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職場の人間が結婚するとなると当然周りはお祝いムード一色になるのが普通だが、課長をはじめ、同僚たちは学に冷ややかな視線を送っていた。 「土田、結婚と言ってもなあ・・・そもそも理沙ちゃんは了承しているのか?」 「了承したも同然ですよ!この前の物産展で理沙との仲がより一層深くなりましたからねえ!!はっはっはっは!!!」 思いっきり浮かれる学。 課長は浮かれている学を無視して、物産展に行った女性職員に小声で尋ねる。 〔なあ、本当に土田の言うように理沙ちゃんと仲がよかったのか?ワシはにわかには信じられんのだけど・・・〕 〔全然ダメですよお。学はうっとうしいくらいにアプローチしてたけど理沙ちゃんは全部さらりとかわしてたし、相変わらず淳ちゃんには嫌われてたし・・・〕 〔じゃあ何であいつはあんなに自信満々なんだ?〕 〔あ、多分あれですよお。帰りの新幹線で理沙ちゃんが『学なら楽しいお父さんになるだろうね』って言ったんですよお。それを勘違いして受け取ったんだろうねえ〕 東京に行ったもうひとりの女性職員が課長に小声で告げると、 「全く、このバカは・・・」 課長は呆れて頭を抱え込んでしまった。 「あれえ、皆さんなんで沈んでるんですかあ? だったら俺が盛り上げますよ! 昼休みに理沙んとこ行ってかっこよくプロポーズ決めますからっ!! 理沙の驚く顔を見せますからっ!!」 「って事は、やっぱり理沙ちゃんの了承は得てないんだな・・・」 さらに落ち込む課長だが、その心とは裏腹に学の周りには役場の若い職員が集まり出した。 「学!ついに理沙ちゃんと結婚かあ!!」 「昼休みにプロポーズするんだってよお!!」 「よおし!!みんなで学の応援に行くぞお!!」 「おうよ!! みんな俺の晴れ姿を目に焼き付けてくれよなあ!!!」 学を中心に、役場の若い職員が集まった観光課は異様な盛り上がりを見せていた。 この町はとても狭いから、ちょっとした事でも面白い話ならすぐ町中に伝わってしまう。 この町のメインストリート(と言っても黄色のセンターラインが引いてある片側1車線の狭い道だが)沿いに役場があり、その周辺に商店街が広がっている。 そして理沙の店はその商店街には無く、役場の裏手にある高台の丘の上にぽつんと存在している。 だからここに行くにはメインストリートから一本入り、田園の中にある車がすれ違うのがギリギリの車幅しかない狭い道を駆け上がっていかなければならない。 立地条件はお世辞にもよくないが、それでも理沙の味を求めて多くの客が訪れる。 店の横にある10台以上の車を納める砂利の駐車場は昼時はいつも一杯だ。 ちなみに役場の職員も理沙の店を頻繁に訪れているが、その時は車を使わず徒歩で裏の丘を登っていく。 この丘は上岡家の土地になるのだが、この『お客様』のために理沙の父は畑の中に一本の道を整備していた。 そんな立地条件なので、役場でのちょっとした騒ぎや出来事はすぐに理沙の耳に入ってしまう。 学も『理沙を驚かせる』と息巻いていたが、結婚宣言の15分後には近所のおばさんを通じてこの事が理沙に伝わっていた。 店はまだ昼前で客はおらず、理沙と母と歩美(歩美は現在家事手伝いで就職活動中)の3人だけだ。 「学があたしにプロポーズ? しかも昼休みに?」 話を持ってきた近所のおばさんに聞き返す理沙。 「そうそう!もう役場の若い連中はそのことで大盛り上がりだよお。でも年輩の人たちは『また学がひとりで騒いどる』って冷めてるけど、ねえねえ、本当のところはどうなの?」 「年輩の人たちが正解!あたしはそんな気は全っっっ然ありません!!」 理沙は強い口調で言い切る。 「全く・・・あのバカ・・・」 歩美はテーブルで頭を抱え込んでしまった。 「でも理沙ちゃん、学はバカだけど真剣だし、性格は結構いい男だと思うよ。淳ちゃんの事もあるから少しは考えてやっても・・・」 「その淳也が学を嫌ってるもん!今あたしが結婚するなら淳也がなついてくれる人じゃなきゃダメです!!」 「でもそれは難しいねえ。この町に住む若い男で淳ちゃんに好かれているのはおらんじゃろ? いやそもそも淳ちゃんはそのくらいの年の男全てがダメなんじゃないの?」 おばさんは難しい表情で理沙にそう尋ねると、 「そうじゃないよ。淳也は自分の父親に、理沙の夫に相応しい男を直感で見抜いてるんだよ。そういう人なら初対面でもなつくし、この辺りの男が淳也のメガネにかなわないだけさ」 理沙が話し出す前に勢いよく話しだすのは理沙の母。 「もうお母さん、またその話・・・」 店の壁に掛かっている色紙を見上げ、思わずふくれっ面になる理沙だった。 東京で迷子になった淳也を見つけてずっと付き添ってくれた若いカップル。 その初対面の男性になつく淳也の姿は理沙の母にとっては大きな驚きであり、また、どこか見覚えのあるこの男性に一気に惹かれてしまった。 お礼をしながら会話を交わし、このふたりが映画監督の真中淳平と小説家の東城綾であることに気付くと母は一気に舞い上がり、持っていた色紙(芸能人に会えるかもしれないと思って一応用意していた)にサインを貰っていた。 そんな事があって、現在理沙の母は淳平のファンである。 『お母さん、あの真中淳平って男は女性関係がだらしなくって、何度もスキャンダルを起こしてるんだよ!』 と理沙が言っても、 『それはテレビや雑誌の話だろ。私と淳也は実際に会って話をしたのよ。あの人はとってもいい人だよ。間違いない。いい加減な男かどうか見抜けないほど私の眼は曇っちゃいないからね!』 と言う具合で、理沙の話に聞く耳を持たない。 理沙としても淳也がなついてくれる男性が居たのは嬉しいが、それが芸能人では非現実的すぎるし、そもそも理沙はこの若い映画監督をあまり好きではない。 実は理沙も一連のスキャンダルはあまり気にはしていないのだが、何故だか分からないが淳平の姿を見るとどうも無性に腹が立ってくる。 しかしそれを言うとまた周りから色々言われそうなので、淳平を嫌う原因をスキャンダルのせいにしているというのが本音であった。 「ねえねえ理沙ちゃん、学の件はどうするの?なんなら私が今から断りに行ってこよっか?」 おばさんが理沙に悲しそうな目でそう尋ねる。 「そんな事してくれなくてもいいですって! これはあたしの問題だし、それにあのバカがどんなプロポーズをしてくれるのかちょこっとだけ興味あるし。受ける気はさらさらないけどね」 そう話す理沙の目は面白さで輝いており、真剣さは一切感じられない。 「仕方ないなあ。じゃああたしもあのバカの崩れる姿を見てやるか・・・」 ずっとむすっとして黙っていた歩美がようやく口を開く。 理沙の態度を改めて知り、幾分か表情が和んでいた。 (歩美も素直じゃないなあ・・・せっかくだし、しょうがないから一肌脱いでやるか) 親友の表情の変化と、その真意をきちんと見抜く理沙だった。 そして時間は昼時。 理沙の店はいつもより多くの人でごった返している。 おばさんがプロポーズの話をあっという間に言いふらし、面白いもの見たさで集まってしまったのだ。 皆が心に笑いと期待を抱きながら、もうひとりの主役の登場を待っていた。 そしてその主役が取り巻きを引き連れて颯爽と現れると、店中が大きなどよめきと笑いに包まれる。 「理沙あ、学が来たよ〜」 理沙の母が厨房の娘を呼ぶ。 「ねえ、この笑いと騒ぎは何?」 「学のカッコ見れば分かるよ。もう・・・くくくっ・・・」 母も笑いをこらえ切れないようだ。 (あのバカ、いったいどんな格好で来たのよ?) 腹を抱える母を横目に見ながら、理沙は厨房から店内に出ると、 「ぷっ!!・・・くっ・・・ あ、あはははははは!!!!! な、何よその格好・・・」 大声を出して笑う理沙の先には、全身白のタキシードに身を包み、真紅の薔薇の花束を抱える学の姿があった。 「おーい学、今からいい年して学芸会か?」 「そうかそうか、学芸会のプロポーズなら受けてくれるかもな?」 「いや無理だろ!理沙ちゃんも腹抱えて笑ってるぜ!」 常連客は揃って学を思いっきり冷やかすが、学はあまり動じない。 「フン、今のうちに笑ってろ。もうすぐ俺が歓喜の渦に変えてやるからな」 学は改めて理沙の前に立つと、明らかなオーバーアクションで薔薇の花束を差し出す。 「理沙!この薔薇とともに真っ赤に燃える俺の心を受け取ってくれ!! 理沙が一緒になってくれればこの熱い想いが幸せの光になるんだ!!! 俺とふたりでこの地に幸福の光を照らす最高の夫婦になろう!!!!!」 ざわついていた店内が一気に静かになった。 皆が、学の言葉とポーズに圧倒されて言葉を失っている。 いや、固まったと言ったほうが正しいだろう。 そのあまりの『寒さ』に凍えたかのようだった・・・ そんな中で一番冷静なのは、この寒すぎるプロポーズを受けた理沙だった。 「ねえ学、ひょっとしてわざと? それとも・・・本気?」 「何言ってるんだい!俺はいっつも本気に決まってるさっ!!さあ早くこの薔薇をっ!!」 「・・・ふう、学の気持ちは分かったよ。じゃあ今夜、滝神様の社で待ってるから。これ以上お客さん待たせられないから、じゃあね!」 そう言って理沙は厨房へと消えていく。 理沙の言葉は、学によって凍えた心を解きほぐす。 「えっ・・・」 「ええっ?」 「えええええええええええええっ!!!!!」 店内があっという間に大きなどよめきに包まれる。 「いよっしゃああああああああっ!!!!!」 学はその中心でガッツポーズをし、全身で大きな喜びを表していた。 この町のはずれにはとても立派な滝があり、ちょっとした観光目所になっている。 そしてこの滝には昔から『神が住んでいる』と伝えられており、その『滝神様』を奉る社が滝の近くにある。 『若い男女が滝神様の前で愛を誓った時、その男女は一生涯幸せに包まれる』 地元にはこうした言い伝えがあり、この町に住む夫婦のほとんどはここで愛を誓い合っている。 だから理沙の言葉は、学のプロポーズを間接的に受け取ったようなものであり、この場に居合わせた誰もがそう思っていた。 大きなざわめきとともにごった返した店内も、昼時を過ぎると静かになった。 「ねえ、理沙は本気なの!?本気でバカ学のプロポーズ受けるの!?」 歩美は自分たちの昼食を作る理沙に思いつめた表情で問いただす。 「あたしはそんな気は全然ないよ。さっき言わなかったっけ?」 対する理沙はけろっとしている。 「じゃあ何であんな意味深な事言ったのよ!?あれじゃあみんな誤解しちゃうよ?」 「いくら学でもあんな大勢の前で振るのはちょっとかわいそうと思ったのと、それにあいつが滝神様の前であたしにプロポーズは出来ないだろうから、かな」 「な、なによそれ?」 「あたし知ってるよ。5年前、あたしが居ない時にふたりが社で何をしたかねっ!」 「ええっ!?」 歩美は頬をやや朱に染めて固まった。 「この5年間、歩美の想いが変わってないことくらいあたしにも分かってるよ。だから今夜こそあのバカの目を覚まさなきゃ!」 「理沙・・・」 その夜、 ドドドドドド・・・ 豊富な水量が奏でる轟音を聞きながら、学は細い山道を登っていく。 この先にある社を目指して・・・ 社での誓いは神聖なものなので昼の時のような見物客は誰一人居ない。 服装も普段着が原則(着飾らず、ありのままの姿で愛を誓い合うため)なので、派手なタキシードではなく役場の制服である。 若い地元民は社での誓いをいつかは行いたいと夢見ており、その直前にこの道を登るときは心躍るのが普通だ。 だが学の心は躍っていない。 (ここでの誓いはやりたくなかったんだよな。どうしても5年前を思い出すからな・・・) 昼に見せたへらへらした表情ではなく、めったに見せない真剣な面持ちで暗く狭い道を登っていく。 常に浮かび上がろうとする5年前の光景を心の奥底に押さえ込みながら。 「おっそいぞ!!」 「えっ・・・あれ、理沙?」 社の前まで来ると、扉の少し手前で佇む理沙の姿を捉えた。 誓いの時、女性は社に入って男性を待つのが通例なのだが、理沙は外で立っている。 「理沙、何で外に・・・」 「中で待ってたら学が入って来れないと思ったからだよ」 「えっ・・・」 驚く学。 「ふふっ、学は絶対浮気できないね。これだけ暗くても分かるよ、図星を突かれて驚いてるの表情に出てるよ!」 「り、理沙・・・」 「あたしと誓いなんて出来る訳ないよね。だって学はもう5年前に歩美と誓いを立てちゃってるんだもんね!」 「!!!!!」 いつもへらへらして、『バカでお調子者』のレッテルを貼られている学が、めったに見せることのない真剣な表情で驚いている。 「な、何で理沙がそれを・・・」 「その時お母さんが社の管理当番だったんだ。鍵をかけ忘れたのに気付いて朝方ここに来たらこっそり出てくるふたりの姿を見たんだって」 「ま、マジかよお・・・」 学はがっくりとうなだれた。 社での誓いとは、言ってしまえば『婚前交渉』である。 結婚が決まっているカップルが社の管理当番に話をし、鍵を借りて行うのがルールだ。 だから結婚が決まっていないカップル、もちろん未成年のカップルが誓いを立てることは無い。 5年前、理沙の母が社の掃除をした際に鍵をかけるのを忘れたのと、その夜偶然に学と歩美が社を訪れた事が重なり、言わば『無許可の誓い』が立ってしまったのだ。 いくら無許可とはいえ、このふたりが誓いを立ててしまったのは事実である。 だがその状況で学は歩美に対し明確な返事をせずに理沙にアプローチをかけ、あまつさえプロポーズまでしている。 この町で育った男として、許される事ではない。 「まだ歩美とはきちんとケジメつけてないんでしょ?それであたしとここに入るの?学っていつもへらへらしてるけど根は誠実な人だって思ってたんだけどなあ」 理沙の言葉の節々には厳しさが込められている。 学はしばらくの間黙っていたが、 「理沙・・・ゴメン・・・」 絞り出すような声でこう告げた。 「ねえ、『ゴメン』って、どういうこと?」 「俺と理沙と歩美ってガキの頃からいっつも一緒によく遊んでて、二人ともとても大切な親友だった。でも、小5くらいから、だんだんと歩美を意識するようになったんだ・・・」 「もちろん理沙のほうがかわいかったけど、でもあの頃の理沙はなんかとっつきにくい面があって、中学の頃になると、まあ普通に話はしてたけどお互いに心の中で一線を引いてた用な感じだったよな?」 「うん、よく覚えてないけどそう言われればそんな気がする。だからあたし、大阪に飛び出しちゃったんだよね」 「理沙が出てったのを聞いたときはもちろん驚いたし、寂しかったけど・・・けど俺には歩美が居てくれた。だからまあその後・・・偶然ここが開いてるのを見つけて・・・も、もちろん本気だった!! 俺は本気で歩美を好きだったし、その想いは今でも変わらない!!」 学の口調には次第に力が入ってくる。 「じゃあ何であたしにアプローチしてきたの?歩美放ったらかしにして」 「そ、それは・・・」 「歩美、決して言葉には出さなかったけど凄く辛かったんだよ。この前東京に行ったときも学はあたしばっか話しかけてきて、その時歩美がどんな顔してたか知ってる?」 「わ、分かってたよ!あいつの気持ちは分かってたし、5年間ずっと曖昧なままにしてたのも、それが悪いことも分かってた!! でも俺はボロボロになった理沙を放っておけなかったんだよ!!」 「えっ?」 今度は理沙が驚いた。 「5年前、大阪からボロボロになって帰ってきて、ショックで記憶のほとんどを無くして、おまけに父親が分からない子供を抱えた理沙を見て・・・放っておけるわけないじゃないか!!」 「学・・・」 「気付いてないかもしれないけど、大阪から帰ってきてからの理沙は変わったよ。相変わらず何考えてるか分からないところもあるけど、ものすごく人当たりがよくなって、すごく優しくって・・・惹かれるなって言うほうが無理なんだよ!!」 「学はずっとあたしに付いていてくれたもんね。学が居なかったら、あたしはあんなに早く記憶を取り戻していなかったと思うな・・・」 天を見上げる理沙。 星空の中に、幼い頃の無邪気な3人の姿が浮かび上がる。 「理沙がガキの頃の思い出を話してくれたとき、俺はメッチャ嬉しかった。その時俺は、理沙を幸せにしてやりたいと心の底から思った。一人で淳也を育てている姿を見るのは今でも辛いんだ。だから少しでも理沙の助けになってやりたいんだ!!」 「気持ちは嬉しいけど・・・じゃあ歩美はどうするの?」 「そ、それは・・・」 厳しい指摘を受け、言葉に詰まる学。 「学は歩美への想いを捨てられないよ。すぐに返事できないし、あたしと社に入れないって言ったのもその証拠。昼にあんなおちゃらけたプロポーズしたのも、自分の本心を誤魔化すためじゃない?」 「そう言われればそうかもな。でも俺、理沙への想いも本気なんだよ。だからどうすりゃいいのか・・・」 学は頭を抱え込んでしまった。 普段はまず見せない苦悶の表情だ。 「あたしへの想いは同情だよ」 「同情?」 学は思わず理沙の表情を伺う。 ずっと厳しかった理沙の表情だが、今は優しく微笑んでいる。 その心癒される微笑は、学の心も穏やかにしていく。 「あたし、大阪から帰ってきた頃は心身ともにボロボロだった。おなかに子供が居たのもショックで、もうどうすればいいのか分からなかった。でもお父さんやお母さん、歩美、もちろん学もそう、みんなの温かい心に励まされて、今のあたしが居る」 「学の温かい想い、ものすごく嬉しかった。でもその想いを受けてきたあたしは分かるんだ。学の想いは愛情じゃなくって、同情だってね。学はバカだから、自分の想いに気付いてないんだろうねっ!」 「・・・そうかもな、ホント俺ってバカだからな」 バカと言われるといつもは反発する学だが、今は理沙の言葉を聞き入れている。 「でもこれで学の本心は分かったんだから、あとはその想いを素直に表してよ。社の中で待っている人に・・・」 「えっ?」 「じゃああたしはこれで帰るね!あたしが言うのもなんだけど、この5年間ずっと苦しんできたんだからもう悲しませちゃダメだぞ!!」 そう言い残して理沙は足早に去っていく。 「あっおい理沙!!」 学は手を伸ばし理沙を呼び止めようとするが、もうその後ろ姿は闇の中。 学はしばらく呆然と暗闇を見つめていた。 (そういえば、社の中で待ってるって・・・) はっと理沙の言葉を思い出した学は恐る恐る社の扉を開ける。 ギイイイイイ・・・ 5年前と同じ光景が広がる。 薄明かりの中、だだっ広い板張りの部屋の奥に、滝神を奉る小さな祭壇が見える。 ただ異なるのは、部屋の中央で背を向け、正座する女性の姿がある事。 (歩美・・・) 暗くても、学には誰だか一目で分かる。 ずっと想い続けてきた女性であり、5年前、ここで誓いを立て、証として初めて肌を交わしあった女性なのだから・・・ バタン・・・ 社の扉が閉められた。 あとは神が見守る中、ふたりだけの時が訪れる。 誰も、邪魔するものは居ない。 互いの愛を確かめ合い、深め合うのみ・・・ 翌日には、この事が町中に広がっていた。 学の相手は理沙から歩美に変わったのだが、そのことに関しての驚きはほとんどなく、むしろ予想通りという見方のほうが強かった。 まあ何はともあれ若い二人が結ばれたのだ。 町にはお祝いムードが漂い、学と歩美は皆の祝福を受けて最高の幸せに包まれていた。 そして理沙もまた、幸せそうなふたりを見て最高の喜びが訪れていた。 数日後の昼下がり、町はいつものようにのどかな時間が流れる。 理沙も昼の忙しい時間が過ぎ、のんびりと家族の昼食を作っていた。 ガラッ!! 「大変大変!!ビッグニュースだよお!!」 店の扉が勢いよく開き、学のプロポーズ話を持ってきたおばさんが血相変えて飛び込んできた。 その右手には今日発売の女性週刊誌が握られている。 「またいきなり何だい?今度は誰のプロポーズなの?」 おばさんの慌てぶりに呆れる理沙の母。 「あ、こんにちは〜〜〜」 昼食を運んできた理沙は暢気な声で挨拶をする。 「これこれ!!この雑誌に淳ちゃんが載ってるのよお!!」 「「えええっ!?」」 理沙と母は驚きの声をあげながら、おばさんの持つ雑誌を凝視していた。 [No.891] 2005/02/23(Wed) 18:19:10 pd317d9.aicint01.ap.so-net.ne.jp |