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No.916へ返信

all 吃音の映画 - えーいち - 2011/01/28(Fri) 21:43:51 [No.909]
Re: 吃音の映画 - ヤマ - 2011/02/07(Mon) 16:56:24 [No.914]
なんだか駄目です - 一歩一歩 - 2011/02/06(Sun) 12:20:31 [No.911]
Re: なんだか駄目です - こじ - 2011/02/07(Mon) 00:45:57 [No.912]
Re: なんだか駄目です - 一歩一歩 - 2011/02/07(Mon) 17:20:02 [No.915]
なんだか駄目な理由 - たいき - 2011/02/09(Wed) 00:01:35 [No.916]


なんだか駄目な理由 (No.915 への返信) - たいき

私もなんだか駄目なのですが、少し考えてみましたが、一方通行と感じるか、そうではないか、の違いであるように感じました。

「吃音を克服」とは簡単に言えなく、症状そのものを治したいなど人によって違いがあると思います。

私の場合は、話すのが怖い、話す場面から逃げようとする、というようなことを、どんな時でも頭が反射的に反応してしまいます。
これはもう仕方がないことですが、これは凄く嫌なことなのです。

自分がやらなければならないことはなにか、大切にしなければならないことはなにか。
反射的に頭が反応した後にそのことを考え直して、修正するように心がけているのですが、やはり反射に流されてそのまま逃げてしまうことも多々です。
普通こんなこと考えないでしょうし、もっと楽に生きていけたらと嫌になったりすることもあります(笑)

そのように日々葛藤しているのですが、
映画のようなフィクションが自分と違う感覚のものであると、一方通行だと感じると同時に、今の自分を否定されてしまうように感じるからなのからかもしれません。
(自分と同じような感覚のフィクションであれば、違和感は少なくなるかもしれませんが)

ただ、NHKのようなノンフィクションでは、例え違う感覚であっても
「あぁ、吃音を持ちながらもこうやって生きている人もいるのだな」
「この人はこのような道を進んでいるのだな」
「自分は自分なりの道を進んで行こう がんばろう」

と、一方通行ではなく、一歩下がって考えることができる感覚があります。
吃音仲間と会って、お互いの話をし合う感覚に近い感じがすると言いますか。


そのような違いから、自分の場合は映画などに違和感を感じるのかもしれません。
抽象的で分かりにくいですね。長くなってしまいました。


[No.916] 2011/02/09(Wed) 00:01:35

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