カミングアウトというのは、本来は同性愛者が自己の性癖を告白するときのことだったそうだ。それをカミングアウトと言っていたらしい。まあ、今はもう少し広い意味で使われていて、マイノリティの人たちが自己を告白することを指す言葉になっているらしい。
吃音のカミングアウトについてはどうか。 わたしは同性愛者やHIV患者の人たちのそれと比較して、異質なものを含んでいることを感じている。吃音者に共通の悩み所を考えるとき、吃音とは「言葉がでない」ことではなく、「話すことの恐怖」、もう一歩進んで「自己開示(肯定?)の恐怖」にあるのではないかと感じている。自分で自分を認めることの恐怖とも言えるかもしれない。どうだろうか? カミングアウトをするためには、その前に自分が吃音であることを認めないといけない。吃音者はそこに恐怖を感じているのではないのか。内なる自己として吃音を認めること、それができないのではないのか。 一方、同性愛者などの場合は自分で自分自身を認識することの恐怖は、本質的には存在しないのではないのか。どうだろうか。
# 吃音関係の議論の某所における議論をまとめました。自分の意見をまとめただけです。
# 2007-09-19.20:30 補足。 最後の行の「本質的に存在しない」は明らかに言い過ぎですね。でも、うまい言葉がみつからない。ただ、わたしには理解できない部分があるので、残念ながら勝手な想像をしての言葉になってしまう。
[No.729] 2007/09/18(Tue) 20:09:42 |