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> > 私は村本大輔さんのツイッターに共感するフォロワーの数が5.8万と言うのに少しばかりびっくりしています。 > > 私は5.8万の100倍以上の共感が集まって当然だと感じています。 > > 弱者に対する眼差しの視点が絶対的に狂っているのでしょう。 > > > > そしてこの視点の狂いが安倍支持の根源なのかもしれません。 > > 自己レスになります。論点の追加・補正です。 > 東京のホームレスの人たちが避難所に入れなかったと言う問題ですが、完全に憲法を逸脱しています。憲法違反です。 > > この問題憲法第三章 国民の権利及び義務に関する点において大いに問題です。 > ホームレスの人たちが避難所に入れなかった理由について台東区役所の広報課担当者は「住所がない」「避難所は区民の方への施設」ということを挙げたそうです。 > しかし日本国憲法は、 > 第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。 > > として日本国民の基本的人権を侵すことのできない永久の権利として規定しています。 > また、 > 第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。 > 第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 > > として、徹底的に個人の生存権や幸福追求権を保障しています。 > つまり、台東区役所の広報課担当者が述べた「住所がない」「避難所は区民の方への施設」と言う理由はそれ自体が意味をなさないものとなります。 > > 台東区は今後起こると予想される天災の際に、台東区に存在する他の市区町村民や他の道府県の人たちが被災し困窮をしても、台東区民以外には行政サービスを行わないと言う事なのでしょうか? > > これを許すのならば以前述べた通り、行政は国民・住民から税と言う名の下に富を強奪する暴力装置以外の何物でもありません。 > > この問題は国会で大きく取り上げるべきだと思います。 台東区の対応を支持する多くのコメにも「自己責任論」の蔓延、人権意識の希薄さが現れています。 こうした風潮が顕著になってきたのは、私は小泉政権以降ではないかと感じています。 当時マスコミを通じ「勝ち組」「負け組」という言葉が蔓延り「自己責任論」がなんの抵抗もなく人びとの思考に入り込んできた、いや刷り込まれたと言ってもいいのかもしれません。 あの頃小泉内閣はなにをやったか・・労働者派遣法の改悪、非正規雇用の増加が多くのワーキングプアを生み出した。アベは格差を是正するどころか富裕層を優遇し弱者切り捨て、日本は底なしの格差社会へと陥っていったのです。 国民を分断する格差社会のなかで良識や人権意識が希薄になり「自己責任」という言葉で国民同士が互いに責任を押し付け合う。これは支配する側にとって非常に都合がいいでしょう。 こんな混沌とした世の中だからこそ、私たち国民は常に現憲法と照らしながら日本という国を正しい方向に舵取りしていかなければならないのだ、と。 ガリレオさんの示された論点はとても大事だと思いました。 [No.27471] 2019/10/17(Thu) 18:34:41 |
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