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   第33回リトバス草SS大会 - 主催 - 2009/05/14(Thu) 23:29:45 [No.96]
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レコンキスタ - ひみつ@5615 byte - 2009/05/15(Fri) 02:59:29 [No.97]
サイズ誤りです。実際は12450byteです。 - No97投稿者 - 2009/05/15(Fri) 03:12:54 [No.98]



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第33回リトバス草SS大会 (親記事) - 主催

ひとまず携帯からスレ立て。
ルールなどについては、申し訳ありませんが前回の記事を参照ください。

お題『忘却』
金曜24:00締切
土曜22:00感想会


[No.96] 2009/05/14(Thu) 23:29:45
レコンキスタ (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@5615 byte

 何で、こんなことになったのだろう?
 オレは体を丸めて、オレを囲んだ奴らからの暴行に耐えていた。
「デカイ図体して情けねえ野郎だぜ」
「可哀想なこと言ってやんなよ。こいつの筋肉は見かけ倒しなんだから」
「ははっ。お前の方がひでーじゃねーか」
 奴らはオレを笑い物にしながら、オレの背中をモップで殴ったり、脇腹を蹴ったりしていた。





 思えば、謙吾に続く形で理樹と決別した、その次の日から予兆があった気がする。
 他人の視線が妙に気になったのだ。普段なら気にならない他人の視線が、何故か不快だった。その日は丁度土曜だったので、オレは休日の二日間を他人に見つからないように注意しながら、独りで過ごした。理樹と同じ部屋にいるのも躊躇われたので、裏庭の倉庫でだ。
 そして、明けて月曜日、周囲の異変が決定的になった。一人で登校し、下履きに履き替えようとしたとき、下駄箱が荒らされていることに気付いた。ゴミ箱のゴミがぶちまけられていたのだ。ゴミを掻き出し、下履きの汚れを手で払っていると、周囲から笑い声が聞こえた。それはオレに対する笑いのような気がしてならなかった。怒りと恥ずかしさが入り混じり、頭が熱くなるのを感じながら、逃げるように教室に向かった。
 教室に入った瞬間、部屋を間違ったのかと思った。教室にいる奴らが、一斉にオレの方を見たからだ。その視線が、全員同じ意思を持ったような不気味な一体感を持っていたので、間違いと感じたのかもしれなかった。教室の表示を見ても、自分のクラスに間違いなかった。だが、教室はやはりおかしかった。理樹も鈴も謙吾も居なかったのだ。欠席しているとかそういう問題でなく、あいつらの席に別の人間が座っていた。
 何かあるとは予想していたが、あいつらがいないのには困った。あいつらは何処に行ったのだろう?違うクラスになったのだろうか?探しに行こうとしたが、ちょうど担任が教室に向かって歩いているのを見てしまったので仕方なしに教室に入った。あとで探しに行こう、そう考えて。
 教室に入り、席に着く間も席に着きホームルームを受けている間もずっと、クラスの連中の視線を感じていた。はじめはオレの筋肉に見惚れてるのかと思ったが違う様子だった。下駄箱での笑い声と同じような笑いがひそひそとあちこちから起こっていた。
「あの靴履いたのかよ。うえ、汚ねえ」
「アレはないよねー」
 てめえらが犯人か。オレは立ち上がり、そいつらに掴み掛ろうとした。だが、そこで自分の異変にも気付くことになった。周囲の視線がまるでオレを押さえつけているかのように感じられたのだ。恥ずかしさと恐ろしさで頭が一杯になり、体が動かなかった。何故だ。何故オレはこんな気弱になっているんだ。
 授業中もオレの気が休まることはなかった。皆がオレを見ていた。あの笑い声とともに。時折、オレの背中に何かがぶつけられるのを感じた。だが、振り向いて確認するのが恐ろしく、黒板の文字を見つめ続けるしかなかった。空気が薄く息苦しかった。教室も普段よりずっと狭く感じられた。いつもなら寝て過ごすだけの気楽な授業が、今日はひどく閉塞感を感じ、寝ることもましてや授業を真面目に聞くこともできなかった。
 休み時間になると、理樹たちを探すため、何より教室に居たくないために逃げるように教室から飛び出した。だが、理樹たちは何処にも居なかった。しかも、教室から出ても、あの嫌な視線は変わらなかった。オレはあの視線に見覚えがあった。嘲笑。蔑み。胃の中に鉛の塊を置かれたような不快感を覚えた。
 そして、昼休み。土曜からちゃんとした食事をしていなかったので、不本意ながら学食に行くことにした。定食を載せたトレイを持って端の席に座った。茶を汲み忘れたので、トレイを席に置いたまま席を離れた。いつもオレたちが使っている席を見てみたが、やはり理樹たちはいなかった。オレはため息をつきながら、味噌汁をすすった。その時、口と喉に異常な刺激が。
「ぐ、げえぇ」
 堪らずオレは味噌汁を吐き出した。喉が焼けつくように痛い。急いで茶を流し込むが、それすら吐き出してしまった。給水機の前で水をガブ飲みし、何とか痛みが引いてきたころに、誰かがオレの肩を掴んだ。
「飯食うとこで吐くんじゃねえよ。汚ねえな」
「すげーおもしれー反応してたよな。マジうけるんですけど。で、どんな味したよ?やっぱり酸っぱかったか?」
「ばーか。アルカリだと苦いんじゃねーか?」
「つーか、こんなもん飲んじまって大丈夫かよ?」
「あー、マジで飲みこんだら死ぬかも。でも大丈夫だって。こいつの筋肉でどうにかなるって」
 オレは涙目で周りを見回したが、みんな無関心か、肩を掴んでいるやつと同じ厭らしい笑みを浮かべているばかりだった。こいつら、オレが病院送りになろうが、どうなろうがいいと思っていやがる。全てが異常だった。次に何をしてくるかわからない不気味さが恐ろしくてたまらなかった。
「おい、どうしたんだよ。うずくまってねーで立てよ」
「うわあぁあぁぁぁ!」
 オレは、肩に手を掛けているやつを突き飛ばした。すると、そいつは面白いほど簡単に吹っ飛んで、傍のテーブルをひっくり返していた。打ちどころが悪かったのか、そいつは気を失ったらしく反応を示さなかった。
「てめえ!何しやがんだ、コラァ!!」
 吹っ飛ばしてやった奴の連れがそう叫び、周りの連中も殺気立ったので、オレは一目散に逃げ出した。
 闇雲に走った結果、気がついたらオレは裏庭に居た。逃げやすいのはいいのだが、校舎の窓から見つかる可能性が高いから、長居はしたくなかった。だが、その判断は既に遅く、誰かに見つかっていたようだった。すぐにオレは数人の男子生徒に囲まれてしまった。右腕には赤い腕章。風紀委員の連中だった。
「まったく手間かけさせやがって」
「お前、学食で暴れたんだって?お前のせいであいつ気絶しちまったじゃねーか。ひでーことしやがる」
「こいつ、どうします?」
「ま、とりあえず委員会室に連行な。で、それなりの処分を受けてもらおうじゃねーか」
 風紀委員の連中もあいつらと同じように、にやにやとオレを嘲笑っていた。間違いない、こいつらもグルだ。味噌汁にあんなやばいものを入れる連中だ。捕まるとやばい。
「近づくんじゃねえよ・・・・・・」
「あ?」
「オレに寄るんじゃねえぇええぇ!!」
 オレは、体勢を低くし、あいつらの隙間を縫うようにして逃げようとした。が、オレの体が大きかったので、あいつらに服を掴まれてしまった。背中を蹴られ、地面に押し付けられた。
「てめえ、何逃げようとしやがる!」
「暴れんじゃねーよ!」
 一気に連中に囲まれ、オレはうつ伏せの状態で抵抗もできず、奴らの蹴りを背中や脇腹、頭に浴びせられることになった。




 何で、こんなことになったのだろう?
 オレは体を丸めて、オレを囲んだ奴らからの暴行に耐えていた。
「デカイ図体して情けねえ野郎だぜ」
「可哀想なこと言ってやんなよ。こいつの筋肉は見かけ倒しなんだから」
「ははっ。お前の方がひでーじゃねーか」
 奴らはオレを笑い物にしながら、オレの背中をモップで殴ったり、脇腹を蹴ったりしていた。

 オレは、身体中の痛みに耐えながら、こいつらの笑い声に耐えながら、考えた。
 この光景に見覚えがあった。ずっと苛められていた子供のころ。泣いて助けを求めても、周りの奴らは蔑みの目で嗤うか、見る価値も無いかのように無関心を決め込むばかりで誰もオレの言葉に耳を貸さなかった。
 今のオレは、あのときのオレだ。だから、あんなに周囲の視線が恐ろしかったのだ。あのときもそうだった。だが、あのときのオレなら、ここで終わってはいないはずだ。思い出せ、思い出せ。あの苦しい日々を。
 いつのことだったか、初めて相手を殴り倒したことがあった。あの瞬間あいつらのオレを見る目が変わったのを覚えている。
 ああ、あのときオレは悟ったんだ。自分が弱かったから居場所が無かったことを。踏みつけなければ踏み潰される。踏み潰されたら全てを奪われる。
 だったら、オレが強くなって、踏みつける側になればいい。居場所を奪い取ればいい。
 それから、オレの時間は全て、喧嘩と自分を鍛えることに捧げられた。暴力はオレに救いの手をもたらす神様そのものだったし、鍛えることは神様への祈りみたいなものだった。
 ああ、そうか、そうだった。全部思い出した。だったら、今のオレのやることはたった一つ。
 オレは、体を丸めた体勢のまま、手を組み、額に押し当てる。まるで祈りを捧げる人のように。いや、これはまさしく祈りと懺悔だ。

 理樹。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 貴方を悲しませたくありませんでした。
 でも、どうかもう一度だけ悲しんでください。

 鈴。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 貴女を怖がらせたくありませんでした。
 だから、今だけはどうか見ないでださい。

 そして、神様。
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 今まで貴方のことを忘れていました。
 あの日から、周りがあまりにも優しかったから。
 でも、世界はあのときから変わっていませんし、オレには結局貴方しか居ないのです。

 神様神様神様神様。
 どうか、どうかどうか、もう一度救いを。





「うわっ!」
 突然、オレの背中を足蹴にしている奴もろとも、オレは立ち上がる。
「井ノ原の奴、この人数相手にまだ抵抗する気か!?」
「どうすんだよ!?」
「これだけいるんだぞ!押さえ込んじまえばそれでおしまいだ!」
 風紀委員のひとりがオレを取り押さえようと飛び込んでくる。オレは体勢を低くとると、相手の懐めがけて組み付く。そして左手で相手の右ひざ裏を、右手で左腿を抱え込むと、相手の体を持ち上げる。肩に抱える形になった相手を、今度は地面に思いっきり叩き落としてやった。
「がぁぁ」
 相手は苦しそうに呻き、そのまま動かなくなる。そりゃ、受身をとらずに両足タックルで硬い地面に叩きつけられたら息もできないだろう。
 今まで、亀みたいに縮こまっていたオレが突然反撃に出たから驚いたのだろう。風紀委員の野郎どもは、距離をとり、オレの様子を窺っていた。

 肌が粟立ち、背筋が冷たくなるのを感じる。背骨の中に冷たい水を注がれたような、言い様のない快感だ。頭の血管の中を血液が暴れるように流れるのを感じる。いつもはぼんやりとした思考が、ものすごい速度で頭の中を巡っていく。目の前が鮮明になる。足の指、手の指、髪の毛一本全てに感覚が通っていて空気の流れすら感じられる。アドレナリンがオレの中のエンジンを高速回転させているのがわかる。

「今、ものすげー良い気分だぜ。全部思い出したんだよ。オレには結局、これしかないんだよな。」
 息を整えると、体を半身にし、両手を胸の高さで適当に構える。重心を踵から爪先へと移す。オレが構えるのを見て、奴らは怯えの表情を見せながらも、応戦の体勢をとる。いい度胸してやがる。息を吸い込むと、それを吐き出すようにしてオレは叫んだ。
「さあ、来やがれいぃぃぃぃぃぃぃィィィ!!」





 静かになった。辺りにはもう、風紀委員どもの泣き声や呻き声すら聞こえない。あるのはオレの下に寝転がっている奴の顔面を機械的に打ち付け続ける、オレの鉄槌打ちの音くらいだ。それだって、大した音じゃない。肉叩きで肉を潰すような鈍い音。本当に静かなものだ。
 ぴくりとも動かなくなったので、オレはそいつの上から離れ、立ち上がることにした。そいつの顔は鼻や口からの血でぐちゃぐちゃだし、腫れ上がってしまって以前はどんな顔だったか想像することもできない。自分の拳を見る。血とか涎とかそんなものでどろどろだ。汚ねえなあ。シャツで手を拭いながら辺りを見回す。折れたモップやら、風紀委員の野郎たちやらがそこらへんに散乱していた。10人近くいたのか。我ながらよくやったもんだ。おかげさまで拳が痛くって仕方ねえ。久しぶりに本気で人を殴ったから、手加減の仕方がわからなかったぜ。
 でも、この拳の痛みも連中にやられた痛みも懐かしかった。この痛みがあったからこそ、生きている実感を感じられたんだ。相手の怯えた顔や許しを乞う泣き声。そんなものを見るのも好きだった。自分が強いこと、自分の居場所を勝ち得たこと、そんなことを実感できたから。

 あまり長居しても、風紀委員の連中がまた集まってくるとまずい。ちょっと休憩も入れたいしな。とりあえず、人気が無くて広い場所、ということで学食裏に移動したオレはベンチに腰掛ける。
 金曜の時点で、オレの身に何かが起こるとわかってはいたが、まさか理樹と鈴が居なくなるなんて思っても見なかった。そして突如始まったオレに対する苛め。オレの子供の頃の再現。オレが思い出したくもないこと。
 これで、全て失った。最初で最後の、オレの本当の居場所。もうオレたちには未来は無いのだから、せめて、この世界が終わるまで守り続けたかったのに。それを、もう全てが終わるっていう直前に、奪い取るというのか。何も持っていない、あの頃に帰れというのか。ふざけるな、恭介。
 だったら、あの時何故オレを助けたんだ。何故オレを仲間にしたんだ。もしかして仲間と思っていたのはオレだけか?オレの暴力を体よく利用するためにオレを誘ったのか?オレがバカなことばかりやるのを、お前はテレビでも見るかのように愉しんでいたのか?オレだけがお前らを仲間だと思っていたのを、お前は陰で嗤っていたのか?お前も結局、他の奴らと同じで上から目線でオレを見下していただけなのか?オレに居場所を与えた振りして、いつも上から見下して、自分の思い通りにしてきたのか?そして、最後の最後でオレから奪って愉しんでいるのか?ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな。
 頭がずきずきと痛む。怒りが血液に乗って頭の中を暴れまわっているようだ。そして、それはオレの全身へと駆け巡る。筋肉が強張っていき、拳が震える。今すぐ拳をベンチに叩き付けたい。だが、オレは呻き声を上げながら、その欲望をぐっと堪える。この怒りを保て。あいつらに全部叩き込め。





「井ノ原を発見しました!」
「私たちの手に負えないから早く応援を!」
 ピィィーーーーーーー!!
 ホイッスルの音が鳴り響く。風紀委員が人を集めるときにつかうヤツだ。すると続々と応援の連中がやってくる。厄介なことに、運動部の中でも武道関連の部員を集めてやがる。

 連中がオレを囲もうとしている最中、オレはベンチから立ち上がり、雲ひとつ無い空に向かって叫ぶ。この学園の何処にも居なくても、きっとあいつには届くはずだ。
「きょうすけぇェェェェェェェ!!コソコソコソコソ隠れてねぇで出てきやがれえぇ!」
 オレはもう逃げない、逃げられない。
 どこへ逃げようとも、大事なもの、大切な時間、オレの居場所、全部奪われる。

 なら、こいつらも恭介も誰も逃がさない。
 皆壊れて動かなくなるまで終わらせない。
 全部、オレが奪い尽くしてやる。


[No.97] 2009/05/15(Fri) 02:59:29
サイズ誤りです。実際は12450byteです。 (No.97への返信 / 2階層) - No97投稿者

すみません。
サイズを間違えました。
実際は12450byteです。

>管理者さま
お手数ですが、No97のNameを「ひみつ@12450byte」に修正していただけたら幸いです。


[No.98] 2009/05/15(Fri) 03:12:54
空を渡る紙飛行機 (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@9925byte

 □

 学校の授業は何でこんなにつまらないんだろう。
 寝よう。
 先生の視線をガードするために教科書を机に立てる。
 準備万端だ。
 と思って突っ伏した瞬間に頭になんか刺さった。
 慌てて周囲を探ると床に紙飛行機が落ちている。
 先がひん曲がっているのは頭に直撃したからだ。
 また馬鹿の仕業か、馬鹿どもめ。
 と思って振り向くが馬鹿と馬鹿は寝ている。
 もう一人の馬鹿を威嚇しようとしたとき、こまりちゃんの顔が視界に入る。
 こまりちゃんは両手を合わせて何度も頭を下げている。
 怒りがしおしおとしぼんでいく。
 こまりちゃんならよし。
 こまりちゃんだって授業中に遊びたくなることもあるのだ。
 紙飛行機を飛ばすのに失敗してあたしに命中しちゃったわけだ。
 よし。
 あたしはこまりちゃんに代わって、窓の外に紙飛行機を飛ばしてやる。
 こまりちゃんに向けて笑顔でブイサイン。
 何故か、こまりちゃんは放心状態だった。
 授業終了後、涙目のこまりちゃんがやってくる。
「りんちゃんひどいよー」
「む、あたしが飛ばしちゃいけなかったか」
「あれは理樹くんに渡す手紙だよー。うわーん」
 うわぁ、やってしまった。
 こまりちゃんが無言で窓の外を指さす。
「取ってきて」
「いやあのその、昼休みとか」
「取ってきて! 今すぐ!」
 やばい、顔が阿修羅だ。
 仕方ない、頑張って探すか。
 馬鹿と馬鹿と馬鹿と馬鹿を使おうと思ったがやめておく。
 廊下を走って、階段を駆け下りる。
 しかし、授業中に手紙交換とは。
 こまりちゃんも大胆になったもんだ。
 理樹のやつは最近妙にテンション高くてきしょいしな。
 さっきの手紙もどうせきゃっきゃうふふな内容に違いない。
 そう考えると微妙な気分になってきた。
 首を振る。
 こまりちゃんが誰と付き合おうとあたしには関係ない。
 玄関で靴を履き替えて外に出た。
 幸いにも風は弱いので遠くにはいってないだろう。
 しかし誰かに先に拾われたら厄介だ。
 こまりちゃんが色々とやばいことになりそうな気がする。
 というわけで真面目に捜索することにした。
 五分ぐらい歩き回ったあたしは、ベンチの下に紙飛行機を見つける。
 なんだ、思ったよりあっさりだな。
 手を伸ばし、そっとそれを拾い上げる。

 ■

 拾い上げた紙飛行機を持って、ベンチに腰かける。
 ゆっくりと息を吐き出す。
 辺りを見回してから、意を決してそれを開く。
 中にはこう記されていた。

『伝えなくてはならない、大事な話があります。
 大事な、大事な話です。
 今日の五時、屋上に一人で来てください。
 突然のお願いですが、待ってます。

                   神北小毬』

 書いてあるのはたったこれだけだ。
 それでも、この短い文章を何度も読み返してみる。
 それから、紙飛行機の手紙を元の形に折り直す。
 形が崩れてしまうのでポケットには入れない。
 紙飛行機を片手に、玄関へ向かう。
 階段を上がり、廊下を歩く。
 教室の扉を開けた。

 □

 教室に入るとこまりちゃんが駆け寄ってきた。
「あった?」
 頷いて、紙飛行機を手渡す。
 こまりちゃんは紙飛行機を胸に抱き、安心したように息を吐く。
 それから急にあたしの瞳をぐっと覗き込んでくる。
「中に書いてあること、読んだ?」
「え? い、いや、読んでない」
「ふーん」
 こまりちゃんはいかにも疑っていますよという目つきをする。
 あたしは口を固く結び、無言で首をぶんぶんと横に振る。
「なんてね」
 と言って、こまりちゃんはいつもみたいに笑う。
「その手紙、やっぱり理樹くんに渡すのやめるよ」
「え? あたしの努力は無駄だったのか!?」
「そんなことないよ。ただ、渡す相手を変更することに決めたの」
 こまりちゃんはそう宣言する。
「も、もしかして理樹は捨てられたのか!?」
「ふぇぇ? ち、違うよー」
 顔を真っ赤にしてこまりちゃんは否定する。
「その手紙は、りんちゃん宛てに変更するんです」
「あ、あたしか? そりゃ気持ちは嬉しいが、でもその」
 こまりちゃんはあたしに紙飛行機を押しつける。
 そのときちょうどチャイムが鳴って会話は中断されてしまう。
 変なこまりちゃんだなと思いつつ、席に戻った。

 ■

 窓からはまぶしいほどの夕陽が射し込んできていた。
 教室の時計は四時五十五分を指している。
 もうすぐ、手紙で指定されていた時間になる。
 それを確認し、自分の席からすっと立ち上がる。
 重い足取りで、誰もいない教室から出る。
 廊下の静けさが怖い。
 無性に緊張して、たまらなかった。
 一人で来てくれと書いてあるのに、そばに誰かいてほしかった。
 足が少し震える。
 首を振る。
 何を怯えているのだろう。
 怯えることなんて何もないはずだ。
 お守りのように、紙飛行機を強くつかむ。
 階段をゆっくりと上っていく。
 誰かに見られているような気がして、何度も振り返った。
 でも誰もいない。
 当たり前だ。
 深呼吸をする。
 進入防止のバーをまたぐと、屋上はもう目前だ。
 屋上に繋がる窓は、既にドライバーで取り外されていた。
 思わず立ち止まる。
 いや、迷うことはない。
 足を踏み出す。

 □

 屋上に立つと心地よい風が頬をなでた。
 あたしは大きく伸びをする。
 視線の先、こまりちゃんが立っていた。
 背中側から夕陽を浴びているせいか、その姿は普段と違って見えた。
「りんちゃん、来てくれてありがとう」
 こまりちゃんは柔らかくほほえむ。
「手紙にも書いたけど、突然のことでごめんね」
「う、うん。そんなことより、本当にあたしでよかったのか?」
 本来、ここにはあたしの代わりに理樹がいるはずだったのだ。
「りんちゃんは、どっちにしても呼び出すつもりだったから」
「え?」
「ただ、理樹くんを呼ぶのをやめたってことだよ。だから気にしないで」
 よく分からないが、分かったことにして頷く。
 こまりちゃんがあたしの方に一歩近づく。
「わたしね、もうすぐ死ぬんだ」
 自分の耳を疑った。
 こまりちゃんの瞳を見つめる。
 でも、こまりちゃんはあたしを見つめ返してくれなかった。
「ううん、もう死んでるのかも」
 思わずあたしはその場から一歩下がっていた。
 そんなあたしの腕をこまりちゃんはつかんで引き寄せる。
「聞いて。わたしはもう助からない」
「い、嫌だ」
「りんちゃんや理樹くんと同じ時間を歩むことはできない」
「嫌だ。嫌だ嫌だ!」
 暴れるあたしの体をこまりちゃんはそっと抱きしめる。
 たったそれだけのことであたしは何もできなくなる。
「だからここでお別れ。りんちゃん、今までありがとう」
 潤み始めたあたしの瞳から、涙がひとしずくこぼれ落ちた。

 ■

 屋上に立つと心地よい風が頬をなでた。
 僕は大きく伸びをする。
 視線の先、大学に入って少しだけ背の伸びた鈴が立っていた。
 風になびく鈴の髪が、夕陽で鮮やかに染まっている。
 当たり前のことだが、小毬さんはいない。
「遅刻だぞ」
 鈴はとがめるように言う。
 腕時計の表示を確認して、僕は苦笑する。
「時間ぴったりだよ。まさか、秒単位の遅れまで気にするタイプ?」
「違う」
 鈴は目を伏せる。
「こまりちゃんにとっては、あの日から四年の遅刻だ」
 胸が詰まる。
 古傷がうずくように感じられた。
「勘弁してよ。この手紙を読んだのはついさっきなんだからさ」
 別の大学に進んだ鈴から連絡が来たのは三日前のことだ。
 何の詳細も知らされず、既に卒業したこの学校へ強引に呼び出された。
 待ち合わせ場所のベンチに鈴はおらず、代わりに紙飛行機が置かれていた。
 鈴の言葉から推測するに、これは四年前の今日に小毬さんが書いた手紙だ。
「これは、僕に宛てられた手紙だったの?」
「そうだったけど、途中でそうじゃなくなった」
「なにそれ」
 苦笑いを返す。
「その手紙を受け取るのはあたしだけになったんだ。どうだ、悔しいか」
「何で威張るのさ。でも、そうだね、悔しいよ」
 小毬さんとは結局、ちゃんとしたお別れができなかった。
 四年前に死んだ彼女は、もう僕に何も言ってくれない。
「どうしてあたしにだけ別れを告げたのか、気になってる顔だな」
「気になるよ。でも、答えを聞く相手はもういない」
「いいだろう、特別に教えてやる」
「え?」
 予想外の言葉に、僕は面食らう。
「その前に答えろ。お前はまだ、こまりちゃんのことが好きか」
「好きだよ」
「四年前のあのときと同じ意味で、好きか」
「もちろん」
「今とあのときとでその気持ちに変わりはないか」
「ないよ」
 鈴は満足そうに頷く。
「こまりちゃんは『この世界の仕組みは不条理なんだよ』って言った」
「どういうこと?」
 僕は鈴に問いかける。

 □

「どういうこと?」
 あたしはこまりちゃんに問いかける。
「この、虚構の世界が壊れればわたしは死ぬ。わたしは虚構の世界でしか生きられない。でも理樹くんやりんちゃんが生きているのは現実の世界でしょ? 今は同じように見えるけど、わたしたちの生きている世界はそれぞれ別のものなんだよ。だけど虚構の世界でなら、わたしと理樹くんは恋人になることができる。実際にできた」
 夕陽が目にしみて、あたしは目を細める。
「でもね、虚構の世界での恋愛は現実の世界のそれとは明らかに違う。現実だとお互いがこう、なんていうか距離を縮め合って恋人になるわけでしょ。でも虚構の世界だと、例えば理樹くんがわたしのことを好きになった瞬間に、わたしも理樹くんのことを好きになる、みたいな力が働いている」
 だから、とこまりちゃんは言う。
「生きる世界が違うわたしたちの恋愛は成立しないんだ。だって考えてもみて。今ここにいる唯一のわたしと恋人になる、っていう人生を理樹くんは選び取ることができない。何でかっていうと、唯一のわたしなんてものは、現実の世界で死んじゃってていないから。虚構の世界にいるのは、唯一という言葉に縛られないたくさんのわたし。理樹くんのことが好きなわたし、理樹くんのことが嫌いなわたし、みたいな感じに可能性の数だけわたしは存在することができる」
 確かにそうだ。
 現実世界にいるあたしは選択をやり直せない。
 一つの可能性を選択することによって、別のあらゆる可能性は消える。
 だけど、虚構の世界はそうじゃない。
 失敗したらリセットしてしまえばいい。
 別の選択肢を選んでしまえばいい。
「理樹くんと恋人になる、という未来が訪れても、わたしは、理樹くんと恋人にならない未来というものを否定できない。虚構の世界に、唯一の人生なんてものは存在しないから。本当の意味で理樹くんと恋愛したいなら、わたしは現実世界に帰らなくちゃいけない。だけど、帰った瞬間にわたしは死んでそれでおしまい。現実世界にリセットは利かない。わたしが死なない、あるいは死ななかった未来は現実世界のどこにもない」

 ■

「でも、僕たちが虚構の世界で恋人だったって事実は現実にも持ち帰れるはずだ」
「そう、そこだ」と鈴は言う。
「『虚構の世界には、現実の世界と別の法則が働いているんだよ。理樹くんがわたしを好きになったら、わたしも理樹くんを好きになる、あるいはその逆の法則が。でも理樹くんが現実に帰ることになれば、当然、虚構の世界での法則なんてものは通用しない。そのとき、わたしたちが恋人だったっていう事実はどうなってしまうのかな。そんな事実はぜんぶ偽物だったっていうことになるかもしれない』とこまりちゃんは言っていた。『そうなることが本当に怖い』って」
「それは違う」
「そうだ、お前は今でもこまりちゃんのことが好きだと言った」
「あのときから今まで、ずっと好きだ」
 鈴は頷く。
「虚構の世界でお前を好きだったこまりちゃんの想いは」
 そこでいったん彼女は言葉を切る。
「現実の世界でもこまりちゃんを好きであることを選んだお前の、唯一の未来に届いたんだ!」

 一回きりで終わる自らの人生に、僕は、僕のことを愛してくれた小毬さんの存在を確かなものとして刻印した。そのことは、虚構の世界で愛し合った僕たちの過去が、現実の世界で起きた唯一不変の過去にまで引き上げられたような感覚に僕を陥らせた。ただの錯覚だったとしても構わない。これは一つの奇跡だと思った。
 僕は四年前に小毬さんが折ってくれた紙飛行機を屋上から飛ばす。風に乗って空を飛ぶそれが、四年という時を越え、現実と虚構という別世界の境界線さえも飛び越えて、僕が愛した小毬さんのもとに届くことを、僕はただ静かに祈り続けていた。


[No.99] 2009/05/15(Fri) 06:23:43
大切な落とし物 (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@17900 byte

 手紙が届いた。
「なんじゃそりゃ?」
「ラブレター、だな」
「封も切ってないのに適当な事を言わないで」
 会話をするのは鈴と真人、そして理樹。恭介は恒例通り就職活動でどことも知れない場所まで旅に出ているし、謙吾は最近遊びすぎたので売られていく子牛のような目で剣道部主将に引っ張られていった。
 そこら辺の事情はともかく、鈴と真人が見守る中で手紙の封をビリビリと破いていく理樹。そうして取り出された手紙には丸っこい女の子の文字が、どこか書き慣れていない風で並べられていた。
『リトルバスターズの皆さんにお願いです。
 とても大切な物をなくしてしまいました。どこを探しても見つからず、途方にくれています。確か裏山を走り回っている時に落としたと思います。
 私一人ではどうにもなりません。どうかよろしくお願いします』
 書いてある文字はこれだけ、差出人の名前さえも書いてない。
「落とし物を見つけたらどこに届ければいいんだろうな?」
 鈴はすぐにその問題点に気がついたらしく、首を傾げている。その質問に答えるのは真人。
「どこって、この手紙の差出人に普通に届ければいいじゃねぇか」
「その差出人がどこにいるか分からないだろーが、ぼけー!」
 ぱんつハイキックが真人の側頭部に炸裂する。理樹はその光景を見ながら鈴のツッコミも的確になってきたなと感慨深く思いながら口を開く。
「まあまあ。見つかったら落とし物として先生に届ければいいと思うよ。もしかしたら余り文字として残したくない落とし物なのかも知れないし」
 例えばぱんつとか。口にしたら確実に鈴に蹴られるだろう言葉は理樹の心の中だけに留めておく。
「つまり理樹は探すつもりなんだな。でも落とし物がなにかも書いてないのに、大丈夫か?」
 心配そうなのか面倒くさそうなのかやる気になっているのか、どうにも判断がつかない鈴の態度。つまりどーでもよさそうな態度だった。
「うん。人にお願いしてでも見つけたいものみたいだからね」
 理樹がそう返答すると、鈴はうっすらと笑った。
「理樹がそう言うならあたしも手伝うぞ」
「ふっ。この筋肉の真価、思う存分に発揮してやるぜ!」
 鈴が言えば真人ものってくる。
「頼りにしてるよ真人、本当に」
 落とし物が何かも分からないのに広い裏山を探し回るとなると、体力勝負根気勝負になってしまう。そういう時に真人の体力はとてもありがたい。そう思いながらも理樹は考えながら続く言葉を呟く。
「でもこうなると、どうしても人海戦術になっちゃうかな」

「わたし? いいよ〜」
 小毬。
「もちろんOKですよ。あ、ストレルカとヴェルカも連れていきましょーか?」
 クド。
「ん? ああ、もちろん行くぞ」
 来ヶ谷。
「私はあまり役に立てるとは思いませんが、ご一緒しましょう」
 美魚。
 ここまでは順調だったが、続く葉留佳でつまづいた。
「ぅぅぅぅぅ〜」
 涙を流しながら床にモップをかけている葉留佳を、佳奈多含む風紀委員十数人で厳重に見張っていた。
「佳奈多さん、邪魔したね」
「直枝もお疲れさま」
「うわーん理樹くん、見捨てないでー!!」
 にっこりと笑い合う理樹と佳奈多に滂沱の涙を流す葉留佳。
「じゃあ一応聞くけど、何してるの?」
「掃除に決まってるじゃん! まったくもう、私を見張るくらいならみんなで手伝った方が早く終わって無罪放免になるのに!」
「手伝ったら罰掃除にならないでしょう」
 慣れた風にため息をつく佳奈多。
「あわわわわ。お姉ちゃん、罰掃除って言っちゃダメー!」
「自分で無罪放免って言ってるじゃない」
「しまったはるちん自爆ー!?」
「いや、この状況を見て他の原因は想像できないから」
 うんうんと頷く風紀委員一同。ここまで厳重な監視に置かれるイタズラなんて想像したくないけど。
「ちぇー、ちぇー。ちょっと校庭に穴掘ったくらいでここまで監視しなくていいじゃん」
「ええ、あなたが毎回罰掃除をサボらければ私たちもここまで手を煩わされなくていいんですけどね」
 どうやら質ではなく量だったらしい。
「だって落とし穴だよ? 体育の授業中に校庭を走り回ってたらギャー! とか楽しそうじゃん」
「楽しいかどうかはともかく、それは立派な授業妨害よ」
「僕にはその落とし穴にはまっているのが葉留佳さん以外思い浮かばなかったよ」
 さらりとヒドい事を言う理樹。
「ともかく葉留佳さん。掃除、頑張って」
「理樹くんの薄情ものー!」
 泣きながら大声を出しながら掃除の手を緩めずにいながらの葉留佳を背にして歩きだそうとした時、ふと佳奈多が声を出す。
「そう言えば直枝、あなた葉留佳に何の用だったの?」
「いや、特に葉留佳さんじゃなきゃダメって訳じゃないんだけど、人手がいるんだ」
 そう言って届いた手紙について話す理樹。
「今、恭介も謙吾もいないから猫の手も借りたいんだけど、仕方ないよね」
「私の手は猫の手ですかっ!?」
「変な邪魔をしない分、猫の手の方がマシじゃない?」
 いっさいの加減がされていない姉の言葉にシクシクと涙を流す葉留佳。今日は泣きっぱなしだ。
「でもまあ、そういう事情なら私が手伝うわよ?」
 へ? という声は誰ともなしに。穏やかな笑みを浮かべた佳奈多に視線が集中する。
「妹の不始末も姉の責任だしね」
「はーいお姉ちゃん! それなら掃除を代わって! 理樹くんとは私が行くから」
「あなたの掃除は、義務。義務は肩代わり出来ません」
 カッキリスッパリ言う佳奈多に、むしろ困惑するのは理樹。
「でもいいの? 葉留佳さんの監視って風紀委員の仕事じゃないの?」
「これは任意の仕事だから。特に強制力のある事じゃないのよ」
 その言葉にぐるりと周囲を見渡す理樹。そこにいるのは風紀委員十数人。どう考えても風紀委員のほとんどが集まっているだろう。
「それだけ葉留佳さんが恨まれているのか、それとも佳奈多さんが慕われているのか」
「両方ね」
「それ、前はともかく後は自分で言うセリフじゃないと思うけど」
 葉留佳のツッコミもどこか元気がない。そんなもの意に返さないで佳奈多は風紀委員の一人に向き直る。
「それじゃあ後はお願いね」
「任せておいて。ちゃんと校舎中の廊下を磨かせるまでは返さないから」
 サラリと言われた言葉に、その行程を想像した理樹はちょっとげっそりとした顔で呟いた。
「範囲広いね」

「範囲広いわね」
 ちょっとげっそりした顔でそう呟くのは佳奈多。裏山前に集合したメンバーたちはその広さを見て呆れている。
「砂漠の中に落ちた針を探し出すという例え話はよく聞きますが、今まさにそんな心境です」
 これから山林に入っていくのにも関わらず、いつもの通りに日傘をさした美魚もポツリと呟く。
「西園さん。今からあの雑木林に入っていくのに、日傘を差しっぱなしで行く訳?」
「はい。これはわたしのチャームポイントでアイデンティティですから」
 ついでに武器でも盾でもありますと、やや不穏なことをポツリと呟く。
「あ、ああ。そうなの」
「ええ」
 やや引き気味な佳奈多だが、そんな事は慣れっこだといった風情で答える美魚。
「でもこれだといつまで経っても終わらない気がするです」
 不安そうな顔をするのはクド。確かにこの広い裏山で、しかもどんなものかも分からない落とし物を探すのは骨が折れるというのを飛び越えている。美魚の砂漠の例えもあながち間違っていない。
「ふむ。そこの辺りはどうするつもりだ、少年? 恭介氏や謙吾少年がいないとなると、行き当たりばったりでどうにかなるとも思えないが」
「けど、他にやりようがないしね」
「行き当たりばったりか」
 来ヶ谷が呆れたようにため息をつく。
「大丈夫だよ〜。なんとかなるって、唯ちゃん」
「だから唯ちゃんと言うのはやめろと」
「何とかなるかしら?」
 小毬のボケボケにツッコミ損ねた来ヶ谷のそれを、佳奈多がきれいに拾っていく。
「ツッコミが他にいると楽だね」
 傍目にみていた理樹がぽつりと呟く。
「オレは理樹のツッコミの方が好きだけどな」
 真人の言葉に理樹は苦笑いしか返せない。
「リトルバスターズってボケの数が多すぎるんだよね。天然はもちろん、わざとボケに走る人とか」
 ちょっと恨みがましい目で来ヶ谷を見る理樹だが、その視線を感じているだろう彼女は完全にスルーだ。
「はぁ。佳奈多さんもリトルバスターズに入ってくれないかな?」
 それを聞いた真人は一瞬だけ硬直して、頭を抱えて大声をあげる。
「うおぉぉぉ! 理樹以外のツッコミなんて耐えられるはずがねぇー!!」
「あたしがいつもツッコんでるだろーが!!」
 そんな真人に鈴のぱんつハイキック。ピンポイントでこめかみを抉った攻撃で、目標は完全に沈黙。色んな意味で的確なツッコミだ。
「それでどーすんだ、理樹?」
 そして一向に進まない話を鈴がすくい上げた。恭介がいたら感嘆の涙を流し、そしてきしょいわー! と鈴にぱんつハイキックをくらって居ただろう。
「そうだね。ここで考えていても仕方がないし、探し始めちゃおうか」
「ふっ。万事この筋肉に任せておけ!」
 いつの間にやら復活した、やる気満々の真人。
「じゃあどう手分けしましょーか?」
 クドの言葉に傍らにいるヴェルカもクーン? と疑問を投げかけるような声をあげる。それにいやと首をふる理樹。
「みんな一緒に探そう。分からない事が多すぎるから、気がついたその場で言い合える方がいいと思う」
 それにと付け加えて、ぐるりと全員を見渡す理樹。
「個性的なメンバーだしね。一人が何かに気がついて芋づる式に見つかるかも知れないし、何気ない一人言の中にもヒントがありそうだし」
 なるほどといった様子なのが約半数、きょとんとしたのも約半数。オン! と元気よく吠えたのは約2匹。
 8人と2匹、合わせて10はガサゴソと裏山の中に入っていった。

「っ! またひっかけちゃった」
 うんざりした佳奈多はイラつきながら小枝を睨みつける。当然、そんな行為に意味なんてない。
「ここは整備がされていないところですから、当然です」
「そんな所で日傘を差して、平然としてられる人に言われたくないわね」
 なぜか普通に歩いている美魚を呆れた目でみる佳奈多。
「ほわぁ!」
「わふっ! わふっ!」
「はぁ、萌えぇ」
 そして全く予想を裏切らないであろう光景が繰り広げられているらしい声も聞こえてくる。
「葉留佳がいなくてよかったわね。もしも脈絡のないあの子がここにいたらどうなっていたか」
 安堵混じりの佳奈多。だけれどもそれを聞いた美魚はやんわりと首をふる。
「それはちょっと違うのではないでしょうか、二木さん」
「西園さん?」
「確かに彼女は脈絡がありませんし、人の不幸を楽しむ悪癖もあります。静かに本を読んでいるのに大騒ぎするような空気読めない所もあります。更に規則を意図的に守らないといった破天荒な所も」
 そこでいったん言葉をきって、美魚は静かに目を閉じる。
「改めて最悪、ですね」
「悲しいから改めないでくれない?」
 呆れたように言う姉だが、否定はしないらしい。
「でも」
 代わりに否定の言葉を口にしたのは美魚。
「葉留佳さんは元気がいいです。びっくりする程行動力に溢れてて次に何をするのか分からないのは飽きませんし、どんな失敗をしても諦めないしめげません。それはわたしにもみんなにもない、葉留佳さんだけの美点です」
 クルクルと白い日傘を回しながら美魚は言う。ちなみにその遊ぶような傘の回転は、紙一重で大きな枝の隙間を抜けて小枝を弾いているのだが、それに気がつく人はいない。
「前言を撤回します。葉留佳さんは悪いところも多いですが、最悪ではありません」
 そう、と言ってから小さく言葉を続ける佳奈多。
「ありがとう」
「礼には及びません葉留佳さんは友達ですから」
 そしてそんな小さな声にもしっかりと受け答えする美魚。
「今の話、葉留佳さんには内緒ですよ。照れくさいですし、それに」
 なんとも言えない顔になる美魚。
「調子に乗られると面倒ですから」
 佳奈多の顔もなんとも言えないといった表情を作る。そんな風に雑談をしながら歩いていく二人から少し離れて、かなり真面目に探しているグループである理樹と鈴、そして小毬。3人はあっちこっち探しながらため息をついている。
「見つからないねぇ」
「うん、ちょっと無謀だったかもね。ここまで大変だとは思わなかった」
 この広大な敷地から落とし物を見つけるのももちろんながら、落とし物が何かというのが想像以上に辛い。もしかしたらそれと気がつかないで見落としている可能性すらあるのだから。
「そもそも落とし物がなにか分からないのに探すって方が変だろ」
 流石に嫌になってきた鈴の視線は理樹に向けられる。その視線の意味は別に非難の意味が込められている訳ではなくて、どーにかしろという意味。
「そうだね、一度戻った方がいいかも。それで送り主を探し出して、詳しい話を聞くとか」
「もうちょっと私たちだけで探そうよ〜」
 撤退の相談をしていた所に間延びした小毬の声が聞こえてくる。
「小毬ちゃん?」
「だって自分の名前も落とし物が何かも書かなかったんだよ? きっとあんまり人に知られたくない物なんだよ」
 不思議そうに首を傾げる鈴を、諭すように言う小毬。
「確かにそうかも知れないけどさ、いい加減キツくない?」
 疲れた顔の理樹だが、それでも小毬はにっこりと笑う。
「大変だけど、まだ元気があるから大丈夫。落とし物が見つかったらその子はきっと喜ぶから、そう思えば頑張れるよ〜」
 ふぁいと、おー! と元気を出す小毬につられて鈴と理樹も微笑を浮かべる。
「そーだな。もう少し頑張ろう」
「うん。大切な落とし物みたいだからね」
 そう気合いを入れ直した3人。ビダン!
「うえ〜ん。いたい〜」
「だ、大丈夫か小毬ちゃん!?」
「いたいけど大丈夫〜」
 そして更に次の瞬間には転んでいた小毬。前途は多難そうだった。
 彼女たちからちょっとズレた場所にいるのは来ヶ谷と真人、そしてクドとストレルカとヴェルカ。キョロキョロと周りを見渡しながら歩いていく。
「何も見つかりませんね」
 困った風な顔のクド。そも落とし物が何か分からないのも致命的だ。彼女の妹たちも困ったようにあっちこっちをうろついている。
「見つけたぁー!」
「本当ですか井ノ原さんっ!?」
「ああ、こんなものは見たことがないぜ。6.25キロの鉄アレイなんてな!」
「わふー。画期的過ぎる大切なものですっ!?」
「ほんと、見ていて飽きないよ、君たちは」
 恭介氏や謙吾少年だったら何を見つけてくるのだろうか? とか言いながらわんわん元気の空き缶をくわえてくるヴェルカを見る来ヶ谷。ちなみに彼女は姉貴分のストレルカに怒られてしょんぼりしている。
「しかしキリがないな、これは」
 比較的珍しく真剣に呆れ顔をする来ヶ谷。軽く辺りを見渡せば、視界一面の雑木林。
「仕方あるまい。少し本気になるか」
 こ、これは伝説のマッスルフルパワダー!? 伝説なのですかっ!? やべぇぜ、ここは宝の宝庫だぜ!! そんな声を全面的に無視して目を閉じて集中する来ヶ谷。そのまま前に2歩、左に7歩移動するとクワと目を見開く。
「ここだ。私の勘に間違いはない!」
 来ヶ谷の確信はこの上なく不安な確信で、
「いくらなんでもあの脈絡のなさと空気読めなさはなんとかして欲しいわ。疲れるし」
「でも、それがなくなると葉留佳さんではないと思います」
「はぅわ!」
「ああっ! 小毬ちゃんが転んで木に頭をっ!!」
「ちょ、すごい音がしたけど小毬さん大丈夫!?」
「聖地だ、筋肉の楽園だ。ここは筋肉の理想郷だぁー!」
「こっちには筋肉なレスラーのマンガがっ!」
「オンオンオン」
「わう!」
 そして全面的にグダグダな一行だった。

「ふぇ〜ん。いたい〜」
 もはや何度目かも分からない転倒をする小毬。
「だ、大丈夫か小毬ちゃん」
「大丈夫? 変なところをぶつけたりしてない?」
 そしてその度に心配そうな鈴と理樹が寄ってくる。
「うん。ありがとう〜」
 そんな二人に涙目だけど嬉しそうな笑顔を見せる小毬。そんな3人に、沈痛な面もちの他のメンバーが近寄ってくる。
「少年、鈴君、小毬君」
 先頭にいた来ヶ谷が表情そのままの口調で言う。彼女は上着を脱いでおり、それに何かを包んで腕に抱えている。
「ふぇ? ゆいちゃん、それにみんなもどうしたの?」
「大変な物を見つけた」
 小毬の声かけにも動じない来ヶ谷と、他のメンバーの固い顔に何か嫌な雰囲気を感じ取る3人。それに向き合うように、理樹が言葉を投げかける。
「どうしたの、みんな?」
「悲しくて怖いものが見つかりました」
 今にも泣きそうな顔と声で言うクド。そして言葉を継ぐのはこの上なく真剣な顔をした美魚。
「地面を掘っていた来ヶ谷さんが偶然見つけたものですが、これはショッキング過ぎます」
 そして視線は来ヶ谷へ。彼女は胸に抱くものに視線を落としながら言う。
「白骨した右手を発見した。しかも骨の切り口から人為的な事も間違いない。
 これは殺人事件かも知れん」
 来ヶ谷の言葉に反応できず、目を丸くした鈴と笑顔で固まる小毬。
「それ、本当?」
 確認するように聞き返す理樹と、それに頷き返す来ヶ谷。
「当たり前だ。こんな悪質な冗談は言わん。なんなら証拠の品を見るか?」
 上着に包まれたそれを揺らす来ヶ谷。理樹は、自分はともかく鈴と小毬は耐えられないだろうとすぐに判断した。
「いや、いいよ。警察に連絡は?」
「ええ、したわ」
 携帯を軽く振りながら返事をするのは佳奈多。
「じゃあすぐに学校に戻ろう」
 理樹は空を見上げる。林に覆われているけど、しかし漏れる光は赤い色。学校に戻るまでには夜になってそうな雰囲気だった。



 理樹の予想通りに学校についた時はもう星が出かけている時間だった。帰り道にかかった時間は少なかったけど、その間は終始無言。
「あ」
 そして裏庭についた時、ふとそんな声が聞こえてきた。見ればそこには両手を後ろに隠して、オドオドとした女生徒が一人。
「どうしたの?」
 やや固くなりつつ理樹が聞く。その声にますます体を縮こまらせた女生徒は蚊のなくような声で返事をした。
「あ、あの。今日、手紙を出した者なんですけど」
「あ、ああ」
 直前の衝撃的な出来事にすっかり頭から抜け落ちていた話だった。
「ゴメン、見つからなかったんだ。出来れば落とし物が何なのかとか、どこらへんで落としたのかとかを教えてくれないかな?」
 それを悟られないように苦笑いを浮かべて言う理樹に一瞬キョトンとした女生徒だったか、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いてしまう女生徒。
「そ、そうですよね。それをちゃんと言わないと分かりませんよね」
 ごめんなさいごめんなさいと繰り返し頭を下げるその女生徒に苦笑を漏らすみんな。
「右手なんです」
 だから、その言葉に上手く反応出来た人はいなかった。
「右手なんです、落とし物。大事な右手を、ずっと前に落としちゃったんです」
 恥ずかしそうに言う女生徒。そして後ろに隠していた手を前に差し出す。
 左手はあった。右手はなかった。
「もしかしてそれってよぅ」
 真人が来ヶ谷の方に視線を向ける。つられて全員の視線が来ヶ谷に集まる。来ヶ谷の胸に抱えられた、それへと。
「あ、私の右手」
 女生徒は花がほころぶような笑みを浮かべて来ヶ谷へと駆け寄る。
「ひっ」
 恐怖の声をあげて鈴は後ずさる。クドと小毬、真人も同じような反応。筋肉が通用しない相手にはどうにも出来ないとか考えているんだろう、きっと。
 そして女生徒は来ヶ谷の前まで来ると、ぺこりと頭を下げた。
「見つけて頂いてありがとうございます」
「あ、ああ」
 流石の来ヶ谷も冷や汗を浮かべながらそんな返事しか出来ない。固唾を飲んで見守る佳奈多と美魚、そして理樹。
「もう思い残す事はありません。本当にありがとうございました」
 女生徒はみんなを見渡してもう一度ぺこりと頭を下げると、とてとてと校舎の方へと歩いていく。そして校長室の窓の前でふっと消えた。

 しばらくは誰も動けず、誰も喋らず、時間が止まる。

「そう言えば」
 ぽつりと佳奈多が口を開く。
「前にあーちゃん先輩から聞いた事があるわ。10年くらい前、一人の女生徒の惨殺死体が校長室で発見されたって。
 けど学校がイメージダウンになるからって、極力話を広めないようにしたとか。聞いたときはよくある怪談話って笑い飛ばしたけど」
「本当の話、だったみたいだね」
 呆然とした理樹の言葉が佳奈多の声を継ぐ。
「ちなみによ、犯人は捕まったのか?」
 真人の声に佳奈多は首を横に振る事で答える。捕まってないのか、そこまでは佳奈多も知らないのか。
「10年一昔前と言いますが、私たちは一昔前の事さえ忘れてしまうんですね」
 悲しそうなクドの声に、こくこくと頷く小毬。
「ともかく、あの方が満足されたのならばいいのではないでしょうか?」
 そこに美魚が平坦な声で自分の意見を言う。
「あたしもそーだと思うぞ。ミッションコンプリートだ」
 複雑そうな顔で鈴も付け加える。ファンファンと、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。








































「ギャー! 罰掃除当番を抜け出した程度で警察呼ばないでよー!!」
「呼びません! 誰ですか警察を呼んだのは!!」
「僕じゃないですよ」
「私でもありません」
「俺じゃないって!」

「葉留佳さん、また抜け出したんだね」
「はぁ、あの子は全くもう」


[No.100] 2009/05/15(Fri) 16:02:50
色褪せていく写真 (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@2932 byte

 僕の家にはたくさんの写真がある。それは僕の生まれた時の写真とかもそうだし、お父さんとお母さんが結婚するまでの写真とかも家中に飾りつけられている。前に遊びに来た友達が、テレビで見たアメリカの家みたいだねって言っていた位、僕の家は写真だらけだ。
「お母さん、お父さん。なんでうちってこんな写真だらけなの?」
 ある休日。おやつを一緒に食べている時にふと思って聞いてみた。
「あ、それあたしも聞きたい」
 ぶっきらぼうに言う一つ下の妹。言うだけ言ってまたドーナツに手を伸ばしてぱくぱくと食べるその姿は正直兄としてどうかと思う。僕から見ても可愛い部類に入るんだから、せめてもっと愛想をよくすればいいのに。
 愛想よくしてどーすんじゃぼけとか言われるのが関の山だから何も言わないけど。
「写真、か」
 そんな僕の考えを知らずにお父さんが呟く。ちらりと横を向いてまた僕の方を見る。
「そうだね、強いて言うなら報告の為かな」
「報告?」
「そーだ」
 お母さんの言葉。お母さんもちらとお父さんと同じ方向を向いてからまた僕の方を見る。
「あたしたちは元気でやっているっていう報告だな。写真を飾っておけばいつでも見れるし、みんなも退屈しないだろ」
「ふーん」
 気の無い返事をする妹。そんな娘にお母さんはイタズラっ子っぽい笑みを浮かべる。
「例えば、あたしの可愛い娘はドーナツを食べるのに夢中だとかな」
 カシャリと甲高い音がする。見ればいつの間にかお父さんがカメラを構えてドーナツをパクパクと食べる女の子の方の姿を写真に残していた。
「なぁー!? 勝手に写真を撮るなぼけー!」
 当然の如く無防備な姿を撮られて怒りを露わにする妹。
「こらこら、そういう言葉使いは改めなさいっていつも言ってるだろう」
「あたしはお母さんの真似をしてるだけだっ!」
 お父さんの顔がお母さんの方へ向く。
「鈴、まだ直らないのかい」
 素知らぬ風にドーナツを口に運ぶお母さん。またカシャリと甲高い音がした。
「何撮ってるんだ、このばか理樹っ!」
「親子だね。食べ方も怒鳴り方もそっくりだよ」
 ぎゃーぎゃーとくってかかるお母さんを笑ってあしらっているお父さん。この写真は並べて飾ろうかとか言いだしたお父さんにすごい表情の妹も参加してくってかかる。
 その騒ぎから離れた僕はお父さんとお母さんが話をし始めた時に向いた方を見る。この部屋の一番日当たりのいい場所、そこに少し色褪せた写真が飾ってある。写真が飾られた部屋中を見渡せるような位置で、写真が部屋の中の風景が見渡せるような位置で。
「大切な友達だったんだ」
 お母さんの声。いつの間にかお父さんとじゃれあっていたお母さんは僕の後に立っていた。ちなみにお父さんと妹はまだじゃれあっている。
「だからみんながあたし達の事を忘れないように、いつも色んなものを見せて、いろんな話を聞かせてあげてるんだ」
 優しい顔でお母さんはその写真を見つめる。僕もお母さんに倣って写真を見つめる。
 陽溜まりの中で笑う人影。10人の男女がこっちに向かってポーズをとっていた。その中にはお父さんとお母さんの姿もある。ニヒルな笑みもあれば微笑もある、満面の笑みもあればイタズラっ子のような笑みを浮かべた人もいる。
 その姿を、お母さんは優しくみつめていた。ただ瞳だけが絶対に忘れないと厳しく写真に話しかけていた。

 色褪せていく写真は、それでも忘れないように過去を写し続けていく。
 僕にはお母さんたちの忘れたくない物が何かすら分からない。


[No.101] 2009/05/15(Fri) 16:51:39
忘れるよりも忘れさせてと忘れた貴方に伝えたい。 (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@8990 byte


 真白く他に染まることをしらないからこそ、どんな色よりも目に痛い。純白のウェディングドレスを身に纏って、しゃらりしゃらりと二人が歩いてくる。直枝理樹と、ヴェールに包まれた相手の女性。見渡してみると男三人の姿は見て取れて、そっちの選択肢はないのだな、と何だかよくわからない納得をする。二人が壇上にたどり着き、いよいよとヴェールの脱がされる時が来る。少しずつ上げられていく布きれ一枚。裏返る寸前のファンタズム。けれどその先は見たくなくて、見てしまいたくて、やはり私は眠りの泥から起き上がる。
 そんな夢。
 そんな希望。
 そんな絶望。
 忘れてしまおうなどと考えている時点で負け犬は確定だったのだろう。いや、犬ですらない。たぶん範囲の外にぴょいと飛び出してしまうのだ。恋だとか、好きだとか、そういう幻想の歯車から。忘れちゃえばいいと自分で言っている時点で忘れられないし、忘れちゃえばいいんですヨーなどと言われている時点で思い出しているのだから、そんなことを言ってくる相手も私も頭が悪い。ぶつけられた野球のボール、貸してみた文庫本、お裾分けしてみたサンドイッチ、その他諸々、忘却の彼方に沈むのにどれくらいかかるというのか。勿論、知ったことではないし、知ることも出来ない。忘れるのだから認識できないのだし、認識できている時点で忘れられていない。忘れたい、忘れたい、と思い続けて、気がつくことなく本当に消えてゆく。嗚呼、やっぱり負け犬。
 校庭の隅、夕暮れ時に伸びる影、染みついてしまいそうな朱い記憶。
 要するに、私はどれだけ諦めが悪いのだろう。



   ○



 鋭かったり鈍かったりする金属音と、グラブに飛び込むボールの音があちらこちらに広がる校庭の端、私も普段通りに日傘を差し、木の下でのんびりと文庫本を読んでいる。脇にはちゃんと救急箱を置いているのだから特に職務怠慢というわけではない。
「みおちーん、ズベシッとすっ転んで足を盛大にすりむいちゃったから、手当を一つ」
 職務怠慢したくて仕方がなかったが、文庫本から視線を上げるとそこには神北さんもいてしまったので、仕方がなく救急箱に手をかける。
「まず、唾でもつけておいてください」
「あ、あれ? それじゃあ、はるちんがここに来た意味ないよね?」
「冗談ですよ。今回は」
 あははー、と苦笑いして逃げる神北さんを視界の端に入れながら、差し出された患部に容赦なく消毒液を噴射する。まじまじ見ると本当に結構大きな傷だから、これは泣いてもおかしくないかもしれない。
「ぎゃー! 心の準備は? ねえ、カウントダウンとかそう言うのは!?」
「五月蠅いですよ」
「ぎゃー、ぎゃー……っていうかごめん、はるちんガチで痛くて泣きそうです」
泣かれてしまっては面倒なので、ガーゼを当てて余分にあてた分を吸い取ってしまう。ついでに周りについていた汚れを軽く擦って落としたら、意識はしていなかったけれど痛恨の一撃になっていたらしい。ぎゃーの音もない。
「はい、どーぞ」
 三枝さんが我慢しながらぐすぐすとしてしまって扱いに困っていた所に、神北さんが絶妙のタイミングで戻ってくる。神北さんの引き連れる乙女チックな甘い香りと、乖離した三枝さんの腹の虫。右手にティーカップ、左手にシュガーベーグルが各々に行き渡る頃には、いつも通りの三枝葉留佳に戻っていた。
「疲れた時は、やっぱり甘いものでしょう」
 ニコニコ笑顔で純真ミラクルな神北さん。正直なところ、ベーグル一つを食べきれるほどにお腹は透いていなかったのだけれど、そんなことは言い出せもしない空気があった。
 ぱくぱくと食の進んでいく私たちの上を、秋空を切り裂いて豆粒みたいな飛行機が飛んでいく。尾を引いて伸びる飛行機雲に少し暮れ始めた陽が当たっていて、少しずつ少しずつ綺麗な蒼穹が居場所をなくして、気がついた時には目の前に三枝さんの顔があった。
「みおちん、何か悩み事? この私が解決してさしあげようか? こう、ぐぐいっと」
 そんな力業で何が解決できるというのか。問題を解体して何が楽しい。いや、案外楽しそうな気もする。
「三枝さんには不可能ですね」
「ばっさりー」
 神北さんに泣きつきながら大げさに崩れ落ちていく。そもそも、三枝さんに無理ではなくて、ここにいる女性全員に解決不可能なのだ。たぶん。
「それにしても」と、けろりとした顔で三枝さんが言った。
「相も変わらず、仲がよろしいことですねー、あの二人は」
 そう言って向ける視線の先、マウンド上でここからでは聞き取れない会話を繰り広げている二人の影、飛行機雲を突き破った茜色の陽が強く強く降り注ぐ。青色は決して私たちの元に落ちてこない。
 そうだねー、そうですね、と賛同が続いて、全員揃ってのため息があふれ出る。刹那の静寂を狙いすましたように、ぼけー、と声が届いた。かけ声と同時、ぶん投げられたらしい白球もこちらへ向かってきて、二転三転とバウンドしてから、神北さんの横に転がった。
 神北さんはボールを取って直ぐに立ち上がった。
 しまったー、と私は思って、きっとそれが表情に少しは漏れてしまっただろうことにも後悔した。
「ごめーん」とまるで毒気のない表情で、直枝理樹がこちらに走ってくる。神北さんはボールを手に取ったまま、とてとてと二、三歩進んでみせた。
「りんちゃんと、どうかしたの?」
「いや、まあ、ちょっとね。しばらく走り回ってくるって」
「それじゃあ」と神北さんは言う。「帰ってくるまで、私とキャッチボールしよー」
 言うまでもなく、彼が断るようなことは有り得ないわけで、二人はグラウンドへと戻っていった。神北さん、一体いつの間にベーグルを食べきっていたのだろう。さっき見たときは半分は残っていたように思ったのに。
「みおちん」と呼ぶ声がした。
「何ですか?」
「こいつは、やられちまいましたねー」
 あいたたたー、と笑う三枝さんの表情には全く重大さはなくて、調子通りの軽さが鼻についた。
「随分、軽い感じなんですね」
「それは、私、すでにドロップアウトしてますから。ラブミリオネアは諦めたのですヨ」
 潔く、忘れた方が楽ちん。そんな台詞は誰もが知っていて、だから私の怪訝な視線はこの上のないものだったろう。
「私は、みおちんが居てくれればそれで問題ないのですヨ」
「……はい?」
 困った。どういう意味で取るにしても、私にそっちの趣味は今のところ開花していない。趣向としては大丈夫だから、蕾くらいの位置にいるとは思うのだけれど。
「忘れてしまえー、というのは流石に個人のものだから、言わないけれどね。取り敢えず、この場は私はみおちんの味方になっておこう」
 しかし、みおちん。こういうのは行動あるのみだぜ。無駄にビシリと決めたオーケーサイン。言い残して、三枝さんはまたグラウンドに駆けていった。ヘイヘイ理樹くーん、私も混ぜて混ぜて。阿呆みたいな声が大きく響き渡って、夕焼け空でボールもあまり見えなくなってきているのにキャッチボールは続いた。



   ○



 文庫本を読むことも出来ず、ぼんやりとしていると、太腿付近に鈍い痛みが走った。驚きと痛みに対する怒りをブレンドして視線を向けると、ころころと薄汚れた白球が転がっている。ささいな既視感は現実になって、記憶と現を交差させながら彼の声が近づいてくる。
「ご、ごめん、西園さん。どこか当たってない?」
「当たってます。打撲になったら責任取ってください」
 ボールの激突した部分を軽く手のひらで撫でる。つられるように降りてくる彼の視線。懐かしささえ感じる過去のリフレイン。じろじろ見ないでください。一言を合図に跳ねるように視線を戻す彼は、読み古した文庫のようには色褪せてくれない。
「今度、湿布を持ってくるよ」
 何処まで繰り返せば気が済むのか。
「いらないですよ」と素っ気なく返す。「救急箱に入っていますから」
「あ、そっか」
 本心から言った台詞だったらしく、所在なげに手が空中をうろうろとする。
「それより直枝さん、お腹空いていませんか?」
「いや、まあ、運動してたからそれなりには空いてると思うよ」
 腹部を軽く撫でながらの煮え切らない返事。それでも残り半分という分量を考えれば、丁度いい具合なのだろう。
「これ、食べてしまってください」
 食べかけですけれどと、差し出されていくシュガーベーグル。ぽろぽろと落ちた砂糖は夕日に焦がれて影に消えた。



   ○



 毛布にくるまってベッドの上で転がっていると、喧しい声で「みおちーん、みおちーん」と連呼された。センチメンタルの欠片もない壊れたレディオのように、ずるずるずるずると名前ばかりが繰り返される。
「五月蠅いですよ」
「うわ、それなら早いところで反応してくれればいいのに」
「面倒くさいですよ」
「ねえ、みおちん。はるちん立ち直れなくなるとしんどいので、そこら辺にしてあげて」
 無言のままに答えず、天使がお茶でも飲んでるかのような静寂。また名前を呼ばれて、先ほどみたいに連呼されるのも嫌なので視線だけをふいと向ける。
「何か、いいことでもあったの?」
「どうしてですか」
「何か、気配がニヤニヤしてる」
 普段はもっとねちょねばしてるのに、今日はちょっと違う。平素の私は一体どれだけ陰湿な妖怪なのだろう。少なくとも人間に当てはまるような描写ではない。君、ねちょねばしてるね。ほら、やっぱりこれはない。
「何でもありませんよ」
「本当に?」
「本当に」
 平静を装って反芻を繰り返しているのは、つい先ほどの夕暮れ時。手が汚れているのを気にしていたおかげで、普段はちぎって食べるけれど、今回はかぶりついておいて良かったと。そんなことばかり考えて、自分のことが心底気持ち悪い。
「あ、またニヤニヤだ、気配」
 ただ、彼はまるで既視感を得ていたような素振りはなく、私ばかり覚えていて彼はもうきれいさっぱり忘れてしまっているようで、いっそ殴ってでも思い出させたい衝動はあるけれど、取り敢えずは嬉しいので何も出来ない。こういう時、感情とかいうものがほとほと気色が悪い。
 ねちょねば、そんな描写は案外にぴったりなのだろうか。



   ○



 真白く他に染まることをしらないからこそ、どんな色よりも目に痛い。純白のウェディングドレスを身に纏って、しゃらりしゃらりと二人で歩いてゆく。直枝理樹と、ヴェールに包まれた視界。見渡してみるとリトルバスターズは全員珍しく落ち着いていて、後でどんな心境だったか尋ねてみたいなあ、と何だかよくわからない感慨に耽ってみる。壇上にたどり着き、いよいよとヴェールの脱がされる時が来る。少しずつ上げられていく布きれ一枚。たどり着きたいはずのシャングリラ。けれどその先は見たくなくて、見てしまいたくて、やはり私は眠りの泥から起き上がる。
 そんな夢。
 そんな希望。
 そんな絶望。


[No.102] 2009/05/15(Fri) 17:14:36
ツァラトゥストラが語った事はともかく奴は己が道を往く (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@11042 byte

 記憶喪失になりました。
 余りにも突然すぎて私自身も理解が追いついていないのですが、どうやら様々な過去の記憶を失ってしまったようです。名前は、覚えています。私の名前は井ノ原真人。間違いありません。その響きは確かに私の名前なのです。
 ですが、実感がありません。自分の名前に確信はあるのですが、困った事にそう呼ばれたところで、もちろん自分で呼びかけてみたところで、全く心は応答してくれないのです。雲の中に居るようなふわふわとした感覚でしょうか。しかし決して安らかではなく地に足の着かない不安がありました。
 怯えるように鏡に身を映してみます。屈強な身体つきの少年、それがどうやら私のようでした。失われていない記憶の何処かにそれを裏付ける根拠を見出したのか、不思議と親しみを感じました。確かめるように何度も触れてみましたが、違和感は全くありませんでした。これが私の身体なのです。
 それにしても何という筋肉でしょう。もしかしたら、私はボディビルダーだったのかもしれません。室内には怪しげな錠剤やドリンクがあり、自然に伸びる手が、それらが私の日常と共にあった事を示しています。
「しかし、私はどうして記憶を失ってしまったのでしょうか?」
「なるほど、これはキモいな」
「やっぱりキモいよね」
「キモいにも程がある」
 恭介さん、理樹さん、謙吾さんが口を揃えて言いました。
 どうやら私は皆さんを不快にさせてしまっているようです。恥ずかしさの余り身体をぎゅうぎゅうと小さくしようとしました。しかし筋肉が邪魔で、どうしても私の身体は大きなままです。
「その身体で縮こまるな。見苦しい」
「鈴が逃げ出すのも頷ける。あれはしばらくトラウマになるぞ」
「夢に出そうだよね。というか、悪夢そのものかな?」
 そうです。恭介さん達の他にも鈴さんという可愛らしい少女が居たのです。ですが、私がご挨拶をするとどうしてだか猫が威嚇するような声を上げて走り去ってしまったのでした。思い出すだけで、悲しさに涙を流してしまいそうになります。
 彼らはどうやら私のお友達のようです。それも、とても親しい。
 ですから尚の事、私は申し訳ない思いでした。私には彼らとの記憶がありません。何時、どのようにして出会ったのかも、どんな事を経験してきたのかもまるで思い出せません。
 私が井ノ原真人である事は確かなのです。ですが私は彼らの言う真人ではありません。
 まるで彼らと真人との間に割り込んでしまったように、繋がりを断ってしまったかのように思えるのでした。
「申し訳ありません、皆さん。私はどうすれば良いのでしょうか?」
「そんなの決まってる」
 恭介さんが力強く答えてくれました。
「まずはこの前貸した千円を返してくれ」
「ちょっと、恭介!」
「お金を借りていたんですか! 済みません、直ぐにお返しします」
 慌てて財布を取り出してみましたが、そこには百円玉が一枚と一円玉が三枚入っているだけでした。後は逆さにしても埃が落ちるだけで、どうやら私が酷く貧乏な人間だった事が分かります。
「済みません……手持ちがありません」
「真人、嘘だから。恭介酷いよ」
「ツマラン奴だな、理樹よ。ただのお約束じゃないか」
「こいつは本当に記憶を失ってるいるのか? 自分の名前を覚えているのはともかく、財布の場所を覚えていたようだが」
「日常的に繰り返されてきた行動の記憶は残っているんだろうさ。それに記憶喪失ってのは往々にして都合よく都合の悪い事だけを忘れるように出来てるもんだ」
 私には良く分かりませんが、恭介さんの言うとおり私はとても重大な事を忘れてしまっているのかもしれません。しかしどれだけ思い出そうとしても、私にはその片鱗さえ見つける事が出来なかったのです。
「気にするな。八十キロのベンチプレスを人差し指一本で、しかも立てた状態で持ち上げようとして頭に落としたんだ。そりゃ記憶喪失にもなるだろう」
「そんな事があったんですか!? だ、大丈夫なのでしょうか? 病院に行かなくて良いんでしょうか?」
「大丈夫だ。真人だからな」
「そ、そうです……か?」
 とても危険な事のように思えるのですが、私なら大丈夫だというのはどういう意味なのでしょう。気になりましたが、恭介さんはもちろん誰も答えてはくれませんでした。代わりに純粋に抱いた疑問を投げかけてみます。
「ですが、どうして私はそんな馬鹿な事をしていたんでしょう?」
「…………」
 どなたも沈痛な面持ちで、これにも答えてはくれません。
 きっと已むに已まれぬ事情があったに違いありません。例えばそう、誰か大切な人を人質に取られ犯人から要求されたとか、それとも実はベンチプレスが爆弾の起爆スイッチになっていて落とすわけにはいかなかったとか。
 まさかそんな訳もありませんが、それくらいの事情でもなければ、つまり自発的にはそのような愚かな行為するわけがないでしょう。
「そ、それで。恭介、何か案はないの?」
「案? なんだそれは」
「真人の記憶を直す方法だよ。このままじゃ幾ら真人でも可愛そうだよ」
 理樹さん……一番小柄でまるで少女のような顔をしたこの人は、真剣に私を心配してくれているようでした。彼と、彼らと一緒ならきっと大丈夫だと思えてきます。
 ですがそんな喜びはつかの間、謙吾さんは冷たい声で拒絶しました。
「すまん、理樹。俺は力になれん」
「どうして!?」
「俺にはこれがさほど悪い事だとは思えん。お前の邪魔はしないが、協力も出来ない」
「そんなっ、何を言ってるのか分からないよ! 真人が変になっちゃったんだよ? 謙吾はこのままでも良いの?」
「思い出さない方が真人にとって幸せなのかもしれんという事だ」
「そんなっ、それっておかしいよ!」
「かもしれん。だが、俺には無理だ」
 頑なな表情ではありましたが、私にはそれがとても痛々しく思えました。
 冷たく突き放すような言葉でしたが、きっとそれは私を思っての事なのでしょう。
 急に不安が大きくなりました。私は記憶を取り戻す事を望んでいましたが、果たしてそれが本当に良い事なのか、確かに分からなかったのです。私がどんな人間だったのか、どんな風に暮らしていたのか。それらを保証してくれるものなどありません。記憶が失われた今、戻る事が最善であるとどうして言い切れるのでしょう。
 それでも理樹さんは、そんな私の代わりに怒ってくれています。
「謙吾っ! もうっ良いよ! 恭介ならなんとか出来るよね?」
「そうだな……しかし理樹、そんなに急ぐ必要もないんじゃないか? 確かに限りなくキモいが、これはこれでも面白いじゃないか」
「お、面白いって……」
「このキモさはなかなか斬新だぞ。アルパカみたいにキモかわいいキャラで売り出すチャンスかもしれん」
「そんなっ! どうしてだよ、謙吾も恭介も! 二人とも酷いよ!」
 理樹さんは悲しそうにお友達を責めています。
 ですが私には、そんな彼を止める事が出来ませんでした。
 理樹さんの怒りを真正面に受けながらも耐えているお二人の姿を見てしまったからでしょう。結局物別れに終わり、理樹さんだけが残りました。理樹さんは私の記憶を取り戻すため試行錯誤してくれましたが、全ては無為に終わりました。
 その時、私は気付いてしまったのです。この可愛らしい人は、とても弱い存在なのだと。それでも必死に考えてくれています。私のため、思ってくれています。それが嬉しく、そして残念でならなかったのです。
 何故そのように思うのか、私はずっと考えていました。すっかり夜の帳が下りて、二段ベッドの上に横たわるに至っても、脳は考える事を止めてくれません。蛍光灯は消されカーテンも閉められた部屋は天井さえ見えないほど真っ暗で、それが更に私を孤独にしていたのかもしれません。
 先ほどから虫が気になって仕方がないのです。振り払う事の出来ないそれらのざわめきが耳の内側に響いています。きっとそれは脳みその中に巣食っているのでしょう。しかし小さな節足にしては、本当に五月蝿いのです。
 遠くから、あるいは近くから、理樹さんの寝息が聞こえていました。
 それがまるで泣き声のようで、心がざわざわとしました。聞くたびに落ち着かなくなり、身体が自然に動き出したのです。堪えるように寝返りを何度繰り返したでしょうか。しかしそれはベッドを軋ませるだけで、何の役にもたってくれません。
 私は考えました。
 記憶を失った私は、井ノ原真人です。
 ですが記憶を失う前の真人は、居なくなってしまったのでしょうか?
 きっと違います。今はただ何処か奥深くに押しやられているだけで、そんな彼がドアを突き破ろうと暴れているのです。虫の音はきっとそんな私と私の軋みだったのでしょう。そのように私は思いました。
 私は部屋を飛び出しました。暴れる心を身体に乗せると、全ての歯車がぴったり合わさったように自然と足が動きます。力が溢れてくるようで、このまま朝までだって走り、飛び跳ね、転がり続ける事が出来るように感じられました。
 屋外へと伸身宙返りで躍り出ると、空には月がありませんでした。そして地上に猫が居ました。彼か彼女かは荒れ狂う私に驚く事もなく、にゃあと鳴きました。私はそれに「がおー」と答えます。
「にゃにゃ〜」
「ぐほー」
「にゃにゃ、にゃん?」
「くっくどぅー」
「にゃ!」
 ついて来い、と言われたように思いました。それを証明するように猫はとことこと軽い足取りで進んでいきます。猫の後を追って行くと、やがて人影が見えました。世界は暗く僅かな陰影だけが頼りでしたが、私にはそれが誰なのか分かったのです。
「恭介、さん」
「まったく、難儀だな」
「え? なんですって?」
「いや、こっちの話だ。それで、お前はどう思ってるんだ?」
 何を問われているのか、私には分かりました。
「お前には必要ないのかもしれないが、一応先に言っておく。確かに今のお前は俺達の知ってる真人じゃない。だが、それは問題じゃない。たかがそれくらいで俺達はお前を見捨てたりしない。理樹や鈴も分かってくれる。新しい、限られているかもしれないが特別な未来がある。井ノ原真人って名前に縛られてしまうのなら、別の名前で呼んだって良い。女性陣がきっと素敵な名前をプレゼントしてくれるぞ。きっとそれはとてつもなく愉快なものだ。何も、無理をする必要はない」
「それで、良いんでしょうか?」
「良いのさ。だって俺達はリトルバスターズだからな」
 その響きが、とても遠く感じられました。
 私にはそれが非常に大切なものであると分かったのです。そして同時に、私にはまったく覚えがない事も。それはきっと、濁流の中溺れる私に指し伸ばされた優しい沢山の手だったのでしょう。その手を掴めば私は救われるのです。それが許されているのです。
 しかし私は、当然のように首を振ったのでした。
 私の決断はとっくの昔に、恐らくは記憶を失う以前から、下されていたのです。
「理樹さんが悲しんでいました」
「…………」
「恭介さんの言うとおり、思い出す事が唯一の答えなのではないのかもしれません。ですが私には、それがどうしても許せないんです」
「そうか。お前は本当に変わらないな」
「記憶を失う前の私と変わっていませんか?」
「変わっている。だが違うのさ。変わらないのは根っこの部分だ。お前は何があったって、きっと何度だって、何百回だって同じ事を繰り返すんだろう。偶然という迷路だってお前は真っ直ぐ進んでしまうんだ。壁をぶち破りながらな」
「なんだか馬鹿みたいです」
「馬鹿なんだよ、お前は。けどその真っ直ぐさに、理樹だけじゃない、俺や謙吾だって救われてるんだろう」
 恭介さんは表情を崩して笑ってくれました。
 それがきっと私の最後の不安を取り除いてくれたに違いありません。
「さて、そうなると……ちょっと痛いが我慢できるよな?」
「痛いんですか?」
「記憶喪失には昔からショック療法と相場が決まっているんだ」
「そういうものなんですか〜」
「ああ、お約束って奴だ。この世界は、そういうもので出来ている」
 なるほど、それなら我慢します。
 私は眼を瞑り、そしてその時を待ちました。
「真人、最後までやり遂げよう。たとえ……何があろうとも」
 どうか、本当の私。
 いいえ、もう一人の私。
 貴方が優しい彼らの助けとなってくれますように。
 悲しみから救ってくれますように。
 なんて……きっと言われるまでもねぇって、貴方(わたし)は答えるんでしょうね。
 恭介さんが言うとおり、私達は何度繰り返したって、同じ場所に辿り着くんでしょう。
 今はただ、それが、とても、嬉しい。




 ガタゴンとバスが揺れた。
 何が起こったのか分からねぇ。
 だが傾き始めた景色が、ヤバイ状態だって教えていた。
 ポテトチップスの最後の一枚を謙吾と奪い合っている最中だった。
 だからマジでどうしたら良いのか分からねぇ。
 そんな時だった。
 頭の中で誰かが叫びやがった。
 理樹を守ってやれとか、そういう内容だったと思うが、そんなのはどうでも良い。
 言われるまでもねぇ。
 驚いた顔のまま、無防備に硬直している姿が、それだけが見えた。
 オレはただ、そんな理樹を抱え込んだ。
 それは何よりも自然で、オレにとって唯一の選択だった。
「理樹、守ってやるぜ」
 そして、


[No.103] 2009/05/15(Fri) 21:46:26
百合少女ーガチレズガールー (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@20252 byte

 突然だけど、私は西園美魚ちゃんのことが好きである。ライク的な意味じゃなくて、ラブ的な意味で。とりあえず恋の相談といえばじょしこうせーの定番なので、友人のこまりんに相談してみた。美魚ちゃんって可愛いよね。ふぇ、美魚ちゃん? うん、可愛いね〜。だよね。ちっちゃい背とか、ちんまい胸とか最高だよね。ああ、後、美魚ちんってさ、肌凄くスベスベで触ったら気持ちいいんだ。頬とかもういつまでもプニプニしていたいですヨ。というか唇もいいよね。まるでサクランボみたいに小さくてツヤツヤしてて、食事中とかあの唇の中に食べ物が吸い込まれていくの見てると、はるちんなんか変な気分になっちゃいますヨ。そこまで言ったところで、隣を見るとこまりんはいなくなっていた。なんでだ。
 仕方がないのでこういう系統の専門家である姉御に相談してみた。美魚ちん、あいらびゅー。ふむ、しかし全ての可愛い女の子は私のものだ。故に美魚君も私のものだ。なんだと、こんちきしょー。勢いに任せて姉御に踊りかかってみた。負けた。なんでだ。
 そんなこんなでバスターズの皆に相談したところ、全滅だった。というか変な目で見られた。なんでだ。これでも好きになった理由はちゃんとあるのに。
 あれはそう私が食堂のおばちゃんの手伝いをしている時のこと。私が紙パックの牛乳をちょっぱって飲んでると、ふらりと美魚ちんが飲み物を買いに来た。こいつぁ、いけねぇ。親友の中の親友。通称、超親友であるこのはるちんが、飲み物をお裾分けしないと。約0.2秒(気分的に)で結論を出した私は牛乳をちゃぷちゃぷ揺らしながらダッシュした。はろー美魚ちん。私と生臭い仲になろうぜー。そんなことを叫んでみたところ、美魚ちんったら驚いたらしく財布から出したばかりの硬貨を落としてしまった。なんとなく硬貨の行き先を追っていると、なんと私のほうに向かってくるではないか。ふっふー、これを拾って友情ポイントゲットですヨ。とか思っていたら、いつのまにか硬貨と足の裏がドッキングしていた。ぐらりと体が後ろに倒れそうになる。硬貨如きに、このはるちんが負けるかーとか思ってみたけど、敵は万有引力とかなんかそんな感じのものを味方につけてらっしゃった。ばたーんと派手な音を立てて私は尻餅をついた。三枝……さん? 打ったところを摩っていると聞き馴染んだ声が聞こえてきた。けど、なんか変に押し殺したような声で迫力があるんですけど。およ? そういえば私の牛乳は? キョロキョロと首を動かしてみたところ、私の休み時間の友、牛乳さんは超親友であるところの美魚ちんに中身をぶちまけていた。頭から。
 美魚ちんの頬を白い液体がつーっと滴り落ちる。とりあえず尋ねてみる。おいしい? うふふ、三枝さん。あれ? 美魚ちんったら笑ってる? なんだ怒ってないじゃん。さすが超親友。このぐらいで私達の友情にヒビは入らないのだ。私は美魚ちんに向けてにっこり微笑んだ。美魚ちんもにっこり微笑み返してきた。どこからか取り出したライトセイバーを持って。いやいや、美魚ちん、それなに? うふふ、人は怒りが頂点に達すると笑えてくるというのは、ホントのことだったんですね。え、頂点? 真人君風にいうなら有頂天に達しちゃった? はい、それはもう。今から謝ったら許してくれる? 美魚ちん、更ににっこり。ダメです。そうして美魚ちんはライトセイバーでビスビスと叩いてきた。うふふっとか笑いながら。なんかちょっと楽しそうだった。最初は痛かったけど、なんか美魚ちんが楽しそうにしているものだから私も楽しくなってきた。というか美魚ちんの笑顔が素敵に見えてきた。端的に現すとゾクゾクときてキュンときた。
 こうして私は美魚ちんに恋をした。ちなみに私は、Mではない。






 初夏の気持ちいい日差しが降り注いでいる。美魚ちんは今日も今日とて中庭で、ご飯を食べていた。今日はサンドウィッチらしい。双眼鏡で拡大された視界に、ハムと野菜の色合い鮮やかな食材を挟んだパンが見えた。どうやらパン物、ご飯物と交互に作ってるらしい。ここ一週間ぐらい美魚ちんの後を付回した私がいうんだから間違いない。ちなみにはるちんの辞書ではストーカーと書いて恋する乙女と読む。美魚ちんが膝に置いた本に視線を向けたまま、小さな弁当箱からサンドウィッチを一切れ取った。そのまま小さな口を精一杯開けながらパンを噛む。桜色に色づいた唇が白いパンを変形させていく。半分も口に入れないうちに噛み切るとこくんと、小さな白い喉を鳴らして飲み込んだ。口元に残ったパン屑を小さく舌を舐め取っていく。さくらんぼのような唇の上を、りんごのように赤々とした舌がなぞって行く。はるちん、うっとり。そこで自分に突き刺さる視線に気づいた。双眼鏡を上にズラしてみると、凄く嫌そうな顔をした美魚ちんと目が合った。とりあえず手なんか振って見る。あ、ため息付かれた。
「何をしてるんですか、三枝さん?」
 美魚ちんはそれはもう素晴らしいぐらい冷たい視線で迎えてくれた。ちょっと心がキュンとなった。
「三枝さん?」
「や、やはは、なんでもないですヨ」
「そうですか。でしたら先ほどは何をしていたんですか?」
「別に何も?」
「何もしてないのに、双眼鏡なんて持ってるんですか?」
「ああ、これはあれですヨ……」
 愛しの君を見ていたのさ! 歯をキラリと輝かせる。私のことですか? もちろんそうですヨ。そんな恥ずかしいです。美魚ちんが頬を仄かに赤らめながら体をモジモジさせる。ふっ、何も恥ずかしがることはないさ。さぁ、行こう。どこへですか? 二人の理想郷を作りにさ! 約0.5秒(やっぱり気分的に)でそんな妄想を繰り広げてみた。色々なものの乖離っぷりに自分でも怖気が走った。というか最後ぐらいから完全に私じゃないし。
「もしかして……」訝し気な視線を向けてきていた美魚ちんが、持っていたサンドウィッチを掲げた。「これですか?」
 コクンと首を傾げる美魚ちん。
「お腹、空いてるんですか?」
「んー、別にそんなこともないようなこともないような気がしないでもないですヨ」
「どっちですか?」
「食べていいの?」
「はぁ、どうせ余らせてしまいますし」
「んじゃご馳走になりますヨ!」
 きょほーとか奇声を上げんばかりの勢いで美魚ちんの隣に座り込む。そのまま美魚ちんの持っている食べかけのサンドウィッチに齧り付いたりしてみる。一緒に、美魚ちんの指にも齧り付いちゃったけど気にしない。むしろこれ幸いですヨ! とか思いながら美魚ちんの指を舐めてみた。スベスベとした感触が大変心地よかった。咀嚼しながら美魚ちんの顔を見てみると、とても嫌そうな顔で睨んでいた。そのままハンカチを取り出すと私の唾液が付いた指を拭いていく。
「三枝さん……」
「美魚ちんさっき食べていいって言ったよね?」
「言いましたが、何もわたしの食べかけを選ぶことはないでしょう。というか近いです」
「え、そうかな? これぐらい普通ですヨ。スキンシップ、スキンシップ」
 上半身を必死に逸らせている美魚ちんに向けて首を傾げてみせる。まぁ、実際、近いけど。私と美魚ちんは隙間もないほど密着していた。顔に至っては10cmぐらいしか間隔がない。つまり美魚ちんが何か喋る度に、ぷるりと瑞々しく震える唇をこれでもかと見ることが出来た。おまけに吐息まで掛かってくる。ふっふっふー。女の子同士ならスキンシップの名の元になんでもオーケーになるのですヨ! というわけで美魚ちんにしな垂れかかって見る。
「これは新手の嫌がらせでしょうか?」
 美魚ちんはプルプルと震えながらぽつりと吐き捨てるように呟いた。何故か美魚ちんの視線は私の胸元に注がれていた。今、私のそれなりに育った胸は美魚ちんの二の腕にぎゅっと押し付けられている。私はニンマリと口元を緩めると、美魚ちんに向かって微笑みかけた。何か嫌な予感でも感じたのか、美魚ちんがこれまで以上にぐーっと上半身を逸らす。
「ねぇねぇ、美魚ちん、嫌がらせって何?」
「……なんでもありません」
「そかそかー。美魚ちん気にしてたんだね」
「わかってて聞くなんて、すごく……人でなしです」
「やはは、大丈夫ですヨ! 美魚ちんの夢色乙女街道一直線な悩み、このはるちんが解決してあげますヨ」
 いいながら体を美魚ちんの背後へと滑り込ませる。漸く私の言った意味に気が付いたのか、美魚ちんがじたばたと暴れ始めた。しかし、もはやはるちんは止められないのだ。おもむろに美魚ちんの胸に手を添えてみる。「んっ!」という可愛らしく押し殺した声と共に美魚ちんの体が跳ね上がった。
「三枝さん、なにするんですか?」
「え、だから揉んで大きくして上げますヨ」
「結構です。今すぐ離して下さい」
 振り返って私のことを見つめる美魚ちんの瞳は、それはもう釘でも打てるんじゃないかってぐらい冷たかった。しかも押し殺した声で喋るものだから、凄く迫力がある。そうあの白い液体を浴びた日の美魚ちんのように。ゾクゾクと来た。来たのでワキワキと腕を動かしてみた。むっ、なんかあんまり感触が。こんちきしょー、この布邪魔だぞー。とりあえず更に力を入れてみる。あ、なんかふにっとした感触が若干。おお、なんか美魚ちんの耳が後ろからでも分かるぐらい真っ赤に。とりあえず噛んで見た。「んっ、や!」なんて奇声を上げて美魚ちんが体をくねらせる。
「離して下さい!」
「えー、もうちょっといいじゃん。スキンシップですヨ」
「楽しんでいるのは三枝さんだけじゃないですか!?」
「私は美魚ちんの為を思ってやってるんですヨ!」
「でしたら離して下さい。次の授業に間に合わなくなります」
「次? 次ってなんだっけ?」
「体育です!」
 体育ですと!? 私の頭の中にスパッツをはいた美魚ちんの映像が浮かぶ。ぴっちりとした黒い布地に包まれた決して肉付きはよくない美魚ちんの太股。白と黒とのコントラストの上を汗がつーっと伝っていく。ああ、いい。その隙を付いて美魚ちんが逃げ出されてしまった。少し走ったところで乱れた制服を直すと大きく息を吐く。それからきっと睨みつけてきた。その目には涙が浮かんでいたりなんかした。そのまま美魚ちんは校舎のほうへと駆け出した。
 私は、その後ろ姿を見ながら腑に落ちないものを感じていた。美魚ちんが泣くところなんて見たことなかったから、罪悪感を感じてるのかなっとか思ったけどどうもしっくりこない。私は美魚ちんの座っていたところに座りなおすと、その理由を考え続けた。
 あ、美魚ちんの体温の名残があって暖かい。






 昼下がり。頭上ではモチベーションが下がったらしい太陽のあんちくしょーが傾き始めていたりする。そのせいか、学校中どこか気だるげな雰囲気に包まれていた。それはグラウンドで今、授業を行っているクラスも一緒だった。どうやら今日はマラソンらしい。双眼鏡で覗く私の眼に、ダラダラと走る皆の姿が見えた。あ、こまりんみっけ。皆がやる気なく走っている中、真面目に走っているっぽい。でもこまりんはこまりんでありこまりんでしかないわけで、あっさり抜かれていた。あ、スピード上げた。あ、転んだ。見事なほどの空回りっぷりだった。今度から空回りんって呼ぼう。まぁ、こまりん……じゃなかった空回りんはどうでもいいとして。
 私は視線を空回りんの後方へと移動させる。そこには最近、体育に参加し始めたラブリー美魚ちんがいた。美魚ちんは、苦しそうに息をしながら覚束ない足取りで走っている。その顔は上気し、苦しそうに歪んでいる。限界だったらしくその場で立ち止まった。そのまま空を仰ぐように顔を上げると息を吐いた。私はここぞとばかりに双眼鏡の脇についたノブを回し最大望遠にする。その精度たるや、教室にいながら美魚ちんの表情を完全に見ることが出来る。無駄にハイテク装備が満載な双眼鏡だった。
 少し前、授業をサボって廊下を歩いている時にいた女の子に話しかけたら「ええ、そうよ。スパイなのにあっさり一般生徒に見つかったわよ。笑えるでしょ? 笑いたいんでしょ!? 笑えばいいじゃない! あーっはっはっはっはふえーん!」とかワンブレスでいいながらバックを落としていった。その中に入っていたのだけれど、このハイテクっぷりを見るに本当にスパイだったんですかネ? まぁ、いいや。美魚ちんの愛らしさの神秘に比べれば、スパイぐらいいても不思議じゃないし。

美魚ちんは未だ上を向いたまま荒い呼吸をしていた。頬を伝った汗が、美魚ちんの真っ白い鎖骨へと落ちていく。白い肌に出来た陰影を通り、そのまま汗は体操服の内側へと吸い込まれていった。美魚ちんが呼吸するたびに体操服の内側にある慎ましやかな胸が僅かに上下していた。私は食い入るように美魚ちんの姿を見続けていた。と、ふいににゅっと黒く長い髪が割って入ってきた。こんちきしょー、邪魔だぞぅとか思って、双眼鏡を動かすとニヤニヤしている姉御がいた。姉御は胸元からデジタルカメラを取り出すと見せ付けるように軽く振る。それから奇妙にキビキビした動きで両腕を動かし始めた。え、ブロックサイン? 
 
ワタシ、ミオクン、トル。オマエ、パンツ、ヨコス。コノヨ、トウカコウカン。

 なんか解読したらそんな感じになった。姉御は姉御すぎるぐらい姉御だった。これはいくらなんでも乙女であるはるちん、調著しちゃいますヨ。でもそんな要求をする姉御だからこそベストアングルの撮影が期待できる。いや、でも愛しの美魚ちんのそんなあられもない姿を姉御に見せるだなんて。頭を悩ませていると再度、姉御が奇妙な動きをし始めた。えーっとなになに。チナミニ、キョヒケンナイ。なんでだ。ダマレ、マケイヌ。負け犬言われた! というか私は何も言ってないのに、どうして意思疎通が出来ているんだろう。気にしないことにした。まぁ、姉御だし。深く考えるとなんかヤバ気な組織に狙われそうなので考えないようにしよう。忘れよう。忘却しよう。
 仕方ない。私も女だ。パンツぐらいなんだ。美魚ちんの写真のためならそれぐらいどうってことないですヨ! リョウカイシタ。思ったと同時に姉御がブロックサインを送ってきた。いや、いくらなんでも早過ぎですヨ? 
 顔を引きつらせながら見てみると美魚ちんが姉御に話しかけた。まぁ、目の前であんな奇妙な動きを続けられたら当たり前だけど。美魚ちんは姉御と少しだけ話すと、ついっと私のほうを見上げてきた。電光石火の勢いで隠れてみた。今、自分がいる教室を見渡す。人は誰もおらず、代わりに机には制服だけがぽつねんと置かれていた。私は今、授業をサボって美魚ちん達のクラスにいたりした。ちなみに例によって風紀委に追いかけられていたところ、やもなく身を隠しただけである。狙ったわけじゃない。というか狙ってたりしたらただ変態ですヨ。うんうん頷きながら、私は窓から離れる。そして美魚ちんの席までいくと、そっと机の上にある制服に触れた。あ、まだ仄かに暖かい。私は美魚ちんの制服を持ち上げた。それを鼻先にぎゅーっと押し付けてみたりする。洗剤の匂いと石鹸の匂い、色々な匂いがない交ぜになったものが私の鼻腔を通り過ぎていく。私は大きく息を吸うと、それを肺の中へと導いていく。
「美魚ちんの匂いだー」
 呟いてみる。とても幸せな気持ちになれた。そのままぎゅーっと制服を強く抱きしめてみた。口元が緩んで仕方なかった。と、その時、ガララというドアの開く音がした。首が折れそうな勢いで、そちらを見ると何故か美魚ちんがいた。美魚ちんは私は一瞥すると首をコクンと傾げた。あ、可愛い。
「三枝さん?」
「は、ハロー、美魚ちん」
「何をしてるんですか?」
「み、美魚ちんこそどうしたの? まだ授業中ですヨ?」
「わたしは来ヶ谷さんに、三枝さんが教室にいるだろうからあるものと貰ってきてくれと言われたのですが……」
 あんちくしょー。即日、受け取りですか。私はグラウンドにいるであろう姉御へと恨めし気な視線を向けようとした。けれど美魚ちんの「三枝さん」という声で固まった。えーとえーと、こういう時はあれですヨ。ってこんなときの対処法なんて知らないですヨ! 
「それで、何をしているんですか? それわたしの制服ですよね?」
「えーと、これはあれですヨ。ボタンが解れてたから直してあげようかなって……」
「はぁ……授業中にですか? それに先ほどの三枝さんはわたしの制服を、その抱きしめているみたいに見えたのですが」
「え、えぇ? そうかなぁ。美魚ちんの気のせいじゃない?」
 言いながら視線を忙しなく辺りに動かす。さぁ、今こそはるちんズブレインを生かす時。ほら早く、私に素晴らしくこの場を切り抜ける方法を。とか思ってもはるちんズブレインはまったく機能する様子もなかった。むきー、この駄脳めー。自分で思って少し悲しくなった。
「三枝さん、今日のあなた、少し変ですよ? 昼休みの時もそうでしたし」
「えーと、だからそのそれはあれですヨ」
「あれ?」
「うん、えっと……美魚ちん、好き!」
「……はい?」
 まったく廻らない駄脳が出した結論は、まさかの告白だった。さすがはるちんズブレイン。予想の斜め上を行ってくれますヨ。言われてほうの美魚ちんはといえばこれでもかと首を傾げていた。そのまま一度、瞳を伏せた後、私のことを見詰めてきた。
「……それは友人として、という意味ではないですよね?」
 言いながら美魚ちんは視線を私の顔と自分の制服へと交互に動かす。とりあえずニヘラっと口元を緩めながら制服を机に置いてみる。数秒か。または数分経ったのか。無言の時が過ぎた。心臓がバクバクとうるさい。美魚ちんの琥珀色の瞳が私のことを見つめていた。ああ、もう美魚ちん可愛いなこんちきしょー! 私は元来、沈黙に耐えられない人間なのである。はるちんは沈黙が嫌いなのである。はるちんの天敵は沈黙ですと公言して廻ってもいいぐらいなのである。なんかそれすると長髪を後ろでしばったごついオッサンまで敵に回しそうだけど、そこら辺は真人君でもけしかけて置こう。うん、そうしよう。さっきまで壊れかけたの自動車のエンジンよろしく回らなかったはるちんズブレインは、今、無駄にフル稼働していた。ぶっちゃけ、私は混乱していた。
「三枝さん……」
「な、なに?」
「本気ですか? というより正気ですか?」
「失礼な。はるちんは、いつだって正気ですヨ!」
 いや、混乱してるけど。
「だって好きなんだもん!」
「わたし達、女性同士ですよ?」
「そんなの関係ないですヨ。美魚ちんも男×男、好きじゃん!?」
「……それは、そうですが」
 美魚ちんが困ったように唇を噛んで、視線を忙しなく動かす。なんか若干、怯えているっぽかった。
「少しお聞きしたいのですが、その……先ほどわたしの制服を抱きしめて、いえ鼻に押し付けていたように見えたのですが、あれは……」
 美魚ちんがまっすぐ私のことを見詰める。琥珀色の瞳が、揺れていた。なんか若干、怯えられてるっぽかった。私は、はてっと首を傾げてみる。小動物みたいに怯えている美魚ちんは、凄く可愛い。可愛いんだけれど、なにかがしっくりこなかった。理由を考えてみるけど、さっぱりわからない。それよりも今は怯えているっぽい美魚ちんになんて言い訳するか考えないと。さぁ、さっきからフル稼働し続けているはるちんズブレイン。今こそ、ナイスでグッドな言い訳を!
「だって良い匂いなんだもん!」
 告白に続いて出たのは、やけっぱちだった。どこまでも斜め上をいくはるちんズブレイン。誰だー。こんな脳に育てた奴はー。私だった。
「それは」若干、引きながらもきっぱりという美魚ちん「洗剤の匂いです」
「違いますヨ!」
「違いません」
「私は美魚ちんの匂いが好きなんだもん! だって美魚ちんが十日ぐらい着替えなった服の匂いとか嗅ぎたいもん!」
 気が付いたらとんでもないことを口走っていた。無言の時がしばらく流れた。美魚ちんは当たりを見回すように、ぐるりと目を動かした。それからゆっくりと息を吐く。堪えきれずに私がフォローの言葉を入れようとした瞬間、美魚ちんが駆け出した。それはもう脱兎の勢いで。
「ちょ、待ってー! 違う違う。今のノーカン!」
 叫びながら追いかける。
「って、早っ!?」
 教室を出て、廊下を走っているだろう美魚ちんの姿を見て驚く。教室から出るまで数秒ぐらいしか経ってないはずなのに美魚ちんの姿は、遥か遠くにあった。遥か? ハルカ……はるか。はっ、これはもしや美魚ちんの無言のメッセージ!? 「うふふ、わたしの返事が聞きたかったら追いかけてきて下さいね。葉・留・佳」とかなんかそんな感じの。はるちんズブレインはフル稼働のし過ぎでオーバーヒートした模様。漫画とかだったら耳から煙とか出てると思う。
 わーふー、待つのですー。脈絡なくどこぞのひんぬーわん子の真似をしながら追いかける。あ、美魚ちんが振り返った。なんか表情が物凄い必死だった。美魚ちんがまた速度を上げる。けれど、それも長くは続かなかった。元々、美魚ちんは運動があまり得意ではないはずで、加えて既に体育で結構な距離を走っているのだ。美魚ちんの軽快に廊下を踏みしめていた足が、段々覚束なくなっていく。ふっふっふー。美魚ちん、敗れたり! 私はポケットからありったけのビー玉を取り出すと、どっせーいとかいいながら廊下にばら撒いた。勢いよく転がっていくビー玉は前方へと扇状になりながら広がっていく。それに気がついていない美魚ちんの足が、すぐ真下にきたビー玉を踏んだ。バランスを崩した体がぐらりと揺れた。これぞ、勝機! とか思いながら美魚ちんへと飛び掛る。
「くらえー、はるちんギャラクティックラグビングエキセントリックタックル!」
 叫びながらラグビー部よろしく美魚ちんの腰目掛けてタックルをかましてみた。そのまま重力に従って二人もつれ合いながら倒れる。バターンとかビターンとか、そんな感じの音が辺りに響き渡った。驚いた徒達が、何事かと廊下に顔を出す。とりあえず手をヒラヒラと振っておいた。生徒達は「なんだ、三枝かー」とかいいながらすぐに顔を引っ込めた。とても釈然としないものを感じたけれど、今はそれどころではなかった。私の目の前には黒いスパッツに包まれた美魚ちんの太股があった。なんとなくほお擦りしてみる。少し汗ばんだ、きめ細かい肌の感触が大変心地よかった。ふ、ふふ。ふいに押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
「う、うふふふふふ」
「み、美魚ちん?」
 私は突然、笑い出した美魚ちんの顔を覗き込む。美魚ちんはゆっくりと立ち上がると、私のことを見つめてきた。その表情は笑顔だった。それはもう素敵なほどの。けど、目だけが、冷たかった。何故だか、その目を心臓が高鳴った。
「三枝さん?」
「は、はい!」
「そんなにわたしのことが好きですか?」
「え、う、うん」
「そうですか。それでしたら行きましょう」
「え、どこへ?」
「購買部です。たしか今日はバナナが売っていたはずです」
「ば、バナナをどうするの?」
「本当はきゅうりこそが至高だと、わたしの内の何かが囁きますが今日のところはバナナで代用しておきましょう」
 意味不明なことをいいながら美魚ちんは私の襟を掴むと、そのまま引きずり始めた。その間も口元を三日月形に開いて、なんか凄く楽しそうだった。
「ああ、どうしてわたしが三枝さんごときから逃げ回らないといけなかったのでしょう。最初からこうしてればよかったんです」
「み、美魚ちん、急にどうしたの? ていうかキャラ変わってない!?」
「気のせいです。ええ、でも三枝さんに感謝しなければいけませんね。今、とても清清しい気持ちです。そうわたしは、今遂に解き放たれたんですね」
 なんかうっとりしている。唐突な心変わりに私はついていけなくて呆然と見詰めていた。そんな私に向けてにっこりと微笑む美魚ちん。
「そんなに物ほしそうな顔をして、もう少しも我慢できないんですか? 三枝さん、なんていやらしい娘。安心してください。これからたっぷり苛めてあげます」
 美魚ちんは、そういうと本格的にわたしをどこかへと連行し始めた。あの細腕のどこにそんな力があったのか、汗一つかかずに私を引きずっていく。その瞳には嗜虐的な光が爛々と灯っていた。これから自分がどうなるのかわからない恐怖とか不安とか、色々あるんだけれど何故だかその瞳を見ていると、凄く満たされた気分になった。端的いうとキュンキュンきた。
 
 わたしは引きずられながら、窓の外に広がる空を見る。お父さん、お母さん、お姉ちゃん。はるちんは今、とても幸せです。


[No.104] 2009/05/15(Fri) 23:23:33
tea time. (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@7200 byte

「すべてを覚えていることができたらいいなと、思ったことは……ありますか?」
 はらり。
 彼女――三人称の『彼女』ではなく名詞としての『彼女』だ――の言葉がページをめくる音にまぎれてしまい、僕はふぇ? という変な声で聞き返した。
 同じ言葉を、今度は一単語ずつゆっくりとかみ締めるかのように言われた。
 本に落としていた視線を水平にする。そこにはぼんやりと窓のほうをながめる彼女の横顔がたたずんでいた。
 その遠くを見るような、懐かしそうな、でも悲しそうな瞳に、僕の胸が高鳴った。
 動揺を隠すために目を天井に向け、わざとらしく腕を組んでさきほどの質問の意図を考えてみる。
 彼女がこういう唐突な質問をしたときは、何気ない質問に見せかけた『試験』である。間違えれば、氷点下の目でじっとりとみつめられることうけあいである。それは避けなければ。
 考える。考える。考えろ――。
「テストのとき便利だよね、うわぁごめんなさい僕が悪かったです冗談です」
「まじめに答えて……ください」
 今本気でこの部屋の気温が下がったよ。真剣に考えよう。
 すべてを覚えていることができる。つまり、ぜったいに忘れないということ。それはとても。
「やっぱり便利だよね」
「便利、ですか?」
「うん。いや、テストの話だけじゃなくって。たとえば、約束とか建物の場所とか買い物のリストとか。覚えておかなきゃいけないものって多いでしょ? だから、そういう忘れたくないことを覚えていられるのは、いいことだと思うよ」
「なるほど……直枝さんはそういう考え、ですか」
「西園さんは違うの?」
「はい」
 目の前の人と違う考えを持つ。そのことがなぜか、少しだけさみしかった。
 彼女は手元のティーカップを口元に運んで、くちびるとのどをうるおした。こくん、と動くのどになんとなく見入ってしまう。
「すべてを覚えているということは、すべてを忘れることができないということ……です。他人の罵声、悲しい出来事、過去に犯した過ち。人は忘れることができるから生きていける。なにもかも覚えていたら、きっと心が押しつぶされてしまう。……それでも直枝さんは、便利だと思いますか?」
「そう言われるとちょっと考え物だね」
「……直枝さんには自主性がないのですか?」
 そう言って長い息を吐く。甘いミルクティーのにおいがした。
「あれじゃない? メリットとデメリットとか、物事には常に二面性があるとかそんな感じの」
「それは……直枝さんにも二面性があると。人好きのする笑顔の裏には欲望が渦巻いてるぜうぇっへっへっとそういうことですかそうですか」
「いやいやいや。誰もそんなこと言ってないから。とりあえずお願いだからイスごと引くのは止めて」
 必死で頼み込むと、壁際まで下がった体をどうにかテーブルまで戻してくれた。
 それでも若干距離があるけれど。
 ため息を一つ。読んでいた本にしおりを挟み、テーブルの端に置いた。今から続きを読む気にはなれなかった。
 代わりに自分の紅茶を一口飲む。紅茶の豊かな香りと少しの苦味、砂糖のほのかな甘さが口内を満たした。
「で、話を戻すけど。確かに、覚えていたくないような悲しい出来事もあるかもしれない。でもそれ以上に、忘れたくない楽しい思い出だってあると思うんだ」
 悲しさで押しつぶされようとしていても、楽しさが救ってくれる。
 かつての僕がそうだったように。
「だからきっと大丈夫。全てを覚えていても、人は生きていけるはずだよ」
「そう、ですか……では」
「うん?」
「直枝さんにとって、一番楽しいことは……一番楽しかった思い出は、なんですか?」
 一番楽しかった思い出……。
 悲しさで押しつぶされそうだったとき、失意の底から引っ張りあげてくれた、暖かい手。
 一気に視界が開ける感覚。そこから始まった輝かしい日々。
 僕の一番は、ここにある。
「今が一番楽しい、かな」
 僕の言葉が意外だったのか、軽く目を見開く彼女。
「両親が死んで、とても悲しくて。まるで世界が僕だけをおいて通り過ぎてしまったような気がしてた。それをここまで引っぱって、救ってくれたのが西園さんだから。その西園さんとこうして同じ部屋にいて、同じ時間を共有している。これ以上の楽しさは……幸せは、ないよ」
 さすがに言い過ぎたかもしれない。歯の浮くようなセリフに、首筋がむずがゆくなる。
 でも否定の言葉はあげない。どんなに歯が浮こうとも、これが僕の本心だから。
「理樹……直枝さんは以外に口がうまいんですね」
「そんなことはないと思うけど。ってちょっと待って、今名前で呼ぼうとしなかった?」
「……してません」
 彼女になってからも、西園さんは僕を「直枝さん」と呼ぶ。それにつられるように僕も「西園さん」と呼んでしまう。
 小さいこだわりだとは思うけれど、やはり恋人どうしは名前で呼びあうものだと思う。
「したよね」
「してません」
「呼んだよね」
「呼んでません」
「しました?」
「しましたません」
 噛んだりしたけど、中々に認めようとしない。強情だ。
「残念だな。西園さんには……彼女には名前で呼んでほしいのに」
「そういう、直枝さんこそ。私を苗字で呼んでいるじゃないですか。おあいこです」
「じゃあ、僕が名前で呼んだら、西園さんも僕を名前で呼んでくれる? これで『おあいこ』」
「…………」
「ダメかな? 恋人になった証というか、もっとお互いに近づくことができる気がするんだ。僕はもっと、西園さんを知りたい。西園さんに、もっと僕を知ってもらいたい」
「……ひきょうです」
 彼女は僕から視線をはずして、窓のほうを見やった。僕を見たくないのだろうか。それとも何かが見えているのだろうか。
 同じほうを見る。残念ながら、薄暗い光を放つカーテンしか目に入らなかった。
「……そんな風に、か、か、彼氏に言われたら、呼ぶしかないじゃないですか」
 横目で見た彼女は、頬を赤く染め上げていた。それを見て、僕の体温も上昇する。
 彼女は口を開き、息を吸って、
「…………………………………………ふぅ。」
 そのまま吐き出した。
「……、西園さん?」
「…………」
「呼んでくれないの?」
「女に二言は、ありません」
 眉根を寄せて、口を開けては閉め、開けては閉め。なんだか魚みたいでかわいかった。
 しかし、待てど暮らせど彼女の口から「理樹」の名前が出てくることはなく。
「……やはり、こういう場合は男のほうから言うべきです」
 なんて言う始末。
 思わず口元がニヨニヨとくずれてしまう。
「……直枝さん。おそろしくキモい笑顔になっています」
「いやいやいや、キモいとか言わないでよ。西園さんがかわいかったからつい笑っちゃっただけだよ」
「……直枝さん。とても気持ち悪い笑顔になっています」
「ていねいに言い直さないでよ!?」
 個人的な意見だけど、「キモい」よりも「気持ち悪い」のほうがダメージがでかい気がする。さらにその上は「気持ちが、悪い」だ。
 まあそんなどうでもいいことは置いといて。
 ……彼女を名前で呼ぶのか。うわ。意識したらなんだか緊張してきた。
 顔をまともに合わせられない。流れるようにさらっと言おうとしてみるも、うまくいかない。彼女も、こんな気分だったのだろうか?
「…………」
 彼女の顔を横目でうかがう。……まただ。遠くを見るような、懐かしそうな、でも悲しそうな瞳。そのメガネ越しの目に見すえられ、僕は息を止めた。
 不安、なのだろうか? そういえば今日の今日まで恋人らしいことはしていなかった気がする。放課後になるたびに彼女の部屋に行き、お茶を飲みながら本を読む。そんな一般的ではないデートを重ねていたが、それ以外はてんでしていない。まともに手をつないだこともない。
 なら――これくらいは言おうではないか。簡単だ。彼女を名前で呼ぶ。ただそれだけだ。それだけで彼女はきっと、タンポポのようなきれいな笑顔で微笑んでくれる。
 よし、言うぞ、言うぞ。言え、言うんだ直枝理樹――。
 どくんどくんどくん。
 耳に痛いくらいに心臓の音が響く。その鼓動が空気を震わせて、部屋全体を揺らしているように錯覚するぐらい。くらくらする。頭に酸素が足りていない。ゆっくりと深呼吸をする。肺が彼女のにおいでいっぱいになった。ますますくらくらする。
 前も後ろもわからなくなり、でも彼女の目からは外すことなく。
「――み、」
 一音、出た。あとはそのまま言えばいい。
 白鳥(しらとり)のように美しい名前を。





「美鳥」





 悲しい瞳から温かいしずくがこぼれ。
 ありがと、理樹くん。と呟いた彼女の言葉が、いつまでも忘れられなかった。


[No.105] 2009/05/15(Fri) 23:26:44
木漏れ日とフレンチクルーラー (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@13764byte

 白布は日差しを受けて輝いていたが、先に置かれていた献花はこの暑さでしなびて見えた。献花台には真新しいお菓子や飲み物がちらほらと供えられていて、僕らのほかにもまだ誰かがここを訪れているらしいと分かった。敷布も雨ざらしになっているような様子はなく、面倒だろうに、誰かが取り替えているらしい。
 ポッキーやなっちゃんの鮮やかなオレンジ色のパッケージが、背景の薄暗い山あいに映えていた。
 鈴はささやかな慰霊碑の横で、名前が刻まれた辺りに手を触れていた。ベージュのソフト帽の下で鈴の口が動いたのが見えたが、僕の考えすぎなのか、気の早い蝉たちに遮られたのか、その声は僕の耳までは届かなかった。僕は台の上に枯れ落ちた花弁を少し払って、そこに手に持っていた花束を置いた。すっかり行きつけになった花屋で買った、ピンク色のなんとかという花だった。菊よりは似つかわしいだろう、と思う。
「うおわあっちぃ!!」
 道路脇で線香に火をつけていた鈴が、ばばっ! と手を振って線香を投げ捨てた。慰霊のために設けられたスペースの白いコンクリートの地面に、緑の線香がバラバラと砕けて散った。
 鈴は火がついた部分をスニーカーで踏み消して、水筒の中身をかけてから、横の茂みにざざざと払った。
「……帰ろっか」
 なんだか投げやりな気持ちになって僕が言うと、鈴は何事もなかったかのように、
「そだな」
 と相槌を打った。
 立ち去り際振り返り、誰にと言うわけじゃないけれど、僕は軽く頭を下げた。小さな石碑は直立したまま汗ひとつかいていない。花崗岩のなめらかな白い結晶が、太陽の中できらきらと光っている。向き直れば、鈴はどんどん歩いていって、もうきついカーブの先、岩壁の向こうに消えようとしていた。
 思えば、僕たちは呪われているようだった。
 合同葬の日はまだ入院中で、点滴の針が何度やっても刺さらなかった。看護婦さんに「嫌な顔しないで下さい」と逆ギレされた。試験前だからと三回忌をすっぽかしたら、ヤマが外れた。七回忌では鈴と別れた。年々酷くなってくものだから、今年はしっかり来てみたのだけど。
「……あの、大丈夫ですか?」
「誰がジジイかっ!!」
 おじいさんの喝が山彦となって響き、鈴が竦み上がって僕の背に隠れた。
 おじいさんは息も絶え絶え、顔面蒼白、汗びっしょりで、ミスタードーナツの箱を抱えたまま歩道に座り込んでいた。
 まったく鈴も困った人を見つけてくれたものだった。
「下ったところのタクシーの番号教えますから、迎車してもらいましょうか?」
 あるいは救急車だ。この時期熱中症ニュースなんて洒落にもならない。
 答えも聞かないうち携帯からメモリーを呼び出すが。
「要らん。無線など持っとらんでな」
「いやでも、歩きで山を越えるのは難しいと思いますよ?」
 最寄のバス停から一キロあるかないかのこの場所でこの有り様だと、多分無理だろう。もしかしたらバスすら使ってないのかも知れないけれど、どっちにしろ無理だ。
 それでもおじいさんは、
「いらん、世話を、焼くな」
 とかすれた声で言う。
 でもこのまま行き倒れられたら過去最悪の命日参りになるのは間違いない。ここでなんとしても諦めさせなくてはならなかった。自腹覚悟でタクシーを呼び、連れ込んで強制下山させるプランまで考えた、けれど。
「心配せんでも、山など越えん。儂の用は、そこの仏でな」
 そう言って、僕らの背後を指差した。

 ドーナツの箱を供えてからおじいさんはじっと手を合わせた。僕と鈴はおじいさんを挟むように立っていて、しわくちゃの横顔を眺めた。目を瞑った額から汗の粒が滴って落ちた。じいさんの羽織りは元々濃緑なのではなくて、汗が染みていたのだと気づいた。遠い蝉の声や葉擦れが沈黙を深めていた。
「孫じゃった」
 おじいさんは手を合わせ目を閉じたまま、詰まる声を絞るようにとも、無念の呻きを噛み潰すようにとも取れない、しわがれた声で呟いた。気難しい表情は、道に座り込んでいたときと変わらないように思えたけれど、それでも言い知れない居た堪れなさを感じさせられた。
 黙っているのも、生き残りだと申し出るのも憚られた。申し出ることで理不尽といえばあんまりに理不尽なことをされたりしたし、そもそも自分たちが他の人に理不尽を突きつけてしまうようなこともあった。
 どう応えていいのか僕には分からなかった。
「友達、でした」
 そんな風な無難な言葉。
 僕が口にするのに被せて、
「あたしらはクラスメイトでした」
 鈴がきっぱりと言ってのけた。おじいさんが振り向いた。
 人の気も知らないで。
 眩暈がしたり冷や汗が出たり、おじいさんの驚きに見開いた目に睨まれたように思えたり、それで思わず身構えてしまったりした。口裏を合わせて他人の振りをするべきだったとさえ思った。
「そうか。お前さんらが……」
 おじいさんは僕らの顔を交互に見比べ、深く息を吸った。鈴は平気そうにしているけれど、僕は続く言葉を聞きたくないと思った。耳でも塞ごうかというくらいに。
 だけど、恐ろしい想像とは裏腹に、そう言ったきりおじいさんはそっと微笑んで見せた。
 とても優しい目をしていた。
「さっさと忘れることじゃな。死に子の歳など、数えるだけ馬鹿馬鹿しい」
 次の瞬間には唐突に投げやりな態度をとって見せる。
「せっかく拾ったもんは無駄にせんほうがいい」
 ぶっきらぼうに言い捨てて、さっきの鈴みたいにさっさと歩き出してしまう。
「あの、タクシーは」
「ジジイ扱いするなと言っておろうが!」
 また怒鳴られる。けれどもついさっき半死半生みたいなことになってた人に言われても困ってしまう。
「まあそう言わずに、ちょっと贅沢すると思って」
「足腰には自信があるでな」
 食い下がってみるものの、取り付く島もなく突っぱねられる。確かに歩調は速くしっかりしていて、登りよりは楽そうにしているけれど、汗は止まらず流れ続けている。正直見てられない。
 困ったなあ、と鈴の方を見る。
「じゃあ、バス停まで一緒に行こう。……行きましょう」
 鈴がおじいさんの腕を捕まえて、足を止める。半身になって振り向いたおじいさんは鈴を一瞥して、それからまた歩き始めて、
「勝手にせい」
 と言った。鈴は大儀そうに頷いて、笑った。
 途中、水筒なんかを分け合いながら一緒に歩いた。バスやトラックが僕らのすぐ横を通り過ぎていった。並んで歩くわけにも行かず、会話はなかった。バス停に着いてからも同じだった。
 同じ停留所でバスを降り、分かれる間際、鈴が、
「なんでおじーさんはお参りしてたんだ?」
 と訊ねたのが最後になった。
 鈴がなぜそんなことを訊くのか、僕にはよく分からなかった。でもおじいさんは袖の中で腕組みしながら、真剣な顔をしてなにごとか考えているようだった。自分が蚊帳の外に思えて空を見た。太陽はまだ十分高く思えたけれど、薄く広がる雲が夕焼けの色を帯び始めていて、建物やその下にいるおじいさんと鈴の顔を赤く染めていた。
「近々くたばるようなジジイは、忘れんでもいいんじゃよ」
 その答えが鈴の質問とどう繋がるのか、やっぱり分からなかったけど、少し考えてみて、慰霊碑の前から去るときの、おじいさんの言葉を思い出した。僕らより長生きするんじゃないかとは思うけど。
 それからおじいさんは、吐き捨てるように、
「忘れてたまるものか」
 と言ってから、僕らに簡単に礼を言って歩き出した。
 その言葉の意味はまるきり分からなかった。鈴に訊ねてみても、分からないようだった。


  ◆


 早いとこ身を固めたら? という僕の言葉を、鈴はくしゃみで盛大に吹き飛ばして見せた。
「すまん。聞く気がなかった。なんだって?」
「……ま、いいけどね」
 予想はしてたし。
 フライドポテトでマヨネーズを掬って口に運ぶ。なんだか変に酸っぱくて、不安になったのをビールで飲み込んだ。なんだか温くて、苦いというよりしょっぱく思えた。
 店内にはバイオリンだかチェロだか、弦楽器の音楽が流れている。どこからかきつい煙草の煙が漂ってきて、料理がまずくなるなあなんて思った。正面の席、鈴の跳ねっ毛の向こうでは、大学生風の人たちの席で紺の着物の板前さんが巨大な魚の頭を解体していた。
 視界が遮られたと思ったら、鈴の目が僕を見ていた。
「たこわさ」
 ポツリと言う。僕がノーリアクションでいると、
「イカの一夜干し」
 と言った。
 お好きなのをどうぞ、と左の手の平を差し出してメニューを促す。なにを勘違いしたのか、鈴はその上にプライドポテトをポトリと乗せる。
「……ありがと」
「いや、気にするな」
 礼には及ばんよ、と手をぱたばた振って見せる。
「好きなの頼みなよ。奢るし」
「たこわさダメか?」
「鈴がいいなら」
「やだな」
 鈴はまたメニューに目を落として、大学生風がじゃんけんをしているのが見えた。経験から言わせてもらうと、あれは多分目玉を誰が食べるか決めているのだ。冷静に考えれば筋肉とか皮膚とか食べてるだろうに、なにを嫌がることがあるのか。決して僕がじゃんけんで負けたから言ってるわけじゃないんだけど。
 最後の最後で僕を負かした張本人を見る。肉料理のとこを上から順に指でなぞっていた。まだ決めかねているらしい。
 ポテトは湿気がでてきて、なんだかしなしなしていた。もう一度ビールで流す。やっぱり、しょっぱい。塩の味がする。
「よし」
 鈴が顔を上げた。向こうのテーブルから馬鹿でかい笑い声が聞こえてきた。
「サイコロサーロインステーキ」
 先回りして僕が言う。
 すると鈴は驚いた顔をして、
「一口ヒレカツ」
 と言った。
 まあこういう日もある。
 手を上げて、黒エプロンの店員さんを呼ぶ。壁にかかった伝票を持って、こちらに早足で歩いてくる。
 はい、お待たせしました、ご注文承ります。
 ヒレカツ、生中、カルーアミルク。
「カルーアミルク?」
「カルーアミルク」
 鈴が繰り返して、店員さん復唱。背中を向けて去っていく。
「ヒレカツと、カルーアミルク?」
 僕がもういっぺん言うと、鈴は不機嫌に顔をしかめる。そういえば、いつだったか前もおんなじことして怒られたような。
 失敗したなあ。
 思いながら、ジョッキの底の薄い泡を飲み込む。温い。それでもって苦い。僕もチューハイにしとけばよかったかな、と考えてるとき、お酒が運ばれてくる。ヒレカツはまだ来ない。つまみもなしに、しぶしぶ汗をかいたジョッキを口に運ぶ。
「なんであたしにだけ言うんだ」
 グラスをテーブルにトンと押し付けて、鈴が言った。
「えっ? なにが?」
 当然僕の返しはこうである。
 でも僕の反応が不服だったようで、鈴は口を尖らせた。
 しばらく考えてみて、運ばれてきたヒレカツにレモンを絞ろうとするのを鈴に足蹴で止められて、しぶしぶビールにまた口をつけて、
「自分のことは棚上げで、あたしだけ結婚せにゃならんのか」
 と言われてようやく思い至る。
「あれ、僕は同棲してるって言わなかったっけ?」
「別れたのは知ってる」
 なんで鈴が知ってんのさ。
 ビール、ビール、とジョッキを掴む。苦い。随分古い話を持ち出してきたもんだ。
「で、結局鈴はどうなの?」
 僕の質問を黙殺して、ベージュ色のグラスを傾ける。それからヒレカツをソースだまりにぶちこむ。
「じゃああれか。だんそんじょひか。女は家に入れというのか」
 鈴も小賢しい言葉を覚えたものだ。
「そうは言ってないけどさ」
「みんなはみんな、あたしはあたしだ」
 首を振って、こーさん、とジェスチャーしてみるが、うまく通じないで、その後も鈴の小言が続く。こうなると止まらない。お前はすっきりしないの、優柔不断だの、やわだの続いて、
「本当にお前は地味だな」
 と締められる。
 途中頼んだ焼き鳥の、ネギだけ僕の皿に放ってよこす。
 しばらく黙る。鈴はケータイをいじり始める。ビールを呷って、背もたれに体重を預けると、ニスで黒光りする木目の天上が見える。不自然にごつい、黄ばんだ換気扇に煙草の煙が流れていくのが見える。空き皿を下げに来た店員さんに、各々適当な注文をする。復唱して去っていく。
 鈴の後ろでは、学生風の一人が潰れていて、仲間の一人が肩を貸しながら、トイレの方に歩いて行く。それを見て別の仲間が囃し立てる。本人たちとしてはどうか知らないけれど、僕の目にはやけに楽しそうに映る。まあこうしてるのもやじゃないけどさ。飲み会する前にみんなですることがあるだろ、とか思わないでもないけど。まあきっと言っても分からないだろうけど。僕も分からなかった。
「お、あたしの他にもまだ独身の奴、いたぞ」
 ああ、まだ続くんだ。
 なんだかちょっと気が滅入る。うんざりしつつ、なにを見たのかと鈴に目を向ければ、ケータイを画面がこちらに見えるよう突きつけてきた。どこかのニュースであるようだった。その見出しにはこうあった。
『五輪>ソフトボール:笹瀬川佐々美投手に県民栄誉賞』
 なにを言わんとしてるのかちょっとだけ考えて。
「いや、この人は別枠でしょ」
「関係ないだろ。今度会ったら言え」
「そんな恐れ多い……」
 冗談半分言ってみたら、
「ダブルスタンダード。ダブスタ」
 と僕に指を突きつけてきた。
「なんであたしにばっかり言うんだ。あたしが独り身で孤独死して、迷惑かけてるか? それでお前死ぬのか? いーやありえん。あたしはお前に迷惑かけてないし、お前は死なない」
 酷い感じに絡まれる。
 それはもう置いといて。
「この人と野球したなんて信じらんないよね」
 思い出そうとして、浮かんでくるのはあの高笑いだったけど。それでも頑張って感慨にふける。僕と鈴、二人でキャッチボールしてたのを見かねて、部の練習に誘ってくれたのだった。でもなぜ三角ベースだったんだろう? と考えると、やっぱりあれは練習なんかじゃなくて。
「佐々美の話とか、するな」
 鈴は不機嫌に言って焼き鳥を頬張った。
 自分で振ってきといてこれなのがまた鈴らしいというか。
 それでも僕は笹瀬川さんのことを考えた。
 笹瀬川さんの活躍は純粋に嬉しいと思える。知人に脚光が当たっているという、それだけじゃなくて。あんなことがあって、直接の当事者じゃないにせよ、ショックを受けていたはずで。それでも引きずられることなく、自分のやるべきことをこなして、自分で選んだ道を進めるものなんだ、人と言うのは。もちろんそれはきっと僕らにも当てはまることなのだ。
 笹瀬川さんのことは、そんなことを信じてここまでやってきた、鈴と甘えあうのもやめた、そんな僕を支えてくれるものだと思う。
 そう考えれば、『早く忘れろ』という昼間のおじいさんの言葉。あれもきっとその通り、多分年の功ってやつだ。早く僕らも忘れてしまった方がいいのだろう。きっと。
「お待たせ致しました。こちらブルーハワイになりますね」
 はっと顔を上げる。鈴が控えめに手を上げて、店員さんからグラスを受け取った。
「綺麗だな」
 鈴はグラスの脚をつまんで、注がれた青く鮮やかな液体を、光に透かしてみたり、軽く波打たせたりしていた。なぜだか泣きたくなるような、それはそれは綺麗な青色をしていた。澄み切ってるわけではない、向こう側が見通せないくらいの強い青色。
 鈴は酔いの回った、涙ぐんで潤んだような目を細めて、グラスの縁に口をよせた。白い喉が微かに震えた。
「……苦い」
 口元を押さえてながら、コトリとテーブルに置く。涙目が極まっている。
「かき氷のやつかと思った」
「見た目は甘そうなんだけどね」
 そのグラスを引き寄せて、口をつける。飲み下してから、柑橘系の独特な苦味が、喉の奥に尾を引いた。あんまり好きじゃないけれど、鈴の代わりに全部飲み干す。鈴が僕の顔を、信じられないというふうな目で見ていた。
「しね、ばーか」
 すると突然、脈絡もなく僕をなじった。
「いっつもお前、わけ分からん。いきなり別れるっていうし、お参りには誘うし、全部飲んじゃうし、なにがしたいんだ?」
 それからテーブルに突っ伏して、笑ってるのかと思ったらなぜか泣き出す。しゃくりあげる声は大きくて、ふと周りを見れば、例の学生らが僕らのことを、酔いも手伝ってるのか無遠慮に見つめている。
 どうしたものかと思って、背中でもさすろうと伸ばしかけた僕の手が、空中で止まっている。本当にどうしたものかと思う。
 僕は止まった手を持ち上げて店員さんを呼ぶ。お冷を二つ頼む。水が来るまでのあいだ、喉の奥の苦味を舌の先で転がしていた。


[No.106] 2009/05/16(Sat) 00:00:18
新着メールは1件です (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@5897byte


「唐突ですが直枝さん、ここで問題です」
「本当に唐突だね…」
久しぶりに裏庭の昼食会。
挨拶する間もなく西園さんからクイズを出された。





新着メールは1件です





「問題は全部で三問です。二十点獲得で豪華景品をプレゼント、です」
「へぇー、何が貰えるのかな?」
珍しく西園さんのテンションが高いのでとりあえず乗ってみることにした。
「因みに二十点到達しない場合は厳しい罰ゲームが待っています」
「えぇっ!?」
「恐らく来ヶ谷さんでも耐えられないと思います」
あの来ヶ谷さんも耐えられないような罰ゲームって一体…
興味もあるけど、やっぱり恐いので真面目に答えることにしよう。
「……冗談です」
「あ、なんだ。冗談かぁ」
ちょっと残念と思いつつもほっと胸を撫で下ろした。
「というのが冗談です。では第一問」
フェイント!?
「823×376×99−7は?」
「40,826,395」
「……」
「……」
西園さんの表情が強張る。
僕は何も言わず、涼しげな表情で西園さんを見つめた。
「少々お待ち下さい」
そう言ってポケットから電卓を取り出した。
が、ボタンを押す人差し指が直前で止まる。
僕がにっこりと笑顔を送ると、逆に西園さんの表情は不機嫌なものに変わった。
「正解は?」
僕は出来るだけ意地悪そうに尋ねた。
すると、西園さんの表情はますます不機嫌なものに変化した。
具体的に言うと、むすっとからむす〜っとくらい。
全然具体的じゃないけど、ちょっと可愛いと思った。
「直枝さん、十点獲得です」
「うん、ありがとう」
あ、怒ってる怒ってる。
この辺にしておこう。
そもそも答え合ってるか分からないし。





「では第二問です」
「うん」
少し落ち着いたのか西園さんの表情はいつもと同じものになった。
でも内心悔しくて興奮している姿が見て取れた。
「今日の私の昼食は何でしょう?」
む。
これはまた難しい問題を出してきた。
やっぱりおにぎりかサンドイッチかな?
西園さんの周りの芝生に目を向けてみる。
「直枝さん、そんなにスカートをじろじろ見ないで下さい」
「いやいやいやっ!見てないからっ!ただちょっと芝生を」
ざっと見た限りパンくずとかは落ちてないから…
いや待てよ。
「西園さん。もうお昼食べた?」
「いいえ、まだです。先に食べたら答え合わせできないじゃないですか」
「それもそっか。うーん…」
…あれ、だとすると僕が来るのを待ってたってこと?
「ねえ、西園さん」
「ではヒントです」
あれ、無視された?
呆気に取られる僕を他所に西園さんは小さな可愛らしいお弁当箱を取り出した。
「一瞬だけ中身を見せます。それで当てて下さい」
とりあえず僕の疑問は置いておくことにした。
「ん。おっけー」
「では、行きます」
バッ! シュバッ!
速っ!?
殆ど何も見えなかった。
だけど、蓋を開けた瞬間、ほんのりと醤油の匂いがしたのを僕は見逃さなかった。いや、嗅ぎ逃さなかった。
「では直枝さん。答えをどうぞ」
ふふん、と少し得意げな西園さん。
きっと他人に披露する機会のない隠し芸の一つなのだろう。
でも、その芸も僕の嗅覚の前には無力!
「西園さんの昼食は、焼きおにぎりだ!」
どうだ!と言わんばかりに意気込んでみたけど冷静に考えると凄く恥ずかしい。
なんだかんだ言って僕も結構楽しんでるみたいだ。
「ふふ…」
西園さんが笑った。
笑うのは別にいいんだけどなんだか邪悪な笑い方だった。
以前、何処かで見たような気もするけど。
「引っかかりましたね、直枝さん」
「えっ!?」
「答えは、これです」
西園さんがゆっくりとお弁当箱の蓋を開ける。
中に入っていたのは。
「こ、これってまさか!?」
「はい、ライスバーガーです」
直枝に電流走る!
両面をしっかりと焼いたライスプレートに和風ハンバーグを挟んだそれは正しくライスバーガーだった。
「初めて見たよ…西園さんがここまで手の込んだことをするなんて」
「残念でしたね直枝さん。一週間作り続けた甲斐がありました」
え?一週間ずっとライスバーガーを?
これはもしかして…
「ねえ、西園さん…」
「では第三問です」
またスルーされた…





「最終問題です。これに正解すれば九点ゲットです」
「待って、正解しても罰ゲーム確定だよねそれ」
僕の言葉に西園さんは押し黙る。
ちっ。
あ、舌打ちした!女の子が舌打ちした!
僕の中でまた一つ、『女の子は舌打ちしない』という幻想が壊された。
「………冗談、です」
うわ、なんか凄く嫌そう。
そんなに豪華景品を渡したくないのか罰ゲームをさせたいのか。
後者でないことを祈りたい。
いや、前者でも嫌だけど。
「では第三問です」
そう言った西園さんの雰囲気が少し変わった気がした。



「忘れないためのコツというものがあります。直枝さんにはそれが分かりますか?」



西園さんの出した問題は余りにも抽象的過ぎた。
忘れないためのコツ。
それはどういう意図で出された問題なのか。
「制限時間は昼休みの間までです。それまでなら何度答えても構いません」
西園さんの表情は一言で言い表すなら穏やかだった。
僕の答えを期待しているような、それでいて既に諦めているようにも見える。
きっと西園さんなりの考えがあるハズだ。
なら僕はそれに答えたい。
「えーと、メモを残しておくとか?」
だけど、僕の頭では単純なものしか浮かばない。
「半分正解で半分間違いです」
半分正解。ならもう半分は何だ?
考える。
西園さんが求める答えを。

キーンコーンカーンコーン。

だけど、僕は結局答えに辿り着けなかった。
「時間切れ、です」
西園さんが言う。
表情はいつもと変わらない。
変わらないからこそ、僕は少し辛かった。
「本当はもっと、簡単な、当たり前のことなんです」
「人は物事を常に頭に置いておくことはできません。ある程度は覚えていても必ずいつかは忘れてしまいます。それでも人が忘れずにいられる方法――」

びゅっと強い風が吹いた。
だけど、僕は目を閉じず西園さんを見失わないようにした。

「それは、思い出すことです」

思い出すこと。
それはとても簡単で、当たり前のようなこと。
だけど、僕はその答えに辿り着けなかった。
「罰ゲーム、いいよ」
それで済むのなら安いくらいだと思った。
僕らは誰ともなく立ち上がって向かい合った。
「では、目を閉じて下さい」
言われた通りにする。
真っ暗な視界に太陽光が瞼を通して入り込んでくる。
今はその眩しさが鬱陶しい。
ふと温かいものが触れる。
驚きのあまり、思わず目を開けてしまった。
目の前には悪戯っぽく笑う西園さんの姿。
「罰ゲームは、まだ先にします」
「だから代わりに私が豪華景品を頂きました」
そう言って西園さんは校舎へと向かっていく。
何か言わなくちゃ。
「西園さん!」
振り返る。
言わなくちゃ。
「僕は忘れないよ!何度だって西園さんのこと、思い出すよ!」
月並みな言葉。
僕にはこれ位しか言えなかった。
ふと、西園さんが戻ってくる。
そして、
「…正解です」
そう言って、僕の唇にキスをした。


[No.107] 2009/05/16(Sat) 00:01:30
[削除] (No.96への返信 / 1階層) -

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[No.108] 2009/05/16(Sat) 00:06:29
締切 (No.96への返信 / 1階層) - 主催

だよって大谷さんが言ってた!

[No.109] 2009/05/16(Sat) 00:13:38
忘れても忘れても (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@11650 byte遅刻だよ…orz

 ゴールデンウィーク明けの食堂は、独特のけだるさと落ち着きなさが交じり合っていつもより騒がしかった。一割ほど。
「あ、おはよーれいちゃん、さきさき。久しぶりー」
「久しぶり、じゃないわよ五日くらいで」
 間延びした声と表情でテーブルの一つに歩み寄った少女は中村由香里。高めにくくったツインテールが「てれん」と垂れている。
 いつものことと分かっていても改めて呆れてしまうのは川越令。私だ。私のいるテーブルにはもう一人いるのだけれど、その紹介は後に回す。
「えー、すごい久しぶりだよー。寂しかったー」
「嘘つけ。連休いっぱいガッチリ楽しんできたーって顔してるわよ。どこだっけ?」
「おーすとれぃりあー!はい、おみやげ♪」
 ANAとばっちり印刷された紙袋にさっそく不安をかき立てられる。ありがとうと受け取りながら、こんなに心弾まないお土産というのも珍しい。
「ってこれマカダミアじゃん!しかも思いっきり日本語書だし!」
「そーなの、すごいよねー」
「いや、凄いっていうか……まあいいや。ありがと」
 前に貰った国籍・種族不明の干し肉に比べれば全く問題ない。むしろチョコは好きだし。うん、嬉しいじゃないか。そう納得させて平べったい箱をいちおう大事に紙袋へと戻した。
 由香里は隣に座るとこそこそと顔を寄せていた。耳にかかる息がくすぐったい。
「ねー、れいちゃん。さっきからさきさきどうしちゃったの?なんか口から出てるけど」
「五月病よ五月病。あと本人の名誉のために説明しとくと、口から出てるのは魂ね」
「だうー」
 この妙な鳴き声を発しているのが渡辺咲子。食堂に来てからずっとテーブルに突っ伏して、半開きの口から生命力を垂れ流している。いつもは後頭部で跳ね回っている尻尾もうなだれている。
「あー、言われてみるとなんかゾンビっぽい」
「そそ。腐ってるからそっとしといてあげて。つつくと崩れちゃう」
「どれどれ?つんつん、つくつん、でろでろーん。あはは、ほんとだ崩れたー」
「なるかーっ!」
 興味しんしんで顔を突付きまわしていた由香里を、がばっと跳ね起きて威嚇する。構われすぎで怒った猫みたいだ。
「はいはい、もう連休は終わっちゃったんだから諦めなさいって。大きくなれないよ?」
 ゴールデンウィークを挟んでも、私たちは相変わらず騒がしかった。



 授業と言う名の昼寝の時間が終わると部活だ。地に足が着いていなかった新入部員たちも、休みを挟んでようやく落ち着いたように見える。人数が若干名減っているのはご愛嬌、毎年のことだ。
 ソフト未経験の子たちも、声を張り上げて健気についてくるのが微笑ましい。それに比べてこの子達ときたら。
「こら、起きろ。一年が見てるでしょうが」
「う〜、基礎トレってこんなキツかったっけ?」
「あうう、あたしが1年なら辞めちゃうかもー」
 ばてばての初心者たちに混ざって地面に寝転がり、あられもない姿を晒している約二名。
 一年でも経験者の子たちは割とケロッとしている。こっちは二年とは言え高校スタートだから何となく悔しい。
「あんたたちの身体が鈍ってるだけよ。ほら、さっさと立てー。バテてたらお手本になんないでしょ」
 先輩が鬼コーチよろしくバット片手に指図すると、二人は力ない抗議をしながらのそのそと起き上がる。
「キャプテンのオニー」
「あくまー」
「おたんちーん」
「いきおくれー」
「待てコラ今なんつった」
 ひぃ、と悲鳴を上げて直立不動になる二人。続いて「それじゃ、次はダッシュ五本。三セットずつやってみよっか?」と優しく呼びかけると、一年たちは裏返った声で返事して、軍隊のように整列していた。私もその列の後ろに並ぶ。
 ソフト部が今みたいな厳しくもアットホームな感じになったのは今の三年たちのお陰、らしい。先輩たちは詳しく話してくれないのであんまり信じていないけど。
「ほら中村渡辺あんたらも並べー!ちんたらしてたら増やすよーっ!」
 キャプテンの怒鳴り声。やれやれ、仕方ない。私はまだのそのそしている二人を引きずっていくため、並んでいた列から抜け出した。



「せいれーつ、礼っ!!」
『ぇったーーーーーーーーっ!!』
 キャプテンの号令でみんなが声を合わせ、ようやく長い放課後が終わった。おしゃべりしながら更衣室に向かう人たちを見送りながら、私たちは道具をまとめ、倉庫へと運んでいった。
「ぐぎぎぎ……もうちょっとゆっくり歩いてよー」
 重たいボールかごを一緒に運ぶはめになった咲子は、何メートルも歩かないうちに泣き言をこぼしていた。
「あーはいはい。でもあんまりゆっくりだとかえってきついよ?」
 人の話を聞いているのかいないのか、ひいふう言うだけになった咲子をそのままにして、バットを抱えて追い抜いていった背中に声をかけた。
「あ、多香子ー、この後ちょっと走るのつきあってくれない?」
「え?あ、うん、いいけど……」
 立ち止まった同じ二年部員の加藤多香子。彼女は私と咲子を交互に見て何か言いたそうに口ごもった。咲子も一緒に行くのか、とかどうして自分が選ばれたのか、とか、きっとそんなところだろう。二年にもなったんだから、少しはシャンとするかもと思っていたんだけれど、そうそう変わるものでもないみたいだ。
「ゆかりんを迎えに行かなくちゃいけないからあたしはパース♪」
「あぁ、まだ保健室で寝てるんだ?」
 由香里は、グラウンドの反対側から飛んできたフライを顔面キャッチするという荒業をやってのけ、その結果として保健室で療養中だった。
 ただ、嬉しそうに宣言した咲子は、由香里をダシにしてサボろうという魂胆が見え見えだったけれど。
 後片付けも終わり、逃げるように校舎へと消えた咲きこのことは忘れて多香子と校外に走り出る。
 川沿いの道を、特に言葉を交わすでもなく走る。二人ぶんの呼吸だけがついてくる。赤く染まった川の照り返しがやたらとまぶしい。
 橋のたもとに差しかかって、私はようやく口を開いた。
「あの、おめでとう、レギュラー」
 息つぎでぶつ切りの言葉に、多香子は遅れて気がついて足を止めた。
「あっ。う、うん、ありがとう……」
 私も足を止めて、少し離れた多香子を振り返る。夕日に照らされ、オレンジ色に光り輝く彼女と、橋の影からそれを見る私。
 多香子は頑張っていた。引っ込み思案なのは今でも変わらないけれど、ひたむきに練習していたのは知っていた。
 でも、頑張っていたのは多香子だけじゃない。私だって。
「しっかりね。あたしも頑張るから」
 だから、悔しかった。



「れいちゃんおかえりー♪」
 寮に帰ると、由香里が部屋に遊びに来ていた。自分で買ってきたマカダミアチョコをぼりぼりと頬張りながら笑う彼女は、おでこに貼られた湿布がいかにも間抜けな感じに似合っている。
「ただいま。頭だいじょうぶ?バカになってない?」
「大丈夫!さきさきよりはいいよー」
「なぁっ!?ゆかりんそれどういう意味さっ!」
 バカ扱いを察知したのか、ばたーん!とバスルームのドアを開けて咲子が現れた。どうでもいいことだけど、いくら部屋の中だからってぱんつ一枚だけってのはやめたほうがいいんじゃないか。本当にどうでもいいことではあるけれど。
「そういうのが好きな人もいるわけだし……」
「うわなんかバカ扱いされるよりもむかついた」
 そこへ穏やかな笑みを浮かべて咲子の肩を叩いたのは由香里だった。
「大丈夫だよさきさき。おっぱいだけが女の子じゃないんだからー」
「あんたも同じようなもんでしょうがっ!」
「はいはい、今度は私が使うから、さっさと服着なさい」
 薄い胸を慰めあう二人は放っておいて、私は着替えを手にバスルームに足を向けた。
「あ、れいちゃんまたジャージほつれてる」
「え、どこ?」
「おしり。ぱっっっくりと」
 直後に私があげた悲鳴は女子寮を揺るがし、寮長にみっちりと叱られたのだった。



 あくる日の朝、校舎に向かう私たちの前にあの男が現れた。
「あーっ!直枝このやろーっ!」
「うわっ!?ご、ごめんっ!」
 私たちを待っていたんだと思うけれど、真っ先に見つけた咲子の剣幕に押され、いきなり謝っていた。
「さきさき、どうどう。……で、何?」
 とりあえず咲子をなだめたものの、私もあまり機嫌は良くない。
「いや、その……中村さんの具合はどうかな、と思って」
「どうもこうも見りゃ分かるでしょーがっ!あとが残ったらどーすんだ!」
 直枝の腰の引けた様子に、咲子の怒りが再燃する。これは仕方ない。私もこれはちょっとイラっとした。もっと言ってやろうと口を開いたところへ、由香里の言葉が先回りした。
「責任、取ってくれる?」
「「「ぶふっ!?」」」
 これには直枝だけでなく私たちまで一緒にむせてしまった。
「やだなー、冗談に決まってるじゃない」
 この惨事を見ながらへらーっと笑う由香里が私は恐ろしい。
「あとは多分残らないから、そんなに気にしないでいいよー。直枝君に責任とってもらうなんて死んでもいやだしー」
「し、死んでも……」
 咲子はさっきまで怒っていたのを忘れたように、直枝を指差して笑い転げている。
「あ、いやっていうのは嫌いとかそういうのじゃなくて、ありえないっていうか考えられないっていうか……」
「ゆかりん、もうやめてあげて」
 これ以上由香里の攻撃にさらされたら二度と立ち上がれなくなりそうだったので止めた。見ると直枝は身体半分くらい真っ白に燃え尽きていた。
「同じグラウンド使ってるんだから、もっと気をつけてよ」
「ごめんなさい……」
「ほーんと、野球部でもないのに何で使わせてあげてんだろ」
 それを疑問に思っているのは咲子だけじゃない。他の部員も、もちろん私も不思議には思っていた。何度か聞いたこともある。
「ほんと、何でだろうね……」
 だけど、そう呟いた直枝の顔が泣き笑いに見えて、私たちは今日も聞きそびれてしまった。



 放課後、守備練習の順番待ちをしていると、多香子がおずおずと声を掛けてきた。
「あ、あの……ごめんね、川越さん」
「へ?」
「その、ジャージ……」
 そう言った彼女の視線はちらちらと私のお尻へ流れ。
「ああ、やっぱり気付いてたんだ?もう、ひどいよー。すぐ教えてくれてたら寮長にも――」
「寮長?」
「ああいやそれはいいんだけど」
「大騒ぎしちゃったのはれいちゃんの自業自得だもんねー」
「っさい」
 茶々を入れる咲子を物理的に黙らせていると、多香子の方からまた話しかけてきた。
「それ、自分で直したの?」
 多香子が言っているのは昨日破けてしまったお尻のことだろう。見栄えより強度重視で強引に縫い合わせたお尻は、ひよこの尻尾のようにとんがってしまっている。
 お尻だけじゃない、膝も肘も腕のつけ根も、あちこちほつれてしまっていて繕いだらけになっている。
「あー、うん。下手でしょ?」
「むぐぐぐっ!ぷはーっ。だよねー、もういい加減新しいの買えばいいのに」
 私の手から抜け出した咲子が、もう何度も繰り返したことを蒸し返す。だから、私もいつものように。
「駄目よ、私のお守りなんだから」
「お守り……ですか?」
 多香子は首をかしげる。まあ、ジャージがお守りなんて言われるとそんな反応を返してしまうものなんだろう。何の変哲もない、えんじ色のぼろジャージ。
「でも、何でお守りなのかはれいちゃんもわかんないんだよねー?」
 ノックを受け終わって戻ってきた由香里が余計なことを暴露してくれた。どこから聞いていたんだろう。
「い、いいでしょ。何となく大事なものだって気がするのっ!それに、これ着てるとなんかやる気が出るって言うか……」
 いつもだけど、自分で言っていて理由になっていないとは思う。でも、他に何とも説明ができなくて……。
「川越ーっ!次お前だろうが、さっさと来い!」
「あ、はいっ!すみませんっ!!」
 キャプテンに怒鳴りつけられ、慌てて守備位置に付く。右へ。左へ。大事と言いながらいつも泥だらけにしてグラウンドを駆け回り、飛び、転がる。

 ずっと不思議に思っていることがある。私は、このジャージをいつから持っているのか。どうやって手に入れたのか。
 いつの間にか私のバッグに入っていて、なぜか、私のものではないけれど、私のものだ、と確信した。
 このジャージは何なんだろう?

 私の頭と身体は切り離されていた。頭はただジャージのことを考え、身体はひたすらボールを追いかけていた。だから。
「川越っ!止まれ、追うなっ!!」
 目の前の景色が格子状に切り分けられていた。
 フェンス。
 打ち損ね、ラインを越えて山なりに飛んでいく打球を私の身体は自動的に追いかけてしまっていた。
 しかし、ボールは校舎を傷つける前にフェンスに跳ね返された。そして、私の身体も。
 身体を襲う衝撃で、音は聞こえなかった。意識が飛んだのかもしれない。そんなことを妙に冷静に考えられる自分がいた。
 やばいかな……。かなりの勢いでぶつかったと思う。骨が折れていてもおかしくない。
 骨折かー。治るのにどのくらいかかるんだろ?悔しいなぁ。レギュラーは無理でも、せめてベンチに入りたかった。無理、かなぁ……。
 身体の痛みは遅れてやってきた。
 痛い。けれど、それほどでもない。……あれ、立てる?
 おそるおそる足に力を入れてみた、ちょっと痛いけれど多分折れていない。金網に手をかけて身体を支える。腕も肩も動く。
「何で?」
 その疑問に答えるように、はらりと落ちたものがあった。それは、えんじ色の――。
 はらり、はらりと私の身体からはがれるように落ちていく。服とはもう呼べない、布のきれはし。
 身体の痛みは平気だけれど。

 あれ?胸がすうすうする。なんでだろう。

 あれ?鼻がつーんとする。

 あれ?
 あれ?
 …………………………………あれっ?

「 ――――――――――――――――――――ぁ、      っ!  ――――――――――――――ぁぁ……。」




 全治一週間。後になって知らされた、それが私の怪我の全てだった。


[No.114] 2009/05/16(Sat) 01:10:12
ある姉妹の日常 (No.96への返信 / 1階層) - ひみつ@801 遅刻って何? 

『真っ暗な部屋の中、月明かりだけがわたしたちを照らしていました。月明かりに照らされた、美鳥の体はほんとにきれいでした。
「やっと、素直になったね、お姉ちゃん」
 ぴちゃぴちゃと、音を立てて、わたしの胸をなめながら、つぶやく美鳥に、わたしはコクンとうなづきました。数時間前までたしかに嫌がっていた、わたしのカラダは――、今は素直に美鳥の行為のすべてをうけいれていました。私の胸や背中をなめたり、もんだり、強くつまんだり、回すようにもんだり。それらの行為全てを受け入れていました。服の上から胸をもまれる、ただ、それだけの行為でさえ、わたしにとっては耐えがたいことであったはずでしたのに。「わたしたちは女同士でしょう?こんなの……正しくありません」そんなことをいって美鳥の攻めを否定していたのがもう何日も前のようにさえ、思えました。
「でも、勘違いしないで下さい、全ては、あの為ですから」
「ふ〜ん」
 そういう美鳥は、まるで信じていないように――いえ、まったく信じていないのでしょう――いたずらっぽい笑みを浮かべ、わたしの大事なところを指差しました。
「じゃ、今から、こっちに指をおもっていたんだけど、やめていいよね?」
「――え?」
 ソコに、指を入れる?わたしにはそういう経験はありませんが、知識として、そういうことをするのは知っていました。胸で、これだけ気持ちよかったら、ソコに美鳥の指を入れられたら、どうなってしまうんでしょう?
「だって、こっちは関係ないでしょ?お姉ちゃんの目的には」
 考え込んでいる姿のわたしをみてか、さらに笑みを浮かべる美鳥。そんな美鳥にわたしは、こらえきれずに―― 』


「……美鳥、何かいてるのさ」
「り、理樹くん、いつきたのよっ」
 美鳥があわてて小説をかいていた紙をしまった。恥ずかしいのか、その顔は真っ赤だった。
「いや、まぁなんていうか偵察?で、美鳥は何してるの、店番、しなくていいの?」
「葉留佳一人でもう十分だから」
 そういわれ、店頭の方をみると、葉留佳さんが一人で店番をしていた。どういう経緯があったのかはわからないけど、葉留佳さんもここに来ていたんだ。葉留佳さんは、いつもの騒がしい印象はなりをひそめ、おとなしく店番をしているみたいだった。


 とりあえず、今の状況を説明しておこう。
 僕と美魚、美鳥の3人は今、同人誌即売会にきていた。美魚はBL、美鳥は百合を主体としたサークルの主催で、今回二人とも同人誌をだしていた。
 美魚は恋人である、僕と一緒、美鳥は一人でやっていると思ったんだけど、葉留佳さんと一緒に同人誌を販売していた。美魚の話によると今回も、売り上げ金額が多かったほうが勝ち、という勝負をしているらしい。もっとも今まで美魚の連戦連勝らしいけど。
 姉妹で同人誌を製作していて、姉はBL、妹は百合。あらためて考えるとほんとにだめな姉妹だなぁ、と思う。ちなみにこれも美魚に聞いた話だけど、BLと百合、どっちが正しいかという論争をよく繰り広げているらしい。道具をつかわないと一緒になれない、そのもどかしさがあるから百合のほうが正しいだの、道具をつかわなくても一つになれるBLのほうが正しいだの。そんな論争を繰り広げている。
 僕としてはもちろん、どっちも間違っている、としかいいようがないんだけど。
「で、美鳥はいったいこんなところで何をかいているのさ」
 この場でかくことは別にルール違反じゃないだろうけど、この場にきたからには書いているよりは、他のサークルにまわって同人誌を買いあさったほうがいいだろう。実際、美魚はそうしているし。それなのに、一体どうしてこんな場で、百合な小説を作っているのかが気になった。
「理樹くんには教えてあげない、だって理樹くん、美魚に聞かれたらいっちゃうでしょ?」
「そんなことないよ、美鳥が秘密にしてほしい事なら絶対に言わない」
「でも理樹くん、お姉ちゃんに調教されているじゃない、お姉ちゃんのいいなりでしょ、理樹くん?」
 調教って言葉は酷いなぁ、と思うけど、半分事実だったりするから笑えなかったりする。美魚に調教されている――というかいいなりってのはこの数ヶ月に嫌というほど実感していたのだから。
 美魚がBL小説を読んだり書いたりするのが好きな女の子だとしって――しかもあろうことか僕らをモデルにすることもあると知って――それまで付き合っていたとはいえ、美魚と別れようと一瞬ほんとにそうおもった。美魚が「これはあくまで妄想で現実とは違うんです」といわれても、どうしても納得できなくて、どうしても拒否してしまう自分がいた。だけど、美魚から離れると、美魚の声を聞きたくて、美魚の顔をみたくて、美魚の体に触れたくて――どうしようもなくなって、結局付き合い続けることになったのだ。
 で、それから、いろいろあって、BLについての知識を叩き込まれ、こうして同人誌を一緒に――僕らをモデルにしているものももちろん入っている――販売することになったのだ。で、改めて美魚につきあうようになってから、BLに関して、攻め、受け、誘い受け、バイ、リバとかいろいろな言葉を覚えたり、同人業界についていろいろなことを知ることになった。……こういってはなんだけどだんだん普通の少年にもどれないような気がしてきた。
「もう戻れない気もするけどね」
 ひどいなぁ、と苦笑する。
「でも、ほんとに美魚に秘密にしておきたいことだったら、僕は美魚に言わないよ。美鳥にも嫌われたくないし」
「……その言い方は卑怯だよ、理樹くん」
 そういうと、やれやれといった感じで、段ボール箱を取り出した。
「もう一度いうけど、本当に美魚にはいわないでね」
「言わないよ」
 そういうと、美鳥は段ボール箱を開けた。そこには美魚の水着姿がプリントされた、大量のおっぱいマウスパッドがあった。
「……どうしたの、これ?」
「科学部部隊がもっていたから、いただいてきたの」
 うわぁ。ってかあの科学部部隊はライトセイバーだの、メガバズーカランチャーだの、一体何をつくっているんだろう。
「でも、これ、一つ、問題があって――理樹くん、おかしいの気付かない?」
「……まぁ美魚はこんなに胸、大きくないよね」
 美魚の胸はほとんどぺったんこだ。
「話によると、まだ試作段階だったみたい。……だから、こうして美魚の理由が大きくなった話、つくっているの、罰ゲームでおっぱいマウスパッドを作ることになった美魚、自分の胸のあまりの小ささに絶望して、なんとか胸を大きくしたいってストーリーで……」
「……そんな理由で!?」
 誰もそこまでこだわらないだろうに、というと、美鳥が神妙な顔をしていった。
「わたしもそう思ったんだけど、さっき隣で、クドリャフカのマウスパッドが売られていたんだけど、通りすがりの人が、『こんな胸が大きいクドなんか認めない!ロリ巨乳なんて邪道!』ってなことを30分ほど延々と語ってて……それでひっこめたってことがあったから理由づけが必要かなぁ、って思って」
 うわぁ、そこまでこだわる人がいるんだ。
「ってか、これ売るの!?」
「一回くらいお姉ちゃんに売上でかちたいからね」
 そういう美鳥は真剣だった。まぁ気持はわかるけど、やめといたほうがいいよ、と思いながら、マウスパッドの胸をもむ。うん、たしかに美魚の胸より大きい。
「僕は美魚が巨乳でも貧乳でも関係ないけどね」
 たとえ美魚が巨乳でもかわらず、美魚を愛するだろう、と思った。
「理樹くん、もう美魚が男だったとしてもそのまま恋人として付き合いそう」
 冗談交じりに美鳥がいった。
 ちなみにもちろん、美魚は女の子だ。あれやこれやそれやをして、僕は十分にそれを知っている。まぁもし、本当に男だったとしたら、それだとやっぱり恋人としてつきあうことはないだろう。そりゃ、美魚が書いている同人誌だったら、
『「美魚……、脱がすよ?」
「そ、それだけはやめてください、直枝さん」
 今、僕の部屋には僕と西園さんの二人しかいなかった。夜、こんな状況で二人きりでいたら、我慢なんてできるはずがない。美魚とつきあいはじめてから早1年。キスをつきあってから3ヶ月目に済ませたのに、それから先に進めなくて、もどかしくって――。美魚のことが欲しくて欲しくてたまらなくて――、美魚を押し倒した。美魚は、もう、耐えられない、といった感じで手で顔を覆う。その姿が僕の気持ちをさらに昂ぶらせた。
「……脱がすよ?」
 もう一度、美魚にそういった。たとえここで美魚に拒否されても、僕は同じ行動をとるのに、僕は美魚にそういった。
 美魚はもう観念したようで、何も言わなかった。
 僕はそれを肯定とうけとって――服を脱がした。



 ……はじめ、それがなんだか信じられなかった。
 美魚の股の間に、見慣れたモノがついていた。
「ごめん、なさい…」
 美魚が、謝る。そうだ、よく考えたら、美魚みたいに日本一、いや世界一可愛い子が女の子のわけがなかった。どうして気付かなかったんだろう。そのことを悔やむ。
 でも。
「美魚」
 そう一言だけ言って、美魚にキスをした。美魚の目が大きく見開かれる。
「好きだよ」
「直枝、さん……」
 男だと思っていてもやっぱり、可愛い。このかわいさは本当に、犯罪だった。
 そして僕は、美魚に僕自身を――


 ――って、感じになるんだろうけど、実際にはそういうことがおきるはずがない。なんてことを美鳥に話すと、美鳥の目が大きく、見開かれた。
 どうしたんだろう?
「あのね、理樹くん、一つ聞きたいんだけど」
「うん」
「今の小説、誰がつくったの?」
「おかしなこときくね。そりゃもちろん、ぼ……」
 そこまで言って気づく。今僕とんでもないものを作ったような気がする。さっきまでの妄想を思い出し、僕は頭を抱えた。って自分で考えてなんだけどさっき自分が考えた小説を忘却したい。
「やっぱり理樹くん、もう戻れないね……」
 その言葉にもちろん反論したかったけどとても出来なかった。



「二人で何を話しているんですか?」
「み、美魚!?」
「お、お姉ちゃん!?」
 いきなりこの場にあらわれた美魚に驚く。美魚と一緒にいるのは僕だけで、二人もいなくなったらブースには誰もいなくなってしまう。
「大丈夫です、某風紀委員ちょ……風紀委員の方が代わりに見せ番をやってくれましたから、それよりも美鳥、これはなんですか?」
 美魚はさっきまで美鳥がかいていた小説を指さす。うわぁ…。
 そりゃ自分をモデルにした、こんな小説を書かれていたら、いい気分はしないだろう。
「どうして、あなたはいきなり百合に目覚めたところから書くんですか。百合に戸惑う様子をかかないんですか!百合のことはよくわからないけど、はじめ戸惑うところを書くのが当然でしょう!?」
 ……そっちに怒っているんだ!?
 そういや、美魚、現実は現実、妄想は妄想っていっていたから、すみわけがしっかりできているんだな、って思いながら、やっぱり美魚と美鳥は仲いいんだな、と思った。
 普通の姉妹とはかけ離れているけど、ね。


 ちなみに某風紀委員長と某問題児がこの同人誌即売会で出会い、仲良くなったのはまた別のお話。 


[No.120] 2009/05/16(Sat) 22:06:39
9268byte (No.120への返信 / 2階層) - ひみつ@801 遅刻って何? 

でした、すみません。

[No.121] 2009/05/16(Sat) 22:12:59
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