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夏休み前の最後の土曜日。 東京の街にやってきた4人の若者たち。 歳は10台後半くらいに見え、人目に付きそうな派手な恰好に身を包んでいる。 「やっぱ東京はすげえな。俺たちの田舎とは大違いだ」 「高校卒業したら俺は東京に来るぜ。あんなとこじゃ何も出来ねえよ」 「けど就職どうすんだ?いくらなんでもうちの学校から東京の会社なんて無理じゃねえか?」 「そこは旦那に頼むんだよ。だからこうして休み潰してここまで来たんじゃねえか」 「ま、割と簡単な仕事だよな。交通費、宿泊費は旦那持ちで、バイト代もいいもんな」 「ま、旦那はいけ好かない男だけど、恩を売っといて損はない男だからな」 嫌な笑みを浮かべる4人組。 「あ、おい、向こうの道を歩いてるあの女見てみろ」 男のひとりが反対側の歩道を歩く少女の姿を捕らえた。 「なんだよ、まだガキじゃねえかよ」 「けどロリコンの旦那にゃいいんじゃねえか?」 「まあ、旦那好みかもな。けど男が一緒だぜ。しかも二人いやがる」 「けどこっちは4人だ。負けっこねえよ」 「そうだな、明日の仕事前に憂さ晴らし一発やるか」 明らかに悪巧みを企てている笑みを揃える4人。 「ちょっとお、ホントについてくんの?」 奈緒は後ろを護るように歩く男ふたりに目を飛ばすと、 「今日の俺たちは姉さんにとことん付き合います。買い物の荷物持ちでもなんでもやります」 「俺たちは姉さんの護衛です。何があっても姉さんを護ります」 ふたりの男は真面目な顔でそう答えた。 ふたりとも菅野の舎弟である。 「気持ちは嬉しいけどさあ、せっかくの休みなのにふたりとも予定ないの?特にそっちのあんた、確か彼女いたよね。放ったらかしはマズいよ」 「大丈夫っす。あいつも今日は連れと遊ぶってことですから」 「そう?ならいいけど、でも彼女は大切にしないとダメだよ」 「ありがとうございます!姉さんの御心使い嬉しいっす!」 「やれやれ、こりゃダメだね」 話が通じていないように感じた奈緒は呆れて首を振る。 「けど姉さんの彼氏もひどい奴っすよね。いくら人助けでも姉さんに嫌な思いさせるのはどうかと思いますよ」 「秀は悪くないよ。まあ確かに嫌だけど、けどここは我慢。それに普段はあたしのわがまま聞いてもらってるしね」 「どこがわがままなんすか?毎日彼氏に弁当作ってるんすよね。充分尽くしてるじゃないすか?」 舎弟のひとりが明らかな不満の表情を表す。 それを受けた奈緒は少し悲しげな笑みを見せた。 「今のあたしはそれくらいしか出来ないの。本当は同じ泉坂に行くつもりで、秀に勉強教えてもらってたんだけど落ちちゃった。秀の期待に応えられなかった。今のお弁当もお姉ちゃんがいるから出来ること。あたし自身が秀に出来る事ってほとんどないのよ。これ以上秀にあたしのわがままで迷惑かけたくないんだ。だから・・・」 「姉さん、辛い思いされてるんですね」 「姉さんの気持ちわかりました。俺たち姉さんのためならなんでもします!」 どうやら奈緒の話に心を打たれた舎弟ふたりだった。 そんなふたりに複雑な笑みを浮かべる奈緒。 その時だった。 突然、見知らぬ男が舎弟のひとりを殴りつけた。 「なっ、なんだテメエは!」 間を置かずに、もうひとりに蹴りを入れる。 「へっ、ばーか」 いきなり攻撃してきた男は罵声を浴びせて駆けて行く。 「テメエ、待ちやがれ!」 「ふざけた真似しやがって!」 後を追う舎弟ふたり。 「ちょっと、あんた達!」 奈緒も慌てて駆け出した。 男は人気のない路地裏に逃げ込んだ。 追いかける舎弟たち。 「ぐあっ?」 ひとりが倒れた。 影に潜んでいた別の男がゴツイ工具で頭を殴った。 「テメエ、仲間か?ぐあっ?」 もうひとりの舎弟も背後から別の男が武器で殴った。 少し遅れて奈緒が駆け付けたときには、舎弟ふたりはひどい有様だった。 それを見た奈緒は危険を察知し、逃げようと身体を翻す。 (誰か呼んで来ないと!) そう思った刹那、 「おっと、動くんじゃねえ。サックリやられたくなかったらな。声も出すな」 さらに別の男が奈緒の背後から首筋にアーミーナイフを当てていた。 (こいつら全員仲間?最初からあたし目当てで・・・) 4人の嫌な笑みと、無惨にやられて動かない舎弟ふたりを視界に捕らえた奈緒はそう判断した。 (こいつらなんなの?けどこの状況じゃどうにもならない。ここは・・・) 奈緒は恐怖に震えながら、小さく頷いた。 そして四方をこの4人の男がたちに囲まれ、静かにその場を後にした。 その頃、沙織は公園で相手を待っていた。 約束の時間10時半。だがその時間を10分ほど過ぎている。 . ベンチでじっと座る沙織のそばに小走りで恰幅のいい男がやってきた。 「いや〜ゴメンゴメン、ちょっと遅れてしまった。君が桐山沙織くんだね」 「あ、はい。あなたが須田さんですか?」 「ああ。はじめましてってのも変かな。君のお母さんの葬儀の時に顔を会わせているからね」 「ごめんなさい、あたし全然覚えてなくて・・・」 「いや、気にしないで。あの状況でいちいち初顔合わせの人なんて覚えてられないよ」 須田という男は軽そうな笑みを見せる。 「へ〜え、あなたが沙織の相手ですかあ?」 「桐山が覚えてないってのもわかる気がしますね。30過ぎって聞いてたけど、それ以上に老けて見えますよ」 そこに里津子と秀一郎が割って入って来た。 「な、なんだ君たちは?」 「ふたりともあたしの友達の佐伯くんと御崎さんです」 「友達?」 露骨に嫌な顔を見せる須田。 それを受けた秀一郎は、 「議員秘書って聞いてたからもう少しまともな大人かと思ってましたけど、見当違いでしたね」 須田を煽った。 まずは里津子と秀一郎で相手の男を挑発して出方を探る。 これが第一の作戦だった。 「な、何だと!失礼なガキだなお前は!」 須田はその挑発に乗って激昂する。 「ええ、俺はガキですよ。でも俺のこんな言葉にいちいち反応するあなたもガキですよ」 秀一郎は少し笑みを見せた。 「な、なんだその態度は!」 「地元では父親の力に縋っておだて揚げられてるだろうけど、こっちじゃそうはいきませんよ」 「沙織くん!なんだこいつらは!こんなのが君の友達なのかね!」 須田は沙織に怒りをぶつける。 「うっわ、そこで沙織に当たるんですか。それに結婚相手を君呼ばわりってどれだけ上から目線なんです?」 露骨に引く里津子。 「こっこっ・・・このガキどもが!好き勝手いいやがって!」 我慢の限界を超えた須田は里津子目掛けて手を挙げた。 その手を秀一郎が押さえる。 「なんなんだお前は!邪魔すんな!」 「あんた、俺が止めずに御崎を殴ってたらその時点で傷害罪ですよ。地元じゃ揉み消すかもしれないけど、こっちじゃそんな事させねえ」 キッと睨みつける秀一郎。 「ちょっとした事ですぐキレて手を出すなんて最低。どんだけ偉いのか知らないけどあんたに大切な友達は渡せない」 里津子も厳しい言葉をストレートにぶつける。 「何を言ってるんだ貴様らは!そもそも僕は沙織くんを不憫に思ってだな・・・」 「だからその上から目線をやめろって言ってんですよ!」 秀一郎の言葉にも力が入る。 それを受けた須田は明らかに狼狽する。 「それってただの同情じゃない!そんな気持ちで結婚なんてされたくもないよ!沙織の気持ちわかんないの?」 「そ、それはだな・・・」 更なる里津子の指摘で言葉を失う。 「須田さん・・・」 ここでずっと黙っていた沙織が口を開いた。 とても悲しげな瞳を見せる。 「友達の言葉にご機嫌を悪くされたならあたしからお詫びします。あと須田さんのお気持ちは嬉しいです。けどそれだけで充分です。それにあたしにも将来の目標があります。それは傍 目から見れば幸せには程遠いかもしれません。けどあたしはその道を目指したいし、亡き母もそう言ってくれていました。そしてその道には結婚という選択はないんです。だから、その、 ごめんなさい」 瞳を潤ませ、最後は涙声で頭を下げた。 これは須田の心をノックアウトするに充分な威力だった。 「そう・・・か。わかったよ沙織くん。では今日はこれで失礼するよ。明日の予定も無しにしよう。ではまた」 . 肩を落とし、そそくさとこの場から離れていった。 「なんだよあの男、あんなんで議員秘書かよ。世も末だな」 不快感をあらわにする秀一郎。 「でも沙織よく言えた!作戦通りだよ!あの最後の涙は決定的だったね!」 こちらは喜ぶ里津子。 「うん、お母さんのこと思い出すとつい・・・でもちゃんと言えた、ちゃんと断れた。ありがとう」 秀一郎と里津子で厳しい言葉を浴びせて徹底的に追い込んでから、沙織がやんわりと、かつはっきりと断る。 第一段階の作戦が見事にハマった。 「でもよかったね!はっきり言ってまずあの見た目からありえないよ。なにあのチビデブハゲ親父!あんなのと結婚させようとするおじさんもどうかしてるよ!」 「うん、見た目で判断しちゃいけないとは思うけど、正直引いちゃった」 少し笑顔を見せる沙織。 「見た目より中身がダメだろあんな男。正直拍子抜けだ。けど第一段階で済んでよかったとするか」 「でもあたしは第三段階見たかったかも」 「御崎、簡単に言うな。あれはこっちもリスクが高い最後の切り札だったんだ。真緒ちゃんの登場だけは避けたかったんだよ俺はな」 作戦は三段構えになっており、最終の第三段階は真緒による不意打ちの直接攻撃プランを組んでいた。 相手が手ごわい場合に備えての危険覚悟の正に最後の切り札だった。 結局それを使う事態にはならず、3人揃って笑顔で離れた所で待機している真緒のもとに向かう。 「真緒ちゃん、無事完了したよ」 笑顔でそう伝える秀一郎。 「あ、はい・・・」 (ん?) 真緒の笑顔に繕った感を受け、違和感を覚える。 「真緒ちゃん、どうしたの?」 「なんか顔色悪いよ。何かあったの?」 沙織と里津子も真緒の様子がおかしい事に気付いた。 真緒はやや俯き加減で表情を曇らせ、 「こんな時こそポーカーフェイスって思ってるんですけど、ダメですねあたしって」 そう漏らした。 「真緒ちゃん?」 「センパイ、落ち着いて聞いて下さい。少し前に奈緒がさらわれたそうです」 「なっ・・・」 [No.1517] 2009/08/16(Sun) 04:25:30 p6e3d73.aicint01.ap.so-net.ne.jp |