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   吃音の映画 - えーいち - 2011/01/28(Fri) 21:43:51 [No.909]
Re: 吃音の映画 - ヤマ - 2011/02/07(Mon) 16:56:24 [No.914]
なんだか駄目です - 一歩一歩 - 2011/02/06(Sun) 12:20:31 [No.911]
Re: なんだか駄目です - こじ - 2011/02/07(Mon) 00:45:57 [No.912]
Re: なんだか駄目です - 一歩一歩 - 2011/02/07(Mon) 17:20:02 [No.915]
なんだか駄目な理由 - たいき - 2011/02/09(Wed) 00:01:35 [No.916]



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吃音の映画 (親記事) - えーいち

アカデミー賞のノミネートで
「ザ・キングス・スピーチ」
という映画がトップに躍り出ました。

現イギリス女王のエリザベス2世の父親、ジョージ6世を主人公にした
ストーリーで、吃音症だったジョージ6世が、それを克服し、
演説をするまでを描いた、普遍的かつ感動的なものになっているそうです。

この映画が紹介されるときに「吃音」という言葉がほぼ必ず出てくるわけで、
もしこの映画が最多で賞をとったりすれば、この映画がいろんな意味で
「吃音」を一番世界に知らせるのかななんて思っています。

日本での公開が待ち遠しいですね。

ttp://www.imdb.com/video/imdb/vi1424886041/(予告編です)


[No.909] 2011/01/28(Fri) 21:43:51
なんだか駄目です (No.909への返信 / 1階層) - 一歩一歩

アカデミー賞ノミネートですかぁ。。。
NHKの「きらっと生きる」は観る気するんですけど、こちらはどうも駄目みたいです。そこまで、耐えられない気がします。
重松清さんの「青い鳥」も最後まで読めなくて、今は本棚の奥の見えないところで簡単には取り出せないようにしてしまってあります。この映画、わたしはどうも駄目です。


[No.911] 2011/02/06(Sun) 12:20:31
Re: なんだか駄目です (No.911への返信 / 2階層) - こじ

>NHKの「きらっと生きる」は観る気するんですけど、こちらはどうも駄目みたいです。そこまで、耐えられない気がします。

うんうん、「吃音を正しく知ってほしい、わかってほしい」と思う一方で、一歩一歩さんのように感じている人は、案外多いのでは・・と思います。
私も、上映開始早々観にいきたいとは思っていますが、最近テレビでこの映画が取り上げられることが増えて、番組を観るたびにちょっとドキドキします(笑)

今夜のアメリカの映画ランキングの紹介番組で、興行成績第4位だったとかで、紹介されていて、「吃音症の〜」ってナレーションが流れてて、「あ〜〜、病気じゃあないんだけどな〜〜」って思いました。
病気=治るもの、患者として治るように努力すべきものって暗黙の価値観がありますからね〜〜。

一歩一歩さんが「どうも駄目」という感情の中身を、もう少し書いてもらって、もう少し共有できたらいいかな〜って思いました。
一歩一歩さんのように、仕事でもどこでも吃音をオープンにできる人が、なぜ、「きらっと生きる」は観る気するのに、映画は観れないのか…。

ある意味吃音問題の奥深さを感じます。


[No.912] 2011/02/07(Mon) 00:45:57
Re: 吃音の映画 (No.909への返信 / 1階層) - ヤマ

貴重な情報を頂きましてありがとうございました。

私も、日本での公開が待ち遠しいです。


[No.914] 2011/02/07(Mon) 16:56:24
Re: なんだか駄目です (No.912への返信 / 3階層) - 一歩一歩

> 一歩一歩さんのように、仕事でもどこでも吃音をオープンにできる人が、なぜ、「きらっと生きる」は観る気するのに、映画は観れないのか…。
>
> ある意味吃音問題の奥深さを感じます。


怖いので、そこから逃げているんです。たしかに、わたしはオープンにできますが、「話すのが怖い」という感覚からは逃げているんです。今、わたしは平気で電話もできますし、仕事上もプライベートも吃音オープンです。近所つきあいも吃音オープンです。
吃音については、一番苦しんでいたのは高校生から二十歳くらいかな、それから三十代半ばくらいまで、もんもんとしていました。でもそれが今思い出してみて、具体的に何が(本当のところ? どこが?)つらかったのかどうしても思い出せないんです。あの感覚が霧の中のどこかに消えてしまって、何の目印もなくなって、思い出そうにも右往左往するばかりです。

ぜんぜん説明になっていませんが、映画とか、小説の話は、その核心の部分を呼び起こしてしまうんです。なんとなくそういう気がします。「青い鳥」は確実にそうでした。忘れていた(とうに過ぎ去った)感情がわき起こったことを覚えています。そのページから読めなくなりました。
それに対して、ノンフィクションの「きらっと生きる」などは一歩離れて論理的に観ることができる。そのような気がします。

正直、まだよく自分でもわかりません。


[No.915] 2011/02/07(Mon) 17:20:02
なんだか駄目な理由 (No.915への返信 / 4階層) - たいき

私もなんだか駄目なのですが、少し考えてみましたが、一方通行と感じるか、そうではないか、の違いであるように感じました。

「吃音を克服」とは簡単に言えなく、症状そのものを治したいなど人によって違いがあると思います。

私の場合は、話すのが怖い、話す場面から逃げようとする、というようなことを、どんな時でも頭が反射的に反応してしまいます。
これはもう仕方がないことですが、これは凄く嫌なことなのです。

自分がやらなければならないことはなにか、大切にしなければならないことはなにか。
反射的に頭が反応した後にそのことを考え直して、修正するように心がけているのですが、やはり反射に流されてそのまま逃げてしまうことも多々です。
普通こんなこと考えないでしょうし、もっと楽に生きていけたらと嫌になったりすることもあります(笑)

そのように日々葛藤しているのですが、
映画のようなフィクションが自分と違う感覚のものであると、一方通行だと感じると同時に、今の自分を否定されてしまうように感じるからなのからかもしれません。
(自分と同じような感覚のフィクションであれば、違和感は少なくなるかもしれませんが)

ただ、NHKのようなノンフィクションでは、例え違う感覚であっても
「あぁ、吃音を持ちながらもこうやって生きている人もいるのだな」
「この人はこのような道を進んでいるのだな」
「自分は自分なりの道を進んで行こう がんばろう」

と、一方通行ではなく、一歩下がって考えることができる感覚があります。
吃音仲間と会って、お互いの話をし合う感覚に近い感じがすると言いますか。


そのような違いから、自分の場合は映画などに違和感を感じるのかもしれません。
抽象的で分かりにくいですね。長くなってしまいました。


[No.916] 2011/02/09(Wed) 00:01:35
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