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> 実は、「死日記」という小説を読んでから、とても辛くなっています。 > 主人公の少年に感情移入してしまって。 小説は、、、やはり「作り物」です。 その殺された少年が、本当は、どう考えたのか。 何を感じていたのかは、わからないことです。 書いた人の思いが、強く打ち出されるものではないか と思います。私は。 現実も、そうですよね。 「こうであって欲しい」という感情によって、 歪められたり、問題提起に使われたり。 書いた人は、どういう思いがあるのか。 殺された少年は、他にも、個人的な 問題を抱えていながら、殺す・殺されるの 状況の中に、突入してしまった。 のかもしれないし。 読んだ人が、どう考えるか。 もう。ひとりひとりの、生きざま。考え方。感受性。 それしかない。のかなと思うのです。 > 最近、歌を歌うようになったのですが、ゴスペルの歌詞の中に「君は愛されるため生まれた」というのがあって、その親に殺された少年のことを想いました。 > 「愛されるために生まれたのか?」疑問でした。 人は。愛するために産まれる。 わたしは、そう思うのです。 なにかを愛して。 自分の命よりも愛して。 そのために、死ぬこともある。 命って・・・なんでしょうね。 これも、生きていて、生き抜いて、そして ふっと。なにかから、教えられるものなのかも。 頭で考えては、絶対に、たどり着かない処で。 [No.1109] 2007/04/05(Thu) 13:58:42 |