今日は政治の話ではなく世間話、茶飲み話です。 3年ほど前に亡くした父の納骨式を行いました。 信徒であるお寺のご住職にお経をあげていただき納骨は滞りなく終わりました。 3年ほど前にお別れをした父とは、それでも一つ屋根の上に暮らしていたいう感覚があるからなのか、寂寥感に包まれています。 3年も家に置いておかなければならなかった、ふがいない息子のそれでも精いっぱいの親孝行ができたでしょうか? 生前にもっと親孝行をしておけばと言うのは世の常なのでしょうか? お勤めを終えられたご住職が併設されている納骨堂の片隅に野ざらしにされているお骨壺を見つけられました。 私が驚いていると、ご住職は納骨堂の周りにそっとお骨壺を置いて行かれる方がいらっしゃると言う事が、お坊さんの間でも話されることが多いと仰っていました。 残念ながら、格差や貧困はこのようなところにも及んでいるのですね。 大切な人を野ざらしにしなければならなかった方は、どんな思いだったのだろうと思うと胸が痛みました。 このような状況が、多くの人たちが望む゛にほん゛と言う国の形なのかなと考えさせられる出来事でした。 湿っぽい話でごめんなさい。 [No.27918] 2021/11/21(Sun) 21:06:07 |
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