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> 先に示しましたアベ擁護ありきで野党批判を繰り返す高橋氏のツイートでもわかるように、かなり政権に偏った思考の持ち主の講義をそのまま信用できるか、という話なのです。 > > 「信用」というものは普段からの発言や行いが積み重なって得られるものです。今の日本はその大事な部分がなおざりにされているように感じるのです。 > > 政治家や官僚、アベに親しい人物がどんな不正を働いても検察は起訴すら出来ないしメディアもそれを批判しない。ほとぼりが冷めればご栄転で誰も責任を取ることなく許されてしまう。もはや、三権分立も第四の権力も機能してないのが日本の現状です。 > > そのことに国民自身が慣らされ、物事の良し悪しの判断基準すら曖昧になってしまっているのではないか、と。 > 私は山本氏の「専門的知識以外には組しない」との発言もその延長線上にあるのではないか、と思えてならないのです。 私は、アベ擁護ありきで野党批判を繰り返す高橋氏のような、かなり政権に偏った思考の持ち主の講義を聴くという行為を否定することはしません。ただし、高橋氏の発言をそのまま信用できると考えて講師に呼ぶような人物は政治家には向かないのではないかと考えています。 現在のこの国の政治に関する風潮の中で一番危険だなと思うのは、反対意見を聞くことなく数の力が正義だと言うかのように反対意見を切り捨てる、そんな風潮が蔓延している事ではないかと思う事があります。 IR・辺野古・防衛の在り方などなど、本来ならばいくつもの国会を挟んで議論されなければならない課題が、与党が進める審議時間と言う根拠のない物差しで議論を深めないままに採決する現在の国会は果たして民主主義国家の議会と言えるものなのだろうかと疑問に思えてなりません。 例えばIRですが、野党は本日カジノ廃止法を提出しました。 おそらくですが、この法案は委員会において一度も審議されることなく廃案になるのではないかと私は思っています。なぜなら一度審議を始めればカジノ設置と言う行為がいかに無謀な行為であるかが国民に分かるからです。 反対意見に耳を貸さない与党は批判されるべきです。 しかし、反対に野党に批判的な人物の講演を野党議員が聞くことはけしからんと言っては、与党を批判する根拠が無くなるのではないかと私には思えるのです。 高橋洋一氏を呼んだ野党の勉強会がどのようなものであったのかは存じませんが、野党に批判的な言論を繰り返す人物一人を勉強会の中で議論し野党ファンに転身させられないようでは政権奪取など夢物語に過ぎないのではないかと私は考えるわけです。 別スレッドで選挙制度についての議論を始めていますが、現状の選挙制度の中では、投票者の51%以上の得票が無ければ当選は出来ません。 この選挙制度の中で反対者の意見を聞くと言う行為は、意見を表明する者の思想信条がどのようなものであろうとも有意義であると私は考えています。 [No.27559] 2020/01/20(Mon) 23:00:54 |
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