すっかり暗くなった外の景色を見つめた。 部屋の中では暖房のスチームが水蒸気ができる音を立てる。 さっきから降り始めた雪は積もることのない牡丹雪だった。 大きなまるい固まりがまるでスローモーションのように落ちていく。 そう、まるであたしがこの家に来てからのほんの十数分が一時間にも二時間にも… 「唯ちゃん、ごめんねぇ。淳平何やってるのかしらね」 「あ、いえ、お構いなく」 おばさんが申し訳なさそう表情で二人分の紅茶を運んできてくれた。 あたしはお礼を言ってから、おばさんと向かい合わせに座ってまだ熱いコップをゆっくりと口元に運んだ。 「確か今日はバイト入れてないって言ってたと思うんだけどね」 今頃淳平も誰かと一緒にいるのだろうか。 足元に置いた箱に軽く触れてみる。 …淳平…どんな顔して帰ってくるだろう… 「あらっ、唯ちゃん、その箱。もしかしてチョコレート?」 「あ、はい」 「唯ちゃん淳平にチョコくれるのね。ありがとね〜。唯ちゃんみたいなかわいい子から、おばさんも嬉しいわ」 「そんなあ、かわいいだなんて、おばさんったら」 和やかな雰囲気が部屋を包む。 いつもここに来れば、まるで本当の家族のような温もりが待っていてくれた。 暖房で暖められた部屋の空気と同じように心も温かかった。 「ただいま〜」 廊下に響く少し低めの声。 「あら、帰って来たみたい。淳平お帰り〜」 立ち上がり廊下を覗く。 「ねえ淳平、チョコもらった?」 「…ん…?…ああ…唯か…」 「ねえ、誰からもらったの?ねえってば、東城さん?西野さん?」 「誰からももらってないよ」 「またまたぁ、嘘ばっかり」 そう言ってから気付いた。 学生服の肩に雪が溶けたような跡。 もし誰かからチョコをもらってるならもっと浮かれるか、無理に嬉しい気持ちを抑えたような反応が見られるはずなのに… 「だからもらってないって言ってんだろ」 「もしかして…本当にもらってないの?」 「ああ」 「そっか」 だけど… あたしは笑顔の淳平のほうが好きだから… 「だからってそんな顔しない。幸せ逃げていっちゃうよ?ほら、唯からチョコレート。これ一緒に食べようよ」 「…なっ………とか言って自分が食べたいだけだろ」 「何?いらないの?」 「いや、そういう意味じゃなくって…」 うん、淳平にはやっぱりそういう表情のほうが似合うよ… 「ほら、早くこっち来て。早く来ないと唯が全部食べちゃうよ?」 東城さんや西野さんやさつきちゃんのことを好きでいるってことも、 「わっ、待てって」 唯は淳平にとって妹みたいな存在だってことも、 「よーし、いただきまーす」 全部わかってるから。 「こらー、唯!」 だから、唯はこれで満足。 さっき唯が『一緒に食べよう』って言ったときの、 あの、少し驚いたような表情。 それで十分。 それだけで満足だよ。 二月十四日。天気、雪。 淳平の家にて、 少しうれしかったこと 南戸唯 [No.1254] 2006/02/14(Tue) 21:28:51 IP1A0041.oky.mesh.ad.jp |