなっ!」
 楽譜を束ねるために1度向こうを向いたと思ったら、唐突に振り返り満面の笑みでそう告げる葉留佳君に不覚ながらも心を動かされた。
「……仕方ない、これから昼休みと雨の日の放課後はここに来るといい。あわせてるうちに新しい音も生まれるだろうからな」
「ホント!? 姉御ありがとー!」
「だがキムチともずくは貰うぞ」
「ちゃっかりしてますネ」




 それから私達は毎日ここへ来るようになった。
 葉留佳君の歌が上達するのに比例し、私の指も軽やかになったと思う。
 少し前の私は葉留佳君だけの音色でないといけないという今からすれば意味不明なことを考えていたが、
今は葉留佳君の歌無しでは私の音では私の音ではないのではないかと感じるくらいになってしまった。
「よし、リサイタルをやろう!」
 当の本人はいつものように突然発言し、私の調子を狂わせる。
「いや、そんなあっさり言われてもだな……本当にやるのか?」
「もちのロンですよ! あー、今ので思ったんだけど、麻雀もいいじゃん?」
「……ふん」  
「ご、ゴメン、冗談ですから、ね?」
 素っ気無く振舞うと簡単に折れるというか弱さを見せるのは真の姉による教育の賜物か。全く、妬ける。
「まあやるというのなら場所と機材の確保が必要だ。ここは私と恭介氏で何とかしてみせよう」
「え、いいの?」
 若干葉留佳君の顔色に動揺が混じっているように見える。少し冷たくしすぎてしまったかもしれない。
「勘違いするな、私がやりたいと思っただけだ。故に時間、場所、その他諸々はこちらで決めることになるがな」
「……ありがと、姉御」
「……っ!」
 私の気持ちを読み取った上での笑みか、単に許可が出たことが嬉しいだけなのか。
 前者の可能性があるということを考えるだけで顔が熱くなるのを感じてしまう。
「善は急げだ、今から予定を決めてくる」
「あ、ちょっと姉御、練習は……」
 感情の揺らぎを悟られぬよう、葉留佳君の言葉も聞かずに放送室から退出した。




 その後は恭介氏と協力して難なく機材と場所を確保できた。
 場所は中庭で、来週の金曜ということになった。今週は金曜なので、ちょうど1週間後ということになる。
 それらを伝えるために放送室へと再び足を向ける。
「葉留佳君、演奏できるようになったぞ、感謝しろ」
「なにが感謝しろデスカ。私のこと置いてけぼりにしてさ……」
 葉留佳君は拗ねてこっちを向いてくれない。
 先に帰らせればよかったかもしれない。後悔先に立たず、か。
「すまなかったな。だがさっきも言った通り演奏はできる。来週の金曜だ」
「まったくもう……じゃあ埋め合わせ頼みますヨ」
「今からか?」
「このまま帰るの何か嫌だし。そもそも姉御のせいだし」
「わかったわかった。じゃあいくぞ」
 今回の葉留佳君の声は若干沈み気味だったが、後半になるにつれもとの元気さを取り戻していた。
 私が影響しているものと考えると、嬉しくもあり恥ずかしくもある。
 時間も押しているので、1曲だけで切り上げとなった。
 葉留佳君は物足りなさそうだったが、来週の楽しみと言うことで抑えさせておいた。







 練習に練習を重ね、いよいよ本番。
 もうすぐ空が赤く染まるだろうという時間に、私と葉留佳君は中庭にいる。
 もっと正確に言えば軽音部が学園祭などで演奏するところに立っている。
 視線を前方に向けそこから左右を見渡せば、お馴染みのバスターズメンバーや、逆にあまり関わりのない軽音部員達がいる。
 ただ後者の方は若干視線に威圧感を感じる。おそらく音楽を得意とする自分たちと素人の私たちを比べているのだろう。
 しかし私がその程度でひるむはずもない。隣を見ると、今にも歌いだしたいと言わんばかりの表情が見えた。
「はるちゃん、ゆいちゃん、頑張って〜」
「あ、こまりん! 他の皆も応援ヨロシクー!」
 小毬君の声援を後押しに演奏体制へと入る。あとゆいちゃんって言うな。
 葉留佳君と違いここから叫ぶのは躊躇されるので心の中でつっこんだ。

「葉留佳君……」
「姉御……」
 互いを呼び合い、頷きあう。
 これまでの練習の成果を信じ、指を鍵盤の定位置へと滑らせる。
 そしてゆっくりと深呼吸し、肩を中心に全身の力を抜く。
 最初の音を発した鍵盤は次々と私の指によって音を出していく。
 イントロが終わり、Aメロへ。つまりここからが私たち2人の演奏となる。
 指を広げ、和音を奏でる。そこに葉留佳君の歌声が乗せられ一つになる。
 その感覚がとても気持ちよく、快い感情が私の中に今生まれた。
 


 中庭が拍手に包まれる。演奏はあっという間に終わってしまった。
「終わったな……」
「うん、とっても楽しかった!」
 私達は笑いあってこれまでの、そして今このかけがえのない瞬間を胸に刻む。
 バスターズの面々は拍手と笑顔と惜しみない賞賛の言葉を私たちに向けてくれた。
 



 その後キーボードを部室まで運ぶ。だが私だけではさすがに重くて厳しいので葉留佳君と2人で運ぶことになった。
 アンプ等のその他の物は軽音部員が運んでくれることとなった。
 しかし陰でなにやら話している彼らは突然私たちの幸せな気分をぶち壊した。
「……拍手とか起こってたけどさ、そこまで上手かったか?」
「正直微妙だな。ていうか楽器がキーボードだけっておかしくね?」
「確かにな、今ひとつ迫力がなかった」
「まずオリジナルの曲、あれはないな。歌詞も曲調もセンスないし」
「だよなー。マジ最悪」
 
 そこまで聞いたところで私の頭に血が上り、全身が怒りで震えた。
 葉留佳君はもっぱら悔しいという表情をしている。それを見た瞬間私は怒りが有頂天へと達した。
「貴様ら、言わせておけば……!」
「あ、姉御!」
「げ、聞いてたのか……」
「今言ったことをすべて取り消せ」
 怒りを瞳に込め厳かに言い放つ。相手は一瞬動揺したが無様に繕った。
「うっせーよ、下手糞がどうこう言うな」
 その台詞を聞き終わらないうちに、言葉の発信源目掛けて拳を繰り出す。
 一応後のことを考え寸止めにしておいたが、油断していたそいつの鳩尾の一寸先には私の当たるはずだった一撃が確かに存在している。
 さっきまでとは違う、意表を突かれた間抜け面に対し怒りを込めて睨み付ける。
「貴様らは自分で曲を作ったことがないのか? 私たちのような素人が作ったという点では同じなはずだ。
それをよく上から目線で下手だと言えるな……腐り、捻くれ、救いようのない考えの持ち主共が!」
 周りを見渡し、一喝する。意表を突かれうろたえる者、悔しそうに俯くもの、納得いかないといった視線を向けるもの
がいる。
「そうそう、今度のあんたらの定期演奏会、私たちで滅茶苦茶にしてやりますよ! ね、姉御!」
「ああ、葉留佳君の音楽センスはこの私が認める。あいつらのことは気にするな」
 最後に悪口を言っていた奴等を睨みつけ、葉留佳君の手を引きこの場を後にした。














「さっきはありがとね、姉御……どうしてあそこまで怒ったんですか? あんな姉御、私見たこと無いですヨ」
 私がよくお茶している場所へと葉留佳君と二人でいると、儚い微笑が私の目に映った。おそらくさっき言われたことが少なからず堪えているのだろう。
 そんな葉留佳君をそっと抱きしめる。うん、温かい。
 予想外の行動に戸惑っているらしいが、気にせず正直に思いを告白する。
「もし非難の主な対象が私でも可哀想なやつらだ、と気にも留めなかっただろう。ただ、葉留佳君が悪く言われるのが許せなかったんだ。
私は……葉留佳君に特別な感情を持っているんだと思う」
 言い終えて、気付く。相当恥ずかしい、プロポーズと間違われてもおかしくないくらいの台詞を言ってしまったことを。
 動揺している葉留佳君を肌で感じ、熱を孕んだ顔を見られぬようにと咄嗟に強く抱きしめる。
「そんな……私姉御が喜ぶようなことしてないし、好かれる資格なんて……」
 いつもと違う弱気な葉留佳君に、羞恥心というものはその瞬間何処かへと飛んでいった。
 体を離し、目を見て話す。
「いや、君は私が持っていないものを持っている。正直に言うとな、私は君が羨ましかったんだ。その溢れ出る感情がな。
それを近くで見ていてとても気持ちがよかった」
「それを言うなら私の方が今まで姉御にずっと助けられてた。だから私も姉御のこと……好きだよ」
 いつものふざけた感じではなく、頬を染めながらも私を見つめるその潤んだ瞳に吸い込まれそうになる。
 すると再び葉留佳君は口を開いた。
「私はずっと誰かに認めてもらいたいと思ってた。皆から好かれる姉御は私の目標だったんだ。
 そんな人が私を好いてくれるなんて……夢みたい」
「いや、私のことを嫌う人間もいる。だが君はそうじゃない、私はそれが何より嬉しい」
「姉御……」
「葉留佳君……」
 演奏のときと同様に、互いを呼び合い見つめ合う。違うのは、精神的な距離。
 私はごく自然に葉留佳君に口付けていた。
彼女は目を閉じて受け入れてくれた。
 
 
 それは一瞬のことで、今は緩やかに吹く風に身を任せている。
 これからも葉留佳君と共にいたい、そう思える1日だった。


[No.674] 2010/02/27(Sat) 00:04:33
ある日の家庭科部 (No.666への返信 / 1階層) - ひみつ@3908byte

ある日の家庭科部



「能美さん、ちょっといいかしら?」
「はい。寮長さん、なんの用でしょうか?」
「家具部の倉庫に使っていない冷蔵庫が眠っているそうなのよ。家庭科部には冷蔵庫がないからそれをいただくことになったの。
でも、ちょっと今日、寮の仕事が多くてもらいにいけないの。能美さんもらってきてもらえる?」
「もちろんなのです!冷蔵庫があればいろんな材料をしまって置けますしね」
「助かるわ。エレベーターを使えばすぐいけるからよろしくね」
「らじゃーなのです!」


はっ!勢いで頼まれてしまいましたが、私一人では冷蔵庫なんて運べません…どうしましょう…


「おっクド公、どうした?筋肉でも落としたか?」
「井ノ原さん。いえ。特に何でもありません…」
「そうか?なんだか困っているみたいだったから声かけたんだが。筋肉の相談ならいつでも乗るぜ!」
「いえ。筋肉は……!
 そうです!井ノ原さんの筋肉が必要なんです!」
「そうか!俺の筋肉が必要か!俺は何をすればいいんだ?」
「家具部の倉庫にある冷蔵庫を家庭科部の部室に持っていってほしいのです!私には重くて無理ですが、井ノ原さんの筋肉なら簡単です!」
「そうか!おっしゃぁぁぁ!いくぞクド公!俺の肩に乗れ!筋肉スピードですぐに行くぞ!」
「わふー!」

・・・・・・・・
・・・・
・・

ヴゥーン ヴゥーン ヴゥーン

「クド公。もっていく冷蔵庫ってのはこれなのか?」
「多分そうだと思います…。冷蔵庫みたいなのはこれしかありませんし」
「だがよ。電源入っているけどいいのか?」
「寮長さんは持っていっていいと言っていたので大丈夫だと思いますが…」

バタン

「電源入っているし、中もいろいろ入っているぞ。どうする?」
「う〜ん。井ノ原さんには運ぶのをお願いしただけなので、家庭科部の部室まで持っていてもらえれば何とかします」
「そうかわかった。じゃあ、中のものが混ざらないようにこのたった状態のままもっていくぜ!」
「よろしくお願いしますです!」
「よっしゃ。うおぉぉりゃー!」


・・・・・・・・
・・・・
・・

「ありがとうございました」
「おう!いいってことよ。いい筋肉の運動にもなったしな。また筋肉が必要になったら呼んでくれよな」
「わかりました!」

さて、運んでもらった冷蔵庫ですが…なんで電源が入っていたのでしょう?


ドン!

バタン!

「わふっ!だれですか!」
「私だよ〜クーちゃん…イタタぶつかっちゃった」
「どうしたんですか、小毬さん!そんなに急いで」
「実は…。お菓子作りに家具部の倉庫の冷蔵庫をこっそり使っていたんだけど、それをさっきクーちゃんたちが持っていったのを聞いて急いできたんだよ〜」
「そうでしたか〜。大丈夫ですよ。小毬さん。井ノ原さんに中身が混ざらないように運んでもらいましたから」
「よかったよ〜」

バタン

「これだよ〜。今回はゼリーを作っていたんだ〜」
「無事でよかったです」

「くーちゃん、家庭科部に持ってきたということは、これは家庭科部のものになるの?」
「そうなると思います」
「じゃあもしよかったら、この冷蔵庫使わせてもらえないかな?お菓子を作るのに必要になるときがあるから」
「大丈夫だと思います。そんなに多くのものを入れないと思いますから」
「ありがとう、くーちゃん。あれ?でも私の以外にもほかになにか入ってるよ?」
「そういえばそうですね〜。使えなさそうなのは処分してしまいましょう」
「じゃあ、私も手伝うよ〜。使わせてもらうことになるんだし」
「ありがとうございます、小毬さん!さっそくやりましょう!」

まさか、とんでもないものが出てくるとは思いませんでしたが…

「ほわー!!!」
「どうしました、小毬さん」
「この牛乳…期限が一年前だよ〜」
「わふー!中身が黒い塊になっています!」

家庭科の授業の忘れ物でしょうか…?

・・・・・・・・
・・・・
・・

「……小毬さん、小毬さん。これ…」
「どうしたのクーちゃん?アジのひらきだよね?」
「そうなんですが…化石化してます…」
「えー!」

何で化石に!?

・・・・・・・・
・・・・
・・

「クーちゃん、あとそのお肉だけだね。使えそう?」
「ちょっと待ってください……!?」
「どうしたの?」
「…………この肉期限が昭和です」
「ほわー!!!」

この冷蔵庫はタイムマシンなんでしょうか?

・・・・・・・・
・・・・
・・

「終わったね〜クーちゃん」
「ありがとうございました。一人では内容にしてもなんにしてもやりきれなかったと思います」
「そうだね〜いろいろびっくりだったよね〜じゃあ最後は…」
「あと何かありましたか?」
「私が作ったゼリーを一緒に食べよう♪」
「わふー!」

そのゼリーはいつもと違う特別な味がしました。


[No.673] 2010/02/26(Fri) 23:02:24
皆がいるから (No.666への返信 / 1階層) - 秘密@14309 byte

まずい
まずいまずい
まずいまずいまずい
まずいまずいまずいまずいまずいまずい
まずいまずいまずいまずいやばいまずいまずいまずいまずい

部室のドアをバン!と開ける。
皆が驚いた顔になる。
「大変だ!」
「どうしたの?真人」
「勉強教えてくれ!!」
「…え?」
「だーかーら!勉強だよ勉強!!!このままじゃ留年しちまうんだよ!!!」
「はああぁぁあ!?」


昼休みに呼び出されたオレは、今までの成績が悪すぎるのでこのままでは進級できないと言われた。すると理樹や皆と遊ぶ時間が減ることも。
「…そんなに悪いの?」
「らしい…」
「どの教科が不味いの?」
「全部」
「全部!?」
「おわったな」
「いやいや、簡単に諦めないでよ」
「マジで頼む、手伝ってくれ!」
「後何週間だっけ?」
「ちょうど3週間です」
「何とかなるんじゃないですかネ」

「時に真人少年。マジで、と言うがどれ程までに覚悟をしている?」
覚悟?
「この分だと相当点を取らねばなるまい。恐らく真人少年の事だから中学…いや小学校まで遡って勉強しなければならないだろう。3 週間と言えど自分の時間を大きく削ることになるだろう。それでもやるか?」
そういう事か。んなの決まっている。
「ったりめーだ。流石にまずいからな」
「具体的には?」
オレはニヤリと笑いもう一度部室のドアをバン!と開ける。そこにはトレーニング用具が全て置いてある。

「3週間筋トレをしない!!」
「はあぁ!?」
「嘘だ…」
「この人は誰ですか?」
「ちょっ…西園さん…」
「筋肉がなかったら井ノ原さんじゃないのです!」
「これがはくちゅーむか?」
「おいおい。オレは本気―
来ヶ谷がクスクスと笑う。
「解った。認めよう」
「本当か?」
「うむ。まぁ最初から覚悟していた事は解っていたがな」
「解ってたのかよ」
「まあな。それとトレーニング用具、幾つかは持っていていいぞ」
「本当か!?」
「第一に少しは体を動かした方がいい。第二に筋肉が無くなった真人少年は考えたくない。見たくない。第三に、邪魔だ」
はいはい。どうせ筋肉ですよ。
「全員手伝う方向でいいな?」
皆頷いてくれる。
「さて、誰をどの教科に担当させるか…」

「ちょっと待ったああぁあ!」
天井から恭介がぶら下がっていた。
「恭介!?」
「相変わらず奇抜な登場方法だな」
「教科の布陣なら既に考えてある」
降りてきた恭介が紙を広げる。
「なに勝手にきめてんだ馬鹿兄貴」
「俺は『総監』だからな」
「監督じゃなくて?」
「監督は何かと忙しいからパスだ」
…何が違うんだ?

現代文 西園
古典 宮沢 能美
リーディング・文法 神北
数学 来ヶ谷
全教科サポート 直枝
暗記教科全部まとめ 棗
総監 棗

恭介が、はっとなる
「しまった…」
「どうした?」
「恰好つけて苗字にしたら俺と鈴の区別が着かない…」
「知るか。それより暗記教科全部まとめって、このあほに解るようにはむりだ」
「そんなことないよ〜。覚え難い言葉とかも自分の中で簡単にしたら覚え安いんだよ〜」
「そうなのか?ならいい」
あっさり納得してくれた。
「全教科サポートってどういう事?」
「教えるのが一人だけじゃ大変だろ」

「俺は降りる」
「謙吾!?何で!?」

謙吾はオレをビシッっと指差す。
「勝負だ!真人!」
「勝負…点数でか?」
「そうだ。負けたら罰ゲーム有りでな」
謙吾は頭が良い。(最近アホになったが)そんな謙吾が勝負してくるなんてな…。

やってやろうじゃねぇか!!
「っしゃあ!勝負だ!!」
「おお!!」
「そっか、ライバルが居た方が張り合いがあるもんね」
「ところで恭介はなんも教えてくれないのか?」
「…いや、忙しくてな」
「どーせ面接おち…「うわああぁぁぁぁぁ!!」
部室のドアをバン!と開け恭介は逃げ去った。因にドアは思いっきり開けたら反動で大分閉まる。


「それでは、始めるか」
来ヶ谷の数学の時間が始まった。
平日は授業の終わりが3時半。4時から1時間刻みで間に小休止を入れて3教科勉強。それから晩飯で9時から1教科勉強してその後1日の復習と暗記だ。
休日は10時から2教科。昼飯で4時まで自由時間。それから2教科。晩飯で食べ終わってから1週間の振り返りだ。

「思ってたより少ないな。自由時間もあるし」
正直もっとスパルタなのかと思ってた。
「恐らく真人少年は長く集中する事が苦手だろう?だから1時間で区切った。自由時間はやる気を無くされたり襲いかかられたりしたら困るからな」
「襲わねーよ」
「さぁ始めよう」
「ってスルーかよ」
「先ずはこれだ」
来ヶ谷が胸の間から…ってどこ入れてんだ!?…小学生用の問題集を出してきた。
「小学生用かよ!」
「いくらなんでも振り返り過ぎじゃ…」
ため息を着く来ヶ谷。
「どこで躓いているか解らないからな」
「はっ、余裕でクリアしてやんぜ!」
「うむ、その息だ。普通の加減乗除は解るだろうから分数の加減乗除からだな」

一応分数の割り算も出来た。(中学になってやっと解ったのは秘密だ)けどミスが多かった。楽な計算方法を習い、
「良く出来たぞ真人少年。偉い偉い」
「褒めんなよ。照れんだろ」
「…このくらいで照れられても…」
「正直解らないと思っていたがな。しかし1、2点を争う状況だ。くれぐれもミスの無いようにな」
「はーい」
「さて、つぎは―」

あっという間に1時間が過ぎた。
「あれ?もうか?」
「この分なら間に合うかな」
「案外出来るもんだな」
「真人少年の覚悟があっての事さ。金曜日まで小学生の復習。土曜日に確認のテストだ。いいかな?」
「今日は水曜日だから…3日で6年分なんて出来るの?」
「下地はある程度あるし必要な事だけやるからな。試験は積分とベクトルだからそれに対応したもののみをやる」

トントン
「あぁ、美魚君か。長居し過ぎたかな」
「ありがとーございました」

来ヶ谷と西園が入れ替わる。去り際に来ヶ谷が西園のスカートを捲ろうとしたがブロックされていた。
「休憩は要りますか?」
平然としている。日常茶飯事なのか?
「要らね。テンション高いからな」
自分でも不思議だ。あれほど嫌な勉強だったのに。
「皆のお陰だね。皆が居て支えてくれるから」
「…うん。その通りだな」
「では始めましょうか。試験は現代文の読解と俳句です。まずは現代文学の読解の初歩からです」
と言ってバックから取り出した本は―

「だからなんでそうなるんだっつーの!!」
表紙で屈強な男と幼い顔立ちの男が絡み合っていた。
ため息を着く西園。
「元はと言えば直枝さんが悪いんですよ」
「えぇ!?僕!?」
「直枝さんがいつまでたっても恭介さんに手を出さないからです。最近お二人の絡みが無く、ひもじいのでこの際井ノ原さんを洗脳しようかと。屈強な男性に蹂躙される男の娘も悪くはありません」
…ダメだ。着いて行けねぇ。いや、着いてっちゃダメなんだな。うん。
「取りあえず諦めてくれ西園」
「…仕方ありませんね」
案外あっさり諦めた。

「現代文学で大事なのは、誰の発言か、その人はどういう考えで発言したか、です」
「…うー、どうゆー事だ?誰の発言か、ってのは解るけど…」
「要するに、発言した人が、何を考えているのか、と言う事です」
「あー、その人の気持ちになれと?」
「そういう事です」
「んなのわかんねーよ。オレはオレでその人じゃねーんだから」
「いや、そうなんだけどさ、それを汲み取るんだよ」
「大丈夫ですよ」
西園がバックから本を取り出す。今度は普通の本のようだ。
「私が教えます。この本は簡単な本ですから井ノ原さんでも平気だと思います」
「うわああぁぁっ!!本だああぁぁっ!!」
「ほら、しっかり!謙吾に負けたくないでしょ?」
おぉ、そうだった。
「んじゃやるか」
「切り替え早っ」
西園はクスッと笑う。
「では一緒に読みましょうか」
この言葉は誰のか、何を言っているのか、残りの時間を全て使って勉強した。それが解ると段々話が解るようになり、少し面白かった。

コンコン
「ごめんくださ〜い」
小毬の声がする。
「時間ですか。この本はお貸ししておきます。先に読んでも良いですよ」
「はいよ。ありがとーございました」
「お疲れさまです」
西園と小毬が入れ替わる。

「それでは授業を始めま〜す」
「はーい」
「まずは、アルファベット描けるかな?」
「ABCだろ?余裕だな」
「それでは書いてください。どうぞ〜」
えっと、ad…違うbだ。cでdefghIjk1mn0p。えーっとQrStUVwxyZ。
「どうだ?」
「…これ大文字?」
「いや小文字」
「Qはqだよ?」
「…解んなかった」
「ま、まぁしょうがないかな?次は『本』を英語で書いて〜」
b0○K
「もうちょっと綺麗に書けない?真人」
「しょうがねぇだろ。英語難しいんだから」

…あれ?小毬の顔からいつもの笑顔が消える。目が…目が怖い…。
「真人君。筋肉って英語で書いて?」
て?の時点で書き始める。
Muscle うん。我ながら素晴らしい。
「こんな綺麗に書けるなら最初から書こうよ…」
「しょうがねぇだろ。だっt「真人く〜ん?」
小毬の顔に笑顔が戻った。けど怖い!ムチャクチャ怖い!ものすごいオーラと言うか…殺気!
「真面目にやろうね〜真人く〜ん?ぶっ殺…留年したいのかな〜?」
「はいぃっ!ごめんなさいでしたっ!」
謝ると少しオーラが減った。
「それじゃあ文法からやろっか?中学一年生からね〜」
生まれて初めて必死に勉強した。そりゃもう必死だった。そのお陰かどうか、ほとんどが解った。

「そろそろ終わろっか?お腹空いたしね」
「うん。行こっか真人」
「お、おう」
終わった…生きてる。でもあっという間だった。必死になる、ってのがちょっと解ったかもしんない。


食堂に行くと皆居た。あ、恭介がいねぇや。
「小毬ちゃん。こいつらにらんぼーされなかったか?」
「ん〜?平気だよ〜?」
らんぼーされそうになったのはこっちだけどな…。
「聞く分だとなかなかやるらしいじゃないか。真人」
「まぁな、ぜってー負けねーかんな!謙吾!」
「やってることは中学生ですけどね」
「…西園さん。そっとしておいて…」
「はい」
「次の授業はなにー?」
「私の古典ですっ!」
「んじゃーお邪魔しよっかなー」
「や、邪魔だからマジで止めてくれ」
「酷いー!?」
「妥当かと」
「美魚ちんも酷いー!?いーもん!大人しく勉強するもん!」
…っておいおい。マジで来る気かよ。まぁ良いけどよ…。


「では始めましょう!」
「お願いs「お願いしゃーす!!」
「もう邪魔してるよ!?」
「気にしない気にしない」
「…えっと、古文は、日本語と考えない方がいいと思います。外国語だと思って単語を覚えるのが一番なのです!」
「…」
「あ、何ですか!その『お前英語ダメだろ』な目は!」
「…あ、いやいやいや!そんな事ないから!」
「んな事ねぇよ!」
「そんなことありますヨ!」
ものすごく空気の読めてない三枝の発言にその場が凍りつく。
その空気をぶち破ったのは―

「居たっ!葉留花っ!」
ドアをバン!と開けて二木が入ってきた。
「お、お姉ちゃん!?なんでここが!?」
「双子のテレパシーよ!」
そんなもんあんのか?二木は三枝の襟元を掴んでズルズルと引っ張って行った。
「全く!食堂で見失ったと思ったらこんな所で油売って!留年しかねないって自覚あるの!?」
「や、ちょ、ちょっと!助けてー!勉強したくないー!」
「あ、あの…」
「お邪魔してご免なさいきつく叱っておきますから勉強頑張ってねほら行くわよ葉留花時間無いんだから!」
「いーやー!」
とてつもない肺活量を持つ二木に三枝は連れ去られた。…良いのか?
「…まぁ…上手くいってるらしいし…」
「…いっか」
「…あの…よろしいでしょうか?」
おっと、忘れるところだった。
「うし、やろうぜ」
「えっとですね、今度の試験範囲の単語をまず覚えましょう」
意外にサッと切り替えられた。
本文を読みながら解らない単語を覚えていく。クド公は昔の事にやたらと詳しく、話を聞いてて面白かったし自然に覚えていった。

「あ!こんな時間です!」
「もうすぐ門限だから帰った方が良いんじゃない?」
「はい。あ、これを鈴さんからのーとを預かっています」
見ると『生物 まとめ その1 これだけ覚えとけボケ 〜決しておまえのためではない』と書いてある。
「ではしーゆーとぅもろーなのです!」
「おぅ、ありがとーございましたー」
ててててっとクド公が出ていった。

これからは復習+暗記だ。
鈴がくれたノートを見る。するとまずひらがなが50音順で並んでいた。
「ってなめんなー!」
「…明日言っておくよ」
続きのページにはちゃんとノートが書いてあり、なんだかんだ言って分かりやすかった。

暗記と復習をしたあと、軽く筋トレをしてからベッドに入った。
「はぁ、こんな勉強頑張ったのは初めてかもしんねぇ」
「あはは、頑張ってたと思うよ?」
不思議なもんだな。あんなに勉強に集中できなかったのに。やっぱり皆のお陰かなと思う。皆が支えてくれなかったらオレは何も出来なかったはずだ。
「ありがとな」
自然に感謝の言葉が出る。
「絶対進学しようね」
「おぅ」
明日も頑張れそうだ。


それから10日が過ぎた。オレは厳しくても皆に支えられて少しずつ前進している。
数学は小学校のテストをクリアして中学の分野も終わろうとしていた。
英語は必死になってやってた結果、小毬を怒らせる事無く範囲が終わり、リーディングを始めた。
現代文はそいつの気持ちになる、という事が解り始めた。でもまだ間違いだらけだ。西園曰く現代文はセンスが大事で、磨けばいいんだそうだ。
古典は教えてもらうというより一緒に勉強していた。『おかし』がお菓子じゃないことにムチャクチャビビった。たしか恭介に吹き込まれたことだった気がする。
暗記も続けている。もう50音が書いてあったりはしない。そして相変わらずツンッて感じだった。来ヶ谷曰く「ツンデレじゃなくてニャンデレ」らしい。知るか。んなこと。

そんな日の午後。
「今日は午後の授業はお休みだ」
「え?なんで?」
「全員で食べ放題にでも行こうと思ってな」
食べ放題!
「良いのか?本当に」
「最近良く頑張っているからな、ご褒美だ」
「よっしゃあ!」

そして全員で近くの食べ放題に行く。あ、三枝は二木に捕まったらしい。恭介?忘れてた。
「うめぇこれ!」
「なに!?もう3皿目だと!?」
「…上品に食べられないのでしょうか?」
「真人少年。人数は何人だ?」
「ん?8人だろ?」
「料金は?」
「えっと…2500円だっけか?」
「では合計で何円になる?」
えーっと掛け算だよな。00は置いといて、8×25は…160+40で200。200×00で
「20000円!」
「正解だ」
「おぉ〜」
「んなに驚くなよ。つーかまさかこんなとこで数学の勉強するとは思わなかったぜ」
「数学じゃなくて算数では…」
そんなかんじで色んな事を教えてもらった。その食い物の名産地とか、いつ頃伝わって来たとか、なんで食べ放題がいくら食っても潰れないのかとか。今勉強していることに直結している事だった。
「ただ勉強するよりも覚えやすいだろう?」
その通りだ。たぶん一生忘れないと思う。

帰り道。
「…食いすぎた…」
「…気持ち悪ぃ…」
「べんきょーしようがこいつらはアホだな」
「元々そこまでは期待していない」
「順調そうじゃないか」
「まぁな、みんなのお陰だ。負けねーよ」
「ふっ、それは無理な事を今ここで…証明して見せるっ!!」
走り出す謙吾。
「ずりぃぞ!待てこらあ!!」
オレも月明かりの下、全力で走る。
「…私達はゆっくり歩きましょう」
「大丈夫なのでしょうか?」
「お腹痛くならないのかな?」
「吐かないと良いが…」
「平気だとおもうけど…」
「平気だろ。バカだからな」


それからも勉強は続いた。時々気持ちが途切れそうになるけどそれ以上に支えてくれるものが大きかった。
数学も英語も今の内容に追い付き、基本なら自力で解けるようになった。
現代文はだいぶ解るようになり、俳句は西園がスペシャリストだった。
古典も漢文でだいぶ苦戦したがクド公だけでなく来ヶ谷や西園もサポートしてくれたお陰で何とかなった。
暗記も今まで使っていなかった分、吸収が早いようだ。

そして迎えた当日。
「大丈夫?真人」
「おぅ」
「筆箱持った?」
「持った」
「トイレ行った?」
「行った」
「まとめノート持った?」
仕切りに心配する理樹。気持ちはありがたいけど、理樹の方が焦りすぎだ。
「まぁ落ち着けって。そんな焦るこたーねぇよ」
「…そうだね。うん」
「あ、井ノ原さん!頑張ってなのです!」
「だいじょ〜ぶだよ、頑張ろ〜」
「思う存分、溜め込んだモノを吐き出すがいいさ、はっはっは」
「名前書き忘れないでくださいね」
「あかてんとったら蹴り飛ばすぞ」
みんなに励ましと脅しをもらった。
うん。お前らのお陰だよ。ここまでこれたのは。

ずずずずず〜
見ると三枝が二木に引きずられていた。アイツも苦労したんだろうな。灰になってら。

肩を叩かれた。
「久しぶりだな真人」
「恭介。今までどこ行ってたんだ?」
「これをお前にな」
と言ってオレに渡したのは―
「お守りか」
「そうだ。学問の神様のとこだからご利益あるぞ」
「…そっか、サンキュ。頑張ってくらぁ」
「あぁ、幸運を」
そういって背を向け歩いて行った。
…久しぶりにカッコイイ恭介を見た気がする。なんか良い事でもあったかな?


「…後5分だから必要なもの以外鞄にしまって。携帯の電源は切って」
シャーペンと消しゴムを机に残し、筆箱と鈴の暗記ノートをしまう。でも恭介のお守りはポケットに入れておく。

必要な事はやった。持つべきものは持った。

大丈夫だろ。
皆が支えてくれてっからな。

開始のチャイムを待つ。


[No.672] 2010/02/26(Fri) 19:31:25
恋は盲目 (No.666への返信 / 1階層) - 禁則事項です   8126byte

 「おい理樹、あれはなんでも言い過ぎじゃねえか?」
 「良いんだよ!たまにはちゃんと言ってやんないと」
 「しかし、恭介のやつかなり落ち込んでいたが・・・」
 「・・・・・・・・・」
 「おい、理・・・」
 「いいんだってば!!」
 「「・・・・・・・・・」」


恋は盲目        斉藤
 

「きょーすけ・・・」
 「・・・・・・」
 「おい、きょーすけ。なんとか言え」
 「俺は・・・理樹に嫌われちまった・・・」
 そう言うバカ兄貴の顔はこれまで見た事もないくらい沈んでいた。
 「当たり前だ。だって、理樹は・・・」
 あたしの彼氏だ、と言いたかったが恥ずかしくて言えない。
 「きょーすけ、理樹はお前の事が好きだ。それは間違いない」
 そう言うとバカ兄貴に顔が明るくなった。
 「でも、今の理樹にはゆうせんじゅんいがあるんだ。それをわかってやれ」
 そう言うと恭介は黙ってしまった。
 ホントに、このバカ兄貴はいつまでたっても子供だ・・・。
 
 
 (まったく恭介ったら・・・ほんといい加減にしてほしいよ)
 「なあ、謙吾・・・」
 「ん?」
 「なんか、今日の理樹怖くねえか?」
 「確かに・・・近寄りがたい雰囲気だな」
 三人は理樹の部屋に来ていたが理樹だけベッドの上で近寄りがたい雰囲気を出していた。そのせいで真人と謙吾は声をかけられず戸惑っている。
 (僕には鈴がいるんだから・・・)
 結局その日は二人にはどうする事も出来ず解散となった。
 
 
 「おはよう、鈴」
 「理樹、おはよう」
 次の日の朝、僕たちはいつも通り食堂で朝食を食べていた。
 ・・・約一名を除いて。
 恭介のルームメイトの人に聞くと部屋に籠っているようだった。
 「おい理樹、恭介のことほっておいていいのか?」
 「謝るなら今のうちだと思うぞ」
 「う・・・」
 真人と謙吾に言われて僕の気持ちは揺らいだ。
 「鈴はどう思う?」
 僕は最後の頼みの綱である鈴に救いを求めた。だけど・・・
 「謝れ」
 鈴は僕を助けてはくれなかった。
 「どうして!?恭介に謝ったらつけあがってくるよ?」
 「そんな事にはならない」
 根拠は無いんだろうけど鈴ははっきりと言いきった。
 「・・・・・・」
 「少し、考えさせて」
 そう言って僕はみんなより先に席を立った。


 「はぁ・・・」
 みんなより先に食堂を出た僕は必然的に一人で教室に来ていた。
 「理樹く〜ん、どうしたの?」
 「あ、小毬さん」
 「何か悩み事?」
 「うん、ちょっとね」
 「う〜ん・・・しゃべっちゃいなよ、ゆー」
 「でも・・・」
 「コマリマックスだけでは不安ならおねえさんも聞いてやろう」
 「来ヶ谷さん・・・」
 僕たちの様子を見ていたのだろう。
 「ゆいちゃ〜ん、さりげなく酷い事言ってない?」
 「だからゆいちゃんはやめろと・・・」
 そんな二人の様子を見ているとこの二人になら話してもいいかな、と思えた。
 「わかった。だけど今は時間がないから昼休みね」
 「それじゃあ屋上に集合にしようか?」
 「そうだね、それじゃ昼休みに屋上に行くよ」
 「おっけいだよ〜」
 そう言うと小毬さんはちょうど教室に入ってきた鈴の所へ走って行った。


 「・・・なんでこんな事になってるの?」
 昼休みに屋上に行くとリトルバスターズの女子メンバーが全員集合していた。
 「理樹君、ごめんね・・・」
 「とりあえず、どうしてこんな状況になったのか教えて」
 「うん、えっとね・・・」
 小毬さんが説明しようとした時、来ヶ谷さんが割って入ってきた。
 「まぁまぁ、少年。別にそんな事どうでもいいじゃないか」
「いやね、確かにそうなんだけど・・・」
そこまで言って僕はみんなの方を見た。
 ここに鈴さえ居なければ問題は無いんだよ。
 「来ヶ谷さん、ちょっと・・・」
 僕は来ヶ谷さんをみんなの輪から少し離れて鈴が居るとまずいという事を話した。
 「なるほど・・・。で、少年はどうしたいんだ?」
 「だから鈴をこの場所から遠ざけたいんだよ」
 「それは何故だ?」
 何故だか今日の来ヶ谷さんはしつこく・・・というか僕を責めている気がした。
 「来ヶ谷さん、何か怒ってる?」
 「いや、私は別にいつも通りだよ。ただ・・・」
 「ただ?」
 「少年が鈴君から逃げているように見えたからな」
 「・・・・・・」
 僕はその言葉に言い返せなかった。
 だって来ヶ谷さんに言われた事、それは事実だ。
 僕は今日の朝から鈴と話していない。
 それは鈴と話したらまた、「恭介に謝れ」と言われると思ったからだ。
 だってもし僕が恭介に謝ったら今の時間、鈴との時間が無くなってしまうかもしれない。
 そんなの僕はやだ!
 今の僕にとって一番なのは鈴だ!
鈴と一緒の時間が無くなるのはいやだ!
 「鈴と・・・」
 「ん?」
 「僕は鈴と一緒に居たいんだ・・・」
 「少年はまだまだ子供だな」
 そう言う来ヶ谷さんの顔は笑っていた。
 「なんで、笑うのさ」
 「いや、すまんな。今の恭介氏と少年がただお互いの意見が合わず駄々をこねている子供にしか思えなくてな。因みにこれは決してバカにしている訳じゃないぞ」
 「十分バカにしてるよ」
 「すまんな。でも・・・鈴君はどう思っているかは分からないぞ。鈴君がどう思ってるか、まだ聞いてないんじゃないか?」
 「うん・・・」
 「それじゃ、話はそれからだな」
 そう言うと来ヶ谷さんは僕の肩をたたきみんなの所へ戻って行き、
 「よし、みんな解散だ!ただし鈴君、君は残って少年と少し話をしたまえ」
 その言葉を聞くと鈴は頷いて僕の所に来た。
 「理樹、朝は悪かったな」
 「いや・・・良いんだよあれは僕が悪かったんだし。ごめん」
 「そうか、理樹が悪かったのか」
 「そうだよ、僕が悪かったんだ」
 鈴とこんな会話をしていると自然と顔が綻んでしまう。
 なんだろう、やっぱり鈴は何も変わってない。
 僕と付き合う前と変わってないんだな。
 「ねぇ、鈴」
 「なんだ?」
 「鈴はまた、恭介やみんなと遊びたい?」
 「・・・・・・ん」
 少し考えた後、鈴は小さく頷いた。
 「そうか、そうだよね」
 「やっぱり、みんなと一緒がいい。その方が面白い。あっ!今のは別に理樹と二人だとつまらないとかそういうのじゃないからな!」
 「うん、分かってるよ」
 「そうか、なら良かった」
 「鈴」
 「なんだ?」
 「今まで引っ張り回してごめんね・・・」
 「気にするな、あたしも楽しかったから」
 「ありがとう、それじゃあ・・・」
 そう言って僕は立ち上がって、
 「恭介の所に行こうか!」
 そう、鈴に言った。


 「恭介・・・居るんでしょ?入るよ」
 そう言って僕は恭介の部屋のドアを開けた。
 「恭介?」
 部屋の中は電気がついておらず真っ暗だった。
 「恭介、電気つけるよ?」
 パチ。
 壁にあるスイッチを押すと部屋が明るくなってベッドの上に恭介がいた事に気付いた。
 「理樹か・・・」
 そう言う恭介の顔には覇気が無く、この世の終わりのような顔をしていた。
 「なんだこいつ!?くちゃくちゃ顔色悪いぞ」
 「恭介、大丈夫?」
 「あぁ、大丈夫だ・・・」
 そう言うがまったく大丈夫には見えない。
 僕の一言で恭介のことをここまで落ち込ませたんだと思うと胸が痛んだ。
 「恭介、今日は話があったから来たんだ」
 「あぁ・・・」
 「恭介・・・ごめん!!」
 僕は精一杯の気持ちを込めてそう言った。
 言われた方の恭介は何が起こったか分からない、という顔をしている。
 「理樹・・・どうしてお前が謝ってるんだ?」
 「だって、今回の事は全部僕が悪いんじゃないか!恭介の気持ちも考えないであんな事言っちゃって・・・」
 そう、僕は昨日、恭介が「鈴と一緒にいるのよりも俺たちと遊ぼう」と言った時に「今の僕は恭介よりも鈴の方が大事なんだ」と言ったのだ。
 その時は何とも思わなかったけど、今思ってみれば今までずっと一緒だった僕にそう言われたのは恭介にとってかなりのショックだったんだろう。
 多分、僕が恭介の立場だったらかなりショックだ。
 「理樹・・・」
 そう言って僕の事を見る恭介の目には涙が浮かんでいた。
 「俺だって、俺だって理樹の気持ちも考えないで自分の都合ばかりこれまで押しつけてきたんだ・・・。謝るのは俺の方だ」
 「そんな事ないよ。僕はこれまで恭介と遊んできて迷惑だ、なんて思った事一度もないよ」
 「理樹、これからも・・・リトルバスターズの一員でいてくれるか?」
 「もちろんだよ」
 恭介の問いに、僕は笑顔で答えた。
 「鈴は?」
 恭介が鈴に聞く。
 「ん?あたしか?まぁ・・・恭介がいなくなるまではつきあってやるか・・・」
 そう言う鈴の顔は後ろを向いていても赤くなっているのが分かった。


 「ねえ、鈴」
 「ん?」
 次の日の昼休み、僕と鈴は屋上に来ていた。
 「何であの時「謝れ」って言ったの?」
 「あの時?」
 「僕と恭介が喧嘩した次の日」
 「あぁ・・・だってきょーすけから謝るなんてあり得ないからな」
 「それだけ!?」
 「それだけだ」
 やっぱり鈴は何も考えてない・・・。
 「じゃあ、何で恭介がつけ上がらないと思ったの?」
 「ん?あぁ・・・、あれは・・・」
 そう言うと鈴は空を見上げ、
 「あんなのでも兄妹だからな」
 そう言った。
 「理樹いいいいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
 「ちょ!恭介!?」
 叫び声のした方を見ると恭介がダッシュで僕に向かってきていた。
 「探したぞ理樹!さっそく遊ぼうと思ったのに!」
 「やれやれ・・・」
 鈴の方を見ると鈴は笑いながら僕たちの方を見ていた。
 「イヤッホーーーー!リトルバスターズサイコーーーーーーー!!!」


 「やれやれ・・・恋は盲目、と言うが恭介氏は少年の事になると盲目になるな・・・」
 屋上の階段からこの様子を見ていた来ヶ谷は頬笑みながらその様子を見ていた。


[No.671] 2010/02/26(Fri) 13:07:57
彼が彼女に告白するまで (No.666への返信 / 1階層) - お前に名乗る名はない!@9362 byte

 夕日の差す教室。待ち人が来るまで外を眺める人影一つ。
 ちらりと時計を見る。さっき見た時との違いは秒針が反対側にきているだけ。何度時計を見させせれば気が済むんだと、言いようのない憤りをまだ来ない待ち人にぶつける。
 その後も何回時計を見たのか。やがて遠くからコツコツと廊下に響く音がその耳に届く。
 ガラリと音がして扉が開く。思いっきり振り向きたい衝動をこらえて外を見続けた。
「あれ。居たんだ、鈴。早いね」
「呼んだのは理樹だろーが」
 ワクワクなんてしていない。ドキドキなんてしていない。だから返事がぶっきらぼうになるのは当然なんだ。窓に映る顔が赤いのは当然夕焼けのせいだ。
 心の中で何度もそう繰り返し、鈴はまだ理樹に背を向けたまま。
「それで理樹。呼び出してなんの用だ?」
「あ、うん。実はね……」
 窓に映る理樹の姿は少しまごついているよう。何か言い出しにくい事が喉元まできているようで、それを一生懸命表に出そうとしているようで、そんな姿を見てますます鈴のドキドキが止まらないが、そんな事はしったこっちゃないと言わんばかりに鈴は意地で外を見続ける。
「……好きな人に告白したいんだけど、どう告白するべきか鈴の意見を聞きたくて呼び出したんだ。鈴は何かいい案はない? 鈴だったらどう告白されたいか、とか」
「知るかぼけーーーー!! 振られろ、告白して振られろーーーー!!!!」





 彼が彼女に告白するまで





「ダメでした」
「ですよねー」
「ですよねーって……」
「ああ、いや。葉留佳くんの言う事は気にするな、理樹少年。今は過去の事にとらわれず、未来について考えるべきではないのかな?」
 あの後、振り向きざまの鈴に思いっきり平手打ちをくらい、視界が揺れている間に鈴はいなくなってしまった。蹴りではなく手が出た辺りで鈴の乙女心に気がついてもよさそうな感じだが、赤く染まった顔の鈴や涙目の鈴を見ていない理樹にそこまでを期待するのは酷かも知れない。
 で、鈴がいなくなった教室で数分間呆然とした後、フラフラと自室に戻ってみんなに連絡。〜第4回・理樹が鈴にドラマチックに告白しようZE会議〜開催の運びとなった訳で。
「これで真人、小毬さん、美魚さんに続いてクドの案もダメかぁ」
「うむ。おねーさん的にはそのラインナップを選ぶ理樹少年が一番ダメダメな気がするが」
 涼しい顔でサラリと毒を吐く来ヶ谷。
 まあ、真人の時は一緒に筋トレしようと誘えばいいとか告白にも取れない事をいい、小毬は一緒におやつを食べれば仲良くなれるよと幼馴染である以上なんの問題もない提案をして、美魚に至っては将を射んとすればまず馬を射よですとか言って恭介に告白すればいいとか言う始末だから仕方がないと言えば仕方がないのかも知れないけれども。
 中でもダントツ仕方がないのは全てを真に受けて実行した理樹には違いない。そして告白を聞いて暴走した恭介が一番の貧乏くじに違いない。
 それはともかく。
「さて、じゃあ次は誰の案でいく?」
 来ヶ谷の言葉に残りの人物を見渡していく理樹。来ヶ谷に葉留佳、佳奈多。謙吾に佐々美。残りはあまり多くない。ちなみに恭介は前々回の暴走が原因で入院中である。
 5人を見渡して、理樹は一人に目を止める。
「佐々美さん」
「あら。ようやくわたくしの出番ですの?」
「うん。鈴と仲がいい佐々美さんならいい案を出してくれるかなって思って」
「だ・れ・と・だ・れ・の・仲がいいんですの?」
 声に迫力を出して言うが、顔が真っ赤な状態で言ってもきっかりはっきりすっぱり説得力がない。
 自分でそれを自覚したのか、コホンとせき払いを一つして間を区切る。
「ここはやはり、プレゼントを用意してというのが一番でしょう。棗鈴にピッタリのプレゼントで喜ばせてから告白! 王道ですが、それはつまり一番成功率が高いという事ですわ!」
「……プレゼント」
 佐々美の言葉を何度も反芻して、理解していく理樹。そしてやがて理樹は顔をあげると、輝かんばかりの笑顔で頭を下げる。
「ありがとう、佐々美さん。じゃあちょっとモンペチを買って告白してくる!」
「ええ、頑張りなさい理樹さん。……って、モンペチ!?」
 佐々美が驚きの声をあげる間に、既に理樹はサイフを持って部屋から飛び出していた。
「笹瀬川さん、あなたは悪くないわ。悪いのは直枝のセンスだから」
 佳奈多のフォローが悲しかった。

「ダメでした」
「ですよねー」
「ですよねーって……」
「今回は100%理樹少年が悪い」
 きっぱりと断じる来ヶ谷を止める人間はいない。
 ちなみに確かにモンペチは鈴を喜ばせたが、直後にねこ達を集めて保母さんな感じになった鈴に告白する雰囲気になるはずもなく。そのまままったりとした時間を過ごす羽目になった。つまり、いつも通りな位いつも通りにしかならなかった。
「でも、鈴にプレゼントするものなんて他に思い浮かばなかったし……」
「そんな事ないよー。お菓子とか」
「小毬さん、自分の好きなものを適当に言わないで」
「そんな事ないよー。女の子なら甘いお菓子を食べたら幸せな気持ちになれるもん」
「そうですよー。それに自分が好きなものを相手にあげると喜ばれるのですから。私なんかは美味しい緑茶とかを頂けると嬉しいですね」
 何故か小毬の案にクドものってきた。それをスルーするという大技をやった理樹は次は誰に相談するかと残りの4人を見渡す。来ヶ谷に葉留佳に佳奈多に謙吾。
「じゃあ謙吾、何かいい案ってない?」
「ふ。ようやく俺の出番がやってきたか。このまま出番なく終わるかと思ったぞ。だが俺に任せた以上万事OKだ。
 まずはバッドを用意して、ホームランをうつ。そのボールを鈴に渡しながらこう言うんだ。『今日のホームランは君の為に打った。君の為なら俺は何度でもホームランを打とう。だから鈴、俺と付き合ってくれ!』と!!」
「葉留佳さん、何かいい案ない?」
「理ィー樹ィィィーーーー!!」
「つかよ、それって鈴からホームランを打つって事にならねぇか? ものすげぇ嫌味になると思うんだが」
 スルーされて泣きつく謙吾に追い打ちをかける真人。真人に正論で諭されるという屈辱に、ずしゃぁと音を立てて謙吾は地面に沈む。しくしくしくと泣く謙吾はウザイから無視。
「ん〜、そうですネ。相手の気を引くのは有効な手段ですヨ。どんな形であれ自分を相手に認めさせないと話になりませんからネ。
 そういった意味でイタズラとかは有効な手段だと思うけど」
「イタズラだね! ありがとう、葉留佳さん!!」
 瞬間、部屋から飛び出していく理樹。
「葉留佳、あなた遊んでるでしょ?」
「当然じゃん♪」
「さて。じゃあ第6回会議の横断幕でも用意しておこうかな」

「ダメでした」
「ですよねー」
「ですよねーって……」
「うむ。そろそろこの天丼にも飽きてきたな」
「天丼っ!? カツ丼じゃなくてか!?」
「真人少年、少し黙れ」
 理樹が鈴になにをしたのか。その詳細は省くが、結果として鈴の機嫌を大いに損ねる事には成功した。そういった意味で葉留佳が提示した案はクリアしているのだが、これから告白しようとしている人間の機嫌を殺いでどうしようというのか。
 終わってからようやく作戦の根本部分に欠陥があった事に気がついて落ち込む理樹だが、後の祭りこの上ない。
 残りは来ヶ谷と佳奈多の二択。なんか選択肢が罰ゲーム染みているのは気のせいだろうか?
「じゃあ、佳奈多さん、お願いします」
「うむ、おねーさんはおおとりか。任せておけ」
「来ヶ谷さん、私が失敗する前提で話をしないで下さい」
 ため息をついて来ヶ谷の言葉を叩き伏せるとそのまま目を閉じて自分の中に埋没していく佳奈多。
 妙な緊張感が巡り、そのまま数分。やがて目を開けた佳奈多はしっかりと理樹の目を捕える。
「何も思い浮かばなかったわ、ごめんなさい」
「失敗以前の問題だったな」
 来ヶ谷の言葉にグゥの音もでない佳奈多。そして最後に残ったのは来ヶ谷。理樹は、心底嫌々そうに来ヶ谷の方に目を向けて問いかける。
「それで来ヶ谷さん、何かある?」
「そうあからさまに嫌そうな態度をとるな、理樹少年。おねーさんの硝子のハートは粉みじんだぞ?」
「だって来ヶ谷さん、絶対に引っかきまわして遊ぶでしょ?」
 理樹の信用ゼロの言葉に、悲しむでもなく憤るでもなく。真剣な表情をして理樹を見返す来ヶ谷。
「私を馬鹿にするなよ理樹少年。君が真面目に考えているのは理解している。それなのに私がそれを茶化すような事をする訳がないだろ?」
「うわぁ。こんなに説得力のない言葉は久しぶりに聞いた気がする」
「……君が私の事をどう考えているのか、とてもよく分かった」
 そこで一拍の間を置き、来ヶ谷に似合わない真剣な表情をしたままで、言葉を続ける。
「そうだな、理樹少年。今までの案は変化球だった訳だ」
「変化球?」
「そうだ。出来る限り告白の直前に自分の株をあげて置きたい、鈴くんの心をこっちに向けたい、格好良く告白をしたい。そういった理樹少年の想いが私たちに相談をもちかける結果となり、そしてことごとく失敗した。
 ならば理樹少年の選択肢は一つだろう?」
 そう言ってウィンクを一つ。ようやく、ようやく茶目っ気が出てきた来ヶ谷の次の言葉は分かりやす過ぎる位に分かりやすかった。
「直球勝負だ。真正面から好きって言って来い、理樹少年。ここまできたらもうそれしかないだろう?」
「…………」
 少しだけ、本当に少しだけ見つめ合った二人。理樹は来ヶ谷の目にふざけた色がない事を確認して、来ヶ谷は段々と理樹の中で迷いの色が消えていくのを見取っていた。
「うん。じゃあ、行ってくるよ。来ヶ谷さん、みんな」
「ああ、頑張って来い」
 そう言って立ち上がり、悠然とした歩調で部屋から出ていく理樹。
 バタンと扉が閉まった所で残った全員が疲れたため息を吐いた。
「もー、姉御ったら自分が一番美味しい所を持っていっちゃってズルイんだー」
「し、仕方ないだろう。あんな風に見られていたなんて私だってショックだったんだ。最後くらいいい格好したっていいだろう?」
 拗ねたような葉留佳の言葉に顔を真っ赤にして顔を伏せる来ヶ谷。もじもじと手を動かしているのがいじらしい。
 そんな来ヶ谷を見ながら、寂しそうに辛そうに、何かを期待するように口を開くのはクド。
「でも、告白って成功しますでしょーか?」
「するでしょうね。だからこそ皆さん、あんな案を出したんじゃないですか?」
 しれっと言う美魚に女の子全員が全員、視線を逸らす。意識にしろ無意識にしろ、確かにあまり成功しないだろう案を提案していた罪悪感がそうさせていた。
「? 筋トレは普通の案じゃねーか?」
「ホームラン大作戦は成功すると思ったのに……」
 ただし、バカ二人は本気だったみたいだったけれど。
 ちょっと変な空気を吹き飛ばすように、明るい口調で意外な事を口にしたのは佳奈多。
「まあちょっと気が早いけど、みんなでヤケ酒でも飲まない?」
「おや? 風紀委員の君がそんな事を言うのは意外だな」
「私だって一人の女としてウサを晴らしたい時だってあります」
 ちょっとヤバい方向に吹っ切れたように言う佳奈多に、なんとなく全体がヤバい方向に向かっていた為に段々と酒盛りが容認ムードになっていく。
 その場を締めくくるように葉留佳が笑顔で宣言する。
「お姉ちゃん、酒癖悪いからヤダ」
 そして最後に佳奈多が崩れ落ちた。


[No.670] 2010/02/26(Fri) 12:02:03
コンセント (No.666への返信 / 1階層) - ひみつ@6837byte

 私は暇である。
 仕事はまだない。



 言っておくが、ニートではない。無職と言う回答も却下。充電期間サイコー。元気は一杯だが身体が電池切れ。やる気は、今すぐにでもと言うか実はもう空なんじゃないかってぐらいしか残っていない。のろのろと起き上がってカーテンを開ける。オレンジ色が不法侵入してきた。再びカーテンで面会謝絶。謝らないけど。電気を点けて今度こそはオレンジと同居しつつ、パソコンの電源を入れた。ぽちっとな。似合いもしない擬音を口にして相棒が立ち上がるのを見守った。すぐに飽きてテレビを点けた。ぽちっとな。萌え萌えな女の子が変な棒みたいな物を振り回して大の男を吹き飛ばしていた。岩が砕けていた。何となくそれを五分程眺めた後、台所へと向かう努力をする事にした。のそのそと、漫画やらゲームやらの感触を胸やら腹やらに感じつつ、這うと言うかうねる。高校時代からは想像出来ない行動だった。あんなに若かった私はどこに行ったのだろう。卒業証書と一緒に、燃える日だと思っていたら燃えない日だった、あの日に出してしまったのだろうか。リサイクルされて遠い何処かの美少女の手に渡ってしまったのだろうか。エコ精神こそゴミの日に出して私の元に返って来い。面白くもない、ただただ時間潰しの妄想を垂れ流していたら、アニメがエンディングでキャラが踊っていた。薬缶が悲鳴を上げていた。ファンなんだろうか。火を止めて、ついでに顔とかをさっぱりさせた。シャワーも浴びた。ココアを淹れて、パソコンと向き合う。最近何故かコーヒーが美味しく感じられなくなった。仕方なくココアにした。美味かった。太った。今日の夕飯は何にしようか、表面上は何も変わらない腹の肉をさすりながら考える。ふと、折角パソコンが立ち上がったのだから検索してみようと思った。名案だな、と自分の頭を撫でた。寝癖が凄かった。理想は低カロリーで手軽。しばらくの間、カチカチやったりカタカタしたりして、ようやく発見した。そのページを少し眺め、達成感から来る目の疲れを理由に最小化した。眼鏡を外して後ろに体を傾けて、重力に隷属する。漫画の山にぶつかった。私も漫画山岳も崩れ落ちた。土砂崩れ。痛みと情けなさと未だに身体に纏わりつく眠気で動く気にもなれなくなった私の顔に、漫画が一冊落ちてきた。手に取って内容を確認してみた。シンデレラストーリー的な物だった。炬燵の反対側に投げた。埋もれてしまえ。
「…何か食べるか」
 パソコンを閉じて、ゆっくりと起き上がる。マグカップが揺れて洪水が起きそうになった。慌てて押さえて、少し飲んだ。しばらく使っていない洗濯機の様に回転していない脳みそがココアのホルマリン漬けにされた後の様に甘くなった所で、服を探し始める。ちなみに洗濯していない訳ではない。コインランドリーサイコー。炬燵の中からコンビニに行く時の格好に見える様な服を発掘した。割と綺麗だったのが嬉しい。上下の色が何故か違うスウェットを脱ぎ、統一感のある下着を眺め、半分しか見ることの出来ない姿見の前まで移動した。横に一歩。やはり腹が気になった。それ以外は、上の上。さらに乗。モデルとか出来ないかな、コンビニまで覚えていたら求人でも見るか、と思った。それほどやる気はないけれど。エロい方に回されたりしそうで怖いし。玄関から足を片方出した所で思い出して、一瞬迷って、部屋に戻り眼鏡をかける。鍵を閉めて、階段を駆け下りた。最後の数段は飛び降りて、足を痛めた。今、丁度ご帰宅されたご様子の階下のイケメンがこちらを見ていた。頭頂部を視線で痛めた。そういえば私、スカートだった。もしかして見られたか。横目でイケメンをちら見する。少し恥ずかしそうにしていたので、まず間違いないだろう。ふむ。まあ夕日に免じて許してやろう。今夕日見えないけれど。新築なのに人気がないアパートの敷地から脱出し、人気のない道路を歩く。コンビニまでは徒歩十五分程。遠い。パーカーの腹部についているポケットに手を突っ込み、大股で歩く。適当に結んだポニーテールが背中で踊り、影の私を気持ち悪くする。リボンは、卒業と同時に卒業した。子供らしくて恥ずかしかったのか、髪形を変えてみようとしたのか、どっちだっただろうか。もしかしたら両方だったかもしれない。帰っても覚えていたら、捜してみようと思った。




 五百二十円。
 安いコンビニ弁当とペットボトルのお茶を買った。会計の時「ぬお」と変な声を出して財布を忘れた事に対する驚きを表現した。スカートのポケットに皺まみれになった英世が居たのでなんとかなったが。サンキュー英世。残りの小銭をポケットの中で遊ばせつつ小股でゆっくり歩く。ちゃり、ちゃり。とアスファルトに反響して少しうるさかった。そういえば、私にしては珍しく求人の事を覚えていたのでさっき手に取ったのだがモデルは載っていなかった。代わりに塾の講師を見つけた。女教師。夜。補習。二人きり。素晴らしい単語が私の頭を駆け巡った。これしかない、と思わず雑誌を持つ手に力が入りそうになったが買取とかになるとゴミが増えるのが面倒なので我慢した。それに良く見てみると、場所は遠いし、給料も安いし。これは無いな、と思ったのだった。とは言っても、そろそろ生活がきついのは事実だった。何か良い仕事はないか、札束とかそこら辺に落ちてないか、ぼんやり考えつつ夕日に向かって足を動かした。目に染みたりしていないので、泣いてはいない。これはただの食塩水が目から出てきているだけだ。私は自由自在に出せるんだ。別に寂しいとかそんなんじゃない。
「げげごぼうおぇっ」
 何か携帯が急に鳴った。焦った。着信音とか久しぶりに聴いた。まあ初期設定だが。電子音が反響してうるさい。未だに喚いてるこいつを開き、ボタンを押す。何故か卑猥に思えた。メールフォルダが開かれ、題名件名アドレスが表示される。それを見た途端、私は身体が固まった様な気がした。石像ってこんな気分なんだろうか。だとしたら石像偉い。
「人妻好きさんに特別情報です、か…」
 さっきもそうだが、これは食塩水だし。別に悲しくないし。
 
 今日はやけに食塩水が出る日だな、とさっきのメールのアドレスを受信拒否にしつつ歩いていたら、いつの間にか家の目の前だった。今度はイケメンが居ないか確認して、二段飛ばしで駆け上がる。高校時代を思いだした。スカートがリサイクルのキーアイテムだったのか。そう思いスカートをセクハラ親父の様にじろじろ眺めて、眼鏡を外した。水中で目を開いた時の様に視界と物体の輪郭が曖昧になる。まあ、気にしない。気にしたら泥沼にはまる。鍵を開けて部屋へ転がり込む。ごろごろ。電気が点けっぱなしだった。靴を脱いで立ち上がった瞬間、転んだ。ごろごろ。布団にぶつかった。狭い部屋サイコー。知らぬ間にスリープモードとかになっていたパソコンを開き、ちょっと待つ。ココアを捨てた。下に最小化されたウインドウが見えた。覚えが無かった。レシピだった。忘れてた。改めて見てみると、随分と美味しそうに見えた。机に置いておいた幕の内弁当が哀れに見えてくる。お茶だけ飲んで、ボクサーな弁当は冷蔵庫に仕舞う事にして、立ち上がった。すると、携帯がまた鳴った。珍しすぎて目から食塩水。開いてみると、また人妻の魅惑だった。今度はしっかりとそれを読んでから消去した。さっきと違うアドレスだったのに今気がついて眉をひそめた。そして嫌でも目に付く一ヶ月前の日付。文面は遊びの誘い。なんとなく、今から行くと返信してみた。まあリターンは来るはずもないけれど。と思っていたら裏切られた。早い。ご飯用意して待ってるよ、と書いてあって、懐かしい面々が揃った写メも付いてきた。いや、私も誘えよ。思わず携帯を壊しかけた。危ない危ない。服をクローゼットから出し、品定め。色々と脱ぎ散らかし、着たらかし。まあこれでいいかと今の服装で納得した。パーカー意外と可愛いし。萌黄色だし。萌え萌えだし。さて、と。
「コンタクトとリボン、捜すか」見つかる気はしないけど。
 止めようかなとも思った。だって、この有様だし。堕落しすぎ。結局捜す事にした。もしかしたら私と判別出来ないかもしれないし。少し時間がかかりそうだったので、ちょっと遅れるから待っていてくれとメールした。ついでにレシピも写メって添付。
 ぽちっとな。


[No.669] 2010/02/25(Thu) 21:41:12
There is Nobody. (No.666への返信 / 1階層) - 無名氏 10195 byte

 いつの頃からか、僕は幽霊を見るようになった。
 あるときは人ごみの中で、またあるときは人気の無い放課後の教室の隅で。彼女は遠巻きに僕のことを見つめていた。
 どうして彼女が幽霊だと気付いたのか。それは至極簡単な理由。彼女は、あのとき亡くなってしまった西園さんにそっくりだったから。ショートヘアに赤いヘアバンド。それに、透き通った琥珀色の瞳。あの姿を、忘れるはずは無い。忘れられるはずも無い。
 それに、他の人は誰も彼女のことを見ることが出来ない。それが僕の確信を強めた。その代わり、僕は周りの人たちから更に要らない心配をされるようになってしまったのだが。
 そんなふうにして、僕の寂しい日常に、あの優しかった日々の面影が加わることになった。それは夏休みが明けて、一クラス減った学生生活が軌道に乗り始めた頃。まだまだ暑い、残暑の頃。


 彼女は幽霊にしては少し変だった。彼女からは全くといってもいいほど、悲壮感が感じられなかったのだ。彼女は、僕と目が合うと屈託の無い笑顔を見せ、僕に手を振ってくれたりした。西園さんはそんな性格などしては居なかったはずなのに。
 西園さんは、あまり笑顔を見せるような女の子ではなかった。いつも無表情だったけれど、時折見せる柔和な笑顔が印象的だった。あの儚い笑顔が、何よりも好きだった。
 奇妙なことはそれだけではない。始めは隠れて僕の方を見ていた西園さんの幽霊が、段々それに慣れてきて、僕の近くに寄ってきていたのだ。それに日中街中であろうとお構いなしに、僕の目の前に彼女は現れた。
 幽霊なんてものは恨みがましい目付きで、夜中や人気の無いところに潜み、人を驚かせようとしているようなものだと思っていた。けれど彼女には、そんな幽霊に対して持つ一般的な印象は全く通用しなかった。
 そして今。彼女は、渡り廊下を歩いて帰っている僕の傍をぐるぐると回りながら、まるで仲の良い女友達と帰るように愉しそうに笑っていた。
 ここまでくると、話しかけずには居られなくなる。こんな姿、もしも他人に見られでもすれば、確実に僕はカウンセラーの前に引っ張り出されることだろう。しかし幸いなことに、――幸いかどうかは甚だ疑問ではあるが――辺りには誰も居ない。僕は震える唇を動かす。
「ねえ、西園さん?」
 その途端、彼女の目が見開かれる。しばらく、自分が話しかけられたことが理解できなかったのだろう、目を白黒させていたが、やがて事情を理解すると、柔らかな笑みを浮かべた。
「やっと話し掛けてくれた」
 彼女が西園さんと同じ声で言葉を紡いだ。そのことに僕は驚きと喜びがぐちゃぐちゃに混ざり合った、そんな気持ちを抱いた。恐る恐る訊いてみる。
「君は、西園さん、なの?」
「理樹君にはどう見えてるの?」
 彼女に対して持っていた違和感が大きくなる。少なくとも、西園さんは僕を名前で呼んだりはしない。
「西園さんに良く似てるけど、ちょっと違う気がする」
「ふふ。理樹君は忘れてるのね。まあいいわ。理樹君がそういうのであれば、そういうことにしましょうか。――あたしは美鳥。西園美鳥」
 美鳥……。どこかで聞いたことのある名前だった。西園さんから聞かされたのだろうか? 西園さんであればどんなに良かったことだろうと、落胆しなかったと言えば嘘になる。でも、思っていたよりは平気だった。彼女でなくとも、彼女の面影が傍にあることが単純に嬉しかったのだ。
 僕は以前から気になっていた事を尋ねる。
「じゃあさ、君は幽霊なの?」
「どうしてそう思うの?」
「だって、君は僕にしか見えていないみたいだし」
「当たらずも遠からずって、ところかなぁ」
 美鳥は少し困ったように笑みを浮かべる。
「まず、あたしは幽霊じゃないわ。だって、あたしは死んでなんかいないんだもの。そして、理樹君にしか見えていないというわけでもないの」
「そんな、だって皆は君のことなんて見えないって……」
 僕は少し前のことを思い出す。美鳥が現れ始めた頃。僕は新しいクラスの人に西園さんが居る、そこに居ると半ば錯乱気味に指差した事があったのだ。けれど、誰も僕の言うことを信じてくれなかった。僕は保健委員の人に、無理やり保健室に連れて行かれただけだった。
 僕の表情を覗き込んでいた美鳥は、僕の顔を指差し、強い口調で話し始めた。
「ねえ? 理樹君。クラスの高々三十人くらいからそう言われたからといって、誰もあたしを見えないと思うのは暴論だわ。世界はその三十人よりも遥かに多くの人が住んでいて、あたしが見えないのはその三十人だけかもしれない。そう思ったことは無いの?」
「でも、三十人から見えない時点でおかしいじゃないか」
「おかしいも何も無いわ。そもそも、理樹君には私が見えている。それが理樹君の中で揺るがない事実なの。それ以上、何が必要なの?」
 僕は何も言えなくなって黙り込んでしまう。彼女の言うとおりだった。
「ゴメン。言い過ぎた」
 僕の様子を見て、罪悪感を感じたのか、美鳥は口調を和らげる。
「……あたしね、理樹君に話し掛けてもらえて、嬉しかった。ねぇ、理樹君。これからも、他に人が居ない場所だけでも良いから、お話しない?」
 僕が頷くと、美鳥は花が咲いたように明るい表情になり、僕の方に右手を伸ばした。
「じゃあ、これからもヨロシク」
 僕は彼女の手を取った。柔らかくてしっとりと温かい。生きた人間の感触だった。


 それからというもの、僕は出来るだけ多くの時間を一人で過ごすことにした。昼休みのような長い休憩時間には、屋上で一人。放課後はすぐに寮の自室に引き篭もり。
 美鳥との会話が楽しかった。彼女はクラスメイトのように、僕に変な遠慮などしない。その無遠慮さが、僕にとっては救いだったのだ。僕には、あの時の皆のように遠慮なく話せる、そんな相手が必要だった。そしてそれは、僕と同様に生き残ってしまった鈴ではなく、僕にしか見えない触れられない、彼女だけだった。
 そんな僕に、僕の近くに居ようとしてくれた僅かばかりの人達も次第に遠ざかっていった。それは例えば、笹瀬川さん。何かと鈴と僕に気をかけてくれた。二学期の初めのうち、周りの偏見から守ってくれたりもした。一緒に昼食を食べようと言ってくれたり、休日にはキャッチボールを三人でしようとも言ってくれた。しかし、そんな彼女も今は鈴にべったりになり、僕の方を見ようとはしなくなってしまった。そして今や、鈴を僕から引き離そうとさえしている。そんな彼女の行動に、以前の僕なら心を痛めていたのかも知れなかっただろう。しかし今は寧ろ好都合だった。
 笹瀬川さんなら信頼できる、鈴と仲良くやってくれるだろう。そこに、鈴の傍に、僕は必要なかった。


 秋も深まり、公孫樹の葉も少しずつ黄色く変色し始めた、そんな日の夕方。僕はいつもの通り屋上で一人、給水タンクを背に腰を下ろし、隣に座る美鳥とのお喋りに夢中になっていた。その時、僕は何を話していたのだろうか? 恐らく学園祭とか体育祭といった話題だろう。この季節、皆そんなことばかり話しているし、きっと僕もそうなのだろう。
 そんな中、美鳥がまるで、口から言葉が溢れ出てしまったように、ぽつりと呟いた。
「本当に、理樹君は皆のこと大好きだったんだね」
「そうかな?」
「そうだよ。あたしと話してる内容って、殆ど皆のことだもの。皆がもし居たら、学園祭で何をやっただろう。恭介さんが何を始めるのだろうってね」
「……かもしれないね」
 僕は口ごもる。僕は彼女の優しさに甘えてしまい、自分の言いたいことばかり喋ってしまっていただろうか。或いはいつまでも皆のことを考えていると、彼女に心配させてしまっただろうか。
「ごめん」
「いいよ。理樹君を責めているわけじゃないもの」
 美鳥も口を閉ざす。横目に彼女を見ると、いつもはお喋りで明るい彼女には似つかわしくない憂いた表情。伏せられた、長い睫毛が綺麗だった。
 そしてその表情に、僕は西園さんの表情を重ね合わせてしまう。胸が苦しい、そんな気がした。
 やがて、美鳥が優しくて悲しい、そんな複雑な表情を僕に向け、そして問いかける。
「ねぇ、もしも皆のうちの誰かと、また一緒に居られるのなら。理樹君はそれを望む?」
「え?」
「答えて」
 美鳥の瞳はいつに無く真剣だった。その強い眼差しに僕は気後れする。
「そんなもしもは無意味だよ。皆はもう居ないんだから」
「それでも、会えるとしたら?」
「どういうこと?」
 美鳥は眉根を寄せたまま、口の端を上に持ち上げて、無理に笑おうとする。そして、立ち上がると数歩僕から離れ、僕の方に振り向く事無く話を続けた。
「多分理樹君にはもう、あたしが何なのか気付いていると思う。薄々とだけど。――あたしは何処にでもいるわ。だけど、何処にも存在しない」
「どういう……」
「言葉通りの意味よ。そして、あたしは誰でもないと同時に誰かであり続ける。――かつてあの子は、美魚は、あたしを『美鳥』と呼んだ。あの子は、あたしを妹にした。それが今のあたしなの」
 夕日が、美鳥を照らし、強い陰影を生む。その姿と静かな声がやけに綺麗だと、場違いな事をぼんやりと思った。
「でも、あたしの名を呼んでくれるあの子は、居なくなってしまった。だから、あたしは探したの。あたしが見える人を、あたしを望む人を。――そして、あなたを見つけた」
 美鳥が僕の方に振り向く。しかし、美鳥の顔は影になっていて、どんな表情をしているのか僕には分からなかった。
「ねえ、理樹君。皆が居なくなって寂しい?」
「いや、美鳥が居てくれたから、寂しくは無かったよ」
 僕の言葉に、美鳥は優しい微笑を浮かべた。
「ありがと。でも、理樹君はずっと皆の話ばかりしてたよ。だけど、大丈夫。――俺はもう、お前の前から居なくなったりはしない」
 突然変わる声色と口調。気が付けば、僕の目の前に制服姿の恭介が居た。それは以前の僕達のリーダーだったあの頃の、生前の姿のままで。僕は目の前の出来事に言葉を失った。
 立ち上がろうと腰を少し上げた瞬間、恭介の姿が滲むように空に溶けた。そしてそれはすぐさま、謙吾の形を成した。
「言っただろう? リトルバスターズは不滅だと」
 更にそれは真人になり、来ヶ谷さんに変化した。
「理樹っちよぉ、そんな驚いた顔すんなよ。――お姉さんが興奮するじゃないか」
 その顔が、姿が瞬きに合わせて目まぐるしく変化する。クドに、葉留佳さんに、小毬さんに。
「リキ。大丈夫なのです」
「そうですヨ」
「もう、寂しくないよ」
 そして西園さんに。私服の彼女は、いつもの日傘で顔を隠していた。そして、平坦で穏やかな声でこう、続けた。
「私達は、ずっと直枝さんの傍に居ますよ」
「西園さん――」
 僕は立ち上がると、手を伸ばして西園さんの日傘を掴む。彼女の顔が見たかった。美鳥と同じ顔だけれども、異なる表情。伏せがちの瞳、小さく微笑む唇。何度見てみたいと思った事か。
 しかし、日傘から出てきた顔は、西園さんの優しいそれではなく、美鳥の賑やかな笑顔だった。彼女は悪戯っぽい目を僕に向ける。
「残念でした」
 忽ち彼女の姿は、制服を着た美鳥の姿に置き換わる。日傘もロングスカートも、夕日に消えていく。
 美鳥は、西園さんに良く似た、優しい微笑を浮かべると、僕に向かって右手を差し出した。そして、幼子に言う事を聞かせるように、ゆっくりと僕に話し掛ける。
「これでわかった? あたしは、理樹君が望んだ通りのものを与えられるの。さあ、理樹君。あたしに名前を付けて。あなたの望む人の名を。そして願って。あなたの描く、永遠を」
 僕は逡巡した。僕の願うものは何か。そんなものは簡単だった。でも、それを言葉にするのが怖かった。言葉にすれば、何かを失くしそうに思えたから。
 僕は目を瞑る。夕日が目蓋を透かして、目の前を赤く染める。こんなに夕日が当たっているのに、空気はまだまだ暖かなのに。僕の体は寒くて身震いしてしまう。
 やがて僕は目を開ける。目の前には美鳥が居てくれた。いや、目の前のそれはもう美鳥ではないのかも知れない。彼女の背後に大きな夕日がある所為か、彼女の姿は人間大のぼんやりとした黒い塊にしか見えなかった。けれども僕はその姿に臆することなく、彼女の手を取る。感触が無い。触っているのかいないのか、それすら分からなくなり目の前がぐらぐらとする。


 深呼吸をした後、意を決して、僕は口にする。
 僕の望みを。
 そして、未来を。


[No.668] 2010/02/25(Thu) 01:27:57
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