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   話すときの恐怖感 - 一歩一歩 - 2007/07/25(Wed) 22:30:52 [No.704]
Re: 話すときの恐怖感 - 一歩一歩 - 2007/07/26(Thu) 08:42:54 [No.705]
Re: 話すときの恐怖感 - エリ - 2007/07/26(Thu) 17:45:20 [No.707]



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話すときの恐怖感 (親記事) - 一歩一歩

 話すときの恐怖感は年齢とともに軽くなるという人がいる。多少は、その傾向があるのかもしれないとも思う。でも、今のわたしは恐怖感は無くなりはしないと感じている。年齢とともにというのは、わたしにはわからない。わたしが感じているのは、人生に対する自信、社会的なことに対する自信が恐怖感を和らげることを感じている。

 「50歳、60歳にでもなれば慣れるよ」と話すのを聞いたことがある。慣れるというのは言い過ぎだと思っている。年齢とともに恐怖感は和らぐかもしれないけれども、少なくともわたしはゼロになる感覚は感じていない。

 ただわたしの場合、40歳くらいから人前でドモルことができるようになった。恐怖感はあるのだけど、割と平気な顔をしてドモれるようになった。また、50歳くらいからは恐怖感が一気に和らいだことを感じている。50歳のときのことは、今でもはっきりと覚えている。26年間勤めた職場を辞めて起業したことが切っ掛けなのは間違いない。社会的な意味での強い自信がそうさせたと、今でも意識できる。電話だろうが何だろうが、たいていのことは怖くなくなった。それでも、自分の心を探ってみると話すことの恐怖感があることを感じる。

 もしも、年齢とともに和らぐのであれば、若い人に対して「あと30年待てば自然に楽になる」と言って上げられるのに。。。
 残念ながらわからない。


[No.704] 2007/07/25(Wed) 22:30:52
Re: 話すときの恐怖感 (No.704への返信 / 1階層) - 一歩一歩

堅い話でごめんなさい。
少し言葉足らずなので、補足します。

サラリーマンを辞めて、自営業になって心が開放されたことを感じました。精神の自由を得たというか、そういう感じです。そのことも大きいと思います。まあ、うまい言葉ではありませんが、わたしの今現在の幸福感はそこに根ざしていると思っています。

ただ、この場合の心の開放と吃音の問題とは少し違うと思っています。心の開放は広いもので、吃音の問題はそれに比べると狭い問題だと感じています。


[No.705] 2007/07/26(Thu) 08:42:54
Re: 話すときの恐怖感 (No.705への返信 / 2階層) - エリ

深い話題ですね。若輩者の私には、まだまだわからない問題ですが、心の開放と吃音の問題は少し違うというのは、なんとなくわかるような気がします。

70歳のおばあさんになった時、私はどんな声でどんなふうに話しているだろうか、相変わらず吃っているだろうか、吃る時に精神的な葛藤や恐怖感を感じているだろうか、吃る・話すということについてどんなふうに感じているだろうか、などと時々ぼんやり考えます。


[No.707] 2007/07/26(Thu) 17:45:20
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