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   心の問題 - 一歩一歩 - 2005/03/02(Wed) 11:23:00 [No.260]
わたし自身の道のり - 一歩一歩 - 2005/03/02(Wed) 15:38:05 [No.261]
Re: わたし自身の道のり - ミ〜 - 2005/03/03(Thu) 13:31:39 [No.262]



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心の問題 (親記事) - 一歩一歩

吃音者の心の問題。
どもる人は、自分自身のどもりについてどう感じているのでしょう?
わたし自身もそうでしたし、他の人からも同じ意見を聞いたことがあるのですが、わたしはどもりが嫌いでした。忌み嫌っていました。

少し別な話。
昔、こういう言葉を聞いたことがある。
「恋愛は若い頃は外見で判断するけど、歳とってくると、足が1本無くたって、手が1本無くたって、目が一つ無くたってよくなってくる。人は外見じゃない。」

最初に聞いたとき、この話は自分では無理だと思っていました。自分の中では、自分の吃音のことでさえ嫌っているのに、何故そんなことができるのかと思っていました。
それがいつ頃からか(40歳前後からなのかなあ?)、そういうことが理解できるようになっていました。

これは、人を全人格的にみるということなんです。自分に対してもですよ。
これができるようになると、すごく楽になります。


[No.260] 2005/03/02(Wed) 11:23:00
わたし自身の道のり (No.260への返信 / 1階層) - 一歩一歩

>  それがいつ頃からか(40歳前後からなのかなあ?)、そういうことが
> 理解できるようになっていました。


これですが、最初のきっかけは、わたし自身に俗な言葉で言うところの「生活力」がついてきたことだと思ってます。収入だけの話ではなくて、「実際上の生活力」です。だいたい37,8歳でしたかねえ。それまでは結婚はできないと思っていたのですが、その頃やっと普通の大人になったのかなあと思えてきました。

だから、ちょっと厳しいようだけど、本当は情けない話なんだけど、わたしの場合は人格的な成長というのは、「生活力」があったから、そこを出発点にしてできたという実感なんです。
情けないのだけど、もしも収入もなく生活に自信がなければ、わたし自身の心の成長があったかどうかわかりません。本当に、自分でも情けない話なんだけど。

だから、吃音の問題にすると。
わたしは最低限の「生活力」は必要だと思っている。もちろん、男性、女性問わずですね。その意味で、社会に必要とされる何か、「仕事」を持つことの意味は大きいと思ってます。

--------------------
ここから先は蛇足です。
ここまで考えてくると、重度の吃音のことは、わたしは避けて通ることができない。症状の程度は、その人の生活の程度にかなり強い影響を与えると思う。
だから、何らかの対応が必要だとわたしは思っています。
吃音サークルの役目は大きい。
行政の立場。

これ以上は、長くなりそうなので終わり。


[No.261] 2005/03/02(Wed) 15:38:05
Re: わたし自身の道のり (No.261への返信 / 2階層) - ミ〜

私の場合はですが今果たして人格的な成長(40過ぎの女性としての)があるのか
どうか自分ではわかりません。歳のわりに幼いのかもわかりません。
一歩さんが言われてるように女性も男性も「生活力」を身につけることは周りからは一人前の大人として扱われることは確かですね。
またそれが一つの自分自身の自信にもつながると思います。
また女性の場合は結婚をし子供を持ちやっと女として一人前、というような見方もあるようです(世間的に?)
しかし子供を産むことは殆どの女性が出来ます。育てる過程での成長はあると思います。産んだ以上は親としての責任がありますから。
それまでは吃音で逃げられたことでも子供が病気をしたりすれば医者に見せなければいけませんし医者に説明しなければいけません。このあたりは子供を持てば自然と母性本能が芽生え我が子を守らなければ!という母の愛だと思います。
吃音だからと逃げられなくなる状況がたくさん出てきます。
その時その時が必死ですがそれが良い結果をもたらしてると思います。
そう考えれば愛する相手、愛される人、守りたい相手、守られたい人、
尽くしたい相手、尽くされたい人、甘えられたい相手、甘えさせてくれる人
そういう相手を見つけること、またそういう人になることが吃音を改善する近道かもしれませんよ(^^)

> --------------------
> ここから先は蛇足です。
> ここまで考えてくると、重度の吃音のことは、わたしは避けて通ることができない。症状の程度は、その人の生活の程度にかなり強い影響を与えると思う。
> だから、何らかの対応が必要だとわたしは思っています。
> 吃音サークルの役目は大きい。
> 行政の立場。


これは簡単な言葉では言えない問題ですが・・・
私の子供のころの吃音はかなり重かったです。
父親と会話したことは無いに等しかったです。言葉が出なかった。
全く話さなかった・・話さなければ回りにはわからないけど吃音は改善されません

これは私自身も長い年月がかかりましたから軽軽しい言葉で言いたくありませんし
今現在も私の吃音が治ったわけではありませんから大きなことは言えませんが・・
声を出す、話す、人と接する・・・自分の殻から少しずつ脱皮し自分で努力していくしかないと思います。
結局は自分自身でどうにかするしかないのです。
他人はその人の吃音を治してあげることは出来ませんから。。
ただ心を癒せる場の提供は出来ますが・・・それがONLYであり他の団体だと
思います。


[No.262] 2005/03/03(Thu) 13:31:39
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