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all Yesterday once more 1 - 桜 - 2004/08/25(Wed) 17:26:27 [No.425]
Yesterday once more 2 - 桜 - 2004/08/25(Wed) 17:28:00 [No.426]
Yesterday once more 3 - 桜 - 2004/08/25(Wed) 17:30:38 [No.427]
Yesterday once more 4 - 桜 - 2004/08/25(Wed) 17:32:43 [No.428]


Yesterday once more 1 - 桜

ラジオから流れる音楽に、僕は思わず口ずさんだ。
懐かしいメロディーが運ぶのは、もう戻れない時間。



空へと飛んでいく鳥に、幼かった僕は思いを託し、ふと思う。
どうして僕は空を飛べないのだろうと。


もしも僕に翼があれば……守れたはずだった……。
だけど僕には翼がなかった。


君を守る勇気さえもきっと……あの時の僕にはなかったんだ……。




怪我を負った飛べない鳥のように僕たちは、ただお互いを求め、そしてさまよう。



















「 Yesterday once more 」















「同じこと……淳平くんと同じこと考えてる……」


暗闇の中の保健室に、小さな衣擦れの音と、少し荒れ気味な二人の吐息が音を立てる。





恥ずかしいくらいの鼓動の高鳴りは、西野に聞こえているのかもしれない。



「あの……俺たち、別れたときも……その……こーゆーことあったけど……」




手をつないで確かめ合う。自分の気持ち、西野の気持ちを。

少しだけ不安になりながら、西野の手を握る左手に力を込めた。







「いっいいんだよな? 西野……」
「うん……」








触れ合った西野の唇は、どこか小さくて冷たい。




「俺……初めてだから……その、上手くできないかもしれないけど……」


「うん……いいよ……」



なれない手つきで西野の髪を撫でながら、俺は何度も西野を抱きしめた。



細くて柔らかい西野の肩は、強く抱いたら壊れそうなくらいに震えていた。



薄暗い月明かりを浴びて、一つに重なった体。



初めて触れた西野の体は、雪のように白くて、そして暖かかった。




























「帰ろっか?」


服を着ながら西野はつぶやいた。
窓の外には東の空から昇り始めた朝日が、俺たちを照らし出そうとしてる。


ついさっきの出来事を思い浮かべながら、少しの後悔が自分を襲う。


俺、まだ西野に好きだって言ってないのに……。
これでよかったんだろうか……そんなことを考えていた。



















「よっと」
校門の塀を飛び越えて、朝日が照らす中を帰る。


一つになれた嬉しさよりも、純粋な西野の気持ちを踏みにじってしまったような罪悪感が怖かった。





何を話せばいいのかよくわからずに、空を見上げる。
昇り始めた朝日は、とても眩しい。














「疲れたね……」


「ファミレスでもよってこっか?」


「ええ? いいよ、俺、あんま金ねーし……それに学校の準備しなきゃ……」


「そう? じゃあ、また今度にしよっか?」




そう言うと西野は少し寂しそうな顔をする。



「もうちょっと……一緒にいたかったな……」


「えっ?」
そう言って西野は俺に寄り添い、手を握ってきた。


その笑顔は、俺の抱く罪悪感を洗い流してくれる。跡形もなく……。














「あっ! ちょ、ちょっとコンビニよってもいい?」
目が合って恥ずかしくなってしまい、思わず目の前にあったコンビニに俺は逃げた。




「淳平くん何買うの?」


「えっ? う〜ん、コーラでも買おうかな……」


「西野は? 会計一緒にしてやるよ」


「じゃあ……あたしはこれ!」



西野はレジの前からあるものを持ってきた。



「ガム?」


「そう? キスミント」



レジで会計を済ませるともうすっかり朝になっていた。
西野はまた俺の手を握って、そっと力を込める。




「淳平くん、キスミントちょうだい」


「あっ、うん、ちょっと待って……」


コンビニ袋から取り出したキスミントガムを西野に渡す。


「はい。淳平くんにも一個あげる」


「俺、食べたことないや……」


「男の子は、あんまり食べないかもね……」


「結構甘いね」


「うん。でも、ちゃんと歯磨きはしないとだめだよ?」


「歯磨きめんどくさいんだよなあ……」


「ふ〜ん。淳平くんは、あたしとキスするときも歯磨きしないのか
な?」


「えっ! いや、その……します! 絶対にします!」







「じゃ、キス……しよっか?」







昨夜、何度も交わしたはずなのに、改まるとなんだか照れる。


西野はつま先立ちになって、固まっている俺の頬にそっと手を添える。



朝焼けの中で交わすキスは、西野がくれた、キスミントの香りがした。



「じゃあ、おやすみ!」


顔を赤くして走っていく西野を見て、胸の中に愛しさがこみ上げる。


西野が笑うと俺は幸せだった。


ただそれだけで……俺は幸せだった……。












その日夢を見た。
怪我を負った飛べない鳥が、道路の端でもがいている。


傷ついた羽をばたつかせ、小さな目を空へと向けて。
雨が降ったらこの鳥はどうするのだろう……。


傷ついた羽を癒す天使。
ただひたすらそれを、待ち続けるのだろうか……。



そして、俺は自分がその天使になれないことを知っていた。


















数日経って、バイト帰りに西野があるものに気づいた。
道路の端で、傷ついた羽をばたつかせている鳥。



「この子、怪我してるみたい……」


羽が傷つき、小さな足は折れそうなほどだった。


「犬にでもやられたのかな? そんなに気にすることじゃないよ」


「どうして? 淳平くんは、自分が傷ついてもそんなこと言え
る?」


「それは……」


「あたしは、この子を守りたい……守ってあげたいよ……」


どうして西野がこんなことを言ったのか、このときは全くわからな
かった。


「もう大丈夫。あたしが……直してあげるから……」


西野はその鳥を優しく自分の手に乗せた。


この鳥にとって西野はきっと、傷ついた羽を癒してくれる天使だったのだろう……。


「じゃあ、淳平くんが名前をつけてくれる?」


「俺が?」


唐突に聞かれて戸惑う。


「う〜ん……サスケ。いや、サブローのほうがいいかな……」


「ジュン……」


西野が何か思ったようにつぶやいた。


「ジュンでいいかな? だって何か淳平くんに似てるんだもん。だから淳平の淳をとってジュン」


「俺に?そうかなあ……」


どこが似てるんだろうと思いながらその鳥を見ると、心なしか見つめ返してくるように思える。


「よし。今日から君はジュンだよ!」


そして西野は笑った。


もしも、この世に天使がいるとしたなら、俺は西野だと思う。


だから俺も、ジュンも癒されているのだろう。そう思っていた。















秋が訪れ、文化祭の準備で俺たちは中々会えない日が続いた。


何度も電話の受話器を持ちながら、最後の番号が押せずに時が過ぎ
ていく。


だけど、それは二人の関係にはきっと何の影響もなかったんだ。


もうきっと変わらない思い。


それがまるで永遠であるかのように……。



















「もうすぐ修学旅行だね……淳平くんたちはどこに行くの?」


「えっと……京都と奈良かな……」


11月。バイト帰りの俺たちは、自然と手をつないでいた。


西野の手はいつも冷たくて、その度になぜか寂しくなる。


だからいつも、自分の手は暖かくしておきたかった。


小さな西野の手を、自分の手で温めたいと、そう思っていた。


「ジュンは元気?」


「うん。もう大分よくなってきたから空に帰そうと思うんだけ
ど……なついちゃって……」


「へえ〜。俺も会いたいな……」


「きっと……淳平くんは嫌われてるかもね」


「どうして?」


「あたしが……いつもジュンに淳平くんの話をしてるからか
な……」


「ええっ!」



なんだろう。なんて言えばいいんだろう……。
きっと今、気の聞いた言葉なんて何も出てこなかった。

















「京都、奈良かあ……。あたしたちもよるけど、会えるわけないよね……」


少し俯く西野。


「俺、探すよ。西野のこと。そりゃあ、会えるわけないかもしれないけど……それでも、会えるかもしれないだろ?」


「ありがとう。じゃあ……あたしも、淳平くんのこと探すね」


「よ〜し。じゃあ、早く見つけたほうの勝ちな!」


「え〜! それじゃ、淳平くんに見つからないように隠れなきゃね!」


西野が笑って、俺は嬉しくなる。


たとえそれがほんの些細なことだったとしても、嬉しくて笑いたかった。












「もしね、あたしが不安で……どうしようもなく寂しくなったとき、淳平くんは迎えに来てくれる?」


「どうしたの?急に……」


「時々ね、凄く怖くなるの……。朝起きたら、全部夢なんじゃないかって……」


幸せすぎて怖くなることは、俺にだってある。


だからそれを壊さないように、大事に守っていきたいと、そう願うんだ。


「俺はどこにも行かないし、決して西野を見失わない」


「淳平くん……」


「だから安心して迷子になってもいいよ。俺が……絶対に西野のこ
と見つけるからさ……」


「……あたし……そんなに子供じゃないよ……」








抱きしめてもまだ気づかなかった。






段々と西野の体が小さくなっていることに。






今日のキスも、キスミントの香りがした。


[No.425] 2004/08/25(Wed) 17:26:27
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