Yesterday once more 3 (No.426 への返信) - 桜 |
空から降る雪を見て、思う。 儚く地上に落ちては消える雪。
僕らの命が、もしこの雪のように一瞬のものだとしたら、僕は何をするのだろうと。
きっと今日もまた、消えていく。この雪のような、儚い命が……。
一ヶ月が経った。 西野はまだ退院出来ていない。
俺は、西野のバイト先でケーキを買って、いつものようにお見舞いに行った。
「あっ! 淳平くん!」
「今日は西野のバイト先でケーキ買って来たよ。みんな心配してたよ」
「そっか。今日はクリスマスだから込んでるだろうなあ……」
西野は責任感が強いから、いつでもバイトのことを心配していた。
「それと……じゃーん!」
「あっ! ジュン!」
「来るとき西野の家によって連れてきたんだ」
俺は学生服の中にこっそり忍ばせておいたジュンを取り出した。 久しぶりに会う西野に、ジュンはなんだか興奮している。鳥のくせに……。
「ジュン、元気にしてた?」
俺が西野にジュンを渡すと、嬉しそうに西野の手の上を歩き回る。 こいつ……俺が触るとめちゃくちゃ暴れるくせに……。
「淳平くんどうしたの?」 鳥に嫉妬したなんて恥ずかしくて言えない……。
「ちょっと外にでよっか?」 そう言って西野はコートを羽織って立ち上がった。
「大丈夫なの?」
「うん。散歩くらいならしてもいいって」 西野は肩にジュンを乗せて歩いていく。
「うわ! やっぱりちょっと寒いね」 俺たちは病院の屋上に出て、ベンチに座った。
「大丈夫? 西野」
「うん。平気」
柵の向こうに、クリスマスを彩るイルミネーションが見えた。
「綺麗……まさかクリスマスを病院で過ごすなんて、夢にも思わなかったなあ……」
残念そうに西野はつぶやく。
「まあ、淳平くんと一緒だからいいかな?」
そして笑いかけてくれる。二人の手は冷たいけれど、心はきっと、暖かかった。
「じゃあ、ケーキでも食べようか?」
買ってきたいちごのショートケーキの上に、小さなロウソクを立てて、二人だけのクリスマス。
「メリークリスマス、西野……」
「メリークリスマス、淳平くん……」
さすがに病院でシャンパンを飲む気にはなれない。
「う〜ん、やっぱり日暮さんの作ったケーキはおいしいな……」
「西野のケーキだって、すごくおいしいと思うよ」
そう言うと西野はうれしそうな顔をする。
「一年前のブッシュドノエルも、すごく、おいしかった……」
「そっか……あれから一年なんだね……」
「一年後にまた淳平くんとクリスマスを過ごせるなんて、夢にも思わなかったな」
「来年も、一緒に過ごそうな……」
「その先もずっとね……」
屋上の明かりが、僕らを照らすスポットライトに思えた。 凍えて冷たい二人の唇。
だけど触れ合って、温かい体温を感じる。 僕は幸せだった。
この幸せがずっと続くと、そう信じていたんだ。 今日のキスは、さっき食べたいちごの味がした。
病院からの帰り道、ジュンを帰すために西野の家によった。 一年前は、ここで別れたんだよなあ……。
そんなことを思いながら、西野の部屋を見渡す。 最近着ていない高校の制服は、クリーニングに出され、壁にかかっていた。
一年前に流れた別れの音楽は、今日もコンポの中に入っていた。 そのCDをゆっくりと再生して少し、聞き入った。
鳥かごの中のジュンが音楽に反応して羽を羽ばたかせる。 西野は、どんな気持ちでいつもこのメロディを聞いていたのだろう。
「もう……こんな時間か。帰らないと……」 立ち上がると同時に、西野のお母さんが部屋の中へと入ってくる。
「あら? もうお帰り?」
「はい。どうもお邪魔しました」 そして部屋を出て行こうとする。
「ちょっと……待って……」
僕は振り返る。
少しこわばった表情が、なぜか僕を緊張させていく。
足元にあるリモコンを拾い上げた。
「あっ! そうだ。CDを止めないと……」
そして残酷な運命は動き出す。
「淳平くん……」
「つかさは白血病なの……」
「お願い……あの子を支えてあげて……」
悪い夢なら覚めて欲しい。 僕の夢も、幸せも、もう何もいらない。
ただ西野と一緒にいたい……僕の命が尽きるまで……。
鳥かごの中で羽ばたくジュンを見て僕は思う。 どうして僕には翼がないのだろうと。
だから僕に翼を下さい。 その翼で僕は、君を連れ去りたい。
だけど僕には翼がなかった。 君を守る勇気さえも、今の僕にはなかった。
(退院したら、いっぱい淳平くんとデートしたいな……)
(どっか行きたいトコある?)
(どこでもいいよ……淳平くんと一緒なら……)
今の僕にはきっと、絶望しか見えない……。
部屋の中に別れの音楽が流れる。 まるでもう一度訪れるかのように……。
今、この時間にも誰かが生まれ、誰かが死んでいく。 生を司る神様がいるのなら、どうか僕の願いを叶えてほしい。
僕らが一体、何をしたというのだろう……。どうして西野が……。
誰かその答えを僕に教えて下さい……。 例えそれが、どんなに理不尽なものだったとしても……。
年が明けて、学校が始まった。 冬休みの間、ずっと家にこもったままだった。
だから今日は、久しぶりに西野に会いに行く。 心の整理なんて、きっといくら時間をかけても足りなかった。
「つかさには、言わないで下さい……」 西野のお母さんはそう言った。
白血病は、今の時代では助からない病気ではないが、西野の場合は……。
あの笑顔が崩れることが怖かった。 だから僕も、笑顔を作ろうと思う。せめて西野の前では……。
だってそれくらいしか、僕にできることなんてきっと……なかった。
「淳平くん……あたし、本当に軽い病気なのかな?」 西野の笑顔が曇り始めた。
そして次の日、面会謝絶の札が貼られていた。
土砂降りの雨の中に僕は駆け出した。
「わあああああああああ!!!!」 赤信号の交差点を走り抜けて倒れこむ。
「気をつけろ! バカやろう!」 遠くで飛び出した僕に対する運転手の罵声が聞こえる。
大きな水溜りに膝を突いて僕は泣いた。
「うっ……うっ……にしのぉ……」 泉坂の街は今日もふけていく。
そして僕と西野の心にも、すこしづつ闇が迫ってきていた。
「あああああああああああ!!!!」 行き場をなくした思いが、何度も、何度も夜の街に消えていった……。
西野の体は、あっという間に弱くなっていった。
悲しいほど細くなった腕。すこし頬もこけていた。
今ではもう、ベッドからは動けない……。
三年になり、お互いの誕生日が過ぎて、秋が来る。
西野が免疫力を失っているため、会うときは白衣とマスクは欠かせない。
「淳平くん、変なカッコ……」
「笑うなよ! 全く……」
「あはは。ゴメン、ゴメン」
あれから僕らはいつものように他愛のない話をして、笑う。 まるで何もなかったみたいに……。
僕はリンゴを剥いて、それを西野に渡す。
「淳平くん?」 西野の手からリンゴが落ちて行った。
「あっ! ゴメン、もう一回切るよ……」
「あたしは……」
そうして後ろを向いた僕の背中を西野が掴んだ。
「あたしは……いつまで淳平くんといられるのかな……」
西野が言った言葉に僕は固まった。
「ど、どうしたの?」
「怖いの……一人になるのが……」
西野が泣いていた……。
「一人にしないで……」
背中を掴む西野の手に力がこもる。
「……西野?」
「なんてね!」 さっきの涙は気のせいだろうか……。すぐに西野は笑顔に戻った。
「ちょっと困らせてみたかっただけだよ」
「じゃあ……また……明日……」
「ずっと一緒だよ西野……ずっと……」
抱きしめた西野の体は、確実に細くなっていた。
[No.427] 2004/08/25(Wed) 17:30:38 YahooBB219200072101.bbtec.net |