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No.1108へ返信

all こんにちは - ルー - 2007/04/05(Thu) 12:15:53 [No.1108]
Re: こんにちは - ぴあ - 2007/04/05(Thu) 13:58:42 [No.1109]
追加ですが - ぴあ - 2007/04/05(Thu) 14:16:57 [No.1110]
Re: 追加ですが - ルー - 2007/04/05(Thu) 16:09:07 [No.1111]
ついでに - ぴあ - 2007/04/06(Fri) 01:05:25 [No.1113]
おじゃまします - みみ - 2007/04/06(Fri) 01:59:08 [No.1115]
Re: おじゃまします - ぴあ - 2007/04/06(Fri) 11:28:19 [No.1117]


こんにちは - ルー

実は、「死日記」という小説を読んでから、とても辛くなっています。
主人公の少年に感情移入してしまって。
小説のモデルになった実際の事件というのがあって、それは、高1の息子に保険金をかけ、海に落として殺した事件です。
まだ記憶にあるのではないですか。
何年か前に起きた事件です。
小説では、その少年が、とても愛すべき性格の人間として書かれています。
それなのに、自分が殺されるとわかっていて、そのまま殺されるという道を選んでしまうのです。
自分が殺されなければ、お母さんが男に殴られるであろうから・・・そういう理由で、自分が殺されえる方を選んでしまうのです。
現実に起きた事件は、そういう経緯はなかったでしょう。
そこまで、母親を愛してはいなかったでしょう。
しかし、小説の少年は、子育て放棄をする母親でも、健気に愛し、信じ続けるのです。
それは、何なのだろうかと思います。
たぶん、そこが自分と重なるのです。
小説の中に出てくる刑事も、そこが疑問だと言っています。
どうして、感情に蓋をしなかったのか?と。
どうして、母親を愛し続けたのか?と。
ということは、作者の意図もそこにあるわけですね。
私が解けない謎のところ・・・

最近、歌を歌うようになったのですが、ゴスペルの歌詞の中に「君は愛されるため生まれた」というのがあって、その親に殺された少年のことを想いました。
「愛されるために生まれたのか?」疑問でした。
しかし、親に愛されたかどうかはわからないけれど、周りの人には愛されていましたし、私も愛しています。
神様に愛されている・・・なら、どうして、親に殺されねばならなかったのか。また疑問なのですが。
きっと、神様に愛されたでしょう。
そして、また、神様のところに戻ったのでしょう。


[No.1108] 2007/04/05(Thu) 12:15:53

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