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6月。 秀一郎の心は踊っていた。 同時刻、小崎宅。 「そういえば秀くん、今日納車なんでしょ?」 「そうみたいね。でもあたしが乗せてもらえるのはしばらく先だって。運転に慣れるまではダメだってさ」 母親、由奈の問い掛けに奈緒はつまらなさそうに答えた。 「秀くんもウキウキしてるだろうけど、お父さんも妙に張り切ってるのがお母さんは心配ね。危ない道に進ませないといいけど」 「それって首都高?でももう今夜からふたりで早速行くみたいよ」 「全くもうお父さんは・・・」 呆れ顔の由奈。 「でもあたしはあそこ好きだよ。お父さんの助手席気持ちいいもん。湾岸は綺麗だし」 「私は嫌いね。うるさいし、なにより派手過ぎよ」 小崎宅には車が2台ある。 家族用のステーションワゴンが1台。 あと、父の真也が首都高用に乗っているポルシェがもう1台。 GT2ルックの993型911カレラで派手な黄色。 この目立つ車で夜の首都高を快走している。 「お父さん、あのポルシェお気に入りだもんね」 「でも改造費も凄いし、維持費だって高いのよ。今は環境社会なのにそんなのとは無縁の車だし」 「お父さんエコカー嫌いだもんね。でもそんなスタンスで書いてて仕事切れないんだから、世の中にはそんな需要がまだあるんだよ」 「そうかもしれないけど、車にお金をかけるのは反対ね。秀くんにそんな車を勧めてなければいいけど」 「あたし秀の車は見たよ」 「どんなのだった?」 「車種は忘れたけど、普通のセダンだった。年式はちょっと古めだけど中も外も割と綺麗な青い車。でも音はちょっと迫力あったけど、お父さんのポルシェに比べれば全然静かだったよ。それになんか凄く安かったみたい」 「そう。まだ高校生だし初めての車なら安いのはいいと思うけど、でもあのお父さんが選んだんだから、やっぱり少し心配ね」 由奈は不安げな顔を見せていた。 「はい、これがキーね」 秀一郎は堅い表情で車の鍵を受け取った。 「これが俺の車なんですね」 感慨深いものがある。 「まあいわゆる事故車の距離飛びだ。けどきちんと治ってるし、ちゃんとメンテナンスしてきてる。それに今回主要な消耗品は換えてあるから、安心して乗れるよ」 真也が太鼓判を押した車。 R34型スカイラインセダン25GT後期型の5速マニュアル車。 車高が若干下げられ、社外アルミを履き、エンジン廻りも少し手が入っている。 これが今日から秀一郎の愛車になった。 その日の夜、23時。 秀一郎は助手席に真也を乗せ、首都高デビューしていた。 初めての車に初めての道なので無茶はせず、流れに沿って普通に走る。 それでも充分に楽しかった。 「やっぱり環状は難しいですね。高速なのに曲がりくねってて、なんか忙しいです」 真也のポルシェの助手席で何度か走っていたが、自分でステアリングを握ると印象がかなり違っていた。 「C1は舗装が荒れてるし、内回りはコーナーがきついからね。まあ無理せずコースを覚えよう」 真也は楽しそうな笑顔を見せる。 「あ、後ろからなんか来ます」 純白の光がかなり速い速度で迫って来る。 「無理せずラインキープしてればいいよ。速い車は綺麗に抜いていくから」 光は迫力あるサウンドと共に迫り、スッと駆け抜けて行った。 秀一郎と同じブルーのボディ。 「あれZですね。すげー速い」 「気にせずマイペースで行こう。慣れればあれくらいで流せるよ」 「あれで流してるんですか・・・」 とんでもない世界だと秀一郎は感じていた。 C1内回りを何周かして、パーキングに入った。 「あ、さっきのZです」 鮮やかに抜いて行ったブルーのZが止まっていた。 「ちょうどいい、あの隣に止めよう」 秀一郎は言われた通りに車を並べた。 車から降りると、Zのタイヤをチェックしている女性の姿を見つけた。 (へえ、女の人だったんだ) 意外に感じていると、真也がその女性に早速声をかけていた。 女性の顔が目に入る。 「あっ?」 思わず声が出た。 「君は泉坂の・・・」 女性も意外そうな顔を見せる。 「えっ、知り合い?」 驚く真也 「ええ、まあ・・・」 去年の学園祭で踏んでしまった地雷女、西野つかさとの思わぬ再開だった。 「君ってまだ高校生じゃなかったっけ?」 「はい。でも18になったんで免許取れたんで、今日からこの車乗ってます」 「へえ、首都高デビューか。でも危ないしお金もかかるからのめり込んじゃダメだよ。かわいい彼女に愛想つかれちゃうよ」 「その彼女の父親がこの人で、この人の勧めで走ってるんです」 と言って真也を指さす。 「えっ?」 驚いたつかさはあらためて真也をまじまじと見つめる。 「あれ、ひょっとして小崎さん?」 「あっ、西野さんじゃないか。日本に帰って来てたの?」 「はい、去年の夏に。今はこっちでケーキ焼いてます」 「そっかあ、じゃあ今年のルマンじゃ西野さんのケーキ食べれないんだなあ」 残念がる真也を見て、 「あの、おじさんもこの人と知り合いなんですか?」 と尋ねると、真也は毎年取材で行ってるフランスのレースの出店でつかさのケーキをほぼ毎年食べていたことを話してくれた。 そして秀一郎も去年の文化祭で会っていたことを話すと、 「いやあ、こんな偶然があるんだねえ。驚いたよ」 と、真也は笑顔を見せた。 「小崎さんって確かポルシェ乗ってますよね?」 と、つかさが訪ねる。 「ああ。でもNAの993カレラだから大して速くはないよ。西野さんの車のほうが速いだろうね。見たところきっちり仕上がってるみたいだけど」 「いえ、まだまだです。ガラッと仕様変更したんで今日は探りながら走ってます」 「でもかなり気合い入ってるよね。18インチに落としてるし、エアロも本気仕様だ」 「まあ、ここまで派手にしたくはなかったんですけど、スタビリティ欲しかったから羽根付けるしかなくて・・・」 つかさの言う通り、かなり迫力ある外観のZだった。 少し落とされた車高にいかにも軽そうなホイール。 若干張り出したフロントスポイラーにGTウィング。 見た目だけでも速そうな雰囲気を醸し出していた。 「西野さん、もしよかったら秀一郎くん助手席に乗せて走ってくれないかな?」 「え?」 驚く秀一郎。 「西野さんみたいな現役ランナーの走りは見るだけで参考になるからね。軽くどうかな?」 「いいですよ、あたしなんかでよければ」 つかさは笑顔で快諾した。 そして秀一郎は気持ちの整理がつかないまま、Zの助手席で4点式シートベルトに縛られていた。 「凄いっすね、このベルト。シートに密着して全然動かないです」 「少しでも身体が動くと正確な操作が出来ないし、なにより恐怖感が増すからね。本気でここを走るなら4点ハーネスは必須よ」 「はあ・・・」 「じゃ、行くよ。まだ慣らしだからペースは上げないからね」 「はい」 少しホッとした。 のもつかの間。 つかさは秀一郎からすればとんでもない速度でコーナーに突っ込んでいく。 「ちょっ、慣らしじゃないんですか?」 「慣らしよ。大体6分といったところね」 「これで6分っすか・・・」 体験したことのないGがかかる。 加速も凄まじい。 「いったい何馬力くらいあるんです?」 「ノーマル3.7リッターから4リッターに上げて420馬力ってところね。ピークは求めず中間とピックアップ重視よ」 「そ、そうですか」 いまいち言葉の意味がわからないが、凄いことはわかった。 コーナー立ち上がりで簡単にホイルスピンしている。 そう伝えると、 「これじゃダメなのよ。トラクションかからないし動きが重い。パワーが活かせてない。内圧調整したけどダメね。バランス悪いから怖くてペース上げれない」 「俺的には充分に速いんすけど」 「ノーマルでもこれくらいで走れるよ。これじゃチューンした意味ないよ。」 「そんなもんなんですか」 あらためて凄い世界だと感じていた。 内回りを一周してパーキングに戻る。 シートベルトを外して車から降りるとホッとした。 「どうだった、西野さんの助手席は?」 真也が笑顔で訪ねてきた。 「もう凄いの一言です」 そうとしか言えなかった。 「でもさすが小崎さんですね。そのスカイラインであたしに着いて来るんですから」 「いやあ、いっぱいいっぱいだったよ。バランスはいいんだけどちょっとパワー足らないね」 「どのくらい出てます?ターボ付きですか?」 「いやNAの2.5。少し手が入ってるけど、まあ220ってとこかな」 「そーゆーこと。わかった?」 突然つかさが秀一郎に振ってきた。 「えっ?」 「君はあたしのペースに驚いてたけど、君の車でもあのペースで走れるんだよ。あたしのZの半分くらいのパワーでもね」 (あっ!) あらためて自分のスカイラインを見た。 「この車ってあんなに走るんだ。凄く安い車なのに」 驚かずにはいられなかった。 「でもそれは小崎さんくらいの腕があればって話だよ。免許取り立ての高校生が本職モータージャーナリスト並に走れるわけないんだから、無茶しちゃダメだよ」 「はい」 「西野さんありがとう。でも西野さんも無理はダメだよ。君があの噂のZ34だとは思わなかったよ」 「はは。でも引くつもりはないですから。この子をきっちり仕上げればなんとかなると思いますから」 そう語るつかさからただならぬ気合いを感じていた。 そしてつかさはパーキングを出て行った。 「おじさん、噂のZ34ってなんですか?」 「東城綾って知ってるよね、有名な美人小説家の」 「あ、はい」 ドキッとした。 泉坂の先輩である真中淳平の恋人で、西野つかさはその前の恋人。 何かしら関係があるような気がしてならない。 「僕のポルシェをチューンしたショップの客でもあるんだ。彼女は現行の997ターボでここを走ってる。しかもかなり速い。そこそこ有名な車だ」 「そうなんですか?」 イメージからは全く想像がつかない。 「で、その速い東城綾に絡もうとしている青のZ34がいるって噂が立ってるんだ。チューンドのポルシェターボにZで挑もうなんて明らかに無茶だ。どんな乗り手なのか気になってたけど、まさか西野さんとはね。でもあの車を見れば、本気だね。きちんと仕上がれば相当速いよ」 「つまり西野さんは東城綾に勝てるってことですか?」 「それはやってみなきゃわからない。けど東城綾のポルシェも今は仕様変更してるんだ。要求が高いってショップのスタッフが嘆いてたよ。西野さんも速くなるだろうが、東城綾も速くなる。お互いエスカレートし過ぎると果てしない泥沼だ」 「そうっすか・・・」 (たぶん真中先輩が絡んでるんだろうな。けど西野さんといい、奈緒といい、女が本気になると怖いなあ) あらためてそう感じる秀一郎だった。 [No.1569] 2010/05/01(Sat) 21:25:54 p6e7c31.aicint01.ap.so-net.ne.jp |