吃音の心理的な症状 - 一歩一歩 - 2008/10/20(Mon) 20:34:59 [No.803] |
Re: 吃音の心理的な症状 - こじ - 2008/10/25(Sat) 00:58:29 [No.804] |
吃音は決して、言語症状だけのものではなく、心理的な面も一体となっています。これはわたし自身の直感とも合いますし、多くの人が語っています。 ではもう一歩すすんで、その心理的な面とは何でしょうか。 これは、わたしだけの話かもしれない。まったく一方的な考えかもしれない。 例えば、5分間スピーチの練習をするときに、普通の人だったらどうだろうか? 練習を断るときに、自分が恥ずかしくてできないとか、何も話すことがないとかという理由は想像できるし、理解できるものだと思う。 しかし、吃音者の場合は、練習を断るとき、普通の人と同じ理由を話したとしてもずいぶん意味が違うように思う。わたしの勝手な想像だが、ここに一つの大切な吃音の心理的面が表れているのではないか。どうだろうか。 つまり、吃音者が「何も話すことはない」というときは、本当に言葉を無くしているのではないだろうか。頭の中にモヤモヤと渦巻くものを、言葉にするという操作ができなくなっているのではないだろうか。自分自身のことを考えると、言葉を無くすという表現が割とぴったりくると思っている。本当に言葉が無くなる。ドモルのが嫌なのではなく、もちろん恐怖心、緊張感いっぱいの状態で、発表練習があって、急に自分の順番が回ってきて、何かを話すとき、言葉が無くなる。。。 うまく表現できないけど、皆はどうだろうか。 だから、無くなった言葉を生み出す練習という意味で、何もないところに話題を作り出す練習という意味で、5分間スピーチの練習は、今後のオンリーワンでやっていきたいなと思っている。 少々、強引な論理展開ですが、ふとそのように思えました。 [No.803] 2008/10/20(Mon) 20:34:59 |