何年か前から、数人で話しているときに心地よい興奮というのを感じるようになってきた。自分から話すことと、他の人の意見を聞くことで、そうしながら自分の考えが前に進んでいくというか、話すことで自分の存在を分かってもらえる心地よさを感じるようになってきた。
でもこれは、ある瞬間にはその場の主導権を握ることが心地よさと繋がっているようにも感じられて、その辺りのことが吃音者は苦手なんだろうなあと、ふと思った。 ああいうときの聞き手は、主導権を取ろうとして話の腰の折り方が親切ではないことが往々にしてあるように思う。吃音者の不利はこういうところにもあると思った。
よく自分と他人を比べて、「勝った」、「負けた」と思うことがある。こういう感情は、吃音のことは横に置いておいても、わたしのような歳になっても頭をもたげてくる感情のように思える。ただ、「負けた」と感じても、自分の能力一杯のことをやっているとき、やるだけのことをやっているときは、欲求不満は残らないことも感じている。 「勝った」、「負けた」というのは、「きちんとした物言いができるかどうか」ということも一つの評価尺度になっているのは否定しないけれども、やはり主張できるときは主張して、少しずつでも自分の中の吃音の壁を壊していくことが大切だと思う。
抵抗があるかもしれないけど、どもっても格好悪くてもいいから、言うべき事は言いましょう。発表とか面接とかあるときは、下準備などやるだけのことをやってから本番を迎えましょう。吃音に振り回されて、話す内容が疎かになってはあまりに悔いが残ってしまいます。
# 1/14 14:05 小修正。
[No.540] 2006/01/14(Sat) 12:50:13 |