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WINGBEAT COFFEE ROASTERS

all 『WHEEL』 序章―無限の歪― - 光 - 2007/05/06(Sun) 18:25:14 [No.1351]
『WHEEL』 第1章―気になるアイツ― - 光 - 2007/05/17(Thu) 01:29:56 [No.1352]
『WHEEL』 第2章―恋に不慣れなオトコノコ― - 光 - 2007/08/04(Sat) 23:46:04 [No.1367]
『WHEEL』 第3章―ボクを悩ますオンナノコ― - 光 - 2007/11/19(Mon) 20:47:46 [No.1399]
お詫びという名の言い訳 - 光 - 2008/06/25(Wed) 00:17:39 [No.1451]
『WHEEL』 第4章―言えない関係― - 光 - 2008/06/25(Wed) 00:24:09 [No.1452]
『WHEEL』 第5章―ただ、君と一緒に― - 光 - 2008/11/04(Tue) 01:24:41 [No.1481]
『WHEEL』 第6章―ここから始まる― - 光 - 2011/04/21(Thu) 17:35:29 [No.1600]


『WHEEL』 第3章―ボクを悩ますオンナノコ― (No.1367 への返信) - 光

 七月も半ば過ぎ、梅雨の頃の湿気もそのままに、暑さがやってく

る。本格的な夏の到来である。それは最早、日が当たっているかい

ないかということは、ほとんど関係なく、例え夜でも暑さの勢いは

衰えることを知らず、夜風でもなければ日中とさして違うものでも

ない。

 そんな状態の中、慰め程度のオンボロ扇風機を回し、ほとんど回

らない頭に悩みつつ、淳平はなんとか机にかじりついていた。ノー

トと問題集を開き、シャープペンシルをカリカリいわせながら。



問3 2桁の自然数と、その十の位と一の位を入れ替えてできる数

の和は、元の数の各位の和の11倍に等しくなる。このことを証明

せよ。


「はぁ・・・・・」

 相変わらず頭に入ってこない文字の羅列を目線で数回なぞり、頬

杖をついてため息を一つ。

 複雑難解な問題に直面して、解く気を削がれているというのでは

ない。むしろ、最初から解こうとしていない。淳平の頭の中ではた

った一つ、昼間の出来事がぐるぐると渦を巻き、脳内で暴れまわっ

ていた。


『じゃあ、“芯愛高校”行っても、仲良くしようね!淳平君!』


 再び盛大なため息を吐く。

 淳平を悩ませているこの台詞を発したのは、同じ泉坂中学のアイ

ドル西野つかさ。その容姿から、学年中、ひいては学校中の男子生

徒の憧れの的であり、女子生徒の間でもちょっとした有名人。そし

て、本日を以って、淳平の15年の人生で初めての“彼女”なのだ

った。

 初めての恋人ができたその夜、悩むことと言えば、初デートのこ

と、これからうまくやっていけるのかということ、等々と相場は決

まっているものであるが、今回の場合はちょっとだけ特殊。そのち

ょっとだけ特殊な悩みの内容は、今しがた淳平が本棚から持ってき

た分厚い本が雄弁に語っている。その本をパラパラと捲り、あるペ

ージでピタリと止まる。右上の端に折り目をつけてあるそのページ

には、見やすい大きな文字でこう書いてあった。



<泉坂高等学校>




 机の上に開いて置いた高校受験ガイドのそのページに目を落とし

て、しばらく無言で眺めてから、淳平は索引で別の学校を探す。新

しく開いたページに今度は別の学校の名前が記されている。




<芯愛高等学校>




 「はぁ〜・・・・・・・。」

 三度目のため息。

「どうすっかなぁ〜・・・・・。」

 本の上にバタリと頭を倒れこませて、情けない声を上げる。

 夏休みを目前に控えたこの季節。彼ら中学校3年生にとっては、

自らの志望校を本格的に絞り始める季節である。淳平の場合は先程

のページで見ていた泉坂高校。実は淳平が通える範囲内ではなかな

かの進学校なのであるが、淳平は別にそれで今から大学受験を視野

に入れた高校選びをしているわけではない。淳平の探しているもの

が、この付近では泉坂高校以外にはなかったから、という極めて単

純な動機。 対して、後者の芯愛高校。低レベルというわけではな

いものの、別段ハイレベルでもなく、進学校というには何か違う気

がする。そんな学校である。

 淳平の今の成績から言えば、泉坂高校は手が届きにくい場所あ

る。芯愛高校ならば、今のままでも恐らくは合格することができる

であろう学校だ。

 それなら淳平は志望校のランクを下げなくてはならないことに悩

んでいるのか。

 これも違う。

 繰り返しになるが、淳平は学力で泉坂高校を選んだわけではな

い。

 問題なのはそこではなく(学力も問題ではあるのだが)、先程の

彼女のことである。淳平の第一志望校は泉坂高校であり、数時間ず

っと淳平を悩ませている台詞のことを考えれば、答えは自明。

「せっかくできた彼女が、半年で違う学校かよ・・・。」

 頭を起こし、今度は椅子の上で大きく仰け反り、背もたれを軋ま

せる。

 淳平が行きたい高校は泉坂高校。彼女である西野つかさが行きた

い高校は芯愛高校。即ち、共に第一志望に合格してしまえば、春か

らは見事に別々の学校へ。学校が違っても付き合えないわけではな

いのだから、それだけならば、大して気をもむ必要もないのだが、

今日の夕方、つかさと一緒に帰ってくるとき、淳平は自分自身で気

をもむ必要を作ってしまったのであった。完全に舞い上がっていた

淳平は、つかさが芯愛高校のことを話している間その話を全く聞い

ておらず、ふと我にかえって、さもちゃんと聞いていたかのように

装って、“第一志望校を芯愛高校にしても良い”と言ってしまった

のである。

「我ながら情けない・・・・・」

 やめておけばいいものを、そっと嘆いてみてさらに落胆する。

 こんな状態で起きていても仕方がない、と判断し、とりあえずベ

ッドに入ることにして、淳平は寝支度を始めた。

(西野に何て言えば良いんだろ・・・)

 真っ暗になった部屋の中、目に映らない天井を見つめながら、淳平の意識は徐々に落ちていった。


「おい、知ってる?西野つかさに男ができたってよ。」

「ウソ、マジ!?誰だよ相手は!」

「それがさぁー、4組の真中ってヤツだって」

「えー、誰それ?」

 翌日、学校ではちょっとした騒ぎになっていた。

 淳平がつかさと付き合い始めたことは、当然2組だけに留まら

ず、あっという間に学校中へ。

 しかも・・・・・、

「やっぱり、真中ってヤツのほうから言ったらしいぜ。」

「教室で皆がいる前で告ったんだって!」

「昨日の帰りに二人で公園でキスしてたらしいよ!」

「ここだけの話、もうすること済ませたらしいぜ。」

 こう言ったものの常として、既にかなり尾鰭のついた嘘話までも

がすごい勢いで広まりつつあった。

「すげぇな・・・・・皆真中達のこと話してるぜ。」

 教室をざっと見渡して、小宮山が舌を巻く。男女を問わず、殆ど

の生徒が淳平とつかさの噂話をしているのを、事の顛末を知る大草

や淳平と三人、どのグループの話にも加わらずに傍観していた。

「そりゃあね。あれだけ人がいる前で堂々と告白しちゃったら広が

るだろ。」

 半ば唖然としている小宮山とは対照的に、大草は冷静に言う。

「んで?」

 大草が横目でチラリと淳平の方を見る。当の淳平はといえば、自

分の机に突っ伏したまま、時々呻くような声をあげていた。

「そのお前は、どうするわけ?」

 ほぼあきれ返ったような口調で、淳平に問う。大草も小宮山も、

今朝淳平から昨日の話を聞いてから、こんな状態の淳平しか目にし

ていなかった。

「どうしたら良いか分からねぇから、相談したんだろぉ・・・。」

 更に情けない声を出しながら、再びうつ伏せになり、本気で頭を

抱え込む。

「ったく・・・、つかさちゃんと付き合えたってのにそんなことで

悩むことなんかねぇっつうの。俺なら迷わず芯愛高校行くのに!」

「まぁ、それはともかくとして・・・。」

 怒りを噴出しそうになっている小宮山を押さえ、大草が言う。

「やっぱり、素直に言うしかないんじゃない?本当に行きたいのは

泉坂高校なんだ、ってさ。」

 う〜ん、とまた唸ってしまう淳平。

 無論淳平だって、本当のことを言う方が良い事ぐらいはわかって

いる。ただ、頭でわかっているからと言って即実行できるかと聞か

れれば、やはりそうではない。ましてや内容が内容だけに、何とも

言い出しづらいので、躊躇してしまっていたのだった。

「そう言えばさ・・・」

 黙りこくってしまった淳平の頭の上で、大草が何となしに口を開

く。

「真中って、何で泉坂高校行きたいんだ?大学、良いとこ目指して

るとか?」

 何となく気にはなっていた疑問を、大草は口にしてみた。思い返

せば淳平は、かなり以前から、泉坂高校に執着していたように思わ

れるのだ。5年間友達をやっていて、聞いたことがあるような気も

するのだが、どうも思い出せない。

 思い出せないのは、当たり前だ。大草の中で、そう確信する声が

聞こえた。

 それが何よりの証拠に、大草は今までにこんな淳平を見たことが

ない。

 さっきまでの顔はどこへ消えたのか、情けないまでの表情が一

転、とてつもなくシリアスな表情に変わっていた。

「真中・・・・・?」

 同じく異変を感じた小宮山が、そっと声をかける。

「・・・別に、これって言って、理由とかはねぇよ。」

 振り向き、目を合わせた淳平の顔から、その表情は拭い去られて

いた。この顔を見る限り、別にいつもと変わるところは、少なくと

も大草にも小宮山にも見受けられない。

 ちょっとトイレ、と言い、教室を出て行く淳平を、何だかよくわ

からない表情を互いに見合わせながら、二人は「今の、何だ?」

「さあ?」の、短いジェスチャーを交わしていた。

「何で・・・・・か。」

 廊下を一人歩きながら、淳平が呟く。さっきはああ言ったもの

の、淳平には泉坂高校に入りたいという、ちゃんとした目的があっ

た。しかし、

「どうやって言えばいいのかな・・・。」

 またボソリと呟き、むず痒くなった後頭部を掻き毟る。

 淳平が泉坂高校に入りたい理由。今まで、ほとんど誰にも打ち明

けたことのない、彼の唯一の秘密。一番仲の良い小宮山と大草にす

らしゃべったことがない夢。

 以前、まだ淳平が小さい頃に、淳平は他人に対して一度だけその

夢を口にしたことがあった。当時仲の良かった、一つ年下の幼馴

染。何かと一緒にいて周囲から「兄妹みたい」と揶揄されたことも

あった。

 淳平が他人の前でそのことを口にする機械が極端に減ったのは、そんな彼女に夢を話して以来だった。

(他のやつも・・・・・やっぱり・・・)

 相手の反応が怖いから。淳平が夢を語れぬ、最大の理由。
 
 彼女は笑ってしまったのだ。

 どうしてそんな会話の流れになったのかは、当然、覚えてなどい

ない。
 
 ただ事実として、彼女は淳平の夢を笑った。さもおかしそうに。

「淳平には無理だ」と。

(あれはあいつがおかしいだけだ!)

 必死で言い聞かせようとしても、心のどこかで(でも・・・)と

いう声が聞こえる。

(もしかしたら、西野だって・・・・・)

「おーい!淳平くーん!」

 突如背後から呼ばれて、淳平はとっさに全身を緊張させてしま

う。振り向いてみれば、そこにはやはり、今時分と共に学校中の話

題登場率ナンバー1の彼女、西野つかさが自分の方に向けて駆けて

くるところだった。

「あ・・・。」

 咄嗟に言葉が口から出てこなかった淳平は、つかさが近寄ってく

るまで、呆然と立ち尽くしているしかできなかった。一方のつかさ

はといえば、何やらとてもご機嫌な様子であり、淳平としっかり目

が合うなり、にっこりと微笑んだ。

「淳平君、大丈夫だった?」

「へ?」

 開口一番飛び出た言葉に、意味が掴みきれない淳平は、きょとん

とした表情を浮かべながら、首を傾げる。相当に間の抜けた表情で

はあったが、つかさは気にする様子もなく続ける。

「ほら、色々噂になっちゃってるからさ。アタシなんか、もうひど

かったよ!登校したらいきなり質問攻めだよ!もう!!」

 余程質問攻撃が鬱陶しかったのか、一気にまくし立てるようにそ

ういうと、口内に空気を溜めて、ぷくっと僅かに頬を膨らませる。

そういう顔もまた、淳平の目には可愛らしく映り、またも無意識の

うちに返事をしていた。しかし、空返事を特に気にもとめず、つか

さが再び口を開く。

「そうそう!さっきアタシね、職員室行ってきたんだ!それで、先

生がこんなのくれたよ!」

 ややはしゃぐ様につかさが差し出したそれは、A4サイズの冊子

が二つ。快晴の空をバックに聳え立つ校舎の前で、制服姿の人が写

っている写真を載せているものだった。

「はい、芯愛高校のパンフレット。ちゃんと淳平君用のももらって

きたんだ!それで、芯愛高校で夏休みに説明会と学校見学会がある

みたいだから、淳平君も一緒に行こうね!」

「あ、あのさ・・・」

 淳平が何と言おうか迷っているうちに、廊下に予鈴が鳴り響く。

つかさは「次、体育だから行くね。」と最後にもう一度にっこりし

てから、足早に教室へと戻って行ってしまった。

「じゃあ、また明日ね。」

 放課後になってすぐ、荷物をまとめ終えたつかさが、友達に手を

振る。まさにまとめるや否やといった早さで、それを見て友達の一

人がニヤニヤ顔を浮かべ、呆れたように言う。

「おーおー、彼氏に会いたくてうずうずしてるみたいだね、つか

さ?」

「違うよ!今日はちょっと職員室よってから帰らなきゃいけないか

ら、早く行くだけ!待たせちゃ悪いもん。じゃあね!」

 トタトタと教室から出て行くつかさを見送って、「待たせちゃ悪

い」ってことは、結局彼氏絡みじゃん、と苦笑する一同であった。

 
 つかさが用がある先生はちょうど職員室にはおらず、仕方無しに

つかさは職員室の中で待つことになった。これまでに機会がなかっ

たし、そもそもそうしたいとも思わなかったが、他にすることもな

いので、つかさは職員室の中を見物していた。電話で丁寧に誰かと

しゃべっている先生、紙の山を持って印刷室を出たり入ったりして

いる先生や、コーヒーを飲みながら、パソコンで何かを打ち込んで

いる先生もいる。中には、何か相談事でもあるのか、それとも呼び

出されたのか、先生と向かい合って座り、話をしている生徒の姿も

見られた。

 ふと気付くと、つかさは昼間のパンフレットのことを思い出して

いた。夏休みの学校見学もそうだが、それが過ぎて2学期になれ

ば、今度は芯愛高校で文化祭がある。昨日話していた“二人で作る

思い出”が早速増えるような気がして、つかさは無意識のうちに小

さく微笑んでいた。
 
 と、つかさの耳にある先生の声が飛び込んでくる。後から考えて

も、何故この時の言葉がこうも鮮明に耳に入ってきたのかはわから

ない。ただ、その声は確かにつかさの鼓膜を揺らし、強く頭に入っ

てきた。












「志望校を変えたい?」


[No.1399] 2007/11/19(Mon) 20:47:46
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