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真緒の小さな身体が舞う。 そのまま倒れる・・・ かと思ったら、宙で体制を立て直し、綺麗に着地した。 苦しそうな表情で脇腹を左手で押さえてはいるが、膝は地についていない。 (かすっただけ?でもそんなんじゃあんな派手には飛ばない。何がどうなってんだ?) 交錯の瞬間を捕らえていない秀一郎は今の状況が掴めない。 「あはははは!ひゃーっはっはっはっ!!」 桜田の高笑いが届いた。 嫌な重圧が秀一郎にものしかかる。 「おい小崎よお、お前ホントに人間かあ?」 桜田は狂ったような笑みを見せている。 「俺の一撃を後ろに飛んでかわす奴なんて初めてだせ。女と拳交えんのも初めてだが女ってのはあんな動きが出来るもんなのかあ?」 (後ろに飛んだ?あれはあいつに飛ばされたんじゃなく、真緒ちゃん自身で飛んだのか) それなら現在真緒が立っていられる状況も納得がいく。 だが、 (いくら真緒ちゃんでも、そんな動きが出来るのか?ケンカの真っ只中で) にわかには信じ難い。 「こんな言い方は嫌いですが、たぶん、あたしが特別なんでしょう。普通の子はこんな風には動けません」 「ほお、やっぱりお前は特別かあ。さしずめ魔女ってとこかあ?」 (あいつ・・・) 桜田は真緒には言ってはならない事を口にしてしまった。 秀一郎は真緒に目を向けると、 「・・・そうですね、よく言われます・・・」 視線を落とし、暗い表情を見せる真緒。 だがその表情とは裏腹に、小さな真緒の身体からとてつもない闘気が溢れ出ているように感じた。 「ほお、さらに上があるのか。面白いねえ、こんな楽しいケンカは久しぶりだぜ。さあ、たっぷり楽しませてくれ、へへへっ!」 (こいつ、真性のケンカバカか?) 真緒の闘気を感じ取り、なおかつ薄ら笑いを浮かべる桜田の異様さに寒気を覚える秀一郎。 「たっぷりは無理ですね。次で終わりです」 真緒は押さえていた脇腹から手を離し、すっと立つ。 ダメージはほとんど無いように見える。 「また面白いことを言ってくれるねえ。次で終わりってことは、一撃で決めるってことか?」 「長期戦になればなるほどあたしには勝ち目がない。この一撃であなたが倒れればあたしの勝ち、倒れなかったらあなたの勝ちです」 「なるほど、わかりやすいねえ。じゃあその一撃を、見せてもらおうか!」 桜田が飛び出してきた。 真緒も出る。 (一撃で決めるって、真緒ちゃんどうするつもりなんだ?) 真緒らしくないと秀一郎は感じていた。 高速フットワークで相手を翻弄し、弱い攻撃を続けて地味に力を削り、焦りを生ませて隙を作り、そこを突いた一撃で決めるのが真緒のスタイル。 (真緒ちゃんには一撃必殺の力はない。そんな技は・・・あっ!) 今朝受けた強烈な一撃を思い出した。 全身に衝撃が走った一発。 真緒がプロトタイプと言っていた、まだ未完成の技。 (でも今朝の俺は止まっていた。動かない的だった。けど今の相手は動いてる。それも結構なスピードで) 桜田が真緒に向けて拳を放つ。 真緒はその拳に突進。 そして変則的、不自然な動きを見せた。 鋭い角度で向きを変え、高速で桜田の懐に飛び込む。 (あの速さ、あの動き、あれは・・・) 今朝の光景が甦る。 ダブルステップ。 「はあっ!」 ズゴオッ!! 掛け声一発。 真緒の超高速の蹴りが桜田の顎に入った。 グラリと揺れる桜田の身体。 (これで倒れてくれ!真緒ちゃんに次は無いんだ!) 秀一郎は祈った。 真緒のこの一撃は強力だが、その代償で膝を傷める。 二度目は打てない。 じっと目を凝らして桜田の動向に注意を払う。 その桜田は、 身体を大きく傾け、 倒れる・・・ と思ったら、ギリギリで踏み止まった。 さらに無理な体勢から真緒目掛けて拳を放つ。 その瞬間、秀一郎は、 (ダメだ!) と思った。 真緒にもう余力はない。 桜田の拳の餌食になる。 そんな嫌な光景が頭に浮かぶ。 だが、 真緒は動いた。 桜田の拳は空を切る。 真緒はさらに不規則な動きを続け、先ほどと同じ速度、同じ軌道で桜田の懐に入った。 ただ、左右反転している。 (まさか、左にスイッチ?) とにかく真緒には驚かされる。 秀一郎の予測をはるかに越えた動きを見せる。 「たあっ!!」 ズトオッ!! 鈍い音をたてて左のダブルステップが決まった。 桜田の大きな身体が派手に転がる。 そしてそのまま、ピクリとも動かなかった。 秀一郎たちは喜びを溢れさせたいところだが、皆静まりかえっていた。 真緒の予想以上の強さに、ただ圧倒されていた。 「はあっ、はあっ」 息が荒い真緒。 全力を出し切ったことがうかがえる。 真緒はそのまま、残りのふたりの男に厳しい視線を送る。 それで充分だった。 「さ、桜田さんがやられた?」 「ば、化け物だ、逃げろー!」 ふたりで桜田の肩をかかえて、一目散に去っていった。 真緒は男たちが視界から消えると、力が抜けて膝が折れた。 「真緒ちゃん!」 秀一郎が慌ててダッシュし手を伸ばして、何とか真緒の身体が地面に衝突するのを防いだ。 「真緒ちゃん、大丈夫か?」 「センパイありがとうございます。ちょっと無理しちゃいました。両膝傷めちゃいました」 いつもの優しい笑みを見せる真緒。 とても先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えない優しい笑顔。 「とにかくこのまま部屋に戻ろう」 秀一郎は真緒を抱き抱えて立ち上がる。 その際、少しバランスを崩してよろめいた。 「ごめんなさい。あたし重いですよね」 「い、いや逆。予想以上に軽くて力入れすぎた。奈緒も軽いけど真緒ちゃんもっと軽いね」 「えっ?」 少し頬を赤くする真緒。 (こうして見ると、ホント女の子だな) 「お姉ちゃん、大丈夫?」 奈緒が心配そうな顔でやってきた。 「うん、大丈夫だよ。ごめんね奈緒、センパイ借りちゃって」 「ううん、そんなの全然!秀、お姉ちゃん落とさないでよ」 「わかってるよ」 「佐伯くん、真緒ちゃん、本当にありがとう。ありがとう・・・」 ここで里津子がやってきた。 笑顔はなく、ただ泣いていた。 「はあ〜。やっぱ佐伯ってすげえよなあ」 「何がだよ?」 全員旅館に戻り、部屋に別れた。 今日は大部屋が空いたので男女5人がそれぞれ一部屋ずつ。 秀一郎は友人の発したこの一言がいまいちわからなかった。 「いやさあ、さっきのケンカ、俺すっかりビビって逃げ出したかったんだよ。でも佐伯はあんな奴らにも立ち向かってった。その度胸がすげえなあと」 「俺も怖かったよ。けど一緒に奈緒がいた。だから逃げるわけにはいかなかったんだ。あいつだけは俺が守らないと」 「それは彼氏としての、義務みたいなもんか?」 「そんな大袈裟なもんじゃないよ。ただそうしなきゃって思ってるだけさ。そう出来るように鍛えてもらってるし。真緒ちゃんに」 ここで別の友人が、 「真緒ちゃんかあ。でもマジで凄い子だよなあ。あんなごつい男を倒すし、それにあの芯愛の菅野にも勝って、今は奴らが舎弟だろ?」 「それは菅野たちが勝手に慕ってるだけだ。真緒ちゃんは強い以外は普通の女の子だよ」 「そーだよなあ。昨日からずっと見てるけど、真緒ちゃんってぱっと見は普通のかわいい女の子だよなあ」 「そうそう、ちょっと小さいけどスタイルもいいし、かわいいよな」 「だよなあ。佐伯にゃ悪いが妹より優しいし、大人しいし、女の子らしいよなあ」 男部屋は真緒の話で盛り上がっていた。 「奈緒ちゃん、ゴメンよっ!」 「な、なに?」 突然の里津子の言葉に驚く奈緒。 「いや、あたしね、今日の事で佐伯くんに惚れたっ!」 「ええっ!?」 「だってほら、佐伯くんのあの寸止め、かっこよかったもん。度胸あって強くて頭よくておまけに優しいんだよ。惚れるなってほうが無理だよ」 「そうだよねえ。今回参加の男子では佐伯くんが1番かもね」 別の女子も里津子の言葉に同意した。 「ちょ、ちょっと!秀はあたしの恋人なの!あたしのものなの!お姉ちゃんも何とか言ってよ!」 「うーん、確かにセンパイは奈緒の大切な人だけど、でもだからって他の女の子が好きになるのは否定出来ないよ。恋愛感情は自由なんだから」 部屋の片隅で両膝を冷やしている真緒は妹に肩入れせず、あくまで中立的な意見を述べた。 「うっ、そ、そうかもしれないけど、でも好きってことは必ず欲しがるじゃん。そうなるとあたしからすれば恋路を邪魔されるわけで、そんなの認められないよ!」 奈緒は追い詰められても自分の意見ははっきり主張した。 「そうでもないよ。好きだから何も出来ないって人もいるよ」 そんな奈緒に、沙織は優しい笑みで真逆の自分の意見を口にする。 「・・・」 奈緒の目つきが変わった。 駄々をこねるような不満な色から、真剣に強い意志を込めた色になる。 「桐山さん、あたしって回りくどいのは嫌いなの」 「そうだね。そう見えるよ」 「だからはっきりさせておきたいの。桐山さんも秀が好きだよね?」 「だったらどうなの?」 「だからはっきりしてって言ってるの!」 沙織の言葉に怒る奈緒。 そんな沙織は奈緒の言葉に同じず、変わらぬ口調で続けた。 「あたしが佐伯くんを好きだとしても、それを言ってどうなるの?佐伯くんも困るだろうし、奈緒ちゃんだって困るでしょ。それにその想いは実らないんだったら尚更でしょ?」 「なんで実らないって決めつけるの?言わなきゃ何も始まらない。あたしだって玉砕覚悟で秀に告った。自分の気持ちを素直に言えない人に好きって思われるのはなんか嫌」 「言って断られても、後で気まずくならなければいいと思う。けどその後もずっと顔を突き合わせる関係なら言っちゃダメよ。さらに佐伯くんは奈緒ちゃんを本当に大切に思ってる。ふたりの関係はとても硬い。尚更何を言っても得られるものはない。ただ気まずくなるだけ。周りを見ずに単純に自分の気持ちだけを通そうとするのは好きじゃないし、あたしは出来ない」 「・・・」 「・・・」 相入れない奈緒と沙織の主張。 ふたりはしばらく厳しい視線をぶつけあった。 女同士の譲らない戦いだった。 そして離れた地でも戦いが始まろうとしていた。 夜の首都高。 都心環状線(C1)内回り。 「見つけた。黒のポルシェターボ。間違いない」 ターゲットを視界に捕らえたつかさは愛車Z34のアクセルを踏み込んだ。 [No.1530] 2009/10/04(Sun) 07:15:26 p8ba69b.aicint01.ap.so-net.ne.jp |