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No.274に関するツリー

   可能性 - tomi - 2005/03/13(Sun) 06:11:07 [No.274]
Re: 可能性 - さとう - 2005/03/13(Sun) 14:55:51 [No.275]
Re: 可能性 - こじこじ - 2005/03/13(Sun) 19:49:46 [No.276]
Re: 可能性 - さとう - 2005/03/15(Tue) 02:39:59 [No.278]
Re: 可能性 - tomi - 2005/03/13(Sun) 20:47:18 [No.277]



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可能性 (親記事) - tomi

 お久しぶりです。かなり前に書き込んだことがあるtomiという者です(何を書いたかはよく覚えてませんが(笑))。
 
 最近、言葉の方が絶不調ですこし凹んでます(泣)。まあ、それはいいとして、最近人と話していて気になることがあります。それは「どうせ自分は○○だから、○○できない(又は、○○してもダメ)」という言葉をいう人です。なぜかそれがすごく自分の中でひっかかりました。

 だってこの言葉ってその人にとって、できるかもしれない可能性を狭めたり、自分を卑屈にさせているだけのようにしか思えなくてとても悲しい気分になりました。この事は吃音にもあてはまる気がして、だからこそこういう事は言わないほうがいいとも思いました。

 能力とか環境とか人って生まれながらにして平等じゃないかもしれないけど、その後の努力や出会いとかによって十分変わりうると思うし、だからこそガンバル気にもなれると思うんですが・・・みなさんはどう思いますか?


[No.274] 2005/03/13(Sun) 06:11:07
Re: 可能性 (No.274への返信 / 1階層) - さとう

はじめまして? さとうといいます。
 
 私も「どうせ自分はどもりだから・・」「どうせ自分は変人だから・・」って頭で常に思っています。職場でふつうに話している人を見ると、「どうしてそんなにうまく話せるのか?」「どうして自分にはできないのか?」と悲しくなります。でもそういう葛藤を繰り返して、人は成長するものなのかなーとも考えます。一方で、葛藤に疲れている自分もいます・・・。

 ある程度は努力すればできると思うのですが、吃音に関しては限界があるのかなーと最近考えはじめている今日この頃です・・・。後ろ向きな発言ですみません・・。


[No.275] 2005/03/13(Sun) 14:55:51
Re: 可能性 (No.275への返信 / 2階層) - こじこじ

tomiさん、はじめまして? さとうさんこんにちは。
こじこじといいます。

tomiさんのおっしゃること、よくわかります。

吃音って体や心の調子によって絶不調になったり、特に何もしてないのに調子が良くなったり・・変化するものですよね。
そんなときは私も「あ〜なんでみんなあんなに淀みなく喋れるんだろう・・」と羨ましいという感覚よりも不思議に思えるときがあります。
絶不調のときは凹むだけ凹むしかないときもある。そして「ま、こんなときもあるわな〜」と思って自分をあまりいじめないほうがいいですよね〜。

『私は吃りだから○○できない』って、本当に吃る人にとっての標語みたいなものですよね(笑)
今までの人生で何百回そう思ってきたことか。
私の場合そう思う自分もダメだと思っていたから、それを人に言うこともしませんでした。人に言えないことがいっぱいあるってのも結構しんどいものです(笑)

私も以前は特に仕事の場面で「吃音だから仕事が人並みに十分にできない」「重要な会議の場面でもきちんと発言できない」って思うことがよくありました。
でも十数年ひとつの職業を続けていると、気づいちゃうんですよね。
仕事が思うようにできないのは吃音だけのせいじゃなくて、自分の仕事に対する努力不足だったり勉強不足のせいのほうが大きいことに。
吃音が重かったら、そのコミュニケーション力不足を補うためにいろいろ工夫するんじゃなくって、隠すことや逃げることばかり考えていたから仕事上のコミュニケーション能力がちっとも向上しなかったんだ、ってことに。

気づいたらすぐに変われるのか、っていうとそう簡単じゃなくって、やはり葛藤があったり、前後左右に揺れ動いたりしてました(今でもそうですが)。
そして私もさとうさんがおっしゃるように、そういう揺れをあまり憎まずに生きていくことの中から成長したり、自分なりの吃音観、人生観が深まっていくんだろうな、という実感を持っています。

また、多くの吃音仲間と知り合いになると、じつにいろんな職業の人がいるので、吃音だから教師やセールスマンや消防士や言語聴覚士や社長になれない、ってのは違うな〜って改めて気づかされます。


[No.276] 2005/03/13(Sun) 19:49:46
Re: 可能性 (No.276への返信 / 3階層) - tomi

こんにちは、さとうさん、こじこじさん。これからはもう「はじめまして」でいこうと思います(笑)。

> 仕事が思うようにできないのは吃音だけのせいじゃなくて、自分の仕事に対する努力不足だったり勉強不足のせいのほうが大きいことに。
> 吃音が重かったら、そのコミュニケーション力不足を補うためにいろいろ工夫するんじゃなくって、隠すことや逃げることばかり考えていたから仕事上のコミュニケーション能力がちっとも向上しなかったんだ、ってことに。


 確かに逃げたり、隠れたりすろことからは何も生まれませんよね。

> 気づいたらすぐに変われるのか、っていうとそう簡単じゃなくって、やはり葛藤があったり、前後左右に揺れ動いたりしてました(今でもそうですが)。
> そして私もさとうさんがおっしゃるように、そういう揺れをあまり憎まずに生きていくことの中から成長したり、自分なりの吃音観、人生観が深まっていくんだろうな、という実感を持っています。


 お二人の言うことはよく分かります。確かにどもることがあると心の中にいろんな葛藤が出てきますよね。ずっとそんな気持ちだと疲れてくるのも当たり前ですし。また、そんなときには「もうこれくらいでいいや〜」なんていう風に開き直ることも大事だと思いますし。

 要は何事もバランスだと思うんですよ。つまりその吃音に対しての自分なりの見方・考え方ってものを持って、それをうまく利用して自分の成長につなげるいわゆる”起爆剤”みたいなものしていけたらいいなぁなんて考えたりしてます。

 吃音がある人って僕の経験上ですけど、みんな真面目だし、悩んでる分よく考えてるし、人にも優しいし、悪いとこってそんなにない気もするんですよね(笑)。後は前に向かっていく力さえ持てればもっと人生楽しくなるんかぁなんて最近思っちゃったりしてます。


[No.277] 2005/03/13(Sun) 20:47:18
Re: 可能性 (No.276への返信 / 3階層) - さとう

ちょっと気になったので・・・

> 吃音が重かったら、そのコミュニケーション力不足を補うためにいろいろ工夫するんじゃなくって、隠すことや逃げることばかり考えていたから仕事上のコミュニケーション能力がちっとも向上しなかったんだ、ってことに。

「コミュニケーション力不足を補うためにいろいろ工夫する」のは、肯定的に捉えたほうが良いと思います。吃音はどう考えても長所とは言えないので他でカバーするのは、良いこと(又は当然のこと)だと思いますよ。


[No.278] 2005/03/15(Tue) 02:39:59
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