> 戦後76年。 > 被爆76年。 > > 人々の記憶から戦争が薄れゆき、総理が原爆の日の挨拶を忘れる。 > > 日本人として忘れたくないもの忘れ去ってはならないものをもう一度思い出そう。 > > コロナ禍の中に有っても大切なことを忘れるような人にはなるまい。 > > 2021年8月9日。 > > 長崎原爆忌の朝に。
もう一度思い出そう、とのことだが、我々は何を思い出すのだろうか。 果たして我々は、思い出す程度の知識もなく、雰囲気だけで納得しているだけではないのか。 今の高校や公設図書館に、海岸の砂に埋もれた無数の戦死体の無表情な顔・中国人の首を切り落とす兵士とそれを笑顔で見守る戦友たち・真っ黒に炭化した民間人の死体、みな軍部より公開禁止の印を押された写真集が手に取れる棚に置いてあるのだろうか。
私の父は学徒出陣組で関東軍に入隊し、終戦後はシベリア抑留を経験した。復員後は陸軍航空隊の情報将校であったためGHQにソ連軍陣地に関する事情聴取を長期にわたって受けたりもした。 その父に、戦地で人が死ぬとはどういうことか子どもの頃に聞いたことがあった。父の答えは、慣れてしまう、ウジの湧いた死体の横でも平気で寝られた、であった。
我々は被害者だけではなく強烈な加害者でもあった。 忘れるとか被害者ぶってると、あの戦争は理解できない。 戦争の傷跡はいまだに散見される。 もっと学びましょう。
[No.27866] 2021/08/14(Sat) 12:21:19 |